現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
欲しいものリスト公開中です。
(amazonで気軽に支援できます。ブログ継続の原動力となりますのでよろしければ。
『リスト作成の経緯はこちら』)
PixivFANBOX始めました。ブログ継続の原動力となりますのでよろしければ。
『FANBOX導入の経緯はこちら』)

【咲SS:咲久】咲「私が、部長を救うんだ!」【ヤンデレ】

<あらすじ>
部長は、頭が良くて、かっこよくて、優しい人です。
こうやって書くと、まるで完璧な人みたいだけど。

でも、実際にはすごく寂しがり屋なんです。

だから私、部長のことを、
支えていきたいと思ったんです。

<登場人物>
竹井久,宮永咲,染谷まこ,原村和,片岡優希

<症状>
※狂気、依存

<その他>
※部長の両親は離婚している設定。
 ただ、部長はそれを気にしてません。

※表現はぼかしていますが、
 猟奇的なシーンが出てきます。苦手な方は回れ右。
 後、絶対に現実ではやらないでくださいね。

※前半ちょっとダルいかもしれません。
 後半から急展開。

※作中に出てくる著作品は架空のものです。

--------------------------------------------------------



その日、私は行きつけの図書館に来ていた。

目的は、読み終わった本を返して、
新しい本を借りるため。
まあ、図書館だから当たり前だよね。

今回借りた本はシリーズの上巻だったけど、
とっても面白かった。
これなら下巻にも期待できそう。
久しぶりのヒットに足取り軽く
司書さんのところに向かう。


「あー、この本はあっちの県立図書館にしかないですね」

「えぇっ!?そうなんですか…」


私は思わず嘆きの声をあげた。
なんで、下巻だけ置いてないの!?


「取り寄せもできますけど…
 一週間くらいかかっちゃいますね」

「あ、いいです…今から自分で借りに行きます」

「かしこまりました。では、予約処理だけしておきますね」


もうすっかり今日読む気満々になっていた私は、
一週間も待てなくて。
その足で、そのまま県図書に向かうことにした。

県図書はちょっと遠いから、
今まで一度も行ったことがなかったんだけど…
これを機に、テリトリーを広げてみるのも悪くないかも。


「よーし!がんばるぞー!」


私は意気揚々と右手をあげた。



--------------------------------------------------------



「うぅ…冒険なんてするんじゃなかったよ…!」


私は図書館の長椅子に腰掛けながら、
がっくりとうなだれた。

県図書につくまでに3時間もかかった。
もっとも、実際の距離はそうでもなくて、
本当なら1時間くらいの距離のはずなんだけど…

そして、県図書についてからも、
1時間くらい迷いっぱなし。

「なんで図書館って
 迷路みたいになってるのかな…」

ぶつぶつ文句を言いながら貸出票を眺める。
そもそも、633とか、番号で言われても困るよ…

はぁーっと、大きなため息を一つ。
気を取り直して大いなる迷子の旅を
再開しようとしたところで、
私は声をかけられた。


「やっほー」


顔をあげると、そこには見覚えのある
赤髪の女性の姿があった。


「ぶ、部長!?」

「こんにちは。さっきから
 同じところをぐるぐると回ってたけど、
 もしかして迷ってた?」

「えぇ!?わ、私、そんなに
 同じところ通ってました!?」

「軽く5回は」

「5回も!?」


我ながら自分の方向音痴に呆れてしまう。
5回も通ったなら覚えようよ…!


「ほら、貸出票見せてごらん?」

「あ、はい…」

「へー…この人かー。
 見かけによらず渋い本読むのね」

「ご、ご存知なんですか!?」


この人、ものすごくマイナーなはずなんだけど…
相変わらず、部長の底知れなさにはびっくりだよ。


「ええ。割とよく読むわ。
 連れて行ってあげる」

「あ、ありがとうございます!」


そう言って、ニカッと笑って、
スタスタと進んでいく部長。
その歩みは、すでに場所を知っている動きだった。

置いてある場所まで知ってるんだ…
改めて、部長ってすごいなって思う。

私は、頼れる人を見つけた安心感を覚えながら、
その後をついていった。



--------------------------------------------------------



目的の場所に向かう途中、部長と軽くお話をした。


「へえ…じゃあ咲も、
 例のトラップにかかった口なのね」

「トラップですか?」

「ええ。あそこの図書館って、
 この作者の著書は全部上巻しか置いてないのよ」

「なんで!?」


もうそれ、すでに嫌がらせのレベルだよ…
しかも、それでいて下巻の申請がないって、
やっぱり人気ないのかな…


「さぁ、気になった誰かが
 とりあえず上巻だけ図書館に申請して、
 面白かったから、
 下巻は自分で買っちゃったとか?」

「うう…じゃあ、下巻を読みたかったら
 毎回こっちに来ないといけないんだ…」

「ま、そうなるわね」


私は今日一日の苦労を思い出してげんなりする。
次来る時も、部長がいてくれたらいいんだけど…


「はい、630エリアに到着!」

「あ、ありがとうございます」


そうこうしているうちに到着した目的地。
そこは、とても入り組んだところにあって。

狭い奥まったスペースに、
1つ分の本棚だけ置かれていた。
いやいや、これは私じゃなくてもわからないよ…


しかも…


「うわぁ…見つからないよぉ…」


631…632…633…634…
うん。やっぱりない。


「これまたありがちトラップねぇ」

「うう…そうですね…」


この場合、考えられるのは
返却直後でまだ格納されていないか、
整理ミスでどこか別のところにあるかだけど…

朝の時点で普通に予約できたことを考えると、
後者の可能性が高い。
そうなれば、司書さんに言っても
今日中に見つかるとは限らなかった。


「今日読みたいからわざわざ来たのに…」


私は、へなへなと力なく座り込んだ。
そんな私に、部長が神の一声。


「よし!じゃあ私の家に行きましょう!」

「えぇ!?なんで!?」

「私、この作者の本は
 あらかた揃えてるから。貸してあげるわ!」

「わ、悪いですよ!」

「いいのいいの!それに、
 こんなマニアックな本読む人なんて
 そうそういないもの。
 語り合える人を増やしたいじゃない?」


あ、その気持ちはわかるかも。
やっぱり読み終わった後はおしゃべりしたいよね。


「さ、行きましょ?」


部長は私の手を取って微笑んだ。
その笑顔が、なんだかとってもかっこよくて。
私は頬に、熱がたまっていくのを感じた。

その日は、散々な一日だったけど。
そのおかげで、部長と出会えたんだから…
これはこれで、プラマイゼロなのかもしれない。

私は、繋がれた部長の手をぎゅっと握った。



--------------------------------------------------------



それから私は、部長から本を借りるようになった。


「あ、部長。この本、ありがとうございました」

「もう読んだんだ。どうだった?」

「全体的にちょっと狂気が漂ってるのが
 気になりましたけど…
 すっごく面白かったです」

「でしょでしょ。なんか癖になるのよね」


部長が貸してくれる本は、
どれもとっても面白い。

しかも部長がすごいのは、
ジャンルはどれもバラバラなのに、
それらがちゃんと、全部面白いこと。


「他には、何かお薦めないですか!」

「そうね…じゃ、これはどうかしら?」


部長はちょっと考えた風の顔をして、
ある一冊の本を取り出した。


「『顔のない顔』…ですか」

「ええ。咲と私の好みがぴったり一致するなら、
 多分気に入るんじゃないかしら?」


それは黒い装丁の、ちょっとダークな感じの本。
表紙にはタイトルだけが記載されていて、
カバーにもあらすじすら書いてなくて。
これまた、ちょっと普通じゃない印象を受ける。

こういう本、どうやって見つけてくるんだろう。


「これって、どんなお話なんですか?」

「先入観を与えたくないから秘密!」


そう言って、にしし、と笑う部長。
相変わらずイタズラっぽいことが好きだなぁ。
まあでも、部長のおすすめなら間違いないよね。


「じゃあ、お借りしますね」

「ええ、ぜひ感想を聞かせてちょうだい」


部長はそう言って、にっこりと笑った。
よーし、家に帰ったらさっそく読んでみよう!



--------------------------------------------------------



家に帰った私は、夢中であるものを読みふける。
といってもそれは、部長が貸してくれた本ではなかった。

借りた本の内容は、非常にシンプル。
とても明るくて表情豊かだった女の子が、
ある事件をきっかけに孤独と絶望を味わい、
表情を失っていくという物語。


正直に言ってしまえば、
この本をおもしろいとは思えなかった。
話が終始一本調子で、最後の最後まで
似たような展開の繰り返しだったし。

おまけに、登場人物が揃いも揃って
狂っているものだから。
言動の動機がまったく理解できなくて、
全然感情移入ができなかった。


今回は、ちょっとはずれかな…?


今回は、部長と私の好みが一致しなかったのかも。
そのことを少なからず残念に思いながら、
私はぱたんと本を閉じる。すると、その時…


パサッ…


ブックカバーの隙間から、
四つ折りにされた原稿用紙が抜け落ちた。


「え…?」


取り上げてみたそれには、

『読書感想文
 ●年●組 上埜竹井 久』

と記されていた。
どうやら部長は、この本で読書感想文を書いたらしい。
え、わざわざ、この本で?


他にも気になる点がある。
例えば、『上埜』という文字が、
線で消されているところとか。

もしかして、書いてる途中で
ご両親が離婚したのかな…


う、うぅ…中身がすっごい気になるよ…

ごめんなさい!


心の中で謝りつつも、つい原稿を読み始めてしまう。
感想文の冒頭はこんな書き出しで始まっていた。


『読書感想文
 ●年●組 上埜竹井 久』

『この本の感想は、おそらくは大きく
 二つに分かれるのではないかと思う。』

『一つは、序盤から物語の結末が見えている上に、
 登場人物にまったく共感できず、
 ストレートにつまらないと感じるタイプ。』


私は心の中で頷いた。
うん、私は完全にこのタイプだったよ。


『そしてもう一つは、読んでいて涙が止まらなくなり、
 読み続けることすらできなくなるタイプ。』

『私は、後者の部類に属する。』


え!?


思わず私は、その文章を二度見した。
この本で、あの部長が号泣する…?
正直、まったく想像ができないんだけど…


『この本を、つまらないと思える人は幸せだ。
 この本に、心を打たれる人は不幸せだ。』

『この本は、本当の絶望に直面した人だけが感じる、
 怒り、悲しみ、苦しみ、失望であふれている。』

『この本は、真に絶望を感じた人だけが取る
 言動であふれている。』

『それは、過去の私が取った言動と
 見事なまでに一致していた。』

『この本は、私に過去の絶望を想起させて、
 私の心を掻き毟った(むしった)。』


私は思わずゴクリとつばを飲み込んだ。

感想文からは、部長の内に秘められた
底知れない闇が見え隠れしている。

私は、普段の部長からは到底想像できない
重苦しさにとまどいながらも、
本の内容を思い起こす。

この本の登場人物は、みんな一様におかしくて、
狂ったような言動ばかりを繰り返していた。


例えば、愛する人に対して、
その身体に自分の名前を刻むことを要求したり。

例えば、愛する人を牢獄に監禁したり。

例えば、愛する人の四肢を切断してしまったり。


この中の行動を、あの、理知的で優しい
部長が取るとはどう考えても思えなかった。

というか、どれ一つとっても
犯罪だと思うんだけど…

一体部長は、この本の中の、
どれを行動に移したんだろう…


私は、感想文と今の部長とのギャップを
埋めることができないまま、感想文を読み進める。
感想文は、最後に著者の心情について
触れて結びとしていた。


『著者は、一体どんな気持ちでこの本を書いたのだろう。
 私が思うに、きっと孤独に耐えかねて。
 誰かに救ってほしくて、すがるような思いで、
 筆をとったのではないだろうか。』

『私は、この本の著者について調査した。
 残念ながら、著者はもう、
 この世を去ってしまっていた。』

『それを知った時、私はまた涙が止まらなくなった。』

『この本を、つまらないと思った人に気づいてほしい。
 この本は、助けを求めるメッセージなのだと。』

『この本に、打ちのめされた人に気づいてほしい。
 貴方以外にも、同じような思いを抱く人がいるのだと。』

『どうか、この本が多くの人の目に
 留まることを切に願う。
 この本は、この世を去った著者による、
 魂の遺書なのだから。』


そこで、感想文は終わっていた。

感想文を読み終えた私は、
強烈な無力感に打ちのめされて…
しばらくの間、何もすることができなかった。


感想文は、真に迫る凄味があって。
とても冗談で書かれているとは思えない。
だとしたらこれは、部長の、本当の心の叫び。


でも、私は…部長の気持ちに、
気づくこともできなかったよ…


自分の無力さを痛感する。


『顔のない顔』を手に取った。
そして、そのまま冒頭からじっくりと読み始める。


部長は、この本を『助けを求めるメッセージ』と評した。
つまりこの中には、部長からのSOSも含まれているんだ。
私はそれを見つけなくちゃいけない。
そして…


私が、部長を助けるんだ!


何度も、何度も読みふけった。
一体どこが部長のメッセージなのかを読み取るために。


気がつけば、空は白んでいて…
私はその時初めて、
自分が徹夜したことを理解した。



--------------------------------------------------------



「どったの咲、何かすごい眠そうだけど」


目をこすりながらあくびをする私に、
部長が何気なく話しかけてくる。
私は虚ろな目で、部長の顔を覗きこんだ。


「ん?」


いつも通り、マイペースな感じの部長。
そこからは、感想文から感じた狂気の色を
読み取ることはできない。


部長は、こんな余裕たっぷりの顔の裏に、
あんな悲しみを隠しているのかな…


顔を見つめたまま何も言わない私に、
部長はとまどいの声をあげる。


「えーと…私の顔、なんかついてる?」

「部長…私、あの本読みました」

「へ?…あー、あれ読んだんだ。
 何、泣いた?泣いちゃった?」

「いえ…私は、前者のタイプでしたから」

「え!?」

「あっ…!!」


言ってからしまったと思った。
徹夜明けだからって、うっかりしすぎだよ…!
あれは、カバーの隙間に、『隠して』あったのに…


部長の顔が、一気に青ざめた気がした。


「そ、そっかー…あれ、そういえば
 読書感想文挟んでたかー」

「す、すいません…勝手に読んじゃって」

「い、いいのいいの…忘れてた私が悪いんだし…
 そ、そりゃ、入ってれば、読んじゃう、わよね」


部長が、目に見えて動揺する。
それは、さっきまでのひょうひょうとした部長からは
想像もできない姿で。

私は、あの読書感想文に綴られた叫びが、
本物だったことをあらためて理解した。


やがて部長は、両手を合わせて謝り始める。


「ごめん!気持ち悪かったわよね」

「あんな、おかしな本渡しちゃって」

「しかも、あんなのと同じ行動取ってたとか…」

「で、でもね?その、今はもう、大丈夫なの!」

「私、もう狂ってないから!」


「だから、その…嫌わないでちょうだい…」


部長はそうまくしたてると、すがるような目を私に向ける。
その目は、今にも泣きそうで。
その姿は、余りにも弱々しくて。
そこには、いつもの余裕はまったくなかった。


でも本当は。
こっちが、本当の部長の姿なのかもしれない。


そう思ったら、居ても立ってもいられなくて。
思わず、私は部長の手を取った。


「き、嫌うとか、とんでもないです!」

「むしろ、私は部長を助けたいです!」

「今でも、つらいんだったら言ってください…」

「私じゃ、あまり役に立たないかもしれないけど…」

「それでも、頑張りますから!」


不意に、目の前が真っ暗になる。
私は、部長に抱きしめられていた。


「ありがとう…」


そう言った、部長の声は震えていて。
私の頭に、ぽたり、ぽたりと何かが落ちる。


きっと、それは部長の涙。


私は、ぎゅっと部長を抱きしめ返した。
これからは、私が部長を守るんだ!



--------------------------------------------------------















--------------------------------------------------------



「うぅ…冒険なんてするんじゃなかったよ…!」


私は備え付けられた長椅子に座り込みながら天を仰いだ。
もっとも、見えたのは空じゃなくて、
灰色の天井だったけど。


きっかけは、部室におかれた一枚のチラシ。
『古書フェスティバル』と書かれたそれには、
開催日時と共に、鉛筆書きで
『10:00』と記されていた。

こんなところに行こうとするのは、
私を除けば部長くらいのものだから。
きっと、この時間に部長は
このフェスティバルに行くんだろう。

私は会場の日時と場所をノートにメモする。
少しでも、部長のことを知りたくて。
少しでも、部長のそばに居たくて。
私も、単身その催しに参加することにした。


そして、当日。


迷いながらも会場にたどり着いた私は、
部長を見つけることもできず、
なぜか、駐車場みたいなところで
長椅子に座っている。


「なんで、こういう建物って、どこも
 同じような作りになってるのかな…」


そもそも、なんで全部のフロアを
同じ色で統一しちゃうのかな?

フロアごとに色を変えるとか、
もっと、方向音痴に優しい
作りにしてもいいと思うんだ。

苦々しげに吐き捨て、灰色の地面を見つめる。


「やっほー」


一人でぶつくさつぶやいていると、
耳に響いたのは聞き覚えのある声。

見上げると、そこにはあの時と同じように、
部長が目の前に立っていた。


「ぶ、部長!?」

「咲も来てたんだ。さすが本の虫ねー」

「ど、どうしてここに?」

「それはこっちの台詞でもあるんだけど?」

「わ、私は、迷っちゃって。
 部長は…どうしてここに?」


ここ、どう見ても駐車場なんだけど…


「なんとなく、咲が迷ってるような気がしてね?」

「ええ!?」


私は、驚きと興奮に襲われた。
そんな私の様子を見て、部長は悪戯っぽくクスリと笑う。

私が居るのかも知らなかったのに、
私を見つけることができた部長。
そんなことって、できるんだろうか。
なんだか、運命的なものを感じてしまう。

まあ私は、居ることがわかっていても
見つけられなかったんだけど…


「咲は方向音痴なんだから、一人で行動しちゃだめよ?」


そう言って、部長は私の手を取った。
その手は、とても温かい。
私は部長を助けるために。
その足がかりを見つけるために、
ここに来たのに…


助けるどころか、助けられっぱなしだよ…!


なんて思いながらも、
私は頬が緩むのを抑えられなかった。



--------------------------------------------------------



それからの私は、迷う可能性があるところに行く場合は、
必ず、まず部長を誘ってみることにした。

もちろん、部長が興味ありそうなところに
行く場合だけだけど…


「あ、部長。今週末、図書館行くんですけど…」

「はいはい、一緒に行きましょうか」

「はい!」


部長はいつも快く付き合ってくれる。
だから、つい私もそれにあまえてしまう。

ま、まあこうやって、
部長と触れ合う機会が増えれば、
部長の悲しみが理解できるかもしれないし!


そんな私たちのやりとりをめざとく見つけた染谷先輩が、
ニヤニヤしながらこんな一言。


「なんじゃ、お前さんたち。図書館デートか?」


そして、みんながそれにのっかってくる。


「いつの間にそんな仲になったんだじぇ!?」

「ありえません!咲さんと部長が…
 そんなオカルトありえません!!」

「え、えっと…」

「ふっふっふ。咲は、
 私が居てあげないと駄目だからねー」

「え、いや違います!あ、違わないですけど…!」

「ち、違わないんですか!?」

「あ、いや!そういう意味じゃなくて!
 デートとか、そういうのじゃなくてね!?
 ただ、部長がいないと、私、迷っちゃうから…」

「人生という迷路にね?」

「違いますよ!?」

「た、単に道案内という意味だったら、
 別に私でもいいですよね!?」

「あ…そこは部長がいいかな…」

「そんな!?」

「やっぱり、私じゃないと駄目なんじゃない」

「うぅ…それは、そうですけど…」


皆に冷やかされて、部長にからかわれて。
私はわたわたしちゃうけれど。
でも、そんな状態に居心地のよさを感じてしまうのも事実。


「はい決定!これは、私のものです!」

「あうぅ…」

「咲さん!否定していいんですよ!?咲さん!?」


高らかに宣言しながら、私を抱きしめる部長。
言っていることは横暴なのに。
でも、その実、その腕は。
まるで壊れ物にでも触れるかのように、
どこまでも優しく私を包み込んでくれるものだから。
私はつい、それを受け入れてしまう。
結局、私は部長にあまやかされてばっかりだ。

でも、いつかは私も、
部長を支えられるようになりたいな。

そんなことを考えながら、
私は部長にその身をゆだねた。


--------------------------------------------------------



思いがけず、そのチャンスは早く訪れた。
なんと、部長が私の目の前で崩れ落ちたのだ。


「ぶ、部長!?大丈夫ですか!?」

「さ、さき…ごめんなさい、私、もう駄目みたい」


息も絶え絶えに語る部長。
その顔は青白くて生気がない。


「なっ…!?しっかりしてください!
 今、先生を呼んできますから!」

「だ、駄目…もう…」

「部長、部長!!」

「おなか、ペコペコ…」

「えぇっ!?」


部長のお腹から、ぐぅーっと腹ペコの音が鳴る。
思わず私も崩れ落ちた。


……


もきゅもきゅ。


「いやー、私一人暮らしだからさー。
 ご飯作るのとか大変なのよねー」

「だからって、倒れるまで我慢しないでくださいよ…」


私が作ったお弁当を可愛らしくほおばりながら、
部長はあっけらかんと告げる。


「って、部長一人暮らしなんですか!?」

「うん、両親が離婚したのに、私を
 引き取りたがらなかったからねー」

「!?え、あ、その…すいませんっ!」

「…別に気にしてないからいいわよ?」


自分の過去を一蹴して、にっこりと笑う部長。
でも、その笑顔には陰りが見えた気がした。


うぅ…なんで私は、いつもこうなの…?


私は自分の愚かさを恨めしく思った。

一人暮らしの理由なんて、
あの感想文に記された名字から考えれば、
容易に推測できたのに。


でも。


「それにしても、咲って料理上手なのね。
 この年でこんなの作れるとか…」


部長は卵焼きをほおばる。
あーんと口に入れるなり破顔する部長。
その笑顔からは、さっきの暗い色は消えていた。

そっか、料理だったら、私にもできる。
これだったら部長を支えられるかもしれないよ!


「な、何だったら、明日からは
 部長の分も作りましょうか!?」

「お、本当!?すっごい助かる!」


ぱあっと目を輝かせる部長。
それを見て、私もうきうきしてしまう。
よーし、明日から頑張るぞ!



--------------------------------------------------------



それからというもの私は、今までとは比較にならない位、
部長と接する機会が多くなった。


「はい、これ部長の分です」

「ありがと!」


お弁当を作るようになってから、
お昼に部長のもとを訪れるようになって。


「どうせなら、一緒にご飯食べましょ?」


という部長のお誘いに乗って、
お昼をご一緒するうちに。


「今日は、どこで食べましょうか」

「そうね、屋上とか行ってみたい!」


毎日、部長とお昼ご飯を食べるようになった。


「そういえば部長…朝ごはんとかお夕飯は
 しっかり食べてるんですか?」


そうすると次は、朝ごはんと夕ごはんの話題が挙がって。


「聞かなくてもわかるんじゃない?」

「うぅ…やっぱり、食べてないんですね…」

「一人分の御飯って、作ってもどこか
 わびしいのよね…」

「だ、だったら、私が行きますよ」

「そしたら、二人分です!」

「そっか。じゃ、今日は私の
 手料理を振る舞ってあげるわ!」


なんて、ご自宅にもお邪魔するようになった。
ちなみに、部長が作ってくれたごはんは、
すごくおいしかった。


「やっぱり、誰かに食べてもらえると、
 作り甲斐があるわよね!」

「あ、それわかります」

「これからも、時々食べに来てくれないかしら?」

「はい!」


こうして、夕飯もご一緒する日が増えた。


少しずつ、少しずつ。
部長と一緒にいる時間が延びていく。
それは、とっても楽しい日々で。


「今日の部長のお弁当、何にしようかなー」

「昨日は、和食だったから今日は洋食がいいよね」

「あ、借りてた本の貸出期限今週末だ…
 部長、一緒に図書館に行ってくれるかな…?」


気がつけば私は、いつも部長のことばっかり
考えるようになっていた。



--------------------------------------------------------



付き合いが深くなっていくほどに、
私はいろんな部長の一面を知った。

その中で一番意外だったのは、
実は部長が、すごい寂しがり屋だったこと。

例えば、こんなことがあった。
それは、夕食をご一緒した後のこと。


「じゃあ、今日はそろそろ帰りますね」

「…そっか。うん。帰らないといけないわよね」


そう言って、部長は笑顔を見せる。
でも、その笑いに力はなくて。
目には、確かに悲しさが宿っていた。


部長、きっと、寂しいんだ…


こういう時の部長は、驚くほどわかりやすい。
だから私は、勇気を出して問いかける。


「ぶ、部長!」

「なに?」

「私、本当は帰りたくないんです!
 もし、部長がよかったら…その…
 泊めてもらえませんか!?」

「…!」

「と、泊まりたいの?」

「は、はい!部長がよろしければ!」

「…そ、そっかー!泊まりたいんだー!
 それなら仕方ないわね!泊まっていきなさい?」

「ふふっ…はい!」


とたんに目を輝かせる部長。
声も、明らかにトーンが上がって。
えへへ…部長、喜びすぎだよ…
そんな、浮き足立つ部長を見ると、
私までうれしくなってしまう。
その日は初めて、一つのベッドで一緒に眠った。


また、こんなこともあった。


「咲、ちょっと手を出してちょうだい」

「…?これでいいですか?」

「ありがと。じゃ、ひーさ、と」

「え、何ですか、これ」


私の手には、大きく書かれた『ひさ』の二文字。


「えへへ…私、自分のものには名前書かないと
 気が済まないタイプなのよね」

「じ、自分のものって…もう」


はにかみながら笑う部長を見ると、
私の顔はみるみる上気して、
二の句が継げなくなってしまう。


「あ、消しちゃっていいからね?
 ちょっとした冗談だから」


そう言って事もなげに笑う部長。

でも、いつもの部長なら、
わざわざ冗談だ、なんて
宣言もしないはずなんだよね…

私は部長の瞳を覗く。
その瞳にはいつものように、
強い不安が宿っているように見えた。

そんな目を向けられると、私は胸が苦しくなって。
なんとか、部長の希望をかなえたくて。


「…残せる限りは残しておきます」


なんて、私は答えるのだった。



--------------------------------------------------------






私が感想文を読んで部長の過去を知っているからなのか。
部長は、私にだけは弱いところを
見せてくれているような気がした。

それは、部長が私に心を開いてくれているってことで。
私は、それが嬉しかった。
できる限り、部長の期待に応えたいと思った。






--------------------------------------------------------






だからもし、仮にこれが小説で。
ここで、終わっていたのなら。
この話はきっと、
心温まる物語で終わっていたと思う。


そう、ここで終わっていたのなら。





--------------------------------------------------------






もし、部長の感想文が、掲示板に貼り出されなかったなら。






--------------------------------------------------------













--------------------------------------------------------



放課後、部室に向かって廊下を歩いていると、
私は人混みができていることに気づいた。


変なの…こんなところ、
いつもなら誰も通らないのに。


そう思いながらも横目に通り過ぎようとして、
私は思わず足を止める。


「!?」


そこには、見覚えのある原稿用紙が貼りだされていた。


「え、そんな…どうして!?」


原紙じゃなくてコピーみたいだったけど。
でも、間違いない。
それは、部長の読書感想文だった。
私は反射的に動き出す。


「見ないでください!!」


私は、人混みをかき分けると、
その原稿用紙を力任せにはぎ取った。


部長の涙が脳裏をよぎる。
誰がこんなことをしたのかはわからないけど、
部長が、これを晒されて喜ぶとは思えなかった。
だって、私に読まれた時でさえ、
あんなにも動揺してたんだから。


誰が…誰がこんなことを!?


私は怒りに震えながら、原稿用紙を握りつぶす。
でも、悪いことっていうのは、重なるもので。


「さきー、この騒ぎなにー?
 もしかして、あなたのサイン会…で、も……」


部長が、私の前に姿を現した。


軽口を叩きながら近づいてきた部長。
私の手には握られた原稿用紙。


部長はそのまま、表情を失って…


踵(きびす)を返して、走り去った。


「ま…待ってください!違うんです!」


私は必死で追いかける。


「待ってください!部長!」


でも、どんくさい私では、
部長にはとても追いつけなくて。


「部長っ!」


みるみる、部長の姿は小さくなっていく。


そして…


「ぶ…ちょう……!」


部長は、私の前から姿を消した。



--------------------------------------------------------













--------------------------------------------------------



次の日、部長は学校に来なかった。
次の日も、またその次の日も。
部長は、学校に来なかった。


私は、部長の家を訪れた。
でも、部長は中に入れてすらくれなかった。
インターホン越しに、部長の冷たい声が響く。


「あなたを信じていた、私がバカだったわ」

「違うんです!私は、貼り出されていたのを
 はがしただけなんです!!」

「じゃあ、他に誰があの原稿を持っているのよ!?」

「そ、それは…」


部長が疑うのも無理はない。

そもそもあの読書感想文は、
部長のトップシークレットのはずで。
存在すら、知っている人はほとんどいないはずだった。

それでいて、部長が通りがかった時、
私はあの原稿用紙を握っていたのだから。


でも、本当に私じゃなくて。
私だって、犯人が誰なのか知りたいよ!


「そりゃね、あれは読書感想文よ」

「誰かに読んでもらうために書いた物よ」

「でも、怖くて提出できなかった!」

「だって、あんなのを提出したら、
 『みなさん、私は狂っています』って
 宣言するようなものだもの!」

「迷って、怖くて、
 迷って、怖くて、
 迷って、怖くて…!」

「結局、出せなかった!出せなかったのよ!!」

「なのに…なんで…!!」


震える声で叫ぶ部長。
その悲痛な声に、私は身がねじ切られるような痛みを感じる。
でも、本当に私じゃない!私じゃないんです!


「本当なんですっ…!…私じゃないんですっ……!」

「信じてくださいっ…おねがいだから…!」


私まで、玄関のドア越しに泣き崩れてしまう。


「だったら…信じさせてよ」

「あなたが、私を裏切ってないって…信じさせて」


玄関越しに響く部長の声。
その声はとても冷え切っていて。
それでも、その内容に私は一縷の望みをかけて。
涙ながらに訴える。


「わ、わたし、なんでもします!」

「信じてもらえるなら、なんでもしますから!!」

「……」

「ぶちょう!!」


しばらくの沈黙の後、玄関のドアが開き、
ようやく部長が顔を見せる。
泣きはらしたのだろうその目は真っ赤に染まり、
頬には涙の跡が残っていた。


「…本当に何でもするの?」

「します…しますから…」


私は、部長にすがりついた。



--------------------------------------------------------



『一か月、私の命令に従う事』


それが、部長から私に課された条件だった。
私はそれを、二つ返事で受け入れた。


どんな命令でも、従うつもりだった。
それこそ、学校をやめろ、とか言われても
受け入れるつもりだった。


でも、これだけ傷つけられても優しい部長は、
私にできないような命令はしなかった。
それは、例えば…


『一つ、お弁当を作って来てお昼を一緒に食べること』
『一つ、夕飯を一緒に作って食べること』
『一つ、一緒に寝ること』


それらは、事件が起きるまで
私が自然にやっていたことで。
正直、今更命令されるほどのことでもなかった。


他に、今までと違った命令と言えば…


『一つ、私以外の人間とは、必要以上の会話をしないこと』
『一つ、私から離れる時は私の許可を得ること』


くらいのものだった。

この二つは、確かに異色の命令ではあったけど。
部長との関係修復を最優先にしたかった私は、
どの道他の人に関わっている暇はなくて。

二つ目も、部長と離れたくない私からすれば、
むしろ離れることを禁止してほしいくらいだった。

だから、これらも結局大した制約ではなくて…


こうして、形式上は今までと
あまり変わりがない生活が戻ってきた。



--------------------------------------------------------



でも、私は気づいていた。
部長は、まだ私を信じていないって。

だって、前まではもっと距離が近かった。
寝る時も、私を抱き枕にしてくれた。
でも、今は…せいぜい手が触れ合うくらい。


「どうすれば、いいんだろう…」


私は焦り始める。でも、
どうすればいいのかわからない。

私は、部長の命令をやりきることで
信頼を取り戻せると思っていた。

普通の人じゃこなせないような命令を
受け入れれば、部長の信頼を勝ち取れると思っていた。

でも、肝心の命令は、大したことないものばかりで。

このまま続けても終わった頃に、
元の関係に戻れるとは思えなかった。

実際、あれから二週間が経ったけど、
部長のよそよそしさは変わらないままだ。


「なんとかしなくちゃ…このままじゃ、
 きっと、駄目になっちゃうよ…!」


私は次第に、追い詰められていく。
心がすり減って、イライラすることが増えてくる。
だんだん、愚痴を吐くことが多くなった。


なんで私がこんな思いをしなくちゃいけないの?
私は本当に犯人じゃないのに…!
命令を聞くとかよりも、
真犯人を見つける方が早いんじゃないかな!?


でも、真犯人を探すというのも難しかった。
私が犯人じゃない以上、部長は他の人にも、
あの本を貸していた可能性が高いんだけど…


「私以外の人を疑っているので、
 本を貸した人を教えてください」


なんて、今の私が聞いて、
部長は答えてくれるだろうか。
部長が本を渡した以上、
その人は部長が助けを求めた人のはずなのに。


あれ…?待った。助け…?


『助け』というキーワード。
そこに思い至った時に、
私の頭の中に一つのひらめきが生まれる。


そうだ!あの本だよ!


部長はあの本を通して、
自分の狂気が露見するのを怖がっていた。
でも、だからこそ、あの本の中には、
部長がしてほしかったことが書いてあるはずで…


それを私ができたなら、
信じてもらえるんじゃないかな!?


私は、『顔のない顔』を本棚から引っ張り出す。
それは、部長に本を返した後で、私が自分で買った本。

あの後も何度か読み返してみたけれど、
結局どれが部長の求めた行動かはわからなかった。
でも、今度こそ、見つけなければいけない。


私は答えを探し始める。
でも、その作業は難航した。


「なんでっ…?こんな…急に…っ…!」


前に読んだ時は、何も感じなかった。
それどころか、登場人物の行動は意味不明で。
何一つ理解ができなかったはずなのに。


「うぅっ…」


今は、涙で視界がかすんで、読むこともできない。
その時、私の脳裏によぎったのは、
部長の感想文の冒頭だった。


『そしてもう一つは、読んでいて涙が止まらなくなり、
 読み続けることすらできなくなるタイプ。』

『私は、後者の部類に属する。』


つまりは、そういうことだった。
私も…後者の人間になっちゃったんだ。

捨てられそうになっている人が、
絶望を感じながら、それでも追いすがろうと手を延ばす。
たとえ、監禁してでも、離したくないと願う。


今の私には、その気持ちが痛いくらいによくわかった。


前の私は、この本の中に、部長の願いが
込められているとは思えなかった。
でも、今の私は逆に、どれも部長なら
そう願ってもおかしくないと思った。


何度も涙を拭いながら、何度も本を読みこんで。
今度は、空が白んでもやめなかった。


「わかった…多分、これだ……」


私は、ようやく一つのアタリをつけた。



--------------------------------------------------------



私は、意を決して話しかけた。


「部長…一つ聞いてもいいですか?」

「…何?」


部長も、普段と違う私の態度を
感じ取ったようだった。


「私、何でもするって言いましたよね…
 それで部長は一か月、私に命令をするって言いました」

「それが?」

「でも、部長は大した命令をしてきませんでした。
 しかも、それでいて私を信じてくれません」

「私は、どうしたら信じてもらえるんですか?」

「……」


部長は、私に気圧されているようだった。
しばらくの間目を泳がせると、
部長はぽつりとこうこぼした。


「私だって、思い切った命令を出して、
 一刻も早く咲を信じたかったわよ…」

「でも…できなかった」

「だってもし、私がひどい命令をして、
 咲がそれを拒んだら…」

「私は、もう耐えられないもの…」


そう言って、部長が目を伏せる。
ああ、そうだった。
この人は、寂しがり屋で、怖がりだった。
だから、私が。
私の方から、示さなければいけない。


私は、改めて覚悟を決めた。


「…私は、何でも。何でもします」

「…そんなの、口だけなら何とでも言えるわ」

「わかってます」

「だから…行動で示したいと思います」

「え…?」


私はすくりと立ち上がる。
そして、懐からカッターを取り出した。


「さ、咲…?」

「部長…読書感想文に書いてましたよね?」

「『この本は、真に絶望を感じた人だけが取る
 言動であふれている。』」

「『それは、過去の私が取った言動と
 見事なまでに一致していた。』」

「……」

「私は、本の中のどの行動が、
 部長が取った行動なのかを探しました」

「で…これかな?っていうのを、見つけたんです」

「今から、私は…それを、現実にします」

「それが、できたら、私を、信じてください」

「さ、咲…」


私は自分のスカートをめくる。
太ももが露わになった。


「い、今から、私、ここに、部長の、名前を彫ります」

「さ、咲!ちょっと!!」

「こ、これが、できたら…信じて、くれ、ます、よね?」


チキチキチキ…


私は、カッターの刃を出した。
天井の光が反射して、刃がギラリと光る。
それは私の中に、本能的な恐怖を呼び起こす。


怖い、怖い、怖い、怖い!!


でも、やらないといけない。

カチカチと、歯が不快な音を立てる。
私は、歯を食いしばった。

ガクガクと、足が震える。
私は震える足を固定するために、
ぺたりと床に座り込んだ。


「い、いきます」


震える手を、両手で必死で押さえつけながら、
私は刃を太ももに向ける。


そして、それを…思いきって突き刺した!


「いっ…!!」


痛い!

痛い痛い痛い!!

でも、やらなくちゃ!やらなくちゃ!やらなくちゃ!!


「ふっ…くっ…!!」

「ぐっ…!」

「うわぁあっ!!」


ためらえば余計につらくなる。

私は、思い切って一閃する。

そのまま、二閃!三閃!四閃!!


痛みは、どんどんひどくなる。
あったかいものが、太ももから広がっていく。
意識が、すーっと薄れていく。


それでも。


「ぶ、ぶちょう…できました…!」


それでも私は、やりきった。


私は、涙でくしゃくしゃになった顔を向ける。
あふれる涙で視界がぼやけて、部長の姿は確認できない。
でも…


「信じる…信じるわ…!!」


そう言って、私を抱きしめてくれた部長の温もりが。
頭に落ちる熱い滴りが。
私が成功したことを教えてくれた。


私は安堵の息をつく。


ああ、よかった…
やっと、部長は信じてくれた…

私は部長のものだって。
ようやく、信じてくれたんだ…



--------------------------------------------------------



それからのことは、うっすらとしか覚えてない


部長は、泣きながら私を抱きしめて


ごめんなさい、ごめんなさいって、謝ってくれた


そして、部長は、血塗られたカッターを手に取って


そのまま、自分の足に突き刺した


何度も、何度も切り刻んで


『咲』


って、名前を彫ってくれた


それはきっと、狂気の何物でもなくて


普通の人が見たら、恐怖に怯えていただろう


でも、私はうれしかった


部長の身体に、私の名前が刻まれたことがうれしかった


それで、私はぼんやりと実感する


ああ、私、狂っちゃったんだ


でも、私はうれしかった


だって、部長といっしょになれたんだから


「見て、咲…これで、いっしょだから」


そう言って、涙を流しながら笑う部長は、
とても、とてもきれいだった


私たちは、血まみれのまま抱き合った


太ももから血があふれ出し、お互いの血が混じる


私はこれまでに味わったことがない喜びを感じながら


そのまま意識を失った



--------------------------------------------------------












--------------------------------------------------------



こうして私たちは、なんとか関係を修復することができた。

出血と痛みがひどくって。
だからといって、病院に行くわけにもいかないから、
何日も学校を休まなければいけなかったけど。

幸いにも、致命傷になることもなく、
最終的には私たちの名前の跡だけが残った。


「綺麗に名前だけ残ったわねー」


部長は、この結果をいたく気に入ったようで。
幸せそうな笑みを浮かべながら、
私の太ももの名前をなぞる。


「でも、ちょっと薄くなっちゃいました」


私も同じように、部長の足に刻まれた名前を、
そっと指で優しくなぞる。
部長の足に刻まれた名前は、私がつけたそれよりも、
はるかに深く刻まれていて。

それは、なんだか愛情の差を示しているように思えて、
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「次は、もっと深く彫りますから」


そう言って、私は部長の足にキスをした。



部長との関係は修復できたけど、
私自身は、修復できないほどに壊れてしまった。
でも、きっとそれでいいんだ。


だって、ほら、こんなに。

部長が、うれしそうに笑ってくれるんだから。





(『Side 久』に続く)
 Yahoo!ブックマーク
posted by ぷちどろっぷ at 2014年10月03日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
これはっ…すごく…いい。
特に部長の感想文は名文ですね。
しかしのどっちのくだりはいつも笑ってしまう
Posted by at 2014年10月03日 19:06
前回迷ったのにまた冒険して結局迷っちゃう咲さんかわいい
Posted by at 2014年10月03日 19:34
どこからが部長の計画なのか…
咲ちゃん可愛い
Posted by at 2014年10月04日 01:56
デレた部長が可愛いです
部長の心理が読めないなあ…
Posted by at 2014年10月04日 11:57
コメントありがとうございます!

>感想文
久「思いがこもってるところをピンポントでほめられるとうれしいわね!」
咲「このコメントすごいうれしいです!
  ありがとうございます!」
久「和はいつもボケ要員でごめんね!」
和「そう思うなら少しは待遇を改善させてください!」

>冒険咲さん
久「咲ってけっこうポンコツよね…
  どうやったら建物で迷えるの?」
咲「できる人にはわからないんですよ!」

>どこからが?、部長の心理
久「さーて、どこからでしょうねー」
咲「部長サイドを読めばわかりますよ…
  とんでもない鬼畜ですよね」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2014年10月15日 17:28
既出の質問かもしれませんが、SSに出てくる「顔のない顔」「彼女が行き着くその先は」「虚無」などの小説の元ネタとかってありますか?
どれも救いのない話みたいなんでものすごく読んでみたいです
Posted by ゆきと at 2019年06月06日 11:08
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/104138933
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
 なんかブログランキング参加してみました。
 押してもらえると喜びます(一日一回まで)。
 
人気ブログランキング