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【咲-Saki-SS:久咲】咲「あなたは私の最後の希望」【ヤンデレ】
<あらすじ>
インターハイの決勝戦。
咲は結局受け入れてもらえなかった。
咲は悲しみに耐えられなかった。
病んで壊れて狂気に染まった。
壊れた咲は罪を犯した。
そしてあっさり捕まった。閉鎖病棟送りになった。
訪問した私が見たのは投薬で人形と化した咲。
私は一人泣き崩れる。
ああ ああ
咲の想い人が私だったなら
こんな悲劇は起きなかったのに
私は決断する。
咲をここから連れ出そう。
照の呪縛から救うために。
こうして旅が始まった。
死の匂いが付き纏う逃避行が。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他
<症状>
・狂気
・ヤンデレ
・自殺未遂
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲の逃避行を題材にした話。真摯に咲を思う部長
≪超シリアス≫
※当ブログ屈指の重苦しさです。
ギャグ要素ゼロ。じくじく菫レベルです。
ご注意を。
※本作品で久が取る行動は絶対に真似しないでください。
※現代日本の状況などとは細かい点で状況が異なります。
フィクションとして整合性などはあまり深く考えず
雰囲気を感じてもらえたらと思います。
例えば現在の精神病院は
もっとクリーンで開放的だと思います。
あくまでフィクションとお考えください。
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寒々しい一室。
私はガラス越しに咲と対面する。
「おはよ。定期巡回にきたわ」
「……」
咲からの返事はない。
その目はどろりと濁っている。
意志の籠ってない瞳。
それをただ漫然と私に向けている。
「最近ちょっと寒くなってきたわね。
朝方は毛布が欲しくなってきたわ」
「そっちは寒くなかった?」
「……」
私は一人で会話を続ける。
咲の反応はない。
それでも私は言葉を紡ぐ。
心に溜まっていく悲しみを隠しながら。
「そういえば照が」
「おねえちゃんが!?
おねえちゃんがなんですか!?」
照。
そのたった二文字に咲は過剰に反応する。
まるでそれまでの無反応が嘘だったかのように。
「…またヨーロッパでランキングを上げてたわ」
「…そうですか。まだ外国にいるんですね」
「……」
咲にとって嬉しい情報ではなかったらしい。
咲は顔を暗く沈めるとまた人形に戻った。
そして面会時間が終了する。
「…また来るわ」
私は再会の意思を示して部屋を去った。
心の中に拭いようのない失望感を残しながら。
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病室を出たところで咲の担当医と出くわす。
彼女は私に深々と頭を下げた。
「いつもありがとうございます」
「…そう思うならわざわざ面会直前に
薬打つのやめてもらえませんか」
私の糾弾に彼女はなぜか笑みを見せる。
ずいぶんとくたびれた笑みだった。
「打たなければ面会なんてできませんでした」
「暴れていたんですか?」
「ええ。先程まで拘束衣を着ていました」
「…そこまでひどかったなら面会自体
中止でもよかったんですが」
「それはそれで困るんです。
宮永さんにとって貴方は最後の希望ですから」
彼女の言葉に違和感を覚える。
私にはその実感がまるでなかった。
「…何の反応もしてもらえない私がですか?」
「貴方以外では面会自体応じようとしません。
この前片岡さんが来た時は
面会室に動こうとする意思すら見せませんでした」
「私もそうです。カウンセリング中も
何一つ話してくれない」
「照の二文字を出せば反応すると思いますけど」
「それを試行した結果が今日の拘束衣です」
「…すいません」
私は素直に謝った。
彼女だって専門医なのだ。
私のような素人が考えつく事は
当然実施済みなのだろう。
むしろ真摯に対応してくれている方だと思う。
「こちらこそ。今は反応がなくても
辛抱強く語り掛ける事が重要だと思っています。
引き続きご協力をお願いします」
「もちろんです」
「…ただ一点だけご注意を。
辛いと思ったらすぐに休んでください」
「…この病気は伝染しますから」
「…先生もお気をつけて」
頭を下げて診察室を後にした。
この病気は伝染する。
その言葉が耳に残った。
もし同じ病気に罹れたら。
私は少しでも咲の気持ちが
わかってあげられるのだろうか。
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措置入院。
それが咲の入院している理由。
インターハイの決勝戦。
咲は照と会う事はできた。
でも照は咲を受け入れなかった。
照が悪いわけじゃない。
咲の要求があまりにもひどすぎただけ。
学校をやめて長野に戻る。
受け入れろという方が酷だろう。
それでも照は譲歩した。
夏休みの間は長野に戻り咲と過ごす事を承諾した。
思えばこれが間違いだった。
咲は照を監禁してしまったから。
長続きするはずもない。
咲は一日も待たずして捕まった。
弘世菫。
照の親友である彼女は対策を打っていた。
一時間に一回必ず連絡を取り合う。
電源が切れていたら
即座に最寄りの警察に通報すると
あらかじめ決めていた。
咲の措置鑑定の結果は「要入院」。
咲は投獄される事になった。
精神病院という名の牢獄に。
以降咲は自殺未遂と投薬を繰り返し。
人形としての人生を余儀なくされている。
今は秋。
すでに咲が人形になってから
一年が経過していた。
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次の日。私はまた面会に訪れた。
私はこの日咲に揺さぶりをかけるつもりで来た。
あの人の言葉がきっかけだった。
『貴方は最後の希望ですから』
もしそれが本当なら。
私は行動を起こそうと思う。
どうせ薬が効いている。
多少踏み込んでも大丈夫だろう。
「ねえ咲。正直私って必要なのかしら」
咲は何も言わなかった。
でも少しだけ瞳が揺らいだ。
「もう来ないって言ったらどうする?」
咲は何も言わなかった。
今度は体が大きく震えた。
「照みたいに」
「あなたのそばから離れていったら」
「どうする?」
咲は椅子から崩れ落ちた。
そして意識を失った。
「…そか。ありがと」
咲は一言も発しなかった。
でもそれで十分だった。
咲は私の事も必要にしてくれている。
この日私は覚悟を決めた。
咲を照から奪い取る覚悟を。
勝ち目は薄い。15年の年月は重い。
でも私の方が咲を幸せにできるのは間違いない。
私は緊急呼び出しボタンを押した。
看護士が駆けつけてくる。
後の処置は任せよう。
看護師に抱えられて去っていく咲。
心の中で私は語り掛けた。
もう少しだけ待ってて頂戴。
すぐにそこから連れ出してあげるから。
私は一人面会室を去った。
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病院から出た私は携帯電話の電源を入れた。
そのままある人物に電話を掛ける。
プルルルル、プルルルル、
ガチャッ。
『何の用だ』
「大切な話があるの。
今度帰国した時会えないかしら」
『断る。面と向かって会うメリットがない』
声の主は即座に拒絶した。
私は思わず歯噛みする。
やっぱりこの人は苦手だ。
同類だからだろうか。
もっともそれで引き下がるわけにはいかない。
「もちろんメリットはあるわ。
いい加減咲から逃げる生活も飽き飽きでしょ。
そこから脱却できるとしたら?」
『ありえない仮定はやめろ。
完治どころか快方に向かっているという
報告すら受けてないぞ』
「治すつもりはないの。
対象を照から別の人に上書きするだけ」
『お前にか。どうやって?』
「照と咲を会わせる。その上で
咲の意識を変えるように仕向けるわ」
『馬鹿らしい。たかが一回の話し合いで
治るなら苦労するものか。
あいつがしでかした事件をもう忘れたのか?』
「大丈夫。あれ以上の
インパクトがある事件を起こすから」
『…何をする気だ』
菫に自分の計画を吐露した。
私の説明を黙って聞いていた菫。
聞き終わった彼女はこう吐き捨てた。
『…馬鹿なのか?なんでお前がそこまでするんだ』
「あなたがそれを言うの?
照を守るためだけに全てを捨てた宮永菫さん。
あなたにとってこの提案は悪くないはずよ?」
『…死なないだろうな』
「わからないわ。でもそれならそれで構わない」
『…狂人め。お前も精神病院に
行った方がいいんじゃないのか』
「お生憎様。毎日通ってるわ。それに…」
「あなただって狂人でしょうに」
『…帰国の日程が決まったら後で伝える』
菫は一方的に電話を切った。
交渉成立。
これで会う手筈は整った。
私は次の作業に移る。
次の作業は…咲の脱獄。
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「というわけでモモちゃんには
咲の脱獄を手伝ってほしいの」
「それでうんって言う人がいるなら
ここに連れてきてほしいっす」
「大した事はしなくていいのよ。
ただ職員から鍵をかすめ取ってくれればいいわ」
「それ十分大した事っすよ?」
「第一そんな事しなくても。
ちゃんとお医者さんにかけあえば
外出くらい認めてもらえるんじゃないっすか?」
「そうかもね。でもそれじゃ駄目なのよ」
「咲のために全てを捨てる。
その覚悟を咲に見せたいの」
「……」
「…実は竹井さんも病気っすか?」
「否定はしないわ」
「はぁ…一回だけっすよ?
芋蔓式に手伝わせるのはなしっすからね?」
「意外にあっさり引き受けてくれるのね?」
「相手が病気なら話は別っす。
冷静な狂人が敵に回るのほど
怖い事はないっすからね」
「あはは。言えてるわ」
「笑い事じゃないっすよ…」
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計画は比較的簡単に成功した。
まずは病院内部の把握。
話術をフル活用して棟内の設備や
夜勤のシフト状況を確認する。
満月の日を待って決行。
モモちゃんが衣を抱いて病院内に潜入。
夜になるまでじっと身を潜める。
夜になったら行動開始。
狙いは担当看護士が咲の病室に近づくタイミング。
そのタイミングで衣が力を解き放つ。
それにより一時的な電子機器障害が発生。
監視カメラが停止した隙を狙って私も病院に侵入。
モモちゃんが看護士から鍵をかすめ取り私に渡す。
私が咲の病室に入って咲を病院から連れ出す。
古い病院だったのが幸いした。
まだ鉄格子があるような病院だ。
最近の新しい病院だったら
脱出は不可能だっただろう。
例えば鍵が電子ロックだったら
その時点で終わっていた。
咲は眠っていた。期待通りだ。
ハルシオンを服用しているのは知っている。
暴れられると困るから助かった。
起こさないようにそっと抱きかかえる。
咲は悲しいほど軽かった。
思わず涙腺が緩むのをきっと引き締める。
私は病室を飛び出した。
後はそのまま四人で走り抜ける。
病院を抜けた後タイミングを合わせて
やってきた智美と合流。
私達を乗せた車は夜の闇に消えていった。
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チームは解散して咲と私だけが残った。
とりあえず休むために宿をとる。
傍らの咲が起きるのを待った。
念のため備え付けの
バスローブで咲を拘束しながら。
薬を打ってない今の咲はどんなだろうか。
いきなり暴れ出したらどうしようか。
私の話を聞いてくれるだろうか。
あれこれと襲い掛かる不安。
それらと戦いながら咲の目覚めを待つ。
やがて空が白む頃。
咲のまぶたがゆっくりと開かれた。
「…ん…」
「おはよう」
「…部長?」
まだおぼつかない目つきで咲が返事を返す。
それだけで私は安堵した。
少なくとも今の咲は人形じゃない。
「承諾なしでごめんね。
あなたの事攫ってきちゃった」
「…攫う?…ここは…?」
「ラブホテル」
「…えと」
状況がつかめず戸惑いの表情を浮かべる咲。
あまりにも普通の反応。
実は病気じゃないのではと疑う程に。
「自宅だと足がつきそうだったから。
車に乗ったまま入れて
監視カメラを逃れるには
ちょうどよかったのよ」
「…何のために?」
「……」
「あの病院からあなたと一緒に逃げるために」
「まずは話を聞いてくれる?
納得してくれたらその拘束を解くわ」
私は咲に説明した。
照がもうすぐ一時帰国する事。
だから咲と会わせようと思っている事。
そのために咲を病院から攫ってきた事。
『照』の二文字が現れた瞬間。
咲の目に黒い炎が灯った。
「…お姉ちゃん。戻ってくるんですか」
「お忍びでほんの数日だけどね」
「部長はお姉ちゃんと会うのを
手伝ってくれるんですか」
「ええ。何に変えてもね」
「ちなみにあなたの外出許可は下りなかった。
だから攫った。すでに軽くニュースになってるわ。
新幹線とかは使えないかもね」
「その場合は東京まで
私と二人で地道な逃避行よ」
咲は私の目を覗き込む。
そしてお礼の言葉を口にした。
「ありがとうございます」
「…私の独断でけっこう
大変な事になってるけど?」
「あそこで薬漬けになって
死ぬのと比べたら雲泥の差です」
咲は柔らかな笑顔を見せた。
それは私の事を味方だと思ってくれた証だった。
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逃避行は思ったより難易度が高かった。
「…駄目ね。改札で人物確認してるわ」
自分の認識の甘さを悔やむ。
当日に進めるだけ進んでおくべきだった。
多少無理をする事になってでも。
大都会だったら素通しだったのだろう。
でもここは清澄。言うなれば田舎。
精神病者の脱走は地域を揺るがす大事件だった。
「…逆にお姉ちゃん達に来てもらう事は
できないんですか?」
「却下よ。照も菫も超がつく有名人だもの。
ただでさえお忍びの帰国なのに
この状況で二人が来たら大騒ぎになるわ」
「じゃあまた蒲原さんに車で送ってもらうとか」
「現実的な線ではあるけど…
下手したら検問とかされてるかもね。
咲一人のためだけに」
「…ごめんなさい」
「あはは。なんで咲が謝るの?
原因作ったのは私よ?」
「ま。逃避行っぽく隠れながら進みましょう。
清澄界隈をやり過ごせれば
後はノンストップで進めると思うわ」
「はい」
来た道を引き返す。
私達は山を歩く事にした。
飯田線を遡るようにして歩く。
山を越えて中央本線から電車に乗る。
距離にして50km程だろうか。
山と言っても車道だ。
休み休み時間をかけていけば
なんとかなるだろう。
ただ心配なのは咲の体力。
咲は病院に籠りっきりだった。
病人として考えた方がいい。
「咲。大丈夫?」
「はい。ちょっとつらいですけどまだ行けます」
「無理する必要はないからね」
咲の体力は想像以上に落ちていた。
ゆっくり何度も休みながら慎重に進む。
結局私達は工程の半分しか進む事はできず。
道半ばにして宿を取る事になった。
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今日も今日とてラブホテル。
私は咲と一緒にお風呂に入って
体を洗ってあげる事にした。
汗だくになった服を脱ぎ捨てる咲。
その線は病的なまでに細かった。
思わず見る者の涙を誘う程に。
「…随分細くなっちゃったわね」
「薬の影響らしいです」
「その薬は効いたの?」
「何も考えられなくなるという点では」
「…そか」
無意識のうちに唇を噛んだ。
病院が悪いわけじゃない。
あの先生はよくやってくれていた。
でも。それでも。
咲の入院には意味があったのだろうか。
「でも今は落ち着いてるわね」
「…部長と一緒ですから」
「よかった。一応私にも意味があるのね」
「もし。お姉ちゃんより先に部長に会っていたら。
私は部長に依存していたと思います」
「…っ…そか」
不意打ちだ。みるみる目尻に涙が浮かぶ。
それはどうせありえない仮定。
それでも私は咲の中で
お姉さんと比較される位置にいる。
唇を噛みしめてこらえる。
咲は気づかないで話を続けた。
「……」
「…どうして。
ここまでしてくれるんですか?」
「ん?」
「これ。後輩の面倒を見るとかいう
レベルじゃないですよね」
「そうね」
「なんで。どうして。
私みたいなのを助けてくれるんですか?」
「…さあね」
「さあって…」
「理屈じゃないの。
それは咲だってわかるでしょ?」
「…はい」
「一応きっかけはあるわ。
私もそれなりに複雑な家庭環境だったから。
共感したっていうのはあると思う。
ただそれだけかと言うと違うと思う」
「もしかしたら。あなたの事が好きなのかもね」
「…っ…こんな。
頭のおかしい私の事がですか?」
「うん」
「……」
「さ。出ましょうか。
あんまり長湯しても体に毒だから」
咲と二人でお風呂をあがる。
私は咲の体を拭いてあげる。
咲はされるがままだった。
そのまま咲と抱きあって眠った。
私の腕の中で眠る咲。
その姿はまるで健常者のようだった。
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今日は山登り。
一度踏み入ってしまえば最後。
途中で宿をとることはできない。
二人で気合を入れて取り掛かる事にした。
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
規則的に歩みを進めていく。
「車道を歩くってちょっと怖いですね…」
「大丈夫。いざとなったら
私が先に轢かれてあげるから」
「こんなところで置き去りにされるくらいなら
一緒に轢かれますよ」
「ふふ。それもいいかもね」
もっとも車の流れはほとんどない。
道も山にしては比較的直線が多い。
轢かれる心配はまずないだろう。
それが少しだけ残念だった。
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
黙々と二人で道を歩く。
景色はそれなりに美しい。
でも私達には見慣れた景色。
退屈しのぎの材料はならない。
ただ歩き続ける事に疲れたのだろう。
咲がぽつりと話しかけてきた。
「昨日。私の事が好きかもって言ってましたよね」
「言ったっけ?」
「言いましたよ」
「だとしたら。なんで助けてくれるんですか?」
「どゆこと?」
「もし部長が私を好きなら。
私がお姉ちゃんに会えない方が
いいんじゃないですか?」
「それであなたは照を諦めてくれるの?」
「…ごめんなさい」
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
沈黙が支配する。結局はそうなのだ。
今咲が比較的安定している理由。
それは照に会えるという希望があるから。
私がそばにいるからじゃない。
結局は照じゃなければ駄目なのだ。
心に闇が広がっていく。
照に対して殺意が膨らんでいく。
照は何も悪くないのに。
もし私が照を殺したらどうなるだろう。
咲は照の後を追う?まあそれはそうだろう。
その前に私を殺しにかかるだろうか。
もし私が逃げたらずっと追いかけてくれるだろうか。
だとしたら嬉しい。
そこまで考えて鳥肌が立った。
狂人じみた妄想。
それは私にひとつの気づきを与えた。
今私の横を歩いている咲。
咲は照に会ってどうする気なんだろうか。
一目見ただけで諦められるのだろうか。
もちろんそんな事はないだろう。
なら咲はどうするつもり?
「ねえ咲」
「なんですか?」
「照に会ったらどうするの?」
「……」
「素直に言ってもいいですか?」
「うん」
「お姉ちゃんと二人で死にます」
「…やっぱそっか」
「はい」
「私達が二人で添い遂げる方法は
それしかないですから」
「…そうね」
「止めないんですか?」
「私が止めなくても菫が止めるわ。
あの子は照サイドの私。
絶対容赦はしないでしょうね」
「そしてあなたは一人で死ぬ事になる」
「……」
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
また沈黙。私は咲の顔を横目で見た。
表情のない顔。そこから感情は読み取れない。
見られている事に気づいた咲は
さらに質問を重ねてきた。
「その時部長はどうするんですか?」
「私?そうねえ。じゃあ私は…」
「咲の後でも追おうかしら」
「……っ」
「もし。部長の予想通りなら…」
「今ここで。二人で死んでも同じですね」
「そうね。同じね」
咲はそこで歩みを止める。
私の瞳をじっと見た。
真意を伺っているのだろう。
「…どこまで本気なんですか?」
「全部」
「あなたが私と一緒に死んでくれるなら喜んで死ぬわよ?」
「私に生きてほしいんじゃないんですか?」
「もちろん」
「どっちなんですか」
「私の願いは一貫してるわよ?
照への依存から脱却してほしいのよ」
「もちろん生きてそれが実現されるのが一番理想」
「でも…それが無理で。
あなたが照を諦めて私と死んでくれるなら」
「それはそれでありかなって思い始めた」
咲の顔に動揺が走った。
それを見て私は心が温かくなる。
私の存在が少し咲の心を動かした。
そんな時。
私の耳は近づいてくる車の音を聞きつけた。
私は咲を抱き締める。
「ねえ咲。車が近づいて来てるわよ」
「もし。車がこっち側を走っていて。
私がこのまま咲を離さなかったら」
「さっき言った通りになるわね」
「ぶ。部長」
「嫌なら突き飛ばしなさい。
私は一人で死ぬわ」
咲の目が困惑に揺れる。
体に緊張が走り硬直する。
車の音はどんどん近づいてくる。
「いいの?払いのけないで。
このままじゃ無理心中達成よ?」
「だ。だって部長が死んじゃう」
「そうね。咲も死んじゃうわ」
咲の顔が蒼白になる。
体ががくがくと震え出す。
車が姿を現した。
咲はそこから動かなかった。
轟音をあげて私達の横を車が通り抜ける。
「…残念。反対車線だったわね」
「ぶ。ぶちょう。ぶちょう」
咲は私の背中に手を回す。
ぎゅうと強く抱き締める。
そしてぼろぼろと涙をこぼした。
「…ごめんね。怖かったわよね」
「っ……ちがっ……」
泣きじゃくる咲を胸に抱く。
頭を優しく手で撫でる。
咲はそのまま泣き続けた。
結局咲が泣き止んだのは1時間も後だった。
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峠を抜けた後は早かった。
電車に乗って名古屋まで出る。
そこからは新幹線に乗る。新幹線は普通に使えた。
私達はその日のうちに東京についた。
目的地の近場でホテルを取る。
二人が帰国するのは明日の夜。
なんとか間に合う事ができた。
咲はあれからずっと沈黙を貫いていた。
黙ったまま私の腕の中に包まれている。
「疲れちゃった?」
「…いえ」
「……」
「…自分がわからなくなったんです」
「ん?」
「まだお姉ちゃんの事が好きなのは確かです。
でもあの時。私は部長を選んでしまいました」
「私の愛ってその程度だったのかなって」
咲は悲しそうに目を伏せた。
自分の節操のなさを恥じているようだった。
「あはは。人の命がけの求愛をその程度と申しますか」
「部長の愛が軽いとは思いません。
でも期間が短すぎるんです」
「15年間想い続けてきたのに。
そんな簡単に上書きできるものなのかなって」
「…依存できれば。誰でもよかったのかな」
「そうかもね」
「……っ」
実際にはそうは思わない。
誰でもよくないからここまで
苦労しているのだから。
でも咲がそう思っている以上。
否定しても意味はない。
「でもね。依存される側は
誰でもいいわけじゃないのよ」
「照はあなたを支えてはくれない。
私はあなたを支える気がある」
「望むならあなたと一緒に死んであげるわ」
「その違い…よく覚えておいて」
「…はい」
そこで会話はぷつりと途切れた。
咲はそのまま目を閉じる。
私も合わせて目を閉じた。
決戦の時は近い。
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菫が待ち合わせに指定した場所。
それは都会にもかかわらず
人通りがほとんどない路地だった。
『お前の言う通りの展開になったと仮定しよう。
その場合は最高の展開でも
間違いなくニュースになるだろう』
『場合によっては一足先に逃げさせてもらうぞ』
「ええ。それで構わないわ。
むしろ逃げてくれる事を期待する」
そんなやり取りをしたのは数日前。
よくもまあ海外にいながらこんな
絶好の場所を選んでくれたものだ。
私達は目的地に着いた。
照達はまだ来ていない。
私は咲にあるものを手渡した。
「はいこれ」
「…いいんですか?私本気ですよ?」
咲を攫う前に買ってきた一振りのナイフ。
ナイフは咲の手の中で
怪しい光を放っている。
「構わないわ。どうせ
使う機会なんて来ないんだから」
「私が怖じ気づくと思ってるんですか?」
「まさか」
咲の目はここに来て
尋常じゃないくらい血走っている。
怖気づくどころか止めるよう
説得する方が難しいだろう。
「前も言ったでしょ?菫がそれを許すわけがない」
「弓だけと思ったら大間違いよ?
今のあの子は実戦で経験を積んでるから」
「照を守るためだけに…ね」
咲は沈黙する。それでも咲の目は
らんらんと異様に輝いている。
あたりが不気味な沈黙に包み込まれた次の瞬間。
待ち人の足音がした。
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路地の反対側から現れたのは菫。
その後ろに守られるように照。
咲の想い人が現れた。
「久しぶりだな…咲ちゃん」
「どいて。お姉ちゃんが見えない」
「ナイフを握って血走った眼をした狂人を前に
大切な人を晒せるわけないだろう」
「どいて!」
咲が突然大声をあげる。
私はその変貌ぶりに驚いた。
本当にこの子は
昨日私の腕の中で眠っていた子と
同一人物なんだろうか。
咲は私のもとを離れて歩き出す。
菫の方に歩き出す。
右手にナイフを携えたまま。
じりじりと距離が縮まっていく。
二人の距離は5mくらいだろうか。
菫にとってはすでに射程範囲内かもしれない。
菫の背中に隠れている照は
顔面を蒼白にしながら
二人の様子を伺っている。
菫と咲の距離が3mを切った時。
鋭く冷たい声が飛んだ。
「そこで止まれ」
「……」
「咲ちゃん。今日私達がここに来たのは
君の望みを叶えるためじゃない」
「むしろ君の望みを断ち切るためだ」
「ほら照。言ってやれ」
「……」
照が意を決したように頷いた。
やがて照の口がゆっくりと開いた時
「ストップ」
私は会話を制止した。
背後から聞こえる声に咲が振り向く。
私は照の言葉を求めてはいない。
あなたはただ景品としてそこにいればいい。
私はすっと懐からナイフを取り出した。

血走った咲の目に少しだけ
戸惑いの色が見える。
「咲。よく見て。これがちょうど
今の私達の状況よ」
「あなたの好きな照は菫という壁に守られている。
そっちはまっとうな健常者の世界。
あなたとの隔たりは大きいわ」
「で。私はあなたと同じ刃物を持った狂人。
あなたは身を翻してこっちに近づいてくるだけで
私を手に入れる事ができる」
「わかりやすいでしょ?
咲はこっちに来た方が幸せになれるのよ」
「でもこの状況だと…
まだ咲は迷っちゃうのよね?」
「だからもうひと押ししてあげる」
私は右手のナイフを逆手に持ち替える。
右手を高らかと空に掲げる。
そして…その手に握ったナイフを…
そのまま。
勢いよく。
腹に。
突き刺した!!!
「!!!」
瞬く間に血がにじむ。
ナイフが。服が。手が。血に染まっていく。
咲の目が驚愕に見開かれた。
「なにしてるんですかっっ!!!」
「…選び…なさいっ…」
「わたしをッ…とるのか…
まだ…照を…追いかけるのか…っ」
そう。これが私の計画。
逃げる照を追いかけるのか。
死にゆく私に駆け寄るのか。
それを咲に選ばせる。
だから私は命を懸ける。
15年間の歳月に勝つにはそれしかない。
「て…る……すみ…れ……
あなたたちはっ…も…いきなさい」
「…わかった」
「咲ちゃん。ナイフで刺された人間は
場所によっては数分で死ぬ」
「迷っている時間はないぞ」
死線を潜り抜けた菫の凍てついた言葉。
それを聞いた咲は弾かれたように走り出す。
走り出す足が向かった先は…
…そっか……ありがとう。
朦朧とする意識の中。
咲がこちらに走ってくるのが見えた。
安堵。私はそのまま崩れ落ちる。
否。寸前で咲の腕に抱きとめられた。
もっとも咲は私の体重を支えきれず。
二人で倒れこんでしまったけれど。
「…こっちで……よか…たの」
「しゃべらないでください!携帯電話を!!」
しゃべると同時にごぷりと口から血を吐いた私。
鬼気迫る表情で咲が怒鳴る。
私は震える手で鞄を指さした。
乱暴に鞄の中を漁り携帯電話を取り出す咲。
事前に119番の文字は入力しておいた。
後は通話ボタンを押すだけだ。
「すいません!救急車!救急車をお願いします!!」
目に涙を溢れさせた咲が誰かと会話している。
できる事は全てやった。
後はもう運を天に任せよう。
私はそっと目を閉じて…
そのまま意識を手放した。
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目を開くと白い天井が視界に入った。
とりあえず地獄ではなさそうな景色に安心する。
舞台は病室に移っていた。
「…どこかしら」
返事を期待したわけではない独り言。
でも返事が返ってきた。
「貴方がよく知っている病院ですよ」
声のする方に顔を向ける。腹部に鈍痛。
顔をしかめながらもその人物を確認する。
そこにはなじみの精神科医がいた。
「まさか貴方が患者として
入ってくるとは思いませんでした」
「…嘘つき。いつかは私も病むって
思ってたんじゃないですか?」
「否定はしませんが…
いきなり自殺未遂とは思わなかったので」
先生は苦笑した。どうやら笑える程度には
状況は悪くないらしい。
「今はどんな状況なんですか?」
「宮永さんは閉鎖病棟に戻りました。
貴方は腹部に大怪我を負ったので
外科の一般病棟に入院しています」
「もっとも行為の苛烈さを考慮すれば
奇跡とも言うべき軽傷ですが」
「その怪我が快方に向かい次第
貴方も閉鎖病棟の仲間入りです」
「あはは。そりゃ待ち遠しいですね」
「…すいませんでした」
「…なんで先生が謝るんですか?」
「貴方がおかしくなってきている事には
気づいていました。でも私は何もできなかった」
「今回起きた宮永さんの失踪事件…
犯人は貴方なのでしょう?」
「そういえばアレってどうなったんですか?」
「大騒ぎにはなりましたが…
外部からの犯行として見るには
説明がつかない事が多すぎました」
「じゃあ内部犯かと言うとそうでもない。
原因不明の停電が起きるまでは
病院側の体制にも問題がなかった。
それは監視カメラや現場記録で証明されています」
「捜査が難航しているところに今回の事件が起きました。
当然宮永さんに疑惑の目が集まりました。
ですが救急車を呼んだのが宮永さん本人である事。
状況的に自殺未遂の可能性が高い事。
結果として宮永さんは
貴方を助けたと結論付けられました」
「脱走したとはいえ人を助けたという事で
脱走についてはそれ以上
追及はしない事になりました。
結局事件はお蔵入りです」
「なのにどうして私が犯人だと?」
「…実は私も麻雀を嗜んでいますから。
インターハイの地区予選。停電を起こした子と
選手から見えなくなった子がいましたよね?」
「…なんでそれを報告しなかったんですか?」
「貴方は当然知らないとは思いますけど。
私は清澄高校のファンですから」
そう言って彼女は舌を出す。
その時私は心底思った。
彼女が担当医で本当によかった。
未来なんてかなぐり捨てていたけど。
彼女のおかげで首の皮一枚繋がったのだ。
感謝してもしきれない。
「それで…咲の方はどうなったんですか?」
「嘘のように改善しました。
貴方が外科病棟に入院すると知った時に
自分も移ると暴れた時以外は
本当に別人のように良好です」
「彼女が快方に向かったのは
貴方のおかげです。
本当にありがとうございました」
「…怒らないんですか?」
「私の治療による進展がないから
見限られて行動を起こされた。
結果患者が治っている。
私がすべき行動は感謝か謝罪しかないと思います」
「貴方は宮永さんを救ったんです」
今度は私が苦笑する番だった。
随分と大げさな物言いだ。
「救ったどころか…
一緒に壊れただけなんですけどね」
笑いながらそうこぼして…
私は両手を顔で覆った。
--------------------------------------------------------
閉鎖病棟に移された私。
だがその入院期間は短いものだった。
腹部をかっさばいた自傷以外は
特に危険な兆候が見られない私。
逃走する前後で症状が劇的に改善した咲。
医者達はこう結論付けた。
私の行動は咲の治療のために必要な行為だった。
それにより事態は収束に向かった。
もうこの二人は問題ないと。
こうしてめでたく二人揃って
措置入院が解かれる事になった。
まるで出所した囚人のように
病院を遠い目で眺める咲。
そしてぽつりと呟くようにこぼす。
「こんなにあっさり出られるものなんですね」
「そりゃ病人じゃなくなったらすぐよ」
「私達健常者ですか?」
「傍目にはね」
もちろん私達は治っていない。
迷惑をかける相手がいなくなっただけだ。
私達が住むのは二人で完結した世界。
むしろ以前より病的だろう。
「これからどうしましょうか」
「そうね。まずはずっと二人きりで
生きていける術を探しましょうか」
「ありますかね」
「手段を選ばなければいくらでも。
例えば照と菫にたかるとか」
「それじゃあの二人と関わるじゃないですか」
「関わらなくてもいいの?」
「あの時部長を見捨てた二人なんて
二度と見たくないです」
「…あれは私がそうしろって
言ったからなんだけどね」
上書きは見事成功した。
咲はもう照を追いかけない。
むしろ今の咲にとって
照は憎しみの対象になっている。
計画の成功にほくそ笑んでいたら
横を歩く咲に話しかけられた。
「…部長。ずっと聞きたかった事があります」
「何かしら?」
「どうしてここまでしてくれたんですか?」
「…その質問には何度か答えたと思うけど?」
「はっきりとは聞いてません」
「……」
「あなたの事が好きだからよ。
あなたを独り占めできるなら
無理心中でもいいと思うくらい」
普通の人なら寒気を感じるだろう回答。
でも咲は私の返答に頬を染めた。
咲は顔をほころばせながら質問を続ける。
「私のどこが好きなんですか?」
「頭がおかしいところよ」
「…え?」
「前に咲は聞いたわね。
こんな頭のおかしい私の事が好きなのかって」
「まさにそこ。頭がおかしいほど一途なところ。
気が違うほど他人を愛せる人なんて
世界にどれだけいるのかしら?」
「私は咲の愛に胸を打たれた。
激しくて切なくて綺麗だと思った」
照の事を羨ましいと思ってしまうほどに。
嫉妬してしまうほどに。
「あなたのもとに通い詰めるたびに思ったわ。
相手が私だったら問題なかったのにって。
一体何度考えたのかわからない」
「でも勝ち目なんてないと諦めてた。
そしたらあの先生が言ってくれた」
「私があなたの…最後の希望だって」
「それでちょっと揺さぶって見たら
なんか脈ありっぽかったから」
「ちょっと頑張ってみちゃったの」
「…そうですか」
私の回答に咲は悲しそうに俯いた。
何か変な事を言っただろうか。
「あれ?不満?」
「…だって。誰かを一途に愛していたのが
好きになった理由だったんですよね」
「…なのに私は部長に乗り換えちゃいました。
尻軽もいいところじゃないですか」
今にも泣きそうな顔でこぼす咲。
反面私は噴き出しそうになった。
本当にこの子は頭がおかしい。
「あはは。さすが咲は言う事が違うわね」
「…?」
「知ってる?乗り換えさせるのに
命まで懸ける必要がある子は
尻軽とは言わないのよ?」
「しかも私がその禁じ手を使っちゃったわけで。
次の人が咲を乗り換えさせるには
どうしたらいいのかしらね?」
「私が2回だから倍の4回とか?
さすがに死ぬと思うけど」
「…そうですね」
「それより。私こそ本当に
一度も聞いてないわよ?」
「あなたは私の事をどう思っているの?」
「…そんなの…聞かなくても
わかってるじゃないですか」
「さっきの言葉をお返しするわ。
はっきりと咲の口から聞きたいの」
「……」
「……」
私は咲の方に向き直った。
しばらくの沈黙。
咲は心の準備を整えるように深呼吸する。
そして…
ついにその言葉を口に出してくれた。
「愛しています。誰よりも」
それはとても短い言葉。
でもその言葉こそ私が求めていたもので。
命を二度も投げ捨ててでも
欲しかったものだった。
胸が熱くなる。視界が滲み始める。
このまま泣いてしまいたい。
でもせっかくだから一気に聞いてしまおう。
「…っ…泣く前に聞いちゃいましょう。
私のどこが好き?」
「私の狂った愛を受け入れてくれるところが」
「…っそっか…そっかぁ……」
がらにもなく私はぼろぼろと涙をこぼしてしまう。
咲の体に縋り付いてひたすら肩を震わせた。
咲は何も言わなかった。
咲の体も震えていた。
それでも抱き寄せた手で私の背中をさすってくれた。
私たち二人は抱き合って泣き続ける。
人目もはばからず泣き続ける。
通り過ぎる人に奇異の目を向けられながら。
ひとしきり泣いて想いを吐き出した後。
咲は私に対して警告した。
「だから…気を付けてくださいね?
私ものすごく嫉妬深いですから」
「あはは。知ってるわよ」
「例えば私が浮気したりしたらどうする?」
「殺します」
「他の女の子に笑いかけたりしたら?」
「殺します」
「誰かと親しげにしゃべったら?」
「殺します」
笑顔で即答する咲。
私が本当に浮気すると思ってないから
今は笑顔なんだろうけど。
もし本当に実践したらどうなるだろうか。
多分。冗談抜きで殺されるのだろう。
でも…
「咲が殺してくれるならそれもありかもね」
なんて考えるあたり。
私は本当に狂っている。
「もちろん殺した後ちゃんと後を追いますから
心配しなくても大丈夫ですよ?」
「あはは。だったら最初から心中してよ」
やっぱり咲も狂っている。
私達は狂っている。
だから私達なら大丈夫。
「さ。まずは住むところから探しましょうか!
今の私の家だと二人はちょっと狭いわ!」
新生活の始まりだ。
二人ぼっちの生活の。
きっとそれは幸せな生活。
私は咲の手を握った。
咲は素直に受け入れて。
互いの指を絡ませた。
(完)
インターハイの決勝戦。
咲は結局受け入れてもらえなかった。
咲は悲しみに耐えられなかった。
病んで壊れて狂気に染まった。
壊れた咲は罪を犯した。
そしてあっさり捕まった。閉鎖病棟送りになった。
訪問した私が見たのは投薬で人形と化した咲。
私は一人泣き崩れる。
ああ ああ
咲の想い人が私だったなら
こんな悲劇は起きなかったのに
私は決断する。
咲をここから連れ出そう。
照の呪縛から救うために。
こうして旅が始まった。
死の匂いが付き纏う逃避行が。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他
<症状>
・狂気
・ヤンデレ
・自殺未遂
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲の逃避行を題材にした話。真摯に咲を思う部長
≪超シリアス≫
※当ブログ屈指の重苦しさです。
ギャグ要素ゼロ。じくじく菫レベルです。
ご注意を。
※本作品で久が取る行動は絶対に真似しないでください。
※現代日本の状況などとは細かい点で状況が異なります。
フィクションとして整合性などはあまり深く考えず
雰囲気を感じてもらえたらと思います。
例えば現在の精神病院は
もっとクリーンで開放的だと思います。
あくまでフィクションとお考えください。
--------------------------------------------------------
寒々しい一室。
私はガラス越しに咲と対面する。
「おはよ。定期巡回にきたわ」
「……」
咲からの返事はない。
その目はどろりと濁っている。
意志の籠ってない瞳。
それをただ漫然と私に向けている。
「最近ちょっと寒くなってきたわね。
朝方は毛布が欲しくなってきたわ」
「そっちは寒くなかった?」
「……」
私は一人で会話を続ける。
咲の反応はない。
それでも私は言葉を紡ぐ。
心に溜まっていく悲しみを隠しながら。
「そういえば照が」
「おねえちゃんが!?
おねえちゃんがなんですか!?」
照。
そのたった二文字に咲は過剰に反応する。
まるでそれまでの無反応が嘘だったかのように。
「…またヨーロッパでランキングを上げてたわ」
「…そうですか。まだ外国にいるんですね」
「……」
咲にとって嬉しい情報ではなかったらしい。
咲は顔を暗く沈めるとまた人形に戻った。
そして面会時間が終了する。
「…また来るわ」
私は再会の意思を示して部屋を去った。
心の中に拭いようのない失望感を残しながら。
--------------------------------------------------------
病室を出たところで咲の担当医と出くわす。
彼女は私に深々と頭を下げた。
「いつもありがとうございます」
「…そう思うならわざわざ面会直前に
薬打つのやめてもらえませんか」
私の糾弾に彼女はなぜか笑みを見せる。
ずいぶんとくたびれた笑みだった。
「打たなければ面会なんてできませんでした」
「暴れていたんですか?」
「ええ。先程まで拘束衣を着ていました」
「…そこまでひどかったなら面会自体
中止でもよかったんですが」
「それはそれで困るんです。
宮永さんにとって貴方は最後の希望ですから」
彼女の言葉に違和感を覚える。
私にはその実感がまるでなかった。
「…何の反応もしてもらえない私がですか?」
「貴方以外では面会自体応じようとしません。
この前片岡さんが来た時は
面会室に動こうとする意思すら見せませんでした」
「私もそうです。カウンセリング中も
何一つ話してくれない」
「照の二文字を出せば反応すると思いますけど」
「それを試行した結果が今日の拘束衣です」
「…すいません」
私は素直に謝った。
彼女だって専門医なのだ。
私のような素人が考えつく事は
当然実施済みなのだろう。
むしろ真摯に対応してくれている方だと思う。
「こちらこそ。今は反応がなくても
辛抱強く語り掛ける事が重要だと思っています。
引き続きご協力をお願いします」
「もちろんです」
「…ただ一点だけご注意を。
辛いと思ったらすぐに休んでください」
「…この病気は伝染しますから」
「…先生もお気をつけて」
頭を下げて診察室を後にした。
この病気は伝染する。
その言葉が耳に残った。
もし同じ病気に罹れたら。
私は少しでも咲の気持ちが
わかってあげられるのだろうか。
--------------------------------------------------------
措置入院。
それが咲の入院している理由。
インターハイの決勝戦。
咲は照と会う事はできた。
でも照は咲を受け入れなかった。
照が悪いわけじゃない。
咲の要求があまりにもひどすぎただけ。
学校をやめて長野に戻る。
受け入れろという方が酷だろう。
それでも照は譲歩した。
夏休みの間は長野に戻り咲と過ごす事を承諾した。
思えばこれが間違いだった。
咲は照を監禁してしまったから。
長続きするはずもない。
咲は一日も待たずして捕まった。
弘世菫。
照の親友である彼女は対策を打っていた。
一時間に一回必ず連絡を取り合う。
電源が切れていたら
即座に最寄りの警察に通報すると
あらかじめ決めていた。
咲の措置鑑定の結果は「要入院」。
咲は投獄される事になった。
精神病院という名の牢獄に。
以降咲は自殺未遂と投薬を繰り返し。
人形としての人生を余儀なくされている。
今は秋。
すでに咲が人形になってから
一年が経過していた。
--------------------------------------------------------
次の日。私はまた面会に訪れた。
私はこの日咲に揺さぶりをかけるつもりで来た。
あの人の言葉がきっかけだった。
『貴方は最後の希望ですから』
もしそれが本当なら。
私は行動を起こそうと思う。
どうせ薬が効いている。
多少踏み込んでも大丈夫だろう。
「ねえ咲。正直私って必要なのかしら」
咲は何も言わなかった。
でも少しだけ瞳が揺らいだ。
「もう来ないって言ったらどうする?」
咲は何も言わなかった。
今度は体が大きく震えた。
「照みたいに」
「あなたのそばから離れていったら」
「どうする?」
咲は椅子から崩れ落ちた。
そして意識を失った。
「…そか。ありがと」
咲は一言も発しなかった。
でもそれで十分だった。
咲は私の事も必要にしてくれている。
この日私は覚悟を決めた。
咲を照から奪い取る覚悟を。
勝ち目は薄い。15年の年月は重い。
でも私の方が咲を幸せにできるのは間違いない。
私は緊急呼び出しボタンを押した。
看護士が駆けつけてくる。
後の処置は任せよう。
看護師に抱えられて去っていく咲。
心の中で私は語り掛けた。
もう少しだけ待ってて頂戴。
すぐにそこから連れ出してあげるから。
私は一人面会室を去った。
--------------------------------------------------------
病院から出た私は携帯電話の電源を入れた。
そのままある人物に電話を掛ける。
プルルルル、プルルルル、
ガチャッ。
『何の用だ』
「大切な話があるの。
今度帰国した時会えないかしら」
『断る。面と向かって会うメリットがない』
声の主は即座に拒絶した。
私は思わず歯噛みする。
やっぱりこの人は苦手だ。
同類だからだろうか。
もっともそれで引き下がるわけにはいかない。
「もちろんメリットはあるわ。
いい加減咲から逃げる生活も飽き飽きでしょ。
そこから脱却できるとしたら?」
『ありえない仮定はやめろ。
完治どころか快方に向かっているという
報告すら受けてないぞ』
「治すつもりはないの。
対象を照から別の人に上書きするだけ」
『お前にか。どうやって?』
「照と咲を会わせる。その上で
咲の意識を変えるように仕向けるわ」
『馬鹿らしい。たかが一回の話し合いで
治るなら苦労するものか。
あいつがしでかした事件をもう忘れたのか?』
「大丈夫。あれ以上の
インパクトがある事件を起こすから」
『…何をする気だ』
菫に自分の計画を吐露した。
私の説明を黙って聞いていた菫。
聞き終わった彼女はこう吐き捨てた。
『…馬鹿なのか?なんでお前がそこまでするんだ』
「あなたがそれを言うの?
照を守るためだけに全てを捨てた宮永菫さん。
あなたにとってこの提案は悪くないはずよ?」
『…死なないだろうな』
「わからないわ。でもそれならそれで構わない」
『…狂人め。お前も精神病院に
行った方がいいんじゃないのか』
「お生憎様。毎日通ってるわ。それに…」
「あなただって狂人でしょうに」
『…帰国の日程が決まったら後で伝える』
菫は一方的に電話を切った。
交渉成立。
これで会う手筈は整った。
私は次の作業に移る。
次の作業は…咲の脱獄。
--------------------------------------------------------
「というわけでモモちゃんには
咲の脱獄を手伝ってほしいの」
「それでうんって言う人がいるなら
ここに連れてきてほしいっす」
「大した事はしなくていいのよ。
ただ職員から鍵をかすめ取ってくれればいいわ」
「それ十分大した事っすよ?」
「第一そんな事しなくても。
ちゃんとお医者さんにかけあえば
外出くらい認めてもらえるんじゃないっすか?」
「そうかもね。でもそれじゃ駄目なのよ」
「咲のために全てを捨てる。
その覚悟を咲に見せたいの」
「……」
「…実は竹井さんも病気っすか?」
「否定はしないわ」
「はぁ…一回だけっすよ?
芋蔓式に手伝わせるのはなしっすからね?」
「意外にあっさり引き受けてくれるのね?」
「相手が病気なら話は別っす。
冷静な狂人が敵に回るのほど
怖い事はないっすからね」
「あはは。言えてるわ」
「笑い事じゃないっすよ…」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
計画は比較的簡単に成功した。
まずは病院内部の把握。
話術をフル活用して棟内の設備や
夜勤のシフト状況を確認する。
満月の日を待って決行。
モモちゃんが衣を抱いて病院内に潜入。
夜になるまでじっと身を潜める。
夜になったら行動開始。
狙いは担当看護士が咲の病室に近づくタイミング。
そのタイミングで衣が力を解き放つ。
それにより一時的な電子機器障害が発生。
監視カメラが停止した隙を狙って私も病院に侵入。
モモちゃんが看護士から鍵をかすめ取り私に渡す。
私が咲の病室に入って咲を病院から連れ出す。
古い病院だったのが幸いした。
まだ鉄格子があるような病院だ。
最近の新しい病院だったら
脱出は不可能だっただろう。
例えば鍵が電子ロックだったら
その時点で終わっていた。
咲は眠っていた。期待通りだ。
ハルシオンを服用しているのは知っている。
暴れられると困るから助かった。
起こさないようにそっと抱きかかえる。
咲は悲しいほど軽かった。
思わず涙腺が緩むのをきっと引き締める。
私は病室を飛び出した。
後はそのまま四人で走り抜ける。
病院を抜けた後タイミングを合わせて
やってきた智美と合流。
私達を乗せた車は夜の闇に消えていった。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
チームは解散して咲と私だけが残った。
とりあえず休むために宿をとる。
傍らの咲が起きるのを待った。
念のため備え付けの
バスローブで咲を拘束しながら。
薬を打ってない今の咲はどんなだろうか。
いきなり暴れ出したらどうしようか。
私の話を聞いてくれるだろうか。
あれこれと襲い掛かる不安。
それらと戦いながら咲の目覚めを待つ。
やがて空が白む頃。
咲のまぶたがゆっくりと開かれた。
「…ん…」
「おはよう」
「…部長?」
まだおぼつかない目つきで咲が返事を返す。
それだけで私は安堵した。
少なくとも今の咲は人形じゃない。
「承諾なしでごめんね。
あなたの事攫ってきちゃった」
「…攫う?…ここは…?」
「ラブホテル」
「…えと」
状況がつかめず戸惑いの表情を浮かべる咲。
あまりにも普通の反応。
実は病気じゃないのではと疑う程に。
「自宅だと足がつきそうだったから。
車に乗ったまま入れて
監視カメラを逃れるには
ちょうどよかったのよ」
「…何のために?」
「……」
「あの病院からあなたと一緒に逃げるために」
「まずは話を聞いてくれる?
納得してくれたらその拘束を解くわ」
私は咲に説明した。
照がもうすぐ一時帰国する事。
だから咲と会わせようと思っている事。
そのために咲を病院から攫ってきた事。
『照』の二文字が現れた瞬間。
咲の目に黒い炎が灯った。
「…お姉ちゃん。戻ってくるんですか」
「お忍びでほんの数日だけどね」
「部長はお姉ちゃんと会うのを
手伝ってくれるんですか」
「ええ。何に変えてもね」
「ちなみにあなたの外出許可は下りなかった。
だから攫った。すでに軽くニュースになってるわ。
新幹線とかは使えないかもね」
「その場合は東京まで
私と二人で地道な逃避行よ」
咲は私の目を覗き込む。
そしてお礼の言葉を口にした。
「ありがとうございます」
「…私の独断でけっこう
大変な事になってるけど?」
「あそこで薬漬けになって
死ぬのと比べたら雲泥の差です」
咲は柔らかな笑顔を見せた。
それは私の事を味方だと思ってくれた証だった。
--------------------------------------------------------
逃避行は思ったより難易度が高かった。
「…駄目ね。改札で人物確認してるわ」
自分の認識の甘さを悔やむ。
当日に進めるだけ進んでおくべきだった。
多少無理をする事になってでも。
大都会だったら素通しだったのだろう。
でもここは清澄。言うなれば田舎。
精神病者の脱走は地域を揺るがす大事件だった。
「…逆にお姉ちゃん達に来てもらう事は
できないんですか?」
「却下よ。照も菫も超がつく有名人だもの。
ただでさえお忍びの帰国なのに
この状況で二人が来たら大騒ぎになるわ」
「じゃあまた蒲原さんに車で送ってもらうとか」
「現実的な線ではあるけど…
下手したら検問とかされてるかもね。
咲一人のためだけに」
「…ごめんなさい」
「あはは。なんで咲が謝るの?
原因作ったのは私よ?」
「ま。逃避行っぽく隠れながら進みましょう。
清澄界隈をやり過ごせれば
後はノンストップで進めると思うわ」
「はい」
来た道を引き返す。
私達は山を歩く事にした。
飯田線を遡るようにして歩く。
山を越えて中央本線から電車に乗る。
距離にして50km程だろうか。
山と言っても車道だ。
休み休み時間をかけていけば
なんとかなるだろう。
ただ心配なのは咲の体力。
咲は病院に籠りっきりだった。
病人として考えた方がいい。
「咲。大丈夫?」
「はい。ちょっとつらいですけどまだ行けます」
「無理する必要はないからね」
咲の体力は想像以上に落ちていた。
ゆっくり何度も休みながら慎重に進む。
結局私達は工程の半分しか進む事はできず。
道半ばにして宿を取る事になった。
--------------------------------------------------------
今日も今日とてラブホテル。
私は咲と一緒にお風呂に入って
体を洗ってあげる事にした。
汗だくになった服を脱ぎ捨てる咲。
その線は病的なまでに細かった。
思わず見る者の涙を誘う程に。
「…随分細くなっちゃったわね」
「薬の影響らしいです」
「その薬は効いたの?」
「何も考えられなくなるという点では」
「…そか」
無意識のうちに唇を噛んだ。
病院が悪いわけじゃない。
あの先生はよくやってくれていた。
でも。それでも。
咲の入院には意味があったのだろうか。
「でも今は落ち着いてるわね」
「…部長と一緒ですから」
「よかった。一応私にも意味があるのね」
「もし。お姉ちゃんより先に部長に会っていたら。
私は部長に依存していたと思います」
「…っ…そか」
不意打ちだ。みるみる目尻に涙が浮かぶ。
それはどうせありえない仮定。
それでも私は咲の中で
お姉さんと比較される位置にいる。
唇を噛みしめてこらえる。
咲は気づかないで話を続けた。
「……」
「…どうして。
ここまでしてくれるんですか?」
「ん?」
「これ。後輩の面倒を見るとかいう
レベルじゃないですよね」
「そうね」
「なんで。どうして。
私みたいなのを助けてくれるんですか?」
「…さあね」
「さあって…」
「理屈じゃないの。
それは咲だってわかるでしょ?」
「…はい」
「一応きっかけはあるわ。
私もそれなりに複雑な家庭環境だったから。
共感したっていうのはあると思う。
ただそれだけかと言うと違うと思う」
「もしかしたら。あなたの事が好きなのかもね」
「…っ…こんな。
頭のおかしい私の事がですか?」
「うん」
「……」
「さ。出ましょうか。
あんまり長湯しても体に毒だから」
咲と二人でお風呂をあがる。
私は咲の体を拭いてあげる。
咲はされるがままだった。
そのまま咲と抱きあって眠った。
私の腕の中で眠る咲。
その姿はまるで健常者のようだった。
--------------------------------------------------------
今日は山登り。
一度踏み入ってしまえば最後。
途中で宿をとることはできない。
二人で気合を入れて取り掛かる事にした。
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
規則的に歩みを進めていく。
「車道を歩くってちょっと怖いですね…」
「大丈夫。いざとなったら
私が先に轢かれてあげるから」
「こんなところで置き去りにされるくらいなら
一緒に轢かれますよ」
「ふふ。それもいいかもね」
もっとも車の流れはほとんどない。
道も山にしては比較的直線が多い。
轢かれる心配はまずないだろう。
それが少しだけ残念だった。
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
黙々と二人で道を歩く。
景色はそれなりに美しい。
でも私達には見慣れた景色。
退屈しのぎの材料はならない。
ただ歩き続ける事に疲れたのだろう。
咲がぽつりと話しかけてきた。
「昨日。私の事が好きかもって言ってましたよね」
「言ったっけ?」
「言いましたよ」
「だとしたら。なんで助けてくれるんですか?」
「どゆこと?」
「もし部長が私を好きなら。
私がお姉ちゃんに会えない方が
いいんじゃないですか?」
「それであなたは照を諦めてくれるの?」
「…ごめんなさい」
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
沈黙が支配する。結局はそうなのだ。
今咲が比較的安定している理由。
それは照に会えるという希望があるから。
私がそばにいるからじゃない。
結局は照じゃなければ駄目なのだ。
心に闇が広がっていく。
照に対して殺意が膨らんでいく。
照は何も悪くないのに。
もし私が照を殺したらどうなるだろう。
咲は照の後を追う?まあそれはそうだろう。
その前に私を殺しにかかるだろうか。
もし私が逃げたらずっと追いかけてくれるだろうか。
だとしたら嬉しい。
そこまで考えて鳥肌が立った。
狂人じみた妄想。
それは私にひとつの気づきを与えた。
今私の横を歩いている咲。
咲は照に会ってどうする気なんだろうか。
一目見ただけで諦められるのだろうか。
もちろんそんな事はないだろう。
なら咲はどうするつもり?
「ねえ咲」
「なんですか?」
「照に会ったらどうするの?」
「……」
「素直に言ってもいいですか?」
「うん」
「お姉ちゃんと二人で死にます」
「…やっぱそっか」
「はい」
「私達が二人で添い遂げる方法は
それしかないですから」
「…そうね」
「止めないんですか?」
「私が止めなくても菫が止めるわ。
あの子は照サイドの私。
絶対容赦はしないでしょうね」
「そしてあなたは一人で死ぬ事になる」
「……」
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
また沈黙。私は咲の顔を横目で見た。
表情のない顔。そこから感情は読み取れない。
見られている事に気づいた咲は
さらに質問を重ねてきた。
「その時部長はどうするんですか?」
「私?そうねえ。じゃあ私は…」
「咲の後でも追おうかしら」
「……っ」
「もし。部長の予想通りなら…」
「今ここで。二人で死んでも同じですね」
「そうね。同じね」
咲はそこで歩みを止める。
私の瞳をじっと見た。
真意を伺っているのだろう。
「…どこまで本気なんですか?」
「全部」
「あなたが私と一緒に死んでくれるなら喜んで死ぬわよ?」
「私に生きてほしいんじゃないんですか?」
「もちろん」
「どっちなんですか」
「私の願いは一貫してるわよ?
照への依存から脱却してほしいのよ」
「もちろん生きてそれが実現されるのが一番理想」
「でも…それが無理で。
あなたが照を諦めて私と死んでくれるなら」
「それはそれでありかなって思い始めた」
咲の顔に動揺が走った。
それを見て私は心が温かくなる。
私の存在が少し咲の心を動かした。
そんな時。
私の耳は近づいてくる車の音を聞きつけた。
私は咲を抱き締める。
「ねえ咲。車が近づいて来てるわよ」
「もし。車がこっち側を走っていて。
私がこのまま咲を離さなかったら」
「さっき言った通りになるわね」
「ぶ。部長」
「嫌なら突き飛ばしなさい。
私は一人で死ぬわ」
咲の目が困惑に揺れる。
体に緊張が走り硬直する。
車の音はどんどん近づいてくる。
「いいの?払いのけないで。
このままじゃ無理心中達成よ?」
「だ。だって部長が死んじゃう」
「そうね。咲も死んじゃうわ」
咲の顔が蒼白になる。
体ががくがくと震え出す。
車が姿を現した。
咲はそこから動かなかった。
轟音をあげて私達の横を車が通り抜ける。
「…残念。反対車線だったわね」
「ぶ。ぶちょう。ぶちょう」
咲は私の背中に手を回す。
ぎゅうと強く抱き締める。
そしてぼろぼろと涙をこぼした。
「…ごめんね。怖かったわよね」
「っ……ちがっ……」
泣きじゃくる咲を胸に抱く。
頭を優しく手で撫でる。
咲はそのまま泣き続けた。
結局咲が泣き止んだのは1時間も後だった。
--------------------------------------------------------
峠を抜けた後は早かった。
電車に乗って名古屋まで出る。
そこからは新幹線に乗る。新幹線は普通に使えた。
私達はその日のうちに東京についた。
目的地の近場でホテルを取る。
二人が帰国するのは明日の夜。
なんとか間に合う事ができた。
咲はあれからずっと沈黙を貫いていた。
黙ったまま私の腕の中に包まれている。
「疲れちゃった?」
「…いえ」
「……」
「…自分がわからなくなったんです」
「ん?」
「まだお姉ちゃんの事が好きなのは確かです。
でもあの時。私は部長を選んでしまいました」
「私の愛ってその程度だったのかなって」
咲は悲しそうに目を伏せた。
自分の節操のなさを恥じているようだった。
「あはは。人の命がけの求愛をその程度と申しますか」
「部長の愛が軽いとは思いません。
でも期間が短すぎるんです」
「15年間想い続けてきたのに。
そんな簡単に上書きできるものなのかなって」
「…依存できれば。誰でもよかったのかな」
「そうかもね」
「……っ」
実際にはそうは思わない。
誰でもよくないからここまで
苦労しているのだから。
でも咲がそう思っている以上。
否定しても意味はない。
「でもね。依存される側は
誰でもいいわけじゃないのよ」
「照はあなたを支えてはくれない。
私はあなたを支える気がある」
「望むならあなたと一緒に死んであげるわ」
「その違い…よく覚えておいて」
「…はい」
そこで会話はぷつりと途切れた。
咲はそのまま目を閉じる。
私も合わせて目を閉じた。
決戦の時は近い。
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菫が待ち合わせに指定した場所。
それは都会にもかかわらず
人通りがほとんどない路地だった。
『お前の言う通りの展開になったと仮定しよう。
その場合は最高の展開でも
間違いなくニュースになるだろう』
『場合によっては一足先に逃げさせてもらうぞ』
「ええ。それで構わないわ。
むしろ逃げてくれる事を期待する」
そんなやり取りをしたのは数日前。
よくもまあ海外にいながらこんな
絶好の場所を選んでくれたものだ。
私達は目的地に着いた。
照達はまだ来ていない。
私は咲にあるものを手渡した。
「はいこれ」
「…いいんですか?私本気ですよ?」
咲を攫う前に買ってきた一振りのナイフ。
ナイフは咲の手の中で
怪しい光を放っている。
「構わないわ。どうせ
使う機会なんて来ないんだから」
「私が怖じ気づくと思ってるんですか?」
「まさか」
咲の目はここに来て
尋常じゃないくらい血走っている。
怖気づくどころか止めるよう
説得する方が難しいだろう。
「前も言ったでしょ?菫がそれを許すわけがない」
「弓だけと思ったら大間違いよ?
今のあの子は実戦で経験を積んでるから」
「照を守るためだけに…ね」
咲は沈黙する。それでも咲の目は
らんらんと異様に輝いている。
あたりが不気味な沈黙に包み込まれた次の瞬間。
待ち人の足音がした。
--------------------------------------------------------
路地の反対側から現れたのは菫。
その後ろに守られるように照。
咲の想い人が現れた。
「久しぶりだな…咲ちゃん」
「どいて。お姉ちゃんが見えない」
「ナイフを握って血走った眼をした狂人を前に
大切な人を晒せるわけないだろう」
「どいて!」
咲が突然大声をあげる。
私はその変貌ぶりに驚いた。
本当にこの子は
昨日私の腕の中で眠っていた子と
同一人物なんだろうか。
咲は私のもとを離れて歩き出す。
菫の方に歩き出す。
右手にナイフを携えたまま。
じりじりと距離が縮まっていく。
二人の距離は5mくらいだろうか。
菫にとってはすでに射程範囲内かもしれない。
菫の背中に隠れている照は
顔面を蒼白にしながら
二人の様子を伺っている。
菫と咲の距離が3mを切った時。
鋭く冷たい声が飛んだ。
「そこで止まれ」
「……」
「咲ちゃん。今日私達がここに来たのは
君の望みを叶えるためじゃない」
「むしろ君の望みを断ち切るためだ」
「ほら照。言ってやれ」
「……」
照が意を決したように頷いた。
やがて照の口がゆっくりと開いた時
「ストップ」
私は会話を制止した。
背後から聞こえる声に咲が振り向く。
私は照の言葉を求めてはいない。
あなたはただ景品としてそこにいればいい。
私はすっと懐からナイフを取り出した。

血走った咲の目に少しだけ
戸惑いの色が見える。
「咲。よく見て。これがちょうど
今の私達の状況よ」
「あなたの好きな照は菫という壁に守られている。
そっちはまっとうな健常者の世界。
あなたとの隔たりは大きいわ」
「で。私はあなたと同じ刃物を持った狂人。
あなたは身を翻してこっちに近づいてくるだけで
私を手に入れる事ができる」
「わかりやすいでしょ?
咲はこっちに来た方が幸せになれるのよ」
「でもこの状況だと…
まだ咲は迷っちゃうのよね?」
「だからもうひと押ししてあげる」
私は右手のナイフを逆手に持ち替える。
右手を高らかと空に掲げる。
そして…その手に握ったナイフを…
そのまま。
勢いよく。
腹に。
突き刺した!!!
「!!!」
瞬く間に血がにじむ。
ナイフが。服が。手が。血に染まっていく。
咲の目が驚愕に見開かれた。
「なにしてるんですかっっ!!!」
「…選び…なさいっ…」
「わたしをッ…とるのか…
まだ…照を…追いかけるのか…っ」
そう。これが私の計画。
逃げる照を追いかけるのか。
死にゆく私に駆け寄るのか。
それを咲に選ばせる。
だから私は命を懸ける。
15年間の歳月に勝つにはそれしかない。
「て…る……すみ…れ……
あなたたちはっ…も…いきなさい」
「…わかった」
「咲ちゃん。ナイフで刺された人間は
場所によっては数分で死ぬ」
「迷っている時間はないぞ」
死線を潜り抜けた菫の凍てついた言葉。
それを聞いた咲は弾かれたように走り出す。
走り出す足が向かった先は…
…そっか……ありがとう。
朦朧とする意識の中。
咲がこちらに走ってくるのが見えた。
安堵。私はそのまま崩れ落ちる。
否。寸前で咲の腕に抱きとめられた。
もっとも咲は私の体重を支えきれず。
二人で倒れこんでしまったけれど。
「…こっちで……よか…たの」
「しゃべらないでください!携帯電話を!!」
しゃべると同時にごぷりと口から血を吐いた私。
鬼気迫る表情で咲が怒鳴る。
私は震える手で鞄を指さした。
乱暴に鞄の中を漁り携帯電話を取り出す咲。
事前に119番の文字は入力しておいた。
後は通話ボタンを押すだけだ。
「すいません!救急車!救急車をお願いします!!」
目に涙を溢れさせた咲が誰かと会話している。
できる事は全てやった。
後はもう運を天に任せよう。
私はそっと目を閉じて…
そのまま意識を手放した。
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目を開くと白い天井が視界に入った。
とりあえず地獄ではなさそうな景色に安心する。
舞台は病室に移っていた。
「…どこかしら」
返事を期待したわけではない独り言。
でも返事が返ってきた。
「貴方がよく知っている病院ですよ」
声のする方に顔を向ける。腹部に鈍痛。
顔をしかめながらもその人物を確認する。
そこにはなじみの精神科医がいた。
「まさか貴方が患者として
入ってくるとは思いませんでした」
「…嘘つき。いつかは私も病むって
思ってたんじゃないですか?」
「否定はしませんが…
いきなり自殺未遂とは思わなかったので」
先生は苦笑した。どうやら笑える程度には
状況は悪くないらしい。
「今はどんな状況なんですか?」
「宮永さんは閉鎖病棟に戻りました。
貴方は腹部に大怪我を負ったので
外科の一般病棟に入院しています」
「もっとも行為の苛烈さを考慮すれば
奇跡とも言うべき軽傷ですが」
「その怪我が快方に向かい次第
貴方も閉鎖病棟の仲間入りです」
「あはは。そりゃ待ち遠しいですね」
「…すいませんでした」
「…なんで先生が謝るんですか?」
「貴方がおかしくなってきている事には
気づいていました。でも私は何もできなかった」
「今回起きた宮永さんの失踪事件…
犯人は貴方なのでしょう?」
「そういえばアレってどうなったんですか?」
「大騒ぎにはなりましたが…
外部からの犯行として見るには
説明がつかない事が多すぎました」
「じゃあ内部犯かと言うとそうでもない。
原因不明の停電が起きるまでは
病院側の体制にも問題がなかった。
それは監視カメラや現場記録で証明されています」
「捜査が難航しているところに今回の事件が起きました。
当然宮永さんに疑惑の目が集まりました。
ですが救急車を呼んだのが宮永さん本人である事。
状況的に自殺未遂の可能性が高い事。
結果として宮永さんは
貴方を助けたと結論付けられました」
「脱走したとはいえ人を助けたという事で
脱走についてはそれ以上
追及はしない事になりました。
結局事件はお蔵入りです」
「なのにどうして私が犯人だと?」
「…実は私も麻雀を嗜んでいますから。
インターハイの地区予選。停電を起こした子と
選手から見えなくなった子がいましたよね?」
「…なんでそれを報告しなかったんですか?」
「貴方は当然知らないとは思いますけど。
私は清澄高校のファンですから」
そう言って彼女は舌を出す。
その時私は心底思った。
彼女が担当医で本当によかった。
未来なんてかなぐり捨てていたけど。
彼女のおかげで首の皮一枚繋がったのだ。
感謝してもしきれない。
「それで…咲の方はどうなったんですか?」
「嘘のように改善しました。
貴方が外科病棟に入院すると知った時に
自分も移ると暴れた時以外は
本当に別人のように良好です」
「彼女が快方に向かったのは
貴方のおかげです。
本当にありがとうございました」
「…怒らないんですか?」
「私の治療による進展がないから
見限られて行動を起こされた。
結果患者が治っている。
私がすべき行動は感謝か謝罪しかないと思います」
「貴方は宮永さんを救ったんです」
今度は私が苦笑する番だった。
随分と大げさな物言いだ。
「救ったどころか…
一緒に壊れただけなんですけどね」
笑いながらそうこぼして…
私は両手を顔で覆った。
--------------------------------------------------------
閉鎖病棟に移された私。
だがその入院期間は短いものだった。
腹部をかっさばいた自傷以外は
特に危険な兆候が見られない私。
逃走する前後で症状が劇的に改善した咲。
医者達はこう結論付けた。
私の行動は咲の治療のために必要な行為だった。
それにより事態は収束に向かった。
もうこの二人は問題ないと。
こうしてめでたく二人揃って
措置入院が解かれる事になった。
まるで出所した囚人のように
病院を遠い目で眺める咲。
そしてぽつりと呟くようにこぼす。
「こんなにあっさり出られるものなんですね」
「そりゃ病人じゃなくなったらすぐよ」
「私達健常者ですか?」
「傍目にはね」
もちろん私達は治っていない。
迷惑をかける相手がいなくなっただけだ。
私達が住むのは二人で完結した世界。
むしろ以前より病的だろう。
「これからどうしましょうか」
「そうね。まずはずっと二人きりで
生きていける術を探しましょうか」
「ありますかね」
「手段を選ばなければいくらでも。
例えば照と菫にたかるとか」
「それじゃあの二人と関わるじゃないですか」
「関わらなくてもいいの?」
「あの時部長を見捨てた二人なんて
二度と見たくないです」
「…あれは私がそうしろって
言ったからなんだけどね」
上書きは見事成功した。
咲はもう照を追いかけない。
むしろ今の咲にとって
照は憎しみの対象になっている。
計画の成功にほくそ笑んでいたら
横を歩く咲に話しかけられた。
「…部長。ずっと聞きたかった事があります」
「何かしら?」
「どうしてここまでしてくれたんですか?」
「…その質問には何度か答えたと思うけど?」
「はっきりとは聞いてません」
「……」
「あなたの事が好きだからよ。
あなたを独り占めできるなら
無理心中でもいいと思うくらい」
普通の人なら寒気を感じるだろう回答。
でも咲は私の返答に頬を染めた。
咲は顔をほころばせながら質問を続ける。
「私のどこが好きなんですか?」
「頭がおかしいところよ」
「…え?」
「前に咲は聞いたわね。
こんな頭のおかしい私の事が好きなのかって」
「まさにそこ。頭がおかしいほど一途なところ。
気が違うほど他人を愛せる人なんて
世界にどれだけいるのかしら?」
「私は咲の愛に胸を打たれた。
激しくて切なくて綺麗だと思った」
照の事を羨ましいと思ってしまうほどに。
嫉妬してしまうほどに。
「あなたのもとに通い詰めるたびに思ったわ。
相手が私だったら問題なかったのにって。
一体何度考えたのかわからない」
「でも勝ち目なんてないと諦めてた。
そしたらあの先生が言ってくれた」
「私があなたの…最後の希望だって」
「それでちょっと揺さぶって見たら
なんか脈ありっぽかったから」
「ちょっと頑張ってみちゃったの」
「…そうですか」
私の回答に咲は悲しそうに俯いた。
何か変な事を言っただろうか。
「あれ?不満?」
「…だって。誰かを一途に愛していたのが
好きになった理由だったんですよね」
「…なのに私は部長に乗り換えちゃいました。
尻軽もいいところじゃないですか」
今にも泣きそうな顔でこぼす咲。
反面私は噴き出しそうになった。
本当にこの子は頭がおかしい。
「あはは。さすが咲は言う事が違うわね」
「…?」
「知ってる?乗り換えさせるのに
命まで懸ける必要がある子は
尻軽とは言わないのよ?」
「しかも私がその禁じ手を使っちゃったわけで。
次の人が咲を乗り換えさせるには
どうしたらいいのかしらね?」
「私が2回だから倍の4回とか?
さすがに死ぬと思うけど」
「…そうですね」
「それより。私こそ本当に
一度も聞いてないわよ?」
「あなたは私の事をどう思っているの?」
「…そんなの…聞かなくても
わかってるじゃないですか」
「さっきの言葉をお返しするわ。
はっきりと咲の口から聞きたいの」
「……」
「……」
私は咲の方に向き直った。
しばらくの沈黙。
咲は心の準備を整えるように深呼吸する。
そして…
ついにその言葉を口に出してくれた。
「愛しています。誰よりも」
それはとても短い言葉。
でもその言葉こそ私が求めていたもので。
命を二度も投げ捨ててでも
欲しかったものだった。
胸が熱くなる。視界が滲み始める。
このまま泣いてしまいたい。
でもせっかくだから一気に聞いてしまおう。
「…っ…泣く前に聞いちゃいましょう。
私のどこが好き?」
「私の狂った愛を受け入れてくれるところが」
「…っそっか…そっかぁ……」
がらにもなく私はぼろぼろと涙をこぼしてしまう。
咲の体に縋り付いてひたすら肩を震わせた。
咲は何も言わなかった。
咲の体も震えていた。
それでも抱き寄せた手で私の背中をさすってくれた。
私たち二人は抱き合って泣き続ける。
人目もはばからず泣き続ける。
通り過ぎる人に奇異の目を向けられながら。
ひとしきり泣いて想いを吐き出した後。
咲は私に対して警告した。
「だから…気を付けてくださいね?
私ものすごく嫉妬深いですから」
「あはは。知ってるわよ」
「例えば私が浮気したりしたらどうする?」
「殺します」
「他の女の子に笑いかけたりしたら?」
「殺します」
「誰かと親しげにしゃべったら?」
「殺します」
笑顔で即答する咲。
私が本当に浮気すると思ってないから
今は笑顔なんだろうけど。
もし本当に実践したらどうなるだろうか。
多分。冗談抜きで殺されるのだろう。
でも…
「咲が殺してくれるならそれもありかもね」
なんて考えるあたり。
私は本当に狂っている。
「もちろん殺した後ちゃんと後を追いますから
心配しなくても大丈夫ですよ?」
「あはは。だったら最初から心中してよ」
やっぱり咲も狂っている。
私達は狂っている。
だから私達なら大丈夫。
「さ。まずは住むところから探しましょうか!
今の私の家だと二人はちょっと狭いわ!」
新生活の始まりだ。
二人ぼっちの生活の。
きっとそれは幸せな生活。
私は咲の手を握った。
咲は素直に受け入れて。
互いの指を絡ませた。
(完)
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悲しいハッピーエンドだった。誰一人死んでないのに、みんな死んでしまったような。それが壊れるっていうことなのかもしれないなぁ。
当たり前のように衣とももが使われててちょっと笑った。
今回屈指の重さなだけに、咲も久も極上の幸せの結末に感じました。
やっぱり狂った子はかわいいっすね!
怪盗団のようなチームを組んでも違和感の無い咲キャラの豊富さよ。
よくよく考えるとモモってかなりヤンデレの素質ありそう…。
でもモモちゃんに抱えられてるころたん想像したらすごくかわいい
正に『激しくて切なくて綺麗』で、それでいてカッコいい。感動しました
あんなに重要そうな役どころなのに
とても面白かったです
菫サイドも見てみたい
堕ちる。深く、深く。からずっとファンです。今回も、冷静なふりをしながら咲のことしか考えてない部長とか最高でした!
これからも無茶振りかとも思えるリクエストをするかも知れませんが(すでにしてるけど。)、その際はよろしくお願いします。
これからもがんばってください。それでは。
なによりも、覚悟をもって事をなそうとする人は美しい。重い話でしたけど、冷たい中に光る輝きのある話だったと思います。ありがとうございました
菫照サイドでも見てみたい話
久の、「気が違うほど他人を愛せるなんて…」は私も常々考えていました。
気が狂ってしまうほどの愛って、それだけ本気で、それだけ本物の愛なんじゃないのかなと。
P.S.車で無理心中を計ったシーンは、久の"分の悪い賭け"と対応しているのでしょうか?なんとなくそうなのかな、と思ったので。
初めて読ませていただいた時から愛読者です(照が菫の中にオーラを入れるやつ)長文失礼しました。これからも応援しています。
誰一人死んでないのに>
久「主要メンバー全員が壊れているのよね。
取り返しのつかないほどに」
咲「常に纏わりつく重苦しさを味わってください」
咲も久も極上の幸せの結末>
久「うん、幸せだわ。このまま死んでもいい程に」
咲「普通、こんな人に会える可能性は
ほとんどゼロですからね…」
やっぱり狂った子はかわいい>
久「普通の子にない感情の鋭さがあるわね」
咲「魅入られるとろくな事になりませんけどね」
咲キャラの豊富さ>
久「高校生だけでも完全犯罪可能よね」
怜「私がおれば未来も読めるしな」
体術まで強化された>
菫「無論鍛えたが…重要視したのは実戦だな」
菫「作中では、実は私は手に
催涙スプレーを握っている」
菫「襲ってきたら噴射して、
そのままスタンガンで無力化していた」
久「ガチすぎでしょ…」
モモってかなりヤンデレの素質>
久「え、モモちゃんはむしろ
公式でヤンデレでしょ?」
久「こっそり私達の跡つけてきてたじゃない」
モモ「先輩のためっす」
ころたん>
衣「生きながらに黄泉にいる
嶺上使いなど意味はない」
久「助けてくれてありがとね」
何時ものスマートさは無いけど>
咲「いざという時は、部長は一番
大切なことを優先すると思います」
久「こういう感想は胸にくるわね…
ありがとう」
照がセリフなし>
菫「照がしゃべらないのは理由がある。
その理由は本編では語られなかったが」
久「サイド菫照が書かれたらわかるかもね」
最後にほろりと>
久「感情を動かしてくれてうれしいわ。
この話の根幹はそれだから」
咲「私の心を動かすのが目的ですからね」
菫サイドも見てみたい>
菫「別の日記のコメントにその旨
書き込んでくれ」
これからも無茶振り>
久「正直最初は
『女子高生が何から逃げるっていうのよ』
とか頭を抱えたけど、結果的に
かなり好きな話になったわ」
咲「ありがとうございます!これからも
よろしくお願いします!」
冷たい中に光る輝きのある>
久「命を懸けるに足る目的って
なかなかないわよね。
それが表現できてたらいいなと思う」
咲「素敵な感想ありがとうございます!」
命を懸けて>
久「ヤンデレで命のやりとりは
ありがちなんだけど、
自分の命を懸けるという例は
少ないと思うわ」
咲「心を動かしてもらえたらうれしいです」
分の悪い賭け>
久「そのシーンはもちろん、全てが
『分の悪い賭け』を意識してるわ」
久「命まで懸けないといけない、
そこまで分の悪い賭けをしてようやく
手に入れる事ができる」
久「そのくらい咲を振り向かせるのは難しい。
そこを表現したかったの」
咲「『気が違う程』はうちのブログの
テーマですね…久しぶりに
納得のいく話がかけた気がします。
これからも読んでいただけたら幸いです」