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【咲-Saki-SS:郁恭】郁乃「あはは…善野さんやなくて、ごめんな〜…」【精神疾患】

<あらすじ>
善野さんの後任としてやってきた私。
そんな私が、あまりにも暗い部室を見て
思わず吐いたセリフがこちら。

「うわぁ〜、何やのこれ〜。お通夜みたいや〜ん」

私の台詞を聞いて、乱暴に立ち上がった女の子がいた。
なぜかスカートの代わりにジャージをはいてる、
ちんまい可愛い女の子。
そう、それは末原ちゃん。

「帰れ!!お前なんか
 絶対に監督として認めへん!!」

私達の出会いは最悪だった。
でも、私はこの出会いで…
末原ちゃんが一気に好きになった。


<登場人物>
赤阪郁乃,末原恭子,愛宕洋榎

<症状>
・高機能広汎性発達障害

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・代行×末原さん(シチュは変更可)

※先に謝っておきます。
 ごめんなさい。どうしてこうなった。

※赤阪さんの背景がよくわからないので
 いくつか独自設定&偏見が入っています。


--------------------------------------------------------



新緑が芽吹き、徐々に日差しが厳しなってくる頃。
私は姫松高校の校舎をふらついていた。


知り合いの監督さんである善野さんが、
春季大会中に倒れた。

その後任として、善野さんと
ゆかりのある自分が選ばれた。
もっとも、あくまで善野さんが療養中の間だけという事で、
『監督代行』なんだけど。


「善野さんの後釜か〜。大変そうやわ〜」

「きっと善野さんの事やから、
 部員のハートもが〜っつり掴んではるんやろな〜。
 私に代行なんてできるんかな〜」

「まぁとりあえず、当たって砕けてみよか〜。
 笑顔笑顔〜」


なんて、気楽に麻雀部の扉を叩く。
その扉を開いた先は。



「うわぁ〜、何やのこれ〜。お通夜みたいや〜ん」



部内全体が、暗〜い、暗〜い雰囲気。
それこそまるで善野さんが
死んでしまったかのような。

しんと静まり返り、悲しみに沈んだ室内に、
私の声だけがやたら明るく響き渡った。


その声を聞いて、一人の部員が乱暴に立ち上がる。


なぜかスカートの代わりにジャージをはいて、
応援団みたいに上着を羽織った女の子。
何でこの子麻雀部の部室におんの?
って感じの、随分ちんまい女の子だった。


「…あんた誰や」

「あれ〜?聞いてへん〜?
 今日から善野さんの代わりに
 監督さんになるんやけど〜」

「…この状況で今の発言は不謹慎過ぎるでしょう!
 もう少し頭使ってしゃべれんのか!」

「…後、監督やないやろ!単なる代行や!
 そこんとこ忘れんな!!」


物凄い剣幕で食ってかかるジャージちゃん。
怒りのあまり、最後には丁寧語すら忘れて
喧嘩口調になっている。
もっとも私は特に気にせず。


あはは、変な子やなぁ。
 不謹慎て、死んでもないのに
 お通夜ムードの方がよっぽど不謹慎やないの?


なんてことを考えていた。


「ちょ、恭子キレ過ぎや!
 代行でも普通に監督やろ!?」

「す、すんません。こいつ、
 善野さんの事心底尊敬しとったもんで…
 気ぃ悪ぅせんといてください」

「ああ〜、ええよええよ〜。
 うちの方もごめんな〜」


タレ目ポニテの女の子が慌てて仲裁に入る。
なんやこの子愛宕さんに似てんなぁ。


「まぁ〜、とはいえ善野さんもう
 戻ってこんかもしれへんし〜、
 これからは私で我慢してな〜?」

「っ…!お前さっきからなんなんや!
 善野さんに恨みでもあるんか!!」


タレ目ちゃんの制止を振り切って
私に掴みかかるジャージちゃん。

再度それを後ろから羽交い絞めにして
抑え込むタレ目ちゃん。仲ええなぁこの二人。


「帰れ!!お前なんか
 絶対に監督として認めへん!!」


喚き散らすジャージちゃん。
あらら?私としてはフォローのつもりやってんけど。

周りは一緒になって騒ぎこそしないものの、
沈黙を守ったまま、ジャージちゃんの言動を
積極的に諌めたりもしなかった。

あ、もしかしてこの主将とか?
いきなり部の代表と喧嘩とかおもろいなぁ。


怒り狂うジャージちゃん。
私はそのぎらついた目に晒されながら、
にこにこといつもの笑顔を見せた。



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こんな感じで、かな〜り最悪な感じから
スタートした新生姫松。
これが、私と末原ちゃんの出会い。

末原ちゃんは完全に私の事を敵とみなしたようだった。
目を合わせただけで親の敵のように
ギラギラした目でにらんでくる。

ちなみに、私の方はそんな末原ちゃんに
どんな印象を抱いたのかというと…


『なんやこの子、すっごいおもろいわ』


だった。

私に対してここまで感情を
むき出しにしてきた人は初めてだったから。
すごく新鮮で胸がときめいた。


「決めた〜、私末原ちゃんの
 追っかけになるわ〜」


そんなわけで私は末原ちゃんに纏わりついた。

というかこの子、みんなの前で
あれだけ部の代表っぽく代弁しといて
レギュラーですらないやんな?
またそこがかわいいわぁ。

すたすたと小気味よく歩みを進める末原ちゃんの後ろを、
私はふらふらとついていく。

最初は私の存在自体を無視していた末原ちゃん。
でも、やがて我慢できなくなったのか。
急にぴたりと足を止めると、
振り返って私をきっと睨んだ。


「ああもううっとおしい!
 まとわりつくなや!!」

「え〜?ちょっとくらいええや〜ん」

「あんた、うちがあんたの事
 嫌っとるってわからんのか!?」

「知っとるよ〜?末原ちゃんほど
 私に噛みつく子なんて見た事ないもん〜。
 だからくっついてるんや〜ん」

「っ!?なんでそんな嫌がらせすんねん!
 あんた、頭おかしいんちゃうか!?」


私の物言いに対して、眉をげじげじに
歪めながら吐き捨てる末原ちゃん。


「あ〜、それよく言われるわ〜」

「えっ…!」

「なんでかな〜?みんな私の事避けるんよ〜」

「いないもんとして扱うんよ〜」

「私としては、ふつ〜に接しとるつもりなんやけど〜」

「……っ」


すっごく小っちゃかった頃、
病院で言われた事がある。
あなたはちょっと普通じゃないって。

みんな、私が来ると黙り込む。
もしくは、私の事なんか
気にしないふりをして会話を続ける。

向こうから私に話しかける事はなく。
私から話しかけて初めて会話が成立する。

それも、ひどく辺り障りのない
うわべだけの対応で返される。

そして適当に会話を打ち切られて
そそくさとどこかに去っていく。


そして、私はいつも一人ぼっち。


「まぁ、それ自体は小っちゃい頃からやから、
 別に慣れっこなんやけど〜」

「末原ちゃんみたいに、思いっきり
 感情ぶつけられたの初めてで〜」

「なんていうか〜、こう胸に来たんよね〜」


末原ちゃんは不思議な反応を示した。
まるで、どこか傷つけられたように顔をしかめて、
痛そうな表情を見せる。

しばらくの沈黙の後、末原ちゃんは
ぽそりとこぼすようにつぶやいた。


「……自業自得ですやん」

「え〜?だからそこがまず
 わからへんのよ〜」


「私、何が悪いん?教えて?教えて〜?」


昔からなんとなく気になっていた事だった。

多分私が悪いんだろうなとは思っていたけど、
どうすればいいかわからないし、
人に聞いてもはぐらかされる。

結局私にできたのは、笑顔を絶やさないようにする事。
それなら、私にも簡単にできるから。
後は語尾をゆるめにして、口調を柔らかくするだけ。


でも、末原ちゃんなら…本当に必要な事、
教えてくれるんちゃうかな?


「ああもううっとおしい!
 なんでこの話の流れでそんな
 にこにこ笑っとるんや!
 その空気読まないところが
 全部の原因なんですって!!」

「じゃあ〜、末原ちゃんが
 空気の読み方教えて〜?」

「なんでうちがそないな事…!」

「え〜?でも私が直らんと、
 末原ちゃんず〜っと
 イライラし通しになるけど〜?
 それでもええの〜?」

「まずそれや!ずっとやないやろ!
 善野さんが戻ってくる短い間や!
 そういうところから直してってください!」


新鮮な驚きだった。普通の人は、
そんな細かい事まで気にするものなんだと、
私はその時初めて知った。

これは、末原ちゃんから学ぶ事、
いっぱいありそうやね?


「そっか〜。これも駄目なんやね〜。あはは〜」

「だからなんでそこで笑うんや!」



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赤阪代行がやってきて以来。
私は苦汁の日々を過ごしていた。

忍耐を重ねながら対話を続けた結果、
あの人にも悪気があってああいった物言いを
しているのではないという事はわかったのだけれど。


…正直、そこに病的なものを感じた。


それも本人の責任とは言い難い、
先天的な疾患のような。

あの能面のような気味の悪い笑顔も、
人を小馬鹿にしたような間延びした口調も、
もしかしたら自分を守るために
そうせざるを得なかったのかもしれない。
そのやり方自体若干ずれているけれど。

そう考えると、最初に怒り狂ったのは
申し訳なかったと思えすらした。


でも、だからと言って、それとこれとは話が別。


あの人がくっついてきて
嬉しいわけでもないし、
あの人が空気の読めない発言を
やめるわけでもない。

何より、アレが善野監督の代わり、
というところが私の中でまだ飲み込みきれなかった。
あまりにも落差が激しすぎる。

つまりは、私にとって赤阪代行は
できるだけ関わりたくない存在だった。


なのに、周りからみたら
私達はけっこう仲良しに見えるらしい。
なんと不愉快な事だろう。


「恭子、最近代行と一緒におる事多いな」

「私の意思やない。あれが勝手にくっついてくるんや」

「仮にも監督をアレとか。時々タメ口やし、
 実は仲ええんちゃうの?」

「んなわけあるか!むしろあいつは敵や!エネミーや!」

「お、おぅ…」


この通り、付き合いの長い洋榎まで
アホな事を言い出す始末。

私にとっての監督は、善野監督ただ一人。
だから、アレと仲良くするなんてありえへんて。



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そんなわけで最初、私の中で
赤阪代行は善野さんの代わりで、
ただのお飾りの代行という認識だった。

遺憾ながらも、その認識は少しずつ
改めざるを得なくなっていく。


それは、洋榎や由子と三麻で特打ちして、
随分と遅くまで残っていた日。

部室を施錠して、鍵を返そうと
廊下を歩いていた時の事だった。


前方に、ふらふら〜っといつものように
おぼつかない足取りで歩く代行を見つけた。
私は思わずため息をつきながらも、
仕方なく声を掛ける。


「代行まだ残っとたんですか」

「あれ〜?末原ちゃんこそ
 まだ帰ってへんかったの〜?」


代行は振り返ると、いつも通りの
薄っぺらい笑顔を私に向けた。


「ちょっと特打しとったんで…」

「そっか〜、お疲れさんやねぇ〜」


そう言った代行の腕には、
大量のDVDが詰まった
段ボールが抱えられている。


「なんですかそれ」

「地区予選から全国まで、当たりうるチームの
 牌譜とかデータを揃えられるだけ揃えたんよー」

「今から解析して、対応考えんとねー」


しれっと話す代行。私は正直驚いた。

なぜなら、段ボールはDVDだけで
ほぼ満杯になっている。

この量のDVDに、一体どれだけの
情報が格納されているのだろうか。


「…人間が処理する量ちゃいますよ?」

「あはは〜、もちろん一人でやるんやないよ〜?
 コンピューターとかも使うし〜、
 外注さんも使うで〜」


これまた当たり前のように話す代行。
私は内心また驚いた。
そのどんくさそうな佇まいからは想像できない、
合理的な回答だったから。


「……」

「どしたの〜?」

「…正直みくびっとったわ。
 ただの空気読めん天然オカルト系雀士かと」

「やる時はやるんやな」

「あはは〜、惚れ直した〜?」

「直すも何も最初から惚れてませんて」


代行の台詞をにべもなく否定する。

もちろん、惚れはしないし、
善野監督には遠く及ばないのだけれど。

それでも…善野監督がいない間の繋ぎとしては、
認めてやってもいいのかもしれない。



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末原ちゃんが少しずつ
丸くなってきたような気がする。

最初は「あんたの指図なんか受けん!」
なんて言ってたのが、少しずつ
話を聞いてくれるようになってきた。


「ん〜、末原ちゃんはあれやね〜。
 対応策考えるんは得意やけど、
 想定外の状況になるとむっちゃ弱いんな〜」

「…そうですか?」


私は昨日一晩かけて解析した末原ちゃんの弱点を
本人に説明する。


「ほら〜、この練習試合の牌譜〜。
 相手の能力掴もうとするんはええけど、
 それに固執しすぎて状況悪なっとるや〜ん?」

「放置して自分の麻雀打った方が
 よかったんちゃう〜?
 分析は後からでもできるんやし〜」


末原ちゃんは痛いところを突かれたとばかりに
そっぽを向いた。


「…性分なんですよ。凡人やから、
 素の雀力に自信が持てへん。
 だから、対抗するための武器が欲しくなるんです」

「…でもまぁ、その忠告は心に留めておきますわ。
 ありがとうございます」

「末原ちゃんが私にお礼を言った!?」


私は驚いた。あの末原ちゃんが私にお礼を言った。
お前なんか監督として認めへん、
なんて言ってた末原ちゃんが。

私はそれだけで舞い上がって、
この大事件を広く世に伝えなければと思ってしまう。


「みんな〜?聞いた〜?
 あの末原ちゃんが私にお礼言ったで〜?」

「別にお礼くらい言いますて!
 ちゅぅかそんなん言いふらすな!」


いつも通りの喧嘩口調になった末原ちゃんが、
ちょっとほっぺたを染めて食ってかかる。
そんな末原ちゃんもかわいい。

ああ、末原ちゃんええなぁ。
大好きや。



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そんなわけで…というわけでもないけれど、
私は次の公式大会で、末原ちゃんを
レギュラーにすると本人に打診した。

きっと、末原ちゃんも喜んでくれるんちゃうかな、
なんて淡い期待を抱いていたけど、
そんな期待はあっさりと打ち砕かれる。


「すっえはっらちゃ〜ん。今度の大会、
 末原ちゃんをレギュラーにしようと
 思ってるんやけど〜」

「辞退します」

「え、えぇ〜?」


即答する末原ちゃん。
な、なんで?


「これで私がレギュラーなったら、
 なんかあんたに取り入ったみたいになるやん」

「そんな事ないと思うけどなぁ〜。
 実際、私が末原ちゃん大好きやなくても
 レギュラーに選んだと思うよ〜」


これは本当。この頃になると、
末原ちゃんは私の指摘をどんどん吸収して
かなりの実力をつけていた。

派手さこそないものの、地道に相手を分析して対応してきた
末原ちゃんは、トップを取る確率が非常に高い。
だから、普通に実力順で取ったと言っても
みんな納得すると思うんだけれど。

なんて事を考えていたら、
末原ちゃんは全然関係ないところを取り上げた。


「っす、好きとか簡単に言いなや」

「あれ〜?末原ちゃん照れてるん〜?」

「うっさいわ!変なとこばっか
 空気読むようになりよってからに!」

「それも末原ちゃんのおかげや〜ん」


なんとなく甘酸っぱい雰囲気を感じて
それに乗っかってみる。
ふふ、私も空気読めるようになってきたかなぁ?

顔をりんごみたいに真っ赤に染めながら、
末原ちゃんは無理矢理会話を打ち切った。


「ああもう、この話はしまいや!
 それより、一年の…」


ええ、もうやめてまうん?
オーダーの話なんかより、
末原ちゃんともっとお話したいわぁ。

ていうか…末原ちゃん出てほしかったな。
やっぱり私が監督じゃ、出場するの嫌なんかな。


ちくりっ…


あれ、なんやろこの気持ち…
なんか、胸が、痛い。

なんで、こんな痛いんやろ…
さっきまで何ともなかったのに。

胸はどんどん痛くなってくる。
あらら、これはあかんね。

明日は病院に行こう。
善野さんに続いて私まで病欠なんて事になったら、
末原ちゃんに申し訳ないから。



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私は代行の打診を断った。

それ自体に他意はなく、本当に
漫ちゃんの方がいいと思っただけだ。
自分には、まだ全国の化け物を相手に
戦う力はないと思う。

代行は笑ったままだった。
いつも通りの感情が見えない笑顔で、
なんて事のないように話をつづけた。


でも、私は…代行が落ち込んでいるのが
わかってしまった。


不本意ながら、いつも代行のそばにいたから。
その声をいつも聞いていたから。
いつも通りの声の陰に、少しだけ
悲しみが宿っているのがわかってしまう。


胸が少しだけチクリと痛んだ。


もしかして、深読みさせてしまったかな。
善野監督やないと試合になんか出ん、とか
突っぱねたと思われてないかな。

つい、そんな事を心配してしまった。



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代行は私の提案を受け入れた。
私をレギュラーから外して、
漫ちゃんをオーダーに組み込んだ。


「部員の事で末原ちゃんより
 詳しい子はおらんからね〜」

「いや、そこは私が一番詳しいって
 言いきってくださいよ」

「そんなん無理や〜ん。
 私は対戦相手の事調べるから
 部内は末原ちゃん何とかしてや〜」

「アンタそれでも監督代行か」


いつものように笑いながら話す代行。
でも、やっぱりまだ諦めきれてはいないようで。

代行は事あるごとに、
口癖のようにぼやいていた。


「ねぇ末原ちゃ〜ん。考え直さへん〜?」

「しつこいな。私より漫ちゃんの方がええですって」


なんど繰り返したかわからない会話。
でも、その日はもう一歩だけ代行が踏み込んできた。


「…やっぱり私が監督やから?」


急に沈み込んだ口調のトーン。
代行らしくない、思いつめた声音。

私ははっと息を呑んで、代行の顔を見る。
代行はいつも通り笑ったまま。
でも、私はなぜかあわくって弁解を始めてしまう。


「…っ関係あらへん。うちは、これが最善や
 思う事を言っとるだけです。
 私情なんかはさんどらん」

「もしうちを入れるのが最善なら、
 そん時は文句なくオーダーを受ける。
 単に、うちはまだその器やないというだ…け……」


そこまで言って…
代行が何やら異常に
にこにこしているのに気付く。

いや、さっきも笑顔は笑顔やったんやけど。


「…なんやその気持ち悪い顔は」

「や〜ん末原ちゃん厳しいなあ〜。
 ちょっと安心しただけや〜ん」

「……私が監督やから、やないんやな〜って〜」


本当に心から安心したように、
柔らかな笑みを浮かべる代行。
その笑みは、いつもの仮面みたいな
無機質な笑みではなくて、酷く自然で…


なぜか私は、頬が熱くなっていくのを感じた。


「…ちゅぅかあんたは監督代行や…
 何度言えばわかるんや」


そんな熱をごまかそうと、
私は怒ったふりをして顔をそむけた。



--------------------------------------------------------








…そんな私達のやり取りは、意外に長々と続く事になる。
それは、姫松高校が決勝戦で敗退するまで。








--------------------------------------------------------



私が初めて率いた姫松高校は
ぱっとしない結果に終わった。

まあ、ベスト4には入ったのだから
及第点とは言えるけど…
決勝ではラスの4位だったわけだから、
胸を張れる結果とは言い難い。


お疲れ様ミーティングが終わった後。
私は末原ちゃんと二人で黄昏ていた。


「…負けてまったね〜」

「…そうですね」


二人とも言葉は少なかった。

私もいつもの笑顔こそ崩さなかったけど、
おどけた事を言う気分はなれなかった。

大会前からずっと胸に抱いていた心残り。
それが、この結果になってしまった今、
自分の中でも抑えられないほどに膨らんでいる。


「…末原ちゃん出てれば違ったんちゃうの〜?
 あの子爆発せーへんかったしぃ〜」

「…毎回出るとは限らんですし」


言っても仕方のない事だった。
毎回出るわけではない事は最初から折り込み済みだし、
今回は賭けに出て失敗しただけ。
私も末原ちゃんもそれはわかっている。


わかっていたけど…私は止められなかった。


「でもなぁ〜、爆発考慮したとしても、
 やっぱり末原ちゃんの方が上やと思うんやけどな〜」

「……」


もし、末原ちゃんを出して負けていたなら。
私はここまで悔やんではいなかったと思う。
仕方なかったね〜、じゃあ次行こか〜、
くらいで流していたと思う。

でも。私は


「末原ちゃんに出てほしかったn」


「うっさい!!!」


私のぼやきは、末原ちゃんの怒号にかき消された。
末原ちゃんは目をひん剥いて私に掴みかかる。
そう、それは初めて出会ったあの時のように。


「あんた監督代行やろ!自分の決定に責任持てや!」

「確かにうちは漫ちゃん推したけどな!
 最終的に決めたんはあんたやろ!」


ぐうの音も出ない正論。特に反論する気もない。
だから、私は謝ろうとして。
でも、末原ちゃんの言葉にかき消された。



「こんな時、善野監督やったらバシッと決めたはずや!」



頭の中が真っ黒になった。



「そもそもあんた、代行のくせに
 采配も全然やったやないか!」

「せや!監督があんたやなくて、
 善野監督やったら…!!」



謝罪の言葉も、何もかもが掻き消えて。
ただ、末原ちゃんの言葉だけが
私の頭を黒く埋め尽くした。


『あんたやなくて、善野監督やったら』


言われたのは初めてじゃない。
それは就任当初、末原ちゃんの口から
何度も何度も飛び出した台詞。
耳にタコができるくらい聞いてきた台詞。

その度に私は笑って受け流してきた。
別に気にしてないはずだった。


なのに。


「……っ」


なんで、こんなに苦しいんだろう。
まるで、心がバラバラに砕け散ってしまったかのように。


「…な、なんで泣くん…
 あんた、そんなので泣くタマちゃうやろ」

「…へ?」


末原ちゃんに言われて頬に触れてみる。
私の目からは、確かに涙がこぼれていた。


挿絵_泣く代行.png


「あ、あはは〜…おかしいなぁ〜」

「前は、平気やったのに〜」

「あ、あはっ…今、泣き、止むから…待ってな〜?
 ごめんな〜っ……ホントっ…ごめんっ……」


痛い。痛い。痛い。
心が痛い。張り裂けそうに痛い。
こんな感覚…初めてで。


何これ、私、このまま死ぬんちゃうの?


私の様子がいつもと違う事に気づいたのだろう。
末原ちゃんが、ひどく慌てた声で謝ってくる。


「…す、すんませんでした!
 言いすぎました!!」

「え、ええん、よ。だってっ…それが、
 末原ちゃんの……本心、なんやろ〜?」

「ごめんな〜っ…?善野さんやなくてっ…
 ごめん、な〜……」


気づけば私は泣きじゃくっていた。

涙が、後から後から流れていく。
止めたいのに。いつものように笑いたいのに。

でも、もう止められない。
止め方がわからない。


こんな風に、泣いた事自体…
今まで一度もなかったから。



--------------------------------------------------------






「ちゃうんです!」






--------------------------------------------------------



私は思わず声を張り上げていた。
代行はその、たっぷり涙がたまった目を私に向ける。


「…八つ当たり、やったんです……!」

「代行が、私を信頼してオーダー選びの
 判断材料にしてくれたのはわかっとる」

「他校の選手の牌譜も全部チェックしとったんも知っとる」

「その上で、対戦相手に合わせて
 練習相手をチューンしとったんも、
 事前に調整済みやからあえて試合中に
 その場しのぎの采配を振るう必要がなかったんも」


「…本当は、ぜんぶわかっとる……」


そう。この人は、監督としての仕事を
しっかりとこなしていた。
そうでなければ、善野さんと同じベスト4が
成し遂げられるはずがない。

わかっていた。本当はもう、認めていた。
この人は監督として指示を仰ぐ価値があると。


「…だから、ただの八つ当たりやった」

「当たりやすいアンタに、当たってもうた」


だってあんたが、あんまりうちの事ばっかり言うから。
漫ちゃんの代わりに私だったら、なんて連呼するから。
それを言うなら、私だって…
と、つい口を滑らしてしまった。

ううん、違う。私は心のどこかで
代行に甘えていたんだ。

この人は何を言っても傷つかないと。
何を言っても笑って許してくれると。


「アンタはもう、とっくに
 痛みがわかるようになっとったのに」


代行が一番傷つくであろう言葉で、
心をえぐってしまった。

なのに、この人は…


それでも笑顔を作ろうとする…!


そんなこの人の悲しすぎる笑顔を見て、
私は胸が潰れそうになった。


「…すんませんでした」

「…痛い時は痛いって言ってください。
 腹が立った時は怒ってください。
 泣きたい時は…泣いてください」


私は代行を抱き締めた。


代行は一瞬目を見開いた後…
堰を切ったかのように泣き始める。


「うっ…ぐすっ…!!」

「すえはらちゃんがっ、よがったぁ〜〜っ!」

「すえはらちゃん、やったら、納得できた〜〜っ!」

「なんで、何で出てぐれへんかったん〜〜っ!!」


「すんません…次の大会は考えますんで…」


私の腕の中で幼い子供みたいに泣きじゃくる代行。
私は代行が落ち着くまで、ずっと頭を撫で続けた。

陽が落ちて辺りが暗くなっても。
ずっと。ずっと。



--------------------------------------------------------














--------------------------------------------------------



けっして長いとは言えない時間だけど、
しょっちゅう一緒にいてわかった事がある。

この人は本当に笑顔を絶やさない。
だから、裏で何を考えているのかわからない。
空気を読まない発言と相まって、
見る人に不審感と恐れを与える。


でも、それはきっと、
そうしないと耐えられなかったから。

本当のこの人はとても純粋で。
傷つきやすくって、壊れやすい人なんだと思う。


仮面のような笑顔の裏で、
この人はずっと耐えてきた。

自分ですら気づかないように、
心にそっと封をして。


何でもないと、自分に言い聞かせてきた。


そんな歪(いびつ)な代行が、
子供みたいに泣きじゃくった。
私がよかったと、声をからすまで泣き叫んだ。

それを見て…私はこう思ってしまった。



こんなん、ほっとけへんやん……



私は善野監督の事が好きだ。
それは麻雀の先達としても、
一人の大人の女性としても。


…でも、すんません。


善野さんがおらへん間、ちょっとだけ…
この人に浮気します。戻ってきたら…
また、切り替えますから。

私は心の中で善野さんに謝罪して…
また強く抱き締めた。
ほおっておけないこの人を。



--------------------------------------------------------














--------------------------------------------------------



明後日。

気が滅入るような反省会も終わり、
今日から次の大会に向けた練習が再開される。

私は横を歩くこの人に声を掛けた。


「さ、仕切り直しや。反省もしたし気持ち切り替えて、
 次の大会に向けて調整してくで?」


「赤阪監督」


「…え!?末原ちゃん、今なんて言うたん!?」

「…名前呼んだだけですて」

「だ、代行ちゃうの?」

「私が代行代行言っとったから、監督としての
 実感わかんかったのかと反省しただけです!」

「善野さんが戻ってくるまでや!戻ってきたら
 耳揃えて監督職は善野さんに返してや!!」

「あ、あはは〜」


私の照れ隠しに、赤阪監督は
こぼれるような笑みを浮かべた。
その眼尻に、少しだけ涙を浮かべながら。

なんやこいつ…いつの間にこんなに
自然に笑えるようになったんや…

ちゅうか泣き過ぎやろ、感情豊か過ぎやん。
まあそりゃ、いつもの能面みたいな笑顔よりは
こっちの方がええけど…

なんて内心どぎまぎしている私の横で、
代行は目をこする。
そして手が取り除かれた後は…

また、例の張り付いた笑顔に戻っていた。


「す、え、は、ら、ちゃ〜ん、ちょっと悪い
 ニュースあるんやけど〜、聞きたい〜?」

「な、なんや」

「善野さんな〜?峠は越して
 快方には向かっとるけど〜、
 療養に専念するから、
 監督職は辞任するらしいわ〜」

「なっ…!」

「少なくとも来年はまだうちが監督やから〜、
 もう末原ちゃんの監督はうちで固定なんよ〜?」

「残念やんな〜?」

「ああもう!なんでこのタイミングで言うんや!
 そんなんやから空気読めんって言われるんや!」

「あはは〜」


前言撤回や!やっぱりこいつまだおかしい!
なんでせっかくいい雰囲気の時にこんな事言うんや!
っていい雰囲気ってなんや!そんなんちゃうわ!


「まったく…これは再教育し直したらなあかんな」

「してして〜。再教育したって〜」

「ばっ…ふらふらしながら抱きつくな!」


ふらふらしながら私に縋りつく監督。
私は大声で怒鳴りながらも、
仕方なく監督を受け止めた。


頭のおかしい監督と生真面目な参謀。
もう一年、この二人で夏を目指す。
多少不本意ではあるけれど…ま、仕方ない。


こんな頭おかしい監督、
うちやないと支えきれへんやろからな!


そして私達は並び立ちながら、
部員が待つ大部屋の扉を開けた。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2015年02月08日 | Comment(14) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
もしかしたら代行がどす黒い考えに流れていくのではないかと思いながら読み進めていったらピュアなあまあまでした。ヤンデレの純度で白いと普段と違う切なさがありますね。
Posted by at 2015年02月08日 10:16
普段から笑顔を崩さない代行の涙は反則ですね(泣) しかも笑顔のまま涙だけポロポロ流すって‥
あんな感じの代行が仕事熱心というギャップ。可愛い。
Posted by 130 at 2015年02月08日 11:08
すばらな郁末すばらです(混乱)

いくのんって面倒くさいけど一緒にいて退屈しないタイプの人っすよね
面倒くさいけど

早く本編かシノハユでのいくのんと善野さんの絡みが見たいですわ
Posted by アミバ at 2015年02月08日 15:23
終始にやけながら読んでました。代行可愛いですねー!少しずつお互いに高めあっていってるのがとても良いです!
Posted by at 2015年02月08日 16:34
郁恭とか読むに決まっとるやん〜!
すばらっ!
Posted by リリー at 2015年02月08日 17:03
おお、谷間谷間。勿論貧乳も好きですがね。

リクエストありがとうございます。イラストも描いて頂き感無量です。

イーヒッヒッと笑って末原さんを改造する腹黒イメージが強い中、貴重なピュアピュアいくのんが見れて嬉しい嬉しい。
このお話しを踏まえて見ると、変身末原さんのくだりがイチャついている様にしか見えなくなりましたわ。
Posted by at 2015年02月08日 18:26
代行の泣き顔が切なすぎる。純粋な人が流す涙はこっちまでつられて泣きそうになってしまう。

しかし末原さんは最終的に善野さんと赤坂さんどちらもをとるんでしょうかねえ。どちらをとるにしても中々に中々な展開になりそうでワクワクします。
Posted by オリ at 2015年02月08日 18:49
代行のダークサイド全開か!?
とか考えながら読んでた自分が恥かしい…
何でのかカプはこんなに切ないんだろう…
Posted by 玄 at 2015年02月08日 19:42
代行がめずらしくふつうにいい人なんでちょっと切ないですね……。
でもハッピー?エンドでよかったです。
Posted by マソ at 2015年02月08日 22:58
代行が純粋な分、末原さんが若干病んで見えるよ〜。
代行に浄化されてくヤンデレ末原さんすばら〜。

これまでのSSとはまた違う意味で「病んでて」「危なっかしい」感じがグーやね〜。
Posted by at 2015年02月09日 02:04
いくのんって本当にこんな感じじゃねえかな、と思ったです
Posted by at 2015年02月09日 12:49
末原さんが善野さんと赤坂さんのどちらを選ぶか色々と悩んでいたら
実は高校のときから2人がずっと付きあっていることを知る展開を希望
Posted by at 2015年02月12日 21:53
コメントありがとうございます!

>ピュアなあまあまでした
郁乃「始めて出てくる人は
   綺麗になるの法則やでー」
恭子「…まぁ、綺麗っちゃ綺麗か。
   おかしいのは別として」

>あんな感じの代行が仕事熱心
恭子「仕事熱心ちゅうか、やる事はやっとるんは
   原作も多分一緒やな」
郁乃「多分にコネやけどねー」

>面倒くさいけど
郁乃「なんで2回言ったんー?教えてー?」
恭子「そういうところがめんどくさいんや」

代行可愛い>
恭子「腹黒説が多数やけど実際には
   本当に空気読めてへんだけちゃうかなと」
洋榎「そっちの方が痛いけどな」

>郁恭とか読むに決まっとるやん
恭子「正直リク受けた時はこれ需要あるんか…
   と思ったんやけどなぁ」
郁乃「意外に反響多かったねー」

>貴重なピュアピュアいくのん
恭子「原作リアルタイムで追ってる人は
   その印象が強いみたいやな」
郁乃「コミック派は意外とそうでもないんよー」

>どちらもをとるん
恭子「そんなの善野さんに決まっとるやん」
郁乃「……」にこにこポロポロ
恭子「ああもう!反則やろ!!」

>こんなに切ないんだろう、ちょっと切ない
郁乃「フィルターかけて原作読んでみてー?」
恭子「代行と他のメンバーの微妙な距離感が
   割と本気で心に刺さるで?」

>末原さんが若干病んで見える
郁乃「気づく人おるんやねー」
恭子「実は序盤のうちは病んどる設定や。
   つまり二人とも真っ黒」

>いくのんって本当にこんな感じ
由子「原作で代行がピュアだと明かされたら
   一気に代行人気が爆発するのよー」

>実は高校のときから2人が
恭子「なんでみんなうちの心折りたがるん?」
郁乃「末原ちゃんやからねー」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2015年02月15日 14:05
二人の組み合わせすばらです!ピュアな感じで切なくも最後はハッピーで終わりよかったです。バッドエンドで病んでいる赤阪さんもぜひ見てみたいです!
Posted by at 2016年07月18日 21:13
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