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【咲SS:久咲】堕ちる。深く、深く。 【前編】

登場人物:宮永咲,竹井久(久咲,咲久)
症状  :依存,狂気

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学生議会が長引いて、
遅ればせながら部室の扉を開けた時。
そこには一人静かに
読書をたしなむ咲がいた。

咲は読書に集中しているようで、
私の登場にはまったく
気づいていない様子。

ちょっとした悪戯心がわいて、
そろそろと近づいて、
耳元でそっと囁いた。


「何の本を読んでいるの?」

「わひゃぁっ!?」


期待通り大いに
驚いてくれた咲を見て大満足。
私はけらけら笑いながら
部室のソファーに腰を掛けた。


「あ、部長、こんにちは…」

「はいこんにちは。
 …もうこんばんはかしらね?
 それにしても、
 ずいぶん熱中して読んでたわね」

「はい…ここ、すごく
 面白い本がたくさんあって…
 つい読みふけっちゃいました」


そう言って笑みをこぼす咲。
その手に抱えている本は、
私が誇る読書本棚のものだった。


「ずいぶん気に入ってくれたみたいね」

「はい!部長の好み、
 私とぴったり一致するみたいです!」


咲の言葉に、私は素直な喜びと、
同量の不安を覚えながら会話を続ける。


「へぇ。そこにある本はけっこう
 ジャンルはバラバラなんだけど。
 どんな本を読んだの?」

「そうですね…
 いろいろ読みましたけど…
 今のところ、
 『虚無』と、
 『顔のない顔』と…
 『彼女が行き着くその先は』が
 お気に入りです」


すらすらと題名を挙げ連ねる咲。
その並べ立てられた題名に、
一瞬ぞくりと鳥肌が立った。


「もうずいぶん読んだのね…
 …ところで咲は、好きな本の傾向に
 偏りがある方かしら?」


「割と何でも読みますけど…
 そうですね。
 好みの傾向はありますね。
 …傾向、何だかわかりますか?」


そう言って、悪戯っぽく
上目遣いで私を見る咲。
お茶を濁すか迷いながらも、
気づけば私は思いついた答えを
つぶやいていた。


「…救いのない物語」

「…正解です」


私の解答に、咲は
にっこりと笑顔を見せる。
一切の邪気がないその笑顔に、
私は逆に戦慄を覚えた。



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咲と私は、根っこのところで
いくつかの共通点があると思う。


一つ、読書が趣味であること。


一つ、実はけっこう
寂しがり屋であること。


一つ、家庭に複雑な事情を
抱えているっぽいこと。


この共通点に、今日新たに

「救いのない本が好き」

が加わった。



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うっかり部室で寝入った私。
眩しい光に目覚めると、
窓いっぱいに
紅い光が差し込んでいた。


「…綺麗ね」


思わず誘い出されるように、
部室のベランダに足を運ぶ。
そこにはすでに先客がいた。


「あ、部長…起きたんですね」


夕陽を背に向けて咲が振り返る。
真っ赤な夕陽を背に、
真っ暗な影を落とす咲は、
どこか妖しい魅力があった。


「…綺麗な夕陽ですね」

「…そうね」


咲が夕陽を眺めながら目を細める。
見渡す限り赤一色。その景色はまるで


「空が燃えているみたい」

「…やっぱり部長も
 そう思うんですね」


私の感想を聞いて、
咲が満足げに微笑する。

まただ。

また、ぞわぞわとした
胸騒ぎが頭をもたげる。


「私、夕陽が好きなんです」

「私も好きよ」

「どうして好きか、
 聞いてもいいですか?」

「…当ててみて」


いつの日か咲が私にしたように、
私は咲に問いかける。
先に回答してしまうと、
逃げられなくなりそうだから。


「……」

「……」


「何もかも、燃やし尽くして
 くれそうだから」


その解答に、全身が粟立つ。
思わず咲の表情を窺うと、
そこには表情のない顔があった。

でもそれは一瞬で。

すぐに、悪戯っ子のような
笑みを浮かべてこう付け足した。


「っていうのは、どうですか?」

「過激ねぇ。でも残念。
 答えは単純に綺麗だからよ」
 
「そうですか」


残念、と言って咲は笑った。


「…同じだと、
 思ったんだけどな」


でも眼は笑っていなかった。



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咲は、基本的には
大人しい、いい子だと思う。
でも、同時にどこか壊れているような、
危うさを持ち合わせているようにも見える。

咲がその危うさを見せるたび、
なぜか私は言いようのしれない
不安に襲われる。


できれば避けたいと思う。
なのに、近づきたいとも思う。

触れてはいけないと思う。
でも、ほおっておけないとも思う。


背反する感情に、
私はいつも悩まされる。
その理由が、まだ私にはわからない。

とりあえず、共通点がまた一つ。

「夕陽を好きな理由が同じ」

が加わった。



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合宿のある日。皆が寝静まった頃、
私は一人目を覚ました。

なんとなく寝苦しい。
部屋を出て炊事場で
水を飲んだ帰り道、
ふと外の闇に目が留まった。


夏の夜はどこか気だるい。

別に眺めるほど
好きというわけでもなく、
どちらかといえば苦手なんだけど。
なんとなく動く気を削がれて
ぼーっと眺めていたその時。


「部長も眠れないんですか?」


声をかけられた。うっかり
悲鳴をあげそうになったのは内緒。


脅かさないでよ…
と言おうと思ったものの、
振り向いた時見えた咲の表情は
ひどく物憂げに沈んでいて。
私は二の句を告げなくなった。


「…夏の夜は、苦手なんです」


そう言った声も、
やはりどこか沈んでいた。


「…私もよ」

「どうしてですか?」

「うーん…まぁ、
 暑くて寝苦しいとか
 実害的なところも大きいんだけど…」

「けど?」

「いつまでも、
 終わりが来なさそうだから…かな」


その一言で、
私は思い出してしまった。


私のインターミドルが終わったあの日。
あの日もこんな夜だった。

完全な暗闇(くらやみ)ではなく、
明るい闇。それは、これからさらに
私の人生が暗転していくことを
暗に示唆しているようで。


私は膝を抱えて縮こまった。

階下の両親の怒号に震えながら、
外の暗闇を恨めしくにらんだ。


(きっと、まだ外が明るいから)


なんて、勘違いなことを考えながら。



「いっそ、真っ暗闇に
 なってほしいですよね」


咲のそのつぶやきは、まるで
私の回想を見ていたかのようだった。
暗い暗いその声に、
私は唐突に現実に引き戻される。


「そうね。いっそ、
 全て駄目になってしまったら、
 きっと楽になれるのにね」


いや、本当に引き戻されたのか。

私は回想の続きと、
現実との狭間にいるような、
奇妙な感覚に囚われながら
そうこぼす。
それは、あの時の私の本心だった。


「…はい」


咲の声が震えているのに気づく。
彼女の頬には、涙が一筋つたっていた。

涙の意味は、わからない。
単に私の雰囲気に
同調したのかもしれない。
それも確かにあるとは思う。

でも、きっと。

そう、きっと。

私はふと頭に浮かんだある答えに、
なぜか根拠もなく確信を持った。



咲はきっと、
あの日私が感じた絶望を、
現在進行形で感じている



「…寝ましょうか」

「眠れないんです」


唐突に終わりを切り出した私に対して、
咲は表情のない顔で即答する。


「これでも、駄目かしら?」


そっと、咲の手を取った。
咲は、驚いた顔をして、
潤んだ目をこすりながら、
つぶやいた。


「駄目じゃ、ないかもしれません」


その日、咲と私は
一つの布団にくるまって寝た。
悪夢でも見ているのだろうか、
時折激しくうなされながら、
咲は私にすがりつく。

私の中で眠る咲は、
実際の年齢よりもずっと幼く見えた。



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咲を怖がる理由がわかった。


咲が時折見せる危うさ。
その危うさは、
あの頃の私を彷彿とさせるもので。

私は咲の中に過去の絶望を見出し、
同調してしまうのだと思う。


彼女は私によく似ている。
全てに絶望し、それでも誰かに
救いを求めていた私に。


私に助けは来なかった。
泣いて、叫んで、崩れ落ち。
ひとしきり悲劇のヒロインを
気取った後。

結局誰も助けてはくれないのだと悟り、
歯を食いしばって
自力で立ち直るしかなかった。


それは、結果的には
よかったのだと思う。

もしあの時、誰かに
手を差し伸べられていたら。
誰かが私を救ってくれたら。

私はどっぷり依存して、
その人から離れられなく
なっていただろうから。

だから、これでよかったのだ。


でも。

それでも。


今でも時々考えてしまう。


(これってハッピーエンドなのかしら)


今、私は咲に
手を差し伸べられる位置にいる。



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議会の会合を終えて部室を訪れると、
そこにはいつも通り咲がいた。


「今日は部活は無しだって
 連絡したはずだけど?」

「部長とお話したかったんです」


読んでいた本をぱたりと閉じて、
咲はにこりと微笑みかけた。


「あらあら光栄ね。
 いったいどんな
 お話をお望みなのかしら?」

「別に特別これ、っていうのは
 ないんですけど…
 もっと部長のことが知りたいです」

「ん?何?もしかして惚れちゃった?
 私に惚れるとやけどするわよ?」

「部長こそ、私の初めてを奪ったんだから
 責任取ってくださいね?」

「責任って…一晩
 一緒に寝ただけじゃない?」

「それでも…私には、
 大きな意味があったんです」

「…そか」


話が冒頭から予想外の進展を見せる。
内心ちょっぴり動揺していると、
咲自身が助け舟を出してくれた。
ただ、その内容は
助けとは程遠いもので。


「部長って、けっこう場の雰囲気を
 大切にしますよね」

「そうかしら?」

「はい。暗いムードの時は
 盛り上げたり、
 逆に停滞してる時には
 あえて競争を煽ったり」

「ありゃ、バレちゃってたかー」

「でも、私と二人きりの時には
 それをしない…
 どうしてですか?」


咲の顔を見る。その顔は、
真剣に私の目を見据えていた。


「うーん…するつもりが
 ないわけじゃ
 ないんだけどね…」

「でも、してませんよね」

「…できない、というのが本音かな。
 咲といると、どこか
 素が出ちゃうのよね」

「…そうですか」

「…できれば他の人と同じように
 接してほしいとか?」

「…いえ。
 今のままの方がいいです」

「…そか」

「はい。私も、
 部長には素で話しますから」


そう言って、彼女は人懐っこい
笑みを浮かべる。
また少し、咲との距離が
近くなった気がした。



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最近は、咲とよく話す。

咲は以前より歯に衣を着せず
話すようになった。
きっと、私なら
自分のことを理解してくれると
思ったのかもしれない。


私はというと、そんな咲に対して
心を惹かれながらも、いまだ
その手を差し伸べられずにいる。

情けないことに、
彼女を苦しめる理由すら、
いまだに聞くことができてない。


助けてあげたいとは思う。

彼女の苦しみを、
取り除いてあげたいと思う。


でも、どうすればいいか
わからない。
素直に悩みでも聞いて、
解決するために動いてみる?

否。

彼女の悩みが
過去の私と同質のものならば、
他人が解決していい
悩みではないと思う。

つらくても彼女が自分で
乗り越えなければ意味がない。


それとも…

何も聞かず、彼女と一緒に堕ちていく?


(それって、ハッピーエンドなのかしら)


結局私は、まだ咲に、
手を差し伸べられずにいる。


…そして。



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そんな私たちのあやふやな関係は、
ある人物の、たった一言の言葉でもって
ガラガラと音を立てて崩れることになる。





『私に…妹はいません』





(【後編に続く】)
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posted by ぷちどろっぷ at 2014年07月27日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
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