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【咲SS:咲久】久「…さ、咲が怖い」【ヤンデレ】
<あらすじ>
私は、咲が怖かった。
だって咲は、いつも死のにおいが漂っていたから。
このままでは、咲は死んでしまうと思ったから。
私は咲を、死から救わないといけない。
<シリーズの趣旨>
黒久さんと黒咲ちゃんシリーズ。
実は被害者も加害者も真っ黒のパターンでした。
<登場人物>
竹井久,宮永咲,その他清澄
<症状>
・異常行動
・共依存
・狂気
<その他>
※けっこうドロドロしてます。ご注意を。
※咲編(咲「…ぶ、部長が怖い」)と対になってます。
両方読まないと全貌は明らかになりません。
※以下のリクエストに対する作品でした。
・(シリアス)最初被害者だったキャラが逆に相手を束縛する
--------------------------------------------------------
宮永咲。
その名前を聞いた時、
もう一人宮永性の人物が脳裏に浮かんだ
それは、言わずと知れたインターハイチャンピオン。
宮永照。
麻雀部に属している高校生で、
宮永照を知らない人の方が珍しいわけで。
私も、購読している雑誌から彼女のことを知っていた。
そこまで外見が似ているとは思わなかったし、
住むところも離れている。
でも、麻雀の強さには通ずるものを感じて、
てっきり親戚かな?なんて思って
軽く聞いてみたのが間違いだった。
「もしかして、あの宮永照の親戚か何かだったり?」
聞いた瞬間、しまったと思った。
刹那、宮永さんの目から光が消えた。
闇が彼女から漏れ出して、周囲を黒く染めた。
それは、比喩でも何でもなくて。
本当に、彼女の周りが薄暗く濁った。
彼女はうつむいて、力なく笑いながら。
ぽつりと、一言だけつぶやいた。
「…宮永照は、私の姉です」
深い、深い悲しみが私に伝わってくる。
その悲しみには覚えがあった。
そう、それは私も味わったことがある悲しみ。
直感的に思った。
この子は、一人にしてはいけない。
--------------------------------------------------------
宮永さんが、全国を目指し始めた。
元々私が麻雀部に誘った時は、
どちらかと言えば乗り気がしない感じだった宮永さん。
それが一体、どうして急に?
なんだか猛烈に嫌な予感がした。
私は辛抱強く、それでいてそれとなく宮永さんを詮索した。
やがて、彼女は胸の内を打ち明けてくれた。
「麻雀でなら…麻雀を通じてなら、
お姉ちゃんと話せる気がするんです」
そう語る宮永さん。
そして、少しだけ笑顔を浮かべる宮永さん。
でも、その目はあの時と同じく、光を失ったまま。
私の背中を、冷汗がつたった。
まずい、まずいまずいまずい。
あなたのその考えは、問題が山積みすぎる。
問題1。今のあなたは全国に行けるほど強くない。
問題2。長野には天江衣がいる。
問題3。仮に全国に行けたとして、
わざわざ会いに行ったのに口もきかないような姉が、
三連覇を邪魔しに来た妹を受け入れるとは思えない。
問題4。これらの問題を解決できなかった時、
あなたが耐えきれるとは思えない。
特に3と4が致命的すぎる。
でも、だからと言ってどうすればいいのか。
あなたのその考えは間違ってるから諦めなさい、
とでも言うの?
他にもう望みがなくて、
最後の賭けに出ているこの子に?
私には、何も言うことができなかった。
だとすれば、私にできる事は一つ。
徹底的に、宮永さんをサポートすること。
そして、できれば彼女の心の傷を癒して、
問題が解決できなかった時に、
その反動に耐えられるようにすること。
彼女が立ち直れるかは、私にかかっている。
--------------------------------------------------------
それからというもの、私は彼女を徹底的に観察して、
調べて、サポートすることにした。
調べられることは何でも調べた。
自宅の場所、通学路、交友関係、
身に着けているもの、借りている本、食べているもの…
調べていけばいくほど、
私の中で不安は大きくなっていく。
特に私の不安を煽ったのは、
交友関係と本の貸し出し情報。
彼女には、親しい友達がいなかった。
まだ付き合いが浅いであろう和や優希が
一番親しいということになりそうで。
それは、彼女の悲しみを受け止める人物が
いないことを示している。
貸し出し情報。こちらも危険な香りがした。
まず、一冊を借りている時間が極端に短い。
その上で、几帳面に特定の著者の作品を、
発行順の古い順に借りている。
そしてその本が貸し出し中の場合、
他の本に浮気することなく、
戻ってくるのを待っている。
このことからも、彼女が一度決めたルールを
そう簡単には曲げないことがうかがえた。
不安が募った私は、つい彼女に聞いてしまう。
でもその結果は、私の不安をより強固なものにした。
「もし、全国まで行って…
その時、お姉さんがあなたを受け入れてくれなかったら…
あなたはどうする?」
「……」
返事はなかった。でも、それで十分だった。
可能性を提示しただけで、
彼女は光を失い、闇を広げ、顔を蒼白とさせ、
小刻みに震えだしたのだから。
間違いない。
もし失敗したら、立ち直れないなんてもんじゃない。
下手したら彼女は命を絶ちかねない。
私は、より彼女のことをサポートしようと心に決めた。
--------------------------------------------------------
でも、私の努力は空回りしていた。
というより、私も…
少しずつおかしくなっていたんだと思う。
「も、もう…私のこと…調べるのやめてくれませんか?」
「だ、だってあなたが心配で」
「だからそれが迷惑なんです!!」
予想外の咲からの糾弾。
それは、もう構わないでほしいというものだった。
私は、頭が真っ白になった。
だって、私は、あなたを守るために。
あなたを死なせないために。
全力であなたを見守ってきたのに。
でも、咲の言うことももっともで。
生理周期やトイレ間隔まで把握されていれば、
そりゃ誰だって気味の悪さを感じるだろう。
私は咲に言われて初めて、
自分が狂ってきていることに気づいた。
でも、じゃあやめていいのかというと
そうとも思えなかった。
やり方は間違っていたけど、
咲はサポートが必要で。
でも、咲は私を必要としていなくて。
でも、でも、でも、でも。
私は冷静に考える事ができなくなる。
気づけば私は、泣きながら咲に謝って。
咲のもとを離れていた。
家に帰った私は一人泣きはらした。
努力が報われなかった悲しみ。
方法を間違えたことに対する自責。
何よりこのままじゃ、
咲が死んでしまうことに対する恐怖。
負の感情に襲われて、私は一人うずくまる。
ああ、私は、どうしたらいいの?
どれだけ考えても、答えは出てこなかった。
--------------------------------------------------------
泣きはらすこと一週間。
咲は私の事を許してくれた。
理由はよくわからない。
「ごめんなさい…部長は、
私のことを助けてくれてたのに…
ひどいこと言って…」
「ち、違うの、私が間違ってたのよ。
咲は私の助けなんか必要としてなかった」
「違います!私は確かに助かってたんです!
私が間違ってたんです」
「じゃ、じゃあ…私、続けていいの?
咲のこと、助けていいの?」
「はい…これからも私のことを、
助けてください…!」
でも、理由なんかどうでもいい。
大切なことは、咲から正式に依頼を受けたということ。
もう気兼ねする必要はない。
私は咲を守る。
--------------------------------------------------------
私は、異常なほどに咲に付き纏った。
朝昼晩、許される限りは咲の側にいた。
自分でも異常な行動を取っているのはわかっている。
でも、もう時間がない。
インターハイの地区予選は、
2か月先に迫っている。
今、私にできる事。それは…
咲に少しでも気を許してもらって、
咲の、お姉さんに対する執着を少しでも弱める事。
「やっほー。咲、一緒に登校しましょ?」
「え、あ…はい」
最初の頃、やはり咲は警戒しているようだった。
それでも、私はひたすら咲に密着した。
「咲、お昼一緒に食べない?」
「あ、はい…ご一緒します」
そうしているうちに、咲は意外と早く、
私に打ち解けてくれるようになった。
「部長、準備できました」
「そか。じゃあ、帰りましょっか!」
最終的に、咲は私になついてくれた。
私はこの方法が間違っていないことを確信した。
--------------------------------------------------------
清澄は、地区予選で敗退した。
当たり前といえば当たり前。
むしろ、何年ものブランクがあったのに、
あの天江衣にここまで肉薄したことに逆に驚いたくらい。
私にとっては、勝敗はどうでもよかった。
大切なのは、負けた咲がどういう反応をするか。
下手をしたら突然外に飛び出して、
車道に飛び込むかもしれない。
何が起きてもいいように、
私は注意深く咲を観察していた。
でも、咲はそれほど動揺していないようだった。
「す、すいません…負けちゃいました」
いつものように小動物っぽいしぐさをしながら、
上目遣いで私を見る咲。
私は熱いものがこみ上げて、
思わず咲を抱き締めた。
「いいのよ…そんなことは…
あなたは、よく頑張った」
「ありがとう…」
ありがとう、乗り越えてくれて。
ありがとう、生きていてくれて。
私は咲に縋りついて、ただ声もなく嗚咽した。
--------------------------------------------------------
インターハイを乗り越えたものの、
心配性の私は、一応咲を保護することにした。
実は、今はまだ実感がわかないだけで、
発作的に壊れてしまうかもしれなかったから。
でも当の咲は、そんなそぶりを見せることもなく
素直に私にあまえてくる。
「咲…本当に大丈夫なの?」
「はい…不思議ですけど、
ああ、負けちゃったー、くらいの感じなんです」
「でも、あなたにとってインターハイは
特別な意味を持っていたはずなのに…」
「…そうなんですよね…
自分でも、よくわからないです」
咲の目は、お姉さんに関する話をしても、
もう光を失うことはなかった。
「それよりも、部長。
この部屋、ちょっと寒いです」
「ああ、冷房効きすぎかしら。
温度上げるわね?」
「温度はこのままでいいです」
「あー、はいはい」
「はい」
それどころか咲は、お姉さんの話よりも、
私にあまえることを優先した。
「えへへ…部長、あったかいです」
幸せそうにすり寄る咲。
そこからは病気の気はみじんも感じ取れなくて。
これなら、もう大丈夫かもしれない。
私は人知れず安堵した。
こうして、私が半年かけて取り組んだ問題は、
ようやく解決したかのようだった。
--------------------------------------------------------
もっとも、実際には全然そんなことはなかったのだけれど。
--------------------------------------------------------
「ふざけないでください!!!」
突然の叫び声。
それは、驚いたことに咲の怒声だった。
あの自己主張の乏しい咲が、
信じられないほどの大声で喚き始める。
「うそですよね!?私を置いていくなんて!」
「あんなに付きまとっておいて!」
「本当に私を捨てる気なんですか!?」
「捨てませんよね!?」
「部長!!」
咲の目はまっすぐと私を見据えている。
でも、その目に光はなくて。
ううん、それどころか…
どろりと黒く濁っていた。
ああ、私はまた間違えた。
咲は、確かにお姉さんへの依存を断ち切った。
でも、それは正しい方法ではなくて。
依存の対象がお姉さんから、私にすり替わったに過ぎない。
「許しませんから…
捨てたら、許しませんから…!」
ひたすら私に執着する咲。
私は、戸惑いを隠せない。
もちろん、捨てるつもりはなかったけど。
でも、それでも私は半年後卒業する。
その時、咲はどうなってしまうんだろう。
問題は、依然として残ったままだった。
--------------------------------------------------------
もっとも、うだうだと悩み続ける私とは違い、
咲の対応は迅速だった。
次の日には、咲は強硬手段に打って出た。
「というわけで、部長。私、
部長が一緒に居ない時はもうごはんを食べませんから」
お昼時。咲は妙に晴れやかな顔で私にそう告げた。
私の中で、瞬く間に警鐘が鳴り響き始める。
まずい。
いい加減ずっと一緒に居たからわかる。
咲は本気だ。そう言えば、今日は少し顔色が悪い。
もしかして!
「あ、朝ごはんは!?ちゃんと食べた!?」
「もちろん食べてませんよ?」
にっこりと微笑む咲。断食はすでに始まっていた。
体中から血の気が引いて、体が震え出してしまう。
これは、咲の決意表明だ。
きっと、咲はもう撤回しない。
「…今日、咲の家にお邪魔するわ。
親御さんも交えて、真剣に話し合いましょう」
「いいですけど…私は自分の主張を曲げませんよ?」
「だったら余計に親の同意が必要じゃない」
言うまでもなく、咲のお父さんは反対した。
当たり前だ。どこの世界に、突然やってきた赤の他人に
自分の娘をほおり投げる親がいるものか。
勝手に離婚したうちの親だって、
子供を養うくらいの分別はあった。
「もう一度言うよ、私は部長と一緒に住む。
じゃなきゃ、もう何も食べない」
それでも、咲は自分の主張を取り下げない。
むしろ、いつの間にか主張はエスカレートしていて。
私と住むことが絶対条件になっていた。
しびれを切らした咲のお父さんが、
やがて問題を投げ出した。
「断食でも何でも、勝手にしろ!」
「だ、駄目です!咲は、今の咲は
本当に断食しちゃいますから!
咲が死んじゃう!!」
「私はそれでいいよ?
私の覚悟を見てもらいたいし」
咲のお父さんの発言に、咲はにたりと笑った。
その目に、光は灯っていない。
ああ、このままでは、咲は本当に死んでしまう。
私にできる事は、咲に縋りつく事だけだった。
--------------------------------------------------------
咲は、みるみる衰弱していった。
宣言した通り、咲はご飯を食べなかった。
それどころか、水の一滴すら飲まなかった。
人間は、水さえ飲めば2〜3か月は生きられるらしい。
でも、水すら拒絶すれば、3日程度で死に至るらしい。
私は震えが止まらなくなった。
その時は、刻一刻と近づいている。
咲に、無理やりスプーンを押し付ける。
咲は、かたくなに拒絶した。
水を飲ませようにも口を堅く閉ざす。
私はペットボトルの水を口に含み、
咲の唇に押し当てる。
咲は、私のキスは受け入れたけど、
水は受け入れてくれなかった。
拒絶された水が、だらだらと口元を伝って落ちた。
「ああああああああああああ!!!!」
私は両手で顔を覆って絶叫した。
自分の心が、バラバラと細かい破片になって
崩れ落ちていくのを感じた。
--------------------------------------------------------
決着はあっけなくついた。
それは、私が咲のお父さんに放った一言。
「咲の主張を受け入れないなら、
私も咲と一緒に死にます!」
咲のお父さんは、驚愕に目を見開いた。
もっとも、私からしたらそれは、
別に今決意したのでも何でもなく。
単に事実を述べたに過ぎない。
咲が死んだら、私の責任だ。
私だけがのうのうと一人生きていけるはずがない。
やがて、咲のお父さんの動きが完全に静止して…
弱々しげに、ぽつりとこぼした。
「わ、わかった…咲の…好きにしなさい…」
「咲!?聞いた!?受け入れた!
あなたの主張は受け入られた!!
お願いだから水を飲んで!!」
私は即座に、ペットボトルの水を口に含んだ。
さっきしたのと同じように、
私は咲の唇に自らの唇を押し当てる。
今度は、コクッ、コクッと、
咲は水を飲み干した。
私はぼろぼろと涙をこぼしながら、
咲の体を抱き締めた。
--------------------------------------------------------
こうして、私は咲との二人暮らしを始めることになった。
でも、無茶な主張をした咲はもちろん、
それに付き合った私も完全に狂ってしまっていた。
「咲?これからはもう絶対に離れたら駄目よ?
具体的には私から60cm以上離れたら駄目」
「別にいいですけど…なんで60cmなんですか?」
「私の腕の長さの関係よ。
突然車に飛び込まれたらたまらないもの」
片時も咲から目を離せなくなっていた。
起きている時はもちろん、寝る時も。
「咲。悪いけど、寝る時は手錠させてもらうわね?
片方は私の手に繋ぐわ」
「別にいいですけど…お手洗いとか
行きたくなったらどうするんですか?」
「私を起こせばいいじゃない」
もっとも、壊れているのは咲も同じだから、
まったく問題にならなかったんだけど。
「部長、退学届書けました」
「見せて?うん…問題なし。
じゃあ、明日届けに行きましょうか」
「はい」
「あーあ、それにしても、
よりによってこの時期に中退とはねぇ」
「なら、学校行きますか?」
「行けるわけないじゃない」
「だったら諦めてください」
「あー、咲とくっついて
授業を受けられる学校とかないのかなー!」
「見つけたら行ってあげますよ?」
そんなわけで、私は咲と二人ぼっちになった。
ある時咲が、思い出したように私に話しかける。
「部長、知ってる?
私、最初は部長のこと怖がってたんだよ?」
「知ってるわよ…でもね?
私だってあなたのことが怖かったのよ?」
「そうなの!?」
いつも死臭をまとっている子が
怖くないわけないでしょうに。
「咲。あなたは私が狂っていると
思っていたかもしれないけど…それは逆」
「狂っていたのは、あなた」
そして、私はそれに引っ張られただけ。
「…でも、そうだったとしても、
私を悪化させたのは部長だよ?」
「いくらあの時の私でも、
お姉ちゃんと一緒になれなかったら
断食するなんて考えもしなかっただろうし」
「今の結果は、全部部長のせいだよ?」
否定することはできなかった。
よかれと思ってやったこと。
でも、その結果は、結局咲をより狂わせた。
それだけは、間違いない。
「だから、ちゃんと責任取ってね?」
まあでも、正直過程はどうでもよかった。
咲は今も狂っている。
私は一緒に狂ってしまった。
でも私達は今、二人で幸せになっている。
私は咲を抱き寄せる。咲も私を抱き締める。
そして、私達はもう何百回目かわからないキスをした。
「取るわ…もう一生離さない」
咲は、幸せそうに微笑んだ。
(完)
私は、咲が怖かった。
だって咲は、いつも死のにおいが漂っていたから。
このままでは、咲は死んでしまうと思ったから。
私は咲を、死から救わないといけない。
<シリーズの趣旨>
黒久さんと黒咲ちゃんシリーズ。
実は被害者も加害者も真っ黒のパターンでした。
<登場人物>
竹井久,宮永咲,その他清澄
<症状>
・異常行動
・共依存
・狂気
<その他>
※けっこうドロドロしてます。ご注意を。
※咲編(咲「…ぶ、部長が怖い」)と対になってます。
両方読まないと全貌は明らかになりません。
※以下のリクエストに対する作品でした。
・(シリアス)最初被害者だったキャラが逆に相手を束縛する
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宮永咲。
その名前を聞いた時、
もう一人宮永性の人物が脳裏に浮かんだ
それは、言わずと知れたインターハイチャンピオン。
宮永照。
麻雀部に属している高校生で、
宮永照を知らない人の方が珍しいわけで。
私も、購読している雑誌から彼女のことを知っていた。
そこまで外見が似ているとは思わなかったし、
住むところも離れている。
でも、麻雀の強さには通ずるものを感じて、
てっきり親戚かな?なんて思って
軽く聞いてみたのが間違いだった。
「もしかして、あの宮永照の親戚か何かだったり?」
聞いた瞬間、しまったと思った。
刹那、宮永さんの目から光が消えた。
闇が彼女から漏れ出して、周囲を黒く染めた。
それは、比喩でも何でもなくて。
本当に、彼女の周りが薄暗く濁った。
彼女はうつむいて、力なく笑いながら。
ぽつりと、一言だけつぶやいた。
「…宮永照は、私の姉です」
深い、深い悲しみが私に伝わってくる。
その悲しみには覚えがあった。
そう、それは私も味わったことがある悲しみ。
直感的に思った。
この子は、一人にしてはいけない。
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宮永さんが、全国を目指し始めた。
元々私が麻雀部に誘った時は、
どちらかと言えば乗り気がしない感じだった宮永さん。
それが一体、どうして急に?
なんだか猛烈に嫌な予感がした。
私は辛抱強く、それでいてそれとなく宮永さんを詮索した。
やがて、彼女は胸の内を打ち明けてくれた。
「麻雀でなら…麻雀を通じてなら、
お姉ちゃんと話せる気がするんです」
そう語る宮永さん。
そして、少しだけ笑顔を浮かべる宮永さん。
でも、その目はあの時と同じく、光を失ったまま。
私の背中を、冷汗がつたった。
まずい、まずいまずいまずい。
あなたのその考えは、問題が山積みすぎる。
問題1。今のあなたは全国に行けるほど強くない。
問題2。長野には天江衣がいる。
問題3。仮に全国に行けたとして、
わざわざ会いに行ったのに口もきかないような姉が、
三連覇を邪魔しに来た妹を受け入れるとは思えない。
問題4。これらの問題を解決できなかった時、
あなたが耐えきれるとは思えない。
特に3と4が致命的すぎる。
でも、だからと言ってどうすればいいのか。
あなたのその考えは間違ってるから諦めなさい、
とでも言うの?
他にもう望みがなくて、
最後の賭けに出ているこの子に?
私には、何も言うことができなかった。
だとすれば、私にできる事は一つ。
徹底的に、宮永さんをサポートすること。
そして、できれば彼女の心の傷を癒して、
問題が解決できなかった時に、
その反動に耐えられるようにすること。
彼女が立ち直れるかは、私にかかっている。
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それからというもの、私は彼女を徹底的に観察して、
調べて、サポートすることにした。
調べられることは何でも調べた。
自宅の場所、通学路、交友関係、
身に着けているもの、借りている本、食べているもの…
調べていけばいくほど、
私の中で不安は大きくなっていく。
特に私の不安を煽ったのは、
交友関係と本の貸し出し情報。
彼女には、親しい友達がいなかった。
まだ付き合いが浅いであろう和や優希が
一番親しいということになりそうで。
それは、彼女の悲しみを受け止める人物が
いないことを示している。
貸し出し情報。こちらも危険な香りがした。
まず、一冊を借りている時間が極端に短い。
その上で、几帳面に特定の著者の作品を、
発行順の古い順に借りている。
そしてその本が貸し出し中の場合、
他の本に浮気することなく、
戻ってくるのを待っている。
このことからも、彼女が一度決めたルールを
そう簡単には曲げないことがうかがえた。
不安が募った私は、つい彼女に聞いてしまう。
でもその結果は、私の不安をより強固なものにした。
「もし、全国まで行って…
その時、お姉さんがあなたを受け入れてくれなかったら…
あなたはどうする?」
「……」
返事はなかった。でも、それで十分だった。
可能性を提示しただけで、
彼女は光を失い、闇を広げ、顔を蒼白とさせ、
小刻みに震えだしたのだから。
間違いない。
もし失敗したら、立ち直れないなんてもんじゃない。
下手したら彼女は命を絶ちかねない。
私は、より彼女のことをサポートしようと心に決めた。
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でも、私の努力は空回りしていた。
というより、私も…
少しずつおかしくなっていたんだと思う。
「も、もう…私のこと…調べるのやめてくれませんか?」
「だ、だってあなたが心配で」
「だからそれが迷惑なんです!!」
予想外の咲からの糾弾。
それは、もう構わないでほしいというものだった。
私は、頭が真っ白になった。
だって、私は、あなたを守るために。
あなたを死なせないために。
全力であなたを見守ってきたのに。
でも、咲の言うことももっともで。
生理周期やトイレ間隔まで把握されていれば、
そりゃ誰だって気味の悪さを感じるだろう。
私は咲に言われて初めて、
自分が狂ってきていることに気づいた。
でも、じゃあやめていいのかというと
そうとも思えなかった。
やり方は間違っていたけど、
咲はサポートが必要で。
でも、咲は私を必要としていなくて。
でも、でも、でも、でも。
私は冷静に考える事ができなくなる。
気づけば私は、泣きながら咲に謝って。
咲のもとを離れていた。
家に帰った私は一人泣きはらした。
努力が報われなかった悲しみ。
方法を間違えたことに対する自責。
何よりこのままじゃ、
咲が死んでしまうことに対する恐怖。
負の感情に襲われて、私は一人うずくまる。
ああ、私は、どうしたらいいの?
どれだけ考えても、答えは出てこなかった。
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泣きはらすこと一週間。
咲は私の事を許してくれた。
理由はよくわからない。
「ごめんなさい…部長は、
私のことを助けてくれてたのに…
ひどいこと言って…」
「ち、違うの、私が間違ってたのよ。
咲は私の助けなんか必要としてなかった」
「違います!私は確かに助かってたんです!
私が間違ってたんです」
「じゃ、じゃあ…私、続けていいの?
咲のこと、助けていいの?」
「はい…これからも私のことを、
助けてください…!」
でも、理由なんかどうでもいい。
大切なことは、咲から正式に依頼を受けたということ。
もう気兼ねする必要はない。
私は咲を守る。
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私は、異常なほどに咲に付き纏った。
朝昼晩、許される限りは咲の側にいた。
自分でも異常な行動を取っているのはわかっている。
でも、もう時間がない。
インターハイの地区予選は、
2か月先に迫っている。
今、私にできる事。それは…
咲に少しでも気を許してもらって、
咲の、お姉さんに対する執着を少しでも弱める事。
「やっほー。咲、一緒に登校しましょ?」
「え、あ…はい」
最初の頃、やはり咲は警戒しているようだった。
それでも、私はひたすら咲に密着した。
「咲、お昼一緒に食べない?」
「あ、はい…ご一緒します」
そうしているうちに、咲は意外と早く、
私に打ち解けてくれるようになった。
「部長、準備できました」
「そか。じゃあ、帰りましょっか!」
最終的に、咲は私になついてくれた。
私はこの方法が間違っていないことを確信した。
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清澄は、地区予選で敗退した。
当たり前といえば当たり前。
むしろ、何年ものブランクがあったのに、
あの天江衣にここまで肉薄したことに逆に驚いたくらい。
私にとっては、勝敗はどうでもよかった。
大切なのは、負けた咲がどういう反応をするか。
下手をしたら突然外に飛び出して、
車道に飛び込むかもしれない。
何が起きてもいいように、
私は注意深く咲を観察していた。
でも、咲はそれほど動揺していないようだった。
「す、すいません…負けちゃいました」
いつものように小動物っぽいしぐさをしながら、
上目遣いで私を見る咲。
私は熱いものがこみ上げて、
思わず咲を抱き締めた。
「いいのよ…そんなことは…
あなたは、よく頑張った」
「ありがとう…」
ありがとう、乗り越えてくれて。
ありがとう、生きていてくれて。
私は咲に縋りついて、ただ声もなく嗚咽した。
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インターハイを乗り越えたものの、
心配性の私は、一応咲を保護することにした。
実は、今はまだ実感がわかないだけで、
発作的に壊れてしまうかもしれなかったから。
でも当の咲は、そんなそぶりを見せることもなく
素直に私にあまえてくる。
「咲…本当に大丈夫なの?」
「はい…不思議ですけど、
ああ、負けちゃったー、くらいの感じなんです」
「でも、あなたにとってインターハイは
特別な意味を持っていたはずなのに…」
「…そうなんですよね…
自分でも、よくわからないです」
咲の目は、お姉さんに関する話をしても、
もう光を失うことはなかった。
「それよりも、部長。
この部屋、ちょっと寒いです」
「ああ、冷房効きすぎかしら。
温度上げるわね?」
「温度はこのままでいいです」
「あー、はいはい」
「はい」
それどころか咲は、お姉さんの話よりも、
私にあまえることを優先した。
「えへへ…部長、あったかいです」
幸せそうにすり寄る咲。
そこからは病気の気はみじんも感じ取れなくて。
これなら、もう大丈夫かもしれない。
私は人知れず安堵した。
こうして、私が半年かけて取り組んだ問題は、
ようやく解決したかのようだった。
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もっとも、実際には全然そんなことはなかったのだけれど。
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「ふざけないでください!!!」
突然の叫び声。
それは、驚いたことに咲の怒声だった。
あの自己主張の乏しい咲が、
信じられないほどの大声で喚き始める。
「うそですよね!?私を置いていくなんて!」
「あんなに付きまとっておいて!」
「本当に私を捨てる気なんですか!?」
「捨てませんよね!?」
「部長!!」
咲の目はまっすぐと私を見据えている。
でも、その目に光はなくて。
ううん、それどころか…
どろりと黒く濁っていた。
ああ、私はまた間違えた。
咲は、確かにお姉さんへの依存を断ち切った。
でも、それは正しい方法ではなくて。
依存の対象がお姉さんから、私にすり替わったに過ぎない。
「許しませんから…
捨てたら、許しませんから…!」
ひたすら私に執着する咲。
私は、戸惑いを隠せない。
もちろん、捨てるつもりはなかったけど。
でも、それでも私は半年後卒業する。
その時、咲はどうなってしまうんだろう。
問題は、依然として残ったままだった。
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もっとも、うだうだと悩み続ける私とは違い、
咲の対応は迅速だった。
次の日には、咲は強硬手段に打って出た。
「というわけで、部長。私、
部長が一緒に居ない時はもうごはんを食べませんから」
お昼時。咲は妙に晴れやかな顔で私にそう告げた。
私の中で、瞬く間に警鐘が鳴り響き始める。
まずい。
いい加減ずっと一緒に居たからわかる。
咲は本気だ。そう言えば、今日は少し顔色が悪い。
もしかして!
「あ、朝ごはんは!?ちゃんと食べた!?」
「もちろん食べてませんよ?」
にっこりと微笑む咲。断食はすでに始まっていた。
体中から血の気が引いて、体が震え出してしまう。
これは、咲の決意表明だ。
きっと、咲はもう撤回しない。
「…今日、咲の家にお邪魔するわ。
親御さんも交えて、真剣に話し合いましょう」
「いいですけど…私は自分の主張を曲げませんよ?」
「だったら余計に親の同意が必要じゃない」
言うまでもなく、咲のお父さんは反対した。
当たり前だ。どこの世界に、突然やってきた赤の他人に
自分の娘をほおり投げる親がいるものか。
勝手に離婚したうちの親だって、
子供を養うくらいの分別はあった。
「もう一度言うよ、私は部長と一緒に住む。
じゃなきゃ、もう何も食べない」
それでも、咲は自分の主張を取り下げない。
むしろ、いつの間にか主張はエスカレートしていて。
私と住むことが絶対条件になっていた。
しびれを切らした咲のお父さんが、
やがて問題を投げ出した。
「断食でも何でも、勝手にしろ!」
「だ、駄目です!咲は、今の咲は
本当に断食しちゃいますから!
咲が死んじゃう!!」
「私はそれでいいよ?
私の覚悟を見てもらいたいし」
咲のお父さんの発言に、咲はにたりと笑った。
その目に、光は灯っていない。
ああ、このままでは、咲は本当に死んでしまう。
私にできる事は、咲に縋りつく事だけだった。
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咲は、みるみる衰弱していった。
宣言した通り、咲はご飯を食べなかった。
それどころか、水の一滴すら飲まなかった。
人間は、水さえ飲めば2〜3か月は生きられるらしい。
でも、水すら拒絶すれば、3日程度で死に至るらしい。
私は震えが止まらなくなった。
その時は、刻一刻と近づいている。
咲に、無理やりスプーンを押し付ける。
咲は、かたくなに拒絶した。
水を飲ませようにも口を堅く閉ざす。
私はペットボトルの水を口に含み、
咲の唇に押し当てる。
咲は、私のキスは受け入れたけど、
水は受け入れてくれなかった。
拒絶された水が、だらだらと口元を伝って落ちた。
「ああああああああああああ!!!!」
私は両手で顔を覆って絶叫した。
自分の心が、バラバラと細かい破片になって
崩れ落ちていくのを感じた。
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決着はあっけなくついた。
それは、私が咲のお父さんに放った一言。
「咲の主張を受け入れないなら、
私も咲と一緒に死にます!」
咲のお父さんは、驚愕に目を見開いた。
もっとも、私からしたらそれは、
別に今決意したのでも何でもなく。
単に事実を述べたに過ぎない。
咲が死んだら、私の責任だ。
私だけがのうのうと一人生きていけるはずがない。
やがて、咲のお父さんの動きが完全に静止して…
弱々しげに、ぽつりとこぼした。
「わ、わかった…咲の…好きにしなさい…」
「咲!?聞いた!?受け入れた!
あなたの主張は受け入られた!!
お願いだから水を飲んで!!」
私は即座に、ペットボトルの水を口に含んだ。
さっきしたのと同じように、
私は咲の唇に自らの唇を押し当てる。
今度は、コクッ、コクッと、
咲は水を飲み干した。
私はぼろぼろと涙をこぼしながら、
咲の体を抱き締めた。
--------------------------------------------------------
こうして、私は咲との二人暮らしを始めることになった。
でも、無茶な主張をした咲はもちろん、
それに付き合った私も完全に狂ってしまっていた。
「咲?これからはもう絶対に離れたら駄目よ?
具体的には私から60cm以上離れたら駄目」
「別にいいですけど…なんで60cmなんですか?」
「私の腕の長さの関係よ。
突然車に飛び込まれたらたまらないもの」
片時も咲から目を離せなくなっていた。
起きている時はもちろん、寝る時も。
「咲。悪いけど、寝る時は手錠させてもらうわね?
片方は私の手に繋ぐわ」
「別にいいですけど…お手洗いとか
行きたくなったらどうするんですか?」
「私を起こせばいいじゃない」
もっとも、壊れているのは咲も同じだから、
まったく問題にならなかったんだけど。
「部長、退学届書けました」
「見せて?うん…問題なし。
じゃあ、明日届けに行きましょうか」
「はい」
「あーあ、それにしても、
よりによってこの時期に中退とはねぇ」
「なら、学校行きますか?」
「行けるわけないじゃない」
「だったら諦めてください」
「あー、咲とくっついて
授業を受けられる学校とかないのかなー!」
「見つけたら行ってあげますよ?」
そんなわけで、私は咲と二人ぼっちになった。
ある時咲が、思い出したように私に話しかける。
「部長、知ってる?
私、最初は部長のこと怖がってたんだよ?」
「知ってるわよ…でもね?
私だってあなたのことが怖かったのよ?」
「そうなの!?」
いつも死臭をまとっている子が
怖くないわけないでしょうに。
「咲。あなたは私が狂っていると
思っていたかもしれないけど…それは逆」
「狂っていたのは、あなた」
そして、私はそれに引っ張られただけ。
「…でも、そうだったとしても、
私を悪化させたのは部長だよ?」
「いくらあの時の私でも、
お姉ちゃんと一緒になれなかったら
断食するなんて考えもしなかっただろうし」
「今の結果は、全部部長のせいだよ?」
否定することはできなかった。
よかれと思ってやったこと。
でも、その結果は、結局咲をより狂わせた。
それだけは、間違いない。
「だから、ちゃんと責任取ってね?」
まあでも、正直過程はどうでもよかった。
咲は今も狂っている。
私は一緒に狂ってしまった。
でも私達は今、二人で幸せになっている。
私は咲を抱き寄せる。咲も私を抱き締める。
そして、私達はもう何百回目かわからないキスをした。
「取るわ…もう一生離さない」
咲は、幸せそうに微笑んだ。
(完)
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部長の魅力は強気な言動の裏に見え隠れする弱さ、なんですよね(恍惚
最後の部長にセリフにグッときました
毎回sideが変わると答え合わせのように真実裏表が判明していくのが快感に近いものを与えられます。
さすが咲久マイスターですね。
部長の魅力>
咲「まさにその通りです!
壊しがいありますよね!」
久「いやいや、そういうのはカタカタさんでやってよ」
リアリティー>
咲「完璧に対応してあっさり解決しちゃう
ケースもありそうですけど…
そうじゃないと、こんな感じになりそうですね」
久「一途なんだから仕方ないじゃない」
答え合わせ>
咲「まさにこれを目標にしているので
すごくうれしいです!ありがとうございます!」