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【咲-Saki-SS:菫淡】菫「淡を苦しめる奴は許さない」【ヤンデレ】
<あらすじ>
猛アタックの末晴れて菫と付き合い始めた淡だったが、
弘世様のファンの嫌がらせを受け
少しずつ精神に変調を来たしていく。
そんな淡を心配し、かつ恋人を傷つけられた菫も
周りを敵とみなして病んでいく。
<登場人物>
弘世菫,大星淡,宮永照
<症状>
・嫌がらせ
・仕返し
・ヤンデレ
・依存
・狂気
<その他>
以下のリクエストに対する作品ですが、
あらすじのように変えてしまいました。
ごめんなさい!
・猛アタックの末晴れて菫と付き合い始めた淡だったが、
弘世様のファンの嫌がらせを受け
少しずつ精神に変調を来たしていく。
淡の変化を自分に対する興味が無くなったものと誤解し
距離を置いてしまう菫。
最終的に全ての原因を理解した菫も
自責の念からヤンデいくハッピーエンド(シリアス)
※相当醜いです。
この手の話、嫌いな人は嫌いだと思います。
人を(精神的に)傷つけあう話が嫌いな人は
回避を推奨します。
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「いたっ…」
それは、朝登校時に下駄箱で起きた出来事。
上履きに履き替えた私の足に
鋭い痛みが走り抜けた。
あわてて上履きを脱いで中を見る。
上履きの、見えにくい位置に
セロテープで留められた画びょう。
それが私を傷つけた犯人。
(なるほどなるほど。こう来ますか)
とりあえず私は画びょうを取り除いて、
再度上履きを履きなおす。
じんじんと足に響く鈍い痛みに耐えながら、
よたよたと重い足取りで教室に向かった。
そして自分の席にたどり着いた私は、
ここでも嫌がらせされている事に気づく。
…机の中に、濡れた雑巾がほおりこまれている。
私は即座に辺りを見回した。
特に私に目を向けている子はいない。
(うーん、これはやっかいかも)
もしこれがいじめなら、
私の反応を見てにやにやする奴がいるはずだ。
それがいないという事は…
これは明確な目的を持った嫌がらせという事。
しかも、戦果を確認しないあたり…
相手は長期戦覚悟だろう。
(…ま、このくらいは予想してたけどね)
とりあえず私は机をそのままにして、
先生を呼びに行く事にした。
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白糸台高校において宮永照と弘世菫という名前は
特別な意味を持っている。
今でこそインターハイの頂点に立つ
最強校として名高い白糸台。
でも、その実頭角を現したのは、
テルとスミレが入学してからだ。
それまでは、地区予選すら通過できない
ショボい中堅校だった。
なのに二人が入学した途端、
一気に全国の頂点に躍り出た。
そのインパクトたるや、相当なものだっただろう。
テルとスミレは、白糸台高校に
栄光をもたらした英雄なのである。
ま、正直テルの力がほとんどで、
スミレはおまけな気がするけどね。
でも、そんなのは実際に麻雀を打つ人にしか
わからないだろうし。
そうでなくても、高身長でスタイル抜群、
頭脳明晰、文武両道、超クール系美人、
それでいて実は優しいという、
モテ要素満載のスミレ。
そんなスミレは、麻雀を打たないような
にわか層のファンも多くて、
ファンクラブのメンバー数ではテルすらも上回る。
つまりはそれだけ、ライバルが多いと言う事だ。
当然スミレ自身を狙う子もいっぱいいるし、
『菫様に相応しいのは照様だけ』
なんて事を真顔で言うような
ちょっとズレた子もたくさんいる。
そして、どこか旧態依然な雰囲気の残る白糸台で、
うっかりその憧れの人を
射止めちゃった子が出るとどうなるか。
そう、こうして。陰湿な嫌がらせが起きるのだ。
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「…でも、少女マンガじゃないんだからさぁ、
そんなので引き下がるわけないよねー」
嫌がらせが起きた当日に、私はさっさと
テルとスミレにこの問題を打ち明けていた。
私は古臭い少女漫画にありがちな、
一人で抱え込んで潰れていく
か弱いヒロインなんかじゃないし。
スミレだって、苦しむヒロインの様子に
気づきすらしないような無能な恋人ではないのだ。
もっとも嫌がらせの事実を打ち明けられたスミレは、
難しい顔をして腕を組んだ。
「まあ、そこは同感だが…単純に厄介ではあるな。
不特定多数の犯罪者集団を相手にするようなものだ」
「手口からして、単独犯ではなさそうだもんね」
珍しく浮かない表情を面(おもて)に出すテル。
確かに、濡れぞうきんを机に入れる奴だったら、
画鋲をテープ止めする前に、
靴もビショビショにしそうだし。
「スミレがバシッと言っちゃえばいいんじゃない?
この手の嫌がらせをする奴は大っ嫌いだー!って」
「…一定の効果は見込めると思う。
でも、根絶には至らないんじゃないかな」
「どうして?」
「『菫様は騙されている!
例え嫌われてでも、私が菫様を救ってあげないと!』
…みたいに考える子が一定数いると思うから」
「…頭おかしいんじゃないの?」
「私に言われても困る。
こういう言い方はしたくないけど、
普通の人を相手にしてるとは考えない方がいい」
テルの言葉に、私はうんざりしてため息をついた。
まるで意味が分からない。
好きだって言うならアタックすればいい。
自分を見てもらえるように努力すればいい。
なのにそれを放棄して、
他人の足を引っ張る事だけに専念するなんて。
それでその誰かが消えたところで、
自分が恋人になれるわけでもないのに。
「…こうなると、公然には
付き合っているのを否定した方が
いいのかもしれないな」
「はぁ!?やだよ!せっかく両想いになれたのに、
なんで隠さなきゃいけないの!?」
「ちょっと呼び方が変わっただけで
感づかれてこの始末だぞ?
付き合ってるなんてわかったら、
さらに嫌がらせが加速するかもしれない」
「私は反対!もうスミレが告白されるのも、
誰かにプレゼントもらうのも見たくないもん!」
正直私も、スミレの提案がベストだとは思う。
でもそれはある意味で、
嫌がらせしてきた奴らに対する敗北だ。
顔も見せないで嫌がらせするような卑怯者に屈して、
スミレとのあり方を変えるなんて耐えられない。
「…淡、冷静になれ。
二人で慎重に対処していこう」
頭に血が昇る私を包み込んで、
スミレは頭を優しく撫でてくれる。
その穏やかさに、私は少しだけ語気を緩める。
「…ま、スミレがそういうなら
ちょっとは考えてあげるけどさ」
でも、正直私の頭の中では。
どうやって外敵を排除するか、
そればかりがぐるぐると回っていた。
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淡は裏表がない奴だ。
嬉しい事があれば笑うし、悲しい事があれば泣く。
腹立たしい事があれば怒る。
そして…攻撃されれば、やり返そうとする。
そんな真っ直ぐな純粋さは、
私が淡を愛する大きな要因の一つではある。
だが、それはあまりにも危うい。
相手は、何をしてくるのかわからない
狂人集団なのだから。
そもそも、それでよしんば勝てたとしても、
私達は得るものが何もないのだ。
どうせ、私が白糸台に在校するのは後数か月。
波風を立てず、私達の関係をひた隠すのが最善だろう。
もっとも淡は、そんな私の提案が
気に入らないようだった。
気持ちはわかるが、何とか我慢してほしい。
私は淡を危険に晒したくはない。
だがそんな私の気持ちは、
淡には届いていなかった。
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次の日の放課後。私はある人物の元に出向いた。
その人物とは…弘世菫ファンクラブの会長だ。
「…何か用?」
「大切な話があります」
「…場所を変えましょうか」
突然の来訪に少し身を強張らせながらも、
彼女は冷静に対応した。
彼女が私にとって敵かどうか。
まだそこまではわからない。
でも、彼女の組織の中に、
敵がいる可能性は高いと思う。
二人っきりになるや否や私は言い放った。
そう、これは宣戦布告。
「私、スミレと付き合ってるんですよ」
「そのせいか今、ひどい嫌がらせを
受けてるんですよね」
「…私が犯人だとでも?」
「そこまでは言いませんけど。
でも、フツーに考えたら、
ファンクラブメンバーの可能性が高いですよね」
「…だとしたらどうするの?」
「あはは、それ、こっちの台詞ですよ?
先輩の作ってる組織が、
犯罪を犯してるかもしれないんですから」
「その可能性を伝えられて、
先輩はどうする気ですか?」
「…悪いけど、私にできる事はほとんどないわ。
ファンクラブって言っても、会誌を配って、
ちょっとした女子会をする程度だもの」
「組織だった活動なんてしてないのよ」
そう言って彼女は顔をしかめた。
なんとなく直感的に思った。
この人は犯人じゃない。
だとしたら、これ以上攻撃しても無駄だろう。
「だったらせめて、ファンクラブの
メンバーに伝えてください」
「…何を?」
「私とスミレは付き合っている。
そして私は何をされても、
嫌がらせごときで
スミレと別れる気なんてない」
「スミレも、もう嫌がらせの事は知っていて怒ってる」
「もし嫌がらせしてる奴がいたら、
自分で自分の首を絞めてるだけだって」
「そう、警告記事を流してください」
「……」
「……警告はするわ。でも、付き合ってるのを
明かすのはやめておきなさい」
「どうして」
「あなたの身が危険だからよ」
「熱狂的に誰かを愛する人は、
まともじゃない場合も多いのだから」
そう言って、彼女は私の目を見据えた。
この人も、スミレと同じ事を言うんだ。
でも、だから何だって言うんだ。
私は、顔も出さない卑怯者になんか負けない。
「…とりあえず、警告お願いします」
そう言って、私は頭を下げた。
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ファンクラブの会長に会った私は、
そこで驚くべき事実を告げられた。
なんと淡が先に来て、私達の仲を公表する事を
要求してきたそうなのだ。
「…それで、あなたはなんて答えたんだ?」
「…危険だからやめておくように伝えたわ」
私はほっと胸を撫で下ろす。
彼女が聡明な人物で助かった。
「あの子、かなり危険よ。
口では平静を装っているけど、
かなり追い詰められてるわ」
「わかっている。あいつは素直だからな。
せっかく私と付き合えたところに、
こんな邪魔をされたら絶対に許さないだろう」
「正直私だって、できるなら今すぐ
犯人を吊し上げて制裁を加えてやりたい」
「…止めるべきあなたが
そんな事でどうするの」
彼女は呆れたように胸をすくめた。
わかっている。あくまで心情的な話だ。
実際に行動に移したりはしない。
嫌がらせの方もそうだが、
淡の方も何とかする必要があるだろう。
このままでは、淡が暴走して
自爆してしまうかもしれない。
「…とりあえず、ファンクラブに
危なそうな奴がいないか確認を頼む」
「了解…ただ、多分ファンクラブの中にはいないわ。
その手の危ない子は、ファンと
情報を共有する事すら嫌うもの」
「…かもな」
私は思わず唇を噛み締めた。
なんで、付き合い始めた側から、
こんな嫌がらせを受けないといけないんだ。
人の幸せを邪魔しないでくれよ。
「…もう一つ。弘世さん、
あなた自身も危ないわ。
よく覚えておきなさい」
「気づいてる?今、すごく冷たい目をしてるわよ。
まるで麻雀で、誰かを射抜く時みたいに」
彼女は少し、怯えるように。
両腕で体を抱きながら私に告げた。
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ファンクラブの緊急会報が出版された後も、
私に対する嫌がらせは止まらなかった。
毎日のように嫌がらせを受けた。
私物は盗まれ、汚された。
厄介なのは、毎日の『ように』
嫌がらせしてきながらも、
実際には毎日ではない事。
こちらが警戒して見張りを立てたりした時には
普通に何も起きない。
そして、警戒を解除した途端に
また嫌がらせが再開されるのだ。
私は、少しずつ追いつめられていった。
心が、澱んで(よどんで)いくのを感じた。
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会長が言うには、ファンクラブの中に
怪しい人物はいないとの事だった。
まぁ、そもそも怪しいというだけで
捕まえたりできるわけでもない。
結局は犯行現場を押さえるしかないだろう。
最初は、穏便に済ませようと思った。
私達の関係を隠し、元通りに過ごす事で
嫌がらせをやめてもらおうと思った。
だが、これだけ執拗に嫌がらせを繰り返すあたり、
今更そんな生ぬるい対応をしても
仕方ないのだろう。
おそらく、犯人は淡と私が恋仲になっている事を
確信していて。私達が別れた事が明らかにならない限り、
嫌がらせをやめようとしないのだろうから。
淡は、日に日に弱っていった。
無理もない。
猛アタックの末ようやく結ばれる事ができて、
さあ、これから幸せな日々が
始まるといったタイミング。
そのタイミングで、
毎日気が滅入るような嫌がらせを
繰り返されているのだ。
そして、少しずつ弱って、
おかしくなっていく淡を見て、
恋人である私が何も感じないはずもなかった。
愛する人をここまで執拗に狙われて、
何もしない奴など恋人ではあるまい。
絶対に犯人を捕まえて、
自分の行動を後悔させてやる。
私は淡の被害を軽減する策を考えつつも、
犯人を捕まえる方向で動き始めた。
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私はスミレの言いつけ通り、
一般生徒が入れるところには
私物を置かないようにした。
上履き、教科書、体操服…全てにおいて、
個人ルームに置いて鍵をかけた。
これは、一定の効果があった。
少なくとも下駄箱に行く必要もないし、
私物が脅かされることもない。
それでも、嫌がらせを
完全に止める事はできなかった。
机には落書きをされて
相変わらずぞうきんを入れられた。
椅子もなんかドロドロしたヘドロみたいな
黒いのが練り込まれている。
トイレの個室に入るやいなや、
下からバケツで水を流し込まれて、
足先がビショビショになった。
「いい加減にしなよっっ!!!
こ、の卑怯者ぉおっっ!!!」
スカートをおろしていたせいで
飛び出す事もできず、
私はただ叫ぶ事しかできなかった。
もちろん、犯人は何も言わず
逃げて行ったわけだけど。
こうした嫌がらせを受け続けることで、
私はどんどん壊れていった。
周りにいる人が、
全員敵なんじゃないかって思えてきて。
皆が皆、私に嫌がらせをしようと
私の事を監視しているような気がしてきて。
私は、ちょっとした事で
周りに疑いの目を向けて、
ひどく当り散らすようになっていた。
そして、ある日私は…ついに限界を迎える。
登校してきた私は、
机の上にゴム状のぐじゅぐじゅしたものが
置かれているのを見つけた。
それは、生臭い匂いを放っていて、
白く濁った粘液にまみれて、
私の机にへばりついていた。
「…っあああああああぁぁあぁあぁぁっ!!!」
私は叫び声をあげて、
机を思いっきり蹴飛ばした。
それでもおさまりきらない嫌悪感は
私に叫び声をあげさせ続けて。
私は泣きじゃくりながら、
机を蹴り、蹴り、蹴り、蹴り飛ばした。
やがて、騒ぎを聞きつけた先生が私を取り押さえる。
それでも、私の発狂は止まらなかった。
「ここまでされてるのに、
何で助けてくれないの!?」
「なんで被害にあってる
私を取り押さえてるの!?」
「違うでしょ!?
捕まえるのは犯人でしょ!?!」
私はひたすら怒鳴り続けた。
先生は狼狽しながらもただ私をたしなめた。
やがて親が迎えに来て、
私が強制的に家に帰らされるまで。
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淡がおかしくなっていったように、
私の方も我慢の限界を迎えていた。
私は密かに計画を立てた。
まずは部活が終わった後、帰ったふりをして
個人ルームに居残り続ける。
そして、夜中になったところを見計らい、
淡の教室に忍び込んだ。
淡の席は一番後ろだ。
私は掃除用具入れのロッカーの隙間から、
淡の机の周辺で起きた出来事を
記録できるように監視カメラを取り付けた。
もちろん、これが法に触れる事は理解している。
だが、毒を持って毒を制すだ。
これ以上犯人の狼藉を許すわけにはいかない。
淡には悪いと思ったが、私は淡を守らなかった。
犯人が警戒して自重したら、
発見が遅くなってしまうからだ。
淡としても、守られるよりも
犯人を撃退する方を選ぶだろう。
淡が絶叫して家に連れ帰られたその日。
私は監視カメラを確認した。
監視カメラは、犯人が教室に入ってきて、
犯行を行うさまを克明にとらえていた。
「…チッ」
映像を確認した私は、つい粗野に舌打ちしてしまう。
なぜならその犯人は…
残念ながら、麻雀部員だったのだから。
もっとも、麻雀部員だったから
すぐに身元が分かったわけだし、
これから処刑を行う事を考えれば、
逆に足がつきにくくて好都合なのかもしれない。
とりあえず、犯人はおさえた。
後は、こいつをどう料理するかだ。
「…さて、どうするか」
「さすがに暴力沙汰はまずいか。
他の罪なき麻雀部員に
迷惑をかけるわけにはいかない」
「…こいつがやったように、
バレないように気が狂うまで
嫌がらせしてやるか?」
「…いや、駄目だな」
「バレない程度の罰では腹の虫がおさまらん」
自らの喉から絞り出された低い声。
その声の剣呑さに、私は自分で驚いた。
思った以上に、私もおかしくなっているらしい。
なんとなく、照の顔が頭に浮かんだ。
『…冷静になって』
今の私を見たら、きっと照なら
こう言うのだろうと思った。
…照、そうか。テルか。
「よし、決まった」
「こいつを処刑する方法が」
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用意ができた私は、部活終了後に
犯人をミーティングルームに呼びつけた。
脈絡もなく呼びつけられた事で、
自分の罪がバレた事を悟ったのだろう。
部屋に入室した犯人はすでにうなだれていたが、
私は念のため映像を見せ、
もう逃げられない事を明確に伝えた。
「ついてこい。素直についてこれば、
別にお前を殴ったり『これ』を公開したりはしない」
震えながら頷いたそいつを連れ立って、
私は麻雀部を後にした。
向かった先は、アーチェリーの的場。
私が個人でよく使っている練習場だ。
この日は刑を執行するために練習場自体を貸し切った。
元々締め切られた的場を、
予約した者が鍵を開けて使うシステムなので、
周りには人っ子一人いなかった。
「さて」
「殺してやりたいところだが、
さすがに手を下すと麻雀部に迷惑がかかる」
「だが、私はお前を殺さないと気が済まない」
「というわけで、お前には的になってもらおう。
ウィリアム・テルのごとく、
リンゴでも頭に置こうか」
「安心しろ。一応殺す気はない」
「ただ、頭の上に乗せたリンゴを狙うというのは
相当の難易度だから、
不慮の事故で死んでしまうかもしれないがな」
「終了条件はリンゴに命中するまで。
では、始めよう」
私は犯人の両腕をグルグルと
テープで拘束した上で猿轡をかませる。
そのまま、乱暴に彼女を引き摺って
無理矢理的の部分に連れていく。
「立て。リンゴ乗せるぞ。
震えるな。リンゴが落ちる」
的を固定する板に無理矢理犯人を縛り付けて、
リンゴをガムテープで頭にくっつけてやる。
犯人は全身をガタガタと震わせていた。
『行くぞ』
私は射撃位置に戻り、拡声器越しに犯人に告げる。
それからたっぷり数秒後、
私は弦を引き絞って矢を放った。
矢はヒュッと風を切りながら、
一直線に犯人に向かっていく。
ドスッ…!
一射目。
犯人の顔の20cmくらい横を、
矢が掠めていった。
犯人は一射目で失禁した。
『…次』
ドスッ…!
二射目。
今度はあえて大きく外した。
放った矢は、犯人の体から2mは離れている。
犯人は一瞬ほっとした顔を見せて…
次に、一気に顔を恐怖に染めた。
気づいたか。そうだ、それでいい。
これであいつは、私が頭の上のリンゴを
正確に打ち抜けるほどの腕を
持っていないと判断しただろう。
もしかしたら、普通に射抜き殺されるかもしれない。
その恐怖にせいぜい怯えるといい。
『…次』
ドスッ!!
「〜〜〜っ!!」
三射目。
犯人の首の真横5cm位のところに矢が突き刺さる。
猿轡をかまされた犯人は
声にならない悲鳴を上げて…
そして、そのままがくりと首(こうべ)を垂れた。
「誰が寝ていいと言った」
私は的に歩みを進め、用意しておいたバケツで
顔面に水をぶっかけて起こしてやる。
「……っ!……っ!」
無理矢理覚醒させられた犯人は、
目からボロボロと涙をこぼしてかぶりを振った。
『…次』
ドスッ!!
今度は、正確に狙った。
矢は真っ直ぐに犯人の上部に突き刺さる。
狙いは完璧だったが…
残念、彼女が頭を強く振ってしまったから、
肝心のリンゴは落ちてしまっていた。
『中ったと思ったんだがな。
頭を振るからリンゴが落ちてしまったじゃないか。
お前、止めてほしくないんだな?』
「……っ!!……っ!!!」
『まあ、それならそれでいいだろう。
この際リンゴじゃなくてもいいから、
中るまで打ち続けるか』
拡声器越しの私の言葉を聞いて、
犯人はまた失禁した。
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「…よしよし、怖かったよな。
でも、私はまだお前を許してないぞ?」
「いいか、今日あった事はお前だけの秘密にしろ」
「そして、今から4日後に麻雀部を退部しろ」
「以降、二度と麻雀部の人間に関わるな」
「もし、これらを破ったら…
今日の糞尿垂れ流しの映像と、
お前がねばついた精液をつまんで
笑顔で嫌がらせしている映像を、
セットで全世界に公開してやる。
実名と詳細なプロフィールを添えてな」
「そしてお前が社会から抹殺された後で、
今日と同じ事をして今度はちゃんと殺してやろう」
「いいな?わかったら黙って頷け。
お前の汚い声なんか聴きたくないからな」
「……」
「よしよし。じゃあ、開放してやるから消えろ。
二度とその不快な顔を私に見せるな」
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執拗な嫌がらせに対処する期間と静養という名目で、
一人だけ停学をくらった私。
そんな私は何をするでもなくベッドに寝転がって、
ただ天井をぼーっと見つめていた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
家中に鳴り響くチャイムの音。
私はすぐさま飛び起きて、
一秒を惜しんで玄関に駆けていく。
「スミレッ!!」
チャイム3回はスミレの合図。
私は玄関の扉を開けるなり、
姿を見せたスミレに飛びついた。
スミレは抱きついた私を受け止めながら、
私の頭を優しく撫でてくれた。
「淡、今日はいい知らせがある」
「犯人を見つけて、処罰してきたぞ」
そう言ってスミレは、
一枚のDVDを差し出した。
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犯人を見つけたのなら、なぜ教えてくれなかったのか。
私だって、一緒になって痛めつけてやりたかったのに。
なんて気持ちは、スミレが撮影したDVDを見たら、
すーっと消えていった。
映像の中のスミレの目は、
ギラギラと異常な光を灯していて。
その冷たく燃える目を犯人に向けて、
ただ淡々と犯人に矢を放ち続けていた。
そこに、一切の慈悲はなく。
犯人が泣いても。失禁しても。
意識を失っても。
スミレは決して許す事なく、
犯人が壊れるまで矢を射続けていた。
その姿は、とってもかっこよくて。
私は、うっとりしながらその映像を見つめた。
映像の再生が終わると、
スミレは穏やかな顔で私に言った。
「…というわけで、もうあいつが
嫌がらせをする事はないだろう。
万一再犯した時には、今度こそ私が殺してやる」
「散々苦しんだお前としては
生ぬるいと感じるかもしれないが…
このくらいで、もう終わりにしてくれないか?」
「私はこれ以上、こんなゴミのために
お前に脳みそを使ってほしくない」
そう言って、スミレは私を抱き締めた。
「うん。もういいよ。
私のカタキを取ってくれてありがとう!」
私はスミレに笑顔を向けて、
その唇にキスをした。
さすが私の大好きなスミレ。
頼りになるのはスミレだけだ。
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こうして一連の事件は一応の解決を見せたが、
淡が学校に戻る事はなかった。
「だってさ、一番ウザい奴は捕まったわけだけど、
手口からして、まだ最低一人は残ってるじゃん?」
「またスミレが捕まえてくれるとしても、
それまでは苦しみ続けるわけだし…
そこまでして学校に行く意味ってないよね」
学校をやめると告げる淡。
私もまた、そんな淡の意思を無理してまで
学校に戻したいとは考えていなかった。
「私がずっと淡を護衛できるわけでもないし…
後数か月したら卒業してプロ行きだしな」
「麻雀のプロなら、淡を
一人養うくらいどうという事はない」
それどころか私も、学校を自主休校する事にした。
時期的にどうせもう卒業も近いし、
程なくして自由登校になるのだから
特に問題もないだろう。
「せっかく付き合いたての
一番幸せな時期に散々邪魔されたんだ」
「学校も何もかもかなぐり捨てて、
思いっきりイチャついてやろうじゃないか」
「誰にも邪魔されず、二人っきりで」
これは、ある意味の意趣返しでもあった。
私のファンだかなんだかは知らないが、
その当人を傷つけてまで
我を通そうとするファンなど私はいらない。
私には、淡さえいればいい。
そして、私達は二人で学校から姿を消した。
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もっとも、だからと言って…
もう一人の犯人を見逃すつもりは毛頭ないが。
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菫と淡が居なくなった後の白糸台は荒れに荒れた。
発端は、菫が去り際に残した台詞が原因だった。
「私は、淡を愛している。
私は淡を守るために学校を休む」
「犯人はまだ、この学校に複数いる」
「だから、こんな学校に
淡を通わせるわけにはいかない」
「少なくとも、犯人が見つかるまで
私はもう学校には来ない」
そう言い放って、菫は学校から消えた。
そうなれば一体どうなるか。
当然、怒涛の犯人探しが始まった。
ファンクラブの会員はもちろん、
白糸台の生徒のほとんどが
菫を好意的に思っている。
その菫が、『誰かに』苦しめられたせいで
やむなく学校を去った。
白糸台の生徒にとって、
それは到底看過できる事ではなかった。
淡が嫌がらせを受けた時の状況、
犯人が残した痕跡、様々な角度から
憶測も含みながら、犯人探しは進んでいく。
皆が皆、疑心暗鬼になっていく。
誰も信じられなくなっていく。
それはさながら、魔女狩りのように。
特にアリバイがなく疑わしいと思われた人物は、
まるでお前が犯人だと言わんばかりに
執拗に攻撃されるようになった。
そして、この騒動の結末は。
最終的に犯人と『思われる』人物が二人、
自ら命を絶つ事で完結した。
片方は、麻雀部の部員だった。
私は一人、荒れていく学校を
目の当たりにしながら嘆息した。
「菫…こうなるってわかって言ったよね」
菫はご丁寧に、虎姫だけは
犯人対象から除外してくれていた。
それは逆に言えば、こうなる事を
狙っていたからに他ならない。
「…最初の手口から、
犯人が複数いる可能性が濃厚だっただろう」
「淡を苦しめた奴が何の咎も受けず、
のうのうと生きていいはずがない」
「何より、淡を苦しめた奴がそのまま存在し続ける…
それじゃ、いつまでたっても
淡が安心できないじゃないか」
「……」
「…言いたい事はわかる。でも…」
「関係ない人も、いっぱい苦しんだよ……」
そんな私の台詞に、
菫は苦笑しながらため息を吐いた。
「照…お前はいい奴だな」
「だが…お前にとって最愛の者を、
いつまでもねちねち痛めつけられて」
「そして、愛する者がそれで
壊れていく様を見せつけられて」
「それでも、同じ言葉を吐けるか?」
「…ごめん」
光を失った目をぎょろりと見開いて
凝視する菫を前に、
私は謝る事しかできなかった。
菫の言う通り、同じ立場にない私が
いくら綺麗事を言ったところで、
それは偽善者の戯言に過ぎない。
私だって…例えば咲を同じ目に遭わせられたら…
無関係な他人に配慮する余裕なんてないだろうから。
でも。それでも。
例えそうだとしても…
(こんな菫…見たくなかった)
戻したい。どうか、どうかあの頃の。
人を思いやる気持ちに溢れていてた
昔の菫に戻ってほしい。
多分それは無理なんだろう。
だって、唯一菫を戻せる淡も。
同じように、壊れてしまっているのだから。
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こうして私は、スミレと
二人暮らしをする事になった。
「おい、淡。今日は外に出るな。
イベントがあるから、
変な輩がうろつくかもしれない」
「淡、今日も外に出るな。
今日は私のデビュー戦だからな。
頭の湧いた奴が出てくるかもしれない」
「淡、今日も外に出るな」
「淡、今日も…」
スミレは私の事を本当に大切にしてくれる。
それはちょっと、過保護なくらいに。
嫌がらせを受けていたあの時は、
殺したいほど犯人を憎んでいたけれど。
今となっては、感謝すら
してもいいかもしれないと思う。
だってあいつらのおかげで、
みんなに愛されていたスミレが、
私だけのスミレになったんだから。
最初こそ、事を穏便に済ませようとしていたスミレ。
でも今のスミレは、ちょっとでも
私に危害が加わると判断したものを、
どんな手を使ってでも排除しようとする。
私はそれが、すごく嬉しい。
愛されてる、守られてるって思うから。
「私、今日もスミレとしか喋らなかったよー」
「それでいい。ほかの奴は、
お前に害をなすかもしれないからな」
「誰か近寄ってきたら私に言えよ?
排除してやるから」
「うん!」
当然のように犯罪をにおわせるスミレに対して、
私は笑顔で頷いた。
今のスミレは、普通の人の感覚で考えれば、
ちょっとおかしいんだと思う。
私自身もだいぶおかしい。
そんな頭のおかしいスミレが、
愛おしくて仕方ないから。
今のこの境遇が、幸せで仕方ないから。
だから、まあこれでいいんだろう。
きっと明日も、二人ぼっち。
愛するスミレと、二人ぼっち。
これが私の、ハッピーエンド。
(完)
猛アタックの末晴れて菫と付き合い始めた淡だったが、
弘世様のファンの嫌がらせを受け
少しずつ精神に変調を来たしていく。
そんな淡を心配し、かつ恋人を傷つけられた菫も
周りを敵とみなして病んでいく。
<登場人物>
弘世菫,大星淡,宮永照
<症状>
・嫌がらせ
・仕返し
・ヤンデレ
・依存
・狂気
<その他>
以下のリクエストに対する作品ですが、
あらすじのように変えてしまいました。
ごめんなさい!
・猛アタックの末晴れて菫と付き合い始めた淡だったが、
弘世様のファンの嫌がらせを受け
少しずつ精神に変調を来たしていく。
淡の変化を自分に対する興味が無くなったものと誤解し
距離を置いてしまう菫。
最終的に全ての原因を理解した菫も
自責の念からヤンデいくハッピーエンド(シリアス)
※相当醜いです。
この手の話、嫌いな人は嫌いだと思います。
人を(精神的に)傷つけあう話が嫌いな人は
回避を推奨します。
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「いたっ…」
それは、朝登校時に下駄箱で起きた出来事。
上履きに履き替えた私の足に
鋭い痛みが走り抜けた。
あわてて上履きを脱いで中を見る。
上履きの、見えにくい位置に
セロテープで留められた画びょう。
それが私を傷つけた犯人。
(なるほどなるほど。こう来ますか)
とりあえず私は画びょうを取り除いて、
再度上履きを履きなおす。
じんじんと足に響く鈍い痛みに耐えながら、
よたよたと重い足取りで教室に向かった。
そして自分の席にたどり着いた私は、
ここでも嫌がらせされている事に気づく。
…机の中に、濡れた雑巾がほおりこまれている。
私は即座に辺りを見回した。
特に私に目を向けている子はいない。
(うーん、これはやっかいかも)
もしこれがいじめなら、
私の反応を見てにやにやする奴がいるはずだ。
それがいないという事は…
これは明確な目的を持った嫌がらせという事。
しかも、戦果を確認しないあたり…
相手は長期戦覚悟だろう。
(…ま、このくらいは予想してたけどね)
とりあえず私は机をそのままにして、
先生を呼びに行く事にした。
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白糸台高校において宮永照と弘世菫という名前は
特別な意味を持っている。
今でこそインターハイの頂点に立つ
最強校として名高い白糸台。
でも、その実頭角を現したのは、
テルとスミレが入学してからだ。
それまでは、地区予選すら通過できない
ショボい中堅校だった。
なのに二人が入学した途端、
一気に全国の頂点に躍り出た。
そのインパクトたるや、相当なものだっただろう。
テルとスミレは、白糸台高校に
栄光をもたらした英雄なのである。
ま、正直テルの力がほとんどで、
スミレはおまけな気がするけどね。
でも、そんなのは実際に麻雀を打つ人にしか
わからないだろうし。
そうでなくても、高身長でスタイル抜群、
頭脳明晰、文武両道、超クール系美人、
それでいて実は優しいという、
モテ要素満載のスミレ。
そんなスミレは、麻雀を打たないような
にわか層のファンも多くて、
ファンクラブのメンバー数ではテルすらも上回る。
つまりはそれだけ、ライバルが多いと言う事だ。
当然スミレ自身を狙う子もいっぱいいるし、
『菫様に相応しいのは照様だけ』
なんて事を真顔で言うような
ちょっとズレた子もたくさんいる。
そして、どこか旧態依然な雰囲気の残る白糸台で、
うっかりその憧れの人を
射止めちゃった子が出るとどうなるか。
そう、こうして。陰湿な嫌がらせが起きるのだ。
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「…でも、少女マンガじゃないんだからさぁ、
そんなので引き下がるわけないよねー」
嫌がらせが起きた当日に、私はさっさと
テルとスミレにこの問題を打ち明けていた。
私は古臭い少女漫画にありがちな、
一人で抱え込んで潰れていく
か弱いヒロインなんかじゃないし。
スミレだって、苦しむヒロインの様子に
気づきすらしないような無能な恋人ではないのだ。
もっとも嫌がらせの事実を打ち明けられたスミレは、
難しい顔をして腕を組んだ。
「まあ、そこは同感だが…単純に厄介ではあるな。
不特定多数の犯罪者集団を相手にするようなものだ」
「手口からして、単独犯ではなさそうだもんね」
珍しく浮かない表情を面(おもて)に出すテル。
確かに、濡れぞうきんを机に入れる奴だったら、
画鋲をテープ止めする前に、
靴もビショビショにしそうだし。
「スミレがバシッと言っちゃえばいいんじゃない?
この手の嫌がらせをする奴は大っ嫌いだー!って」
「…一定の効果は見込めると思う。
でも、根絶には至らないんじゃないかな」
「どうして?」
「『菫様は騙されている!
例え嫌われてでも、私が菫様を救ってあげないと!』
…みたいに考える子が一定数いると思うから」
「…頭おかしいんじゃないの?」
「私に言われても困る。
こういう言い方はしたくないけど、
普通の人を相手にしてるとは考えない方がいい」
テルの言葉に、私はうんざりしてため息をついた。
まるで意味が分からない。
好きだって言うならアタックすればいい。
自分を見てもらえるように努力すればいい。
なのにそれを放棄して、
他人の足を引っ張る事だけに専念するなんて。
それでその誰かが消えたところで、
自分が恋人になれるわけでもないのに。
「…こうなると、公然には
付き合っているのを否定した方が
いいのかもしれないな」
「はぁ!?やだよ!せっかく両想いになれたのに、
なんで隠さなきゃいけないの!?」
「ちょっと呼び方が変わっただけで
感づかれてこの始末だぞ?
付き合ってるなんてわかったら、
さらに嫌がらせが加速するかもしれない」
「私は反対!もうスミレが告白されるのも、
誰かにプレゼントもらうのも見たくないもん!」
正直私も、スミレの提案がベストだとは思う。
でもそれはある意味で、
嫌がらせしてきた奴らに対する敗北だ。
顔も見せないで嫌がらせするような卑怯者に屈して、
スミレとのあり方を変えるなんて耐えられない。
「…淡、冷静になれ。
二人で慎重に対処していこう」
頭に血が昇る私を包み込んで、
スミレは頭を優しく撫でてくれる。
その穏やかさに、私は少しだけ語気を緩める。
「…ま、スミレがそういうなら
ちょっとは考えてあげるけどさ」
でも、正直私の頭の中では。
どうやって外敵を排除するか、
そればかりがぐるぐると回っていた。
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淡は裏表がない奴だ。
嬉しい事があれば笑うし、悲しい事があれば泣く。
腹立たしい事があれば怒る。
そして…攻撃されれば、やり返そうとする。
そんな真っ直ぐな純粋さは、
私が淡を愛する大きな要因の一つではある。
だが、それはあまりにも危うい。
相手は、何をしてくるのかわからない
狂人集団なのだから。
そもそも、それでよしんば勝てたとしても、
私達は得るものが何もないのだ。
どうせ、私が白糸台に在校するのは後数か月。
波風を立てず、私達の関係をひた隠すのが最善だろう。
もっとも淡は、そんな私の提案が
気に入らないようだった。
気持ちはわかるが、何とか我慢してほしい。
私は淡を危険に晒したくはない。
だがそんな私の気持ちは、
淡には届いていなかった。
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次の日の放課後。私はある人物の元に出向いた。
その人物とは…弘世菫ファンクラブの会長だ。
「…何か用?」
「大切な話があります」
「…場所を変えましょうか」
突然の来訪に少し身を強張らせながらも、
彼女は冷静に対応した。
彼女が私にとって敵かどうか。
まだそこまではわからない。
でも、彼女の組織の中に、
敵がいる可能性は高いと思う。
二人っきりになるや否や私は言い放った。
そう、これは宣戦布告。
「私、スミレと付き合ってるんですよ」
「そのせいか今、ひどい嫌がらせを
受けてるんですよね」
「…私が犯人だとでも?」
「そこまでは言いませんけど。
でも、フツーに考えたら、
ファンクラブメンバーの可能性が高いですよね」
「…だとしたらどうするの?」
「あはは、それ、こっちの台詞ですよ?
先輩の作ってる組織が、
犯罪を犯してるかもしれないんですから」
「その可能性を伝えられて、
先輩はどうする気ですか?」
「…悪いけど、私にできる事はほとんどないわ。
ファンクラブって言っても、会誌を配って、
ちょっとした女子会をする程度だもの」
「組織だった活動なんてしてないのよ」
そう言って彼女は顔をしかめた。
なんとなく直感的に思った。
この人は犯人じゃない。
だとしたら、これ以上攻撃しても無駄だろう。
「だったらせめて、ファンクラブの
メンバーに伝えてください」
「…何を?」
「私とスミレは付き合っている。
そして私は何をされても、
嫌がらせごときで
スミレと別れる気なんてない」
「スミレも、もう嫌がらせの事は知っていて怒ってる」
「もし嫌がらせしてる奴がいたら、
自分で自分の首を絞めてるだけだって」
「そう、警告記事を流してください」
「……」
「……警告はするわ。でも、付き合ってるのを
明かすのはやめておきなさい」
「どうして」
「あなたの身が危険だからよ」
「熱狂的に誰かを愛する人は、
まともじゃない場合も多いのだから」
そう言って、彼女は私の目を見据えた。
この人も、スミレと同じ事を言うんだ。
でも、だから何だって言うんだ。
私は、顔も出さない卑怯者になんか負けない。
「…とりあえず、警告お願いします」
そう言って、私は頭を下げた。
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ファンクラブの会長に会った私は、
そこで驚くべき事実を告げられた。
なんと淡が先に来て、私達の仲を公表する事を
要求してきたそうなのだ。
「…それで、あなたはなんて答えたんだ?」
「…危険だからやめておくように伝えたわ」
私はほっと胸を撫で下ろす。
彼女が聡明な人物で助かった。
「あの子、かなり危険よ。
口では平静を装っているけど、
かなり追い詰められてるわ」
「わかっている。あいつは素直だからな。
せっかく私と付き合えたところに、
こんな邪魔をされたら絶対に許さないだろう」
「正直私だって、できるなら今すぐ
犯人を吊し上げて制裁を加えてやりたい」
「…止めるべきあなたが
そんな事でどうするの」
彼女は呆れたように胸をすくめた。
わかっている。あくまで心情的な話だ。
実際に行動に移したりはしない。
嫌がらせの方もそうだが、
淡の方も何とかする必要があるだろう。
このままでは、淡が暴走して
自爆してしまうかもしれない。
「…とりあえず、ファンクラブに
危なそうな奴がいないか確認を頼む」
「了解…ただ、多分ファンクラブの中にはいないわ。
その手の危ない子は、ファンと
情報を共有する事すら嫌うもの」
「…かもな」
私は思わず唇を噛み締めた。
なんで、付き合い始めた側から、
こんな嫌がらせを受けないといけないんだ。
人の幸せを邪魔しないでくれよ。
「…もう一つ。弘世さん、
あなた自身も危ないわ。
よく覚えておきなさい」
「気づいてる?今、すごく冷たい目をしてるわよ。
まるで麻雀で、誰かを射抜く時みたいに」
彼女は少し、怯えるように。
両腕で体を抱きながら私に告げた。
--------------------------------------------------------
ファンクラブの緊急会報が出版された後も、
私に対する嫌がらせは止まらなかった。
毎日のように嫌がらせを受けた。
私物は盗まれ、汚された。
厄介なのは、毎日の『ように』
嫌がらせしてきながらも、
実際には毎日ではない事。
こちらが警戒して見張りを立てたりした時には
普通に何も起きない。
そして、警戒を解除した途端に
また嫌がらせが再開されるのだ。
私は、少しずつ追いつめられていった。
心が、澱んで(よどんで)いくのを感じた。
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会長が言うには、ファンクラブの中に
怪しい人物はいないとの事だった。
まぁ、そもそも怪しいというだけで
捕まえたりできるわけでもない。
結局は犯行現場を押さえるしかないだろう。
最初は、穏便に済ませようと思った。
私達の関係を隠し、元通りに過ごす事で
嫌がらせをやめてもらおうと思った。
だが、これだけ執拗に嫌がらせを繰り返すあたり、
今更そんな生ぬるい対応をしても
仕方ないのだろう。
おそらく、犯人は淡と私が恋仲になっている事を
確信していて。私達が別れた事が明らかにならない限り、
嫌がらせをやめようとしないのだろうから。
淡は、日に日に弱っていった。
無理もない。
猛アタックの末ようやく結ばれる事ができて、
さあ、これから幸せな日々が
始まるといったタイミング。
そのタイミングで、
毎日気が滅入るような嫌がらせを
繰り返されているのだ。
そして、少しずつ弱って、
おかしくなっていく淡を見て、
恋人である私が何も感じないはずもなかった。
愛する人をここまで執拗に狙われて、
何もしない奴など恋人ではあるまい。
絶対に犯人を捕まえて、
自分の行動を後悔させてやる。
私は淡の被害を軽減する策を考えつつも、
犯人を捕まえる方向で動き始めた。
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私はスミレの言いつけ通り、
一般生徒が入れるところには
私物を置かないようにした。
上履き、教科書、体操服…全てにおいて、
個人ルームに置いて鍵をかけた。
これは、一定の効果があった。
少なくとも下駄箱に行く必要もないし、
私物が脅かされることもない。
それでも、嫌がらせを
完全に止める事はできなかった。
机には落書きをされて
相変わらずぞうきんを入れられた。
椅子もなんかドロドロしたヘドロみたいな
黒いのが練り込まれている。
トイレの個室に入るやいなや、
下からバケツで水を流し込まれて、
足先がビショビショになった。
「いい加減にしなよっっ!!!
こ、の卑怯者ぉおっっ!!!」
スカートをおろしていたせいで
飛び出す事もできず、
私はただ叫ぶ事しかできなかった。
もちろん、犯人は何も言わず
逃げて行ったわけだけど。
こうした嫌がらせを受け続けることで、
私はどんどん壊れていった。
周りにいる人が、
全員敵なんじゃないかって思えてきて。
皆が皆、私に嫌がらせをしようと
私の事を監視しているような気がしてきて。
私は、ちょっとした事で
周りに疑いの目を向けて、
ひどく当り散らすようになっていた。
そして、ある日私は…ついに限界を迎える。
登校してきた私は、
机の上にゴム状のぐじゅぐじゅしたものが
置かれているのを見つけた。
それは、生臭い匂いを放っていて、
白く濁った粘液にまみれて、
私の机にへばりついていた。
「…っあああああああぁぁあぁあぁぁっ!!!」
私は叫び声をあげて、
机を思いっきり蹴飛ばした。
それでもおさまりきらない嫌悪感は
私に叫び声をあげさせ続けて。
私は泣きじゃくりながら、
机を蹴り、蹴り、蹴り、蹴り飛ばした。
やがて、騒ぎを聞きつけた先生が私を取り押さえる。
それでも、私の発狂は止まらなかった。
「ここまでされてるのに、
何で助けてくれないの!?」
「なんで被害にあってる
私を取り押さえてるの!?」
「違うでしょ!?
捕まえるのは犯人でしょ!?!」
私はひたすら怒鳴り続けた。
先生は狼狽しながらもただ私をたしなめた。
やがて親が迎えに来て、
私が強制的に家に帰らされるまで。
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淡がおかしくなっていったように、
私の方も我慢の限界を迎えていた。
私は密かに計画を立てた。
まずは部活が終わった後、帰ったふりをして
個人ルームに居残り続ける。
そして、夜中になったところを見計らい、
淡の教室に忍び込んだ。
淡の席は一番後ろだ。
私は掃除用具入れのロッカーの隙間から、
淡の机の周辺で起きた出来事を
記録できるように監視カメラを取り付けた。
もちろん、これが法に触れる事は理解している。
だが、毒を持って毒を制すだ。
これ以上犯人の狼藉を許すわけにはいかない。
淡には悪いと思ったが、私は淡を守らなかった。
犯人が警戒して自重したら、
発見が遅くなってしまうからだ。
淡としても、守られるよりも
犯人を撃退する方を選ぶだろう。
淡が絶叫して家に連れ帰られたその日。
私は監視カメラを確認した。
監視カメラは、犯人が教室に入ってきて、
犯行を行うさまを克明にとらえていた。
「…チッ」
映像を確認した私は、つい粗野に舌打ちしてしまう。
なぜならその犯人は…
残念ながら、麻雀部員だったのだから。
もっとも、麻雀部員だったから
すぐに身元が分かったわけだし、
これから処刑を行う事を考えれば、
逆に足がつきにくくて好都合なのかもしれない。
とりあえず、犯人はおさえた。
後は、こいつをどう料理するかだ。
「…さて、どうするか」
「さすがに暴力沙汰はまずいか。
他の罪なき麻雀部員に
迷惑をかけるわけにはいかない」
「…こいつがやったように、
バレないように気が狂うまで
嫌がらせしてやるか?」
「…いや、駄目だな」
「バレない程度の罰では腹の虫がおさまらん」
自らの喉から絞り出された低い声。
その声の剣呑さに、私は自分で驚いた。
思った以上に、私もおかしくなっているらしい。
なんとなく、照の顔が頭に浮かんだ。
『…冷静になって』
今の私を見たら、きっと照なら
こう言うのだろうと思った。
…照、そうか。テルか。
「よし、決まった」
「こいつを処刑する方法が」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
用意ができた私は、部活終了後に
犯人をミーティングルームに呼びつけた。
脈絡もなく呼びつけられた事で、
自分の罪がバレた事を悟ったのだろう。
部屋に入室した犯人はすでにうなだれていたが、
私は念のため映像を見せ、
もう逃げられない事を明確に伝えた。
「ついてこい。素直についてこれば、
別にお前を殴ったり『これ』を公開したりはしない」
震えながら頷いたそいつを連れ立って、
私は麻雀部を後にした。
向かった先は、アーチェリーの的場。
私が個人でよく使っている練習場だ。
この日は刑を執行するために練習場自体を貸し切った。
元々締め切られた的場を、
予約した者が鍵を開けて使うシステムなので、
周りには人っ子一人いなかった。
「さて」
「殺してやりたいところだが、
さすがに手を下すと麻雀部に迷惑がかかる」
「だが、私はお前を殺さないと気が済まない」
「というわけで、お前には的になってもらおう。
ウィリアム・テルのごとく、
リンゴでも頭に置こうか」
「安心しろ。一応殺す気はない」
「ただ、頭の上に乗せたリンゴを狙うというのは
相当の難易度だから、
不慮の事故で死んでしまうかもしれないがな」
「終了条件はリンゴに命中するまで。
では、始めよう」
私は犯人の両腕をグルグルと
テープで拘束した上で猿轡をかませる。
そのまま、乱暴に彼女を引き摺って
無理矢理的の部分に連れていく。
「立て。リンゴ乗せるぞ。
震えるな。リンゴが落ちる」
的を固定する板に無理矢理犯人を縛り付けて、
リンゴをガムテープで頭にくっつけてやる。
犯人は全身をガタガタと震わせていた。
『行くぞ』
私は射撃位置に戻り、拡声器越しに犯人に告げる。
それからたっぷり数秒後、
私は弦を引き絞って矢を放った。
矢はヒュッと風を切りながら、
一直線に犯人に向かっていく。
ドスッ…!
一射目。
犯人の顔の20cmくらい横を、
矢が掠めていった。
犯人は一射目で失禁した。
『…次』
ドスッ…!
二射目。
今度はあえて大きく外した。
放った矢は、犯人の体から2mは離れている。
犯人は一瞬ほっとした顔を見せて…
次に、一気に顔を恐怖に染めた。
気づいたか。そうだ、それでいい。
これであいつは、私が頭の上のリンゴを
正確に打ち抜けるほどの腕を
持っていないと判断しただろう。
もしかしたら、普通に射抜き殺されるかもしれない。
その恐怖にせいぜい怯えるといい。
『…次』
ドスッ!!
「〜〜〜っ!!」
三射目。
犯人の首の真横5cm位のところに矢が突き刺さる。
猿轡をかまされた犯人は
声にならない悲鳴を上げて…
そして、そのままがくりと首(こうべ)を垂れた。
「誰が寝ていいと言った」
私は的に歩みを進め、用意しておいたバケツで
顔面に水をぶっかけて起こしてやる。
「……っ!……っ!」
無理矢理覚醒させられた犯人は、
目からボロボロと涙をこぼしてかぶりを振った。
『…次』
ドスッ!!
今度は、正確に狙った。
矢は真っ直ぐに犯人の上部に突き刺さる。
狙いは完璧だったが…
残念、彼女が頭を強く振ってしまったから、
肝心のリンゴは落ちてしまっていた。
『中ったと思ったんだがな。
頭を振るからリンゴが落ちてしまったじゃないか。
お前、止めてほしくないんだな?』
「……っ!!……っ!!!」
『まあ、それならそれでいいだろう。
この際リンゴじゃなくてもいいから、
中るまで打ち続けるか』
拡声器越しの私の言葉を聞いて、
犯人はまた失禁した。
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--------------------------------------------------------
「…よしよし、怖かったよな。
でも、私はまだお前を許してないぞ?」
「いいか、今日あった事はお前だけの秘密にしろ」
「そして、今から4日後に麻雀部を退部しろ」
「以降、二度と麻雀部の人間に関わるな」
「もし、これらを破ったら…
今日の糞尿垂れ流しの映像と、
お前がねばついた精液をつまんで
笑顔で嫌がらせしている映像を、
セットで全世界に公開してやる。
実名と詳細なプロフィールを添えてな」
「そしてお前が社会から抹殺された後で、
今日と同じ事をして今度はちゃんと殺してやろう」
「いいな?わかったら黙って頷け。
お前の汚い声なんか聴きたくないからな」
「……」
「よしよし。じゃあ、開放してやるから消えろ。
二度とその不快な顔を私に見せるな」
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執拗な嫌がらせに対処する期間と静養という名目で、
一人だけ停学をくらった私。
そんな私は何をするでもなくベッドに寝転がって、
ただ天井をぼーっと見つめていた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
家中に鳴り響くチャイムの音。
私はすぐさま飛び起きて、
一秒を惜しんで玄関に駆けていく。
「スミレッ!!」
チャイム3回はスミレの合図。
私は玄関の扉を開けるなり、
姿を見せたスミレに飛びついた。
スミレは抱きついた私を受け止めながら、
私の頭を優しく撫でてくれた。
「淡、今日はいい知らせがある」
「犯人を見つけて、処罰してきたぞ」
そう言ってスミレは、
一枚のDVDを差し出した。
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犯人を見つけたのなら、なぜ教えてくれなかったのか。
私だって、一緒になって痛めつけてやりたかったのに。
なんて気持ちは、スミレが撮影したDVDを見たら、
すーっと消えていった。
映像の中のスミレの目は、
ギラギラと異常な光を灯していて。
その冷たく燃える目を犯人に向けて、
ただ淡々と犯人に矢を放ち続けていた。
そこに、一切の慈悲はなく。
犯人が泣いても。失禁しても。
意識を失っても。
スミレは決して許す事なく、
犯人が壊れるまで矢を射続けていた。
その姿は、とってもかっこよくて。
私は、うっとりしながらその映像を見つめた。
映像の再生が終わると、
スミレは穏やかな顔で私に言った。
「…というわけで、もうあいつが
嫌がらせをする事はないだろう。
万一再犯した時には、今度こそ私が殺してやる」
「散々苦しんだお前としては
生ぬるいと感じるかもしれないが…
このくらいで、もう終わりにしてくれないか?」
「私はこれ以上、こんなゴミのために
お前に脳みそを使ってほしくない」
そう言って、スミレは私を抱き締めた。
「うん。もういいよ。
私のカタキを取ってくれてありがとう!」
私はスミレに笑顔を向けて、
その唇にキスをした。
さすが私の大好きなスミレ。
頼りになるのはスミレだけだ。
--------------------------------------------------------
こうして一連の事件は一応の解決を見せたが、
淡が学校に戻る事はなかった。
「だってさ、一番ウザい奴は捕まったわけだけど、
手口からして、まだ最低一人は残ってるじゃん?」
「またスミレが捕まえてくれるとしても、
それまでは苦しみ続けるわけだし…
そこまでして学校に行く意味ってないよね」
学校をやめると告げる淡。
私もまた、そんな淡の意思を無理してまで
学校に戻したいとは考えていなかった。
「私がずっと淡を護衛できるわけでもないし…
後数か月したら卒業してプロ行きだしな」
「麻雀のプロなら、淡を
一人養うくらいどうという事はない」
それどころか私も、学校を自主休校する事にした。
時期的にどうせもう卒業も近いし、
程なくして自由登校になるのだから
特に問題もないだろう。
「せっかく付き合いたての
一番幸せな時期に散々邪魔されたんだ」
「学校も何もかもかなぐり捨てて、
思いっきりイチャついてやろうじゃないか」
「誰にも邪魔されず、二人っきりで」
これは、ある意味の意趣返しでもあった。
私のファンだかなんだかは知らないが、
その当人を傷つけてまで
我を通そうとするファンなど私はいらない。
私には、淡さえいればいい。
そして、私達は二人で学校から姿を消した。
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もっとも、だからと言って…
もう一人の犯人を見逃すつもりは毛頭ないが。
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菫と淡が居なくなった後の白糸台は荒れに荒れた。
発端は、菫が去り際に残した台詞が原因だった。
「私は、淡を愛している。
私は淡を守るために学校を休む」
「犯人はまだ、この学校に複数いる」
「だから、こんな学校に
淡を通わせるわけにはいかない」
「少なくとも、犯人が見つかるまで
私はもう学校には来ない」
そう言い放って、菫は学校から消えた。
そうなれば一体どうなるか。
当然、怒涛の犯人探しが始まった。
ファンクラブの会員はもちろん、
白糸台の生徒のほとんどが
菫を好意的に思っている。
その菫が、『誰かに』苦しめられたせいで
やむなく学校を去った。
白糸台の生徒にとって、
それは到底看過できる事ではなかった。
淡が嫌がらせを受けた時の状況、
犯人が残した痕跡、様々な角度から
憶測も含みながら、犯人探しは進んでいく。
皆が皆、疑心暗鬼になっていく。
誰も信じられなくなっていく。
それはさながら、魔女狩りのように。
特にアリバイがなく疑わしいと思われた人物は、
まるでお前が犯人だと言わんばかりに
執拗に攻撃されるようになった。
そして、この騒動の結末は。
最終的に犯人と『思われる』人物が二人、
自ら命を絶つ事で完結した。
片方は、麻雀部の部員だった。
私は一人、荒れていく学校を
目の当たりにしながら嘆息した。
「菫…こうなるってわかって言ったよね」
菫はご丁寧に、虎姫だけは
犯人対象から除外してくれていた。
それは逆に言えば、こうなる事を
狙っていたからに他ならない。
「…最初の手口から、
犯人が複数いる可能性が濃厚だっただろう」
「淡を苦しめた奴が何の咎も受けず、
のうのうと生きていいはずがない」
「何より、淡を苦しめた奴がそのまま存在し続ける…
それじゃ、いつまでたっても
淡が安心できないじゃないか」
「……」
「…言いたい事はわかる。でも…」
「関係ない人も、いっぱい苦しんだよ……」
そんな私の台詞に、
菫は苦笑しながらため息を吐いた。
「照…お前はいい奴だな」
「だが…お前にとって最愛の者を、
いつまでもねちねち痛めつけられて」
「そして、愛する者がそれで
壊れていく様を見せつけられて」
「それでも、同じ言葉を吐けるか?」
「…ごめん」
光を失った目をぎょろりと見開いて
凝視する菫を前に、
私は謝る事しかできなかった。
菫の言う通り、同じ立場にない私が
いくら綺麗事を言ったところで、
それは偽善者の戯言に過ぎない。
私だって…例えば咲を同じ目に遭わせられたら…
無関係な他人に配慮する余裕なんてないだろうから。
でも。それでも。
例えそうだとしても…
(こんな菫…見たくなかった)
戻したい。どうか、どうかあの頃の。
人を思いやる気持ちに溢れていてた
昔の菫に戻ってほしい。
多分それは無理なんだろう。
だって、唯一菫を戻せる淡も。
同じように、壊れてしまっているのだから。
--------------------------------------------------------
こうして私は、スミレと
二人暮らしをする事になった。
「おい、淡。今日は外に出るな。
イベントがあるから、
変な輩がうろつくかもしれない」
「淡、今日も外に出るな。
今日は私のデビュー戦だからな。
頭の湧いた奴が出てくるかもしれない」
「淡、今日も外に出るな」
「淡、今日も…」
スミレは私の事を本当に大切にしてくれる。
それはちょっと、過保護なくらいに。
嫌がらせを受けていたあの時は、
殺したいほど犯人を憎んでいたけれど。
今となっては、感謝すら
してもいいかもしれないと思う。
だってあいつらのおかげで、
みんなに愛されていたスミレが、
私だけのスミレになったんだから。
最初こそ、事を穏便に済ませようとしていたスミレ。
でも今のスミレは、ちょっとでも
私に危害が加わると判断したものを、
どんな手を使ってでも排除しようとする。
私はそれが、すごく嬉しい。
愛されてる、守られてるって思うから。
「私、今日もスミレとしか喋らなかったよー」
「それでいい。ほかの奴は、
お前に害をなすかもしれないからな」
「誰か近寄ってきたら私に言えよ?
排除してやるから」
「うん!」
当然のように犯罪をにおわせるスミレに対して、
私は笑顔で頷いた。
今のスミレは、普通の人の感覚で考えれば、
ちょっとおかしいんだと思う。
私自身もだいぶおかしい。
そんな頭のおかしいスミレが、
愛おしくて仕方ないから。
今のこの境遇が、幸せで仕方ないから。
だから、まあこれでいいんだろう。
きっと明日も、二人ぼっち。
愛するスミレと、二人ぼっち。
これが私の、ハッピーエンド。
(完)
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いじめっ子の排泄物は菫さんが処理したのだろうか……
菫さんも淡も狂っている事を自覚しつつも幸せを享受している点が特に良かったです。
あの殺されかけた女子生徒の排泄物はどうしたんでしょうか?
菫さんが触るわけ有りませんし、本人になめさせるにしても跡が残りますし。
いじめっ子の排泄物>
菫「するわけないだろう。当然本人に処理させた」
照「…この菫冗談通じなくて怖い」
女子生徒の排泄物>
淡「何なのこの排泄物に対する熱い追及!?」
菫「以下同文だ」
排泄物に関する質問は既にされていたでござる。一足遅かったか......
それと最近思うのがここのssの登場人物がけっこうな頻度で退学しているような気がするww
だけどそれだけ愛した人と一緒にいたいと、その人の世界だけで生きたいっていうことなんですよね。この淡菫でもそうですけど、当人たちが幸せを感じているのなら、いくらでも退学してほしいです
>「関係ない人も、いっぱい苦しんだよ……」
この照の常識的な一言に救われました
でもこれてるてるが切ないなぁ……
照「いつものは、愛ゆえの狂気だから」
淡「今回のは普通に悪意が混じってるもんね」
菫「リクエストがなければ書かないだろうから…
新鮮ではあるだろうな」
すばらです!>
姫子「花田が壊れよった!?」
煌「行為はともかく、愛する人のために全てを
かけるその愛情の深さ、すばらです!」
姫子「そいでもなかった」
けっこうな頻度で退学>
菫「他を切り離すことによる
コミュニティーからの脱退…
それが学生だと退学になるんだろうな」
淡「狂人的には妥当な選択だよね!」
照「プロとか大人組なら仕事を辞めるんだろうね」
正直辛かった>
照「死んだ人を除けば、
一番救いがないのは私だよね」
淡「書いてる方もつらかった!」
菫「嘘つけ。楽しそうだったじゃないか」
淡「んー、でもやっぱりこういう誰かに
悪意を向けるような話は苦手かな。
次来たら断っちゃうかも」
作中でも菫の人気ぶりがうかがえますが、前作のファンクラブ会員数276人が頭に残っているのか一言で学校崩壊させる力があるのも全く違和感なかったです。
そしてリクエスト欄が数日で凄いことに‥
菫さんの病みっぽさが好みだったのでトゥルー(?)エンドになって嬉しかったです。
照「壊れてしまった二人を第三者が悲しそうに
見つめるのがひどく心を揺さぶる」
菫「最悪の嗜好だな」
照「ファンクラブについては、
むしろ学校の生徒ほとんどが
菫のファンと思ってもらえればわかりやすい」
リクエスト欄>
照「イラストリクエスト受け付けるとか
言わなくてよかった…」
正直かなりスカッとしました>
菫「この手の鬱話はなぜか被害者は
致命的な被害を受けるのに
加害者が十分な報いを
受けない事がままあるからな」
照「だからってやりすぎ」
菫さん怖い>
照「菫みたいな振り回され系お母さんキャラが
全てを犠牲にして敵に回ってきたら
すごい怖いと思う」
菫「怒らせる方が悪い」