現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
【咲SS:久咲】久「あなたの全てを、私にちょうだい?」【ヤンデレ】
<あらすじ>
久「このお話の私視点よ!」
(咲「私には、もう部長しかいないんです」)
<登場人物>
竹井久,宮永咲,その他清澄
<症状>
・異常行動
・狂気
・ヤンデレ
・依存
・洗脳
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・黒久の策略と気付かずに、皆に無視されて
落ち込む咲ちゃんが徐々に依存していく久咲
※リクエストの都合上、久が普通に狂人です。
『こんなの久じゃない!』と
思われるかもしれませんがご容赦ください。
--------------------------------------------------------
本来、私は人の上に立つべき人間ではないと思う。
口が回るのと要領だけはいいから、
なぜか麻雀部の部長と学生議会の会長なんて
大層な役目をいただいているわけだけど。
私は別に、自分が楽しみたいから動いているだけで、
誰かのために何かをしようなんて、
殊勝な事を考えてはいないから。
自分の目的のためなら、
私は自分の地位を濫用することも厭わない。
さらに言えば、私は独占欲が強くて執念深い。
一途と言えば聞こえはいいけれど、
私のは正直自分でも病気だと思う。
学校内での地位の高さも相まって、
私に目をつけられた子は相当悲惨な目にあうだろう。
そんな私はここ最近、ある一人の新入生に目をつけた。
その子の名前は、宮永咲。
一見大人しい文学少女で、
それでいてちょっとおかしい女の子。
--------------------------------------------------------
初対面での印象は、ただの気弱な小動物。
でも、そんな彼女は私の前で、
度肝を抜くような闘牌を見せつけた。
これは私の持論だけど、
麻雀の強さは思いの強さと比例する。
つまり彼女は、表に出さないだけで、
胸の内には相当な思いを隠し持っているわけで。
それとなく探りを入れてみたら予想通り。
重く複雑な家庭環境が露わになった。
「お姉ちゃんと、お話がしたいんです!」
曇りのない真っ直ぐな視線。
その決意のまなざしから、
私は咲の強い異常性を感じとった。
あなた、麻雀が好きじゃなくて、
勝っても負けても被害を受けるから
プラマイゼロにしてたのよね?
そんな、麻雀を打つたびに
人の神経を逆なでするような行為をしてたのに、
普通に会話もしてくれなかった相手を前に
わざわざ麻雀を通して会話しようとするの?
それで、どうして仲良く話ができると思っちゃうの?
しかも、そのためだけに全国を目指しちゃうの?
私が、普通にお姉さんの高校と
練習試合を申し込んであげようか?
ツッコミどころがありすぎて、
正直洒落で言ってるんじゃないかと疑うレベルの話。
でも、そんな荒唐無稽としか思えない考えを、
一切の迷いなく真剣に語る咲。
−あ、この子もどこかおかしい−
そんな咲の様子に、私は妙な親近感と愛おしさを覚えた。
--------------------------------------------------------
驚いたことに、咲は本当に全国出場を決めてしまった。
ただ、ちょっと残念だったのは、
麻雀自体に面白さを見出して、
出会った頃のようなどこかおかしい一途さが
影を潜めてしまった事。
もっとも、咲に余裕があったのは最初だけで、
咲はどんどん不安定になっていった。
お姉さんの試合がテレビに映りそうになるだけで
咲は席を外し、清澄が順調に勝ち進んでいくと、
やがて会場に近づく足取りすら重くなった。
私はというと、そんな咲の異変を
正確に感じ取りながらも、
特に何も対策しなかった。
このまま行けば、咲は遠からず悲惨な目に会うだろう。
これだけ一途に姉を想い続けた妹が、
一切の容赦なく拒絶されたとしたら、
その時どうなってしまうのか。
私は、その瞬間を今か今かと待ち続けた。
--------------------------------------------------------
そして私の予想通り、咲は徹底的に拒絶された。
--------------------------------------------------------
泣いてる女の子なんてものは、
これまでもそれなりに見てきたけれど。
私はここまで凄惨な、剥き出しにされた悲しみを
目の当たりにしたのは初めてだった。
全身全霊を懸けてきた、
たった一縷の望みが断ち切られて。
自力で立つ気力すらなくなって、
力なくその場にへたり込んで。
咲は、無気力な笑い声をあげながら、
表情を変えず涙を零した。
「あ、あはは…はは……」
「なくなっちゃった……」
「私の、希望……」
とても静かな嗚咽だった。
泣きわめくわけでもなく、
身を振り乱すわけでもなく。
ただただ咲は、その身体を震わせながら
ひっそりと泣いていた。
激しさなんてまったくないのに。
なのに、咲の張り裂けんばかりの悲しみが、
ただ居合わせただけの私すら
壊してしまいそうなほどに伝わってくる。
でも、そんな悲しみに包まれた咲は、
どこかひどく魅力的で。
何故か私は涙を流しながら、
ずっと咲の姿を眺めていた。
−綺麗だな−
なんて、場違いなことを考えながら。
--------------------------------------------------------
まるで偶然通りがかった体を装って、私は咲を回収した。
咲は心あらずと言った感じで、
何もない中空を眺めていた。
その様子からも、咲がどれほど
お姉さんのことを想い続けていたのか、
痛いくらいに伝わってくる。
そんな咲を見ていたら、
ある一つの思いつきが頭に浮かんだ。
ほんの少し『それ』を想像しただけで、
胸が激しく高鳴って、蕩けてしまいそうなほどに
身体が熱くなる。
『これだけ病的に人を愛せる咲が、
私の事だけを見てくれたとしたら、
それはどんなに幸せだろう』
私は早速、その妄想を現実に変えるために動き始めた。
--------------------------------------------------------
私が考え付いた事。それは至ってシンプルで、
咲から、私以外の人間関係を全て削ぎ落していく事だった。
私は、今の私達の関係が非常に危ういバランスで
保たれていることを知っていた。
それを、ほんの少しだけ破滅寄りに傾けてあげればいい。
まずは始めに、和の排除。
これは、本来なら最も重要で、
それでいて最も難しい課題だったけど。
幸いにして、和は勝手に自滅してくれた。
『全国大会で優勝できなかったら、親の意向通り転校する』
一体どれだけ自信過剰だと、
こんな無茶な条件を飲むことができるのかしら。
和が圧倒的なオカルト的支配を持つ魔物ならまだしも。
完璧なデジタルの打ち手で、
玄人だって時には素人に負けることもある、
なんて常日頃から語っている和。
だったら、自分の飲んだ条件が
あまりにも無謀だという事に気づかなかったのかしら?
結局和は団体、個人ともに優勝することはできず。
失意のまま、清澄高校を去ることになった。
本来ならここで、私が率先して
ケアするべきなんでしょうけれど。
ごめんね、このまま消えてちょうだい?
咲に、大きな傷跡を残したままで。
--------------------------------------------------------
内情を知っていれば、どうしようもない悲劇で
終わった私達のインターハイ。
でも、外目には大金星に見えたわけで。
この結果は、まこに望外のチャンスをもたらした。
ネット麻雀の普及に煽られて
お世辞にも流行っているとは
言えなかったまこの雀荘。
それが、未曽有の大繁盛店に生まれ変わったらしい。
おかげで、まこはお店の仕事で
てんてこ舞いになっていた。
「すまんな…こんな時に」
「いいのいいの。まこからしたら、
このチャンスを掴めるかってのは、
人生を左右する一大事でしょ?」
「だから、お店の方に専念して?
部の方は私が頑張ってみるわ」
責任感の強いまこは、今の麻雀部を放置して、
店にかかりっきりになる事に躊躇していた。
まこって、変なところで真面目なのよね。
むしろ、麻雀部を巻き込んでバイトさせちゃえば、
店の宣伝になるわ、人手は確保できるわ、
あの子たちの気晴らしにもなるわでいいことづくめなのに。
もっとも、そんな胸の内は
決して口には出さなかったけど。
結局まこは、最終的には私の言葉を受けて
しばらく麻雀部を休部することになった。
ま、一か月もすればカタがつくでしょ。
戻ってきた時には麻雀部はないかもしれないけど、
その時はごめんね?
こうして、二人目の部員が麻雀部を去っていった。
--------------------------------------------------------
さて、ここまでは特に何もしなくても
相手が勝手に退場してくれたんだけど。
ここからはさすがにある程度手を加えないといけない。
次に狙ったのは須賀君だった。
何気に咲を麻雀部に連れてきたのは須賀君だし、
「京ちゃん」なんて呼ばれている辺り、
親交が深いのは間違いないから。
そんな須賀君には、まず人間をやめてもらうことにした。
「仕方ないわね…須賀君だけ特別ルールにしましょうか」
「特別ルール?」
「端的に言えば、須賀君にハンデをあげる。
他のみんなは須賀君からはロンあがりしない、
須賀君はハコらない。これでどうかしら?」
「いくら何でもそれはハンデありすぎじゃないかー?」
「ま、とりあえずこれで打ってみましょ?
優遇しすぎだと思ったら条件を変えればいいんだし。
そこは臨機応変に行きましょう」
ハンデなんて言えば聞こえはいいけれど。
それは、要はツモ切りマシーンと同義だった。
「…こんだけハンデもらっても勝てねぇ!」
「犬…流石に弱すぎだじぇ」
何より、これだけのハンデを与えても、
須賀君は私達に勝つことはできない。
この現実は、いくら須賀君でもさすがに堪えるでしょう。
最初こそいつもの調子で
明るく振る舞っていた須賀君だったけど、
やがて、少しずつ表情が暗く、
変化に乏しくなっていく。
須賀君が程よく弱っているのを感じとった私は
部活終了後に一人須賀君を呼び出した。
「えと…何ですか部長?話って」
「ねえ、須賀君…正直な意見を聞かせてほしいんだけど、
今の状況ってどう思う?」
「……最悪っすね」
「和はいなくなっちまった。染谷先輩は来ない。
咲は塞ぎこんじまってる。
優希も、空元気こそ見せてるけど
照さんにやられたショックから立ち直ってない」
「なのに俺は弱すぎて、あいつらが
立ち直るための練習相手にすらなってやれない」
悔しそうに歯噛みする須賀君。
私は、須賀君のあまりの真っ直ぐさに驚いた。
この子、どんだけ聖人なのかしら。
これまで自分が受けた仕打ちを考えたら、
もっと鬱屈したものを溜め込んでるのが普通でしょうに。
おかげで、須賀君の劣等感を刺激して
退部に持っていくつもりだったんだけど、
予定が狂ってしまった。
まあでもそういうことなら、
その善意を逆に利用させてもらいましょうか。
「私も同意見。でね、私はいっそのこと、
麻雀部を廃部にしようと思うの」
「な、どういう事ですか!?」
「私はもう三年生で、引退しなくちゃいけない。
後一か月もしたら、あなた達が主導で
新生麻雀部を動かしていくことになるわ」
「でも、今年下手に大活躍しちゃったから、
今度は強豪校として相当注目を浴びることになる。
現に、取材だって来るようになっちゃったでしょ?」
「あなた達は、今の状態で
そのプレッシャーに耐えられる?」
「そ、それは…」
「そもそもね。麻雀部を始めたのは私で、
全国に出たいと思ってたのも私。
だったら、私の卒業と共に
畳んじゃった方がいいのかなって」
「ただ麻雀が打ちたいだけなら、
まこの雀荘に行けば打てるんだしね?」
突然の提案に対して、須賀君は狼狽えるばかりだった。
まあ、あなたはそういう人よね。
縁の下として支える分には大活躍するけど、
自らが舵を切って人を引っ張っていく力はない。
だから、私があなたを動かしてあげる。
「この話をあなたに最初にしたのはね。
あなたには優希を任せたいからなのよ」
「俺に…優希を?」
「うん。あなたが言ったとおりよ。
咲があまりにアレだから目立たないだけで、
優希も相当なトラウマを抱えてる。
正直、麻雀を打たせ続けるのを躊躇うくらいに」
「でも、あの子は意地っ張りだから、
やめろって言っても素直に聞かないでしょ?」
「だから、先に須賀君が麻雀部に来るのを控えて、
優希に追いかけてもらってほしいの」
「それで、優希があなたを連れて戻ってくるならよし。
戻ってこないなら…そのまま傷を癒してちょうだい」
「…なるほど」
少しずつ、須賀君の気持ちが
私の提案に傾いてきているのがわかった。
なんだかんだ言って、やっぱり優希を持ち出すと弱いわね。
「…咲はどうするんですか?」
「私が責任もって立ち直らせるわ」
「実を言うとね…お姉さんとの確執、
私は知ってたのよ」
「なのに、私は咲に何もしてあげられなかった」
「だからね?せめて罪滅ぼしをさせてほしいの」
「ぶ、部長は悪くないですよ!!」
精いっぱいの悲しみを装って目を伏せる。
私の弱々しいところを見たことがなかった須賀君は、
あっさりと私の罠に引っかかった。
「そんなわけでね…今は、麻雀がどうとか言うより、
あの二人を立ち直らせたい。
そのためだったら、
麻雀部の存続なんてどうでもいいわ」
「須賀君…力を貸してくれる?」
「…俺なんかで役に立てるなら…全力を尽くします!」
「ありがとう!
片岡優希、宮永咲回復プロジェクトの発足よ!!」
--------------------------------------------------------
須賀君を抱きこんだ以上、
優希を排除するのは簡単な事だった。
まずは須賀君に指示して、
麻雀部を一時的に休んでもらう。
そしたら、心配した優希が須賀君を追ってくるだろうから、
自分の弱さを話のタネにして、
優希のトラウマを刺激する。
後は、少しの間麻雀を休もうと提案するだけ。
後から受けた須賀君の報告によると、
こんな感じだったらしい。
まあ、成功したならどうでもいいんだけど。
『おい、犬!なんで部室に来ないんだじぇ!?
お前がいないと面子がそろわないじょ!!』
『…いや、俺がいない方が練習はかどるだろ』
『麻雀は四人で打ってなんぼだじょ!』
『…本当にそうか?』
『…じょ?』
『どれだけ点を取られてもハコらない。
上がることもないし、
ただツモって安牌を作り出す存在』
『そんな奴入れて縛りゲーしてるより、
真剣に三麻してた方が絶対練習になるだろ』
『そ、それは…』
『第一お前に、手も足も出ないで、
ただ負け続ける奴の気持ちがわかるか?』
『……!!』
『わ、わかるじょ!』
『そんなの、痛いくらいわかってるじょ!』
『この前の…インターハイ見ただろ!?』
『ずっと、ずーっとマイナスばっかりで!
準決勝と決勝なんかひどいもんだったじぇ!!』
『特に、け、決勝なんか、もう…』
『ぐすっ…』
『……』
『なあ、優希』
『…すんっ…なんだじょ…』
『少し、休まないか?』
『…休む?』
『ああ…実は、部長に言われちまったんだよ。
俺も、お前も…ちょっと気を張りすぎだって』
『楽しむための部活で、
そんな苦しみながら打つ必要ないだろ』
『だから…ちょっと麻雀、休もうぜ』
『それで…打ちたくなったら、
またやり直せばいいんだよ』
『…京太郎…』
『ちょっとだけ、麻雀を休んで、
俺に付き合ってくれないか?』
『きょ、犬!?つ、付き合うってどういう意味だじぇ!?』
『い、いやこれは、
そういう意味じゃなくってな!?』
……
ここからはどうでもいいラブコメが始まるから省略。
まあ、須賀君はうまくやってくれたみたい。
あれだけ痛めつけられた状態で
誰かと付き合うなんて事になったら、
麻雀そっちのけでそっちに専念するでしょ。
こうして、私の思惑通り
須賀君と優希はそろって麻雀部からいなくなった。
--------------------------------------------------------
私が部員を一人ずつ退場させるたび。
咲は、目に見えて症状が悪化していった。
部室には毎日来るけれど、
いつも伏し目がちに俯いて、
ただ地面をじっと眺めている。
それでいて、まるで何かに怯えるように、
縋るような目を私に向ける。
そういえば、現実での度重なる喪失が影響したのか、
自分の身体が削り取られる悪夢を
見るようになったらしい。
ついに優希がいなくなり、
私達二人っきりになった時。
咲は私の顔を、潤んだ瞳で覗きこんだ。
『部長は、いつまで一緒にいてくれますか?』
その目は、暗にそう問いかけていて。
私は、咲のその目に見覚えがあった。
そう、それはあの時インターハイの会場で、
一縷の望みをかけて、お姉さんに声をかけた時の瞳。
あの時はお姉さんに向けられていた視線が、
今は私に向けられている。
その事実を知った時、私は思わず
甘い疼きに身体を震わせた。
--------------------------------------------------------
「結局、二人きりになっちゃいましたね…」
「そうねー」
その日は、私が部活を引退すると設定した日。
咲は、こんな日ですら誰も来ないことに
強いショックを受けていた。
もっとも、引退なんて明確な日付が
決まってるわけじゃない。
だから私が勝手に設定して咲に伝えただけで、
他の人は呼んでないから来るはずもないんだけど。
「咲は、つらいの?」
「…つらいです。正直、おかしくなっちゃいそうです」
そう言って、咲は光の灯らない目を私に向ける。
まるで顔色は死人みたいに生気がなくて、
目元には真っ黒なクマができていて。
傍目から見れば、すでにおかしくなっていると
断言できるレベルだった。
「安心して。私は、あなたを一人になんかしないから」
私は咲の手を取ると、私の方に引き寄せて。
そのまま背中に手を回して、咲をぎゅっと抱き締めた。
掌の熱を咲に分け与えるように、
ゆっくり、ゆっくりと咲の背中をさすってあげる。
咲は、何も言わずそっと目を閉じると、
私の腕の中で静かに泣き続けた。
何も知らないで私に身を委ねる咲は、
それはとても愛くるしかった。
--------------------------------------------------------
この時点でもう咲は堕ちたも同然だったけど、
私はやる時は徹底することをモットーにしている。
なので、ここで手を緩めるつもりはなかった。
咲のクラスを中心に、噂を流すことにした。
といっても、流したのはたったの一言。
『麻雀部が崩壊しそうで、その発端は宮永咲』
嘘は言ってない。実際に今回の麻雀部崩壊は、
咲がインターハイで負けた事から始まっている。
かといって、あまりひどい噂にしちゃうと、
須賀君や優希が気づいてフォローに回りそうだから、
このくらいがちょうどいい。
噂を流して数日後。
私は部室で壊れている咲を見つけた。
「ごめんなさい、壊しちゃってごめんなさい」
「部長の居場所、壊しちゃってごめんなさい」
咲は、ただひたすら私への謝罪の言葉を繰り返した。
真面目な咲の事だから、
きっと自分を責め続けて、
ついには壊れてしまったんでしょう。
でもね?仮にあなたがきっかけだったとしても、
別にあなたに責任なんてないのよ?
もっとも、それはまだあなたには
教えてあげられないけど。
私はいつものように咲を抱き寄せて、
慰めの言葉をかける。
「麻雀部はもう諦めましょう」
「無いものねだりはもうやめましょ?」
「麻雀部としての私は居なくなっちゃうけど、
ただの竹井久ならまだ残ってるでしょ?」
「それでも信じられないなら…」
そして、息がかかるほどに唇を近づけて、
咲の耳元で囁いた。
「いっそ竹井咲にでもなってみる?」
同時に、咲の身体がビクンッと大げさに震える。
まるで停止寸前だった咲の鼓動が
どんどん激しくなってくる。
壊れた人形みたいだった咲の瞳に生気が宿り、
戸惑いながらも、私の顔をじっと見つめる。
咲の中に、新たな希望の光が灯ったのを感じた。
うんうん、それでいいの。
何もかも無くなったあなたに、
私が希望を与えてあげる。
−あなたはただ、どこまでも私に依存すればいい−
私は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
咲の瞳を見つめ返した。
--------------------------------------------------------
麻雀部は一時休部扱いにした。
もっとも、咲には廃部したと伝えたけれど。
さすがにいきなり廃部にしちゃうと、
まこあたりが本気で乗り出してきそうだったから。
いや、休部でも乗り出してきたんだけどね?
とはいえ、状況を知らないまこを説得するのなんか
大して難しくもなく。
「みんなの心の状態があまりにもひどいから
麻雀よりも先に心のケアをすることにしたの」
そう伝えただけで、まこは素直に引き下がった。
ちなみに、須賀君と優希は麻雀部なんかそっちのけで
いちゃいちゃしてるから障害にもならなかった。
でも、この休部が咲に与えた影響は大きい。
噂がさらに独り歩きして、
咲はついにクラス…ううん、
学校でも孤立してしまった。
もっともあの日以来、咲は
私以外の人の事なんてどうでもよくなったようで。
周囲の蔑むような視線も意に介さず、
平然と下駄箱置き場で私を待ち続けた。
そして私が来ると、
ようやく時間が動き出したと言わんばかりに、
目を輝かせて駆け寄ってくる。
私は一見周囲の目を気にするような
素振りを見せつつ、咲の頭を
掌で包み込むように撫でてあげる。
すると、咲は気持ちよさそうに目を閉じて、
私の胸に飛び込んで、私を強く抱きしめた。
咲の温もりは、私に膨大な多幸感を与えてくれる。
ああ、幸せ。
もっと、もっと私に依存してほしい。
心だけでなくて、身体も依存して欲しい。
行動も、言動も、環境も、全て私に染まってほしい。
もっと、もっと、もっと、もっと。
咲の全てを私に捧げてほしい。
やっぱりそのためには、
咲に学校をやめてもらわないとね!
--------------------------------------------------------
私の仕掛けた小芝居を鑑賞した咲は、
大粒の涙を流しながら廊下を走って逃げていった。
咲のあまりの過剰反応に、ドン引きした友達が
青ざめた顔で私の顔色をうかがってくる。
「ちょ、ちょっと…あれ、大丈夫なの?
後で私、刺されたりしないよね?」
「あー、大丈夫大丈夫。
ちょっとした荒療治だから」
私はいつも通りのマイペースな口調で返事を返すと、
ゆったりと麻雀部の部室に向かった。
麻雀部に近づいていくにつれて、
咲の泣き声が少しずつ大きくなってくる。
私は期待に胸を膨らませながら、
咲の悲鳴のような泣き声を堪能しつつ
階段をのぼる。
そこには、扉に縋りついて泣き散らす咲がいた。
やがて咲は懺悔するかのように、
天を見上げて叫び始める。
『部長だけは…ぐすっ…どうか、部長だけはっ…!』
『私から…ぐすっ…奪わないでっ、くださいっ…!』
『もう…私には…部長しか…っ…いないん、ですっ…!!』
刹那、これまでに味わったことのない強烈な快感が、
私の全身を突き抜ける。
あの咲が…我を忘れて泣き叫んでいる!
お姉さんに拒絶されても、
和が去っていっても、
まこが来なくなっても、
須賀君がいなくなっても、
優希が姿を消しても、
周囲から孤立しても。
ただ諦めるように衰弱していくだけだった咲が。
私の事だけは諦めきれずに、
恥も外聞もかなぐり捨てて泣き喚いている!
その事実は、気が違ってしまうほどの
暴力的な快感を私にもたらした。
快感は私の中をうねりながら蹂躙し、
肉をどろどろに溶かしきって、
それでもまだ収まりきらず。
幾度となく目の前がちかちかと点滅し、
足ががくがくと痙攣し、
思わずへたり込んでしまいそうになる。
私が息を整えて、平静を装って
咲に声をかけられるようになるまでに、
ゆうに十数分もの時間が必要だった。
--------------------------------------------------------
こうして咲は、完全に私のものになった。
私と一緒に居られない間は、
私の部屋で、私のために家事をして、
私の事だけを考えて時間を潰す。
私と一緒に居る時は、
これ以上の幸せはないと言わんばかりに、
蕩けそうな笑顔を私に向ける。
「本当に幸せそうねぇ」
「はい、部長のおかげです!」
「部長が、私に教えてくれましたから」
「部長しかいらないって考えれば、
何もかもがうまくいくって!」
にこにこと楽しそうに話しながら、
愛妻料理をお皿に取り分ける咲。
果たして咲は、自分の人生を狂わせたのが
私だと知ったら、どんな反応を見せるのかしら?
私は少し興味がわいて、
最悪の事実を種明かししてみることにした。
「ねぇ咲。今まで咲は、
いろんなことで苦しんできたわよね」
「…はい?」
「それ…全部私が仕向けた事だったとしたら、
咲はどうする?」
「…えと、何の事ですか?」
話の切り替えが急すぎて、ついてこれない咲。
とはいえ、さすがの私もじっくりと
説明する勇気はないんだけど。
「だから…麻雀部が崩壊して
私以外いなくなっちゃった一連の流れについて、
全部私が裏で手を引いてたとしたらって話よ」
「…それは、ありえませんよ」
「どうしてそう思うの?」
「だって、あれって結局、
私が決勝で負けたのが始まりですし」
あくまで自分が悪いという姿勢を崩さない咲。
なんでこの子は、自分をそこまで傷つけるのかしら?
「もしよ、もし」
「…そうですね。逆に聞きたいんですけど、
もしそうだとしたら、
部長はなんでそんな事をしたんですか?」
「咲に、私だけを見てほしかったから、かな?」
私の回答を聞いて咲は、途端に目を輝かせて、
溢れんばかりの笑顔を浮かべた。
「えへへ…だとしたら、すごくうれしいです!」
「あんなにつらい目にあったのに?」
「だって…それだけ私の事を
好きでいてくれたって事じゃないですか」
「あはは…咲、あなた狂ってるわ」
二人で明るく笑いあう。
それにしても、結構な爆弾発言をしたつもりだったのに、
団欒の一ネタ程度で終わってしまうとは。
「あ、そういえば部長」
「なに?」
「そろそろ、新しいバージョンが欲しいです」
「あー、音声?」
「はい」
「確かに、私もそろそろ物足りなくなってきたのよね」
「じゃあ、これから作りませんか?」
咲は甘えた声ですり寄ってくると、
ICレコーダーの再生ボタンをオンにした。
まだ一介の学生に過ぎない私は、
独力で咲を養うほどの経済力はない。
だから、会えない時間は
相手の声を吹き込んだ音声データで
寂しさを紛らわす事にしている。
「ふふ…好きよ、咲」
「えへへ…私も好きです」
「じゃあ、いつものあれ、言ってくれる?」
「はい…私は、部長以外何もいりません」
「よくできました♪
私も、咲以外は何もいらないわ!」
「部長…」
「咲…」
ちゅっ…
時々、録音に音声とは別の、
お互いの舌が絡み合うような
湿り気のある水音が混ざってしまったりするけど。
こうして、もう何十本目になるかわからない
音声データが新しく作成された。
これがあれば、明日は咲を恋しがらずにすみそう。
あはは、咲の事を狂ってる狂ってるって言う私だけど、
これって私も狂っちゃってるわよね?
ま、二人とも狂ってるなら、
釣り合いが取れてその方がいいけれど。
これからも、あなたの全てを、私にちょうだい?
私も、あなたに全部あげるから。
(完)
久「このお話の私視点よ!」
(咲「私には、もう部長しかいないんです」)
<登場人物>
竹井久,宮永咲,その他清澄
<症状>
・異常行動
・狂気
・ヤンデレ
・依存
・洗脳
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・黒久の策略と気付かずに、皆に無視されて
落ち込む咲ちゃんが徐々に依存していく久咲
※リクエストの都合上、久が普通に狂人です。
『こんなの久じゃない!』と
思われるかもしれませんがご容赦ください。
--------------------------------------------------------
本来、私は人の上に立つべき人間ではないと思う。
口が回るのと要領だけはいいから、
なぜか麻雀部の部長と学生議会の会長なんて
大層な役目をいただいているわけだけど。
私は別に、自分が楽しみたいから動いているだけで、
誰かのために何かをしようなんて、
殊勝な事を考えてはいないから。
自分の目的のためなら、
私は自分の地位を濫用することも厭わない。
さらに言えば、私は独占欲が強くて執念深い。
一途と言えば聞こえはいいけれど、
私のは正直自分でも病気だと思う。
学校内での地位の高さも相まって、
私に目をつけられた子は相当悲惨な目にあうだろう。
そんな私はここ最近、ある一人の新入生に目をつけた。
その子の名前は、宮永咲。
一見大人しい文学少女で、
それでいてちょっとおかしい女の子。
--------------------------------------------------------
初対面での印象は、ただの気弱な小動物。
でも、そんな彼女は私の前で、
度肝を抜くような闘牌を見せつけた。
これは私の持論だけど、
麻雀の強さは思いの強さと比例する。
つまり彼女は、表に出さないだけで、
胸の内には相当な思いを隠し持っているわけで。
それとなく探りを入れてみたら予想通り。
重く複雑な家庭環境が露わになった。
「お姉ちゃんと、お話がしたいんです!」
曇りのない真っ直ぐな視線。
その決意のまなざしから、
私は咲の強い異常性を感じとった。
あなた、麻雀が好きじゃなくて、
勝っても負けても被害を受けるから
プラマイゼロにしてたのよね?
そんな、麻雀を打つたびに
人の神経を逆なでするような行為をしてたのに、
普通に会話もしてくれなかった相手を前に
わざわざ麻雀を通して会話しようとするの?
それで、どうして仲良く話ができると思っちゃうの?
しかも、そのためだけに全国を目指しちゃうの?
私が、普通にお姉さんの高校と
練習試合を申し込んであげようか?
ツッコミどころがありすぎて、
正直洒落で言ってるんじゃないかと疑うレベルの話。
でも、そんな荒唐無稽としか思えない考えを、
一切の迷いなく真剣に語る咲。
−あ、この子もどこかおかしい−
そんな咲の様子に、私は妙な親近感と愛おしさを覚えた。
--------------------------------------------------------
驚いたことに、咲は本当に全国出場を決めてしまった。
ただ、ちょっと残念だったのは、
麻雀自体に面白さを見出して、
出会った頃のようなどこかおかしい一途さが
影を潜めてしまった事。
もっとも、咲に余裕があったのは最初だけで、
咲はどんどん不安定になっていった。
お姉さんの試合がテレビに映りそうになるだけで
咲は席を外し、清澄が順調に勝ち進んでいくと、
やがて会場に近づく足取りすら重くなった。
私はというと、そんな咲の異変を
正確に感じ取りながらも、
特に何も対策しなかった。
このまま行けば、咲は遠からず悲惨な目に会うだろう。
これだけ一途に姉を想い続けた妹が、
一切の容赦なく拒絶されたとしたら、
その時どうなってしまうのか。
私は、その瞬間を今か今かと待ち続けた。
--------------------------------------------------------
そして私の予想通り、咲は徹底的に拒絶された。
--------------------------------------------------------
泣いてる女の子なんてものは、
これまでもそれなりに見てきたけれど。
私はここまで凄惨な、剥き出しにされた悲しみを
目の当たりにしたのは初めてだった。
全身全霊を懸けてきた、
たった一縷の望みが断ち切られて。
自力で立つ気力すらなくなって、
力なくその場にへたり込んで。
咲は、無気力な笑い声をあげながら、
表情を変えず涙を零した。
「あ、あはは…はは……」
「なくなっちゃった……」
「私の、希望……」
とても静かな嗚咽だった。
泣きわめくわけでもなく、
身を振り乱すわけでもなく。
ただただ咲は、その身体を震わせながら
ひっそりと泣いていた。
激しさなんてまったくないのに。
なのに、咲の張り裂けんばかりの悲しみが、
ただ居合わせただけの私すら
壊してしまいそうなほどに伝わってくる。
でも、そんな悲しみに包まれた咲は、
どこかひどく魅力的で。
何故か私は涙を流しながら、
ずっと咲の姿を眺めていた。
−綺麗だな−
なんて、場違いなことを考えながら。
--------------------------------------------------------
まるで偶然通りがかった体を装って、私は咲を回収した。
咲は心あらずと言った感じで、
何もない中空を眺めていた。
その様子からも、咲がどれほど
お姉さんのことを想い続けていたのか、
痛いくらいに伝わってくる。
そんな咲を見ていたら、
ある一つの思いつきが頭に浮かんだ。
ほんの少し『それ』を想像しただけで、
胸が激しく高鳴って、蕩けてしまいそうなほどに
身体が熱くなる。
『これだけ病的に人を愛せる咲が、
私の事だけを見てくれたとしたら、
それはどんなに幸せだろう』
私は早速、その妄想を現実に変えるために動き始めた。
--------------------------------------------------------
私が考え付いた事。それは至ってシンプルで、
咲から、私以外の人間関係を全て削ぎ落していく事だった。
私は、今の私達の関係が非常に危ういバランスで
保たれていることを知っていた。
それを、ほんの少しだけ破滅寄りに傾けてあげればいい。
まずは始めに、和の排除。
これは、本来なら最も重要で、
それでいて最も難しい課題だったけど。
幸いにして、和は勝手に自滅してくれた。
『全国大会で優勝できなかったら、親の意向通り転校する』
一体どれだけ自信過剰だと、
こんな無茶な条件を飲むことができるのかしら。
和が圧倒的なオカルト的支配を持つ魔物ならまだしも。
完璧なデジタルの打ち手で、
玄人だって時には素人に負けることもある、
なんて常日頃から語っている和。
だったら、自分の飲んだ条件が
あまりにも無謀だという事に気づかなかったのかしら?
結局和は団体、個人ともに優勝することはできず。
失意のまま、清澄高校を去ることになった。
本来ならここで、私が率先して
ケアするべきなんでしょうけれど。
ごめんね、このまま消えてちょうだい?
咲に、大きな傷跡を残したままで。
--------------------------------------------------------
内情を知っていれば、どうしようもない悲劇で
終わった私達のインターハイ。
でも、外目には大金星に見えたわけで。
この結果は、まこに望外のチャンスをもたらした。
ネット麻雀の普及に煽られて
お世辞にも流行っているとは
言えなかったまこの雀荘。
それが、未曽有の大繁盛店に生まれ変わったらしい。
おかげで、まこはお店の仕事で
てんてこ舞いになっていた。
「すまんな…こんな時に」
「いいのいいの。まこからしたら、
このチャンスを掴めるかってのは、
人生を左右する一大事でしょ?」
「だから、お店の方に専念して?
部の方は私が頑張ってみるわ」
責任感の強いまこは、今の麻雀部を放置して、
店にかかりっきりになる事に躊躇していた。
まこって、変なところで真面目なのよね。
むしろ、麻雀部を巻き込んでバイトさせちゃえば、
店の宣伝になるわ、人手は確保できるわ、
あの子たちの気晴らしにもなるわでいいことづくめなのに。
もっとも、そんな胸の内は
決して口には出さなかったけど。
結局まこは、最終的には私の言葉を受けて
しばらく麻雀部を休部することになった。
ま、一か月もすればカタがつくでしょ。
戻ってきた時には麻雀部はないかもしれないけど、
その時はごめんね?
こうして、二人目の部員が麻雀部を去っていった。
--------------------------------------------------------
さて、ここまでは特に何もしなくても
相手が勝手に退場してくれたんだけど。
ここからはさすがにある程度手を加えないといけない。
次に狙ったのは須賀君だった。
何気に咲を麻雀部に連れてきたのは須賀君だし、
「京ちゃん」なんて呼ばれている辺り、
親交が深いのは間違いないから。
そんな須賀君には、まず人間をやめてもらうことにした。
「仕方ないわね…須賀君だけ特別ルールにしましょうか」
「特別ルール?」
「端的に言えば、須賀君にハンデをあげる。
他のみんなは須賀君からはロンあがりしない、
須賀君はハコらない。これでどうかしら?」
「いくら何でもそれはハンデありすぎじゃないかー?」
「ま、とりあえずこれで打ってみましょ?
優遇しすぎだと思ったら条件を変えればいいんだし。
そこは臨機応変に行きましょう」
ハンデなんて言えば聞こえはいいけれど。
それは、要はツモ切りマシーンと同義だった。
「…こんだけハンデもらっても勝てねぇ!」
「犬…流石に弱すぎだじぇ」
何より、これだけのハンデを与えても、
須賀君は私達に勝つことはできない。
この現実は、いくら須賀君でもさすがに堪えるでしょう。
最初こそいつもの調子で
明るく振る舞っていた須賀君だったけど、
やがて、少しずつ表情が暗く、
変化に乏しくなっていく。
須賀君が程よく弱っているのを感じとった私は
部活終了後に一人須賀君を呼び出した。
「えと…何ですか部長?話って」
「ねえ、須賀君…正直な意見を聞かせてほしいんだけど、
今の状況ってどう思う?」
「……最悪っすね」
「和はいなくなっちまった。染谷先輩は来ない。
咲は塞ぎこんじまってる。
優希も、空元気こそ見せてるけど
照さんにやられたショックから立ち直ってない」
「なのに俺は弱すぎて、あいつらが
立ち直るための練習相手にすらなってやれない」
悔しそうに歯噛みする須賀君。
私は、須賀君のあまりの真っ直ぐさに驚いた。
この子、どんだけ聖人なのかしら。
これまで自分が受けた仕打ちを考えたら、
もっと鬱屈したものを溜め込んでるのが普通でしょうに。
おかげで、須賀君の劣等感を刺激して
退部に持っていくつもりだったんだけど、
予定が狂ってしまった。
まあでもそういうことなら、
その善意を逆に利用させてもらいましょうか。
「私も同意見。でね、私はいっそのこと、
麻雀部を廃部にしようと思うの」
「な、どういう事ですか!?」
「私はもう三年生で、引退しなくちゃいけない。
後一か月もしたら、あなた達が主導で
新生麻雀部を動かしていくことになるわ」
「でも、今年下手に大活躍しちゃったから、
今度は強豪校として相当注目を浴びることになる。
現に、取材だって来るようになっちゃったでしょ?」
「あなた達は、今の状態で
そのプレッシャーに耐えられる?」
「そ、それは…」
「そもそもね。麻雀部を始めたのは私で、
全国に出たいと思ってたのも私。
だったら、私の卒業と共に
畳んじゃった方がいいのかなって」
「ただ麻雀が打ちたいだけなら、
まこの雀荘に行けば打てるんだしね?」
突然の提案に対して、須賀君は狼狽えるばかりだった。
まあ、あなたはそういう人よね。
縁の下として支える分には大活躍するけど、
自らが舵を切って人を引っ張っていく力はない。
だから、私があなたを動かしてあげる。
「この話をあなたに最初にしたのはね。
あなたには優希を任せたいからなのよ」
「俺に…優希を?」
「うん。あなたが言ったとおりよ。
咲があまりにアレだから目立たないだけで、
優希も相当なトラウマを抱えてる。
正直、麻雀を打たせ続けるのを躊躇うくらいに」
「でも、あの子は意地っ張りだから、
やめろって言っても素直に聞かないでしょ?」
「だから、先に須賀君が麻雀部に来るのを控えて、
優希に追いかけてもらってほしいの」
「それで、優希があなたを連れて戻ってくるならよし。
戻ってこないなら…そのまま傷を癒してちょうだい」
「…なるほど」
少しずつ、須賀君の気持ちが
私の提案に傾いてきているのがわかった。
なんだかんだ言って、やっぱり優希を持ち出すと弱いわね。
「…咲はどうするんですか?」
「私が責任もって立ち直らせるわ」
「実を言うとね…お姉さんとの確執、
私は知ってたのよ」
「なのに、私は咲に何もしてあげられなかった」
「だからね?せめて罪滅ぼしをさせてほしいの」
「ぶ、部長は悪くないですよ!!」
精いっぱいの悲しみを装って目を伏せる。
私の弱々しいところを見たことがなかった須賀君は、
あっさりと私の罠に引っかかった。
「そんなわけでね…今は、麻雀がどうとか言うより、
あの二人を立ち直らせたい。
そのためだったら、
麻雀部の存続なんてどうでもいいわ」
「須賀君…力を貸してくれる?」
「…俺なんかで役に立てるなら…全力を尽くします!」
「ありがとう!
片岡優希、宮永咲回復プロジェクトの発足よ!!」
--------------------------------------------------------
須賀君を抱きこんだ以上、
優希を排除するのは簡単な事だった。
まずは須賀君に指示して、
麻雀部を一時的に休んでもらう。
そしたら、心配した優希が須賀君を追ってくるだろうから、
自分の弱さを話のタネにして、
優希のトラウマを刺激する。
後は、少しの間麻雀を休もうと提案するだけ。
後から受けた須賀君の報告によると、
こんな感じだったらしい。
まあ、成功したならどうでもいいんだけど。
『おい、犬!なんで部室に来ないんだじぇ!?
お前がいないと面子がそろわないじょ!!』
『…いや、俺がいない方が練習はかどるだろ』
『麻雀は四人で打ってなんぼだじょ!』
『…本当にそうか?』
『…じょ?』
『どれだけ点を取られてもハコらない。
上がることもないし、
ただツモって安牌を作り出す存在』
『そんな奴入れて縛りゲーしてるより、
真剣に三麻してた方が絶対練習になるだろ』
『そ、それは…』
『第一お前に、手も足も出ないで、
ただ負け続ける奴の気持ちがわかるか?』
『……!!』
『わ、わかるじょ!』
『そんなの、痛いくらいわかってるじょ!』
『この前の…インターハイ見ただろ!?』
『ずっと、ずーっとマイナスばっかりで!
準決勝と決勝なんかひどいもんだったじぇ!!』
『特に、け、決勝なんか、もう…』
『ぐすっ…』
『……』
『なあ、優希』
『…すんっ…なんだじょ…』
『少し、休まないか?』
『…休む?』
『ああ…実は、部長に言われちまったんだよ。
俺も、お前も…ちょっと気を張りすぎだって』
『楽しむための部活で、
そんな苦しみながら打つ必要ないだろ』
『だから…ちょっと麻雀、休もうぜ』
『それで…打ちたくなったら、
またやり直せばいいんだよ』
『…京太郎…』
『ちょっとだけ、麻雀を休んで、
俺に付き合ってくれないか?』
『きょ、犬!?つ、付き合うってどういう意味だじぇ!?』
『い、いやこれは、
そういう意味じゃなくってな!?』
……
ここからはどうでもいいラブコメが始まるから省略。
まあ、須賀君はうまくやってくれたみたい。
あれだけ痛めつけられた状態で
誰かと付き合うなんて事になったら、
麻雀そっちのけでそっちに専念するでしょ。
こうして、私の思惑通り
須賀君と優希はそろって麻雀部からいなくなった。
--------------------------------------------------------
私が部員を一人ずつ退場させるたび。
咲は、目に見えて症状が悪化していった。
部室には毎日来るけれど、
いつも伏し目がちに俯いて、
ただ地面をじっと眺めている。
それでいて、まるで何かに怯えるように、
縋るような目を私に向ける。
そういえば、現実での度重なる喪失が影響したのか、
自分の身体が削り取られる悪夢を
見るようになったらしい。
ついに優希がいなくなり、
私達二人っきりになった時。
咲は私の顔を、潤んだ瞳で覗きこんだ。
『部長は、いつまで一緒にいてくれますか?』
その目は、暗にそう問いかけていて。
私は、咲のその目に見覚えがあった。
そう、それはあの時インターハイの会場で、
一縷の望みをかけて、お姉さんに声をかけた時の瞳。
あの時はお姉さんに向けられていた視線が、
今は私に向けられている。
その事実を知った時、私は思わず
甘い疼きに身体を震わせた。
--------------------------------------------------------
「結局、二人きりになっちゃいましたね…」
「そうねー」
その日は、私が部活を引退すると設定した日。
咲は、こんな日ですら誰も来ないことに
強いショックを受けていた。
もっとも、引退なんて明確な日付が
決まってるわけじゃない。
だから私が勝手に設定して咲に伝えただけで、
他の人は呼んでないから来るはずもないんだけど。
「咲は、つらいの?」
「…つらいです。正直、おかしくなっちゃいそうです」
そう言って、咲は光の灯らない目を私に向ける。
まるで顔色は死人みたいに生気がなくて、
目元には真っ黒なクマができていて。
傍目から見れば、すでにおかしくなっていると
断言できるレベルだった。
「安心して。私は、あなたを一人になんかしないから」
私は咲の手を取ると、私の方に引き寄せて。
そのまま背中に手を回して、咲をぎゅっと抱き締めた。
掌の熱を咲に分け与えるように、
ゆっくり、ゆっくりと咲の背中をさすってあげる。
咲は、何も言わずそっと目を閉じると、
私の腕の中で静かに泣き続けた。
何も知らないで私に身を委ねる咲は、
それはとても愛くるしかった。
--------------------------------------------------------
この時点でもう咲は堕ちたも同然だったけど、
私はやる時は徹底することをモットーにしている。
なので、ここで手を緩めるつもりはなかった。
咲のクラスを中心に、噂を流すことにした。
といっても、流したのはたったの一言。
『麻雀部が崩壊しそうで、その発端は宮永咲』
嘘は言ってない。実際に今回の麻雀部崩壊は、
咲がインターハイで負けた事から始まっている。
かといって、あまりひどい噂にしちゃうと、
須賀君や優希が気づいてフォローに回りそうだから、
このくらいがちょうどいい。
噂を流して数日後。
私は部室で壊れている咲を見つけた。
「ごめんなさい、壊しちゃってごめんなさい」
「部長の居場所、壊しちゃってごめんなさい」
咲は、ただひたすら私への謝罪の言葉を繰り返した。
真面目な咲の事だから、
きっと自分を責め続けて、
ついには壊れてしまったんでしょう。
でもね?仮にあなたがきっかけだったとしても、
別にあなたに責任なんてないのよ?
もっとも、それはまだあなたには
教えてあげられないけど。
私はいつものように咲を抱き寄せて、
慰めの言葉をかける。
「麻雀部はもう諦めましょう」
「無いものねだりはもうやめましょ?」
「麻雀部としての私は居なくなっちゃうけど、
ただの竹井久ならまだ残ってるでしょ?」
「それでも信じられないなら…」
そして、息がかかるほどに唇を近づけて、
咲の耳元で囁いた。
「いっそ竹井咲にでもなってみる?」
同時に、咲の身体がビクンッと大げさに震える。
まるで停止寸前だった咲の鼓動が
どんどん激しくなってくる。
壊れた人形みたいだった咲の瞳に生気が宿り、
戸惑いながらも、私の顔をじっと見つめる。
咲の中に、新たな希望の光が灯ったのを感じた。
うんうん、それでいいの。
何もかも無くなったあなたに、
私が希望を与えてあげる。
−あなたはただ、どこまでも私に依存すればいい−
私は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
咲の瞳を見つめ返した。
--------------------------------------------------------
麻雀部は一時休部扱いにした。
もっとも、咲には廃部したと伝えたけれど。
さすがにいきなり廃部にしちゃうと、
まこあたりが本気で乗り出してきそうだったから。
いや、休部でも乗り出してきたんだけどね?
とはいえ、状況を知らないまこを説得するのなんか
大して難しくもなく。
「みんなの心の状態があまりにもひどいから
麻雀よりも先に心のケアをすることにしたの」
そう伝えただけで、まこは素直に引き下がった。
ちなみに、須賀君と優希は麻雀部なんかそっちのけで
いちゃいちゃしてるから障害にもならなかった。
でも、この休部が咲に与えた影響は大きい。
噂がさらに独り歩きして、
咲はついにクラス…ううん、
学校でも孤立してしまった。
もっともあの日以来、咲は
私以外の人の事なんてどうでもよくなったようで。
周囲の蔑むような視線も意に介さず、
平然と下駄箱置き場で私を待ち続けた。
そして私が来ると、
ようやく時間が動き出したと言わんばかりに、
目を輝かせて駆け寄ってくる。
私は一見周囲の目を気にするような
素振りを見せつつ、咲の頭を
掌で包み込むように撫でてあげる。
すると、咲は気持ちよさそうに目を閉じて、
私の胸に飛び込んで、私を強く抱きしめた。
咲の温もりは、私に膨大な多幸感を与えてくれる。
ああ、幸せ。
もっと、もっと私に依存してほしい。
心だけでなくて、身体も依存して欲しい。
行動も、言動も、環境も、全て私に染まってほしい。
もっと、もっと、もっと、もっと。
咲の全てを私に捧げてほしい。
やっぱりそのためには、
咲に学校をやめてもらわないとね!
--------------------------------------------------------
私の仕掛けた小芝居を鑑賞した咲は、
大粒の涙を流しながら廊下を走って逃げていった。
咲のあまりの過剰反応に、ドン引きした友達が
青ざめた顔で私の顔色をうかがってくる。
「ちょ、ちょっと…あれ、大丈夫なの?
後で私、刺されたりしないよね?」
「あー、大丈夫大丈夫。
ちょっとした荒療治だから」
私はいつも通りのマイペースな口調で返事を返すと、
ゆったりと麻雀部の部室に向かった。
麻雀部に近づいていくにつれて、
咲の泣き声が少しずつ大きくなってくる。
私は期待に胸を膨らませながら、
咲の悲鳴のような泣き声を堪能しつつ
階段をのぼる。
そこには、扉に縋りついて泣き散らす咲がいた。
やがて咲は懺悔するかのように、
天を見上げて叫び始める。
『部長だけは…ぐすっ…どうか、部長だけはっ…!』
『私から…ぐすっ…奪わないでっ、くださいっ…!』
『もう…私には…部長しか…っ…いないん、ですっ…!!』
刹那、これまでに味わったことのない強烈な快感が、
私の全身を突き抜ける。
あの咲が…我を忘れて泣き叫んでいる!
お姉さんに拒絶されても、
和が去っていっても、
まこが来なくなっても、
須賀君がいなくなっても、
優希が姿を消しても、
周囲から孤立しても。
ただ諦めるように衰弱していくだけだった咲が。
私の事だけは諦めきれずに、
恥も外聞もかなぐり捨てて泣き喚いている!
その事実は、気が違ってしまうほどの
暴力的な快感を私にもたらした。
快感は私の中をうねりながら蹂躙し、
肉をどろどろに溶かしきって、
それでもまだ収まりきらず。
幾度となく目の前がちかちかと点滅し、
足ががくがくと痙攣し、
思わずへたり込んでしまいそうになる。
私が息を整えて、平静を装って
咲に声をかけられるようになるまでに、
ゆうに十数分もの時間が必要だった。
--------------------------------------------------------
こうして咲は、完全に私のものになった。
私と一緒に居られない間は、
私の部屋で、私のために家事をして、
私の事だけを考えて時間を潰す。
私と一緒に居る時は、
これ以上の幸せはないと言わんばかりに、
蕩けそうな笑顔を私に向ける。
「本当に幸せそうねぇ」
「はい、部長のおかげです!」
「部長が、私に教えてくれましたから」
「部長しかいらないって考えれば、
何もかもがうまくいくって!」
にこにこと楽しそうに話しながら、
愛妻料理をお皿に取り分ける咲。
果たして咲は、自分の人生を狂わせたのが
私だと知ったら、どんな反応を見せるのかしら?
私は少し興味がわいて、
最悪の事実を種明かししてみることにした。
「ねぇ咲。今まで咲は、
いろんなことで苦しんできたわよね」
「…はい?」
「それ…全部私が仕向けた事だったとしたら、
咲はどうする?」
「…えと、何の事ですか?」
話の切り替えが急すぎて、ついてこれない咲。
とはいえ、さすがの私もじっくりと
説明する勇気はないんだけど。
「だから…麻雀部が崩壊して
私以外いなくなっちゃった一連の流れについて、
全部私が裏で手を引いてたとしたらって話よ」
「…それは、ありえませんよ」
「どうしてそう思うの?」
「だって、あれって結局、
私が決勝で負けたのが始まりですし」
あくまで自分が悪いという姿勢を崩さない咲。
なんでこの子は、自分をそこまで傷つけるのかしら?
「もしよ、もし」
「…そうですね。逆に聞きたいんですけど、
もしそうだとしたら、
部長はなんでそんな事をしたんですか?」
「咲に、私だけを見てほしかったから、かな?」
私の回答を聞いて咲は、途端に目を輝かせて、
溢れんばかりの笑顔を浮かべた。
「えへへ…だとしたら、すごくうれしいです!」
「あんなにつらい目にあったのに?」
「だって…それだけ私の事を
好きでいてくれたって事じゃないですか」
「あはは…咲、あなた狂ってるわ」
二人で明るく笑いあう。
それにしても、結構な爆弾発言をしたつもりだったのに、
団欒の一ネタ程度で終わってしまうとは。
「あ、そういえば部長」
「なに?」
「そろそろ、新しいバージョンが欲しいです」
「あー、音声?」
「はい」
「確かに、私もそろそろ物足りなくなってきたのよね」
「じゃあ、これから作りませんか?」
咲は甘えた声ですり寄ってくると、
ICレコーダーの再生ボタンをオンにした。
まだ一介の学生に過ぎない私は、
独力で咲を養うほどの経済力はない。
だから、会えない時間は
相手の声を吹き込んだ音声データで
寂しさを紛らわす事にしている。
「ふふ…好きよ、咲」
「えへへ…私も好きです」
「じゃあ、いつものあれ、言ってくれる?」
「はい…私は、部長以外何もいりません」
「よくできました♪
私も、咲以外は何もいらないわ!」
「部長…」
「咲…」
ちゅっ…
時々、録音に音声とは別の、
お互いの舌が絡み合うような
湿り気のある水音が混ざってしまったりするけど。
こうして、もう何十本目になるかわからない
音声データが新しく作成された。
これがあれば、明日は咲を恋しがらずにすみそう。
あはは、咲の事を狂ってる狂ってるって言う私だけど、
これって私も狂っちゃってるわよね?
ま、二人とも狂ってるなら、
釣り合いが取れてその方がいいけれど。
これからも、あなたの全てを、私にちょうだい?
私も、あなたに全部あげるから。
(完)
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/105653822
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
http://blog.sakura.ne.jp/tb/105653822
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
懺悔していた咲を見て冷静、という訳ではなかったですね。完全に逆の理由でしたけど(笑)
リクエスト受け大感謝です!m(__)m
というかそういう役どころが似合いすぎる
ヤバイなぁ
咲が、ゆっくりと久に依存していく展開は本当に大好きなので、今後もこんなドロドロした奴(男なしだったら
もっとドロドロでもええんやで?)をよろしくお願いします。
音声は部長が咲に聴かせてたと思ったけど二人で録音してたんだね
いつも最後のエピローグが工夫されてて楽しみだったりします
咲さんが一定のラインより病みると部長の黒さも含めて受け入れるというヤンデレ最終形態(洗脳状態?)が底の見えない真っ黒な闇でドキドキします。
あ、久さんお誕生日おめでとうございます!
きっと咲さんと素敵な日を
過ごされたことでしょう(病目)
冷静じゃなかった>
久「あの時の咲には本当にゾクゾクしたわ」
咲「本当にドSですよね…」
役どころ似合いすぎ>
久「趣味、暗躍」
咲「割と冗談じゃなさそうなのが…」
ドロドロ>
久「さじ加減がよくわからないのよね…
これってドロドロなのかしら」
咲「まだ余地はあるかもしれませんね」
二人で録音>
久「お互いにボイスレコーダーを持って、
相手の声を交互に吹きこんでるの」
咲「一人で居る時のお供です」
らしさ>
咲「当事者以外は必要以上に原作から
逸脱しないようにしてます」
久「誰これ?っていうのは避けたいからね」
誕生日>
咲「おめでとうございます」
久「ありがとう!すっかり忘れてたわ!」