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【咲-Saki-SS:春巴】巴「はるるの笑顔を取り戻したい」【共依存】

<あらすじ>
初めてのお役目の時、はるるは倒れた。
鬼ははるるを蹂躙し、はるるの体をねじ切ろうとした。

あの日以来、はるるは表情を失った。
私はそれを取り戻したくて、
今日もはるるに付き纏う。

<登場人物>
滝見春,狩宿巴,石戸霞,薄墨初美

<症状>
・共依存
・解離性同一性障害(軽微)
・狂気

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・春巴で、祓う者同士なので・・降ろす側と同じように
 実はこっちにも体に負担がかかってたみたいなっ!
 共依存、シリアスで。

※正直原作における二人の出番が少ないので
 性格を掴み切れてません。
 別人になってたらごめんなさい。



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心を、無にする

掻き乱されないように
付け込まれないように


私を、無にする

私はただの通り道
あの鬼を元の世界に還すための門


痛く、なんてない

内側から湧き上がる苦しみも、
憎しみの感情も、私が感じているものじゃない
私ではない、誰かのもの


私はただ、静かに鬼が通り過ぎるのを待てばいい
そのうち、あの人が助けてくれる


だから、早く…



助けて



--------------------------------------------------------



お祓い。


それは罪や穢れを対象の人物から
取り除くための神事。

私達のお役目で言えば、
霞さんに降りた鬼を祓うための儀式を指す。


この儀式は二人一組で行われる。

はるるがその身をもって
鬼界と俗界を繋ぐ『門』となる。

私が祓詞(はらえことば)を奏して
榊(さかき)を振る。

それをもって鬼を霞さんからはるるに移し、
はるるを経由して鬼を鬼界に還す。

一度降りてきた悪しきものを還すには、
これだけの手順が必要となる。


霞さんは何の準備もせず、
いともたやすく悪しきものを降ろす。
でもそれは、あの人が飛びぬけた才を
持っているからできること。

凡人たる私達では、神具を携え、
決められた手順を正しく踏まなければ
悪しきものを還す事はできない。
しかもそれは、体に相当な負担がかかる。

私はたった一回のお祓いで汗だくになり、
立ち上がるのすら億劫になるほどだった。


それでも私はまだいい方だろう。
鬼界と俗界、鬼と人を橋渡しする
『門』になる方はもっと惨たらしい。


初めて『お祓い』をした時の事を思い出す。


霞さんからはるるに鬼が移ったその刹那。
はるるはがくりと膝を挫き、その場に
糸が切れた人形のように倒れこんだ。


「はるるっ!!」


はるるに宿った鬼は、
門と化したはるるを壊そうとする。
門を壊してしまえば、
元の世界に戻される事もないからだ。


「やめてっ!やめてっっ!!」


倒れたはずの体が浮き上がり、
四肢がぼきりぼきりと嫌な音を立てながら
不自然な方向に捩じれていく。
体ががくがくと異常なまでに痙攣する。

なのに、はるるの反応はなく。
まるで事切れたかのように表情は凍りついている。


ぎりぃぃぃぃぃぃぃっっっ


そのまま見えない力で四肢が外側に引っ張られ、
千切れてしまいそうなほど張りつめた瞬間


『おやめなさい!!』


霞さんが、無理矢理鬼を自分の体に引き戻した。
ごとり、と音を立てて
はるるの体が床に崩れ落ちる。


「はるるっ!!はるるぅっ!!!!」


私ははるるに駆け寄った。
やっぱりはるるに反応はない。
ただ素人の私にも、はるるが
いまわの際にあることは理解できた。


「はるるぅっ…!死なないでぇっ…!
 はるるぅぅっ……!!」


霞さんは体内で荒れ狂う鬼と戦っている。
私は狂ったように姫様と救護班を呼んだ。


「お願いです!早く来てください!!
 このままじゃ、はるるが、はるるが!!!」


両者が来るまでには数分の時間を要した。
姫様が神を降ろして鬼を鎮め、
救護班がはるるを連れ去っていく。


私は何もできなかった。


結局、この日はるるは
全治4か月の大怪我を負った。



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あの日以来、はるるは滅多に笑わなくなった。

笑うのは、故郷を思い出せるわずかな時だけ。

その時以外は、まるで意思を持たない
人形にでもなったかのように
その表情を亡くしてしまった。

私はそんなはるるをほおっておけなくて、
事あるごとにはるるの世話を焼いている。


「はるる、体調悪くない?」

「はるる、お菓子作ったから一緒に食べよ?」

「はるる、勉強わからないところない?」


はるるの表情が戻ることはなかった。

私は自身の無力さに失望しながら。
それでも、今日もはるるに声を掛ける。


「はるる」

「はるる」

「はるる」


いつか、はるるが笑顔を
取り戻してくる日を夢見ながら。



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月例の鬼降ろしの日がやってきた。

それは、姫様に近づこうとする鬼を
霞さんが強制的に降ろして、
満足させた後に元の世界に還す儀式。

私はいつものごとく汗だくになって、
肩で息をしながら式の完了を告げる。


「ふぅ…祓いました」

「ありがとう」

「はるる…大丈夫?体調悪くない?」

「…大丈夫」


私はすぐはるるに駆け寄って安否を確認する。
はるるの返事にほっと安堵しながら、
私はその頭をそっと撫でた。

それは、はるると対になって以来、
毎回欠かさず続けている行為。

そんな私達の様子を見て、
霞さんが困ったように眉をひそめた。


「ねえ、巴ちゃん。ちょっと二人で
 お話してもいいかしら?」

「あ、はい…じゃあ、はるる。
 また後でね」


はるるの手をぎゅっと握りしめた後、
別れを惜しむようにその手を開く。
はるるは若干ふらつきながら
祭場を後にした。

その背中を見送った後、
私は霞さんの方に向き直る。


「話ってなんですか?」

「…春ちゃんなんだけど、
 そろそろ危ないかもしれないわ」

「な、何が…ですか?」

「『門』になった子は、
 普通は鬼と戦いながら少しずつでも
 神気を高めていくものだけど」

「…あの子、初めてお役目についた時から、
 まったく成長が見られないのよ…」

「そのせいで、身体がどんどん弱っているの」

「そんな…!なんとかならないんですか!?」

「春ちゃんが修行して、相対的に
 負担が軽くなるようにするのが一番なんだけど…
 今の状態だと見込みは薄いわね」

「他に、方法はないんですか…?」

「春ちゃんが期待できないなら、
 巴ちゃんが精進するしかないわ。
 あなたが力をつけて、あの鬼を迅速に
 送り還すことができるようになれば、
 その分だけ春ちゃんが楽になるから」

「私が…」


着替え終えた霞さんと一緒に祭場を後にする。
霞さんの言葉は、私の心に暗い影を落とした。

私が精進すれば、はるるは楽になる。
それは裏を返せば…私が拙い(つたない)から
はるるに負担がかかっているということだ。

わかってはいたけれど…いざ言葉にされると、
その事実は私に重くのしかかる。


もっと…もっと精進しないと。
はるるを、楽にするために。


私は振り返って祭場を眺めながら、
一人こぶしを握りしめた。



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あの人の事が好きだ。

初めての時、鬼に襲われて倒れた私を
抱き起こして涙してくれたあの人の事が。


あの人の事が好きだ。

私の内を蹂躙するあの鬼から
解放してくれるあの人の事が。


あの人の事が好きだ。

お役目を終え、心身ともに疲れ切っている私を
癒してくれるあの人の事が。


あの人はからっぽになった私をそっと包んで、
優しく頭を撫でてくれる。

あの人の優しさが、温かさが
私の心に、体に、魂に染み込んでいく。

それで初めて…私は
『門』から『人』に戻る事ができる。


なのに、今日は遅い。


いつもだったら、式が終わった後は
ずっと一緒にいてくれるのに。
ずっと頭を撫でてくれるのに。
今日は、あの人がまだ来ない。


早く戻ってきて。早く私を抱きしめて。
いつものように、頭を撫でて。
そうしなければ、私は人間に戻れない。


「はるる…大丈夫?」


来てくれた。


「ごめんね…霞さんと話してたら
 少し時間がかかっちゃって」


私の心に闇が下りる。
カスミサントハナシテタ?
それは、私の頭を撫でるよりも大切な事?


「…どんな話?」

「…ええと…」


巴さんは言葉を濁した。
私には言いにくい事?
霞さんには話せて、私には話せない事?


「えっと…最近、はるるが大変そうに見えるから
 少し気にかけてあげてって言われたんだよね」

「で…何か方法はないかなって聞いてたの」

「……!」


苦笑しながら頭を撫でてくれる。
心の闇が融けていく。


「だったら修行しろって言われちゃった。
 私がもっとうまく鬼を還せるようになれば、
 それだけはるるが楽になるって」

「…ごめんね。私のせいで苦労させて」


痛みをこらえるような顔をして
巴さんは私を撫でる。
違う。巴さんのせいじゃない。


それに、私は苦労だなんて思ってない。

痛いのは確か。苦しいのは確か。
辛いのは確か。

でも、それを感じているのは空っぽの自分。
私じゃない。だから


「気にしなくていい…」


そう言って、私は黒糖を差し出した。
疲れている時には甘いものを。


「ありがと。あはは、これじゃ
 単に私が愚痴を聞いてもらっただけだよね」


巴さんはまだ笑顔に陰を残しながら、
お礼を言って受け取った。



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足掻いてみる事にした。
少しでもはるるの負担を軽くするために。

といっても、別に今までだって
怠けていたわけじゃない。

だから、これ以上を目指すには
特別メニューをこなす必要があった。


「というわけで…よろしくね?」

「どんとこいだよー」


ハッちゃんに練習相手になってもらうことにした。
ハッちゃんがその身に降ろすのは百鬼。
数の暴力は脅威だけど、
一つ一つの鬼はそれほど手ごわくはない。

加えて、ハッちゃんは鬼門を開ける事で鬼を呼び出す。
つまり、その時点で人間界と
向こうの世界が繋がっている。

だからはるるがいなくても、
私一人で鬼を還すことができる。
修行の相手にはもってこいだった。


目標は…百。それでも、
霞さんが降ろす鬼と比べたら
釣り合いは取れないけれど。

千里の道は一歩からだ。


「行くよー」


ハッちゃんの目から光が失われ、
邪な気があたりに充満していく。


ヒュォォォォォォ


鳥居が具現し、
鬼がぽつりぽつりと誘い出される。


「鬼さんには、巴ちゃんを抜けられたら
 好きにしていいって言ってあるから頑張ってねー」


半ば鬼と同調したハッちゃんが、
狂気じみた笑みを浮かべた。

それでいい。そのくらい
自分を追い込まないと、
修行としての意味がない。


「…来なさい!」


私は榊を携えて、具現した鬼と対峙した。



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あの人がいない。

いつもだったらこの時間は
自室で勉強しているはずなのに。

気をたどる。大広間…いない。
霞さんの部屋…いない。
姫様の部屋…いない。
初美の部屋…いない。


修行場…いた。


思い当たる節があった。
それはこの前の鬼降ろしの時、
あの人が言った言葉。


『霞さんに言われちゃった。
 だったら修行しろって』


つまりはそういう事なのだろう。
あの人は修行している。私を楽にするために。


そうまでして私を気遣ってくれる事はうれしい。
でも、私はそれを望んではいない。

私は現状に満足している。
私の負担を軽くするために修行するよりも、
ただ一緒にいてほしい。

心にもやもやしたものを抱えながら、
私は修行場に向かうことにした。



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断末魔の悲鳴をあげて、鬼が元いた世界に還っていく。
今ので三十七匹目…目標の百鬼までは随分と遠い。


「そろそろやめにしない?
 大分顔に疲れが見えるよ?」

「…まだやらせて」


肩で息をする私を、
若干呆れたようにハッちゃんが諭す。


「千里の道も一歩からでしょ?
 こつこつと積み重ねていけばいいと思うけど」

「少しでも早く…はるるを楽にしてあげたいの」

「…それで巴ちゃんが
 先に潰れちゃったら本末転倒だってば」


「…あ、はるる」


ハッちゃんの声に、私は思わず振り返る。

そこには、教科書とノートを手に持った
はるるが立っていた。


「…何してるの」

「修行ですよー。巴ちゃんが、
 はるるの負担を軽くしたいからって」


ハッちゃんの説明を受けたはるるは、
いつも通り感情のない顔で
私の行為をばっさりと否定した。


「…いらない。それよりも、
 勉強を見てほしい」

「い、いらないって…」

「前も言ったけど…気にしなくていい。
 どうせ、私は痛みを感じていない」

「え…!」


痛みを…感じていない?
でも、霞さんは体がどんどん
弱っているって言っていたのに。

私と同じく違和感を感じたのか、
ハッちゃんが珍しく真剣な表情で
はるるに問いかける。


「…はるる、それホントですかー?」

「本当。痛みを受けている自分を切り離して
 別人としてとらえれば大丈夫。お勧め」

「それより、勉強」

「う、うん…」


そう言って、はるるは私の腕を引く。
それは自己主張に乏しいはるるにしては珍しい行動。

私は戸惑いながらも、はるるに引っ張られて
修行場を後にする。

はるるは痛みを感じていない…
そうだとしたら、確かに今のままでも
問題はないのかもしれない。


でも…


私達を見送るハッちゃんの目は、
ひどく戸惑って揺らいでいた。

その目は私に、言いようのない
不安をもたらした。



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「霞ちゃん、大変ですー!」

「あらあら、どうしたの初美ちゃん」

「はるる、解離してますよー!」

「え、初美ちゃん気づいてなかったの?」

「あれ、知ってたんですかー!?」

「だって、『門』役なのに
 あれだけ無表情でいられるって、
 それ以外考えられないでしょう?
 身体はどんどん弱ってきているのに」

「何より、あの日常生活での感情の乏しさ。
 典型的な解離の症状じゃない」

「そっかぁ…霞ちゃんは
 気づいてましたかー…」

「多分、初めてお役目をこなした時
 耐えられなかったのよ」

「以来、あの子は心を空っぽにして…
 痛みや苦しみを感じているのは自分以外の人間だと
 ごまかすことでなんとか耐えてきた」

「あの子がほとんど成長していないのは、
 立ち向かうことを放棄してしまったから」

「自らで対処する事を諦めて、
 全てを巴ちゃんにゆだねてしまった…
 巴ちゃんに依存し過ぎなのよ」

「だから、巴ちゃんが傷つきながら修行する姿を見て、
 何か感じてくれたらと思ったんだけど…」

「むしろ無理矢理巴ちゃんの修行を
 止めていきましたよー?」

「……そう。残念ね…」

「ところで」

「初美ちゃんは、どうして
 春ちゃんが解離していることを知ったのかしら?」

「本人から直接聞きましたよー?
 解離して痛みなんか感じないから、
 巴ちゃんが自分を救うために
 修行する必要はないって」

「…そっちの方がまずいかもしれないわ」

「…?どういうことですかー?」

「……」

「さっきも言ったけど、春ちゃんは解離の影響で
 日常生活でも感情の変化に乏しい」

「その春ちゃんが、巴ちゃんの事で
 感情をあらわにしたのだとしたら…」

「その残滓、鬼はきっと嗅ぎつけるわ。
 そしてそれは…」


「鬼がつけいる、絶好の隙になるかもしれない」



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結局はるるにくっつかれて
修行らしい修行をする事もできず、
次の鬼降ろしの日がやってきてしまった。


とはいえそれは、普段通りの行事。

いつもの通り霞さんが鬼を降ろした後、
はるるを経由して元の世界に還す。

はるるの痛みをともなうものの、
特に問題もなく終わるはずだった。


はずだったのに。


「……っ!……っ!!」

「はるるっ!?」


はるるが苦しみ始めた。
無表情だったはるるが、もがき苦しみ、
尋常じゃない量の涙を流している。


一体どうして!はるるに、
何が起きているというの!?


私は額に汗を浮かべながら、一心不乱に榊を振った。



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心を、無にする

掻き乱されないように
付け込まれないように


私を、無にする

私はただの門
あの鬼を元の世界に還すためのただのm


−本当に そうかしら−


問いかけに答えてはいけない
私はただの門だ
話しかけられているのは別の人


−あなた あの子の事が好きなのね−

−あの子の修行を止めてまで−

−一緒にいたいと思うほど−


答えてはいけない


−霞がいる手前 あの子には手を出さなかったけど−

−そういうことなら−


答えては


−ちょっかい 出しちゃおうかしら−


『止めて!!!』


−ふふ…開いた 人形の口が開いた−


『……っ!!』


−ねえ こう考えてみたらどう?−


『…話しかけないで』


−私に乗っ取られたふりをしてあの子を襲うの−


『いや』


−そしたら あの子は食べ放題−


『それは…』


−全部あなたのものになる−


『……』


−手を組みましょう−


『……』


−ね?−



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喉を掻き毟るかのようにもがき苦しんだ後、
はるるは突然倒れ伏した。

幸い式自体は終わっている。
あの鬼は、元の世界に還ったようだった。


「はるる!!」


私ははるるを抱き起こす。
そこにあるのは、いつもの
人形のような無表情ではなく。

顔面を蒼白にし、眉間にしわを寄せながら
苦しみに歪む顔だった。

口内を噛んだのか、噛みしめられた口の端からは
血が滲みだしている。


「…とりあえずは救護室に運びましょう」


緊張に顔を強張らせた霞さんが告げる。
私は促されるままにはるるをおんぶした。



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去り際にあの鬼はこう言った。


『多分チャンスは一度だけ』

『次もあなたが苦しめば、
 霞はあなたをこの儀式から外すでしょう』

『そうなれば、あなたはあの子を手に入れるどころか、
 今の地位すら失う』

『よく考えておきなさい』

『あの子を自分のものにしてしまうのか、
 諦めて今の地位を失って去るのか』


あの鬼の誘惑は私の心に
大きな大きな葛藤を残していった。

次の鬼降ろしで、私はあの鬼の囁きを
無視できるだろうか。
ううん、多分無理だと思う。

鬼の言う通りあの人を襲ってしまう?
自分の欲に負けて、巴さんを傷つける?

もし、鬼の誘いに乗ってしまえば。
私はもちろん、巴さんも巫女の資格を失って。
二人して、お役目から外されるのだろう。

その時、巴さんは私を許してくれるだろうか。
今まで通り、私をかわいがってくれるだろうか。


そこまで考えて怖くなった。
思考がおかしくなっている。


そもそもそんな事は許されない事だ。
仮定すらしてはいけない事だ。

なのに、私は…
その仮定が頭から離れなかった。



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「…霞ちゃんの言った通りになっちゃいましたねー」

「まあ、いい加減長い付き合いだもの…
 なんとなくあの鬼の考えることはわかるわ」

「おそらく、巴ちゃんを餌にして
 解離から無理矢理引きずり出したんでしょうね」

「…次、大丈夫だと思いますかー?」

「三択ね」

「内訳を教えてくださいー」

「あの鬼の誘惑に負けて、春ちゃんが巴ちゃんを襲う。
 春ちゃんが耐えられず廃人になる。
 春ちゃんが耐えきって成長する」

「…可能性が高いのはどれですかー?」

「…高い順に挙げたわ。
 …五対四対一、と言ったところかしら」

「…止めた方がいいですねー」

「…そうね。でも、そうすると春ちゃんは
 六女仙から外れることになる」

「…本人が、受け入れてくれるかしら」



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霞さんの口から語られた内容は、
耳を疑うものだった。


「あの鬼は巴ちゃんを使って
 春ちゃんを壊そうとしているわ」

「このまま行くと、春ちゃんは
 …というか巴ちゃんも危険に晒される」

「…というわけで、二人に
 確認しておきたいのだけれど…」


「どうしたい?」


どうしたい?と聞かれても
私には選択肢がなかった。
選択ははるるに委ねられたと考えていいだろう。

霞さんの質問に対して、
はるるがさらに質問で返す。


「…もし、逃げたらどうなる?」

「六女仙から外れるわ。
 巴ちゃんには別の人と対になってもらう」

「…だったら、いや」

「…私は、やめたくない」


意外だった。はるるは、
六女仙から外れる事を拒んだ。
こんなお役目、務めていても
ただつらいだけなのに。

霞さんは小さな溜息をついて会話を打ち切った。


「…なら、二人でよく話し合いなさい」

「後悔、しないように」


霞さんは立ち上がり、そのまま部屋を後にする。
場には、私達だけが残された。



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私にはわからなかった。
はるるが六女仙にこだわる理由。
それが理解できなかった。


「ねえ、はるる…はるるはどうして続けたいの?」

「続けたって、いい事なんて何もないのに」

「……」


はるるは沈黙を貫いた。
私は、霞さんに相談された時から
思っていた考えを口に出す。


「私は、いっそ六女仙をやめてしまうのもありだと思う」

「いや」


はるるは即座に否定した。
それでも私は言葉を続ける。


「はるる…聞いて?はるるの体は、
 あの鬼に壊されてきてるんだよ?」

「このまま続けたら…
 はるる、死んじゃうかもしれない」

「私は…はるるが死ぬのはいやだよ…」

「…それでも、やめたくない」

「…どうして!!」


それでもはるるは否定した。
どうしてわかってくれないのか。
だんだん感情が昂ってきて、
自分でも声が震えているのがわかる。


気まずい沈黙が流れる。
議論は平行線だった。

でも、次の瞬間…
はるるが意を決したように、
ぽつりと言葉を口にした。


「……」

「巴さんと、一緒にいたい」


「……!!」

「巴さんが私に優しくしてくれるのは
 六女仙だから」

「巴さんと私が対だから」

「私が六女仙をやめたら…
 巴さんは私のもとから離れる」

「そんな事…!」

「でも、実際巴さんは離れた」

「私よりも修行を優先した」

「今回付け込まれたのはそのせい」

「…あの鬼に誘われた」

「一緒になって、巴さんを襲わないかって」

「どうせ、六女仙から降ろされたら
 巴さんとは一緒にいられなくなる」

「だったら…一思いに…穢してしまえと」

「…それで、なんて答えたの?」

「…一時は拒絶した」

「…一時は?」

「その誘惑は…今も私を苦しめている」


「巴さんが、欲しい」

「次、降ろしたら…抗えるかわからない」


「……!」


沈黙があたりを支配した。
はるるは珍しくばつが悪そうに、
目を伏せて地面を見つめている。


でも、私は逆に…
一筋の光明を見た気がした。

はるるの告白は…今まではるるの感情が戻る事を
願っていた私にとって、
あまりにも大きな希望だった。

はるるが私を求めている。それでいて、
私を傷つけまいと苦しんでいる。

…でも、はるるが望んでいるのなら。
望んでくれるなら。


私は、何をされても構わない。


「……」

「ねえ、はるる」

「…何?」


「もし、私がはるるに…すべてを捧げるとしたら」


「あの鬼の、誘惑に勝てる?」


私の問いかけに、はるるは驚いたように顔をあげる。
私の顔を正面から覗き込む。
そして、頬を赤らめながら肯定した。


「…うん」




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鬼降ろしの日がやってきた。
私ははるると一緒に並んで霞さんの前に立つ。

念のため、場にはハッちゃんにも控えてもらっている。
もし何か起きたら、すぐ姫様を呼んで
神様に介入してもらえるように。

でも、多分その心配はないと思う。


「…本当にいいのね?」

「はい!」

「…うん」


私達は二人揃って頷いた。

霞さんも覚悟を決めたように息を吐くと、
精神を集中し始める。

やがて、辺りに黒い霧が立ち込め…
そのまま、世界が闇に覆われる。


そして…鬼が降りてきた。



--------------------------------------------------------



−今日は 人形にならないのね−


『……』


−答えは 出してくれたかしら−


『…出した。私はあなたとは手を組まない』


−どうして?あの女を手に入れる絶好の機会なのに−


『いらない』


−どうして?−


『もう結ばれたから』


−…は?−


『だから、巴とはもう結ばれた』

『あなたは、要らない』

『私は、もう人形にはならない』


『あなたと、戦う』


−…そう そういう事−


ーそういう事なら…遠慮なく−





−八つ当たりさせてもらうわね?ー



--------------------------------------------------------



「かはっ…!」


はるるの口から血が噴き出す。
次の瞬間には、全身の毛孔から血が噴き出す。


「はるるっ!!」


思わず私は取り乱しはるるに駆け寄ろうとする。
でも、はるるは右手を突き出して私を制した。


「大丈夫っ…それ、より…こい、つ、を…
 追い、還す事に…専念してっ……」


口から血を吐き出しながら
決意を籠めた表情を見せるはるる。

私は歯を食いしばり、榊を持つ手に力を込める。

祓言葉を紡ぐ。榊を振る。
そうしている間にも、はるるの体は
血に染まっていく。

それでも、はるるの目は生きていて。
私に勇気を与えてくれた。


「還りなさい!!」


振り下ろした榊が風を凪ぐ。
風は、そのままはるるに向かって行って…
鬼が纏う闇を鋭く切り裂く。


そして…


鬼は、鬼界に還って行った。



--------------------------------------------------------



私ははるるを抱き寄せる。
はるるは満身創痍だった。
迅速な手当てをしなければ命に関わるだろう。

それでも、私はまず頭を撫でた。
はるるは虚ろな目をしながらも、
気持ちよさそうに目を細める。


「…頑張ったね」

「うん」

「いっぱい血…出ちゃったね」

「うん」

「初めて…たたかった」

「…そうだね」

「今も…すごく痛い……すごく苦しい」

「うんっ……うんっ……!」

「…でも、わかったことがある」

「……」

「人形でいた時…私は一人ぼっちだった」

「巴が助けに来てくれるのを一人で待つだけだった」

「でも、今日は違った」

「いつも近くに、巴を感じた」

「血を吐いても、体が損傷しても、
 機能を欠損しても」

「全然、怖くなかった。むしろ嬉しかった」

「……」

「もったいないことをしてた」

「こんな幸せを今まで逃していたなんて」


はるるは笑った。
黒糖と、喜界。
あの日以来、故郷の事以外で初めて笑った。


「あはは…笑ったっ…はるるが、
 喜界と黒糖以外の事で笑ったっ……!」


私は反対に涙を流しながら、
はるるを強く抱き締めて…

そのまま、血にまみれたはるるに口づけた。



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「…あ、あの二人の様子はどうですかー?」

「ええと、うん…駄目ね。離れようとしないわ」

「は、はるるの方はわかるとして…巴ちゃんって
 あんなにはるるに執着してましたっけー?」

「あの子、春ちゃんが傷つくのを
 ひどく怖がってたから…
 正直、依存具合では元々どっこいだと思うわ」

「それに…きっと、『何か』あったんでしょう。
 あの二人の絆を強める何かが」

「…い、いや、そういう事じゃなくて…
 と、止めないんですかー?」

「個人的には悪くない結果だと思うの」

「春ちゃんは解離を抜け出した。
 依存という形ではあるけれど、
 それでもあの鬼と正面切って立ち向かった」

「そんな春ちゃんに、巴ちゃんは応えた」

「これだけ頑張ったのだから、
 依存ぐらいさせてあげましょう?」

「いやいや!?だからって
 あの傷ほおっておいたら死にますよー!?
 なんで六女仙は私以外
 おかしい人しかいないんですかー!」



--------------------------------------------------------



あの日、私達は結ばれた。

お互いに巫女である以上、
純潔を捧げるわけにはいかなかったけれど。
それでも、その一歩手前までの事はした。

巴は、私の依存を受け入れてくれた。
好きなだけ依存していいと言ってくれた。

傷を負ったら、治るまでずっと
側にいてあげるって言ってくれた。

私の傷は一月で治る傷じゃない。
次の鬼降ろしの時までには治らない。
そしてまた、あの鬼に傷つけられるだろう。

傷つける、治る。傷つける、治る。
それを繰り返せば…


巴は、もう私から離れない。


私が傷つけば傷つくだけ。
壊れれば壊れるだけ。
巴を、私に縛り付けることができる。


そんな狂った循環を…巴は許してくれた。


「…ふふ」


鬼につけられた傷をそっと触る。
愛おしい。この傷が、巴と私を縛ってくれる。
二人揃って縛ってくれる。


「もう…せっかく
 笑ってくれるようになったと思ったら、
 そういうのばっかりなんだから」

「だって…幸せ」

「もっと、普通の事では笑えないの?」

「巴の事なら…何でも笑顔になる」


なんて、歯の浮くような台詞を言ってみたりして。
そしたら巴は少し顔を赤く染めて
そっぽを向いた。


「もう…なんで急に、
 こんなにべたべたになったんだか」

「…今まで巴が気付いてなかっただけ」

「…そっか…ごめんね」

「…許さない」

「えぇ!?」

「許してほしかったら…
 ずっと私の側にいること」

「ふふ…仰せのままに」


巴はくすりと笑って私を抱き寄せる。
私達は二人で抱き合って、
刻まれた傷に指を這わせた。

明日はまた、鬼降ろし。
私はきっと、また傷を作る。
そしたらまたこうやって、
二人で抱き合って傷をなぞろう。

そんな事を考えて…
私は自然と笑顔になった。



(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2015年02月01日 | Comment(7) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
宮森といい永水といい特殊な背景がある学校はほんとにゾッとするような内容になりますね。
Posted by さいふぁ at 2015年02月01日 09:25
リクエスト答えて下さってありがとうございます!春巴なんて特殊なもの頼んでごめんなさい( ̄▽ ̄;)とっても面白かったです!どちらも静かに、相手には伝わらないように病んでいる・・・大好きなシチュエーションですよ!?あのリクエスト文から私の心まで読みましたか?(混乱)最高でした!ありがとうございました!!
Posted by at 2015年02月01日 11:30
霞さんは二人を羨ましく思ってるんですかね。
Posted by at 2015年02月01日 13:22
永水の神(鬼)降ろしの儀という軸を立てて、そこからはるるが今笑わない理由とか、巴に依存している理由とかが、無理なく設定に組み込まれててすごいなあと思いました。
最後は巴がはるるを受け入れて、そこから成長するっていう過程が……すごいグッときました。
闇堕ちせず、病み落ちで安心しました。これからのはるるの成長に期待。
Posted by オリ at 2015年02月01日 15:10
純潔を保ちたいなら後ろの方を使えば(ry

春が久に笑いかけた時の巴さんの心境は如何に。
Posted by at 2015年02月01日 15:19
永水がらみは人智を超えた存在が出てくるので、いつもと違った恐さがありますね
Posted by at 2015年02月03日 12:34
>ゾッとするような内容
初美「宮守と永水はファンタジー枠ですよー」
霞「それもあるけれど、神職を頑なに
  守るためにはある程度
  闇を孕まざるを得ないと思うの」
巴「普通の話を期待していたらごめんなさい!」

>リクエスト文から私の心まで読みましたか?
春「むしろずれてるんじゃないかと
  戦々恐々だった…」
巴「正直書き始めは苦しんだけど、
  終わってみたらお気に入りになりました!
  ありがとうございます!」

>霞さんは二人を
霞「私は別にそうでもないですよ?」
初美「書きませんでしたけど
   すでに姫様とくっついてますからねー」

>無理なく設定に組み込まれてて
春「むしろ独自設定が受け入れてもらえるか
  不安だった」
巴「なのでこの感想がすごく嬉しいです!
  ありがとうございます!」

>春が久に笑いかけた時の巴さんの心境
巴「あれも結局は黒糖ですよね?
  別にどうとも思いませんでしたけど」
初美「それを知るまではものすごい
   邪気を出してたよ?」

>いつもと違った恐さ
初美「永水はファンタジー枠!」
霞「半分怪談のような感じで
  読んでもらえたらうれしいわ」


Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2015年02月08日 10:10
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