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【咲-Saki-SS:憧宥】宥「あなたは私の、甘い猛毒」【依存】【ヤンデレ】

<あらすじ>
私は憧ちゃんの事が好き。

でも憧ちゃんは私にとって猛毒。
とってもとっても、甘い毒。

<登場人物>
新子憧,松実宥,松実玄,高鴨穏乃,赤土晴絵,鷺森灼

<症状>
・ヤンデレ
・依存
・狂気


<その他>
・文量の割には小ネタです。
 「宥姉がアコチャーを好きになるとしたらどんなケースか」
 を考えただけの小ネタ。

自分の脳内では完結してますが、
需要もなさそうなので
続けるかどうかはリクエスト次第。

「宥姉かわいい!」レスが10個付いたら
続き書きます。結末は憧宥共依存です。


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私にとって、あなたは猛毒

とっておきの、甘い毒

昔からずっとそうだった



あなたはそれに、気づかなかっただけ





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まだ私が中学生だった頃。
私は、校舎のある一区画を避けていた。

その場所は阿知賀こども麻雀クラブ。
そこには毎日たくさんの子供が
がやがやとひしめいていたから。

なんで避けていたのかって?
子供が嫌いだったから?
ううん違う。どちらかというと子供は好きな方。
じゃあなんで?


理由は簡単。眩しすぎたから。


みんながみんなキラキラしてて。
明るくって、楽しくて。
そんな子供たちと自分を比較すると、
なんだかとても寂しくなってしまうから。

だから避けて通ってた。
でもある時学校の用事で、
どうしても通らないといけない時があって。

足早に通り抜けようと思ってたのに、
間が悪くちょうど教室の扉が
施錠されていたみたい。
大量の子供たちが待ちぼうけにあって、
廊下を我が物顔に埋め尽くしていた。


(え、ええと…どうしよう)


予想外のバリケードを前に、私は情けなくも
おろおろと立ち尽くすばかり。

そんな時、どこからか鶴の一声が飛んだ。


「こらー、廊下をふさがない!」


鈴のようによく通る声。
それは今まで聞いた事のない声。
でも、声の主が誰なのかはすぐにわかった。


「あこちゃんだーーーーーー!!!」


子供たちみんながみんな、喜びの声をあげて。
目を輝かせてその子に飛びついたから。

あこ、と呼ばれた少女は
子供たちを優しく受け止めながらも、
慣れた様子でテキパキと引率する。


「はい、一列に並ぶ!廊下はふさいじゃダメ!いい?」
「はーい」


あれほど雑然としていた廊下は、
それだけで綺麗に整理されて。
私はその手並みにただ驚くしかなかった。

そんな私を前にして、
私よりずっと年下だろう彼女は、
優しい笑みを浮かべてこう言った。


「道をふさいでごめんなさい!」


その笑顔を前に、私は頬に
熱がたまっていくのを感じたんだ。



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「ねえ玄ちゃん、麻雀クラブに
 憧ちゃんって子いる?」

「いるよー。でもどうして?」

「今日、学校でちょっと助けてもらったの。
 それで、少し気になって」

「ふむふむ。憧ちゃんはね、
 麻雀クラブのリーダーなんだよ!」

「リーダー?リーダーって
 玄ちゃんじゃないの?」

「んー、私はやっぱり中学生だからなぁ。
 子どものリーダーって言ったら、
 やっぱり憧ちゃんだと思うよー」

「そうなんだ」

「なんていうのかなー。
 ノリがよくて面倒見がいいし」
 
「なにより子どもと等身大で
 向き合うっていうのかな?
 憧ちゃんも子どもだから当たり前なんだけど、
 でもどこか大人びてもいるんだよね。
 大人と子どもを兼ね備えたみたいな子だね!」


子供たちのリーダー。
大人と子供を兼ね備えた子。
それは、あの時私が受けた印象と
ぴったり符合した。


(私とは正反対の子だな…)


なんて思う。羨ましいな。
憧ちゃんが持っているもの、
私は何一つ持っていないから。

そう考えると、ちょっと憧ちゃんが苦手になった。
だって憧ちゃんは、
私が眩しくて直視できない
麻雀クラブそのもので。

やっぱり自分と比較して、
あったかくなくなっちゃうから。


まぁでも…もう会う事はないよね。


どこかずっと気になりながらも、
私はそこで思考をやめて。
憧ちゃんを、無理矢理心の奥底に押し込んだ。



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もっとも、そんな予想とは裏腹に。
それからも私は、たびたび
憧ちゃんと出会う事になった。

麻雀クラブの前を通った時。
時には玄ちゃんが憧ちゃんを
おうちに呼んだりした時。

よく考えたら、登下校のバスでも
一緒だったかもしれない。
そのくらい近所なんだから、
ずっと会わないっていう方が難しいよね。


「憧ちゃんおはよー!」

「おはよー」


でも、そんな憧ちゃんは
どんな時でも誰かに囲まれていて。
私はそれを遠巻きに眺めるだけで。

私には、よそよそしい笑顔を浮かべて、
当たり障りのない挨拶を
かける事しかできなかった。


「あ、玄ちゃんのお姉さん!
 おはようございます!」


なのに憧ちゃんは、そんな私に
いつも微笑みかけてくれた。

ただ挨拶してるだけなのに、
憧ちゃんは私に少しずつ心を許してくれた。


「宥さんこんにちは!」


「宥姉こんにちはー」


そんな他愛のないやり取りを繰り返すうちに、
いつしか私の呼び方は『宥姉』になっていた。

友達、というには遠すぎて。
顔見知りというのがぴったりの関係なのに。
それでも憧ちゃんはそう呼んでくれた。


(宥姉…宥姉かぁ……)


それだけで、私はぽかぽか
あったかくなってたんだ。

もちろん憧ちゃんは、
そんな事は知らないんだろうけど。



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そんな憧ちゃんと深く触れ合うようになったのは、
それから何年も経った後の事。

私が高校2年生になった夏。
憧ちゃんは突然私の家にやってきた。


「宥姉おひさしー」


思わずガバッと飛び起きた。

よ、よりによってこんな
だらしないところを
憧ちゃんに見られちゃうなんて…!

憧ちゃんは少し呆れたように。
苦笑しながら手をあげた。


「で、でもなんでおうちに?」


久しぶりに家に訪れた憧ちゃん…
ともう一人のお客さんは、
私に麻雀部に入ってほしいと語る。


「阿知賀女子の麻雀部を復活させるんです」

「わわわわわ、わーー…」


その言葉に、身体が急に熱を持って、
かっかと熱くなっていく。
あの時私が入れなかった麻雀クラブ。
それが復活して、私はそれに誘われている。


憧ちゃんと一緒に麻雀が打てる。


それはあの時成しえなかった夢。
そのささやかな夢が、今少し手を伸ばしただけで
届く位置に差し出されている。


「どど、どうしよう…」

「すごく…うれしい……っ」


もちろん断る理由はない。
ずっと憧れていた麻雀クラブ。
私は何も考えず、喜んで餌に食いついた。



それが、とんでもない猛毒であるとも知らず。



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憧ちゃんと触れる機会は確かに多くなった。
それは私に確かな喜びと、それを
はるかに上回る苦痛をもたらした。


「よし!今日は終わり!帰ろう憧」

「あいよー」


憧ちゃんはいつも穏乃ちゃんとセットだった。
どこに行くにも、何をするにも二人は一緒。

その様は、正直二人が付き合っていると言われても
十分頷けるほどだった。


「じゃあ私達はここで!また明日!」


そう言って揃って私達に背を向ける二人。
その手はしっかりと固く繋がれている。

少しずつ遠ざかる影を前に、
私は改めて思い知る。


ああ、私の入る隙間なんて、
最初からなかったんだって。


よくよく思い返してみれば、
それは昔からそうだった。

まだ小学生だった頃からずっと。
憧ちゃんの横には、いつも
ジャージの子がくっついていて。

それが穏乃ちゃんだと、私が知るずっと前から、
憧ちゃんと穏乃ちゃんは深く結ばれていたんだ。


「……」


胸が締め付けられるような痛み。
これでもう何度目だろう。

私はぎゅっと唇を噛む。
それでも、痛みは無くなってはくれない。


苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。


いっそこんな気持ち無くなってしまえばいいのに。
綺麗さっぱり捨て去ってしまえればいいのに。





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それでも往生際が悪い私は、
今でもうじうじと未練がましく
憧ちゃんの背中を追いかけてしまう。

一度入り込んだ毒は、なかなか出て行ってはくれず。
まだ、私の中に残ったまま、
少しずつ私を蝕んでいく。

だって、憧ちゃんは私に優しすぎるから。


それはインターハイに向けて部が始動して、
部長が決まった時の事。


「というわけで、部長は灼にお願いするよ」


赤土さんの鶴の一声。
正直私はその決定に不満だった。
もっとも声をあげる事はなく、
黙して語らず飲み込んだけれど。


「……」


でも憧ちゃんは、そんな私の
わずかな機微にすら気づいていて。

ちょっとした折に席を外したその時に、
憧ちゃんは一緒についてきて、
私の事を気遣ってくれた。


「ねえ、宥姉。本当は部長
 やりたかったんじゃないの?」

「え、えぇ!?やりたくないよ!?
 私に部長なんか無理だもん!」

「ありゃ、読み違えたかー。
 なんか宥姉、部長決まった時に
 納得してなさそうだったからさ」


憧ちゃんの洞察力に舌を巻く。
でもちょっとだけほっとした。
さすがの憧ちゃんも、
私の胸の内までは完全に
見透かす事はできないみたい。


「私じゃなくてね…憧ちゃんが
 部長の方がよかったんじゃないかって」

「へ?なんで私?私なんて一年生じゃん」

「年次だけで言うなら、
 灼ちゃんだって条件は同じだよ?」

「まぁそりゃそうだけど…なんで私?
 灼さんじゃ何か不満なの?」

「そ、それは…」


灼ちゃんに不満があるわけじゃない。
ううん、むしろ適任だと思う。
だからこれは私のわがまま。


「…今の麻雀部って、麻雀クラブの再来でしょ?」

「実際、麻雀部を復活させようって言ったのも、
 あの時麻雀クラブに参加してた子達だし」

「なのに、結成に参加してなかった人が
 その代表になるのって…何か変だなって思ったの」

「あー、そりゃ確かに。でも、
 それならむしろシズじゃない?
 復活させようって言い出したのはシズだし」

「…穏乃ちゃんはないよ」

「穏乃ちゃんじゃ部はまとまらない。
 玄ちゃんは縁の下で支えるのは得意だけど
 リーダーって感じじゃないし…」

「だから、憧ちゃんがいいなって思ったんだ」


言ってから『やっちゃった』って思った。
言葉の節々に、私の醜い思いが
透けて見えちゃってる。
でも、だからこそ。それは私の本心だった。

正直他の人なんてどうでもよくて。
私は憧ちゃんがよかった。
私にとっての中心は憧ちゃんだから。


「……」


私の言葉に憧ちゃんはふと押し黙る。
でもやがて、ふっと穏やかな笑みを浮かべて。
私をぎゅっと抱きしめた。


「ふぇっ…!?」

「ありがとね、宥姉」


なぜか憧ちゃんはお礼を言った。
私にはその理由がわからなくて、
戸惑いながらも理由を尋ねる。


「ど、どうして…?」

「なんていうか…宥姉がそんなに私を
 買ってくれてるって思わなかったから」

「え、ええと…憧ちゃんはすごいと思うよ?」

「うん。そう思ってくれてありがと」

「私自身はハルエの決定に異存はないし、
 灼さんが部長をやる事にも異存はない」

「でも『私がいいな』って、
 宥姉が思ってくれたことは素直に嬉しいわ」


目と鼻の先で憧ちゃんが目を細めた。
その笑みはまるで蕩けるように口当たりがよくて。
私の脳を麻痺させて、壊していくには十分すぎて。

私はぷしゅーっと湯気をあげながら、
ただただ抱き締められるままだった。


「あはは、宥姉顔真っ赤。
 ちょっとはあったかくなったんじゃない?」

「も、もう!からかわないでよ」


憧ちゃんの軽口に少しだけ口を尖らせながらも、
私は憧ちゃんの背中に腕を回した。

そうすることで、少しだけ。
また、憧ちゃんの毒が。
私の深いところに、
染み込んでいった気がした。



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その日からだったと思う。
憧ちゃんが今までより私に
目を向けてくれるようになったのは。


「宥姉ー、勉強教えてー」


麻雀以外の事で関わる事は
ほとんどなかった憧ちゃん。

でもあの日からは、こうやって日常の中でも
声をかけてくれるようになった。


そしてこうなってから
改めてわかった事がある。
憧ちゃんは、
本当にすごい子だってこと。


「ここ!これがわからないんだよねー!」


頭をかきながら差し出したその問題は
高校2年生の範囲。しかも応用問題だった。


「え、ええと憧ちゃん?教科書間違ってない?」

「ん?ああ、あってるあってる。
 高1の内容はもう終わらせたから」

「えぇ!?」

「晩成だとここは1年生でやる範囲なのよ。
 晩成蹴っちゃった手前、勉強もおろそかにしてないぞって
 親に見せておかないとねー」


さも当然の事のように話す憧ちゃん。
やっぱり憧ちゃんはすごい。
私なんて3年生なのに、
差し出された問題が解けるか
どうかわからなくて戦々恐々としてるのに。

でもそんな気持ちすら…憧ちゃんはお見通しで。


「ああ、解けないなら解けないでいいよ?
 むしろそっちの方がいいわ」

「ど、どうして?」

「だって宥姉も解けないなら、
 宥姉の勉強にもなって一石二鳥じゃん」


なんて、あっさり笑顔で言ってのけるから。
また私はあったかくなってしまう。


「で、解ける?」

「あ…ちょっと待ってね…あ、よかった…
 これならわかるよ」

「ここを、こうして…こう解くの」

「なるほど!」


幸い、私はその問題を解くことができた。
憧ちゃんは解けなくてもいいと言ってくれたけど。
やっぱり少しでも憧ちゃんの役に立ちたいから。


「なんだ宥姉、勉強できるんじゃん」

「えぇ!?じゃぁできないと思ってたのに
 質問してきたの?」

「あはは、じゃあ次行こうか」

「無視!?」


憧ちゃんがページをめくる。
私達は二人肩を並べて同じノートを見て、
時には教えて。時には二人で悩みながら、
同じ問題に取り掛かっていく。


幸せだった。


毒はどんどん。どんどんどんどん。
私の深いところにまで浸食していく。
でも私にはそれが心地よくて。


「憧ちゃん…よかったら今日、
 一緒に勉強会しないかな?」

「いいね!じゃあご飯食べたら伺うわ」


自分から、その毒に埋没していった。
そして…



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その毒が、私を壊す致命的な毒だと気づいた時には…
私はもう手遅れだった。








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それは、インターハイで全国に出場する事が決まって。
奈良から出てきて、東京にやってきた時の事。


「デラックスツインで3部屋取ってある」

「組み合わせは穏乃と憧、宥と玄、灼と私な」

「じゃ、とりあえず各自解散して荷物を整理して、
 30分後に私達の部屋に集合!」


テキパキと段取りよく組み分けを説明する赤土さん。
憧ちゃんと同室したのは穏乃ちゃんだった。


うん、部屋割り自体は何もおかしくない。
むしろこれ以外の組み合わせだったら
その方が違和感を感じたと思う。


「……」


それでも私は、どろどろと黒い何かが
胸に渦巻くのを止める事ができなかった。


「まーた憧とセットかぁー」

「あんたみたいな手のかかる子、
 他の人と組ませられないってば」


仲良く談笑しながら
同じ部屋に消えていく二人。
そして私は取り残される。


「……」

「?おねーちゃん?私達も入ろ?」

「あ、うん…そうだね」


玄ちゃんに促されて我に返った。

緩められた拳。そっと開いたその手のひらには、
爪の跡がくっきりと刻まれていて。
今更ながら、ジンジンと痛みが
疼き出してくる。


(…私、なんでこんなに…)


その時はどうして自分がここまで
心を動かされたのかはわからなかった。
あの二人が一緒なのはいつもの事なのに。


30分後。ミーティングとして
赤土先生のお部屋に集まった時。
二人は揃って浴衣に着替えていた。


「なんで二人とも浴衣なの…」

「いやー、シズのテンションが上がっちゃって」

「だって部屋に浴衣が置いてあるんですよ!
 そりゃ着替えるしかないじゃないですか!」

「まぁ気持ちはわかるけど…
 あーれーごっこは余分だったんじゃない?」

「着物に着替えたらやっておかないと!」

「はいはい」


それはつまり、二人はお互いに着替えて。
その合間にあられもない格好で
ふざけあっていたという事。
その言葉を聞いて、私はまた
知らず知らずのうちに自らの手を握りしめていた。

胸の中にもやもやがたまって。
手先から身体が凍てついていく。

また思い知らされた。
少しだけ憧ちゃんと距離が近くなったと思ってたのに。
それでも穏乃ちゃんには遠く及ばない。
だって、二人はもうゼロ距離で。
今から距離を縮めようとしてる私じゃ勝ち目がない。
でも…


(私だって、憧ちゃんと
 同じ部屋だったらそのくらい…!)


そこまで考えて、自分ながらぎょっとした。
そして、その時私はようやく、
自分がここまで嫉妬している理由に気づいた。

いつの間にか考え方がすり替わってたんだ。
今までは、二人に少しでも近づけたらなんて
思ってたのに。

気づけば私は、穏乃ちゃんを消し去って。
その横にいるのが私だったら、なんて考えてる。

なまじ距離が近くなったから。
入れ替わりたい。その位置が欲しい。
そう考えるようになっちゃったんだ。


(私…なんてことを)


自分が怖くなった。自分がひどく醜い、
穢れた存在になっている気がした。

でもそう思っても。
私の中に入った毒は、
もう全身を駆け巡っていて。

今更それを取り除くのは、
とても無理だった。


無理だったんだ。



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毒はもう手遅れな程に回っていて。

なのに憧ちゃんはさらに、
新しい毒を注ぎ込んでくる。
さらに、さらに。


準決勝の次鋒戦。なんとか少しだけ点棒を取り返した私は、
会場の廊下で憧ちゃんに抱き締められた。


「えっ…な…何っ……!?」

「がんばった宥姉をあたためてんの」

「というのはウソで」

「ウソなの!?」

「勝ち続けてる宥姉から運を分けてもらおうと思って…」


そう軽口をたたく憧ちゃんの体は、
どこか小刻みに震えている。

憧ちゃんも怖いんだ。あの舞台に立つことが。
憧ちゃんくらい心が強くても。

力になりたいと思った。
私なんかで、憧ちゃんの助けになれるなら。


「いいけど……私のでよければ」


私を抱き締める憧ちゃんの腕に力が籠る。
私も憧ちゃんの背中に手を回して抱き締めかえす。


「……大丈夫?」


「…もうちょっとだけ」


しばらくそうして抱き合ったまま。
永遠とも刹那とも思える時間が流れた後、
憧ちゃんはゆっくりと身を引いた。


「ありがと」

「ふるえ止まったわ」


少しだけ安心したようにそうこぼした。
その言葉通り、
憧ちゃんの震えは治まっていた。


そして憧ちゃんは独り戦場に赴く。


私は憧ちゃんの残り香と温もりの余韻に浸りながら、
同時にどす黒い感情に支配されていた。


(…周りの人は、一体何をしていたの?)


私が戦っている間、憧ちゃんもきっと
戦っていたんだろう。

自分の番が回ってきた時の事を考えて、
人知れず震えていたんだろう。

なのに他の人は、その震えを止められなかった。
ううん。憧ちゃんが苦しんでいる事にすら、
気づかなかったのかもしれない。
だから憧ちゃんは、孤独のまま控室を立ち去った。


(他の人は何もしなかった)

(だから憧ちゃんはそのまま、
 不安を抱えたままここに来るしかなかった)


そして、ここで私に会って。
ようやく震えを止める事ができたんだ。

そう、私が憧ちゃんの震えを止めた。
穏乃ちゃんじゃなくて、私が。
だとしたら…もしかして…!


(穏乃ちゃんより、私の方が…)

(憧ちゃんに、必要なんじゃないかな?)


その事実に気づいた時。
世界がひっくりかえった気がした。
憧ちゃんは穏乃ちゃんと仲がいい。
でも、それは憧ちゃんにとって
助けになってない。だったら…


(私が…憧ちゃんのそばにいた方がいいのかも…!!)


毒はもう回りきった。

その毒は私を壊した。

やがて毒は転化して。

その対象は周りに向かう。


そこに気づく人は、まだいなかった。



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世界がひっくり返ってみると、
見え方がまるで違うんだね。
私はそれに気づいて愕然とした。


例えば、このやりとりもそう。


「シズの糖分補給に行ってくるわ」


穏乃ちゃんの前半戦が終了すると、
憧ちゃんは穏乃ちゃんを応援しに行った。

ちょっと前なら、仲いいなぁって
羨ましく思ったその光景。
でも今の私は、むしろ憤りすら覚えてしまう。


だって気づいてしまったから。
二人の歪な関係に。


気づいちゃったんだ。
憧ちゃんはいつも穏乃ちゃんを支えているけれど、
穏乃ちゃんは憧ちゃんを支えてない。

決勝戦に向けたウォーミングアップでもそう。
憧ちゃんはその役を買って出た。
今しがた中堅戦を終わらせたばかりで
疲弊しきっているはずなのに。

今だってそう。
中堅戦が終わった時、穏乃ちゃんは憧ちゃんを
迎えに行かなかったのに。
憧ちゃんの方は、穏乃ちゃんの労を
ねぎらうために卓まで足を運ぶ。

いっつも憧ちゃんが与えてばかり。
なのに、穏乃ちゃんは憧ちゃんに何もあげてない。

きっと、独りで恐怖に震えてた
憧ちゃんの事なんて知らないんだ。


そんな穏乃ちゃんは、
憧ちゃんに相応しくない!

そんな穏乃ちゃんと比べたら…
私の方がよっぽど憧ちゃんの事を支えてる!


一度頭をよぎったその考えは、
どんどんどんどん肥大化していく。

私も醜い生き物だけど、自覚してるだけましだよね?
与え続けるばかりで、何も返してもらえない関係なんて、
その方がよっぽど歪だよね?

だったら、私が…


穏乃ちゃんから憧ちゃんを奪った方が、
きっと憧ちゃんは幸せになれるよね?


もらった毒が牙をむく。

それは、憧ちゃんが私にくれたものよりも、
もっともっと濃い濃度で。

ついに、憧ちゃん本人に向けられることになった。



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「…その結果が、この監禁ってわけだ」

「うん。だってこうでもしないと、
 憧ちゃんは穏乃ちゃんから離れられないから」

「穏乃ちゃん中毒の憧ちゃんを治すには、
 荒療治が必要なんだよ」

「…宥姉がそこまで私にお熱だったとは思わなかったわ」

「ふふ…憧ちゃんみたいに鋭い人でも、
 気づかない事ってあるんだね」

「昔から好きだったよ?そう…
 ずっと、ずっと、ずっと前から」

「私は、憧ちゃんっていう毒に苦しめられてる」

「…そっか」

「でも今は、別にそれでいいと思うんだ」

「だって憧ちゃんは私を支えてくれる。
 私だって憧ちゃんを支えてあげる」

「それは穏乃ちゃんが与えてくれなかったもの」


「だったら…こっちの方が
 憧ちゃんにもいいはずだよね?」


「……うーん」

「シズが私に何をくれるかってのは、
 宥姉が決める事じゃないと思うけどなぁ」

「ま。説得とかしても無意味よね?
 それが効くくらいなら、そもそも
 こんな事になってないだろうし」

「気がすむまで監禁して頂戴な。
 どうせ長続きするとは思えないし」


「…うん。頑張るね?」



私の突然の凶行にも関わらず。
憧ちゃんは慌てる事もなく、
強く私を拒絶する事もしなかった。

ただ少し悲しそうに、それでいて
憐れむような視線を私に向ける。

ああ、憧ちゃんはまだわかってないんだね。
でも仕方ないのかも。
私が気づいたのも最近の事だし。

でも、頭のいい憧ちゃんの事だから、
きっとそのうちわかってくれるよ。


私達にとって、これが一番幸せだって事


うん、きっとわかってくれる。
その時まで…私頑張るからね?


私は憧ちゃんに微笑みかけた。
私の視線を正面から受け止めた憧ちゃんは、
少しだけ戸惑いの色を見せると…
やがて耐え切れなくなって目を背けた。


こうして、憧ちゃんと私の監禁生活が始まった。
長い、長い二人きりの生活が。



(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2015年03月20日 | Comment(25) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
忘れてた古傷を抉られるような生々しさで、読んでて胸がつぶれそうになりました。
ああ、でも宥姉かわいい。続き読ませてください
Posted by at 2015年03月20日 20:21
宥姉可愛い!アコチャーもかわいい!!
Posted by Shiki at 2015年03月20日 21:08
素晴らしい。憧宥の可能性を見ました
宥ねえかわいい!
Posted by at 2015年03月20日 21:41
宥姉かわいい!続き期待します!!
Posted by at 2015年03月20日 21:47
宥姉かわいい!

憧ちゃん格好いいというか、タラシの才能があるというかって感じですね。
久さんとか菫さんとかと同タイプっぽかったり。
Posted by at 2015年03月20日 21:48
宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!
宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!
宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!
宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!
宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!宥姉かわいい!
宥姉ってヤンデレが似合うね。
Posted by at 2015年03月20日 22:32
もはや監禁が特技の宥姉。

お姉さんがいるのに宥姉呼びしてるのがなんとも絶妙な距離感を感じる。
普段大人びてるから甘えたいのでしょうかね。かわいいですね。

宥姉かわいい!
Posted by at 2015年03月20日 22:46
宥姉かわいい!

この二人の話しを待っていました!

憧ちゃーが宥姉に対してどう思ってるのか…
結末の描写が見たい!
Posted by at 2015年03月20日 22:59
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
宥姉かわいい!
いっこオマケです!!
よろしくお願いいたします!
Posted by ヤンデレガシー at 2015年03月20日 23:23
宥姉かわいい!

続きを書けと言わざるをえない生殺し感
アコチャー視点も見てみたいかも
Posted by at 2015年03月20日 23:52
宥姉かわいい!
2人の話をもっと見てみたいです
Posted by 名無し at 2015年03月21日 00:38
この組み合わせは斬新だよハルトオオオオオオオオオオ
Posted by at 2015年03月21日 00:40
宥姉かわいい!
独占欲を自覚していく宥姉が魅力的です!
Posted by at 2015年03月21日 01:03
宥姉かわいい!
行動自体は宥姉がヤバいけど、全体通して見ると憧のほうが怖いのはなんでだろう。
Posted by at 2015年03月21日 01:49
宥姉かわいい!
憧ちゃんかわいい!
宥憧いいですよね。
つぎは玄憧かな?
Posted by at 2015年03月21日 01:57
宥姉かわいい!

宥姉と憧ちゃんのあったかーい絡みが見たいんでオナシャス!
Posted by at 2015年03月21日 02:13
このSSに毒された人がたくさん…

宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい宥姉かわいい
Posted by at 2015年03月21日 02:50
恋心は猛毒かあ…
確かにああでもないこうでもないと逡巡して勝手に自分のいいように解釈したりしょうもないことで落ち込んだり喜んだり思い通りにならない苦しみを与える毒よね

って結論が監禁て!

びびるわ!

宥姉かわいい!
Posted by at 2015年03月21日 11:07
宥姉かわいい!
むしろ需要しかないんで続きお願いします!
Posted by リリー at 2015年03月21日 13:18
宥姉かわいい!
かわいいぃぃぃぃぃぃぃ!
Posted by at 2015年03月21日 19:37
宥姉かわいい!
Posted by at 2015年03月22日 12:56
宥姉かわいいいぃぃ!宥憧最高です。是非是非続きが見たいです!
Posted by Eri at 2015年03月22日 16:21
このコンビいいです!最高!宥姉かわいい!
Posted by at 2015年03月23日 03:31
ひどい生殺しを見た|゚Д゚)))
こんなん続きが気になるに決まってるんじゃんよー
もー、宥姉かわいい!
Posted by at 2015年03月23日 05:48
すっごい濃密な想いがすばらすぎます!!
出会いから想いがどんどん肥大化していくまでの過程が、本当すんなり入ってくるほどに宥姉の心情が丁寧に描かれていて……すばら!!
宥姉かわいい!!
Posted by オリ at 2015年03月29日 14:39
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