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【咲SS:淡照菫】照「菫がじくじくと腐っていく」【絶望】
<あらすじ>
菫が死んだ。
私はそれを受け入れた。
テルはそれを受け入れられなかった。
これは私達が死ぬまでの物語。
<登場人物>
宮永照,大星淡,弘世菫,亦野誠子
<症状>
・絶望
<その他>
※徹底的に救いなし。短編。菫死亡済み。
ひどいグロ描写はしませんが
話自体が圧倒的な暗さです。
読まれる方は覚悟を持って読んでください。
--------------------------------------------------------
菫先輩が死んだ。
あっけない死にざまだった。
交通事故。車道に飛び出した子供をかばって車に轢かれた。
下半身をごっそり奪われた。
多分即死だっただろう。出血による外傷性ショック。
上半身はまるで無傷。
上だけなら眠っているようにも見えるかもしれない。
下をうまく隠す必要があるけど。
菫先輩の死がもたらした影響は大きかった。
赤の他人をかばって死ぬような人だ。
多くの人が泣いていた。
中には大声で慟哭する子もいた。
皆が皆運命を呪った。
まるで自分の人生が終わったかのように。
白糸台全体に陰が落ちた。
もう闇は晴れないとすら思えた。
私は菫先輩がそれなりに好きだった。
自分に厳格。真面目。でも人には意外と甘い。
よく悪戯をしては怒られた。いつも最後は許してくれた。
そんな菫先輩がそれなりに好きだった。
もし告白されたら受け入れる程度には。
訃報を受けて泣きじゃくるくらいには。
ごはんが喉を通らなくなるくらいには。
生きる気力がなくなるくらいには。
もっとも私の愛はその程度だ。
テルの愛に比べれば。
私の愛なんて無きに等しい。
テルは菫先輩を愛していた。
きっと世界で誰よりも。
だからその死に耐えられなかった。
--------------------------------------------------------
「危ないところだった。後少しで
菫が焼かれるところだった」
額に浮かんだ汗を拭うテル。
テルは火葬される前の菫先輩を盗み出した。
盗んだというのは違うかもしれない。
菫先輩はテルのものだから。
死体遺棄という罪がある。
埋葬されるべき死体を放置する罪。
それを回避するための策だった。
テルは菫先輩の両親に訴えた。
「菫は死んでない。生きている。
焼くなんてありえない」
テルは静かに壊れていた。
棺桶に入った上半身。
それを見ても死んだことを認めなかった。
菫先輩の両親は知っていた。
テルと菫先輩が無二の親友であることを。
壊れるほど自分の娘を愛していてくれたことを。
だからテルを受け入れた。
テルの狂気を受け入れた。
そして死体はテルの手に渡る。
「下半身なんかなくてもいい。
私が世話をすればいい」
テルは穏やかな笑みを浮かべた。
--------------------------------------------------------
実際には少し違っていた。
テルは菫先輩の死を認めていた。
それは多分心のどこかで。
その証拠に部屋は異常に寒かった。
ごはんの用意はしなかった。
でも身体は毎日拭いている。
服も毎日着替えさせている。
菫先輩はもう変色している。悪臭もし始めた。
でもテルは気にしない。
「テル…もうやめよう?」
「何を?」
「テルだってわかってるんだよね?
菫先輩はもう…いないんだよ?」
「菫ならここに居る」
「違うんだよ!逝っちゃったんだよ!」
「死んじゃったの!!」
無表情のテルがぎょろりと私を睨む。
一切の光が通らない目。
あのテルが目を見開いている。
「淡。冗談でもそういうことは言っちゃ駄目」
「だったらなんでごはんは食べさせないの!?」
「もう食べられないって知ってるからでしょ!?」
「菫はダイエット中」
「何でこんなに部屋が寒いの!?
腐るのを遅らせるためでしょ!?」
「夏だから涼しくするのは普通」
愚問とばかりに一蹴するテル。
でも私も引き下がる気はなかった。
このままでは菫先輩は腐る。
違う。もう腐り始めている。
「テル!このままだと菫先輩腐っちゃうよ!?」
「そのうち虫とか湧くんだよ!?」
「テルは菫先輩をそんな風にしたいの!?」
私はいやだ。菫先輩を綺麗なまま送りたい。
テルだって菫先輩を腐らせたいはずがない。
わかってもらう必要がある。
テルも本当はわかってるはず。
「だから何」
それは驚くほど冷たい声。
私は言葉が出なかった。
今までこんな声を聞いたことはなかった。
「返事しないからなに?」
「腐るからなに?」
「虫が湧くからなに?」
「その程度で淡は菫を殺そうとするの?」
テルは目を見開いて。私をぎょろりと凝視する。
私は説得が無理だと悟った。
菫先輩はまだ生きている。
テルの中では生きている。
私はそれを殺す殺人者だ。
どうすればいい?
だって腐ってるのに。
虫が湧いてしまうのに。
それすらも受け入れるならどうすればいい?
答えは一つ。
無理矢理引き剥がすしかない。
私は覚悟を決めた。
テルに殺される覚悟を。
私はテルと正面から対峙する。
「…テル。悪いけど無理矢理でも
菫先輩に眠ってもらうよ」
「…淡。なんでわかってくれないの」
「わかってくれないのはテルの方だよ!!!」
「ううん。淡はわかってない」
「何を!?また菫先輩が生きてるって言うつもり!?」
「しかたない。教えてあげる」
テルはライターを取り出した。
それを私に差し出した。
「はい」
私はそれを受け取った。頭の中に疑問符が浮かぶ。
これはどういう意味なのか。
このまま燃やしてもいいということなのか。
「菫を殺すんでしょ?やってみて」
うすら寒い笑みを浮かべるテル。
私はライターを着火する。
火をゆらめかせながら菫先輩だったものに近づく。
まだ菫先輩の顔は原型を留めている。
私は火を近づける。
独りでに足が震えた。
また少し近づける。
今度は全身が震えた。
顔と火が視界に入った。
頭の中が真っ白になった。
私はライターを取り落して絶叫した。
「あああああああああああああああ!!!!!」
その場にうずくまる。目から涙があふれ出す。
やがて両手で顔を覆った。
できなかった。
燃やすなんてできるわけがなかった。
「わかった?殺せるわけがないんだよ」
背後から聞こえるテルの声。
優しい優しいテルの声。
泣きじゃくる私の肩を抱き。
顔を覆う手を握り。
テルは私を菫先輩のもとにいざなう。
「抱いてみて?大丈夫。菫も許してくれてる」
テルは死体を抱くことを促した。
すでに腐りかけている死体を。
できるわけがないと思った。
「できなければ認めてあげる。
菫が死んだってことを認めてあげる」
そう言ってテルは私から離れた。
私は震える手を菫先輩に伸ばす。
硬直した冷たい菫先輩の肌に触れる。
手を肩に添えて抱き起こす。
腕をやさしく腰に回す。
やがて背中に手を回す。
私は菫先輩を抱き寄せた。
強く。強く。強く。強く。
「あああああっ……!!」
テルの言うとおりだった。
私は何もわかっていなかった。
確かに温もりは感じない。
腐ってるし腐臭もする。
でもだからなんだっていうの!!
だってこんなに安らいでしまう。
焼くなんてありえないと思ってしまう。
だって。菫先輩はここにいる!
「わかってくれた?」
幼子を諭すようなテルの声。
私はしゃくりあげながら頷いた。
--------------------------------------------------------
菫先輩のお世話に参加するようになった。
それは幸せな日々だった。
毎日三人で寄り添って。
他愛もないことを語り合った。
身体を拭くのはやめた。
服を着替えさせるのはやめた。
もうそれはできないから。
それをやると崩れ落ちちゃうから。
「でもねテルー。やっぱり菫先輩は死んでるんだよ」
「死んでない」
「それ本気で思ってるの?」
「多分淡と私とでは死の概念が違う」
「哲学?」
「そんなに難しい話じゃない。
淡は二度と目を覚まさない植物状態の人を
生きてると認識する?」
「…死んでるって思っちゃうかも」
「その人は。今の菫と何が違うの?」
「動かない。しゃべらない。周りによる維持が必要」
「今の菫と何も変わりがない」
「植物状態の人を生きてると認識する人がいる。
なら今の菫を生きてると考える人がいてもいいはず」
「…じゃあ。テルの中で死はどういうことを言うの?」
「菫を菫と認識できなくなることが死」
納得した。私はすぐ隣に居る菫先輩を見る。
それは菫先輩と認識できる。
私は菫先輩に寄りかかった。
確かな安らぎを感じた。
ホントだ。菫先輩は生きている。
「…誰しもいつか死ぬ時は来る」
「私だってそれはわかっている」
「だからその時は私も一緒に逝く」
そう言ってテルは目を閉じた。
安らかな笑顔だった。
私はテルに問いかける。
「私も一緒についてっていいかな?」
「もちろん。私達はずっと三人一緒」
私は二人に抱きついた。
--------------------------------------------------------
ついにその日が来た。
私達が菫先輩を認識できなくなる日。
頭がぼろりと零れ落ちた日。
「そっか…菫。今までお疲れ様」
その時初めて。
テルの頬を涙がつたった。
「うっ…ふっ…くっ…」
肩を震わせ。顔を覆って。
静かに静かに。
「大丈夫だよっ…テルっ…
またっ…すぐ会えるからっ……」
私は意外に平気だった。
どちらかと言えばテルの涙にもらい泣きした。
素直に悲しみを受け入れられた。
どこか晴れやかな気分だった。
「っ…菫を寂しがらせてはいけない。
早く追いかけよう」
テルはすばやく涙を拭う。
菫先輩のなきがらを抱き抱える。
私は二人めがけて灯油を浴びせた。
そして自分にも灯油をかける。
私達は最期に三人で抱きあった。
「淡…本当にいいの?」
「むしろここで置いてく方がひどいよ?」
「でも…多分すごく苦しいよ?」
「でも一緒に逝きたいし」
「早くしよ?菫先輩が待ってる」
「そうだね」
テルは持っていたライターを着火する。
火は瞬く間に燃え盛る。
私達三人は火に包まれる。
「あははははははは!!!
燃えてる!私達燃えてる!!!」
「何でそんなハイテンションなの」
「だって燃えてる!!!死んじゃう!!
熱い!!!苦しい!!!
…死ぬ!!!!!!!」
「…だから言ったのに」
喉の内側から焼けていく。
喉がひどく渇いていく。
熱い。苦しい。痛い。つらい。
……違う。
本当は違ったの。
本当はすごいらくだったの。
私はらくを選んだの。
わかってるの。
これはただの現実逃避。
ただの自殺。
菫先輩はこんなの望んでない。
人をかばって死んだ菫先輩が。
こんな結末望むはずない。
だから頑張ろうとした。
テルを立ち直らせようとした。
でも。もう無理だった。
思ったより苦しかったの。
菫先輩がいなくて苦しかったの。
思ったより菫先輩が好きだったの。
死んじゃいたいくらい好きだったの。
テルは菫先輩を追いかけちゃうの。
私じゃ繋ぎ止められないの。
テルまで居なくなっちゃったら。
私はもう耐えられないの。
だから…もう…許して…くださぃ…っ!!
生きていくの…無理でした……っ!!
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
宮永先輩と淡の死は大きなニュースになった。
大切な人を想って後を追う。
その切なさと美しさは人々の心を痛烈に動かした。
二人の遺言を読んだ。
私は力任せに拳を叩きつける。
何度も。何度も。何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。
「馬鹿だっ…!!アンタ達は大馬鹿だっ!!!」
「弘世先輩は…人を助けたんだぞ…!?
人を生かすためにっ…死んだんだっ……!!!」
「だったら…っ!…あんた達は…!!
一番生きなきゃっ…駄目っ…じゃないかっ……!!!」
拳を叩きつける。拳は血にまみれている。
それでも私は叩きつける。
違う。本当はわかっている。
私はうらやましいんだ。
「私だって……死にたいのに…っ!!!!」
私は崩れた拳を叩きつけた。
--------------------------------------------------------
宮永先輩と淡の死は大きなニュースになった。
大切な人を想って後を追う。
その切なさと美しさは人々の心を痛烈に動かした。
動かしすぎた。あまりにも。
絶望は連鎖する。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『 亦野先輩とタカミーへ
ごめんね。
私テルについていくよ。
わかってる。
これは逃げだって。
わかってる。
菫先輩なら生きろって言うって。
でもね。
もう無理。
生きるの。無理。
ごめんね
本当にごめん
さよなら。
大星 淡』
(完)
菫が死んだ。
私はそれを受け入れた。
テルはそれを受け入れられなかった。
これは私達が死ぬまでの物語。
<登場人物>
宮永照,大星淡,弘世菫,亦野誠子
<症状>
・絶望
<その他>
※徹底的に救いなし。短編。菫死亡済み。
ひどいグロ描写はしませんが
話自体が圧倒的な暗さです。
読まれる方は覚悟を持って読んでください。
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菫先輩が死んだ。
あっけない死にざまだった。
交通事故。車道に飛び出した子供をかばって車に轢かれた。
下半身をごっそり奪われた。
多分即死だっただろう。出血による外傷性ショック。
上半身はまるで無傷。
上だけなら眠っているようにも見えるかもしれない。
下をうまく隠す必要があるけど。
菫先輩の死がもたらした影響は大きかった。
赤の他人をかばって死ぬような人だ。
多くの人が泣いていた。
中には大声で慟哭する子もいた。
皆が皆運命を呪った。
まるで自分の人生が終わったかのように。
白糸台全体に陰が落ちた。
もう闇は晴れないとすら思えた。
私は菫先輩がそれなりに好きだった。
自分に厳格。真面目。でも人には意外と甘い。
よく悪戯をしては怒られた。いつも最後は許してくれた。
そんな菫先輩がそれなりに好きだった。
もし告白されたら受け入れる程度には。
訃報を受けて泣きじゃくるくらいには。
ごはんが喉を通らなくなるくらいには。
生きる気力がなくなるくらいには。
もっとも私の愛はその程度だ。
テルの愛に比べれば。
私の愛なんて無きに等しい。
テルは菫先輩を愛していた。
きっと世界で誰よりも。
だからその死に耐えられなかった。
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「危ないところだった。後少しで
菫が焼かれるところだった」
額に浮かんだ汗を拭うテル。
テルは火葬される前の菫先輩を盗み出した。
盗んだというのは違うかもしれない。
菫先輩はテルのものだから。
死体遺棄という罪がある。
埋葬されるべき死体を放置する罪。
それを回避するための策だった。
テルは菫先輩の両親に訴えた。
「菫は死んでない。生きている。
焼くなんてありえない」
テルは静かに壊れていた。
棺桶に入った上半身。
それを見ても死んだことを認めなかった。
菫先輩の両親は知っていた。
テルと菫先輩が無二の親友であることを。
壊れるほど自分の娘を愛していてくれたことを。
だからテルを受け入れた。
テルの狂気を受け入れた。
そして死体はテルの手に渡る。
「下半身なんかなくてもいい。
私が世話をすればいい」
テルは穏やかな笑みを浮かべた。
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実際には少し違っていた。
テルは菫先輩の死を認めていた。
それは多分心のどこかで。
その証拠に部屋は異常に寒かった。
ごはんの用意はしなかった。
でも身体は毎日拭いている。
服も毎日着替えさせている。
菫先輩はもう変色している。悪臭もし始めた。
でもテルは気にしない。
「テル…もうやめよう?」
「何を?」
「テルだってわかってるんだよね?
菫先輩はもう…いないんだよ?」
「菫ならここに居る」
「違うんだよ!逝っちゃったんだよ!」
「死んじゃったの!!」
無表情のテルがぎょろりと私を睨む。
一切の光が通らない目。
あのテルが目を見開いている。
「淡。冗談でもそういうことは言っちゃ駄目」
「だったらなんでごはんは食べさせないの!?」
「もう食べられないって知ってるからでしょ!?」
「菫はダイエット中」
「何でこんなに部屋が寒いの!?
腐るのを遅らせるためでしょ!?」
「夏だから涼しくするのは普通」
愚問とばかりに一蹴するテル。
でも私も引き下がる気はなかった。
このままでは菫先輩は腐る。
違う。もう腐り始めている。
「テル!このままだと菫先輩腐っちゃうよ!?」
「そのうち虫とか湧くんだよ!?」
「テルは菫先輩をそんな風にしたいの!?」
私はいやだ。菫先輩を綺麗なまま送りたい。
テルだって菫先輩を腐らせたいはずがない。
わかってもらう必要がある。
テルも本当はわかってるはず。
「だから何」
それは驚くほど冷たい声。
私は言葉が出なかった。
今までこんな声を聞いたことはなかった。
「返事しないからなに?」
「腐るからなに?」
「虫が湧くからなに?」
「その程度で淡は菫を殺そうとするの?」
テルは目を見開いて。私をぎょろりと凝視する。
私は説得が無理だと悟った。
菫先輩はまだ生きている。
テルの中では生きている。
私はそれを殺す殺人者だ。
どうすればいい?
だって腐ってるのに。
虫が湧いてしまうのに。
それすらも受け入れるならどうすればいい?
答えは一つ。
無理矢理引き剥がすしかない。
私は覚悟を決めた。
テルに殺される覚悟を。
私はテルと正面から対峙する。
「…テル。悪いけど無理矢理でも
菫先輩に眠ってもらうよ」
「…淡。なんでわかってくれないの」
「わかってくれないのはテルの方だよ!!!」
「ううん。淡はわかってない」
「何を!?また菫先輩が生きてるって言うつもり!?」
「しかたない。教えてあげる」
テルはライターを取り出した。
それを私に差し出した。
「はい」
私はそれを受け取った。頭の中に疑問符が浮かぶ。
これはどういう意味なのか。
このまま燃やしてもいいということなのか。
「菫を殺すんでしょ?やってみて」
うすら寒い笑みを浮かべるテル。
私はライターを着火する。
火をゆらめかせながら菫先輩だったものに近づく。
まだ菫先輩の顔は原型を留めている。
私は火を近づける。
独りでに足が震えた。
また少し近づける。
今度は全身が震えた。
顔と火が視界に入った。
頭の中が真っ白になった。
私はライターを取り落して絶叫した。
「あああああああああああああああ!!!!!」
その場にうずくまる。目から涙があふれ出す。
やがて両手で顔を覆った。
できなかった。
燃やすなんてできるわけがなかった。
「わかった?殺せるわけがないんだよ」
背後から聞こえるテルの声。
優しい優しいテルの声。
泣きじゃくる私の肩を抱き。
顔を覆う手を握り。
テルは私を菫先輩のもとにいざなう。
「抱いてみて?大丈夫。菫も許してくれてる」
テルは死体を抱くことを促した。
すでに腐りかけている死体を。
できるわけがないと思った。
「できなければ認めてあげる。
菫が死んだってことを認めてあげる」
そう言ってテルは私から離れた。
私は震える手を菫先輩に伸ばす。
硬直した冷たい菫先輩の肌に触れる。
手を肩に添えて抱き起こす。
腕をやさしく腰に回す。
やがて背中に手を回す。
私は菫先輩を抱き寄せた。
強く。強く。強く。強く。
「あああああっ……!!」
テルの言うとおりだった。
私は何もわかっていなかった。
確かに温もりは感じない。
腐ってるし腐臭もする。
でもだからなんだっていうの!!
だってこんなに安らいでしまう。
焼くなんてありえないと思ってしまう。
だって。菫先輩はここにいる!
「わかってくれた?」
幼子を諭すようなテルの声。
私はしゃくりあげながら頷いた。
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菫先輩のお世話に参加するようになった。
それは幸せな日々だった。
毎日三人で寄り添って。
他愛もないことを語り合った。
身体を拭くのはやめた。
服を着替えさせるのはやめた。
もうそれはできないから。
それをやると崩れ落ちちゃうから。
「でもねテルー。やっぱり菫先輩は死んでるんだよ」
「死んでない」
「それ本気で思ってるの?」
「多分淡と私とでは死の概念が違う」
「哲学?」
「そんなに難しい話じゃない。
淡は二度と目を覚まさない植物状態の人を
生きてると認識する?」
「…死んでるって思っちゃうかも」
「その人は。今の菫と何が違うの?」
「動かない。しゃべらない。周りによる維持が必要」
「今の菫と何も変わりがない」
「植物状態の人を生きてると認識する人がいる。
なら今の菫を生きてると考える人がいてもいいはず」
「…じゃあ。テルの中で死はどういうことを言うの?」
「菫を菫と認識できなくなることが死」
納得した。私はすぐ隣に居る菫先輩を見る。
それは菫先輩と認識できる。
私は菫先輩に寄りかかった。
確かな安らぎを感じた。
ホントだ。菫先輩は生きている。
「…誰しもいつか死ぬ時は来る」
「私だってそれはわかっている」
「だからその時は私も一緒に逝く」
そう言ってテルは目を閉じた。
安らかな笑顔だった。
私はテルに問いかける。
「私も一緒についてっていいかな?」
「もちろん。私達はずっと三人一緒」
私は二人に抱きついた。
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ついにその日が来た。
私達が菫先輩を認識できなくなる日。
頭がぼろりと零れ落ちた日。
「そっか…菫。今までお疲れ様」
その時初めて。
テルの頬を涙がつたった。
「うっ…ふっ…くっ…」
肩を震わせ。顔を覆って。
静かに静かに。
「大丈夫だよっ…テルっ…
またっ…すぐ会えるからっ……」
私は意外に平気だった。
どちらかと言えばテルの涙にもらい泣きした。
素直に悲しみを受け入れられた。
どこか晴れやかな気分だった。
「っ…菫を寂しがらせてはいけない。
早く追いかけよう」
テルはすばやく涙を拭う。
菫先輩のなきがらを抱き抱える。
私は二人めがけて灯油を浴びせた。
そして自分にも灯油をかける。
私達は最期に三人で抱きあった。
「淡…本当にいいの?」
「むしろここで置いてく方がひどいよ?」
「でも…多分すごく苦しいよ?」
「でも一緒に逝きたいし」
「早くしよ?菫先輩が待ってる」
「そうだね」
テルは持っていたライターを着火する。
火は瞬く間に燃え盛る。
私達三人は火に包まれる。
「あははははははは!!!
燃えてる!私達燃えてる!!!」
「何でそんなハイテンションなの」
「だって燃えてる!!!死んじゃう!!
熱い!!!苦しい!!!
…死ぬ!!!!!!!」
「…だから言ったのに」
喉の内側から焼けていく。
喉がひどく渇いていく。
熱い。苦しい。痛い。つらい。
……違う。
本当は違ったの。
本当はすごいらくだったの。
私はらくを選んだの。
わかってるの。
これはただの現実逃避。
ただの自殺。
菫先輩はこんなの望んでない。
人をかばって死んだ菫先輩が。
こんな結末望むはずない。
だから頑張ろうとした。
テルを立ち直らせようとした。
でも。もう無理だった。
思ったより苦しかったの。
菫先輩がいなくて苦しかったの。
思ったより菫先輩が好きだったの。
死んじゃいたいくらい好きだったの。
テルは菫先輩を追いかけちゃうの。
私じゃ繋ぎ止められないの。
テルまで居なくなっちゃったら。
私はもう耐えられないの。
だから…もう…許して…くださぃ…っ!!
生きていくの…無理でした……っ!!
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宮永先輩と淡の死は大きなニュースになった。
大切な人を想って後を追う。
その切なさと美しさは人々の心を痛烈に動かした。
二人の遺言を読んだ。
私は力任せに拳を叩きつける。
何度も。何度も。何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。
「馬鹿だっ…!!アンタ達は大馬鹿だっ!!!」
「弘世先輩は…人を助けたんだぞ…!?
人を生かすためにっ…死んだんだっ……!!!」
「だったら…っ!…あんた達は…!!
一番生きなきゃっ…駄目っ…じゃないかっ……!!!」
拳を叩きつける。拳は血にまみれている。
それでも私は叩きつける。
違う。本当はわかっている。
私はうらやましいんだ。
「私だって……死にたいのに…っ!!!!」
私は崩れた拳を叩きつけた。
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宮永先輩と淡の死は大きなニュースになった。
大切な人を想って後を追う。
その切なさと美しさは人々の心を痛烈に動かした。
動かしすぎた。あまりにも。
絶望は連鎖する。
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『 亦野先輩とタカミーへ
ごめんね。
私テルについていくよ。
わかってる。
これは逃げだって。
わかってる。
菫先輩なら生きろって言うって。
でもね。
もう無理。
生きるの。無理。
ごめんね
本当にごめん
さよなら。
大星 淡』
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このバットなハッピーエンドがすごい好きです!
でもすばらでした!!
照の愛が重すぎる…
だがそこがいい
ハッピーエンド>
久「これがハッピーに見えるなら、
ちょっと訓練されすぎよ?」
咲「純愛ではありますけどね」
愛だねぇ怖いねぇ>
久「怖いくらい愛されるのって、
それはそれで素敵だと思うの」
咲「できれば一緒に逝きたいですね」
比喩かと思った>
腐女子になったのかと思った>
まさか物理>
久「受け取り方がいろいろあるから迷ったけど、
最初から思い描いていた方にしたらしいわ」
咲「腐女子はともかく、精神的に腐るのは
このブログでは割と普通ですしね」
切ない>
久「最初考えていた話は
もっと絶望的だったらしいわ」
咲「そこまでは追い込み切れませんでした」