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【咲SS:菫宥】菫「例え、世界が君を否定しても」【ヤンデレ】
<あらすじ>
卒業をきっかけに、一人暮らしをして
自立しようと決心した松実宥。
でも、世間は彼女が思った以上に冷たくて…
<登場人物>
弘世菫,松実宥,松実玄
<症状>
共依存
孤立
ヤンデレ
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・周りから異常者扱いをされ孤立していく宥
しかし菫はそれも受け入れていくような話
(最後は共依存、シリアス)
・本作中のインカレはインターハイと
同じシステムと思ってください。
・ひたすら暗いです。苦手な方はご注意を。
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私は子供のころから、普通の人とは違いました。
何がかというと、異常なほどに寒がりだったんです。
たとえ夏でも、コートとマフラーが手放せませんでした。
冷房がガンガンにきいている部屋では、
動くことすらままならなくなってしまいます。
そんな私ですから、冬に至っては、
こたつから出るのも至難の業で。
外に出るだけでも、私にとっては
一大決心が必要な行為だったのです。
でも、そんな私の苦労は、
他の人の共感を得にくいものでした。
特に同年代の子供たちは、
無邪気さゆえの残酷さで私をからかい、
いじめてきました。
私は、完全に異常者扱いだったのです。
しかも、一つ下の妹である玄ちゃんは
普通の人と同じように活動できるものですから。
玄ちゃんと比較することで、
余計に私の異常さが際立つようでした。
かたや活発に活動し、家事はもちろん、
家業まで愛嬌よく笑顔で手伝う妹。
かたやほとんど炬燵から出ることなく、
家事のほとんどを妹に任せる姉。
周りから見た私達の評価を想像するたびに、
私は暗い気持ちにならざるをえませんでした。
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「おねーちゃーん、本当に行っちゃうの〜?」
「う、うん…このままじゃ私、
ずっとみんなにあまえちゃうから…」
高校卒業を目前にした春。
私は、東京の大学に進むための準備を整えていました。
いずれは松実館を継ぐことになる私なので、
経営学を勉強できる学科に進学するつもりです。
本当のことを言えば、別に大学に行かなくても
現場で学んでいくこともできたでしょう。
実際、父はそう考えていたようです。
でも、私は大学に進む道を選びました。
それは、ひとえに私のわがままでした。
だってこのままじゃ、ずっと劣等感を抱えながら
生きていくことになっちゃうから。
このまま卒業して、大学にも行かずに就職したら。
私はきっと、玄ちゃんやみんなに迷惑をかけながら、
自立することなく生きていくことになると思います。
それだけは、どうしても避けたかったのです。
だからいっそのこと、一度は
自分のことを知らない世界に飛び込んで、
荒波に揉まれてみよう。
なんて考えてみたのです。
「うぅー、心配だよ…おねーちゃん、
一人で起きれる?ごはん作れる?大学行ける?」
そんな私のことが本当に心配なのでしょう。
玄ちゃんはしきりに私のことを気にかけてくれます。
でも、その玄ちゃんの問いかけは、
まるで幼い小学生の子に
投げかけるような類のもので。
今まで私が、いかに駄目な人間であったかを
痛烈に指摘されているような気になりました。
もちろん、優しい玄ちゃんに限って、
そんなつもりはまったくないのでしょうけど…
「玄ちゃん」
「なに?おねーちゃん」
「心配だとは思うけど…少しだけ、
見守っていてくれないかな?」
「私、向こうで頑張ってくるよ…
せめて、玄ちゃんに心配されなくてもすむくらいに」
「帰ってきた時には…
頼れるお姉ちゃんになってくるからね?」
私の言葉を聞いた玄ちゃんは、
泣きそうな顔になって。
それでも、ぐっと涙を堪えて
私の手を取ると、無理矢理
笑顔を作ってこう言いました。
「わかったよ…もう、あれこれ心配しない」
「おねーちゃんのこと、信じるから…
頑張ってきて!」
その笑顔を見て、私は改めて決意を固めました。
絶対に、立派なお姉ちゃんになって帰ってくるって。
そう、心に決めたんです。
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東京駅のホームに降り立った私は、
思いのほかそこが寒くないことに気づきました。
事前に気温については調べていましたが、
奈良と東京では、実は奈良の方が気温は低いそうです。
とはいえ今、季節は春。
私にとっては寒すぎる季節であることに
変わりはありません。
外から出るためには何重にも重ね着をして、
カイロを何個も忍ばせなければいけないことには
変わりないのですけれど。
それでも、奈良よりあったかいという事実は、
私にとって心強い後押しになりました。
もっとも、東京に来て私を本当に苦しめたのは、
寒さではありませんでした。
「…と、友達って、
どうやって作ればいいんだろう…」
奈良から上京してきた私には、
周りに知っている人は誰もいませんでした。
私がいた阿知賀女子は中高一貫教育の学校です。
クラスが変わっても、高校に進学しても、
周りはいつも見知った顔で。
あまり社交性が高くない私でさえ、
あえて努力しなくても、
友達作りで困ることはなかったのです。
そんな、普通の友達作りの経験がない人間が、
突然、クラス分けもない大学のキャンパスに
投げ出されたら一体どうなるのか。
その答えは…
『講義室の隅っこに、いつもぽつんと一人で居て、
無言で授業を受ける生徒になる』でした。
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東京に引っ越してたった一か月。
たったそれだけの期間で、
私はもう限界を迎えそうになっていました。
家事のほとんどを玄ちゃんに
まかせっきりにしていた私。
ごはんもまともに作れない私は、
コンビニで済ませるしかありませんでした。
洗濯の仕方も知らなくて、
柄物と一緒にシャツを洗って
色が移ってしまいました。
生活に足りないものがあっても
どこで買えばいいのかもわからず、途方にくれました。
もっとも、これらの生活に関する悩みは、
一人暮らしを始めた学生なら
誰もが通る道なのかもしれません。
でも、そんなありきたりな悩みを打ち明けようにも、
私には友達の一人すらいないのです。
大学という空間は、コミュニケーション力が問われます。
自ら動かなければ、何も変わらず。
大学とアパートの往復を繰り返しながら、
私は一週間、誰とも話していないことに
気がついて愕然としました。
帰りたくなりました。
玄ちゃんの声が聞きたくなりました。
でも、心配する玄ちゃんを制止してまで、
周りに迷惑をかけてまで上京してきておいて。
たった一か月で音をあげて泣きつくなんてことは、
到底許されることではありません。
何度も携帯をいじっては、
玄ちゃんの電話番号を表示させながら。
結局私は、電話しませんでした。
でも、そうやって意地を張って耐えていたところで、
現状が改善するわけではありません。
私は、どんどん追い詰められていきました。
慣れない生活を続ける疲れ。
孤独からくる精神的な苦痛。
何より、あまりにも大きい理想とのギャップ。
毎日のように襲い掛かってくるストレスに、
私は疲弊しきってしまいました。
本当に、後少しで挫けてしまうところだったんです。
そんな時です。
あの人が、私に声をかけてくれたのは。
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「そこの君、ちょっと待ってくれ!」
「もしかして、阿知賀女子の松実宥さんじゃないか?」
大学の中庭をとぼとぼと歩いていたら、
突然後ろから声をかけられました。
「ひゃっ、ひゃいっ!」
人に声をかけられるなんて、
一体いつぶりのことだったでしょうか。
人との話し方を忘れかけていた私は、
突然の出来事に思わず声が
裏返ってしまいました。
「あ…驚かせてしまったならすまない。
どこかで見たことがあるような後姿だったので、
つい反射的に声をかけてしまってな」
振り返った私の目に飛び込んできたのは、
艶やかな藍色の髪を背中まで伸ばし、
凛とした雰囲気をまとった女性。
「え…し、白糸台の…弘世さん…!?」
「もしかしたら忘れられているかとも思ったが…
覚えていてくれて光栄だ」
そう言って、弘世さんは涼やかに笑いました。
確かに弘世さんとは、去年のインターハイで、
二度卓を囲んだだけの関係です。
でも、忘れるわけがありませんでした。
その威風堂々とした言動。
すらりと整った容姿。
強豪校の代表として、皆をまとめるその度量。
いつもおどおどして、もこもこと
もっさりした格好で震えている私にとって、
弘世さんはまさに理想の体現で。
私は密かに、弘世さんに憧れていました。
もっとも臆病な私は、結局
話しかけることもできなかったのですが。
「しかし、まさかこんなところで出会うとはな。
てっきり家業を継いだものかと思っていたよ」
「えと…そ、その前に勉強を、あ、
経営の、おうち、旅館だから、その」
「…ああ、落ち着いて話してくれればいい。
別に取って食ったりはしないさ」
穏やかな笑みを浮かべながら、
優しく諭す弘世さん。
それは、私が久しく忘れていた
人の温もりを感じさせるもので。
つい、私は気が緩んでしまって。
目から涙をあふれ出してしまいます。
「うっ…うっ…」
「ど、どうした!?
私はそんなに怖かったのか!?」
「ち、違うんです…違うんです……!」
突然泣き出した私を前に、狼狽える弘世さん。
弘世さんが困ってる。泣き止まなくちゃ。
心ではそう思っても。
それでも私は、後から後から
涙がこぼれ落ちるのを
止めることができませんでした。
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「なるほど…自分を変えるために
一念発起して上京したはいいが、
環境の変化についていけず苦しんでいた、と…」
「は、はい…」
弘世さんは私が泣き止むまで辛抱強く待ってくれた上、
相談にまで乗ってくれました。
すでに限界まで追い込まれていた私は、
体面を取り繕う余裕もなくて。
促されるそのままに、
自分の置かれている情けない状況を
包み隠さず暴露してしまいました。
「と…友達、作れなくて…」
「確かに、大学はグループ行動というものが
高校に比べると少ないからな…
仲良くなるきっかけを掴みにくいというのはある」
「特に、松実さんは…失礼だが、
ちょっと外見が特徴的だしな…
周りも、声をかけるのを躊躇ったのかもしれないな」
「ひ、弘世さんは、どうしたんですか…?」
「あー…私の場合はそれなりに知名度があったから、
向こうから勝手に話しかけてきたな…」
「そ、そうなんだ…」
言われてみれば確かにそうです。
インターハイ三連覇を達成した高校の部長で、
何度もテレビや雑誌の取材を受けている弘世さん。
そんな彼女は、ちょっとした
芸能人並の知名度を誇っていて。
東京にいる同年代の人なら、
知らない人を探す方が難しいかもしれません。
「だが、何よりもまず疑問に感じたんだが…
サークルや部活に参加しようとは思わなかったのか?
ここにだって、一応麻雀部はあるんだが」
「あっ…サークル…そういうのもあったんだ…」
「な、なんだ…気づいてなかったのか?」
これまた、言われるまで気づきませんでした。
大学で友達を作ろうと思ったら、
一番に出てきてもおかしくない選択肢のはずなのに。
日々の生活に追われていた私は、
そんなことにすら頭が回らなかったんです。
「まあ、そんなに悲観することもないさ。
まだ勧誘期間中だし、麻雀部でよければ、
私はすでに入部しているから
紹介してやることもできるしな」
「あ、ありがとうございます…
ま、麻雀部に入りたいです…」
「そういうことなら善は急げだ。
早速今から行こうじゃないか」
そう言って立ち上がると、
私の手を取って迷うことなく
部室への歩みを進める弘世さん。
そんな弘世さんは、私と同じ
一年生とはとても思えなくて。
ひどく眩しい、遠い雲の上の人のように感じたんです。
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麻雀部の皆さんは、少し遅れた時期にやってきた私でも、
温かく受け入れてくれました。
「というわけで、こちらが
阿知賀女子から来た松実宥さんです」
「よ、よろ、よろしくお願いします…」
「え、松実さんって、あの!?
インターハイで決勝に出てたよね!?」
「すごい!全国の決勝経験者が二人も入るなんて…!」
「これ、マジでインカレ入賞狙えるんじゃない!?」
「希望が見えてきましたね!
これから一緒に頑張りましょう!!」
麻雀部には、私がインターハイに出ていたことを
知っている人もいました。
麻雀という共通の話題もありますし、
何より、弘世さんがついていてくれます。
ここでなら、私も何とか
うまくやっていけそうです。
「ほ、本当にありがとうございました…」
「礼を言われるようなことはしてないさ。
私だって、君とまた打ちたかったしな」
「そ、それでも…お礼を言わせてください」
「そうか。だったら一つ、
頼みを聞いてくれないか?」
「な、なんでしょうか…で、でも
わ、私にできることなんて…」
「何、大したことじゃない。
丁寧語をやめてくれればいい」
「これからは、卓を囲む
チームメイトなんだしな?」
そう言って、にやりと笑う弘世さん。
「っ…うっ…っ…!」
その笑顔を目の当たりにして、
また熱いものがこみあげてきて。
私には、それを堪えることはできなくて、
せめて涙を見せまいと、
弘世さんに背を向けました。
ああ、この人は本当に、どこまでも優しい。
私にとって弘世さんは。
真っ暗闇の中、たった一人で
どうすることもできず泣きながら
うずくまっていた私に対して、
突然差し込んできた希望の光で。
弘世さんさえ居てくれれば、
何もかもがうまくいく。
そんな、愚かな思いすら抱かせてくれたんです。
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弘世さんが居てくれればうまくいく。
それは裏を返せば、弘世さんが居ないと
うまくいかないということを意味していました。
「今日、私は麻雀部に行けないが頑張ってくれ」
そう弘世さんに言われた時、
私は再び目の前が真っ暗になりました。
聞けば、弘世さんは麻雀部とアーチェリー部を
兼部しているそうでした。
「麻雀の世界では、白糸台は元々強豪だったからな。
いっそのこと、無名の大学で
一からやり直してみるのも一興かと思ってな」
「だから、この大学を選んだのは
どちらかというとアーチェリーの
設備が整っているからだったりするんだ」
「ま、だからと言って麻雀を
おろそかにするもりもないがな。
高校の時も両立していたし」
文武両道を地で行く弘世さん。
そんな弘世さんに、
尊敬の念を抱いたのも事実ですが…
それよりも私は、弘世さんが
いつも側に居てくれるわけではないという事実に、
大きな不安を感じました。
そして、その不安は現実のものになってしまったんです。
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ある日、私は麻雀部の部長に呼び止められた。
「ねえ、弘世さん。あの子、もう少し何とかならないの?」
「…宥のことですか?彼女が何か」
「あの子、全然しゃべろうとしないのよ。
あの子はうちの部では実力者だから、
本当は指導側に回ってほしいんだけど…」
その内容は、宥の普段の態度に対して、
苦言を呈するものだった。
確かに彼女は気の弱いところがある。
だが、他人に文句を言われる程ではないと思うのだが…
「確かに、宥は少しだけ
引っ込み思案なところがありますが…」
「少しどころじゃないわよ…
あの子、あなたが居ない時はほとんど喋らないのよ?」
「なっ…それは、本当ですか!?」
「なるほど、あなたは知らなかったのね。
確かに、あなたが居る時だけは多少しゃべるものね」
「あなたが居ない時は、もうほとんど置物よ?
時々いきなり話しかけてくる時もあるけど、
その後いきなり黙っちゃうし。
こっちから話しかけても、
しどろもどろでまともな返事が返ってこないし…
正直、あの子ちょっと普通じゃ…」
「ごめんなさい。今のは失言だった」
「ま、とにかく。ちょっと…ううん、
だいぶ周りから浮きかけてるから、
あなたが上手にフォローしてあげて」
「わかりました」
ほとほと困り果てたと言わんばかりに、
ため息をつきながら去っていく部長。
そんな彼女の背中を眺めながら、
私は首を傾げて考え込んだ。
(私が居ない時は、ほとんど喋らない…?)
私にはその理由がよくわからなかった。
確かに、彼女を麻雀部に連れて来たのは私だ。
だが、だからと言って、私が以前から
彼女と親しかったというわけでもない。
事実、偶然大学で再会するまでは、
ほぼ赤の他人だったと言っていいだろう。
自分で言うのもなんだが、少なくとも
私は話しかけやすいタイプではないと思う。
端的に言ってしまえば、怖がられることも多い。
なのに、なぜ私とは話すことができて、
他の部員とはうまく話せないのか。
とりあえず、本人に聞いてみる必要があるだろう。
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「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…」
その話を切り出した途端、
宥は真っ青な顔をして謝罪を繰り返した。
「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。
ただ、どうしてなのか気になってな」
「……」
「宥?」
「…何も、悪くないの」
「ん?」
「部活の皆さんは何も悪くないの。
ただ、私が駄目なだけ」
宥は、何かを諦めてしまったような
儚げな笑みを浮かべて、
ぽつりぽつりと語り始める。
「会話が、続かないの。私、田舎に居たから
こっちのことはよくわからないし…」
「テレビとか興味ないから、芸能人とかドラマとかの
話についていけないし…」
「それで、頑張って勉強したんだけど、
いざ話そうとすると頭が真っ白になっちゃって…」
「そしたら、いつの間にか話題が変わって、
私がしゃべらなくても会話が続いてるから…」
「私、しゃべれないの…」
「それを繰り返してたら…
なんだか、もう話すのが怖くなって…」
宥の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「お洋服とかもね?私は寒がりで
いっつもぼこぼこしてるから、
おしゃれなんてできないし」
「恋愛の話とかも、そもそも
恋愛したことないからわからない」
「流行ってる歌も知らないから
カラオケにも行けない」
「そもそも、仕送りしてもらってるのに
遊びに行くお金なんてない」
「そんな私が、人並みに誰かと
友達になるなんて、無理なんだよ…」
気づけば、宥は笑顔のまま泣いていた。
宥の涙は頬をつたい、
ぽたりぽたりと零れ落ちていた。
静かに泣く宥の姿は、私の脳裏に焼き付いて。
私の胸をきりきりと締め付けた。
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こっちに引っ越してきて初めて。
今まで自分が、どれだけ
恵まれていたのかを知りました。
だって、阿知賀に居た時は、
話す話題に困るなんてことなかったから。
別に、私が話さなくても
みんなが話しかけてくれるから。
別に、沈黙が続いても、
居心地が悪くなったりもしなかったから。
服装にしてもそうです。
阿知賀に居た時は、私の格好について、
特に問題になることはありませんでした。
事情を分かってくれる人がほとんどだったし、
仮に知らない人がいても、
周りが事情を説明してくれたから。
でもこっちでは、そんなことはありません。
会話が途切れたら、気まずくなります。
話しかけなければ、いないものとして扱われます。
服装だって同じです。
事情を説明する機会がないから、
人はみんなちらちらと奇妙なものを見る視線を向けて、
私を避けるように通り過ぎていきます。
何とかしようとして、ドラマのことや、
芸能人のことも勉強しました。
最近流行しているらしい歌のことも勉強しました。
でも、勢い込んで話しかけて、
いざとなると言葉が出てこないのです。
そして、呼びかけられた人はまた、
居心地が悪そうな視線を私に向けるのです。
それを繰り返していくうちに、
私はどんどん立ち上がる気力がなくなっていって。
もう、何もかも諦めて、このまま落伍者として
生きた方が楽なんじゃないかって。
そんなことを考えてしまったりするのです。
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ひとしきり彼女の話を聞いてみて、
私が抱いた素直な感想。それは、
『気負いすぎ』
その一言に尽きた。
彼女が感じている世間とのずれは、
私にも覚えがある。
白糸台高校もそれなりに特殊な環境ではあったから、
大学に出てきて話をしていると、
価値観や感覚のずれを感じることはある。
だが、それがどうしたというのだ。
そもそも、勉強してまで
無理して相手に合わせる必要はないのだ。
わざわざありきたりな
テレビのネタなんぞ仕入れなくても、
中高一貫制のお嬢様学校出身だと言えば、
それだけで相手から食いついてくるだろうに。
服装にしたって、逆に個性と捉えて
話題の種にしてしまえばいいのだ。
とはいえ、今それを宥に話しても無駄だろう。
彼女はきっと、私の発言を真面目に
ノートに書き写し、決死の思いで実践しようとして、
自らの緊張に押し潰されるに違いない。
だから、私ができることは、
できるだけ宥の側にいてやること。
そして、彼女の緊張を緩和してやることだ。
「明日からはできるだけ一緒にいるから、
少しずつ慣れていこうな?」
幼子をあやすようにそう告げると、
宥は涙に濡れた瞳をしばたたかせながら
こくり、こくりと頷くのだった。
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でも、悪いことと言うのは重なるもので。
ある出来事をきっかけに、
事態はさらに悪化していくことになる。
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『すいません、WEEKLY麻雀TODAYです!
弘世選手と松実選手に
独占インタビューをお願いしたいのですが!』
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取材を申し込んできた記者の方は、
眼鏡をかけた優しそうな方でした。
でも、日頃菫ちゃん以外の人とは
ほとんど会話できない私では、
単独で取材に応じるなんてことが、
まともにできるはずもなくて。
思わず私は、心の中で
菫ちゃんに助けを求めていました。
「うぅ…菫ちゃぁん…」
「え、ええと、そんなに怖がらなくても、
気軽に答えてくればいいのよ?」
「そ、そうだ!今、『菫ちゃん』って言ってたけど…
もしかして、二人は仲がいいのかしら?」
記者の方はうろたえる私を気遣ってくれました。
いつのまにか声に出していた助けの声を聞き取って、
話を菫ちゃんの話に誘導してくれます。
(あ、よかった…
菫ちゃんのことなら、私でもお話できる…)
「あ、は、はい…す、菫ちゃんにはよく。
あ、ちが、と、とても、
よく、よくしてもらってます」
「そうなんだ。弘世さんはともかく、
奈良出身の松実さんが、東京の、
しかもあまり麻雀が強くない大学に来てて
驚いたんだけど…
もしかして弘世さんを追いかけて来たとか?」
「い、いえ…大学は、家業の、あ、
麻雀じゃなくて、その、教育方針と
偏差値で…でも、す、菫ちゃんが
居てくれて、偶然。いつも、助けてくれて」
「ふふ、とっても仲がいいのね」
「!は、はい!私、菫ちゃんがいないと
生きていけません!」
記者の方は、さすがに話を聞くのが本職なだけあって、
私のような駄目な人間でも、
すらすらと会話することができました。
私も、菫ちゃん以外の人と、
菫ちゃんのことでお話ができるのが嬉しくて。
その日はいっぱい、いっぱい
話すことができました。
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この取材により、事態は明らかに悪化した。
だが、記者を責めるわけにはいくまい。
去年のインターハイはまれにみる当たり年で、
活躍した三年生は、大半がそのまま
プロか実業団の道に進んでいた。
目ぼしいところで言えば、
宮永照。辻垣内智葉。竹井久。
さらに挙げ連ねれば、
十本の指で足りない位だ。
元々大学麻雀自体、
あまり人気がない存在ではあるが。
そこにきて、新鋭ルーキーのプロ参入。
一気に華やいだプロリーグの陰に隠れて、
大学麻雀はさらに見栄えがしなくなってしまった。
そんな中、インターハイ団体戦の決勝に
駒を進めた学校の三年生のうち、
残った二人が揃って
同じ大学に進学しているのだ。
しかも、片方は優勝校の部長。
メディアとしては、私たち二人が
無名の大学を背負って立ち、
停滞気味のインカレに旋風を巻き起こすことを
期待したくもなるのだろう。
しかし、残念ながらメディアの思惑と
実際の状況にはかなりの隔たりがあった。
私はアーチェリー部との兼部で、
麻雀だけに専念しているわけではない。
現にその日はアーチェリー部側でも
雑誌の取材を受けていたのだ。
麻雀部員から見れば、私はどっちつかずの
宙ぶらりんな存在だろう。
そして、もう一人の宥は
部になじむことができず、
部内で孤立しているという状況。
そんな二人が、まるで
麻雀部の顔として扱われて、
大々的に紹介されたらどうなるか。
必然、嫉妬や反感の対象になる。
結果、宥はただ孤立するだけではなく、
疎まれ、いじめられる対象になっていた。
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「ねえ、松実さん。この前弘世さんと一緒に
取材受けてたよね」
「え、あ、はひ」
「やっぱインハイ出場者は違うよねー。
大学紹介ってことでちょっと期待してたのに、
二人のこと以外ほとんど書かれてないんだもん」
「そーそー。弘世さんの方はまだ
部内のことに触れてたからいいけど、
松実さんの方なんて、もうホントに一から十まで
弘世さんのことしかしゃべってないし?」
「おかしいよねー。あたしらだって
真面目にインカレ目指してるのにさ」
「ご、ごめんなさ」
「まあ二人とも強いから、
出場メンバー確定なんだろうけどさー。
あたしらなんて眼中にないってかー?」
「うっ…うっ…ごめ…なさい…」
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宥はますます萎縮するようになった。
私から離れるのを恐れて、
講義すら自主休講して
私についてくることもしばしばだった。
そんな宥とは対照的に、
私は麻雀部の部員達に強い失望を感じていた。
彼女たちの気持ちが、まったく
理解できないわけではない。
だが、実力にそぐわない扱いを受けたと言うのなら、
その悔しさをバネに
インカレで雪辱をはらせばいいのだ。
それができないのなら、
自分達に対する記者の評価は妥当なんだから
飲み込むしかないだろう。
少なくとも、その矛先を宥に向けるのは
間違っている。
そもそも、立場で言えば私だって同じだろうに、
私には何も言ってこないで、
叩きやすい宥をちくちくと責める、
その小物的な立ち振舞いも気に入らなかった。
もっとも、そんな境遇に置かれた宥は、
それでも奮起することはなく。
宥はもはや、周りに溶け込むのを
完全に諦めてしまったようだった。
「も、もういいの…わ、わたしは、
菫ちゃんが、いてくれれば、もう…」
そう言って、彼女は悲しそうに目を伏せた。
こういう状況に直面すると、
今この環境に宥が馴染めないのは、
宥にだけ責任があるのではなく、
周りの人間にも問題があるとすら思えてくる。
そして、高校時代に
チームメンバーに恵まれていた私は、
今さらそんな問題がある
部員達に歩み寄ってまで、
チームとして高みを
目指したいとも思わなかった。
私が今すべきこと。
それは、こんな部活に安易に
宥を誘ってしまった責任を取って、
彼女の傷を癒してやることだ。
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あの日を境に、私は部内で
厄介者扱いされるようになってしまいました。
でも、それも仕方のないことだと思います。
部活に所属させてもらっているくせに、
菫ちゃんのことしか見ていなかったのは
事実なのですから。
そして、本来なら大学紹介に使われるはずの紙面を、
私の菫ちゃんへの想いで
埋め尽くしてしまったのですから。
でも、申し訳ないと思う気持ちと同時に、
私は歪んだ喜びにも満たされていました。
なぜなら、あの日を境に、
菫ちゃんが私のことを今まで以上に
大切にしてくれるようになったからです。
私が暗い顔をして落ち込んでいると、
すかさず菫ちゃんが慰めてくれます。
私が部活に関して弱音を吐くと、
悪いのは宥じゃなくてあいつらだ、
と私の代わりに怒ってくれます。
そして私は、そんな菫ちゃんに
べったりとあまえてしまうのです。
私のせいで、菫ちゃんまで
孤立し始めているのには気づいていました。
もっとも、菫ちゃんは強いから。
私みたいに孤立せざるを
えなかったんじゃなくて、
自らみんなと距離を置いたという方が
正しいのかもしれませんけど。
とにかく、私が落ち込めば、
萎縮すれば、堕落すれば。
菫ちゃんはついてきてくれて、
私達の距離はもっともっと近くなって。
対して、他の人達との距離は
どんどん遠くなっていくのです。
それが、私には嬉しくて
仕方なかったのです。
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私達のチームはてんでバラバラだったが、
それでもそれなりの成績を収めることができた。
チームの戦略は非常に単純で、
先鋒の宥ができるかぎり相手から
点棒をむしりとる。
残り三人はひたすら守備に徹して
リードを守る。
大将の私に回ってきた時まで
リードが守られていればそれでよし。
逆転されていれば、
トップを私が狙い打つだけだ。
この戦略が功を奏し、優勝こそ逃したものの、
全国の決勝まで残るという、
無名の大学としては
快挙といえる結果を成し遂げた。
下馬評通りの活躍を見せつけた私達は、
今度はメディアのみならず、
大学からも大々的に英雄として
迎えられることになった。
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もっとも、だからと言って
事態が好転したわけではなかった。
この頃になると、もはや宥は
私以外とは会話しようとせず。
まるで、周囲に私しか居ないかのように
振る舞うようになっていたからだ。
「ねえ、菫ちゃん。今日のご飯は何がいい?」
「ふむ、今日は和食の気分だな。
だが、対局中だぞ?もっと麻雀に集中しろ」
「ご、ごめんね…でも、
もうすぐスーパーのタイムセールだから…
そろそろやめて、もう帰ろ?」
「……対局中だぞ?私達の都合だけで
やめられるものじゃない」
「い、いいよいいよ…
弘世さんと松実さんは、帰っちゃって」
部内での立場は、完全に逆転していた。
インカレ大躍進の立役者である私達に
強く出られる部員はもはや存在しない。
だから、たとえ宥がこんな暴挙に出ても、
止められることすらなかった。
だが、それは良好な人間関係と呼ぶには程遠く。
ベクトルが違うだけで、
私達が孤立していることには変わりなかった。
そして、もはやその関係が
改善する可能性は絶望的に思えた。
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インカレで活躍して名前が売れてしまったことも、
宥にとってはマイナスだった。
学内でも有名人になった宥は、
その特殊性がより広く周知されることになったのだ。
「ねえ、知ってる?麻雀部がインカレで
全国3位になってたじゃん。
あれ、松実さんが大活躍したらしいよ?」
「え、松実さんって、いつも隅っこで
ぷるぷる震えてる子?」
「そうそう!実はすごい子だったんだねー!」
「あーでもさ、あの子麻雀部でも浮いてるらしいよ?
なんか、他の人を完全無視して、
『女帝』としか話さないんだって」
「女帝って誰よ?」
「弘世菫…って、めっちゃ有名なんだけど聞いたことない?」
「あー、弘世菫なら知ってるけど。でもなんで女帝?」
「なんというか、イメージ?
高校時代は麻雀部のインターハイで全国優勝してて、
今回のインカレでも大活躍。
さらにはアーチェリー部も兼部してて、
こっちも個人で全国行ってる。
おまけに成績も優秀で、普通にクール系美人。
完璧人間過ぎて、ついたあだ名が女帝」
「なんでそんなのと松実さんが仲いいの?」
「さぁ?」
「ちょっとアレな関係なんじゃないのー?
麻雀部の友達が言ってたんだけど、
暑いからちょっとだけ冷房を強くしたら、
それだけで松実さんが震え出して、
女帝が怒鳴ったらしいよ?」
「うは、こわっ!」
もし、まだ宥が人と関わろうと
努力している時期に今の状況になれば、
話はまた違ったのかもしれない。
これをきっかけに話しかけられて、
良好な関係を築けたのかもしれない。
非常に寒がりな体質のことも、
なのに部員のささやかな嫌がらせで、
冷房の前の席に座らされた上、
20度設定にされたことも。
それによって、命を脅かすほどに
体調を崩したことも、
全て説明できたのかもしれない。
だが、学内でも宥は私以外の人間と話すことはなく、
不名誉な噂に対して弁解することもなかった。
そして、噂だけが誇張されて。
宥は異常な人間であるという情報だけが、
さざ波のように伝わっていった。
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もう、学校に私の居場所はありませんでした。
私は、悪い意味で有名人になってしまって。
講義室に居ても、学食に居ても、部室に居ても。
誰かしらの、心ない目線に
晒されることになりました。
でも、本当のことを言ってしまえば、
望むべくしてそうなったところもあるんです。
だって、私が孤立していけば。
私の居場所がなくなっていけば。
それに反比例して、菫ちゃんが
私のことを気にかけてくれるから。
そうすれば、菫ちゃんも私と一緒に
異常者扱いされて。
私達は、二人っきりになれるから。
大学なんて、勉強ができればいいんです。
人間関係は、菫ちゃん以外いりません。
菫ちゃんさえ居てくれれば、
それだけで十分あったかいんです。
だから、菫ちゃん、お願いします。
私と一緒に、堕ちてください。
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責任を感じざるを得なかった。
私が、安易に麻雀部へ勧誘しなければ。
いや、麻雀部にほおりこんだにしても、
ちゃんと手厚く面倒を見てやっていれば。
学科が違うからと言って、
学内での対処を疎かにしていなければ。
今の宥の状況は、回避できたに違いないのだ。
もはや、大学の中で宥の心が休まる場所はない。
彼女は、私といる時以外は、
まるでものを言わぬ人形のように、
心を閉ざしてしまっている。
それもこれも、私が不甲斐なかったせいだ。
せめて、私だけは、ずっと宥の味方でいよう。
宥の希望を、できる限り叶えよう。
それが、宥を救えなかった私にできる、
せめてもの罪滅ぼしだった。
だから宥、安心してくれ。
もう、お前から離れたりしないから。
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数か月後。
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「おねーちゃーん!会いたかったよぉー!!」
「ふふ、いらっしゃい、玄ちゃん」
春休みを利用して、私は
おねーちゃんを訪ねることにしました。
おねーちゃんが心配というのもあったけど、
本当のところは、私の方が寂しくて。
我慢できなくなって、おねーちゃん分を
補充しにやってきたのです!
「もう、おねーちゃんったら、
冬休み帰ってきてくれないんだもん」
「ご、ごめんね…?大会とか、
いろいろ忙しかったから」
「うー、それは知ってるけど…
でも大学生ってお休み長いんでしょ?
今度はちゃんと帰ってきてね?」
会えなかった不満をぶつけてるうちに、
私達はおねーちゃんのアパートに到着していました。
って、あれ?
「おねーちゃんのお部屋って、
もっと違うところじゃなかったっけ?」
「あ、うん…実は、引っ越したんだ」
「えぇ!?聞いてないよ!?」
「ご、ごめんね」
軽く謝りながら、おねーちゃんは
インターホンのボタンを押します。
って、あれれ?
「おねーちゃん?ここ、
自分のお部屋なんだよね?」
「あ、うん。そうだけど?」
「なんでインターホン鳴らすの?」
無人の部屋でインターホン鳴らしても、
返事なんて帰ってくるはずが…
ガチャッ!
「おかえり。妹さんも、いらっしゃい」
「えぇぇ!?な、ななな、
なんで弘世さんが出てくるの!?」
「なんでって…ここ、私の家なんだが」
「えぇ!?」
「実は私…菫ちゃんと同棲してるんだ〜」
「…せめてルームシェアと言ってくれないか?」
「えぇえええ!?」
今日は驚きの連続です。
メールや電話でのやりとりはしてましたし、
夏休みのインカレは直接応援にも行きました。
だから、同じ大学に弘世さんがいることも、
仲良くなったことも知ってはいたんですけど…
さすがに、まさか同棲してるなんて
思いませんでした。
さすがにこれは、看過できない事態ですよ!
「ふ、二人はもしかして、
そういう関係なんですか!?」
「え、えへへ…」
「いや、そういうってどういう関係だよ」
「じゃあ、一言で言うと
弘世さんはおねーちゃんの何なんですか!?」
「一言で言うとか…そうだな」
いえ、本当は同棲してる時点で
なんとなく予想はつきます。
だからこれは、驚かされた意趣返し。
せめて二人を照れさせることができればと、
軽い気持ちで振っただけだったんですけど。
予想外に、弘世さんは真剣な顔つきになって。
ぽつりと、一言こう言いました。
「例え、世界が宥を否定しても。
私だけは、宥の味方をする」
「私は、そんな存在だ」
それを聞いたおねーちゃんは、
ポロポロと涙を流しながら。
「うん。私にとって菫ちゃんは。
たった一人の私の味方」
そう言って目を閉じると、
ゆっくりと弘世さんにもたれかかって、
そのまま弘世さんに体を預けました。
その様子は、ただ『仲がいい』という
言葉で済ませられるような、
軽い感じのものではなくて。
まるで、広い世界に二人っきりで
置き去りにされたかのような、
現実感のないやりとりでした。
「い、一体何があったの、おねーちゃん…」
事情を何も知らない私は、
突然の展開についていくことができず。
ただ狼狽えることしかできませんでした。
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そして、私は大学に入ってからおねーちゃんが
受けてきた仕打ちと、今どうなってしまっているかを、
そこで初めて知ることになったのです。
その全てを知った時。私はあの時、
身体を張ってでもおねーちゃんを止めなかったことを
心底後悔しました。
だって、だっておねーちゃんは。
もう完全に壊れてしまっていたから。
「ごめんね…おねーちゃん!ごめんねぇー!!!」
私はおねーちゃんに縋りつきながら
わんわんと泣きました。
でも、おねーちゃんは優しく私の頭を撫でて。
穏やかな笑みを浮かべて私を諭すのです。
「気にすることないんだよ?おかげで、
私は菫ちゃんと二人ぼっちになれたんだから」
「ね?菫ちゃん」
「ああ、これからは、何があっても私がお前を守る」
そう言って、弘世さんもおねーちゃんに笑いかけました。
それは一見すれば、ただの幸せな恋人同士のようでした。
でも私には、これが幸せな結末とは
どうしても思えなかったのです。
おねーちゃんと弘世さん。
二人だけが、深い深い闇で
覆われているように感じました。
まるで救いのない、真っ黒な闇に。
「ごめんね…おねーちゃん…ひろせさん…」
私はおねーちゃんに抱かれながら、
もう一度だけつぶやきました。
私にできるのは、もう謝ることだけだったから。
おねーちゃんはもう、弘世さんしか見ていないから。
だから、私では二人を救えないから。
でも。
「?だから、玄ちゃんが謝ることはないんだよ?」
謝罪の言葉の、本当の意味は。
おねーちゃんには届くことはありませんでした。
それが、例えようもなく悲しくて。
私はまた、涙をひとしずくこぼすのでした。
(完)
卒業をきっかけに、一人暮らしをして
自立しようと決心した松実宥。
でも、世間は彼女が思った以上に冷たくて…
<登場人物>
弘世菫,松実宥,松実玄
<症状>
共依存
孤立
ヤンデレ
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・周りから異常者扱いをされ孤立していく宥
しかし菫はそれも受け入れていくような話
(最後は共依存、シリアス)
・本作中のインカレはインターハイと
同じシステムと思ってください。
・ひたすら暗いです。苦手な方はご注意を。
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私は子供のころから、普通の人とは違いました。
何がかというと、異常なほどに寒がりだったんです。
たとえ夏でも、コートとマフラーが手放せませんでした。
冷房がガンガンにきいている部屋では、
動くことすらままならなくなってしまいます。
そんな私ですから、冬に至っては、
こたつから出るのも至難の業で。
外に出るだけでも、私にとっては
一大決心が必要な行為だったのです。
でも、そんな私の苦労は、
他の人の共感を得にくいものでした。
特に同年代の子供たちは、
無邪気さゆえの残酷さで私をからかい、
いじめてきました。
私は、完全に異常者扱いだったのです。
しかも、一つ下の妹である玄ちゃんは
普通の人と同じように活動できるものですから。
玄ちゃんと比較することで、
余計に私の異常さが際立つようでした。
かたや活発に活動し、家事はもちろん、
家業まで愛嬌よく笑顔で手伝う妹。
かたやほとんど炬燵から出ることなく、
家事のほとんどを妹に任せる姉。
周りから見た私達の評価を想像するたびに、
私は暗い気持ちにならざるをえませんでした。
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「おねーちゃーん、本当に行っちゃうの〜?」
「う、うん…このままじゃ私、
ずっとみんなにあまえちゃうから…」
高校卒業を目前にした春。
私は、東京の大学に進むための準備を整えていました。
いずれは松実館を継ぐことになる私なので、
経営学を勉強できる学科に進学するつもりです。
本当のことを言えば、別に大学に行かなくても
現場で学んでいくこともできたでしょう。
実際、父はそう考えていたようです。
でも、私は大学に進む道を選びました。
それは、ひとえに私のわがままでした。
だってこのままじゃ、ずっと劣等感を抱えながら
生きていくことになっちゃうから。
このまま卒業して、大学にも行かずに就職したら。
私はきっと、玄ちゃんやみんなに迷惑をかけながら、
自立することなく生きていくことになると思います。
それだけは、どうしても避けたかったのです。
だからいっそのこと、一度は
自分のことを知らない世界に飛び込んで、
荒波に揉まれてみよう。
なんて考えてみたのです。
「うぅー、心配だよ…おねーちゃん、
一人で起きれる?ごはん作れる?大学行ける?」
そんな私のことが本当に心配なのでしょう。
玄ちゃんはしきりに私のことを気にかけてくれます。
でも、その玄ちゃんの問いかけは、
まるで幼い小学生の子に
投げかけるような類のもので。
今まで私が、いかに駄目な人間であったかを
痛烈に指摘されているような気になりました。
もちろん、優しい玄ちゃんに限って、
そんなつもりはまったくないのでしょうけど…
「玄ちゃん」
「なに?おねーちゃん」
「心配だとは思うけど…少しだけ、
見守っていてくれないかな?」
「私、向こうで頑張ってくるよ…
せめて、玄ちゃんに心配されなくてもすむくらいに」
「帰ってきた時には…
頼れるお姉ちゃんになってくるからね?」
私の言葉を聞いた玄ちゃんは、
泣きそうな顔になって。
それでも、ぐっと涙を堪えて
私の手を取ると、無理矢理
笑顔を作ってこう言いました。
「わかったよ…もう、あれこれ心配しない」
「おねーちゃんのこと、信じるから…
頑張ってきて!」
その笑顔を見て、私は改めて決意を固めました。
絶対に、立派なお姉ちゃんになって帰ってくるって。
そう、心に決めたんです。
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東京駅のホームに降り立った私は、
思いのほかそこが寒くないことに気づきました。
事前に気温については調べていましたが、
奈良と東京では、実は奈良の方が気温は低いそうです。
とはいえ今、季節は春。
私にとっては寒すぎる季節であることに
変わりはありません。
外から出るためには何重にも重ね着をして、
カイロを何個も忍ばせなければいけないことには
変わりないのですけれど。
それでも、奈良よりあったかいという事実は、
私にとって心強い後押しになりました。
もっとも、東京に来て私を本当に苦しめたのは、
寒さではありませんでした。
「…と、友達って、
どうやって作ればいいんだろう…」
奈良から上京してきた私には、
周りに知っている人は誰もいませんでした。
私がいた阿知賀女子は中高一貫教育の学校です。
クラスが変わっても、高校に進学しても、
周りはいつも見知った顔で。
あまり社交性が高くない私でさえ、
あえて努力しなくても、
友達作りで困ることはなかったのです。
そんな、普通の友達作りの経験がない人間が、
突然、クラス分けもない大学のキャンパスに
投げ出されたら一体どうなるのか。
その答えは…
『講義室の隅っこに、いつもぽつんと一人で居て、
無言で授業を受ける生徒になる』でした。
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東京に引っ越してたった一か月。
たったそれだけの期間で、
私はもう限界を迎えそうになっていました。
家事のほとんどを玄ちゃんに
まかせっきりにしていた私。
ごはんもまともに作れない私は、
コンビニで済ませるしかありませんでした。
洗濯の仕方も知らなくて、
柄物と一緒にシャツを洗って
色が移ってしまいました。
生活に足りないものがあっても
どこで買えばいいのかもわからず、途方にくれました。
もっとも、これらの生活に関する悩みは、
一人暮らしを始めた学生なら
誰もが通る道なのかもしれません。
でも、そんなありきたりな悩みを打ち明けようにも、
私には友達の一人すらいないのです。
大学という空間は、コミュニケーション力が問われます。
自ら動かなければ、何も変わらず。
大学とアパートの往復を繰り返しながら、
私は一週間、誰とも話していないことに
気がついて愕然としました。
帰りたくなりました。
玄ちゃんの声が聞きたくなりました。
でも、心配する玄ちゃんを制止してまで、
周りに迷惑をかけてまで上京してきておいて。
たった一か月で音をあげて泣きつくなんてことは、
到底許されることではありません。
何度も携帯をいじっては、
玄ちゃんの電話番号を表示させながら。
結局私は、電話しませんでした。
でも、そうやって意地を張って耐えていたところで、
現状が改善するわけではありません。
私は、どんどん追い詰められていきました。
慣れない生活を続ける疲れ。
孤独からくる精神的な苦痛。
何より、あまりにも大きい理想とのギャップ。
毎日のように襲い掛かってくるストレスに、
私は疲弊しきってしまいました。
本当に、後少しで挫けてしまうところだったんです。
そんな時です。
あの人が、私に声をかけてくれたのは。
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「そこの君、ちょっと待ってくれ!」
「もしかして、阿知賀女子の松実宥さんじゃないか?」
大学の中庭をとぼとぼと歩いていたら、
突然後ろから声をかけられました。
「ひゃっ、ひゃいっ!」
人に声をかけられるなんて、
一体いつぶりのことだったでしょうか。
人との話し方を忘れかけていた私は、
突然の出来事に思わず声が
裏返ってしまいました。
「あ…驚かせてしまったならすまない。
どこかで見たことがあるような後姿だったので、
つい反射的に声をかけてしまってな」
振り返った私の目に飛び込んできたのは、
艶やかな藍色の髪を背中まで伸ばし、
凛とした雰囲気をまとった女性。
「え…し、白糸台の…弘世さん…!?」
「もしかしたら忘れられているかとも思ったが…
覚えていてくれて光栄だ」
そう言って、弘世さんは涼やかに笑いました。
確かに弘世さんとは、去年のインターハイで、
二度卓を囲んだだけの関係です。
でも、忘れるわけがありませんでした。
その威風堂々とした言動。
すらりと整った容姿。
強豪校の代表として、皆をまとめるその度量。
いつもおどおどして、もこもこと
もっさりした格好で震えている私にとって、
弘世さんはまさに理想の体現で。
私は密かに、弘世さんに憧れていました。
もっとも臆病な私は、結局
話しかけることもできなかったのですが。
「しかし、まさかこんなところで出会うとはな。
てっきり家業を継いだものかと思っていたよ」
「えと…そ、その前に勉強を、あ、
経営の、おうち、旅館だから、その」
「…ああ、落ち着いて話してくれればいい。
別に取って食ったりはしないさ」
穏やかな笑みを浮かべながら、
優しく諭す弘世さん。
それは、私が久しく忘れていた
人の温もりを感じさせるもので。
つい、私は気が緩んでしまって。
目から涙をあふれ出してしまいます。
「うっ…うっ…」
「ど、どうした!?
私はそんなに怖かったのか!?」
「ち、違うんです…違うんです……!」
突然泣き出した私を前に、狼狽える弘世さん。
弘世さんが困ってる。泣き止まなくちゃ。
心ではそう思っても。
それでも私は、後から後から
涙がこぼれ落ちるのを
止めることができませんでした。
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「なるほど…自分を変えるために
一念発起して上京したはいいが、
環境の変化についていけず苦しんでいた、と…」
「は、はい…」
弘世さんは私が泣き止むまで辛抱強く待ってくれた上、
相談にまで乗ってくれました。
すでに限界まで追い込まれていた私は、
体面を取り繕う余裕もなくて。
促されるそのままに、
自分の置かれている情けない状況を
包み隠さず暴露してしまいました。
「と…友達、作れなくて…」
「確かに、大学はグループ行動というものが
高校に比べると少ないからな…
仲良くなるきっかけを掴みにくいというのはある」
「特に、松実さんは…失礼だが、
ちょっと外見が特徴的だしな…
周りも、声をかけるのを躊躇ったのかもしれないな」
「ひ、弘世さんは、どうしたんですか…?」
「あー…私の場合はそれなりに知名度があったから、
向こうから勝手に話しかけてきたな…」
「そ、そうなんだ…」
言われてみれば確かにそうです。
インターハイ三連覇を達成した高校の部長で、
何度もテレビや雑誌の取材を受けている弘世さん。
そんな彼女は、ちょっとした
芸能人並の知名度を誇っていて。
東京にいる同年代の人なら、
知らない人を探す方が難しいかもしれません。
「だが、何よりもまず疑問に感じたんだが…
サークルや部活に参加しようとは思わなかったのか?
ここにだって、一応麻雀部はあるんだが」
「あっ…サークル…そういうのもあったんだ…」
「な、なんだ…気づいてなかったのか?」
これまた、言われるまで気づきませんでした。
大学で友達を作ろうと思ったら、
一番に出てきてもおかしくない選択肢のはずなのに。
日々の生活に追われていた私は、
そんなことにすら頭が回らなかったんです。
「まあ、そんなに悲観することもないさ。
まだ勧誘期間中だし、麻雀部でよければ、
私はすでに入部しているから
紹介してやることもできるしな」
「あ、ありがとうございます…
ま、麻雀部に入りたいです…」
「そういうことなら善は急げだ。
早速今から行こうじゃないか」
そう言って立ち上がると、
私の手を取って迷うことなく
部室への歩みを進める弘世さん。
そんな弘世さんは、私と同じ
一年生とはとても思えなくて。
ひどく眩しい、遠い雲の上の人のように感じたんです。
--------------------------------------------------------
麻雀部の皆さんは、少し遅れた時期にやってきた私でも、
温かく受け入れてくれました。
「というわけで、こちらが
阿知賀女子から来た松実宥さんです」
「よ、よろ、よろしくお願いします…」
「え、松実さんって、あの!?
インターハイで決勝に出てたよね!?」
「すごい!全国の決勝経験者が二人も入るなんて…!」
「これ、マジでインカレ入賞狙えるんじゃない!?」
「希望が見えてきましたね!
これから一緒に頑張りましょう!!」
麻雀部には、私がインターハイに出ていたことを
知っている人もいました。
麻雀という共通の話題もありますし、
何より、弘世さんがついていてくれます。
ここでなら、私も何とか
うまくやっていけそうです。
「ほ、本当にありがとうございました…」
「礼を言われるようなことはしてないさ。
私だって、君とまた打ちたかったしな」
「そ、それでも…お礼を言わせてください」
「そうか。だったら一つ、
頼みを聞いてくれないか?」
「な、なんでしょうか…で、でも
わ、私にできることなんて…」
「何、大したことじゃない。
丁寧語をやめてくれればいい」
「これからは、卓を囲む
チームメイトなんだしな?」
そう言って、にやりと笑う弘世さん。
「っ…うっ…っ…!」
その笑顔を目の当たりにして、
また熱いものがこみあげてきて。
私には、それを堪えることはできなくて、
せめて涙を見せまいと、
弘世さんに背を向けました。
ああ、この人は本当に、どこまでも優しい。
私にとって弘世さんは。
真っ暗闇の中、たった一人で
どうすることもできず泣きながら
うずくまっていた私に対して、
突然差し込んできた希望の光で。
弘世さんさえ居てくれれば、
何もかもがうまくいく。
そんな、愚かな思いすら抱かせてくれたんです。
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弘世さんが居てくれればうまくいく。
それは裏を返せば、弘世さんが居ないと
うまくいかないということを意味していました。
「今日、私は麻雀部に行けないが頑張ってくれ」
そう弘世さんに言われた時、
私は再び目の前が真っ暗になりました。
聞けば、弘世さんは麻雀部とアーチェリー部を
兼部しているそうでした。
「麻雀の世界では、白糸台は元々強豪だったからな。
いっそのこと、無名の大学で
一からやり直してみるのも一興かと思ってな」
「だから、この大学を選んだのは
どちらかというとアーチェリーの
設備が整っているからだったりするんだ」
「ま、だからと言って麻雀を
おろそかにするもりもないがな。
高校の時も両立していたし」
文武両道を地で行く弘世さん。
そんな弘世さんに、
尊敬の念を抱いたのも事実ですが…
それよりも私は、弘世さんが
いつも側に居てくれるわけではないという事実に、
大きな不安を感じました。
そして、その不安は現実のものになってしまったんです。
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ある日、私は麻雀部の部長に呼び止められた。
「ねえ、弘世さん。あの子、もう少し何とかならないの?」
「…宥のことですか?彼女が何か」
「あの子、全然しゃべろうとしないのよ。
あの子はうちの部では実力者だから、
本当は指導側に回ってほしいんだけど…」
その内容は、宥の普段の態度に対して、
苦言を呈するものだった。
確かに彼女は気の弱いところがある。
だが、他人に文句を言われる程ではないと思うのだが…
「確かに、宥は少しだけ
引っ込み思案なところがありますが…」
「少しどころじゃないわよ…
あの子、あなたが居ない時はほとんど喋らないのよ?」
「なっ…それは、本当ですか!?」
「なるほど、あなたは知らなかったのね。
確かに、あなたが居る時だけは多少しゃべるものね」
「あなたが居ない時は、もうほとんど置物よ?
時々いきなり話しかけてくる時もあるけど、
その後いきなり黙っちゃうし。
こっちから話しかけても、
しどろもどろでまともな返事が返ってこないし…
正直、あの子ちょっと普通じゃ…」
「ごめんなさい。今のは失言だった」
「ま、とにかく。ちょっと…ううん、
だいぶ周りから浮きかけてるから、
あなたが上手にフォローしてあげて」
「わかりました」
ほとほと困り果てたと言わんばかりに、
ため息をつきながら去っていく部長。
そんな彼女の背中を眺めながら、
私は首を傾げて考え込んだ。
(私が居ない時は、ほとんど喋らない…?)
私にはその理由がよくわからなかった。
確かに、彼女を麻雀部に連れて来たのは私だ。
だが、だからと言って、私が以前から
彼女と親しかったというわけでもない。
事実、偶然大学で再会するまでは、
ほぼ赤の他人だったと言っていいだろう。
自分で言うのもなんだが、少なくとも
私は話しかけやすいタイプではないと思う。
端的に言ってしまえば、怖がられることも多い。
なのに、なぜ私とは話すことができて、
他の部員とはうまく話せないのか。
とりあえず、本人に聞いてみる必要があるだろう。
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「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…」
その話を切り出した途端、
宥は真っ青な顔をして謝罪を繰り返した。
「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。
ただ、どうしてなのか気になってな」
「……」
「宥?」
「…何も、悪くないの」
「ん?」
「部活の皆さんは何も悪くないの。
ただ、私が駄目なだけ」
宥は、何かを諦めてしまったような
儚げな笑みを浮かべて、
ぽつりぽつりと語り始める。
「会話が、続かないの。私、田舎に居たから
こっちのことはよくわからないし…」
「テレビとか興味ないから、芸能人とかドラマとかの
話についていけないし…」
「それで、頑張って勉強したんだけど、
いざ話そうとすると頭が真っ白になっちゃって…」
「そしたら、いつの間にか話題が変わって、
私がしゃべらなくても会話が続いてるから…」
「私、しゃべれないの…」
「それを繰り返してたら…
なんだか、もう話すのが怖くなって…」
宥の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「お洋服とかもね?私は寒がりで
いっつもぼこぼこしてるから、
おしゃれなんてできないし」
「恋愛の話とかも、そもそも
恋愛したことないからわからない」
「流行ってる歌も知らないから
カラオケにも行けない」
「そもそも、仕送りしてもらってるのに
遊びに行くお金なんてない」
「そんな私が、人並みに誰かと
友達になるなんて、無理なんだよ…」
気づけば、宥は笑顔のまま泣いていた。
宥の涙は頬をつたい、
ぽたりぽたりと零れ落ちていた。
静かに泣く宥の姿は、私の脳裏に焼き付いて。
私の胸をきりきりと締め付けた。
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こっちに引っ越してきて初めて。
今まで自分が、どれだけ
恵まれていたのかを知りました。
だって、阿知賀に居た時は、
話す話題に困るなんてことなかったから。
別に、私が話さなくても
みんなが話しかけてくれるから。
別に、沈黙が続いても、
居心地が悪くなったりもしなかったから。
服装にしてもそうです。
阿知賀に居た時は、私の格好について、
特に問題になることはありませんでした。
事情を分かってくれる人がほとんどだったし、
仮に知らない人がいても、
周りが事情を説明してくれたから。
でもこっちでは、そんなことはありません。
会話が途切れたら、気まずくなります。
話しかけなければ、いないものとして扱われます。
服装だって同じです。
事情を説明する機会がないから、
人はみんなちらちらと奇妙なものを見る視線を向けて、
私を避けるように通り過ぎていきます。
何とかしようとして、ドラマのことや、
芸能人のことも勉強しました。
最近流行しているらしい歌のことも勉強しました。
でも、勢い込んで話しかけて、
いざとなると言葉が出てこないのです。
そして、呼びかけられた人はまた、
居心地が悪そうな視線を私に向けるのです。
それを繰り返していくうちに、
私はどんどん立ち上がる気力がなくなっていって。
もう、何もかも諦めて、このまま落伍者として
生きた方が楽なんじゃないかって。
そんなことを考えてしまったりするのです。
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ひとしきり彼女の話を聞いてみて、
私が抱いた素直な感想。それは、
『気負いすぎ』
その一言に尽きた。
彼女が感じている世間とのずれは、
私にも覚えがある。
白糸台高校もそれなりに特殊な環境ではあったから、
大学に出てきて話をしていると、
価値観や感覚のずれを感じることはある。
だが、それがどうしたというのだ。
そもそも、勉強してまで
無理して相手に合わせる必要はないのだ。
わざわざありきたりな
テレビのネタなんぞ仕入れなくても、
中高一貫制のお嬢様学校出身だと言えば、
それだけで相手から食いついてくるだろうに。
服装にしたって、逆に個性と捉えて
話題の種にしてしまえばいいのだ。
とはいえ、今それを宥に話しても無駄だろう。
彼女はきっと、私の発言を真面目に
ノートに書き写し、決死の思いで実践しようとして、
自らの緊張に押し潰されるに違いない。
だから、私ができることは、
できるだけ宥の側にいてやること。
そして、彼女の緊張を緩和してやることだ。
「明日からはできるだけ一緒にいるから、
少しずつ慣れていこうな?」
幼子をあやすようにそう告げると、
宥は涙に濡れた瞳をしばたたかせながら
こくり、こくりと頷くのだった。
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でも、悪いことと言うのは重なるもので。
ある出来事をきっかけに、
事態はさらに悪化していくことになる。
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『すいません、WEEKLY麻雀TODAYです!
弘世選手と松実選手に
独占インタビューをお願いしたいのですが!』
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取材を申し込んできた記者の方は、
眼鏡をかけた優しそうな方でした。
でも、日頃菫ちゃん以外の人とは
ほとんど会話できない私では、
単独で取材に応じるなんてことが、
まともにできるはずもなくて。
思わず私は、心の中で
菫ちゃんに助けを求めていました。
「うぅ…菫ちゃぁん…」
「え、ええと、そんなに怖がらなくても、
気軽に答えてくればいいのよ?」
「そ、そうだ!今、『菫ちゃん』って言ってたけど…
もしかして、二人は仲がいいのかしら?」
記者の方はうろたえる私を気遣ってくれました。
いつのまにか声に出していた助けの声を聞き取って、
話を菫ちゃんの話に誘導してくれます。
(あ、よかった…
菫ちゃんのことなら、私でもお話できる…)
「あ、は、はい…す、菫ちゃんにはよく。
あ、ちが、と、とても、
よく、よくしてもらってます」
「そうなんだ。弘世さんはともかく、
奈良出身の松実さんが、東京の、
しかもあまり麻雀が強くない大学に来てて
驚いたんだけど…
もしかして弘世さんを追いかけて来たとか?」
「い、いえ…大学は、家業の、あ、
麻雀じゃなくて、その、教育方針と
偏差値で…でも、す、菫ちゃんが
居てくれて、偶然。いつも、助けてくれて」
「ふふ、とっても仲がいいのね」
「!は、はい!私、菫ちゃんがいないと
生きていけません!」
記者の方は、さすがに話を聞くのが本職なだけあって、
私のような駄目な人間でも、
すらすらと会話することができました。
私も、菫ちゃん以外の人と、
菫ちゃんのことでお話ができるのが嬉しくて。
その日はいっぱい、いっぱい
話すことができました。
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この取材により、事態は明らかに悪化した。
だが、記者を責めるわけにはいくまい。
去年のインターハイはまれにみる当たり年で、
活躍した三年生は、大半がそのまま
プロか実業団の道に進んでいた。
目ぼしいところで言えば、
宮永照。辻垣内智葉。竹井久。
さらに挙げ連ねれば、
十本の指で足りない位だ。
元々大学麻雀自体、
あまり人気がない存在ではあるが。
そこにきて、新鋭ルーキーのプロ参入。
一気に華やいだプロリーグの陰に隠れて、
大学麻雀はさらに見栄えがしなくなってしまった。
そんな中、インターハイ団体戦の決勝に
駒を進めた学校の三年生のうち、
残った二人が揃って
同じ大学に進学しているのだ。
しかも、片方は優勝校の部長。
メディアとしては、私たち二人が
無名の大学を背負って立ち、
停滞気味のインカレに旋風を巻き起こすことを
期待したくもなるのだろう。
しかし、残念ながらメディアの思惑と
実際の状況にはかなりの隔たりがあった。
私はアーチェリー部との兼部で、
麻雀だけに専念しているわけではない。
現にその日はアーチェリー部側でも
雑誌の取材を受けていたのだ。
麻雀部員から見れば、私はどっちつかずの
宙ぶらりんな存在だろう。
そして、もう一人の宥は
部になじむことができず、
部内で孤立しているという状況。
そんな二人が、まるで
麻雀部の顔として扱われて、
大々的に紹介されたらどうなるか。
必然、嫉妬や反感の対象になる。
結果、宥はただ孤立するだけではなく、
疎まれ、いじめられる対象になっていた。
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「ねえ、松実さん。この前弘世さんと一緒に
取材受けてたよね」
「え、あ、はひ」
「やっぱインハイ出場者は違うよねー。
大学紹介ってことでちょっと期待してたのに、
二人のこと以外ほとんど書かれてないんだもん」
「そーそー。弘世さんの方はまだ
部内のことに触れてたからいいけど、
松実さんの方なんて、もうホントに一から十まで
弘世さんのことしかしゃべってないし?」
「おかしいよねー。あたしらだって
真面目にインカレ目指してるのにさ」
「ご、ごめんなさ」
「まあ二人とも強いから、
出場メンバー確定なんだろうけどさー。
あたしらなんて眼中にないってかー?」
「うっ…うっ…ごめ…なさい…」
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宥はますます萎縮するようになった。
私から離れるのを恐れて、
講義すら自主休講して
私についてくることもしばしばだった。
そんな宥とは対照的に、
私は麻雀部の部員達に強い失望を感じていた。
彼女たちの気持ちが、まったく
理解できないわけではない。
だが、実力にそぐわない扱いを受けたと言うのなら、
その悔しさをバネに
インカレで雪辱をはらせばいいのだ。
それができないのなら、
自分達に対する記者の評価は妥当なんだから
飲み込むしかないだろう。
少なくとも、その矛先を宥に向けるのは
間違っている。
そもそも、立場で言えば私だって同じだろうに、
私には何も言ってこないで、
叩きやすい宥をちくちくと責める、
その小物的な立ち振舞いも気に入らなかった。
もっとも、そんな境遇に置かれた宥は、
それでも奮起することはなく。
宥はもはや、周りに溶け込むのを
完全に諦めてしまったようだった。
「も、もういいの…わ、わたしは、
菫ちゃんが、いてくれれば、もう…」
そう言って、彼女は悲しそうに目を伏せた。
こういう状況に直面すると、
今この環境に宥が馴染めないのは、
宥にだけ責任があるのではなく、
周りの人間にも問題があるとすら思えてくる。
そして、高校時代に
チームメンバーに恵まれていた私は、
今さらそんな問題がある
部員達に歩み寄ってまで、
チームとして高みを
目指したいとも思わなかった。
私が今すべきこと。
それは、こんな部活に安易に
宥を誘ってしまった責任を取って、
彼女の傷を癒してやることだ。
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あの日を境に、私は部内で
厄介者扱いされるようになってしまいました。
でも、それも仕方のないことだと思います。
部活に所属させてもらっているくせに、
菫ちゃんのことしか見ていなかったのは
事実なのですから。
そして、本来なら大学紹介に使われるはずの紙面を、
私の菫ちゃんへの想いで
埋め尽くしてしまったのですから。
でも、申し訳ないと思う気持ちと同時に、
私は歪んだ喜びにも満たされていました。
なぜなら、あの日を境に、
菫ちゃんが私のことを今まで以上に
大切にしてくれるようになったからです。
私が暗い顔をして落ち込んでいると、
すかさず菫ちゃんが慰めてくれます。
私が部活に関して弱音を吐くと、
悪いのは宥じゃなくてあいつらだ、
と私の代わりに怒ってくれます。
そして私は、そんな菫ちゃんに
べったりとあまえてしまうのです。
私のせいで、菫ちゃんまで
孤立し始めているのには気づいていました。
もっとも、菫ちゃんは強いから。
私みたいに孤立せざるを
えなかったんじゃなくて、
自らみんなと距離を置いたという方が
正しいのかもしれませんけど。
とにかく、私が落ち込めば、
萎縮すれば、堕落すれば。
菫ちゃんはついてきてくれて、
私達の距離はもっともっと近くなって。
対して、他の人達との距離は
どんどん遠くなっていくのです。
それが、私には嬉しくて
仕方なかったのです。
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私達のチームはてんでバラバラだったが、
それでもそれなりの成績を収めることができた。
チームの戦略は非常に単純で、
先鋒の宥ができるかぎり相手から
点棒をむしりとる。
残り三人はひたすら守備に徹して
リードを守る。
大将の私に回ってきた時まで
リードが守られていればそれでよし。
逆転されていれば、
トップを私が狙い打つだけだ。
この戦略が功を奏し、優勝こそ逃したものの、
全国の決勝まで残るという、
無名の大学としては
快挙といえる結果を成し遂げた。
下馬評通りの活躍を見せつけた私達は、
今度はメディアのみならず、
大学からも大々的に英雄として
迎えられることになった。
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もっとも、だからと言って
事態が好転したわけではなかった。
この頃になると、もはや宥は
私以外とは会話しようとせず。
まるで、周囲に私しか居ないかのように
振る舞うようになっていたからだ。
「ねえ、菫ちゃん。今日のご飯は何がいい?」
「ふむ、今日は和食の気分だな。
だが、対局中だぞ?もっと麻雀に集中しろ」
「ご、ごめんね…でも、
もうすぐスーパーのタイムセールだから…
そろそろやめて、もう帰ろ?」
「……対局中だぞ?私達の都合だけで
やめられるものじゃない」
「い、いいよいいよ…
弘世さんと松実さんは、帰っちゃって」
部内での立場は、完全に逆転していた。
インカレ大躍進の立役者である私達に
強く出られる部員はもはや存在しない。
だから、たとえ宥がこんな暴挙に出ても、
止められることすらなかった。
だが、それは良好な人間関係と呼ぶには程遠く。
ベクトルが違うだけで、
私達が孤立していることには変わりなかった。
そして、もはやその関係が
改善する可能性は絶望的に思えた。
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インカレで活躍して名前が売れてしまったことも、
宥にとってはマイナスだった。
学内でも有名人になった宥は、
その特殊性がより広く周知されることになったのだ。
「ねえ、知ってる?麻雀部がインカレで
全国3位になってたじゃん。
あれ、松実さんが大活躍したらしいよ?」
「え、松実さんって、いつも隅っこで
ぷるぷる震えてる子?」
「そうそう!実はすごい子だったんだねー!」
「あーでもさ、あの子麻雀部でも浮いてるらしいよ?
なんか、他の人を完全無視して、
『女帝』としか話さないんだって」
「女帝って誰よ?」
「弘世菫…って、めっちゃ有名なんだけど聞いたことない?」
「あー、弘世菫なら知ってるけど。でもなんで女帝?」
「なんというか、イメージ?
高校時代は麻雀部のインターハイで全国優勝してて、
今回のインカレでも大活躍。
さらにはアーチェリー部も兼部してて、
こっちも個人で全国行ってる。
おまけに成績も優秀で、普通にクール系美人。
完璧人間過ぎて、ついたあだ名が女帝」
「なんでそんなのと松実さんが仲いいの?」
「さぁ?」
「ちょっとアレな関係なんじゃないのー?
麻雀部の友達が言ってたんだけど、
暑いからちょっとだけ冷房を強くしたら、
それだけで松実さんが震え出して、
女帝が怒鳴ったらしいよ?」
「うは、こわっ!」
もし、まだ宥が人と関わろうと
努力している時期に今の状況になれば、
話はまた違ったのかもしれない。
これをきっかけに話しかけられて、
良好な関係を築けたのかもしれない。
非常に寒がりな体質のことも、
なのに部員のささやかな嫌がらせで、
冷房の前の席に座らされた上、
20度設定にされたことも。
それによって、命を脅かすほどに
体調を崩したことも、
全て説明できたのかもしれない。
だが、学内でも宥は私以外の人間と話すことはなく、
不名誉な噂に対して弁解することもなかった。
そして、噂だけが誇張されて。
宥は異常な人間であるという情報だけが、
さざ波のように伝わっていった。
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もう、学校に私の居場所はありませんでした。
私は、悪い意味で有名人になってしまって。
講義室に居ても、学食に居ても、部室に居ても。
誰かしらの、心ない目線に
晒されることになりました。
でも、本当のことを言ってしまえば、
望むべくしてそうなったところもあるんです。
だって、私が孤立していけば。
私の居場所がなくなっていけば。
それに反比例して、菫ちゃんが
私のことを気にかけてくれるから。
そうすれば、菫ちゃんも私と一緒に
異常者扱いされて。
私達は、二人っきりになれるから。
大学なんて、勉強ができればいいんです。
人間関係は、菫ちゃん以外いりません。
菫ちゃんさえ居てくれれば、
それだけで十分あったかいんです。
だから、菫ちゃん、お願いします。
私と一緒に、堕ちてください。
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責任を感じざるを得なかった。
私が、安易に麻雀部へ勧誘しなければ。
いや、麻雀部にほおりこんだにしても、
ちゃんと手厚く面倒を見てやっていれば。
学科が違うからと言って、
学内での対処を疎かにしていなければ。
今の宥の状況は、回避できたに違いないのだ。
もはや、大学の中で宥の心が休まる場所はない。
彼女は、私といる時以外は、
まるでものを言わぬ人形のように、
心を閉ざしてしまっている。
それもこれも、私が不甲斐なかったせいだ。
せめて、私だけは、ずっと宥の味方でいよう。
宥の希望を、できる限り叶えよう。
それが、宥を救えなかった私にできる、
せめてもの罪滅ぼしだった。
だから宥、安心してくれ。
もう、お前から離れたりしないから。
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数か月後。
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「おねーちゃーん!会いたかったよぉー!!」
「ふふ、いらっしゃい、玄ちゃん」
春休みを利用して、私は
おねーちゃんを訪ねることにしました。
おねーちゃんが心配というのもあったけど、
本当のところは、私の方が寂しくて。
我慢できなくなって、おねーちゃん分を
補充しにやってきたのです!
「もう、おねーちゃんったら、
冬休み帰ってきてくれないんだもん」
「ご、ごめんね…?大会とか、
いろいろ忙しかったから」
「うー、それは知ってるけど…
でも大学生ってお休み長いんでしょ?
今度はちゃんと帰ってきてね?」
会えなかった不満をぶつけてるうちに、
私達はおねーちゃんのアパートに到着していました。
って、あれ?
「おねーちゃんのお部屋って、
もっと違うところじゃなかったっけ?」
「あ、うん…実は、引っ越したんだ」
「えぇ!?聞いてないよ!?」
「ご、ごめんね」
軽く謝りながら、おねーちゃんは
インターホンのボタンを押します。
って、あれれ?
「おねーちゃん?ここ、
自分のお部屋なんだよね?」
「あ、うん。そうだけど?」
「なんでインターホン鳴らすの?」
無人の部屋でインターホン鳴らしても、
返事なんて帰ってくるはずが…
ガチャッ!
「おかえり。妹さんも、いらっしゃい」
「えぇぇ!?な、ななな、
なんで弘世さんが出てくるの!?」
「なんでって…ここ、私の家なんだが」
「えぇ!?」
「実は私…菫ちゃんと同棲してるんだ〜」
「…せめてルームシェアと言ってくれないか?」
「えぇえええ!?」
今日は驚きの連続です。
メールや電話でのやりとりはしてましたし、
夏休みのインカレは直接応援にも行きました。
だから、同じ大学に弘世さんがいることも、
仲良くなったことも知ってはいたんですけど…
さすがに、まさか同棲してるなんて
思いませんでした。
さすがにこれは、看過できない事態ですよ!
「ふ、二人はもしかして、
そういう関係なんですか!?」
「え、えへへ…」
「いや、そういうってどういう関係だよ」
「じゃあ、一言で言うと
弘世さんはおねーちゃんの何なんですか!?」
「一言で言うとか…そうだな」
いえ、本当は同棲してる時点で
なんとなく予想はつきます。
だからこれは、驚かされた意趣返し。
せめて二人を照れさせることができればと、
軽い気持ちで振っただけだったんですけど。
予想外に、弘世さんは真剣な顔つきになって。
ぽつりと、一言こう言いました。
「例え、世界が宥を否定しても。
私だけは、宥の味方をする」
「私は、そんな存在だ」
それを聞いたおねーちゃんは、
ポロポロと涙を流しながら。
「うん。私にとって菫ちゃんは。
たった一人の私の味方」
そう言って目を閉じると、
ゆっくりと弘世さんにもたれかかって、
そのまま弘世さんに体を預けました。
その様子は、ただ『仲がいい』という
言葉で済ませられるような、
軽い感じのものではなくて。
まるで、広い世界に二人っきりで
置き去りにされたかのような、
現実感のないやりとりでした。
「い、一体何があったの、おねーちゃん…」
事情を何も知らない私は、
突然の展開についていくことができず。
ただ狼狽えることしかできませんでした。
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そして、私は大学に入ってからおねーちゃんが
受けてきた仕打ちと、今どうなってしまっているかを、
そこで初めて知ることになったのです。
その全てを知った時。私はあの時、
身体を張ってでもおねーちゃんを止めなかったことを
心底後悔しました。
だって、だっておねーちゃんは。
もう完全に壊れてしまっていたから。
「ごめんね…おねーちゃん!ごめんねぇー!!!」
私はおねーちゃんに縋りつきながら
わんわんと泣きました。
でも、おねーちゃんは優しく私の頭を撫でて。
穏やかな笑みを浮かべて私を諭すのです。
「気にすることないんだよ?おかげで、
私は菫ちゃんと二人ぼっちになれたんだから」
「ね?菫ちゃん」
「ああ、これからは、何があっても私がお前を守る」
そう言って、弘世さんもおねーちゃんに笑いかけました。
それは一見すれば、ただの幸せな恋人同士のようでした。
でも私には、これが幸せな結末とは
どうしても思えなかったのです。
おねーちゃんと弘世さん。
二人だけが、深い深い闇で
覆われているように感じました。
まるで救いのない、真っ黒な闇に。
「ごめんね…おねーちゃん…ひろせさん…」
私はおねーちゃんに抱かれながら、
もう一度だけつぶやきました。
私にできるのは、もう謝ることだけだったから。
おねーちゃんはもう、弘世さんしか見ていないから。
だから、私では二人を救えないから。
でも。
「?だから、玄ちゃんが謝ることはないんだよ?」
謝罪の言葉の、本当の意味は。
おねーちゃんには届くことはありませんでした。
それが、例えようもなく悲しくて。
私はまた、涙をひとしずくこぼすのでした。
(完)
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リクエスト受けてくれてあざっす!
実は前にも穏憧お願いした者です(笑)
ヤッパリシリアス物は胸が苦しくなって
最高ですね!!
次回も楽しみに待機します(`・ω・´)ゞ
胸が苦しくなって最高>
菫「ドMか」
宥「わ、私はわかるなぁ。切ない狂気って綺麗だと思うよ?」
狂気の描写>
宥「あ、ありがとうございます…
稚拙でなかなか伝えきれませんけど、
本当にうれしいです…」
菫「そもそもこれ、褒められてるんだよな?」
ダークネス>
菫「まあ普通に考えたら大学ぼっちだしな」
玄「私を差し置いて、他に味方が居ない
っていうのが気に入らないのです!」
宥「そ、そこに目がいかないからヤンデレなんだよ…?」
でもそのときは菫さんがちゃんとかっこよく救ってくれるはず!
救ってくれるはず>
菫「どうだろうな…まあ、少なくとも
放置はしないと思うが」
宥「菫ちゃん、お母さんだもんね」
菫「誰がお母さんだ。せめて世話焼きと言え」
ヤンデレシリアス>
宥「ありがとうございます…
シリアスは書いていると面白いのか
時々わからなくなるので
こういう感想もうれしいです」