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【咲SS:久咲】堕ちる。深く、深く。 【後編】

登場人物:宮永咲,竹井久(久咲,咲久)
       弘世菫,宮永照,
       染谷まこ,原村和,加治木ゆみ

症状   :共依存(症状悪化),狂気

※本SSはまだ宮永家の事情が
 公開されていない段階に記載したものです。

※原作と大幅に異なる展開を迎えます。閲覧注意。

前編はこちらを参照のこと。

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何もない屋上に、
咲の笑い声が木霊する。


「あは、あは…あははは…」

「咲…」


呼びかけても返事はない。
相も変わらず辺りには、
咲の声だけが木霊する。


「あは、あははは…
 あはははははは!!」

「咲!」


私の悲鳴のような呼び声は、
咲の耳には届かない。


「いなかった!
 お姉ちゃんなんていなかった!
 むしろ私がいなかった!!」


咲は止まらない。
目から涙が、止まらない。


「むだだった!!
 わたしのしてきたことは
 むだだった!!
 だって、わたしは、
 いないんだから!!」

「駄目よ咲!!」


ふらふらと酔ったような足取りで、
少しずつ空との境界に近づいていく咲を、
今度は力づくで引き寄せる。


「…死なせてよ!
 …わたしなんか、
 死んだほうがいいんだ!!
 おねえちゃんが、
 そういったもん!!」


私を引きはがそうともがく咲。
腕に食い込むその爪が、
咲の決意を教えてくれる。
腕に、ぷつりと朱が浮かぶ。
絶対に離すわけにはいかない。
離した時は、咲が死ぬ時だ。


でも。


「しなせてよ!
 わたしにはもう…
 だれもいない!」


大粒の涙をこぼしながら叫ぶ咲の言葉は、
私の心を、致命的なまでに
深く抉った。


ああ、ああ。


私はなんて、
失敗をしてしまったのだろう

咲はこんなに
苦しんでいたのに

もう、狂ってしまう寸前だったのに

咲は、ずっと救いを求めていたのに


手を、差し伸べてあげられなかった!

何の役にも立たない道徳に縛られて、
咲に何もしてあげられなかった!


咲に、『誰もいない』と
言わせてしまった!!


深い後悔の念に苛まれる。
気づけば私の目からも、
後悔の涙が幾度となくこぼれ落ちていた。


「咲!ごめんなさい…
 ごめんなさい……!」


涙ながらに懺悔する。
本来咲を止めるためだった拘束は、
無意識のうちにすがるような形に
変化を遂げていた。

でも、まとわりつきながら
肩を震わせる私を前に、
いつしか咲は抵抗をやめていた。


「ぶちょう…」


咲の呼びかけに、はっとする。
もしかしてまだ、
間に合うのだろうか。

挽回のチャンスは、まだ
残されているのだろうか。
まだ


「ゆうひ、きれいですね」

「……」

「ぜんぶもやしたら、
 らくになれるかなぁ…」


咲の目は、
真っ赤な空に向けられていた。

あぁ、やっぱり無理なんだ。
もう結末は変えられない。

絶望が私の心を
黒く塗り潰していく。
私じゃ咲を救えない。


それなら、せめて。


「燃やしちゃおっか…」

「なにを、ですか?」

「私達」


咲と、一緒に逝こう。


「いいんですか…?」

「うん…最期くらい、付き合わせて」

「……はい」


私は咲の手を取って。
咲は私の手を握る。

咲が再び歩み出す。
私はもう咎めない。

言葉を挟まず歩き続ける。

やがて、柵に行き止まり。

当然のように乗り越える。


目の前はもう、空しかない。
真紅に彩られたその空は。

きっと、私達を同化して。
全てを燃やし尽くすのだろう。


「でも」

「でも?」

「もし、生きてたら」

「いきてたら?」

「その時は、私を…
 あなたのお姉さんに
 してくれないかなぁ…」

「…」

「…はいっ…」


しゃくりあげながら、
咲が答える。


あぁ、ちょっと救われた。


少しばかりの希望を胸に、
私達は空に身を乗り出して。
私達は同化する。



そして、私たちは燃やされた。



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「なんで…なんでじゃ!
 なんであんたは、
 こげなことを…!!」

「まぁまぁ、いいじゃない、
 結果的に生きてたんだから」

「ええわけないじゃろ!
 なんで、わしに相談もせんで…
 せめて理由を聞かせんしゃい!!」

「……」

「久!!」


「…咲を、助けられなかったから」

「は?」

「挽回するためには、
 一度燃える必要があったの」

「…どういう意味じゃ」

「…あなたには
 多分一生わからないわ」

「…それだけじゃわからん…
 せめて少しは説明を」

「わからない方がいいのよ。
 あなたはそのままでいて頂戴」

「久…」



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「…咲さん…なぜ…どうして、
 こんなことを……」

「……」

「咲さん!」

「何もかも、燃やしたくなったからかな」

「…どうして」

「一番大切な人に、
 拒絶されたから」

「…だとしても、なんで
 部長が一緒なんですか」

「一緒に燃えてくれるって
 言ったからだよ」

「そんな…」

「部長ね、言ってくれたんだ。
 もし生きてたら、
 お姉ちゃんになってくれるって」

「だったら…だったら、
 自殺なんてしなくても
 いいじゃないですか…!」

「私にはね、
 お姉ちゃんはいないんだ。
 だって、
 お姉ちゃん言ってたもん。
 『私に妹はいないって』って。
 だから、私たちが
 姉妹になるには生まれ変わる
 必要があったんだよ」

「咲…さん…」



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「そっちはどうじゃった」

「駄目でした…
 とてもまともな
 心理状態とは思えません…」

「そうか…久の奴は
 別に変なそぶりは見えんかった…
 じゃけど、口を割ろうとは
 せんかった」
 
「ただ…久の口ぶりでは、
 今回の件は咲を助けようとして
 やらかしたようじゃ」

「咲さんは言ってました。
 部長と一緒だったのは、
 一緒に燃えてくれるって
 言ったからだと」

「久も言うとったな」

「…私じゃ駄目だったんでしょうか」

「和?」

「たまたま部長がそこに居たから?」

「私がそこに居たら、
 私でもよかったんでしょうか」

「それとも、私では、
 一緒に燃えることは
 できなかったんでしょうか。
 それとも「和!」


「…すいません」

「頼む…あんたまで
 そっち側に行かんでくれ…」



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私達の自殺未遂は、
世間ではありふれた
『事故』として扱われた。
理由は単純で、私がそう主張したからだ。

屋上の柵が老朽化していて、
咲が体重を乗せたはずみに
崩れてしまったと。

私はそれを助けようとして、
乗り出して巻き込まれたのだと。

もちろん、この言い訳には無理がある。
老朽化した柵など
存在しなかったのだから。
それでも、学校側は
私の主張を受け入れた。

おりしもインハイ全国初出場に
地域中が沸き立つ中、
メンバーの二人が自殺未遂、
ましてそのうちの一人は
学生議会長、というのは、
学校側としても到底発表できる
内容ではなかったのだと思う。


奇跡的にも軽症で済んだこと、
事故として扱われたことで、
傷が癒えた私たちはそのまま無事
退院することができた。



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退院するなり、私たちは
何事もなかったかのように
麻雀部に復帰した。


「ツモ!11600!!」


バシン!と牌を叩きつけながら、
高らかに和了宣言。
うん、いつになく調子がいい。


「まーた久の一人勝ちか」

「全然あがれないじぇー…」

「私達が入院してる間に
 弱くなったんじゃないの?」

「お前さんがバカツキすぎなんじゃ!!
 それに引き換え…」


まこが眉をひそめながら
ある方向に目を向ける。
視線方向には、咲の姿があった。


「咲ちゃんがラスとか珍しいじぇ」

「…大方入院中に、久に
 養分を吸い取られたんじゃろ」

「ちょ、ちょっと染谷先輩!
 そんなのじゃないですよ!!」

「ごめんね、咲。
 ちょっと吸いすぎちゃったみたい」

「もう、部長まで!」


あっはっは。
部室内が穏やかな笑いに包まれた。
ほっぺたを膨らませる咲も、
本気で怒っている様子はない。


それは、一度は失われた日常が
戻って来たようだった。



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部活が終わった後、私は
用事があるからと一人で居残った。
皆が帰ったしばし後、

とんとん、

と部室の扉が叩かれる。


「どうぞ?」

「失礼します」


扉を開けて訪れたのは、
息をきらした咲だった。


「はぁ、はぁ…
 お待たせしました…」

「いや、むしろ早すぎじゃない?
 途中までみんなと
 帰ったんでしょ?」

「はい。別れてから
 猛ダッシュで戻ってきました」

「そんなに急がなくても
 よかったのに」


お茶を渡しながら、
呆れたように肩を竦めると、
咲は心外だとばかりに
頬を膨らませる。


「少しでも長く部長と
 一緒に居たいんですよ!」

「それなら最初から一緒に
 残ればよかったじゃない」

「駄目ですよ、
 和ちゃんに疑われます」

「というか、そこを気にするなら
 麻雀のほうを何とかなさいな」

「だって、全国に行く目的が
 なくなっちゃったし…」

「まこも静観はしてるけど、
 まだ疑っているみたいよ?」

「はい…時々染谷先輩の
 視線も感じます」


そう言いながらため息をつく咲。


「いっそあの二人には
 話しちゃっていいんじゃない?
 話せばわかってもらえると思うけど」

「駄目です。あの二人は
 普通の人ですから」

「…私的には、和はけっこう
 こっち寄りだと思うけど?」

「…和ちゃんは私から
 部長を奪おうとしますから」


咲の目が鋭くなる。
その目には敵意と恐怖が
色濃く映し出されていた。


「部長。やっぱり退学しませんか?」

「なんでそうなるのよ」

「だって、学校をやめて
 二人で暮らせば、ずっと一緒に
 居られるじゃないですか」

「得策じゃないわ。
 私たちは未成年だし、親が何かしら
 対策を打ってくると思う。
 今は現状維持よ」

「でも…」

「大丈夫よ、咲」


目の光を失っていく咲を抱き寄せて、
そのまま腕の中に包みこむ。


「大丈夫、近いうちに
 必ず二人で過ごす
 方法を見つけるから。
 なんたって、私はあなたの
 お姉ちゃんなんだもの」

「……ぶちょう」


ゆっくりと頭を撫でてやると、
咲は子猫のように目を細めて、
私の胸に身を委ねた。



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咲はいつでもどこでも
私について回るようになった。

ようやく差し伸べられた手を
離したくないとばかりに。
私から片時でも離れることを嫌がった。


私とずっと、一緒に居いたい。


咲は、そのためだけに、
他の全てをあっさり切り捨てようとした。
学校を辞めようとするのもその一端。


もちろんそれは破滅の道だ。
私達の親は私達の行動を
黙認するだろうか?

未成年の子供で二人、
生きていくためのお金をどう稼ぐ?

問題が山積みだ。


でも、いっそ。


行けるところまで行っちゃって、
どうしようもなくなったら、
二人でまた、燃えちゃえば?


なんて考えが、
気軽に頭に浮かぶくらいには
私も壊れている。


協力者が必要だと思った。

私が本格的に狂う前に、
現実的なプランを立てられる人が。



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「というわけで、ゆみ。
 よろしくね!」

「異議を申し立てたい」

「異議を却下します♪」

「なんて横暴な裁判官だ…!」

「まあまぁ。そんなわけで、
 合法的に咲と一緒になれる方法を
 考えてほしいのよ。
 私が重症化する前に」

「…私には、すでに君が重症に思えるが」

「あら、どの辺が?」

「彼女の自律を促そうと
 しないところだ。
 根本的なところが間違っている。
 この問題を解決したいなら、
 依存症を治すのが一番だろう」

「あー、うん。そこは
 ゆみの言う通りなんだけどね」

「治す気はないのか?」

「ないわね」

「あっさり言い切るんだな」

「社会道徳はもういいの。
 私はそれにとらわれて、
 一度失敗してるから。
 咲は私と一緒に居たい。
 なら私はその手段だけを考えるだけよ。
 シンプルでしょ?」

「…君をそこまで突き動かすのは、
 彼女への愛情か?それとも、
 一度救えなかったことへの贖罪か?」

「…さぁね。でも私はあの時、
 もし生き残れたら
 咲のお姉さんになると決めた。
 それだけよ」

「…そうか」

「というわけで、そのための
 具体案をあげて頂戴」
 
「…はぁ。まぁ、
 ありきたりな案になるが、
 一番手っ取り早いのは
 麻雀のプロになることだろう。
 今度のインターハイで活躍して、
 君がプロになることができれば、
 収入の問題は解決する。
 卒業後、宮永さんを
 マネージャーにでも任命すれば、
 対外的にも問題はないだろう」

「…簡単に言ってくれるけど、
 清澄高校は無名の初出場校なんだけど?
 ちょっと活躍したくらいじゃ
 目に留めてもくれないんじゃない?」

「もちろん突出した活躍が必要だろう。
 例えば、中堅で他校を飛ばすとか。
 …白糸台を倒せれば間違いない」

「白糸台…でも、私はあの女とは戦えない」

「…直接戦う必要はない。
 言い方は悪いが、
 むしろ宮永照に「あいつの名前を呼ばないで」
 …彼女にボロ負けしていれば、
 君に回って来る頃には、
 清澄は窮地に陥っているはずだ。
 そこから逆転劇を見せれば、
 間違いなくプロの目に留まる」

「まぁねぇ…うーん、
 でも、結局現状維持かぁ」

「現状維持が一番さ。
 どうせ元々全国制覇
 するつもりだったんだろう?
 随分弱気になってるじゃないか」

「実利が絡んでくるとどうしてもね…
 まぁ、でも、ゆみの言う通りだわ。
 よーし、狙うは予定通り全国制覇!
 打倒白糸台よ!!
 狙いはもちろん咲との生活のため!
 これなら咲もやる気を取り戻すでしょ!!」



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清澄高校は怒涛の勢いで勝ち進んだ。

初戦は私が他家を飛ばして終了。

二回戦は途中沈んだものの、
結局は咲が他校を圧倒して、
シード校の永水、
全国ランク五位の姫松を抑え一位通過。

準決勝もなんだかんだで通過し、
決勝まで駒を進めた。


残すは決勝ただ一戦。


そんな時だった。
私達の前に、彼女が姿を現したのは。



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名乗られるまでもなく、
彼女が誰かは一目でわかった。

女性としては珍しい長身に、
整った顔立ち。
藍色の長髪を纏う彼女は、
自らの名を弘世菫と名乗った。
…私たちが倒すべき白糸台高校の代表だ。


「うちの照が、
 貴方達と話がしたいそうだ」

「貴方達?それは、
 誰のことを指すの?」

「妹さんと、竹井さんを、
 と言っていた。つまりは貴方だ」

「…私のことを知っているのね」

「ああ」


突然の来訪者の提案に、正直私は逡巡した。
私はあの女を前に、
この渦巻く激情を抑えきれるだろうか。


「…会うのはいいけど…
 正直私は、彼女のことを
 相当憎んでいるわよ。
 ひょっとしたら本気で殺しかねない」


思ったままを口に出す。
日常会話ではありえない、
明確な殺意がこもった私の言葉。
何も知らない優希が、
恐怖と戸惑いの表情を見せる。
ごめんなさいね。
でも、今は
つくろってる余裕がないの。


「というか、会いたいというのなら
 直接そちらから
 いらっしゃるのが筋なのでは?」


意図的に省かれた和が、
やはりこちらも敵意を隠さず
とげのある言葉を投げかける。


「本人が来れなかったのには
 重大な理由がある。
 それは、
 会えばすぐわかるだろう」

「殺す殺さないについては…
 そうだな。その時は
 お前が照を殺す前に、
 私がお前を殺すだろう。
 だからそこは心配しなくていい」


突然複数の敵意に晒されたにも関わらず、
彼女は気圧されることなく
淡々とそう答えた。

そしてこの回答を
さらりと言ってのけるあたり、
彼女も普通ではない
人間であることを予感させた。


「咲…どうする?」


傍らに身を寄せる咲に目を向ける。
その目には、明らかに
不安の色が目にとれる。


「私は…」

「いやなら行かなくてもいいのよ」

「…行きます。
 行かないといけないと思うから」


咲は、不安そうな面持ちで、
私の服の裾をぎゅっと握る。
それでも咲は、
彼女と対峙する道を選んだ。

咲のその決意は、
私に言いれぬ不安をもたらした。



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カツン、カツン、
カツン、カツン。


ホテルのロビーに、
私たちの足音が木霊する。


カツン、カツン、
カツン、カツン。


辺りに私たち以外の人影はなく。
張りつめた緊張感が、
私達を支配していた。


カツン。


「この部屋だ」


歩みを止めた弘世さんがそう告げる。
その場所は、私たちのホテルから
拍子抜けするほど近かった。
まぁ、目的の会場が同じなのだから
当然なのだけど。

正直言えば、もう少し
心の準備をする時間がほしかった。


「入る前に一言だけ言っておこう」


ドアノブに手をかけたところで、
振り返った弘世さんがさらに告げる。


「…何かしら?」

「今の照は、重度の病を患っている。
 できれば、その辺を考慮してほしい」


今このタイミングで言うことか、
と内心うろたえながらも、
私は鋭くこう切り返した。


「彼女次第よ。
 彼女が咲に敵意があると判断したら、
 病人だろうと容赦しないわ」


その言葉に、目の前の人間は初めて
人間らしい反応を見せる。


「敵意…か。むしろ照が
 そんな奴だったら…
 私はこんなに
 苦労しなくてすんだんだがな」


それは、苦笑だった。
だが、ただの苦笑で終わらせるには
あまりにもくたびれた笑顔だった。


「照、入るぞ」


彼女は気品を感じさせる所作で
本人の所在を確認した後、
ゆっくりと音を立てず扉を開いた。



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本当のことを言えば。

私は、出会い頭に
張り手の一発と罵倒の一つくらいは
浴びせてやるつもりだった。


でも。


目の前に飛び込んできた彼女の様相に、
私は思わず言葉をなくして、
ただ立ち呆けることしか
できなかった。


「来てくれてありがとう…
 こんな出迎えでごめんなさい」


そう私達に声をかける彼女の顔は
病的にまで白く透き通っており、
それは本来生き物が持つぬくもりを
全く感じさせなかった。

ソファーにぐったりと
もたれかかる彼女は、
その白すぎる肌と相まって、
余命いくばくか、
と言われても頷けるほどの
儚さを纏っている。

さらに目を引いたのは、
彼女の前のテーブルに置かれた
色とりどりの薬たち。

その夥しい薬の量は、
「オーバードーズ(過量服薬)」
を疑わせるものだった。


「照…大丈夫か?」

「うん、今は大丈夫。
 薬が効いてるから」


そう答える彼女の目は
焦点があっていない。


「お…お姉ちゃん?」


この姿は、妹である咲にとっても
予想外だったのだろう。
明らかに狼狽しながら、
咲は彼女に呼びかける。


「咲…来てくれたんだね。
 ありがとう。
 私はほら、ようやく治ったよ」


何が治ったというのか。

私にはわからなかった。
ただ一つ、確実に言えることは。
彼女はまだ何かを患っている。


そんな私の疑念を察したのかどうか。
彼女はまるで日記でも
読み上げるかのように、
淡々と事の真相を語り始めた。



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私は、咲に依存していた

それは、とても強くって

普通じゃない、
とお医者さんに言われた

このままじゃ、
私の人生はもちろん
咲の人生まで
駄目にしてしまうと言われた

咲のためにも治しなさい、
と強く言われた

でも、私は自分だけで
咲の側を離れることはできなくて

だから、お母さんに頼んで、
引っ越ししてもらった




しばらくはすごくつらかった

お薬をいっぱい飲まないと、
あふれる気持ちを抑えられなかった

でも、高校に入ってからは、
菫がそばにいてくれた

お薬の量が、ちょっと減った




咲が、私に会いに来た

私のせいで、
咲は私と同じになっていた

その日はなんとか追い返して
しばらくは何もなかったけど

今年になって、
インターハイの参加選手の中に
咲の名前を見つけた




咲は、まだ私にとらわれている

このままじゃ、
私のせいで咲が不幸になる

こわい

咲を解放しないといけない

咲を、私という地獄から
解放してあげないといけない

だから、妹はいないことにした

それは、私には
死ぬよりつらいことだけど

姉として咲のために
やらなければいけないこと




でもそれは私の思い違いだった

咲の側には、ある人の姿があった

竹井さん

彼女からは、咲のかけらを感じた

きっと、あの人は
咲にとって大切な人

咲はもう心配ない

後は、もう、私だけだ

私が治れば、咲は幸せになれる

お薬をもっと増やせば、
なんとか


「もういい…もういいんだよ…!」


耐えきれなくなった咲が、
お姉さんに駆け寄って抱き締めた。



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「竹井」

「…何かしら?」


ひどく自分の場違い感を
感じていた時に、不意に
弘世さんから声をかけられた。


「この件、お前はどう思う」

「…そうね。いろいろ
 思うところはあるけれど、
 『馬鹿らしい』が
 一番しっくり来るかしら」

「…お前とは気があいそうだ」


皮肉めいた表情で彼女は笑った。


あぁ、本当に馬鹿らしい。

とどのつまり、
二人は相思相愛だった。

周りの人間がくだらない
おせっかいをしなければ、
何も問題は起きなかったのだ。

最初から、
彼女達二人で完結していれば、
後は何もいらなかったのだ。


「私のしてきたことは、
 何だったのかしら」

「決まっているだろう。
 最高の仕事だ」


自虐じみた独り言に返ってきた
予想外の言葉に、私は思わず
彼女の顔を窺う。


「お前のおかげで、
 妹さんは照の呪縛から解放された」

「そしてそれがあったから、
 照は妹さんと
 向き合う決心ができた。
 今はあんなだが、
 じきに快方に向かうだろう」

「茶番に見えるのは私も同感だ。
 だが、これが
 茶番になってくれたのは、
 お前のおかげに他ならない」

「それは、
 私にはできなかったことだ」


思いがけない優しい言葉に、
思わず熱い何かがこみあげてくる。

でも。

でも。



「そのせいで、私は、咲を失う」



私の言葉に、これまた弘世さんは
やれやれとかぶりを振った。


「お前、実はまだ妹さんとの
 付き合いが短いな?」

「え?」

「これでお役御免で解放されると思うなよ。
 結局のところ、宮永家の人間は…」



「一度心を開いた相手を
 二度と離そうとはしない」



久しぶりにぞくりと鳥肌が立つ。
でもそれは、私に恐怖や不安を
もたらしたものではなかった。

私は、まだ期待していいのだろうか。
まだ、必要とされているのだろうか。

すがるような目で彼女を見ると


「その様子だと大丈夫のようだな。
 お前は妹さんと
 うまくやれるだろう」


彼女は私にこう返した。
ついでにこんな毒を吐きながら。


「というか、なんで私の周りはこう、
 狂人ばっかりなんだ」



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話が終わった後、咲は私と一緒に
自分のホテルに戻ってきた。

そのことが私にはとても意外で。
私はつい、思いとは裏腹の言葉を
咲に投げかけてしまう。


「戻ってきてよかったの?
 今日はあっちに泊まっても
 よかったのよ?」

「いいんです」

「でも、せっかく
 誤解が解けたんだから」

「いいんです」

「でも…」

「そんなことより、部長が
 ずっと泣いていることの方が大変です」


そう言って、咲が私を抱き締める。


「泣いている?私が?」

「今も私の頭にポタポタ落ちてます」


言われてみて初めて気づく。
私の頬からは涙が零れ落ち、
咲の髪を濡らしてしまっていた。


「それに、ずっと震えている
 じゃないですか」

「…そうだった、かしら?」

「はい」

「あの時から、ずっと震えてます」


ぎゅっと、咲が、力をこめる。
私の震えを抑えるように。


「ごめんなさい、咲…
 ちょっとだけ、泣かせて頂戴」

「いいですよ、
 ずっと…ずっと、
 このままでもいいです」

「ありがとう…」


咲の中で、私は泣いた。

怖い。

怖い、怖い、怖い。

咲に捨てられるのが怖い。

咲がお姉さんを抱き寄せた時から、
咲に捨てられるイメージが
頭から離れない。

離れてくれない。


「咲…私を捨てないで」

「…なんだか、立場が
 逆になっちゃいましたね」

「…ごめんなさい」

「謝らないでください。
 むしろ、私は嬉しいですから」

「…いいの?私はまだ、
 咲の側にいていいの?」

「……」

「咲?」

「お姉ちゃんと仲直りできて、
 うれしいのは事実です」

「……」

「お姉ちゃんのことが
 好きだったのも事実です」

「…だったら」

「でも、そのお姉ちゃんが
 教えてくれたんです。
 姉妹じゃ、愛し合うことは
 できないって」

「そんなの、道徳的な問題よ!」

「それに、お姉ちゃんと
 部長では、愛の種類が違うんです」

「愛の…種類?」

「はい。一時はお姉ちゃんに
 なってもらおうとしましたけど…」

「途中から、もっと別の関係が
 いいなって思ったんです」


そう言って、彼女は私の顔を見つめる。
その頬は、うっすらと
赤みを帯びていた。


「これが、どういう意味か、
 わかりますか…?」

「…そこまで言われて
 わからないほど、私は鈍くないわ」

「でも」

「言葉がほしいの。
 どういう意味か教えて頂戴」


私は咲を抱き返し、
咲の顔をじっと見つめ返す。
すると、


「好きです…部長。
 ずっと、これからも、
 私の側にいてください」


そう言って咲は目を閉じる。


「私も、好きよ…愛してる。
 もう、一生離さないから」


私も咲に言葉を返すと、目を閉じる。



そして、私たちは唇を重ねた。




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決勝戦はおおよそ
思った通りの展開となった。

咲との邂逅で息を吹き返し
全力全開となった宮永さんが、
優希を含めた他家を
その旋風で吹き飛ばした。

次鋒戦では、これまた弘世さんが
文字通り矢継ぎ早に相手を射抜き、
他者を蹂躙した。

中堅戦は、私のターン。
持ち前の悪待ちと、
咲からもらったエネルギーで
白糸台を追い上げる。
ただ、次鋒戦までの
マイナスが大きすぎて逆転はならず、
副将につなぐことに。

副将戦はあまり動きがなく、
若干白糸台と点差が詰まったくらいで。

最後は、咲が驚異的な
追い上げを見せるものの、
それでも点数差を
埋めきるには至らず…

そのまま辛くも白糸台が逃げ切った。



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…一年後。








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フラッシュの眩しさに目がくらむ。
圧倒的な物量に圧倒されていると、
目の前にぬっとマイクが顔を出して、
私の前に差し出された。


「竹井プロ!ついに来週は宮永プロとの
 初対決になりますが、
 今のお気持ちはいかがですか?」

「正直意気込みとかはないですね…
 照とはプライベートでは
 ちょこちょこ打ってますし…」

「なんと!戦績をお聞きしても
 よろしいですか!?」

「ノーコメント。
 あ、でも、もちろん
 勝ったこともありますよ」

「では、対戦相手の宮永プロに
 一言メッセージをお願いします!!」

「そうですねぇ…あ、じゃぁ。
 照ー、この勝負、勝ったら私、
 咲と結婚するからー」

「まさかの結婚宣言!?」

「ちょ、ちょっと部長!
 何言っちゃってるんですか!?」

「咲、動揺しすぎて
 呼び方が戻っちゃってるわよ。
 それとも、いやだった?」

「はい、正直…
 結婚、延びちゃうかも
 しれないですし…」

「嫁が信じてくれてない!!」



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『嫁が信じてくれてない!!』


「…あいつはなんで
 お茶の間に流れる全国ネットで
 わざわざ恥をさらしてるんだ…」

「でも、久らしい」

「まぁ、そうかもしれんがな…
 にしてもこれ、
 うっかり私が勝ってしまったら
 殺されるんじゃないか?」

「私が勝つから大丈夫」

「…そうまできっぱり
 言い切られると、是が非でも
 水をさしたくなってくるな」

「私が勝つから大丈夫」

「二回も言うな!
 別に大切なことじゃない!!」

「ついでに言うと、
 私が勝ったら私も菫と結婚したい」

「…私にその手の趣味はないんだが?」

「私が勝ったら私も菫と結婚したい」

「だから二回も言うな!」



--------------------------------------------------------



インタビューが終わったその後。
私はまだ咲の前でむくれた顔を披露していた。


「まったくもう…ちょっとくらい
 信じてくれてもいいじゃない」

「ごめんなさい…
 信じてないわけじゃないんですけど、
 あんまり急だったから」

「一応言っておくけど、
 軽い気持ちで口を
 すべらしたわけじゃないわよ。
 本当は、ずっと前から考えてた」

「わかってます」

「これは、私にとってのけじめなの。
 咲は私を選んでくれたけど、
 それでも照はライバルだから。
 結婚は公式の場で決着を付けてから、
 ってずっと思ってた」

「わかってますけど…
 私、けっこう独占欲強いんですよ?」

「知ってるけど?」

「だったら、これ以上
 お姉ちゃんのことばかり
 考えないでください。
 お姉ちゃんのこと、
 許せなくなっちゃいます」

「あー…そう来るかー。
 それは盲点だったわ」

「ついでに言うと、
 菫さんとも仲いいですよね?」

「…菫のは、照に関する愚痴を
 聞いてるだけなんだけど…
 というか、咲も一緒に居たでしょうが」

「私が一緒に居るのは当たり前です。
 一緒に居ても、
 私以外のことを考えてたら
 その時点で浮気です」

「…そか。じゃぁ、
 縁切っちゃおうか」

「そうですね。
 考えておいてください」



--------------------------------------------------------



今現在に至っても、
私達の病気は全く治る気配がない。

治るどころか、
共依存は以前よりずっと悪化している。

私達は、片時たりとも離れない。

対局の時ですら、
私は傍らに咲の祈りが
籠められた人形を抱えている。
それがなければ、
私は瞬く間に正気を失うだろう。


人は、時として私たちを
狂っていると罵る。

だが、それが何だというのかしら。

他人がどう思おうと関係ない。


私は時々考える。


(これってハッピーエンドなのかしら)


そうしてこう結論付けるのだ。




(うん、文句なしにハッピーエンドだわ)




(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2014年07月28日 | Comment(3) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
素晴らしい
Posted by at 2014年07月30日 00:53
ありがとうございます。
何気に咲久が書きたくてブログを立ち上げたようなものなので喜んでいただけてうれしいです。
Posted by 管理人(ぷちどろっぷ) at 2014年08月07日 23:07
ヤンデレごっこから。咲久ほんと好き。しかし咲久は拗れる率高いのは何でだろうw
Posted by at 2014年08月14日 01:18
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