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【咲-Saki-SS:白塞】白望「迷った先にあるものは」【ヤンデレ】

<あらすじ>
なし。<その他>を見てください。


<登場人物>
小瀬川白望,臼沢塞,姉帯豊音,エイスリン・ウィッシュアート,鹿倉胡桃

<症状>
・狂気
・狂依存
・ヤンデレ

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。

・インターハイ終了後のシロ塞。
 インターハイ出場校の部長として
 活躍していた塞は学校の人から、
 カッコよかったです、腰つきのよさに惚れちゃいました、
 とチヤホヤ&セクハラされたりしていた。
 シロもなにかとチヤホヤされていたが、
 なんだか塞がそうやって持て囃されてるのを見て、
 心がざわついていた。
 その後シロはそのざわつきの原因は、
 ずっと塞のことを見てきたのは自分で、
 塞のことをよく知っているのも自分で、
 なのにぽっと出の人たちが塞を
 今更持ち上げているのが気に食わないのだと気づく。
 もっと言うとそんな状況に満更でもない塞が気に食わない。
 とりあえず塞を自分のものにすべく、
 マヨヒガの力を使って迷いながらも、
 周囲の人間の排除し、
 塞には自分だけを見させるようにする

※想像以上に話が重たくなりました。
 読む人は覚悟推奨。


--------------------------------------------------------



最近の私はダルい。

いや、身体はいつもダルいんだけど。
何んというかこう、心がダルい。

原因はわかってる。あれだ。

私は我ながらいかにもダルそうな所作で、
教室の一角にできている人ごみをじと目で睨んだ。


「よ、麻雀部部長!
 インターハイ見てたよー。お疲れ様」

「ありがと!2回戦で負けちゃってごめん」

「臼沢さん、かっこよかったです!
 役満あがろうとしてた子を封殺するような
 冷たい目、ゾクゾクしました!」

「あ、あはは…私そんなすごい目してた?」

「腰つきのよさに惚れた」

「それもうインターハイ関係ないよね?」


最近こればっかりだ。
塞はいつも人に取り囲まれている。

インターハイでそれなりに活躍した私達は、
母校に帰ると手厚い歓迎を受けた。

まあ部員全員それなりにチヤホヤされたんだけど、
その中でも塞は別格の扱いだった。

麻雀部部長という事で、他の部員より
メディアでの露出が多かったのもある。
でも、やっぱり一回戦で当たった
真嘉比高校の銘苅さんとの対局による
影響が大きいのだろう。

銘苅さんと言えば、去年の個人戦6位。
その知名度は圧倒的で。
真嘉比と当たるとわかった時、
宮守女子高校の二回戦進出は
ほぼ絶望的だという見解がほとんどだった。

応援してくれていたみんなも、
始まる前からどこか
消化試合ムードだったのを覚えている。


『そもそも初出場の無名校が
 いきなりインターハイに行っただけでもすごい!』

『もうこれ以上多くは望まないよ』

『だから、お祭り気分を楽しんできて』


そんなみんなの前予想を、
塞は鮮やかに覆した。


『あの銘苅選手がなんと焼き鳥!
 副将戦で宮守女子が
 トップに躍り出ました!』


まさかの銘苅完封。


雑誌でもちらほら名前が挙がるような大エース。
そのエースを完封した塞は、
大量リードで大将戦に繋いだ。

結果トヨネは能力を晒す必要もなく、
宮守はあっさりと一回戦を抜ける事ができたわけで。

あの時応援してくれていたみんなの
驚きと盛り上がりたるや、
それはもう凄まじいものだった。
中には涙を流している人までいた。

結果的には二回戦で負けてしまったけど、
それでも塞の英雄としての勢いは衰えず。

結果、塞は毎日のように人に囲まれて
チヤホヤされている。


「……ダルい」


本日何度目になるかわからない呟きを繰り返す。
いつもなら、この呟きを
その地獄耳で聞きつけた塞が、
苦笑しながら私のもとに
やってくるはずなのに。

人ごみの喧騒に包まれた塞は、
私の呟きに反応することはない。


ダルい。ダルい。ダルい。ダルい。


心がざわつく。胸がむかむかする。
身体がかっかと熱くなる。
最近塞を見ているといつもこうだ。

この現象は何なのか。まあ見当はついている。


嫉妬。


まさか自分にそんなダルい感情があるなんて
思ってもみなかった。

ずっと塞のことを見てきたのは私だ。
塞のことをよく知っているのも私だ。

なのにぽっと出の人たちが、
ちょっとインターハイで活躍したくらいで
今更塞にちょっかいを出すのはやめてほしい。

もっと言えば、塞も塞だ。
私をほっぽり出してファンに対応とか、
それって幼馴染としてどうなの…
ちやほやされて満更でもないとか?

なんて子供じみた焼きもちを、
私は抑える事ができずにいる。


「……帰ろう」


このままこうしていても、
どんどんダルくなっていくばかりだろう。
まだ当分解放されそうにない塞を尻目に、
一人鞄を肩にかける。

そして私は振り向いて。
未練がましくも、
私が帰ろうとしている事に
塞が気づいていないかを確認する。


塞は気づいていなかった。


私はまた一つため息をつくと、
ひっそりと教室の扉を閉めた。



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--------------------------------------------------------



なぜ、嫌な事というのは重なるものなのか。

なんと私は、自宅への帰り道で
道に迷っていた。


「…ダルすぎる…」


学校を出たものの、なんとなくまっすぐ
家に帰るのは憚られて。
私にしては珍しく、
いつもと違う道を歩こうなんて
酔狂なことを考えたのが間違いだった。


「それにしても…帰り道で
 迷うとかありえないでしょ…」


そもそもこんな道はあっただろうか。
いくら私でも、普段使わない道とはいえ
通学路で迷うことなんてないと思うのだけれど。

だが実際に迷っている。
目の前に広がるは見たこともないような迷いの森。
うっそうと木々が生い茂り、
まるで映画の世界にでもトリップしたかのようだ。


「…ダル…すぎる……」


本日何十回目になるかわからない愚痴を吐きながら、
鉛のように重くなっていく足を引きずり私は歩く。


でも、出口にはたどり着きそうもない。


もう歩くのやめようかな…
なんて思った頃に、一件の民家を見つけた。
これまた随分と年季がの入った古民家だった。


そこで覚えた奇妙な既視感。


体験したことはないはずだけど、
私はこれに近い話を知っている気がする…


「……」

「……マヨヒガ?」


得心がいった。おそらくこれはマヨヒガだ。


マヨヒガ。迷い家。
遠野の山中にあると言われていて、
道に迷ったものだけが
辿り着くことができる幻の家。

その家に辿り着いた者は、
金品もしくは幸福などの恩恵に与れるとされている。

…まあ、あくまでお伽噺(おとぎばなし)だけど。

そこは超常現象には事欠かない宮守女子。
トヨネだとか塞のモノクルだとかの実例もあるわけだし、
マヨヒガが実在してもおかしくはない。


もしこれがマヨヒガなら、
とりあえず入らなければ
元の世界に戻る事もできないだろう。

私は逡巡しながらも、
きしむ戸を引いて中に入った。



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中に入るなり私は
自分の予想が正しい事を確信した。
やはりこれはマヨヒガだ。

みすぼらしかったその外観とは
対照的に豪奢な内装。
上等な調度品に豪華絢爛な食事。

まるで貴族の社交場かと言わんばかりの世界が
そこかしこに広がっていた。


「…ダル」


入ってはみたものの、
どうするべきかしばし迷う。

確かマヨヒガに入った者は、
その建物から何か一つ好きなものを
持ち出せるというルールがあった気がする。

でも、所狭しと並べられた宝の山は、
私の目を引くものではなかった。

元々私はそれほど物欲が強い方でもない。
それに、今本当に欲しいものは
形のあるものじゃない。


「……?」

(…今、本当に欲しいもの…?)


自らの心の呟きに、頭の中で疑問符が浮かぶ。
私が本当に欲しいものとはなんなのだろう。

わからない。
しばらく頭をひねってみるも、
答えは全然出そうになかった。


「…とりあえず出よう」


マヨヒガにはいくつかの逸話がある。
一つは、好きなものを持ち出せるという説。
もう一つは…それでも何も持ち出さないと、
幸せが勝手についてくるという説。

どうせ自分の欲しいものがわからないのなら、
マヨヒガに決めてもらうのもありだろう。


結局私は何も持たずにその家を後にした。


そして、最初迷ったのがまるで嘘のように、
私はあっさりと自宅に辿り着いた。



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数日後。


あれだけいた塞の取り巻きが
きれいさっぱりいなくなっていた。









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ここ最近では珍しく、塞はぽつんと
一人で教室にたたずんでいた。


「…今日は一人なんだ…」

「ああ、うん」


どこか歯切れの悪い受け答えをする塞。
それきり塞は口をつぐみ、
教室にどこか気まずい沈黙が訪れる。

元々べらべらしゃべるタイプではない
私達だから、沈黙になる事なんて
そう珍しくもない。
だから、普段ならそれで気まずいと
感じる事もないのだけれど。

塞はその沈黙に耐えられなかったのか、
肩をすくめながら口を開いた。


「なんかさ、私を構う人たちの間で
 諍いが起きちゃってさー」

「『塞さんに近づき過ぎ!』とか
 『抜け駆けは駄目!』みたいな…
 いやいや少女マンガじゃないんだから」

「正直最初からちょっと困ってたんだけどね。
 それでなんか、私も限界が来ちゃって」

「つい『もういやだ、普通の生活に戻してほしい!』
 って言っちゃったんだよね」

「…ま、でも正直ほっとしたわ」

「やっぱ私は、こうやってのんびり
 ダルがってる白望を観察する方がいいよ」


そう言ってふにゃりと笑いかける塞。
その穏やかな笑顔を前に、
じんわりと温かい気持ちが広がっていく。


「…ダル」

「あはは、シロのそれ聞くのも
 なんか久しぶりだ」


塞と二人で笑いあう。
こうして私達は平穏を取り戻した。

塞の膝枕に頭を乗せながら、
私はなんとなく直感的に悟る。


おそらくこれは…
マヨヒガからの贈り物だろう。


つまり、私は塞から人を引き離して
孤立させることを望んでいた。
そうマヨヒガに判断されたという事だ。

そして、それは確かに私を幸せにした。


(マヨヒガに、感謝しないとなぁ…)


頭に乗せられた塞の手のぬくもりを感じながら、
私は束の間の幸せにまぶたを閉じた。



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…もしここで話が終わっていたならば。


後で振り返った時に「ああそんな事もあったね」と、
笑い飛ばせる程度の思い出で済んだだろう。


でも実際には、これはただの始まりだった。


陰鬱で、陰険で、どうしようもなく醜い私の欲望が、
マヨヒガによって叶えられていく物語。


その、序章に過ぎなかったんだ。



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あの日から数週間後。
私はまた、マヨヒガの前で佇んでいた。


「また来ちゃったかぁ…」


訪れた者に幸せを与えるマヨヒガ。
それは自ら望んで来ることができる場所ではなくて。

だからこそ、訪れる事ができた者は
望外の喜びに打ち震える。
文献にはそう書いてあった。

でも、そんなマヨヒガを前にして、
私の心を埋め尽くすのは不安。
なぜなら、今の私は…


自分がどれだけ醜い願望を抱いているか、
ちゃんと自覚しているから。


きっとマヨヒガはそれを叶えるだろう。
その時、私はいつも通りでいられるだろうか。


私は思い悩みながら、
そもそもここに来ることになっただろう
きっかけについて思い起こしていた。



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時は数時間前にさかのぼる。




「進路希望調査かー」

「…気が早すぎ…まだ10月なんだけど…」

「いやいや、早くはないでしょ。
 いい加減バシッと決めないとね」

「仕方ないよ!シロは
 卒業できるかすら怪しいもんね!」

「失礼な…出席日数は足りてる…」


秋も深まり、そろそろ進路を絞っていく最終段階。
宮守女子高校麻雀部のみんなも例外ではなく、
進路の話が話題に上る事が多くなった。

そんな中、一人だけ進路が確定しているトヨネに
塞が羨望のまなざしを向ける。


「トヨネは就職だよね?」

「そうだよー。村役場。
 もう内定済みだよー」

「かー、公務員かぁ。羨ましいなぁ」

「ん?サエも来るー?」

「え?そんなお気軽に採用してもらえるもんなの?」

「若者不足だからねー。就職の斡旋どころか、
 おうちとかもらえちゃうかもしれないよー?」

「マジか…!ちょっと本気で考えちゃうなぁ…」

「さすが塞!安定志向に弱い女!」

「いやいやこれは揺らぐでしょ」

「あ、本気だったらいつでも言ってねー!
 村長さんにかけあうからー!」

「考えとくわ」


成り行きで出てきた就職話。
でも、予想以上に塞は食いついて。
それは、私に危惧を抱かせる材料となった。

なぜならそれは、塞と私の
「同じ大学に行く」という進路を
断ち切ろうとする選択肢だったから。

もっともトヨネも、そこまで本気で
勧誘していたわけでもないだろう。

それにトヨネの事だから、
「じゃあ私も村に行く」と言えば
喜んで受け入れてくれると思う。

でも、私みたいなダルがりでは、
きっと村の生活は無理だ。

もし塞がトヨネの村を選べば…
それは相当ダルい事になる。


「…ダル……」


こうして私は人知れず、またもやもやとした
気持ちを抱える事になる。

鬱屈した気持ちを胸に抱きながら歩くこと数分。
私はまた、あの隠れ家の前にいたというわけだ。



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私はため息をつきながらもマヨヒガの敷居をまたぐ。

応接間らしき空間に堂々と置かれている
ゆったりとしたソファーに腰をかけ、
思い切り背もたれにもたれかかって考える。


もし今度、願いを叶えられるとしたら、
それはどんなものになるのだろうか。

塞がトヨネの村に就職するのを考え直す?
それだけで済むなら問題ない。

でも、私の欲望はそこに留まるだろうか。
もっとひどい事になったりしないだろうか。

自信がない。だって今の私は…


私に悩みをもたらしたトヨネに対して、
少なからず負の感情を抱いてしまっているから。


私は迷う。回避する方法は簡単だ。
この隠れ家から、何かを一つ持っていけばいい。
ただそれだけで、得体のしれない幸せが
訪れる事は避けられる。

でも、もしその道を選ぶことで、
塞がトヨネの村に就職してしまったら?
その時私は絶対に後悔するだろう。

そう考えると、即座に物を持って
出ていくのもためらわれた。


迷う。迷う。迷った結果…


私は結局、何も持たないで家を出た。

それによって、どんな結末が訪れるのか
戦々恐々としながらも。

私は願う。せめて私の醜い欲望が、
トヨネに危害を加えませんようにと。



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数日後。


トヨネは宮守女子高校を去ることになった。









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「今までっ……!ほんとうにっ……
 ありがとっ……ございましっ……」


「ぅっ……ふっ……すんっ……!」


「いやだよぉぉおっ……!」


「みんなと別れたくないよぉっ……!!」


部屋中に、トヨネの慟哭が響き渡る。
部室は重苦しい悲しみに支配されていた。


トヨネは再度転校する事になった。


元々トヨネが村を出たのは、
インターハイに出場するための
期間限定という条件付きだったらしい。

予定通りインターハイも終わったのだから
トヨネを戻せという要求が村から来たそうだ。


「突っぱねる事もできなくはないけど…
 いずれ村に戻る以上、
 将来の事を考えるとねえ…」

「残念だけど、戻った方がいいと思うよ」


目を伏せながらそう語る熊倉先生。

トヨネを連れ出した張本人がそう言うのだから、
本当に打開策はないのだろう。
だとしたら、私達はそれを受け入れるしかない。


「熊倉先生に言う事じゃないのはわかってますけど…
 後半年くらい、なんとかならないんですか?」

「…トヨネは村の守り神だから、
 これ以上よその土地で
 遊ばせておくわけにはいかないってさ」

「守り神!?そんなの時代錯誤だよ!」

「あの村は昔ながらの風習が
 まだ息づいてるからねぇ…」


どうにもならないねえ…
なんて、寂しそうに呟く熊倉先生。

でも、その後に口を突いて出た言葉が、
私の胸を鋭く刺した。


「…にしても、どうしてなんだろうねぇ…
 言い分はわからないでもないけど、
 この前会いに行った時は
 普通に卒業まで猶予をくれる感じだったのに…」


胃がずしりと音を立てて重くなった気がした。


信じられなかった。
だって私は、トヨネの事だって
大切に思っているはずなのに。

いくら塞と一緒にいるからって、
そんな簡単に邪魔だと切り離せるような
存在ではないはずなのに。


でも事実、私のせいでトヨネとの離別が訪れた。


それはマヨヒガからの贈りもの。
私にとっての「幸福」。
つまりは、私が心のどこかで
それを望んでいたという事だ。


私はそんなにも、浅ましくて醜い存在だったのか。


「…いっぱい泣いたら、少しすっきりしたよー…
 悲しいけど、私は受け入れるよー…」


私が自らの醜さに驚き戸惑っている間に。
トヨネは悲しい覚悟を決めていた。


「村の人だって大好きだし…みんなとも、
 全然会えなくなるわけじゃないもんね…」


「でも…できれば…っ…会いに…っ…来てねっ……」


ごしごしと両手で目をこすりながら、
無理矢理トヨネは笑顔を作る。
笑ったそばから涙が滲んで、
トヨネの頬を伝って落ちた。

私はその笑顔を、正面から
受け止める事はできなかった。

ただただ、悔恨と呵責の念だけが
私の胸を支配していた。



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--------------------------------------------------------



「トヨネ…いなくなっちゃうんだね」

「…そうだね」

「…トヨネには悪いけどさ…
 私、もうトヨネの村に就職したいとは思えないよ」

「こんな、人の気持ちも考えないで、
 無理矢理連れ戻しちゃうような村にはさ…」

「……」

「…こうやって、このままみんな、
 散り散りになっちゃうのかな」

「……そうかもしれない」


「…シロは、一緒にいてくれるよね?」


「…塞?」

「あ、いや…変な話じゃなくてさ。
 なんかちょっと、心細くなっちゃって」
 
「す、少なくとも…大学の間だけでもさ」

「一緒の大学志望してるし。
 麻雀のおかげで推薦もらえそうだし」


「…一緒にっ…いて…っ…くれる…よね…っ……」


「……」


「シロっ……!」


「だから、そんなに泣かないで……」


「ダルいから」



--------------------------------------------------------















--------------------------------------------------------



心の闇に気づいてしまった。
そして、受け入れてしまった。

トヨネの喪失を受けて、
縋るように私を求めた塞の表情。


それを見た途端、あれほど激しく
私の中に渦巻いていた自己嫌悪の念は、
あっさりと霧散してしまい。
代わりに背徳的な多幸感が私を埋め尽くす。


泣きじゃくる塞とは対照的に、
私は笑みさえ浮かべていた。


「大丈夫…私だけは塞から離れていかない…」

「そう…『私だけ』は…」


口に出した瞬間悟った。


やはり、マヨヒガは間違ってはいなかった。
この結末を望んだのは私。
マヨヒガはそれを忠実に叶えただけ。


悪いのは私だ。私は醜い生き物なのだ。

そして、自分の醜さに気づいて、
受け入れてしまった私は…


もう、自分を止める事はできなかった。



--------------------------------------------------------















--------------------------------------------------------








エイスリンが消えた。
親族に不幸があって、
急遽帰国せざるを得なくなった。

私が殺した。








-------------------------------------------------------















--------------------------------------------------------








胡桃が消えた。
交通事故でこの世を去った。

私が殺した。


私が殺した。



私が殺した。









-------------------------------------------------------















--------------------------------------------------------



塞は加速度的に壊れていった。

もちろん私も壊れていった。

私達は二人で壊れていった。


一人消え。二人消え。

ついには二人ぼっちになった時。


もう塞は私から離れられなくなっていた。


食料を調達しようと思って。
コンビニにでも行こうと、
いそいそと身支度を整える私。

塞はそんな私を見咎めると、
血相を変えて追いすがった。


「シロ…どこに行く気!?」

「どこって…コンビニだけど」

「駄目!なんで一人で行こうとするの!?」

「死んじゃったらどうするの!?
 胡桃みたいに!」


「死ぬなら一緒に死んで!
 私を一人にしないでよ!」


行先は歩いて数分のコンビニ。

にもかかわらず塞はまるで、
私が死地に繰り出そうとしているかのように、
決死の表情で止めようとする。


「…ごめん。二人で行こう」

「もし、交通事故があっても」

「二人で一緒に逝けるように」

「うん…うん……」


まぶたになみなみと溜められた涙。
それがこぼれる事も構うことなく、
塞は何度も頷いた。


……塞はもう、空想と現実の区別がつかない。


塞にとってこの世界は、
親しい人がいつ死ぬかわからない世界。
いつ何が起きて離れ離れになるかわからない世界。


だから塞は私を縛る。
どんな時でも一緒にいる事を求める。
もし万が一が会った時、
それでも二人で死ねるように。


もはや、塞が人並みの生活を送る事は
難しいと言わざるを得なかった。



--------------------------------------------------------



かく言う私はどうかというと。
私はさらに壊れている。


エイスリンの親族が亡くなった時、
私は何も感じなかった。
「ああ、そうなるのか」と思っただけだった。


胡桃の時は、さすがに震えた。
でも、予想はできていた。

私達三人は幼馴染で。
私達の絆を分かつことができるとすれば、
それは死以外にありえないと思っていたから。

予想はできていたはずなのに。
私はあの日、マヨヒガから何も持ち出さず。
結果、胡桃はこの世を去った。




「あああああああああああああああああっ!!!!」




両手で顔を覆い、絶叫と共に崩れ落ちる塞を見て。

まるでその身を千切られたかのように、
恥も外聞もなく顔をぐちゃぐちゃにしながら
のたうち回る塞を見て。


私はほっと胸をなでおろしていた。


これで、塞には私しかいない。
私にも塞しかいない。


もはやものを言わぬ亡骸と化した胡桃を前に、
涙を流しながら笑えた時。
私は人として終わったと思った。


それでも私は幸せだ。


でもそれは当たり前だろう。
マヨヒガは、私の望みを叶えただけなのだから。

つまりはこの結末も、
私が望んだものなのだから。



-------------------------------------------------------















--------------------------------------------------------



そして私達は抱き合って眠る。

この壊れてしまった世界の中で。
二人より添い、決して離れまいと手を繋ぎながら。


傍らで眠る塞を見やる。
その目にはうっすらと涙が滲んでいた。


眠りに落ちる瞬間が怖いらしい。

意識があいまいになる刹那、
私のぬくもりが感じられなくなる。

それが怖くて怖くて仕方がないと、
声を枯らして涙を流す。
それはさながら幼子のように。

だから私はあやしてやる。
背中をぽんぽんと優しくたたき、
塞が眠りに落ちるまで耳元で愛を囁く。


ようやく寝静まった塞は、
それでもまだ苦悶の表情を浮かべていた。

私は塞の涙を舌で拭うと、
塞の髪をそっと撫でる。

塞はくすぐったそうに身をよじりながら、
ようやく落ち着いたように表情を緩めた。
私もそれを見て顔をほころばせる。


幸せだ。


でも、こうして一人思考を巡らすことができる時。
私はどうしても考えてしまう。


どうしてこうなった

どうしてこうなってしまった


大切なものは他にもあった。
どれもなくしてはいけないものだった。


私には何度も迷う機会があって。
何度も踏みとどまるチャンスがあった。


どうして、こうなった


何度も何度も自問する。
本当にこれでよかったのか。
そしてこのままでいいのかと。


このまま…壊れた塞と二人きり、
緩慢に死に向かっていくのがいいのかと。



迷う


迷う


迷う



でも本当はわかっている。
多分、もう手遅れだ。


だってあれ以来、私の前にマヨヒガは現れない。
それはきっと、そういう事なんだろう。
マヨヒガはきっとこう判断したのだ。





私にとっては、これ以上の幸福はないと





その結論に辿り着いた時、
私の頬を一筋の涙が伝った。
そして私は迷うのをやめて。

塞を腕の中に包み込むと、
自らもそのまぶたを閉じる。



世界が闇に覆われた。



(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2015年04月05日 | Comment(12) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
意中の相手を仕留めるのに(望まなくても)他人に不幸が降りかかるのは珍しい展開。 亦野さんは除く。

豊音は何故か村役場が似合いますね。一見美人さんなのにお話したら可愛いというギャップ。いける。
Posted by at 2015年04月05日 13:48
涙を流しながら笑みを浮かべるシロが、なかなか黒くて、色っぽさすら感じました。
最悪の結末になる可能性を感じつつ、それを受け入れてでも塞を手に入れようとするシロ、なかなか黒くて素敵だなと思いました
Posted by 裸単騎 at 2015年04月05日 16:07
せめて胡桃に救いを…
Posted by at 2015年04月05日 20:09
ありがとうございます、ありがとうございます……!

感想は、言葉にするのも難しいです。
得体の知れないマヨヒガの力に頼るほど塞を愛していて、他人をどこまでも遠ざけても手に入れたいと願ったシロの想いの深さと狂気がバシバシ伝わってきました。予想はつきつつもその道を選んでしまったシロはとても業が深いですね。願わくば、残された2人が幸せになれますように……。
Posted by オリ at 2015年04月05日 21:06
マヨイガというより、猿の手のような話ですね〜。願った人間の願いを誰かを不幸にするという形で現実化するという感じが。
Posted by at 2015年04月06日 03:14
予想以上に重くてびっくりしたゾ…
Posted by at 2015年04月06日 09:45

滅茶苦茶面白かったです!
ぷちさんの文章はとても考えられていて勉強になります!!
これからも楽しみにしています!!
Posted by ヤンデないレガシー at 2015年04月06日 12:19
決して、しろが悪いわけじゃない。


しかし胸糞ではある(非難ではない)。
Posted by at 2015年04月06日 12:26
これはアレだ、聖杯くんの仕業に違いないな!

重い話だかゾクゾクときてしまう私は重症なのかなぁ…
Posted by at 2015年04月06日 17:30
胸糞と書いた者です。
しろに対して胸糞という意味ではなく、この理不尽な状況が胸糞ということです。
Posted by at 2015年04月06日 18:37
最後が心中したように見える(´;ω;`)
重いけど読み応えあった
Posted by at 2015年05月08日 18:57
良かったです!
Posted by at 2017年05月22日 22:31
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