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【咲-Saki-SS:久美】久「愛が重い!」【ヤンデレ】
<あらすじ>
美穂子「竹井さんのために、お弁当を作ってきました」
久「えーと、これ…
作るのに何時間かかったの?」
美穂子「ざっと9時間です」
久「重っ!?愛が重っ!!」
<登場人物>
竹井久,福路美穂子,池田華菜,宮永咲,その他
<症状>
・愛情過多
・割とあまあま?
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・和やキャップの報われない(?)人のお話。
本命を手中にするなり、
新たな依存相手を見つけるなりして。
≪あまあまよりの普通≫
※ごめんなさい。普通に報われます。
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もし私が言われたとしたら、一番傷つくだろう言葉。
それは、間違いなく『重い』だと思います。
え?それを言われて傷つかない女性なんていない?
あ、私の場合は少し意味合いが違うんです。
普通の女性が重さを気にするのは、
おそらく体重かと思います。
対して、私が気にするのは愛情なんです。
…どうも私は、普通の人よりも、
少し愛が『重い』らしいのです。
私からすれば、別に見返りを求めているわけではなく。
ただ、大切な人たちに喜んでほしいから
しているだけの事なので。
素直に、そのまま受け取って
もらえるだけでいいのですが…
それでも、受け取る人からしたら…
『重い』と感じるそうなのです。
そんなわけで、私は今。
その『重さ』を伝えるべきかどうか考えあぐねて。
引く事も進む事もできず、
ただ清澄高校の門の前で、
右往左往しているのでした。
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「あれ?あそこにいるのって、
タコさんウィンナーのおねーさんじゃないか?」
「ええと、福路さん…だったっけ」
「どうして清澄に…もしかして、
部長に用事でもあるんでしょうか」
「声かけてみるじぇ!」
「おねーさん!清澄にようこそ!!」
「あっ…片岡さん!?」
「こ、こんにちは」
「宮永さんに…原村さんも」
「校門にいらっしゃったのが目に入ったので…
もしかして、麻雀部に御用ですか?」
「え、ええと…その…!」
「?」
「こ、これ!お、お弁当作ってきたんです!
よろしかったら、み、皆さんで
召し上がってください!」
「は…はぁ…?」
「そ、それでは、失礼いたします!!」
「あっ、ふ、福路さん!?」
「…行っちゃったじぇ」
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その日、学生議会の用事で
少しだけ遅れて部室に入った私。
「ごめんごめん。遅くなっちゃった。
じゃあ、ご飯食べに行きましょうか!」
お腹がぺこぺこでもう完全に
お昼ご飯モードに入った私の目に、
大きな重箱を取り囲んで
思案する皆の姿が飛び込んできた。
「…どったの?みんなして変な顔して」
「…門の前でウロウロしていた
タコさんウィンナーのおねーさんから、
お弁当をいただいたんだじぇ」
「謎すぎじゃろ」
なぜか、清澄の校門の前でウロウロしていた福路さん。
話しかけたら、お弁当をくれて
そのまま去って行ったらしい。
うん、意味が分からない。
道端に浮かんでるブロックを叩いたら、
パワーアップキノコが出てくるようなものかしら?
いやいやゲームじゃないんだから。
「…ま、せっかくくれたんだし、
ありがたくいただきましょうか」
意味は分からないけど、ちょうど都合よく
ご飯を食べに行くところだったわけだし。
ご厚意にあまえる事にしましょうか。
私たちは重箱の包みを広げると、
みんなで福路さんのお弁当に
舌鼓を打つ事にした。
「これ、すっごいおいしいじぇ!!」
「すごいですね…ひょっとしたら、
名のあるお店で売られているお弁当より
美味しいかもしれません」
「うちの店で出したいくらいじゃ」
さっそくお弁当に手を付けた三人は、
三者三様に称賛の声を上げる。
優希に至ってはおいしさのあまり、
まるで男子高校生のようにかきこみ始める。
ちなみに私はまだ箸をつける事ができず、
目の前のお弁当をしげしげと見つめていた。
「うーん…これ、すごいわね…」
「あ、部長もそう思いました?」
思わず漏れ出た感想にすかさず咲が同意する。
そういえば、咲も家では家事担当だったっけ。
「何がすごいんだじょ?」
「お弁当ってさ、普通は時間のない状況で作るから、
手間をかけずにささっと作るものでしょ?」
「でもこれ…相当な時間をかけて作ってるわ」
「このぶりの照り焼きとか、
たぶん一晩漬け込んだ上で今日焼いてるし」
「ここに入ってるフライも、
今日揚げてるっぽいですよね…」
「他にも、一品一品
手がかかりそうなものばっかり…」
「こんなの作ろうと思ったら、
いったい何時間必要になるのかしらね」
私は咲と二人、顔を見合わせて感嘆の声をあげた。
私も一人暮らしで毎日自炊しているから、
このお弁当のすごさがわかる。
すごすぎて、正直食べるのを
ためらってしまうくらい。
そのくらい、このお弁当には
手間と時間がかかっている。
「福路さん…なんで、
こんなお弁当をくれたんですかね」
「…さぁね」
咲の問いかけに曖昧な返事を返す私。
まあでも普通に考えたら、
おのずと答えは出てくるでしょう。
このお弁当は、気軽な思いつきで
手放せるような代物じゃない。
だとすれば、最初から私達に渡すつもりで
全力で作ってきたという事で。
つまり福路さんは、この中にいる誰かに、
特別な感情を抱いていると考えるのが普通よね。
「…想い人は、誰なのかしらね?」
「…え?」
「なんでもないわ。独り言」
私は手元のお弁当から
卵焼きを一つ口にほおりこんだ。
そのまま噛みしめると、
じんわりと上品な昆布出汁が染み出て
口の中いっぱいに風味が広がっていく。
「…ホント、すごいわ」
こんな何気ない料理にまで、
本当に手がかかっている。
そこまでして胃袋を掴みたい相手っていうのは…
一体、誰なのかしらね?
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料理という愛情表現は、私のような重たい人間と
とても相性がいいと思います。
食事は生きる上での必須要素ですから、
無駄になる事も少ないですし。
後に形として残らない点も、
『重さ』を軽減してくれる重要なポイントです。
何より料理は、手間をかければかけるほど
美味しくなります。
それでいて、その手間は相手には伝わりにくいから、
『重い』と思われる事もありません。
だから、私はこれまでも。
それとなく、誰かに気持ちを贈りたい時に、
料理という手段を用いてきました。
それは、比較的成功してきたと思います。
だから、まさかこんなに簡単に。
あの人に、想いを気取られてしまうとは、
思ってもみなかったんです。
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「いやー、これ美味しかったわー。ありがとね!」
お弁当箱を返しに風越まで来てくれた竹井さん。
竹井さんは軽いあいさつの後、
いたずらっぽい笑みを浮かべて言いました。
「…で、清澄の中に、誰か好きな人でもいるの?」
胸の鼓動が、一気に早くなりました。
頭の中が瞬く間に疑問符で埋め尽くされます。
(な、なんで…?どうしてわかってしまったの?)
わかりやすく狼狽する私の様子を見て、
竹井さんはけらけらと笑いました。
「いやいや、何でもなにも…
あんな手間のかかったお弁当を、
しかもわざわざ学校まで届けに来ておいて、
理由もなしとかありえないでしょ」
「何か特別な意味があって
作ってきたって考えるのが普通じゃない」
言われてみれば確かにそうです。
どれだけ周りが見えていなかったのでしょう。
私は、自分の浅慮ぶりが恥ずかしくなりました。
「で、どうなのかしら?」
「あ…あの…その……」
結局私は言い逃れする事もできず、
素直に肯定してしまいます。
「……はい……」
だって、竹井さんが向けたその眼差しは、
すでに答えを確信していて。
質問自体、確認の意味しかありませんでしたから。
「ふーん…そっか。まぁ、あえてここで、
それが誰なのかは聞かないでおくわ」
したり顔で頷いた後、にやにやと
意地の悪い笑みを浮かべる竹井さん。
聞きこそしなかったものの、竹井さんは
すでに答えを知っているかのようでした。
…一体、どこまで見透かされて
しまっているのでしょうか。
「ま、今後は連絡もなく、いきなり
お弁当届けに来るのはやめなさい?
みんなご飯持ってきちゃってるかもしれないしね」
「…そ、そうですね…すいません」
「相手が誰かは知らないけれど、
事前に私に言っておいてくれたら
それとなくみんなに伝えておいてあげるわ」
「あ、でも口止め料として
私の好きなおかずをいくつか追加する事!」
そう言って、ニカッと笑う竹井さん。
その笑みを前に、
思わず私は浮足立ってしまいます。
だって、竹井さんは
私の行動を受け入れてくれました。
しかも、この展開なら、竹井さんと
ごく自然に連絡を取る事ができます!
「……!あ、ありがとうございます!!」
私は深々と頭を下げました。
さっそく、明日からお弁当の献立を考えないと。
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不思議な子だなーって思った。
麻雀ではすごく細かい癖まで見抜いて、
視線移動まで考慮に組み込んでしまう程なのに。
なんで、人との距離感を測るのは
あんなに苦手なのかしら?
その鋭い観察眼を持ってすれば、
相手の考えてる事なんて簡単に
読み通せちゃいそうなものだけど。
次の日曜日。福路さんは、
またお弁当を作って持ってきた。
6人分のお弁当。それを、
形を崩さず持ってくるだけでも
相当大変だと思うのに。
中身を確認してみたら、
これまたものすごく手の込んだごちそうが並んでいて。
私は一目見て思わず嘆息した。
「…これ、どんだけ時間かかってるの?」
「え、ええと…大した事ないですよ?」
しどろもどろに汗をかきながら答える福路さん。
嘘おっしゃい。目の下にクマが浮かんでるわよ?
「え、ええと…じゃあ、
皆さんで召し上がってください」
「…本当に、みんなでいいの?」
「え?」
「もし、私があなたの想い人だったとしたら…
愛情のこもったお弁当は、
私一人だけに作ってほしいけどね」
ボンッ!!とまるで沸騰したかのように
顔を真っ赤に染める福路さん。
あ、やっぱりコレ、ターゲットは私なんだ。
「え、あ、その…じゃあ、
今度から竹井さんの分だけ作ります…!」
「…それ、必然的に告白と同義になるけど
いいのかしら?」
「あ!?だ、駄目です!!
やっぱり皆さんの分も用意します!」
わたわたと目に涙を浮かべながら
撤回する福路さん。
何この子、かわいすぎるんだけど。
今更撤回されたところで、
これって完全に告白されたようなものよね…
福路さんの事は可愛いと思うけど。
彼女の愛を受け止めるには、
私は彼女の事を何も知らなさすぎる。
うーん…
まずはお友達から始めましょう、
でいいのかしら?
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「というわけで、お友達からでいい?」
「えぇっ!?」
「ん?だって福路さん、私の事好きなんでしょ?」
か、完全に見透かされていました。
なんで?お弁当はちゃんと均等に6人分、
手を抜かずに作ったはずなのに…
「いやいや、さっきの発言、
ほぼ告白みたいなもんじゃない」
「そもそもこのお弁当、私が言ったおかずばっかり
入ってるもの。いくら要求されたからって、
他に本命がいるならこうはならないでしょ?」
苦笑しながら、お弁当の中身を指さす竹井さん。
うぅ…またやってしまいました。
「でも、悪いんだけど私はまだ
福路さんの事よく知らないのよね。
だから、まずはお友達から」
「ね?」
そう言って、片目をつぶる竹井さん。
私はあまりの幸せに、あふれ出る涙を
止める事ができませんでした。
だって、このまま振られてしまっても
おかしくなかったのに。
こんなに優しく受け入れてもらえるなんて。
「あーあー…もう、泣かないの。
可愛い顔が台無しよ?」
竹井さんは、穏やかな笑みを浮かべながら、
さっとハンカチを取り出して。
涙がこぼれる私の頬を、そっと拭ってくれました。
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そんなわけで、福路さんとのお付き合いが始まった。
お友達からとは言ったけど、結局女同士だと
友達も恋人もやる事変わらないのよね。
だから、私は普段通りだったわけだけど、
福路さんにとってはそうではなかったようで。
会うなり顔を真っ赤にして俯いて、
話す事すらままならない。
まったく、初々しいんだから。
「とりあえず、呼び方を
変えるところから始めましょうか」
「呼び方…ですか?」
「あなた、私の事好きなんでしょ?
だったら名字で呼ぶのは
ちょっと他人行儀過ぎるじゃない?」
「私も、これからは美穂子って呼ぶわ」
そんな私の提案に対して、
どこか気後れしたように抵抗する美穂子。
やっぱりよくわからないわ。
普通、想い人にこんな提案されたら二つ返事で
承諾しそうなものだけど。
「で、でも…名前呼びはちょっと抵抗が…
失礼な感じがして」
「池田さんは名前で呼んでるじゃない」
「か…華菜は、後輩ですし…」
「ふーん。池田さんは下の名前で呼ぶのに、
私は名字呼びなんだー?ふーん」
「あ…その…」
私の意地悪に、みるみる顔色を変えて慌てだす美穂子。
…何この子、虐めてオーラがすごいんだけど。
「名前で呼んでくれないなら、
池田さんを鳴かしちゃおうかなー?」
「そ、そんな!?華菜は関係ありません!!」
「ああ、かわいそうな池田さん。
私の八つ当たりを受けて鳴いちゃうのね。
『にゃーーーーっ!!!』って」
「美穂子が、私の事を名前で呼ばないばっかりに…」
わざとらしくため息をついて、
美穂子の顔を覗き見る。
あはは、明らかにテンパってる。
まったく、可愛いんだから。
「ほらほら、早く呼んでみて?」
「…わ、わかり、ました……」
「ひ、…ひさ、さん…」
「はいやり直し」
「えぇ!?」
「久」
「え?」
「さん付けなし!」
「そ、そんなぁ…!」
「ほらほらー、呼んでくれないと、
いつまでたっても終わらないわよー?」
「うぅ…ひ、ひさ」
「はい、よくできました!
ご褒美あげる!!」
私は美穂子をぎゅっと抱き締める。
すると美穂子はあわてながらも、その頬をゆるませた。
うーんまずい。
美穂子が可愛すぎてまずい。
この調子だと、思ったより
早く恋人関係になっちゃうかもしれないわ。
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私にとって、誰かを名前で呼ぶ事は、
かなりの勇気がいる事でした。
だって、下の名前で呼ぶなんて、
相当仲が良くないとできない事ですから。
馴れ馴れしいと思われてしまうのではないか。
重いと思われてしまうのではないか。
そう考えて、つい身構えてしまうのです。
今まで、同級生で親しい友達すら
できなかった私にとって。友達にすら、
名前で呼び合える人は居ませんでした。
それなのに、大好きな人をいきなり名前で呼ぶなんて。
あまりにも、ハードルが高い事だったんです。
でも、久さんは、許してくれました。
私が、名前で呼ぶ事を許してくれました。
それは私に、久さんに深く
受け入れてもらえたような錯覚を与えて。
私はつい、また『重たく』なってしまったんです。
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私のスマフォが、チカチカと金色の光を放つ。
それは、ある人からのメールを告げる光。
「あ、また美穂子からメールだ」
これで本日300件目。
メールの使い方を教えたその日から、
彼女はこうして大量のメールを
送ってくるようになった。
「いやー、さすが美穂子。愛が重いわー」
「その割にはずいぶん余裕そうじゃの」
「まあ、なんとなくこうなる事は予想してたしねー」
きっと、美穂子は愛情の加減が
できない子なんだろう。
誰かを好きになると周りが見えなくなって、
普通じゃない行動も平気で取ってしまう。
最初のお弁当を持ってきた時からそうだった。
でも、『そんなところが可愛い』とか思っちゃう辺り、
私も少しずつ毒されてきてるなぁって思う。
妄想しながらにやけていると、
咲が、若干引きながら私に問いを投げ掛けてきた。
「ぶ、部長は…大丈夫なんですか?」
「ん?何が?」
「な、なにがって…福路さん、
正直普通じゃないですよね…」
「まあね」
私は思わず苦笑する。お姉さんに会うためだけに
インターハイを目指しちゃうあなたも、
相当だと思うんだけど。
「別に害があるわけでもないし、
いいんじゃない?」
「で、でも…毎日数百件メールしてくるんですよね?」
「んー、でも別に私に数百件返信する事を
要求するわけでもないしねー」
「むしろ…このままエスカレートしたら、
美穂子の方が負担が重すぎて倒れたりしないか
ちょっと心配なんだけど」
現に、今でもお弁当を持ってくる日は
夜徹夜してるみたいだし。
これ以上、エスカレートしないといいんだけど…
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「キャプテン、最近ずっと
清澄に行ってばっかりだし…」
「仕方ないよ…今までずっと
麻雀部にかかりっきりだったんだし。
引退したんだから、ちょっとくらい
自分の事を優先しても…」
「…関係ないし。あれは恋の病だし」
「……」
「私達より、竹井さんの優先度が上がっただけだし…」
「…華菜ちゃん、大丈夫?」
「…大丈夫じゃないし。でも、
キャプテンの方が心配だし」
「いくら自由登校期間だからって、
あんなに毎日会いに行ってたら…」
「そのうち、重たがられて捨てられちゃうし…」
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残念ながら、私の心配は見事現実のものとなった。
美穂子は、自分の私生活を犠牲にして
私に会いに来るようになってしまったから。
「部長…また、福路さんがいらっしゃってますけど…」
「…この時間に来ようと思ったら
学校休まないと無理なんだけど?」
「ですよね…学校、行かれてるんでしょうか」
間違いなく行ってないと思う。
それどころか、私に投げてくるメールの間隔や
弁当を作る時間なんかを考慮したら…
多分、私以外の事に割いている時間なんて、
ほとんどないのは間違いない。
睡眠すらまともに取ってるか怪しいレベル。
「…これはさすがにまずいわね…」
そんな美穂子が可愛い、
愛おしいなんて思ったりもするけど。
だからって、これを容認していたら
美穂子の人生が駄目になってしまう。
私がまだまともな思考を維持しているうちに
何とかしておくべきだろう。
私は、このあたりでビシッと美穂子に
釘を刺す事にした。
「…ねぇ美穂子。あなた、
最近学校行ってないわよね?」
「自由登校だから大丈夫よ?」
「いやいや、自由登校だからって
何してもいいって話じゃないからね?
登校時間も省いて受験に
専念してほしいって計らいだからね?」
「…でも、私には久の方が大切だもの…」
ああうん、そういう返事が
返ってくるとは思ってたけど。
美穂子、そもそも進路とか考えてる?
「……あのね、美穂子」
「私は、確かにあなたのおかげで助かってる」
「会いに来てくれるのも嬉しいわ」
「でもね?あなたが自分の生活を犠牲にしてまで
尽くしてくれる事を良しとするほど、
私は駄目人間でもないのよ」
「今は、将来がかかった大切な時」
「もう少し、自分のために時間を割いてみて?」
「…………はい」
まるで死刑宣告でも喰らったかのように
表情を失って、そのままうつむいてしまう美穂子。
その表情にズキズキと胸が痛むけど、
ここは心を鬼にしよう。
これは、美穂子のためなんだから
…これで、少しはよくなって
くれるといいんだけど。
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自分のため…とはなんでしょうか。
もし、自分のためというのであれば。
私は久の側に居たいです。
例え、ほんのわずかな時間でも。
でも、久に遠慮されてしまいました。
それは、暗に私の愛が重過ぎるという、
意思表示のような気がして。
私は、どうしようもなく怖くなって、
膝を抱えて縮こまってしまいます。
「…私は、どうすればいいのかしら」
答えも出ず、ただぼんやりと
部屋の時計を眺めました。
それはいつもなら、
清澄高校で久と談笑している時間。
なぜ私は、自分の部屋で、
こうして無為に時間を過ごしているのでしょうか。
何かしなければと思いました。
せっかく久と会える時間を無駄にして、
今こうしているのですから。
「…週末くらい、お弁当を作っていっても…
別に、重たくないわよね?」
私はすくりと立ち上がり、台所に向かう事にしました。
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うーん…やっぱりこうなっちゃうかぁ。
私は、その手渡されたお弁当を前に、
思わずうなり声をあげてしまった。
「…美穂子。前に私がした話は、
理解してくれたのかしら?」
「え…でも、だから、回数を減らして」
「…来る回数は減ったかもしれないけど…
その分の時間をこの一回に集中してるだけでしょ?」
「私の目は節穴じゃないわよ?
これ、どれだけ時間がかかってるの?」
「そ…それは、その」
確かに、美穂子が毎日清澄を
訪問する事はなくなったけど。
その代わり、まるでこの週末に
全てを懸けたといわんばかりに、
凄まじいお弁当が手渡された。
料理は手間をかけようと思えば、
いくらでも手間をかけられる。
ちょっと病的な美穂子とは、驚くほど相性が悪い。
…これは、美穂子の出方次第では、
私もそろそろ腹を決めた方がいいのかも。
私は、美穂子を試す事にした。
「私達、しばらく会うのは控えましょう」
「そんな!?」
「いやいや、別れるとか
そういう話じゃないからね?」
「でも…でも!!」
「……美穂子。私ね?問題を
先延ばしにするのは好きじゃないの」
「この問題、今なあなあにしても、
あなたと私が今後も関係を続けていくなら、
必ずまたいつかぶち当たると思う」
「その時、あなたが改善するのか、
私が折れるのか。
それとも…」
「破局するのかはわからないけれど」
「……!!」
「少なくとも私は、このままの関係をよしとはしない」
「自分を、変える事ができるのか。
それとも、変わる事はできないのか」
「…少し、冷静になって考えてみて」
私は美穂子を突き放す。
美穂子は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、
とぼとぼと肩を落として帰って行った。
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結局、結末はいつもと同じでした。
私の愛は重すぎて。
久はそれに耐えられなくて。
私は引かれて避けられる。
いつもと同じ、パターンです。
まだ、別れを切り出されたわけではありません。
でも、私が変わらなければ、
いずれは破局を迎えるのでしょう。
…どうすればいいか、わかりませんでした。
答えはもうわかっています。
私が節度を持って、適切な距離を保って
付き合えばいいのでしょう。
でも、それができるなら、
最初からこんな展開にはなっていません。
どうすれば、変われるのでしょうか?
どうすれば、久の負担にならず、
ずっと側にいる事ができるのでしょうか?
何日も、何日も考えて。
それでも、答えは出ませんでした。
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偶然廊下で出くわしたキャプテンは、
まるで別人みたいだった。
うさぎみたいに目を真っ赤に腫らして、
ひどく憔悴した顔でとぼとぼと歩いている。
頬も、げっそりと痩せこけて…
ごはん、ちゃんと食べてるんだろうか。
「…キャ、キャプテン…どうしたんですか…?」
「……」
「キャプテン!」
「……華菜?」
私が近寄ってきた事にも気づかなかったらしい。
キャプテンは強く呼びかけられて初めて、
私にその虚ろな目を向けた。
「…久にね、言われちゃったの」
「このままの関係を、よしとはしないって」
私は思わず歯噛みした。
…そりゃそうだ。まともな感覚を持ってたら、
キャプテンの愛情についていけるはずがない。
竹井さんが悪いわけじゃない。
「…キャプテンはどうしたいんですか」
「…私は、今の関係を続けたい」
「久との関係を、負担に思った事なんてない」
「久が許してくれるなら、私は自分の全てを捧げたい」
「…キャプテン、重すぎだし」
「…だって、仕方ないじゃない!!」
「……変えられないんだもの…!」
そう言って、キャプテンは顔を覆って震え出す。
ああ、この人はもう駄目だ。
今までずっと、ずっと見てきたからわかる。
もし、このまま竹井さんが、
キャプテンを突き放してしまったら…
それこそ、命を絶ちかねない。
「…わかったし。私が一肌脱ぐし」
「華菜…?」
大好きなキャプテンを、誰かに盗られるために動く。
それは、死ぬほどつらいけど…
それでも私は、キャプテンに幸せになってほしい。
「キャプテンは、
どーんと構えていてください!」
私は無理矢理笑顔を見せた。
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プルルルーッ、プルルルーッ
「はい、こちら竹井久。えーと、あなたは…
風越の、猫田さんだっけ?」
『池田だし!ボケてる場合じゃないし!』
「はいはい。それで、何の用かしら?」
『…アンタに一つ聞きたい』
「…なに?」
『もし、キャプテンが変われないとしたら…
アンタは、キャプテンを捨てるのか?』
「…それを聞く権利が、あなたにはあるの?」
『人の命がかかってるし。
…アンタなら、その意味がわかるだろ?』
「……」
『もし≪そう≫なったら…私は、
悪戯にキャプテンを傷つけたアンタを、
絶対に許さないし』
「殺人予告のつもり?」
『どう受け取ってもらっても構わないし』
「…まったくもう…風越の人って、
学校で滅私奉公でも学んでるの?」
『どういう意味だし』
「そのままの意味よ?なんでそこまで、
自分が傷ついてまで誰かを優先しようとするのかしら…
ホント、あなた達似た者同士だわ」
『…っ……褒め言葉として、受け取っておくし』
「褒めてないからね?」
「…で、美穂子はそんなにひどい状態なの?」
『……』
『多分、もうずっとご飯食べてないし』
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私が与えた試練に対し、
美穂子は予想通りの反応を見せた。
そう、耐えきれないで
潰れてしまうという反応を。
「美穂子…ご飯食べてないってホント?」
「……」
美穂子はうつむいたまま返事をしなかった。
つまり、無言は肯定という事なんだろう。
「……はぁ」
「まったく、仕方のない子ね」
「はっきり言うけど、あなた、病気だわ」
「私以外見えない。自分の将来すら放置して、
私だけを優先する」
「で、ちょっと私に距離を置かれただけでこの有様」
「…もし、私に捨てられたら…
あなたはどうするつもりなの?」
私のその言葉に、美穂子ははっと息を呑み。
そして、観念したかのように言葉を絞り出した。
「……この世を、去り、ます」
はい、これで確定。
もう美穂子は、私が居ないと生きられない。
その言葉が冗談でない事は、
今の美穂子の姿を見れば一目瞭然だ。
「…そか」
「わかったわ。じゃ、もう一つ質問」
「あなた、私のためだったら
何でもしてくれるのかしら?」
「はい」
「…即答するのね」
その返事を聞いて、私も覚悟を決める事にする。
人一人の人生を背負う覚悟を。
前途多望な彼女の未来を、
私一人のためだけに浪費する覚悟を。
「わかったわ。じゃあ、
今すぐ学校を退学しなさい」
「…え?」
「あなたの全て、私に捧げてくれるんでしょ?
だったら、もう学校なんて無駄じゃない」
「できないとは言わせないわよ?」
「はっ……」
「はい!」
まるで九死に一生を得たと言わんばかりに、
救われたと言わんばかりに。
美穂子は涙交じりの笑顔を浮かべて、
退学届を取りに走り出す。
救われたどころか、たった今。
普通の幸せの道から足を踏み外しちゃったんだけど。
美穂子にとっては、これが最善なんだろう。
「ま、せめて…」
私は苦笑しながら腕まくりした。
「幸せには、してあげましょっか!」
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「部長…福路さん、学校やめたって本当ですか?」
「あー、うん。本当よ?今の時間なら、
私の家で掃除でもしてるんじゃない?」
「…部長は、いいんですか?」
「別に?私も美穂子の事を愛してるしね」
「それでも、あの重たさは
普通じゃないと思いますけど…」
「あはは、まぁ、重いのは否定しないわ」
「…でも」
「でも?」
「そういうのって、背負う覚悟を決めちゃえば…
意外に、心地よく感じるものよ?」
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久に、学校をやめる事を命令されたその日から。
私は久のおうちに厄介になる事になりました。
朝は、朝食を作ってから久を起こして。
学校に行く久を見送った後は、
掃除や洗濯をして過ごします。
それが終わったら、夕食のための仕込みを始めて。
久が帰ってきたら、一緒にご飯を食べるのです。
私の全てが、久のためになる。
久が喜ぶことのためだけに全ての時間を使える。
それは、とても幸せな日々。
そんな胸の内を話したら、
久に重いと笑われました。
「まったく、美穂子は重いわねー」
「…久は、重い私は嫌い?」
なんて、少し拗ねてみたりして。
いいえ、本当はわかっているんです。
久が、次にどう言ってくれるか。
「どんとこいだわ。むしろもっと
重くなってくれて構わないわよ?」
「あなたがどれだけ重くなろうと、
完璧に支えきって見せるから」
「あなたは安心して、私に依存してなさい」
「…はい!」
久は、私が願っていた通りの言葉を私にくれました。
そんな久だからこそ、今私はここにいられる。
久のために、全てを捧げたいと思えるんです。
「そんな久には、これをプレゼントです♪」
「何これ」
「スッポン料理です♪」
「あっはっはー、スッポンって一般人に料理できたのね、
って美穂子を一般人扱いする方がおかしいか」
「精をつけてくださいね?あ、な、た?」
「が、頑張ります…」
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私にとって、言われたとしたら、一番うれしい言葉。
それは、『重い』だと思います。
久に会うまでは、それは一番傷つく言葉でしたけど。
久なら私の重たさも、潰れる事なく
背負いきってくれるから。
その上で、まるで私を褒めるかのように、
頭を撫でながら言ってくれるから。
だから、私は今日も頑張るんです。
久に、重いって言われるために。
「久!昨日の睡眠はいつもより
呼吸回数が528回多かったわ」
「ちょっと睡眠の質が悪くて
疲れが取れてないと思うから、
このフレーバーティーを3時間間隔で飲んで?」
「重っ!!重すぎだってば!!
美穂子こそ今すぐ寝なさいよ!?」
(完)
美穂子「竹井さんのために、お弁当を作ってきました」
久「えーと、これ…
作るのに何時間かかったの?」
美穂子「ざっと9時間です」
久「重っ!?愛が重っ!!」
<登場人物>
竹井久,福路美穂子,池田華菜,宮永咲,その他
<症状>
・愛情過多
・割とあまあま?
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・和やキャップの報われない(?)人のお話。
本命を手中にするなり、
新たな依存相手を見つけるなりして。
≪あまあまよりの普通≫
※ごめんなさい。普通に報われます。
--------------------------------------------------------
もし私が言われたとしたら、一番傷つくだろう言葉。
それは、間違いなく『重い』だと思います。
え?それを言われて傷つかない女性なんていない?
あ、私の場合は少し意味合いが違うんです。
普通の女性が重さを気にするのは、
おそらく体重かと思います。
対して、私が気にするのは愛情なんです。
…どうも私は、普通の人よりも、
少し愛が『重い』らしいのです。
私からすれば、別に見返りを求めているわけではなく。
ただ、大切な人たちに喜んでほしいから
しているだけの事なので。
素直に、そのまま受け取って
もらえるだけでいいのですが…
それでも、受け取る人からしたら…
『重い』と感じるそうなのです。
そんなわけで、私は今。
その『重さ』を伝えるべきかどうか考えあぐねて。
引く事も進む事もできず、
ただ清澄高校の門の前で、
右往左往しているのでした。
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「あれ?あそこにいるのって、
タコさんウィンナーのおねーさんじゃないか?」
「ええと、福路さん…だったっけ」
「どうして清澄に…もしかして、
部長に用事でもあるんでしょうか」
「声かけてみるじぇ!」
「おねーさん!清澄にようこそ!!」
「あっ…片岡さん!?」
「こ、こんにちは」
「宮永さんに…原村さんも」
「校門にいらっしゃったのが目に入ったので…
もしかして、麻雀部に御用ですか?」
「え、ええと…その…!」
「?」
「こ、これ!お、お弁当作ってきたんです!
よろしかったら、み、皆さんで
召し上がってください!」
「は…はぁ…?」
「そ、それでは、失礼いたします!!」
「あっ、ふ、福路さん!?」
「…行っちゃったじぇ」
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その日、学生議会の用事で
少しだけ遅れて部室に入った私。
「ごめんごめん。遅くなっちゃった。
じゃあ、ご飯食べに行きましょうか!」
お腹がぺこぺこでもう完全に
お昼ご飯モードに入った私の目に、
大きな重箱を取り囲んで
思案する皆の姿が飛び込んできた。
「…どったの?みんなして変な顔して」
「…門の前でウロウロしていた
タコさんウィンナーのおねーさんから、
お弁当をいただいたんだじぇ」
「謎すぎじゃろ」
なぜか、清澄の校門の前でウロウロしていた福路さん。
話しかけたら、お弁当をくれて
そのまま去って行ったらしい。
うん、意味が分からない。
道端に浮かんでるブロックを叩いたら、
パワーアップキノコが出てくるようなものかしら?
いやいやゲームじゃないんだから。
「…ま、せっかくくれたんだし、
ありがたくいただきましょうか」
意味は分からないけど、ちょうど都合よく
ご飯を食べに行くところだったわけだし。
ご厚意にあまえる事にしましょうか。
私たちは重箱の包みを広げると、
みんなで福路さんのお弁当に
舌鼓を打つ事にした。
「これ、すっごいおいしいじぇ!!」
「すごいですね…ひょっとしたら、
名のあるお店で売られているお弁当より
美味しいかもしれません」
「うちの店で出したいくらいじゃ」
さっそくお弁当に手を付けた三人は、
三者三様に称賛の声を上げる。
優希に至ってはおいしさのあまり、
まるで男子高校生のようにかきこみ始める。
ちなみに私はまだ箸をつける事ができず、
目の前のお弁当をしげしげと見つめていた。
「うーん…これ、すごいわね…」
「あ、部長もそう思いました?」
思わず漏れ出た感想にすかさず咲が同意する。
そういえば、咲も家では家事担当だったっけ。
「何がすごいんだじょ?」
「お弁当ってさ、普通は時間のない状況で作るから、
手間をかけずにささっと作るものでしょ?」
「でもこれ…相当な時間をかけて作ってるわ」
「このぶりの照り焼きとか、
たぶん一晩漬け込んだ上で今日焼いてるし」
「ここに入ってるフライも、
今日揚げてるっぽいですよね…」
「他にも、一品一品
手がかかりそうなものばっかり…」
「こんなの作ろうと思ったら、
いったい何時間必要になるのかしらね」
私は咲と二人、顔を見合わせて感嘆の声をあげた。
私も一人暮らしで毎日自炊しているから、
このお弁当のすごさがわかる。
すごすぎて、正直食べるのを
ためらってしまうくらい。
そのくらい、このお弁当には
手間と時間がかかっている。
「福路さん…なんで、
こんなお弁当をくれたんですかね」
「…さぁね」
咲の問いかけに曖昧な返事を返す私。
まあでも普通に考えたら、
おのずと答えは出てくるでしょう。
このお弁当は、気軽な思いつきで
手放せるような代物じゃない。
だとすれば、最初から私達に渡すつもりで
全力で作ってきたという事で。
つまり福路さんは、この中にいる誰かに、
特別な感情を抱いていると考えるのが普通よね。
「…想い人は、誰なのかしらね?」
「…え?」
「なんでもないわ。独り言」
私は手元のお弁当から
卵焼きを一つ口にほおりこんだ。
そのまま噛みしめると、
じんわりと上品な昆布出汁が染み出て
口の中いっぱいに風味が広がっていく。
「…ホント、すごいわ」
こんな何気ない料理にまで、
本当に手がかかっている。
そこまでして胃袋を掴みたい相手っていうのは…
一体、誰なのかしらね?
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料理という愛情表現は、私のような重たい人間と
とても相性がいいと思います。
食事は生きる上での必須要素ですから、
無駄になる事も少ないですし。
後に形として残らない点も、
『重さ』を軽減してくれる重要なポイントです。
何より料理は、手間をかければかけるほど
美味しくなります。
それでいて、その手間は相手には伝わりにくいから、
『重い』と思われる事もありません。
だから、私はこれまでも。
それとなく、誰かに気持ちを贈りたい時に、
料理という手段を用いてきました。
それは、比較的成功してきたと思います。
だから、まさかこんなに簡単に。
あの人に、想いを気取られてしまうとは、
思ってもみなかったんです。
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「いやー、これ美味しかったわー。ありがとね!」
お弁当箱を返しに風越まで来てくれた竹井さん。
竹井さんは軽いあいさつの後、
いたずらっぽい笑みを浮かべて言いました。
「…で、清澄の中に、誰か好きな人でもいるの?」
胸の鼓動が、一気に早くなりました。
頭の中が瞬く間に疑問符で埋め尽くされます。
(な、なんで…?どうしてわかってしまったの?)
わかりやすく狼狽する私の様子を見て、
竹井さんはけらけらと笑いました。
「いやいや、何でもなにも…
あんな手間のかかったお弁当を、
しかもわざわざ学校まで届けに来ておいて、
理由もなしとかありえないでしょ」
「何か特別な意味があって
作ってきたって考えるのが普通じゃない」
言われてみれば確かにそうです。
どれだけ周りが見えていなかったのでしょう。
私は、自分の浅慮ぶりが恥ずかしくなりました。
「で、どうなのかしら?」
「あ…あの…その……」
結局私は言い逃れする事もできず、
素直に肯定してしまいます。
「……はい……」
だって、竹井さんが向けたその眼差しは、
すでに答えを確信していて。
質問自体、確認の意味しかありませんでしたから。
「ふーん…そっか。まぁ、あえてここで、
それが誰なのかは聞かないでおくわ」
したり顔で頷いた後、にやにやと
意地の悪い笑みを浮かべる竹井さん。
聞きこそしなかったものの、竹井さんは
すでに答えを知っているかのようでした。
…一体、どこまで見透かされて
しまっているのでしょうか。
「ま、今後は連絡もなく、いきなり
お弁当届けに来るのはやめなさい?
みんなご飯持ってきちゃってるかもしれないしね」
「…そ、そうですね…すいません」
「相手が誰かは知らないけれど、
事前に私に言っておいてくれたら
それとなくみんなに伝えておいてあげるわ」
「あ、でも口止め料として
私の好きなおかずをいくつか追加する事!」
そう言って、ニカッと笑う竹井さん。
その笑みを前に、
思わず私は浮足立ってしまいます。
だって、竹井さんは
私の行動を受け入れてくれました。
しかも、この展開なら、竹井さんと
ごく自然に連絡を取る事ができます!
「……!あ、ありがとうございます!!」
私は深々と頭を下げました。
さっそく、明日からお弁当の献立を考えないと。
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不思議な子だなーって思った。
麻雀ではすごく細かい癖まで見抜いて、
視線移動まで考慮に組み込んでしまう程なのに。
なんで、人との距離感を測るのは
あんなに苦手なのかしら?
その鋭い観察眼を持ってすれば、
相手の考えてる事なんて簡単に
読み通せちゃいそうなものだけど。
次の日曜日。福路さんは、
またお弁当を作って持ってきた。
6人分のお弁当。それを、
形を崩さず持ってくるだけでも
相当大変だと思うのに。
中身を確認してみたら、
これまたものすごく手の込んだごちそうが並んでいて。
私は一目見て思わず嘆息した。
「…これ、どんだけ時間かかってるの?」
「え、ええと…大した事ないですよ?」
しどろもどろに汗をかきながら答える福路さん。
嘘おっしゃい。目の下にクマが浮かんでるわよ?
「え、ええと…じゃあ、
皆さんで召し上がってください」
「…本当に、みんなでいいの?」
「え?」
「もし、私があなたの想い人だったとしたら…
愛情のこもったお弁当は、
私一人だけに作ってほしいけどね」
ボンッ!!とまるで沸騰したかのように
顔を真っ赤に染める福路さん。
あ、やっぱりコレ、ターゲットは私なんだ。
「え、あ、その…じゃあ、
今度から竹井さんの分だけ作ります…!」
「…それ、必然的に告白と同義になるけど
いいのかしら?」
「あ!?だ、駄目です!!
やっぱり皆さんの分も用意します!」
わたわたと目に涙を浮かべながら
撤回する福路さん。
何この子、かわいすぎるんだけど。
今更撤回されたところで、
これって完全に告白されたようなものよね…
福路さんの事は可愛いと思うけど。
彼女の愛を受け止めるには、
私は彼女の事を何も知らなさすぎる。
うーん…
まずはお友達から始めましょう、
でいいのかしら?
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「というわけで、お友達からでいい?」
「えぇっ!?」
「ん?だって福路さん、私の事好きなんでしょ?」
か、完全に見透かされていました。
なんで?お弁当はちゃんと均等に6人分、
手を抜かずに作ったはずなのに…
「いやいや、さっきの発言、
ほぼ告白みたいなもんじゃない」
「そもそもこのお弁当、私が言ったおかずばっかり
入ってるもの。いくら要求されたからって、
他に本命がいるならこうはならないでしょ?」
苦笑しながら、お弁当の中身を指さす竹井さん。
うぅ…またやってしまいました。
「でも、悪いんだけど私はまだ
福路さんの事よく知らないのよね。
だから、まずはお友達から」
「ね?」
そう言って、片目をつぶる竹井さん。
私はあまりの幸せに、あふれ出る涙を
止める事ができませんでした。
だって、このまま振られてしまっても
おかしくなかったのに。
こんなに優しく受け入れてもらえるなんて。
「あーあー…もう、泣かないの。
可愛い顔が台無しよ?」
竹井さんは、穏やかな笑みを浮かべながら、
さっとハンカチを取り出して。
涙がこぼれる私の頬を、そっと拭ってくれました。
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そんなわけで、福路さんとのお付き合いが始まった。
お友達からとは言ったけど、結局女同士だと
友達も恋人もやる事変わらないのよね。
だから、私は普段通りだったわけだけど、
福路さんにとってはそうではなかったようで。
会うなり顔を真っ赤にして俯いて、
話す事すらままならない。
まったく、初々しいんだから。
「とりあえず、呼び方を
変えるところから始めましょうか」
「呼び方…ですか?」
「あなた、私の事好きなんでしょ?
だったら名字で呼ぶのは
ちょっと他人行儀過ぎるじゃない?」
「私も、これからは美穂子って呼ぶわ」
そんな私の提案に対して、
どこか気後れしたように抵抗する美穂子。
やっぱりよくわからないわ。
普通、想い人にこんな提案されたら二つ返事で
承諾しそうなものだけど。
「で、でも…名前呼びはちょっと抵抗が…
失礼な感じがして」
「池田さんは名前で呼んでるじゃない」
「か…華菜は、後輩ですし…」
「ふーん。池田さんは下の名前で呼ぶのに、
私は名字呼びなんだー?ふーん」
「あ…その…」
私の意地悪に、みるみる顔色を変えて慌てだす美穂子。
…何この子、虐めてオーラがすごいんだけど。
「名前で呼んでくれないなら、
池田さんを鳴かしちゃおうかなー?」
「そ、そんな!?華菜は関係ありません!!」
「ああ、かわいそうな池田さん。
私の八つ当たりを受けて鳴いちゃうのね。
『にゃーーーーっ!!!』って」
「美穂子が、私の事を名前で呼ばないばっかりに…」
わざとらしくため息をついて、
美穂子の顔を覗き見る。
あはは、明らかにテンパってる。
まったく、可愛いんだから。
「ほらほら、早く呼んでみて?」
「…わ、わかり、ました……」
「ひ、…ひさ、さん…」
「はいやり直し」
「えぇ!?」
「久」
「え?」
「さん付けなし!」
「そ、そんなぁ…!」
「ほらほらー、呼んでくれないと、
いつまでたっても終わらないわよー?」
「うぅ…ひ、ひさ」
「はい、よくできました!
ご褒美あげる!!」
私は美穂子をぎゅっと抱き締める。
すると美穂子はあわてながらも、その頬をゆるませた。
うーんまずい。
美穂子が可愛すぎてまずい。
この調子だと、思ったより
早く恋人関係になっちゃうかもしれないわ。
--------------------------------------------------------
私にとって、誰かを名前で呼ぶ事は、
かなりの勇気がいる事でした。
だって、下の名前で呼ぶなんて、
相当仲が良くないとできない事ですから。
馴れ馴れしいと思われてしまうのではないか。
重いと思われてしまうのではないか。
そう考えて、つい身構えてしまうのです。
今まで、同級生で親しい友達すら
できなかった私にとって。友達にすら、
名前で呼び合える人は居ませんでした。
それなのに、大好きな人をいきなり名前で呼ぶなんて。
あまりにも、ハードルが高い事だったんです。
でも、久さんは、許してくれました。
私が、名前で呼ぶ事を許してくれました。
それは私に、久さんに深く
受け入れてもらえたような錯覚を与えて。
私はつい、また『重たく』なってしまったんです。
--------------------------------------------------------
私のスマフォが、チカチカと金色の光を放つ。
それは、ある人からのメールを告げる光。
「あ、また美穂子からメールだ」
これで本日300件目。
メールの使い方を教えたその日から、
彼女はこうして大量のメールを
送ってくるようになった。
「いやー、さすが美穂子。愛が重いわー」
「その割にはずいぶん余裕そうじゃの」
「まあ、なんとなくこうなる事は予想してたしねー」
きっと、美穂子は愛情の加減が
できない子なんだろう。
誰かを好きになると周りが見えなくなって、
普通じゃない行動も平気で取ってしまう。
最初のお弁当を持ってきた時からそうだった。
でも、『そんなところが可愛い』とか思っちゃう辺り、
私も少しずつ毒されてきてるなぁって思う。
妄想しながらにやけていると、
咲が、若干引きながら私に問いを投げ掛けてきた。
「ぶ、部長は…大丈夫なんですか?」
「ん?何が?」
「な、なにがって…福路さん、
正直普通じゃないですよね…」
「まあね」
私は思わず苦笑する。お姉さんに会うためだけに
インターハイを目指しちゃうあなたも、
相当だと思うんだけど。
「別に害があるわけでもないし、
いいんじゃない?」
「で、でも…毎日数百件メールしてくるんですよね?」
「んー、でも別に私に数百件返信する事を
要求するわけでもないしねー」
「むしろ…このままエスカレートしたら、
美穂子の方が負担が重すぎて倒れたりしないか
ちょっと心配なんだけど」
現に、今でもお弁当を持ってくる日は
夜徹夜してるみたいだし。
これ以上、エスカレートしないといいんだけど…
--------------------------------------------------------
「キャプテン、最近ずっと
清澄に行ってばっかりだし…」
「仕方ないよ…今までずっと
麻雀部にかかりっきりだったんだし。
引退したんだから、ちょっとくらい
自分の事を優先しても…」
「…関係ないし。あれは恋の病だし」
「……」
「私達より、竹井さんの優先度が上がっただけだし…」
「…華菜ちゃん、大丈夫?」
「…大丈夫じゃないし。でも、
キャプテンの方が心配だし」
「いくら自由登校期間だからって、
あんなに毎日会いに行ってたら…」
「そのうち、重たがられて捨てられちゃうし…」
--------------------------------------------------------
残念ながら、私の心配は見事現実のものとなった。
美穂子は、自分の私生活を犠牲にして
私に会いに来るようになってしまったから。
「部長…また、福路さんがいらっしゃってますけど…」
「…この時間に来ようと思ったら
学校休まないと無理なんだけど?」
「ですよね…学校、行かれてるんでしょうか」
間違いなく行ってないと思う。
それどころか、私に投げてくるメールの間隔や
弁当を作る時間なんかを考慮したら…
多分、私以外の事に割いている時間なんて、
ほとんどないのは間違いない。
睡眠すらまともに取ってるか怪しいレベル。
「…これはさすがにまずいわね…」
そんな美穂子が可愛い、
愛おしいなんて思ったりもするけど。
だからって、これを容認していたら
美穂子の人生が駄目になってしまう。
私がまだまともな思考を維持しているうちに
何とかしておくべきだろう。
私は、このあたりでビシッと美穂子に
釘を刺す事にした。
「…ねぇ美穂子。あなた、
最近学校行ってないわよね?」
「自由登校だから大丈夫よ?」
「いやいや、自由登校だからって
何してもいいって話じゃないからね?
登校時間も省いて受験に
専念してほしいって計らいだからね?」
「…でも、私には久の方が大切だもの…」
ああうん、そういう返事が
返ってくるとは思ってたけど。
美穂子、そもそも進路とか考えてる?
「……あのね、美穂子」
「私は、確かにあなたのおかげで助かってる」
「会いに来てくれるのも嬉しいわ」
「でもね?あなたが自分の生活を犠牲にしてまで
尽くしてくれる事を良しとするほど、
私は駄目人間でもないのよ」
「今は、将来がかかった大切な時」
「もう少し、自分のために時間を割いてみて?」
「…………はい」
まるで死刑宣告でも喰らったかのように
表情を失って、そのままうつむいてしまう美穂子。
その表情にズキズキと胸が痛むけど、
ここは心を鬼にしよう。
これは、美穂子のためなんだから
…これで、少しはよくなって
くれるといいんだけど。
--------------------------------------------------------
自分のため…とはなんでしょうか。
もし、自分のためというのであれば。
私は久の側に居たいです。
例え、ほんのわずかな時間でも。
でも、久に遠慮されてしまいました。
それは、暗に私の愛が重過ぎるという、
意思表示のような気がして。
私は、どうしようもなく怖くなって、
膝を抱えて縮こまってしまいます。
「…私は、どうすればいいのかしら」
答えも出ず、ただぼんやりと
部屋の時計を眺めました。
それはいつもなら、
清澄高校で久と談笑している時間。
なぜ私は、自分の部屋で、
こうして無為に時間を過ごしているのでしょうか。
何かしなければと思いました。
せっかく久と会える時間を無駄にして、
今こうしているのですから。
「…週末くらい、お弁当を作っていっても…
別に、重たくないわよね?」
私はすくりと立ち上がり、台所に向かう事にしました。
--------------------------------------------------------
うーん…やっぱりこうなっちゃうかぁ。
私は、その手渡されたお弁当を前に、
思わずうなり声をあげてしまった。
「…美穂子。前に私がした話は、
理解してくれたのかしら?」
「え…でも、だから、回数を減らして」
「…来る回数は減ったかもしれないけど…
その分の時間をこの一回に集中してるだけでしょ?」
「私の目は節穴じゃないわよ?
これ、どれだけ時間がかかってるの?」
「そ…それは、その」
確かに、美穂子が毎日清澄を
訪問する事はなくなったけど。
その代わり、まるでこの週末に
全てを懸けたといわんばかりに、
凄まじいお弁当が手渡された。
料理は手間をかけようと思えば、
いくらでも手間をかけられる。
ちょっと病的な美穂子とは、驚くほど相性が悪い。
…これは、美穂子の出方次第では、
私もそろそろ腹を決めた方がいいのかも。
私は、美穂子を試す事にした。
「私達、しばらく会うのは控えましょう」
「そんな!?」
「いやいや、別れるとか
そういう話じゃないからね?」
「でも…でも!!」
「……美穂子。私ね?問題を
先延ばしにするのは好きじゃないの」
「この問題、今なあなあにしても、
あなたと私が今後も関係を続けていくなら、
必ずまたいつかぶち当たると思う」
「その時、あなたが改善するのか、
私が折れるのか。
それとも…」
「破局するのかはわからないけれど」
「……!!」
「少なくとも私は、このままの関係をよしとはしない」
「自分を、変える事ができるのか。
それとも、変わる事はできないのか」
「…少し、冷静になって考えてみて」
私は美穂子を突き放す。
美穂子は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、
とぼとぼと肩を落として帰って行った。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
結局、結末はいつもと同じでした。
私の愛は重すぎて。
久はそれに耐えられなくて。
私は引かれて避けられる。
いつもと同じ、パターンです。
まだ、別れを切り出されたわけではありません。
でも、私が変わらなければ、
いずれは破局を迎えるのでしょう。
…どうすればいいか、わかりませんでした。
答えはもうわかっています。
私が節度を持って、適切な距離を保って
付き合えばいいのでしょう。
でも、それができるなら、
最初からこんな展開にはなっていません。
どうすれば、変われるのでしょうか?
どうすれば、久の負担にならず、
ずっと側にいる事ができるのでしょうか?
何日も、何日も考えて。
それでも、答えは出ませんでした。
--------------------------------------------------------
偶然廊下で出くわしたキャプテンは、
まるで別人みたいだった。
うさぎみたいに目を真っ赤に腫らして、
ひどく憔悴した顔でとぼとぼと歩いている。
頬も、げっそりと痩せこけて…
ごはん、ちゃんと食べてるんだろうか。
「…キャ、キャプテン…どうしたんですか…?」
「……」
「キャプテン!」
「……華菜?」
私が近寄ってきた事にも気づかなかったらしい。
キャプテンは強く呼びかけられて初めて、
私にその虚ろな目を向けた。
「…久にね、言われちゃったの」
「このままの関係を、よしとはしないって」
私は思わず歯噛みした。
…そりゃそうだ。まともな感覚を持ってたら、
キャプテンの愛情についていけるはずがない。
竹井さんが悪いわけじゃない。
「…キャプテンはどうしたいんですか」
「…私は、今の関係を続けたい」
「久との関係を、負担に思った事なんてない」
「久が許してくれるなら、私は自分の全てを捧げたい」
「…キャプテン、重すぎだし」
「…だって、仕方ないじゃない!!」
「……変えられないんだもの…!」
そう言って、キャプテンは顔を覆って震え出す。
ああ、この人はもう駄目だ。
今までずっと、ずっと見てきたからわかる。
もし、このまま竹井さんが、
キャプテンを突き放してしまったら…
それこそ、命を絶ちかねない。
「…わかったし。私が一肌脱ぐし」
「華菜…?」
大好きなキャプテンを、誰かに盗られるために動く。
それは、死ぬほどつらいけど…
それでも私は、キャプテンに幸せになってほしい。
「キャプテンは、
どーんと構えていてください!」
私は無理矢理笑顔を見せた。
--------------------------------------------------------
プルルルーッ、プルルルーッ
「はい、こちら竹井久。えーと、あなたは…
風越の、猫田さんだっけ?」
『池田だし!ボケてる場合じゃないし!』
「はいはい。それで、何の用かしら?」
『…アンタに一つ聞きたい』
「…なに?」
『もし、キャプテンが変われないとしたら…
アンタは、キャプテンを捨てるのか?』
「…それを聞く権利が、あなたにはあるの?」
『人の命がかかってるし。
…アンタなら、その意味がわかるだろ?』
「……」
『もし≪そう≫なったら…私は、
悪戯にキャプテンを傷つけたアンタを、
絶対に許さないし』
「殺人予告のつもり?」
『どう受け取ってもらっても構わないし』
「…まったくもう…風越の人って、
学校で滅私奉公でも学んでるの?」
『どういう意味だし』
「そのままの意味よ?なんでそこまで、
自分が傷ついてまで誰かを優先しようとするのかしら…
ホント、あなた達似た者同士だわ」
『…っ……褒め言葉として、受け取っておくし』
「褒めてないからね?」
「…で、美穂子はそんなにひどい状態なの?」
『……』
『多分、もうずっとご飯食べてないし』
--------------------------------------------------------
私が与えた試練に対し、
美穂子は予想通りの反応を見せた。
そう、耐えきれないで
潰れてしまうという反応を。
「美穂子…ご飯食べてないってホント?」
「……」
美穂子はうつむいたまま返事をしなかった。
つまり、無言は肯定という事なんだろう。
「……はぁ」
「まったく、仕方のない子ね」
「はっきり言うけど、あなた、病気だわ」
「私以外見えない。自分の将来すら放置して、
私だけを優先する」
「で、ちょっと私に距離を置かれただけでこの有様」
「…もし、私に捨てられたら…
あなたはどうするつもりなの?」
私のその言葉に、美穂子ははっと息を呑み。
そして、観念したかのように言葉を絞り出した。
「……この世を、去り、ます」
はい、これで確定。
もう美穂子は、私が居ないと生きられない。
その言葉が冗談でない事は、
今の美穂子の姿を見れば一目瞭然だ。
「…そか」
「わかったわ。じゃ、もう一つ質問」
「あなた、私のためだったら
何でもしてくれるのかしら?」
「はい」
「…即答するのね」
その返事を聞いて、私も覚悟を決める事にする。
人一人の人生を背負う覚悟を。
前途多望な彼女の未来を、
私一人のためだけに浪費する覚悟を。
「わかったわ。じゃあ、
今すぐ学校を退学しなさい」
「…え?」
「あなたの全て、私に捧げてくれるんでしょ?
だったら、もう学校なんて無駄じゃない」
「できないとは言わせないわよ?」
「はっ……」
「はい!」
まるで九死に一生を得たと言わんばかりに、
救われたと言わんばかりに。
美穂子は涙交じりの笑顔を浮かべて、
退学届を取りに走り出す。
救われたどころか、たった今。
普通の幸せの道から足を踏み外しちゃったんだけど。
美穂子にとっては、これが最善なんだろう。
「ま、せめて…」
私は苦笑しながら腕まくりした。
「幸せには、してあげましょっか!」
--------------------------------------------------------
「部長…福路さん、学校やめたって本当ですか?」
「あー、うん。本当よ?今の時間なら、
私の家で掃除でもしてるんじゃない?」
「…部長は、いいんですか?」
「別に?私も美穂子の事を愛してるしね」
「それでも、あの重たさは
普通じゃないと思いますけど…」
「あはは、まぁ、重いのは否定しないわ」
「…でも」
「でも?」
「そういうのって、背負う覚悟を決めちゃえば…
意外に、心地よく感じるものよ?」
--------------------------------------------------------
久に、学校をやめる事を命令されたその日から。
私は久のおうちに厄介になる事になりました。
朝は、朝食を作ってから久を起こして。
学校に行く久を見送った後は、
掃除や洗濯をして過ごします。
それが終わったら、夕食のための仕込みを始めて。
久が帰ってきたら、一緒にご飯を食べるのです。
私の全てが、久のためになる。
久が喜ぶことのためだけに全ての時間を使える。
それは、とても幸せな日々。
そんな胸の内を話したら、
久に重いと笑われました。
「まったく、美穂子は重いわねー」
「…久は、重い私は嫌い?」
なんて、少し拗ねてみたりして。
いいえ、本当はわかっているんです。
久が、次にどう言ってくれるか。
「どんとこいだわ。むしろもっと
重くなってくれて構わないわよ?」
「あなたがどれだけ重くなろうと、
完璧に支えきって見せるから」
「あなたは安心して、私に依存してなさい」
「…はい!」
久は、私が願っていた通りの言葉を私にくれました。
そんな久だからこそ、今私はここにいられる。
久のために、全てを捧げたいと思えるんです。
「そんな久には、これをプレゼントです♪」
「何これ」
「スッポン料理です♪」
「あっはっはー、スッポンって一般人に料理できたのね、
って美穂子を一般人扱いする方がおかしいか」
「精をつけてくださいね?あ、な、た?」
「が、頑張ります…」
--------------------------------------------------------
私にとって、言われたとしたら、一番うれしい言葉。
それは、『重い』だと思います。
久に会うまでは、それは一番傷つく言葉でしたけど。
久なら私の重たさも、潰れる事なく
背負いきってくれるから。
その上で、まるで私を褒めるかのように、
頭を撫でながら言ってくれるから。
だから、私は今日も頑張るんです。
久に、重いって言われるために。
「久!昨日の睡眠はいつもより
呼吸回数が528回多かったわ」
「ちょっと睡眠の質が悪くて
疲れが取れてないと思うから、
このフレーバーティーを3時間間隔で飲んで?」
「重っ!!重すぎだってば!!
美穂子こそ今すぐ寝なさいよ!?」
(完)
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普段の久咲のイメージが強すぎて、咲さんが裏で黒い計画を練っていると考えてしまいますね笑
いやさ、報われない人っていうのは、このブログでは久咲が大人気(あと、菫相談室とかで想い人から避けられたり)なので、たまには報われるキャップ達が見たかっただけなんです。
つまりリクエスト内容は完璧に満たしてて感謝感激な訳です。
ありがとう、ありがとう……!
キャプテンが可愛すぎるわ
先月末くらいから見初めて全部読んだんですが、どれも琴線にふれるものばかりで同士がいたのかと感動しました(*´◒`*)
いつもネタ要員であることが多いせいか、報われた話のニヤニヤもひとしおですね。
次回作にも期待してます(・∀・)
そんな重さを受け入れられる久さんの器の広さに惚れちゃいます。
美穂子は作中でも言われてましたけどあんなに良い観察眼があるのに、恋は盲目状態で突っ走ってるのがかわいいですね
なんだかんだと安定している組み合わせだなあと思いました
1つのSS読んでる間になんどもクラッシュするし
他の人は正常なんですかね?
ちなみにwin7 32bitでChrome使ってます。
咲さんが裏で黒い計画>
久「この咲はガチで引いてる…ようでいて
私達の関係に自分を投影してるのよね」
咲「…お姉ちゃんも同じように
受け入れてくれないかなって…」
報われるキャップ達が見たかった>
美穂子
「解釈が間違ってなくてよかったです」
久「リクエストがないと書かないだろうしね。
なので次も相当先…そもそも来るのかな」
久キチなのに>
久「素の美穂子っていい人すぎるのよね。
普通にあまあまになっちゃった」
池田ァ!!>
久「出しゃばり過ぎな上自殺示唆…
そこまでする理由が
大好きな人を盗られるため…ごめんね」
あんなに良い観察眼があるのに>
久「ホントこれ。なんであんなに鈍感なんだか」
美穂子
「し、仕方ないじゃないですか!」
サイト重い>
※これだけ通常コメント。
一応管理人は複数のパソコンを使って
Win7,8,8.1の32,64ビットで
IE,Chrome,Firefoxの動作確認をしてます。
クラッシュは一度も経験がないですし
他の方の報告もありません。
ブログのサービスも基本借り物で
ブラウザがクラッシュするような
複雑な処理はしてないので
環境依存の可能性が高く
申し訳ありませんがこちらでは対応できません。
ただ、実際問題重いという人もいるようなので
そのうち軽量化を試みる予定です。