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【咲SS:久咲】久「チョロ可愛い咲」【ヤンデレ】
<あらすじ>
咲、あなたは気づいているのかしら?
こちらの久視点の独白です。
先にこちらを読まないと多分よくわからないと思います。
【咲SS:咲久】咲「私が、部長を救うんだ!」【ヤンデレ】
<登場人物>
竹井久,宮永咲,染谷まこ,原村和,片岡優希
<症状>
※狂気、依存
<その他>
※狂気、依存
※咲「私が、部長を救うんだ!」で話としては完結しています。
弱々しい部長を気に入っていた方は、
続きは読まないことをお勧めします。
--------------------------------------------------------
私は、昔からちょっと普通じゃなかった。
どうも、そもそもの思考回路が普通の人とは違うみたい。
例えば、私はよくモテる。
私としても、好かれるのは満更でもなくて、
何度か告白を受け入れもしたんだけど。
全部、告白を受けたその日に破局した。
しかも、破局までの経緯はいつも同じ。
「上埜さん!私と付き合ってください!」
「いいわよ!じゃあ、今日から私たちはカップルね!」
「上埜さん…私、うれしいです…!」
「じゃあ、さっそくお互いの名前を身体に刻みましょっか!」
「え…、な、なんですか、それ…?」
「え?だって、恋人でしょ?っていうことは、
お互いがお互いのものでしょ?」
「自分のものには、名前書くのが普通じゃない」
「はい、カッター♪」
「す、すいません…や、やっぱり、
無かったことにしてください…」
「えぇ!?」
毎回毎回このパターン。
誰も、私の愛情を受け切ることはできなかった。
私としては、別にそんな難しい要求を
してるつもりはないんだけどね?
とはいえ、私も別にバカではないから、
どうやら自分と普通の人との間には、
越えようのない溝があることは理解したわけで。
だから、もう色恋沙汰とかは諦めて、
大人しくしてようと思ってたんだけど…
ここに来て、もう一回くらい
トライしてみてもいいかなーって
思える人物が登場したのよね。
そう、それは、宮永咲。
可愛い可愛い私の後輩。
--------------------------------------------------------
今年の一年生は豊作だった。
どの子もどうしてわざわざ清澄に来たのか
よくわからないくらい麻雀が強い。
性格もややくせがあるものの、みんな素直でチョロ可愛い。
そんな中でも、私の一番のお気に入りは宮永咲。
チョロ可愛いこともさることながら、
どんくさくて、小動物で、一途で、
諦めが悪いところがとてもいい。
何というか、庇護欲と加虐心を同時に刺激されるのよね。
そんな、咲の可愛さを表現するエピソードを一つ。
例えば、ある時はなぜか図書館で迷子になっていた。
「うぅ…冒険なんてするんじゃなかったよ…!」
独り言をつぶやきながら、疲れた様子で
図書館の長椅子に座り込む咲。
うーん、私からしたら、フロアマップもある建物で
どうやったら迷子になれるのか、
むしろやり方を教えてほしいくらいだけど。
でも、涙を浮かべて右往左往する咲は
とても可愛いからよしとする。
「やっほー」
「ぶ、部長!?」
私に尾けられていたことにも気づかなかったらしい。
咲は、まるで小動物のようにビクリと身を震わせた。
「こんにちは。さっきから
同じところをぐるぐると回ってたけど、
もしかして迷ってた?」
「えぇ!?わ、私、そんなに
同じところ通ってました!?」
「軽く5回は」
「5回も!?」
自分の迷子っぷりに驚く咲。うーん、可愛い。
何が可愛いって、5回も同じところを回っていたのに、
全然助けてくれなかった先輩の意地悪さに
気づかない辺りがすごく可愛い。
これだけでも相当なのに、
なおも咲は私の琴線を刺激し続ける。
「へえ…じゃあ咲も、
例のトラップにかかった口なのね」
「トラップですか?」
「ええ。あそこの図書館って、
この作者の著書は全部上巻しか置いてないのよ」
「なんで!?」
「さぁ、気になった誰かが
とりあえず上巻だけ図書館に申請して、
面白かったから、
下巻は自分で買っちゃったとか?」
「うう…じゃあ、下巻を読みたかったら
毎回こっちに来ないといけないんだ…」
げんなりとした顔でうなだれる咲。
ごめんなさい、上巻だけ申請したのは私です。
頼んでもいないのにどこまでも
私の掌で踊ってくれる咲。
ここまで本の好みが一致してるのに、
この性格の違いは何なのかしらね?
それとも咲も猫かぶってるのかしら。
「さ、行きましょ?」
本が見つからなかったことを幸いに、
自分の家に連れ込んで愛でようと思って、
自然な流れで咲の手を握る。
「あ…は、はい!」
私に手を握られた咲は、ボッと
ほっぺが真っ赤に染まって。
それでいて、嬉しそうに手を握り返す。
これが演技とは、流石に思えなかった。
あ、いや…
これだけ楽しませてくれるなら、
もうこのさい演技でもいいわ。
--------------------------------------------------------
そんなわけで、咲の可愛さを堪能していた私だけど。
そのうち、私の中に素敵なアイデアが思い浮かんだ。
「そうだ!私の愛情に耐えられるように咲を躾けたら、
私も恋愛できるんじゃないかしら!」
これまでの私は、告白を受けてすぐ、
私基準の愛情をそのままぶつけて断られてきた。
それで、普通の人との恋愛は無理だろうなーと
勝手に思っていたわけだけど。
でも、咲くらいチョロければ、
じっくりと躾けてあげれば、私レベルに
押し上げることも可能なんじゃないだろうか。
これが、もう一回トライしてみようかな、って思った理由。
題して、紫の上計画!
というわけで、こんな感じで進めてみることにした。
起:咲に頼れるところを見せて依存させる
承:あえて私の弱みを見せて、守りたいと思わせる
転:事件を起こして、咲を精神的にゆさぶる
結:咲が私と同じになってハッピーエンド!
とりあえず『起』はすでにクリアしてるから、
まずは『承』から行きましょうか。
私は早速、詳細な計画を練ることにした。
--------------------------------------------------------
そんなわけで、私は咲に一冊の本を貸した。
それは、『顔のない顔』という本。
話はとってもシンプルで。
元々は明るかった女の子が、両親の離婚、友人の転校を経て、
最終的に恋人との破局を迎えることで、
精神的に狂っていくお話。
私としては、何も考えずに素直に泣ける、
いいお話だと思うんだけど。
普通の人からしたら相当意味不明に映るらしい。
一度、友達にお薦めしたら
「あんた、頭おかしいんじゃないの?」
と真顔で問い詰められたエピソードまであり。
これを読んで、咲が私と同じように泣けるならそれでよし。
その場合は一気に『結』まで飛びましょう。
これを読んで、咲が理解できない時は…
そうね、対策を打っておきましょうか。
サクサクッと即席で読書感想文を書いてみる。
内容を端的に説明すれば、
『これに感動する人は追い詰められている人だから、
周りの人は優しくしてあげてね』
というものだ。
うーん、これだけだと、
そもそも私が病んでる根拠に乏しいかなー。
そうだ、名字のところをわかりやすく
書き直しておきましょうか。
これで、家庭環境に問題があったのかなって思うでしょ。
後は、さも隠しておいたように、
ブックカバーの間に挟んで、と。
さて、咲はどんな反応を見せてくれるのかしら?
--------------------------------------------------------
本を渡した次の日、咲は目に大きなくまを作って
部活にやってきた。
さて、咲の判定やいかに。
「部長…私、あの本読みました」
「へ?…あー、あれ読んだんだ。
何、泣いた?泣いちゃった?」
「いえ…私は、前者のタイプでしたから」
「え!?」
「あっ…!!」
言ってからしまった、という顔をする咲。
勝手に読んでしまったことに罪悪感を感じているらしい。
私的にはそこよりも、咲が前者のタイプだったことの方が
残念だったんだけど。
まあ、そこは育成の楽しみが残ったと
前向きに考えましょう。
とりあえずは予定通り、『脆さを抱えた先輩』を
演出しておきましょうか。
「私、もう狂ってないから!」
「だから、その…嫌わないでちょうだい…」
なんて、すがるような目を向けてみたりして。
我ながら三文芝居もいいところだと思う。
そもそも狂ってなかったら
あんな本渡したりしないわよね。
いや、私は別に自分が狂ってるとは思ってないけど。
でも、やっぱりチョロ可愛い咲は、
真剣な目をして私の手を取った。
「き、嫌うとか、とんでもないです!」
「むしろ、私は部長を助けたいです!」
「今でも、つらいんだったら言ってください…」
「私じゃ、あまり役に立たないかもしれないけど…」
「それでも、頑張りますから!」
なんて言ってくれるものだから。
嬉しくて、つい抱き締めてしまう。
「ありがとう…」
あー、ヤバい。私、本気でこの子のこと、
欲しくなってきちゃった。
それまでは「ダメでもともと」的な感じで
始めた計画だったけど、
絶対に落としたくなってきちゃった。
これは、もっと計画を練らないといけないわね。
あ、とりあえず涙代わりに
目薬垂らしておきましょう。
私の涙(目薬)を頭で受け止めた咲は、
その腕に力を込めて、より一層私を強く抱き締めた。
--------------------------------------------------------
そんなわけで、本気で咲のことが欲しくなった私は、
『起』の部分を強化しておくことにした。
できれば、私がいないと何もできないくらいにまで
依存させたいところよね。
適当に見繕った『古書フェスティバル』のチラシ。
ご丁寧に『10:00』と鉛筆書きまで加えて。
わかりやすく、咲のかばんの近くに置いておく。
咲がそれを見つけて、
真剣な表情でメモするのを確認する。
うんうん、これで咲は勝手に会場に来て、
勝手に迷子になるでしょう。
私は一人ほくそ笑んだ。
そして、イベント当日。
本来の主旨を完全に無視して、
会場の入り口に隠れてひたすら咲の登場を待つ。
予想どおり咲は会場に来て、
うろうろしながら、
最終的に地下への階段を下りて行った。
ちなみに地下には駐車場しかない。
あれってどういう思考回路で動いているのかしら?
ぶっちゃけ咲もどこか壊れてるんじゃない?
なんて思いながら、右往左往する咲を堪能する。
やがて、咲は図書館の時と同じように、
心身ともに疲れ果てた感じで
駐車場の長椅子に座り込んだ。
咲が大きなため息をついたところで、
私は颯爽と登場する。
咲の暗く沈んだ顔が、一瞬にして笑顔を取り戻した。
あーもう、この子チョロ可愛すぎ!
「咲は方向音痴なんだから、一人で行動しちゃだめよ?」
そう言って、あの時のように手を握る。
咲は本当に安堵した顔で、
だらしのない笑顔を私に見せた。
うんうん、この調子で
どんどん思考力を削いでいきましょう。
--------------------------------------------------------
日々の地道な積み重ねのおかげで、
咲は自分から私を誘うようになった。
「あ、部長。今週末、図書館行くんですけど…」
「はいはい、一緒に行きましょうか」
「はい!」
まあ、お誘いの内容は、
まだ私に関係のある場合に留まっていたけれど。
今はそれでよしとしましょう。
「た、単に道案内という意味だったら、
別に私でもいいですよね!?」
「あ…そこは部長がいいかな…」
和の誘惑もちゃんと断ったし、
「はい決定!これは、私のものです!」
「あうぅ…」
私の物発言も否定しなかった。
依存自体は着々と進行してるみたいだから、
焦らずじっくりいきましょうか。
--------------------------------------------------------
もちろん、『承』の部分の強化も忘れない。
咲はお弁当を自分で作っていると言っていた。
だから、とりあえず私は一人暮らしという利点を
生かしてみることにした。
咲の前でわざとらしく倒れこみ、
お弁当の催促をして…
両親がいないから、
お弁当も用意されないことを
ほのめかしてみる。
「な、何だったら、明日からは
部長の分も作りましょうか!?」
「お、本当!?すっごい助かる!」
咲は、あっさり釣り針にひっかかった。
そこからは、料理を餌にあれよあれよと事が運び。
今では咲は、私の横で可愛い寝息を立てている。
何なのこの子、いくらなんでもチョロすぎでしょ…
ここまでチョロいと、さすがに心配になってしまう。
やっぱり、私がしっかり管理して、
一生面倒見てあげないとね!
私は決意を新たにすると、
眠る咲の髪の毛にキスを落とした。
--------------------------------------------------------
そんなこんなをじっくりと繰り返していくうちに、
咲は私にどっぷりと依存していった。
朝昼晩。私のごはんは全て咲によって
供給されるようになった。
お泊りの回数も飛躍的に増加して、
今では三日に一回は泊まっていく。
家にはすでに咲のパジャマや下着が
常備されている状態だったりする。
「お父さんとか何も言わないのかしら?」
計画の進行に影響しないか心配になって、
それとなく探りを入れてみたら、
「部長だったら安心だし、
一人暮らしなら大変だろうからできるだけ
お手伝いしてあげなさいって言ってました!」
なんて、笑顔で答える咲。
あらやだ、ご家族そろってチョロいとか。
これには私も笑みが止まらない。
咲は、かいがいしく私に尽くしてくれる。
最初は多少無理しているのかな?と思ったけれど、
どうやら本当に楽しんでやっているらしい。
もしかしたら元々咲もこっち側なのかもね。
週末は私が咲をいろんなところに連れて行った。
その際、必ず手をつなぐようにして、
咲に会話を振り続けた。
もちろんそれは、現在地をわからなくするため。
それでいて時々ふらっといなくなって、
迷子にするのも忘れない。
いつしか咲は迷子になると、
その場にとどまって泣きながら
私を待つようになった。
そして、私に見つけられると、
ぱあっと涙に濡れた目を輝かせるのだ。
うんうん、順調に頭使わなくなってるわね。
そもそも最初に置いていったのは私なのにね。
これなら、次の段階に移行しても大丈夫かな?
私は、そろそろ『転』に移ることにした。
--------------------------------------------------------
『転』で起きる、というか起こす事件。
それは、私のあの感想文が悪意の第三者によって
掲示板に貼り出されるというもの。
学生議会長権限を濫用して、
感想文を部室につながる廊下のところに
貼り出してもらう。
ついでに、サクラとして
人も何人か集めておいた。
もちろん、この人たちは何も知らない。
私が咲を巻き込んで寸劇をするから
手伝ってほしいと言ったら
「ああ、いつものことか」と
あっさり引き受けてくれた。
さて、後は廊下の陰に隠れて
咲の登場を待ちましょう。
咲は、私の期待通りに動いてくれた。
壁に貼り出された原稿用紙を見ると、
鬼気迫る表情で人ごみをかき分けて、
力任せにそれを剥がした。
そして、私が絶妙なタイミングで登場。
状況に驚き、咲を犯人と言わんばかりの目で
にらみつけた後、そのまま身を翻して走り去る。
後ろからは、咲の悲鳴のような呼び声が聞こえた。
さすがに罪悪感を禁じえないけど、
私たちが結ばれるためには必要な行為。
少しだけ、我慢してね?
--------------------------------------------------------
私は家に帰って、自分に催涙スプレーを吹きかけた。
うー、キツい。ホントに涙が止まらない。
でも、さすがにここはマジ泣きしないといけないしね。
自業自得で嗚咽していると、
期待通り咲が家にやってくる。
私は、努めて冷たい声を咲にかけた。
「あなたを信じていた、私がバカだったわ」
「違うんです!私は、貼りだされていたのを
はがしただけなんです!!」
「じゃあ、他に誰があの原稿を持っているのよ!?」
はい、私だけです。我ながらひどいなぁと思う。
でも、咲も気付いていいと思うのよ。
そもそも、仮に本当に悪意の第三者によって
流出したとして、だから何って思わない?
だってあれ…『何の本に対する感想文か』
書かれてないんだもの。
でも、やっぱり咲は気づかない。
涙ながらに訴える咲。
「わ、わたし、なんでもします!」
「信じてもらえるなら、なんでもしますから!!」
よし!
私は心の中でガッツポーズした。
この言葉が聞ければ、半ば計画は
成功したようなもの。
「…本当に何でもするの?」
「します…しますから…」
嗚咽しながら縋りつく咲。
私は咲から見えないことをいいことに、
にんまりと悪い笑みを浮かべた。
--------------------------------------------------------
というわけで、『転』も無事終了。
この時点で素直に
「じゃあ、私の名前を彫りなさい」
と言ってもよかったのだけど…
勝って兜の緒を締めよって言うしね。
最後まで油断しないでいかないと。
というわけで、念には念を入れておきましょう。
私は、咲に五つの命令を出した。
そう、それは私以外の人間との関わりを
極端に薄くする命令。
『一つ、お弁当を作って来てお昼を一緒に食べること』
『一つ、夕飯を一緒に作って食べること』
『一つ、一緒に寝ること』
『一つ、私以外の人間とは、必要以上の会話をしないこと』
『一つ、私から離れる時は私の許可を得ること』
これを聞いた時、咲は
「え、そんなことでいいの?」
という顔をした。
これには、逆に私がびっくりした。
確かに、上三つは今までの延長線に過ぎない。
でも、残り二つは、もう明らかに
普通じゃないはずなんだけど。
「私以外の人と、必要以上の会話をしないこと」
「はい」
「随分と聞き分けがいいのね…」
「部長としゃべれないのに、
他の人となんてしゃべる暇なんてありません」
「私から離れる時は私の許可を得ること」
「部長から離れるのを禁止する、じゃないんですか…?」
「そこまでは言わないわ」
「禁止、してほしいです…それで、
部長が信じてくれるんだったら…」
涙を浮かべながら私の瞳を見つめる咲。
ついうっかり咲を抱き締めそうになった。
あれ?これもう、
ゴールしちゃっていいんじゃない?
--------------------------------------------------------
当初のプランでは、この結構厳しめの罰を課して、
咲を少しずつ消耗させていく予定だったんだけど。
むしろ、咲は物足りないようだったから、
それを利用することにした。
つまりは、焦らしプレイに移行したのだ。
特に命令を追加するわけでもなく、
それでいて態度を軟化させない私に、
咲はどんどん消耗していった。
目から光が失われ、
ブツブツと独り言をつぶやくようになった。
こっそり耳を傾けてみると、
「なんとかしなきゃ…なんとか…
このままじゃ…なんとかしなきゃ…」
ずっと、同じことを繰り返してたりして。
そんな咲の様子に、部員の皆はドン引き、
もとい心配して話しかけるんだけど、
咲はまったく反応しない。
「……」
「咲さん…どうして話してくれないんですか…!」
「咲…お前さんは、一体
どうしてしまったんじゃ…」
「びょ、病院、連れてった方がいいんじゃないか?」
そんな咲の様子に、
やっぱりドン引きする一般人たち。
もっとも私からしたら、
今の咲は可愛くて仕方なかったりするんだけど。
やっぱり私は、普通の人とちょっと違うのね。
私は引き続き、活力を失った咲の瞳を堪能した。
いやー、眼福眼福。
--------------------------------------------------------
そうこうしているうちに、
ついにフィナーレがやってくる。
--------------------------------------------------------
咲がすくりと立ち上がる。
そして、懐からカッターを取り出した。
「い、今から、私、ここに、部長の、名前を彫ります」
「さ、咲!ちょっと!!」
「こ、これが、できたら…信じて、くれ、ます、よね?」
ガタガタと震える咲。
ガチガチと歯を鳴らす咲。
目に涙を浮かべる咲。
こんなに怖がっているのに、それでも咲は、
私のために己を傷つけようとしている。
さすがの私も、思わず熱いものがこみあげて、
つい、止めてしまいたくなるけれど。
これは、咲が生まれ変わるために必要な儀式。
一時の感情で止めるわけにはいかないのよね。
結局私は、声をこそ発したものの、
咲を止めはしなかった。
そして、咲は自らを切り刻む。
やがて、床が赤一色に染まった。
「ぶ、ぶちょう…できました…!」
くしゃくしゃの顔を向けて、
私に微笑みかける咲。
その目は、明らかに正気を失っていた。
私は居ても立ってもいられなくなって、
咲をぎゅっと抱き締めた。
「……っ」
涙が、後から後からあふれてくる。
でも、これは懺悔の涙じゃない。
そう、それは、喜びの涙。
ついに、咲は…私と同じになってくれた…!
私は咲のカッターを手に取ると、
自分の足に突き刺した。
そして、深く、深く肉をえぐって。
咲の名前を刻み込む。
もう、一生消えないように。
痛み?そんなの、今の私にとっては
喜びのエッセンスに過ぎない。
「見て、咲…これで、いっしょだから」
咲に、満面の笑みを向ける。
咲も、にっこりほほ笑んだ。
そして、私たちは血まみれのまま抱き合った。
--------------------------------------------------------
名前は結局、消えずに残った。
私は、咲の太ももに刻まれた名前を
愛おしさと共に指でなぞる。
「綺麗に名前だけ残ったわねー」
「でも、ちょっと薄くなっちゃいました」
私と同じように名前をなぞりながら、
咲は残念そうにそうこぼす。
どうやら咲は、私の傷と比較して、
自分の傷が浅いことに罪悪感を感じているようだった。
別に気にしなくていいのに。
どうせ、定期的に刻むことになるんだから。
「次は、もっと深く彫りますから」
咲はそう言って跪くと、私の足にキスをした。
私のしたことは、世間一般で言えば、
決して許されるものではないだろう。
咲も、私が裏で考えていたことを知ったら、
嘆き悲しむのかもしれない。
でも、私はこうでもしなければ、
誰かと結ばれることはなかったと思う。
「ねえ、咲」
「なんですか?」
「私って、狂ってるかな?」
「…多分」
「そっか」
「でも…そうさせたのは私です」
「私が、先に、狂っちゃったから」
「名前なんて、彫っちゃったから」
「部長まで、狂わせちゃったんです」
「ごめんなさい…」
「別にいいわよ?私、今すっごい幸せだから」
「…それなら…よかったです」
「でも、責任は取ってね?」
「責任…ですか」
「うん。一生、私から離れないこと!」
「はい!それなら、絶対に守れます!」
結局咲は、最後まで気づかないまま。
しかも、ありもしない『私を狂わせた責任』
とやらまで取ってくれるらしい。
ああもう、本当に。
「咲はチョロ可愛いんだから!」
「ちょ、チョロ…?」
「あ、うん。なんでもない♪」
(完)
咲、あなたは気づいているのかしら?
こちらの久視点の独白です。
先にこちらを読まないと多分よくわからないと思います。
【咲SS:咲久】咲「私が、部長を救うんだ!」【ヤンデレ】
<登場人物>
竹井久,宮永咲,染谷まこ,原村和,片岡優希
<症状>
※狂気、依存
<その他>
※狂気、依存
※咲「私が、部長を救うんだ!」で話としては完結しています。
弱々しい部長を気に入っていた方は、
続きは読まないことをお勧めします。
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私は、昔からちょっと普通じゃなかった。
どうも、そもそもの思考回路が普通の人とは違うみたい。
例えば、私はよくモテる。
私としても、好かれるのは満更でもなくて、
何度か告白を受け入れもしたんだけど。
全部、告白を受けたその日に破局した。
しかも、破局までの経緯はいつも同じ。
「上埜さん!私と付き合ってください!」
「いいわよ!じゃあ、今日から私たちはカップルね!」
「上埜さん…私、うれしいです…!」
「じゃあ、さっそくお互いの名前を身体に刻みましょっか!」
「え…、な、なんですか、それ…?」
「え?だって、恋人でしょ?っていうことは、
お互いがお互いのものでしょ?」
「自分のものには、名前書くのが普通じゃない」
「はい、カッター♪」
「す、すいません…や、やっぱり、
無かったことにしてください…」
「えぇ!?」
毎回毎回このパターン。
誰も、私の愛情を受け切ることはできなかった。
私としては、別にそんな難しい要求を
してるつもりはないんだけどね?
とはいえ、私も別にバカではないから、
どうやら自分と普通の人との間には、
越えようのない溝があることは理解したわけで。
だから、もう色恋沙汰とかは諦めて、
大人しくしてようと思ってたんだけど…
ここに来て、もう一回くらい
トライしてみてもいいかなーって
思える人物が登場したのよね。
そう、それは、宮永咲。
可愛い可愛い私の後輩。
--------------------------------------------------------
今年の一年生は豊作だった。
どの子もどうしてわざわざ清澄に来たのか
よくわからないくらい麻雀が強い。
性格もややくせがあるものの、みんな素直でチョロ可愛い。
そんな中でも、私の一番のお気に入りは宮永咲。
チョロ可愛いこともさることながら、
どんくさくて、小動物で、一途で、
諦めが悪いところがとてもいい。
何というか、庇護欲と加虐心を同時に刺激されるのよね。
そんな、咲の可愛さを表現するエピソードを一つ。
例えば、ある時はなぜか図書館で迷子になっていた。
「うぅ…冒険なんてするんじゃなかったよ…!」
独り言をつぶやきながら、疲れた様子で
図書館の長椅子に座り込む咲。
うーん、私からしたら、フロアマップもある建物で
どうやったら迷子になれるのか、
むしろやり方を教えてほしいくらいだけど。
でも、涙を浮かべて右往左往する咲は
とても可愛いからよしとする。
「やっほー」
「ぶ、部長!?」
私に尾けられていたことにも気づかなかったらしい。
咲は、まるで小動物のようにビクリと身を震わせた。
「こんにちは。さっきから
同じところをぐるぐると回ってたけど、
もしかして迷ってた?」
「えぇ!?わ、私、そんなに
同じところ通ってました!?」
「軽く5回は」
「5回も!?」
自分の迷子っぷりに驚く咲。うーん、可愛い。
何が可愛いって、5回も同じところを回っていたのに、
全然助けてくれなかった先輩の意地悪さに
気づかない辺りがすごく可愛い。
これだけでも相当なのに、
なおも咲は私の琴線を刺激し続ける。
「へえ…じゃあ咲も、
例のトラップにかかった口なのね」
「トラップですか?」
「ええ。あそこの図書館って、
この作者の著書は全部上巻しか置いてないのよ」
「なんで!?」
「さぁ、気になった誰かが
とりあえず上巻だけ図書館に申請して、
面白かったから、
下巻は自分で買っちゃったとか?」
「うう…じゃあ、下巻を読みたかったら
毎回こっちに来ないといけないんだ…」
げんなりとした顔でうなだれる咲。
ごめんなさい、上巻だけ申請したのは私です。
頼んでもいないのにどこまでも
私の掌で踊ってくれる咲。
ここまで本の好みが一致してるのに、
この性格の違いは何なのかしらね?
それとも咲も猫かぶってるのかしら。
「さ、行きましょ?」
本が見つからなかったことを幸いに、
自分の家に連れ込んで愛でようと思って、
自然な流れで咲の手を握る。
「あ…は、はい!」
私に手を握られた咲は、ボッと
ほっぺが真っ赤に染まって。
それでいて、嬉しそうに手を握り返す。
これが演技とは、流石に思えなかった。
あ、いや…
これだけ楽しませてくれるなら、
もうこのさい演技でもいいわ。
--------------------------------------------------------
そんなわけで、咲の可愛さを堪能していた私だけど。
そのうち、私の中に素敵なアイデアが思い浮かんだ。
「そうだ!私の愛情に耐えられるように咲を躾けたら、
私も恋愛できるんじゃないかしら!」
これまでの私は、告白を受けてすぐ、
私基準の愛情をそのままぶつけて断られてきた。
それで、普通の人との恋愛は無理だろうなーと
勝手に思っていたわけだけど。
でも、咲くらいチョロければ、
じっくりと躾けてあげれば、私レベルに
押し上げることも可能なんじゃないだろうか。
これが、もう一回トライしてみようかな、って思った理由。
題して、紫の上計画!
というわけで、こんな感じで進めてみることにした。
起:咲に頼れるところを見せて依存させる
承:あえて私の弱みを見せて、守りたいと思わせる
転:事件を起こして、咲を精神的にゆさぶる
結:咲が私と同じになってハッピーエンド!
とりあえず『起』はすでにクリアしてるから、
まずは『承』から行きましょうか。
私は早速、詳細な計画を練ることにした。
--------------------------------------------------------
そんなわけで、私は咲に一冊の本を貸した。
それは、『顔のない顔』という本。
話はとってもシンプルで。
元々は明るかった女の子が、両親の離婚、友人の転校を経て、
最終的に恋人との破局を迎えることで、
精神的に狂っていくお話。
私としては、何も考えずに素直に泣ける、
いいお話だと思うんだけど。
普通の人からしたら相当意味不明に映るらしい。
一度、友達にお薦めしたら
「あんた、頭おかしいんじゃないの?」
と真顔で問い詰められたエピソードまであり。
これを読んで、咲が私と同じように泣けるならそれでよし。
その場合は一気に『結』まで飛びましょう。
これを読んで、咲が理解できない時は…
そうね、対策を打っておきましょうか。
サクサクッと即席で読書感想文を書いてみる。
内容を端的に説明すれば、
『これに感動する人は追い詰められている人だから、
周りの人は優しくしてあげてね』
というものだ。
うーん、これだけだと、
そもそも私が病んでる根拠に乏しいかなー。
そうだ、名字のところをわかりやすく
書き直しておきましょうか。
これで、家庭環境に問題があったのかなって思うでしょ。
後は、さも隠しておいたように、
ブックカバーの間に挟んで、と。
さて、咲はどんな反応を見せてくれるのかしら?
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本を渡した次の日、咲は目に大きなくまを作って
部活にやってきた。
さて、咲の判定やいかに。
「部長…私、あの本読みました」
「へ?…あー、あれ読んだんだ。
何、泣いた?泣いちゃった?」
「いえ…私は、前者のタイプでしたから」
「え!?」
「あっ…!!」
言ってからしまった、という顔をする咲。
勝手に読んでしまったことに罪悪感を感じているらしい。
私的にはそこよりも、咲が前者のタイプだったことの方が
残念だったんだけど。
まあ、そこは育成の楽しみが残ったと
前向きに考えましょう。
とりあえずは予定通り、『脆さを抱えた先輩』を
演出しておきましょうか。
「私、もう狂ってないから!」
「だから、その…嫌わないでちょうだい…」
なんて、すがるような目を向けてみたりして。
我ながら三文芝居もいいところだと思う。
そもそも狂ってなかったら
あんな本渡したりしないわよね。
いや、私は別に自分が狂ってるとは思ってないけど。
でも、やっぱりチョロ可愛い咲は、
真剣な目をして私の手を取った。
「き、嫌うとか、とんでもないです!」
「むしろ、私は部長を助けたいです!」
「今でも、つらいんだったら言ってください…」
「私じゃ、あまり役に立たないかもしれないけど…」
「それでも、頑張りますから!」
なんて言ってくれるものだから。
嬉しくて、つい抱き締めてしまう。
「ありがとう…」
あー、ヤバい。私、本気でこの子のこと、
欲しくなってきちゃった。
それまでは「ダメでもともと」的な感じで
始めた計画だったけど、
絶対に落としたくなってきちゃった。
これは、もっと計画を練らないといけないわね。
あ、とりあえず涙代わりに
目薬垂らしておきましょう。
私の涙(目薬)を頭で受け止めた咲は、
その腕に力を込めて、より一層私を強く抱き締めた。
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そんなわけで、本気で咲のことが欲しくなった私は、
『起』の部分を強化しておくことにした。
できれば、私がいないと何もできないくらいにまで
依存させたいところよね。
適当に見繕った『古書フェスティバル』のチラシ。
ご丁寧に『10:00』と鉛筆書きまで加えて。
わかりやすく、咲のかばんの近くに置いておく。
咲がそれを見つけて、
真剣な表情でメモするのを確認する。
うんうん、これで咲は勝手に会場に来て、
勝手に迷子になるでしょう。
私は一人ほくそ笑んだ。
そして、イベント当日。
本来の主旨を完全に無視して、
会場の入り口に隠れてひたすら咲の登場を待つ。
予想どおり咲は会場に来て、
うろうろしながら、
最終的に地下への階段を下りて行った。
ちなみに地下には駐車場しかない。
あれってどういう思考回路で動いているのかしら?
ぶっちゃけ咲もどこか壊れてるんじゃない?
なんて思いながら、右往左往する咲を堪能する。
やがて、咲は図書館の時と同じように、
心身ともに疲れ果てた感じで
駐車場の長椅子に座り込んだ。
咲が大きなため息をついたところで、
私は颯爽と登場する。
咲の暗く沈んだ顔が、一瞬にして笑顔を取り戻した。
あーもう、この子チョロ可愛すぎ!
「咲は方向音痴なんだから、一人で行動しちゃだめよ?」
そう言って、あの時のように手を握る。
咲は本当に安堵した顔で、
だらしのない笑顔を私に見せた。
うんうん、この調子で
どんどん思考力を削いでいきましょう。
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日々の地道な積み重ねのおかげで、
咲は自分から私を誘うようになった。
「あ、部長。今週末、図書館行くんですけど…」
「はいはい、一緒に行きましょうか」
「はい!」
まあ、お誘いの内容は、
まだ私に関係のある場合に留まっていたけれど。
今はそれでよしとしましょう。
「た、単に道案内という意味だったら、
別に私でもいいですよね!?」
「あ…そこは部長がいいかな…」
和の誘惑もちゃんと断ったし、
「はい決定!これは、私のものです!」
「あうぅ…」
私の物発言も否定しなかった。
依存自体は着々と進行してるみたいだから、
焦らずじっくりいきましょうか。
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もちろん、『承』の部分の強化も忘れない。
咲はお弁当を自分で作っていると言っていた。
だから、とりあえず私は一人暮らしという利点を
生かしてみることにした。
咲の前でわざとらしく倒れこみ、
お弁当の催促をして…
両親がいないから、
お弁当も用意されないことを
ほのめかしてみる。
「な、何だったら、明日からは
部長の分も作りましょうか!?」
「お、本当!?すっごい助かる!」
咲は、あっさり釣り針にひっかかった。
そこからは、料理を餌にあれよあれよと事が運び。
今では咲は、私の横で可愛い寝息を立てている。
何なのこの子、いくらなんでもチョロすぎでしょ…
ここまでチョロいと、さすがに心配になってしまう。
やっぱり、私がしっかり管理して、
一生面倒見てあげないとね!
私は決意を新たにすると、
眠る咲の髪の毛にキスを落とした。
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そんなこんなをじっくりと繰り返していくうちに、
咲は私にどっぷりと依存していった。
朝昼晩。私のごはんは全て咲によって
供給されるようになった。
お泊りの回数も飛躍的に増加して、
今では三日に一回は泊まっていく。
家にはすでに咲のパジャマや下着が
常備されている状態だったりする。
「お父さんとか何も言わないのかしら?」
計画の進行に影響しないか心配になって、
それとなく探りを入れてみたら、
「部長だったら安心だし、
一人暮らしなら大変だろうからできるだけ
お手伝いしてあげなさいって言ってました!」
なんて、笑顔で答える咲。
あらやだ、ご家族そろってチョロいとか。
これには私も笑みが止まらない。
咲は、かいがいしく私に尽くしてくれる。
最初は多少無理しているのかな?と思ったけれど、
どうやら本当に楽しんでやっているらしい。
もしかしたら元々咲もこっち側なのかもね。
週末は私が咲をいろんなところに連れて行った。
その際、必ず手をつなぐようにして、
咲に会話を振り続けた。
もちろんそれは、現在地をわからなくするため。
それでいて時々ふらっといなくなって、
迷子にするのも忘れない。
いつしか咲は迷子になると、
その場にとどまって泣きながら
私を待つようになった。
そして、私に見つけられると、
ぱあっと涙に濡れた目を輝かせるのだ。
うんうん、順調に頭使わなくなってるわね。
そもそも最初に置いていったのは私なのにね。
これなら、次の段階に移行しても大丈夫かな?
私は、そろそろ『転』に移ることにした。
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『転』で起きる、というか起こす事件。
それは、私のあの感想文が悪意の第三者によって
掲示板に貼り出されるというもの。
学生議会長権限を濫用して、
感想文を部室につながる廊下のところに
貼り出してもらう。
ついでに、サクラとして
人も何人か集めておいた。
もちろん、この人たちは何も知らない。
私が咲を巻き込んで寸劇をするから
手伝ってほしいと言ったら
「ああ、いつものことか」と
あっさり引き受けてくれた。
さて、後は廊下の陰に隠れて
咲の登場を待ちましょう。
咲は、私の期待通りに動いてくれた。
壁に貼り出された原稿用紙を見ると、
鬼気迫る表情で人ごみをかき分けて、
力任せにそれを剥がした。
そして、私が絶妙なタイミングで登場。
状況に驚き、咲を犯人と言わんばかりの目で
にらみつけた後、そのまま身を翻して走り去る。
後ろからは、咲の悲鳴のような呼び声が聞こえた。
さすがに罪悪感を禁じえないけど、
私たちが結ばれるためには必要な行為。
少しだけ、我慢してね?
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私は家に帰って、自分に催涙スプレーを吹きかけた。
うー、キツい。ホントに涙が止まらない。
でも、さすがにここはマジ泣きしないといけないしね。
自業自得で嗚咽していると、
期待通り咲が家にやってくる。
私は、努めて冷たい声を咲にかけた。
「あなたを信じていた、私がバカだったわ」
「違うんです!私は、貼りだされていたのを
はがしただけなんです!!」
「じゃあ、他に誰があの原稿を持っているのよ!?」
はい、私だけです。我ながらひどいなぁと思う。
でも、咲も気付いていいと思うのよ。
そもそも、仮に本当に悪意の第三者によって
流出したとして、だから何って思わない?
だってあれ…『何の本に対する感想文か』
書かれてないんだもの。
でも、やっぱり咲は気づかない。
涙ながらに訴える咲。
「わ、わたし、なんでもします!」
「信じてもらえるなら、なんでもしますから!!」
よし!
私は心の中でガッツポーズした。
この言葉が聞ければ、半ば計画は
成功したようなもの。
「…本当に何でもするの?」
「します…しますから…」
嗚咽しながら縋りつく咲。
私は咲から見えないことをいいことに、
にんまりと悪い笑みを浮かべた。
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というわけで、『転』も無事終了。
この時点で素直に
「じゃあ、私の名前を彫りなさい」
と言ってもよかったのだけど…
勝って兜の緒を締めよって言うしね。
最後まで油断しないでいかないと。
というわけで、念には念を入れておきましょう。
私は、咲に五つの命令を出した。
そう、それは私以外の人間との関わりを
極端に薄くする命令。
『一つ、お弁当を作って来てお昼を一緒に食べること』
『一つ、夕飯を一緒に作って食べること』
『一つ、一緒に寝ること』
『一つ、私以外の人間とは、必要以上の会話をしないこと』
『一つ、私から離れる時は私の許可を得ること』
これを聞いた時、咲は
「え、そんなことでいいの?」
という顔をした。
これには、逆に私がびっくりした。
確かに、上三つは今までの延長線に過ぎない。
でも、残り二つは、もう明らかに
普通じゃないはずなんだけど。
「私以外の人と、必要以上の会話をしないこと」
「はい」
「随分と聞き分けがいいのね…」
「部長としゃべれないのに、
他の人となんてしゃべる暇なんてありません」
「私から離れる時は私の許可を得ること」
「部長から離れるのを禁止する、じゃないんですか…?」
「そこまでは言わないわ」
「禁止、してほしいです…それで、
部長が信じてくれるんだったら…」
涙を浮かべながら私の瞳を見つめる咲。
ついうっかり咲を抱き締めそうになった。
あれ?これもう、
ゴールしちゃっていいんじゃない?
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当初のプランでは、この結構厳しめの罰を課して、
咲を少しずつ消耗させていく予定だったんだけど。
むしろ、咲は物足りないようだったから、
それを利用することにした。
つまりは、焦らしプレイに移行したのだ。
特に命令を追加するわけでもなく、
それでいて態度を軟化させない私に、
咲はどんどん消耗していった。
目から光が失われ、
ブツブツと独り言をつぶやくようになった。
こっそり耳を傾けてみると、
「なんとかしなきゃ…なんとか…
このままじゃ…なんとかしなきゃ…」
ずっと、同じことを繰り返してたりして。
そんな咲の様子に、部員の皆はドン引き、
もとい心配して話しかけるんだけど、
咲はまったく反応しない。
「……」
「咲さん…どうして話してくれないんですか…!」
「咲…お前さんは、一体
どうしてしまったんじゃ…」
「びょ、病院、連れてった方がいいんじゃないか?」
そんな咲の様子に、
やっぱりドン引きする一般人たち。
もっとも私からしたら、
今の咲は可愛くて仕方なかったりするんだけど。
やっぱり私は、普通の人とちょっと違うのね。
私は引き続き、活力を失った咲の瞳を堪能した。
いやー、眼福眼福。
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そうこうしているうちに、
ついにフィナーレがやってくる。
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咲がすくりと立ち上がる。
そして、懐からカッターを取り出した。
「い、今から、私、ここに、部長の、名前を彫ります」
「さ、咲!ちょっと!!」
「こ、これが、できたら…信じて、くれ、ます、よね?」
ガタガタと震える咲。
ガチガチと歯を鳴らす咲。
目に涙を浮かべる咲。
こんなに怖がっているのに、それでも咲は、
私のために己を傷つけようとしている。
さすがの私も、思わず熱いものがこみあげて、
つい、止めてしまいたくなるけれど。
これは、咲が生まれ変わるために必要な儀式。
一時の感情で止めるわけにはいかないのよね。
結局私は、声をこそ発したものの、
咲を止めはしなかった。
そして、咲は自らを切り刻む。
やがて、床が赤一色に染まった。
「ぶ、ぶちょう…できました…!」
くしゃくしゃの顔を向けて、
私に微笑みかける咲。
その目は、明らかに正気を失っていた。
私は居ても立ってもいられなくなって、
咲をぎゅっと抱き締めた。
「……っ」
涙が、後から後からあふれてくる。
でも、これは懺悔の涙じゃない。
そう、それは、喜びの涙。
ついに、咲は…私と同じになってくれた…!
私は咲のカッターを手に取ると、
自分の足に突き刺した。
そして、深く、深く肉をえぐって。
咲の名前を刻み込む。
もう、一生消えないように。
痛み?そんなの、今の私にとっては
喜びのエッセンスに過ぎない。
「見て、咲…これで、いっしょだから」
咲に、満面の笑みを向ける。
咲も、にっこりほほ笑んだ。
そして、私たちは血まみれのまま抱き合った。
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名前は結局、消えずに残った。
私は、咲の太ももに刻まれた名前を
愛おしさと共に指でなぞる。
「綺麗に名前だけ残ったわねー」
「でも、ちょっと薄くなっちゃいました」
私と同じように名前をなぞりながら、
咲は残念そうにそうこぼす。
どうやら咲は、私の傷と比較して、
自分の傷が浅いことに罪悪感を感じているようだった。
別に気にしなくていいのに。
どうせ、定期的に刻むことになるんだから。
「次は、もっと深く彫りますから」
咲はそう言って跪くと、私の足にキスをした。
私のしたことは、世間一般で言えば、
決して許されるものではないだろう。
咲も、私が裏で考えていたことを知ったら、
嘆き悲しむのかもしれない。
でも、私はこうでもしなければ、
誰かと結ばれることはなかったと思う。
「ねえ、咲」
「なんですか?」
「私って、狂ってるかな?」
「…多分」
「そっか」
「でも…そうさせたのは私です」
「私が、先に、狂っちゃったから」
「名前なんて、彫っちゃったから」
「部長まで、狂わせちゃったんです」
「ごめんなさい…」
「別にいいわよ?私、今すっごい幸せだから」
「…それなら…よかったです」
「でも、責任は取ってね?」
「責任…ですか」
「うん。一生、私から離れないこと!」
「はい!それなら、絶対に守れます!」
結局咲は、最後まで気づかないまま。
しかも、ありもしない『私を狂わせた責任』
とやらまで取ってくれるらしい。
ああもう、本当に。
「咲はチョロ可愛いんだから!」
「ちょ、チョロ…?」
「あ、うん。なんでもない♪」
(完)
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チョロ可愛い咲さんシリーズ化で!
いやー、二人ともお幸せにw
やっぱり久咲可愛いです
黒久さんと白咲さんがベストだと思ってましたけど前半のデレた部長が可愛過ぎ!
デレデレな白久さんに難航するチョロイ黒咲さんとかどうでしょう(笑
>考慮しとらん
久「実は全部でしたー♪」
咲「まったくもう…」
>ちょろかわいい
咲「いやでも、これチョロくなくてもひっかかりますよ!?」
>顔のない顔
久「どんだけしっかり作品読んでるのよ」
咲「ありがとうございます!」
>シリーズ化、チョロイ黒咲さん
久「実は、他の人が簡単に気づくレベルの
チョロ咲にするか、今回みたいな
『どこからが策略なんだ…?』にするかで
迷ったのよね!」
咲「部長の悪戯心で後者になりましたけどね…
でもコメントでもけっこう普通に
気づいてる人がいらっしゃって
皆さんすごいなーと思いました」
久「というわけで、前者のタイプは
ちょっとやってみたいかも!
白久チョロ黒咲で!」
咲「ちょっとお待ちください」
多分普通人が読んでも笑わず、引くだろうけど、それを普通に読めちゃうあたり、自分も毒されてるのかもしれない…!