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【咲-Saki-SS:淡菫】淡「ちゃんと、最期まで面倒見てよ!」【ヤンデレ】
<あらすじ>
無し。リクエストを読んでください。
<登場人物>
宮永照,弘世菫,大星淡
<症状>
・ヤンデレ
・依存
・狂気
・監禁
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・淡は、始めは照との対局しか楽しみでなく、
そこにシャープシュートで横槍を入れてくる菫が嫌いだった。
期待をかけるが故に菫は淡に世話を焼き、
淡はうっとおしいとは思っていたけど
だんだん受け入れていくようになっていった。
けれども時間が経つと、菫は、
淡がもう一人でも大丈夫だろうと考え
以前ほど淡に構わなくなったことにより、
淡がだんだん病んでいく……
※割とまったりです。
リクエストの雰囲気よりもあまあまになった気がする。
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その日、私はとってもイライラしていた。
なぜって、せっかくのテルとの楽しい一時が、
変な先輩に邪魔され続けたから。
この憎たらしい先輩の名前は…
ええと、確か、弘世菫って言っただろうか。
「ロン!8000!」
「またぁ!?なんか私ばっかり狙ってない!?」
「狙われてる自覚があるんだったら避けるんだな」
執拗に私を狙っておきながら、
涼しい顔で受け流す弘世先輩。
射抜かれた胸がまだじんじん痛い。
なんなの、この先輩…!
大して強くもないくせに、
テルと私のデートの邪魔ばっかりして!
雑魚は雑魚らしくツモ切りマシーンに
徹してればいいんだってば!
「もー怒った!そんなに潰されたいなら
一思いに捻り潰してあげるよ!!」
「ロン、3900」
「きー!!」
本当になんなの!?テルみたいに、
すっごいオーラを持ってるわけでもないのに。
じゃんじゃか上がってくれちゃって!
「もう少し落ち着いたらどうだ。
そんなにかっかしてたら、
勝てるものも勝てないぞ?」
「うっさいなあ!苛立たせてる本人が言わないでよ!」
「あ、それロンだ。5200」
「あ”ぁー!!もう!!」
私は結局、終始ペースを乱されて。
この雑魚っぽい先輩に勝つことができなかった。
あーもう、イライラする!!
イライラするイライラするイライラする!!
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「菫…ずいぶんと淡に入れ込んでるね」
「ん?ああ。あいつは、間違いなく
今後の白糸台の中心になるだろうからな」
大星淡。照が連れてきた無名のルーキー。
だが、その潜在能力は本物だ。
「今はまだ能力頼みで未熟な打ち手だが、
ちゃんと鍛えれば大化けするだろう。
そのためにも、早めに基礎を叩き込まなければ」
「でも、それなら私がやった方がいいんじゃない?
その方が、淡も素直に聞いてくれると思うけど」
照の意見ももっともだ。大星は照に懐いている。
ただ大星を強くするだけが目的ならそれもありだろう。
だが、白糸台の将来を担う以上、それだけでは困る。
「あいつは、魔物以外を軽視する傾向がある。
だからこそ、私が教える方がいい。お前じゃなくてな」
「格下と思っている嫌いな奴からものを教えられる。
その経験は、将来きっとあいつの役に立つはずだ」
「いずれあいつは、嫌でも人に教えないといけない
立場になるだろうからな」
「…本当に、すごい入れ込んでるね」
少し呆れた様子で照が苦笑する。
確かに、少し気を吐きすぎかもしれない。
だが、それくらい面白い逸材なのだ。
照のように最初から完成しているわけでもなく、
でも将来を期待せずにはいられない宝石の原石。
それが、私にとっての大星淡だ。
そりゃぁ指導にも熱が入るさ。
「よし、もう少しいじめてくるか」
「…ほどほどにしてあげてね?」
部室のすみで退屈そうに
足をぶらぶらさせる大星を見つける。
大星は私の顔を目にすると、
「げっ」と露骨に顔をしかめて見せた。
「さぁ、大星。楽しい基礎講座を始めるぞ」
「い、いらないよ!
私はそんなの知らなくたって強いんだから!」
「いいだろう。なら、その強さを見せつけてみろ。
これからやる半荘で、
私から一度も直撃を喰らわなかったら、
それ以降はやめてもいい」
「言ったね!アンタなんか、
さっさと飛ばして終わらせちゃうんだから!」
鼻息も荒く大星が卓につく。扱いやすい奴だ。
可愛いとすら思えるかもしれない。
結局その日、大星は私から十四回直撃を食らった。
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弘世菫。私の中でけちょんけちょんにしたいランキング
ぶっちぎりナンバーワンの嫌な先輩。
なのだけど、残念ながらそう上手くはいかなかった。
だって、どれだけやっても勝てないのだ。
素直に手作りをしていくと、当然のように狙い打たれる。
じゃあ、と変則的な手作りをしてみると、
今度は上がり目がなくなる。
実に嫌らしい。この性格がねじくれた先輩らしい、
すごく嫌らしい能力だ。
「逃れるためには、どうしたらいいと思う?」
「変則的な手作りをすればいいんでしょ?
でも、それやっちゃうと手が進まないんだってば」
「それは、お前にまだ対応力がないからだ」
「見ろ。この順目で状況を把握して、
早めにトイトイに切り替えていればどうだ。
お前はトイトイドラ2で満貫を上がれている」
「結果論じゃん」
「否定はしない。だが、確率や期待値、
河の状況などを的確に把握していれば
このトイトイが来やすいことは推測できた」
「……」
「魔物としての感覚だけに縛られるな。
感覚と理論、両方をうまく融合させるんだ」
「お前には才能がある。基礎の理論が身につけば、
お前はもっと強くなる」
そう言って、弘世先輩はにこっと笑った。
「……っ」
その笑顔の優しさに、なぜか私は赤面してしまう。
なんなんだろうこの先輩。
いやらしかったり、優しかったり。
本当によくわからない。
なんて思っていると、今度はいつも通りの
意地悪そうな笑みを浮かべて、
ふんと私を鼻で笑った。
「ま、とりあえず期待値を計算できるようになるんだな。
じゃなきゃ、照に勝つなんて夢のまた夢だ」
前言撤回。やっぱりこいつ、むかつく奴だ。
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大星が、少しずつ言う事を聞くようになってきた。
憎まれ口は変わらない。舐めた態度は変わらない。
でも、少しずつ…行動に変化が生まれてきた。
「ほら、大星。お前が無残に飛んだ時の牌譜だ。
私が記録におこしてやったからありがたく思え」
「それでありがとうって言う人がいると思うの!?」
「普通は自分でおこさないといけないんだ。
例え、どれだけ見たくなくてもな…ほら」
「ぶー」
「負けた記録はお前の宝だ。大切にしろ。
全国に常連で出てくるような強豪は、
対戦相手が負けた時の試合を徹底的に研究する。
その裏をかくぐらいの気概で臨め」
「お前は、負けた結果を振り返らない傾向がある。
負けた理由を考えろ。思考を止めるな。
そうすれば」
「お前はもっと強くなる、でしょ?
わかったよ。見ればいいんでしょ、見れば」
「わかってきたじゃないか」
不満げにほっぺたを膨らませながらも、
大星は早速牌譜を確認し始めた。
そんな大星の様子を見て、
私は思わず笑みがこぼれる。
周りの連中は大星の態度に戸惑っているようだったが、
私はむしろ好ましく思っていた。
不満を持ちながら内に溜め込まれるよりも、
このくらい歯に衣着せず話してくれた方がやりやすい。
…まあ、部長としては、
容認してはいけないのかもしれないが。
…数時間後。
大星は一人熱心に自分の牌譜を研究して、
そのまま眠り込んでしまった。
なんだかんだ言ってこいつは、
けっこう素直で努力家だと思う。
「…頑張れよ、大星」
私は眠る大星の肩にブランケットをかけてやると、
そのまま部室を後にした。
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気がつけば、弘世先輩と一緒に居ることが多くなった。
なんでかは知らないけど、
この先輩はやたら私に干渉してくるのだ。
「大星…お前、この前の中間テストで見事最下位…
クイーンオブ馬鹿の称号を手にしたそうだな」
「なんで弘世先輩が知ってるの!?」
最近では、こうやって麻雀以外のことでも絡んでくる。
何なの?私のお母さんのつもりなの?
「学年主任から泣きつかれてな…
なんとか勉強するように言ってくれないかと」
「へへーんだ。私はどうせ麻雀でプロになるから
勉強なんかいらないもーん」
「テルだってそうだよねー?」
「照を勝手に駄目人間チームに加えようとするな。
照はこう見えて実は成績上位者だ」
「…こう見えては余計」
「そ、そんな…!?おバカ仲間だと信じてたのに…!!」
「なんで私をその仲間に加えたの?」
「いや、ほら…なんか、何も考えてなさそうだから」
「淡に言われたくない」
「…はあ」
「いいか、よく聞け大星」
「確かに、お前の人生に勉強は必要ないかもしれない」
「でもな、麻雀なんて小難しい
競技のルールを覚えられるんだ。
お前は間違いなく勉強でも才能がある」
「…そ、そうかな……えへへ」
「お前は、頭がいいはずなんだ。
その才能、使わずに眠らせておくのは
もったいないと思わないか?」
これだ。この先輩は、私の扱い方をよくわかってる。
だからつい、私ものせられちゃうんだ。
私は、いつかかけてもらったブランケットを
指で弄くりながら、伏し目がちに小声でこぼした。
「…だったら、弘世先輩が教えてよ」
「まあいいだろう。麻雀部の部長として、
部員がクイーンオブ馬鹿というのは避けたいからな」
「何度もバカバカ言わないでよ!
私はやればできるんだから!」
「はいはい、じゃあ早速勉強するぞ」
「今から!?」
気がつけば、弘世先輩と一緒に居ることが多くなった。
そう、大好きなテルよりも。
こうして、この先輩は少しずつ
私の中に侵食していった。
そう、少しずつ少しずつ。
ずっと私の奥の方まで。
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「すまん、遅れた」
その日、所用で少し遅れて虎姫ルームに入った私は、
そこで一人静かに読書をたしなむ照を見つけた。
「…って、まだお前しかいないのか」
「二年生は学年集会が長引いて遅れてる」
「淡は、昨日徹夜したみたいで仮眠してる」
「む…あいつ、寝なかったのか」
「菫が課題を出したからだってぼやいてたけど?」
「…別に、夜通しやれとは言ってないけどな」
今日も大星を徹底指導しようと思っていたのだが、
本人が寝ているなら仕方がない。
私は、かばんから大星の牌譜を取り出して、
途中だった分析を再開する。
その様子を見た照が、若干からかうような口調で
私に話し掛けてきた。
「最近、菫って淡にべったりだよね」
「嫌な言い方をするな。私は単に
あいつの面倒を見てやっているだけだ」
とりあえず否定はしたものの、私もそれは自覚していた。
確かに、最近はあいつのことばかり考えている気がする。
「もしかして、菫って…淡のこと、好きなの?」
「ん?…まあ、そうだな。好きと言えば好きだ」
打てば響くとは、あいつのような奴のことを言うのだろう。
焚き付ければ燃える。褒めれば喜ぶ。
鼓舞すれば奮い立つ。
一緒にいて、楽しくて仕方ないのは確かだ。
育てがいがあるからな。
「ふーん…そっか。好きなんだ」
「それなら、まあいい」
やけに意味深な口調で照は呟くと、
そのまま手に持った本に視線を落とし、
読書を再開する。
その反応が若干気にはなったが、
私も大星の牌譜の分析を再開することにした。
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その日、ベッドで仮眠をとっていた私は、
二人の話し声で目を覚ました。
「もしかして、菫って…淡のこと、好きなの?」
「ん?…まあ、そうだな。好きと言えば好きだ」
漏れ聞こえたその内容に、ドクンと心臓が反応する。
(え…私のことが…好き!?)
弘世先輩のその言葉は、私の頭を瞬く間に蹂躙する。
うるさいくらい鼓動が激しくなって、
思わず呼吸が浅くなる。
でも、言われてみればそうかもしれない。
なんせあの先輩と来たら、
私が入部して以来、ずっと私につきっきりなのだ。
正直最初はウザいと思ったくらいに。
それが、私に一目惚れしたからだというのなら頷ける。
「私のことが…好き…!」
胸の鼓動が、おさまってくれない。
いつまでも早鐘を鳴らすようにドキドキと
鳴りやんでくれない。
私は、ぎゅっと胸を手でおさえる。
頭の中を、先輩の言葉がグルグルと回る。
ヤバい。こんなのヤバい。
あまりにも不意打ち過ぎだ。
最近、気づき始めたばかりだったのに。
あの人のお節介が、私への優しさに溢れてるって、
気づき始めたばかりだったのに。
そこに、こんなことを聞かされたら。
「…こっちまで、好きになっちゃうじゃん…!」
私は人知れず身もだえた。
とりあえず、二人の前に出る前に。
この胸の高鳴りをおさえこんで、
にやけた顔を元に戻さないと。
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理由はよくわからないが、大星がやけに素直になった。
いや、今までもある意味素直だったのだが、
なんというか、懐かれているような気がする。
理由がわからないのが不気味だが。
「おい、大星」
「……」
「ん?聞こえてないのか?大星?」
「…淡」
「は?」
「だから、私は淡だってば。
いい加減、付き合いも長いんだから
名前で読んでよ」
「長いって…まだ三ヶ月足らずなんだが」
「気持ちの面での話だよ!
こんだけずっと一緒にいるんだから
いい加減名前呼びでもいいでしょ?」
「…まあ、別に構いはしないが」
「じゃあ、呼んでみてよ」
「…淡」
「〜〜〜!」
私に呼ばれるなり、だらしなく頬を緩めて
バタバタと身悶える大星。
なんだこいつ、なんか悪いものでも
食べたんじゃないのか?
「じゃあ、私もスミレって呼ぶから!」
「断る」
「えぇ!?テルはスミレって呼んでるじゃん!」
「同級生だからな。いくらなんでも、
部長が一年坊に名前を呼び捨てされるというのは、
白糸台の品格に傷がつく」
「ちぇー…じゃあ、菫先輩って呼ぶ」
「まあそれならいいだろう」
「あ、でも…」
「二人きりの時は、スミレって呼ぶからね!」
「…勝手にしろ」
「じゃあ、勝手にする!スミレ!」
「…なんだ」
「なんでもなーい!」
そう言いながら、ニコニコと私の首回りに
手を回して纏わりついてくる淡。
本当になんなんだ。私を照と勘違いしてないか?
「ほら、いつまでもくっついてないで、
さっさと練習を再開するぞ」
「はーい」
素直に私に従う淡。
まあ、懐いてくれるのも悪くはないな。
この様子なら、指導もやり易くなるだろう。
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それからは、毎日が楽しくて仕方なかった。
麻雀もメキメキ上達した。
元々強かった私の麻雀に、スミレの理論が合わさって。
もうテルとスミレ以外には負けなしの状態になった。
勉強も好きになった。
スミレは私の勉強のクセをつかんだ上で、
私が勉強したくなるような教え方をしてくれるから。
「英単語覚えるのめんどくさいー」
「ああ、そうやって単語帳で
盲目的に暗記するのは厳しいだろうな。
そういう時は、文単位で覚えるといい」
「そうだな、この単語なら…」
「You must abandon the search for Teru.
Perhaps she has gone to another prefecture.」
「『照を探すのは諦めなければならない。
どうやらあいつは他県に行ってしまった』」
「だめじゃんテルー」
「She is an idiot...あいつは馬鹿だ。
まで加えるとなおいいだろう」
「こうやって覚えれば、
そうそう忘れはしないだろう?」
「Teru is an idiot!!」
「そうそう、その調子だ」
こうして楽しく勉強した結果は、
早くも成果として表れた。
7月の期末テスト。私はなんと、
最下位から一気にトップ50に食い込んだ。
「見て見て!掲示板に名前載ったよ!」
「ほう…クイーンオブ馬鹿も変われば変わるものだな。
まあ、貼り出された50位の間ではまた最下位だが」
「今に見てなよ!このままごぼう抜きして、
次はトップ10に躍り出てあげるから!」
「期待して待っててやるよ」
「いや、そこは待っててないで引っ張りあげてよ!」
「はいはい」
麻雀も、勉強も。スミレがいればうまくいく。
私はそう確信することができた。
そして、それは今後もずっと続いていく。
その時の私は、なんの根拠もなくそう思っていた。
…スミレが引退する、あの日までは。
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「本日をもって、私達3年生は麻雀部を引退します」
「これからも顔を出すことはあるでしょうが、
今後白糸台を引っ張っていくのはあなた達です」
「…来年、白糸台は4連覇に挑戦することになります」
「のし掛かる重圧は、相当なものでしょう」
「時には、やめてしまいたいと思うかもしれません」
「それでも私は、あなた達なら。
そんな重圧も乗り越えられると信じています」
「頑張ってください。私達は、
あなた達の活躍を陰ながら応援しています」
「今までありがとうございました」
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スミレが、部室に来なくなった。
勉強も教えてもらえなくなった。
なんで?どうして?
スミレはプロに行くはずだよね?
別に、引退しても暇なはずだよね?
どうして、部室に来てくれないの?
なんで、私に会いに来てくれないの?
目の前の人生が、急に色あせて見えた。
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放課後。一人牌譜を広げた私に、
照が眉を潜めながら問いかけた。
「…今日も、部室に行かないの?」
「引退したばっかりだぞ?
そんな頻繁に行ってたら意味がないじゃないか」
「少なくとも、新体制で
本格的に動き出すまでは行くつもりはない」
実際、私も経験したからわかる。
引退した先輩が入り浸っていると、
後輩は気兼ねして思う存分
リーダーシップを発揮できないものだ。
「…でも、淡が寂しがるよ」
「…だったらなおさらだ。淡には、新体制では
中核を担ってもらわないと困る。
いつまでも私におんぶにだっこじゃ駄目だろう」
「大丈夫だ。あいつは強くなった。
もう、私がつきっきりで見る必要はない」
「…そう」
「でも、淡の牌譜は見続けるんだね」
「……っ」
言われてみてはじめて気づく。
もう、日課になってしまっていたから、
当然のように淡の牌譜を眺めていた。
どうやら、私の方も淡離れが必要らしい。
「…癖みたいなものだ。その癖もそのうち取れる」
私はそう言い捨てると、
読みかけた牌譜を鞄にしまった。
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今日も、スミレは部室に来ない。
だから、テルも部室に来ない。
麻雀って、こんなにつまらなかったっけ。
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勉強、わかんないや。
スミレ、ここ教えて?
…そっか、スミレ、いないんだった。
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は?卓に混ざれ?なんで?
私が入ったらみんな飛んじゃうじゃん。
指導?私一年生だよ?
そういうのはスミレに頼んでよ。
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真面目に勉強しろって?
やだよ。スミレがいないもん。
先生のくせに、スミレより
面白い授業ができないアンタが悪いんでしょ?
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チームワーク?はっ。バカじゃないの?
そういうのは、お互いに信頼できてなんぼでしょ。
アンタ達、私が信頼するに値するの?
戯言はせめてスミレレベルになってから言ってよ。
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勉強?もういいよ。
どうせスミレもプロに行くんだし。
私追いかけるから。
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ある日、私の元に何人かの部員が押しかけてきた。
聞けば、淡の扱いに手を焼いているらしい。
部室には来るものの、
すぐに個人ルームに立て籠ってしまう。
そして、個人ルームから一向に出てこない。
私達が抜けた穴は大きい。
だから、少しでもたくさん強い人と練習したいのに、
一番強い淡は卓に混ざろうともしない。
「引退したそばから頼るのは情けないと思います…
でも、どうしたらいいのか…
対策が思いつかないんです」
「どうか、お力を貸してください」
そういって、部員達は頭を下げた。
相当参っているようだ。
「わかった、さっそく今日の放課後にでも
様子を見に行くとしよう」
「あっ…ありがとうございます!」
私の返事に顔をほころばせ、
またも深々と頭を下げる後輩達。
まったく、あいつは何をやっているんだ。
先輩の方はこんなにも
歩み寄ろうとしてくれているのに。
私は一人、空を見上げてため息をついた。
だが…そのため息のなかに、少しばかり
安堵の気持ちが含まれていることも理解していた。
淡は、私以外には懐いていない。
そこに、奇妙な安心感を感じていたのだ。
どうやら私も、この辺りで
けじめをつける必要がありそうだった。
淡を、いつまでも私に縛りつけないためにも。
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私の個人ルームに、久しぶりにスミレが姿を見せた。
そう、実に17日ぶり。
久しぶりにスミレが戻ってきた!
「まったく…体制が変わった途端にこれか。
お前は一体何をやっているんだ」
スミレは私の顔を見るなり、呆れた顔でたしなめる。
そうそう、これだよこれ。私が求めていたのは。
でも、こんなにも長い間
ほったらかしにされたのは見過ごせないかな。
「それはこっちの台詞だよ!
スミレこそ、なんで全然来ないの!?」
「いやいや…引退した三年がいつまでも
部室に居座ってたら、
二年生が主導を取れないじゃないか」
「だったら部室はいいから、個人ルームには来てよ!
もうプロになるって決まったんだから
どうせ暇なんでしょ!?」
この主張は、当然聞き入れてもらえると思っていた。
あれほどしつこく私に干渉してきたスミレだ。
私の事が大好きなスミレだ。
麻雀部に参加しないのはともかく、
私には会ってくれるはず。
でも、返ってきたのは冷たい一言だった。
「…いや、私はもう来ない」
「…なんで!?」
なんで!?なんで!?
スミレ、私の事好きなんでしょ!?
会いたくないの!?好きな人に会いたくないの!?
「今ここで私があまやかしたら、
お前はいつまでたっても成長しないからな」
「麻雀の理論も教えた。
分析の仕方も教えた。
勉強の仕方も教えた」
「お前には、もう一人でやっていけるだけの力がある。
そろそろ、独り立ちする時だ」
「い、や、だ!!!!」
ありえない!!独り立ちなんてありえない!!
スミレがいない生活なんてありえない!!
「あのな…仮に今お前の主張を聞き入れたとしても、
どのみち半年後には卒業だぞ?
遅かれ早かれ、私から巣立つ必要があるんだ」
「そういう問題じゃない!!
スミレは、スミレは……!」
「私のこと、好きじゃないの!?」
好きだって言ってくれたじゃん!
好きな人と、一緒に居たいっていうのは、
ごく普通の気持ちでしょ!?
でも、スミレはかぶりを振った。
「……お前のことは、好きだ。
だが、それはあくまで、先輩と後輩としてだ」
「というより私は、女を恋愛対象として見たことはない」
頭の中が真っ白になった。
その後、何を話したのかは覚えてない。
ただ、一つ言えるのは…
私は、フラれたということだ。
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淡は学校に来なくなった。
それがなぜなのか、知っているのは私だけだ。
頭によぎるのは、目に涙をためた淡の叫び。
「私のこと、好きじゃないの!?」
私は少なからず狼狽した。
なぜそんな話になっているのか、
皆目見当がつかなかったのだ。
私は、淡をそういう目で見たことはなかった。
というより、そもそも私の中で、
女を恋愛対象に加えるという考え自体がなかった。
それは今に始まった事ではない。
昔から、多くの女性に告白されてきた。
そのたびに私は、きっぱりと断ってきた。
別に同性愛を否定するつもりはない。
だが、少なくとも自分がその対象になる気はなかった。
それは、相手が淡になっても同じはずだった。
なのに。
なぜ、淡が私を好きだったと考えるだけで、
こんなにも胸が苦しくなるのだろうか。
淡の想いに応えなかっただけで、
こんなにも胸が締めつけられるのだろうか。
私はもう一度、淡の涙を思い浮かべる。
「……」
気づけば、私は泣いていた。
涙の意味は、まだ私にはわからない。
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一日中ずっと部屋にいた。
ベッドの上で、ずっと携帯をいじっていた。
携帯に映し出されるスミレと私。
スミレはいつもの仏頂面で、
対する私は笑っている。
次の写真を見る。スミレがちょっと笑っていた。
私がそう要求したからだ。
パラパラとページ送りする。
何枚表示を切り替えても、
そこに出てくるのはスミレばかり。
私、本当にスミレの事が好きだったんだ。
スミレは、私の事なんて好きでも何でもなかったのに。
確かに、告白はしてなかった。
でも、通じ合ってると思っていた。
だって、好きだって言ってくれたから。
ずっと一緒にいてくれたから。
私だけを見てくれてたから。
ただの勘違いだった。好きだったのは、私だけだ。
思い切って写真を全削除しようとして、
結局削除ボタンを押せずにキャンセルする。
この操作ももう何回目だろうか。
そもそも、この写真を消したから
何だっていうんだ。
私の部屋は、壁一面
スミレの写真でいっぱいじゃないか。
それらを一枚ずつ
剥がしていく気力なんて私にはない。
思わず目に涙が浮かんだ時、
玄関のチャイムが鳴り響いた。
「…スミレ?」
思わずつぶやいた自分に嫌気がさす。
部室にすら来てくれないスミレが、
わざわざ家になんか来てくれるわけがないのに。
ずるずると重たい足を引きずりながら
玄関に向かい、ドアを開ける。
そこに居たのは、ある意味予想通りの人物だった。
「テル…?」
「こんにちは」
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淡の奴は、久しぶりに学校に来るなり
私の事を呼び出した。
『From:淡
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大切な話があります。
放課後個人ルームに来てください 』
はっきり言って気乗りはしなかったが、
私は赴くことにした。
自分の中のこの気持ちにけりをつけるには、
どの道淡に会わなければいけないと思ったからだ。
緊張した面持ちで淡の個人ルームの扉を叩く。
少し前まではノックなしで入っていたのに、
私達の関係も変わったものだ。
その変化は、私の気持ちをさらに暗く沈み込ませた。
だが、私を出迎えた淡は、
対照的にニコニコと笑顔を見せる。
「来てくれたんだね、スミレ!」
「…まあな」
「じゃあ、早速で悪いんだけど、
ちょっと後ろ向いてくれないかな?」
「…なぜ?」
「…いいから。お願いだから」
「……」
出会い頭に意味不明なお願いをしてくる淡。
だが、その表情は真剣そのもので。
私は訝しみながらも言われるままにした。
すると…
カチャンッ。
背後で金属の音がする。
私はその音に聞き覚えがあった。
そう、あれは確か、刑事もののドラマだっただろうか。
「って、なんでいきなり手錠を
はめられなきゃいけないんだ!?」
私は振り向きざまに抗議する。
淡の目を正面から、見据え…て…
ぞくりと、身体を震わせた。
「これで、スミレは私のものだね」
淡の目には、光が灯っていなかった。
うっすらと張り付いたような笑みを浮かべる淡。
「テルがね、教えてくれたんだ」
「スミレも、私に会えなくて寂しがってるって」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『…テル』
『様子を見に来た。気分はどう?』
『別に…どうってことないよ』
『そうみたいだね。玄関に出てこられるくらいには
元気みたいで安心した』
『…目はずいぶんと腫れてるけど』
『……』
『淡。私は、あれこれ言葉を連ねて、
淡を慰めるつもりはない』
『簡潔に、見たこと、思ったことだけを伝えようと思う』
『…なに?』
『菫が、これまでになく落ち込んでる。
まだ淡の方が元気なくらい』
『……は?』
『毎日、携帯で淡の写真ばかり見てる。
本人は気づいてないみたいだけど、
明らかに病気』
『…私、思いっきりフラれたんだけど?』
『菫は今まで女性を恋愛対象にカウントしてなかった。
だから、自分の気持ちに気づいてないだけ』
『私は、淡が諦める必要はないと思う』
『……』
『もう一つだけ。淡は、
菫が来なくて寂しがっていたけど、
それは菫も同じ事』
『会わない間も、ずっと
淡の牌譜の分析を続けていた。
しかも無意識で』
『……』
『じゃあ、私はそろそろ帰る。
今の菫を一人にしておくのは
ちょっと不安だから』
『……』
『…行っちゃった…』
『……』
『……』
『……そっか』
『…スミレ、寂しがってたんだ…』
『…へぇ…』
『だったら私…』
『我慢する必要、ないよね?』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…って」
語り終えた淡が、私の顔をじっと覗きこむ。
私はどこか居心地が悪くなって顔を背けた。
照の奴、急に学校を休んでどうしたのかと思ったら…
淡の家に行っていたのか。
それで、まだ脈があると思ったお前は、
私をこの部屋に呼んだ、と…
なるほど合点がいった。
だが、だったらなんでお前は…
そんな狂った笑みを浮かべているんだ?
「だってさ、結局私がフラれたって
事実は変わりないじゃん?」
「でも私、思い出したんだよね」
「そういえば、私って最初、
スミレのこと大っ嫌いだったなーって」
「でも、スミレがしつこく付き纏ってきて」
「気がついたら、無理矢理好きにさせられてたんだよね」
「だからさ、同じことをすればいいんじゃないかなって」
「…同じ、こと?」
「うん」
淡が、ゆっくりと私に近づいている。
私は思わず後ずさった。
「スミレが、私の事を好きじゃないとしても」
「ずっと、付き纏えばいいんじゃないかなって」
「スミレが、私の事を好きになるまで」
「一生…ね?」
にこり。
うすら寒い笑顔を浮かべる淡。
「……っ!!」
その笑顔は、私の全身を凍りつかせた。
淡がまた一歩歩み寄る。
私はさらに一歩後ろに退いた。
「そういえば、スミレは女の子を恋愛対象に
カウントしないんだっけ?」
「とりあえずは、そこの意識を
変えてもらわないとね」
「今はね、もう女同士で子供も作れるんだよ?
…もちろん、エッチだってできるんだから」
「まずはそこから、実体験でわかってもらおうかな!」
淡がなおもにじり寄る。私はまたも後ずさる。
私はさらに後退しようとした。
だがそれ以上は退けなかった。
なぜなら壁があったから。
「あ、大丈夫だよ!私は今まで
スミレと『する』時のために、
いっぱい勉強してきたから!」
「私が、ちゃんとリードしてあげるね!!」
私は、とんでもない魔物を
呼び起こしてしまったのかもしれない。
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--------------------------------------------------------
スミレは、最初はすごい抵抗した。
こんなのはおかしい、間違ってるって。
こういうのは双方の合意の上で行うことだって。
でも、私は聞き入れなかった。
だって、スミレだって最初の頃は、
嫌がる私に無理矢理付き纏ってきたんだし…
おあいこだよね?
だから、スミレも大丈夫。
繰り返してれば、きっとスミレも
受け入れられるようになるよ。
そう思って、私はスミレを無理矢理奪った。
回を重ねるごとにスミレは
抵抗しなくなっていった。
『育て方を間違えた私が悪い』ってこぼしてた。
毎日毎日、スミレを抱いた。
何度も、何度もスミレを抱いた。
そのうち、スミレの目が、綺麗な黒色になって。
スミレは私を受け入れてくれた。
『わかった、もういい。
私はお前を受け入れる』
って言ってくれた。
そして、楽しい日々が戻ってきた。
そう、いつもスミレと一緒の生活が。
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最終的に、私は淡を受け入れた。
いや、受け入れざるをえなかったと言うべきか。
淡の行動は、常軌を逸していた。
完全に正気を失っていた。
私を、部屋から出そうとしなかった。
そして毎日、私を嬲った。
このまま続ければ、どうなってしまうだろうか。
考えるまでもない。淡は犯罪者として捕まるのだろう。
私は普通に親から愛されているし、
親は放任主義でもない。
私が何日も帰ってこなかったら、
きっと捜索願を出すはずだ。
私の靴は下駄箱置き場に残っているだろうし、
私が部室に向かう姿を見た生徒は何人もいるはず。
すぐに、私の所在は割れるだろう。
ここは、淡の個人ルーム。
あられもない姿で鎖につながれた私。
現場を押さえられたら、淡が捕まるのは間違いない。
そこまで考えた時、私は戦慄した。
なぜなら、その仮定に対する私の感想は…
『いやだ。淡と離れたくない』
だったのだから。どうやら、淡の思惑通り。
私も狂ってしまったらしい。
最終的に、私が出した結論はこうだった。
「わかった、もういい。私はお前を受け入れる」
私のこの言葉を聞いて、
ようやく淡の目に光が戻る。
私は思わず深く深くため息をついた。
元はと言えば、淡をおかしくしたのは私なのだ。
他の人間にこんな狂人を押し付けるわけにはいかない。
私が責任もって、淡を引き取るべきだろう。
そう、淡を受け入れてやれるのは、
私しかいないのだから。
そう、淡に相応しいのは、私だけだ。
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「おい、起きろ淡。朝だぞ」
「むにゃ…もう…?」
私は枕元の携帯を探り当てて時間を確認する。
デジタルの文字が6:46を指していた。
「まだ少し寝られるじゃん…」
「お前はそうかもしれないがな、
こっちは朝御飯を作らないといけないんだよ。
寝ててもいいから手錠だけでも外せ」
「えー、やだ…一緒に寝てようよぉ…」
「駄目だ。朝食べないと一日の活力g」
むちゅーっ…
「…ね?寝よ?」
「はぁ…お前という奴は…」
スミレは諦めたようにため息をつくと、
私の背中に手を回して、
ぎゅっと優しく包み込んでくれる。
「30分だ。それ以上は認めない。遅刻するからな」
「わーい♪」
私は喜びの声をあげながら、
スミレの体に絡み付いた。
あれから、私達は同棲を始めた。
と言っても、実際には私がスミレのおうちに
無理矢理転がり込んだという方が正しいけど。
一連の騒動を経て、わかったことがある。
スミレは押しに弱い。
それでいて、意外と人には甘い。だだあまだ。
勝手に上がり込んだ私をほうり出さないのもそう。
今だって、ごねたら結局諦めてくれた。
私は、そんなあまいスミレが大好き。
でも同時に、そんなスミレだから、
不安に押し潰されそうになる。
「ねえ、スミレ。私から離れたらやだよ?」
「これだけ頑なに縛りつけておいて、
どうやって離れろっていうんだ」
「体だけの話じゃないよ。心も離れちゃダメ。
私のこと以外考えないで」
「無茶言うな」
スミレは優しいから。ただわがままな私に
付き合ってくれているだけなんじゃないか。
私が特別なんじゃなくて。
強く迫られたら、誰であろうと諦めて、
あっさり受け入れちゃうんじゃないのかって。
「無茶じゃないよ。そういう事言うと、
今日はもう一日部屋から出してあげないよ?」
だから、私はスミレを束縛するのをやめられない。
そんな私の不安を感じ取ったのか、
スミレは苦笑いしながら、私の頭を優しく撫でた。
「心配しすぎだ。言っただろう?受け入れると。
お前をこんなにした責任は取るさ」
「だってそれって責任じゃん。
スミレが私を好きってわけじゃないじゃん」
「…あのな。私だって一応人間だぞ?
好きでもない奴に操を奪われるくらいなら
潔く死を選ぶさ」
「…!で、でもすっごい嫌がってたじゃん!?」
「そりゃ、展開に納得してなかったからな。
それに、自分の気持ちに気づいたのも直前だった」
「…自分の、気持ち?」
私はスミレの顔を覗きこむ。
私に見つめられていると気づいたスミレは、
珍しくばつが悪そうに視線を外した。
「いよいよもって、逃げられないと思った時にな…
私は、ふっと諦めてしまった」
「『まあ、淡ならいいか』」
「そう、思ってしまった」
「驚いたよ。一生に一度しかない初めてを、
『まあいいか』で捧げてしまえる自分に」
「その時、実感したんだ。私は、
初めてをあっさりお前にやれるくらいには、
お前のことを愛していたのだと」
「で、でも…その後も、けっこう抵抗してたじゃん」
「そりゃ、常識的に考えて抵抗するだろう。
後輩が狂気に染まっている。
原因を作ったのは自分。
正気に戻すのは自分の責任だと思うじゃないか」
「じゃあ、なんで諦めてくれたの?」
「…まあ、いろいろ理由はある。
あのまま続けていたら、
お前が捕まってしまっただろうとかな」
「だが、それ以上に…
ふと、考えてしまったんだ」
「お前が正気に戻らなかったら、何か困るのかと」
「…別に、困らなかった。
むしろ、正気に戻ってお前の気持ちが
離れていく方が嫌だと思った」
「それに気づいたら…
『なんだ。受け入れればいいだけじゃないか』
と思ってしまった」
「…結局。私もお前に犯されて、
狂ってしまったのかもしれないな」
そう言ってスミレは、照れくさそうに頭をかいた。
私はその姿を見て、ようやく安心することができた。
「じゃあ、もう心配しなくていいんだね?」
「ああ」
「ずっと、一緒にいてくれるんだよね?」
「ああ」
「これからも…ずっとスミレを縛っていいんだね?」
「…ああ」
我慢の限界だった。私はぼろぼろとこぼれ落ちる涙を
ぬぐおうともせず、スミレの胸にすがりついて泣き続けた。
スミレも私を止めようとせず、
優しく頭をポンポンと軽くたたいて慰めてくれる。
「元はと言えば、私が鈍感にも
お前をほうり出したのが原因だからな」
「好きなだけ縛ればいいさ」
「…ホントだよ」
「今度はちゃんと、最期まで面倒見てよ?」
「ああ、約束するよ。最期まで面倒を見ると」
「好きだ、淡。愛している」
「私も、スミレが好き」
私達は口づけた。
時計は、10時を回っていた。
ああ、今日はもう学校は休んでしまおう。
そして、そのまま私達は絡み合う。
互いの腕を手錠で縛ったまま。
(完)
無し。リクエストを読んでください。
<登場人物>
宮永照,弘世菫,大星淡
<症状>
・ヤンデレ
・依存
・狂気
・監禁
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・淡は、始めは照との対局しか楽しみでなく、
そこにシャープシュートで横槍を入れてくる菫が嫌いだった。
期待をかけるが故に菫は淡に世話を焼き、
淡はうっとおしいとは思っていたけど
だんだん受け入れていくようになっていった。
けれども時間が経つと、菫は、
淡がもう一人でも大丈夫だろうと考え
以前ほど淡に構わなくなったことにより、
淡がだんだん病んでいく……
※割とまったりです。
リクエストの雰囲気よりもあまあまになった気がする。
--------------------------------------------------------
その日、私はとってもイライラしていた。
なぜって、せっかくのテルとの楽しい一時が、
変な先輩に邪魔され続けたから。
この憎たらしい先輩の名前は…
ええと、確か、弘世菫って言っただろうか。
「ロン!8000!」
「またぁ!?なんか私ばっかり狙ってない!?」
「狙われてる自覚があるんだったら避けるんだな」
執拗に私を狙っておきながら、
涼しい顔で受け流す弘世先輩。
射抜かれた胸がまだじんじん痛い。
なんなの、この先輩…!
大して強くもないくせに、
テルと私のデートの邪魔ばっかりして!
雑魚は雑魚らしくツモ切りマシーンに
徹してればいいんだってば!
「もー怒った!そんなに潰されたいなら
一思いに捻り潰してあげるよ!!」
「ロン、3900」
「きー!!」
本当になんなの!?テルみたいに、
すっごいオーラを持ってるわけでもないのに。
じゃんじゃか上がってくれちゃって!
「もう少し落ち着いたらどうだ。
そんなにかっかしてたら、
勝てるものも勝てないぞ?」
「うっさいなあ!苛立たせてる本人が言わないでよ!」
「あ、それロンだ。5200」
「あ”ぁー!!もう!!」
私は結局、終始ペースを乱されて。
この雑魚っぽい先輩に勝つことができなかった。
あーもう、イライラする!!
イライラするイライラするイライラする!!
--------------------------------------------------------
「菫…ずいぶんと淡に入れ込んでるね」
「ん?ああ。あいつは、間違いなく
今後の白糸台の中心になるだろうからな」
大星淡。照が連れてきた無名のルーキー。
だが、その潜在能力は本物だ。
「今はまだ能力頼みで未熟な打ち手だが、
ちゃんと鍛えれば大化けするだろう。
そのためにも、早めに基礎を叩き込まなければ」
「でも、それなら私がやった方がいいんじゃない?
その方が、淡も素直に聞いてくれると思うけど」
照の意見ももっともだ。大星は照に懐いている。
ただ大星を強くするだけが目的ならそれもありだろう。
だが、白糸台の将来を担う以上、それだけでは困る。
「あいつは、魔物以外を軽視する傾向がある。
だからこそ、私が教える方がいい。お前じゃなくてな」
「格下と思っている嫌いな奴からものを教えられる。
その経験は、将来きっとあいつの役に立つはずだ」
「いずれあいつは、嫌でも人に教えないといけない
立場になるだろうからな」
「…本当に、すごい入れ込んでるね」
少し呆れた様子で照が苦笑する。
確かに、少し気を吐きすぎかもしれない。
だが、それくらい面白い逸材なのだ。
照のように最初から完成しているわけでもなく、
でも将来を期待せずにはいられない宝石の原石。
それが、私にとっての大星淡だ。
そりゃぁ指導にも熱が入るさ。
「よし、もう少しいじめてくるか」
「…ほどほどにしてあげてね?」
部室のすみで退屈そうに
足をぶらぶらさせる大星を見つける。
大星は私の顔を目にすると、
「げっ」と露骨に顔をしかめて見せた。
「さぁ、大星。楽しい基礎講座を始めるぞ」
「い、いらないよ!
私はそんなの知らなくたって強いんだから!」
「いいだろう。なら、その強さを見せつけてみろ。
これからやる半荘で、
私から一度も直撃を喰らわなかったら、
それ以降はやめてもいい」
「言ったね!アンタなんか、
さっさと飛ばして終わらせちゃうんだから!」
鼻息も荒く大星が卓につく。扱いやすい奴だ。
可愛いとすら思えるかもしれない。
結局その日、大星は私から十四回直撃を食らった。
--------------------------------------------------------
弘世菫。私の中でけちょんけちょんにしたいランキング
ぶっちぎりナンバーワンの嫌な先輩。
なのだけど、残念ながらそう上手くはいかなかった。
だって、どれだけやっても勝てないのだ。
素直に手作りをしていくと、当然のように狙い打たれる。
じゃあ、と変則的な手作りをしてみると、
今度は上がり目がなくなる。
実に嫌らしい。この性格がねじくれた先輩らしい、
すごく嫌らしい能力だ。
「逃れるためには、どうしたらいいと思う?」
「変則的な手作りをすればいいんでしょ?
でも、それやっちゃうと手が進まないんだってば」
「それは、お前にまだ対応力がないからだ」
「見ろ。この順目で状況を把握して、
早めにトイトイに切り替えていればどうだ。
お前はトイトイドラ2で満貫を上がれている」
「結果論じゃん」
「否定はしない。だが、確率や期待値、
河の状況などを的確に把握していれば
このトイトイが来やすいことは推測できた」
「……」
「魔物としての感覚だけに縛られるな。
感覚と理論、両方をうまく融合させるんだ」
「お前には才能がある。基礎の理論が身につけば、
お前はもっと強くなる」
そう言って、弘世先輩はにこっと笑った。
「……っ」
その笑顔の優しさに、なぜか私は赤面してしまう。
なんなんだろうこの先輩。
いやらしかったり、優しかったり。
本当によくわからない。
なんて思っていると、今度はいつも通りの
意地悪そうな笑みを浮かべて、
ふんと私を鼻で笑った。
「ま、とりあえず期待値を計算できるようになるんだな。
じゃなきゃ、照に勝つなんて夢のまた夢だ」
前言撤回。やっぱりこいつ、むかつく奴だ。
--------------------------------------------------------
大星が、少しずつ言う事を聞くようになってきた。
憎まれ口は変わらない。舐めた態度は変わらない。
でも、少しずつ…行動に変化が生まれてきた。
「ほら、大星。お前が無残に飛んだ時の牌譜だ。
私が記録におこしてやったからありがたく思え」
「それでありがとうって言う人がいると思うの!?」
「普通は自分でおこさないといけないんだ。
例え、どれだけ見たくなくてもな…ほら」
「ぶー」
「負けた記録はお前の宝だ。大切にしろ。
全国に常連で出てくるような強豪は、
対戦相手が負けた時の試合を徹底的に研究する。
その裏をかくぐらいの気概で臨め」
「お前は、負けた結果を振り返らない傾向がある。
負けた理由を考えろ。思考を止めるな。
そうすれば」
「お前はもっと強くなる、でしょ?
わかったよ。見ればいいんでしょ、見れば」
「わかってきたじゃないか」
不満げにほっぺたを膨らませながらも、
大星は早速牌譜を確認し始めた。
そんな大星の様子を見て、
私は思わず笑みがこぼれる。
周りの連中は大星の態度に戸惑っているようだったが、
私はむしろ好ましく思っていた。
不満を持ちながら内に溜め込まれるよりも、
このくらい歯に衣着せず話してくれた方がやりやすい。
…まあ、部長としては、
容認してはいけないのかもしれないが。
…数時間後。
大星は一人熱心に自分の牌譜を研究して、
そのまま眠り込んでしまった。
なんだかんだ言ってこいつは、
けっこう素直で努力家だと思う。
「…頑張れよ、大星」
私は眠る大星の肩にブランケットをかけてやると、
そのまま部室を後にした。
--------------------------------------------------------
気がつけば、弘世先輩と一緒に居ることが多くなった。
なんでかは知らないけど、
この先輩はやたら私に干渉してくるのだ。
「大星…お前、この前の中間テストで見事最下位…
クイーンオブ馬鹿の称号を手にしたそうだな」
「なんで弘世先輩が知ってるの!?」
最近では、こうやって麻雀以外のことでも絡んでくる。
何なの?私のお母さんのつもりなの?
「学年主任から泣きつかれてな…
なんとか勉強するように言ってくれないかと」
「へへーんだ。私はどうせ麻雀でプロになるから
勉強なんかいらないもーん」
「テルだってそうだよねー?」
「照を勝手に駄目人間チームに加えようとするな。
照はこう見えて実は成績上位者だ」
「…こう見えては余計」
「そ、そんな…!?おバカ仲間だと信じてたのに…!!」
「なんで私をその仲間に加えたの?」
「いや、ほら…なんか、何も考えてなさそうだから」
「淡に言われたくない」
「…はあ」
「いいか、よく聞け大星」
「確かに、お前の人生に勉強は必要ないかもしれない」
「でもな、麻雀なんて小難しい
競技のルールを覚えられるんだ。
お前は間違いなく勉強でも才能がある」
「…そ、そうかな……えへへ」
「お前は、頭がいいはずなんだ。
その才能、使わずに眠らせておくのは
もったいないと思わないか?」
これだ。この先輩は、私の扱い方をよくわかってる。
だからつい、私ものせられちゃうんだ。
私は、いつかかけてもらったブランケットを
指で弄くりながら、伏し目がちに小声でこぼした。
「…だったら、弘世先輩が教えてよ」
「まあいいだろう。麻雀部の部長として、
部員がクイーンオブ馬鹿というのは避けたいからな」
「何度もバカバカ言わないでよ!
私はやればできるんだから!」
「はいはい、じゃあ早速勉強するぞ」
「今から!?」
気がつけば、弘世先輩と一緒に居ることが多くなった。
そう、大好きなテルよりも。
こうして、この先輩は少しずつ
私の中に侵食していった。
そう、少しずつ少しずつ。
ずっと私の奥の方まで。
--------------------------------------------------------
「すまん、遅れた」
その日、所用で少し遅れて虎姫ルームに入った私は、
そこで一人静かに読書をたしなむ照を見つけた。
「…って、まだお前しかいないのか」
「二年生は学年集会が長引いて遅れてる」
「淡は、昨日徹夜したみたいで仮眠してる」
「む…あいつ、寝なかったのか」
「菫が課題を出したからだってぼやいてたけど?」
「…別に、夜通しやれとは言ってないけどな」
今日も大星を徹底指導しようと思っていたのだが、
本人が寝ているなら仕方がない。
私は、かばんから大星の牌譜を取り出して、
途中だった分析を再開する。
その様子を見た照が、若干からかうような口調で
私に話し掛けてきた。
「最近、菫って淡にべったりだよね」
「嫌な言い方をするな。私は単に
あいつの面倒を見てやっているだけだ」
とりあえず否定はしたものの、私もそれは自覚していた。
確かに、最近はあいつのことばかり考えている気がする。
「もしかして、菫って…淡のこと、好きなの?」
「ん?…まあ、そうだな。好きと言えば好きだ」
打てば響くとは、あいつのような奴のことを言うのだろう。
焚き付ければ燃える。褒めれば喜ぶ。
鼓舞すれば奮い立つ。
一緒にいて、楽しくて仕方ないのは確かだ。
育てがいがあるからな。
「ふーん…そっか。好きなんだ」
「それなら、まあいい」
やけに意味深な口調で照は呟くと、
そのまま手に持った本に視線を落とし、
読書を再開する。
その反応が若干気にはなったが、
私も大星の牌譜の分析を再開することにした。
--------------------------------------------------------
その日、ベッドで仮眠をとっていた私は、
二人の話し声で目を覚ました。
「もしかして、菫って…淡のこと、好きなの?」
「ん?…まあ、そうだな。好きと言えば好きだ」
漏れ聞こえたその内容に、ドクンと心臓が反応する。
(え…私のことが…好き!?)
弘世先輩のその言葉は、私の頭を瞬く間に蹂躙する。
うるさいくらい鼓動が激しくなって、
思わず呼吸が浅くなる。
でも、言われてみればそうかもしれない。
なんせあの先輩と来たら、
私が入部して以来、ずっと私につきっきりなのだ。
正直最初はウザいと思ったくらいに。
それが、私に一目惚れしたからだというのなら頷ける。
「私のことが…好き…!」
胸の鼓動が、おさまってくれない。
いつまでも早鐘を鳴らすようにドキドキと
鳴りやんでくれない。
私は、ぎゅっと胸を手でおさえる。
頭の中を、先輩の言葉がグルグルと回る。
ヤバい。こんなのヤバい。
あまりにも不意打ち過ぎだ。
最近、気づき始めたばかりだったのに。
あの人のお節介が、私への優しさに溢れてるって、
気づき始めたばかりだったのに。
そこに、こんなことを聞かされたら。
「…こっちまで、好きになっちゃうじゃん…!」
私は人知れず身もだえた。
とりあえず、二人の前に出る前に。
この胸の高鳴りをおさえこんで、
にやけた顔を元に戻さないと。
--------------------------------------------------------
理由はよくわからないが、大星がやけに素直になった。
いや、今までもある意味素直だったのだが、
なんというか、懐かれているような気がする。
理由がわからないのが不気味だが。
「おい、大星」
「……」
「ん?聞こえてないのか?大星?」
「…淡」
「は?」
「だから、私は淡だってば。
いい加減、付き合いも長いんだから
名前で読んでよ」
「長いって…まだ三ヶ月足らずなんだが」
「気持ちの面での話だよ!
こんだけずっと一緒にいるんだから
いい加減名前呼びでもいいでしょ?」
「…まあ、別に構いはしないが」
「じゃあ、呼んでみてよ」
「…淡」
「〜〜〜!」
私に呼ばれるなり、だらしなく頬を緩めて
バタバタと身悶える大星。
なんだこいつ、なんか悪いものでも
食べたんじゃないのか?
「じゃあ、私もスミレって呼ぶから!」
「断る」
「えぇ!?テルはスミレって呼んでるじゃん!」
「同級生だからな。いくらなんでも、
部長が一年坊に名前を呼び捨てされるというのは、
白糸台の品格に傷がつく」
「ちぇー…じゃあ、菫先輩って呼ぶ」
「まあそれならいいだろう」
「あ、でも…」
「二人きりの時は、スミレって呼ぶからね!」
「…勝手にしろ」
「じゃあ、勝手にする!スミレ!」
「…なんだ」
「なんでもなーい!」
そう言いながら、ニコニコと私の首回りに
手を回して纏わりついてくる淡。
本当になんなんだ。私を照と勘違いしてないか?
「ほら、いつまでもくっついてないで、
さっさと練習を再開するぞ」
「はーい」
素直に私に従う淡。
まあ、懐いてくれるのも悪くはないな。
この様子なら、指導もやり易くなるだろう。
--------------------------------------------------------
それからは、毎日が楽しくて仕方なかった。
麻雀もメキメキ上達した。
元々強かった私の麻雀に、スミレの理論が合わさって。
もうテルとスミレ以外には負けなしの状態になった。
勉強も好きになった。
スミレは私の勉強のクセをつかんだ上で、
私が勉強したくなるような教え方をしてくれるから。
「英単語覚えるのめんどくさいー」
「ああ、そうやって単語帳で
盲目的に暗記するのは厳しいだろうな。
そういう時は、文単位で覚えるといい」
「そうだな、この単語なら…」
「You must abandon the search for Teru.
Perhaps she has gone to another prefecture.」
「『照を探すのは諦めなければならない。
どうやらあいつは他県に行ってしまった』」
「だめじゃんテルー」
「She is an idiot...あいつは馬鹿だ。
まで加えるとなおいいだろう」
「こうやって覚えれば、
そうそう忘れはしないだろう?」
「Teru is an idiot!!」
「そうそう、その調子だ」
こうして楽しく勉強した結果は、
早くも成果として表れた。
7月の期末テスト。私はなんと、
最下位から一気にトップ50に食い込んだ。
「見て見て!掲示板に名前載ったよ!」
「ほう…クイーンオブ馬鹿も変われば変わるものだな。
まあ、貼り出された50位の間ではまた最下位だが」
「今に見てなよ!このままごぼう抜きして、
次はトップ10に躍り出てあげるから!」
「期待して待っててやるよ」
「いや、そこは待っててないで引っ張りあげてよ!」
「はいはい」
麻雀も、勉強も。スミレがいればうまくいく。
私はそう確信することができた。
そして、それは今後もずっと続いていく。
その時の私は、なんの根拠もなくそう思っていた。
…スミレが引退する、あの日までは。
--------------------------------------------------------
「本日をもって、私達3年生は麻雀部を引退します」
「これからも顔を出すことはあるでしょうが、
今後白糸台を引っ張っていくのはあなた達です」
「…来年、白糸台は4連覇に挑戦することになります」
「のし掛かる重圧は、相当なものでしょう」
「時には、やめてしまいたいと思うかもしれません」
「それでも私は、あなた達なら。
そんな重圧も乗り越えられると信じています」
「頑張ってください。私達は、
あなた達の活躍を陰ながら応援しています」
「今までありがとうございました」
--------------------------------------------------------
スミレが、部室に来なくなった。
勉強も教えてもらえなくなった。
なんで?どうして?
スミレはプロに行くはずだよね?
別に、引退しても暇なはずだよね?
どうして、部室に来てくれないの?
なんで、私に会いに来てくれないの?
目の前の人生が、急に色あせて見えた。
--------------------------------------------------------
放課後。一人牌譜を広げた私に、
照が眉を潜めながら問いかけた。
「…今日も、部室に行かないの?」
「引退したばっかりだぞ?
そんな頻繁に行ってたら意味がないじゃないか」
「少なくとも、新体制で
本格的に動き出すまでは行くつもりはない」
実際、私も経験したからわかる。
引退した先輩が入り浸っていると、
後輩は気兼ねして思う存分
リーダーシップを発揮できないものだ。
「…でも、淡が寂しがるよ」
「…だったらなおさらだ。淡には、新体制では
中核を担ってもらわないと困る。
いつまでも私におんぶにだっこじゃ駄目だろう」
「大丈夫だ。あいつは強くなった。
もう、私がつきっきりで見る必要はない」
「…そう」
「でも、淡の牌譜は見続けるんだね」
「……っ」
言われてみてはじめて気づく。
もう、日課になってしまっていたから、
当然のように淡の牌譜を眺めていた。
どうやら、私の方も淡離れが必要らしい。
「…癖みたいなものだ。その癖もそのうち取れる」
私はそう言い捨てると、
読みかけた牌譜を鞄にしまった。
--------------------------------------------------------
今日も、スミレは部室に来ない。
だから、テルも部室に来ない。
麻雀って、こんなにつまらなかったっけ。
--------------------------------------------------------
勉強、わかんないや。
スミレ、ここ教えて?
…そっか、スミレ、いないんだった。
--------------------------------------------------------
は?卓に混ざれ?なんで?
私が入ったらみんな飛んじゃうじゃん。
指導?私一年生だよ?
そういうのはスミレに頼んでよ。
--------------------------------------------------------
真面目に勉強しろって?
やだよ。スミレがいないもん。
先生のくせに、スミレより
面白い授業ができないアンタが悪いんでしょ?
--------------------------------------------------------
チームワーク?はっ。バカじゃないの?
そういうのは、お互いに信頼できてなんぼでしょ。
アンタ達、私が信頼するに値するの?
戯言はせめてスミレレベルになってから言ってよ。
--------------------------------------------------------
勉強?もういいよ。
どうせスミレもプロに行くんだし。
私追いかけるから。
--------------------------------------------------------
ある日、私の元に何人かの部員が押しかけてきた。
聞けば、淡の扱いに手を焼いているらしい。
部室には来るものの、
すぐに個人ルームに立て籠ってしまう。
そして、個人ルームから一向に出てこない。
私達が抜けた穴は大きい。
だから、少しでもたくさん強い人と練習したいのに、
一番強い淡は卓に混ざろうともしない。
「引退したそばから頼るのは情けないと思います…
でも、どうしたらいいのか…
対策が思いつかないんです」
「どうか、お力を貸してください」
そういって、部員達は頭を下げた。
相当参っているようだ。
「わかった、さっそく今日の放課後にでも
様子を見に行くとしよう」
「あっ…ありがとうございます!」
私の返事に顔をほころばせ、
またも深々と頭を下げる後輩達。
まったく、あいつは何をやっているんだ。
先輩の方はこんなにも
歩み寄ろうとしてくれているのに。
私は一人、空を見上げてため息をついた。
だが…そのため息のなかに、少しばかり
安堵の気持ちが含まれていることも理解していた。
淡は、私以外には懐いていない。
そこに、奇妙な安心感を感じていたのだ。
どうやら私も、この辺りで
けじめをつける必要がありそうだった。
淡を、いつまでも私に縛りつけないためにも。
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私の個人ルームに、久しぶりにスミレが姿を見せた。
そう、実に17日ぶり。
久しぶりにスミレが戻ってきた!
「まったく…体制が変わった途端にこれか。
お前は一体何をやっているんだ」
スミレは私の顔を見るなり、呆れた顔でたしなめる。
そうそう、これだよこれ。私が求めていたのは。
でも、こんなにも長い間
ほったらかしにされたのは見過ごせないかな。
「それはこっちの台詞だよ!
スミレこそ、なんで全然来ないの!?」
「いやいや…引退した三年がいつまでも
部室に居座ってたら、
二年生が主導を取れないじゃないか」
「だったら部室はいいから、個人ルームには来てよ!
もうプロになるって決まったんだから
どうせ暇なんでしょ!?」
この主張は、当然聞き入れてもらえると思っていた。
あれほどしつこく私に干渉してきたスミレだ。
私の事が大好きなスミレだ。
麻雀部に参加しないのはともかく、
私には会ってくれるはず。
でも、返ってきたのは冷たい一言だった。
「…いや、私はもう来ない」
「…なんで!?」
なんで!?なんで!?
スミレ、私の事好きなんでしょ!?
会いたくないの!?好きな人に会いたくないの!?
「今ここで私があまやかしたら、
お前はいつまでたっても成長しないからな」
「麻雀の理論も教えた。
分析の仕方も教えた。
勉強の仕方も教えた」
「お前には、もう一人でやっていけるだけの力がある。
そろそろ、独り立ちする時だ」
「い、や、だ!!!!」
ありえない!!独り立ちなんてありえない!!
スミレがいない生活なんてありえない!!
「あのな…仮に今お前の主張を聞き入れたとしても、
どのみち半年後には卒業だぞ?
遅かれ早かれ、私から巣立つ必要があるんだ」
「そういう問題じゃない!!
スミレは、スミレは……!」
「私のこと、好きじゃないの!?」
好きだって言ってくれたじゃん!
好きな人と、一緒に居たいっていうのは、
ごく普通の気持ちでしょ!?
でも、スミレはかぶりを振った。
「……お前のことは、好きだ。
だが、それはあくまで、先輩と後輩としてだ」
「というより私は、女を恋愛対象として見たことはない」
頭の中が真っ白になった。
その後、何を話したのかは覚えてない。
ただ、一つ言えるのは…
私は、フラれたということだ。
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淡は学校に来なくなった。
それがなぜなのか、知っているのは私だけだ。
頭によぎるのは、目に涙をためた淡の叫び。
「私のこと、好きじゃないの!?」
私は少なからず狼狽した。
なぜそんな話になっているのか、
皆目見当がつかなかったのだ。
私は、淡をそういう目で見たことはなかった。
というより、そもそも私の中で、
女を恋愛対象に加えるという考え自体がなかった。
それは今に始まった事ではない。
昔から、多くの女性に告白されてきた。
そのたびに私は、きっぱりと断ってきた。
別に同性愛を否定するつもりはない。
だが、少なくとも自分がその対象になる気はなかった。
それは、相手が淡になっても同じはずだった。
なのに。
なぜ、淡が私を好きだったと考えるだけで、
こんなにも胸が苦しくなるのだろうか。
淡の想いに応えなかっただけで、
こんなにも胸が締めつけられるのだろうか。
私はもう一度、淡の涙を思い浮かべる。
「……」
気づけば、私は泣いていた。
涙の意味は、まだ私にはわからない。
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一日中ずっと部屋にいた。
ベッドの上で、ずっと携帯をいじっていた。
携帯に映し出されるスミレと私。
スミレはいつもの仏頂面で、
対する私は笑っている。
次の写真を見る。スミレがちょっと笑っていた。
私がそう要求したからだ。
パラパラとページ送りする。
何枚表示を切り替えても、
そこに出てくるのはスミレばかり。
私、本当にスミレの事が好きだったんだ。
スミレは、私の事なんて好きでも何でもなかったのに。
確かに、告白はしてなかった。
でも、通じ合ってると思っていた。
だって、好きだって言ってくれたから。
ずっと一緒にいてくれたから。
私だけを見てくれてたから。
ただの勘違いだった。好きだったのは、私だけだ。
思い切って写真を全削除しようとして、
結局削除ボタンを押せずにキャンセルする。
この操作ももう何回目だろうか。
そもそも、この写真を消したから
何だっていうんだ。
私の部屋は、壁一面
スミレの写真でいっぱいじゃないか。
それらを一枚ずつ
剥がしていく気力なんて私にはない。
思わず目に涙が浮かんだ時、
玄関のチャイムが鳴り響いた。
「…スミレ?」
思わずつぶやいた自分に嫌気がさす。
部室にすら来てくれないスミレが、
わざわざ家になんか来てくれるわけがないのに。
ずるずると重たい足を引きずりながら
玄関に向かい、ドアを開ける。
そこに居たのは、ある意味予想通りの人物だった。
「テル…?」
「こんにちは」
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淡の奴は、久しぶりに学校に来るなり
私の事を呼び出した。
『From:淡
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大切な話があります。
放課後個人ルームに来てください 』
はっきり言って気乗りはしなかったが、
私は赴くことにした。
自分の中のこの気持ちにけりをつけるには、
どの道淡に会わなければいけないと思ったからだ。
緊張した面持ちで淡の個人ルームの扉を叩く。
少し前まではノックなしで入っていたのに、
私達の関係も変わったものだ。
その変化は、私の気持ちをさらに暗く沈み込ませた。
だが、私を出迎えた淡は、
対照的にニコニコと笑顔を見せる。
「来てくれたんだね、スミレ!」
「…まあな」
「じゃあ、早速で悪いんだけど、
ちょっと後ろ向いてくれないかな?」
「…なぜ?」
「…いいから。お願いだから」
「……」
出会い頭に意味不明なお願いをしてくる淡。
だが、その表情は真剣そのもので。
私は訝しみながらも言われるままにした。
すると…
カチャンッ。
背後で金属の音がする。
私はその音に聞き覚えがあった。
そう、あれは確か、刑事もののドラマだっただろうか。
「って、なんでいきなり手錠を
はめられなきゃいけないんだ!?」
私は振り向きざまに抗議する。
淡の目を正面から、見据え…て…
ぞくりと、身体を震わせた。
「これで、スミレは私のものだね」
淡の目には、光が灯っていなかった。
うっすらと張り付いたような笑みを浮かべる淡。
「テルがね、教えてくれたんだ」
「スミレも、私に会えなくて寂しがってるって」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『…テル』
『様子を見に来た。気分はどう?』
『別に…どうってことないよ』
『そうみたいだね。玄関に出てこられるくらいには
元気みたいで安心した』
『…目はずいぶんと腫れてるけど』
『……』
『淡。私は、あれこれ言葉を連ねて、
淡を慰めるつもりはない』
『簡潔に、見たこと、思ったことだけを伝えようと思う』
『…なに?』
『菫が、これまでになく落ち込んでる。
まだ淡の方が元気なくらい』
『……は?』
『毎日、携帯で淡の写真ばかり見てる。
本人は気づいてないみたいだけど、
明らかに病気』
『…私、思いっきりフラれたんだけど?』
『菫は今まで女性を恋愛対象にカウントしてなかった。
だから、自分の気持ちに気づいてないだけ』
『私は、淡が諦める必要はないと思う』
『……』
『もう一つだけ。淡は、
菫が来なくて寂しがっていたけど、
それは菫も同じ事』
『会わない間も、ずっと
淡の牌譜の分析を続けていた。
しかも無意識で』
『……』
『じゃあ、私はそろそろ帰る。
今の菫を一人にしておくのは
ちょっと不安だから』
『……』
『…行っちゃった…』
『……』
『……』
『……そっか』
『…スミレ、寂しがってたんだ…』
『…へぇ…』
『だったら私…』
『我慢する必要、ないよね?』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…って」
語り終えた淡が、私の顔をじっと覗きこむ。
私はどこか居心地が悪くなって顔を背けた。
照の奴、急に学校を休んでどうしたのかと思ったら…
淡の家に行っていたのか。
それで、まだ脈があると思ったお前は、
私をこの部屋に呼んだ、と…
なるほど合点がいった。
だが、だったらなんでお前は…
そんな狂った笑みを浮かべているんだ?
「だってさ、結局私がフラれたって
事実は変わりないじゃん?」
「でも私、思い出したんだよね」
「そういえば、私って最初、
スミレのこと大っ嫌いだったなーって」
「でも、スミレがしつこく付き纏ってきて」
「気がついたら、無理矢理好きにさせられてたんだよね」
「だからさ、同じことをすればいいんじゃないかなって」
「…同じ、こと?」
「うん」
淡が、ゆっくりと私に近づいている。
私は思わず後ずさった。
「スミレが、私の事を好きじゃないとしても」
「ずっと、付き纏えばいいんじゃないかなって」
「スミレが、私の事を好きになるまで」
「一生…ね?」
にこり。
うすら寒い笑顔を浮かべる淡。
「……っ!!」
その笑顔は、私の全身を凍りつかせた。
淡がまた一歩歩み寄る。
私はさらに一歩後ろに退いた。
「そういえば、スミレは女の子を恋愛対象に
カウントしないんだっけ?」
「とりあえずは、そこの意識を
変えてもらわないとね」
「今はね、もう女同士で子供も作れるんだよ?
…もちろん、エッチだってできるんだから」
「まずはそこから、実体験でわかってもらおうかな!」
淡がなおもにじり寄る。私はまたも後ずさる。
私はさらに後退しようとした。
だがそれ以上は退けなかった。
なぜなら壁があったから。
「あ、大丈夫だよ!私は今まで
スミレと『する』時のために、
いっぱい勉強してきたから!」
「私が、ちゃんとリードしてあげるね!!」
私は、とんでもない魔物を
呼び起こしてしまったのかもしれない。
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スミレは、最初はすごい抵抗した。
こんなのはおかしい、間違ってるって。
こういうのは双方の合意の上で行うことだって。
でも、私は聞き入れなかった。
だって、スミレだって最初の頃は、
嫌がる私に無理矢理付き纏ってきたんだし…
おあいこだよね?
だから、スミレも大丈夫。
繰り返してれば、きっとスミレも
受け入れられるようになるよ。
そう思って、私はスミレを無理矢理奪った。
回を重ねるごとにスミレは
抵抗しなくなっていった。
『育て方を間違えた私が悪い』ってこぼしてた。
毎日毎日、スミレを抱いた。
何度も、何度もスミレを抱いた。
そのうち、スミレの目が、綺麗な黒色になって。
スミレは私を受け入れてくれた。
『わかった、もういい。
私はお前を受け入れる』
って言ってくれた。
そして、楽しい日々が戻ってきた。
そう、いつもスミレと一緒の生活が。
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最終的に、私は淡を受け入れた。
いや、受け入れざるをえなかったと言うべきか。
淡の行動は、常軌を逸していた。
完全に正気を失っていた。
私を、部屋から出そうとしなかった。
そして毎日、私を嬲った。
このまま続ければ、どうなってしまうだろうか。
考えるまでもない。淡は犯罪者として捕まるのだろう。
私は普通に親から愛されているし、
親は放任主義でもない。
私が何日も帰ってこなかったら、
きっと捜索願を出すはずだ。
私の靴は下駄箱置き場に残っているだろうし、
私が部室に向かう姿を見た生徒は何人もいるはず。
すぐに、私の所在は割れるだろう。
ここは、淡の個人ルーム。
あられもない姿で鎖につながれた私。
現場を押さえられたら、淡が捕まるのは間違いない。
そこまで考えた時、私は戦慄した。
なぜなら、その仮定に対する私の感想は…
『いやだ。淡と離れたくない』
だったのだから。どうやら、淡の思惑通り。
私も狂ってしまったらしい。
最終的に、私が出した結論はこうだった。
「わかった、もういい。私はお前を受け入れる」
私のこの言葉を聞いて、
ようやく淡の目に光が戻る。
私は思わず深く深くため息をついた。
元はと言えば、淡をおかしくしたのは私なのだ。
他の人間にこんな狂人を押し付けるわけにはいかない。
私が責任もって、淡を引き取るべきだろう。
そう、淡を受け入れてやれるのは、
私しかいないのだから。
そう、淡に相応しいのは、私だけだ。
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--------------------------------------------------------
「おい、起きろ淡。朝だぞ」
「むにゃ…もう…?」
私は枕元の携帯を探り当てて時間を確認する。
デジタルの文字が6:46を指していた。
「まだ少し寝られるじゃん…」
「お前はそうかもしれないがな、
こっちは朝御飯を作らないといけないんだよ。
寝ててもいいから手錠だけでも外せ」
「えー、やだ…一緒に寝てようよぉ…」
「駄目だ。朝食べないと一日の活力g」
むちゅーっ…
「…ね?寝よ?」
「はぁ…お前という奴は…」
スミレは諦めたようにため息をつくと、
私の背中に手を回して、
ぎゅっと優しく包み込んでくれる。
「30分だ。それ以上は認めない。遅刻するからな」
「わーい♪」
私は喜びの声をあげながら、
スミレの体に絡み付いた。
あれから、私達は同棲を始めた。
と言っても、実際には私がスミレのおうちに
無理矢理転がり込んだという方が正しいけど。
一連の騒動を経て、わかったことがある。
スミレは押しに弱い。
それでいて、意外と人には甘い。だだあまだ。
勝手に上がり込んだ私をほうり出さないのもそう。
今だって、ごねたら結局諦めてくれた。
私は、そんなあまいスミレが大好き。
でも同時に、そんなスミレだから、
不安に押し潰されそうになる。
「ねえ、スミレ。私から離れたらやだよ?」
「これだけ頑なに縛りつけておいて、
どうやって離れろっていうんだ」
「体だけの話じゃないよ。心も離れちゃダメ。
私のこと以外考えないで」
「無茶言うな」
スミレは優しいから。ただわがままな私に
付き合ってくれているだけなんじゃないか。
私が特別なんじゃなくて。
強く迫られたら、誰であろうと諦めて、
あっさり受け入れちゃうんじゃないのかって。
「無茶じゃないよ。そういう事言うと、
今日はもう一日部屋から出してあげないよ?」
だから、私はスミレを束縛するのをやめられない。
そんな私の不安を感じ取ったのか、
スミレは苦笑いしながら、私の頭を優しく撫でた。
「心配しすぎだ。言っただろう?受け入れると。
お前をこんなにした責任は取るさ」
「だってそれって責任じゃん。
スミレが私を好きってわけじゃないじゃん」
「…あのな。私だって一応人間だぞ?
好きでもない奴に操を奪われるくらいなら
潔く死を選ぶさ」
「…!で、でもすっごい嫌がってたじゃん!?」
「そりゃ、展開に納得してなかったからな。
それに、自分の気持ちに気づいたのも直前だった」
「…自分の、気持ち?」
私はスミレの顔を覗きこむ。
私に見つめられていると気づいたスミレは、
珍しくばつが悪そうに視線を外した。
「いよいよもって、逃げられないと思った時にな…
私は、ふっと諦めてしまった」
「『まあ、淡ならいいか』」
「そう、思ってしまった」
「驚いたよ。一生に一度しかない初めてを、
『まあいいか』で捧げてしまえる自分に」
「その時、実感したんだ。私は、
初めてをあっさりお前にやれるくらいには、
お前のことを愛していたのだと」
「で、でも…その後も、けっこう抵抗してたじゃん」
「そりゃ、常識的に考えて抵抗するだろう。
後輩が狂気に染まっている。
原因を作ったのは自分。
正気に戻すのは自分の責任だと思うじゃないか」
「じゃあ、なんで諦めてくれたの?」
「…まあ、いろいろ理由はある。
あのまま続けていたら、
お前が捕まってしまっただろうとかな」
「だが、それ以上に…
ふと、考えてしまったんだ」
「お前が正気に戻らなかったら、何か困るのかと」
「…別に、困らなかった。
むしろ、正気に戻ってお前の気持ちが
離れていく方が嫌だと思った」
「それに気づいたら…
『なんだ。受け入れればいいだけじゃないか』
と思ってしまった」
「…結局。私もお前に犯されて、
狂ってしまったのかもしれないな」
そう言ってスミレは、照れくさそうに頭をかいた。
私はその姿を見て、ようやく安心することができた。
「じゃあ、もう心配しなくていいんだね?」
「ああ」
「ずっと、一緒にいてくれるんだよね?」
「ああ」
「これからも…ずっとスミレを縛っていいんだね?」
「…ああ」
我慢の限界だった。私はぼろぼろとこぼれ落ちる涙を
ぬぐおうともせず、スミレの胸にすがりついて泣き続けた。
スミレも私を止めようとせず、
優しく頭をポンポンと軽くたたいて慰めてくれる。
「元はと言えば、私が鈍感にも
お前をほうり出したのが原因だからな」
「好きなだけ縛ればいいさ」
「…ホントだよ」
「今度はちゃんと、最期まで面倒見てよ?」
「ああ、約束するよ。最期まで面倒を見ると」
「好きだ、淡。愛している」
「私も、スミレが好き」
私達は口づけた。
時計は、10時を回っていた。
ああ、今日はもう学校は休んでしまおう。
そして、そのまま私達は絡み合う。
互いの腕を手錠で縛ったまま。
(完)
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菫さんて『くっ、殺せ!』が似合いそう。
あんな妄想垂れ流しのリクエストに応えていただきありがとうございました。
少しずつ菫への気持ちが変わっていく淡がかわいくてもう……。振られたしまった後、正攻法で攻めていくのではなく、監禁して振り向かせるという展開に、そうそうこれだよこれ、こうでなくちゃ! と一人興奮しておりました。
素晴らしい淡菫ありがとうございました!
先輩後輩という関係性が活かされていて、生意気だけど素直な後輩淡がとにかく可愛い!!
これはすばらですね!!
女騎士>
照「最初よくわからなくて検索した」
淡「私限定の女騎士だよ!」
菫「相手が淡でなければ普通に射抜いてるからな?」
淡がThe乙女>
淡「濃厚なリクエストありがとう!
すっごい書きやすかったよ!」
菫「まぁ確かにかわいかったな。前半は」
わっほい!
淡「わっほい!」
ファンクラブが変な情報>
照「訓練されてないファンクラブ会員は
菫の様子を見て嘆き悲しむ」
淡「訓練された会員はそんなスミレも
可憐とかいって喜ぶ」
菫「ファンクラブ怖いな」
勘違いする淡>
菫「正直ちょっとバカだろ」
淡「あれは誤解するってば!」
照「しかも実は誤解じゃなかったというオチ」
すばら>
姫子「花田が壊れよった!?」
煌「結果はどうあれ、後輩の育成結果に
責任をもつ先輩の姿はすばらです!」
姫子「そいでもなかった」