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【咲SS:菫淡+照】淡「私なんか、死んだ方がいいんだ」【自傷】
<あらすじ>
私は菫先輩が好きだった。
でも、菫先輩にはテルがいた。
二人の関係を壊すつもりはない。
でも、せめて…悪戯をしている時だけは。
私に、菫先輩を譲ってください。
<登場人物>
弘世菫,大星淡,宮永照,その他
<症状>
・共依存
・狂気
・自傷
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・弱気なヤンデレ。相手に構って欲しい一心で
自傷行為に走ったり≪シリアス、淡菫≫
※自傷描写有り。グロ描画はしませんが
苦手な方はご注意を。
※トラウマがある人は
フラッシュバックの可能性があるので
読まないようにしてください。
※作中で淡、菫がとる行動は
絶対に現実で実行しないでください。
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なぜ人は、叶わぬ恋をしてしまうのだろう。
そんなの苦しいだけなのに、
胸が張り裂けるほどつらいのに。
なのになんで、恋をやめられないんだろう。
私は、まさに今そんな恋の真っ最中だ。
私の叶わぬ恋の相手。それは白糸台の堅物部長。
そう、弘世菫先輩。
どうして叶わないかって?
だって菫先輩は、いっつもテルと一緒に居るから。
あの二人の絆は深い。
それはもう、新参の私なんかじゃ
割って入ることができない位に。
菫先輩が私を見てくれるのは、
私がちょっかいをかける時だけ。
それ以外の時は、ずっとテルと一緒に居て、
ずっとテルの方を向いている。
だから、私は悪戯をしかける。
だって、私が悪戯すれば。
菫先輩は私を見てくれるから。
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最近、淡から目が離せない。
「淡!これ、お前の仕業だろう!!」
目を離すと、その隙に悪戯を仕掛けられるからだ。
今日だけでもう4回は憂き目にあった。
悪戯の内容も無駄に手が込んでいる。
例えば、私が一度封を開けたはずの、
飲みかけのペットボトル。
いつの間にか、中身がごっそりすり替えられていて。
口の中はコーラを待ち構えていたのに、
なぜかブラックコーヒーが侵入してきて
思わず照の顔めがけて正確に噴出してしまった。
げらげらと笑い転げる淡。
右手を高速回転させ始める照。
寸分たがわぬ正確さで
鳩尾に叩きこまれたコークスクリューは、
私を悶絶させるに十分だった。
「まったく…なんであいつは私ばっかり狙うんだ!」
「…他の人と比べて、反応が面白いからじゃない?」
「…その後の叱責も他の人間の比じゃないはずなんだが…」
「あれで怒ってるつもりだったの?
最終的にはいつも許しちゃってるじゃない」
「む……」
照の問いかけに、私は思わず口をつぐんだ。
言われてみれば確かにそうだ。
なぜ私は、いつも淡を許してしまうのだろう。
多分、淡が可愛いからだ。
いや、外見がどうという話ではない。
なんというか、構ってほしさが見え見えというか…
好意が透けて見えるからなのだろう。
実際、淡の悪戯はそこまで害のあるものじゃない。
先のペットボトル事件だって、
コーヒーとして飲めば何の問題もない話だ。
私が驚いたから被害が拡大しただけで。
「そうやってぼーっとしてると、
また淡に仕掛けられるよ?」
「はっ…!って、本当にやってるじゃないか!」
「こら淡!私のカバンに魔法少女の
フィギアをつけるんじゃない!!」
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淡は菫に懐いている。
それはもう、特別な感情を抱いているのではと
疑いたくなるくらいには。
連れてきた当初こそ、
私の後ばかり追いかけ回していた淡。
なのにいつの間にか
菫をからかうことを覚えて、
一度悪戯が大成功して味を占めてからは、
もう毎日のように悪戯を仕掛けている。
菫もまんざらじゃないようだった。
「まったくあいつは!」なんて怒りながらも、
どこか淡の悪戯を心待ちにしているようにも見える。
淡の悪戯に激しく驚いては、
大声で淡を追いかけ回す菫。
そしてそれをなだめる私。
それはもう、虎姫ルームの日常と化していた。
何気に私は、そんなやりとりがお気に入り。
なんだかんだで、お似合いじゃないかなと思う。
世話焼きのお母さんと手のかかる娘のような感じで。
願わくば、私は理解のある姉のポジションで居たい。
この関係が、このままずっと続くといいな。
そう思っていた。
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ある日、虎姫ルームの扉をくぐった私は、
仲睦まじく語りあう二人を見つけた。
「というわけで、私はこの大学を選ぶ」
「…『周辺にお菓子屋が多いから』とか…
もう少しましな選び方はないのか」
「私にとっては死活問題。糖分が切れると
私は動けなくなる。メゲる」
「それに、麻雀ができて白糸台から近ければ
どこも大して変わりはない」
「はあ…だったら最初からプロになればいいだろうに…
しかもこの大学、私にはスカウト来てないじゃないか」
「一般入試頑張って」
「お前な…まあ、学力的には大したことないから
あえて勉強する必要がないのは救いだが」
「というか菫が行きたがってるってわかれば、
向こうからスカウトしてくれるんじゃない?」
「かもな…それとなくほのめかしてみるか」
二人は進路について話し合っていた。
しかも、当然のように同じ大学に通うこと前提で。
もちろんそこに、私の意思は介在しない。
それだけでも、菫先輩とテルの絆の深さと、
私との関係の希薄さを感じずにはいられない。
もっとも、私も二人の関係を壊してまで
菫先輩と結ばれたいわけじゃない。
だって私はテルも大好きだから。
菫先輩に向ける『好き』とは、
ちょっと種類は違うけど。
なんとなく気持ちが沈む。
私は二人に声をかけるのも躊躇われて、
テーブルに置いてあった
私用のコップにジュースを注ぐと、
気もそぞろにそれを飲み干そ
カシャーンッ!
…飲み干そうとして失敗した。
自分でも思った以上に傷ついてしまっていたらしい。
慌てた私は、割れたコップを片付けようとして、
散り散りになったガラスに手を伸ばす。
「イタッ…」
指先に鋭い痛み。反射的に指を引っ込めたものの
時すでに遅し。線のような切り傷ができて、
みるみるうちにどす黒い血が玉を浮かべる。
それを見て、私は無性に泣きたくなった。
でも、目頭が熱くなった私の耳に、
心配そうなあの人の声が響く。
「淡!大丈夫か!ああ、怪我してしまったのか…!
立てるか?」
コップが割れる音を聞きつけた菫先輩が、
一目散に私に駆け寄った。
その顔は、心配に曇っている。
「…むり」
「そうか…じゃあ無理しなくていい。
照!ボウルを2個!片方には水道水を入れてくれ。
後、サランラップと薬箱の中の
ワセリンとテープも頼む」
「わかった」
テルが持ってきた水入りボウルを受け取った菫先輩は、
まるで壊れ物を扱うような
優しい手つきで私の指をつまむと、
ボウルに入った水で私の指を洗い流した。
「…いたい」
「痛いよな…でも、少しだけ我慢してくれ」
幼い子を諭すような優しい声。
菫先輩はひとしきり私の傷を洗い流すと、
ラップを少し切って、ワセリンを塗り付けた後で
私の指に貼り付けた。
その後、テープでラップの周りを固定する。
「これでよし…どうだ?」
「うん…痛み、少し引いたかも」
「それならよかった」
穏やかな笑みを浮かべて、
私の頭をくしゃくしゃと撫でる菫先輩。
それは、悪戯の時には感じなかった優しさで。
私はつい、あまえんぼになってしまう。
「す、菫先輩…くっついていい?」
「ん?…ああ、いいぞ」
私は菫先輩の肩に頭を乗せて、
そのまま菫先輩に体重を預ける。
菫先輩は私を支えたまま、私が落ち着くまで
私の頭を撫で続けてくれた。
それが、ひどく心地よくて、
私は思わず目を細める。
ふいに視線の先の床が目に入る。
そこには、よほど慌てていたのか、
さっきまで整然と並べられていたパンフレットが
乱雑に散らかっていた。
私はそれを見て、どうしようもなく嬉しくなった。
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その日私が作った傷は、たった数日で
あっさり治ってしまった。
菫先輩の処置がよかったのだろう。
さすが、虎姫のお母さんと呼ばれるだけのことはある。
サランラップを取った私は、
傷一つない指を見て、深い深いため息をついた。
「…治らなければよかったのに」
思わず口をついて出たその言葉が、
私の気持ちを端的に表していた。
私がけがをした時の菫先輩はすごく優しかった。
菫先輩だけじゃない。
テルも、私をあやまかしてくれた。
それはきっと、風邪の時に周りが優しくなるような、
そんな慈愛からくる行動なんだろうけど。
でも、確かにあの時、三人の中心は私だった。
落ち込んだ矢先にけがまで作って、
どん底まで沈みこんで。
泣きそうになっていたところで、
大好きな人達から受けた手厚い介抱。
その優しさは、私を狂わせるには十分だった。
「…また、けがしたら、優しくしてもらえるかな」
私は筆箱からカッターを取り出して、
チキチキと刃先を押し出した。
先端をぼーっと眺めて、
やがてブンブンと首を振って刃を戻す。
「…私、何考えてるんだろ」
危ういところで、私は何とか踏みとどまった。
でも私は、カッターから手を離すことはできなかった。
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「まったくお前という奴は…」
「ご…ごめんね?」
「…しおらしくするな。こっちまで調子が狂う」
「よし、これでいいだろう。
せっかく綺麗な肌をしているんだから、
もう少し自分を気遣ってやれよ?」
「うん…」
私は痛々しく擦りむいた淡の膝を見て、
思わずため息をついた。
淡は、最近怪我をすることが多くなった。
昨日も、突き指を処置してやったばかりだ。
何が変わったというわけではない。
ただ、注意が散漫になっているだけなのだろう。
だが、元々動きが活発な淡は、
それだけでも生傷が絶えなくなってしまう。
「…なあ、淡。お前、何か悩みでもあるのか?」
「へっ…?」
それは、ここ最近私がずっと考えていたことだった。
最近の淡はどこかおかしい。
注意力が薄れたのもそうだが…
悪戯もしなくなったし、怪我をした後、
酷く申し訳なさそうにするのも気になった。
「悩みなんて…ないよ」
「だったら前みたいに笑ったらどうだ。
見ていてこっちまで気が滅入る」
「…あ…ご、ごめんなさい」
「…!本当にどうしたんだ?
いつものお前なら、むしろ
食ってかかるところだろう?」
こんなに弱っている淡を見るのは初めてだ。
何とかして、助けになってやれないかと
思わずにはいられない。
でも、淡は儚げな笑みを浮かべて、
何でもないと断るのだ。
私は、そんな淡が気がかりでならなかった。
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淡が怪我をすることが多くなった。
私には、その理由が何となくわかる気がした。
怪我をする瞬間というものがある。
ここで何もしなければ怪我をする、
そんな瞬間が。
もちろん普通は怪我したくないから、
そこで咄嗟に回避行動を取る。
少なくとも、今までの淡はそうだった。
でも、今の淡は違う。
今の淡は、そこで『何もしない』ことを選ぶ。
そしてしっかり怪我をして、
慌てて菫が助けに入る。
「あぁ、またそんなところで転んで…。
注意しろって言ったばっかりじゃないか」
「ご、ごめんなさい…」
「…怪我はないみたいだが、
その沈みきった気持ちを何とかする必要があるな。
ほら、こっち来て少し休め」
「う、うん…」
なぜ、淡がそんなことをするのか。
それは単純に、菫の気を惹きたいからなんだと思う。
実際怪我をし始めてから、淡は悪戯をきっぱりやめた。
怒られるよりも優しくされる方を取ったということだろう。
素直でわかりやすい淡らしい。
でも、そんな関係はあまりに歪(いびつ)だ。
私は前の関係の方がよかった。
前の、あたたかい家族のような関係が。
これじゃ、誰も幸せになれない。
傷つく淡も、心配する菫も、
それをかたわらで見ている私も。
何とかする必要がある。
とりあえず、私は菫に相談することにした。
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私は自傷こそしなかった。
ううん、それだとちょっと語弊がある。
『わかりやすい』自傷はしなかった。
それ自体も、別に前向きな理由じゃなくて。
『自傷だとすぐわかる自傷では、
菫先輩は優しくしてくれないと思ったから』
なんて、醜くて後ろ向きな理由だった。
私がけがをすると、菫先輩が飛んでくる。
私の安否を確認して、大丈夫だとわかると
ほっと安堵の溜息をつく。
大丈夫じゃない時は、
真っ青になりながら手当てをして、
でも私を心配させまいと笑顔を見せてくれるのだ。
そのつらそうな笑顔を見る度に、
私は良心の呵責に胸を締めつけられる。
わかってる。これは菫先輩を裏切る行為だ。
心配してくれる菫先輩を裏切る行為だ。
それでも私は、やめられなかった。
だって私がけがすれば、菫先輩が見てくれる。
私だけを見てくれる。
それがどんな感情であれ、
私が菫先輩を独占できる。
それどころか、テルまでもついてくる。
間違ってる。わかってる。
知られちゃったら嫌われる。わかってる。
やめなきゃいけない。それだってわかってる!
わかっていても止められない。
二人とも、ごめんなさい。
心配かけて、ごめんなさい。
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でも、そんな私の葛藤は、そう長くは続かなかった。
ある日、菫先輩が私に問いかけた。
「淡…お前、最近わざと怪我してないか?」
私は、頭が真っ白になった。
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別に、それで淡を責めるつもりはなかった。
なぜなら、それは自傷ということだ。
淡は面白半分で自傷なんてするような奴じゃない。
つまりは、それを行うだけの、
何らかのつらい理由があるということなのだから。
その理由を何とかして取り払ってやりたい。
だから、相談に乗ろうとしただけだったんだ。
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話し合う必要があると思った。
淡が抱く気持ちについて、
私が菫に伝えてしまうのはたやすい。
でも、それは何か違うと思った。
淡の気持ちは、淡だけのものだから。
私が、勝手に伝えていいものじゃない。
でも、今のままじゃよくない。
だから、話し合いの場を設けようと思った。
ただそれだけだった。
でも、話し合いにはならなかった。
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気づけば私は駆け出していた。
強張った二人の顔が頭から離れない。
そりゃそうだ。
だって、私は二人の厚意を踏みにじった。
自分勝手な理由で、二人を心配させ続けた。
そして、二人が愛し合う時間を奪い取った。
許されるはずがない。
弱い私はそれを直視することができなかった。
走る、走る、走る。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
届くはずのない謝罪を頭の中で繰り返しながら。
言葉を届けるべき方向とはまるで反対方向に、
私は逃げて去っていく。
ただがむしゃらに逃げていく。
やがて道は行き止まり、
反射的に道が見えた右方向に折れ曲がる。
そして感じた、突然の浮遊感。
そこには床がなかった。
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淡が階段を落ちていく。淡の足は空を切り、
そのままバランスを崩して落ちていく。
「淡っ!!!」
私はあらん限りに手を伸ばす。
私の指も空を切る。
『転がる』なんて可愛らしいものじゃなかった。
周囲に鈍い音が響き渡る。
階段の角で身体を強打し、
少しだけ弾かれるようにまた浮いて、
淡の身体は、踊り場に打ち捨てられる。
淡の身体は動かない。
それはさながら静止画像のように。
頭から流れて広がる血だけが、
その場で動く全てだった。
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淡は受け身を取らなかった。
こんな時まで、自分を守ろうとしなかった。
守り方を忘れてしまったのかもしれない。
もしかしたら、罪の意識から
自らを断罪してしまったのかもしれない。
もっとも、今そんな考察はどうでもいい。
重要なことはただ一つ。
淡が階段から落ちたのは、私のせいということだ。
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菫先輩が泣いている。
あの、菫先輩が泣いている。
大粒の涙を流し、大声で叫びながら、
私の身体をゆすっている。
頭打った時にゆすったらだめなんだよ?
菫先輩ならそのくらい知ってるよね?
わかってるはずなのに、気が動転してるんだね?
私のせいで、パニックになっちゃったんだね?
えへへ、うれしいな。
ごめんなさい。
もう死んじゃうから、許してください。
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淡が、死んでしまう
このままでは、淡が死んでしまう!
頼む、起き上がってくれ!!
いやだ、こんなのはいやだ!!!!
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菫は半狂乱になっていた。
大声で淡の名を叫びながら、
淡の身体をゆり動かす。
私はこんな菫を見たことがなかった。
こんなに我を失って、感情をむき出しにした菫を。
おかげで、私は冷静になることができた。
悔やむのは後だ。
今は、淡を助けなければ。
今、それができるのは私しかいない。
「菫!動かさないで!!」
菫の耳には届かない。泣いて淡に縋りついている。
私は無理矢理菫を押しのけると、淡の状態を確認する。
淡の目は開いている。意識はあるようだった。
でもぼんやりと虚空を眺めている。
危険だ。
頭から血を流している、まずは血を止めないと。
私は持っていたハンカチで傷口をおさえる。
駄目だ、血が止まらない。
私では菫みたいな適切な対処は取れない。
馬鹿か、そもそも最初にやるべきことは!!
「誰か!救急車を呼んで!!」
私は大声で助けを呼んだ。
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幸か不幸か、私のけがは『そこまでひどくはなかった』。
もっとも、後遺症は残ってしまうかも
しれないらしいけど。
目を覚ました私の前には、
顔をぐしゃぐしゃにした菫先輩の顔。
怒られるのかと思ったら、
菫先輩はただ私を抱き締めて。
肩を震わせながら、ただひたすら謝罪した。
「すまない…!お前を、
こんな目にあわせてしまって…!!」
意味不明だった。だって、あれは私の自業自得で。
菫先輩は悪いことなんて何一つしていない。
そう、何一つ…
いや、あった。
菫先輩の悪いところ。それは、
私に優しすぎること。
私なんか、あそこで死んでおけばよかったのに。
なのに、優しい菫先輩は私を許すどころか、
なぜか私に謝罪する。
そんな優しさを見せるから…
私は、いつまでたっても、
菫先輩のことを諦められないんだ。
「淡…目が覚めてよかった」
もう一人、駄目な人がいた。
それは、私を挟んで菫先輩と反対側に居た先輩。
テルは私の手を握りながら、
一人静かに涙を流していた。
なんなんだろう。なんでテルは、
私を許してくれるんだろう。
テルからしたら私なんて、
愛する人にちょっかいをかける薄汚い泥棒猫だろうに。
いっそ、罵ってくれればいいのに。
『お前なんか死ね』って、
そう言ってくれればいいのに。
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淡が負った傷は、『致命的なものだった』。
もう、左手の感覚は一生戻らないそうだ。
頭を激しく打ったこと、そして強打した時の衝撃に、
首が耐え切れなかったことが原因らしい。
私のせいだった。
私があの時、もっと淡に配慮した聞き方をしていれば、
こんなことにはならなかったはずだ。
それに、もしかしたら私がゆすらなければ、
後遺症は残らなかったのかもしれない。
淡の左手はもう動かない。
私のせいだ。
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二人の様子は一変した。
淡は昔の快活さが嘘のようになりを潜めて、
いつも謝ってばかりいるようになった。
菫は淡のことを気にかけすぎて、
眠ることすらできなくなった。
私だけが、比較的まともな状態で生き残っている。
淡が怪我をして後遺症が残った件。
それは、私が菫に余計な口を挟まなければ
起きなかったのだから、
私のせいだと言っても過言ではないだろう。
一番悪いのは、言うまでもなくこの私だ。
私が、全ての罰を受けるべきだ。
一度はそう考えた。自刃することも考えた。
でも、同じように自分を責めて壊れていく菫を見て、
私は思い直すことにした。
開き直るわけじゃない。
罪を犯したことを認めないわけじゃない。
でも、私が自らの行動を悔いて責めたところで、
事態は何も好転しない。
私が本当にすべきことは、
悔恨の念に押しつぶされることではなく、
二人を救うことだと思った。
私がこの世を去るのはそれからだ。
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菫先輩から笑顔が消えた。
ううん、単に笑うというだけなら笑うこともある。
でも、その笑顔にはいつも陰りがあって、
心からの笑顔は一度も見せてもらえなかった。
もう、自傷なんてやめようと思った。
菫先輩が笑えなくなったのは、私のせいだ。
私が自傷をやめて、菫先輩の前から消えれば、
菫先輩はきっとまた元通り笑えるはず。
幸い私は、リストカットとか
自発的な自傷はしてこなかったわけだし、
次けがをしそうな機会があったら、
ちゃんと回避行動を取ればいいだけだ。
…なんて、リストカットする人も
同じようなことを思うのかもしれない。
もうやめよう、自分の意思で傷つけてるんだから、
やめようと思えばすぐやめられるはずだって。
(違うんだね。これって、やめようと思っても、
やめられないものなんだね)
私がそれに気づいたのは、
自分の腕にカッターを突き立てた後だった。
(なんで…こんなことしちゃうんだろう……っ
こんなにも、つらいのに……っ)
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「淡!あわい!!あわい!!!」
淡の左腕からは、夥しい量の血が流れている。
右手には、血にまみれたカッターナイフ。
「なんで!なんでこんなことを!?
もう自傷はしないって言ったじゃないか!?」
私は気が狂ったように淡に詰め寄った。
淡は目に大粒の涙を溢れさせながら、
ひどく悲しい笑顔を見せた。
「わからない…わからないよ…
でも、気がついたら刺してたの……」
「もう、しないって決めたのに…
菫先輩を悲しませたりしないって決めてたのに…」
「ごめんなさい…
私、もう駄目なんだ…
おかしくなっちゃったんだ…」
「ごめんなさい……
ごめんな…さい……!
もう…わたしなんか…
ころしてください……っ!」
何が起きているのかわからなかった。
淡は、泣きながら自らの断罪を請う。
その間にも、血はドクドクと淡から抜けて流れていく。
私にできることは、ただ絶望に襲われながら、
傷の処置をすることだけだった。
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なぜ人は自分を傷つけるのか。
私は、今までそれを真剣に考えたことはなかった。
これを機に、調べてみることにした。
構ってほしいから?
自傷することで周りに心配してほしいから?
そういう目的もあるのかもしれない。
事実、淡も始まりはそうだった。
でも、どうやらそれだけではないらしい。
自傷には、心の傷を身体の傷として
転嫁する効果もあるらしい。
心の傷より、身体の傷の方が楽だから。
辛い出来事に耐えられなくなった心が、
苦しみのはけ口として自らの身体を選ぶ。
そして、身体を傷つける。
そうすると脳内物質が分泌されて、心がすっと楽になる。
これが、自傷のメカニズム。
自分で麻薬を作り出すメカニズムらしい。
そうして心が傷つくたびに、人は自傷を繰り返す。
やめようと思った時にはもう遅い。
だって、自傷は麻薬だから。
止めようと思って止められるものじゃないから。
何より、淡の心の傷は癒えていない。
それどころか、淡は自らを罪の意識で縛り付けて、
もう自分なんて死んだ方がいいと思っている。
だから、ついに自分から明確に
自分を傷つけるようになった。
そう考えれば、淡の自傷がひどくなったのは
ごく自然なことだった。
だったら、私がするべきことは…
「菫。ちょっと聞いてほしいことがある」
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「自傷を、認める…?」
「そう。さっきも言ったけど、自傷は麻薬と同じで、
意志の力で止められるものじゃない」
「たとえ菫が強くても、殴られて『痛い』と感じる感覚を
遮断することはできない。それと同じようなこと」
「でも、淡はそんな自分に強い罪悪感を感じている。
その罪悪感が、また淡を自傷に追い込む」
「だから、自傷を認めてあげて。
淡がしたがった時は、菫が代わりにやってあげて」
「そして、淡が自分で自傷をしないように、
いついかなる時もずっと淡を監視してあげて」
「それだけで、淡はきっと完治する。
…今の菫なら、たやすいことでしょ?」
「だが…それじゃあ、結局
自傷の原因は解決してないじゃないか」
「今、その問題を考える必要はない」
「まずは、ただ淡を安心させてあげて」
「そうすれば、元々の原因は勝手に解決するから」
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私を呼び出した菫先輩は驚くべき行動に出た。
なんと私が部屋に入るなり、
私をお姫様抱っこしたのだ。
「す…菫、先輩?」
「悪いが、また逃げられたら困るんでな。
それに、自傷するかもしれないし」
そう言いながら、菫先輩は私を軽々と運ぶと、
ベッドに優しく横たえる。
そして…
私の手足をベッドの柱に拘束した。
「え…?なんで…!?」
「さっきも言っただろう。逃亡と自傷防止だ」
事もなげに堪える菫先輩。
でも、その瞳に光は灯ってない。
ただただ、真っ黒な闇をたたえている。
「照からな、聞いたんだ」
「自傷とは、自分で止めようと思って
止められるものじゃないと」
「辛抱強く、周りが支えてやる必要があると」
「だから、まずは自傷できないようにした
心配するな。こうしている間の世話は、
私が全て面倒見てやる。24時間ずっとな?」
「自傷だって問題ない。
お前の代わりに、私がやってやるからな?」
そう言って、菫先輩は私の瞳を覗きこみながら、
慈しむような優しい笑みを浮かべた。
目から、一切の光を失ったままで。
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今となればわかる。
淡が、なぜ自傷するようになったのか。
それはきっと、私のことを
慕ってくれていたからなのだろう。
だから、私の気を惹きたくて、
あんな行動に出たのではないだろうか。
だってほら、私に拘束された淡は、
こんなにも安らかに
日々を過ごしているじゃないか。
「菫先輩…トイレ」
「そうか。ちょっと待ってろ。
今外してやるから」
ベッドに拘束していた手錠と足枷を外し、
淡の身体を引き起こす。
ふらつく淡を支えてやると、
もう一度左手に手錠をかけた。
「…別に、もう逃げたりしないよ?」
「…こうしておかないと、私が不安なんだ」
そう言いながら、私はもう一つの手錠を
私の右手にかけた。
その様をとらえた淡は、どこか幸せそうに頬を染めた。
だが次の瞬間、淡の身体が小刻みに震え出す。
「す、すみれ、せんぱい」
「ど、どうしよう。したくなってきちゃった」
「なんで、わたし、やだ、ばか、しにたい」
淡の自傷癖自体はまだ治っていない。
照から聞いた話では、麻薬と同じで
完治までには相当な時間がかかることを
覚悟する必要があるらしい。
大切なのは無理に自傷を止めないこと。
そして、自傷することを責めないこと。
私は照の言いつけを忠実に守ることにした。
「淡…自分を傷つけたいか?」
「う、うん…ごめんなさい、ごめんなさい」
「気にするな…それに、お前が手を煩わせる必要はない」
「私がお前の分まで、お前を傷つけてやるからな?」
そう言って、私はカッターを取り出した。
そして、淡の手にすーっと刃を通す。
淡の病的なまでに白い肌に、
鮮やかな赤い線が引かれ、
そこからじわりと液体が滲みだす。
「ふふ…綺麗だな、淡」
私は淡を褒めてやる。罪悪感に縛られた淡の硬直が、
私の言葉を聞いて幾分やわらいだ。
「自分を責める必要はない。大丈夫、
私はこうやって淡の世話をするのが好きだからな?」
「治療する機会をくれて感謝したいくらいだ」
そう言って、私は淡の腕に舌を這わせる。
淡は、幸せそうに目を閉じた。
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二人は、学校から姿を消した。
いや、正確にはずっと部室の個人ルームにいるわけだから、
学校には存在しているのだけれど。
消えてしまった二人の代わりに、
私は説明責任を果たすべく奔走していた。
学校には事情をうまく隠して説明する必要があったし、
虎姫の二人には真実を伝える必要があるだろう。
「…というわけで、淡は精神を病んで休学。
菫はその看病で休学…だけど
もう時期が時期だから卒業扱いになった」
「淡が今後戻ってこられるかはわからない。
あまり期待しないで気長に待ってほしい」
事情を深く認識できていない二人は、
この説明に抗議した。まあ当然だと思う。
「いやいや!?そんな大変な状況なら
ちゃんと病院で治療をするべきじゃないですか!?」
「二人は完全に依存しあっている。
病院に行ったら引き離される。
でも引き離したら逆効果」
「…個人ルームに二人きりとか…
せめて、私達に手伝えることはないんですか?」
「ない。今の二人の間に割って入るのは逆効果。
私も二人に直接会うのは避けてる」
「でも…卒業した後はどうするんですか」
「私がプロになって二人を養うから問題ない」
「…面と向かって会えもしない人を養うんですか?」
「…?何か問題?」
「どうして、宮永先輩がそこまでするんですか!」
「淡は、菫が好きだった。
そして菫も多分、淡が好きだった。
それを私の存在が邪魔していた」
「二人がこうなったのは私のせい。
だから責任をとるのは当然」
「それに、愛の形は違うけど、
私も二人を愛している。
できることなら一緒にいたい」
(せめて、二人が私がいなくても
生きていけるようになるまでは)
二人は押し黙ってしまった。
私は何か変なことを言っただろうか。
しばしの沈黙の後、尭深が慎重に、
言葉を選ぶように私に問いかけてくる。
「…宮永先輩は…二人が…
普通の精神状態ではないことを、
認識しているんですよね?」
「うん。淡もそうだけど、菫も重症。
二人とも完全に狂っている」
「…治そう、という気はありますか?」
「…別に。二人が幸せになれるなら、
治らなくてもいいんじゃないかと思う」
「…そうですか…その回答ではっきりしました」
「…宮永先輩…失礼ですが、
先輩もどこかおかしいです」
「…私が?」
「…はい。前の宮永先輩なら、
いびつな関係の二人をそのままにしておこうなんて
考えなかったはずです」
「…ましてやこんな、社会から
完全にリタイアしてしまうような
道を許容するなんて…」
「…そう言われても困る。
実際これがベストだと思うし」
「…私も別に、宮永先輩の判断を
否定するつもりはありません。
ただ…気に留めておいてほしいんです」
「自分が、狂っているということを。
そして、いつかそれに気づいたら、
すぐに助けを求めてください。
いつだって私達は応じますから」
「でないと、あなたが…可哀想すぎます」
そう言って、尭深は一筋涙を流した。
私には、その涙の意味はわからなかった。
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私は今日も、菫先輩に拘束された状態で目を覚ました。
手足をベッドに拘束というのは廃止された。
私の症状が改善したというのもあるし、
普通に床擦れとか筋力の低下とか
深刻な問題が出始めてたから。
「もう突発的な自傷は心配しなくてもよさそうだし、
このくらいでもいいだろう」
代替案として、私は菫先輩と手錠で繋がることになった。
「心配ないんだったら、手錠自体いらないんじゃない?
私、別に逃げたりしないよ?」
「前も言っただろう?お前のためじゃない。
私がこうしないと不安なんだ…
それとも…私と繋がるのは嫌か?」
「まさか。なんだったら、手を繋いだまま
アロンアルファとかでくっつけちゃってもいいよ?」
「…それも悪くないが、そこまでしてしまうと
今度はお前を抱き締められなくなる」
そう言って菫先輩は笑みを浮かべた。
私も思わず笑顔になった。
幸せだった。菫先輩を独占できて。
でも、不安だった。幸せすぎて。
だって、私はこんな幸せを
受け取っていい人間じゃないから。
「ねえ、菫先輩」
「なんだ?」
「菫先輩は、どうして私に、
ここまでしてくれるの?」
「どうしてって…
好きだからに決まってるだろう」
「へ!?」
思いっきり虚を突かれた。
私の予想では、菫先輩はただ真面目すぎて。
私に対する監督責任を果たせなかった自責から、
壊れてしまっただけだと思っていたから。
「そういった気持ちがあることは否定しない」
「だがな…今回の一件で、壊れた時私は気づいた」
「ああ、私は…壊れるほどに、
お前のことが好きだったんだな、ってな」
「な…にそれ…不意打ち過ぎだよ…」
突然の告白に、胸がぎゅうっと締め付けられる。
熱いものが込み上げる。
…でも。
「て、テルは?テルのことはどうするの?」
「照?なんでそこで照が出てくるんだ。
あいつは親友だが、そう言う目で見たことはないぞ?」
「…まあ、ずっと側に居てほしいとは思うが。
だが、それはやっぱり恋愛感情じゃない。
言うなれば家族愛だ」
驚いた。菫先輩がテルに向けていた感情は、
私とまったく同じだった。
だったら、私はもう遠慮する必要はないのかもしれない。
…でも。
「でも、私…ひどいことしちゃったよ?」
「菫先輩と、テルの優しさを踏みにじったよ?」
「なのに…私を好きでいてくれるの?」
「ああ。好きだ。お前のそういう、
弱いところも含めて好きだ」
もう限界だった。涙がぽろぽろとこぼれ落ちて、
私の頬を濡らしていく。
いいんだろうか。
こんな私が、幸せになっていいんだろうか。
こんなにも、醜くて罪深い私が。
「もちろんだ。というか…幸せになってくれないと困る。
お前が不幸になると、自動的に私も不幸になるからな」
菫先輩はそう言って私に口づけた。
はじめてのキスは、しょっぱい涙の味がした。
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数ヵ月の時を経て、私達は個人ルームを後にした。
事前に示しあわせた通り、私達は校門に向かう。
そこでは、照が待ってくれていた。
「まさか、卒業前に出て来るとは思わなかった」
「私達のせいで、お前には迷惑を掛けたな。
本当にすまなかった」
「…気にする必要はない。私が自分の意思でやったこと」
「そう言ってもらえると助かる。
…ついでと言ってはなんだが、
もう少し迷惑を掛けてもいいか?」
「…?何を?」
「んとね、これから私達、
家を出て二人暮らしする予定なんだけど」
「できれば…テルにも一緒に住んでほしいなって」
「…は?」
照にしては珍しく、素っ頓狂な声があがった。
無理もない話だ。だが、これは淡と二人で
相談して決めたことだった。
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つまりはこういうことだった。
「私は、菫先輩のことが好き。でも、
テルのことも別のベクトルで好き」
「私は、淡のことが好きだ。そして、
お前にも側に居てほしいと思っている」
「今回の件も、私達だけだったら多分終わってた。
私達がこうして立ってられるのはテルのおかげ」
「身勝手だとは思うが…私達には、
まだまだお前の助けが必要だ」
「だから…一緒に来てくれないか?」
それは、私が願ってやまなかったことでもあった。
でも、そもそも二人が壊れるきっかけを作ったのは私だ。
私は、こんな簡単に許されていいんだろうか。
私は、死を持って償うべきではないのだろうか。
「今更、お前が悪くないとは言わないでおこう。
言ったってお前は受け入れないだろうからな」
「だがそれは、私達にも言えることだ。
私達は全員罪を犯した。もし死ぬ必要があるのなら、
まず真っ先に私が死のう」
「だが、どうせ死ぬ気だったなら…
その命、私達にくれないか?」
その言葉を聞いた時。私は、急に肩の荷が下りた気がした。
重い、重い何かから解放されたような気分になった。
そして、そこまで言われてしまったら、
私が拒否する材料はなかった。
「…とはいえ、二人の愛の巣に私だけ
異物として混入するのはさすがに抵抗がある」
「んー…そこはテルにも頑張って恋人を作ってもらう方向で!
2対2でルームシェアなら問題ないでしょ?」
「犬猫じゃないんだからそんな簡単に恋人は作れない」
「まあ、その辺はおいおい考えていけばいいんじゃないか?
私達は今のところ肉体関係は求めてないし、
一緒にいてそんなに苦痛ということもないと思うが」
「冗談はその手錠を外してから言ってほしい」
「無茶言うな」
「一般人からしたら普通の肉体関係どころか
強烈なSMフレンドにしか見えない」
「お前は事情を知ってるんだから大丈夫だろう?」
くだらない会話を交わしながら、
私は人知れず零れそうになる涙を必死で堪えていた。
また、こうやって冗談を言い合える日が来るなんて
思ってもいなかったから。
しかも、二人は私を家族として求めてくれている。
二人の邪魔をした私を、知った上で
それでも受け入れてくれようとしている。
それが、たまらなく嬉しかった。
「仕方がない…暫定的に一緒に住むことを認める」
結局私は、もったいぶって承諾した。
今後、私達がどうなるのかはわからない。
私に恋人ができるかはわからない。
でも、できれば。願わくば。
この二人との家族関係が、生涯続けばいいなと思う。
「よーし!じゃあ明日は早速家具を見に行こう!
私、もっとかわいい手錠がいい!」
「確かにな…これだとちょっと外を歩くだけで
好奇の視線にさらされそうだし。
もう少しオシャレな奴にした方が無難だろう」
「…なんで菫までポンコツになってるの?
オシャレもなにも、手錠の時点でアウトだから。
まずは隠す方向でしょ。後、手錠は家具じゃない」
前言撤回。この二人は、
私が一生面倒見てあげないとダメそうだ。
(完)
私は菫先輩が好きだった。
でも、菫先輩にはテルがいた。
二人の関係を壊すつもりはない。
でも、せめて…悪戯をしている時だけは。
私に、菫先輩を譲ってください。
<登場人物>
弘世菫,大星淡,宮永照,その他
<症状>
・共依存
・狂気
・自傷
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・弱気なヤンデレ。相手に構って欲しい一心で
自傷行為に走ったり≪シリアス、淡菫≫
※自傷描写有り。グロ描画はしませんが
苦手な方はご注意を。
※トラウマがある人は
フラッシュバックの可能性があるので
読まないようにしてください。
※作中で淡、菫がとる行動は
絶対に現実で実行しないでください。
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なぜ人は、叶わぬ恋をしてしまうのだろう。
そんなの苦しいだけなのに、
胸が張り裂けるほどつらいのに。
なのになんで、恋をやめられないんだろう。
私は、まさに今そんな恋の真っ最中だ。
私の叶わぬ恋の相手。それは白糸台の堅物部長。
そう、弘世菫先輩。
どうして叶わないかって?
だって菫先輩は、いっつもテルと一緒に居るから。
あの二人の絆は深い。
それはもう、新参の私なんかじゃ
割って入ることができない位に。
菫先輩が私を見てくれるのは、
私がちょっかいをかける時だけ。
それ以外の時は、ずっとテルと一緒に居て、
ずっとテルの方を向いている。
だから、私は悪戯をしかける。
だって、私が悪戯すれば。
菫先輩は私を見てくれるから。
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最近、淡から目が離せない。
「淡!これ、お前の仕業だろう!!」
目を離すと、その隙に悪戯を仕掛けられるからだ。
今日だけでもう4回は憂き目にあった。
悪戯の内容も無駄に手が込んでいる。
例えば、私が一度封を開けたはずの、
飲みかけのペットボトル。
いつの間にか、中身がごっそりすり替えられていて。
口の中はコーラを待ち構えていたのに、
なぜかブラックコーヒーが侵入してきて
思わず照の顔めがけて正確に噴出してしまった。
げらげらと笑い転げる淡。
右手を高速回転させ始める照。
寸分たがわぬ正確さで
鳩尾に叩きこまれたコークスクリューは、
私を悶絶させるに十分だった。
「まったく…なんであいつは私ばっかり狙うんだ!」
「…他の人と比べて、反応が面白いからじゃない?」
「…その後の叱責も他の人間の比じゃないはずなんだが…」
「あれで怒ってるつもりだったの?
最終的にはいつも許しちゃってるじゃない」
「む……」
照の問いかけに、私は思わず口をつぐんだ。
言われてみれば確かにそうだ。
なぜ私は、いつも淡を許してしまうのだろう。
多分、淡が可愛いからだ。
いや、外見がどうという話ではない。
なんというか、構ってほしさが見え見えというか…
好意が透けて見えるからなのだろう。
実際、淡の悪戯はそこまで害のあるものじゃない。
先のペットボトル事件だって、
コーヒーとして飲めば何の問題もない話だ。
私が驚いたから被害が拡大しただけで。
「そうやってぼーっとしてると、
また淡に仕掛けられるよ?」
「はっ…!って、本当にやってるじゃないか!」
「こら淡!私のカバンに魔法少女の
フィギアをつけるんじゃない!!」
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淡は菫に懐いている。
それはもう、特別な感情を抱いているのではと
疑いたくなるくらいには。
連れてきた当初こそ、
私の後ばかり追いかけ回していた淡。
なのにいつの間にか
菫をからかうことを覚えて、
一度悪戯が大成功して味を占めてからは、
もう毎日のように悪戯を仕掛けている。
菫もまんざらじゃないようだった。
「まったくあいつは!」なんて怒りながらも、
どこか淡の悪戯を心待ちにしているようにも見える。
淡の悪戯に激しく驚いては、
大声で淡を追いかけ回す菫。
そしてそれをなだめる私。
それはもう、虎姫ルームの日常と化していた。
何気に私は、そんなやりとりがお気に入り。
なんだかんだで、お似合いじゃないかなと思う。
世話焼きのお母さんと手のかかる娘のような感じで。
願わくば、私は理解のある姉のポジションで居たい。
この関係が、このままずっと続くといいな。
そう思っていた。
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ある日、虎姫ルームの扉をくぐった私は、
仲睦まじく語りあう二人を見つけた。
「というわけで、私はこの大学を選ぶ」
「…『周辺にお菓子屋が多いから』とか…
もう少しましな選び方はないのか」
「私にとっては死活問題。糖分が切れると
私は動けなくなる。メゲる」
「それに、麻雀ができて白糸台から近ければ
どこも大して変わりはない」
「はあ…だったら最初からプロになればいいだろうに…
しかもこの大学、私にはスカウト来てないじゃないか」
「一般入試頑張って」
「お前な…まあ、学力的には大したことないから
あえて勉強する必要がないのは救いだが」
「というか菫が行きたがってるってわかれば、
向こうからスカウトしてくれるんじゃない?」
「かもな…それとなくほのめかしてみるか」
二人は進路について話し合っていた。
しかも、当然のように同じ大学に通うこと前提で。
もちろんそこに、私の意思は介在しない。
それだけでも、菫先輩とテルの絆の深さと、
私との関係の希薄さを感じずにはいられない。
もっとも、私も二人の関係を壊してまで
菫先輩と結ばれたいわけじゃない。
だって私はテルも大好きだから。
菫先輩に向ける『好き』とは、
ちょっと種類は違うけど。
なんとなく気持ちが沈む。
私は二人に声をかけるのも躊躇われて、
テーブルに置いてあった
私用のコップにジュースを注ぐと、
気もそぞろにそれを飲み干そ
カシャーンッ!
…飲み干そうとして失敗した。
自分でも思った以上に傷ついてしまっていたらしい。
慌てた私は、割れたコップを片付けようとして、
散り散りになったガラスに手を伸ばす。
「イタッ…」
指先に鋭い痛み。反射的に指を引っ込めたものの
時すでに遅し。線のような切り傷ができて、
みるみるうちにどす黒い血が玉を浮かべる。
それを見て、私は無性に泣きたくなった。
でも、目頭が熱くなった私の耳に、
心配そうなあの人の声が響く。
「淡!大丈夫か!ああ、怪我してしまったのか…!
立てるか?」
コップが割れる音を聞きつけた菫先輩が、
一目散に私に駆け寄った。
その顔は、心配に曇っている。
「…むり」
「そうか…じゃあ無理しなくていい。
照!ボウルを2個!片方には水道水を入れてくれ。
後、サランラップと薬箱の中の
ワセリンとテープも頼む」
「わかった」
テルが持ってきた水入りボウルを受け取った菫先輩は、
まるで壊れ物を扱うような
優しい手つきで私の指をつまむと、
ボウルに入った水で私の指を洗い流した。
「…いたい」
「痛いよな…でも、少しだけ我慢してくれ」
幼い子を諭すような優しい声。
菫先輩はひとしきり私の傷を洗い流すと、
ラップを少し切って、ワセリンを塗り付けた後で
私の指に貼り付けた。
その後、テープでラップの周りを固定する。
「これでよし…どうだ?」
「うん…痛み、少し引いたかも」
「それならよかった」
穏やかな笑みを浮かべて、
私の頭をくしゃくしゃと撫でる菫先輩。
それは、悪戯の時には感じなかった優しさで。
私はつい、あまえんぼになってしまう。
「す、菫先輩…くっついていい?」
「ん?…ああ、いいぞ」
私は菫先輩の肩に頭を乗せて、
そのまま菫先輩に体重を預ける。
菫先輩は私を支えたまま、私が落ち着くまで
私の頭を撫で続けてくれた。
それが、ひどく心地よくて、
私は思わず目を細める。
ふいに視線の先の床が目に入る。
そこには、よほど慌てていたのか、
さっきまで整然と並べられていたパンフレットが
乱雑に散らかっていた。
私はそれを見て、どうしようもなく嬉しくなった。
--------------------------------------------------------
その日私が作った傷は、たった数日で
あっさり治ってしまった。
菫先輩の処置がよかったのだろう。
さすが、虎姫のお母さんと呼ばれるだけのことはある。
サランラップを取った私は、
傷一つない指を見て、深い深いため息をついた。
「…治らなければよかったのに」
思わず口をついて出たその言葉が、
私の気持ちを端的に表していた。
私がけがをした時の菫先輩はすごく優しかった。
菫先輩だけじゃない。
テルも、私をあやまかしてくれた。
それはきっと、風邪の時に周りが優しくなるような、
そんな慈愛からくる行動なんだろうけど。
でも、確かにあの時、三人の中心は私だった。
落ち込んだ矢先にけがまで作って、
どん底まで沈みこんで。
泣きそうになっていたところで、
大好きな人達から受けた手厚い介抱。
その優しさは、私を狂わせるには十分だった。
「…また、けがしたら、優しくしてもらえるかな」
私は筆箱からカッターを取り出して、
チキチキと刃先を押し出した。
先端をぼーっと眺めて、
やがてブンブンと首を振って刃を戻す。
「…私、何考えてるんだろ」
危ういところで、私は何とか踏みとどまった。
でも私は、カッターから手を離すことはできなかった。
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「まったくお前という奴は…」
「ご…ごめんね?」
「…しおらしくするな。こっちまで調子が狂う」
「よし、これでいいだろう。
せっかく綺麗な肌をしているんだから、
もう少し自分を気遣ってやれよ?」
「うん…」
私は痛々しく擦りむいた淡の膝を見て、
思わずため息をついた。
淡は、最近怪我をすることが多くなった。
昨日も、突き指を処置してやったばかりだ。
何が変わったというわけではない。
ただ、注意が散漫になっているだけなのだろう。
だが、元々動きが活発な淡は、
それだけでも生傷が絶えなくなってしまう。
「…なあ、淡。お前、何か悩みでもあるのか?」
「へっ…?」
それは、ここ最近私がずっと考えていたことだった。
最近の淡はどこかおかしい。
注意力が薄れたのもそうだが…
悪戯もしなくなったし、怪我をした後、
酷く申し訳なさそうにするのも気になった。
「悩みなんて…ないよ」
「だったら前みたいに笑ったらどうだ。
見ていてこっちまで気が滅入る」
「…あ…ご、ごめんなさい」
「…!本当にどうしたんだ?
いつものお前なら、むしろ
食ってかかるところだろう?」
こんなに弱っている淡を見るのは初めてだ。
何とかして、助けになってやれないかと
思わずにはいられない。
でも、淡は儚げな笑みを浮かべて、
何でもないと断るのだ。
私は、そんな淡が気がかりでならなかった。
--------------------------------------------------------
淡が怪我をすることが多くなった。
私には、その理由が何となくわかる気がした。
怪我をする瞬間というものがある。
ここで何もしなければ怪我をする、
そんな瞬間が。
もちろん普通は怪我したくないから、
そこで咄嗟に回避行動を取る。
少なくとも、今までの淡はそうだった。
でも、今の淡は違う。
今の淡は、そこで『何もしない』ことを選ぶ。
そしてしっかり怪我をして、
慌てて菫が助けに入る。
「あぁ、またそんなところで転んで…。
注意しろって言ったばっかりじゃないか」
「ご、ごめんなさい…」
「…怪我はないみたいだが、
その沈みきった気持ちを何とかする必要があるな。
ほら、こっち来て少し休め」
「う、うん…」
なぜ、淡がそんなことをするのか。
それは単純に、菫の気を惹きたいからなんだと思う。
実際怪我をし始めてから、淡は悪戯をきっぱりやめた。
怒られるよりも優しくされる方を取ったということだろう。
素直でわかりやすい淡らしい。
でも、そんな関係はあまりに歪(いびつ)だ。
私は前の関係の方がよかった。
前の、あたたかい家族のような関係が。
これじゃ、誰も幸せになれない。
傷つく淡も、心配する菫も、
それをかたわらで見ている私も。
何とかする必要がある。
とりあえず、私は菫に相談することにした。
--------------------------------------------------------
私は自傷こそしなかった。
ううん、それだとちょっと語弊がある。
『わかりやすい』自傷はしなかった。
それ自体も、別に前向きな理由じゃなくて。
『自傷だとすぐわかる自傷では、
菫先輩は優しくしてくれないと思ったから』
なんて、醜くて後ろ向きな理由だった。
私がけがをすると、菫先輩が飛んでくる。
私の安否を確認して、大丈夫だとわかると
ほっと安堵の溜息をつく。
大丈夫じゃない時は、
真っ青になりながら手当てをして、
でも私を心配させまいと笑顔を見せてくれるのだ。
そのつらそうな笑顔を見る度に、
私は良心の呵責に胸を締めつけられる。
わかってる。これは菫先輩を裏切る行為だ。
心配してくれる菫先輩を裏切る行為だ。
それでも私は、やめられなかった。
だって私がけがすれば、菫先輩が見てくれる。
私だけを見てくれる。
それがどんな感情であれ、
私が菫先輩を独占できる。
それどころか、テルまでもついてくる。
間違ってる。わかってる。
知られちゃったら嫌われる。わかってる。
やめなきゃいけない。それだってわかってる!
わかっていても止められない。
二人とも、ごめんなさい。
心配かけて、ごめんなさい。
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--------------------------------------------------------
でも、そんな私の葛藤は、そう長くは続かなかった。
ある日、菫先輩が私に問いかけた。
「淡…お前、最近わざと怪我してないか?」
私は、頭が真っ白になった。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
別に、それで淡を責めるつもりはなかった。
なぜなら、それは自傷ということだ。
淡は面白半分で自傷なんてするような奴じゃない。
つまりは、それを行うだけの、
何らかのつらい理由があるということなのだから。
その理由を何とかして取り払ってやりたい。
だから、相談に乗ろうとしただけだったんだ。
--------------------------------------------------------
話し合う必要があると思った。
淡が抱く気持ちについて、
私が菫に伝えてしまうのはたやすい。
でも、それは何か違うと思った。
淡の気持ちは、淡だけのものだから。
私が、勝手に伝えていいものじゃない。
でも、今のままじゃよくない。
だから、話し合いの場を設けようと思った。
ただそれだけだった。
でも、話し合いにはならなかった。
--------------------------------------------------------
気づけば私は駆け出していた。
強張った二人の顔が頭から離れない。
そりゃそうだ。
だって、私は二人の厚意を踏みにじった。
自分勝手な理由で、二人を心配させ続けた。
そして、二人が愛し合う時間を奪い取った。
許されるはずがない。
弱い私はそれを直視することができなかった。
走る、走る、走る。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
届くはずのない謝罪を頭の中で繰り返しながら。
言葉を届けるべき方向とはまるで反対方向に、
私は逃げて去っていく。
ただがむしゃらに逃げていく。
やがて道は行き止まり、
反射的に道が見えた右方向に折れ曲がる。
そして感じた、突然の浮遊感。
そこには床がなかった。
--------------------------------------------------------
淡が階段を落ちていく。淡の足は空を切り、
そのままバランスを崩して落ちていく。
「淡っ!!!」
私はあらん限りに手を伸ばす。
私の指も空を切る。
『転がる』なんて可愛らしいものじゃなかった。
周囲に鈍い音が響き渡る。
階段の角で身体を強打し、
少しだけ弾かれるようにまた浮いて、
淡の身体は、踊り場に打ち捨てられる。
淡の身体は動かない。
それはさながら静止画像のように。
頭から流れて広がる血だけが、
その場で動く全てだった。
--------------------------------------------------------
淡は受け身を取らなかった。
こんな時まで、自分を守ろうとしなかった。
守り方を忘れてしまったのかもしれない。
もしかしたら、罪の意識から
自らを断罪してしまったのかもしれない。
もっとも、今そんな考察はどうでもいい。
重要なことはただ一つ。
淡が階段から落ちたのは、私のせいということだ。
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菫先輩が泣いている。
あの、菫先輩が泣いている。
大粒の涙を流し、大声で叫びながら、
私の身体をゆすっている。
頭打った時にゆすったらだめなんだよ?
菫先輩ならそのくらい知ってるよね?
わかってるはずなのに、気が動転してるんだね?
私のせいで、パニックになっちゃったんだね?
えへへ、うれしいな。
ごめんなさい。
もう死んじゃうから、許してください。
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淡が、死んでしまう
このままでは、淡が死んでしまう!
頼む、起き上がってくれ!!
いやだ、こんなのはいやだ!!!!
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菫は半狂乱になっていた。
大声で淡の名を叫びながら、
淡の身体をゆり動かす。
私はこんな菫を見たことがなかった。
こんなに我を失って、感情をむき出しにした菫を。
おかげで、私は冷静になることができた。
悔やむのは後だ。
今は、淡を助けなければ。
今、それができるのは私しかいない。
「菫!動かさないで!!」
菫の耳には届かない。泣いて淡に縋りついている。
私は無理矢理菫を押しのけると、淡の状態を確認する。
淡の目は開いている。意識はあるようだった。
でもぼんやりと虚空を眺めている。
危険だ。
頭から血を流している、まずは血を止めないと。
私は持っていたハンカチで傷口をおさえる。
駄目だ、血が止まらない。
私では菫みたいな適切な対処は取れない。
馬鹿か、そもそも最初にやるべきことは!!
「誰か!救急車を呼んで!!」
私は大声で助けを呼んだ。
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--------------------------------------------------------
幸か不幸か、私のけがは『そこまでひどくはなかった』。
もっとも、後遺症は残ってしまうかも
しれないらしいけど。
目を覚ました私の前には、
顔をぐしゃぐしゃにした菫先輩の顔。
怒られるのかと思ったら、
菫先輩はただ私を抱き締めて。
肩を震わせながら、ただひたすら謝罪した。
「すまない…!お前を、
こんな目にあわせてしまって…!!」
意味不明だった。だって、あれは私の自業自得で。
菫先輩は悪いことなんて何一つしていない。
そう、何一つ…
いや、あった。
菫先輩の悪いところ。それは、
私に優しすぎること。
私なんか、あそこで死んでおけばよかったのに。
なのに、優しい菫先輩は私を許すどころか、
なぜか私に謝罪する。
そんな優しさを見せるから…
私は、いつまでたっても、
菫先輩のことを諦められないんだ。
「淡…目が覚めてよかった」
もう一人、駄目な人がいた。
それは、私を挟んで菫先輩と反対側に居た先輩。
テルは私の手を握りながら、
一人静かに涙を流していた。
なんなんだろう。なんでテルは、
私を許してくれるんだろう。
テルからしたら私なんて、
愛する人にちょっかいをかける薄汚い泥棒猫だろうに。
いっそ、罵ってくれればいいのに。
『お前なんか死ね』って、
そう言ってくれればいいのに。
--------------------------------------------------------
淡が負った傷は、『致命的なものだった』。
もう、左手の感覚は一生戻らないそうだ。
頭を激しく打ったこと、そして強打した時の衝撃に、
首が耐え切れなかったことが原因らしい。
私のせいだった。
私があの時、もっと淡に配慮した聞き方をしていれば、
こんなことにはならなかったはずだ。
それに、もしかしたら私がゆすらなければ、
後遺症は残らなかったのかもしれない。
淡の左手はもう動かない。
私のせいだ。
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二人の様子は一変した。
淡は昔の快活さが嘘のようになりを潜めて、
いつも謝ってばかりいるようになった。
菫は淡のことを気にかけすぎて、
眠ることすらできなくなった。
私だけが、比較的まともな状態で生き残っている。
淡が怪我をして後遺症が残った件。
それは、私が菫に余計な口を挟まなければ
起きなかったのだから、
私のせいだと言っても過言ではないだろう。
一番悪いのは、言うまでもなくこの私だ。
私が、全ての罰を受けるべきだ。
一度はそう考えた。自刃することも考えた。
でも、同じように自分を責めて壊れていく菫を見て、
私は思い直すことにした。
開き直るわけじゃない。
罪を犯したことを認めないわけじゃない。
でも、私が自らの行動を悔いて責めたところで、
事態は何も好転しない。
私が本当にすべきことは、
悔恨の念に押しつぶされることではなく、
二人を救うことだと思った。
私がこの世を去るのはそれからだ。
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菫先輩から笑顔が消えた。
ううん、単に笑うというだけなら笑うこともある。
でも、その笑顔にはいつも陰りがあって、
心からの笑顔は一度も見せてもらえなかった。
もう、自傷なんてやめようと思った。
菫先輩が笑えなくなったのは、私のせいだ。
私が自傷をやめて、菫先輩の前から消えれば、
菫先輩はきっとまた元通り笑えるはず。
幸い私は、リストカットとか
自発的な自傷はしてこなかったわけだし、
次けがをしそうな機会があったら、
ちゃんと回避行動を取ればいいだけだ。
…なんて、リストカットする人も
同じようなことを思うのかもしれない。
もうやめよう、自分の意思で傷つけてるんだから、
やめようと思えばすぐやめられるはずだって。
(違うんだね。これって、やめようと思っても、
やめられないものなんだね)
私がそれに気づいたのは、
自分の腕にカッターを突き立てた後だった。
(なんで…こんなことしちゃうんだろう……っ
こんなにも、つらいのに……っ)
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「淡!あわい!!あわい!!!」
淡の左腕からは、夥しい量の血が流れている。
右手には、血にまみれたカッターナイフ。
「なんで!なんでこんなことを!?
もう自傷はしないって言ったじゃないか!?」
私は気が狂ったように淡に詰め寄った。
淡は目に大粒の涙を溢れさせながら、
ひどく悲しい笑顔を見せた。
「わからない…わからないよ…
でも、気がついたら刺してたの……」
「もう、しないって決めたのに…
菫先輩を悲しませたりしないって決めてたのに…」
「ごめんなさい…
私、もう駄目なんだ…
おかしくなっちゃったんだ…」
「ごめんなさい……
ごめんな…さい……!
もう…わたしなんか…
ころしてください……っ!」
何が起きているのかわからなかった。
淡は、泣きながら自らの断罪を請う。
その間にも、血はドクドクと淡から抜けて流れていく。
私にできることは、ただ絶望に襲われながら、
傷の処置をすることだけだった。
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なぜ人は自分を傷つけるのか。
私は、今までそれを真剣に考えたことはなかった。
これを機に、調べてみることにした。
構ってほしいから?
自傷することで周りに心配してほしいから?
そういう目的もあるのかもしれない。
事実、淡も始まりはそうだった。
でも、どうやらそれだけではないらしい。
自傷には、心の傷を身体の傷として
転嫁する効果もあるらしい。
心の傷より、身体の傷の方が楽だから。
辛い出来事に耐えられなくなった心が、
苦しみのはけ口として自らの身体を選ぶ。
そして、身体を傷つける。
そうすると脳内物質が分泌されて、心がすっと楽になる。
これが、自傷のメカニズム。
自分で麻薬を作り出すメカニズムらしい。
そうして心が傷つくたびに、人は自傷を繰り返す。
やめようと思った時にはもう遅い。
だって、自傷は麻薬だから。
止めようと思って止められるものじゃないから。
何より、淡の心の傷は癒えていない。
それどころか、淡は自らを罪の意識で縛り付けて、
もう自分なんて死んだ方がいいと思っている。
だから、ついに自分から明確に
自分を傷つけるようになった。
そう考えれば、淡の自傷がひどくなったのは
ごく自然なことだった。
だったら、私がするべきことは…
「菫。ちょっと聞いてほしいことがある」
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「自傷を、認める…?」
「そう。さっきも言ったけど、自傷は麻薬と同じで、
意志の力で止められるものじゃない」
「たとえ菫が強くても、殴られて『痛い』と感じる感覚を
遮断することはできない。それと同じようなこと」
「でも、淡はそんな自分に強い罪悪感を感じている。
その罪悪感が、また淡を自傷に追い込む」
「だから、自傷を認めてあげて。
淡がしたがった時は、菫が代わりにやってあげて」
「そして、淡が自分で自傷をしないように、
いついかなる時もずっと淡を監視してあげて」
「それだけで、淡はきっと完治する。
…今の菫なら、たやすいことでしょ?」
「だが…それじゃあ、結局
自傷の原因は解決してないじゃないか」
「今、その問題を考える必要はない」
「まずは、ただ淡を安心させてあげて」
「そうすれば、元々の原因は勝手に解決するから」
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私を呼び出した菫先輩は驚くべき行動に出た。
なんと私が部屋に入るなり、
私をお姫様抱っこしたのだ。
「す…菫、先輩?」
「悪いが、また逃げられたら困るんでな。
それに、自傷するかもしれないし」
そう言いながら、菫先輩は私を軽々と運ぶと、
ベッドに優しく横たえる。
そして…
私の手足をベッドの柱に拘束した。
「え…?なんで…!?」
「さっきも言っただろう。逃亡と自傷防止だ」
事もなげに堪える菫先輩。
でも、その瞳に光は灯ってない。
ただただ、真っ黒な闇をたたえている。
「照からな、聞いたんだ」
「自傷とは、自分で止めようと思って
止められるものじゃないと」
「辛抱強く、周りが支えてやる必要があると」
「だから、まずは自傷できないようにした
心配するな。こうしている間の世話は、
私が全て面倒見てやる。24時間ずっとな?」
「自傷だって問題ない。
お前の代わりに、私がやってやるからな?」
そう言って、菫先輩は私の瞳を覗きこみながら、
慈しむような優しい笑みを浮かべた。
目から、一切の光を失ったままで。
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今となればわかる。
淡が、なぜ自傷するようになったのか。
それはきっと、私のことを
慕ってくれていたからなのだろう。
だから、私の気を惹きたくて、
あんな行動に出たのではないだろうか。
だってほら、私に拘束された淡は、
こんなにも安らかに
日々を過ごしているじゃないか。
「菫先輩…トイレ」
「そうか。ちょっと待ってろ。
今外してやるから」
ベッドに拘束していた手錠と足枷を外し、
淡の身体を引き起こす。
ふらつく淡を支えてやると、
もう一度左手に手錠をかけた。
「…別に、もう逃げたりしないよ?」
「…こうしておかないと、私が不安なんだ」
そう言いながら、私はもう一つの手錠を
私の右手にかけた。
その様をとらえた淡は、どこか幸せそうに頬を染めた。
だが次の瞬間、淡の身体が小刻みに震え出す。
「す、すみれ、せんぱい」
「ど、どうしよう。したくなってきちゃった」
「なんで、わたし、やだ、ばか、しにたい」
淡の自傷癖自体はまだ治っていない。
照から聞いた話では、麻薬と同じで
完治までには相当な時間がかかることを
覚悟する必要があるらしい。
大切なのは無理に自傷を止めないこと。
そして、自傷することを責めないこと。
私は照の言いつけを忠実に守ることにした。
「淡…自分を傷つけたいか?」
「う、うん…ごめんなさい、ごめんなさい」
「気にするな…それに、お前が手を煩わせる必要はない」
「私がお前の分まで、お前を傷つけてやるからな?」
そう言って、私はカッターを取り出した。
そして、淡の手にすーっと刃を通す。
淡の病的なまでに白い肌に、
鮮やかな赤い線が引かれ、
そこからじわりと液体が滲みだす。
「ふふ…綺麗だな、淡」
私は淡を褒めてやる。罪悪感に縛られた淡の硬直が、
私の言葉を聞いて幾分やわらいだ。
「自分を責める必要はない。大丈夫、
私はこうやって淡の世話をするのが好きだからな?」
「治療する機会をくれて感謝したいくらいだ」
そう言って、私は淡の腕に舌を這わせる。
淡は、幸せそうに目を閉じた。
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二人は、学校から姿を消した。
いや、正確にはずっと部室の個人ルームにいるわけだから、
学校には存在しているのだけれど。
消えてしまった二人の代わりに、
私は説明責任を果たすべく奔走していた。
学校には事情をうまく隠して説明する必要があったし、
虎姫の二人には真実を伝える必要があるだろう。
「…というわけで、淡は精神を病んで休学。
菫はその看病で休学…だけど
もう時期が時期だから卒業扱いになった」
「淡が今後戻ってこられるかはわからない。
あまり期待しないで気長に待ってほしい」
事情を深く認識できていない二人は、
この説明に抗議した。まあ当然だと思う。
「いやいや!?そんな大変な状況なら
ちゃんと病院で治療をするべきじゃないですか!?」
「二人は完全に依存しあっている。
病院に行ったら引き離される。
でも引き離したら逆効果」
「…個人ルームに二人きりとか…
せめて、私達に手伝えることはないんですか?」
「ない。今の二人の間に割って入るのは逆効果。
私も二人に直接会うのは避けてる」
「でも…卒業した後はどうするんですか」
「私がプロになって二人を養うから問題ない」
「…面と向かって会えもしない人を養うんですか?」
「…?何か問題?」
「どうして、宮永先輩がそこまでするんですか!」
「淡は、菫が好きだった。
そして菫も多分、淡が好きだった。
それを私の存在が邪魔していた」
「二人がこうなったのは私のせい。
だから責任をとるのは当然」
「それに、愛の形は違うけど、
私も二人を愛している。
できることなら一緒にいたい」
(せめて、二人が私がいなくても
生きていけるようになるまでは)
二人は押し黙ってしまった。
私は何か変なことを言っただろうか。
しばしの沈黙の後、尭深が慎重に、
言葉を選ぶように私に問いかけてくる。
「…宮永先輩は…二人が…
普通の精神状態ではないことを、
認識しているんですよね?」
「うん。淡もそうだけど、菫も重症。
二人とも完全に狂っている」
「…治そう、という気はありますか?」
「…別に。二人が幸せになれるなら、
治らなくてもいいんじゃないかと思う」
「…そうですか…その回答ではっきりしました」
「…宮永先輩…失礼ですが、
先輩もどこかおかしいです」
「…私が?」
「…はい。前の宮永先輩なら、
いびつな関係の二人をそのままにしておこうなんて
考えなかったはずです」
「…ましてやこんな、社会から
完全にリタイアしてしまうような
道を許容するなんて…」
「…そう言われても困る。
実際これがベストだと思うし」
「…私も別に、宮永先輩の判断を
否定するつもりはありません。
ただ…気に留めておいてほしいんです」
「自分が、狂っているということを。
そして、いつかそれに気づいたら、
すぐに助けを求めてください。
いつだって私達は応じますから」
「でないと、あなたが…可哀想すぎます」
そう言って、尭深は一筋涙を流した。
私には、その涙の意味はわからなかった。
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私は今日も、菫先輩に拘束された状態で目を覚ました。
手足をベッドに拘束というのは廃止された。
私の症状が改善したというのもあるし、
普通に床擦れとか筋力の低下とか
深刻な問題が出始めてたから。
「もう突発的な自傷は心配しなくてもよさそうだし、
このくらいでもいいだろう」
代替案として、私は菫先輩と手錠で繋がることになった。
「心配ないんだったら、手錠自体いらないんじゃない?
私、別に逃げたりしないよ?」
「前も言っただろう?お前のためじゃない。
私がこうしないと不安なんだ…
それとも…私と繋がるのは嫌か?」
「まさか。なんだったら、手を繋いだまま
アロンアルファとかでくっつけちゃってもいいよ?」
「…それも悪くないが、そこまでしてしまうと
今度はお前を抱き締められなくなる」
そう言って菫先輩は笑みを浮かべた。
私も思わず笑顔になった。
幸せだった。菫先輩を独占できて。
でも、不安だった。幸せすぎて。
だって、私はこんな幸せを
受け取っていい人間じゃないから。
「ねえ、菫先輩」
「なんだ?」
「菫先輩は、どうして私に、
ここまでしてくれるの?」
「どうしてって…
好きだからに決まってるだろう」
「へ!?」
思いっきり虚を突かれた。
私の予想では、菫先輩はただ真面目すぎて。
私に対する監督責任を果たせなかった自責から、
壊れてしまっただけだと思っていたから。
「そういった気持ちがあることは否定しない」
「だがな…今回の一件で、壊れた時私は気づいた」
「ああ、私は…壊れるほどに、
お前のことが好きだったんだな、ってな」
「な…にそれ…不意打ち過ぎだよ…」
突然の告白に、胸がぎゅうっと締め付けられる。
熱いものが込み上げる。
…でも。
「て、テルは?テルのことはどうするの?」
「照?なんでそこで照が出てくるんだ。
あいつは親友だが、そう言う目で見たことはないぞ?」
「…まあ、ずっと側に居てほしいとは思うが。
だが、それはやっぱり恋愛感情じゃない。
言うなれば家族愛だ」
驚いた。菫先輩がテルに向けていた感情は、
私とまったく同じだった。
だったら、私はもう遠慮する必要はないのかもしれない。
…でも。
「でも、私…ひどいことしちゃったよ?」
「菫先輩と、テルの優しさを踏みにじったよ?」
「なのに…私を好きでいてくれるの?」
「ああ。好きだ。お前のそういう、
弱いところも含めて好きだ」
もう限界だった。涙がぽろぽろとこぼれ落ちて、
私の頬を濡らしていく。
いいんだろうか。
こんな私が、幸せになっていいんだろうか。
こんなにも、醜くて罪深い私が。
「もちろんだ。というか…幸せになってくれないと困る。
お前が不幸になると、自動的に私も不幸になるからな」
菫先輩はそう言って私に口づけた。
はじめてのキスは、しょっぱい涙の味がした。
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数ヵ月の時を経て、私達は個人ルームを後にした。
事前に示しあわせた通り、私達は校門に向かう。
そこでは、照が待ってくれていた。
「まさか、卒業前に出て来るとは思わなかった」
「私達のせいで、お前には迷惑を掛けたな。
本当にすまなかった」
「…気にする必要はない。私が自分の意思でやったこと」
「そう言ってもらえると助かる。
…ついでと言ってはなんだが、
もう少し迷惑を掛けてもいいか?」
「…?何を?」
「んとね、これから私達、
家を出て二人暮らしする予定なんだけど」
「できれば…テルにも一緒に住んでほしいなって」
「…は?」
照にしては珍しく、素っ頓狂な声があがった。
無理もない話だ。だが、これは淡と二人で
相談して決めたことだった。
--------------------------------------------------------
つまりはこういうことだった。
「私は、菫先輩のことが好き。でも、
テルのことも別のベクトルで好き」
「私は、淡のことが好きだ。そして、
お前にも側に居てほしいと思っている」
「今回の件も、私達だけだったら多分終わってた。
私達がこうして立ってられるのはテルのおかげ」
「身勝手だとは思うが…私達には、
まだまだお前の助けが必要だ」
「だから…一緒に来てくれないか?」
それは、私が願ってやまなかったことでもあった。
でも、そもそも二人が壊れるきっかけを作ったのは私だ。
私は、こんな簡単に許されていいんだろうか。
私は、死を持って償うべきではないのだろうか。
「今更、お前が悪くないとは言わないでおこう。
言ったってお前は受け入れないだろうからな」
「だがそれは、私達にも言えることだ。
私達は全員罪を犯した。もし死ぬ必要があるのなら、
まず真っ先に私が死のう」
「だが、どうせ死ぬ気だったなら…
その命、私達にくれないか?」
その言葉を聞いた時。私は、急に肩の荷が下りた気がした。
重い、重い何かから解放されたような気分になった。
そして、そこまで言われてしまったら、
私が拒否する材料はなかった。
「…とはいえ、二人の愛の巣に私だけ
異物として混入するのはさすがに抵抗がある」
「んー…そこはテルにも頑張って恋人を作ってもらう方向で!
2対2でルームシェアなら問題ないでしょ?」
「犬猫じゃないんだからそんな簡単に恋人は作れない」
「まあ、その辺はおいおい考えていけばいいんじゃないか?
私達は今のところ肉体関係は求めてないし、
一緒にいてそんなに苦痛ということもないと思うが」
「冗談はその手錠を外してから言ってほしい」
「無茶言うな」
「一般人からしたら普通の肉体関係どころか
強烈なSMフレンドにしか見えない」
「お前は事情を知ってるんだから大丈夫だろう?」
くだらない会話を交わしながら、
私は人知れず零れそうになる涙を必死で堪えていた。
また、こうやって冗談を言い合える日が来るなんて
思ってもいなかったから。
しかも、二人は私を家族として求めてくれている。
二人の邪魔をした私を、知った上で
それでも受け入れてくれようとしている。
それが、たまらなく嬉しかった。
「仕方がない…暫定的に一緒に住むことを認める」
結局私は、もったいぶって承諾した。
今後、私達がどうなるのかはわからない。
私に恋人ができるかはわからない。
でも、できれば。願わくば。
この二人との家族関係が、生涯続けばいいなと思う。
「よーし!じゃあ明日は早速家具を見に行こう!
私、もっとかわいい手錠がいい!」
「確かにな…これだとちょっと外を歩くだけで
好奇の視線にさらされそうだし。
もう少しオシャレな奴にした方が無難だろう」
「…なんで菫までポンコツになってるの?
オシャレもなにも、手錠の時点でアウトだから。
まずは隠す方向でしょ。後、手錠は家具じゃない」
前言撤回。この二人は、
私が一生面倒見てあげないとダメそうだ。
(完)
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いつも乙です。
でも四六時中手錠で繋がれてるカップルってすぐ話題になりそうですね。福岡ならいざ知らず (風潮被害)
淡が自傷行為に至る心理描写が丁寧で、物語にとても引き込まれました。
ラストの2人の、「でも…。」のくだりの会話、弱気で幸せを不安がる淡が切なくて、そしてそんな淡を真正面から受け入れる菫先輩がかっこよくて、(文章も読ませる構成で、)もう最高のハッピーエンドでした(≧∇≦)
理性と感情の狭間に悩まされる淡の苦悩が良かったです。
しかしもし照を好きになっても、この中に入れるほどの素質がなきゃ付き合うのは無理だろうな(笑
ヤンデレや共依存の百合が好きな私はとても助かってます
この話も3人とも相手のことをきちんと思いやれるいい子なのに
なぜか歪んだ関係に行き着くのが堪りません
少人数で完結した他者を必要としない世界っていいよね
ただなぜかこのブログがびっくりするほどメモリを食って重いんですよね……
choromeで見てるけど相性が悪いのかな?
この作品は評価されるべきですね
淡菫>
淡「けっこう書いてる気がするんだけど
意外と数が少ない。それが淡菫!」
照「いや、普通に多いから。
久咲が多すぎるだけ。咲頑張りすぎ」
一日遅れの淡の誕生日>
淡「言われて気づいた!惜しい!」
菫「むしろ誕生日じゃなくてよかったな。
これ誕生日プレゼントだとしたら
屈折し過ぎだぞ」
福岡ならいざ知らず>
姫子「北九州ならスルーすっとですよ?」
はじめ「長野も普通にスルーだと思うな」
照「どうしよう地元がおかしい」
自傷行為に至る心理描写が丁寧>
淡「最初から弱気でもよかったんだけどねー。
いきなり自傷し始めるのも変だなぁと」
菫「そのせいで長くなってしまったが、
楽しんでいただけたなら幸いだ」
照を好きになっても>
照「大丈夫。そのうち慣れる」
淡「大丈夫!そのうち慣らす!」
淡「苦悩については書いてる本人もこれでいいのか
苦悩してたからコメントうれしいです!
ありがとう!」
いい子なのに>
照「悪い人はいない…でも転がり落ちる…
っていうのは切なくて綺麗だと思う」
菫「メモリは…どうなんだろうな?
見た目重視でCSSを多用しているのが
原因かもしれない」
淡「ごめんね!今のところめんどいから
直す気力ない!」
評価されるべき>
淡「もっと評価されるべき」キリッ
菫「やめろ」
照「でも、読んでくれる人がいて
コメントしてくれる人がいる…
もう十分評価してもらえてると思う。
ありがとう」
照のどこがおかしいのか>
照「重症。狂人の世界へようこそ」
菫「答え合わせというわけではないが
近日中に作品設定紹介が出る。
興味があれば照はどうおかしかったのか
確認してみてくれ」