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【咲-Saki-SS:菫照】菫「お前は、何も知らなくていい」【ヤンデレ】
<あらすじ>
宮永照。
私はそのすべてに惹き込まれた。
常軌を逸したその強さも。
無表情の裏に隠れた素朴な内面も。
実はどこか抜けているところも。
全て、全てが魅力的だった。
どんな事をしても手に入れたいと思った。
照の全てを、私のものにしたい。
他の者に触れさせてなるものか。
私は少しずつ網を張っていく。
照は、少しずつ孤立していく。
何も知らず、素直に私に縋りながら。
<登場人物>
弘世菫,宮永照,戒能良子,大星淡
<症状>
・孤独
・依存
・ヤンデレ
・謀略
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・黒菫と白照の組み合わせ。
策略家のシャープシューター。
※戒能さんは元からああだったという設定です。
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宮永照は、あれでけっこうわかりやすい奴だ。
確かに表情の変化は乏しい。
だが性格はごく柔和でありニュートラル。
人への感謝を忘れず情に厚い、
そんなごく普通のいい奴だったりする。
だが…そんな照の内面を知っている者は
ほとんどいない。
「あっ…あり、がとう、ござい、ました」
今日もまた、照と対局した対戦相手が
その心をバキバキに折られて去っていく。
この時照が何を考えていたか…
おそらくはこんな感じだろう。
『強敵だった。
この人には一通ができやすい能力がある。
他の役にも手を変えやすいし便利。
手強かったけど面白かったし、
また打てるといいな』
『強敵と打つと脳が糖分を求める。
売店にお菓子を買いに行こう』
一見冷たいと思えるその無表情には、
こんな相手を称える気持ちが隠れている。
もし照が、自分の思っていた事を
そのまま告げていたならどうだろうか。
きっと対戦相手の心は折れる事無く、
むしろさらなる高みへと
歩みを進めることができただろう。
だが、残念ながら照がそれを口に出す事はなく。
彼女の麻雀はここで終わる。
そう、照は誤解されやすい奴なのだ。
そんな、照の事を知っているのは私だけだ。
照の不幸は…唯一の理解者が、
よりにもよって私だったことだろう。
そう、あいつに対して…
偏執的な愛情を抱く、この私が。
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私は誤解を受けやすい人間らしい。
菫曰く、私は無表情な上に言葉が足りないから、
何を考えているのかわかりにくいらしい。
菫はそう言ってくれるけど、そもそも本当は
誤解なんてないのかもしれない。
妹とすら良好な関係を築けず、
家庭が崩壊してしまっている私。
もしかしたら私は、人格に
致命的な欠陥があるのかもしれない。
だから皆から疎まれ、恐れられても
仕方ないのかもしれない。
そんな私を捨てないで、
辛抱強く面倒を見てくれる菫には、
本当に感謝してもしきれない。
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照と私の出会いは、高校の入学時に遡る。
入部届を出すために麻雀部の部室に向かっていた私は、
特徴的な角を持つ一人の学生とすれ違った。
学生はその無表情に疲労を色濃く残しながら、
まるで棒になったかのような足を引きずって
よたよたと歩いている。
(ずいぶんくたびれているな…)
そう思いながらも、
私はそいつを一瞥して通り過ぎた。
そのまま予定通り麻雀部にたどり着き、
監督に入部届を提出する。
激励の言葉を受けて部室を後にし、
さぁ帰ろうか、と廊下を歩いていると…
また角女に出会った。
顔色はさっきよりもさらに悪くなっている。
足取りも随分重そうだ。
もしかして体調が悪いんじゃないだろうか。
うろついてないで保健室に行って休んだらどうだ。
と、心の中でツッコミを入れた時、
私はある事に気づいた。
角女の右手に握られた一枚のプリント。
その紙に見覚えがある。
そう、それはさっき提出してきた
入部届と同じものだった。
まさか…とは思ったが、
私は一応失礼にあたらないように
言葉を選んで質問する。
「…あー、差し出がましいようだが…
もしかして、その書類の提出先が
わからないのか?」
私に声をかけられた角は、
九死に一生を得たかのごとく
目に光を取り戻した。
「提出先はわかってます。
でもそこに至るまでの迷路を
脱出することができないんです」
「…この校舎はあまりにも複雑すぎる」
…ビンゴ。こいつ、やっぱり迷子だ。
まさか校内で迷子になる生徒がいるとは。
なお、白糸台高校の名誉のために補足しておくと、
白糸台の構造はむしろシンプルな方だ。
校内案内図も用意してあるので
攻略難易度はかなり低い方だと思う。
私は若干呆れながらも、それを表に出さないように
角女に提案を持ち掛ける。
「…行先を伝えてくれれば案内しよう。
ああ、後丁寧語はいらない。私も一年生だ」
「この迷路を切り抜けられるというの」
「…ああ。君の目的地はどこだ?」
「麻雀部。学校の一番端っこだから
難易度は最上級」
よりによって麻雀部か。
地図も見れないような奴が麻雀なんてできるのか?
なんて、口を飛び出しかけた言葉を飲み込んだ。
「そうか…だが安心するといい。
私はちょうど今その最難関を
クリアしてきたところだ」
「私の名前は弘世菫。もしかしたら、
チームメイトになるかもしれないな」
そう言って、私は角の手を取った。
これが、後に全国三連覇を成し遂げた
白糸台高校のエースと部長の、
初めての邂逅だった。
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いつまで経っても麻雀部にたどり着けなかった。
諦めて帰ろうかとしていたところを、
一人の生徒に呼び止められた。
背が高くて綺麗な大人の女性。
最初は先輩かと思ったけど、どうも同級生だったらしい。
神様はつくづく不公平だと思う。
彼女のスタイルの半分でいいから私に分けてほしい。
彼女の名前は弘世菫。
弘世さんは、散々迷っていた私を部室にまで
送り届けてくれた。
見る者を圧倒する佇まいとは裏腹に、
心根はとても優しい人。
私も外見でよく誤解されるタイプだから
どこか親近感がわいた。
これから仲良くできるといいな。
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このエピソードからいくつかわかることがある。
宮永照は一見クールなようでいて、
実はけっこうポンコツであるという事。
そして、話してみると意外と普通…
いや、むしろ随分面白おかしい奴であるという事だ。
だが、そんな照の内面が明らかになる前に、
別のイメージが周りに浸透してしまった。
そう、それは…
化け物。
仮入部で入った卓で、照は早速猛威を振るった。
結果は三人飛び終了。
その後噂を聞きつけた
レギュラーがやってきてまた打った。
結果はさっきと全く同じ。
照は対戦した対戦した全ての人間を
区別なくハコにした。
皆が皆、突然の魔物の出現に
怯えて震えて後ずさる。
この時、こいつの言った台詞がまた最悪だった。
「…手加減は不要です。
本気で打ってきてください」
後になって聞いてみれば、
照は家族麻雀しか打ったことがなく。
家族以外と打ったのはこの日が
初めてだったらしい。
まさか自分の家族が魔物一家だとは
思っていなかった照。
だから、自分が新入生という事で
手加減してもらっていると思って、
特に悪気もなくこう言ったのだった。
だがそんな事を見ず知らずの人間が知る由もなく。
この言葉は、対局した相手の心を
完膚なきまでに叩き折った。
この日、照の相手をした部員で
今残っている者は誰もいない。
こうして、面白おかしいポンコツは、
麻雀部において畏れを纏った化け物と化した。
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仮入部。私にとっては家族以外の人と打つ
初めての麻雀だった。
期待に胸を膨らませた私。
でも、その結果は決して
面白いものではなかった。
私が6連荘して対局相手が飛び終了。
全然人と打っている感じがしなかった。
ツモ切りコンピュータと打っても
同じ結果になっただろう。
もしかして、私が新人だから
手加減してくれているのだろうか。
きっとそうだ。
その気遣いはありがたいけど、
どうせなら本気で打ってほしい。
私は別に負けても楽しめるから。
「…手加減は不要です。
本気で打ってきてください」
思えば馬鹿な事を言ったと思う。
でも、その時は信じていた。
周りの人はもっと強いんだって。
そして…
私が言ったその言葉に、周囲は一気にざわめいた。
私の対面に座っていた部員は小さく震えて、
みるみる目に涙を浮かべて顔を覆った。
そこで初めて私は気づく。
ああ、私は間違えた。
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ある日、照がぽつりとつぶやいた。
「私って、そんなに怖いかな」
聞けば、ある先輩が牌譜を落としたので拾ったところ、
お礼を言われるどころか
逃げるように去って行かれたらしい。
「…私って……そんなに、怖いかな」
目を伏せてもう一度繰り返す照。
照は自分の置かれた境遇に
苦しんでいるようだった。
今の照は麻雀部において
畏怖の対象でしかない。
仮入部の時に見せつけた驚異的な能力。
さらにはあの、人を小馬鹿にしたような物言い。
それによって、照は部員に
自身が化け物であるという印象を植え付けた。
その評価は覆ることなく、
むしろインターハイの結果によって
さらに上塗りされることになる。
今の照は、部内で練習相手を探すのすら
難しくなっていた。
今、こいつの相手をしてやれるのは…
こいつの本性を知っていて、
対局でも物怖じしない私だけだ。
「一度植え付けられたイメージは
なかなか払拭できないものだ」
「そも、対局中にお前のオーラを感じて
恐怖している部員もいるわけだから…
あながち間違いとも言えないだろう」
「…ずっとこのままは困る。何とかならないかな」
「…なかなか難しいな」
私に助けを求める照。
私は腕を組んで難しい顔を作り、
いかにも考え込むふりをした。
…本音を言ってしまえば、
やりようはいくらでもあると思った。
例えば、こいつの普段の
ポンコツっぷりを知ってもらうとか。
実はお菓子大好きだとか、方向音痴で
日々迷子になっているだとか、
何をしても直らない角だとか…
いじる要素はいくらでもある。
そうでなくとも、
せめてあの仮入部時の発言について
弁明するだけでも随分違うだろう。
だが、私はあえてそれを提案するつもりはなかった。
なぜなら…
照に魅入られていたからだ。
(本当のお前を知っているのは私だけでいい)
その他者を蹂躙する圧倒的な強さも。
麻雀以外は何もできないアンバランスさも。
実は寂しがり屋で人懐っこいところも。
こいつの全てが私を魅了する。
対して、その照を愛する私は
なんて醜いんだろうか。
自分の中にこんな醜さがあるとは知らなかった。
同性愛の気がある事も、
誰かを独り占めしたいと思うほど独占欲が強い事も。
どちらも、照に会って初めて気づいた。
そしてそんな照が、特に私が何をする必要もなく、
勝手に孤立していってくれているのだ。
なぜ、私がそれを自ら崩す必要があるだろうか。
結局私は、ひとしきり考えるふりをして、
特に何もしないという結論を出した。
「…まあ、来年に期待だな。
それまでは私で我慢しておけ」
「…うん」
照の目が悲しみに染まる。
それでも照は私の横に座って、
静かに本を読み始める。
そうだ、それでいい。
お前は私のそばにいろ。
私は照の頭を撫でてやる。
照は抵抗することなく、私の肩に身をゆだねた。
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部内で私は避けられ始めた。
確かに、仮入部初日から
壮絶にやらかした感はあったけれど。
それはあくまで麻雀の話で。
別に、私という人格まで
避ける必要はないのではないかと思う。
思うのだけれど…現実問題、
そううまくは行かないみたいだ。
「…まあ、来年に期待だな。
それまでは私で我慢しておけ」
愚痴をこぼす私を、菫は優しく慰めてくれた。
こういう時、菫の存在は本当にありがたい。
菫がいなかったらどうなっていたのだろうか。
そう考えると怖くなる。
私は菫に頼ってばかりだ。
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根が素直な照は、私の薄汚い
腹の内に気づくことはなく。
素直に私を頼るようになった。
私も意識的に照と一緒に居るよう心掛けたから、
いつしか私達は二人で
セットのような扱いになっていった。
私もどちらかといえば話しかけにくい部類だと思う。
それでも、『化け物』である照よりは
話しかけやすいのだろう。
やがて、照に対する連絡は
私を経由して行われるようになり。
照が周りの部員と接する事は
ほぼ完全になくなった。
もちろん、その状況は照にとって
あまり好ましい状況ではなかった。
だが、今更変えようと思っても難しかった。
「なんで私がいるのに、菫に話しかけるの?」
「ひっ…!ご、ごめんなさい!!」
もともと表情の変化に乏しく、
何を考えているのかわかりにくい照。
切れ長で美形な顔も手伝って
幾分冷たく近寄りがたい印象を受ける。
それでいて、圧倒的に言葉足らずなのだ。
この会話にしたって、照からしたら、
『別に菫を経由して話さなくても、
私普通に会話するよ?
むしろ会話に飢えてるからウエルカム』
くらいの気持ちなのだろう。
だが、これでは受け手からすれば
『私と菫の二人っきりの時間を邪魔するんじゃねぇ
この雑魚が』
と取られかねない。
事実、話しかけた部員は足早に逃げていった。
「…なんで逃げるの…」
呆然とした顔で呟く照。
照は、なぜ部員が逃げたのか
わかっていないようだった。
だが私は、むしろ照の方に違和感を感じた。
こいつ、ここまで会話が下手だったか?
元々言葉が足りないのは事実だ。
だが、例えば私と初めて会った時。
照はもう少し流暢に喋っていた気がする。
この違和感に対して、
私はある一つの仮説を立てた。
思い返してみれば、最近照が
私以外の人間と話しているところを
見た記憶がない。
もしかして照は、私以外の人間との話し方が
分からなくなってきているのではないだろうか。
さっきの会話にしても、確かに
私相手であれば問題なく通じる内容だった。
(これは、使えるかもしれないな)
もう一歩踏み込んでみる事にしよう。
さっそく私は、照にある事を吹き込んだ。
「照、お前は無表情な上に
無口で意思疎通の意志に欠ける。
もっと周りに話しかけていくべきだ」
「え、私ってそんなに無表情かな」
そこから自覚がなかったのか…
正直私が照の表情を読み取れるのは、
私の能力によるところが大きい。
普通の人間では、ほとんど違いを認識する事は出来ないだろう。
「とにかく、もっと話しかけてみろ」
「…わかった」
頷く照。さっそく照はその日から行動に移し始めた。
そして、私の期待通りのうっかりを連発した。
例えば、珍しく他の部員の指導を
買って出た時はこんな感じだった。
「…なんでそれを切るんですか?」
「ごっ…ごめんなさい……」
「二巡後には二筒が重なります。
残しておけば一気に跳満手です」
「で、でも…それは結果論じゃ」
「…?ここで二筒が来るのは必然ですが」
「…すいません」
照は同卓した部員に対して超理論を展開した。
『二巡後に二筒が来る』
それは照にとってはそうなのかもしれないし、
私は散々その超理論を聞かされているから
今更それで戸惑ったりはしない。
だが、いきなりそんな調子で指導されても
部員は戸惑うばかりだろう。
照はいい意味でも悪い意味でも、
自分を普通だと思っている。
だから、自分と他人とのずれに気づけない。
「り、りーち」
「そこでリーチはあまりいい手とは言えません」
「なっ…どうして…」
「聴牌気配から、周りもみんな張っていますよね?」
「…え」
「先輩の手はせいぜい二翻ですよね。
対して周りの手は高い。
この状況でのリーチはあまりにもリスキーです」
「…というわけで、ロンです。18000」
「……っ!!」
聴牌気配。危険度の察知。危険牌に対する対処。
確かにそれは、トップ選手なら持っていてしかるべき能力。
だが持たざる者からすれば、
それはただの魔法でしかない。
そんな講釈を延々と続けられるのは、
もはや指導でも何でもない。
むしろ、練習では埋めようのない
圧倒的な違いを見せつけられて絶望するばかりだろう。
「…ご、めん、なさい…もう、無理です」
結局、照が『見込みあり』と判断して
熱烈指導した部員は、対局を放棄してその場を去り…
程なくして退部届を提出した。
この結果には、照も随分堪えたようだった。
「…私、もう菫以外と話さない方がいいのかな」
「…すまなかった。私が余計な口を出したばっかりに」
「ううん、菫は悪くない。私が口下手すぎたから」
しょんぼりとうなだれる照。
私はそんな照を包み込んで、いつものように撫でてやる。
「お前はよく頑張ったよ…
しばらくは何も考えないで休め」
「…うん」
そして照は再び口を閉じた。
それがさらに状況を悪化させるとも知らずに。
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私が指導した部員は麻雀部を退部した。
私には、どうしてそうなるのかが理解できなかった。
菫が言うには、普通の人間には次に来るツモの予測や
聴牌気配の把握は不可能らしい。
驚いた。でも仮にそうだとしたら、
余計にそういう事ができる人間がいると
教える必要があると思う。
ううん、何を言っても言い訳に過ぎない。
結局、私が指導した人は麻雀をやめた。
私が、あの人を壊してしまった事は事実なのだ。
あわよくば、指導を通じて仲良くなれたら…
なんて淡い期待を抱いてすらいたのに。
私はつくづく救えない。
「…すまなかった。
私が余計な口を出したばっかりに」
菫が心底申し訳なさそうに頭を下げる。
違う、菫は悪くない。
悪いのは、満足に指導もできない私の方だ。
私はもう、他の部員とは
話さない方がいいのかもしれない。
少なくとも、菫以外とは。
だってもう、菫以外の人と
ちゃんと話せる自信がない。
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突然やってきた照。そして突然の謎指導。
受けた部員は麻雀部を退部。
大多数の部員は、これを照による
いじめだと判断したようだった。
気に入らない部員を粛清したのだと。
該当の部員が退部した後に
指導がぷっつりと途絶えたことも、
噂の信憑性を高めていた。
ここで私は、初めて照のケアに動く。
さすがに照が麻雀部を追われるのは避けたい。
ついでに、せっかくだから
この機会を利用させてもらおう。
私はいきり立つ部員の前で声高に訴えた。
「照に悪気はなかったんです」
「ただ照はその特異性ゆえに、
意図せずに相手を傷つけてしまう時がある」
「今回の件も、照からしたら
普通の指導をしているつもりだった」
「照が指導をやめたのは、自分のせいで
部員がやめてしまった事を悔いたため」
「繰り返しますが、決して悪意があったわけではない。
そこだけは、どうか信じてやっていただきたい」
我ながらひどい言い草だと思った。
一見フォローしているようには聞こえる。
だが一連の発言について、
要点を抜き出すと結局はこうなる。
『あいつは普通じゃない。
悪気なく相手を傷つける奴だ』
実際、私の発言でいじめ騒動自体は下火になったものの。
照は前以上に恐れられるようになり、
もはや視界に入った途端に皆が逃げ出すようになった。
もっともその状況について、
もう照が愚痴をこぼすことはなかった。
「それでいい。不用意に私と話すと、
その人が傷ついてしまうかもしれない」
「私は、菫とだけ話せればいい」
もはや照も諦めてしまったようだった。
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私が指導した部員が退部した件で、
私がいじめを働いたのではないかという疑いが立った。
怖くて仕方なかった。
そんなつもりは全然なかった。
なのに、周りにそう受け取られてしまう
自分の言動が怖かった。
私はやっぱり、異常者なのかもしれない。
そんな異常者の私を救ってくれたのは、
ここでもやっぱり菫だった。
「照に悪気はなかったんです」
菫は、私の考えを的確に皆に伝えてくれた。
おかげで、私は麻雀部を追われずに済んだ。
「すまなかった…お前を異常者扱いしてしまって」
「私自身は、お前が異常だとは思っていない。
単に間の悪い展開が重なっただけだ」
「だが…ああも感情的になられていては、
全面的に擁護するのは難しかった」
「本当に、すまない…」
事がすんだ後、菫は私に謝った。
なんで菫が謝るのかわからなかった。
菫は、私のために戦ってくれて…
私を助けてくれたのだから。
それに引き換え、私は何をしているのだろう。
私のわがままのせいで、
唯一の理解者である菫まで苦しめている。
もう、諦めた方がいい。
何、私には菫がいてくれる。
菫さえいてくれればそれでいい。
他の人と仲良くなることは…もう諦めよう。
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部内において、もはや照に話しかける者はいない。
照も、もはや誰かと話そうとはしない。
それでも、私はまだ現状に満足とはいかなかった。
まだ、未知との遭遇の可能性が残っている。
仮に、ある日突然照と同じような魔物が
入部してきたらどうなるか。
照は同胞を見つけたと喜んで、
そいつに傾倒する事になる可能性はないだろうか。
もちろん、照レベルの魔物が
そうそう入部してくるとも思えない。
それに、こんな仮説を立てておいてなんだが、
そもそも照は麻雀の強さで
相手を選んだりするような奴じゃないと思う。
だが、少しでも可能性が残る以上、
その芽は摘んでおく必要があるだろう。
私は、さらに照を私に縛り付けるべく
次の手を実行に移す事にした。
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菫が練習試合を取り付けてくれた。
相手は大生院女子。
大生院女子といえば、
確か戒能さんがいた学校だったはず。
「私だけじゃ、お前の練習相手にはならないだろう?」
そう言って菫は笑った。
菫はいつも本当に私の事を考えてくれている。
楽しい時を過ごした。
いつもの菫との練習が
つまらないというわけではないけれど、
やっぱり実力の近い人が複数揃った方が面白い。
戒能さんは言うまでもなく強かったし、
その戒能さんで慣れているのか、
他の部員の人もあまり私を怖がらないでくれた。
またこの人たちと打てたらいいな。
久しぶりのまともな練習。
相手に怯えられずに楽しめた練習。
私はつい気持ちが弾んで、
足取りも軽やかに部屋に戻る。
菫にお礼を言わなくちゃ。
…なんて浮ついた気持ちは、
菫と戒能さんとの会話を聞いて吹き飛んだ。
「ん…?菫と…戒能さん…?」
合宿場の廊下。
菫の後ろ姿を見つけた私は、
声をかけようとして立ち止まる。
そこには戒能さんの姿もあって…
二人はただならぬ雰囲気を醸し出していた。
『…というわけで、戒能さん。
どうか、私の代わりに照の支えに
なっていただけないでしょうか』
菫の代わり?
菫は、一体何を言っているの?
菫、もしかして私を捨てようとしてる?
体中の体温が足先から一気に冷えていく感覚。
胃が急に重くなる感触。
私は思わず物陰に身を潜めた。
でもその後続いた問答は、
私の正反対の展開を見せる。
『ノーウェイノーウェイ。
別にあなたがいれば十分でしょ』
『私じゃ駄目なんだ!!』
『か、カームダウン、弘世』
『私は、ただの凡人に過ぎない…!
あいつの苦しみも、孤独も…
本当の意味では分かってやれない!』
『あいつには、あなたみたいな…
魔物仲間が必要なんだ!』
菫は、どこまでも私の事を考えてくれていた。
私はもう今のままで十分なのに。
菫だけは、私を救い出そうと一人もがいている。
『……』
『もし私が彼女の支えになるとして…
あなたはどうするつもりなの』
『別に変わりません。
ただ、あなたと照がコミュニケーションを
取りやすくなるように一歩身を引きますが』
『…あなたはそれで平気なの』
『…私の事などどうでもいい。
第一に考えるのは照の幸せだ』
『…泣くほど嫌なら頼まなければいいのに』
肩を、声を震わせる菫の後ろ姿を見て。
私は思わず叫び出しそうになった。
違う、違うんだよ菫。
私は、魔物仲間なんて求めてない。
麻雀が強ければいいわけじゃないんだよ。
むしろ、そこはどうでもいい。
ただ、そばにいてくれて。
一緒に笑ってくれて。
私をただの人間として扱ってくれる。
そんな人がいればいい。
だから、菫がいいんだよ。
菫以外はいらないんだよ。
居ても立っても居られなくなって、
物陰から飛び出そうとした私を、
戒能さんが視線で制した。
戒能さんは首を振る。
今はやめておけ、そう言っているように感じた。
確かに、菫だってこんな姿を
見られたくはないだろう。
『ウエイト。少し頭を冷やした方がいい』
そう言って戒能さんは菫の懇願をはねのけた。
私は会話の終わりを予感して、
足早にその場を立ち去った。
菫が帰ってきたら伝えよう。
この胸に秘めた、菫への想いを。
これ以上、菫を苦しめないためにも。
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「…ご協力ありがとうございました」
「…アメイジング。ハリウッドも真っ青」
「私が本当に宮永さんを気に入ってたら
どうするつもりだったの?」
「ありえない。あなたが瑞原プロの
熱狂的なファンである事は知っている。
それがただのファンに
留まらないレベルである事も」
「…本当に食えねー一年生だね。
こんなのに捕まった宮永さんも大変だ」
「問題ない。あいつには隠し通して見せる…」
「少なくとも、手遅れになるまでは」
「…テリブル。弘世、君こそ本当の魔物だよ」
「…最高の賛辞をどうも」
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「ただいま」
「…おかえり」
私が部屋に帰った時、照は
いつものように読書に勤しんでいた。
…いや、実際には平静を装いたいだけだろう。
注意深く観察すれば、本に落とされた視線が
移動していない事がわかる。
心ここにあらずと言った感じだ。
私は普段通りを装うふりをしつつも、
あえて小さな溜息をつく。
心底くたびれたような溜息を。
それが呼び水となって、
照が私に話しかけてくる。
「菫、ごめん。さっきの戒能さんとの話、
聞いちゃった」
「なっ…!?」
「菫が、私の事を大切にしてくれる気持ちは
すごくうれしい。
でも…私は、魔物仲間なんか求めてない」
予想通りの回答に内心笑みを浮かべつつも、
私は咄嗟に否定する。
「…嘘をつけ。満足に練習もできない。
本気を出せばすぐ周りが飛んでしまう。
お前だって苦しんでるのに、
周りはそれをわかってくれず、
ただお前を化け物を見るような目で見る」
「そんな状況に、満足できる奴がどこにいる」
「…でも、菫はわかってくれている」
「……っ!」
その回答も予想通りだ。このまま行けば、照は…
思わず期待に胸が高鳴る。
「…強がりに聞こえるかもしれないけど、
私は現状に満足してる」
「それは、菫がいてくれるから。
一人ぼっちの私だけど、菫が支えてくれるから」
「もちろん、理解してくれる人は多い方がいい。
強敵も多い方がいい。
でも、それはあくまでオプション」
「オプションを手に入れるために、
菫との距離が遠くなるんじゃ本末転倒」
「…私が一番そばにいてほしいのは、菫」
照は予想…いや、期待通りの台詞を私にくれた。
それは、私がずっと望んでいた台詞。
照に心を奪われてから、ずっと追い求めてきた台詞。
「……っお前な…誤解されるような物言いはやめろ…
それじゃ、まるで告白じゃないか」
「…誤解じゃない。告白であってる」
「……私は、菫が好き」
照は立ち上がり、呆然としたふりをする私を抱き締める。
そして、まっすぐ私の目を見すえて…
もう一度愛の言葉を繰り返した。
「私は…菫が、好き」
私も照を抱き締めかえして、
その肩を強く抱きながら…その愛に答える。
「私も…照が好きだ」
照の体が震え出す。私の胸に、
熱い涙が落ちるのを感じる。
私は、計画の成功を確信した。
我ながらひどいマッチポンプをしたもんだ。
本当はいい奴である事を知りながらそれを口外はせず。
少しずつ孤立していくのを助けようともせず。
さらにはより孤立するように誘導し。
心を許せる唯一の人間になったとわかった途端に
離れていく可能性を示唆して見せた。
その結果が、この照の告白だ。
照。お前は、私が自分の事をわかってくれていると言ったが、
お前は私の事を何もわかってないよ。
本当の私は、お前のようないい奴が
愛していいような奴じゃないんだ。
嘘と欲望で塗り込められた醜い女、それが私なんだ。
でも、今だけは。
今、私の頬を伝うこの涙だけは
本物だから安心してくれ。
私も、お前を愛している…
病的な程に。
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あれから一年と少しが過ぎた。
私はあれからも地道な基盤固めを繰り返し、
照との関係を揺るぎないものへと変えていった。
そして3年となった今年。
ついに、白糸台に魔物が入部する。
「テルー!テルー!!」
ようやく仲間が見つかって嬉しいのだろう。
大星は、ひっきりなしに照にくっついている。
だが、そんな大星を照は大人の対応でいなす。
「あまりそうやってくっついてると
誤解されるから駄目」
「えー?私は誤解されてもいいよ?」
「私が困る。私はもう菫のものだから」
「マジで!?」
臆面もなく言ってのける照。
私は『教育』の結果に満足する。
「えー?でも弘世先輩ってフツーじゃん。
まあそりゃそこらのうぞーむぞーと比べたら
大分ましだけどさ」
「淡が菫の良さをわかる必要はない。
というか、わかったら淡も好きになっちゃうから
できるだけ近づいちゃ駄目」
「えー何それずっこい!」
むしろ、照の方こそ、淡に私を取られないかと
気が気じゃないようだった。
そう、これがこの1年半かけて教育した成果。
実は、魔物仲間を見つけるのはそれほど難しくはない。
魔物は嫌でも目立つから、
公式大会を定期的にウオッチするだけで
比較的簡単に見つけることができる。
だが…魔物を魔物と知りながら、
それでも変わらぬ態度で接してくれる
人間を見つけるのは難しい。
その証拠に…去年見つけた天江や神代も、
周りは皆親族やその関係者ばかりだった。
つまりは、親族の庇護なしには
仲間を作れなかったと言う事だ。
…事実がどうかはさて置いて、
私は照にそう教え込んだ。
「…菫、淡の事どう思う?」
「どう、か…そうだな。今は粗いが、
鍛えればインターハイ頃には
レギュラーとして使えるんじゃないか?」
「…そんな事は聞いてない」
「…はは。わかってるさ。
別に私は、単に魔物だったから
お前が好きになったわけじゃない」
そう、私はお前の全てが好きなんだ。
麻雀が鬼のように強いところも。
相手の特性を見抜くその瞳も。
なのに、私の本性は一切見抜けないその純粋さも。
お前の全てが好きなんだ。
その心を独占したくなるほどに。
「だから、お前は安心して私にくっついてろ」
「…うん」
照は嬉しそうに目を細めて、
いつものように私に寄りかかる。
私もいつものように照の肩に腕を回し、
その身を引き寄せて包み込んだ。
そう、お前は何も心配する必要はない。
このまま、私に飼われていればそれでいい。
そう、今まで通り…何も知らないままで。
(完)
宮永照。
私はそのすべてに惹き込まれた。
常軌を逸したその強さも。
無表情の裏に隠れた素朴な内面も。
実はどこか抜けているところも。
全て、全てが魅力的だった。
どんな事をしても手に入れたいと思った。
照の全てを、私のものにしたい。
他の者に触れさせてなるものか。
私は少しずつ網を張っていく。
照は、少しずつ孤立していく。
何も知らず、素直に私に縋りながら。
<登場人物>
弘世菫,宮永照,戒能良子,大星淡
<症状>
・孤独
・依存
・ヤンデレ
・謀略
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・黒菫と白照の組み合わせ。
策略家のシャープシューター。
※戒能さんは元からああだったという設定です。
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宮永照は、あれでけっこうわかりやすい奴だ。
確かに表情の変化は乏しい。
だが性格はごく柔和でありニュートラル。
人への感謝を忘れず情に厚い、
そんなごく普通のいい奴だったりする。
だが…そんな照の内面を知っている者は
ほとんどいない。
「あっ…あり、がとう、ござい、ました」
今日もまた、照と対局した対戦相手が
その心をバキバキに折られて去っていく。
この時照が何を考えていたか…
おそらくはこんな感じだろう。
『強敵だった。
この人には一通ができやすい能力がある。
他の役にも手を変えやすいし便利。
手強かったけど面白かったし、
また打てるといいな』
『強敵と打つと脳が糖分を求める。
売店にお菓子を買いに行こう』
一見冷たいと思えるその無表情には、
こんな相手を称える気持ちが隠れている。
もし照が、自分の思っていた事を
そのまま告げていたならどうだろうか。
きっと対戦相手の心は折れる事無く、
むしろさらなる高みへと
歩みを進めることができただろう。
だが、残念ながら照がそれを口に出す事はなく。
彼女の麻雀はここで終わる。
そう、照は誤解されやすい奴なのだ。
そんな、照の事を知っているのは私だけだ。
照の不幸は…唯一の理解者が、
よりにもよって私だったことだろう。
そう、あいつに対して…
偏執的な愛情を抱く、この私が。
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私は誤解を受けやすい人間らしい。
菫曰く、私は無表情な上に言葉が足りないから、
何を考えているのかわかりにくいらしい。
菫はそう言ってくれるけど、そもそも本当は
誤解なんてないのかもしれない。
妹とすら良好な関係を築けず、
家庭が崩壊してしまっている私。
もしかしたら私は、人格に
致命的な欠陥があるのかもしれない。
だから皆から疎まれ、恐れられても
仕方ないのかもしれない。
そんな私を捨てないで、
辛抱強く面倒を見てくれる菫には、
本当に感謝してもしきれない。
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照と私の出会いは、高校の入学時に遡る。
入部届を出すために麻雀部の部室に向かっていた私は、
特徴的な角を持つ一人の学生とすれ違った。
学生はその無表情に疲労を色濃く残しながら、
まるで棒になったかのような足を引きずって
よたよたと歩いている。
(ずいぶんくたびれているな…)
そう思いながらも、
私はそいつを一瞥して通り過ぎた。
そのまま予定通り麻雀部にたどり着き、
監督に入部届を提出する。
激励の言葉を受けて部室を後にし、
さぁ帰ろうか、と廊下を歩いていると…
また角女に出会った。
顔色はさっきよりもさらに悪くなっている。
足取りも随分重そうだ。
もしかして体調が悪いんじゃないだろうか。
うろついてないで保健室に行って休んだらどうだ。
と、心の中でツッコミを入れた時、
私はある事に気づいた。
角女の右手に握られた一枚のプリント。
その紙に見覚えがある。
そう、それはさっき提出してきた
入部届と同じものだった。
まさか…とは思ったが、
私は一応失礼にあたらないように
言葉を選んで質問する。
「…あー、差し出がましいようだが…
もしかして、その書類の提出先が
わからないのか?」
私に声をかけられた角は、
九死に一生を得たかのごとく
目に光を取り戻した。
「提出先はわかってます。
でもそこに至るまでの迷路を
脱出することができないんです」
「…この校舎はあまりにも複雑すぎる」
…ビンゴ。こいつ、やっぱり迷子だ。
まさか校内で迷子になる生徒がいるとは。
なお、白糸台高校の名誉のために補足しておくと、
白糸台の構造はむしろシンプルな方だ。
校内案内図も用意してあるので
攻略難易度はかなり低い方だと思う。
私は若干呆れながらも、それを表に出さないように
角女に提案を持ち掛ける。
「…行先を伝えてくれれば案内しよう。
ああ、後丁寧語はいらない。私も一年生だ」
「この迷路を切り抜けられるというの」
「…ああ。君の目的地はどこだ?」
「麻雀部。学校の一番端っこだから
難易度は最上級」
よりによって麻雀部か。
地図も見れないような奴が麻雀なんてできるのか?
なんて、口を飛び出しかけた言葉を飲み込んだ。
「そうか…だが安心するといい。
私はちょうど今その最難関を
クリアしてきたところだ」
「私の名前は弘世菫。もしかしたら、
チームメイトになるかもしれないな」
そう言って、私は角の手を取った。
これが、後に全国三連覇を成し遂げた
白糸台高校のエースと部長の、
初めての邂逅だった。
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いつまで経っても麻雀部にたどり着けなかった。
諦めて帰ろうかとしていたところを、
一人の生徒に呼び止められた。
背が高くて綺麗な大人の女性。
最初は先輩かと思ったけど、どうも同級生だったらしい。
神様はつくづく不公平だと思う。
彼女のスタイルの半分でいいから私に分けてほしい。
彼女の名前は弘世菫。
弘世さんは、散々迷っていた私を部室にまで
送り届けてくれた。
見る者を圧倒する佇まいとは裏腹に、
心根はとても優しい人。
私も外見でよく誤解されるタイプだから
どこか親近感がわいた。
これから仲良くできるといいな。
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このエピソードからいくつかわかることがある。
宮永照は一見クールなようでいて、
実はけっこうポンコツであるという事。
そして、話してみると意外と普通…
いや、むしろ随分面白おかしい奴であるという事だ。
だが、そんな照の内面が明らかになる前に、
別のイメージが周りに浸透してしまった。
そう、それは…
化け物。
仮入部で入った卓で、照は早速猛威を振るった。
結果は三人飛び終了。
その後噂を聞きつけた
レギュラーがやってきてまた打った。
結果はさっきと全く同じ。
照は対戦した対戦した全ての人間を
区別なくハコにした。
皆が皆、突然の魔物の出現に
怯えて震えて後ずさる。
この時、こいつの言った台詞がまた最悪だった。
「…手加減は不要です。
本気で打ってきてください」
後になって聞いてみれば、
照は家族麻雀しか打ったことがなく。
家族以外と打ったのはこの日が
初めてだったらしい。
まさか自分の家族が魔物一家だとは
思っていなかった照。
だから、自分が新入生という事で
手加減してもらっていると思って、
特に悪気もなくこう言ったのだった。
だがそんな事を見ず知らずの人間が知る由もなく。
この言葉は、対局した相手の心を
完膚なきまでに叩き折った。
この日、照の相手をした部員で
今残っている者は誰もいない。
こうして、面白おかしいポンコツは、
麻雀部において畏れを纏った化け物と化した。
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仮入部。私にとっては家族以外の人と打つ
初めての麻雀だった。
期待に胸を膨らませた私。
でも、その結果は決して
面白いものではなかった。
私が6連荘して対局相手が飛び終了。
全然人と打っている感じがしなかった。
ツモ切りコンピュータと打っても
同じ結果になっただろう。
もしかして、私が新人だから
手加減してくれているのだろうか。
きっとそうだ。
その気遣いはありがたいけど、
どうせなら本気で打ってほしい。
私は別に負けても楽しめるから。
「…手加減は不要です。
本気で打ってきてください」
思えば馬鹿な事を言ったと思う。
でも、その時は信じていた。
周りの人はもっと強いんだって。
そして…
私が言ったその言葉に、周囲は一気にざわめいた。
私の対面に座っていた部員は小さく震えて、
みるみる目に涙を浮かべて顔を覆った。
そこで初めて私は気づく。
ああ、私は間違えた。
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ある日、照がぽつりとつぶやいた。
「私って、そんなに怖いかな」
聞けば、ある先輩が牌譜を落としたので拾ったところ、
お礼を言われるどころか
逃げるように去って行かれたらしい。
「…私って……そんなに、怖いかな」
目を伏せてもう一度繰り返す照。
照は自分の置かれた境遇に
苦しんでいるようだった。
今の照は麻雀部において
畏怖の対象でしかない。
仮入部の時に見せつけた驚異的な能力。
さらにはあの、人を小馬鹿にしたような物言い。
それによって、照は部員に
自身が化け物であるという印象を植え付けた。
その評価は覆ることなく、
むしろインターハイの結果によって
さらに上塗りされることになる。
今の照は、部内で練習相手を探すのすら
難しくなっていた。
今、こいつの相手をしてやれるのは…
こいつの本性を知っていて、
対局でも物怖じしない私だけだ。
「一度植え付けられたイメージは
なかなか払拭できないものだ」
「そも、対局中にお前のオーラを感じて
恐怖している部員もいるわけだから…
あながち間違いとも言えないだろう」
「…ずっとこのままは困る。何とかならないかな」
「…なかなか難しいな」
私に助けを求める照。
私は腕を組んで難しい顔を作り、
いかにも考え込むふりをした。
…本音を言ってしまえば、
やりようはいくらでもあると思った。
例えば、こいつの普段の
ポンコツっぷりを知ってもらうとか。
実はお菓子大好きだとか、方向音痴で
日々迷子になっているだとか、
何をしても直らない角だとか…
いじる要素はいくらでもある。
そうでなくとも、
せめてあの仮入部時の発言について
弁明するだけでも随分違うだろう。
だが、私はあえてそれを提案するつもりはなかった。
なぜなら…
照に魅入られていたからだ。
(本当のお前を知っているのは私だけでいい)
その他者を蹂躙する圧倒的な強さも。
麻雀以外は何もできないアンバランスさも。
実は寂しがり屋で人懐っこいところも。
こいつの全てが私を魅了する。
対して、その照を愛する私は
なんて醜いんだろうか。
自分の中にこんな醜さがあるとは知らなかった。
同性愛の気がある事も、
誰かを独り占めしたいと思うほど独占欲が強い事も。
どちらも、照に会って初めて気づいた。
そしてそんな照が、特に私が何をする必要もなく、
勝手に孤立していってくれているのだ。
なぜ、私がそれを自ら崩す必要があるだろうか。
結局私は、ひとしきり考えるふりをして、
特に何もしないという結論を出した。
「…まあ、来年に期待だな。
それまでは私で我慢しておけ」
「…うん」
照の目が悲しみに染まる。
それでも照は私の横に座って、
静かに本を読み始める。
そうだ、それでいい。
お前は私のそばにいろ。
私は照の頭を撫でてやる。
照は抵抗することなく、私の肩に身をゆだねた。
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部内で私は避けられ始めた。
確かに、仮入部初日から
壮絶にやらかした感はあったけれど。
それはあくまで麻雀の話で。
別に、私という人格まで
避ける必要はないのではないかと思う。
思うのだけれど…現実問題、
そううまくは行かないみたいだ。
「…まあ、来年に期待だな。
それまでは私で我慢しておけ」
愚痴をこぼす私を、菫は優しく慰めてくれた。
こういう時、菫の存在は本当にありがたい。
菫がいなかったらどうなっていたのだろうか。
そう考えると怖くなる。
私は菫に頼ってばかりだ。
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根が素直な照は、私の薄汚い
腹の内に気づくことはなく。
素直に私を頼るようになった。
私も意識的に照と一緒に居るよう心掛けたから、
いつしか私達は二人で
セットのような扱いになっていった。
私もどちらかといえば話しかけにくい部類だと思う。
それでも、『化け物』である照よりは
話しかけやすいのだろう。
やがて、照に対する連絡は
私を経由して行われるようになり。
照が周りの部員と接する事は
ほぼ完全になくなった。
もちろん、その状況は照にとって
あまり好ましい状況ではなかった。
だが、今更変えようと思っても難しかった。
「なんで私がいるのに、菫に話しかけるの?」
「ひっ…!ご、ごめんなさい!!」
もともと表情の変化に乏しく、
何を考えているのかわかりにくい照。
切れ長で美形な顔も手伝って
幾分冷たく近寄りがたい印象を受ける。
それでいて、圧倒的に言葉足らずなのだ。
この会話にしたって、照からしたら、
『別に菫を経由して話さなくても、
私普通に会話するよ?
むしろ会話に飢えてるからウエルカム』
くらいの気持ちなのだろう。
だが、これでは受け手からすれば
『私と菫の二人っきりの時間を邪魔するんじゃねぇ
この雑魚が』
と取られかねない。
事実、話しかけた部員は足早に逃げていった。
「…なんで逃げるの…」
呆然とした顔で呟く照。
照は、なぜ部員が逃げたのか
わかっていないようだった。
だが私は、むしろ照の方に違和感を感じた。
こいつ、ここまで会話が下手だったか?
元々言葉が足りないのは事実だ。
だが、例えば私と初めて会った時。
照はもう少し流暢に喋っていた気がする。
この違和感に対して、
私はある一つの仮説を立てた。
思い返してみれば、最近照が
私以外の人間と話しているところを
見た記憶がない。
もしかして照は、私以外の人間との話し方が
分からなくなってきているのではないだろうか。
さっきの会話にしても、確かに
私相手であれば問題なく通じる内容だった。
(これは、使えるかもしれないな)
もう一歩踏み込んでみる事にしよう。
さっそく私は、照にある事を吹き込んだ。
「照、お前は無表情な上に
無口で意思疎通の意志に欠ける。
もっと周りに話しかけていくべきだ」
「え、私ってそんなに無表情かな」
そこから自覚がなかったのか…
正直私が照の表情を読み取れるのは、
私の能力によるところが大きい。
普通の人間では、ほとんど違いを認識する事は出来ないだろう。
「とにかく、もっと話しかけてみろ」
「…わかった」
頷く照。さっそく照はその日から行動に移し始めた。
そして、私の期待通りのうっかりを連発した。
例えば、珍しく他の部員の指導を
買って出た時はこんな感じだった。
「…なんでそれを切るんですか?」
「ごっ…ごめんなさい……」
「二巡後には二筒が重なります。
残しておけば一気に跳満手です」
「で、でも…それは結果論じゃ」
「…?ここで二筒が来るのは必然ですが」
「…すいません」
照は同卓した部員に対して超理論を展開した。
『二巡後に二筒が来る』
それは照にとってはそうなのかもしれないし、
私は散々その超理論を聞かされているから
今更それで戸惑ったりはしない。
だが、いきなりそんな調子で指導されても
部員は戸惑うばかりだろう。
照はいい意味でも悪い意味でも、
自分を普通だと思っている。
だから、自分と他人とのずれに気づけない。
「り、りーち」
「そこでリーチはあまりいい手とは言えません」
「なっ…どうして…」
「聴牌気配から、周りもみんな張っていますよね?」
「…え」
「先輩の手はせいぜい二翻ですよね。
対して周りの手は高い。
この状況でのリーチはあまりにもリスキーです」
「…というわけで、ロンです。18000」
「……っ!!」
聴牌気配。危険度の察知。危険牌に対する対処。
確かにそれは、トップ選手なら持っていてしかるべき能力。
だが持たざる者からすれば、
それはただの魔法でしかない。
そんな講釈を延々と続けられるのは、
もはや指導でも何でもない。
むしろ、練習では埋めようのない
圧倒的な違いを見せつけられて絶望するばかりだろう。
「…ご、めん、なさい…もう、無理です」
結局、照が『見込みあり』と判断して
熱烈指導した部員は、対局を放棄してその場を去り…
程なくして退部届を提出した。
この結果には、照も随分堪えたようだった。
「…私、もう菫以外と話さない方がいいのかな」
「…すまなかった。私が余計な口を出したばっかりに」
「ううん、菫は悪くない。私が口下手すぎたから」
しょんぼりとうなだれる照。
私はそんな照を包み込んで、いつものように撫でてやる。
「お前はよく頑張ったよ…
しばらくは何も考えないで休め」
「…うん」
そして照は再び口を閉じた。
それがさらに状況を悪化させるとも知らずに。
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私が指導した部員は麻雀部を退部した。
私には、どうしてそうなるのかが理解できなかった。
菫が言うには、普通の人間には次に来るツモの予測や
聴牌気配の把握は不可能らしい。
驚いた。でも仮にそうだとしたら、
余計にそういう事ができる人間がいると
教える必要があると思う。
ううん、何を言っても言い訳に過ぎない。
結局、私が指導した人は麻雀をやめた。
私が、あの人を壊してしまった事は事実なのだ。
あわよくば、指導を通じて仲良くなれたら…
なんて淡い期待を抱いてすらいたのに。
私はつくづく救えない。
「…すまなかった。
私が余計な口を出したばっかりに」
菫が心底申し訳なさそうに頭を下げる。
違う、菫は悪くない。
悪いのは、満足に指導もできない私の方だ。
私はもう、他の部員とは
話さない方がいいのかもしれない。
少なくとも、菫以外とは。
だってもう、菫以外の人と
ちゃんと話せる自信がない。
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突然やってきた照。そして突然の謎指導。
受けた部員は麻雀部を退部。
大多数の部員は、これを照による
いじめだと判断したようだった。
気に入らない部員を粛清したのだと。
該当の部員が退部した後に
指導がぷっつりと途絶えたことも、
噂の信憑性を高めていた。
ここで私は、初めて照のケアに動く。
さすがに照が麻雀部を追われるのは避けたい。
ついでに、せっかくだから
この機会を利用させてもらおう。
私はいきり立つ部員の前で声高に訴えた。
「照に悪気はなかったんです」
「ただ照はその特異性ゆえに、
意図せずに相手を傷つけてしまう時がある」
「今回の件も、照からしたら
普通の指導をしているつもりだった」
「照が指導をやめたのは、自分のせいで
部員がやめてしまった事を悔いたため」
「繰り返しますが、決して悪意があったわけではない。
そこだけは、どうか信じてやっていただきたい」
我ながらひどい言い草だと思った。
一見フォローしているようには聞こえる。
だが一連の発言について、
要点を抜き出すと結局はこうなる。
『あいつは普通じゃない。
悪気なく相手を傷つける奴だ』
実際、私の発言でいじめ騒動自体は下火になったものの。
照は前以上に恐れられるようになり、
もはや視界に入った途端に皆が逃げ出すようになった。
もっともその状況について、
もう照が愚痴をこぼすことはなかった。
「それでいい。不用意に私と話すと、
その人が傷ついてしまうかもしれない」
「私は、菫とだけ話せればいい」
もはや照も諦めてしまったようだった。
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私が指導した部員が退部した件で、
私がいじめを働いたのではないかという疑いが立った。
怖くて仕方なかった。
そんなつもりは全然なかった。
なのに、周りにそう受け取られてしまう
自分の言動が怖かった。
私はやっぱり、異常者なのかもしれない。
そんな異常者の私を救ってくれたのは、
ここでもやっぱり菫だった。
「照に悪気はなかったんです」
菫は、私の考えを的確に皆に伝えてくれた。
おかげで、私は麻雀部を追われずに済んだ。
「すまなかった…お前を異常者扱いしてしまって」
「私自身は、お前が異常だとは思っていない。
単に間の悪い展開が重なっただけだ」
「だが…ああも感情的になられていては、
全面的に擁護するのは難しかった」
「本当に、すまない…」
事がすんだ後、菫は私に謝った。
なんで菫が謝るのかわからなかった。
菫は、私のために戦ってくれて…
私を助けてくれたのだから。
それに引き換え、私は何をしているのだろう。
私のわがままのせいで、
唯一の理解者である菫まで苦しめている。
もう、諦めた方がいい。
何、私には菫がいてくれる。
菫さえいてくれればそれでいい。
他の人と仲良くなることは…もう諦めよう。
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部内において、もはや照に話しかける者はいない。
照も、もはや誰かと話そうとはしない。
それでも、私はまだ現状に満足とはいかなかった。
まだ、未知との遭遇の可能性が残っている。
仮に、ある日突然照と同じような魔物が
入部してきたらどうなるか。
照は同胞を見つけたと喜んで、
そいつに傾倒する事になる可能性はないだろうか。
もちろん、照レベルの魔物が
そうそう入部してくるとも思えない。
それに、こんな仮説を立てておいてなんだが、
そもそも照は麻雀の強さで
相手を選んだりするような奴じゃないと思う。
だが、少しでも可能性が残る以上、
その芽は摘んでおく必要があるだろう。
私は、さらに照を私に縛り付けるべく
次の手を実行に移す事にした。
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菫が練習試合を取り付けてくれた。
相手は大生院女子。
大生院女子といえば、
確か戒能さんがいた学校だったはず。
「私だけじゃ、お前の練習相手にはならないだろう?」
そう言って菫は笑った。
菫はいつも本当に私の事を考えてくれている。
楽しい時を過ごした。
いつもの菫との練習が
つまらないというわけではないけれど、
やっぱり実力の近い人が複数揃った方が面白い。
戒能さんは言うまでもなく強かったし、
その戒能さんで慣れているのか、
他の部員の人もあまり私を怖がらないでくれた。
またこの人たちと打てたらいいな。
久しぶりのまともな練習。
相手に怯えられずに楽しめた練習。
私はつい気持ちが弾んで、
足取りも軽やかに部屋に戻る。
菫にお礼を言わなくちゃ。
…なんて浮ついた気持ちは、
菫と戒能さんとの会話を聞いて吹き飛んだ。
「ん…?菫と…戒能さん…?」
合宿場の廊下。
菫の後ろ姿を見つけた私は、
声をかけようとして立ち止まる。
そこには戒能さんの姿もあって…
二人はただならぬ雰囲気を醸し出していた。
『…というわけで、戒能さん。
どうか、私の代わりに照の支えに
なっていただけないでしょうか』
菫の代わり?
菫は、一体何を言っているの?
菫、もしかして私を捨てようとしてる?
体中の体温が足先から一気に冷えていく感覚。
胃が急に重くなる感触。
私は思わず物陰に身を潜めた。
でもその後続いた問答は、
私の正反対の展開を見せる。
『ノーウェイノーウェイ。
別にあなたがいれば十分でしょ』
『私じゃ駄目なんだ!!』
『か、カームダウン、弘世』
『私は、ただの凡人に過ぎない…!
あいつの苦しみも、孤独も…
本当の意味では分かってやれない!』
『あいつには、あなたみたいな…
魔物仲間が必要なんだ!』
菫は、どこまでも私の事を考えてくれていた。
私はもう今のままで十分なのに。
菫だけは、私を救い出そうと一人もがいている。
『……』
『もし私が彼女の支えになるとして…
あなたはどうするつもりなの』
『別に変わりません。
ただ、あなたと照がコミュニケーションを
取りやすくなるように一歩身を引きますが』
『…あなたはそれで平気なの』
『…私の事などどうでもいい。
第一に考えるのは照の幸せだ』
『…泣くほど嫌なら頼まなければいいのに』
肩を、声を震わせる菫の後ろ姿を見て。
私は思わず叫び出しそうになった。
違う、違うんだよ菫。
私は、魔物仲間なんて求めてない。
麻雀が強ければいいわけじゃないんだよ。
むしろ、そこはどうでもいい。
ただ、そばにいてくれて。
一緒に笑ってくれて。
私をただの人間として扱ってくれる。
そんな人がいればいい。
だから、菫がいいんだよ。
菫以外はいらないんだよ。
居ても立っても居られなくなって、
物陰から飛び出そうとした私を、
戒能さんが視線で制した。
戒能さんは首を振る。
今はやめておけ、そう言っているように感じた。
確かに、菫だってこんな姿を
見られたくはないだろう。
『ウエイト。少し頭を冷やした方がいい』
そう言って戒能さんは菫の懇願をはねのけた。
私は会話の終わりを予感して、
足早にその場を立ち去った。
菫が帰ってきたら伝えよう。
この胸に秘めた、菫への想いを。
これ以上、菫を苦しめないためにも。
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「…ご協力ありがとうございました」
「…アメイジング。ハリウッドも真っ青」
「私が本当に宮永さんを気に入ってたら
どうするつもりだったの?」
「ありえない。あなたが瑞原プロの
熱狂的なファンである事は知っている。
それがただのファンに
留まらないレベルである事も」
「…本当に食えねー一年生だね。
こんなのに捕まった宮永さんも大変だ」
「問題ない。あいつには隠し通して見せる…」
「少なくとも、手遅れになるまでは」
「…テリブル。弘世、君こそ本当の魔物だよ」
「…最高の賛辞をどうも」
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「ただいま」
「…おかえり」
私が部屋に帰った時、照は
いつものように読書に勤しんでいた。
…いや、実際には平静を装いたいだけだろう。
注意深く観察すれば、本に落とされた視線が
移動していない事がわかる。
心ここにあらずと言った感じだ。
私は普段通りを装うふりをしつつも、
あえて小さな溜息をつく。
心底くたびれたような溜息を。
それが呼び水となって、
照が私に話しかけてくる。
「菫、ごめん。さっきの戒能さんとの話、
聞いちゃった」
「なっ…!?」
「菫が、私の事を大切にしてくれる気持ちは
すごくうれしい。
でも…私は、魔物仲間なんか求めてない」
予想通りの回答に内心笑みを浮かべつつも、
私は咄嗟に否定する。
「…嘘をつけ。満足に練習もできない。
本気を出せばすぐ周りが飛んでしまう。
お前だって苦しんでるのに、
周りはそれをわかってくれず、
ただお前を化け物を見るような目で見る」
「そんな状況に、満足できる奴がどこにいる」
「…でも、菫はわかってくれている」
「……っ!」
その回答も予想通りだ。このまま行けば、照は…
思わず期待に胸が高鳴る。
「…強がりに聞こえるかもしれないけど、
私は現状に満足してる」
「それは、菫がいてくれるから。
一人ぼっちの私だけど、菫が支えてくれるから」
「もちろん、理解してくれる人は多い方がいい。
強敵も多い方がいい。
でも、それはあくまでオプション」
「オプションを手に入れるために、
菫との距離が遠くなるんじゃ本末転倒」
「…私が一番そばにいてほしいのは、菫」
照は予想…いや、期待通りの台詞を私にくれた。
それは、私がずっと望んでいた台詞。
照に心を奪われてから、ずっと追い求めてきた台詞。
「……っお前な…誤解されるような物言いはやめろ…
それじゃ、まるで告白じゃないか」
「…誤解じゃない。告白であってる」
「……私は、菫が好き」
照は立ち上がり、呆然としたふりをする私を抱き締める。
そして、まっすぐ私の目を見すえて…
もう一度愛の言葉を繰り返した。
「私は…菫が、好き」
私も照を抱き締めかえして、
その肩を強く抱きながら…その愛に答える。
「私も…照が好きだ」
照の体が震え出す。私の胸に、
熱い涙が落ちるのを感じる。
私は、計画の成功を確信した。
我ながらひどいマッチポンプをしたもんだ。
本当はいい奴である事を知りながらそれを口外はせず。
少しずつ孤立していくのを助けようともせず。
さらにはより孤立するように誘導し。
心を許せる唯一の人間になったとわかった途端に
離れていく可能性を示唆して見せた。
その結果が、この照の告白だ。
照。お前は、私が自分の事をわかってくれていると言ったが、
お前は私の事を何もわかってないよ。
本当の私は、お前のようないい奴が
愛していいような奴じゃないんだ。
嘘と欲望で塗り込められた醜い女、それが私なんだ。
でも、今だけは。
今、私の頬を伝うこの涙だけは
本物だから安心してくれ。
私も、お前を愛している…
病的な程に。
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あれから一年と少しが過ぎた。
私はあれからも地道な基盤固めを繰り返し、
照との関係を揺るぎないものへと変えていった。
そして3年となった今年。
ついに、白糸台に魔物が入部する。
「テルー!テルー!!」
ようやく仲間が見つかって嬉しいのだろう。
大星は、ひっきりなしに照にくっついている。
だが、そんな大星を照は大人の対応でいなす。
「あまりそうやってくっついてると
誤解されるから駄目」
「えー?私は誤解されてもいいよ?」
「私が困る。私はもう菫のものだから」
「マジで!?」
臆面もなく言ってのける照。
私は『教育』の結果に満足する。
「えー?でも弘世先輩ってフツーじゃん。
まあそりゃそこらのうぞーむぞーと比べたら
大分ましだけどさ」
「淡が菫の良さをわかる必要はない。
というか、わかったら淡も好きになっちゃうから
できるだけ近づいちゃ駄目」
「えー何それずっこい!」
むしろ、照の方こそ、淡に私を取られないかと
気が気じゃないようだった。
そう、これがこの1年半かけて教育した成果。
実は、魔物仲間を見つけるのはそれほど難しくはない。
魔物は嫌でも目立つから、
公式大会を定期的にウオッチするだけで
比較的簡単に見つけることができる。
だが…魔物を魔物と知りながら、
それでも変わらぬ態度で接してくれる
人間を見つけるのは難しい。
その証拠に…去年見つけた天江や神代も、
周りは皆親族やその関係者ばかりだった。
つまりは、親族の庇護なしには
仲間を作れなかったと言う事だ。
…事実がどうかはさて置いて、
私は照にそう教え込んだ。
「…菫、淡の事どう思う?」
「どう、か…そうだな。今は粗いが、
鍛えればインターハイ頃には
レギュラーとして使えるんじゃないか?」
「…そんな事は聞いてない」
「…はは。わかってるさ。
別に私は、単に魔物だったから
お前が好きになったわけじゃない」
そう、私はお前の全てが好きなんだ。
麻雀が鬼のように強いところも。
相手の特性を見抜くその瞳も。
なのに、私の本性は一切見抜けないその純粋さも。
お前の全てが好きなんだ。
その心を独占したくなるほどに。
「だから、お前は安心して私にくっついてろ」
「…うん」
照は嬉しそうに目を細めて、
いつものように私に寄りかかる。
私もいつものように照の肩に腕を回し、
その身を引き寄せて包み込んだ。
そう、お前は何も心配する必要はない。
このまま、私に飼われていればそれでいい。
そう、今まで通り…何も知らないままで。
(完)
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リクエストありがとう!漠然としたお題だったのに予想してたよりもずっと身悶えしちゃうようなSSが来て身悶えしちゃってます。
ツイッターのあれはかいのんだったのね。何となく想像はついてたけどこう絡むとは……。
菫先輩もある意味『魔物』なんだろうねぇ…
戒能さんも病んでそう
大人組の話も見たくなりますねえ
なんだかあわあわが入ってきてくれてホッとしました。
逆にこの3人と同じチームでやれるたかみーと亦野センパイはそうとうの精神力の持ち主なのかもですね。
野依プロ×村吉アナとかもそうだけど、周りに馴染めない人を自分だけになつかせるお話しは良いですね。
ペットと飼い主みたいである意味ほのぼの。
やっぱりこの2人には幸せでいてほしい。
…少しぐらいい歪んでても問題ないよね!
土台から地道に固めて、着実に調教していく入念さとかもうたまりません!
本人の預かり知らないところで事態が進行していく感じ・・・タマリマセンワー
照の状況が悪化すればするほど菫に対する依存っぷりが強くなって正直そそります
漠然としたお題だったのに>
菫「漠然としたお題だっただけに
やりたい放題だったとも言えるな」
照「菫が本気出すと怖いというのがよく分かった」
菫先輩もある意味『魔物』>
照「実際能力も魔物だと思う」
菫「常識人だけどな」
照「自分で言う?」
良子「あ、私も病んでますよ」
あわあわが入ってきてくれて>
菫「まぁ、しつけが完了してなかったら
何をしてでも排除したがな」
淡「何この菫先輩怖い」
シャープシューターの麻雀性>
菫「気づいてくれる人もいるようで何よりだ」
照「菫の性質と関連付けたんだよね」
菫「こうやって見ると私の麻雀性質悪いな」
ペットと飼い主みたいである意味ほのぼの>
照「…まぁ、飼い主しか見なくなった後は
ただのあまあまになるかもしれない」
菫「これからは純粋に可愛がってやるからな?」
清々しく真っ黒だ>
照「何気に私が白くて菫が黒いって珍しい?」
菫「お前をターゲットにしたのは
初めてじゃないか?」
照「ぜひまた黒くなってほしい」
少しぐらいい歪んでても問題ない>
菫「問題ない。どうせ本人は
気づいてないのだから」
照「いやあるでしょ」
むしろテルーを救ったように感じた>
菫「実はそこも狙った。
あくまで相手に気取られないように
『何もしてないように』見せたつもりだ」
照「実際には結構ひどい事してるよ?」
着実に調教していく入念さ>
菫「弓道じゃなくてアーチェリーだからな。
細かい微調整とかはするタイプだ」
照「周りにいるとめんどくさいタイプだね」
すみれんまじシャープシューター>
照「マジシャープシューター」
犬っぽさを加えた感じ>
照犬「可愛い?」
菫「ああ。一生首輪をつけて
飼っておきたいくらいには」
菫に対する依存っぷりが強くなって>
照「最後の私は菫以外見えてない」
菫「可愛い奴だ」
菫「それでどうする?お前の逃げ場はここし か残していないぞ?」
とか言いそう。