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【咲-Saki-SS:咲久】久「あれ?私は今誰だっけ」【ホラー】
<あらすじ>
咲はちょっと普通じゃない女の子だ。
一見すると、大人しいただの文学少女のようだけど。
その心には、あまりに深い闇が潜んでいる。
踏み込み過ぎれば取り込まれる。
事あるごとに咲から出される選択肢。
それらはどれも、私の人生を大きく変える選択肢。
何度か、なんとか回避して…
ついに、私は間違えた。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,宮永照,弘世菫,清水谷竜華
<症状>
・狂気
・依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・宮永家直伝の魂ちぎっちゃう、久咲。
そんで、照菫、怜竜と
プロの世界で戦ったりするとなお嬉しい。
≪シリアスドロドロ≫
※あれ?なんかこれホラーになってない?
最初はあまあまになるはずだったのに…
ごめんなさい。
↑
※コメントで追加リクを受けました。
あまあまIFが欲しい方は
咲さんかわいい!とコメントしてください。
重複なしで10人いたら書きます。
まあ今からじゃ多分10はいかないでしょうけど。
↑
※咲さんかわいいを甘く見てたよ…!
これから書くのでしばしお待ちを。
※宮永家が人間やめてます。ご注意を。
※リクエストの都合上、
以下の作品と地味に関連があります。
怜「はい、竜華。怜ちゃんドリンクや」
照「…私達が…」菫「…病気?」
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インターハイ県予選が終わったある日の事。
咲と二人で麻雀をしていたら、
咲がぽつりとつぶやくように問いかけた。
「部長は、今より強くなりたいですか?」
問われた内容は愚問も愚問。
咲の質問の意図がわからず、
思ったままを口にする。
「は?そりゃなりたいわよ。
だから今打ってるんじゃない」
「もし…もっと手っ取り早く、
一気に強くなれる方法があるとしたら、
どうしますか?」
咲は私の目を覗きこむ。
私も咲を見つめ返す。
その瞳は黒く沈んで、
意図を読み取る事はできない。
ああ、これは危ない選択肢だ。
返答次第では私の人生を大きく塗り替える。
私は慎重に言葉を選んだ。
「…とりあえず、聞いてから考えるかな」
「そうですか」
咲は続けようとはしなかった。
辺りを沈黙が包み込む。
私は思わずツッコミを入れた。
「いやいや、そこは方法を
説明するところじゃないの?」
「え、えと…是が非でも、
って事じゃなかったら、
いいかなと思ったので」
「この方法は、人体に甚大な影響を与えますから」
場を再度沈黙が支配する。
でも、今度はさっきと違って間の抜けた感じではなく、
どこか薄気味悪い緊張を伴っていた。
「…そ。じゃ、聞かないわ」
「はい」
そしてこの話題は終わった。
私達はそれ以上無駄口を叩かず、
ひたすら麻雀を打ち続ける。
ただ、私が聞かないと告げた時に見せた咲の顔…
一瞬悲しそうに眉を下げたその表情が、
妙に私の心に残った。
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咲はちょっと普通じゃない女の子だ。
一見すれば、ただの大人しい文学少女。
でもその心には、あまりに大きな闇が潜んでいる。
家族との別離。
それがどうして起こったのか、
私には知るよしもないけれど。
ただそれが原因で、咲は時々
ひどく不安定になる。
「私は…絶対に全国大会に行かないといけないんです」
靖子に二人を凹ませるようにお願いした当日。
咲は夜遅く部室に戻ってくると
涙ながらにそう語った。
そもそも最初の頃は入部自体躊躇っていた咲。
その咲が全国大会に固執する事に違和感を感じた。
それで説明を促したところ、
家族との別離という事実が浮き上がったわけだ。
「私には…もう、これしか方法がないんです」
そう語る咲の顔は、本当に後がない
追い詰められた人間のものだった。
それは、普通の人生を送っていたら
まずお目にかかれないような顔で。
その顔は、私にある種の恐怖すら抱かせた。
住む世界が違う。病的な何かを思い起こさせた。
実際のところ、咲の身の上話には
共感できる点も多々あった。
私にも、もう家族は居ないから。
そんな私ですら、咲の思考が理解できなくて
ひどく戸惑ったのを覚えている。
なんでそれで、全国大会を目指す必要があるのか
よくわからなかった。
もっと他にも方法はありそうなものだけど。
でも、この子はそう信じている。
これしか方法がないのだと。
そして、これが失敗したら、
自分はもう終わりなのだと。
私は直感的に思った。この子はどこかおかしい。
刺激しすぎないように、慎重に扱うべきだ。
咲の黒く落ち込んだ瞳を見て、
私はそう心に留めた。
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咲が厄介なのは、その闇の深さだけではなかった。
一番厄介なのは、危険だとわかっているのに、
それでも私を惹きつけるところだ。
目病み女に迷いし女…とでも言うのだろうか。
その危うさに関わってはいけないと思う反面、
守ってあげたいという庇護欲も掻き立てられる。
一度は諦めた家族の絆を
取り戻せるかもしれないという一縷の希望。
それに縋りたくなる気持ちはよくわかる。
他人事ながら、思わず目頭が熱くなる程に。
できるだけ力になってあげたい。
そう思って、私はそれとなく咲を助けてきた。
もちろん、自分が闇に取り込まれないように
細心の注意を払いながらではあったけど。
そのせいか、咲は私に懐いてくれた。
お姉さんと年が同じという事もあって、
私にお姉さんの面影を
重ね合わせていたのかもしれない。
県予選の決勝前夜。
咲が私のもとを訪れて、
その不安を打ち明けた時の事を思い出す。
「…部長。私達、優勝できそうですか?」
「さあね。こればっかりは、
やって見ないとわからないわ」
「でも、少なくとも私は、
望みがないとは思ってないわよ?」
「頑張りましょ。私も、全力で戦って見せるから。
…あなたが、お姉さんと会うためにも」
「…はい!」
その瞳に炎を宿し、決意を籠めた声音で返事をする咲。
でもその炎は、次の瞬間あっさり揺らいだ。
「でも…もし、負けちゃったら」
「その時は…」
「……」
「お姉ちゃんの代わりに、慰めてくれますか?」
咲はその手を胸に抱きながら、
不安げな表情で私を見やる。
直感的に私は気づいた。これは危険な選択肢。
誤れば、私の人生は闇に堕ちる。
「やーねぇ。今から負けた時の話なんかしないでよ」
「でも…今、聞いておきたいんです」
回避失敗。
しかも、一度かわした事で目の光が弱まった。
まずい。次の答えは慎重に選ばないと。
散々逡巡した挙句、私は
咲が期待する答えは選ばなかった。
「慰めたりなんかしないわ」
「…そうですか」
咲の目から完全に光が消える。
みるみるうちに、顔が失望の色で染まっていく。
心なしか、辺りまで暗く黒く
塗り潰されていく錯覚を覚えた。
「勘違いしないで。あなたを
見捨てようってわけじゃないのよ」
「ただ、咲。あなた、始まる前から
保険をかけようとしてるでしょ?」
「だったら、ここで
『はい、お姉さんの代わりになります』
なんて言ったら…
あなたを悪戯に弱くするだけじゃない」
「あなたのお姉さんは一人しかいないわ。
やる前から、代替品なんかで妥協しようとしないで」
「今は、勝つ事だけを考えなさい」
私はそこで言葉を切って、咲の顔色を伺った。
それはまるで、薄氷を踏みしめて渡るかのごとく。
私の背中を冷汗が伝う。
「…そうですね。部長の言う通りでした」
「負けた時の事は…その時になったら
考える事にします」
そう言って咲は微笑んだ。
瞳の奥に、また少しだけ光が宿る。
よかった。なんとか切り抜けた。
私はほっと安堵の溜息をつく。
でも、次の刹那。
私に聞こえないように、唇だけ動かして
放たれた咲の言葉が、私の心を揺さぶった。
『代替じゃないのなら…
受け入れてもらえるのかな』
私は気づかなかったふりをした。
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幸い、この時の咲の問いかけが
再び取り沙汰される事はなかった。
なぜなら、私達は優勝したからだ。
ただ、それで何も変化がなかったかというと、
実際には重篤(じゅうとく)な変化があった。
決勝戦が終わった後。咲は、
私に対して深く深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「部長がいなかったら。あの時、
部長がチームを救ってくれなかったら」
「私の希望は潰えてました」
その咲の深謝に対して、
私は思ったままの回答を返す。
「別に、私だけの力じゃないわよ?
それに結局のところ、
あなたが天江衣という魔物を
抑えてくれたのが一番大きいわ」
「それでも、お礼を言わせてください」
「あの時、確かに…部長のおかげで、
私は希望を取り戻せたんです」
咲はこぼれんばかりの笑顔を見せる。
その笑顔の温かさとは裏腹に、
私はどこか奇妙な閉塞感を味わった。
なぜそんな感覚を覚えたのか。
その答えは咲自身が出してくれた。
「…部長が居れば、お姉ちゃんはもういらないかも」
悪戯っぽく舌を出す咲。
でも、その目は笑っていない。
その時、全身を駆け巡る悪寒と共に、
私はある一つの事実に気づいた。
『咲の心の中で、お姉さんと私の重要度が逆転した』
根拠はないけど、そんな気がする。
私は、無意識に後ずさりそうになった足を
意識的に踏み留めた。
咲を怖いと思った。
咲は、少しずつ私を闇に取り込もうとしている。
でも、何より一番怖かったのは。
少しだけ…『嬉しい』と思ってしまった事。
私も、咲に溺れ始めている。
「…馬鹿な事言わないの。
せっかく勝ち抜けられたんだから、
今は真っ直ぐにお姉さんを追いかけなさい」
そう言ってまた、私は逃げた。
内心は心底震え上がりながら。
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全国大会に出場した清澄高校は
比較的順調に勝ち進んだ。
一回戦は私が相手を飛ばして中堅戦で終了。
二回戦は逆に私のせいでピンチになってしまったけれど、
それでもふたを開ければ一位勝ち抜けだった。
後一戦。準決勝さえ乗り越える事ができれば、
私達は白糸台高校とまみえる事になる。
そうすれば、咲とお姉さんの道は再び交わる。
私の電話が鳴り響いたのはそんな時の事だった。
プルルルーッ、プルルルーッ、
携帯電話は、私が知らない番号を告げている。
私は特に意識しないで電話を取った。
「はい、もしもし。どちら様ですか?」
「白糸台高校の3年生、宮永照と申します。
こちらは、竹井さんの電話番号で
よろしいでしょうか?」
私は思わず携帯を取り落す。
あわててそれを拾い上げ、当然の質問を口にした。
「あ、あってるけど…どうして
あなたが電話してくるの!?」
「非常事態だから知り合いを辿って教えてもらった。
できれば今からあなたと会いたい」
「咲には、気づかれないように」
ぶわっと全身から嫌な汗が噴き出した。
彼女の声は緊張で張りつめている。
まだ会った事もない彼女だけど、
彼女の話は、きっと私の人生に大きく関わる内容だ。
「…そっちの指定した場所に行くわ」
携帯電話を持つ手が震えるのを
もう一方の手でなんとか抑えながら、
私はそう返事した。
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指定された場所は、白糸台高校の部員が
泊まっているホテルの一室だった。
出迎えてくれたのは…宮永照さんともう一人。
こちらも雑誌やテレビで見た事がある。
白糸台高校の部長である弘世菫さんだろう。
「いきなり呼び出してごめんなさい」
「その辺は気にしなくていいわ。
呼び出した理由の方を教えてくれない?」
私は前口上すら遮って本題を促した。
この人は、これまで私が咲に感じてきた
得体の知れない恐怖の正体を知っているはずだ。
私は早くそれが知りたい。
「多分あなたも気づいているはず。
咲が、あなたを取り込もうとしている」
「…どうしてそう思うの?」
「竹井さんはオーラが見える人?」
「オーラ?」
「漫画とかで見た事ないか?
人の身体から発せられる光というか霧というか、
そう言った非科学的なエネルギーの事だ」
「あれは幻想の産物ではない。
実際に存在するものだ」
「はぁ…いきなりそんな
ファンタジーな事言われても」
「…参ったな。説明がしにくい」
「ある意味、まだ安全圏とも言える」
話の展開が見えなくて、思わず私は頭を掻いた。
そんな事より、私は事の真相を知りたいのだけれど。
「いやいや、二人で会話進めないでよ。
端的に事実を述べてくれない?」
「じゃあ、端的に言う。咲のオーラが、
あなたに纏わりついている」
「あなたの中に侵入しようと蠢いている」
「身に覚えはない?」
ぞわり。
全身の毛が逆立った。私には、
オーラだとかいうものは全然見えない。
でも…確かに、肌の上を何かに這われているような
奇妙な感覚には覚えがあった。
私は、その事実を認めたくなくて
にべもなく否定する。
「…オカルトすぎるわ」
「現実逃避はやめろ。君は、私達が
科学で推し量れない存在である事に
気づいているはずだ」
「…もちろん、君自身を含めてな。
悪待ちの竹井久」
私の否定を弘世さんが一刀両断する。
ちょっとくらい、動転する時間をくれても
いいと思うんだけど。
「とりあえずオーラとかは置いておいて、
それで何か問題があるの?」
「問題というか…覚悟を知りたい」
「覚悟?」
「そう。あなたに、咲と一緒に
堕ちる覚悟があるのか」
「なんでいきなりそんな重い話になるのよ」
「気づいてるでしょ」
「……」
「あなたに覚悟がないなら、
今すぐに咲から離れて」
「でないと、二人とも不幸になる」
宮永さんの物言いは、
私の心にもやを作った。
彼女のその発言が、私の身を
心配しての事だというのはわかる。
でも…だからと言って、
「はいそうですか、じゃあ逃げます」
なんて、あっさり咲から離れるのも気が引けた。
何より彼女は、一番大切な部分を話していない。
「もっと具体的に言ってちょうだい。
離れないとどうなるの?」
「……」
彼女は無表情を少し強張らせて…
ゆっくり、ゆっくりと深呼吸した後で言葉を発した。
「多分、無理矢理魂を捻じこまれる」
「私の時みたいに」
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『ねえ、お姉ちゃん』
『なに、咲』
『私、すごい事を発見したんだ』
『なに?』
『私達の中に、オーラってあるでしょ?』
『うん』
『あれ、ちぎれるみたい』
『…いや、知ってるけど…
ものすごく痛いでしょ』
『うん。痛かった』
『でも、ちぎってお姉ちゃんに渡せたら…
私達、いつでもどこでも
ずっと一緒に居られるよ?』
『……』
『…お姉ちゃん?』
『…咲。それは、やっちゃ駄目だと思う』
『どうして?』
『どうしても。オーラは大切な体の一部。
それを千切って渡すとか、
腕を千切って押しつけるようなもの』
『私は、お姉ちゃんの腕なら欲しいよ?』
『…そういう話じゃなくて』
『私は…オーラは魂みたいなものだと思ってる』
『それを他人にあげたりしたら、
何が起きるのかわからない』
『最悪、どっちも死んじゃうかもしれない。
だから駄目』
『……そっか』
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『ぐっ…かはっ…』
『なっ…何これっ……!』
『……』
『咲っ!?私になにしたの!?』
『ご、ごめんね?おねえちゃん』
『ちぎっちゃった。もうちぎっちゃったんだ』
『やめて…!それ以上入ってこないで!!』
『おねえちゃんのなか、あったかい』
『入ってくる…!わたしが…わたしじゃなくなる…!!』
『いっしょになろうよ』
『やっ…やめっ…おねえちゃんに入らないで…
わたし…さきと…おねえちゃんと……
いっしょになっちゃうっ……!』
『おねえちゃん、おねえちゃん』
『…やっ…やめっ……』
『……っ!!』
『やめろっ!!!!』
『おっ…おねえちゃん…っ!?』
『さき。出て行って』
『おねえちゃんっ』
『出て行け!!』
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そこまで一気に語り終わると、
宮永さんは大きく一つため息をついた。
「……」
「そして私は、お母さんと一緒に長野を去った。
理由は一つ。咲から離れるため」
「私は咲をこんな形で受け入れるつもりはなかったから」
「何より、咲自身にも深刻な影響が出ていた。
それからしばらく、
咲は歩く事もできなかったらしい」
「……」
「このまま行けば、次はあなたの番。
遠くない未来、咲はあなたに襲い掛かると思う」
「その時、あなたは…咲を受け入れられる?」
宮永さんの目は、まっすぐ私を覗きこんでいる。
私は耐えきれず目を背けた。
宮永さんの話は、
私の予想をはるかに超えていた。
『ありえない。馬鹿馬鹿しい妄想だ』
そう突っぱねて笑い飛ばしたいのに、
私の身体は恐怖でガクガクと震えている。
『もし…もっと手っ取り早く、
一気に強くなる方法があるとしたら、
どうしますか?』
宮永さんの話は、私の記憶と符合してしまった。
もしあれが、魂をちぎって
渡す事を指していたのなら…
話が噛み合ってしまう。
私が今まで咲に感じていた、底知れない恐怖。
その恐怖にも説明がついてしまう。
二の句を告げることができず押し黙った私。
そんな私に対して、『なぜか』
弘世さんが淡々と説明を始める。
「ちなみにその後、魂をちぎって入れられても
命に別状がない事は確認できた」
「ただ意識は混濁する。個の境界が曖昧になって、
自分が誰なのかわからなくなる時がある。
…特に、麻雀を打ってる時なんかはな」
「自分の能力に追加して、
受け入れた相手の能力が使えるようになるから
雀士として強くなるのは間違いないが」
宮永さんが説明を引き継ぐ。
「魂を千切った方は著しく体力が落ちる。
しばらくは満足に歩く事もできない」
「でも、そのうち回復する。
一つだった時ほどには戻らないけど。
後は、寿命がどうなるのかはわからない」
「それと…試してないけど、
菫が死んだら、多分私も共に死ぬ」
私は恐怖に凍りついた。
家族でもない弘世さんが、なぜかこの場に居る理由。
二人が、実験の結果を説明できる理由。
それは、つまりそういう事。
私の目の前にいるこの二人は、
まともな人間なんかじゃない。
この人達も、咲と同じ狂人側なのだ。
「ちょっと勘弁してよ…!
心強い助っ人参上と思ったら、
実は思いっきりミイラ側ってわけ!?」
「別にあなたを取って食おうというわけじゃない。
あなたが咲から逃げるつもりなら、
私達は手助けする」
「ただ…もしあなたが、咲を受け入れられるなら、
それはそれで望ましい」
「あなたは…咲を受け入れられる?」
宮永さんは、先程と同じ問いかけを繰り返す。
そんなの…そんな事言われても。
「…即答、できるわけないじゃない…!!」
私のその返事を聞いて、
なぜか二人は笑みを浮かべた。
「どうやら、心配はなかったみたいだな」
「そうだね」
「どういう事?私は受け入れない
かもしれないと言ってるのよ?
むしろ、気持ち的にはそっちに大きく傾いてるわ」
「まあ、逃げると決断したら連絡するといい。
ほら、私達の連絡先だ」
まるで大きな肩の荷が下りたとばかりに、
打って変わって朗らかな表情を浮かべる二人。
なんなのよ、こっちはまだ五里霧中なのに。
なんとなく釈然としないまま、
私は連絡先を受け取った。
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『…お姉ちゃん、どうだった?』
『喜んで。竹井さんは多分咲を受け入れる』
『本当!?』
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私は一人、何もない天井を眺めながら悩んでいた。
『あなたは…咲を受け入れられる?』
宮永さんの言葉が頭の中で木霊している。
率直な気持ちを言えば、
残念ながら答えはノーだ。
でも…それは咲との決別も意味する。
咲を綺麗さっぱり切り捨てられるだろうか。
…その答えもノーだ。
不安定なところもある。
危ういところもある。
それでも、咲に懐かれて嬉しかったのも事実。
私を姉のように慕ってくれているのが
嬉しいのも事実。
気づけば、私も随分咲に侵食されている。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら、あの二人みたいに
狂った関係にならないで、
健全に関係を続けることができるんだろう。
どうしたら
コンコンッ
ぐるぐるとループする私の思考を、
ノックの音が遮った。その音の主は…
「部長…今ちょっといいですか?」
咲だった。
「…いいわよ。何かしら?」
縮みこむ気持ちを悟られないように、
私は咲を迎え入れた。
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私の中で線が繋がった。
縁もゆかりもないはずの宮永さんが、
私の携帯電話に直接電話できた理由。
私が二人のもとから帰ってくるなり、
タイミングよく咲がこの場に現れた理由。
そこから導き出される答え。
それは…
「…仲直り、できたのね」
「皮肉ですよね。諦めた途端復縁できるなんて」
「お姉さんを諦めて、私に鞍替えしたわけ?」
「逆ですよ?部長がいるから、
健全な姉妹関係に戻れたんです」
「もう、お姉ちゃんを『そういう目で』
見る事はなくなりましたから」
にこやかに微笑む咲。
その邪気のない笑顔が今は怖い。
「…お姉さんと話したなら知ってるはずよね?
私はまだ、あなたを受け入れるとは限らない」
「わかってます」
「それでも…悩んでくれてるんですよね?」
「……っ」
「お姉ちゃんは、最初からはっきり言いました。
受け入れられないって」
「それでも諦められなくて縋ったら、
今度は明確に拒絶されました」
「でも、部長は違いますよね?」
「私の犯した罪を知った上で」
「その矛先が自分に向いている事を知った上で」
「それでも」
「どっちを選ぶのか、迷ってくれてる」
「だったら…『入れちゃった』方が早いです」
「そしたら、部長の3分の1は…
『私』になるんですから」
咲が、私に覆いかぶさってきた。
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抵抗する事はできたはずだった。
いくらなんでも、咲より私の方が力は強い。
拒絶する事はできたはずだった。
この手で、咲の体を突き飛ばせばいいだけ。
それだけで、この地獄は終わりを遂げる。
なのに、私は…
なぜか、組み敷かれている。
「やめなさい、咲!」
「やめません。今度はもう、絶対に!!」
咲の目は明らかに正気を失っている。
なのに、光を失ったその目に宿るのは不安。
やめてよ。襲う側のくせにそんな目で見ないで。
咲は瞳を大きく揺るがせながら、
追い詰められた目で私を見つめる。
「部長ならわかりますよね」
「失う側の気持ち」
「捨てられる側の気持ち」
「両親に捨てられた部長なら、
わかりますよね」
「一人で麻雀部を立ち上げて、
仮入部した部員に逃げられた
部長ならわかりますよね」
咲の言葉は、その一つ一つが正確に
私の心をえぐっていく。
わかる。わかってしまう。
咲が、私の苦しみを共感できるように。
今、目の前で私を組み伏せている
咲の気持ちがわかってしまう。
本当は不安に押し潰されそうで、
気が違いそうになっているのがわかってしまう。
思わず手を差し伸べてしまいたくなる。
「…そして、ようやく見つけた希望に
縋りたくなる気持ち」
「誰も来ない麻雀部で、それでも一人
部員を待ち続けた部長ならわかりますよね?」
わかってしまう。
期待と不安でもみくちゃにされて、
心をかき乱されている咲の気持ちが、
我が事のようにわかってしまう。
つい、体をかき抱いて安心させたくなってしまう。
「だから…受け入れてください」
「駄目なら…私は、部長のもとを去ります」
咲は私の目を見つめた。
決意の籠った、それでいて大きく不安に揺らいだ瞳。
私はまた直感で悟った。
私が拒絶したら、きっと咲は耐えられない。
私から、どころか…
きっとこの世界から去ってしまう。
私が咲の立場ならきっとそうする。
怖い。咲が怖い。受け入れたくない。
でも、怖い。咲が死ぬのも怖い。
安心させてあげたい。
二者択一の葛藤が私の中でせめぎ合う。
そして、私が選んだ選択肢は…
「…わかった。受け入れてあげる」
「……ぶ、部長!!」
咲を、受け入れる方だった。
結局私は咲と同じ側。捨てる側には回れない。
「その代わり、早くして」
「怖いの。気が変わらないうちに」
「わ、わかりました」
一瞬笑顔に輝いた咲の顔が、
すぐに緊張を取り戻す。
「じゃ、じゃぁ…いきます」
そして、儀式が始まった。
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咲が私の体を包み込むように抱き締める。
何かが、ぞわりと私の体の表面を撫ぜる。
得体の知れないものに這い回られる感覚に、
反射的にのけぞりそうになるのを
私は必死に我慢した。
「っ!!!」
刹那、目の前の咲がまるで
痛みに耐えるように顔をしかめる。
きっと、『何か』を『千切った』のだろう。
目から涙がにじみ出る。それでも
咲は唇を噛んで声をこらえる。
それはきっと、私を不安がらせないために。
「っ……!!……っ!!」
しばらく痙攣を続けた咲は、やがて
声を絞り出すようにして私に告げた。
「い…いれます」
咲は私の頬に両手を添えて、
おでことおでこをくっつけた。
その可愛らしい仕草に、
思わず気が緩んだ次の瞬間。
ぬるりっ
「あぁぁああぁっぁぁぁぁあああっ!!!」
私は耐えきれず絶叫した。
何かが、何かが頭の中に侵入してくる。
本能的な嫌悪感に、私はたまらず
叫び声をあげ続ける。
入ってくる。入ってくる。入ってくる!入ってくる!!!
「いやっ!!!!いやぁっ!!!!!!」
拒絶反応の一種なのか、
おびただしい量の涙で目が決壊する。
脳内に入ってきた何かが蕩け出して混ざっていく感触。
自分の境界がわからなくなって
どろどろに溶けだして誰かわからなくなって
怖くて仕方ない。
無理!こんなの無理!
耐えられるわけがない!!
そう思って、部長は私を突き飛ばそうとして
霞む視界で咲をとらえた。
咲は泣いていた。ぼろぼろと涙を零して、
顎にぐっと力をこめて、
不安そうに部長の事を見守っていた。
それを見た私は、やっぱり拒絶はできなくて。
覚悟を決めて、境界がなくなる恐怖に
その身を任せる事にする。
「さき、わたし、こわい、でも、わたし、うけとめる」
「だから、だいてて、ぶちょうのこと」
「っ!!!」
「わかりましたっ…!」
咲が部長を固く抱き締める。
少しだけ、恐怖が揺らいだ気がする。
ああ、嘘だ怖い
もう自分が部長なのか咲なのかわからない
怖い、怖い、怖い、怖い
でも、うれしい だって部長が私を受け入れてくれたから
ああ、恐怖がだんだん弱まっていく
あ、そうか 私は今、咲なんだ
あれ?部長はどこ?
あ、また怖くなってく 今は私だ
ああ、もう怖いのやだ 咲になりたい
そんなせめぎあいを繰り返し、
やがて私の中の咲が穏やかに語り掛ける
『部長…終わりました。
部長の中に…半分私が入りました』
そう言って私が私をいっそう強く抱き締める
ああ、終わったんだ
私の中に咲がいる
部長の中に私がいる
ああ、おわった…よかった。
部長は意識を失った。
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『さあ、局面はいよいよオーラス!
新人王候補四人の直接対決も
ついにこの局で最後となります』
『ここまでは一進一退の攻防だな…。
トップは清水谷だが、竹井も十分逆転が可能な状況だ』
『新人王候補筆頭の弘世選手と、
それに次ぐ宮永選手は今回苦しい展開となっています』
『あー、あの二人は一緒に卓を囲むと
急に弱くなるところがあるからな。
まるでどこか対局相手に遠慮しているかのように』
『リーチや』
『来たー!清水谷選手のリーチ!!』
『清水谷がリーチした時の一発率は37%。
四巡目以内に和了る確率は93%。
残り7%を他の選手がもぎ取れるかが見どころだな』
『対抗馬の竹井選手はまだ二向聴。
これは決まったか?』
『いや、むしろ…窮地に追い込まれた竹井は
反則的に強いぞ』
『カン』
『き…来ました!竹井選手のカン!!』
『有効牌を引いてきたな』
『カン』
『て…聴牌!竹井選手、聴牌です』
『…もいっこ、カン!!』
『ツモ…嶺上開花!!』
『つ…ツモ!!竹井選手、なんと二向聴から
怒涛の倍満ツモ炸裂です!!』
『そして逆転!竹井選手、
一足先に新人王決定戦進出を決めました!』
『…まったく、元々厭らしかったのに
またさらに磨きがかかったもんだ』
『…と、言いますと?』
『竹井の手は素直に作っていけば、
もっと早い巡目で良形の聴牌を取れたはずだ』
『それをあえて崩して、清水谷が張るのを
待っていた感がある』
『そして、リーチされた途端に三連続カン』
『あんな打ち方をされたら、
相手はたまったもんじゃないだろうな』
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対局を終えた私達は、ロビーで
和気あいあいと語り合っていた。
新人王候補として何かと
ライバル扱いされる私達だけど、
個人の仲はとてもいい。その理由は…
全員、狂人だから。
「あーもう、見事にしてやられたわ。
ちゅうか三連続カンって何やの。反則やん」
「ふふ、竜華が疲れてダブルしか
使えなくなってるのはわかってたからねー」
「というかダブルだって十分反則だってば。
こっちだって、あなたの未来視をかいくぐるには
アレしかなかったのよ」
竜華は怜の力を取り込んで未来視の力を身につけた。
竜華自身が持つ危機回避のゾーンと
怜から受け継いだ未来視のおかげで、
防御の王者を示すゴールデングラブ賞は
間違いないだろう。
「久、一抜けおめでとう」
「ありがと。照と菫には
ちょっと悪い事しちゃったわね」
「こればっかりは仕方ないさ。
照と私が同卓したら、
自動的に両者の手配がわかった上で、
普通に会話までできてしまうわけだからな。
さすがに真剣勝負に絡むのは気が咎める」
菫は照の力を受け継いで、完全に化け物と化した。
超高速の和了スピードに加え、
相手を狙い打てるという反則能力を持ってして、
私達の中でも一番高い勝率を誇る。
で、私は咲の力を受け継いだ。
もらった力は王牌の支配や場の支配。
他の人に比べると抽象的でわかりにくい能力だけど、
その得体の知れなさが私の悪待ちとよくマッチする。
そんなわけで、私達は狂人同士、
勝ったり負けたりを繰り返してる。
「あー、前言ってた魂の共有かー。
それって大丈夫なん?」
なんて心配しながらも、
興味津々の様子の竜華。
竜華だけは私達とは違う方法で
怜と繋がっているから、
私達のやり方に興味が尽きないらしい。
「慣れれば割と自我は保てるわよ?
逆に言えば、慣れるまでは
自分が誰かわからなくなるけど」
「怜とうちが混ざってわからんくなる…
何それ、最高やん」
「あはは、さすが純正のヤンデレさんは
言う事が違うわね」
「魂ちぎっとる奴が言いなや」
「ちぎってるのは私じゃなくて咲だもの」
「や、ちぎった魂を入れられて
平然としとる方がよっぽどやで?」
あははは。
会話が和やかな笑いに包まれる。
笑いながら私は思った。
うん、やっぱりこの人達狂ってるわ。
まあ、私もだけど。
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結局のところ、咲を受け入れたところで
それほど大きく困る事はなかった。
というよりは、咲を受け入れて同化した事で、
咲に対する恐怖心が消えてしまったんだと思う。
それがいい事なのかはわからないけれど。
そんな事をつらつらと考えていたら、
脳内の咲が私の思考に介入してくる。
『いいことに決まってるよ?』
「んー、だってねぇ。今、
これを幸せと感じているのが
咲の意思なのか私の意思なのか、
もうわからないんだもの」
『わからなくてもいいじゃない。
今、私達は幸せ。それだけで』
「…そうかもね」
咲の言う通りなのかもしれない。
過去の私が今の自分を見たら、
そのあまりのおぞましさに
目を背けるような気がするけれど。
それでも、今私が
幸せを感じているのは事実なのだから。
『それよりも、今日のお祝い何にしようか』
「そうねえ、今からだと何が作れるかしら?」
『えー。外食にしようよ。
私のごはんを私が食べてもうれしくないもん』
「そこは私の意思をくみ取ってよ。
私は咲の手料理が食べたいの」
『も、もう…仕方ないなぁ』
今日も一人で脳内会話。
通路を通りすがった人が
一人で会話を続ける私を見て、
気味の悪いものを見るように目を背けた。
そしてそのまま避けるように、
大きく迂回して去っていく。
あ、いけない。またやっちゃった。
『…ごめんなさい。私のせいで』
咲の悲しみが私の中に流れ込んでくる。
つられて、こっちまで悲しくなってしまう。
「ちょっとやめてよ。あなたが悲しくなると
こっちまで伝染しちゃうんだから」
『でも』
「あなたを受け入れると決めた時から、
社会不適合者になる覚悟はできてるわ」
「別に他の人にどう見られてもいい。
私には咲がいればいいの」
『…えへへ』
今度は、咲の喜びが流れ込んでくる。
思わず、私まで笑顔がこぼれてしまう。
「さ、家に帰ってもう片方の咲と合流しましょ!」
『うん!』
誰もいない廊下で声をあげる私に、
脳内の咲は明るい声で返事した。
………
実際のところ、今の私は
『気違い』に属する人間なのだろう。
でも、別に私はそれでいい。
まっとうな人生はもう捨てた。
咲のために捨てちゃった。
私には、咲がいればそれでいい。
もっとも、そう考えているのが…
「私なのか咲なのかはわからないけどね?」
そんな事を独り言ちて、
部長は一人微笑んだ。
(完)
咲はちょっと普通じゃない女の子だ。
一見すると、大人しいただの文学少女のようだけど。
その心には、あまりに深い闇が潜んでいる。
踏み込み過ぎれば取り込まれる。
事あるごとに咲から出される選択肢。
それらはどれも、私の人生を大きく変える選択肢。
何度か、なんとか回避して…
ついに、私は間違えた。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,宮永照,弘世菫,清水谷竜華
<症状>
・狂気
・依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・宮永家直伝の魂ちぎっちゃう、久咲。
そんで、照菫、怜竜と
プロの世界で戦ったりするとなお嬉しい。
≪シリアスドロドロ≫
※あれ?なんかこれホラーになってない?
最初はあまあまになるはずだったのに…
ごめんなさい。
↑
※コメントで追加リクを受けました。
あまあまIFが欲しい方は
咲さんかわいい!とコメントしてください。
重複なしで10人いたら書きます。
まあ今からじゃ多分10はいかないでしょうけど。
↑
※咲さんかわいいを甘く見てたよ…!
これから書くのでしばしお待ちを。
※宮永家が人間やめてます。ご注意を。
※リクエストの都合上、
以下の作品と地味に関連があります。
怜「はい、竜華。怜ちゃんドリンクや」
照「…私達が…」菫「…病気?」
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インターハイ県予選が終わったある日の事。
咲と二人で麻雀をしていたら、
咲がぽつりとつぶやくように問いかけた。
「部長は、今より強くなりたいですか?」
問われた内容は愚問も愚問。
咲の質問の意図がわからず、
思ったままを口にする。
「は?そりゃなりたいわよ。
だから今打ってるんじゃない」
「もし…もっと手っ取り早く、
一気に強くなれる方法があるとしたら、
どうしますか?」
咲は私の目を覗きこむ。
私も咲を見つめ返す。
その瞳は黒く沈んで、
意図を読み取る事はできない。
ああ、これは危ない選択肢だ。
返答次第では私の人生を大きく塗り替える。
私は慎重に言葉を選んだ。
「…とりあえず、聞いてから考えるかな」
「そうですか」
咲は続けようとはしなかった。
辺りを沈黙が包み込む。
私は思わずツッコミを入れた。
「いやいや、そこは方法を
説明するところじゃないの?」
「え、えと…是が非でも、
って事じゃなかったら、
いいかなと思ったので」
「この方法は、人体に甚大な影響を与えますから」
場を再度沈黙が支配する。
でも、今度はさっきと違って間の抜けた感じではなく、
どこか薄気味悪い緊張を伴っていた。
「…そ。じゃ、聞かないわ」
「はい」
そしてこの話題は終わった。
私達はそれ以上無駄口を叩かず、
ひたすら麻雀を打ち続ける。
ただ、私が聞かないと告げた時に見せた咲の顔…
一瞬悲しそうに眉を下げたその表情が、
妙に私の心に残った。
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咲はちょっと普通じゃない女の子だ。
一見すれば、ただの大人しい文学少女。
でもその心には、あまりに大きな闇が潜んでいる。
家族との別離。
それがどうして起こったのか、
私には知るよしもないけれど。
ただそれが原因で、咲は時々
ひどく不安定になる。
「私は…絶対に全国大会に行かないといけないんです」
靖子に二人を凹ませるようにお願いした当日。
咲は夜遅く部室に戻ってくると
涙ながらにそう語った。
そもそも最初の頃は入部自体躊躇っていた咲。
その咲が全国大会に固執する事に違和感を感じた。
それで説明を促したところ、
家族との別離という事実が浮き上がったわけだ。
「私には…もう、これしか方法がないんです」
そう語る咲の顔は、本当に後がない
追い詰められた人間のものだった。
それは、普通の人生を送っていたら
まずお目にかかれないような顔で。
その顔は、私にある種の恐怖すら抱かせた。
住む世界が違う。病的な何かを思い起こさせた。
実際のところ、咲の身の上話には
共感できる点も多々あった。
私にも、もう家族は居ないから。
そんな私ですら、咲の思考が理解できなくて
ひどく戸惑ったのを覚えている。
なんでそれで、全国大会を目指す必要があるのか
よくわからなかった。
もっと他にも方法はありそうなものだけど。
でも、この子はそう信じている。
これしか方法がないのだと。
そして、これが失敗したら、
自分はもう終わりなのだと。
私は直感的に思った。この子はどこかおかしい。
刺激しすぎないように、慎重に扱うべきだ。
咲の黒く落ち込んだ瞳を見て、
私はそう心に留めた。
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咲が厄介なのは、その闇の深さだけではなかった。
一番厄介なのは、危険だとわかっているのに、
それでも私を惹きつけるところだ。
目病み女に迷いし女…とでも言うのだろうか。
その危うさに関わってはいけないと思う反面、
守ってあげたいという庇護欲も掻き立てられる。
一度は諦めた家族の絆を
取り戻せるかもしれないという一縷の希望。
それに縋りたくなる気持ちはよくわかる。
他人事ながら、思わず目頭が熱くなる程に。
できるだけ力になってあげたい。
そう思って、私はそれとなく咲を助けてきた。
もちろん、自分が闇に取り込まれないように
細心の注意を払いながらではあったけど。
そのせいか、咲は私に懐いてくれた。
お姉さんと年が同じという事もあって、
私にお姉さんの面影を
重ね合わせていたのかもしれない。
県予選の決勝前夜。
咲が私のもとを訪れて、
その不安を打ち明けた時の事を思い出す。
「…部長。私達、優勝できそうですか?」
「さあね。こればっかりは、
やって見ないとわからないわ」
「でも、少なくとも私は、
望みがないとは思ってないわよ?」
「頑張りましょ。私も、全力で戦って見せるから。
…あなたが、お姉さんと会うためにも」
「…はい!」
その瞳に炎を宿し、決意を籠めた声音で返事をする咲。
でもその炎は、次の瞬間あっさり揺らいだ。
「でも…もし、負けちゃったら」
「その時は…」
「……」
「お姉ちゃんの代わりに、慰めてくれますか?」
咲はその手を胸に抱きながら、
不安げな表情で私を見やる。
直感的に私は気づいた。これは危険な選択肢。
誤れば、私の人生は闇に堕ちる。
「やーねぇ。今から負けた時の話なんかしないでよ」
「でも…今、聞いておきたいんです」
回避失敗。
しかも、一度かわした事で目の光が弱まった。
まずい。次の答えは慎重に選ばないと。
散々逡巡した挙句、私は
咲が期待する答えは選ばなかった。
「慰めたりなんかしないわ」
「…そうですか」
咲の目から完全に光が消える。
みるみるうちに、顔が失望の色で染まっていく。
心なしか、辺りまで暗く黒く
塗り潰されていく錯覚を覚えた。
「勘違いしないで。あなたを
見捨てようってわけじゃないのよ」
「ただ、咲。あなた、始まる前から
保険をかけようとしてるでしょ?」
「だったら、ここで
『はい、お姉さんの代わりになります』
なんて言ったら…
あなたを悪戯に弱くするだけじゃない」
「あなたのお姉さんは一人しかいないわ。
やる前から、代替品なんかで妥協しようとしないで」
「今は、勝つ事だけを考えなさい」
私はそこで言葉を切って、咲の顔色を伺った。
それはまるで、薄氷を踏みしめて渡るかのごとく。
私の背中を冷汗が伝う。
「…そうですね。部長の言う通りでした」
「負けた時の事は…その時になったら
考える事にします」
そう言って咲は微笑んだ。
瞳の奥に、また少しだけ光が宿る。
よかった。なんとか切り抜けた。
私はほっと安堵の溜息をつく。
でも、次の刹那。
私に聞こえないように、唇だけ動かして
放たれた咲の言葉が、私の心を揺さぶった。
『代替じゃないのなら…
受け入れてもらえるのかな』
私は気づかなかったふりをした。
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幸い、この時の咲の問いかけが
再び取り沙汰される事はなかった。
なぜなら、私達は優勝したからだ。
ただ、それで何も変化がなかったかというと、
実際には重篤(じゅうとく)な変化があった。
決勝戦が終わった後。咲は、
私に対して深く深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「部長がいなかったら。あの時、
部長がチームを救ってくれなかったら」
「私の希望は潰えてました」
その咲の深謝に対して、
私は思ったままの回答を返す。
「別に、私だけの力じゃないわよ?
それに結局のところ、
あなたが天江衣という魔物を
抑えてくれたのが一番大きいわ」
「それでも、お礼を言わせてください」
「あの時、確かに…部長のおかげで、
私は希望を取り戻せたんです」
咲はこぼれんばかりの笑顔を見せる。
その笑顔の温かさとは裏腹に、
私はどこか奇妙な閉塞感を味わった。
なぜそんな感覚を覚えたのか。
その答えは咲自身が出してくれた。
「…部長が居れば、お姉ちゃんはもういらないかも」
悪戯っぽく舌を出す咲。
でも、その目は笑っていない。
その時、全身を駆け巡る悪寒と共に、
私はある一つの事実に気づいた。
『咲の心の中で、お姉さんと私の重要度が逆転した』
根拠はないけど、そんな気がする。
私は、無意識に後ずさりそうになった足を
意識的に踏み留めた。
咲を怖いと思った。
咲は、少しずつ私を闇に取り込もうとしている。
でも、何より一番怖かったのは。
少しだけ…『嬉しい』と思ってしまった事。
私も、咲に溺れ始めている。
「…馬鹿な事言わないの。
せっかく勝ち抜けられたんだから、
今は真っ直ぐにお姉さんを追いかけなさい」
そう言ってまた、私は逃げた。
内心は心底震え上がりながら。
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全国大会に出場した清澄高校は
比較的順調に勝ち進んだ。
一回戦は私が相手を飛ばして中堅戦で終了。
二回戦は逆に私のせいでピンチになってしまったけれど、
それでもふたを開ければ一位勝ち抜けだった。
後一戦。準決勝さえ乗り越える事ができれば、
私達は白糸台高校とまみえる事になる。
そうすれば、咲とお姉さんの道は再び交わる。
私の電話が鳴り響いたのはそんな時の事だった。
プルルルーッ、プルルルーッ、
携帯電話は、私が知らない番号を告げている。
私は特に意識しないで電話を取った。
「はい、もしもし。どちら様ですか?」
「白糸台高校の3年生、宮永照と申します。
こちらは、竹井さんの電話番号で
よろしいでしょうか?」
私は思わず携帯を取り落す。
あわててそれを拾い上げ、当然の質問を口にした。
「あ、あってるけど…どうして
あなたが電話してくるの!?」
「非常事態だから知り合いを辿って教えてもらった。
できれば今からあなたと会いたい」
「咲には、気づかれないように」
ぶわっと全身から嫌な汗が噴き出した。
彼女の声は緊張で張りつめている。
まだ会った事もない彼女だけど、
彼女の話は、きっと私の人生に大きく関わる内容だ。
「…そっちの指定した場所に行くわ」
携帯電話を持つ手が震えるのを
もう一方の手でなんとか抑えながら、
私はそう返事した。
--------------------------------------------------------
指定された場所は、白糸台高校の部員が
泊まっているホテルの一室だった。
出迎えてくれたのは…宮永照さんともう一人。
こちらも雑誌やテレビで見た事がある。
白糸台高校の部長である弘世菫さんだろう。
「いきなり呼び出してごめんなさい」
「その辺は気にしなくていいわ。
呼び出した理由の方を教えてくれない?」
私は前口上すら遮って本題を促した。
この人は、これまで私が咲に感じてきた
得体の知れない恐怖の正体を知っているはずだ。
私は早くそれが知りたい。
「多分あなたも気づいているはず。
咲が、あなたを取り込もうとしている」
「…どうしてそう思うの?」
「竹井さんはオーラが見える人?」
「オーラ?」
「漫画とかで見た事ないか?
人の身体から発せられる光というか霧というか、
そう言った非科学的なエネルギーの事だ」
「あれは幻想の産物ではない。
実際に存在するものだ」
「はぁ…いきなりそんな
ファンタジーな事言われても」
「…参ったな。説明がしにくい」
「ある意味、まだ安全圏とも言える」
話の展開が見えなくて、思わず私は頭を掻いた。
そんな事より、私は事の真相を知りたいのだけれど。
「いやいや、二人で会話進めないでよ。
端的に事実を述べてくれない?」
「じゃあ、端的に言う。咲のオーラが、
あなたに纏わりついている」
「あなたの中に侵入しようと蠢いている」
「身に覚えはない?」
ぞわり。
全身の毛が逆立った。私には、
オーラだとかいうものは全然見えない。
でも…確かに、肌の上を何かに這われているような
奇妙な感覚には覚えがあった。
私は、その事実を認めたくなくて
にべもなく否定する。
「…オカルトすぎるわ」
「現実逃避はやめろ。君は、私達が
科学で推し量れない存在である事に
気づいているはずだ」
「…もちろん、君自身を含めてな。
悪待ちの竹井久」
私の否定を弘世さんが一刀両断する。
ちょっとくらい、動転する時間をくれても
いいと思うんだけど。
「とりあえずオーラとかは置いておいて、
それで何か問題があるの?」
「問題というか…覚悟を知りたい」
「覚悟?」
「そう。あなたに、咲と一緒に
堕ちる覚悟があるのか」
「なんでいきなりそんな重い話になるのよ」
「気づいてるでしょ」
「……」
「あなたに覚悟がないなら、
今すぐに咲から離れて」
「でないと、二人とも不幸になる」
宮永さんの物言いは、
私の心にもやを作った。
彼女のその発言が、私の身を
心配しての事だというのはわかる。
でも…だからと言って、
「はいそうですか、じゃあ逃げます」
なんて、あっさり咲から離れるのも気が引けた。
何より彼女は、一番大切な部分を話していない。
「もっと具体的に言ってちょうだい。
離れないとどうなるの?」
「……」
彼女は無表情を少し強張らせて…
ゆっくり、ゆっくりと深呼吸した後で言葉を発した。
「多分、無理矢理魂を捻じこまれる」
「私の時みたいに」
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--------------------------------------------------------
『ねえ、お姉ちゃん』
『なに、咲』
『私、すごい事を発見したんだ』
『なに?』
『私達の中に、オーラってあるでしょ?』
『うん』
『あれ、ちぎれるみたい』
『…いや、知ってるけど…
ものすごく痛いでしょ』
『うん。痛かった』
『でも、ちぎってお姉ちゃんに渡せたら…
私達、いつでもどこでも
ずっと一緒に居られるよ?』
『……』
『…お姉ちゃん?』
『…咲。それは、やっちゃ駄目だと思う』
『どうして?』
『どうしても。オーラは大切な体の一部。
それを千切って渡すとか、
腕を千切って押しつけるようなもの』
『私は、お姉ちゃんの腕なら欲しいよ?』
『…そういう話じゃなくて』
『私は…オーラは魂みたいなものだと思ってる』
『それを他人にあげたりしたら、
何が起きるのかわからない』
『最悪、どっちも死んじゃうかもしれない。
だから駄目』
『……そっか』
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『ぐっ…かはっ…』
『なっ…何これっ……!』
『……』
『咲っ!?私になにしたの!?』
『ご、ごめんね?おねえちゃん』
『ちぎっちゃった。もうちぎっちゃったんだ』
『やめて…!それ以上入ってこないで!!』
『おねえちゃんのなか、あったかい』
『入ってくる…!わたしが…わたしじゃなくなる…!!』
『いっしょになろうよ』
『やっ…やめっ…おねえちゃんに入らないで…
わたし…さきと…おねえちゃんと……
いっしょになっちゃうっ……!』
『おねえちゃん、おねえちゃん』
『…やっ…やめっ……』
『……っ!!』
『やめろっ!!!!』
『おっ…おねえちゃん…っ!?』
『さき。出て行って』
『おねえちゃんっ』
『出て行け!!』
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そこまで一気に語り終わると、
宮永さんは大きく一つため息をついた。
「……」
「そして私は、お母さんと一緒に長野を去った。
理由は一つ。咲から離れるため」
「私は咲をこんな形で受け入れるつもりはなかったから」
「何より、咲自身にも深刻な影響が出ていた。
それからしばらく、
咲は歩く事もできなかったらしい」
「……」
「このまま行けば、次はあなたの番。
遠くない未来、咲はあなたに襲い掛かると思う」
「その時、あなたは…咲を受け入れられる?」
宮永さんの目は、まっすぐ私を覗きこんでいる。
私は耐えきれず目を背けた。
宮永さんの話は、
私の予想をはるかに超えていた。
『ありえない。馬鹿馬鹿しい妄想だ』
そう突っぱねて笑い飛ばしたいのに、
私の身体は恐怖でガクガクと震えている。
『もし…もっと手っ取り早く、
一気に強くなる方法があるとしたら、
どうしますか?』
宮永さんの話は、私の記憶と符合してしまった。
もしあれが、魂をちぎって
渡す事を指していたのなら…
話が噛み合ってしまう。
私が今まで咲に感じていた、底知れない恐怖。
その恐怖にも説明がついてしまう。
二の句を告げることができず押し黙った私。
そんな私に対して、『なぜか』
弘世さんが淡々と説明を始める。
「ちなみにその後、魂をちぎって入れられても
命に別状がない事は確認できた」
「ただ意識は混濁する。個の境界が曖昧になって、
自分が誰なのかわからなくなる時がある。
…特に、麻雀を打ってる時なんかはな」
「自分の能力に追加して、
受け入れた相手の能力が使えるようになるから
雀士として強くなるのは間違いないが」
宮永さんが説明を引き継ぐ。
「魂を千切った方は著しく体力が落ちる。
しばらくは満足に歩く事もできない」
「でも、そのうち回復する。
一つだった時ほどには戻らないけど。
後は、寿命がどうなるのかはわからない」
「それと…試してないけど、
菫が死んだら、多分私も共に死ぬ」
私は恐怖に凍りついた。
家族でもない弘世さんが、なぜかこの場に居る理由。
二人が、実験の結果を説明できる理由。
それは、つまりそういう事。
私の目の前にいるこの二人は、
まともな人間なんかじゃない。
この人達も、咲と同じ狂人側なのだ。
「ちょっと勘弁してよ…!
心強い助っ人参上と思ったら、
実は思いっきりミイラ側ってわけ!?」
「別にあなたを取って食おうというわけじゃない。
あなたが咲から逃げるつもりなら、
私達は手助けする」
「ただ…もしあなたが、咲を受け入れられるなら、
それはそれで望ましい」
「あなたは…咲を受け入れられる?」
宮永さんは、先程と同じ問いかけを繰り返す。
そんなの…そんな事言われても。
「…即答、できるわけないじゃない…!!」
私のその返事を聞いて、
なぜか二人は笑みを浮かべた。
「どうやら、心配はなかったみたいだな」
「そうだね」
「どういう事?私は受け入れない
かもしれないと言ってるのよ?
むしろ、気持ち的にはそっちに大きく傾いてるわ」
「まあ、逃げると決断したら連絡するといい。
ほら、私達の連絡先だ」
まるで大きな肩の荷が下りたとばかりに、
打って変わって朗らかな表情を浮かべる二人。
なんなのよ、こっちはまだ五里霧中なのに。
なんとなく釈然としないまま、
私は連絡先を受け取った。
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--------------------------------------------------------
『…お姉ちゃん、どうだった?』
『喜んで。竹井さんは多分咲を受け入れる』
『本当!?』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
私は一人、何もない天井を眺めながら悩んでいた。
『あなたは…咲を受け入れられる?』
宮永さんの言葉が頭の中で木霊している。
率直な気持ちを言えば、
残念ながら答えはノーだ。
でも…それは咲との決別も意味する。
咲を綺麗さっぱり切り捨てられるだろうか。
…その答えもノーだ。
不安定なところもある。
危ういところもある。
それでも、咲に懐かれて嬉しかったのも事実。
私を姉のように慕ってくれているのが
嬉しいのも事実。
気づけば、私も随分咲に侵食されている。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら、あの二人みたいに
狂った関係にならないで、
健全に関係を続けることができるんだろう。
どうしたら
コンコンッ
ぐるぐるとループする私の思考を、
ノックの音が遮った。その音の主は…
「部長…今ちょっといいですか?」
咲だった。
「…いいわよ。何かしら?」
縮みこむ気持ちを悟られないように、
私は咲を迎え入れた。
--------------------------------------------------------
私の中で線が繋がった。
縁もゆかりもないはずの宮永さんが、
私の携帯電話に直接電話できた理由。
私が二人のもとから帰ってくるなり、
タイミングよく咲がこの場に現れた理由。
そこから導き出される答え。
それは…
「…仲直り、できたのね」
「皮肉ですよね。諦めた途端復縁できるなんて」
「お姉さんを諦めて、私に鞍替えしたわけ?」
「逆ですよ?部長がいるから、
健全な姉妹関係に戻れたんです」
「もう、お姉ちゃんを『そういう目で』
見る事はなくなりましたから」
にこやかに微笑む咲。
その邪気のない笑顔が今は怖い。
「…お姉さんと話したなら知ってるはずよね?
私はまだ、あなたを受け入れるとは限らない」
「わかってます」
「それでも…悩んでくれてるんですよね?」
「……っ」
「お姉ちゃんは、最初からはっきり言いました。
受け入れられないって」
「それでも諦められなくて縋ったら、
今度は明確に拒絶されました」
「でも、部長は違いますよね?」
「私の犯した罪を知った上で」
「その矛先が自分に向いている事を知った上で」
「それでも」
「どっちを選ぶのか、迷ってくれてる」
「だったら…『入れちゃった』方が早いです」
「そしたら、部長の3分の1は…
『私』になるんですから」
咲が、私に覆いかぶさってきた。
--------------------------------------------------------
抵抗する事はできたはずだった。
いくらなんでも、咲より私の方が力は強い。
拒絶する事はできたはずだった。
この手で、咲の体を突き飛ばせばいいだけ。
それだけで、この地獄は終わりを遂げる。
なのに、私は…
なぜか、組み敷かれている。
「やめなさい、咲!」
「やめません。今度はもう、絶対に!!」
咲の目は明らかに正気を失っている。
なのに、光を失ったその目に宿るのは不安。
やめてよ。襲う側のくせにそんな目で見ないで。
咲は瞳を大きく揺るがせながら、
追い詰められた目で私を見つめる。
「部長ならわかりますよね」
「失う側の気持ち」
「捨てられる側の気持ち」
「両親に捨てられた部長なら、
わかりますよね」
「一人で麻雀部を立ち上げて、
仮入部した部員に逃げられた
部長ならわかりますよね」
咲の言葉は、その一つ一つが正確に
私の心をえぐっていく。
わかる。わかってしまう。
咲が、私の苦しみを共感できるように。
今、目の前で私を組み伏せている
咲の気持ちがわかってしまう。
本当は不安に押し潰されそうで、
気が違いそうになっているのがわかってしまう。
思わず手を差し伸べてしまいたくなる。
「…そして、ようやく見つけた希望に
縋りたくなる気持ち」
「誰も来ない麻雀部で、それでも一人
部員を待ち続けた部長ならわかりますよね?」
わかってしまう。
期待と不安でもみくちゃにされて、
心をかき乱されている咲の気持ちが、
我が事のようにわかってしまう。
つい、体をかき抱いて安心させたくなってしまう。
「だから…受け入れてください」
「駄目なら…私は、部長のもとを去ります」
咲は私の目を見つめた。
決意の籠った、それでいて大きく不安に揺らいだ瞳。
私はまた直感で悟った。
私が拒絶したら、きっと咲は耐えられない。
私から、どころか…
きっとこの世界から去ってしまう。
私が咲の立場ならきっとそうする。
怖い。咲が怖い。受け入れたくない。
でも、怖い。咲が死ぬのも怖い。
安心させてあげたい。
二者択一の葛藤が私の中でせめぎ合う。
そして、私が選んだ選択肢は…
「…わかった。受け入れてあげる」
「……ぶ、部長!!」
咲を、受け入れる方だった。
結局私は咲と同じ側。捨てる側には回れない。
「その代わり、早くして」
「怖いの。気が変わらないうちに」
「わ、わかりました」
一瞬笑顔に輝いた咲の顔が、
すぐに緊張を取り戻す。
「じゃ、じゃぁ…いきます」
そして、儀式が始まった。
--------------------------------------------------------
咲が私の体を包み込むように抱き締める。
何かが、ぞわりと私の体の表面を撫ぜる。
得体の知れないものに這い回られる感覚に、
反射的にのけぞりそうになるのを
私は必死に我慢した。
「っ!!!」
刹那、目の前の咲がまるで
痛みに耐えるように顔をしかめる。
きっと、『何か』を『千切った』のだろう。
目から涙がにじみ出る。それでも
咲は唇を噛んで声をこらえる。
それはきっと、私を不安がらせないために。
「っ……!!……っ!!」
しばらく痙攣を続けた咲は、やがて
声を絞り出すようにして私に告げた。
「い…いれます」
咲は私の頬に両手を添えて、
おでことおでこをくっつけた。
その可愛らしい仕草に、
思わず気が緩んだ次の瞬間。
ぬるりっ
「あぁぁああぁっぁぁぁぁあああっ!!!」
私は耐えきれず絶叫した。
何かが、何かが頭の中に侵入してくる。
本能的な嫌悪感に、私はたまらず
叫び声をあげ続ける。
入ってくる。入ってくる。入ってくる!入ってくる!!!
「いやっ!!!!いやぁっ!!!!!!」
拒絶反応の一種なのか、
おびただしい量の涙で目が決壊する。
脳内に入ってきた何かが蕩け出して混ざっていく感触。
自分の境界がわからなくなって
どろどろに溶けだして誰かわからなくなって
怖くて仕方ない。
無理!こんなの無理!
耐えられるわけがない!!
そう思って、部長は私を突き飛ばそうとして
霞む視界で咲をとらえた。
咲は泣いていた。ぼろぼろと涙を零して、
顎にぐっと力をこめて、
不安そうに部長の事を見守っていた。
それを見た私は、やっぱり拒絶はできなくて。
覚悟を決めて、境界がなくなる恐怖に
その身を任せる事にする。
「さき、わたし、こわい、でも、わたし、うけとめる」
「だから、だいてて、ぶちょうのこと」
「っ!!!」
「わかりましたっ…!」
咲が部長を固く抱き締める。
少しだけ、恐怖が揺らいだ気がする。
ああ、嘘だ怖い
もう自分が部長なのか咲なのかわからない
怖い、怖い、怖い、怖い
でも、うれしい だって部長が私を受け入れてくれたから
ああ、恐怖がだんだん弱まっていく
あ、そうか 私は今、咲なんだ
あれ?部長はどこ?
あ、また怖くなってく 今は私だ
ああ、もう怖いのやだ 咲になりたい
そんなせめぎあいを繰り返し、
やがて私の中の咲が穏やかに語り掛ける
『部長…終わりました。
部長の中に…半分私が入りました』
そう言って私が私をいっそう強く抱き締める
ああ、終わったんだ
私の中に咲がいる
部長の中に私がいる
ああ、おわった…よかった。
部長は意識を失った。
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--------------------------------------------------------
『さあ、局面はいよいよオーラス!
新人王候補四人の直接対決も
ついにこの局で最後となります』
『ここまでは一進一退の攻防だな…。
トップは清水谷だが、竹井も十分逆転が可能な状況だ』
『新人王候補筆頭の弘世選手と、
それに次ぐ宮永選手は今回苦しい展開となっています』
『あー、あの二人は一緒に卓を囲むと
急に弱くなるところがあるからな。
まるでどこか対局相手に遠慮しているかのように』
『リーチや』
『来たー!清水谷選手のリーチ!!』
『清水谷がリーチした時の一発率は37%。
四巡目以内に和了る確率は93%。
残り7%を他の選手がもぎ取れるかが見どころだな』
『対抗馬の竹井選手はまだ二向聴。
これは決まったか?』
『いや、むしろ…窮地に追い込まれた竹井は
反則的に強いぞ』
『カン』
『き…来ました!竹井選手のカン!!』
『有効牌を引いてきたな』
『カン』
『て…聴牌!竹井選手、聴牌です』
『…もいっこ、カン!!』
『ツモ…嶺上開花!!』
『つ…ツモ!!竹井選手、なんと二向聴から
怒涛の倍満ツモ炸裂です!!』
『そして逆転!竹井選手、
一足先に新人王決定戦進出を決めました!』
『…まったく、元々厭らしかったのに
またさらに磨きがかかったもんだ』
『…と、言いますと?』
『竹井の手は素直に作っていけば、
もっと早い巡目で良形の聴牌を取れたはずだ』
『それをあえて崩して、清水谷が張るのを
待っていた感がある』
『そして、リーチされた途端に三連続カン』
『あんな打ち方をされたら、
相手はたまったもんじゃないだろうな』
--------------------------------------------------------
対局を終えた私達は、ロビーで
和気あいあいと語り合っていた。
新人王候補として何かと
ライバル扱いされる私達だけど、
個人の仲はとてもいい。その理由は…
全員、狂人だから。
「あーもう、見事にしてやられたわ。
ちゅうか三連続カンって何やの。反則やん」
「ふふ、竜華が疲れてダブルしか
使えなくなってるのはわかってたからねー」
「というかダブルだって十分反則だってば。
こっちだって、あなたの未来視をかいくぐるには
アレしかなかったのよ」
竜華は怜の力を取り込んで未来視の力を身につけた。
竜華自身が持つ危機回避のゾーンと
怜から受け継いだ未来視のおかげで、
防御の王者を示すゴールデングラブ賞は
間違いないだろう。
「久、一抜けおめでとう」
「ありがと。照と菫には
ちょっと悪い事しちゃったわね」
「こればっかりは仕方ないさ。
照と私が同卓したら、
自動的に両者の手配がわかった上で、
普通に会話までできてしまうわけだからな。
さすがに真剣勝負に絡むのは気が咎める」
菫は照の力を受け継いで、完全に化け物と化した。
超高速の和了スピードに加え、
相手を狙い打てるという反則能力を持ってして、
私達の中でも一番高い勝率を誇る。
で、私は咲の力を受け継いだ。
もらった力は王牌の支配や場の支配。
他の人に比べると抽象的でわかりにくい能力だけど、
その得体の知れなさが私の悪待ちとよくマッチする。
そんなわけで、私達は狂人同士、
勝ったり負けたりを繰り返してる。
「あー、前言ってた魂の共有かー。
それって大丈夫なん?」
なんて心配しながらも、
興味津々の様子の竜華。
竜華だけは私達とは違う方法で
怜と繋がっているから、
私達のやり方に興味が尽きないらしい。
「慣れれば割と自我は保てるわよ?
逆に言えば、慣れるまでは
自分が誰かわからなくなるけど」
「怜とうちが混ざってわからんくなる…
何それ、最高やん」
「あはは、さすが純正のヤンデレさんは
言う事が違うわね」
「魂ちぎっとる奴が言いなや」
「ちぎってるのは私じゃなくて咲だもの」
「や、ちぎった魂を入れられて
平然としとる方がよっぽどやで?」
あははは。
会話が和やかな笑いに包まれる。
笑いながら私は思った。
うん、やっぱりこの人達狂ってるわ。
まあ、私もだけど。
--------------------------------------------------------
結局のところ、咲を受け入れたところで
それほど大きく困る事はなかった。
というよりは、咲を受け入れて同化した事で、
咲に対する恐怖心が消えてしまったんだと思う。
それがいい事なのかはわからないけれど。
そんな事をつらつらと考えていたら、
脳内の咲が私の思考に介入してくる。
『いいことに決まってるよ?』
「んー、だってねぇ。今、
これを幸せと感じているのが
咲の意思なのか私の意思なのか、
もうわからないんだもの」
『わからなくてもいいじゃない。
今、私達は幸せ。それだけで』
「…そうかもね」
咲の言う通りなのかもしれない。
過去の私が今の自分を見たら、
そのあまりのおぞましさに
目を背けるような気がするけれど。
それでも、今私が
幸せを感じているのは事実なのだから。
『それよりも、今日のお祝い何にしようか』
「そうねえ、今からだと何が作れるかしら?」
『えー。外食にしようよ。
私のごはんを私が食べてもうれしくないもん』
「そこは私の意思をくみ取ってよ。
私は咲の手料理が食べたいの」
『も、もう…仕方ないなぁ』
今日も一人で脳内会話。
通路を通りすがった人が
一人で会話を続ける私を見て、
気味の悪いものを見るように目を背けた。
そしてそのまま避けるように、
大きく迂回して去っていく。
あ、いけない。またやっちゃった。
『…ごめんなさい。私のせいで』
咲の悲しみが私の中に流れ込んでくる。
つられて、こっちまで悲しくなってしまう。
「ちょっとやめてよ。あなたが悲しくなると
こっちまで伝染しちゃうんだから」
『でも』
「あなたを受け入れると決めた時から、
社会不適合者になる覚悟はできてるわ」
「別に他の人にどう見られてもいい。
私には咲がいればいいの」
『…えへへ』
今度は、咲の喜びが流れ込んでくる。
思わず、私まで笑顔がこぼれてしまう。
「さ、家に帰ってもう片方の咲と合流しましょ!」
『うん!』
誰もいない廊下で声をあげる私に、
脳内の咲は明るい声で返事した。
………
実際のところ、今の私は
『気違い』に属する人間なのだろう。
でも、別に私はそれでいい。
まっとうな人生はもう捨てた。
咲のために捨てちゃった。
私には、咲がいればそれでいい。
もっとも、そう考えているのが…
「私なのか咲なのかはわからないけどね?」
そんな事を独り言ちて、
部長は一人微笑んだ。
(完)
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いやーツイッターに咲さんの画像が上がってからずーっと気になってたSSがついにキマシタワー 。あまあま……ドロドロ……病んでいくというより少しずつ闇に落ちていくような、泥沼に囚われたような。久さんは毎回咲さんの標的になっててカワイソウダナー。
恐いのかと思ったらすばらな純愛じゃないですか!!
宮永のオーラが入ったらホーンが生えるとかないんですかね?
別にホーンが宮永の象徴という訳でもないんでしょうが。
ありがとうございました。
ホラーと聞いてあれ? と思ったものの、
イラストにやられました。
しかし、照菫がギャグ風味だったのに、
いい意味で予想外ですね。
(あまあまな方もみたいなー)チラッ
思いの強さが雀力になるなら、
照菫、怜竜にだって勝てるこの二人はお似合いってことですね!
これからも楽しみにしています。
少しずつ闇に落ちていく>
咲「まさにそんな感じを書きたかったので
嬉しいです!」
久「頭はおかしいけど愛自体は綺麗よね」
久「あ、ランキングは2つのカテゴリに
登録してるから交互に表示されるみたい」
咲「いつもありがとうございます!」
すばらな純愛>
煌「個を失ってでも愛する人を守ろうとする
その愛…すばらです!」
姫子「今回は普通やね」
ホーン>
久「え?当然生えるわよ?菫にも生えてるわ」
菫「これ、すごい固いんだな…私の髪型だと
違和感がひどいんだが」
予想外>
咲「お姉ちゃんと菫さんなら
相思相愛スタートでもあまり
違和感ないですけど…
部長と私だとそこに至る理由が欲しいので…
」
咲「根拠を書いてたらいつの間にか
暗くなっちゃいました…ごめんなさい!」
久「まあでも逆に言えば次書くとしたら
『これのあまあまIF版です』で書けるから
書きやすいかもね。
また咲さんかわいい!が
10件出てきたりしたら書こうかしら」
咲さんかわいい!
久さんかわいい!
咲さんかわいい!
そして半分魂が抜けた人ってどんな様子になるんでしょうかね‥
咲さんかわいい!×10
咲と部長の混ざっていく描写にぞくぞくしてしまった笑
菫と久にもホーンが生えるということはあのホーンはテレパシー行うためのアンテナなのだろうか…
それはそれとして、咲さんかわいい!
咲さんかわいい!部長をもうちょーと怖がらせてもいいんですよ(笑)
咲さんかわいい!
あ、このコメントはノーカウント。
咲さんかわいい!
咲さんかわいい!
甘々も見たいぞー!
いつも楽しみにしてます。
久咲、咲久カプ大好きなのでこれからも楽しみにしてます!
いつも楽しみにしています!
そろそろ憧成分が欲しくなってきました…
咲さんかわいい!
ここまでの勢力を誇るとは…!
久と咲で混濁してる>
咲「ホラーっぽくしたかったので混ぜてみました」
久「書いてる方もよくわからなかったわ」
フェストゥム>
咲「ごめんなさい、特に何かを
参考にはしてないです」
半分魂が抜けた人>
咲「解説編を兼ねてあまあま編を書いたので
そちらでちょっと片鱗がうかがえます」
久「ぶっちゃけ廃人よね」
ホラーかと思ったら純愛>
咲「意外に純愛っていう人多いですね」
久「きっと訓練されちゃったのね…」
菫「なるほど、これがアンテナになってるのか」
照「実は優れもの」
罪悪感とかもってるの>
咲「私は自分の異常性も、それを
抑えられないこともわかっていて
罪悪感を感じてます」
久「…でも、ありのまま受け入れて
ほしいとも思っている。悲しい子ね」
咲「部長が受け入れてくれたから、
今は悲しくないですよ?」
久咲、咲久カプ大好き>
久「このブログ見てると咲久大人気っていう
錯覚を覚えるわね」
咲「実際は超マイノリティなんですけどね」
そろそろ憧成分>
憧「次のリクエスト回を狙うのよ!」
穏乃「そういえば第3回には
ほとんどなかったね」