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【咲SS:照菫】君の背な向け、矢をつがう 【前編】

登場人物:宮永照,弘世菫(照菫)
症状:狂気,執着,共依存

※若干オカルト。ホラー注意。
 
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「…試合、終了ー!!」


アナウンサーの無機質な声が会場に響き渡る。
それは、この大会における
白糸台高校の優勝が確定した瞬間であった。

「ありがとうございました」

その手で優勝を決めた白糸台高校大将、
宮永照が立ち上がり、挨拶とともに礼をする。

他の選手に動きはない。卓に顔を突っ伏す者、
ぐったりと背もたれにもたれかかる者、
ただ呆然と卓上の牌を見つめる者−−
三者三様ではあったが、
どれもひどく疲れ果ているようだった。

そんな選手達の動きを待たず、
宮永照は静かに会場を後にする。
その表情からは何の感情も読み取ることはできない。
そう、たった今掴んだばかりの、
勝利の感慨の一片さえも。

ただ、ステージの階段を降り切るその刹那、
彼女の口元が何かつぶやくように動いたが、
それに気づいた者は誰一人いなかった。

唯一の例外、彼女のチームメンバーである
弘世菫を除いては。




「お疲れ様、よくやったな」


控室に戻ってきた照に対して、
軽くねぎらいの声をかける。
ねぎらいに対する返答は、ひどく辛辣な一言だった。

「勝って当然。あの程度の選手に負けるはずがない」

ばっさりと切って捨てるチームメイトに対して、
思わず私は眉をひそめる。
まぁ、実際負けるとは思っていなかったが…

「だからといって、『つまらない』はどうかと思うがな」

会場を去る瞬間、確かに彼女はつぶやいた。
そう、ただ一言、『つまらない』と。
偽らざるこいつの本音ではあったのだろうが、
敗者に鞭打つその言葉は、
どういうわけか、私の胸にも鋭い痛みを刻んでいった。

私の苦言にひるむ様子もなく、
照はゆっくりと私に近づいてくる。
そして私の目と鼻の先で止まると、
今度はにっこりと微笑んだ。


「菫、口直しがしたい。半荘打とう」


ぞくりと背中が粟立った。
どうやらこの悪魔は、まだ蹂躙が足りないらしい。
ふと、卓に顔を突っ伏して静かに肩を震わせる
さっきの選手の姿が脳裏をよぎった。

「……閉会式とインタビューが終わってからだ。
 その後、お前のその性根を叩き直してやる」

身体中をかけめぐる得体のしれない悪寒に襲われながら、
ようやくそれだけ絞り出す。

全力を尽くさねばならない。
今度は私が、直接「つまらない」と言われないように。

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宮永照。


高校一年のインターハイで、
初めて公式の場に飛び出した彼女は、
無名だったにも関わらず
あっという間にその頂点に登りつめた。

それから今に至るまで、
彼女が公式の場で敗北したことはない。


打倒、宮永照 −


本気で麻雀を打つ女子高校生の間では、
それは間違いなく共通の悲願だろう。

その思いを一際強く胸に秘めている人物がいる。
誰よりも多く照と打ち、
誰よりも多く照に負け続けた選手。

そう、それは弘世菫…すなわち私のことである。


「ツモ、上がり止め。私の勝ち」


また一つ、私の戦績に黒星が追加された。

今ので通算999敗目の黒星である。
臥薪嘗胆のため、千までは
頑張って数えようと決めていたが、
まさかこんなにも早く
その瞬間が近づいてくるとは思わなかった。


照は、私以外とは麻雀を打とうとしない。
入部したての頃はそうでもなかったのだが、
ある日部員に言われた一言が引き金となった。


「宮永さんと打っても、練習にならないから」


その日から、照との二人麻雀が始まった。


部活の時間は一軍として部員の指導に専念し、
終わった後自己練習として二人麻雀を打つ。
そのため照と打つ時間は多くはないのだが、
二人麻雀の上超スピードで和了する照を前に、
私はあっという間に黒星の山を築きあげていた。


「次で千敗目だね」


何気ない照の言葉にぐっと息が詰まる。
今のはなかなか心に刺さった。
思わず声を張り上げる。


「私の敗北を前提にするな!」


…とは言ったものの、
内心頭を抱えざるをえなかった。

記念すべき千回目だが、このまま戦いを挑んだのでは
結果は火を見るよりも明らかだろう。
散々負け続けた以上今更ではあるが、
さすがに一矢報いることもなく
記念を迎えるのは何としても阻止したい。
状況を打開する何かがほしいところだ。


「千回目だし、何か賭けようか」


唸る私を気にかけず、さらりと会話を進める照。
その内容は照にしては珍しいものだった。


賭け、賭けか…


戦績を考えれば飲むべきではないだろう。
だが、ちょうど新しい風を入れたいと思っていたところだ。
あえて背水の陣に身を置き、
己を鼓舞するのもありかもしれない。


「いいだろう、内容は?」
「ルールは一荘の10万点持ち。
 負けた相手が勝った相手のお願いを一つ聞くって奴で」


ルールが特別ルールなのは、
私があっさり飛んで終わる可能性への配慮だろう。
賭けの内容自体は、うちの麻雀部でも時々耳にする
とてもありがちなものだった。

お菓子狂いの照のことだ。
まぁまず間違いなくケーキ食べ放題とか
その手の他愛もないお願いが来るだろう。

もっとも、その身に異次元の胃袋を宿す照にかかれば、
ケーキ代金でなけなしの諭吉を
送り出す羽目になりかねないのだが。

だが、そのくらいのリスクがなければ
背水の陣とは言えないだろう。


「いいだろう。その賭け、乗った」


さりげなく財布の中の残金を確認しながら、
私は改めて気合を入れた。


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「ツモ!2600!!」


何度目かの和了宣言をしながら、
大きくふーっと息を吐く。
何とか照の連続和了を食い止めることができた。


「いつもより調子がいいね。賭けの効果?」
「まぁ、さすがにそう簡単には負けられないからな」


軽口をたたいては見たものの、
実際には私は焦りを感じていた。

賭けの効果は確かにある。
いつもならずるずると引き離されるところを、
後一歩というところで踏みとどまることができている。
とはいえ、ジリ貧なのは否めない。

今のだって、私は二翻だったわけだが、
照はハネ満コースだったのだ。

このままのペースでいけば
飛び終了こそないものの、
勝つには役満手が必要だろう。
だが、照相手に役満をあがるイメージが
どうしても描けない。


脳裏に敗北の二文字がよぎり始めたその時。
照が何気ない口調でつぶやいた。


「そうだね。負けたら取り返しがつかないし」


抑揚のないその言葉は、
二人しかいないこの部屋にやけによく響いた。
心なしか、部屋に薄暗い影が落ちた気がするのは
ただの錯覚だろうか。
それまでの穏やかな空気が一変し、
張りつめた静寂があたりを支配する。


「…お前、いったい何を命令するつもりだ」


たかが部活の賭け麻雀だ。
そこまで無茶なお願いは出てこないだろう。
にもかかわらず、今の照が醸し出す気配は、
「それ」が私にとって致命的であることを
暗に示しているような気がした。

知らず知らず身構える私に対し、
照は静かに二の句を告げる。



「私が勝ったら…私は貴方の初めてを奪う」


「…は?」


「もう一回言う…勝ったら菫の初めてを奪う」


まるでなんてことのない、
日常会話のような口調だった。

だがそこには、一切の否定を許さない、
ある種異様な強さがあった。


「じょ…冗談、だろう?いくら何でも」
「冗談じゃない」


抗議は即座に切り捨てられる。
私は戸惑いながらも、照の顔をじっと見つめる。
気が付けば、その瞳からは一切の光が失われていた。

いや、照の瞳からだけじゃない。
いつの間にか、部屋からも
ぬくもりを感じられる類の光は消えている。

そこに広がるのは陰鬱な暗闇。
後は、照の身体からから不気味に滲み出る
紫色の光だけだった。



「反故にしたら絶対に許さない。」



彼女はそう言い放ち、開始のボタンを押下した。


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およそ正常とは思えない超常的な空間の中で、
それでも局面は淡々と進んでいく。


「ロン」


ぞるっ。


照が和了を宣言すると同時に、
その身から放たれる紫色の何かが、
私に少しだけ近づいた気がした。



「ツモ」


ぞるっ。

紫のそれがさらに伸びてくる。
ゆっくりだが、確実に。


どうすればいい?
どうすればいい!?

思考停止を求める脳を必死で回転させる。
というか、麻雀をやっている場合じゃ
ないんじゃないのか!?


「ツモ」


ぞるるっ。


紫の一片が、緩慢な動きで私の周りを這いずりだす。
だめだ、だからと言って
もう逃げ出せるような状況じゃない!!


「ロン」



ぞるるるっ。

気がつけば残り点棒が目に見えて減っている。
そろそろ終局も近い。

結局のところ、勝つしかないのだ。
だが、どうやって勝つ?
999回も負けた相手に?
今まで一度も勝てなかったのに!?



「ロン」




ぴとっ…

紫の先端が、ほんの少しだけ私に触れた。
ふっと張りつめていた何かが切れそうになり、
口を大きく開け、思い切り目玉をひんむいた時。

見覚えのあるものが
私の視界の片隅に入り込んだ。
それは現代社会、とりわけ麻雀部の部室には
似つかわしくない弧を描いた物体…



私が持ち込んでいるアーチェリーの弓だった。



それを見つけたからと言って、
何が変わるというわけではない。
だが、狂気に囚われつつあった私に対して、
それは正気を取り戻すきっかけとなってくれた。


そうだ…ここは的場だ…
集中しろ…精神を研ぎ澄ませ…
まずは一呼吸、深呼吸する。


心のよりどころを見つけた私は、
その行為により急速に
冷静さを取り戻していく。


そうだ…冷静になれ…
ここは的場だ…
的は宮永照。
状況を計算し、あいつに矢を突き立てる。
それ以外のことを考える必要はない。


…考えろ。
あいつが次に必要とする点数はいくつだ?


…考えろ。
それを満たせる役は何がある?


…考えろ。
照の今の捨て牌からあがれる手はどれだ?


…考えろ。
それの手を作るのに不要な牌はどれだ?


…考えろ。

…考えろ。

…考えろ!


突如として、脳内のスクリーンに
ある一つの牌が映し出される。


イーピンだった。


直感的に、それが私が狙うべき
牌であることを理解する。
後は手牌を整えるだけ。
これまた都合のいいことに、
イーピンは私の当たり牌に
無理なく組み込め




「ツモ」





照の手牌がゆっくりと倒された。





あっけに取られる私の瞳に、
照の満面の笑みが映る。




「24600…私の勝ちだね」




その点数は、私には払えないものだった。




(…後編に続く)
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posted by ぷちどろっぷ at 2014年07月19日 | Comment(1) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
このまま食べられていたら、どうなっていたんだろうか?そっちも見てみたかったり
Posted by at 2018年07月08日 00:53
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