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【咲SS:豊白】白望「遠野心中」【心中】
<あらすじ>
雪深い季節に遠野で起きた心中物語。
<登場人物>
姉帯豊音,小瀬川白望,臼沢塞,熊倉トシ,エイスリンウィッシュアート,鹿倉胡桃
<症状>
特になし
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・冬に旅館で温泉やらを楽しんだ後
雪の山で心中をはかる二人(豊白)≪シリアス≫
※若干リクエストとずれますが、
迎える結末に大差はありません。ご注意を。
※臼沢塞。
--------------------------------------------------------
雪深い山奥の小さな旅館。
そこに辿りつくことができた私達は、
靴についた雪を払い落としながら、
思わず安堵のため息をついた。
「ふぅ、旅館があって助かったよー。
あのままだったら私達普通に凍死してたよー」
心底ほっとしたように笑顔を見せるトヨネ。
雪道の行軍は相当堪えたらしい。
「私は迷ってからが真価を発揮する…
だからこれもむしろ必然といっても
いいのではないだろうか」
「あはは、シロが珍しくポジティブだー。
まあでも、こんな山奥の旅館なんて、
むしろ迷わないと来れないよねー」
とはいえ、こんなダルいことになってしまったのは、
間違いなく私が原因だった。
こんなことなら、ダルがらずにちゃんと
事前に下調べしておくんだった。
私と違って常にポジティブなトヨネは、
ハイテンションで辺りをキョロキョロと見回した。
ローテンションは私は、
最小限の動作で館内を把握すべく
旅館案内に目を通す。
…むむ、これは僥倖。
「素晴らしい。この旅館、温泉があるみたいだ…」
「え!?ホント!?
すごいすごい!!至れり尽くせりだよー!!」
キャッキャと地響きを立てながら喜び跳ねるトヨネ。
あまりの振動に、床が抜けないかと若干心配になった。
でも、トヨネが跳ねる気持ちもよくわかる。
寒い中をずっと歩いてきたのだから。
私も、じっくりと温泉に浸かって体を温めたい。
私はさっそく手拭いとタオルを準備して、
温泉に直行することにした。
「いざ行かん山奥の秘湯に」
「ちょ、ちょっと待ってよシロー!?
アグレッシブすぎだよー!
私まだ準備できてないよー!」
--------------------------------------------------------
かぽーん…
「ふわぁぁ…生き返るよぉー…」
「…これは沁みる…」
私達は二人して、感極まった声をあげた。
雪深い山奥で入る、少し熱めの露天風呂。
雪がパラパラ降り注ぐ中でも熱さを保つそれは、
真っ白な濁り湯だった。
行軍の途中で負った傷にお湯がしみる。
でも、そのじんじんと疼く痛みさえ
心地よく感じた。
「このお湯、真っ白でシロみたいだねー」
「今ならこのお湯と同化できるかもしれない…」
ぶくぶく。
「溶けちゃダメだよー!?」
深呼吸して目を閉じる。冷えきった体に、
温泉の優しい温かさがじんわりと浸透していく。
染み渡っていく多幸感。
「……」
思わず目尻に涙が浮かんだ。
そんな私の様子を知ってか知らずか、
トヨネはしんみりとした声で私に話しかける。
「シロ…ありがとね」
「…なに、急に」
「えへへ、だって、私が温泉行きたいって言ってたの、
叶えてくれたでしょー」
「…迷った末に辿りついた宿だから、
別に私のおかげじゃないけどね」
「それでも、言っておきたいんだよー」
「シロ…ありがと…」
「…どういたしまして」
なんとも奇妙なやり取りをかわしながら、
私はもう一度目を閉じた。
ああ、本当に、あたたかい。
--------------------------------------------------------
長風呂を楽しんでから部屋に戻ると、
そこにはすでに料理が用意されていた。
それも小さな宿にもかかわらず、
貴族の晩餐もかくやと言わんばかりの豪華な食事。
しかし、何より私達の目をひいたのは…
「し、シロ!お酒だよ!これはお酒の匂いだよー!」
「…ペロッ。これは確かにお酒」
「えぇ!?舐めて確かめちゃダメだよ!?
私達未成年だよー!?」
トヨネがあわてて私をたしなめる。
とはいえ、トヨネも興味津々で。
おっかなびっくり目をそらしながらも、
ちらちらとお酒を気にしている。
「出された以上飲まないのはむしろ失礼。
ここは一思いに飲んでしまうべきだ」
「うぅ、でも…」
「……」
「…トヨネが飲まなかったお酒は、
自らの使命を果たすことはできず、
ただ汚れた水として下水道を流れていくことになった」
「や、やめてよー!そういうのズルイよー!」
「でも、飲まないと実際そうなるけど?」
「う、う、うー…」
「わ、わかったよー!女は度胸だよー!
私は今日、大人の階段を上っちゃうよー!」
「乾杯」
「えぇ!?あれだけ煽ったんだから
せめてノッてよシロ!!」
いちいち反応が可愛いトヨネを振り回しながら、
私はお猪口をぐいとあおった。
うむ、美味い。
そんな私の様子を見て、あわててトヨネが真似をする。
そして、一口飲み込んで…
「にゃははははー」
壊れた。
「あははー、これ、熱くてかーっとして
もわっとして気持ち悪いー!
もう一杯ー!」
「トヨネ…私が悪かった。
果てしなくダルいことになりそうだから
もうやめておこう」
すかさずトヨネからお酒を取り上げる。
もし、トヨネがお酒でダウンしてしまったら、
私にはそれを介抱する筋力はない。
お酒を取り上げられたトヨネは、
でもさして気にすることもなく、
ハイテンションでごちそうに舌鼓を打った。
「うわー、これおいしいよー!
こんなホロホロしたお魚食べたの初めてかもー!」
「こっちもおいしい!素材の味が生きてるよー!
何を使ってるかわからないけどー!」
「それ、つまりよくわからない味ってことだよね」
終始笑顔のトヨネ。喜んでくれたようで何よりだ。
私は一人満足しながら、はしゃぐトヨネを肴にしつつ、
お猪口をくいと傾けた。
--------------------------------------------------------
温泉、食事、お酒とくれば…
旅館でやることなんて、もう後は一つしかない。
そう、言うまでもなく…寝ることだ。
ご飯を食べて、もう一度お風呂に入ってきた私達。
戻ってきた私達を出迎えたのは、
一組だけ敷かれた分厚い布団だった。
もちろん、ご丁寧にまくらは二つ用意されている。
「こ、こ、こ…これは……!」
顔を真っ赤に染めながら、
トヨネが感嘆の声をあげる。
そう、これはまさしく…そういうことなのだろう。
「じゃあ、寝ようか」
「動揺なしー!?」
迷うことなく布団に入る私に、
とまどいを隠せないトヨネ。
布団があるところに私あり。
動揺なんてするわけがない。
「し、シロはもうちょっと躊躇しようよー!」
「これ、明らかにちょっとエッチだよー!?」
顔を指で隠しながらこぼすトヨネ。
それを口に出してしまう方がよほどどうかと思うけど。
まあその方がこちらもやりやすい。
「トヨネ。言っておくけど、私はここでトヨネをもらう」
「えぇ!?」
「このチャンスを逃すのはダルい。
次があるかわからない」
「えぇー!?も、もうちょっと
ムードを大切にしてよー!?」
頭からぷしゅーっと湯気を立てながら
抗議の声をあげるトヨネ。
もっともそれを意に介さず、
私はトヨネに襲い掛かった。
「ちょっ…シロっ…シロってばぁ…」
「…ダル」
私はトヨネを押し倒し、
そのまま二人で布団をかぶる。
一度入ってしまえばこちらのものだ。
トヨネは、結局抵抗しなかった。
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--------------------------------------------------------
「……」
私は、永い、永い眠りから覚めた。
温かい布団は純白の雪に変わった。
木製だった天井は満天の星空に変わった。
ふと横を見やる。
真っ白な雪に身体の大半を覆われたトヨネが目に入った。
あちこちに痛ましい傷をこさえ、
今にも息絶えそうなトヨネが。
そんなトヨネを見て、
私は全てを思い出した。
ああ、そうか…今までのは全て夢。
いまわの際に見た、たったひと時のはかない夢。
でも、本当の私達は…
『村から逃げ出して、死にかけてるんだった』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
ことの起こりは、一足早い卒業旅行。
みんなと行く旅行とは別に、
二人きりでゆっくりしようという
トヨネの提案から始まった。
豊音『ね、いいでしょシロ?
たまには二人きりでしっぽりしようよー』
白望『却下…旅行二回は、正直ダルい』
豊音『えぇー!?彼女との初旅行を
ダルいとか言っちゃうのー!?』
白望『ダルいものはダルい』
豊音『そこをなんとかー』
私はダルがって却下した。
テーマパークで足が棒になるまで歩き回るなんて、
もはや私には拷問だ。
そんなダルい行動を、短期間に二度なんて
絶対にやりたくない。
なんて思っていた私だが、
トヨネがしたある提案にひかれて
前言を撤回することにした。
豊音『ねーシロー。私、温泉に行きたいんだよー。
シロだって温泉好きでしょー?』
白望『!温泉…悪くない』
豊音『!でしょー!?私の故郷に、
とってもいい温泉があるんだよー!』
豊音『お湯が真っ白でね、シロみたいなんだー!!』
白望『白骨温泉?』
豊音『そういう名のある温泉じゃないけど、
お肌はツルツルになるよー?』
豊音『事前に顔を見せておくと
引っ越す時にも受けがいいだろうし、行こうよー』
白望『…ご家族訪問はダルいけど、
温泉とあらば仕方がない…』
温泉。
その甘美な響きに魅せられて、
私はつい卒業旅行に同意してしまった。
この時私は、このちょっとした思い付きが
私達を破滅に追い込むなんて考えもしなかった。
--------------------------------------------------------
私達と村の人たちの温度差はすさまじいものだった。
村の人達はトヨネのことを許さなかった。
村の外の人間と結ばれた上、
よりによってその相手は女。
つまりそれは、次世代が
まったく期待できないことを意味している。
この村に年頃の女性は、
もうトヨネしかいなかったのに。
私達は即座に別れることを要求された。
もちろん私はつっぱねた。
いさかいを起こすのはダルいけど…
トヨネの意思より村を優先する人間の未来なんて、
私の知ったことではない。
--------------------------------------------------------
村の人間は考え直したようだった。
そう、女同士で結ばれてそのせいで
子孫が生まれないと考えるのではなく。
子を産める雌がもう一匹増えたのだと。
村の人間は豹変した。
それまで親しくつきあっていた人間の変わりように、
トヨネは大きくショックを受けたようだった。
私達はその身一つで逃げ出した。
温泉?そんな余裕あるはずない。
ただひたすら、わき目もふらず逃げ出した。
--------------------------------------------------------
「はっ!はっ!はっ!はっ!」
泣きじゃくるトヨネの手を握り、
道なき道をひた走る。
もっとも雪が私たちをはばみ、
実際には『走る』と表現できるほどの
速度は出ていないけど。
それでも私達は走り続ける。
日々散々ダルいと言い続けた私が、
面倒事から逃げ続けてきた私が。
ただ生きるためだけに、
全力疾走する羽目になるとは思わなかった。
でも、ダルがってはいられない。
ここで捕まれば、死ぬより悲惨なことになる。
愛する人が、凌辱されて家畜にされる。
それは自分が犯されて死ぬよりもずっとダルい。
「……」
ふと、自分が置かれた理不尽な立場に怒りがわいた。
ただ、私はトヨネを愛しただけなのに。
愛を貫くのが、
こんなに難しいなんて知らなかった。
好きな人を好きということが、
こんなに難しいなんて知らなかった。
でも、今さらそんなことを言っても仕方がない。
私はいざという時のために。
一人立ちはだかって、無残に犯される覚悟を決めた。
--------------------------------------------------------
村のみんなが追ってくる。
私達を捕まえようと追ってくる。
あの優しかった人たちが。
いつも笑顔を見せてくれてた人たちが。
まるで鬼に取りつかれたかのように豹変して、
私を取り返そうとやってくる。
こわかった。捕まったらどうなるんだろう。
殺されるだけかな?
ううん、そんなにあまくはないよね。
やっぱり拷問されちゃうのかな?
見せしめに村の人全員に犯されちゃうのかな?
私は、あふれる涙をそのままに、
いつでも舌を噛み切れる覚悟を整え始めた。
--------------------------------------------------------
本当の事を言おう。
大の男大勢と小娘二人。
地の利を得て、交通網すら抑えている村全員と、
己の足のみをたよりに逃げる女二人。
逃げ切れるはずがなかった。
逃げる前からわかりきっていた。
私達の足は自然と崖へと向かっていた。
もっとも、そうしなければ車で追われて
あっさり終わっていたのは事実なのだけれど。
その先は行き止まりなのに。
そこに、生きる道は残されていないのに。
私達は崖へと向かっていた。
私達は、最初から生きることを
諦めてしまっていたのかもしれない。
--------------------------------------------------------
私達は崖に追いつめられていた。
ううん、違うんだ。私達は逃げ切った。
だって捕まるくらいなら、私達は身を投げる。
そうすれば、村のみんなはもう私達に手を出せない。
だから、私達は逃げ切ったんだ。
だから…シロ。
そんな悲しい顔しなくていいんだよ?
シロ。笑顔を見せて。
私達は逃げ切ったんだよ。
二人で一緒に逝けるんだよ。
だから、最期に。どうか。笑って。
--------------------------------------------------------
ダルい。
愛する人を、
自ら殺さないといけないなんて。
ダルい。
愛する人に、
生きる道を与えてあげられないなんて。
ごめん、全部、私のせいだ。
私が、トヨネを守れなかったから。
ごめん。
--------------------------------------------------------
ううん、私が悪いんだよ。
私が、普通の子だったら。
シロを、こんな風に苦しめなくてすんだのに。
シロを、死なせずにすんだのに。
私の方こそごめんなさい。
でも、一緒に死ねてうれしいよ。
--------------------------------------------------------
…いこう。
うん。
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塞「え…モノクルが…割れてる!?」
--------------------------------------------------------
ああ、これで私の人生は終わりか。
短かったな。
まあ、長く生きるのもダルいから
これでよかったのかもしれない。
でも、せめて最後に…
トヨネを、温泉に連れて行ってあげたかったな…
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--------------------------------------------------------
『あ、あいつら身を投げたぞ!?』
『…わかりきっとったことじゃろう…
ここで素直に捕まるくらいなら、
最初から逃げたりせんわ…』
『…ああ、わしらはなんてことを…
わしらは、せっかくの未来の芽を…
自分たちで摘んじまった』
『アホぬかせ!女二人でくっついて、
その後どんな未来が待っとるんだ!』
『どっちにしろ、結果は同じだ。
もう、俺たちの村は終わった』
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そして、幸せな夢から覚めて今に至る。
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身を投げた先は、一面の銀世界だった。
降り積もる雪がクッションになって、
私達は一命だけはとりとめた。
銀世界。
そこは、私達を襲う人がいない静寂の世界。
でもそれは同時に、私達が
結局助からないことも意味している。
私は傍らのトヨネに問いかけた。
「トヨネ…動ける?」
私の呼びかけに、トヨネは少しだけ目を開く。
でも、その目はどこか虚ろで、
まどろんでいるようだった。
「ちょっとは…」
「でも…うごいて…どうするの……?」
「もう、ねむいよ……」
「このまま…ねちゃおうよー……」
うとうとと目をしばたたかせながら
間延びした声で答えるトヨネ。
「寒いのは…ダルい…くっつこう」
「…さんせいー……」
怪我で言うことを聞かない体を無理矢理動かして、
私達は寄り添った。
分厚い外套に阻まれて、トヨネの体温は感じられない。
でも、心は温かくなった気がした。
ああ、でも、あの温泉が恋しい。そう思った時、
トヨネが思い出したかのようにつぶやいた。
「おんせん…あったかかったね…」
「…トヨネ…?」
「『あれ』、シロのおかげなんだよね…」
「……」
「……うん」
「ごめん、こんな連れて行き方しかできなくて」
「えへへ…わたしは、うれしかったよー…」
「もう、シロには、あげられないかと
おもってたから…うれしいよー……」
そう言って、トヨネはくしゃりと笑う。
違う、それはただの夢に過ぎない。
現実の私達は、ただ無残に
雪の上に転がっていただけだ。
でも、そんなことを。
今のトヨネに言うことなんてできない。
「シロ…さいごに…おもいでを…ありがとう…」
「……」
「ごめんねー……」
「わたしの…せいでっ……」
「ごめんっ…ねっ……」
トヨネの目に涙が浮かぶ。
私は、トヨネの頬に顔を寄せて、
トヨネの涙を舌ですくった。
冷たい肌の上に浮かぶトヨネの涙は、
まだ温かかった。
「ダルいから…泣かないで…」
「あはは…」
「さいごっ…まで…それなんだーっ…」
「シロ、らしいよー……」
私の言葉に、トヨネは泣きながらくすりと笑った。
そう、それでいい。
最期は笑顔で一緒に逝こう。
私達は固く抱き合って、
お互いに目配せした後に口づける。
意識がゆっくりと薄らいでいく。
身体の感覚がなくなって、
トヨネと一つになっていく。
どうやら、お迎えの時間が来たらしい。
私は最期に、まだ見ぬ来世に願いを籠める。
ああ、せめて来世では
トヨネが祝福の声の中、
愛する人と幸せに結ばれますように
--------------------------------------------------------
雪が、私達を覆い尽くした。
(完)
雪深い季節に遠野で起きた心中物語。
<登場人物>
姉帯豊音,小瀬川白望,臼沢塞,熊倉トシ,エイスリンウィッシュアート,鹿倉胡桃
<症状>
特になし
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・冬に旅館で温泉やらを楽しんだ後
雪の山で心中をはかる二人(豊白)≪シリアス≫
※若干リクエストとずれますが、
迎える結末に大差はありません。ご注意を。
※臼沢塞。
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雪深い山奥の小さな旅館。
そこに辿りつくことができた私達は、
靴についた雪を払い落としながら、
思わず安堵のため息をついた。
「ふぅ、旅館があって助かったよー。
あのままだったら私達普通に凍死してたよー」
心底ほっとしたように笑顔を見せるトヨネ。
雪道の行軍は相当堪えたらしい。
「私は迷ってからが真価を発揮する…
だからこれもむしろ必然といっても
いいのではないだろうか」
「あはは、シロが珍しくポジティブだー。
まあでも、こんな山奥の旅館なんて、
むしろ迷わないと来れないよねー」
とはいえ、こんなダルいことになってしまったのは、
間違いなく私が原因だった。
こんなことなら、ダルがらずにちゃんと
事前に下調べしておくんだった。
私と違って常にポジティブなトヨネは、
ハイテンションで辺りをキョロキョロと見回した。
ローテンションは私は、
最小限の動作で館内を把握すべく
旅館案内に目を通す。
…むむ、これは僥倖。
「素晴らしい。この旅館、温泉があるみたいだ…」
「え!?ホント!?
すごいすごい!!至れり尽くせりだよー!!」
キャッキャと地響きを立てながら喜び跳ねるトヨネ。
あまりの振動に、床が抜けないかと若干心配になった。
でも、トヨネが跳ねる気持ちもよくわかる。
寒い中をずっと歩いてきたのだから。
私も、じっくりと温泉に浸かって体を温めたい。
私はさっそく手拭いとタオルを準備して、
温泉に直行することにした。
「いざ行かん山奥の秘湯に」
「ちょ、ちょっと待ってよシロー!?
アグレッシブすぎだよー!
私まだ準備できてないよー!」
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かぽーん…
「ふわぁぁ…生き返るよぉー…」
「…これは沁みる…」
私達は二人して、感極まった声をあげた。
雪深い山奥で入る、少し熱めの露天風呂。
雪がパラパラ降り注ぐ中でも熱さを保つそれは、
真っ白な濁り湯だった。
行軍の途中で負った傷にお湯がしみる。
でも、そのじんじんと疼く痛みさえ
心地よく感じた。
「このお湯、真っ白でシロみたいだねー」
「今ならこのお湯と同化できるかもしれない…」
ぶくぶく。
「溶けちゃダメだよー!?」
深呼吸して目を閉じる。冷えきった体に、
温泉の優しい温かさがじんわりと浸透していく。
染み渡っていく多幸感。
「……」
思わず目尻に涙が浮かんだ。
そんな私の様子を知ってか知らずか、
トヨネはしんみりとした声で私に話しかける。
「シロ…ありがとね」
「…なに、急に」
「えへへ、だって、私が温泉行きたいって言ってたの、
叶えてくれたでしょー」
「…迷った末に辿りついた宿だから、
別に私のおかげじゃないけどね」
「それでも、言っておきたいんだよー」
「シロ…ありがと…」
「…どういたしまして」
なんとも奇妙なやり取りをかわしながら、
私はもう一度目を閉じた。
ああ、本当に、あたたかい。
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長風呂を楽しんでから部屋に戻ると、
そこにはすでに料理が用意されていた。
それも小さな宿にもかかわらず、
貴族の晩餐もかくやと言わんばかりの豪華な食事。
しかし、何より私達の目をひいたのは…
「し、シロ!お酒だよ!これはお酒の匂いだよー!」
「…ペロッ。これは確かにお酒」
「えぇ!?舐めて確かめちゃダメだよ!?
私達未成年だよー!?」
トヨネがあわてて私をたしなめる。
とはいえ、トヨネも興味津々で。
おっかなびっくり目をそらしながらも、
ちらちらとお酒を気にしている。
「出された以上飲まないのはむしろ失礼。
ここは一思いに飲んでしまうべきだ」
「うぅ、でも…」
「……」
「…トヨネが飲まなかったお酒は、
自らの使命を果たすことはできず、
ただ汚れた水として下水道を流れていくことになった」
「や、やめてよー!そういうのズルイよー!」
「でも、飲まないと実際そうなるけど?」
「う、う、うー…」
「わ、わかったよー!女は度胸だよー!
私は今日、大人の階段を上っちゃうよー!」
「乾杯」
「えぇ!?あれだけ煽ったんだから
せめてノッてよシロ!!」
いちいち反応が可愛いトヨネを振り回しながら、
私はお猪口をぐいとあおった。
うむ、美味い。
そんな私の様子を見て、あわててトヨネが真似をする。
そして、一口飲み込んで…
「にゃははははー」
壊れた。
「あははー、これ、熱くてかーっとして
もわっとして気持ち悪いー!
もう一杯ー!」
「トヨネ…私が悪かった。
果てしなくダルいことになりそうだから
もうやめておこう」
すかさずトヨネからお酒を取り上げる。
もし、トヨネがお酒でダウンしてしまったら、
私にはそれを介抱する筋力はない。
お酒を取り上げられたトヨネは、
でもさして気にすることもなく、
ハイテンションでごちそうに舌鼓を打った。
「うわー、これおいしいよー!
こんなホロホロしたお魚食べたの初めてかもー!」
「こっちもおいしい!素材の味が生きてるよー!
何を使ってるかわからないけどー!」
「それ、つまりよくわからない味ってことだよね」
終始笑顔のトヨネ。喜んでくれたようで何よりだ。
私は一人満足しながら、はしゃぐトヨネを肴にしつつ、
お猪口をくいと傾けた。
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温泉、食事、お酒とくれば…
旅館でやることなんて、もう後は一つしかない。
そう、言うまでもなく…寝ることだ。
ご飯を食べて、もう一度お風呂に入ってきた私達。
戻ってきた私達を出迎えたのは、
一組だけ敷かれた分厚い布団だった。
もちろん、ご丁寧にまくらは二つ用意されている。
「こ、こ、こ…これは……!」
顔を真っ赤に染めながら、
トヨネが感嘆の声をあげる。
そう、これはまさしく…そういうことなのだろう。
「じゃあ、寝ようか」
「動揺なしー!?」
迷うことなく布団に入る私に、
とまどいを隠せないトヨネ。
布団があるところに私あり。
動揺なんてするわけがない。
「し、シロはもうちょっと躊躇しようよー!」
「これ、明らかにちょっとエッチだよー!?」
顔を指で隠しながらこぼすトヨネ。
それを口に出してしまう方がよほどどうかと思うけど。
まあその方がこちらもやりやすい。
「トヨネ。言っておくけど、私はここでトヨネをもらう」
「えぇ!?」
「このチャンスを逃すのはダルい。
次があるかわからない」
「えぇー!?も、もうちょっと
ムードを大切にしてよー!?」
頭からぷしゅーっと湯気を立てながら
抗議の声をあげるトヨネ。
もっともそれを意に介さず、
私はトヨネに襲い掛かった。
「ちょっ…シロっ…シロってばぁ…」
「…ダル」
私はトヨネを押し倒し、
そのまま二人で布団をかぶる。
一度入ってしまえばこちらのものだ。
トヨネは、結局抵抗しなかった。
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「……」
私は、永い、永い眠りから覚めた。
温かい布団は純白の雪に変わった。
木製だった天井は満天の星空に変わった。
ふと横を見やる。
真っ白な雪に身体の大半を覆われたトヨネが目に入った。
あちこちに痛ましい傷をこさえ、
今にも息絶えそうなトヨネが。
そんなトヨネを見て、
私は全てを思い出した。
ああ、そうか…今までのは全て夢。
いまわの際に見た、たったひと時のはかない夢。
でも、本当の私達は…
『村から逃げ出して、死にかけてるんだった』
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ことの起こりは、一足早い卒業旅行。
みんなと行く旅行とは別に、
二人きりでゆっくりしようという
トヨネの提案から始まった。
豊音『ね、いいでしょシロ?
たまには二人きりでしっぽりしようよー』
白望『却下…旅行二回は、正直ダルい』
豊音『えぇー!?彼女との初旅行を
ダルいとか言っちゃうのー!?』
白望『ダルいものはダルい』
豊音『そこをなんとかー』
私はダルがって却下した。
テーマパークで足が棒になるまで歩き回るなんて、
もはや私には拷問だ。
そんなダルい行動を、短期間に二度なんて
絶対にやりたくない。
なんて思っていた私だが、
トヨネがしたある提案にひかれて
前言を撤回することにした。
豊音『ねーシロー。私、温泉に行きたいんだよー。
シロだって温泉好きでしょー?』
白望『!温泉…悪くない』
豊音『!でしょー!?私の故郷に、
とってもいい温泉があるんだよー!』
豊音『お湯が真っ白でね、シロみたいなんだー!!』
白望『白骨温泉?』
豊音『そういう名のある温泉じゃないけど、
お肌はツルツルになるよー?』
豊音『事前に顔を見せておくと
引っ越す時にも受けがいいだろうし、行こうよー』
白望『…ご家族訪問はダルいけど、
温泉とあらば仕方がない…』
温泉。
その甘美な響きに魅せられて、
私はつい卒業旅行に同意してしまった。
この時私は、このちょっとした思い付きが
私達を破滅に追い込むなんて考えもしなかった。
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私達と村の人たちの温度差はすさまじいものだった。
村の人達はトヨネのことを許さなかった。
村の外の人間と結ばれた上、
よりによってその相手は女。
つまりそれは、次世代が
まったく期待できないことを意味している。
この村に年頃の女性は、
もうトヨネしかいなかったのに。
私達は即座に別れることを要求された。
もちろん私はつっぱねた。
いさかいを起こすのはダルいけど…
トヨネの意思より村を優先する人間の未来なんて、
私の知ったことではない。
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村の人間は考え直したようだった。
そう、女同士で結ばれてそのせいで
子孫が生まれないと考えるのではなく。
子を産める雌がもう一匹増えたのだと。
村の人間は豹変した。
それまで親しくつきあっていた人間の変わりように、
トヨネは大きくショックを受けたようだった。
私達はその身一つで逃げ出した。
温泉?そんな余裕あるはずない。
ただひたすら、わき目もふらず逃げ出した。
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「はっ!はっ!はっ!はっ!」
泣きじゃくるトヨネの手を握り、
道なき道をひた走る。
もっとも雪が私たちをはばみ、
実際には『走る』と表現できるほどの
速度は出ていないけど。
それでも私達は走り続ける。
日々散々ダルいと言い続けた私が、
面倒事から逃げ続けてきた私が。
ただ生きるためだけに、
全力疾走する羽目になるとは思わなかった。
でも、ダルがってはいられない。
ここで捕まれば、死ぬより悲惨なことになる。
愛する人が、凌辱されて家畜にされる。
それは自分が犯されて死ぬよりもずっとダルい。
「……」
ふと、自分が置かれた理不尽な立場に怒りがわいた。
ただ、私はトヨネを愛しただけなのに。
愛を貫くのが、
こんなに難しいなんて知らなかった。
好きな人を好きということが、
こんなに難しいなんて知らなかった。
でも、今さらそんなことを言っても仕方がない。
私はいざという時のために。
一人立ちはだかって、無残に犯される覚悟を決めた。
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村のみんなが追ってくる。
私達を捕まえようと追ってくる。
あの優しかった人たちが。
いつも笑顔を見せてくれてた人たちが。
まるで鬼に取りつかれたかのように豹変して、
私を取り返そうとやってくる。
こわかった。捕まったらどうなるんだろう。
殺されるだけかな?
ううん、そんなにあまくはないよね。
やっぱり拷問されちゃうのかな?
見せしめに村の人全員に犯されちゃうのかな?
私は、あふれる涙をそのままに、
いつでも舌を噛み切れる覚悟を整え始めた。
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本当の事を言おう。
大の男大勢と小娘二人。
地の利を得て、交通網すら抑えている村全員と、
己の足のみをたよりに逃げる女二人。
逃げ切れるはずがなかった。
逃げる前からわかりきっていた。
私達の足は自然と崖へと向かっていた。
もっとも、そうしなければ車で追われて
あっさり終わっていたのは事実なのだけれど。
その先は行き止まりなのに。
そこに、生きる道は残されていないのに。
私達は崖へと向かっていた。
私達は、最初から生きることを
諦めてしまっていたのかもしれない。
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私達は崖に追いつめられていた。
ううん、違うんだ。私達は逃げ切った。
だって捕まるくらいなら、私達は身を投げる。
そうすれば、村のみんなはもう私達に手を出せない。
だから、私達は逃げ切ったんだ。
だから…シロ。
そんな悲しい顔しなくていいんだよ?
シロ。笑顔を見せて。
私達は逃げ切ったんだよ。
二人で一緒に逝けるんだよ。
だから、最期に。どうか。笑って。
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ダルい。
愛する人を、
自ら殺さないといけないなんて。
ダルい。
愛する人に、
生きる道を与えてあげられないなんて。
ごめん、全部、私のせいだ。
私が、トヨネを守れなかったから。
ごめん。
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ううん、私が悪いんだよ。
私が、普通の子だったら。
シロを、こんな風に苦しめなくてすんだのに。
シロを、死なせずにすんだのに。
私の方こそごめんなさい。
でも、一緒に死ねてうれしいよ。
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…いこう。
うん。
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塞「え…モノクルが…割れてる!?」
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ああ、これで私の人生は終わりか。
短かったな。
まあ、長く生きるのもダルいから
これでよかったのかもしれない。
でも、せめて最後に…
トヨネを、温泉に連れて行ってあげたかったな…
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『あ、あいつら身を投げたぞ!?』
『…わかりきっとったことじゃろう…
ここで素直に捕まるくらいなら、
最初から逃げたりせんわ…』
『…ああ、わしらはなんてことを…
わしらは、せっかくの未来の芽を…
自分たちで摘んじまった』
『アホぬかせ!女二人でくっついて、
その後どんな未来が待っとるんだ!』
『どっちにしろ、結果は同じだ。
もう、俺たちの村は終わった』
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そして、幸せな夢から覚めて今に至る。
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身を投げた先は、一面の銀世界だった。
降り積もる雪がクッションになって、
私達は一命だけはとりとめた。
銀世界。
そこは、私達を襲う人がいない静寂の世界。
でもそれは同時に、私達が
結局助からないことも意味している。
私は傍らのトヨネに問いかけた。
「トヨネ…動ける?」
私の呼びかけに、トヨネは少しだけ目を開く。
でも、その目はどこか虚ろで、
まどろんでいるようだった。
「ちょっとは…」
「でも…うごいて…どうするの……?」
「もう、ねむいよ……」
「このまま…ねちゃおうよー……」
うとうとと目をしばたたかせながら
間延びした声で答えるトヨネ。
「寒いのは…ダルい…くっつこう」
「…さんせいー……」
怪我で言うことを聞かない体を無理矢理動かして、
私達は寄り添った。
分厚い外套に阻まれて、トヨネの体温は感じられない。
でも、心は温かくなった気がした。
ああ、でも、あの温泉が恋しい。そう思った時、
トヨネが思い出したかのようにつぶやいた。
「おんせん…あったかかったね…」
「…トヨネ…?」
「『あれ』、シロのおかげなんだよね…」
「……」
「……うん」
「ごめん、こんな連れて行き方しかできなくて」
「えへへ…わたしは、うれしかったよー…」
「もう、シロには、あげられないかと
おもってたから…うれしいよー……」
そう言って、トヨネはくしゃりと笑う。
違う、それはただの夢に過ぎない。
現実の私達は、ただ無残に
雪の上に転がっていただけだ。
でも、そんなことを。
今のトヨネに言うことなんてできない。
「シロ…さいごに…おもいでを…ありがとう…」
「……」
「ごめんねー……」
「わたしの…せいでっ……」
「ごめんっ…ねっ……」
トヨネの目に涙が浮かぶ。
私は、トヨネの頬に顔を寄せて、
トヨネの涙を舌ですくった。
冷たい肌の上に浮かぶトヨネの涙は、
まだ温かかった。
「ダルいから…泣かないで…」
「あはは…」
「さいごっ…まで…それなんだーっ…」
「シロ、らしいよー……」
私の言葉に、トヨネは泣きながらくすりと笑った。
そう、それでいい。
最期は笑顔で一緒に逝こう。
私達は固く抱き合って、
お互いに目配せした後に口づける。
意識がゆっくりと薄らいでいく。
身体の感覚がなくなって、
トヨネと一つになっていく。
どうやら、お迎えの時間が来たらしい。
私は最期に、まだ見ぬ来世に願いを籠める。
ああ、せめて来世では
トヨネが祝福の声の中、
愛する人と幸せに結ばれますように
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雪が、私達を覆い尽くした。
(完)
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案外このブログの雰囲気にすんなり馴染みそう
村とか風潮とか>
白望「遠野は人を惹きつける何かがある」
豊音「物の怪といい村といい闇が多そうだよー」
リクエスト>
白望「喜んでいただけたようでうれしい」
豊音「ホントはちゃんと心中するはず
だったんだけど、ちょっとずれちゃって
ごめんねー?」
塞「というか、読んだ人ほとんど私に
気づいてない!?」
因習>
塞「いや、実際現代ではここまでひどくないと
思うけどね」
胡桃「ジャスコだってあるし!」
豊音「私の村だけ大正辺りから時が
止まってるよ。このブログにぴったり!」
『あれ』に 行けた のはシロのおかげだと言ってた理由がやっとわかりました……、
何故ほとんど出てない臼沢塞,熊倉トシ,エイスリンウィッシュアート,鹿倉胡桃の4人が登場人物に載ってたのか……そこを考えたら結論にたどりつけました……。
true end……