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【咲-Saki-SS:久白】久「生殺与奪握ります!」【あまあま共依存】
<あらすじ>
ひょんな事で始まった懇親会。
ぶっちゃけダルかった私は、
こっそりと会場を抜け出した。
密かに目をつけておいた
ロビーのソファーを堪能する事しよう。
そう思って辿り着いたロビーには、
思ってもいなかった先客がいた。
竹井久。懇親会を開いた張本人。
竹井さんの目は…赤く腫れていた。
<登場人物>
竹井久,小瀬川白望,その他
<症状>
・あまあま砂吐き共依存
・ヤンデレ
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・清澄と宮守の懇親会的な事で知り合って、
最初はお互い無関心ながらもふとしたことで
シロが久の心の闇を知ってしまい、
シロが久を支えてあげるみたいな
(シチュは参考で変更可)
↓以下の部分を変えました。
・お互い無関心
・シロが久を支えてあげる
どう変わったのかは読んでみてください。
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「乾杯!」
なんて飲み会みたいな音頭と共に、
宮守と清澄の懇親会が始まった。
大した接点もない私達がなんで
こんな風に繋がっているのかというと、
きっかけは姉帯さんが
咲と和にお願いしたサイン。
それを届けに行った咲が見事に迷子になって、
宮守の人達に送り届けられて。
そしたらもういい時間だし、
この際だからみんなで
ご飯でも食べましょっかって
話になって今に至る。
ちょうどホテルで
ビュッフェとかやってるしね。
「えへへー。今日だけでいっぱい
サインもらっちゃったよー」
「サイン…あんなのでよかったんですか?」
「形は気にしないよー。その人が
私に向けて書いてくれた事が
嬉しいんだよー」
「…いい気分だじぇ…」(143cm)
「見下ろさないで!あなただって
他の人から見たら
五十歩百歩なんだから!」(130cm)
「天江と一緒に両脇に飾りたいじぇ」
「私はこけしじゃない!」
「ユルスマジ!」
「や…そがぁなことわしに言われても知らんわ…
お前さんすぐ上がりそうになるから
こっちもビクビクしながら打っとったんじゃ」
「だからさ、能力はあるんだってば」
「そんなオカルトありえません」
「ていうか自分だって
なんか羽生やしてたじゃないか!」
「人間に羽なんか生えるはずがありません」
みんな思い思いに楽しんでいる。
私はそんな様子を興味深げに眺めながら、
でもどこか入り込めずにいた。
今日は、少しだけ気持ちが沈んでいたから。
今日、宮守女子高校の団体戦は終わった。
私達清澄高校が、この子たちの『次』を断ち切った。
でもそれは私以外のみんなが頑張ったからだ。
私はラス。私だけだったら、
終わっていたのはこっちの方だった。
私達の道はひどく危うい。一寸先は闇。
外れの分岐はいっぱいあって、
一歩間違えば簡単にゲームオーバーになる。
それがひどく恐ろしい。
でも、何より一番怖いのは、そうやって
後何回このメンバーで一緒に戦えるのかって考えたら…
ああ、終わりが近いんだなって。
急に実感してしまったから。
例え優勝したとしても後数日。
そしたら、私が長い間待ち続けてきて
ようやく結実したこの麻雀部とも
あっさりお別れになってしまうのだ。
その時私は…その寂しさに耐えられるだろうか。
ああ駄目だ。どうしても気持ちが
上を向いてくれない。
一人で風にでも当たってこよう。
私は人知れず席を立って外に出る。
誰もそれに気づかなかった事が…
また私を重くした。
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(…ダルい)
私は思わず独りごちた。
いや、対戦校同士で
交流を図るというのは悪くない。
悪くはないのだけれど。
でもみんなでワイワイ休憩なしで
しゃべり続けるというのは私には無理だ。
なんでみんなノンストップで会話できるんだ…
喉が乾燥して痛くなったりしないのかと
問いかけてみたい。
(…どこかで休もう)
私はみんなに気づかれないように席を外すと、
そのままホテルのロビーに向かう。
まだ座ってはいないけど、
あのソファーはなかなかによさそうだった。
深々と沈み込むクッションが
私を安らかな夢の世界へと
誘って(いざなって)くれるに違いない。
いや、さすがに寝るのはどうかと思うけど、
5分…いや、30分だけ…
なんて癒しを求めてロビーに行ったのに、
そこにはすでに先客がいた。
「……」
清澄高校の部長。竹井さんって言ったっけ…
牌譜とかさっき会話した感じでは、
飄々とした食わせ者だったはずだけど。
ロビーの隅っこでひっそりと
座っている竹井さんには、
そんな気配はみじんもなくて。
憂鬱そうに俯いていて、
目に涙すら浮かんでいるように見える。
その姿はひどく頼りない。
「……」
(ダルいけど、無視はできないよなぁ…)
なんて失礼なことを考えながら、
私は彼女の横に座る。
とすん、と音を立てて沈み込むソファー。
うん。やっぱり私の見立ては正しかった。
それまで気づいていなかったのか、
竹井さんははっと驚いたように目を見開くと、
次の瞬間慌てて目をこすり始める。
「…こ、小瀬川さん!?」
「…なんで泣いてるの」
「あ、あはは…参った参った。
カッコ悪いところ見られちゃったなぁ…」
「…見られたくないなら
なんでロビーなんかにいるの…」
「ゆっくり泣けるところを探す
気力もなかったしねー」
ごしごしと目をこする竹井さん。
顔から手が離れた時、すでに竹井さんは
いつもの明るい表情を取り戻していた。
いくら涙をぬぐっても、
赤く腫れた目だけは
隠しようがなかったけれど。
「てか小瀬川さんも何してるのよ。
せっかくの懇親会なのに
ダルいからロビーに避難とか?」
けらけらと陽気に笑いながら、
竹井さんは話題をすり替える。
まるで泣いていた事実なんて
無かったかのように。
もっとも、私はそれを容認しなかった。
「…私の事はいい。それより
なんで泣いてたの?」
「…小瀬川さんって、見かけによらず
意外とぐいぐい来るのねぇ」
「聞いても、あなたが嫌がるような
ダルい話が待ってるだけよ?」
「…こういう時って、ほっとくと大抵後で
もっとダルい事になるんだよね…」
「あはは。本当に見かけによらないのね。
どうせこの後別れちゃうんだから、
私なんかどうなっても関係ないでしょうに」
「……」
「…でも。ちょっとだけ…
甘えさせてもらおうかな…」
そう言って、彼女はぽつりぽつりと
胸の内をこぼし始めた。
一発勝負のインターハイで、
自分のせいで危うく
敗退しそうになったその恐怖。
今回は免れたけど、
次はどうなるかわからない恐怖。
なにより仮に優勝できたとしても、後
たったの半荘4回で終わってしまう事実。
そしたら自分だけ卒業して、
周りから切り離されてしまう寂寥感。
思いを吐露していくうちに…
竹井さんの目からまた涙が光るようになり、
ぽたぽたと頬をつたい落ちていく。
「この日を目指してずっと待ち続けてきたのに、
終わる時はあっさり終わっちゃうのよね」
「しかも、私が作ったはずの麻雀部なのに。
私だけが卒業して、皆はそこに居続けるの」
「なんだか自分だけ
仲間から切り離されたみたいで…
怖くて、怖くて仕方がない」
震えを抑え込むように、
自らの肩をかき抱く竹井さん。
ちょっと意外だった。
確か竹井さんは学校の学生議会長も
兼任していたはずで、
カリスマの塊みたいな人だと思っていた。
そんな人なら、例え卒業したとしても
相手の方から関係を
繋ぎとめようとしてくるだろうに。
なのに、まるで豊音みたいなことを言うんだ。
「…卒業したって築いた関係は続くでしょ」
「…まぁ、そこはそうなんだけどね」
「でもね。来年新しい部員が入ってきたら
新生清澄になって私は部外者になるわ」
「それはもう、私が愛した清澄高校麻雀部じゃないの。
みんなの中で私は過去の人になって、
同じ空気を纏う事はできなくなる」
「……」
「…全員3年生のあなた達が羨ましいわ」
「宮守女子高校麻雀部はあなた達だけのもの。
誰にも汚されず今のまま残り続けるんだもの」
「あはは、今日はもう本当に駄目ね。
初対面のあなたにこんな酷い事
言えちゃうなんて。
我ながら救いようがないわ」
伏し目がちに嘲るような
笑いを浮かべる竹井さん。
あれ、この人結構めんどくさくないか…?
「どっちもどっちだと思うけど…
私からしたら、卒業した後も
帰る場所がある方がダルくない」
「…その帰るべき場所が
少しずつ変わっていって、
いずれ自分の故郷じゃなくなるなら…
いっそ、今のうちに無くなってほしいと思わない?」
私は思わずため息をついた。
「…はぁ。思ったよりダルい人だったんだね」
「あはは。そうよ?みんな
やたら私の事を持ち上げるけど、
実際にはうじうじくだらない事で悩む
メンタル弱い女子高生なんだから」
「まあでも聞いてもらって大分楽になったわ!
そろそろ戻らないと食べそこねちゃうし、
二人で一緒に戻らない?」
それでも彼女は笑顔を見せる。
一人涙を流さずにはいられないほどの悩みでも、
彼女は抑え込んで仮面の下に隠してしまう。
(参ったなぁ…この人、けっこう危うい)
皆が持ち上げる。それはつまり
周りは彼女の正体を知らないという事だ。
本当は、こんなにも弱々しくて儚いのに。
ほおっておいてはいけないと思った。
ダルいけど…ここで放置して、
後で悲しい知らせが届くのはもっとダルい。
私は携帯を取り出すと、
自分の端末情報を表示させて
竹井さんに差し出した。
「…はい、これ私の連絡先」
「…どういう事?」
「ダルいけど…聞き相手くらいにはなってあげる」
私の言葉に、涙の跡をつけたまま
きょとんとした表情を浮かべた竹井さん。
でも、次の瞬間には…
まるで花が咲くように、
満開の笑みを浮かべた。
「…ありがと」
その笑顔は本当に柔らかくて。
私はなぜか自分の心音が
徐々に速度を上げていくのを感じた。
そして直感的にこうも思った。
ああ、まずい人に捕まった
多分この人は天然の人たらしだ。
私のこの選択は、きっとダルい結果を生むに違いない。
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インターハイ終了後。
私達は定期的に連絡を取り合った。
今の時代、その気になれば
いくらでもやりとりできる。
LINEでもTwitterでも、
他にもいろいろ方法がある。
何気ないやりとりもしたけれど、
話の内容はほぼ私のお悩み相談。
辛い時、ちょっと心がささくれ立ってる時、
白望に聞いてもらうと気がすっと楽になる。
「ごめんね。いつも悩み相談ばっかりで」
『…正直ダルい…でも、
今度会った時に相談1回につき
一つみかんを剥いてくれたらチャラにする』
「あはは、どんだけ剥かせる気なのよ」
白望はいつもダルがりながらも、
決して拒む事なく私の話を聞いてくれる。
耳当たりのいいテキトーな言葉じゃなくて、
心に響くストレートな言葉で返してくれる。
それがとっても心地よくて。
私はつい、白望との会話に夢中になった。
今までこんな風に、
誰かに弱みを見せたことなかったから。
最初から弱いところを見られたからこそ、
飾る事なく本当の自分をさらけ出せるから。
私は自分でも驚くぐらい白望に溺れていった。
やがて連絡を取る間隔が
1週間から5日になって…3日、2日…
そして、毎日連絡を取るようになるまで
時間はかからなかった。
ただ、そうやって関係が親密になるにつれて、
私の欲求も肥大化していく。
ああ、もし直接会えたなら。
会って話ができたならどんなにいいか。
ついそんな事を考えてしまう。
もっとも、だからこそ遠距離の方がいいのだろう。
いつでも側にいるなんて事になったら、
きっと私は際限なく堕ちていくだろうから。
ああ、でもやっぱり…会いたいな
そんな事を考えながら、
今日も私は電話をかける。
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久と毎日連絡を取り合うようになった。
と言っても、連絡してくるのは
いつも向こうからだけど。
少し燃料に心もとなさを感じて
部室のコンセントに充電器を挿す。
その姿を見咎めたみんなが
からかう様に話しかけてきた。
「シロ、最近ちゃんと携帯
持ち歩くようになったねー」
「…ちょっとめんどくさい人に
捕まったからなぁ…」
「またまたー。そう思うなら
むしろ携帯置いてくるでしょ」
「シロニ、ハルガキタ!!」
「…ダル…久とは
そういう関係じゃないから…」
面白がって茶化してくるみんなを
適当にあしらう。
実際、そういった浮わついた関係ではないと思う。
久から来る連絡は
ほとんどの場合が悩み相談で。
私は単に負の感情の
吐き出し口になっているに過ぎない。
私はなんとなく携帯をいじる。
通話履歴…それは見事に
久の名前で埋まっている。
私はそれをみて思わずため息をついた。
頻繁に連絡を取り合うようになって
わかったことがある。
久は重い。それこそ
病的な何かを感じさせるほどに。
言葉を交わせば交わすほど、
久の弱さは明るみになっていく。
久がどんどん自分に
依存してきているのがわかる。
手遅れになる前に、
何とかしなければいけないと
思ってはいるのだけれど。
自分から相談に乗ると口火を切った以上、
なかなかそれを切りだす事は難しい。
プルルルーッ、プルルルーッ
目の前で鳴り出した携帯電話。
画面に映し出されたのは竹井久の3文字。
ああ、また着信通知に久の名前が刻まれる。
プツッ
「…もしもし」
『あーごめんねー。特に何か
あるわけじゃないんだけどさ』
「ならなんで電話してきたの…」
『ちょっと嫌なことがあってねー。
白望の声を聞いて切り替えたかったの』
『おかげで元気出たわ。ありがとね』
プツッ…
まるで嵐が過ぎ去るように、
久は言いたいことだけ言って去って行った。
そう、これが久の怖いところ。
依存されているのに。重いのに。
事態はどんどん深刻化しているのに。
それを…『嬉しい』とすら
思わせてしまう事。
自他ともにダルがりであることを認める私。
その私が、気づけば常に携帯電話を携えて、
久の相談が来るのを待ち構えている。
埋め尽くされた着信履歴を見て
ダルい…と思いつつも、
連絡が来ると思わず心があったかくなる。
私も…少しずつ、久に
依存し始めているのかもしれない。
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私達の関係に大きな転機が訪れた。
それは、なんとなしに
進路の話をした時の事。
「白望は進路どうするつもりなの?」
『ダル…進路とか何も考えてない…』
「えぇ!?いやいやもう10月なんだけど!?
進路指導調査とか出さなかったの?」
『塞に書いてもらった…
私の現状の進路が
どうなってるかは塞に聞いてほしい…』
「いやいやなんでよ」
全力で駄目人間っぷりを披露する白望に対して、
私の胸はあからさまに鼓動を早めた。
これは、もしかしたら…
秘めていた願いを叶える
チャンスかもしれない。
『久はどうするつもりなの?』
「私ねぇ…実は私も迷ってるのよね。
ありがたいことにプロからも
大学からもオファーが来てるし」
『…まぁ、インターハイで
あれだけ暴れればそうだろうなぁ…』
「白望には来てないの?」
『うーん…大学から
ちらほら来てなくはないけど…
成果を期待されるのはダルい』
「あはは、白望らしいわ」
何気ない会話を繰り返しながら、
私はさりげなく白望の状況に探りを入れる。
白望が決定打となる選択肢を
持ち合わせていない事を確信した私は、
ついにそれを切り出す事に決めた。
「…ねえ、特にこれだって
進路が決まってないなら、
同じ大学に進学しない?」
「ついでに、ルームシェアとかしちゃったりさ」
『……』
しん…なんて音が聞こえてくるかのよう。
その沈黙に、私は人知れず肝を冷やす。
長く長く感じた沈黙は、
白望のこんな台詞で破られた。
『…私はダルがりだし家事もできないから、
私生活は完全におんぶにだっこに
なるんだけど…』
「…!任せといて!私は今も一人暮らしだから、
白望の一匹や二匹余裕で面倒みられるわ!」
『……』
「…駄目?」
快諾してもらえなかった事に
胃がずくんと重くなりながらも。
望みがありそうな回答に、
私はみっともなく縋りつく。
『…むしろ久の方こそそれでいいの…?
それでいうと私、
ヒモみたいなもんだと思うけど…』
「あはは、もう知ってるでしょ。
私って世話焼きなのよ?
面倒事が嫌いだったら学生議会長兼
麻雀部部長なんてやらないって」
そんなのまったく苦にならない。
むしろ私なしでは生きられないほどに、
どこまでも私に溺れてほしい。
私はもう、白望にずっぽし
はまっちゃってるから。
「だからね、お願い」
『……』
『……大学はそっちで決めてもらっていい?』
ついに白望は承諾した。
緊張に冷たく縮こまっていた心に、
一気に温かいものが流れ込んできて。
私は思わずガッツポーズ。
次の瞬間には意気揚々と胸を叩いた。
「…!うん!任せといて!
白望がどれだけ駄目人間でも
無理矢理ねじ込んで見せるから!」
『…何する気なの…』
「やったー!白望と一緒に大学いけるー!」
『……ダル……』
他の人なら遠慮してまず言わないような
喜びの言葉をダイレクトに届けながら、
ついには私は踊り出す。
そんな私の声を聞いてダルがる白望の声が、
少しだけ上擦っているような気がして。
それがまた、私を有頂天にした。
さあ、早速二人の愛の巣と
進学先の準備を整えないとね!
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久との二人暮らしが始まった。
驚くことに、久は私の成績すら
聞いてこなかったくせに、
約束通り自分が行きたい学校の特待推薦を
私の分まで取り付けてきた。
「…どうやってやったの…」
「ん?別に大した事してないわよ?
私にオファー出してきた学校に対して、
誰からも目をつけられてない
金の卵がいるって事実を
それとなく吹聴しただけ」
事もなげに笑う久。
実際にはそれだけじゃないだろう。
その話が事実だとしても、
本人にコンタクトを取らず
奨学金までついてくるとはどういう事だ。
久がその弁舌を駆使して、
相当話を盛ったんじゃないだろうか。
「…私は成果を気にするのは嫌なんだけど…」
「全然問題ナッシング!私達が苦戦するような強敵は
軒並みプロに行っちゃってるし、
手を抜いたって結果はついてくるから!」
全く心配ない!とばかりに胸を張る久。
多分、普段久が周りに見せているのは
こっちの姿なんだろう。
なるほど、これは頼りたくなるのも頷ける。
事実その自信に満ち溢れた姿に、
私は追及をやめて納得してしまった。
驚かされたのはそこだけではなかった。
久が見つけてきた賃貸物件。
ここでも久はその常人離れした
能力の高さを披露した。
「…大学まで歩いて5分…日当たり良好…3LDK…
とても貧乏学生に払える家賃とは
思えないんだけど…」
「ふふーん、ところが払えちゃうのよねー。
ここ、2万円なのよ?」
「…訳あり物件?」
「まさか。知り合いがオーナーなのよ。
本当は9万なんだけど、
交渉して2万にしてもらったわ」
「どういうやくざな真似をしたらそうなるの…」
「ん?大したこと言ってないわよ?
4年間のうちに1回は、インカレで絶対に全国に行く。
その時よくあるいい話ストーリーとして
オーナーを持ち上げるって言っただけ」
「…どんだけ自信家なんだか…」
「そう?私としてはむしろ
ハードル低くしたつもりだけど…」
あまりに当然のように言うものだから、
こちらもつい安心してしまう。
付け加えておくと、後に久は1年目で
インカレ出場を果たし、しっかりと有言実行した。
結果家賃は1万円になった。
そんなこんなで、落ち合ったそばから
久の有能ぶりに舌を巻くばかりだったわけだけど。
実際には、久の本領が発揮されるのは
ここからだった。
「はい白望、これ大学のシラバス。
あなたが取るべき科目をまとめておいたわ。
確認して問題なければ、
そのまま科目登録すれば終わりよ」
「…あの数百ページはあるシラバス
(大学の講義ガイダンス)を
読み込んだというの…?」
「流し読みだけどねー」
……
「はい白望、お弁当」
「一緒に寝てたはずなのに…いつお弁当作ったの」
「冷凍食品って馬鹿にできないのよ?
うまく使えば、美味しいお弁当が
短時間で作れるんだから」
……
「帰りまっしょっか」
「…うん」
「あ、なんかダルそうね。
ちょっとで休んでからしよっか。
ここからなら10号館に喫茶店があるわ」
「…もう大学の構造を把握したって言うの…?」
……
「はい白望、今日は焼き魚。
どうせ小骨取るのダルいとか言いそうだから、
前もって取ってあげたわよ?」
「…これはダルくない」もきゅもきゅ
一緒に暮らしてみてわかった。
久はヤバい。人を駄目にする天才だ。
なんとなく、久は尽くすタイプだろうなとは思っていた。
でも、ここまでとは思わなかった。
その重たさに加えて、その鋭い洞察力で
相手の望んでいることを見極めた上で、
本当に痒いところに手を伸ばしてくる。
やっている事は相当に重いのに。
その重たさを感じさせない。
むしろ心地よさすら感じさせる。
元々駄目人間だとは自認していたけれど…
さらにどんどん駄目になっていくのを感じた。
でも止められない。
溺れて行く。久の手によって。
腑抜けに変えられていく。
「あー白望、今期のカリキュラムだけど…
別に私と一緒でいいわよね?」
「それでいいなら、科目登録までやっとくわよ?」
「……」
「…うん」
「適当にやっておいて…」
それすらも心地よかった。
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首尾よく白望と二人暮らしできる事になった。
新生活が軌道に乗ったのを感じた私は、
かねてから考えていた計画を実行に移す。
題して…白望駄目人間化計画。
いや、元々白望は社会的に見れば
駄目人間寄りだとは思うんだけど。
でも、あれで白望はヒーロー体質だから。
何かの拍子で誰かを助けて、
また私みたいに悪い虫に
くっつかれないとも限らない。
だからこそ今のうちにどっぷり白望を懐柔して、
私抜きでは生きていけないようにしないと。
私は徹底して白望の面倒を見た。
最初はできるだけ重たがられないように、
痒いところに手が届くくらいから。
「白望、食堂の席取っておいて。
その代わり、私が白望の分まで
定食買ってくるから」
少しずつ、少しずつ
お節介の度合いを上げていく。
「白望、期末試験ノート取っておいたわよー。
白望に単位落とされると私も困るから
今日は一緒に臨時合宿よ!」
白望は特に抵抗しなかった。
私のお節介はどんどんとその重さを増していく。
「白望、今期の科目登録
終わらせておいたわよー」
やがて白望は自分が何の単位を
履修しているかもわからなくなり。
私がいなければ授業に
出る事もできなくなった。
その結果に満足した私は、
今度は生活面でも侵蝕していくことにする。
「白望、今日家賃の引き落としだけど…」
「あ…今現金ないなぁ…
引き落としてこないと」
「…あれ…通帳どこにやったっけ…
ここにしまったと思ったんだけどなぁ…」
通帳を探し始める白望。
でも、その行為が実を結ぶ事はない。
だって私が前もって隠しておいたから。
「あー、いいいい。
私が立て替えておくわ。
通帳は今度私が探しとくわ」
「ありがと」
私の期待通り、白望はどんどん駄目になっていく。
「…参った…通帳が見つからないから
自分のお金で食べ物が買えない…」
「私が立て替えておくからいいわよ」
「…さすがにそれは駄目。
親しき中にも礼儀あり」
「じゃあ、通帳見つけたら
私に運用管理させて?
もちろん運用結果は定期的に報告するから」
「…わかった」
数日後、掃除をしている時に通帳は見つかり。
以後は私が決まったお金を白望に渡す事にした。
いうなればお小遣い制。
元々物欲も少ない白望は、
特に抵抗する事無くすんなりと受け入れた。
…白望は気づいているのかしら?
これで大学生活はもちろん。
宿も、食事も、お金も全て私が握った。
もう白望は、私がいないと生きていけない。
完全に駄目人間。でも心配はいらないわよ?
ちゃんと私が、責任をもって飼ってあげるから。
だから、このままずっと…
私に捕まっていて頂戴。
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気づいた時には遅かった。
ううん、気づいていたけど
目を背けていたというべきか。
それは、久と一緒の4度目の夏が終わり…
そろそろ大学生活にも終わりが見えてきた時の頃。
私は、自分の進路が完全に
閉ざされていることに気づいた。
すでに周りの学生は就職活動を終えて、
内定式に出るための準備を整えている段階だった。
対して私は、就職活動自体していない。
じゃあ麻雀のプロにでもなるかと思えば、
そんなオファーは一つも来ていないわけで。
このままいけば私は無職になるだろう。
でも、問題なのはそこじゃない。
そう、一番の問題は…
それでも久がなんとかしてくれるだろうと
楽観視してしまっている事。
その事実に気づいた時、
さすがの私も愕然とした。
そして、やはり私の思った通り
久は逃げ道を用意してくれているのだ。
「ん?就職先?白望もそんな事考えたりするのねー」
「そりゃそうでしょ…このまま
無職ニートはさすがにまずい」
「ああ、大丈夫大丈夫。
白望の就職先はもう決まってるから」
「はい、婚姻届」
「……どういう事?」
「言わないとわからない?」
「白望さんには私の夫兼
専属マネージャーとして
働いてもらいます!」
「あ、と言っても白望は何もしなくていいわよ?
ただ私が対局終わるのを待って、
私が帰ってきたら抱き締めてくれればいいの」
なんて、まるで当然のように婚姻届を差し出す久。
しかも、すでに妻の方は記入済み。
まあ、それを見て引かないで真剣に検討し始めるあたり、
最初から私に勝ち目なんかないのだけれど。
ただ、一つだけ気になる事があった。
「…結婚かぁ…」
「ちょっと気が早いかしら?」
「…いや、そう言うわけじゃないけど…」
「乗り気じゃない?」
「…そうじゃなくて…」
「…いつから、こうなるように
仕向けられてたのかなって」
「……」
「最初からよ?」
「……やっぱりかぁ」
『最初』がどこからなのかはわからないけど。
おそらくは、二人暮らしを始めた時には
もう計画されていたんだろう。
「ふふ。白望、もう逃げられないわよね。
就職先も見つかってない。
携帯も解約済み、クレジットカードもない」
「住所も食事もお金も私が管理。
今私が白望をほおり出せば、
白望は公園で寝るしかないわ」
「まあでも心配ないわよ?
私から逃げようとしない限り、
ずっと尽くしてあげるから」
「今までだってそうしてきたんだから
問題ないでしょ?」
にっこりと屈託のない笑みを浮かべる久。
そこには確かに狂気が潜んでいて。
正常な感性の持ち主なら
恐怖を感じてもおかしくないのに。
でも、その笑みを見て…安堵を感じるほどに。
むしろ、その愛がいつか失われてしまう事を
危惧してしまうくらいには私は調教されている。
「…本当に、ずっと尽くしてくれるの?」
「もちろん!むしろ私だって
いつ逃げられないか戦々恐々としてるのよ?」
「逃げられない環境を作っておいてよく言う…」
「逃げようともしないならいいじゃない」
直接言葉には交わさない。
でも、お互いに結果が決まったことを
悟るくらいには分かりあっている。
まあ結婚するのはいいとして。
でも、そうなると今度は私側に不安が残った。
「私なんかのどこがいいの」
「あはは、何その今更過ぎる質問」
「さすがに結婚まで行くなら確かめたくもなる」
「…本当に、ずっと愛してもらえるのかって。
少しくらい根拠になる言葉が欲しい」
「…本当に、今更だと思うんだけどね…
ま、白望がそう言うなら、
改めて言葉にするわ」
「私が白望を大好きなのは…
唯一、私の弱いところを見せられる人だから」
「白望も初めて会った時言ってたでしょ?
普段みんなには隠してるけど、
私って寂しがり屋で、
重たくって、めんどくさい女なのよ」
「本当は受け止めてほしい。でもさらけ出すのは怖い。
そうやって、自分の気持ちを隠してきた」
「きっかけはたまたまとは言え…
それを崩してくれたのは、白望だけなのよ」
「だから白望がいいの。
白望は私の弱さを受けとめて…
受け入れてくれる」
「だからこそ尽くしたい。絶対に逃したくない。
私だけを見てほしい。
そのためなら、私はなんだってする」
「そういう点でも、白望は最適」
「めんどくさがりの人はたくさんいるけど…
全てを受け入れて、生殺与奪まで
握らせてくれる人なんて
そうそういないと思うわ」
まるで雨のように注がれる久の求愛。
その狂おしいほどの愛の独白に、
私の中に今まで渦巻いていたもやもやが
ようやく霧散して。
ついに私も覚悟する。
「…なるほど。そういう事なら受け入れてあげる」
このまま久に全てを握られる覚悟を。
万が一捨てられた時は、
甘んじて死を受け入れる事を。
「あはは、ありがとうございます。
というか、白望の方こそいいの?」
「…久の言葉をそのまま返す。
私は究極のダルがり。
生殺与奪まで管理してもらえるなら…
願ったりかなったり」
「あはは、やっぱり、私達相性ばっちりね!」
私達は抱き合って、
お互いの頬に優しくキスを交わした。
……
これからも私は久に飼われ続けるのだろう。
最後は久に看取られて死ぬのか、
もしくはどちらかが死にそうになった時
久に心中されるのかはわからない。
まあ、その辺の判断は久に任せるとしよう。
「…というわけでこれ新婚旅行のプランね。
白望はどうせ結婚式とか面倒って言うだろうから
海外で挙式する事にしたわ」
「行先はトルコ!知ってる?トルコって実は温泉が有名で、
世界遺産の一部が沈んでる温泉プールとかあるのよ!」
「ダルがりな白望でも癒される事間違いなし!」
そう言って新婚旅行の予定表を渡してくる久。
…久と一緒なら、これからもダルがらずに済みそうだ。
私は予定を一瞥した後、
いつも通りの台詞を返した。
「目を通すのダルい。久が全部決めといて」
(完)
ひょんな事で始まった懇親会。
ぶっちゃけダルかった私は、
こっそりと会場を抜け出した。
密かに目をつけておいた
ロビーのソファーを堪能する事しよう。
そう思って辿り着いたロビーには、
思ってもいなかった先客がいた。
竹井久。懇親会を開いた張本人。
竹井さんの目は…赤く腫れていた。
<登場人物>
竹井久,小瀬川白望,その他
<症状>
・あまあま砂吐き共依存
・ヤンデレ
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・清澄と宮守の懇親会的な事で知り合って、
最初はお互い無関心ながらもふとしたことで
シロが久の心の闇を知ってしまい、
シロが久を支えてあげるみたいな
(シチュは参考で変更可)
↓以下の部分を変えました。
・お互い無関心
・シロが久を支えてあげる
どう変わったのかは読んでみてください。
--------------------------------------------------------
「乾杯!」
なんて飲み会みたいな音頭と共に、
宮守と清澄の懇親会が始まった。
大した接点もない私達がなんで
こんな風に繋がっているのかというと、
きっかけは姉帯さんが
咲と和にお願いしたサイン。
それを届けに行った咲が見事に迷子になって、
宮守の人達に送り届けられて。
そしたらもういい時間だし、
この際だからみんなで
ご飯でも食べましょっかって
話になって今に至る。
ちょうどホテルで
ビュッフェとかやってるしね。
「えへへー。今日だけでいっぱい
サインもらっちゃったよー」
「サイン…あんなのでよかったんですか?」
「形は気にしないよー。その人が
私に向けて書いてくれた事が
嬉しいんだよー」
「…いい気分だじぇ…」(143cm)
「見下ろさないで!あなただって
他の人から見たら
五十歩百歩なんだから!」(130cm)
「天江と一緒に両脇に飾りたいじぇ」
「私はこけしじゃない!」
「ユルスマジ!」
「や…そがぁなことわしに言われても知らんわ…
お前さんすぐ上がりそうになるから
こっちもビクビクしながら打っとったんじゃ」
「だからさ、能力はあるんだってば」
「そんなオカルトありえません」
「ていうか自分だって
なんか羽生やしてたじゃないか!」
「人間に羽なんか生えるはずがありません」
みんな思い思いに楽しんでいる。
私はそんな様子を興味深げに眺めながら、
でもどこか入り込めずにいた。
今日は、少しだけ気持ちが沈んでいたから。
今日、宮守女子高校の団体戦は終わった。
私達清澄高校が、この子たちの『次』を断ち切った。
でもそれは私以外のみんなが頑張ったからだ。
私はラス。私だけだったら、
終わっていたのはこっちの方だった。
私達の道はひどく危うい。一寸先は闇。
外れの分岐はいっぱいあって、
一歩間違えば簡単にゲームオーバーになる。
それがひどく恐ろしい。
でも、何より一番怖いのは、そうやって
後何回このメンバーで一緒に戦えるのかって考えたら…
ああ、終わりが近いんだなって。
急に実感してしまったから。
例え優勝したとしても後数日。
そしたら、私が長い間待ち続けてきて
ようやく結実したこの麻雀部とも
あっさりお別れになってしまうのだ。
その時私は…その寂しさに耐えられるだろうか。
ああ駄目だ。どうしても気持ちが
上を向いてくれない。
一人で風にでも当たってこよう。
私は人知れず席を立って外に出る。
誰もそれに気づかなかった事が…
また私を重くした。
--------------------------------------------------------
(…ダルい)
私は思わず独りごちた。
いや、対戦校同士で
交流を図るというのは悪くない。
悪くはないのだけれど。
でもみんなでワイワイ休憩なしで
しゃべり続けるというのは私には無理だ。
なんでみんなノンストップで会話できるんだ…
喉が乾燥して痛くなったりしないのかと
問いかけてみたい。
(…どこかで休もう)
私はみんなに気づかれないように席を外すと、
そのままホテルのロビーに向かう。
まだ座ってはいないけど、
あのソファーはなかなかによさそうだった。
深々と沈み込むクッションが
私を安らかな夢の世界へと
誘って(いざなって)くれるに違いない。
いや、さすがに寝るのはどうかと思うけど、
5分…いや、30分だけ…
なんて癒しを求めてロビーに行ったのに、
そこにはすでに先客がいた。
「……」
清澄高校の部長。竹井さんって言ったっけ…
牌譜とかさっき会話した感じでは、
飄々とした食わせ者だったはずだけど。
ロビーの隅っこでひっそりと
座っている竹井さんには、
そんな気配はみじんもなくて。
憂鬱そうに俯いていて、
目に涙すら浮かんでいるように見える。
その姿はひどく頼りない。
「……」
(ダルいけど、無視はできないよなぁ…)
なんて失礼なことを考えながら、
私は彼女の横に座る。
とすん、と音を立てて沈み込むソファー。
うん。やっぱり私の見立ては正しかった。
それまで気づいていなかったのか、
竹井さんははっと驚いたように目を見開くと、
次の瞬間慌てて目をこすり始める。
「…こ、小瀬川さん!?」
「…なんで泣いてるの」
「あ、あはは…参った参った。
カッコ悪いところ見られちゃったなぁ…」
「…見られたくないなら
なんでロビーなんかにいるの…」
「ゆっくり泣けるところを探す
気力もなかったしねー」
ごしごしと目をこする竹井さん。
顔から手が離れた時、すでに竹井さんは
いつもの明るい表情を取り戻していた。
いくら涙をぬぐっても、
赤く腫れた目だけは
隠しようがなかったけれど。
「てか小瀬川さんも何してるのよ。
せっかくの懇親会なのに
ダルいからロビーに避難とか?」
けらけらと陽気に笑いながら、
竹井さんは話題をすり替える。
まるで泣いていた事実なんて
無かったかのように。
もっとも、私はそれを容認しなかった。
「…私の事はいい。それより
なんで泣いてたの?」
「…小瀬川さんって、見かけによらず
意外とぐいぐい来るのねぇ」
「聞いても、あなたが嫌がるような
ダルい話が待ってるだけよ?」
「…こういう時って、ほっとくと大抵後で
もっとダルい事になるんだよね…」
「あはは。本当に見かけによらないのね。
どうせこの後別れちゃうんだから、
私なんかどうなっても関係ないでしょうに」
「……」
「…でも。ちょっとだけ…
甘えさせてもらおうかな…」
そう言って、彼女はぽつりぽつりと
胸の内をこぼし始めた。
一発勝負のインターハイで、
自分のせいで危うく
敗退しそうになったその恐怖。
今回は免れたけど、
次はどうなるかわからない恐怖。
なにより仮に優勝できたとしても、後
たったの半荘4回で終わってしまう事実。
そしたら自分だけ卒業して、
周りから切り離されてしまう寂寥感。
思いを吐露していくうちに…
竹井さんの目からまた涙が光るようになり、
ぽたぽたと頬をつたい落ちていく。
「この日を目指してずっと待ち続けてきたのに、
終わる時はあっさり終わっちゃうのよね」
「しかも、私が作ったはずの麻雀部なのに。
私だけが卒業して、皆はそこに居続けるの」
「なんだか自分だけ
仲間から切り離されたみたいで…
怖くて、怖くて仕方がない」
震えを抑え込むように、
自らの肩をかき抱く竹井さん。
ちょっと意外だった。
確か竹井さんは学校の学生議会長も
兼任していたはずで、
カリスマの塊みたいな人だと思っていた。
そんな人なら、例え卒業したとしても
相手の方から関係を
繋ぎとめようとしてくるだろうに。
なのに、まるで豊音みたいなことを言うんだ。
「…卒業したって築いた関係は続くでしょ」
「…まぁ、そこはそうなんだけどね」
「でもね。来年新しい部員が入ってきたら
新生清澄になって私は部外者になるわ」
「それはもう、私が愛した清澄高校麻雀部じゃないの。
みんなの中で私は過去の人になって、
同じ空気を纏う事はできなくなる」
「……」
「…全員3年生のあなた達が羨ましいわ」
「宮守女子高校麻雀部はあなた達だけのもの。
誰にも汚されず今のまま残り続けるんだもの」
「あはは、今日はもう本当に駄目ね。
初対面のあなたにこんな酷い事
言えちゃうなんて。
我ながら救いようがないわ」
伏し目がちに嘲るような
笑いを浮かべる竹井さん。
あれ、この人結構めんどくさくないか…?
「どっちもどっちだと思うけど…
私からしたら、卒業した後も
帰る場所がある方がダルくない」
「…その帰るべき場所が
少しずつ変わっていって、
いずれ自分の故郷じゃなくなるなら…
いっそ、今のうちに無くなってほしいと思わない?」
私は思わずため息をついた。
「…はぁ。思ったよりダルい人だったんだね」
「あはは。そうよ?みんな
やたら私の事を持ち上げるけど、
実際にはうじうじくだらない事で悩む
メンタル弱い女子高生なんだから」
「まあでも聞いてもらって大分楽になったわ!
そろそろ戻らないと食べそこねちゃうし、
二人で一緒に戻らない?」
それでも彼女は笑顔を見せる。
一人涙を流さずにはいられないほどの悩みでも、
彼女は抑え込んで仮面の下に隠してしまう。
(参ったなぁ…この人、けっこう危うい)
皆が持ち上げる。それはつまり
周りは彼女の正体を知らないという事だ。
本当は、こんなにも弱々しくて儚いのに。
ほおっておいてはいけないと思った。
ダルいけど…ここで放置して、
後で悲しい知らせが届くのはもっとダルい。
私は携帯を取り出すと、
自分の端末情報を表示させて
竹井さんに差し出した。
「…はい、これ私の連絡先」
「…どういう事?」
「ダルいけど…聞き相手くらいにはなってあげる」
私の言葉に、涙の跡をつけたまま
きょとんとした表情を浮かべた竹井さん。
でも、次の瞬間には…
まるで花が咲くように、
満開の笑みを浮かべた。
「…ありがと」
その笑顔は本当に柔らかくて。
私はなぜか自分の心音が
徐々に速度を上げていくのを感じた。
そして直感的にこうも思った。
ああ、まずい人に捕まった
多分この人は天然の人たらしだ。
私のこの選択は、きっとダルい結果を生むに違いない。
--------------------------------------------------------
インターハイ終了後。
私達は定期的に連絡を取り合った。
今の時代、その気になれば
いくらでもやりとりできる。
LINEでもTwitterでも、
他にもいろいろ方法がある。
何気ないやりとりもしたけれど、
話の内容はほぼ私のお悩み相談。
辛い時、ちょっと心がささくれ立ってる時、
白望に聞いてもらうと気がすっと楽になる。
「ごめんね。いつも悩み相談ばっかりで」
『…正直ダルい…でも、
今度会った時に相談1回につき
一つみかんを剥いてくれたらチャラにする』
「あはは、どんだけ剥かせる気なのよ」
白望はいつもダルがりながらも、
決して拒む事なく私の話を聞いてくれる。
耳当たりのいいテキトーな言葉じゃなくて、
心に響くストレートな言葉で返してくれる。
それがとっても心地よくて。
私はつい、白望との会話に夢中になった。
今までこんな風に、
誰かに弱みを見せたことなかったから。
最初から弱いところを見られたからこそ、
飾る事なく本当の自分をさらけ出せるから。
私は自分でも驚くぐらい白望に溺れていった。
やがて連絡を取る間隔が
1週間から5日になって…3日、2日…
そして、毎日連絡を取るようになるまで
時間はかからなかった。
ただ、そうやって関係が親密になるにつれて、
私の欲求も肥大化していく。
ああ、もし直接会えたなら。
会って話ができたならどんなにいいか。
ついそんな事を考えてしまう。
もっとも、だからこそ遠距離の方がいいのだろう。
いつでも側にいるなんて事になったら、
きっと私は際限なく堕ちていくだろうから。
ああ、でもやっぱり…会いたいな
そんな事を考えながら、
今日も私は電話をかける。
--------------------------------------------------------
久と毎日連絡を取り合うようになった。
と言っても、連絡してくるのは
いつも向こうからだけど。
少し燃料に心もとなさを感じて
部室のコンセントに充電器を挿す。
その姿を見咎めたみんなが
からかう様に話しかけてきた。
「シロ、最近ちゃんと携帯
持ち歩くようになったねー」
「…ちょっとめんどくさい人に
捕まったからなぁ…」
「またまたー。そう思うなら
むしろ携帯置いてくるでしょ」
「シロニ、ハルガキタ!!」
「…ダル…久とは
そういう関係じゃないから…」
面白がって茶化してくるみんなを
適当にあしらう。
実際、そういった浮わついた関係ではないと思う。
久から来る連絡は
ほとんどの場合が悩み相談で。
私は単に負の感情の
吐き出し口になっているに過ぎない。
私はなんとなく携帯をいじる。
通話履歴…それは見事に
久の名前で埋まっている。
私はそれをみて思わずため息をついた。
頻繁に連絡を取り合うようになって
わかったことがある。
久は重い。それこそ
病的な何かを感じさせるほどに。
言葉を交わせば交わすほど、
久の弱さは明るみになっていく。
久がどんどん自分に
依存してきているのがわかる。
手遅れになる前に、
何とかしなければいけないと
思ってはいるのだけれど。
自分から相談に乗ると口火を切った以上、
なかなかそれを切りだす事は難しい。
プルルルーッ、プルルルーッ
目の前で鳴り出した携帯電話。
画面に映し出されたのは竹井久の3文字。
ああ、また着信通知に久の名前が刻まれる。
プツッ
「…もしもし」
『あーごめんねー。特に何か
あるわけじゃないんだけどさ』
「ならなんで電話してきたの…」
『ちょっと嫌なことがあってねー。
白望の声を聞いて切り替えたかったの』
『おかげで元気出たわ。ありがとね』
プツッ…
まるで嵐が過ぎ去るように、
久は言いたいことだけ言って去って行った。
そう、これが久の怖いところ。
依存されているのに。重いのに。
事態はどんどん深刻化しているのに。
それを…『嬉しい』とすら
思わせてしまう事。
自他ともにダルがりであることを認める私。
その私が、気づけば常に携帯電話を携えて、
久の相談が来るのを待ち構えている。
埋め尽くされた着信履歴を見て
ダルい…と思いつつも、
連絡が来ると思わず心があったかくなる。
私も…少しずつ、久に
依存し始めているのかもしれない。
--------------------------------------------------------
私達の関係に大きな転機が訪れた。
それは、なんとなしに
進路の話をした時の事。
「白望は進路どうするつもりなの?」
『ダル…進路とか何も考えてない…』
「えぇ!?いやいやもう10月なんだけど!?
進路指導調査とか出さなかったの?」
『塞に書いてもらった…
私の現状の進路が
どうなってるかは塞に聞いてほしい…』
「いやいやなんでよ」
全力で駄目人間っぷりを披露する白望に対して、
私の胸はあからさまに鼓動を早めた。
これは、もしかしたら…
秘めていた願いを叶える
チャンスかもしれない。
『久はどうするつもりなの?』
「私ねぇ…実は私も迷ってるのよね。
ありがたいことにプロからも
大学からもオファーが来てるし」
『…まぁ、インターハイで
あれだけ暴れればそうだろうなぁ…』
「白望には来てないの?」
『うーん…大学から
ちらほら来てなくはないけど…
成果を期待されるのはダルい』
「あはは、白望らしいわ」
何気ない会話を繰り返しながら、
私はさりげなく白望の状況に探りを入れる。
白望が決定打となる選択肢を
持ち合わせていない事を確信した私は、
ついにそれを切り出す事に決めた。
「…ねえ、特にこれだって
進路が決まってないなら、
同じ大学に進学しない?」
「ついでに、ルームシェアとかしちゃったりさ」
『……』
しん…なんて音が聞こえてくるかのよう。
その沈黙に、私は人知れず肝を冷やす。
長く長く感じた沈黙は、
白望のこんな台詞で破られた。
『…私はダルがりだし家事もできないから、
私生活は完全におんぶにだっこに
なるんだけど…』
「…!任せといて!私は今も一人暮らしだから、
白望の一匹や二匹余裕で面倒みられるわ!」
『……』
「…駄目?」
快諾してもらえなかった事に
胃がずくんと重くなりながらも。
望みがありそうな回答に、
私はみっともなく縋りつく。
『…むしろ久の方こそそれでいいの…?
それでいうと私、
ヒモみたいなもんだと思うけど…』
「あはは、もう知ってるでしょ。
私って世話焼きなのよ?
面倒事が嫌いだったら学生議会長兼
麻雀部部長なんてやらないって」
そんなのまったく苦にならない。
むしろ私なしでは生きられないほどに、
どこまでも私に溺れてほしい。
私はもう、白望にずっぽし
はまっちゃってるから。
「だからね、お願い」
『……』
『……大学はそっちで決めてもらっていい?』
ついに白望は承諾した。
緊張に冷たく縮こまっていた心に、
一気に温かいものが流れ込んできて。
私は思わずガッツポーズ。
次の瞬間には意気揚々と胸を叩いた。
「…!うん!任せといて!
白望がどれだけ駄目人間でも
無理矢理ねじ込んで見せるから!」
『…何する気なの…』
「やったー!白望と一緒に大学いけるー!」
『……ダル……』
他の人なら遠慮してまず言わないような
喜びの言葉をダイレクトに届けながら、
ついには私は踊り出す。
そんな私の声を聞いてダルがる白望の声が、
少しだけ上擦っているような気がして。
それがまた、私を有頂天にした。
さあ、早速二人の愛の巣と
進学先の準備を整えないとね!
--------------------------------------------------------
久との二人暮らしが始まった。
驚くことに、久は私の成績すら
聞いてこなかったくせに、
約束通り自分が行きたい学校の特待推薦を
私の分まで取り付けてきた。
「…どうやってやったの…」
「ん?別に大した事してないわよ?
私にオファー出してきた学校に対して、
誰からも目をつけられてない
金の卵がいるって事実を
それとなく吹聴しただけ」
事もなげに笑う久。
実際にはそれだけじゃないだろう。
その話が事実だとしても、
本人にコンタクトを取らず
奨学金までついてくるとはどういう事だ。
久がその弁舌を駆使して、
相当話を盛ったんじゃないだろうか。
「…私は成果を気にするのは嫌なんだけど…」
「全然問題ナッシング!私達が苦戦するような強敵は
軒並みプロに行っちゃってるし、
手を抜いたって結果はついてくるから!」
全く心配ない!とばかりに胸を張る久。
多分、普段久が周りに見せているのは
こっちの姿なんだろう。
なるほど、これは頼りたくなるのも頷ける。
事実その自信に満ち溢れた姿に、
私は追及をやめて納得してしまった。
驚かされたのはそこだけではなかった。
久が見つけてきた賃貸物件。
ここでも久はその常人離れした
能力の高さを披露した。
「…大学まで歩いて5分…日当たり良好…3LDK…
とても貧乏学生に払える家賃とは
思えないんだけど…」
「ふふーん、ところが払えちゃうのよねー。
ここ、2万円なのよ?」
「…訳あり物件?」
「まさか。知り合いがオーナーなのよ。
本当は9万なんだけど、
交渉して2万にしてもらったわ」
「どういうやくざな真似をしたらそうなるの…」
「ん?大したこと言ってないわよ?
4年間のうちに1回は、インカレで絶対に全国に行く。
その時よくあるいい話ストーリーとして
オーナーを持ち上げるって言っただけ」
「…どんだけ自信家なんだか…」
「そう?私としてはむしろ
ハードル低くしたつもりだけど…」
あまりに当然のように言うものだから、
こちらもつい安心してしまう。
付け加えておくと、後に久は1年目で
インカレ出場を果たし、しっかりと有言実行した。
結果家賃は1万円になった。
そんなこんなで、落ち合ったそばから
久の有能ぶりに舌を巻くばかりだったわけだけど。
実際には、久の本領が発揮されるのは
ここからだった。
「はい白望、これ大学のシラバス。
あなたが取るべき科目をまとめておいたわ。
確認して問題なければ、
そのまま科目登録すれば終わりよ」
「…あの数百ページはあるシラバス
(大学の講義ガイダンス)を
読み込んだというの…?」
「流し読みだけどねー」
……
「はい白望、お弁当」
「一緒に寝てたはずなのに…いつお弁当作ったの」
「冷凍食品って馬鹿にできないのよ?
うまく使えば、美味しいお弁当が
短時間で作れるんだから」
……
「帰りまっしょっか」
「…うん」
「あ、なんかダルそうね。
ちょっとで休んでからしよっか。
ここからなら10号館に喫茶店があるわ」
「…もう大学の構造を把握したって言うの…?」
……
「はい白望、今日は焼き魚。
どうせ小骨取るのダルいとか言いそうだから、
前もって取ってあげたわよ?」
「…これはダルくない」もきゅもきゅ
一緒に暮らしてみてわかった。
久はヤバい。人を駄目にする天才だ。
なんとなく、久は尽くすタイプだろうなとは思っていた。
でも、ここまでとは思わなかった。
その重たさに加えて、その鋭い洞察力で
相手の望んでいることを見極めた上で、
本当に痒いところに手を伸ばしてくる。
やっている事は相当に重いのに。
その重たさを感じさせない。
むしろ心地よさすら感じさせる。
元々駄目人間だとは自認していたけれど…
さらにどんどん駄目になっていくのを感じた。
でも止められない。
溺れて行く。久の手によって。
腑抜けに変えられていく。
「あー白望、今期のカリキュラムだけど…
別に私と一緒でいいわよね?」
「それでいいなら、科目登録までやっとくわよ?」
「……」
「…うん」
「適当にやっておいて…」
それすらも心地よかった。
--------------------------------------------------------
首尾よく白望と二人暮らしできる事になった。
新生活が軌道に乗ったのを感じた私は、
かねてから考えていた計画を実行に移す。
題して…白望駄目人間化計画。
いや、元々白望は社会的に見れば
駄目人間寄りだとは思うんだけど。
でも、あれで白望はヒーロー体質だから。
何かの拍子で誰かを助けて、
また私みたいに悪い虫に
くっつかれないとも限らない。
だからこそ今のうちにどっぷり白望を懐柔して、
私抜きでは生きていけないようにしないと。
私は徹底して白望の面倒を見た。
最初はできるだけ重たがられないように、
痒いところに手が届くくらいから。
「白望、食堂の席取っておいて。
その代わり、私が白望の分まで
定食買ってくるから」
少しずつ、少しずつ
お節介の度合いを上げていく。
「白望、期末試験ノート取っておいたわよー。
白望に単位落とされると私も困るから
今日は一緒に臨時合宿よ!」
白望は特に抵抗しなかった。
私のお節介はどんどんとその重さを増していく。
「白望、今期の科目登録
終わらせておいたわよー」
やがて白望は自分が何の単位を
履修しているかもわからなくなり。
私がいなければ授業に
出る事もできなくなった。
その結果に満足した私は、
今度は生活面でも侵蝕していくことにする。
「白望、今日家賃の引き落としだけど…」
「あ…今現金ないなぁ…
引き落としてこないと」
「…あれ…通帳どこにやったっけ…
ここにしまったと思ったんだけどなぁ…」
通帳を探し始める白望。
でも、その行為が実を結ぶ事はない。
だって私が前もって隠しておいたから。
「あー、いいいい。
私が立て替えておくわ。
通帳は今度私が探しとくわ」
「ありがと」
私の期待通り、白望はどんどん駄目になっていく。
「…参った…通帳が見つからないから
自分のお金で食べ物が買えない…」
「私が立て替えておくからいいわよ」
「…さすがにそれは駄目。
親しき中にも礼儀あり」
「じゃあ、通帳見つけたら
私に運用管理させて?
もちろん運用結果は定期的に報告するから」
「…わかった」
数日後、掃除をしている時に通帳は見つかり。
以後は私が決まったお金を白望に渡す事にした。
いうなればお小遣い制。
元々物欲も少ない白望は、
特に抵抗する事無くすんなりと受け入れた。
…白望は気づいているのかしら?
これで大学生活はもちろん。
宿も、食事も、お金も全て私が握った。
もう白望は、私がいないと生きていけない。
完全に駄目人間。でも心配はいらないわよ?
ちゃんと私が、責任をもって飼ってあげるから。
だから、このままずっと…
私に捕まっていて頂戴。
--------------------------------------------------------
気づいた時には遅かった。
ううん、気づいていたけど
目を背けていたというべきか。
それは、久と一緒の4度目の夏が終わり…
そろそろ大学生活にも終わりが見えてきた時の頃。
私は、自分の進路が完全に
閉ざされていることに気づいた。
すでに周りの学生は就職活動を終えて、
内定式に出るための準備を整えている段階だった。
対して私は、就職活動自体していない。
じゃあ麻雀のプロにでもなるかと思えば、
そんなオファーは一つも来ていないわけで。
このままいけば私は無職になるだろう。
でも、問題なのはそこじゃない。
そう、一番の問題は…
それでも久がなんとかしてくれるだろうと
楽観視してしまっている事。
その事実に気づいた時、
さすがの私も愕然とした。
そして、やはり私の思った通り
久は逃げ道を用意してくれているのだ。
「ん?就職先?白望もそんな事考えたりするのねー」
「そりゃそうでしょ…このまま
無職ニートはさすがにまずい」
「ああ、大丈夫大丈夫。
白望の就職先はもう決まってるから」
「はい、婚姻届」
「……どういう事?」
「言わないとわからない?」
「白望さんには私の夫兼
専属マネージャーとして
働いてもらいます!」
「あ、と言っても白望は何もしなくていいわよ?
ただ私が対局終わるのを待って、
私が帰ってきたら抱き締めてくれればいいの」
なんて、まるで当然のように婚姻届を差し出す久。
しかも、すでに妻の方は記入済み。
まあ、それを見て引かないで真剣に検討し始めるあたり、
最初から私に勝ち目なんかないのだけれど。
ただ、一つだけ気になる事があった。
「…結婚かぁ…」
「ちょっと気が早いかしら?」
「…いや、そう言うわけじゃないけど…」
「乗り気じゃない?」
「…そうじゃなくて…」
「…いつから、こうなるように
仕向けられてたのかなって」
「……」
「最初からよ?」
「……やっぱりかぁ」
『最初』がどこからなのかはわからないけど。
おそらくは、二人暮らしを始めた時には
もう計画されていたんだろう。
「ふふ。白望、もう逃げられないわよね。
就職先も見つかってない。
携帯も解約済み、クレジットカードもない」
「住所も食事もお金も私が管理。
今私が白望をほおり出せば、
白望は公園で寝るしかないわ」
「まあでも心配ないわよ?
私から逃げようとしない限り、
ずっと尽くしてあげるから」
「今までだってそうしてきたんだから
問題ないでしょ?」
にっこりと屈託のない笑みを浮かべる久。
そこには確かに狂気が潜んでいて。
正常な感性の持ち主なら
恐怖を感じてもおかしくないのに。
でも、その笑みを見て…安堵を感じるほどに。
むしろ、その愛がいつか失われてしまう事を
危惧してしまうくらいには私は調教されている。
「…本当に、ずっと尽くしてくれるの?」
「もちろん!むしろ私だって
いつ逃げられないか戦々恐々としてるのよ?」
「逃げられない環境を作っておいてよく言う…」
「逃げようともしないならいいじゃない」
直接言葉には交わさない。
でも、お互いに結果が決まったことを
悟るくらいには分かりあっている。
まあ結婚するのはいいとして。
でも、そうなると今度は私側に不安が残った。
「私なんかのどこがいいの」
「あはは、何その今更過ぎる質問」
「さすがに結婚まで行くなら確かめたくもなる」
「…本当に、ずっと愛してもらえるのかって。
少しくらい根拠になる言葉が欲しい」
「…本当に、今更だと思うんだけどね…
ま、白望がそう言うなら、
改めて言葉にするわ」
「私が白望を大好きなのは…
唯一、私の弱いところを見せられる人だから」
「白望も初めて会った時言ってたでしょ?
普段みんなには隠してるけど、
私って寂しがり屋で、
重たくって、めんどくさい女なのよ」
「本当は受け止めてほしい。でもさらけ出すのは怖い。
そうやって、自分の気持ちを隠してきた」
「きっかけはたまたまとは言え…
それを崩してくれたのは、白望だけなのよ」
「だから白望がいいの。
白望は私の弱さを受けとめて…
受け入れてくれる」
「だからこそ尽くしたい。絶対に逃したくない。
私だけを見てほしい。
そのためなら、私はなんだってする」
「そういう点でも、白望は最適」
「めんどくさがりの人はたくさんいるけど…
全てを受け入れて、生殺与奪まで
握らせてくれる人なんて
そうそういないと思うわ」
まるで雨のように注がれる久の求愛。
その狂おしいほどの愛の独白に、
私の中に今まで渦巻いていたもやもやが
ようやく霧散して。
ついに私も覚悟する。
「…なるほど。そういう事なら受け入れてあげる」
このまま久に全てを握られる覚悟を。
万が一捨てられた時は、
甘んじて死を受け入れる事を。
「あはは、ありがとうございます。
というか、白望の方こそいいの?」
「…久の言葉をそのまま返す。
私は究極のダルがり。
生殺与奪まで管理してもらえるなら…
願ったりかなったり」
「あはは、やっぱり、私達相性ばっちりね!」
私達は抱き合って、
お互いの頬に優しくキスを交わした。
……
これからも私は久に飼われ続けるのだろう。
最後は久に看取られて死ぬのか、
もしくはどちらかが死にそうになった時
久に心中されるのかはわからない。
まあ、その辺の判断は久に任せるとしよう。
「…というわけでこれ新婚旅行のプランね。
白望はどうせ結婚式とか面倒って言うだろうから
海外で挙式する事にしたわ」
「行先はトルコ!知ってる?トルコって実は温泉が有名で、
世界遺産の一部が沈んでる温泉プールとかあるのよ!」
「ダルがりな白望でも癒される事間違いなし!」
そう言って新婚旅行の予定表を渡してくる久。
…久と一緒なら、これからもダルがらずに済みそうだ。
私は予定を一瞥した後、
いつも通りの台詞を返した。
「目を通すのダルい。久が全部決めといて」
(完)
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ほとんど見たことのないカップリングでしたが、これもアリだと思いました。
次はシロ塞が欲しいです。
シロって朝起きたら髪がもっさもさになってそう。
久さんが整えたり切ったりしてるんですかね。お風呂とかでも全身洗ったりしてるんですかね。良いですね。
サラサラーっと久が狂気的なことを言うけどそこにはシロへの愛情が多分に含まれていて、そこらへんがあるからシロは見てみぬふりをし続けてしまったんだなあとか、色々考えてしまいます。
新しいカップリングとしていいなあと思えるほどのssでした。ありがとうございます!
すばらでした!
この二人は絶対相性が良いと思ってましたが、思ってた以上の可能性が見れてうれしかったです。 もし気が向いたら、超重たい話や超甘ったるい話(部長がべったべたに甘えるやつ)も見てみたいかなー・・・とかとか。
部長が宮守を羨ましがってるというところは新鮮でした。
すごく好き。
これもアリ>
久「まぁリクエストなかったら書かなかったわね」
白「…本編で絡みないとかダル…」
お風呂とかでも>
久「白望はまったく動かないから…」
白「動かないのをいいことに
いろいろ触るのはやめてほしい…」
久が狂気的なことを言う>
白「気づいてはいた…でも、重さを感じない」
白「気づけば自分も重くなっていた」
久「60度のお湯の中のカエル理論ね」
新旧たらしカップル>
美穂子「多くの悲しみを生む組み合わせですね」
豊音「まあIFだから許すよー」
読みたかったカップリング>
久「遅くなってごめんね!結構前に
書いてはあったんだけど…」
白「意外に相性がいいって気づいた。
リクエストで来たらまた書くかもしれない」
このSSなんか好き>
久「ありがとうございます!」
白「正直需要はあまりないかなーって
思ってた内容だからありがたい」