現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
欲しいものリスト公開中です。
(amazonで気軽に支援できます。ブログ継続の原動力となりますのでよろしければ。
『リスト作成の経緯はこちら』)

【咲-Saki-SS:久咲】咲「忘れられた私」【あまあま】

<あらすじ>
なし。<その他>の
リクエストを読んでください。

<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他

<症状>
・あまあま

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲。ある日部長が咲さんについてだけ
 記憶をなくしてしまい、
 ショックを受けた咲さんだったが
 いつもと変わらない部長の優しさに触れて
 思わず記憶喪失前は恋人だったと部長に嘘をついて…
 というちょっとシリアスなお話

※ごめんなさい…!
 病み成分がかなり抜けてしまいました…!!


--------------------------------------------------------



「あなたの名前は?」

「竹井久」

「年齢は?」

「17歳」

「職業は?」

「清澄高校の生徒で3年生。
 学生議会長と麻雀部部長を兼任」

「大切な人を5人挙げてください」

「染谷まこ、藤田靖子、原村和、片岡優希、福路美穂子」

「最近一番心に残ったエピソードは?」

「麻雀のインターハイで全国準優勝した事」

「……」

「はい、特に問題ありませんね。
 お疲れ様でした」



--------------------------------------------------------



部長が事故に遭いました。

自転車で移動していた時に、
交差点で信号無視をしてきた
原付自動車と衝突したとの事でした。

自転車から転倒した時に頭を強く打ったので、
軽い脳震盪を起こして
救急車で病院に運ばれました。

とはいえ目立った外傷はなく、
特に記憶の混濁も見られず。

検査を行った結果も問題なしという事で、
念のため一日だけ入院した後に
退院するそうです。

不幸中の幸い。
大事にならなくてよかったね。
なんて、なんとか笑って
終わらせられる事件でした。


私、宮永咲を除いては。



--------------------------------------------------------



「ぶ、部長!大丈夫ですか!?」

「……?」

「…ど、どうしたんですか部長!?
 やっぱりどこか痛いんですか!?」

「え、えーと…」

「その、人違いじゃないかしら?
 私は竹井久なんだけど」

「え…わ、わかってますよ?
 だから、お見舞いに来たんですけど…」

「…それはありがたいんだけど…
 ごめんなさい」


「あなたと私って、
 どこかで会った事あるかしら?」



--------------------------------------------------------



部長は、私の事を覚えていませんでした。
他の事は全部覚えていたのに。

きれいさっぱり、『私の事だけ』
忘れてしまっていました。


「ほれ、これ見んしゃい。
 咲はわしらのチームメイトじゃ」

「後はお前さんよく携帯で写真撮っとるじゃろ?
 何枚か咲の写真が入っとるはずじゃ」

「携帯?どれどれ」

「…うわぁ」

「どした?」

「い、いや何でもないわ。
 とりあえず携帯は置いておきましょう。
 他には何か情報ない?」

「インターハイの準優勝は覚えてるんだじょ?
 だったらチームメンバーが
 5人言えないのは異常だじぇ」

「準決勝と決勝は、咲さんに逐一
 体調チェックしてもらってたじゃないですか…
 そこから何か思い出せませんか?」

「ふーむ、確かに。私の記憶に
 障害が起きているのは間違いないようね」

「でも、なんでこの子の事だけ忘れてるのかしら。
 インハイで戦った大将戦の対戦相手は覚えてるのに」

「まったくだじぇ。どうせ忘れるなら他にも
 もっと候補がいるはずだじぇ。風越のイケダとか」


この子。

その、名前で呼んでもらえない他人行儀な呼び方に、
私はひどく打ちのめされました。

『部長と私の繋がりが完全に消えてしまった』
それを明確に突きつけられた気がしました。

でも、何より私を絶望させたのは…
この現象を説明する理由が
一つしか思いつかなかった事です。


部長にとって、私は忘れたい存在だった。


そのくらいしか、私だけ忘れられる理由が
思いつかないのです。

もっとも理由が何にせよ、
私が部長の脳に要らない子だと判断された
事実は変わりません。


もしこれが、部長ではなく別の人だったなら。
私はここまで打ちひしがれる事は
なかったかもしれません。


でも、私は部長に恋をしていました。


私に麻雀の楽しさを教えてくれた部長。
麻雀部に導いて、お姉ちゃんと
仲直りする橋渡しをしてくれた部長。
辛い時、いつもそっと私を支えてくれた部長。


その部長に忘れられた。


その事実は、私には到底
耐えられるものではありませんでした。


「す、すいません…ちょっと席を外します」


こみ上げる涙を抑えきれなくなってきて、
一人その場を離れようとしたその時。


「待って」


部長に呼び止められました。


「ごめんね?つらい思いをさせているのは私だし、
 あなたを止める権利がないのもわかってる」

「でも、できればあなたと、
 二人っきりで話がしたいの」

「…駄目かしら?」


両手を合わせて頭を下げる部長。
そのお願いに、正直私は逡巡しました。

それは、私にとって
あまりにも辛すぎる提案だったから。

二人っきりになってしまったら、
部長が私の事を忘れてしまったという現実を
ただひたすら思い知らされる事になります。


「……っ」


一度は断ろうとした私でしたが、
言葉を発する前に思い直しました。

これは、ある意味チャンスとも
言えるのかもしれません。

忘れられるほど嫌われていたというのなら。

いっそ忘れられたまま、
今度こそ部長に好かれるように努力した方が
まだ望みはあるのかもしれません。


「………わかりました」


結局さんざん迷った挙句、
私は部長のお願いを受け入れました。



--------------------------------------------------------



部長と二人きりになりました。
病室を気まずい沈黙が支配します。

今の部長にとって、私は単なる赤の他人で。
私にとって部長は、自分を忘れてしまった人です。
何を話せばいいのかわかりませんでした。

もっとも、そんな居心地の悪さを
感じているのは私だけだったようで。

部長は穏やかな笑みを浮かべて
私に話しかけてきます。


「ねえ、あなたはなんで、
 私があなたの事を忘れたと思う?」


柔和な笑みとは裏腹に、
あまりにも直球すぎるその問いかけ。

私は自分の心がどろどろと黒く
染まっていくのを感じました。


「…私の事を、忘れたいくらい
 嫌っていたからじゃないかt」

「それはありえないわ」


一閃。

部長は私の頭を支配していた最悪の予想を、
ばっさりと切り捨てました。


「ちょっと嫌な言い方をしちゃうけど、
 もしそれが理由なら、優希も言ってたけど
 もっと他に消えるべき人が残ってるもの」

「今宮女子の泥棒二人とかね。
 あの人達、八つ当たりで
 他校の選手の大切なものを盗んだ挙句、
 持ち主に返そうとした天江さんと取り合いして
 最終的には破っちゃったのよ?
 でも、あの二人は私の記憶に残ってるわ」

「全国に出て苦楽を共にしたあなたが、私の中で
 その二人より嫌われているとかありえないでしょ」


力強く断言する部長の言葉。

すぅっ、と私を支配していた闇が晴れていきます。
よかった。嫌われたわけじゃないんだ。

でも…そうだとしたら、今度は本当に
忘れられた理由が見つかりません。


「私は、逆の理由を考えてたわ」

「…逆?」

「ま、真実は忘れちゃってるから
 どうしても仮定になっちゃうし、
 あくまでご参考として聞いてほしいんだけど」

「もしかしたら…
 あなたの事が好きだった…とかね?」

「!!」


部長の仮定は、私がまったく
予想だにしなかったものでした。


「あなたの事が好き過ぎて」

「でも想いを告げられなくて」

「苦しくて、苦しくて、苦しくて」

「もう、こんな想いをするくらいなら
 いっそ忘れてしまえたらいいのに」

「なんてのが真実だとしたら…」

「すっごく、ロマンチックだと思わない?」


なんて、悪戯っぽく片目をつぶって、
私に笑いかける部長。
私は、脈絡もなくこう思いました。


ああ、この人は変わってない。


例え私の事を忘れてしまっても、
それでも変わらず私の心を奪っていく。
記憶を失ったくらいでは、
捕えた私を逃がしてはくれない。


「ね、あなたはどう思う?」


部長は私に意見を求めました。
私はその仮定を頭の中で反芻します。

もしそれが事実なら、なんて幸せな事でしょうか。

それを『事実にする』ためには…
私は何をすればいいのでしょうか。


部長が話してくれた仮定は、
私にとってあまりにも魅力的過ぎて。
私はその仮定に憑りつかれてしまいます。


その仮定を事実にできたら。


そればかりが頭を駆け巡って。

そして…つい、魔が差してしまって。
私は、嘘をついてしまったんです。


それは…狡くて浅ましい嘘。


「も、もし…それに近い内容が
 真実だとしたらどうしますか?」

「ん?」

「わ、私達が…実は、両想いだったとしたら」


私の問いかけに、部長はしばらく考え込んで。
私の目をじっと覗き込みながら、
真剣な表情で口を開きました。


「…続けてちょうだい」

「じ、実は…部長が事故に遭う前の日に、
 私、部長に告白したんです」

「部長は、受け入れてくれました」

「でも事故に遭った後、部長は私の事を
 忘れてしまいましたから…」

「だから、本当は私に気を遣って、
 嫌々受け入れたんじゃないかなって…」

「それで、これ以上私の事で気を煩わせるのが嫌で、
 忘れたくなったんじゃないかなって」

「さっきまでは、そう思ってたんです」


その場しのぎで考えた嘘。
一度吐き出してしまった嘘は、
どんどん膨らんで私の口から滑り落ちていきます。


「でも、部長の話を聞いてたら…
 もしかしたら、逆だったのかなって」

「う、自惚れになっちゃいますけど、
 部長も私の告白を喜んでくれていて」

「私の事で頭がいっぱいになってる時に、
 事故に遭っちゃったから、
 記憶が抜けちゃったんだとしたら…」


「ちょっと、救われるなって思いました」


私の嘘を黙って聞いていた部長。
しばらく沈黙を守っていた部長は、
突然にこっと笑顔になりました。


「よし、それ採用!!」

「えぇっ!?さ、採用?」

「正直、事故が起きた時私が何を考えていたのか、
 それは今の私にはわからないわ」

「でも、少なくとも私は
 あなたの告白を受け入れたんでしょ?」

「……は、はい」

「だとしたらそれで十分。
 私は同情や社交辞令で告白を受け入れるほど
 心が広くないもの」

「私はあなたの事が好きだったから
 記憶喪失になった。
 それ以上の追究は必要ないわ」

「という事で、これからも
 カップルって事でいいかしら?」


複雑な思いがこみ上げました。

かりそめでも、部長と恋仲になれる喜び。
愛する人を騙す罪悪感。
そんな感情がないまぜになって、
私の心をかき乱しました。

それでも、こんな望外のチャンスを
見逃す事はできなくて。


「…はい」


私は、前者を選んでしまいました。
嘘をつき続ける道を選んでしまったのです。



--------------------------------------------------------













--------------------------------------------------------



部長の記憶はなかなか戻ってはきませんでした。
でも、だからといって問題になるかというと、
そんな事もありませんでした。

だって、記憶を失っても、
部長の性格は全然変わっていませんでしたから。

失った記憶も私に関連する記憶だけですし、
麻雀部という事もあって、
牌譜だとか対局中のムービーだとか、
私達の記録はたくさん残っています。

それらを使えば、私達はいくらでも
過去を遡る(さかのぼる)事ができたのです。


「へぇ…咲ってプラマイゼロなんてしてたのね」

「はい。私に勝つ楽しさを教えてくれたのは
 部長だったんですよ?」


……


「決勝…すごいわね。
 オーラスで責任払いで数え役満とか、
 私がやられたら一生立ち直れないわ…」

「あ、あはは…」

「こうして記録を見てると、
 今年の私の一年間って、
 本当に咲なしでは語れないのね」

「天江さんの事は覚えてるけど、
 天江さんと咲の対局自体は忘れちゃってるし。
 結構記憶が歯抜けになってるわ」


……


「あー、これやった記憶は残ってるわ。
 なんでくるくる回ってたのかは
 わからなかったんだけど、
 咲に様子を見てもらってたのね」

「はい。部長、可愛かったですよ」

「ふふ。可愛いかー」


部長と二人で、私に関する記録を漁ります。
気恥ずかしくもありましたけど、
新鮮で楽しくもありました。


でも、ちょっと困る事もあって。

最初から恋人という関係から
スタートしている部長は、
私に対して一切遠慮がないのです。


「あ、あの、部長…ゆ、指」

「ん?恋人なんだから
 恋人繋ぎしても普通でしょ?」

「そ、それはそうですけど…初めてだったので」

「へぇ。じゃあ、もしかして咲と私って、
 キスとかもまだだったり?」

「そ、そりゃないですよ!!」

「そっかー。それは何よりだわ」

「えと…なんで、何よりなんですか?」

「いやだって、私の記憶は、
 ひょっとしたらもう戻らないかもしれないし」

「忘れられたファーストキス、
 とか切なすぎでしょ」

「…え?ぶ、部長もまだなんですか?」

「あっ…」

「……」

「な、なによ。私が未体験だったらおかしい?」

「い、いえ。そういうわけじゃ!」

「た、ただ…だったら、
 ファーストキス同士でうれしいなって…」

「っ!」

「や、やめてよもー!私はいじるキャラで
 いじられるキャラじゃないんだから!
 咲は大人しく私にいじられてればいいの!」

「は、はい…えへへ」


恋人モードになった部長は、
かっこよくて可愛くて。
今まで見た事がなかった一面を
いっぱい見せてくれます。

そんな部長を、私は今まで以上に
好きになってしまって。
どんどん、部長に溺れていってしまうんです。



--------------------------------------------------------



でもそれは、私の中の不安を
増大させるものでもありました。

もし部長の記憶が戻って、
私が嘘をついていたのがバレてしまったら。

きっと部長は、私の事を軽蔑するのでしょう。


そう考えると、私は夜も
眠れなくなりました。


取り返しのつかない関係になる前に、
嘘を打ち明けないといけない。
わかってはいるんです。

でも、一度手に入れた幸せを、
手放す事はできなくて。
打ち明けた後嫌われる事に耐えられなくて。

私は…

より、傷口を広げる方向に
動いてしまったんです。



--------------------------------------------------------



「あはは、じゃあ咲は対局中ずっと
 トイレを我慢してたのね」

「はい。せっかく全国行きを決めて
 喜びを分かち合おうとしていたのに、
 私の横をすり抜けてトイレに走っていきました」

「うっわなにそれ見たい!
 なんで私そんな名シーンを
 忘れちゃったのかしら!」

「ねえねえ、他にはないの?
 咲の珍プレーsy」


「ストップ」


「和ちゃん。それ、私の恥ずかしい
 記憶っていう理由もあるけど…」

「部長には、もうあんまり過去の私の事は
 教えないでくれないかな?」

「…さ、咲さん?」

「なんでー?別にいいじゃない。
 好きな人の事をもっと
 知りたいっていうのは普通でしょ?」

「好きな人!?ぶ、部長と咲さんって
 そういう仲だったんですか!?」

「あ、うん。付き合い始めたのは
 私が事故る直前だったんだけどね?」

「それですよ。部長は一度、
 事故のせいで私の事を忘れてるんですよ?」

「もし、今の部長が記憶を取り戻したら…
 今度は、事故に遭った後の私の事を
 忘れちゃうかもしれないじゃないですか」

「もう私…忘れられるのは嫌です」

「…ごめんね、咲。もう聞かないわ」


私は、部長が過去の
私に関する情報に触れないように、
工作するようになりました。

この時みたいに、過去の私に関する会話を遮ったり。
過去の牌譜や記録をそれとなく隠したり。
部長から過去の私を隠ぺいする事に
躍起になったんです。

自分でも、ちょっと異常だなとは思いました。
でも、部長を過去の私から遠ざければ、
部長が記憶を取り戻す可能性は低くなる。

そして、部長が記憶を失っている間に
深い関係になってしまえば。
万が一部長が記憶を取り戻しても、
捨てられないで済むかもしれません。


我ながら、姑息で卑怯だと思います。
でも、その時の私は。
これが最善だと信じて疑わないくらいには、
自分を見失っていたのです。



--------------------------------------------------------



「うーん…」

「どうしたんじゃ?浮かん顔して…」

「や、最近咲が変なのよね。
 まるで、私に記憶を
 取り戻して欲しくないみたい」

「あれじゃろ?今のお前さんが
 消えんようにっちゅう話じゃろ」

「ちょっと気にかかるのよね。
 ネットとかで調べてみたら、
 確かにそういう症例も見つかったけど…
 ほとんどの場合一時的なもので、
 最終的には全部の記憶を思い出してたわ」
 
「普通に考えたらさ。一番肝心な、
 結ばれた時の記憶が戻らないままって、
 恋人として許容できる?
 少なくとも私、そこだけは絶対
 取り戻したいんだけど」

「そがぁな事言うてもじゃ、記憶なんて
 まだあんまり解明されとらん領域じゃろ。
 咲の不安もよぉわかる」

「ま、そうなんだけどね…
 でもやっぱり知りたいなぁ。
 今度、咲に根掘り葉掘り聞いてみようかしら」



--------------------------------------------------------



恐れていた事態が起きてしまいました。


「ねえ咲。咲が告白した時の事、
 教えてくれないかしら?」


部長が、『あの時』の事を質問してきたのです。
あの、ありもしない告白の事を。


「な、なんでそんな事聞くんですか?」

「え?いやいや。むしろ
 聞かない方がおかしいでしょ」

「大好きな恋人の告白シーンよ?
 他の記憶は差し置いても、
 そこだけは絶対に取り戻したいじゃない」


私は内心震え上がりました。
でも、部長の言う事は至極もっともです。
これを突っぱねたら、
間違いなく部長は疑念を抱くでしょう。

動揺を部長に気取られないようにしないと。

私はなんでもなかったかのように、
以前から何度も推敲していた
ねつ造の記憶を説明し始めました。


「あの時は…放課後に部長を
 屋上に呼び出して告白したんです」

「『好きです、付き合ってください!』って」

「直球ねぇ。でもそれだけに
 頬がゆるんじゃうかも!
 で、それを受けた私はどんな感じだったの?」

「えと…部長は、少し考えたようなそぶりを見せて、
 その後、ゆっくり頷いてくれました」

「『いいわよ、咲。付き合いましょ?』って」

「我ながら上から目線ねぇ。そこはちゃんと
 『私も好きよって』言わなくちゃ駄目でしょうに」

「あ、あはは」

「で、それからどうしたの?」

「特に何も…『これからよろしくね?』
 って言われて、二人で屋上を後にしました」

「駄目すぎでしょ…そんなんじゃ、
 咲が不安に思うのも無理ないわね…」

「でも、屋上とかロマンチックねぇ。
 あの日は晴れてたし、
 夕焼けに染まっちゃったりとか?」

「あ、はい…夕日をバックにした部長、
 とっても綺麗でした」

「……」

「…ふふ、いいわねぇ…」



「それが、咲が夢に見る理想の告白なのかしら?」



一瞬にして背筋が凍りました。


「ど…どういう、意味ですか?」

「だってそれ、不可能だもの」

「咲が私に告白してくれたのは
 私が事故に遭う前日よね?」

「その日、私は学生議会の会議があった。
 放課後直接議会室に行って
 会議に出たのは覚えてるから、
 告白をしたとしたらその後になるわ」

「あの日晴れていたのは事実だけど、
 それはあくまで会議が終わるまで。
 私が議会室を出た時には中途半端に曇ってた」

「『せっかく綺麗な夕焼けだったのに
  見逃しちゃったなー』
 って残念に思ったのを覚えてるのよ」

「…咲は、夕焼けをバックにした私を
 どうやって屋上で見たのかしら?」

「そ、それは…」


胃が鉛のように重くなりました。
バレた。バレてしまった。

その日の天気とか、部長の予定とか。
その日屋上に上れたかとか、
調べられる事は全部調べたつもりだったのに。

最後の最後で、部長の簡単な誘導尋問に
引っかかってしまったのです。


「なるほどなるほど。私に過去を
 思い出してほしくなかったのは、
 そういう事だったわけね」

「告白なんてなかった。
 私達は付き合ってなかった」

「それを知られたくなかったから、
 咲は過去を隠ぺいしようとしたわけだ」


部長が立ち上がります。

私は反射的に目をつぶって
身を縮こめてしまいます。

ぶたれても仕方がありません。
罵られて、そのまま一人
置き去りにされても仕方ありません。
それだけの事を、私はしてしまったのですから。

私は震えながらも、逃げる事なく
次の部長のアクションを待ちました。


でも、平手打ちや罵倒を覚悟していた
私の耳に届いたのは、明るい部長の声でした。


「じゃ、行きましょっか!」

「え…?」


部長の言葉の真意がつかめなくて戸惑う私。
部長は、そんな私の手を取って、
どこかに向かおうと歩き始めます。


「え、えと、部長…どこへ?」

「ん?だって咲、本当は
 告白してないんでしょ?」

「……」

「だったら、責任取ってちゃんと
 告白してもらわないと!」

「…へ?」

「ちょうど今日は晴れてるし、絶好の告白日和!
 言ったからには再現してもらうわよー?」


そう言って、にこにこと笑いかける部長。
あれ?どうして怒らないの?

まだ状況を信じきれない私。
その様子を読み取った部長が、
優しい笑みを浮かべて語り掛けます。


「まあ、確かに褒められた行為ではないわよね」

「でも、愛する恋人の可愛い過ちだもの。
 むしろ愛おしさすら感じちゃうわ」

「ぶ、部長…」


それは、確かに私が思い描いていた
理想の展開ではあったけれど。

こんな事があっていいのでしょうか。
醜い嘘をついて、部長を不正に
独り占めしようとした私が。
こんなに簡単に許されていいのでしょうか。


「や、まだ許すかはわからないわよ?
 告白しだいで決めるから全力で挑んでね?」


悪戯っ子のように不敵な笑みを浮かべながら、
部長は私の手を引きました。



--------------------------------------------------------



二人で手を繋いで上った屋上は、
鮮やかな夕陽で一面
真っ赤に染まっていました。

ゆっくりと、噛みしめるように
広い屋上の真ん中まで移動した後、
部長はそっと私の両手を握ります。
そして何も言わず、私の目を見つめました。


多分、それは始まりの合図。
私はなけなしの勇気を奮い立たせて、
必死に言葉を紡ぎます。


「ぶ、部長…す、好きです。
 私と、つ、付き合ってください」


ひどくか細くて消え入りそうな声。
自分の発した声のあまりの頼りなさに、
思わず私は泣きそうになりました。

ここまでお膳立てしてもらっておいて、
それでも満足に話せないなんて。

こんな体たらくで、よくも
告白したなんて嘘がつけたものです。

それでも私の必死の想いは、
なんとか部長に届いたようでした。


部長はなお真剣な表情で
まっすぐ私を見据えます。
夕陽に照らされた部長の顔は
凛々しくて絵になりました。


「私も好きです。こちらこそ、
 付き合ってください」


部長が私を抱き締めます。
その真摯な言の葉と、じんわりと
伝わってくる部長の体温が、
私の涙腺を刺激します。


「うっ…うっ……」


しゃくりあげる私を前に、
部長が表情を崩しました。


「ちょ、ちょっとっ、泣かないでよっ…
 これから、かっこよくっ…
 キスっ…するんだから…」


でも、そう言った部長の目にも
すでに涙が浮かんでいて。
それを見た私は、想いがあふれ出して
止まらなくなって。

ついに決壊してしまいました。


「部長っ!好きです…っ!
 ずっと…好きでしたっ……!!」

「嘘をついて…ごめんなさいっ……!!」

「そんなのいいのよぅっ…
 どうせっ…私もっ…
 好きなんだからぁっ…!!」


私達はお互いに愛を囁きながら、
抱き合って泣きました。


「ぶちょうっ…!ぶちょうっ……!!」

「さきっ…!!さきっ……!」


ずっと、二人で泣きました。

やがて日が暮れて、お互いの顔が見えなくなって
ようやく我を取り戻すまで。



--------------------------------------------------------













--------------------------------------------------------



結局、私達が本当の意味で結ばれた後も、
部長の記憶が元に戻る事は
ありませんでした。


「まだ、思い出せませんか…?」

「無理ねぇ。外傷性と心因性の複合型っぽいから
 このまま一生戻らないかもしれないわ」


事もなげに告げる部長。
でも、その事実は今でも私の中に
一点の闇を落としています。

告白をしたという嘘自体は白日の下に晒されて、
一応許してもらえたわけですが。

だからと言って、私が事故に遭う前の部長に
告白していない事実は変わらなくて。

その部長が、私以外の誰かを
好きだった可能性は否定できないのです。

だから私は、今の幸せを手放しで
受け入れる事ができなくて。

つい、時折沈んだ気持ちを
顔に出してしまいます。


「もー、なんで暗い顔してるのよ」

「だって…もし記憶が戻ったら、
 今の関係が壊れちゃう
 かもしれないじゃないですか」

「いやいや、もう告白済ませたじゃない」

「だからって、前の部長に
 好きな人がいないとも限りませんし…」

「ん?いたわよ?好きな人」

「…え?」


あっけらかんと話す部長。
私は思わず言葉を失いました。
部長に好きな人がいた。
初耳の情報です。


「携帯に写真がいっぱい入ってたからねー」

「ほら」


部長が携帯を操作して、
写真の一覧を見せてくれました。
そこに写っていたのは…


「わ…わたし!?」

「そ。最初に言ったでしょ?
 あなたの事が好き過ぎたんじゃないかって」

「いくらなんでも、根拠なしに
 あんな事言わないわよ?」


そう言って、部長は携帯の写真を
一枚一枚表示させていきます。
次から次へと表示される私の写真。
私だけが写っている写真。

部長は「たはは」と苦笑いしました。


「正直これ見た時、自分の事ながら
 ドン引きしたわ」

「どんだけこの子の事好きなのよ、って」

「だからね?告白の事を
 はっきりさせかったのも、
 単に私が安心したかっただけ」

「私達が付き合っているという
 事実はちゃんとあったんだって、
 安心したかっただけ」

「だからね?」

「記憶を失う前も、失った後も」


「私の好きな人は変わらず咲。
 あなただけなのよ」


「だから…安心してくれないかしら?」

「…っ…はいっ……!」


私は泣き崩れてしまいました。

ずっと私に付き纏っていた不安。
拭いきれなかった罪悪感。
ここにきてようやく、
それらから解放された気がしました。

もちろん、私の犯した罪が
無くなるわけではありません。
でも、少なくとも被害者はいなかった。

その事実を知って初めて。
私はこの人と結ばれていいんだって、
素直に思えるようになったんです。


私が部長の胸の中で
ひとしきり泣いて落ち着いた後、
部長はぽつりとこうこぼしました。


「…まあでも、次記憶を失った時には
 同じような不安は感じたくないわね」

「せっかくだから、今のうちに
 動かない証拠を作っておきましょうか」

「しょ…証拠、ですか」

「…えいっ」

「な、何を…んっ」


…カシャッ


「…はい。これで、もうどっちが
 記憶喪失になっても大丈夫!」

「う、うぅ…」


部長はにやにや笑みを浮かべながら
私に携帯の画面を見せつけます。

そこには、驚いて目を見開いた状態で
キスされている私の姿がありました。


「…こ、これじゃダメですよ!」

「そう?」

「だって、これじゃ不意を狙って
 襲われたようにも見えるじゃないですか」

「まあ実際そうだしねー」

「部長…目を閉じてください」

「え、えぇ…?」

「やりなおしです」

「え、えと、咲からするの?
 こ、こういうのは私の役目じゃ」

「いきますよ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!んっ…」


…カシャッ


一瞬の沈黙の後、
シャッター音が響きました。

シャッターがとらえたのは、
互いに頬を染めながらも、
そっと目を閉じて口づける二人の姿。


うん。これなら大丈夫。


次回は、嘘をつかなくてすみそうです。


(完)
 Yahoo!ブックマーク
posted by ぷちどろっぷ at 2015年01月19日 | Comment(13) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
記憶を無くしてもより一層の魅力しか浮き出てこない部長さすがだじぇ。
白黒問わず、久さんが絡むと紆余曲折ありながらも結果的に巻き込まれる人も含め幸せそうで見てて気持ちいいです。
Posted by at 2015年01月19日 18:29
五人の中に入らなかった京太郎……まぁ、キャップとはある意味中学時代からのライバルだし、藤田プロは1年組より付き合い長いしね、仕方ないね。
Posted by at 2015年01月19日 18:55
甘々すぎて、思わずサイトを間違えてしまったかと思ったw

久さんかわいい、咲さんもかわいい。
Posted by 部長かわいい at 2015年01月19日 20:40
記憶喪失を利用して相手を恋人にさせる、という話は割とよく見かけますが、告白の状況を語らせてから理想の告白を再現させるとは‥流石です。すばらっ!

結構前の「私が部長を救うんだ!」を直前に読み返していたので、ギャップが凄いです(笑)
Posted by 130 at 2015年01月19日 20:44
好きな人に自分だけ忘れられてしまう絶望感。
そんな中に見えた一筋の光明だったのかもしれない嘘の告白、それにすがりついてしまうのはなんとなくわかる。
でも実は全部咲のことを好きだった部長が咲のことを捕らえるための巧妙な嘘だったんだよ!ナ、ナンダッテー!の可能性も……。ここの久さんならやりかねない……
Posted by さいふぁ at 2015年01月19日 21:17
部長が願掛けて自分からバイクの前に…って思ってしまった…
おかしいな部長のイメージがすっかり乙女になってる。まあ二人が幸せなら問題ないですけどね(笑い
Posted by at 2015年01月19日 22:14
ここの久咲の中でもトップクラスで好きかもしれません。

実は記憶を失う前の部長は咲と結ばれていない訳で、記憶が戻らなければ永遠に結ばれないんですね……
そう考えると少しビターな話にも思えます。
そのほろ苦さが好きなんですが。
Posted by at 2015年01月20日 00:22
こういうあまあまいいですね!
萌えました笑
ごちそうさまでした笑
Posted by at 2015年01月20日 14:06
いいなあ、すごく甘いなあ。
不安で不安で、一回絶望にまで落ちて。そこから報われるカタルシス溢れる告白シーンで、すごくよかったです。
そして久さんイケメン! 咲さんかわいい!
Posted by オリ at 2015年01月20日 20:21
部長は咲さんを幸せにできる天才だなあと
咲さんと部長それぞれの不安を
告白という形でなくす流れは素敵でした
二人の告白後の涙がとても良かったです
リクエストに応えていただき
ありがとうございました!
Posted by at 2015年01月20日 21:41
3回繰り返し読んだ
Posted by at 2015年01月20日 22:47
実は記憶失ってませんでした的な展開が来るかと思ったけどそんなことはなかったぜ!
Posted by at 2015年01月21日 02:57
記憶を無くしても>
久「どっちもあると思うのよね。記憶なくして
  弱くなっちゃう私と、変わらない私」
咲「どっちにしても魅力的だと思います」

五人の中に入らなかった>
久「迷ったけどね…原作で大ゴマで出てきた人が
  省かれるのも逆に違和感だし」
咲「京ちゃんも大切な人ではあるんですよ?」

サイトを間違えてしまったかと>
咲「書いていて自分もびっくりしました」
久「最近病みが抜け気味よね。いい事だけど」
咲「次の久咲が最上級に重いからいいんですよ」

記憶喪失を利用して>
咲「部長の鋭さからすると気づくと思うんです」
久「気づかず終わるのもハッピーエンドとは
  言えないしね。まあその方が病んでるけど」

巧妙な嘘だったんだよ>
咲「真っ先に考えた展開でした」
久「どんだけ鬼畜なのよ私」
咲「リクエストに反するのでやめました」
久「ほっ」

すっかり乙女>
咲「部長は最初から乙女ですよ?」
久「まあ私が病んでても自分からバイク…
  はないかな?計算でなんとかできないし」

少しビターな話>
咲「読み取る人いるんだなぁ…読む人がすごい」
久「記憶が戻らなかったのはまさにこれ」

ごちそうさまでした>
咲「お粗末様でした!」

不安で不安で、一回絶望にまで落ちて>
咲「よく嘘をつく展開ってありますけど、
  現実にやったら気が気じゃないと思います」
久「バレたら下手したら絶縁ものよね」

咲さんと部長それぞれの不安>
久「実は私の方が不安で仕方ないパターン」
久「サイド久で書こうかと思ったけど、
  すでにあまあますぎるしさらに砂糖を
  かぶせるだけだからやめておいたわ」
咲「ネタ提供ありがとうございました!」

3回繰り返し読んだ>
咲「ありがとうございます!冥利に尽きます!」

実は記憶失ってませんでした>
久「実は最初に考えた」
咲「リクエストに反するので(略)」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2015年01月25日 10:28
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/112284183
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
 なんかブログランキング参加してみました。
 押してもらえると喜びます(一日一回まで)。
 
人気ブログランキング