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【咲SS:霞巴】巴「劣等感」【狂気】

<あらすじ>
六女仙の長は誰か。

実際にはそんな役職はないのだけれど。
もしそれを問われたら、皆が皆、
口をそろえて彼女の名前を挙げると思う。

そう、『石戸霞』と。

私は、そんな霞さんに対して
強烈な劣等感を感じてしまっていた。


<登場人物>
石戸霞,狩宿巴,薄墨初美,神代小蒔,滝見春

<症状>
狂気
ホラー?

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・巴霞(もしくは初美)で、シリアス。
 立派に役目を果たす霞に
 巴が劣等感を抱く・・みたいな・・。

※正直原作における巴さんの出番が少ないので
 性格を掴み切れてません。
 別人になってたらごめんなさい。

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六女仙の長は誰か。

実際にはそんな役職はないのだけれど、
もしそれを問われたら。皆が皆、
口をそろえて彼女の名前を挙げると思う。


そう、『石戸霞』と。


その回答に異論はない。
私だってそう答えるだろうから。

とても同級生とは思えない落ち着いた物腰。
大人の女性を思わせる色気。
まるで私達を娘として見ているかのような、
慈愛に満ちた眼差し。

それはどれをとっても、私にはないもので。
霞さんは、私にとっての憧れであり、
また近寄りがたい人でもあった。

お役目一つとってもそう。
あの人は、姫様が降ろす神と同格の鬼をその身に降ろす。
姫様に大事があった時、この神境を率いるのはあの人。

霞さんは姫様の代わりになれるけど、
姫様は霞さんの代わりにはなれない。
ある意味、神境でもっとも重要な存在とも言える。


対して私はどうだろう。
あはは、比べるのもおこがましい。

神格も、頭脳も、外見も、性格の良さも。
何一つ、私が勝てるところはない。

唯一特色が出るはずのお役目ですら、
私には春ちゃんという代役がいる。
私が欠けたってそんなには困らない。

だから、私は…

はっきり言ってしまえば、霞さんに対して
強烈な劣等感を感じてしまっていた。



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「そういえば…
 巴ちゃんは、どうして霞ちゃんの事だけ
 『さん』呼びなの?」


それは、ハッちゃんと二人で
勉強会をしていた時の事だった。
さすがハッちゃん、普通なら
聞きにくい事でも平然と踏み込んでくる。


「うーん…だって霞さんって、
 同級生って感じしなくない?
 大人の女性って言うか…」

「歳だけで言えば私の方が年上だよ?」

「あ、うん。そうだね。
 ハッちゃんはかわいいね」

「どうしてそうなるんですかー!?」

「ほんの2か月の違いで
 年上を主張しちゃうところが
 かわいいなぁって」


そう。数か月の範囲で年長者を決めるなら、
実はハッちゃんが一番年上。
でも、この中じゃむしろ一番年下に見える。


「…やっぱり見た目とか、
 性格が物を言うと思うんだよね」

「まあ確かに、見た目で言えば霞ちゃんは
 すでにお母さんの風格が漂ってるけど」

「でも…あれでいて、霞ちゃんって
 けっこう子供っぽいところあるよ?」


そう言って、コロコロ笑うハッちゃん。
こういう人懐っこいところが、
ハッちゃんの幼さをさらに強調しているんだと思う。

でも、今はその幼さがうらやましい。
だって私はあの人の事を、
そんな風に見れはしないから。

あの人を、自分の比較対象として見てしまうから。


「はぁ…同じように暮らしてるはずなのに、
 どうしてこんなに差が出ちゃうんだろ」


思わずため息をついた私に、
ハッちゃんは意地悪い笑みを
浮かべながら問いかける。


「…巴ちゃんって、割といつも
 霞ちゃんを気にしてるよね」

「…まぁ、ね」

「どうして?」


どうして。そう言われると言葉に詰まる。

そういえば、私はなんでこんなに、
霞さんにだけ劣等感を抱いているのだろう。
別に、無理に張り合う必要もないはずなのに。


「…わからない」


本音だった。わからない。
けっこう昔からこうだった事は覚えている。
でも、そのきっかけが思い出せない。
もともと、きっかけなんてあったのかすらも。

考えても答えは出ないような気がした。
でも、ハッちゃんのその問いかけは、
いつまでも私の心に残った。


なんで私は…こんなにも霞さんに、
心をかき乱されるんだろう。



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「ふぅ…ありがとう。いつも悪いわね」

「いえ、これが私のお役目ですから」


心からお礼を返す霞さんに、
私は事務的な返事を返した。

姫様に近づこうとする恐ろしいものを鎮めるために、
霞さんは定期的に恐ろしいものをその身に宿す。

そして、それを私が祓う。
私にとっては、これが最も重要なお役目であり、
それでいて修行の一環でもある。


でも、実際には…私がいる意味はあまりない。


だって、霞さんは類まれなる力の持ち主で。
神と同格と恐れられる鬼でさえ、
霞さんは普通に従えてしまっているから。

私がお祓いをするのは、
単に霞さんが自身で鬼を元の世界に還せないから。
ただそれだけの事だったりする。

しかも、それで還さなかったとしても、
霞さんが正気を失うわけでもない。
まあ、まったく負担に
ならない事はないだろうけど。
せいぜい、『ちょっと心が澱む』くらいで
すむんじゃないだろうか。

そう考えると、私の存在意義って何なんだろうね。
なんて思ってしまったりする。


「…ねえ、巴ちゃん。
 何か、悩み事でもあるの?」


気持ちが沈むままにつらつらと考え事をしていたら、
霞さんに心配されてしまった。
その呼びかけに、私はさらに暗くなる。

コンプレックスを感じている相手に心配される。
それはなぜだか知らないけれど、
私を惨めな気分にさせた。

もちろん、霞さんは100%善意で
心配してくれてるんだろうから、
とてもこんな醜い胸の内は明かせないけど。


「…いえ、なんでもありませんよ。
 ちょっと、寝不足なだけです」

「……そう?ちゃんと寝なきゃ駄目よ?
 寝不足はお肌の大敵なんだから」


ね?なんて、にっこり微笑む霞さん。
その笑顔は、私を心から慈しむ気持ちに溢れている。
本当に、この人は私と同学年なんだろうか。
自分の事で精いっぱいの私とは大違いだ。


「…そうですね」


私はまた、得体の知れない敗北感に打ちのめされながら、
心のこもってない生返事を返すしかなかった。



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「…私って、巴ちゃんに嫌われているのかしら」

「…は?何言ってんですかこのお母さんはー」

「ふふ、初美ちゃんは私に嫌われたいのね?
 仕方ないから誘いに乗ってあげるわ」

「ギ、ギブですよー!おっぱいの刑は
 勘弁してくださいよー!!」


霞ちゃんから持ち掛けられた相談は、
私からしたら愚問もいいところでした。

だって、巴ちゃんが霞ちゃんを嫌うなんて、
あるわけないじゃないですか。
あれだけ霞ちゃんの事ばっかり考えてる巴ちゃんが。


「でも…初美ちゃんは『ハッちゃん』なのに、
 私は『霞さん』じゃない…」

「しかも、私には丁寧語だし…
 なんだか、距離を取られている気がするわ」

「うーん。それは単に小さい頃からの
 癖じゃないですかねー」

「私だって霞ちゃんには昔から丁寧語ですけど、
 これっぽっちも敬意は払ってませんよー?」

「あらあら、初美ちゃんたら、
 そんなに『ここ』に挟まりたいのね?」

「ギブ!ギブですよー!!」


私を抱き締めて窒息させる霞ちゃん。
そう、霞ちゃんはけっこう悪戯好きですし、
子供っぽいところもあるのです。

ただ、巴ちゃんは霞ちゃんの事を
美化しすぎてるふしがありますから、
そこに気づけないのかもしれませんねー。


「でも、それは霞ちゃんにも
 言える事だ思いますよー?」

「…え?何が?」

「距離、ですよー。私には遠慮なく
 おっぱいの刑してくるのに、
 巴ちゃんにはしないじゃないですかー」

「そもそも巴ちゃんは初美ちゃんと違って、
 私をからかってはこないわよ?」

「それはそうですけどー。
 霞ちゃんから冗談を言う事も
 ないじゃないですかー」

「まあ…そうね」

「巴ちゃんは確かに真面目ですけど、
 冗談に何も返さないほど
 頭固くもないですよー?」

「霞ちゃんも、ちょっと巴ちゃんに対しては
 踏み込みすぎないように
 距離を作ってる気がしますー」

「……そうかもしれないわね」

「じゃあ、今度あいさつがてらに
 処刑してみようかしら」


姫様のようにぐっと拳を握って気合いをいれる霞ちゃん。

それ、本気でやらないでくださいねー?
巴ちゃん、抵抗しないで本当に
死んじゃうかもしれませんからー。


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私、石戸霞にとって、狩宿巴は特別な存在。
なぜなら彼女は、文字通り私の命綱だから。

私は、鬼を降ろす事はできても、
それを自分で還す事はできない。

もしそのまま放置すれば、私は鬼と同化して、
人ならざる存在になってしまう。
それは、人としては死んだのと同じ事。

だから私は、彼女に頭が上がらない。
だって、命の恩人だもの。

それだけじゃない。私にとって彼女は、
憧れの人でもあった。

悪しき鬼をその身に宿し続け、
穢れてしまった私にとって。
それを祓ってくれる清らかな彼女は、
私にとって女神とも呼べる存在だった。


そんな大切な人が、今何かに悩んでいる。
しかもその悩みは、私にも関係するらしい。

だって巴ちゃんは時々私の事を
ちらりと覗き見ては、
沈んだ表情でため息をつくのだから。

何とかしたいと思った。
この、大切な人の心を少しでも
軽くしたいと思った。


だから、こう私は聞いた。


「何か、私にできる事はない?」


一度は聞いて、それとなくかわされた事を考えれば。
ちょっと、踏み込み過ぎかとも思う。

でも、初美ちゃんの言う通り。
そうやって私も今まで
壁を作ってたのかもしれない。

この際だから、これをきっかけに
巴ちゃんともっと打ち解けたい。


ただ、それだけの事だったのだけれど。

それが、あんな大事につながるなんて、
私は思いもしなかった。



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「何か、私にできる事はない?」


そう問いかけられた時、
私はどうしようもなく悲しくなった。

だって私は、霞さんにだけは
手をさしのべられたくなかったから。

私にとって霞さんは、追いつきたいと思っている人。
対等の立場で、横に並びたいと思っている人。
それがなぜなのかは
未だにわからないのだけれど。

だから、あなたにだけは、
心配されたくなかった。

あなたとは対等じゃないと宣言された気がして、
それがひどく悲しかった。


「…気にしないでください」


胸の内にくすぶる感情を押しとどめながら、
私はなんとかそれだけを吐き出した。
でも、霞さんは引き下がらない。


「…悪いけど、今日は引き下がらないわ。
 最近のあなたは、いつも辛そうにしてる」

「それは…私にも関係する事なのでしょう?」

「だったら…話してくれない?
 私にも、できる事があるかもしれないわ」


私は思わず歯噛みした。

あなたに話せる事なんて何もない。
あなたにできる事なんて何もない。
だって、完璧すぎるあなたでは、
経験した事もないでしょう?


手の届かない誰かに嫉妬した事なんて。
その人と自分を比較して劣等感に苛まれた事なんて。


多分、私の気持ちなんて、理解すらできないと思う。

心がどんどん荒んでいく。
醜い言葉を吐き出しそうになる口を
必死で押し止める。


(あなたに、できる事なんて…!)


後少しでその言葉が口をついて出そうになった時。


(あ、あった)


私はひとつ思い付いた。
それは、ただの八つ当たり。
でも、このくらいならいいよね?


「…じゃあ、一つ、お願いしてもいいですか…?」

「!何?私にできる事なら何でもするわ!」

「何でも、ですか…」

「じゃあ…」


「鬼を降ろしたままで、そのまま我慢してください」


それは、私の醜い感情のおすそ分け。

鬼をずっと抱えていれば、
霞さんのような聖女でも、
多少は負の感情がたまるでしょう?


霞さんもちょっとは苦しめばいい。


ただ、それだけの事だった。
それが、あんな大事につながるなんて、
私は思いもしなかった。



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巴ちゃんのお願いは、
私に死ぬかもしれない状態のまま我慢しなさいと
言っているのと同義だった。


「……っ」


私は思わず後ずさった。

なぜ?私はそんなに嫌われていたのかしら?
思わずぐらりとふらつく体を、
何とか必死に踏みとどまらせる。


(…落ち着きなさい、石戸霞)


私が巴ちゃんに嫌われているかは別として。
巴ちゃんはいたずらに人を傷つけて
喜ぶような子ではないでしょう?

きっと、これには何か意味がある。
あれだけ思いつめていたのだから、
きっとそう、何か、深い意味が…


その時、私はふと思いついた。


そうだわ。もしかしたら巴ちゃんは、
修行したいのかもしれない。

腕のいい巴ちゃんの事。
いつものお祓いでは簡単すぎて
修行にならないから、
もっと危機的な状況でさらなる
高みを目指したいのかもしれない。

最近悩んでいたのは、
修行が修行にならなくて、
自身が伸び悩んでいるから…?
なるほどそれなら納得がいく。


なら…私の命。
巴ちゃんに預けてみようかしら。


「わかりました。石戸霞、
 この命をあなたに預けます」

「え?か…霞さん?」

「本当に限界まで耐えてみます。
 だから、絶対に救ってくださいね?」


私はちょっとだけ震える体を奮い立たせて、
悪しきものを降ろすために精神を集中し始めた。



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ただの思い付きだった。
ちょっと困らせてみたいと思っただけだった。

霞さんにとっては、大した負担じゃないだろう。
ちょっと、いつもより心が荒むだけ。
そう思っていた。


それが、まさか…
こんな事になるなんて。


私の目の前には、霞さん『だったもの』がいた。
そして、私にはそれを祓う力はなかった。



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あつい。

からだの内から、欲望がふきだしてくる。

これは、鬼のものなのかしら?

それとも、私のものなのかしら?

わからない。

ああ、あつい。

おねがい、ともえちゃん。

そろそろげんかい。

はらってもらえないかしら?

じゃないと、わたし…


もどれなくなっちゃう。



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「お願いです!目を覚ましてください!」


私は半狂乱になりながら榊を振るう。
でも、全く効果はなかった。
澱みきった空気は、ちっとも浄化されてはくれない。

霞さんは半ば鬼と同化して、
外見すら変わり始めている。
その頭部には角が生え。
霞さんの体から漏れ出た漆黒の闇が辺りに広がる。


その闇は、瞬く間に私を包み込んだ。


「……っ!!?」


そのあまりに闇の深さに、私は
はっと息をのむ。

もうお祓いだとか言っている場合じゃない、
逃げないと嬲り殺される。
すでにそういう段階にまで差し掛かっている。

私は思わず身を翻し、
退路を見出そうと目を凝らす。


そんな時、私の耳に聞こえた霞さんの声。


「ねぇ、ともえちゃん」

「ごめんなさい」

「わたし、もうげんかい」


「にげて?」


目から涙があふれ出した。
この人は。なんで、この人は!

なんで、こんな時にまで。
私なんかを気遣うんですか!?

そもそもこうなったのは私のせいなのに!
私が愚かな事を言わなければ、
霞さんがこんな目に遭う事はなかったのに!


「…逃げません!!」


霞さんの決死の言葉は、
逆に私をその場に踏みとどまらせた。

震える体に鞭を打ち、
榊を握りしめて目の前の鬼に対峙する。

逃げるわけにはいかない。
この事態を招いたのは、私の責任。
たとえ、犯されても。
たとえ、殺されても。


私は、霞さんから逃げるわけにはいかない。



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ともえちゃんがにげない

どうして?

いったでしょ?げんかいだって

ほんとうなのよ?

もう、げんかいなの

ともえちゃん

なんでにげないの?

たべちゃっていいの?

ああ、そういうこと

ともえちゃん、たべられたいのね

そういうことなら


おのぞみどおり、たべちゃうわね?



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もしここが、ご都合主義の世界だったなら。

決意を新たにした私に、
限界を超えた力がみなぎって。

私達はその力で助かって。
めでたしめでたしってなるんだろうか。

でも、現実はそんなに甘くない。
私は、あの時逃げるのが正解だった。


眼前に広がるのは赤。


それが私の血だという事はわかる。

でも、何の血だろうか。
破瓜の血?いや、さすがに出すぎだよね。

あ、そうか。腕がない。
多分これが原因だね。

なのに、なんで痛くないんだろう。
なんで、幸せすら感じるんだろう。

わたしも、こわれちゃったのかな?



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ともえちゃんのち、おいしい

やっぱりすきなこの ちはかくべつね

あれ?わたし、なにいってるの?

すき?ともえちゃんが?

ああ、そうなのね

わたし、ともえちゃんがすきだったんだ

だから、こんなにおいしいのね

おいしい

ともえちゃん、おいしい

ともえちゃん、だいすき



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薄れゆく意識の中、
霞さんの声が聞こえた気がした。
最初は、聞き違いかと思った。


「ともえちゃん、だいすき」


でも、今度の言葉は確かに聞こえた。
大好きだって。私の事が大好きだって。

その言葉で、私も気づいた。
今まで気づかなかった、自分の気持ちに。


ああ、そうか。


(わたしも…霞さんの事が好きだったんだ…)


だから、あんなに固執したんだ。
好きだったから並びたかった。
対等の位置に居たかった。
あの人に相応しい人間になりたかった。


だから、いま…こんなに、幸せを感じてるんだ。


だって、私達は今同じ位置にいる。
どっちも狂って、どっちも壊れて、
同じ底辺の位置にいる。

すごくうれしい。
あははははははははっ。


……


…私の、バカ。



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ともえちゃんがだきついてきた

あは、ともえちゃんも
わたしのことがすきなのね?

わたしたち、りょうおもいね?

ふふ、うれしい

じゃあ、だいじにたべないと

たいせつに たいせつに

あじわってたべないと



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「そこまでですよー!!!」






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聖域である神境に立ち込めた余りにも強すぎる邪気。
ただ事ではないものを感じ、
私は姫様と六女仙を引き連れて
現場に躍り出ました。


「うっ…これはひどいですよー…!
 みんな、覚悟してください!」


辺り一面は血の海と化しています。
正直吐きそうになりましたが、
何とかぐっとこらえました。


「えっ……?」


でも、次に目に飛び込んできた光景に…
私は思わず呆然と立ちすくんでしまいます。


血の海の中心には、霞ちゃんと巴ちゃん。


装束が真っ赤に染まった巴ちゃんは、
もう片腕がありませんでした。

霞ちゃんはそんな巴ちゃんを愛おしそうに
抱き締めながら、腕から流れる血を啜っています。

巴ちゃんは巴ちゃんで壊れた笑みを浮かべて、
残った腕で霞ちゃんの肩にしがみついていました。


(こ、これ……!)

(助かったところで……
 ふ、二人は、元に戻れるんですか……!?)


絶望に塗り潰されそうになった私。
それは私だけではありませんでした。
はるるも、明星ちゃん達も同じだったようで。
誰も動く事ができませんでした。


ただ一人、神様が降りた姫様を除いては。


姫様は全く動揺するそぶりも見せず、
つかつかと一直線に二人に歩み寄ります。

そして、ゆったりとした所作で手を振り上げると、
霞ちゃんに向かって振り下ろしました。


ごうっ…!


刹那、辺りに旋風が巻き起こり、
周囲に充満していた邪気が
あっという間に吹き飛ばされました。


ごとり。


三つの体が倒れます。

一つは、霞ちゃんのもの。
一つは、巴ちゃんのもの。
そして、もう一つは…姫様のもの。


そこでようやく、私の体が動きました。


「さっ…三人を助けますよー!!
 特に巴ちゃん!出血がひどいです!
 このままじゃ死んじゃいますよー!」

「私が腕を縛ります!
 はるるは神楽を踊って
 死の進行を遅らせてください!!」

「明星ちゃんは姫様と霞ちゃんの介抱を!」

「巴ちゃん!頑張ってくださいね!!
 意識を失っちゃ駄目ですよ!!」


私は腕を縛り付けながら、
大声で巴ちゃんに呼びかけます。

腕の中の巴ちゃんは、
ぼんやりと虚空を眺めながら。

安らかな、それでいて
狂気じみた笑みを浮かべていました。



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結論から言えば、私は助かった。
それは、別に奇跡だとかいう話ではなく。

霞さんが私を殺さないように、
私の傷を癒しながら血を啜っていたから。
だから、死に至る寸前で
還ってくる事ができたとの事だった。

結局私は、自分の身勝手な理由で霞さんを鬼にして。
それでいて、最後の最後でも
霞さんに助けられたという事になる。

もっとも、だからと言って
失った腕と純潔が戻ってくるわけではなく。
私は、巫女としての資格を失った。



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後遺症という意味で言えば、
霞さんの方がひどかった。

一度は完全に鬼に堕ちてしまった霞さんは、
なかなか正気を取り戻す事ができず。
三日三晩結界の中で大暴れした。

正気を取り戻したら取り戻したで、
良心の呵責に苛まれて、何度も自害しようとした。

ようやく落ち着いたのは一ヶ月後。
でも、ふとした拍子にすぐ鬼に戻ってしまい、
その度に周囲の背筋を凍りつかせた。


そして、霞さんの扱いに困った神境は…
霞さんを、神境から追放する決断を下した。



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「…そろそろ行きましょうか。巴ちゃん」

「はい」


私は今、霞さんと二人で旅をしている。

目的地は遠野。鬼になった霞さんを、
そのまま受け入れてくれそうなのは
遠野くらいしかなさそうだったから。

今の時代、急ごうと思えば飛行機や新幹線を使って、
一日でも行ける距離だけど。
私達は、あえて鈍行列車を使って
ぶらり旅に興じる事にした。


「あ、見て見て巴ちゃん。
 あそこ、亀が7匹連なってるわ」

「昔から気になってたんですけど…
 亀ってなんで重なるんですかね?」

「亀の世界での愛情表現なんじゃないかしら。
 ふふ、私達も重なってみる?」

「やめてください死んでしまいます」

「もう…巴ちゃん、だんだん初美ちゃんに
 似てきてないかしら?」


ぷくーっと頬を膨らませる霞さん。
私は思わず吹き出してしまう。
神境に居た時の気まずさなんて、
露ほども感じなかった。
他愛もない話をしながら、私達は二人で笑う。

刹那。


「あ、だめ、きちゃった」

「と、ともエちゃん、ご、ゴメんなサい」

「わたシ、オニに、なっチャウ」


霞さんが両手で肩を抱き、ガクガクと震え出す。


発作だ。私のせいで、霞さんがこれから
一生付き合う事になる発作が。

神境を追い出される原因となった発作が、
霞さんを苦しめる。


「…大丈夫ですよ、霞さん」

「私を使って、鎮めてください」


私は肩口をさらけ出し、霞さんの前で頭を垂れる。
霞さんは、我を忘れて私の首に牙を突き立てる。


「ンッ…ンッ…ンッ…」

「オイシイ…トモエチャンのチ、オイシイ…」


ごくりごくりと喉をならしながら、
私の血を飲み干す霞さん。
5分ほど吸い続けて、霞さんは
まだ名残惜しそうな顔をしながらも
ゆっくりと口を首から離した。


「ありガとう…おちつイたわ」

「…駄目です。まだ戻ってませんよね?」

「もっとちゃんと吸ってくだサい」


私から離れようとする霞さんの肩に右腕を回し、
ぐいっと私の方に引き寄せる。


「あっ…」

「吸ってクださい…スッテ?」


霞さんは、観念したかのように。
それでいて、我慢から解放されたかのように。

以前の霞さんからは想像もできないほど無邪気な顔で、
また私の血を啜り始めた。



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あれからさらに数分後。
たっぷりと血を飲み干した霞さんは、
口から滴る血液を布で拭った。


「ありがとう…今度こそ本当に落ち着いたわ」

「別に、ずっと吸っテてもいイんですよ?」

「駄目よ。いくら命に影響がないとはいえ、
 こんな事を普通にしてはいけないわ」

「…私は、普通にしてもいいですけど」

「もう、巴ちゃんって意外と不良だったのね」

「ええ、私は、不良です」


私達は歩きながら談笑する。
姿を隠すために入り込んだ路地から抜け出し、
今日泊まる予定の旅館へと辿り着いた。

荷物を置き、お茶を淹れて一心地ついたところで、
霞さんが申し訳なさそうに謝罪する。


「…ごめんなさいね。私のせいで、巴ちゃんまで」

「…まだ言うんですか…
 あれは、私のせいじゃないですか」


追放されて以来。霞さんは事あるごとに、
思い出したかのように私に謝罪する。
言うまでもなく、悪いのは私の方なのに。


「でも、巴ちゃんは私の被害者じゃない。
 追放されるのだって、私だけでよかったのに」

「…私が、霞さんについていきたいと思ったんです」

「…そう」


短く返事を返すと、霞さんは沈黙する。
このやり取りも何度目だろう。
この際だから、私は今まで聞かなかった事を
聞いてみる事にした。


「…霞さんに、ずっと聞きたかった事があります」

「…なにかしら?」

「なんで、あの時…私の意地悪を、
 二つ返事で引き受けてしまったんですか?」

「私は馬鹿だったから、自分が言った事の
 恐ろしさを理解していませんでした」

「でも、霞さんはわかっていたんですよね?」

「なのに、なぜ…聞き入れてしまったんですか?」

「うーん…」


顔を伏せて少しだけ考え込んだ霞さん。
でもすぐに顔を上げて、困ったような笑みを浮かべた。


「…あれ、やっぱりただの意地悪だったのね…」

「…ごめんなさい」

「いいのよ。人間である以上、
 たまに穏やかでいられない時があるくらい
 当たり前の事だもの」

「ただ、そういう事なら…
 ちょっと言い方が悪くなってしまうけれど」

「私は、巴ちゃんをいい子に
 見すぎていたのかもしれないわ」

「……私を?」

「ええ。私にとってね、
 巴ちゃんは憧れの人なの」

「穢れた私を、清めてくれる人」

「何度、命を助けてもらったかわからない。
 何度、救われたかわからない」

「私にとって、あなたは特別な人なの」

「だからね?あなたが単に意地悪を
 しようとしているなんて、
 私にはとても考えられなかった」

「きっと、深い意味があるんだって、
 そう思っちゃった」

「だから…そんな巴ちゃんが思い悩んだ上で
 してきたお願いなら、何がなんでも叶えたい」

「そう思っちゃったのね」


そう言って、私の顔を見ながら穏やかに笑う霞さん。
その笑顔を見て、私はあの時話す事ができなかった思いを
打ち明ける事にした。


「……」

「私、霞さんに嫉妬していたんです」

「…私に?」

「ええ。綺麗で、優しくて、
 頭もよくて、才能に溢れていて…」

「私の持っていないもの、すべて持っていましたから」

「鬼にしても、霞さんは自分で抑え込んでいたから、
 私なんて別にいなくてもよくて」

「祓わなくてもちょっと困る、
 程度なんだと思ってたんです」

「…そう」

「お互い、思い違いをしていたのね」


くすりと笑う霞さん。なぜ、この人は
こんなに屈託なく笑えるんだろう。

結局は、私が勝手に感じていた劣等感のせいで。
信じるに値しない私を信じたせいで。
霞さんは人間から逸脱してしまったというのに。

腑に落ちない。私がそう感じているのを読み取ったのか、
霞さんは苦笑しながら私に伺いをたてた。


「なんだか暴露大会みたいになってるから、
 もう一段階、醜い本音を吐き出してもいいかしら?」

「あ、はい」

「巴ちゃんは、自分のせいで鬼に堕ちたのに、
 なぜ私が怒らないのか気になってるのよね?」

「…はい」

「……」

「私達は、巫女の資格を失って追放された。
 私に至っては鬼になってしまって、
 もう完全には戻れない」

「でもね…そんな状況に、
 私は幸せを感じてしまっているの」

「……?」


幸せ…?私ならともかく、
なぜ霞さんが幸せを感じているの?


「だって、憧れの人と一緒になれたんだもの。
 憧れの人が、清らかな人が…」


「私に食べられて、穢れていくのだもの」

「それがね、嬉しくて仕方ないの」

「…どう?醜いでしょう?」


そう言って、霞さんはにたりと笑った。
私は、思わず背筋を泡立てる。
その笑みには、あの時霞さんが私に見せた、
底知れない闇の気配が漂っていた。


でも、それを醜いと言うのなら私も同じだ。


「醜さなら、私も負けてはいませんよ?」

「私も今この状況に、満足しきっていますから」

「巴ちゃんが…?」

「はい」

「……」

「霞さん、私がいないともう生きていけませんよね?
 私がいないと、狂ってしまいますよね?」

「…それが、すごく嬉しいです」


「…ふふ。私達って、似た者同士だったのね」

「そうですね」


私達はお互いの顔を見つめると、
二人で和やかに笑いあった。


私は、罪をおかしてしまった。
醜い嫉妬に背中を押され、
大好きな人を鬼に落としてしまった。

もし、私が自分の本当の気持ちに気づいていれば。
劣等感が、霞さんへの愛の裏返しだと気づいていれば。
私達は清らかなまま、想いを遂げる事も
できたのかもしれない。


でも、今の結末も悪くないと思う。


もちろん、罪を正当化するつもりはないけれど。
醜くて浅ましい私には、お似合いの
ハッピーエンドなんじゃないかと思う。
巻き込んでしまった霞さんには申し訳ないけれど。


なんてぼんやりと考えていたら、
また霞さんが痙攣し出した。


「と、とも、ともえチャ」

「……」


私はくすりと笑いながら。浴衣の帯をほどき、
全ての布を取り払った。


「来てください。もう宿ですから、
 何をしてもいいですよ?」

「霞さんの好きなように、私を食べてください」


鬼と化した霞さんが、私に襲いかかってくる。
私は抵抗する事もなく。

のし掛かられるままに霞さんを受け止めながら、
二人で床に倒れこんだ。


こうして今夜も、私は祓う。
今度は自分も穢されながら。


それが私、狩宿巴に課せられた、一生のお役目。



(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2014年12月14日 | Comment(8) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
困った時の遠野。

巴さんは常識人で出番も少なかったからキャラ掴めないのはしゃーない。
でも水着はセクシーだった。胸のせいで目立たなかったけど、かなり攻めてた。
大きい組とはまた違ったエロスを感じた。胸のせいで目立たなかったけど。
Posted by at 2014年12月14日 12:19
永水の話だと、精神的ではなく文字通り闇堕ちしますね…そして古典文学のような性描写…すごくいいです(≧∇≦)
巴ちゃんがメインの話は初めて読みましたが、すごく良かったですよー!
Posted by at 2014年12月14日 14:25
面白かったです。

次はほのぼの系の霞巴をお願い致します。

永水の母霞さんに目が行きがちですが結構巴さんもお姉さんチックではあるのでその辺りを活かしていただけると幸いです。
Posted by ホーネット at 2014年12月14日 18:59
南の永水、北の宮守と、なんというかただのヤンデレでは終わらない、魔の感じがありますよね
すれ違いが生む悲劇だったのに、2人のある種の想いの強さによって、前の関係から大きく変わって結ばれる。傍から見ればねじれた絆だけど、当人たちはむしろその強い絆がいいと思っている……。
すばら、とてもすばらなヤンデレでした!
Posted by オリ at 2014年12月14日 21:02
・困ったら龍門渕
・困ったら鹿児島
・困ったらフナQ
・困ったら遠野 ←new
Posted by at 2014年12月15日 01:58
リクエスト答えて下さって本当にありがとうございます!最高!最高です!こういうのが見たかったんですっ!いい病み具合ですし、巴の堕ち方も凄く・・!本当にありがとうございました!・・それと、もしよろしければなのですが、リクエストで小蒔(または霞)×巴で、巴が風邪を引いて、それをちょっと度を超えた感じで看病する(たとえば神降ろしとか本家まで巻き込むとか)・・みたいな・・お願いします。巴の性格はこの感じでいいと思いますので・・・それとかなりの長文失礼しました!
Posted by 舞香 at 2014年12月15日 02:35
あんな長文書いたのに本当ごめんなさいもう一個。リクエストはシリアスでお願いしたいです。でもやりづらかったら変更全然いいです!ついでに、看病のしかたで例を挙げましたがあくまで例なので無視してもらって構いません!・・・何度も本当に失礼しました・・
Posted by 舞香 at 2014年12月15日 02:54
コメントありがとうございます!

エロス>
初美「あの程度で攻めてるとか片腹痛いですよー」
巴「痴女と比べられちゃうとなぁ」

闇堕ち>
巴「初登場メンバーは綺麗な話にしたがる
  傾向がありますね」
霞「永水や宮守は数少ないファンタジー要員
  ということもあるかしら?」

傍から見ればねじれた絆>
巴「このブログのテーマですね。
  感じていただけたならすごく嬉しいです」
霞「傍から見たら胸を締め付けられるほどの
  悲哀なんだけどね」

困ったら遠野>
白望「だが実は気づいてほしい…
   遠野は別に何もしていないことを…」
豊音「別に問題を解決するとかじゃなくて
   受け入れてるだけだもんねー」
塞「ある意味人から堕ちた妖(あやかし)の
  島流し先みたいな扱いだよね…」

リクエスト>
巴「いえいえ、こちらも新鮮な気持ちで
  書けてよかったです。ありがとうございます」
霞「ただ、リクエスト作品の後で
  追加リクエスト、の流れだと、
  リクエストする人が固定化
  してしまうので、次のリクエスト受付の
  日記までお待ちいただけると幸いです」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2014年12月19日 21:58
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