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【咲SS:一透】一「透華。ボクだけを見てよ」【ヤンデレ】
<あらすじ>
透華は『のどっち』に縛られている。
デジタルに縛られてしまっている。
オカルトが支配するこの世界で、
デジタルなんて何の意味もないのに。
ボクが、助け出してあげるんだ。
ボクの力で、透華を縛りつけることで。
<登場人物>
国広一,龍門渕透華,沢村智紀,井上純,天江衣
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・麻雀で強くなることで和に夢中な透華を
振り向かせようと頑張るけど報われず
病んじゃう国広くんと透華の濃厚な一透
--------------------------------------------------------
今日も透華は、『のどっち』の牌譜を凝視している。
時に歯噛みし、時に感銘を受けながら。
ただひたすら、『のどっち』の牌譜を研究している。
ボクはそれを止めたくて。
今日も、それとなく横槍を入れる。
「はい、透華。お茶入れたよ?」
「ありがとう、はじめ」
「少し休んだら?根つめ過ぎはよくないよ?」
「そうですわね…いただきますわ」
透華は、ボクが用意したティーカップに口をつける。
そのままぐいと飲み干すと、
空になったカップをすぐテーブルに戻した。
そしてまた、牌譜との睨めっこを再開する。
ボクは思わず嘆息した。
「全然休んでないじゃん。休みなよ」
「私(わたくし)からしたら、
彼女の牌譜を見ること自体が
リラクゼーションのようなものですわ」
ふふ、と穏やかな笑みを浮かべる透華。
ボクは肩をすくめながら問いかけた。
「はぁ…一体何がそこまで透華を惹きつけるのさ」
「それはもちろん『美しさ』ですわ!」
「は?」
「彼女の牌譜は、ひどく美しいんですの。
…それが、悔しくもあるんですけどね?」
熱に浮かされたように、
うっとりと恍惚の笑みを浮かべながら、
透華はぼそりとつぶやいた。
「……」
ボクはそんな透華を目の当たりにして、
人知れずぎりぎりと拳を握りしめた。
--------------------------------------------------------
ボクには、『のどっち』の牌譜が持つ、
美しさというものがよくわからない。
確かに効率的な牌譜だとは思う。
牌をツモる度に点数の期待値を即座に再計算し、
最適と思われる打牌をする。
実際それで強いわけだから、すごいもんだと感服する。
でもボクは、彼女の打ち方が嫌いだ。
全てを計算で片付けるその冷たい打ち方が。
一切の感情を排除した、ただ合理性だけを求めた打牌。
彼女の打ち方には、人間味が感じられない。
まるでコンピュータを見ているようでぞっとする。
なのに透華は、そんなものを目指そうとする。
それが、ボクには、たまらなく嫌だった。
透華が好きだ。デジタルに徹しきれない透華が好きだ。
人情味に溢れていて、お嬢様らしくなくて、
愛情に満ち満ちている透華が好きだ。
透華は今のままでいい。
だから透華。『のどっち』なんか目指さないで。
--------------------------------------------------------
「原村和は、『のどっち』かもしれませんわ!」
興奮に声をうわずらせて、早口でまくし立てる透華。
対照的に、ボクは意気消沈した。
「…あっそ」
これまで『のどっち』は、ネット麻雀の世界でのみ
存在する妖精に過ぎなかった。
現実とは交わらない、アイドルのような偶像だった。
それが今、現実の世界に具現して、
ボクの宿敵として立ちはだかる。
それは、とても歓迎できる話ではなかった。
「ふふ…恐怖なさい原村和。
じっくりと、ねぶるように観察させていただきますわ…」
舌なめずりしながら映像の原村さんを凝視する透華。
言葉とは裏腹に、その目はまるで恋する乙女のように
キラキラと輝いている。
それは、ボクにとっては正視に耐えがたい光景で。
ボクの中で、原村さんが敵になった瞬間だった。
--------------------------------------------------------
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
ボクは、原村さんを明確に憎むようになっていた。
もちろん、原村さんに罪はない。
ボクの一方的な逆恨みだ。
わかっていても、嫉妬の炎は消せやしない。
四校同時合宿中、ボクは彼女に付きまとった。
そして、徹底的に彼女を狙い打った。
「リーチ!」
デジタルの化身がなんだ。
そんなものより、ボクの想いの方がはるかに強い。
「ツモ!!」
ボクが原村さんを封殺して、
透華の目を覚まさせるんだ!
結果はボクの4勝1敗。
やった!原村さんに勝った!!
ボクは嬉々として牌譜を透華に見せる。
でも、透華は牌譜を見るなり…
原村さんの打ち筋を分析し始めた。
「…変ですわね…この順目では一見
リャンペーコーが最善のようですけど、
原村和はノータイムでチートイに切り替えている」
「その変化自体は珍しくもありませんけれど…
イーピンの残り枚数が少ないと何を根拠に
判断したのかしら」
「あ、なるほど…河に1枚出ていて、
北家と南家の捨て牌から推測するに、
手に含められている可能性が濃厚ですわね」
「確かにチートイに切り替える方がいいですわね」
「それにしてもこれをノータイムで判断するとは…
さすが原村和、私の宿命のライバルですわ!!」
うんうんと満足げに頷く透華。
なんで?その対局、ボクがトップだったんだよ?
原村さんは3位だったんだよ?
「ね、ねぇ、透華…ボク、その対局トップだったんだ」
「さすがはじめですわ。私も主として鼻が高いですわ!」
「え、えへへ…ま、まあそれはいいんだけどさ。
それでも、3位だった原村さんの研究をするの?」
「…?半荘数回では真の強さなんてとても測れませんわ。
はじめもそれは重々承知でしょう?」
「でも、打ち筋は違いますわ。例え負けようとも、
彼女の哲学はそこに確かに存在する」
「ごらんなさいな、この順目のリーチに対する
完璧なオリを……美しい、敵ながらあっぱれですわ!」
原村さんの牌譜を指差しながら、
夢見る乙女のようにうっとりした声を出す透華。
ボクはもう、耐えきれなくなってその場を離れた。
こんな透華、見たくないよ。
「…でも、はじめのこの真っ直ぐな打ち筋も、
私は、その…だ、大好きですわ!
あ、いや、その、今のは打ち筋の事で、
変な意味じゃ…!」
「……って、はじめ?」
「…いない…どこに行ったのかしら」
--------------------------------------------------------
宿舎から離れた森の中。
ボクは無言で何度も何度も、拳を握りしめていた。
「……っ!……っ!」
開いた手の中には、ぐしゃぐしゃに折れ曲がった写真。
そう、それは…原村さんの写真。
どうしようもなくむしゃくしゃした時、
ボクはこうやって彼女の写真を握り潰すことで
ストレスを発散することにしている。
「……えい」
歪に折り曲げられた写真を広げてから、
今度はそれをビリビリと乱暴に千切る。
…ダメだ。今のボクの苛立ちは、
写真一枚じゃ収まってくれない。
ボクは、次の写真を取り出した。
この調子で消費していたら、
写真のストックが持つだろうか。
「ずいぶん荒れているではないか」
新たな写真に力を加えようとしたところで、
不意に誰かに呼び掛けられた。
「……衣」
「慮外。うまそうな匂いがしたから
辿ってみたら、よもやはじめとまみえようとは」
かわいい相貌に似つかわしくない
畏れを纏いながら、衣はくすくすと嘲笑った。
衣はなぜか、満月モードになっているようだった。
もっとも、今のボクも負けず劣らず
心がささくれだっている。
衣の支配にも気圧されないくらいに。
「透華のことか」
「…そうさ。ボクはボクの牌譜を見てほしかったのに、
透華はボクなんかそっちのけで原村さんばかり見てる」
「…がっかりだよ。
あんな冷たいデジタルのどこがいいんだか」
満月モードの衣なら、気を遣う必要もない。
ボクは敵意を隠すことなく吐き捨てる。
でも、衣が次に吐いた言葉は、
少しだけボクの意表を突いた。
「…衣も同感だ」
「…はっ。どうだか。衣だって、
『ののかー、ののかー』ってくっついてるじゃないか」
「衣がののかに親愛の情を抱くのに、麻雀は関係ない」
意外だった。てっきり衣は、
原村さんになついていると思っていたのに。
「ののかのことは好きだ。でも、ののかのせいで
とーかが呉下の阿蒙たる事には憂慮している」
「とーかに、機械人形が如き打牌は不要。
とーかは水脈を司る龍と成る力を持っているのだから」
ボクは思わず眉をひそめた。
確かにボクは、透華が原村さんに傾倒するのを
よく思っていない。
でもだからって、あの冷たい透華もごめんだ。
「ならば、はじめに問おう」
「ののかに溺れて、でじたるを模索する
とーかの背(せな)を見、慨然として嘆息するか」
「とーかと共に、奇幻の世界に身を投じるか」
「どちらを望む?」
ボクのまなじりをじっと見据えながら衣が問う。
質問の意図が読めなかった。
そりゃあ、その二者択一なら後者しかないけど…
「あいにくボクは、魔物じゃないよ」
「…はじめ、気づいていないのか?」
「…何が?」
「今のはじめの体からは、
底知れない闇が滲み出ているぞ?」
「その淋漓たる闇…それは衣と同じ、
暗鬼たる人外が発するものだ」
--------------------------------------------------------
衣の声に多少耳を傾ける気にはなったものの、
ボクはこれからどうすればいいのかはわからなかった。
そんなボクに、衣が問いかける。
「そも、はじめはでじたるで衣に勝てると思うか?」
「…まさか。勝てるわけないよ。
確率や統計の前提が崩れてるんだから。
サイコロを10回振って10回6を出せる人間に、
どうやって確率を適用するのさ」
「確率という理の外に居る存在は確かにいる。
そんなことは、君と初めて会ったあの日、
嫌というほど思い知ったよ」
あの日、ボクは何度も自問した。
これは、本当に麻雀なのかと。
それくらい、衣の麻雀は一般人と乖離があった。
衣の前では、デジタルなんて何の意味も持たない。
「ならば、透華にもそれを知らしめればいい」
「異形としての力を身に付け、
其の狂瀾をもって透華をねじ伏せればいい」
「さすればほら、透華とて気づく」
「自らの過ちに」
そう言って衣は、悪意に満ち満ちた笑みを浮かべた。
いつもならドン引きする満月モードの衣。
でも今は、そんなに怖くなかった。
「わかった…ボクは、魔物になるよ」
透華にボクを見てもらうために。
その日から、ボクは衣と特訓を始めた。
--------------------------------------------------------
どこか気だるさが残る午後3時。
はじめがいれたお茶が飲みたくなって、
私ははじめを探していました。
「はじめ?はじめはどこにいるんですの?」
「国広さんなら、離れで衣様のお相手をしていますが」
「またですの!?」
最近は目を離すといつもこうです。
前まではトイレですらついてくる勢いだったのに。
「最近入り浸ってんなぁ…
なんか心境の変化でもあったのかね?」
「夜も毎晩相手してるらしい…」
「マジで!?国広君、
夜の衣はトラウマじゃなかったか?」
「克服したのかも」
「むー…」
衣とはじめが懇意にしている。
それはとても喜ばしいことのはずなのに、
私はなぜか複雑な気持ちになりました。
「どうしたよ」
「こ、衣とはじめが仲良く麻雀を打つことは
喜ばしいことですわ!
ですが、それ以前に!
はじめは、私直属のメイドじゃありませんの」
だって、はじめは私のものなのに。
「私を放置して衣の相手をするのは…
い、いかがなものかと思いますわ!!」
「ヤキモチか」
「えっ」
「いや、今のツンデレ発言を
他にどう受けとれって言うんだよ」
「そ、そういうのじゃありませんわ!
わ、わたしは、は、はじめのことなんか、
いえ、なんかということはありませんけれど!」
私はしどろもどろになってしまいます。
別に慌てる事なんて何もないのに。
なぜか、はじめのことになると、
いつも気が動転してしまいます。
「と、とにかく。はじめには
職務をまっとうしてもらいませんと!
早急に呼び戻してくださいまし!」
「はいはい、わかりましたよーっと」
にやにやとからかうような笑みを浮かべ、
手を振りながら純は去っていきました。
その様子がまた、私をさらに
もやもやとさせるのでした。
--------------------------------------------------------
「おーい、国広君、透華がお呼びですよっ…と…」
「って、なんだこのオーラは!?」
「……」ギロリ
「…ああ、じゅんくんか…このたいきょくが、
おわったら、いくから、まっててって、つたえてよ」
「…いまは、じゃま、しないで」
「…お、おい…お前、大丈夫なのか…?」
「万事一切障り無し」
「今はじめは、凡庸なる人間から
怪異なる気形への変貌を遂げようとしているに過ぎぬ」
「ちっとも大丈夫に聞こえねぇんだが」
「いいから…じゃま…するな……!」
「なっ…!?」
「…純。はじめのことを気遣うならここは退け」
「わーったよ…」
「…じゅん、くん」
「…なんだ?」
「このこと、とうかに、ばらさないでね?」
「もし、ばらしたら…きみを、ばらしちゃうよ?」
--------------------------------------------------------
「純!はじめはどうしたんですか?
姿が見えないじゃありませんの!」
「あー、今やってる対局が終わったら行くってよ…
なんかあいつ、すごい集中してたぜ」
「そ、そうですか…それなら、
仕方ありませんわね…」
「……」
「なあ…透華、お前、国広君に何かしたのか?」
「…え?」
「なんか、国広君大変なことになってたぞ?
満月の時の衣を数倍ひどくしたような感じだった」
「情念の塊っつーのか…ありゃ、
正気を保ってるかすら怪しかったぜ」
「なっ…!?だったらなんで、
そんな状態のはじめを放置して
すごすご帰ってきたんですの!?」
「わり、普通にビビった」
「…まったく!私が直接行ってきますわ!」
「あっ、それはやめとけ!
俺なんか、お前にバラしたら
解体(バラ)すって脅されたんだぞ!?」
「今お前が行ったら、
国広君を無駄に刺激するだけだ!」
「で…でも…」
「いいから、今は戻ってくるのを待て。
それから、それとなく対処するんだ」
「今の流れは、明らかによくねえ」
--------------------------------------------------------
ボクは衣と、特訓を続けた。
まずは衣と、ひたすら麻雀を打ち続ける。
いつもと違うことは、
衣の支配に抗おうとするんじゃなくて、
むしろ衣に同調して、
自分の中の禍々しい気配を研ぎ澄ませること。
特訓を続けるにつれて、
かつてあれほど怖がっていたはずの
衣の闇が、気安いものに変わっていった。
特訓の内容は麻雀だけじゃない。
ボクはさらに、2つのイメージトレーニングを取り入れた。
「死ね、死ね、死ね、死ね…」
「デジタルなんか、死んじゃえ…」
毎日原村さんの写真を握り潰して、
踏みつけて、ニードルでぶすぶすと風穴を空ける。
これには精神安定と、
ボクの憎しみを研ぎ澄ます効果があった。
そして最後に、透華のことを想う。
「透華…君にも、鎖を巻いてあげる」
「ボクで、がんじがらめにしてあげる」
「だから、ボクを見てよ…透華」
イメージは鎖。
妄想の中の透華の身体に鎖を蛇のように巻き付けて、
ピクリとも動けないように拘束する。
もう二度と、透華がボクから逃げ出せないように。
この三つをひたすら繰り返していくうちに、
ボクは自分の中に渦巻く力の奔流を見た。
「これだ、この力だ…」
「これなら、透華をデジタルから救いだせる」
「『のどっち』から奪い返せる」
「透華を、ボクだけのもにできる」
「…待っててね、透華…」
ボクは久しぶりに晴れやかな気分で、
透華の部屋に歩みを進めた。
--------------------------------------------------------
「はぁ…一体はじめは、何をしているのかしら…」
私は、頬杖をつきながら、
本日何度目になるかわからないため息をつきました。
純に警告されたあの日。
戻ってきたはじめはいつも通りで。
私は密かにはじめを観察していたのですが、
特に気になる点もなく、
単に、純の思い過ごしのように思えました。
でも、はじめと私が触れあう時間が
明らかに減っているのも事実で。
はじめは、私よりも衣を
優先するようになっていました。
今では、はじめが居ない時間の方が長いくらいです。
でも私は、その変化についていけませんでした。
「はじめ?あなたはこの牌…譜……」
「そう、でしたわね…
はじめは、居ないんでしたわね…」
こんな風に、居ないはずのはじめに
声をかけてしまうこともしばしばで。
そしてその度に、私の中で
はじめがいかに大きな存在だったか、
思い知らされてしまうのです。
「…はじめ…どうして、
私のもとを去ってしまったんですの?」
私にはわかりませんでした。
特に、何かはじめにひどいことをしたという
覚えもありません。
そもそも一緒にいる間は、普通のはじめなのです。
だとしたら、なぜ?
…そんなの…いや…もしかして…
そこまで考えて、私はひとつの考えたくない
結論にたどり着いてしまいます。
「私より…衣の方がいいんですの……?」
私が、はじめに何かしたんじゃない。
はじめが、何か変わったんじゃない。
単にはじめと衣が、私より親密になっただけ。
それならば、今の状況にも説明がついてしまいます。
「いやいや、ありえませんわ。
はじめは、根っこのところで
衣を怖がっていますもの」
なんて考えてしまってから、
私は自分を深く恥じました。
私は何を考えているのでしょう。
自らの醜さに愕然とし、呵責の念に苛まれます。
そもそもはじめは、
衣の友達とするべく連れてきたはずなのに。
「はじめと衣が仲良くするなら、
願ったり叶ったりじゃありませんの…」
なのになぜ、私はこんなにも、
心をかき乱されるのでしょう。
なぜ、なぜって…そんなの…
もしかして…
「私…はじめのことを、
愛しているんですの…!?」
自らが導きだした結論に、
私は思わず頬を染めたその時でした。
自室の扉が、ゆっくりとノックされたのは。
「どなた?」
「ボクだよ、透華」
扉を開けて入ってきたのは…
今しがた懸想したばかりの想い人でした。
--------------------------------------------------------
はじめの様子は、いつもと明らかに違っていました。
まるで衣のような重苦しい闇を纏い。
どこか焦点の合ってない瞳で、
私をじっとりとねめつけました。
「透華、ボクと麻雀を打ってくれないかな?」
「い、いい、ですけど…どうしたんですの?」
「ようやく、透華を救い出せる算段がついたんだ」
「私を、救う…?」
「うん、『のどっち』に囚われた透華を、
救い出してあげるんだ」
「ボクの、この力で」
そう言ってはじめは、私ににっこりと笑いかけました。
「さ、透華…麻雀を、打とう?」
刹那、闇が私を包み込み、
辺りは夜の帳(とばり)が下りたように
真っ暗になりました。
--------------------------------------------------------
「…ツモ。1500点の7本場で2200だよ」
「…はい」
寒々しさを覚えるほどの冷たい笑顔で、
はじめが点数を申告します。
これで、はじめの連続和了は7回目を数えました。
私はまったく上がれません。
いえ、それどころか、形聴すら取ることもできず。
ただひたすら、毟られるばかりでした。
「さ、手を開いて、検証してみようか…
うん。今回も透華に上がり目はなかったね。
残念でした」
上がる度にはじめは山を開き、
私に上がる道が残されていたのかを確認して見せます。
その度に、私は背筋を凍らせました。
そこでは、明らかにあり得ないことが起きていたのです。
麻雀は運の要素が強い競技ですから、
まったく上がれないこともままあります。
しかし、これはどういうことでしょうか。
例え、完全に山を把握して。
何一つ間違えず打牌したとしても、
私には上がる道は何一つ残されていなかったのです。
それが、もう7回も連続で…
これは、これではまるで、本当に…
満月の時の、衣ではありませんの…!
「驚いた?」
「実はね。これ、ボクの能力なんだ」
「ボクが『縛った』相手は、絶対に上がれなくなる」
「ま、ボクも1翻のゴミ手でしか上がれなくなっちゃうし、
縛れるのは一人だけだから、
今のところはあんまり役に立たないんだけどね」
「でも、二人麻雀なら無敵だよね。
だから透華は、絶対にボクに勝てない」
「だって、ボクが…透華を縛り続けるから」
満面の笑みを見せるはじめ。
その笑顔は、狂気に侵されていて。
私は独りでに身体が震えるのを
止めることができませんでした。
「…ど、どうして、こんな能力を……?」
「あはは、面白いことを聞くね?
そんなの決まってるじゃないか」
「透華を、デジタルから…
『のどっち』の魔の手から救うためだよ?」
「私を…救う?」
「うん。透華は頑固だから、
なかなかわかってくれないからね」
「だからボクが、この能力で理解させてあげるんだ」
「ボクに負け続ければ、透華だってわかるはずだよ」
「デジタルなんか、何の意味もないんだって」
「『のどっち』なんか、崇拝するに値しないんだって」
「さ、続けよう…とりあえず、100回くらいは続けよう」
「透華がデジタルを諦めるまで、延々と…ね?」
その言葉どおり、はじめは延々と私を縛り続けました。
毎度ゴミ手であがり、その度に山を確認し、
私に勝ち目がないことを思い知らせました。
それを、何十回と繰り返された時…
私は、ついに認めざるを得ませんでした。
「も、もう…許して、くださいまし……!」
デジタルなんか…何の役にも立たないと。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
ボクは、何度も透華を負かした
デジタルに侵された透華を救うために
だんだんと透華は表情を失っていって
500を数えた時、ようやくデジタルを諦めた
それから透華は、糸の切れた人形みたいになって
抵抗もせず、ボクの腕のなかに収まった
あれ、なんか思ってたのと違う
ボクが望んだのは、こんな結末だったっけ?
こんな透華が欲しかったんだっけ?
まあでも、いいや
透華がボクのことを見てくれるなら
もう、この際なんでもいいや
--------------------------------------------------------
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「今日も、透華の奴はおこもりか…」
「透華だけじゃない…はじめも一緒」
「はぁ…ミイラ取りがミイラになっちまったのか」
ある日突然、透華は麻雀の打ち筋を一変させた。
『デジタルなんか、何の意味もありませんわ。
真に磨くべきは、超常の力ただ一点』
『今までの私は、間違っていましたわ…』
これまでの研究成果を捨て去って、
セオリーにとらわれない麻雀を模索し始めた。
そんな透華を、国広君は歓迎した。
2人で透華の部屋に籠って、
延々と麻雀を打つようになった。
「……」
透華の奴が目覚めるのは早かった。
合宿の時に国広君が言っていた、『冷たい透華』。
それが、毎日のように表に出てくるようになった。
そして、透華は今日も打つ。
魔物仲間の国広君と共に。
--------------------------------------------------------
「ふふ…ねぇ、透華…解ける?ボクの鎖、ほどける?」
今日も、はじめは私を縛り付けます。
ギリギリと肌に食い込む冷たい鎖が、
私が縛られていることを否が応でも感じさせます。
私が力に目覚めたからなのか、
それとも、はじめの力が増したからなのか。
いつしか、はじめの鎖は目に見えるようになり、
物理的にも私を縛りつけるようになりました。
「ふふ、解けないよね?こんなにジャラジャラ
巻き付けられたら、解きようがないもんね」
はじめは明らかに正気を失っていました。
狂ってしまっていました。
そんなはじめを正気に戻すのは、
私の役目のはずでした。
でも。
「ほどく気なんて、毛頭ありませんわ…」
私には無理でした。
だって、はじめのことを愛していると気づいた矢先に。
はじめを恋しく想った矢先に。
信念を徹底的に叩き折られて。
あまつさえ、がんじがらめに縛られたのです。
その暴力的なまでの愛情に、
私の心は耐えられなくて。
信念を破壊された私は、すがるものを失って。
縛られるままに、はじめに身を委ねてしまいました。
無理もないと思います。
そうでもなくても最初から、私は
はじめのことを愛していたのですから。
「ふふ…でも、鎖を解かないと、
透華はボクから逃げられないよ?」
「逃げる気なんて、ありませんわ…」
私は、はじめを愛している。
はじめも、私を愛している。
何の問題があるのでしょう。
「そっか…じゃあ、縛り続けるね?」
「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと」
「一生、縛り続けてあげるね?」
狂った笑みを浮かべるはじめ。
私は、背徳的な悦びにぞくぞくと体を震わせました。
「はい…ずっと私を、縛り付けてくださいまし…」
じゃらり。
私の肢体に、また一本鎖が追加されました。
もはや私は、身動きすらとれません。
もう、それでいいんです。
ただ、一つだけ。
考えてしまうのは。
(他に、道はなかったのでしょうか…)
私たちは、互いに愛し合っていたはずなのに。
そして、私たちは結ばれたのに。
なぜ、私たちの周りは、こんなにも暗いのでしょう。
全てが闇に閉ざされて、何も見えないのでしょう。
それだけが、なぜか心残りです。
(完)
透華は『のどっち』に縛られている。
デジタルに縛られてしまっている。
オカルトが支配するこの世界で、
デジタルなんて何の意味もないのに。
ボクが、助け出してあげるんだ。
ボクの力で、透華を縛りつけることで。
<登場人物>
国広一,龍門渕透華,沢村智紀,井上純,天江衣
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・麻雀で強くなることで和に夢中な透華を
振り向かせようと頑張るけど報われず
病んじゃう国広くんと透華の濃厚な一透
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今日も透華は、『のどっち』の牌譜を凝視している。
時に歯噛みし、時に感銘を受けながら。
ただひたすら、『のどっち』の牌譜を研究している。
ボクはそれを止めたくて。
今日も、それとなく横槍を入れる。
「はい、透華。お茶入れたよ?」
「ありがとう、はじめ」
「少し休んだら?根つめ過ぎはよくないよ?」
「そうですわね…いただきますわ」
透華は、ボクが用意したティーカップに口をつける。
そのままぐいと飲み干すと、
空になったカップをすぐテーブルに戻した。
そしてまた、牌譜との睨めっこを再開する。
ボクは思わず嘆息した。
「全然休んでないじゃん。休みなよ」
「私(わたくし)からしたら、
彼女の牌譜を見ること自体が
リラクゼーションのようなものですわ」
ふふ、と穏やかな笑みを浮かべる透華。
ボクは肩をすくめながら問いかけた。
「はぁ…一体何がそこまで透華を惹きつけるのさ」
「それはもちろん『美しさ』ですわ!」
「は?」
「彼女の牌譜は、ひどく美しいんですの。
…それが、悔しくもあるんですけどね?」
熱に浮かされたように、
うっとりと恍惚の笑みを浮かべながら、
透華はぼそりとつぶやいた。
「……」
ボクはそんな透華を目の当たりにして、
人知れずぎりぎりと拳を握りしめた。
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ボクには、『のどっち』の牌譜が持つ、
美しさというものがよくわからない。
確かに効率的な牌譜だとは思う。
牌をツモる度に点数の期待値を即座に再計算し、
最適と思われる打牌をする。
実際それで強いわけだから、すごいもんだと感服する。
でもボクは、彼女の打ち方が嫌いだ。
全てを計算で片付けるその冷たい打ち方が。
一切の感情を排除した、ただ合理性だけを求めた打牌。
彼女の打ち方には、人間味が感じられない。
まるでコンピュータを見ているようでぞっとする。
なのに透華は、そんなものを目指そうとする。
それが、ボクには、たまらなく嫌だった。
透華が好きだ。デジタルに徹しきれない透華が好きだ。
人情味に溢れていて、お嬢様らしくなくて、
愛情に満ち満ちている透華が好きだ。
透華は今のままでいい。
だから透華。『のどっち』なんか目指さないで。
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「原村和は、『のどっち』かもしれませんわ!」
興奮に声をうわずらせて、早口でまくし立てる透華。
対照的に、ボクは意気消沈した。
「…あっそ」
これまで『のどっち』は、ネット麻雀の世界でのみ
存在する妖精に過ぎなかった。
現実とは交わらない、アイドルのような偶像だった。
それが今、現実の世界に具現して、
ボクの宿敵として立ちはだかる。
それは、とても歓迎できる話ではなかった。
「ふふ…恐怖なさい原村和。
じっくりと、ねぶるように観察させていただきますわ…」
舌なめずりしながら映像の原村さんを凝視する透華。
言葉とは裏腹に、その目はまるで恋する乙女のように
キラキラと輝いている。
それは、ボクにとっては正視に耐えがたい光景で。
ボクの中で、原村さんが敵になった瞬間だった。
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坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
ボクは、原村さんを明確に憎むようになっていた。
もちろん、原村さんに罪はない。
ボクの一方的な逆恨みだ。
わかっていても、嫉妬の炎は消せやしない。
四校同時合宿中、ボクは彼女に付きまとった。
そして、徹底的に彼女を狙い打った。
「リーチ!」
デジタルの化身がなんだ。
そんなものより、ボクの想いの方がはるかに強い。
「ツモ!!」
ボクが原村さんを封殺して、
透華の目を覚まさせるんだ!
結果はボクの4勝1敗。
やった!原村さんに勝った!!
ボクは嬉々として牌譜を透華に見せる。
でも、透華は牌譜を見るなり…
原村さんの打ち筋を分析し始めた。
「…変ですわね…この順目では一見
リャンペーコーが最善のようですけど、
原村和はノータイムでチートイに切り替えている」
「その変化自体は珍しくもありませんけれど…
イーピンの残り枚数が少ないと何を根拠に
判断したのかしら」
「あ、なるほど…河に1枚出ていて、
北家と南家の捨て牌から推測するに、
手に含められている可能性が濃厚ですわね」
「確かにチートイに切り替える方がいいですわね」
「それにしてもこれをノータイムで判断するとは…
さすが原村和、私の宿命のライバルですわ!!」
うんうんと満足げに頷く透華。
なんで?その対局、ボクがトップだったんだよ?
原村さんは3位だったんだよ?
「ね、ねぇ、透華…ボク、その対局トップだったんだ」
「さすがはじめですわ。私も主として鼻が高いですわ!」
「え、えへへ…ま、まあそれはいいんだけどさ。
それでも、3位だった原村さんの研究をするの?」
「…?半荘数回では真の強さなんてとても測れませんわ。
はじめもそれは重々承知でしょう?」
「でも、打ち筋は違いますわ。例え負けようとも、
彼女の哲学はそこに確かに存在する」
「ごらんなさいな、この順目のリーチに対する
完璧なオリを……美しい、敵ながらあっぱれですわ!」
原村さんの牌譜を指差しながら、
夢見る乙女のようにうっとりした声を出す透華。
ボクはもう、耐えきれなくなってその場を離れた。
こんな透華、見たくないよ。
「…でも、はじめのこの真っ直ぐな打ち筋も、
私は、その…だ、大好きですわ!
あ、いや、その、今のは打ち筋の事で、
変な意味じゃ…!」
「……って、はじめ?」
「…いない…どこに行ったのかしら」
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宿舎から離れた森の中。
ボクは無言で何度も何度も、拳を握りしめていた。
「……っ!……っ!」
開いた手の中には、ぐしゃぐしゃに折れ曲がった写真。
そう、それは…原村さんの写真。
どうしようもなくむしゃくしゃした時、
ボクはこうやって彼女の写真を握り潰すことで
ストレスを発散することにしている。
「……えい」
歪に折り曲げられた写真を広げてから、
今度はそれをビリビリと乱暴に千切る。
…ダメだ。今のボクの苛立ちは、
写真一枚じゃ収まってくれない。
ボクは、次の写真を取り出した。
この調子で消費していたら、
写真のストックが持つだろうか。
「ずいぶん荒れているではないか」
新たな写真に力を加えようとしたところで、
不意に誰かに呼び掛けられた。
「……衣」
「慮外。うまそうな匂いがしたから
辿ってみたら、よもやはじめとまみえようとは」
かわいい相貌に似つかわしくない
畏れを纏いながら、衣はくすくすと嘲笑った。
衣はなぜか、満月モードになっているようだった。
もっとも、今のボクも負けず劣らず
心がささくれだっている。
衣の支配にも気圧されないくらいに。
「透華のことか」
「…そうさ。ボクはボクの牌譜を見てほしかったのに、
透華はボクなんかそっちのけで原村さんばかり見てる」
「…がっかりだよ。
あんな冷たいデジタルのどこがいいんだか」
満月モードの衣なら、気を遣う必要もない。
ボクは敵意を隠すことなく吐き捨てる。
でも、衣が次に吐いた言葉は、
少しだけボクの意表を突いた。
「…衣も同感だ」
「…はっ。どうだか。衣だって、
『ののかー、ののかー』ってくっついてるじゃないか」
「衣がののかに親愛の情を抱くのに、麻雀は関係ない」
意外だった。てっきり衣は、
原村さんになついていると思っていたのに。
「ののかのことは好きだ。でも、ののかのせいで
とーかが呉下の阿蒙たる事には憂慮している」
「とーかに、機械人形が如き打牌は不要。
とーかは水脈を司る龍と成る力を持っているのだから」
ボクは思わず眉をひそめた。
確かにボクは、透華が原村さんに傾倒するのを
よく思っていない。
でもだからって、あの冷たい透華もごめんだ。
「ならば、はじめに問おう」
「ののかに溺れて、でじたるを模索する
とーかの背(せな)を見、慨然として嘆息するか」
「とーかと共に、奇幻の世界に身を投じるか」
「どちらを望む?」
ボクのまなじりをじっと見据えながら衣が問う。
質問の意図が読めなかった。
そりゃあ、その二者択一なら後者しかないけど…
「あいにくボクは、魔物じゃないよ」
「…はじめ、気づいていないのか?」
「…何が?」
「今のはじめの体からは、
底知れない闇が滲み出ているぞ?」
「その淋漓たる闇…それは衣と同じ、
暗鬼たる人外が発するものだ」
--------------------------------------------------------
衣の声に多少耳を傾ける気にはなったものの、
ボクはこれからどうすればいいのかはわからなかった。
そんなボクに、衣が問いかける。
「そも、はじめはでじたるで衣に勝てると思うか?」
「…まさか。勝てるわけないよ。
確率や統計の前提が崩れてるんだから。
サイコロを10回振って10回6を出せる人間に、
どうやって確率を適用するのさ」
「確率という理の外に居る存在は確かにいる。
そんなことは、君と初めて会ったあの日、
嫌というほど思い知ったよ」
あの日、ボクは何度も自問した。
これは、本当に麻雀なのかと。
それくらい、衣の麻雀は一般人と乖離があった。
衣の前では、デジタルなんて何の意味も持たない。
「ならば、透華にもそれを知らしめればいい」
「異形としての力を身に付け、
其の狂瀾をもって透華をねじ伏せればいい」
「さすればほら、透華とて気づく」
「自らの過ちに」
そう言って衣は、悪意に満ち満ちた笑みを浮かべた。
いつもならドン引きする満月モードの衣。
でも今は、そんなに怖くなかった。
「わかった…ボクは、魔物になるよ」
透華にボクを見てもらうために。
その日から、ボクは衣と特訓を始めた。
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どこか気だるさが残る午後3時。
はじめがいれたお茶が飲みたくなって、
私ははじめを探していました。
「はじめ?はじめはどこにいるんですの?」
「国広さんなら、離れで衣様のお相手をしていますが」
「またですの!?」
最近は目を離すといつもこうです。
前まではトイレですらついてくる勢いだったのに。
「最近入り浸ってんなぁ…
なんか心境の変化でもあったのかね?」
「夜も毎晩相手してるらしい…」
「マジで!?国広君、
夜の衣はトラウマじゃなかったか?」
「克服したのかも」
「むー…」
衣とはじめが懇意にしている。
それはとても喜ばしいことのはずなのに、
私はなぜか複雑な気持ちになりました。
「どうしたよ」
「こ、衣とはじめが仲良く麻雀を打つことは
喜ばしいことですわ!
ですが、それ以前に!
はじめは、私直属のメイドじゃありませんの」
だって、はじめは私のものなのに。
「私を放置して衣の相手をするのは…
い、いかがなものかと思いますわ!!」
「ヤキモチか」
「えっ」
「いや、今のツンデレ発言を
他にどう受けとれって言うんだよ」
「そ、そういうのじゃありませんわ!
わ、わたしは、は、はじめのことなんか、
いえ、なんかということはありませんけれど!」
私はしどろもどろになってしまいます。
別に慌てる事なんて何もないのに。
なぜか、はじめのことになると、
いつも気が動転してしまいます。
「と、とにかく。はじめには
職務をまっとうしてもらいませんと!
早急に呼び戻してくださいまし!」
「はいはい、わかりましたよーっと」
にやにやとからかうような笑みを浮かべ、
手を振りながら純は去っていきました。
その様子がまた、私をさらに
もやもやとさせるのでした。
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「おーい、国広君、透華がお呼びですよっ…と…」
「って、なんだこのオーラは!?」
「……」ギロリ
「…ああ、じゅんくんか…このたいきょくが、
おわったら、いくから、まっててって、つたえてよ」
「…いまは、じゃま、しないで」
「…お、おい…お前、大丈夫なのか…?」
「万事一切障り無し」
「今はじめは、凡庸なる人間から
怪異なる気形への変貌を遂げようとしているに過ぎぬ」
「ちっとも大丈夫に聞こえねぇんだが」
「いいから…じゃま…するな……!」
「なっ…!?」
「…純。はじめのことを気遣うならここは退け」
「わーったよ…」
「…じゅん、くん」
「…なんだ?」
「このこと、とうかに、ばらさないでね?」
「もし、ばらしたら…きみを、ばらしちゃうよ?」
--------------------------------------------------------
「純!はじめはどうしたんですか?
姿が見えないじゃありませんの!」
「あー、今やってる対局が終わったら行くってよ…
なんかあいつ、すごい集中してたぜ」
「そ、そうですか…それなら、
仕方ありませんわね…」
「……」
「なあ…透華、お前、国広君に何かしたのか?」
「…え?」
「なんか、国広君大変なことになってたぞ?
満月の時の衣を数倍ひどくしたような感じだった」
「情念の塊っつーのか…ありゃ、
正気を保ってるかすら怪しかったぜ」
「なっ…!?だったらなんで、
そんな状態のはじめを放置して
すごすご帰ってきたんですの!?」
「わり、普通にビビった」
「…まったく!私が直接行ってきますわ!」
「あっ、それはやめとけ!
俺なんか、お前にバラしたら
解体(バラ)すって脅されたんだぞ!?」
「今お前が行ったら、
国広君を無駄に刺激するだけだ!」
「で…でも…」
「いいから、今は戻ってくるのを待て。
それから、それとなく対処するんだ」
「今の流れは、明らかによくねえ」
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ボクは衣と、特訓を続けた。
まずは衣と、ひたすら麻雀を打ち続ける。
いつもと違うことは、
衣の支配に抗おうとするんじゃなくて、
むしろ衣に同調して、
自分の中の禍々しい気配を研ぎ澄ませること。
特訓を続けるにつれて、
かつてあれほど怖がっていたはずの
衣の闇が、気安いものに変わっていった。
特訓の内容は麻雀だけじゃない。
ボクはさらに、2つのイメージトレーニングを取り入れた。
「死ね、死ね、死ね、死ね…」
「デジタルなんか、死んじゃえ…」
毎日原村さんの写真を握り潰して、
踏みつけて、ニードルでぶすぶすと風穴を空ける。
これには精神安定と、
ボクの憎しみを研ぎ澄ます効果があった。
そして最後に、透華のことを想う。
「透華…君にも、鎖を巻いてあげる」
「ボクで、がんじがらめにしてあげる」
「だから、ボクを見てよ…透華」
イメージは鎖。
妄想の中の透華の身体に鎖を蛇のように巻き付けて、
ピクリとも動けないように拘束する。
もう二度と、透華がボクから逃げ出せないように。
この三つをひたすら繰り返していくうちに、
ボクは自分の中に渦巻く力の奔流を見た。
「これだ、この力だ…」
「これなら、透華をデジタルから救いだせる」
「『のどっち』から奪い返せる」
「透華を、ボクだけのもにできる」
「…待っててね、透華…」
ボクは久しぶりに晴れやかな気分で、
透華の部屋に歩みを進めた。
--------------------------------------------------------
「はぁ…一体はじめは、何をしているのかしら…」
私は、頬杖をつきながら、
本日何度目になるかわからないため息をつきました。
純に警告されたあの日。
戻ってきたはじめはいつも通りで。
私は密かにはじめを観察していたのですが、
特に気になる点もなく、
単に、純の思い過ごしのように思えました。
でも、はじめと私が触れあう時間が
明らかに減っているのも事実で。
はじめは、私よりも衣を
優先するようになっていました。
今では、はじめが居ない時間の方が長いくらいです。
でも私は、その変化についていけませんでした。
「はじめ?あなたはこの牌…譜……」
「そう、でしたわね…
はじめは、居ないんでしたわね…」
こんな風に、居ないはずのはじめに
声をかけてしまうこともしばしばで。
そしてその度に、私の中で
はじめがいかに大きな存在だったか、
思い知らされてしまうのです。
「…はじめ…どうして、
私のもとを去ってしまったんですの?」
私にはわかりませんでした。
特に、何かはじめにひどいことをしたという
覚えもありません。
そもそも一緒にいる間は、普通のはじめなのです。
だとしたら、なぜ?
…そんなの…いや…もしかして…
そこまで考えて、私はひとつの考えたくない
結論にたどり着いてしまいます。
「私より…衣の方がいいんですの……?」
私が、はじめに何かしたんじゃない。
はじめが、何か変わったんじゃない。
単にはじめと衣が、私より親密になっただけ。
それならば、今の状況にも説明がついてしまいます。
「いやいや、ありえませんわ。
はじめは、根っこのところで
衣を怖がっていますもの」
なんて考えてしまってから、
私は自分を深く恥じました。
私は何を考えているのでしょう。
自らの醜さに愕然とし、呵責の念に苛まれます。
そもそもはじめは、
衣の友達とするべく連れてきたはずなのに。
「はじめと衣が仲良くするなら、
願ったり叶ったりじゃありませんの…」
なのになぜ、私はこんなにも、
心をかき乱されるのでしょう。
なぜ、なぜって…そんなの…
もしかして…
「私…はじめのことを、
愛しているんですの…!?」
自らが導きだした結論に、
私は思わず頬を染めたその時でした。
自室の扉が、ゆっくりとノックされたのは。
「どなた?」
「ボクだよ、透華」
扉を開けて入ってきたのは…
今しがた懸想したばかりの想い人でした。
--------------------------------------------------------
はじめの様子は、いつもと明らかに違っていました。
まるで衣のような重苦しい闇を纏い。
どこか焦点の合ってない瞳で、
私をじっとりとねめつけました。
「透華、ボクと麻雀を打ってくれないかな?」
「い、いい、ですけど…どうしたんですの?」
「ようやく、透華を救い出せる算段がついたんだ」
「私を、救う…?」
「うん、『のどっち』に囚われた透華を、
救い出してあげるんだ」
「ボクの、この力で」
そう言ってはじめは、私ににっこりと笑いかけました。
「さ、透華…麻雀を、打とう?」
刹那、闇が私を包み込み、
辺りは夜の帳(とばり)が下りたように
真っ暗になりました。
--------------------------------------------------------
「…ツモ。1500点の7本場で2200だよ」
「…はい」
寒々しさを覚えるほどの冷たい笑顔で、
はじめが点数を申告します。
これで、はじめの連続和了は7回目を数えました。
私はまったく上がれません。
いえ、それどころか、形聴すら取ることもできず。
ただひたすら、毟られるばかりでした。
「さ、手を開いて、検証してみようか…
うん。今回も透華に上がり目はなかったね。
残念でした」
上がる度にはじめは山を開き、
私に上がる道が残されていたのかを確認して見せます。
その度に、私は背筋を凍らせました。
そこでは、明らかにあり得ないことが起きていたのです。
麻雀は運の要素が強い競技ですから、
まったく上がれないこともままあります。
しかし、これはどういうことでしょうか。
例え、完全に山を把握して。
何一つ間違えず打牌したとしても、
私には上がる道は何一つ残されていなかったのです。
それが、もう7回も連続で…
これは、これではまるで、本当に…
満月の時の、衣ではありませんの…!
「驚いた?」
「実はね。これ、ボクの能力なんだ」
「ボクが『縛った』相手は、絶対に上がれなくなる」
「ま、ボクも1翻のゴミ手でしか上がれなくなっちゃうし、
縛れるのは一人だけだから、
今のところはあんまり役に立たないんだけどね」
「でも、二人麻雀なら無敵だよね。
だから透華は、絶対にボクに勝てない」
「だって、ボクが…透華を縛り続けるから」
満面の笑みを見せるはじめ。
その笑顔は、狂気に侵されていて。
私は独りでに身体が震えるのを
止めることができませんでした。
「…ど、どうして、こんな能力を……?」
「あはは、面白いことを聞くね?
そんなの決まってるじゃないか」
「透華を、デジタルから…
『のどっち』の魔の手から救うためだよ?」
「私を…救う?」
「うん。透華は頑固だから、
なかなかわかってくれないからね」
「だからボクが、この能力で理解させてあげるんだ」
「ボクに負け続ければ、透華だってわかるはずだよ」
「デジタルなんか、何の意味もないんだって」
「『のどっち』なんか、崇拝するに値しないんだって」
「さ、続けよう…とりあえず、100回くらいは続けよう」
「透華がデジタルを諦めるまで、延々と…ね?」
その言葉どおり、はじめは延々と私を縛り続けました。
毎度ゴミ手であがり、その度に山を確認し、
私に勝ち目がないことを思い知らせました。
それを、何十回と繰り返された時…
私は、ついに認めざるを得ませんでした。
「も、もう…許して、くださいまし……!」
デジタルなんか…何の役にも立たないと。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
ボクは、何度も透華を負かした
デジタルに侵された透華を救うために
だんだんと透華は表情を失っていって
500を数えた時、ようやくデジタルを諦めた
それから透華は、糸の切れた人形みたいになって
抵抗もせず、ボクの腕のなかに収まった
あれ、なんか思ってたのと違う
ボクが望んだのは、こんな結末だったっけ?
こんな透華が欲しかったんだっけ?
まあでも、いいや
透華がボクのことを見てくれるなら
もう、この際なんでもいいや
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--------------------------------------------------------
「今日も、透華の奴はおこもりか…」
「透華だけじゃない…はじめも一緒」
「はぁ…ミイラ取りがミイラになっちまったのか」
ある日突然、透華は麻雀の打ち筋を一変させた。
『デジタルなんか、何の意味もありませんわ。
真に磨くべきは、超常の力ただ一点』
『今までの私は、間違っていましたわ…』
これまでの研究成果を捨て去って、
セオリーにとらわれない麻雀を模索し始めた。
そんな透華を、国広君は歓迎した。
2人で透華の部屋に籠って、
延々と麻雀を打つようになった。
「……」
透華の奴が目覚めるのは早かった。
合宿の時に国広君が言っていた、『冷たい透華』。
それが、毎日のように表に出てくるようになった。
そして、透華は今日も打つ。
魔物仲間の国広君と共に。
--------------------------------------------------------
「ふふ…ねぇ、透華…解ける?ボクの鎖、ほどける?」
今日も、はじめは私を縛り付けます。
ギリギリと肌に食い込む冷たい鎖が、
私が縛られていることを否が応でも感じさせます。
私が力に目覚めたからなのか、
それとも、はじめの力が増したからなのか。
いつしか、はじめの鎖は目に見えるようになり、
物理的にも私を縛りつけるようになりました。
「ふふ、解けないよね?こんなにジャラジャラ
巻き付けられたら、解きようがないもんね」
はじめは明らかに正気を失っていました。
狂ってしまっていました。
そんなはじめを正気に戻すのは、
私の役目のはずでした。
でも。
「ほどく気なんて、毛頭ありませんわ…」
私には無理でした。
だって、はじめのことを愛していると気づいた矢先に。
はじめを恋しく想った矢先に。
信念を徹底的に叩き折られて。
あまつさえ、がんじがらめに縛られたのです。
その暴力的なまでの愛情に、
私の心は耐えられなくて。
信念を破壊された私は、すがるものを失って。
縛られるままに、はじめに身を委ねてしまいました。
無理もないと思います。
そうでもなくても最初から、私は
はじめのことを愛していたのですから。
「ふふ…でも、鎖を解かないと、
透華はボクから逃げられないよ?」
「逃げる気なんて、ありませんわ…」
私は、はじめを愛している。
はじめも、私を愛している。
何の問題があるのでしょう。
「そっか…じゃあ、縛り続けるね?」
「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと」
「一生、縛り続けてあげるね?」
狂った笑みを浮かべるはじめ。
私は、背徳的な悦びにぞくぞくと体を震わせました。
「はい…ずっと私を、縛り付けてくださいまし…」
じゃらり。
私の肢体に、また一本鎖が追加されました。
もはや私は、身動きすらとれません。
もう、それでいいんです。
ただ、一つだけ。
考えてしまうのは。
(他に、道はなかったのでしょうか…)
私たちは、互いに愛し合っていたはずなのに。
そして、私たちは結ばれたのに。
なぜ、私たちの周りは、こんなにも暗いのでしょう。
全てが闇に閉ざされて、何も見えないのでしょう。
それだけが、なぜか心残りです。
(完)
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普段は作中屈指の常識人だからなおさら。
このもどかしさと切なさ、すばら!
…本編の後にR18で続編が書けそう
ヤンデレハッピーエンドに慣れすぎてましたが、こういう若干鬱気味エンドもいいものですね
まあこれは透華さんが悪いですね(確信)
……逆パターンあったら面白そうですね
作中屈指の常識人>
純「ヒント。服装」
透華「ヒント。鎖」
初美「ぶっちゃけ露出狂ですよー」
はじめ「君にだけは言われたくないよ!?」
もどかしさと切なさ>
はじめ
「この手のボタンの掛け違い系は
さじ加減が難しいんだけど…
楽しんでもらえてよかったよ」
純「あんまりくどいと、
周りがなんとかしてやれよって
イライラするからな」
重く、切なく、ほの暗い>
透華「まさにこれが書きたかったそうですわ」
はじめ「ハッピーエンドじゃなくてごめんね」
透華「でもヤンデレ絡みだとこっちの方が
普通な気もしますわね」
透華さんが悪い>
透華「は、はじめだって、
私をもっと観察していたら
わかったんじゃありませんの!?」
はじめ「病んでる人にそれは無茶ぶりだよ」
はじめ「あ、ちなみに逆パターンは
透華の権限が強すぎるのと
ボクの相手がいないあたりから
多分普通にドロラブになると思うよ?」
透華「それでもご所望の場合はリクエスト記事にでも
書いておいてくださいな」