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【咲-Saki-SS:菫照】菫「どうして、お前がこんな目に」【ヤンデレ】

<あらすじ>
菫「以下の作品の私達視点だ」

照「語られなかった部分を補完するような話」
咲「あなたは私の最後の希望」

<登場人物>
宮永咲,竹井久,弘世菫,宮永照,その他

<症状>
・狂気(重度)
・共依存(重度)
・ヤンデレ(重度)

<その他>
※当ブログ内でも屈指の重苦しさです。
 苦手な方はご注意を。

※注意!!
 宮永咲が重度の犯罪を犯しています。
 重度の原作改変を許せない方、
 Side−咲を読んですっきりしたまま
 終わっておきたい方は
 読まない事をお勧めします。


--------------------------------------------------------



インターハイの決勝戦のさなか。
私は控室に向かう通路の途中で
非日常との接触を果たした。

そこにいたのは栗毛の少女。
髪の毛が一部だけ鋭角にはねている点を除けば
特徴のない地味な少女だった。

だがそのシルエットを目に留めた照は
明らかな緊張をその顔に走らせて歩みを止める。


少女の名前は宮永咲。


何度かモニター越しに見た事はあった。
だが顔を突き合わせるのは初めてだ。
そしていつぞや映像で見た時とは違い
瞳は狂気の色に染まっていて。
らんらんと獲物を狙う獣のように光を放っている。

常識が通じない相手だろうという事は
一目見てわかった。


「お姉ちゃん。帰ってきてよ」

「私ずっと待ってたんだよ?」

「ねえ。もういいでしょ?帰ろうよ」


一方的に要求を繰り返す宮永咲。
戸惑う照。なんとなく危険を察知した私は
二人の間に分け入った。


「まずは落ち着け。今はまだ対局中だ。
 ここで声を荒げる事は得策じゃないだろう」

「どいてください。貴方には関係ありません」


尖った殺気が私を貫く。
その余りの鋭さに気圧されながら
なおも私は立ちはだかる。
照が彼女の視線に晒されないように。


「だからどいて!」

「これ以上干渉するつもりなら
 警備員を呼ぶぞ?そして清澄は不戦敗だ。
 それでもいいか?」


彼女とて団体戦のメンバーだ。
ならばチームメイトへの情は相応にあるだろう。
これで諦めてくれればいいが。


「…わかりました」


宮永咲は唇をぎりりと噛みしめながらも。
やがてゆっくりと踵を返した。
思わず安堵の息をついたその時。


「待っててねお姉ちゃん。
 あの女を潰してからまた来るから」


ぞくりと背中が泡立った。
宮永咲は去って行った。
最後の最後まで不穏な気配を残しながら。



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初対面にして強烈な負の印象を
植え付けていった宮永咲。
だがそれはまだ本領ではなかった。

決勝戦終了後。
宣言通り私達のもとにやってきた彼女は
ひたすら照に食い下がった。


「ねぇお姉ちゃん。帰ろう?
 長野に帰ろう?」

「……」


私は二人の複雑な家庭環境について何も知らない。
照に話す気がないなら
あえて踏み入る事はすまいと
思っていたからだ。

だからなぜ彼女がここまで照に固執するのか。
なぜこれほどまでに
追い詰められた表情をしているのか。
私にはわからない。

ただ一つわかる事。
彼女は照にひどく依存していて。
それで照は困っているという事だけだ。


「咲。私は帰らない」

「どうして!!」

「どうしても何も…私が
 東京に来た理由は咲から離れるため」

「私と一緒にいたら咲は駄目になる」

「だから戻らない」


その声はか細く頼りない。
それでも確かに拒絶の意志が籠められていた。


…だがそれで引き下がるような相手ではない。


「…嫌だよ!お姉ちゃんに会うためだけに
 ここまで頑張ってきたのに!」

「家族が一緒に居たいって思う事の何がいけないの!?」

「妹が姉を慕う事の何がいけないの!?」

「教えてよ!なんで私は受け入れてもらえないの!?」


彼女の悲痛な叫びが部屋中に木霊する。
張り裂けんばかりの悲しみが。
部外者である私にまで
ひしひしと伝わってくる。


そして。


「……咲」


その魂の叫びは照の心を動かした。
動かしてしまった。

縋るように嗚咽する彼女を前に。
無意識のうちにその足を一歩踏み出す照。


「…わかった。ずっと長野に
 戻る事はできないけれど」

「夏休み中くらいは実家に戻る」


結局照は譲歩した。部外者の私では
その決定に口を挟む事ができない。


だがそれは明らかに誤りだった。


止めるべきだったのだ。
例え出しゃばっていると言われようと。
私はその胸の内に…言いようの知れない胸騒ぎを
感じていたのだから。


もし。それを口に出してさえいれば。

あの悲劇は回避できていたかもしれないのに。



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「菫。お願いがある」

「…なんだ」


照の帰省が近づいたある日。

照は神妙な顔をして私の部屋を訪れた。
一見いつもの無表情に見える。
だがそこそこに付き合いの長い私は
その表情が緊張に包まれている事を悟った。


「明後日。私は実家に戻る」

「…そうか」

「…一度行ってしまったら。
 戻ってこれるかわからない」

「…そう思うならなんで行くんだ」

「…行かないと咲が壊れる」

「あれはもう壊れているだろう」

「…それでも約束は約束」

「…で?肝心のお願いってのは何なんだ?」


「…私の初めてをもらってほしい」


「は、はぁ!?きゅ、急に何を言っているんだ!?」

「二度も言わせないでほしいんだけど…
 私の初めてをもらってほしい」

「な、なんでそんな話になるんだよ!?」


突然の爆弾発言につい動揺してしまう。
目の前のこいつが何を言っているのか
本気で理解ができなかった。


「…私は多分咲に襲われると思う」

「でも。私だって初めてくらいは
 好きな人がいい」

「だから菫にもらってほしい」

「そこじゃない!そうなると予想していて
 なんでわざわざ行く必要があるのかと
 聞いているんだ!」

「さっきも言ったでしょ…咲が壊れる」

「私も言ったぞ!あれはもう壊れている!
 引きずられてお前まで壊れる必要はない!」


「…それで妹が死ぬとしても?」


それは驚くほど冷たい声。
その凍てつくような寒さを前に
私は声を失った。

照はその温度を保ったまま
淡々と言葉を吐き出し続ける。


「あの時の咲の目を見た?
 もう完全に後がない目をしていた」

「今ここで私が咲を裏切ったら…
 咲はおそらく…自ら命を絶つ」

「そうなったら私は…
 その咎を背負って生きていけるとは思えない」

「だから…お願い」


照が私の胸に飛び込んでくる。
とっさに腕を広げて受け止めながらも。
私は胸の内に形容しがたい
苦みが広がっていくのを感じていた。

恋焦がれていた相手からの愛の告白。
本来なら天にも昇るほどの心地であって
しかるべきなのに。


実際の私達の間には。
暗澹たる闇が立ち込め
重苦しい雰囲気に支配されている。


ああ。なぜこんなにも私達の周りは暗い。
なぜ私はこんな無力感に
苛まれなければならない。


なぜ…私達はこんな形で結ばれなければならない


私はやりきれない思いに眉を歪め…
ぎりぎりと唇を強く噛んだ。



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結局照が帰る事を
止める事はできなかった。

ここで帰らなければ妹が死ぬ。
自分は妹を殺した殺人者となる。
そんな事を言われては止めようがなかった。

ならばせめて次善の策を打とう。
それはもし妹が凶行に走った時
止められるようにする事だ。

照が実家に帰ると決めた日。
照に同行した私は事前に一つのルールを決めた。
至極単純明快なルール。それは…


一時間に一回必ず連絡を取り合う事。


照の実家まで足を運び。
その場所を確認してから照と別れる。
そして私はそのまま
一番近い交番に足を運んだ。

例えどんな理由があろうとも。
定時連絡がなかった場合は
即座に警察を連れて
宮永家に突入すると決めていた。

事前に状況を巡査に説明した私は
そのまま交番の前で立ち尽くす。

傍から見たら私の方こそ危険人物だっただろう。
巻き込まれた哀れな巡査は
鬼気迫る勢いで説明する私に対し
失笑しながら応対した。

「単なるお前の被害妄想ではないのか」
そう思っているのがありありと伺えた。

無論杞憂で済むのが一番いいのだが。
だが…


この予防策は見事に功を奏してしまった。


照が家に帰ってから3時間後。
定時連絡がぷつりと途絶えた。

私は腰の重い巡査に発破をかけながら。
震える手で宮永家の門を叩く。


返事はない。


だが居るのは間違いない。
インターホンを悪戯に連打する。
ドアを乱暴に殴りつける。

突然狂暴化した私に戸惑う巡査を無視しながら
私は暴力行為を犯し続ける。


格闘する事およそ数分。
ついにしびれを切らした
宮永咲が玄関の扉を開けた。


「…何の用ですか…近所迷惑ですよ?」


苛立ちを隠す事なくそう告げる宮永咲。

だが私の顔を見たその目が一瞬泳いだのを
私は見逃さなかった。


「言い逃れても無駄だぞ。
 見ての通り大方の予想はついているし
 警察にも事前に説明を通している」


「…照をどうした」


問いには答えず瞬時に身を翻す宮永咲。
ちらりと見えた瞳にはあの時と同じ
狂気の影が潜んでいて。

反射的に私は飛びかかり
その身を羽交い絞めにする。


「離してよ!離して!!」

「この状況で問いに答えず
 逃げようとする奴を離せるか!
 照をどうした!!」

「貴方には関係ない!!」

「あるから言っている!
 そもそも私がここにいるのは
 お前から照を守るためだ!!」

「ひ…弘世さん。す。少しやり過ぎでは…」

「この状況で何もしていないなら
 そう素直に告げればいい!
 この女がそれをしないで
 逃げようとした意味を
 考えていただきたい!」

「もし事件などなかったのなら
 後でいくらでも処罰を受ける!
 まずは照の安否を確認してください!」

「…そうだな」


私の言葉に思う事があったのだろう。

巡査はここにきてようやく
気を引き締めるように背筋を伸ばす。

そしてそのまま宮永咲の正面に
すっとその身を移動させた。


「…宮永さん。私はこういう者で正当な警察官だ。
 厳密には礼状がなければ現時点での捜査は不可能だが
 君が無実なら確認に応じてもらえないかな?」


巡査が警察手帳を見せた時。
宮永咲の体から力が抜けた。

さすがに観念したのだろう。


「…お姉ちゃんは奥の部屋にいます。
 ただ服を着ていないので
 できれば少し待ってください」


その言葉が放たれた刹那。
こいつを殴り倒したいという
強烈な衝動が湧き上がる。

私は決死の思いで殺意の衝動を
血が出るほど唇を噛み締める事で
なんとか抑え込んだ。


「もう確定でしょう!
 現行犯と考えて間違いない!!」

「私が照を介助します!
 巡査はそいつを補導してください!」


居ても立ってもいられなくなった私は
発言に対する返事を待たず
住居の奥に侵入する。

片っ端からドアを開け照の姿を探し求める。

最初のドア…いない。

次のドア…いない。

その次のドア…いない!


一体どこにいるんだ!


「照!返事をしてくれ!!」


私は大声で照を呼びながら
いくつかの扉を乱暴に開けて。


そしてついに……『当たり』を見つける。






「………」






「………」






「………」






「………っ!!!!!!」






あまりの出来事に理解が追い付かなかった。
見なければよかったと後悔すらした。






「て…てる……」






そこにあったのは二重の意味で
生まれたままの照の姿。







照は何も身に着けず。






そして。










…体の一部は血に塗れて(まみれて)いた。
そう。下半身を中心に。






その目はガラスのように透き通り。
もはや何も映してはいない。







「あっ…ああっ……」






「ああああああああああああああああっ!!!!!」







物言わぬ人形と化した照の肩を抱き
私はただ獣のように咆哮する。

そうでもしなければ自身の内から迸る感情に
押し潰されてしまいそうだった。




「てるっ…!!てるっ……!!!」




感情の赴くままに私は号泣する。
狂ったように名を叫ぶ。



さぞ煩かった事だろう。煩かったはずなのだ。
なのに…それでも照は!






何も…反応しなかった!!





「っっっっっっっっっっっっ!!!!」





それが止めとなった。





その腕に照をかき抱きながら。
私はただひたすら叫び続ける。
さながらそれは狂人のごとく。

やがて巡査が支援を呼び。
パトカーのサイレンが
近づいてきてもそれは続いた。




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こうして。


心を持った照は死んだ。
そしてその片割れである私も。


今ここに残されたのは。
壊れたそれらの残骸だけだ。






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宮永咲は最終的に精神病院送りとなった。


客観的には妥当な判断だが
主観的には許しがたい結末だった。

あんな狂人が罰も科されず
病人として手厚く扱われる。
そしてまたいずれ何食わぬ顔で退院し
凶行を繰り返すと思うと虫唾が走った。


「…くそっ……」


あの時照は血を流していた。


『初めてでもないのに』血を流していた。
つまりそれはあの狂人に
喪失を模倣されたのだろう。


血が出るまで。血が出るまで!血が出るまで!!


取り押さえたあの時。
そのまま原形が無くなるまで
殴りつけなかった事を心底後悔した。


「…くそっ…!!」



こみ上げてくる怒りと共に拳を振り上げ。
机に叩きつけようとしたその時。
視界の端に照の顔が映る。
そこでようやく私は我を取り戻した。


「…すまん。こんな事をしている場合じゃないな。
 お前を取り戻す方が先決だ」


怒りを無理矢理抑えこみ
私はぎこちない笑みを作る。


照の反応はなかった。


感情を抑えられなくなった私とは対照的に。
無機質な照の表情からは
一切の感情は読み取れない。

あれ以来照は人形と化した。
表情を変える事もなければ
言葉を発する事もない。

ただ私の言葉に対して
頷くか首を振る事だけが。
まだ照にかろうじて
心がある事を教えてくれる。

それでも私は話しかける。
いつか照が自身を
取り戻してくれる日を信じて。


「なあ照。もう何もかも捨ててやり直そう。
 そうだ。海外に行くのはどうだ。
 私と二人っきりで再出発するんだ」


私は照の手を握った。冷たい手だった。
照の表情は変わらず。言葉もない。


「そうか…まだ考えるのは無理だよな。
 気にするな。考えるのは私に任せて
 お前はただ休んでいればいい」


私は絶望に打ちひしがれながら。
独り言のように
会話を進めるしかなかった。



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私達は日本を捨てて
ヨーロッパに拠点を移した。

行先の選定理由は三つ。
一つ目は単純に日本から遠い事。
二つ目は麻雀ができる事。

宮永咲が入院している病院とは
密に連絡を取るようにしている。
もし退院したり…逃亡した時には
即座に連絡が来るようになっている。

宮永咲が病院を抜け出して
日本を発つ頃には
あいつから身を隠せるように。

麻雀が打てる事も重要だ。
たった二人の小娘が安全に生きていくためには
どうしても経済的な余裕が必須になる。
照のリハビリにもなりそうだし一石二鳥だ。

そして三つ目は。


あいつがのこのこやってきた時…
秘密裏に葬れる事。


今回の結末も。あいつを照の妹だと思って
手心を加えたのがそもそもの原因だ。

あの日照を行かせなければ。
あいつが勝手に自殺するだけで
済んだかもしれないのだ。

もし今度あいつが私達に関わってきたのなら。
私はもう容赦はしない。


あの時の借りも含めて。
徹底的に後悔させた上で殺してやる。
そのための知識も。
技術だって身に着けた。

照を傷つけるものは容赦しない。
それが例え照と血を分けた姉妹であっても。

そして私は今日も病院に
あいつの状態を確認する。

あいつが私達に危害を加えない事を確認するために。
そして逆にあいつが抜けてきたら
いつでも闇から殺せるように。



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もっともそんな私の思いとは裏腹に。
宮永咲は一向に病院を抜け出す気配はなかった。


「…はい…はい。今日も反応は変わらず。
 ほとんど廃人のような状態ですか」


忌々しい。犯罪者の癖に
ぬくぬくと安全な病院の中で
悲劇のヒロイン気取りか。


「はい…逃げ出すどころか
 日々の生活にも介護が必要…はい」


それならまあそれでいい。
大切な青春の日々を無為に病院で浪費するがいい。
仮に正気を取り戻せたとしても
その時お前にもう未来はない。


「反応があるのは見舞いの女性が来た時だけと…」


ただ少し気になった点もある。
それは宮永咲のもとに毎日
お見舞いに来る女性がいるという事。


女の名前は竹井久。
清澄高校の部長だった女だ。


面識はないが対局の様子を見るに
曲者には違いないだろう。


「はい、連絡ありがとうございました。
 またよろしくお願いします」


病院からの報告を聞き終えた私は
通話を切ろうとして…


『あー、ちょっと待って。
 私もその人に挨拶しとかなくちゃ』


聞き覚えのない声が私の行動を制止した。


『今日は。私が誰かわかるかしら?』

「…竹井久。宮永咲を毎日見舞っている
 元清澄高校の麻雀部部長だろう」

『正解!』


悪びれる事もなく明るい声があたりに響く。
予想通り曲者だった。

今までの話の流れで
私にコンタクトを取ってくる病院関係者など
そいつ以外ありえないだろう。


「その竹井久が何の用だ。
 こちらは特にお前に用はないが」

『手を組まない?』

「何を…と聞きたいところだがそれ以前に断る。
 私達はもう一切宮永咲に関係する
 問題事に関わる気はない」

『だったら利害は一致してるわ。
 私も咲を貴方達…というか
 照という鎖から解放したいのよ』

『貴方達は咲から解放されたい。
 私は咲を貴方達から解放したい。
 悪い話じゃないと思うけど?』

「具体的な方法は?」

『これから考えるわ。ただどこかのタイミングで
 協力してもらう必要があるかもしれない。
 その時になって連絡が取れないと困るから
 まずは今のうちに繋いでおきたかったの』

「…当分連絡先を変えるつもりはない。
 どうやってたどり着いたのかは知らないが
 この連絡先を使えばいい」

「ただ。お前が信用できないと感じたり
 宮永咲に関する異常な情報を掴んだら
 即座にこの連絡先は捨てるからな」

『りょーかい』


軽い返事を返し声の主は通話を切った。
一見すれば協力者ができたと考えられなくもない。
だが私の心にはもやがかかった。


竹井は自分がどうやってこの関係者に
取り入ったのかを伝えなかった。

会話に割り込んできたという事は
私と病院の関係を知っている事になる。
それは裏を返せば病院から
私への情報提供を遮断できる
位置にいるとも言えるだろう。

なのにそこには一切触れず。
当然のように割り込んできて
肯定的な話で終始する。
そして結果的には奴の
思惑通りの展開で会話が閉じている。


やりにくい相手だ。

宮永咲は狂人ではあるが
行動が短絡的だったのが救いだった。

そこにこの手の曲者が加わるとなると…
厄介な事この上ない。

今まで以上に注視していく必要があるだろう。

私は病院との定期連絡を
2倍に増やす事を心に決めた。



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照はなかなか回復しなかった。


言葉を発しないのはもはや日常。
さらには動く事すらせず。
ただひたすら窓際で空を眺めるだけの日々が
数日続いた事もあった。

私はそのそばに寄り添いながら。
もう照の声を聞く事はないのかもしれないと
思い始めた。
心に闇が下りていく。
闇はどんどん広がって。
希望が見えなくなっていく。


「…せめて。一言でも
 声を聴く事ができればな…」


ぽつりと口から漏れ出た嘆き。

そんな私のささやかな願いは
最悪の形で叶えられる事となった。



「…っ……」


「や…め……」


「…やめてっ……!!」



夜中に絞り出された懇願の声。

私は瞬時に飛び起きる。
傍らの照は眉間に大きなしわを作りながら
悪夢と戦っていた。


「照!それは夢だ!」

「目を覚ませ!早く!!」


必死に照を揺り動かす。
やがて照のまぶたがゆっくりと上がって。

私の存在を認めたその目から
大粒の涙があふれ出した。

そのまま有無を言わさず抱き付いて。
ただ静かに嗚咽する。


「……っ!……っ!!」


久しぶりに見た照の表情は
苦痛と悲しみに塗れていて。

久しぶりに聞いた照の声は
まるで今にも消えてしまいそうで。


それは。土壇場で踏みとどまっていた私の
糸を断ち切るには十分すぎた。


「……照!!」


私は照を強く抱き寄せる。
そして優しく。だが激しく唇を吸う。

突然の事に身を硬直させる照。
でも抵抗はしなかった。
私は照の顔を引き寄せて。
照の目を正面から見据えながら訴えた。


「お前の悪夢…苦痛…悲しみ。
 私が全部上書きしてやる!」


「もう私以外の事は考えるな!」


「だから…お前は…」


「私の事だけ考えてくれ……!」


頬を涙で濡らした照は。
やがて私の胸に顔をうずめて。
何度も何度も頷いた。


そしてついに…その口から言葉が漏れる。


「お願い…」

「私の中から咲を消して」

「菫以外を考えられないようにして」


その言葉が引き金となり。
私は照を貪った。
それこそ気が狂ったように。


「お願い。菫。もっと」

「ああ…何度でも抱いてやる。
 それでお前が救われるなら」


照も今までが嘘のように
色に狂った鳴き声をあげる。


泥沼のように溺れていく日々が始まった。


照はしきりに私を求めた。
まるでたがが外れたように。
ひたすら私を貪った。
それ以外何もしない日もあった。

それを改善と呼んでいいのかはわからない。
いいやむしろ悪化しているのだろう。


だがこの際どうでもいい。


照が声を発してくれるなら。
照が感情を取り戻してくれたなら
どうでもいい。


例えそれが…依存という名の病気でも。



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海外に逃げて1年間。
ついにその日はやってきた。


鳴り響く着信通知。画面に表示されたのは
竹井久の三文字。

私は通話ボタンを押すと。
開口一番に低い声で威嚇した。


「何の用だ」

『大切な話があるの。
 今度帰国した時会えないかしら』


拒絶の意志を示したつもりだったが
それで折れるような女ではなかった。

私は思わず歯噛みする。
やはりこの女は苦手だ。飄々としているようで
根っこの部分は決して折れない。


「断る。面と向かって会うメリットがない」

『もちろんメリットはあるわ。
 いい加減咲から逃げる生活も飽き飽きでしょ。
 そこから脱却できるとしたら?』

「ありえない仮定はやめろ。
 完治どころか快方に向かっているという
 報告すら受けてないぞ」

『治すつもりはないの。
 対象を照から別の人に上書きするだけ』


上書き。そのフレーズが妙に耳に残った。
私が照の中のあいつを上書きしたように、
竹井も自分で上書きしようというのか。

やはりこの女は私とよく似ている。
ならばこの苦手意識は同族嫌悪という事だろうか。


「お前にか。どうやって?」

『照と咲を会わせる。その上で
 咲の意識を変えるように仕向けるわ』

「馬鹿らしい。たかが一回の話し合いで
 治るなら苦労するものか。
 あいつがしでかした事件をもう忘れたのか?」

『大丈夫。あれ以上の
 インパクトがある事件を起こすから』

「…何をする気だ」

『担当の精神科医に聞くまで全然
 意識してなかったんだけどさー』

『なんか思ってたより咲は
 私に依存してくれてるみたいなのよね』


『だからナイフで自分の腹を掻っ捌くわ。
 もちろん咲の目の前でね』


『目の前で冷たくなっていく私を前にしたら…
 さすがの咲も照より私を優先して
 駆け寄ってくれるんじゃないかしら?』


携帯を取り落しそうになった。


飄々として掴みどころがないと思っていた女。
てっきり冷静に策を巡らす類の人間かと思っていたのに。
こいつもしっかりと狂っている。


『…馬鹿なのか?なんでお前がそこまでするんだ』

「あなたがそれを言うの?
 照を守るためだけに全てを捨てた宮永菫さん。
 あなたにとってこの提案は悪くないはずよ?」

『…死なないだろうな』

「わからないわ。でもそれならそれで構わない」

『…狂人め。お前も精神病院に
 行った方がいいんじゃないのか』

「お生憎様。毎日通ってるわ。それに…」


「あなただって狂人でしょうに」


『…帰国の日程が決まったら後で伝える』


私は一方的に電話を切った。
会う事に決めたものの私の中では
まだ逡巡する気持ちがあった。

私達の中ではもうあの話は完結している。
あの事件は私達を壊した。
私達は私たちなりの方法でその傷を癒した。

今さらそれを蒸し返す意味はあるのだろうか。


「…ある」


声を発したのはほかでもない。
私の腕に絡みつきながら
じっと話を聞いていた照。


「…なぜ」

「今でも時々夢に見る」

「その度菫が上書きしてくれるけど」

「それでも私の中ではまだ終わってない」

「今度こそ咲と対峙して」

「私は咲と決別する」


「私を…完全に菫で染めるために」


私は照の目を覗き見る。
その瞳には不安が色濃く映っている。
だがそれでも照は目を背ける事無く。


私を正面から見据えて言った。


「お願い。私を咲から守って」


「……心得た」


そして私は帰国の手筈を整える。
帰国したら忙しくなるだろう。


一通りの武器を取りそろえなければ。


待っていろ宮永咲。
お前が竹井久の思惑通り
依存する対象を乗り換えるならそれでよし。
だが。もしそうでないなら…


私がお前に引導を渡してやる。


私は頭の中であいつの顔を思い浮かべると。
その顔めがけて思い切りナイフを突き刺した。


咲「あなたは私の最後の希望」とリンク)
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posted by ぷちどろっぷ at 2015年02月27日 | Comment(14) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
菫さん、最初照に誘われた時はヘタレっぽかったのに、その次は(上書きの為なのもありますが)ガツガツ求めてなんかエロかった。

にゃんにゃんに特別な意味を持たせるのは何処と無く背徳的でドキドキしますな。
Posted by at 2015年02月27日 15:44
うわぁ〜、ここまで病んでくまでの咲さんが見てみたい。

照がいろんな意味で残酷なひとやなぁ〜。
でも肉親である以上、どうにも割り切れなさが出るのは仕方ないよね。

病んでる愛から解放されるにはさらに病むしかない人生ベリーベリーハードモード。
Posted by at 2015年02月27日 17:23
愛が狂気なのか、狂気が愛なのか。
人間の本質について考えさせる良篇だと思います。
これ、もう少し続くんですよね?
Posted by at 2015年02月27日 17:27
「武器を取り揃えなければ」具体的には何を取り揃えたんでしょうか・・・銃ありそうで怖いぃい
Posted by at 2015年02月27日 18:08
ぷちさんのssで一番好きなところは、この作品みたいに病人が感染するように増えるところ
Posted by at 2015年02月27日 23:49
実世界でもこうした依存は程度の差はあれ多くあるから、フィクションの世界とはいえ恐怖があります。
ぷちさんの筆致からは、狂的な世界をただ賛美してるわけではないことが伝わってくるので好意的に読めます。
Posted by at 2015年02月28日 13:49
咲の事件をキッカケに相当菫も狂っていったんだなあ。
想いが強すぎたり、かみあったりしないがゆえに、歯車はどんどんずれていって、でもそれでも最後の一点ではどこか救われているところが大好きです。
ボロボロになってしまっても、お互いを愛して求める照菫最高でした。ありがとうございます
Posted by オリ at 2015年03月01日 02:22
咲ちゃん病みすぎィ!!

Posted by at 2015年03月01日 04:00


重い話大好きです!
改めて久の異常性にうきうきしました(*´ω`*)
Posted by レガシー at 2015年03月01日 18:07
咲ちゃんが幸せになる可能性がある久の計画に、照のためと菫が乗ったあたり、菫の深い愛情を感じた。
菫は咲に対する感情を押し込めて久の計画に乗ったんでしょう。菫と久は思い人の為に滅私奉公するあたりそっくりですよね。
Posted by at 2015年03月01日 21:34
照が被害者なんだけど、この話の菫さんは悲しいね
そしてここで切るとか…
Posted by at 2015年03月02日 01:01
前話でテルのセリフがなかったのはこれを踏まえてのことだったのね
咲さん怖すぎ
Posted by at 2015年03月02日 23:58
照菫の依存と久咲の依存は似ていますね
どちらも照菫では菫が(日常生活的に照も)、久咲では咲が依存をしなければ生きていく事が困難な辺りが
依存スパイラルの照菫がエロかったです
本当にありがとうございました幸せでした!
Posted by at 2015年03月10日 00:14
コメントありがとうございます!

ヘタレっぽかったのに>
菫「私自身はこの行為に喜びを感じていない」
照「ただただ、私に感情を取り戻すための行為」
菫「いつか本当の意味で愛せるといいな」

照がいろんな意味で残酷なひと>
菫「元はと言えばこいつがきっぱり断れば
  よかったんだよな…」
照「命を天秤にかけられたら無理でしょ」

もう少し続くんですよね>
照「ごめん、続かない」
菫「元々は久とあいつの物語だからな…」

>武器を取り揃えなければ
菫「大したものではないぞ?催涙スプレーや
  スタンガン、後はデリンジャーくらいだ」
久「銃入ってるじゃない」

>病人が感染する
久「実際に神経症は感染するわ。絶望的な程に」
菫「愛が深いほど被害がひどくなる…
  やりきれなさを味わってほしい」

>狂的な世界をただ賛美してるわけではない
菫「ギャグならともかく…そうでない場合は
  そうならざるを得なかった様を書いている」
照「健常者から見たらそれは不幸」
久「だからこそ美しいのかもしれないけどね」
咲「現実では起きてほしくないですね」

>お互いを愛して求める照菫
照「私をこの世に繋ぎとめる唯一の楔が菫」
菫「結局は愛の物語のつもりだ」

>咲ちゃん病みすぎィ
咲「ここだけは残しちゃいましたね。
  なんでこんなに病んでるか」
久「一応理由もあるのだけれど…
  蛇足になるから触れないでおくわ」

>改めて久の異常性
菫「本当にこいつ、どうやって私達を
  嗅ぎ付けたんだろうな?」
久「人なんて追いつめられれば
  何でもできるものよ?」

>菫は咲に対する感情を押し込めて
菫「本音は殺したかったな」
菫「せめて照と同じ目には合わせたかった」
照「ありがとう、我慢してくれて」

>菫さんは悲しい
久「私もだけど、完全に
  巻き込まれただけなのよね」
久「一番救われなかった人だと思うわ」

>前話でテルのセリフがなかったのは
照「仮に時竹井さんが止めなかったとしても…
  どの道私はしゃべれなかったと思う」

>照菫の依存と久咲の依存
咲「どちらも片方が欠けたら生きていけない
  ですからね…」
照「こちらこそ読んでくれてありがとう」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2015年03月24日 21:27
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