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【咲-Saki-SS:久咲】咲「全てが灰色のこの世界」【ヤンデレ】【依存】
<あらすじ>
なし。<その他>の
リクエストを読んでください。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・共依存
・精神性色覚異常
※あくまで本SSでの設定であり現実の
色覚異常の方が異常という話ではありません。
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・感情に不感症な咲さんに惹かれていく
部長みたいな話の久咲。
シリアス&ハッピイエンド
※若干展開が変わっちゃってます
・本作で久がとる行動は
現実では絶対に実行しないでください。
--------------------------------------------------------
最近私は躍起になっている事がある。
「部長、この本ありがとうございました。
面白かったです」
「どういたしまして。
泣けた?泣けちゃった?」
「ええと…そこまでは」
「むむ、これも駄目だったかぁー」
「す、すいません…」
それはこの子、宮永咲の心を動かす事。
(本気で泣ける話を選んだつもり
だったんだけどなぁ)
何とかして咲の心を揺り動かしたい。
そう思ってここのところずっと挑戦しては、
空振りばかりを繰り返している。
「い、一応感動はしましたよ?」
「一応じゃ駄目なのよ。もっとこう、
ボロボロ泣くとか
そのくらい感動してほしいのよ」
「ボロボロ泣く…ですか…」
咲は少し首をかしげて思案して…
やがて、こう結論付けた。
「無理じゃないですかね…」
その言葉を聞いて、私の心に
無力感が広がっていく。
感情を顔に出してしまっていたのか。
咲は申し訳なさそうにかぶりを振ると、
もう一言付け加えた。
「部長が悪いんじゃないんです。
これは、完全に私の問題なんです」
「…私の世界には、もう色がありませんから」
そう言って咲は薄く笑った。
色がない。あまりにも深刻な事実を告げながらも、
まるで他人事のように笑う咲。
その抜け殻のような微笑みは、
私の胸を痛烈に締め付ける。
「…諦めるのはまだ早いわ。
はい、次の本。まだまだ在庫は
いっぱいあるから覚悟しなさい?」
私も同じように作り笑顔を浮かべながら、
次の本を取り出して咲に手渡した。
--------------------------------------------------------
私の世界には色がありません。
目を開いたそこは、全てが灰色のモノクロームの世界。
最初からこうだったわけじゃないんです。
少なくとも中学校くらいまでは、
私の世界にも鮮やかな色がついていました。
そう、お姉ちゃんと別離するまでは。
『ごめん、咲。私は貴方を
受け入れる事はできない』
あの日以来、私の世界から色が消えました。
今も、煤(すす)で薄汚れたような灰色に澱んだ世界が、
私の視界いっぱいに広がっています。
そして、おそらくは…
もう二度と、色が戻る事はないのでしょう。
だって、お姉ちゃんと仲直りする事は…
もう不可能なのですから。
そのせいなのかはわかりませんが、
私は他の人よりも感情の起伏に乏しいようです。
でも、それでいいんです。
心を壊してしまう程の情動なんて、
もう二度と経験したくありませんから。
--------------------------------------------------------
自分で考えても妙案が出てこなかった私は、
意見を募る事にした。
「どうしたら咲の心を
震わせる事ができるのかしら?」
期待した回答は返ってこなかった。
そもそもみんなは、咲の異常性にすら
気づいていなかった。
「咲ちゃんって言う程無感情かー?」
「無感情なら迷子になって
慌てたり泣いたりせんじゃろ」
「よく部長を前にして慌ててますしね…」
「いや、そういうのじゃなくてね…」
そりゃロボットじゃないんだから、
日常生活を送る上で快不快を
感じるくらいの機能はあるでしょう。
でもそういった生理的なものを除いたら、
咲は驚くほど感情の幅が少ない。
特に喜び、楽しみといったプラス方向の感情が。
「みんなは、咲が満面の笑みで
笑ったところを見た事ある?」
「…ないな」
「ないじぇ」
「…ありませんね」
つまりはそういう事。
咲はいつもどこか一歩引いている。
笑っていたとしても、それは周りに同調して
気を遣って笑っているだけだ。
心の底から喜びを感じて、
笑った事なんて一度もない。
ううん…一度だけあったかも。
あれは、まだ私が咲と出会ったばかりの事。
「あの子が、初めて私の前で打った時。
勝つ喜びを知って、涙を浮かべて喜んだ時」
「あの頃なら、まだ見込みがあったんだけどね…」
もっとも、今やその見込みも無くなった。
全国大会に出場後、
咲の感情はさらに乏しくなった。
今の咲はまるで、鎧で身を包むかのように
感情を隠している。
いや、そもそも隠す感情自体
持ち合わせているのか疑わしい。
でもその奥底には…
まだ心が残ってると信じたい。
「…ま、もうちょっと考えてみるわ」
これ以上の進展は期待できないと思った私は、
溜息をつきながら相談を打ち切った。
やはり、自分で考えるしかないだろう。
下手な鉄砲数打ちゃ当たる。
思いつく限り手あたり次第
やってみましょうか。
--------------------------------------------------------
部長は私によく声を掛けてくれます。
感情を失ってしまった私に、
喜びを与えようと頑張ってくれているようです。
いろんな本を貸してくれたり、
週末には遊びに連れて行ってくれたり。
様々な方法で、私を楽しませようとしてくれます。
でも…
そんな部長も灰色なんです。
そんな部長が発する声も、
どこかフィルターを通したように
ぼやけて聞こえるんです。
無感情というフィルターに通された部長の言動は、
私の心を突き動かすには
少しだけ足りませんでした。
『…あははー、やっぱこれも駄目かぁ…』
時々、部長は寂しそうな笑顔を見せます。
勘の鋭い部長は、私が喜びを感じていない事に
気づいているのでしょう。
そんな部長の笑顔を見るたびに、
自分がつくづく人間として
落第していると実感します。
部長はこんなに頑張ってくれているのに。
それでも部長は諦めませんでした。
何度目論見が空振りしても、
試行をやめる事はありませんでした。
『でも諦めないわ!貴方の感情、
絶対私が取り戻して見せるから!』
そう言いながら、あの手この手を尽くして
私を感動させようとするのです。
別に私がそれを望んだわけでもないのに。
そんな部長の試行錯誤に付き合っているうちに、
私は一つの疑問がわいてきました。
そもそもどうして部長は…
こんなにも私なんかに
構ってくれるんでしょうか?
もしかして部長の奥底にも、
何か闇が潜んでいるのでしょうか。
そう思ったら、少しだけ
部長の事が気になりました。
ほんの、少しだけですけど。
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思いつく事は全部やってみた。
本や絵画、漫画やゲームみたいな
インドアなものはもちろん、
家から連れ出していろんなところに連れて行った。
咲はそれなりに反応してくれるけど、
心の底から楽しんでいるという印象は受けない。
なんだか咲と私の間に、
見えない膜が張っているような感じ。
すぐそばにいるようで、
違う世界にいるような。
だから、私の声は、行動は…
咲の心に響かない。
それがすごくもどかしくて。
私はその膜を取り払おうとして
今日も足掻いている。
「…遊園地も駄目、水族館も駄目、動物園も駄目…」
「レジャー系は全滅ね。次はどうしようかしら」
失敗した結果を踏まえて次の計画を練ろうと
頭をひねっているところに、
かたわらのまこが神妙な顔をして問いかけてきた。
「…なぁ、久。なしてそがぁに
咲の事を気にかけるんじゃ?」
「…へ?」
「正直わしにゃぁ…今のお前さんの方が
異常に見えるんじゃが」
まこの素直な感想は、
私にかすかな驚きを与えた。
そっか。普通の人から見たら、
今の私も異常に見えるのね。
それもまあそうなのかしれない。
でも私の中ではもちろん、ここまでするに足る
ちゃんとした理由がある。
咲と出会ってから半年。
咲は私に、たくさんの喜びを与えてくれた。
もう団体戦に出る事を諦めていた私に、
咲は最後のチャンスを与えてくれて。
それだけでも十分だったのに、
咲はあの天江さんまでも打ち倒して
全国への切符を私達に持ってきてくれた。
そして迎えた全国大会では、
私自身も窮地を咲に助けられて。
最初で最後のインターハイで、
ファイナルまで残る事ができたのは、
間違いなく咲のおかげだろう。
咲には、感謝してもしきれない。
なのに、私に多くの喜びを与えてくれた咲自身は…
喜びとは無縁の無味乾燥な世界に身を置いている。
そんなのって理不尽過ぎるじゃない。
助け出したいって思うのが普通じゃない。
だから私は、今日も足掻く。
私を喜ばせてくれた咲を、
今度は私が喜ばせるために。
「…レジャー系が駄目なら芸術系はどうかしら。
今度は美術展にでも誘ってみようかな」
「…やめる気はないんじゃな」
「やめないわよ?」
咲が私に、心からの笑みを見せるまではね?
大丈夫、待つのは慣れてるんだから。
--------------------------------------------------------
部長に纏わりつかれる度に。
部長に外に連れ出される度に。
私の中で、疑問符が脳内を
駆け巡るようになりました。
いくつか予想できる答えはあったものの、
納得のいく答えが出せなかった私は、
素直に部長に聞いてみる事にしました。
「部長は…どうして私の事を、
気にかけてくれるんですか?」
だって私は、部長に心を配ってもらえるような
たいそうな人間じゃないのです。
いえ、人間としても逸脱してしまった廃人です。
私の問いかけに、部長は少し
照れくさそうに頭をかきました。
「んー、まあ大した理由じゃないんだけどね?
咲は、私にいろんなものをくれたから」
「もらってばっかりじゃ悪いでしょ?
だから、少しでもお返ししたいの」
「でも、貴方が色を…感情を失ったままじゃ、
どれだけお返ししても、
貴方は喜んでくれないじゃない」
「だから、貴方に感情を取り戻させたいの。
つまりは、ただの自己満足だから
気にしなくていいわよ?」
「…大丈夫、貴方はまた笑えるわ。
…私が、そうだったから」
そう言って目を細めて笑う部長。
その笑顔を見た時、本当に少しだけですが…
胸の奥がぽかぽかと
温かくなったような気がしました。
そんな自分の反応に、私は内心驚きました。
私の中に、まだそんな機能が残されていたなんて。
感情なんて、お姉ちゃんと一緒に、
全部消えちゃったと思っていたのに。
正直に言ってしまえば。
私の質問に対する部長の回答は、
私の心を揺り動かせるほどの力を
持っているようには感じませんでした。
でも私は部長の中に。
どこか自分に通じるような
親近感を覚えたのです。
それがなぜなのか…
この時の私にはわかりませんでしたけど。
もしかして部長なら本当に。
私の失われた感情を
取り戻せるのかもしれません。
もっともそれが、
私にとって幸せな事なのかは…
今の私には、判断がつきませんでしたけど。
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少しずつ。本当に少しずつだけど、
咲に明るい感情が戻っている気がする。
例えば、二人で遊びに行った時。
日が暮れて夜の帳(とばり)が下りてきて。
もう帰ろっかって問いかけた時。
咲がぽつりと言葉をこぼした。
「もう少しだけ、いいですか」
「……!」
感情の吐露というにはあまりにもささやかなその言葉。
それでもそれは、『私と一緒に居たい』という
咲からのメッセージ。
私は思わず舞い上がった。
「もちろんいいわよ!なんだったら
今日はうちに来て泊まってく?」
「…そ、そこまではちょっと。
お父さんが心配するので…」
あ、うん。そうね。いきなり
多くを望み過ぎちゃいけないわよね。
すげなく断られてちょっとしょげた私だったけど、
それでも全体的に気分は良好。
だって、回復の兆しが見えたのだから。
この調子なら、もしかしたら。
私が卒業する前に、咲の感情を
取り戻せるかもしれない。
うん、私の行動は無駄じゃなかった。
これからも頑張っていきましょう。
--------------------------------------------------------
自分が、少しずつ部長に依存している事に気づきました。
部長の笑顔が、言葉が、行動が。
凍てついた私の心を、徐々に、
でも確実に融かしていきます。
全てが灰色だった私の世界に、
わずかに色が戻ってきたような気がしました。
彩度の低さは相変わらず。
それでも部長の周りだけは、
少し色がついているような気がして。
ほんの少しの違いなのに、
それだけで随分華やいで見えるんです。
それが、すごく怖かった。
だって、色がついているのは部長だけなんです。
部長以外は灰色なんです。
それは、救われていると言えるのでしょうか。
部長が一生私のそばから離れないというのなら、
それでもいいのかもしれません。
でも、部長は私一人のものじゃありません。
部長の周りには、私より魅力的な人がたくさんいて。
今はいろんな偶然が重なった結果、
一時的に目を向けてもらえてるだけなんです。
今は構ってもらえても、その関心が
ずっと続くとは思えませんでした。
そうでもなくても、部長はすでに三年生で。
後数か月もしたら卒業して、
私のもとから去ってしまいます。
その時私は、またお姉ちゃんの時と同じように。
耐えがたい喪失の悲しみを味わうのでしょう。
それを想像するだけで、
感情を持たないはずの私は、
体の震えが止まらなくなるのです。
最愛の人を喪失する悲しみ。
私から色と感情を奪った悲しみ。
次に、あの悲しみを味わったら…
もうこの世界に留まる自信はありません。
(だから…今のうちに諦めよう)
これ以上傷が広がる前に。
部長が、これ以上私の中で大切な人になる前に。
私は、部長から離れる事を決めました。
--------------------------------------------------------
「…部長。今までありがとうございました」
「…ん?何よ急に」
「…私のために、いろいろしてくれて」
「気にしないでいいのに。前も言ったけど、
ただの私の自己満足なんだから」
「…そうですか」
「でも、もう結構です」
「…どういう事?」
「部長が私に構い始めてから3か月。
私の世界に、まだ色は戻ってません」
「多分、もう無理なんです。
私の世界は、もう終わっちゃってるんです」
「…だから、私の事はもう忘れてください」
「…そんな」
「部長は、もっといろんな人に
必要とされているはずです」
「いつまでも、こんな終わっちゃった私に
構ってちゃ駄目です」
「咲!」
「…さようならっ」
--------------------------------------------------------
咲に拒絶された。どうして?
少しずつ打ち解けてきていると思ってたのに。
心を開いてきてくれたと思ったのに。
私の勘違いだったの?
私の行動に意味はなかったの?
どうして?
どうして?
どうして?
咲から渡された退部届を握りしめながら、
私は一人『なぜ』を繰り返す。
「…久。もう休んだらどうじゃ…
…お前さん、物凄い顔しとるぞ」
「ねえまこ。なんで咲は私を避けるの?
なんで?やっと少し笑うようになってきたのに。
なんで?これからじゃない!」
「後少しかもしれないのよ!
なんでこのタイミングで離れるのよ!
だったら最初から拒絶しなさいよ!!」
こみ上げる無念を抑えきれず、
私は半ば掴みかかるようにまこに叫ぶ。
私の無念を受け止めたまこは沈黙を守る。
でもただ受け流すだけじゃなくて、
どこか考え込むような素振りを見せた。
「……」
「少し、思い当たるふしがある」
「…本当!?どうして咲は私を避けたの!?」
「…自分の胸に手ぇ当てて思い出してみんしゃい」
「お前さんが、まだ荒れちょった頃の事を」
まこの目が私を見すえる。
私は促されるままに目を閉じて、
あの頃の事を思い返す。
それは、正直思い出したくない記憶。
大切な人…家族に捨てられた記憶。
あの時私は塞ぎ込んだ。
何もかもが信じられなくて、
自分の殻に閉じこもった。
「……!」
まこの言いたい事が分かった。
あの時確かに私にも、
手を差し伸べてくれた人もいた。
そう、例えばまこもその一人。
なのに私は払いのけた。
それはどうして?
「……」
冷静に、過去の自分を分析する。
あの時はそんな事を考える余裕はなかったけれど。
手を指しのべる側。
差し伸べられる側。
両方を経験した今ならわかる。
「…信じるのが、怖かった……?」
誰かに縋るのが怖かった。
捨てられたばかりの私は、
人を信じる事が出来なくて。
この人もいつか私を捨てるかもしれない。
そう考えたら、その手を取る事ができなかった。
最終的に捨てられるくらいなら、
最初からいない方がましだから。
「私が、いつか咲を捨てるって…そう言いたいの?」
「そがぁなんわしに聞かれても知らんわ」
「ただ…お前さん三年じゃろ。
卒業で離れるのは避けられん」
「……!」
「ま、実際咲がどう考えちょるか、
そこまではわしにゃわからん」
「じゃけど、今のお前さんの問いかけは…
昔、わしがお前さんに聞きたかったもんじゃ」
「そんなお前さんなら…
どうしたらいいか、わからんか?」
私は再び考え込む。
私が立ち直ったきっかけ。
そんなものはあっただろうか。
払いのけていた手を、素直に
握れるようになったきっかけ。
そんなものは、あっただろうか。
(ううん、そんなものはなかった)
結局私は、誰の手を握る事もなく。
ただ一人、自分で歯を食いしばって
立ち上がった気がする。
だとしたら、私は咲に受け入れてもらえないの?
時間が解決するのを待つしかないの?
考えなきゃ。あの時、
私は本当はどうしてほしかったのか。
考えなきゃ。答えは私の中にあるはず。
考えなきゃ。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
私が部長に別れを告げてから一週間後。
部長は、私を自分の家に呼び出しました。
どうして、あの人はまだ私に構うのでしょう。
しっかりと拒絶の意志は告げたはずなのに。
(…これで、最後にしよう)
私は迷いながらも、
呼び出しに応じる事にしました。
部長がまだ私に付き纏うというのなら、
今度こそはっきりと
拒否を突きつけないといけない。
そう思ったからです。
このままずるずると構われたら…
私は結局、部長に依存してしまうから。
部長の家にあがるなり、
私は努めて冷たい言葉を吐き出しました。
「部長…もう私には関わらないでくださいって
言いましたよね?」
でも部長は意に介さず。
カチャリと部屋に鍵をかけながら、
いつもの飄々した笑顔で返します。
「聞いたわ。でもね?
私ってすっごく諦めが悪いのよ」
「だから私のためにも、
咲には絶対色を取り戻してもらうわ」
「…無理ですよ」
「できるわ。私にならそれができる」
「…今までできなかったのに?」
「嘘」
「咲、本当は少し感情戻ってきてるでしょ」
「…!」
「わかるのよ。私にも経験があるから。
…大切な人に、捨てられた経験が」
「…部長」
「だからこそ私を怖がった。
信じて、もう一度捨てられるのを怖がった」
「…違う?」
「……」
「だからね?どうしたらいいか考えたの」
「どうしたら、咲が私を信じてくれるのか。
貴方を捨てないって信じてくれるのか」
「それでね?答えを見つけたの」
「…今からここで、咲を襲うわ」
部長は表情を変えないまま、
私の肩に手をかけて…
そのまま、ベッドに私を押し倒しました。
--------------------------------------------------------
押し倒された咲は、思った以上に冷静だった。
私の顔をじっと見据えながら、
咲は真顔で質問する。
「…なんでそうなるんですか」
「私の覚悟を見せたいの。
貴方と人生を共にする覚悟をね?」
「だから私は咲を襲うの。
もう責任を取るしかないくらい滅茶苦茶に」
「そしたら咲も、安心して私にすがりつけるでしょ?
私にしがみついて、『責任取ってください!』
って言えるでしょ?」
私は咲の上着に手をかけて、力任せに引きちぎる。
飛び散るボタンを目で追いかけもせず、
咲は私に問いかける。
「本気ですか?」
その顔が、少しだけ朱に
染まっているのは気のせいだろうか。
「ここまでやっておいて、今さら
冗談でしたなんて言うと思う?」
「私の初めて、奪う気ですか?」
「あまいあまい。
咲の初めてだけじゃないわよ?
私の初めても咲にもらってもらうわ。
たとえ、無理矢理にでもね」
「私達はお互いに初めての人になるの。
お互いに責任を取るの」
「もう逃がさないわよ?」
咲の服をはぎ取った。
上半身が露わになって、
さすがの咲も手で胸元を隠そうとする。
それでも、逃げようとはしなかった。
「逃げないの?」
「…逃がさないんですよね?」
「うん」
「…せ、責任。取ってくれるんですよね?」
「うん。取るわ。一生」
「…だったら…いいです」
今から襲われるのにも関わらず。
咲は、どこか重荷が下りたように
ほっとしたような表情を見せて。
胸元を隠していた両腕を広げて、
私の背中に手を回す。
そして、私の耳先に顔を近づけると…
震える声で囁いた。
「私の初めて、部長にあげます」
「だから…責任、取ってください」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
私の指は朱に染まった
ああ、なんて綺麗だろう
咲にもこの色が見えたらいい
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
事を終わらせた私は、鮮血に染まった指を
咲の眼前に差し出した。
「ねえ、咲…これ、何色に見える?」
咲は頬を赤らめながら、でもどこか
うっとりした表情で答えた。
「…赤です」
「そっか…ちゃんと、色がついたのね」
「…はい」
ついに私は成し遂げた。
咲の世界に色を戻す事ができた。
私は喜びに打ち震えながら、
咲の指を手に取った。
「よかった…じゃあ、今度は私の番」
「咲の手で、貫いて?」
「…はい」
咲は促されるままに、
私の秘部に指を添えて…
そのまま、一思いに私を散らした。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
「部長!お疲れさまです!」
放課後。部室に向かう私の後ろから、
咲が満面の笑みで飛びかかってきた。
私はあわてて咲の体を抱きかかえる。
「おっとと!もう、危ないでしょ」
「危なくないですよ?
部長が受け止めてくれるもん」
にこっとこぼれんばかりの笑顔を向ける咲。
これには私も苦笑せざるを得ない。
感情を取り戻した咲は、
むしろ普通の人より感情が豊かだった。
きっと、元々咲は感受性が強かったんだろう。
だからこそ、強烈な感情に耐えきれなくて、
なんとか自分を守ろうとして。
それで、自分の心に蓋をしてしまったんだと思う。
でも、これからは大丈夫。
私がずっと側にいる。
もう咲が色を失う必要はない。
--------------------------------------------------------
私の世界に色が戻りました。
赤、緑、青。鮮やかな色彩に彩られた世界が、
私の目にめまぐるしく飛び込んできます。
もっとも、全てが完全に戻ったわけではありません。
色がついたのは部長だけ。
部長だけが色鮮やかに輝いて、
それ以外は相変わらず汚い灰色のまま。
でも、それでいいんです。
それがいいんです。
私には、部長さえいればいいから。
他の世界に魅力がなければ、
それだけ部長が魅力的に映るから。
でも、一つだけ気になっている事があります。
部長は、どうしてここまでしてくれたのでしょう。
一度問いかけた質問ではあります。
そして、部長も回答してくれました。
でも、麻雀部に入部してくれた。
インターハイに連れてきてくれた。
ただそれだけの事で、
ここまでできるものなのでしょうか?
「部長…部長はどうして、
ここまでしてくれるんですか?」
改めて問いかけてみたら、
部長はしみじみとつぶやきました。
あの時私が心を取り戻すきっかけになった、
本当の理由の方を。
「本当は、最初から貴方に
惹かれてたんでしょうね」
「前に話した理由が嘘だとは思ってないわ。
それももちろん、要因の一つには違いない」
「でも、本当は…感情をなくした貴方に
惹かれてたんだと思う」
「私と同じ悲しみを背負って、
大切な人に捨てられて壊れてしまった貴方に」
「そんな貴方なら、私の苦しみもわかってくれる。
そんな貴方なら、私から一生離れていかない」
「立ち直ったと思ってたけど…
私も、まだ立ち上がれてなかったのかもね」
たはは、なんてばつが悪そうに
表情を崩す部長を目の当たりにして、
私はようやく本当の解を得た気がしました。
その答えなら納得ができます。
部長はかっこよくて頼りになるけど、
時々もろいところがあるから。
「だからね?今の私は、貴方のために
何かをしたというつもりはないのよ」
「私だって貴方に救いを求めてた。
結局、私達は似た者同士なのよ」
「だからね…?逃がしてもらえると思っちゃだめよ」
「死が二人を分かつまで、
なんてぬるい事は言わない」
「どちらかが死んだら、どちらかが後を追う。
死んだってずっと離してあげないから」
「…覚えておいてね?」
「…はい!」
死んだって離さない。
それは私がかけて欲しいと思っていた
言葉そのものでした。
部長は、私がずっと希っていた
本当の願いを、見事に叶えてくれたのです。
私は湧き上がる感情を我慢できなくて、
思わず部長に抱き付きました。
「部長!大好きです!」
「ふふっ。私も好きよ?」
少し前までは考えられませんでした。
こんな、感情にあふれた言葉が
自分の口から飛び出すなんて。
でも、悪くありません。
しばらくはこのまま、
感情の赴くままに行動したいと思います。
部長なら、私が何をしたって。
きっと、受け止めてくれますから。
私の視界に、モノクロームの世界が広がる中。
眼前の部長は、きらきらと輝いて
私に微笑みかけていました。
(完)
なし。<その他>の
リクエストを読んでください。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・共依存
・精神性色覚異常
※あくまで本SSでの設定であり現実の
色覚異常の方が異常という話ではありません。
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・感情に不感症な咲さんに惹かれていく
部長みたいな話の久咲。
シリアス&ハッピイエンド
※若干展開が変わっちゃってます
・本作で久がとる行動は
現実では絶対に実行しないでください。
--------------------------------------------------------
最近私は躍起になっている事がある。
「部長、この本ありがとうございました。
面白かったです」
「どういたしまして。
泣けた?泣けちゃった?」
「ええと…そこまでは」
「むむ、これも駄目だったかぁー」
「す、すいません…」
それはこの子、宮永咲の心を動かす事。
(本気で泣ける話を選んだつもり
だったんだけどなぁ)
何とかして咲の心を揺り動かしたい。
そう思ってここのところずっと挑戦しては、
空振りばかりを繰り返している。
「い、一応感動はしましたよ?」
「一応じゃ駄目なのよ。もっとこう、
ボロボロ泣くとか
そのくらい感動してほしいのよ」
「ボロボロ泣く…ですか…」
咲は少し首をかしげて思案して…
やがて、こう結論付けた。
「無理じゃないですかね…」
その言葉を聞いて、私の心に
無力感が広がっていく。
感情を顔に出してしまっていたのか。
咲は申し訳なさそうにかぶりを振ると、
もう一言付け加えた。
「部長が悪いんじゃないんです。
これは、完全に私の問題なんです」
「…私の世界には、もう色がありませんから」
そう言って咲は薄く笑った。
色がない。あまりにも深刻な事実を告げながらも、
まるで他人事のように笑う咲。
その抜け殻のような微笑みは、
私の胸を痛烈に締め付ける。
「…諦めるのはまだ早いわ。
はい、次の本。まだまだ在庫は
いっぱいあるから覚悟しなさい?」
私も同じように作り笑顔を浮かべながら、
次の本を取り出して咲に手渡した。
--------------------------------------------------------
私の世界には色がありません。
目を開いたそこは、全てが灰色のモノクロームの世界。
最初からこうだったわけじゃないんです。
少なくとも中学校くらいまでは、
私の世界にも鮮やかな色がついていました。
そう、お姉ちゃんと別離するまでは。
『ごめん、咲。私は貴方を
受け入れる事はできない』
あの日以来、私の世界から色が消えました。
今も、煤(すす)で薄汚れたような灰色に澱んだ世界が、
私の視界いっぱいに広がっています。
そして、おそらくは…
もう二度と、色が戻る事はないのでしょう。
だって、お姉ちゃんと仲直りする事は…
もう不可能なのですから。
そのせいなのかはわかりませんが、
私は他の人よりも感情の起伏に乏しいようです。
でも、それでいいんです。
心を壊してしまう程の情動なんて、
もう二度と経験したくありませんから。
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自分で考えても妙案が出てこなかった私は、
意見を募る事にした。
「どうしたら咲の心を
震わせる事ができるのかしら?」
期待した回答は返ってこなかった。
そもそもみんなは、咲の異常性にすら
気づいていなかった。
「咲ちゃんって言う程無感情かー?」
「無感情なら迷子になって
慌てたり泣いたりせんじゃろ」
「よく部長を前にして慌ててますしね…」
「いや、そういうのじゃなくてね…」
そりゃロボットじゃないんだから、
日常生活を送る上で快不快を
感じるくらいの機能はあるでしょう。
でもそういった生理的なものを除いたら、
咲は驚くほど感情の幅が少ない。
特に喜び、楽しみといったプラス方向の感情が。
「みんなは、咲が満面の笑みで
笑ったところを見た事ある?」
「…ないな」
「ないじぇ」
「…ありませんね」
つまりはそういう事。
咲はいつもどこか一歩引いている。
笑っていたとしても、それは周りに同調して
気を遣って笑っているだけだ。
心の底から喜びを感じて、
笑った事なんて一度もない。
ううん…一度だけあったかも。
あれは、まだ私が咲と出会ったばかりの事。
「あの子が、初めて私の前で打った時。
勝つ喜びを知って、涙を浮かべて喜んだ時」
「あの頃なら、まだ見込みがあったんだけどね…」
もっとも、今やその見込みも無くなった。
全国大会に出場後、
咲の感情はさらに乏しくなった。
今の咲はまるで、鎧で身を包むかのように
感情を隠している。
いや、そもそも隠す感情自体
持ち合わせているのか疑わしい。
でもその奥底には…
まだ心が残ってると信じたい。
「…ま、もうちょっと考えてみるわ」
これ以上の進展は期待できないと思った私は、
溜息をつきながら相談を打ち切った。
やはり、自分で考えるしかないだろう。
下手な鉄砲数打ちゃ当たる。
思いつく限り手あたり次第
やってみましょうか。
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部長は私によく声を掛けてくれます。
感情を失ってしまった私に、
喜びを与えようと頑張ってくれているようです。
いろんな本を貸してくれたり、
週末には遊びに連れて行ってくれたり。
様々な方法で、私を楽しませようとしてくれます。
でも…
そんな部長も灰色なんです。
そんな部長が発する声も、
どこかフィルターを通したように
ぼやけて聞こえるんです。
無感情というフィルターに通された部長の言動は、
私の心を突き動かすには
少しだけ足りませんでした。
『…あははー、やっぱこれも駄目かぁ…』
時々、部長は寂しそうな笑顔を見せます。
勘の鋭い部長は、私が喜びを感じていない事に
気づいているのでしょう。
そんな部長の笑顔を見るたびに、
自分がつくづく人間として
落第していると実感します。
部長はこんなに頑張ってくれているのに。
それでも部長は諦めませんでした。
何度目論見が空振りしても、
試行をやめる事はありませんでした。
『でも諦めないわ!貴方の感情、
絶対私が取り戻して見せるから!』
そう言いながら、あの手この手を尽くして
私を感動させようとするのです。
別に私がそれを望んだわけでもないのに。
そんな部長の試行錯誤に付き合っているうちに、
私は一つの疑問がわいてきました。
そもそもどうして部長は…
こんなにも私なんかに
構ってくれるんでしょうか?
もしかして部長の奥底にも、
何か闇が潜んでいるのでしょうか。
そう思ったら、少しだけ
部長の事が気になりました。
ほんの、少しだけですけど。
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思いつく事は全部やってみた。
本や絵画、漫画やゲームみたいな
インドアなものはもちろん、
家から連れ出していろんなところに連れて行った。
咲はそれなりに反応してくれるけど、
心の底から楽しんでいるという印象は受けない。
なんだか咲と私の間に、
見えない膜が張っているような感じ。
すぐそばにいるようで、
違う世界にいるような。
だから、私の声は、行動は…
咲の心に響かない。
それがすごくもどかしくて。
私はその膜を取り払おうとして
今日も足掻いている。
「…遊園地も駄目、水族館も駄目、動物園も駄目…」
「レジャー系は全滅ね。次はどうしようかしら」
失敗した結果を踏まえて次の計画を練ろうと
頭をひねっているところに、
かたわらのまこが神妙な顔をして問いかけてきた。
「…なぁ、久。なしてそがぁに
咲の事を気にかけるんじゃ?」
「…へ?」
「正直わしにゃぁ…今のお前さんの方が
異常に見えるんじゃが」
まこの素直な感想は、
私にかすかな驚きを与えた。
そっか。普通の人から見たら、
今の私も異常に見えるのね。
それもまあそうなのかしれない。
でも私の中ではもちろん、ここまでするに足る
ちゃんとした理由がある。
咲と出会ってから半年。
咲は私に、たくさんの喜びを与えてくれた。
もう団体戦に出る事を諦めていた私に、
咲は最後のチャンスを与えてくれて。
それだけでも十分だったのに、
咲はあの天江さんまでも打ち倒して
全国への切符を私達に持ってきてくれた。
そして迎えた全国大会では、
私自身も窮地を咲に助けられて。
最初で最後のインターハイで、
ファイナルまで残る事ができたのは、
間違いなく咲のおかげだろう。
咲には、感謝してもしきれない。
なのに、私に多くの喜びを与えてくれた咲自身は…
喜びとは無縁の無味乾燥な世界に身を置いている。
そんなのって理不尽過ぎるじゃない。
助け出したいって思うのが普通じゃない。
だから私は、今日も足掻く。
私を喜ばせてくれた咲を、
今度は私が喜ばせるために。
「…レジャー系が駄目なら芸術系はどうかしら。
今度は美術展にでも誘ってみようかな」
「…やめる気はないんじゃな」
「やめないわよ?」
咲が私に、心からの笑みを見せるまではね?
大丈夫、待つのは慣れてるんだから。
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部長に纏わりつかれる度に。
部長に外に連れ出される度に。
私の中で、疑問符が脳内を
駆け巡るようになりました。
いくつか予想できる答えはあったものの、
納得のいく答えが出せなかった私は、
素直に部長に聞いてみる事にしました。
「部長は…どうして私の事を、
気にかけてくれるんですか?」
だって私は、部長に心を配ってもらえるような
たいそうな人間じゃないのです。
いえ、人間としても逸脱してしまった廃人です。
私の問いかけに、部長は少し
照れくさそうに頭をかきました。
「んー、まあ大した理由じゃないんだけどね?
咲は、私にいろんなものをくれたから」
「もらってばっかりじゃ悪いでしょ?
だから、少しでもお返ししたいの」
「でも、貴方が色を…感情を失ったままじゃ、
どれだけお返ししても、
貴方は喜んでくれないじゃない」
「だから、貴方に感情を取り戻させたいの。
つまりは、ただの自己満足だから
気にしなくていいわよ?」
「…大丈夫、貴方はまた笑えるわ。
…私が、そうだったから」
そう言って目を細めて笑う部長。
その笑顔を見た時、本当に少しだけですが…
胸の奥がぽかぽかと
温かくなったような気がしました。
そんな自分の反応に、私は内心驚きました。
私の中に、まだそんな機能が残されていたなんて。
感情なんて、お姉ちゃんと一緒に、
全部消えちゃったと思っていたのに。
正直に言ってしまえば。
私の質問に対する部長の回答は、
私の心を揺り動かせるほどの力を
持っているようには感じませんでした。
でも私は部長の中に。
どこか自分に通じるような
親近感を覚えたのです。
それがなぜなのか…
この時の私にはわかりませんでしたけど。
もしかして部長なら本当に。
私の失われた感情を
取り戻せるのかもしれません。
もっともそれが、
私にとって幸せな事なのかは…
今の私には、判断がつきませんでしたけど。
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少しずつ。本当に少しずつだけど、
咲に明るい感情が戻っている気がする。
例えば、二人で遊びに行った時。
日が暮れて夜の帳(とばり)が下りてきて。
もう帰ろっかって問いかけた時。
咲がぽつりと言葉をこぼした。
「もう少しだけ、いいですか」
「……!」
感情の吐露というにはあまりにもささやかなその言葉。
それでもそれは、『私と一緒に居たい』という
咲からのメッセージ。
私は思わず舞い上がった。
「もちろんいいわよ!なんだったら
今日はうちに来て泊まってく?」
「…そ、そこまではちょっと。
お父さんが心配するので…」
あ、うん。そうね。いきなり
多くを望み過ぎちゃいけないわよね。
すげなく断られてちょっとしょげた私だったけど、
それでも全体的に気分は良好。
だって、回復の兆しが見えたのだから。
この調子なら、もしかしたら。
私が卒業する前に、咲の感情を
取り戻せるかもしれない。
うん、私の行動は無駄じゃなかった。
これからも頑張っていきましょう。
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自分が、少しずつ部長に依存している事に気づきました。
部長の笑顔が、言葉が、行動が。
凍てついた私の心を、徐々に、
でも確実に融かしていきます。
全てが灰色だった私の世界に、
わずかに色が戻ってきたような気がしました。
彩度の低さは相変わらず。
それでも部長の周りだけは、
少し色がついているような気がして。
ほんの少しの違いなのに、
それだけで随分華やいで見えるんです。
それが、すごく怖かった。
だって、色がついているのは部長だけなんです。
部長以外は灰色なんです。
それは、救われていると言えるのでしょうか。
部長が一生私のそばから離れないというのなら、
それでもいいのかもしれません。
でも、部長は私一人のものじゃありません。
部長の周りには、私より魅力的な人がたくさんいて。
今はいろんな偶然が重なった結果、
一時的に目を向けてもらえてるだけなんです。
今は構ってもらえても、その関心が
ずっと続くとは思えませんでした。
そうでもなくても、部長はすでに三年生で。
後数か月もしたら卒業して、
私のもとから去ってしまいます。
その時私は、またお姉ちゃんの時と同じように。
耐えがたい喪失の悲しみを味わうのでしょう。
それを想像するだけで、
感情を持たないはずの私は、
体の震えが止まらなくなるのです。
最愛の人を喪失する悲しみ。
私から色と感情を奪った悲しみ。
次に、あの悲しみを味わったら…
もうこの世界に留まる自信はありません。
(だから…今のうちに諦めよう)
これ以上傷が広がる前に。
部長が、これ以上私の中で大切な人になる前に。
私は、部長から離れる事を決めました。
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「…部長。今までありがとうございました」
「…ん?何よ急に」
「…私のために、いろいろしてくれて」
「気にしないでいいのに。前も言ったけど、
ただの私の自己満足なんだから」
「…そうですか」
「でも、もう結構です」
「…どういう事?」
「部長が私に構い始めてから3か月。
私の世界に、まだ色は戻ってません」
「多分、もう無理なんです。
私の世界は、もう終わっちゃってるんです」
「…だから、私の事はもう忘れてください」
「…そんな」
「部長は、もっといろんな人に
必要とされているはずです」
「いつまでも、こんな終わっちゃった私に
構ってちゃ駄目です」
「咲!」
「…さようならっ」
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咲に拒絶された。どうして?
少しずつ打ち解けてきていると思ってたのに。
心を開いてきてくれたと思ったのに。
私の勘違いだったの?
私の行動に意味はなかったの?
どうして?
どうして?
どうして?
咲から渡された退部届を握りしめながら、
私は一人『なぜ』を繰り返す。
「…久。もう休んだらどうじゃ…
…お前さん、物凄い顔しとるぞ」
「ねえまこ。なんで咲は私を避けるの?
なんで?やっと少し笑うようになってきたのに。
なんで?これからじゃない!」
「後少しかもしれないのよ!
なんでこのタイミングで離れるのよ!
だったら最初から拒絶しなさいよ!!」
こみ上げる無念を抑えきれず、
私は半ば掴みかかるようにまこに叫ぶ。
私の無念を受け止めたまこは沈黙を守る。
でもただ受け流すだけじゃなくて、
どこか考え込むような素振りを見せた。
「……」
「少し、思い当たるふしがある」
「…本当!?どうして咲は私を避けたの!?」
「…自分の胸に手ぇ当てて思い出してみんしゃい」
「お前さんが、まだ荒れちょった頃の事を」
まこの目が私を見すえる。
私は促されるままに目を閉じて、
あの頃の事を思い返す。
それは、正直思い出したくない記憶。
大切な人…家族に捨てられた記憶。
あの時私は塞ぎ込んだ。
何もかもが信じられなくて、
自分の殻に閉じこもった。
「……!」
まこの言いたい事が分かった。
あの時確かに私にも、
手を差し伸べてくれた人もいた。
そう、例えばまこもその一人。
なのに私は払いのけた。
それはどうして?
「……」
冷静に、過去の自分を分析する。
あの時はそんな事を考える余裕はなかったけれど。
手を指しのべる側。
差し伸べられる側。
両方を経験した今ならわかる。
「…信じるのが、怖かった……?」
誰かに縋るのが怖かった。
捨てられたばかりの私は、
人を信じる事が出来なくて。
この人もいつか私を捨てるかもしれない。
そう考えたら、その手を取る事ができなかった。
最終的に捨てられるくらいなら、
最初からいない方がましだから。
「私が、いつか咲を捨てるって…そう言いたいの?」
「そがぁなんわしに聞かれても知らんわ」
「ただ…お前さん三年じゃろ。
卒業で離れるのは避けられん」
「……!」
「ま、実際咲がどう考えちょるか、
そこまではわしにゃわからん」
「じゃけど、今のお前さんの問いかけは…
昔、わしがお前さんに聞きたかったもんじゃ」
「そんなお前さんなら…
どうしたらいいか、わからんか?」
私は再び考え込む。
私が立ち直ったきっかけ。
そんなものはあっただろうか。
払いのけていた手を、素直に
握れるようになったきっかけ。
そんなものは、あっただろうか。
(ううん、そんなものはなかった)
結局私は、誰の手を握る事もなく。
ただ一人、自分で歯を食いしばって
立ち上がった気がする。
だとしたら、私は咲に受け入れてもらえないの?
時間が解決するのを待つしかないの?
考えなきゃ。あの時、
私は本当はどうしてほしかったのか。
考えなきゃ。答えは私の中にあるはず。
考えなきゃ。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
私が部長に別れを告げてから一週間後。
部長は、私を自分の家に呼び出しました。
どうして、あの人はまだ私に構うのでしょう。
しっかりと拒絶の意志は告げたはずなのに。
(…これで、最後にしよう)
私は迷いながらも、
呼び出しに応じる事にしました。
部長がまだ私に付き纏うというのなら、
今度こそはっきりと
拒否を突きつけないといけない。
そう思ったからです。
このままずるずると構われたら…
私は結局、部長に依存してしまうから。
部長の家にあがるなり、
私は努めて冷たい言葉を吐き出しました。
「部長…もう私には関わらないでくださいって
言いましたよね?」
でも部長は意に介さず。
カチャリと部屋に鍵をかけながら、
いつもの飄々した笑顔で返します。
「聞いたわ。でもね?
私ってすっごく諦めが悪いのよ」
「だから私のためにも、
咲には絶対色を取り戻してもらうわ」
「…無理ですよ」
「できるわ。私にならそれができる」
「…今までできなかったのに?」
「嘘」
「咲、本当は少し感情戻ってきてるでしょ」
「…!」
「わかるのよ。私にも経験があるから。
…大切な人に、捨てられた経験が」
「…部長」
「だからこそ私を怖がった。
信じて、もう一度捨てられるのを怖がった」
「…違う?」
「……」
「だからね?どうしたらいいか考えたの」
「どうしたら、咲が私を信じてくれるのか。
貴方を捨てないって信じてくれるのか」
「それでね?答えを見つけたの」
「…今からここで、咲を襲うわ」
部長は表情を変えないまま、
私の肩に手をかけて…
そのまま、ベッドに私を押し倒しました。
--------------------------------------------------------
押し倒された咲は、思った以上に冷静だった。
私の顔をじっと見据えながら、
咲は真顔で質問する。
「…なんでそうなるんですか」
「私の覚悟を見せたいの。
貴方と人生を共にする覚悟をね?」
「だから私は咲を襲うの。
もう責任を取るしかないくらい滅茶苦茶に」
「そしたら咲も、安心して私にすがりつけるでしょ?
私にしがみついて、『責任取ってください!』
って言えるでしょ?」
私は咲の上着に手をかけて、力任せに引きちぎる。
飛び散るボタンを目で追いかけもせず、
咲は私に問いかける。
「本気ですか?」
その顔が、少しだけ朱に
染まっているのは気のせいだろうか。
「ここまでやっておいて、今さら
冗談でしたなんて言うと思う?」
「私の初めて、奪う気ですか?」
「あまいあまい。
咲の初めてだけじゃないわよ?
私の初めても咲にもらってもらうわ。
たとえ、無理矢理にでもね」
「私達はお互いに初めての人になるの。
お互いに責任を取るの」
「もう逃がさないわよ?」
咲の服をはぎ取った。
上半身が露わになって、
さすがの咲も手で胸元を隠そうとする。
それでも、逃げようとはしなかった。
「逃げないの?」
「…逃がさないんですよね?」
「うん」
「…せ、責任。取ってくれるんですよね?」
「うん。取るわ。一生」
「…だったら…いいです」
今から襲われるのにも関わらず。
咲は、どこか重荷が下りたように
ほっとしたような表情を見せて。
胸元を隠していた両腕を広げて、
私の背中に手を回す。
そして、私の耳先に顔を近づけると…
震える声で囁いた。
「私の初めて、部長にあげます」
「だから…責任、取ってください」
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--------------------------------------------------------
私の指は朱に染まった
ああ、なんて綺麗だろう
咲にもこの色が見えたらいい
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
事を終わらせた私は、鮮血に染まった指を
咲の眼前に差し出した。
「ねえ、咲…これ、何色に見える?」
咲は頬を赤らめながら、でもどこか
うっとりした表情で答えた。
「…赤です」
「そっか…ちゃんと、色がついたのね」
「…はい」
ついに私は成し遂げた。
咲の世界に色を戻す事ができた。
私は喜びに打ち震えながら、
咲の指を手に取った。
「よかった…じゃあ、今度は私の番」
「咲の手で、貫いて?」
「…はい」
咲は促されるままに、
私の秘部に指を添えて…
そのまま、一思いに私を散らした。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
「部長!お疲れさまです!」
放課後。部室に向かう私の後ろから、
咲が満面の笑みで飛びかかってきた。
私はあわてて咲の体を抱きかかえる。
「おっとと!もう、危ないでしょ」
「危なくないですよ?
部長が受け止めてくれるもん」
にこっとこぼれんばかりの笑顔を向ける咲。
これには私も苦笑せざるを得ない。
感情を取り戻した咲は、
むしろ普通の人より感情が豊かだった。
きっと、元々咲は感受性が強かったんだろう。
だからこそ、強烈な感情に耐えきれなくて、
なんとか自分を守ろうとして。
それで、自分の心に蓋をしてしまったんだと思う。
でも、これからは大丈夫。
私がずっと側にいる。
もう咲が色を失う必要はない。
--------------------------------------------------------
私の世界に色が戻りました。
赤、緑、青。鮮やかな色彩に彩られた世界が、
私の目にめまぐるしく飛び込んできます。
もっとも、全てが完全に戻ったわけではありません。
色がついたのは部長だけ。
部長だけが色鮮やかに輝いて、
それ以外は相変わらず汚い灰色のまま。
でも、それでいいんです。
それがいいんです。
私には、部長さえいればいいから。
他の世界に魅力がなければ、
それだけ部長が魅力的に映るから。
でも、一つだけ気になっている事があります。
部長は、どうしてここまでしてくれたのでしょう。
一度問いかけた質問ではあります。
そして、部長も回答してくれました。
でも、麻雀部に入部してくれた。
インターハイに連れてきてくれた。
ただそれだけの事で、
ここまでできるものなのでしょうか?
「部長…部長はどうして、
ここまでしてくれるんですか?」
改めて問いかけてみたら、
部長はしみじみとつぶやきました。
あの時私が心を取り戻すきっかけになった、
本当の理由の方を。
「本当は、最初から貴方に
惹かれてたんでしょうね」
「前に話した理由が嘘だとは思ってないわ。
それももちろん、要因の一つには違いない」
「でも、本当は…感情をなくした貴方に
惹かれてたんだと思う」
「私と同じ悲しみを背負って、
大切な人に捨てられて壊れてしまった貴方に」
「そんな貴方なら、私の苦しみもわかってくれる。
そんな貴方なら、私から一生離れていかない」
「立ち直ったと思ってたけど…
私も、まだ立ち上がれてなかったのかもね」
たはは、なんてばつが悪そうに
表情を崩す部長を目の当たりにして、
私はようやく本当の解を得た気がしました。
その答えなら納得ができます。
部長はかっこよくて頼りになるけど、
時々もろいところがあるから。
「だからね?今の私は、貴方のために
何かをしたというつもりはないのよ」
「私だって貴方に救いを求めてた。
結局、私達は似た者同士なのよ」
「だからね…?逃がしてもらえると思っちゃだめよ」
「死が二人を分かつまで、
なんてぬるい事は言わない」
「どちらかが死んだら、どちらかが後を追う。
死んだってずっと離してあげないから」
「…覚えておいてね?」
「…はい!」
死んだって離さない。
それは私がかけて欲しいと思っていた
言葉そのものでした。
部長は、私がずっと希っていた
本当の願いを、見事に叶えてくれたのです。
私は湧き上がる感情を我慢できなくて、
思わず部長に抱き付きました。
「部長!大好きです!」
「ふふっ。私も好きよ?」
少し前までは考えられませんでした。
こんな、感情にあふれた言葉が
自分の口から飛び出すなんて。
でも、悪くありません。
しばらくはこのまま、
感情の赴くままに行動したいと思います。
部長なら、私が何をしたって。
きっと、受け止めてくれますから。
私の視界に、モノクロームの世界が広がる中。
眼前の部長は、きらきらと輝いて
私に微笑みかけていました。
(完)
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咲のご飯しか味がしなくなった部長との話といい
感情の欠落と愛する人のものだけ認識出来る精神的バリアが作り出す二人の世界は万遍なくすべて味わえる常人の想いより言うまでもなく濃密
この二人の輝かしい灰色の未来に幸あれ!
感情の変化に乏しい少女が徐々に人間らしさを取り戻すお話しは良いものです。
そしてまこがそこそこ喋った。そろそろまこやちゃちゃのんも解禁……?
どこまでも普通の神経の持ち主で理解者になれないまこの悲しみが辛かったです。
久が責任を取ってくれるということがはっきりと示されたがため、卒業という一時の別れを味わうとしても耐えることが出来るようになったということなのかな。
なんにしろ、あまあまなハッピーエンドでよかったです。
周りがモノローグでも部長だけきらきら輝いてみえるのは、そんな咲にとっては最高の幸せ(Happy End)だね
リク受けありがとうございます
二人の世界>
久「なるほど…私が咲の世界を
取り戻したんじゃなくて、
私が咲の世界の住人になったという考え方ね」
咲「綺麗な表現ですね…素敵なコメント
ありがとうございます!」
徐々に人間らしさを取り戻す>
咲「珍しく症状が緩和されていくお話でしたね」
久「別のベクトルで悪くなってるけどね」
どこまでも普通の神経の持ち主>
久「まこが病むところが想像できないのよね」
咲「清澄の良心ですね!」
二人は物凄く幸せ>
まこ「…置いてかれたもんは
寂しいもんじゃがなぁ…」
まこ「あの二人が幸せなら…まぁええか」
退学しているイメージ>
久「今後どうなるかはわからないけどね」
咲「現時点では退学するほどに
部長の事が重要じゃなかっただけ
とも言えますね」
孤独で寂しい>
咲「実はコメントいただいたのは、
私のテーマの一つになってます。
深く立ち入らない、どこか儚い」
久「原作でもその咲が勇気を出して
踏み出していく物語だと思ってる」
咲「そういう点では、今回のリクエストは
原点回帰みたいなところがあります」
咲「素敵なリクエスト
ありがとうございました!」