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【咲SS:久咲】久「咲のごはんが食べたいな」【異常人格】
<あらすじ>
咲?いや別にただの後輩だけど?
恋愛感情?ううん、ないわよ別に。
でも、咲が作ったごはん以外は味がしないのよね。
あー、早く咲のごはんが食べたいな。
<登場人物>
竹井久,宮永咲,その他清澄
<症状>
・異常人格
・依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・自分に好意を持っている咲を言いなりにしていた黒久が、
咲の一途な姿に徐々に惹かれて浄化していくあまあま久咲
※Side−咲と対になってます。
両方読まないとあまりあまあま成分
(およびリクエスト成分)を感じないかも。
--------------------------------------------------------
私は、昔から人使いが荒いと言われる。
例えば最近で言えば、よく須賀君の扱いについて
周りから忠告を受けることが多い。
『いくらなんでも、彼に雑用を押し付けすぎだ』
みたいな感じで。
でも、私には私の言い分がある。
そもそも、私はそういったお願いを
無理強いすることはほとんどないのだ。
だって私のスタンスは、
『とりあえず駄目元で頼んでみる。
駄目でも別にかまわない』
というものだから。
見えない相手の事情を想像して
顔色を窺うなんて、はっきり言って
時間の無駄だと思う。
だからとりあえず頼んではみるけれど、
断られたからって怒るわけでもないし、
それでペナルティを課したりはしない。
そんな考え方を持つ私からしたら
『いやだったら断ればいいじゃない?』
となるわけだ。
だから、須賀君の件も、
別に私が強制しているわけじゃなくて。
単に須賀君が断らない…
ううん、むしろ率先してやってくれるから、
というだけのことなのだ。
ちなみに、なぜこんなことを
ぐだぐたと言い訳しているのかというと。
実は似たような件について、
さらに深刻な感じで
指摘されてしまったからだったりする。
そう、うちの麻雀部の部員である、
宮永咲のことで。
--------------------------------------------------------
それはまこと二人、部室でくつろいでいた時の事。
私は突然、咲の扱いについてまこにたしなめられた。
「なあ…お前さん、もう少し咲に
優しくしてやったらどうじゃ」
「へ?」
と言っても、そもそも私には身に覚えのないことで。
別に、咲に冷たくしたつもりはないし、
他の部員と同様に接しているつもりなんだけど。
「それじゃよ…他の部員と同等っちゅうのが
もうおかしいじゃろ」
なんでわからんのじゃ、
と言わんばかりに肩をすくめるまこ。
いや、わりと本気でわからないんだけど。
「毎日お弁当作っとくれて、
部活がなぁ時も議会が終わるんを待っとって、
一緒に帰る咲がなんで他と同じなんじゃ」
「え、でも別にそれは咲が
好きでやってることでしょ?」
確かに、私は咲にいろいろと
やってもらってはいる。
例えば、朝はモーニングコール代わりに
家に来てもらって、
そのまま朝ごはんを作ってもらう。
お昼も咲が作ったお弁当に舌鼓を打ち。
帰りも一緒に帰って、
夕飯も咲に作ってもらっている。
確かにお世話にはなっているし、
感謝もしているけれど。
でも、それって別に
咲がやりたくてやってることでしょ?
咲は、インターハイの全国大会でお姉さんと
関係を修復することができなかった。
だから、私は普通の常識ある人間として、
咲のことを慰めた。
そしたら咲は、私に懐いた。
だから結局のところ、咲は自分の意志で
お姉さんから私に鞍替えしただけで。
今私に尽くしているのも、
いわば咲自身のリハビリみたいなものなのだ。
で、私は私で、別に咲に尽くされて
困ることもないし、むしろ助かるから
それを受け入れてるだけ。
お互いにとって、ギブアンドテイクで
Win-Winなんだからそれでいいじゃない。
もし咲が嫌だというなら、断ればいいのよ。
「はぁ…人心を掌握するのが
鬼のように上手いくせに、
なんでそういうところだけドライなんじゃ」
「へ?それとこれとは話が別でしょ」
「どういうことじゃ?」
「だって、人の考えてることがわかるのと、
それで私が心を動かされるかは
全くの別問題でしょ?」
まこは、話にならんと頭をかいた。
--------------------------------------------------------
まこに咎められたので、咲のことを考えてみる。
そもそも咲は、私の事をどう思っているのだろうか。
友愛?恋愛?家族愛?
私は、咲が求めているのは、
家族としての愛だと思う。
だって咲は、私に見返りを求めてこないから。
友達にしろ、恋人にしろ、
綺麗事を言ったって、
結局は見返りを求めていると思う。
そう、愛情という名の見返りを。
でも、咲のそれは違うと思う。
例えば咲は、そもそも私に
ごはんを作るという行為そのものに
幸せを感じている。
だから私は、それを食べてあげてる。
それだけで咲は喜ぶ。うん、間違ってない。
--------------------------------------------------------
ある日の休日。私は珍しく自炊していた。
「あ、部長…私、明日は用事があって
丸一日潰れちゃうので…
ごはんとか用意できません。
ごめんなさい」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。
咲に作ってもらう前はちゃんと自炊してたんだし、
心配しなくても自分で作るわよ」
なんてやりとりがあったから。
私もこれまでそれなりの期間
一人暮らしをしてきたわけで。
だから、料理にはそれなりに自信があったのだけど。
作った料理は、驚くほどまずかった。
「おかしいわね、特にどこかで
失敗した覚えもないんだけど」
ふと思い返してみる。
最後に自分で料理したのはいつだっただろうか。
ああ、駄目だ、思い出せない。
まあそれだけ長い間自炊してなかったんだし、
ひょっとしたら腕がにぶってしまったのかもしれない。
「あー、違うわ。きっと、
咲の料理がおいしすぎたのね」
とりあえず作ったものをエネルギーに変えるべく、
私はでき損ないの料理を、
機械的に体内に詰め込んだ。
--------------------------------------------------------
「というわけで、自分で
料理作ってみたけど駄目だったわ」
「やっぱり、咲のごはんじゃないとねー」
「そ、そうですか…えへへ」
私の言葉に、咲は顔を赤くして
もじもじと人差し指をこすり合わせながら、
うれしそうに返事を返した。
「あーあ、咲が私の家に
住んでくれたらいいのになー」
「そ、それって…」
元々赤かった顔をさらに紅潮させて、
咲は上目遣いで私の目を覗き込む。
あれ?なんか、いつもと違う。
私は、こんな目を何度か見たことがある。
そう、それは私に告白してくる子が
私に対して向けてくる眼差しで。
私は咲に、愛情という見返りを
求められていることに気づいた。
「…ん?咲、もしかして」
「は、はい?」
「私の事、好きなの?」
「え、えっと…」
「……」
「は、はい…」
「部長の事、好き、です…」
震える声を、絞り出すようにそう言った後、
そのまま黙って俯いてしまう咲。
対する私は首を傾げながら、
あごに手をあてて考え込んだ。
咲の愛情は、家族愛だとばかり思っていたのだけれど。
いつの間に、恋愛にすり変わっていたのかしら?
ただそうなると、私も答えを出してあげる必要がある。
受け入れるのか、拒絶するのか。
その問いを、頭の中で反芻する。
(咲のお世話になってるのは事実だし、
何よりあのごはんは捨てがたいのよね)
(で、それに対して咲は見返りを求めているわけだし、
だったら対価は支払わないといけないわよね)
「わかったわ、咲。私達、つきあいましょ?」
「えぇ!?」
「…ぶ、部長…本当ですか!?」
「さすがにこんな嘘はつかないわよ?
これからもよろしくね!」
脳内会議の結果、私は咲の愛情を受け入れることにした。
--------------------------------------------------------
そんなわけで、私達はつきあうことになった。
つきあうことになって驚いたのは、
咲のごはんがさらにおいしくなったこと。
「え、えへへ…愛情、こめてみました」
なんて、はにかみながら笑顔を見せる咲。
愛情って、どうやってこめるのかしら。
私にはわからないけれど、
確かに咲の料理はすごくおいしくなっていた。
そして、その対価として。
咲は、私に恋人として接することを要求した。
例えば、手を繋ぎながら街を歩いてみたり。
映画とか見てみたり、
喫茶店でカップル割引の適用を要求してみたり。
そして、帰り際には抱き寄せてキスしたり。
咲が私に与えてくれる料理と比較すれば、
大した対価でもなかったから
私は素直に支払った。
最近では、咲は私の家によく泊まる。
二人で一緒の布団にくるまって、
くっつきあって、おやすみのキスをして眠るのだ。
これは、新しい私の健康法の一つになった。
なぜかはよくわからないけど、
咲を抱いて寝るとよく眠れるのだ。
咲の体温が温かいからかしら?
--------------------------------------------------------
そんなぬるま湯のような日々を送る私達に、
ある一つの転機が訪れる。
咲に、お姉さんから連絡があったのだ。
--------------------------------------------------------
咲は、2週間くらい東京に滞在することになった。
聞くところによると、
どうやらお姉さんと復縁できそうらしい。
「部長、ごめんなさい…」
「なんで謝るの?復縁できるなら
それにこしたことないじゃない」
「頑張って、仲直りしてきなさい!」
「はっ…はい!!」
最初は浮かない顔をしていた咲だったけど、
私に励まされた後は、笑顔を取り戻して。
強い決意をこめた表情で、清澄を後にする。
私は、そんな咲を笑顔で見送った。
ま、当分はまた味気ない料理になっちゃうけど仕方がない。
咲が戻ってくるまでは我慢しましょうか。
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--------------------------------------------------------
「ん…あれ?もうこんな時間…?」
目を覚ました私は、枕もとの時計を確認して軽く驚いた。
時計の針が差す時間は、10時26分。
遅刻なんてレベルじゃない。
「咲ー、なんで起こしてくれなかったのー?」
そうぼやきながら、
私は咲がいるであろうキッチンに向かう。
でも、そこに咲はいなかった。
いつもなら用意されているはずの
温かい朝食も今日はない。
誰もいない、何もない食卓は、
なんだかひどく寒々しい印象を受けた。
「そっか…咲、二週間いないんだ」
ようやく回転してきた頭で、今の状況を把握する。
とりあえず、自分でご飯を作って食べて、
急いで学校に行かないといけない。
でも、なぜかその気が起きなかった。
「サボっちゃおっかな」
私はベッドに戻ると、再び眠ることにした。
頭まで布団をかぶって、
身を丸めて膝を抱え込むように眠った。
(なんでかしら…なんか、寒い)
なぜか、寒さで震えが止まらなかった。
それがなぜなのかは、わからなかったけど。
--------------------------------------------------------
とはいえ、さすがにこんな生活を
毎日続けるわけにもいかない。
私は対策を取ることにした。
まず、起床に関する対策。
これは別に問題ない。
目覚ましをかければいいだけだ。
まあ、咲が優しく
揺り起こしてくれるのに慣れてしまうと、
あのけたたましいアラームは
正直堪えるのだけれど。
それよりも、やっぱり問題は食事について。
再度挑戦してはみたけれど、
私の調理技能の低下は深刻だった。
何しろ、味がしないのだから。
今回も、特に失敗した覚えはない。
ちゃんと、調味料を使って味付けしたはず。
なのに、まるで砂を噛んでいるように。
まるで味がしなかった。
「え、味がしないって何よ?
むしろどうやったらそんなの作れるの?
私ってある意味天才?」
あまりの珍現象に驚きながら、
もう一度噛みしめてみるものの。
でも、やっぱり味がしない。
「…前作った時は、まだここまで
ひどくはなかったと思うんだけどな」
結局私は、それを一回で食べきることができず。
昼食と夕食の二回に分けて我慢しながら、
何とか口に詰め込んだ。
--------------------------------------------------------
「久…なんかお前さん、やつれとらんか?」
「え、そう?まあ確かにひもじい食生活を送ってるけど」
「もしかして、自炊しとらんのか?」
「んー、やってみたんだけどねぇ。
なんか全然味がしなくて」
「だったらいっそ開き直って、
ゼリー飲料とかカロリーメ○トでいいかなって」
あの後も一度だけ挑戦してみたけれど。
やっぱりできあがったごはんは味がしなくて。
「いやいや、なんでそこで一足飛びに非常食なんじゃ。
学食とかコンビニとかいろいろあるじゃろ」
「もちろん試したわよ。でも、全滅だったの」
学食の定食も、コンビニのお弁当も、
それなりに名のあるレストランのお料理も。
全部試してみたのだけれど、
驚いたことに、こちらも味がしなかった。
どうやら、私は咲のごはん以外は
味がしない体になってしまったらしい。
それに気づいた私は、手っ取り早くエネルギーを
補給できる食品に切り替えた。
やっぱりこれも味がしないんだけど、
量が少ない分、なんとか我慢して
飲み込むことができるから。
「不思議よね。咲の作るごはん以外味がしないなんて。
もしかして、咲ったら私に一服盛ってるんじゃない?」
なーんてね?って笑い飛ばす私。
でも、対するまこの表情は、
驚くほどに真剣だった。
「久…やっぱり、咲がいないのが堪えとるんか」
「へ?あー、まあそうなんだけどね?
咲のごはんが恋しいわ。
早く戻ってきてくれないかなー」
まこが不意に、考え込むような表情をする。
でも、何か意を決したかのように気合を入れると、
強張った声で私に話しかける。
「それじゃが…咲の奴、
もう戻ってこんかもしれんぞ?」
それは、青天の霹靂だった。
「いやいや、そんなわけないじゃない」
一瞬虚をつかれた私だったけど、
それはあり得ないと思い直す。
「お姉さんはもう卒業だし、
咲はまだ2年高校があるんだから。
あるとしても、お姉さんが
長野に戻ってくるケースでしょ」
でも、まこはさらに反論する。
「でも、姉にしてもずっと東京におったんじゃし、
今さら長野に戻る理由もないじゃろ。
じゃけぇ、咲の性格からして、
少しでも一緒に居たいと言うて
ついてくかもしれんぞ」
もちろん、その可能性は低いと思う。
でも私は、その意見を否定しきるだけの材料を
持ち合わせていなかった。
「そっか…もう咲は、
戻ってこないかもしれないんだ」
言われてみれば、そうなのかも知れない。
そもそも仮に戻ってきたとしても、
今の関係に終止符が打たれる事は十分に考えられた。
そうよね、私はお姉さんの
代替品だったわけだし。
お姉さんと復縁できたなら、
お姉さんを取るわよね?
本物がかまってくれるなら、
私はもういらないわよね?
「…でも、さきのごはん、食べたいな」
ぽつりとつぶやいた、私の言葉に。
なぜか、まこが打ちひしがれたような
悲痛な表情を見せる。
ん?なんでまこがそんな顔するの?
--------------------------------------------------------
自分の体に、不思議な現象が起きていた。
どうでもいいことで涙が出るようになった。
夜、寝てても眠れなくなった。
身体の震えが止まらなくなった。
原因がまったくわからない。
私の体、一体どうしちゃったんだろう。
このまま私、死んじゃうのかな?
その前に一回くらい、さきのごはんが食べたいな
--------------------------------------------------------
そのうちうごくのがおっくうになってきて。
そのまま、ごはんもなにもたべないで、
ただずっとふとんにくるまってたら。
いしきがもうろうとして、
やっとねむれるようなきがしてきた。
よかった、ようやく…ねむれるかも。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
朦朧としているところを、誰かにゆり起された。
それは、随分と久しぶりの感覚。
もっともそれは、いつもより
随分と乱暴な感じだったけど。
「起きてください!部長、起きて!!」
うっすらと目を開けると、
そこには目に涙をためた咲の顔があった。
宣告通り、咲はきっちり二週間で戻ってきたのだ。
「よ、よかった…部長、生きてた…!」
「い、生きてたって何よ…」
「だ、だって部長。すごい痩せてて、
ゆすっても全然反応しなくて、
もう、死んじゃったみたいになってたから」
「いやいや、人間そんな簡単に死なないわよ。
ちゃんと必要最低限の栄養補給はしてるし」
「と、とりあえず、
ごはんできてますから食べてください!」
言われてみると、鼻孔をくすぐる
おいしそうなにおい。
現金なもので、私のお腹がくぅーっと
食事の催促を始め出す。
…食欲なんて感じたの、いつぶりだったかしら。
私は恥も外聞もなく、
咲が用意してくれた食事にかぶりついた。
久しぶりに食べた咲の料理は、
もちろんちゃんと味がして。
今まで食べたどんな料理よりもおいしかった。
--------------------------------------------------------
咲が作ってくれたご飯を、
おかわり分もすべて平らげて。
落ち着いた私は、そこでようやく
一つの疑問に咲に投げかけた。
「どうして戻ってきたの?
お姉さんと復縁できなかったの?」
「お姉ちゃんとは、仲直りできましたよ?」
「ならなんで?」
「いやいや…仲直りはできましたけど、
だからって引っ越すわけじゃありませんし…」
そう言って苦笑する咲。
まあ、それはそうなんだけど。
「でも、お姉さんと復縁できたなら、
私はもういらないでしょ?」
私の質問に、咲はまるで
自分が傷つけられたかのように、
泣きそうな表情を浮かべた。
「な、なんでそんなこと言うんですか…!」
「だって、そもそも咲が私に懐いたのって、
お姉さんに拒絶されたからじゃない」
「……っ!」
「でしょ?」
「…ごめんなさい。確かに最初の頃は、
部長の好意にあまえちゃってました」
「でも、今は違うんです。
私は、部長の事が好きなんです。
告白したじゃないですか!」
「…私は、お姉さんの代替品じゃないの?」
「…いくらなんでも怒りますよ!?
むしろ私にとって、部長の代わりなんていません!
一番大切なのは部長です!」
「部長が一番、好きなんです…!」
そう言って咲は私を抱き寄せた。
私はされるがままに抱き寄せられながら、
ぼんやりと他愛もないことを考えていた。
よかった、なんだかよくわからないけど、
どうやらまた咲のごはんが食べられるんだ。
これからも、咲は起こしに来てくれるんだ。
夜は、咲と一緒に寝られるんだ。
ぽたりっ
不意に胸元に何かが落ちたことに気づく。
それは、水滴だった。
え、水滴?なんで?
あれ、なんだか視界もおかしい。
まるで水の中に顔を突っ込んだように、
視界が滲んで周りがよく見えない。
あれ?なんで私、泣いてるの?
理解不能な涙は、私の意思とは無関係に
どんどん溢れ出して、私と咲を濡らしていく。
なんで、涙が出てくるのかしら?
なんで、涙が止まらないのかしら?
「ねえ、咲。私ね、わからないことだらけなの」
「咲がいなくなってから、
ごはんの味がしなくなった。
寝られなくなった。
身体が勝手に震えるようになった」
「咲が帰ってこないかもって考えたら、
何もする気が起きなくなった」
「それで、咲が戻ってきたら。
今度は涙が止まらなくなった」
「これって、どうしてなのかしら」
私の問いかけに、なぜか咲は涙ぐみながら、
でも笑顔で私に答えを返す。
「そんなの、決まってるじゃないですか…」
「…なんでなの?咲は、答え知ってるの?」
「部長が、私の事を、好きだからですよ…!」
そう言って、咲は一際強く私を抱き締めた。
--------------------------------------------------------
そっか…私、咲の事が好きなんだ
咲がいなくなると、
生きられなくなっちゃうくらい
--------------------------------------------------------
「まあそんなわけで、どうやら私、
咲の事が好きだったみたいなのよね」
「本当に気づいとらんかったんか…」
「…もし部長が咲さんの事を本気で愛していなかったなら、
私が無理矢理にでも咲さんを引き離してましたよ」
「咲ちゃんが居なくなった時の部長、
正直見てるこっちまでつらかったじぇ」
どうやら私以外にとっては、
全員周知の事実だったみたい。
私のカミングアウトに、
部員全員が呆れたようにため息をついた。
「で、気づいた途端に『それ』か」
「んー、正直なところ、まだ感情的には
実感できてないのよね。
だから、こうしてたらそのうち実感できるかなって」
「あ、あはは…」
私の腕の中には、咲がすっぽりと収まっている。
ここに来るまでもこうして歩いてきた。
周りからは結構な視線を浴びたけど、
咲は特に抵抗しなかったし。
「でも不思議なもんだじぇ。他人の事はサトリみたいに
何でも読み取るくせに、自分の事はわからないとか」
「いや、何もかもわからないわけじゃないのよ?
ごはんおいしいとか、眠れなくてつらいとか、
そういう感情は普通に感じるし」
「ただ、恋愛感情っていうのがよくわからないのよね。
周りからは散々向けられてきたから、
知識としてどういうものかは知ってるんだけど」
「…無理して、わかろうとしなくてもいいんですよ?」
「ただ私のごはんを、おいしいと思ってくれるとか」
「私と一緒に眠ると、ぐっすりと眠れるとか」
「そう感じてくれるだけで、私は十分幸せですから」
そう言って、咲は笑みを浮かべた。
その笑顔はとても綺麗で。
ずっと見てたいなって、そう思った。
まだ、私には『恋愛感情』というものはよくわからない。
咲が好きでたまらないとか、
いなくなると寂しいとか、
そういう気持ちは沸いてこない。
でも、そんな私にでも、わかることがある。
それは、きっと私が幸せになるためには、
咲が必要不可欠だってこと。
「咲、私から一生離れないでね?」
「えぇ!?…なんでいきなりプロポーズするんですか!?」
「え、これってプロポーズになるの?」
「いやだって、ずっと一緒にいるって…
結婚するのと同義じゃないですか…」
「あー、そうなんだ。じゃあ、言いかえるわ。
咲、私と結婚してちょうだい!!」
「も、もう!!部長、ホントはちゃんと
わかってるんじゃないですか!?」
私の言葉に、咲は顔を真っ赤に上気させながら。
にやけながら怒るという奇妙な動作をしつつ
私をしかりつけた。
(完)
(『Side−咲』は2014年12月9日15時から公開)
咲?いや別にただの後輩だけど?
恋愛感情?ううん、ないわよ別に。
でも、咲が作ったごはん以外は味がしないのよね。
あー、早く咲のごはんが食べたいな。
<登場人物>
竹井久,宮永咲,その他清澄
<症状>
・異常人格
・依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・自分に好意を持っている咲を言いなりにしていた黒久が、
咲の一途な姿に徐々に惹かれて浄化していくあまあま久咲
※Side−咲と対になってます。
両方読まないとあまりあまあま成分
(およびリクエスト成分)を感じないかも。
--------------------------------------------------------
私は、昔から人使いが荒いと言われる。
例えば最近で言えば、よく須賀君の扱いについて
周りから忠告を受けることが多い。
『いくらなんでも、彼に雑用を押し付けすぎだ』
みたいな感じで。
でも、私には私の言い分がある。
そもそも、私はそういったお願いを
無理強いすることはほとんどないのだ。
だって私のスタンスは、
『とりあえず駄目元で頼んでみる。
駄目でも別にかまわない』
というものだから。
見えない相手の事情を想像して
顔色を窺うなんて、はっきり言って
時間の無駄だと思う。
だからとりあえず頼んではみるけれど、
断られたからって怒るわけでもないし、
それでペナルティを課したりはしない。
そんな考え方を持つ私からしたら
『いやだったら断ればいいじゃない?』
となるわけだ。
だから、須賀君の件も、
別に私が強制しているわけじゃなくて。
単に須賀君が断らない…
ううん、むしろ率先してやってくれるから、
というだけのことなのだ。
ちなみに、なぜこんなことを
ぐだぐたと言い訳しているのかというと。
実は似たような件について、
さらに深刻な感じで
指摘されてしまったからだったりする。
そう、うちの麻雀部の部員である、
宮永咲のことで。
--------------------------------------------------------
それはまこと二人、部室でくつろいでいた時の事。
私は突然、咲の扱いについてまこにたしなめられた。
「なあ…お前さん、もう少し咲に
優しくしてやったらどうじゃ」
「へ?」
と言っても、そもそも私には身に覚えのないことで。
別に、咲に冷たくしたつもりはないし、
他の部員と同様に接しているつもりなんだけど。
「それじゃよ…他の部員と同等っちゅうのが
もうおかしいじゃろ」
なんでわからんのじゃ、
と言わんばかりに肩をすくめるまこ。
いや、わりと本気でわからないんだけど。
「毎日お弁当作っとくれて、
部活がなぁ時も議会が終わるんを待っとって、
一緒に帰る咲がなんで他と同じなんじゃ」
「え、でも別にそれは咲が
好きでやってることでしょ?」
確かに、私は咲にいろいろと
やってもらってはいる。
例えば、朝はモーニングコール代わりに
家に来てもらって、
そのまま朝ごはんを作ってもらう。
お昼も咲が作ったお弁当に舌鼓を打ち。
帰りも一緒に帰って、
夕飯も咲に作ってもらっている。
確かにお世話にはなっているし、
感謝もしているけれど。
でも、それって別に
咲がやりたくてやってることでしょ?
咲は、インターハイの全国大会でお姉さんと
関係を修復することができなかった。
だから、私は普通の常識ある人間として、
咲のことを慰めた。
そしたら咲は、私に懐いた。
だから結局のところ、咲は自分の意志で
お姉さんから私に鞍替えしただけで。
今私に尽くしているのも、
いわば咲自身のリハビリみたいなものなのだ。
で、私は私で、別に咲に尽くされて
困ることもないし、むしろ助かるから
それを受け入れてるだけ。
お互いにとって、ギブアンドテイクで
Win-Winなんだからそれでいいじゃない。
もし咲が嫌だというなら、断ればいいのよ。
「はぁ…人心を掌握するのが
鬼のように上手いくせに、
なんでそういうところだけドライなんじゃ」
「へ?それとこれとは話が別でしょ」
「どういうことじゃ?」
「だって、人の考えてることがわかるのと、
それで私が心を動かされるかは
全くの別問題でしょ?」
まこは、話にならんと頭をかいた。
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まこに咎められたので、咲のことを考えてみる。
そもそも咲は、私の事をどう思っているのだろうか。
友愛?恋愛?家族愛?
私は、咲が求めているのは、
家族としての愛だと思う。
だって咲は、私に見返りを求めてこないから。
友達にしろ、恋人にしろ、
綺麗事を言ったって、
結局は見返りを求めていると思う。
そう、愛情という名の見返りを。
でも、咲のそれは違うと思う。
例えば咲は、そもそも私に
ごはんを作るという行為そのものに
幸せを感じている。
だから私は、それを食べてあげてる。
それだけで咲は喜ぶ。うん、間違ってない。
--------------------------------------------------------
ある日の休日。私は珍しく自炊していた。
「あ、部長…私、明日は用事があって
丸一日潰れちゃうので…
ごはんとか用意できません。
ごめんなさい」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。
咲に作ってもらう前はちゃんと自炊してたんだし、
心配しなくても自分で作るわよ」
なんてやりとりがあったから。
私もこれまでそれなりの期間
一人暮らしをしてきたわけで。
だから、料理にはそれなりに自信があったのだけど。
作った料理は、驚くほどまずかった。
「おかしいわね、特にどこかで
失敗した覚えもないんだけど」
ふと思い返してみる。
最後に自分で料理したのはいつだっただろうか。
ああ、駄目だ、思い出せない。
まあそれだけ長い間自炊してなかったんだし、
ひょっとしたら腕がにぶってしまったのかもしれない。
「あー、違うわ。きっと、
咲の料理がおいしすぎたのね」
とりあえず作ったものをエネルギーに変えるべく、
私はでき損ないの料理を、
機械的に体内に詰め込んだ。
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「というわけで、自分で
料理作ってみたけど駄目だったわ」
「やっぱり、咲のごはんじゃないとねー」
「そ、そうですか…えへへ」
私の言葉に、咲は顔を赤くして
もじもじと人差し指をこすり合わせながら、
うれしそうに返事を返した。
「あーあ、咲が私の家に
住んでくれたらいいのになー」
「そ、それって…」
元々赤かった顔をさらに紅潮させて、
咲は上目遣いで私の目を覗き込む。
あれ?なんか、いつもと違う。
私は、こんな目を何度か見たことがある。
そう、それは私に告白してくる子が
私に対して向けてくる眼差しで。
私は咲に、愛情という見返りを
求められていることに気づいた。
「…ん?咲、もしかして」
「は、はい?」
「私の事、好きなの?」
「え、えっと…」
「……」
「は、はい…」
「部長の事、好き、です…」
震える声を、絞り出すようにそう言った後、
そのまま黙って俯いてしまう咲。
対する私は首を傾げながら、
あごに手をあてて考え込んだ。
咲の愛情は、家族愛だとばかり思っていたのだけれど。
いつの間に、恋愛にすり変わっていたのかしら?
ただそうなると、私も答えを出してあげる必要がある。
受け入れるのか、拒絶するのか。
その問いを、頭の中で反芻する。
(咲のお世話になってるのは事実だし、
何よりあのごはんは捨てがたいのよね)
(で、それに対して咲は見返りを求めているわけだし、
だったら対価は支払わないといけないわよね)
「わかったわ、咲。私達、つきあいましょ?」
「えぇ!?」
「…ぶ、部長…本当ですか!?」
「さすがにこんな嘘はつかないわよ?
これからもよろしくね!」
脳内会議の結果、私は咲の愛情を受け入れることにした。
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そんなわけで、私達はつきあうことになった。
つきあうことになって驚いたのは、
咲のごはんがさらにおいしくなったこと。
「え、えへへ…愛情、こめてみました」
なんて、はにかみながら笑顔を見せる咲。
愛情って、どうやってこめるのかしら。
私にはわからないけれど、
確かに咲の料理はすごくおいしくなっていた。
そして、その対価として。
咲は、私に恋人として接することを要求した。
例えば、手を繋ぎながら街を歩いてみたり。
映画とか見てみたり、
喫茶店でカップル割引の適用を要求してみたり。
そして、帰り際には抱き寄せてキスしたり。
咲が私に与えてくれる料理と比較すれば、
大した対価でもなかったから
私は素直に支払った。
最近では、咲は私の家によく泊まる。
二人で一緒の布団にくるまって、
くっつきあって、おやすみのキスをして眠るのだ。
これは、新しい私の健康法の一つになった。
なぜかはよくわからないけど、
咲を抱いて寝るとよく眠れるのだ。
咲の体温が温かいからかしら?
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そんなぬるま湯のような日々を送る私達に、
ある一つの転機が訪れる。
咲に、お姉さんから連絡があったのだ。
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咲は、2週間くらい東京に滞在することになった。
聞くところによると、
どうやらお姉さんと復縁できそうらしい。
「部長、ごめんなさい…」
「なんで謝るの?復縁できるなら
それにこしたことないじゃない」
「頑張って、仲直りしてきなさい!」
「はっ…はい!!」
最初は浮かない顔をしていた咲だったけど、
私に励まされた後は、笑顔を取り戻して。
強い決意をこめた表情で、清澄を後にする。
私は、そんな咲を笑顔で見送った。
ま、当分はまた味気ない料理になっちゃうけど仕方がない。
咲が戻ってくるまでは我慢しましょうか。
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「ん…あれ?もうこんな時間…?」
目を覚ました私は、枕もとの時計を確認して軽く驚いた。
時計の針が差す時間は、10時26分。
遅刻なんてレベルじゃない。
「咲ー、なんで起こしてくれなかったのー?」
そうぼやきながら、
私は咲がいるであろうキッチンに向かう。
でも、そこに咲はいなかった。
いつもなら用意されているはずの
温かい朝食も今日はない。
誰もいない、何もない食卓は、
なんだかひどく寒々しい印象を受けた。
「そっか…咲、二週間いないんだ」
ようやく回転してきた頭で、今の状況を把握する。
とりあえず、自分でご飯を作って食べて、
急いで学校に行かないといけない。
でも、なぜかその気が起きなかった。
「サボっちゃおっかな」
私はベッドに戻ると、再び眠ることにした。
頭まで布団をかぶって、
身を丸めて膝を抱え込むように眠った。
(なんでかしら…なんか、寒い)
なぜか、寒さで震えが止まらなかった。
それがなぜなのかは、わからなかったけど。
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とはいえ、さすがにこんな生活を
毎日続けるわけにもいかない。
私は対策を取ることにした。
まず、起床に関する対策。
これは別に問題ない。
目覚ましをかければいいだけだ。
まあ、咲が優しく
揺り起こしてくれるのに慣れてしまうと、
あのけたたましいアラームは
正直堪えるのだけれど。
それよりも、やっぱり問題は食事について。
再度挑戦してはみたけれど、
私の調理技能の低下は深刻だった。
何しろ、味がしないのだから。
今回も、特に失敗した覚えはない。
ちゃんと、調味料を使って味付けしたはず。
なのに、まるで砂を噛んでいるように。
まるで味がしなかった。
「え、味がしないって何よ?
むしろどうやったらそんなの作れるの?
私ってある意味天才?」
あまりの珍現象に驚きながら、
もう一度噛みしめてみるものの。
でも、やっぱり味がしない。
「…前作った時は、まだここまで
ひどくはなかったと思うんだけどな」
結局私は、それを一回で食べきることができず。
昼食と夕食の二回に分けて我慢しながら、
何とか口に詰め込んだ。
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「久…なんかお前さん、やつれとらんか?」
「え、そう?まあ確かにひもじい食生活を送ってるけど」
「もしかして、自炊しとらんのか?」
「んー、やってみたんだけどねぇ。
なんか全然味がしなくて」
「だったらいっそ開き直って、
ゼリー飲料とかカロリーメ○トでいいかなって」
あの後も一度だけ挑戦してみたけれど。
やっぱりできあがったごはんは味がしなくて。
「いやいや、なんでそこで一足飛びに非常食なんじゃ。
学食とかコンビニとかいろいろあるじゃろ」
「もちろん試したわよ。でも、全滅だったの」
学食の定食も、コンビニのお弁当も、
それなりに名のあるレストランのお料理も。
全部試してみたのだけれど、
驚いたことに、こちらも味がしなかった。
どうやら、私は咲のごはん以外は
味がしない体になってしまったらしい。
それに気づいた私は、手っ取り早くエネルギーを
補給できる食品に切り替えた。
やっぱりこれも味がしないんだけど、
量が少ない分、なんとか我慢して
飲み込むことができるから。
「不思議よね。咲の作るごはん以外味がしないなんて。
もしかして、咲ったら私に一服盛ってるんじゃない?」
なーんてね?って笑い飛ばす私。
でも、対するまこの表情は、
驚くほどに真剣だった。
「久…やっぱり、咲がいないのが堪えとるんか」
「へ?あー、まあそうなんだけどね?
咲のごはんが恋しいわ。
早く戻ってきてくれないかなー」
まこが不意に、考え込むような表情をする。
でも、何か意を決したかのように気合を入れると、
強張った声で私に話しかける。
「それじゃが…咲の奴、
もう戻ってこんかもしれんぞ?」
それは、青天の霹靂だった。
「いやいや、そんなわけないじゃない」
一瞬虚をつかれた私だったけど、
それはあり得ないと思い直す。
「お姉さんはもう卒業だし、
咲はまだ2年高校があるんだから。
あるとしても、お姉さんが
長野に戻ってくるケースでしょ」
でも、まこはさらに反論する。
「でも、姉にしてもずっと東京におったんじゃし、
今さら長野に戻る理由もないじゃろ。
じゃけぇ、咲の性格からして、
少しでも一緒に居たいと言うて
ついてくかもしれんぞ」
もちろん、その可能性は低いと思う。
でも私は、その意見を否定しきるだけの材料を
持ち合わせていなかった。
「そっか…もう咲は、
戻ってこないかもしれないんだ」
言われてみれば、そうなのかも知れない。
そもそも仮に戻ってきたとしても、
今の関係に終止符が打たれる事は十分に考えられた。
そうよね、私はお姉さんの
代替品だったわけだし。
お姉さんと復縁できたなら、
お姉さんを取るわよね?
本物がかまってくれるなら、
私はもういらないわよね?
「…でも、さきのごはん、食べたいな」
ぽつりとつぶやいた、私の言葉に。
なぜか、まこが打ちひしがれたような
悲痛な表情を見せる。
ん?なんでまこがそんな顔するの?
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自分の体に、不思議な現象が起きていた。
どうでもいいことで涙が出るようになった。
夜、寝てても眠れなくなった。
身体の震えが止まらなくなった。
原因がまったくわからない。
私の体、一体どうしちゃったんだろう。
このまま私、死んじゃうのかな?
その前に一回くらい、さきのごはんが食べたいな
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そのうちうごくのがおっくうになってきて。
そのまま、ごはんもなにもたべないで、
ただずっとふとんにくるまってたら。
いしきがもうろうとして、
やっとねむれるようなきがしてきた。
よかった、ようやく…ねむれるかも。
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朦朧としているところを、誰かにゆり起された。
それは、随分と久しぶりの感覚。
もっともそれは、いつもより
随分と乱暴な感じだったけど。
「起きてください!部長、起きて!!」
うっすらと目を開けると、
そこには目に涙をためた咲の顔があった。
宣告通り、咲はきっちり二週間で戻ってきたのだ。
「よ、よかった…部長、生きてた…!」
「い、生きてたって何よ…」
「だ、だって部長。すごい痩せてて、
ゆすっても全然反応しなくて、
もう、死んじゃったみたいになってたから」
「いやいや、人間そんな簡単に死なないわよ。
ちゃんと必要最低限の栄養補給はしてるし」
「と、とりあえず、
ごはんできてますから食べてください!」
言われてみると、鼻孔をくすぐる
おいしそうなにおい。
現金なもので、私のお腹がくぅーっと
食事の催促を始め出す。
…食欲なんて感じたの、いつぶりだったかしら。
私は恥も外聞もなく、
咲が用意してくれた食事にかぶりついた。
久しぶりに食べた咲の料理は、
もちろんちゃんと味がして。
今まで食べたどんな料理よりもおいしかった。
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咲が作ってくれたご飯を、
おかわり分もすべて平らげて。
落ち着いた私は、そこでようやく
一つの疑問に咲に投げかけた。
「どうして戻ってきたの?
お姉さんと復縁できなかったの?」
「お姉ちゃんとは、仲直りできましたよ?」
「ならなんで?」
「いやいや…仲直りはできましたけど、
だからって引っ越すわけじゃありませんし…」
そう言って苦笑する咲。
まあ、それはそうなんだけど。
「でも、お姉さんと復縁できたなら、
私はもういらないでしょ?」
私の質問に、咲はまるで
自分が傷つけられたかのように、
泣きそうな表情を浮かべた。
「な、なんでそんなこと言うんですか…!」
「だって、そもそも咲が私に懐いたのって、
お姉さんに拒絶されたからじゃない」
「……っ!」
「でしょ?」
「…ごめんなさい。確かに最初の頃は、
部長の好意にあまえちゃってました」
「でも、今は違うんです。
私は、部長の事が好きなんです。
告白したじゃないですか!」
「…私は、お姉さんの代替品じゃないの?」
「…いくらなんでも怒りますよ!?
むしろ私にとって、部長の代わりなんていません!
一番大切なのは部長です!」
「部長が一番、好きなんです…!」
そう言って咲は私を抱き寄せた。
私はされるがままに抱き寄せられながら、
ぼんやりと他愛もないことを考えていた。
よかった、なんだかよくわからないけど、
どうやらまた咲のごはんが食べられるんだ。
これからも、咲は起こしに来てくれるんだ。
夜は、咲と一緒に寝られるんだ。
ぽたりっ
不意に胸元に何かが落ちたことに気づく。
それは、水滴だった。
え、水滴?なんで?
あれ、なんだか視界もおかしい。
まるで水の中に顔を突っ込んだように、
視界が滲んで周りがよく見えない。
あれ?なんで私、泣いてるの?
理解不能な涙は、私の意思とは無関係に
どんどん溢れ出して、私と咲を濡らしていく。
なんで、涙が出てくるのかしら?
なんで、涙が止まらないのかしら?
「ねえ、咲。私ね、わからないことだらけなの」
「咲がいなくなってから、
ごはんの味がしなくなった。
寝られなくなった。
身体が勝手に震えるようになった」
「咲が帰ってこないかもって考えたら、
何もする気が起きなくなった」
「それで、咲が戻ってきたら。
今度は涙が止まらなくなった」
「これって、どうしてなのかしら」
私の問いかけに、なぜか咲は涙ぐみながら、
でも笑顔で私に答えを返す。
「そんなの、決まってるじゃないですか…」
「…なんでなの?咲は、答え知ってるの?」
「部長が、私の事を、好きだからですよ…!」
そう言って、咲は一際強く私を抱き締めた。
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そっか…私、咲の事が好きなんだ
咲がいなくなると、
生きられなくなっちゃうくらい
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「まあそんなわけで、どうやら私、
咲の事が好きだったみたいなのよね」
「本当に気づいとらんかったんか…」
「…もし部長が咲さんの事を本気で愛していなかったなら、
私が無理矢理にでも咲さんを引き離してましたよ」
「咲ちゃんが居なくなった時の部長、
正直見てるこっちまでつらかったじぇ」
どうやら私以外にとっては、
全員周知の事実だったみたい。
私のカミングアウトに、
部員全員が呆れたようにため息をついた。
「で、気づいた途端に『それ』か」
「んー、正直なところ、まだ感情的には
実感できてないのよね。
だから、こうしてたらそのうち実感できるかなって」
「あ、あはは…」
私の腕の中には、咲がすっぽりと収まっている。
ここに来るまでもこうして歩いてきた。
周りからは結構な視線を浴びたけど、
咲は特に抵抗しなかったし。
「でも不思議なもんだじぇ。他人の事はサトリみたいに
何でも読み取るくせに、自分の事はわからないとか」
「いや、何もかもわからないわけじゃないのよ?
ごはんおいしいとか、眠れなくてつらいとか、
そういう感情は普通に感じるし」
「ただ、恋愛感情っていうのがよくわからないのよね。
周りからは散々向けられてきたから、
知識としてどういうものかは知ってるんだけど」
「…無理して、わかろうとしなくてもいいんですよ?」
「ただ私のごはんを、おいしいと思ってくれるとか」
「私と一緒に眠ると、ぐっすりと眠れるとか」
「そう感じてくれるだけで、私は十分幸せですから」
そう言って、咲は笑みを浮かべた。
その笑顔はとても綺麗で。
ずっと見てたいなって、そう思った。
まだ、私には『恋愛感情』というものはよくわからない。
咲が好きでたまらないとか、
いなくなると寂しいとか、
そういう気持ちは沸いてこない。
でも、そんな私にでも、わかることがある。
それは、きっと私が幸せになるためには、
咲が必要不可欠だってこと。
「咲、私から一生離れないでね?」
「えぇ!?…なんでいきなりプロポーズするんですか!?」
「え、これってプロポーズになるの?」
「いやだって、ずっと一緒にいるって…
結婚するのと同義じゃないですか…」
「あー、そうなんだ。じゃあ、言いかえるわ。
咲、私と結婚してちょうだい!!」
「も、もう!!部長、ホントはちゃんと
わかってるんじゃないですか!?」
私の言葉に、咲は顔を真っ赤に上気させながら。
にやけながら怒るという奇妙な動作をしつつ
私をしかりつけた。
(完)
(『Side−咲』は2014年12月9日15時から公開)
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これは名作の予感。
ヤンデレって、いきすぎなければ無償の愛っていうとても尊いものなのではないかと、今回のssを読んでて思いました
久さんかわいい!
かわいいから忘れてたけど最後は決めるのが本来の咲さんなんだよね
このサイトに掲載されている久咲はすべてブックマークさせてもらってます。相談室も好きです。
これからもがんばってください。自分はいつでも主様のssを読みながらウイスキーを飲み、狂喜乱舞する用意はできております。
両親がなんと言おうが・・・
まぁ、少しは気にしますけどあまり気にしませんので!
リクエスト受けありがとうございました!m(__)m
side咲楽しみです!
こういう依存>
咲「原作でも部長は自分に鈍感ですよね」
久「た、たった一回自分の緊張に
気づかなかっただけじゃない」
咲「別に否定しなくても…
そういうのって魅力的だと思いますよ?」
薬持ってない?
咲「わ、私白咲ですから!」
久「簀巻き咲の弊害がここにも…!」
久さんかわいい!>
咲「ほ、ほら…こういう人がでてきちゃったよ…
私だけの秘密だったのに」
久「side咲公開前にこういう意見が出てきたのは
ちょっと意外だったわ」
最後は決める咲さん>
久「普段は小動物なのにね。
そういうギャップにやられちゃうのかしら」
咲「そ、その言葉そっくりお返しします!」
ウィスキー>
咲「ありがとうございます!
これからもブックマーク
していただけるように頑張ります!」
久「ウィスキー片手にヤンデレSS…」
和「ありですね」
すばら>
姫子「花田が壊れ…とらんな」
煌「すばらです!」
side咲>
咲「あまあまですよ?」
久「そのせいで病み成分が
浄化され過ぎちゃった!ごめんね!」
自分の中で久咲ブームが絶頂期です!