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【咲-Saki-SS:菫尭】尭深「あの人の中に種をまく」【ヤンデレ】

<あらすじ>
なし。冒頭と<その他>があらすじ代わりです。


<登場人物>
渋谷尭深,弘世菫,宮永照

<症状>
・ヤンデレ?

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・尭深が相手の心に種を植えて
 実を収穫するという話

※尭深のバックボーン情報が少なすぎるため
 管理人の独自設定が何点か追加されています。



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心の中に種をまく


あの人の中に種をまく


収穫できるかはわからない


それでも私は待ち続ける


その種が小さな芽を出して


あの人の中でじわじわ育って


やがて真っ赤な実をつけるその時まで



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好きになった人がいます。
それはとても畏れ多い恋。
結ばれることなどありえない恋。


恋の相手は…
白糸台高校麻雀部部長、弘世菫。


その凛々しい姿、類まれなる美貌、
相貌に違わぬ強さと意外な程の優しさで、
大所帯の白糸台麻雀部をまとめあげるカリスマです。

そんな彼女の人気たるや確たるもので。
まず、校内には3ケタの会員数を誇る
ファンクラブが存在します。
麻雀部だけでも、廊下の両側に待機して
彼女の通過を見届けるためだけの
行列ができるほどなのです。

ご本人が若干戸惑いながら
「私はこういう事は望んでないからやめてくれ」
と言っても、
「私達がやりたくて並んでいるのです。
 どうか私達から菫様を一目見る
 機会を取り上げないでくださいませ」
と懇願される始末。

それほどまでに、白糸台高校において
弘世菫の人気は圧倒的なもので。
こと校内に限って言えば、
インターハイ全国制覇に導いた
宮永照よりもその人気は上なのでした。


私、渋谷尭深はそんな彼女に恋い焦がれる、
ただの1ファンに過ぎませんでした。

彼女と言葉を交わす機会もなく、
それこそお姿だけでも拝見できたらと、
あの行列に身を連ねる脇役に過ぎなかったのです。

その現状を変えたいとは思っていませんでした。
否、あまりにも世界が違いすぎて
願望すら持てなかった、
というのが正しいかもしれません。

私はこのまま、彼女と会話することなく
高嶺の花としてそっと遠くから愛し続ける。
それでいい、それしかできないと
思っていたのです。

だからなのかもしれません。


「渋谷尭深。君を、我が虎姫の
 メンバーとして迎え入れたい」


私が、望外の喜びを前にして、
その心を狂気に染めてしまったのは。



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「各局の最初の捨て牌が
 オーラスに戻ってくる…ですか?」

「ああ。これまでの君の牌譜を確認してみたが、
 君は平均聴牌率がそれなりに高いにも関わらず、
 オーラスでは全くといい程上がれていない」

「理由は配牌の悪さ。だがその配牌に異常な偏りがある。
 気になって調べてみたら驚いたよ」


よどみない口調で説明しながら、
1枚のプリントを手渡す弘世先輩。

そこには弘世先輩が分析した通り、
私が最初に捨てた牌が全てオーラスの
配牌に組み込まれている様が図示されていました。


「凄まじい能力だ。仮に一度も
 連荘がなかったとしても、
 半荘1回のうちに7牌はある程度
 自由にコントロールできる事になる。
 場合によっては役満すら
 コンスタントに狙えるだろう」

「その分第一打牌が縛られるとも言えるが、
 それ以外のデメリットがないとすれば、
 かなり有用な能力だな」


驚いて声も出ませんでした。
私にそんなオカルト的な能力がある事もそうですが…
『あの』弘世先輩が、私自身気が付かないような
能力を見出せるほどに、
私の牌譜を分析していたという事実に。


「…もしかして、部員全員の牌譜を
 確認しているんですか?」

「いや、さすがに全員は無理だな。
 見込みがあると判断した部員だけだ」

「私に、どこか見込みがあったと?」

「ああ。打ち筋こそ堅実で目立つ事はないが…
 芯の強さを感じた」

「まあ、そんなわけで
 うちに来てくれないか?」


私の目の前で、弘世先輩がぺこりと頭を下げました。
対する私は、これが本当に現実なのか、
それともただの白昼夢なのか判断がつかなくて。


「え…あ、う…」


ただ、おろおろと言葉にならない
文字を吐き出すだけでした。


『虎姫に入る』


それは、今の白糸台高校麻雀部の部員にとって、
神の寵愛を受けるに等しい僥倖で。
同時にそれは、神と同列に並ぶ
畏れ多い行為でもありました。

白糸台高校の団体戦レギュラーの
選抜方法は少し特殊なものになっています。

部内でチームを作り、競い合わせた上で
勝ち抜いたチームがその年の
団体戦のレギュラーとなるのです。

故に必ずしもランキングのトップ5が
レギュラーになるわけではなく。
自身が所属するチームの選択は、
運命の選択ともいうべき
重要な意味を持つものとなります。


そして、今私が誘われている虎姫は。


白糸台を優勝に導いた絶対的王者の
宮永先輩がいます。
その宮永先輩に並び立ち、
同じくインターハイ優勝を経験し、
今年からは部の代表を務める
弘世先輩がいます。

そんな虎姫に入るという事は、
半ばインターハイ出場を
内定したようなものなのです。

それがどれほどの栄光で、
どれほどの重圧で、
どれほどの羨望と嫉妬を受けるのか…
想像に難くありませんでした。


私の反応を見て難色を示していると
受け取ったのでしょう。
それでも弘世先輩は
涼しい顔でこう続けました。


「まあ今すぐにとは言わない。
 君にも心に決めたチームがあるかもしれないしな。
 しばらく考えて、また別の機会に
 答えを聞かせてくれればいい」


くるりと優雅に背を向けて、
規則的なリズムを刻みながら
去っていく弘世先輩。

私はそんな背中を呆然と眺めながら…
まだ、飲み込み切れない事実を
うわ言のように呟いていました。


「私が…虎姫に…入る?」


私がその意味をようやく理解できたのは、
自失のまま帰路につき、気もそぞろに食事をとり、
その後お風呂に入って人心地ついてからの事でした。



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私が虎姫に入った当初、周囲からは
戸惑いの声が上がっていました。


『なぜ渋谷さんが?』

『あんな地味な子が…ランキングも下位で
 打ち筋もぱっとしないのに』

『何か卑怯な手段で取り入ったのでは?』


中には当人である私に聞こえる位置で
わざわざ口に出す人もいるほどで。
私は毎日針の筵に座るような気持ちで
日々を過ごす事になりました。

もっとも、そんな思いを味わったのは数日で。
ある日を境に、陰口はぴたりと止まりました。
その理由はとても単純なもので。


「渋谷は私の方から素質に惚れ込んでスカウトした。
 いずれ間違いなく、虎姫の名に恥じない
 活躍を見せるようになるだろう」

「そもそも私達にはチーム選択権があるのだから
 文句を言われる筋合いはない。
 無論陰口を叩くような
 最低な人間は選ばないがな」


弘世先輩が、正面から切って捨てたからです。


さらには、弘世先輩はただ適当なことを言って
周囲を黙らせたわけではありませんでした。
事実虎姫に入って以来、私の雀力は
見違えるように向上していったのです。

例の能力に気づいたことも大きいですが、
何より弘世先輩と宮永先輩の
徹底指導によるところが大きいのだと思います。

弘世先輩から理論を、宮永先輩からは
超常的な力についてのレクチャーを受けました。


「渋谷。お前には確かに能力があるが、
 だからと言ってひたすらオーラスまで
 耐えるだけでは勝ち目はない」

「身につけろ。お前の能力を
 最大限生かせる打ち方を。
 そのために理論は必ず必要になる」


「能力のあるあなたならわかると思うけど…
 麻雀は確率と統計に支配されたゲームじゃない」

「牌は打つ人の心に応える。
 意志の強い人を牌は見捨てない」

「心を鍛えて。牌に愛されるだけの強い心を」


お二人の教えを忠実に実践した私は、
日進月歩で部内ランキングを
塗り替えていきました。

そして、インターハイ予選を間近に控えた
部内チーム対抗戦でも…
私は全試合でプラス収支を
収める事ができました。


「よくやった。これでもうお前を
 馬鹿にする奴はいないだろう」

「今までつらかっただろうがよく耐えたな。
 本当にありがとう」


部内チーム戦を勝ち抜いた時、
弘世先輩は私の労をねぎらってくれました。


この時弘世先輩がかけてくれたこの言葉を、
私は一生忘れる事はないでしょう。



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ここまでは本当に、
本当に順調だったのです。

でも…私の先行きに暗雲が立ち込めたのは、
実際にはここからでした。





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虎姫に入ることができたのは
身に余る幸せではありましたが、
それは同時に、苦痛の始まりでもありました。

これまではただ遠くで
眺めているだけだった弘世先輩。
今までは、ただそれだけで
満足できていたはずなのに。

こうしてチームメイトとなり、
会話を交わす事ができるようになると、
これまで脳裏に浮かびすらしなかった浅ましい願望が、
私の脳を支配し始めたのです。


『もっと弘世先輩と仲良くできたら』


一度頭に浮かんだその欲望は、
留まることなく肥大化していきます。


『今日は弘世先輩と16回も話せた』

『弘世先輩に私のお茶を飲んでもらえた』

『弘世先輩と一緒にお菓子を食べた』


弘世先輩からしたら、
チームメイトとの他愛のない交流に
過ぎないのかも知れません。

でも、私にとっては…
あの行列の末席に加わっていた私にとっては、
もうここで死んでもいいと思えるほどの
幸せな出来事でした。

なのにそう言った小さな奇跡を
積み重ねていくたびに、欲望は膨らみ、
心は醜くなっていくのです。


そんな私が、抱いてはいけない望みを
抱くようになるまでに、
さして時間はかかりませんでした。


『もし、弘世先輩と結ばれる事ができたなら』


順調だった毎日に、
陰りが生まれた瞬間でした。

ただただ幸せだった日々に、
少しずつ苦痛が混じるようになったのです。


弘世先輩との距離が近づいて、
改めて思い知らされたことがあります。

それは、弘世先輩と宮永先輩の絆。

二人はただ強いから一緒にいるのではなく。
そこには、新参の私には
踏み入る事ができない程の、
強い繋がりがありました。


「…菫」

「ん?…ああ。行くか」


宮永先輩はただ名前を呼んだだけ。
それでも、弘世先輩は宮永先輩の意図をくみ取って
即座に対応する事ができます。
逆もしかり。宮永先輩に至っては、
言葉を紡がずとも弘世先輩の思いを
完全に理解している節すら見受けられて。

とても敵わない。そう思わずには
いられませんでした。


諦めるしかありません。
でも不用意に近寄って、完全に
弘世先輩の虜になってしまった私は、
すんなり諦める事もできず。


お二人が仲良くするたびに、
勝手に傷つき、胸中に渦巻く醜い感情と
戦うことになりました。

いつかこの苦しみが、
報われる日が来るのでしょうか。
麻雀のように耐え忍べば、
いつか、実を結ぶ日が来るのでしょうか。
いいえ、きっと来ないでしょう。

そうして私は今日も、一人枕を濡らしながら、
やがて疲れ果てて眠りにつくのです。



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夢を見ました
それは、とても奇妙な夢


夢の中で私は、いつものようにお茶を淹れながら
何かに祈りを捧げるように両手を重ねます

そして握った手を開くと
手の中には鈍く輝く
種のようなものがありました

それをそのまま湯呑に入れて
お茶を注いであの人に出したのです


気づかず飲みほしたあの人は
私ににこりと微笑みかけて

−ありがとう− と言いました


夢の中の私はそれを
何度も何度も繰り返します

やがてあの人が飲み込んだ種のようなものは

あの人の中で芽を出し

根を張り

葉を作り


最後には大きな赤い実をつけました


私はそれを収穫し
がぶりと一息に噛み砕きます

そしたらあの人は私を抱き寄せて
そっと耳元で囁いたのです


お前を愛している


照よりも


私の脳髄を蕩けさせるほどの甘い声で
そう囁いたのです



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眠りから覚めた私は、
夢の内容を鮮明に覚えていました。

人の心に種を植え付ける。
それを育てて実を収穫する。

それは実に夢らしい、幻想的で現実味のない内容。
なのにそれは、いつまでも私の頭の中を支配し続けて。

気づけば私は、夢の中と同じように両手を握り、
そっと祈りを捧げていました。


−どうか、あの人が私を愛してくれますように−


長い、長い祈りの後。
私はその両手を開きます。
そして、そこには…


鈍く光る種がありました。


そう、夢と同じ、どこか暗い、
悲しい光をたたえた種が。



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「ふむ…今日のお茶は少し濃いな」

「はい…お気に召しませんでしたか?」

「いや、これはこれでありだな。
 むしろこっちの方が好きかもしれない」


弘世先輩は、種入りのお茶を
警戒する事もなく飲み干しました。

もっとも、『あれ』に味や香りが
あるのかはわかりませんけど。

全てのお茶を飲みほした弘世先輩を、
私は注意深く観察します。

そしてこれまた夢と同じように、
弘世先輩の胸に巣食う種の様子が見えました。

これからあの種は、
弘世先輩の心を土壌にして、
少しずつ育っていく。
そしてそれが実をつけた時、
弘世先輩は私のものになる。

夢がどこまで現実になるのかはわかりません。
私の麻雀と同じで、収穫できずに終わる場合も
あるのかもしれません。

それでも私は、この種に一条の光を見出しました。
この種なくしては、私が弘世先輩と結ばれる可能性など
万に一つもあり得ないのですから。


それからはできる限り、弘世先輩のおそばに
居続けるようにしました。

植物が育つには十分な栄養が必要です。
それはこの怪奇な種にも当てはまることで。
麻雀であれば単に牌を捨てるだけでよかったのですが、
この種はそうもいかないようでした。


この種は、私の弘世先輩への愛情を養分にする。


根拠はありませんでしたが、
なんとなくそんな気がしたのです。
なら私にできる事は、その愛情をできる限り
弘世先輩に届ける事。

ひたすら愛を届けました。
普段からのお手伝いはもちろん、
今までは遠慮していたこんな場合でも。


「照。ちょっと買い出しに
 付き合ってくれないか?」

「あ…それ、私が行きます」

「…?言っておくが本当に買い出しだから
 待っているのは疲労だけだぞ?」

「…ならなおさら、宮永先輩より
 私の方がいいかと思います」


大切なのはいかに私の愛情を
弘世先輩に注げるか。そこに、
宮永先輩との絆は関係がないのですから。
例えでしゃばりと思われても、
愛情を注ぐ方を優先する事にしました。


毎日祈るように育てました。

どうか、その種が吐き出されませんように。
どうか、その芽が摘まれませんように。
どうか、その葉が落とされませんように。
どうか、その花が枯れませんように。

私はただひたすら願いながら、
弘世先輩のそばに侍り続けました。




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「…尭深、ちょっと話がある」






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それは最も恐れていた事態。
宮永先輩に気づかれてしまいました。

もっとも、照魔鏡なんて反則的な能力を持つ
宮永先輩が気づかないはずもなく。
こうなるのはいわば必然でもあったのでしょう。

宮永先輩は私を自身の個室に呼び出し、
単刀直入に切り出しました。


「…もうあの種を育てるのはやめるべき」

「…私に弘世先輩を取られるのが怖いんですか?」

「違う。菫と私はそういう関係じゃない」

「私のためじゃない。あなたのため」


そう語って私を見つめる宮永先輩の瞳は、
確かに心配の色が浮かんでいて。
私は少なからず狼狽しました。

宮永先輩は、弘世先輩を好きではなかった…?
なら、私がこうする事に何の問題があるのでしょうか。


「いろいろ問題はあるけど…
 何より一番問題な点がある」

「あの種を育てるのに必要な養分」

「それは…あなたの命」

「……っ!?」

「…っ、何を根拠に」


そんな馬鹿なことが。だって、あれは、
私の、愛情で、育つ、はずで。


「それを私が語る必要はないと思っていたけど…
 気づいていないなら言う」


「最近…体調悪いでしょ?」


ぐうの音も出ませんでした。
確かに最近、私が体調不良で
伏せり気味なのは事実で。
でも、それは単なる一過性のものだと思っていたのに。


「続ければ確実に寿命が縮む」

「ともすれば死ぬ」


そう告げる宮永先輩の目は本当に真に迫っていて。
それが冗談や悪戯の類にはとても見えませんでした。


「今一度、よく考えてほしい。
 命を懸けてまでする事なのか」

「そこまでして願いが成就したとして、
 それは本当の愛なのか」

「あなたなら、そんな能力を使わずとも…
 菫の本当の愛を手に入れられるかもしれない」

「思いとどまってくれるとうれしい」


宮永先輩の言葉は、
痛烈に私の胸を刺しました。





宮永先輩が去った後も、
私は1人その場に立ち尽くしながら、
宮永先輩の言葉を反芻していました。



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この手段で手に入れた弘世先輩は、
本当の弘世先輩じゃない






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しかも、その代償として奪われるのは命。
そうまでして続けるべき価値のあることなのか






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今すぐやめて…まっとうな方法で弘世先輩の
愛を掴みとる方がいいのではないか






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……






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……






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そして私は…死を選びました






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考えてみました。
私が普通に弘世先輩を射止められる可能性を。

ゼロでした。
そんな可能性はありませんでした。

宮永先輩が弘世先輩を好きではなかった。
だからどうだと言うのでしょう。
弘世先輩が宮永先輩を好きでないとは限りません。
これから宮永先輩が弘世先輩を
好きにならない保証もありません。

そもそも宮永先輩がいなかったとしても。
弘世先輩は校内において神格化される程の存在で。

ちょっと能力が気に入られて
同じチームになったからと言って、
私などがつりあうはずがないのです。

どうせ可能性がゼロなら…
私はこの能力に賭けることにします。
それでいずれ命が途絶えてしまうとしても。

かりそめの愛でも構いません。
どうせ本物の愛は手に入りようもないのです。
せめてかりそめの愛でもほしい。
そう思うのは間違いでしょうか。


そして、私は水をやり続けます。
私の命を食い潰す花に。
今まで以上に熱心に。


できるなら、私の命が尽きる前に、
実をつけてくれることを願いながら。



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「なあ尭深…最近、具合がよくないんじゃないのか」

「…そんな事はありませんけど」

「意味のない強がりを張るな。
 ずっと顔色も悪いし、最近いつも
 ふらついているじゃないか」

「…寝不足だからかもしれませんね」

「何か悩みでもあるのか?解決できるかはわからないが
 せめて話だけでも聞かせてくれ」

「…いえ。特に悩みはありません。
 むしろ精神的には非常に快調です」

「そ、そうか…なら寝不足の原因は
 わかっているのか?」

「はい…そのうちよくなると思います」

「あまり無理しないでくれよ?
 お前は、私の…大切な仲間なんだから」

「………」

「はい」


そう心配する弘世先輩の胸には、
少しだけ膨らんだ赤い果実が実っていました。

そう、心配はいりません。
後少しすればその実が熟れる。
それをもぎ取れるようになるまで
もうそんなに時間はかからないはずですから。

だから、後少しだけ。
後少しだけ持ってほしい。

弘世先輩の愛の言葉さえ聞ければ。
後はもう、どうなってもいいですから。



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でも、残念ながら…私の命は、
私の願いを叶えるには、
ほんの少しばかり
つりあわなかったようです。






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「尭深!!目を、目を覚ましてくれ!!」

「どうしたの菫、大声出しt…」

「…尭深…!」

「急に眠るように意識を失って、
 それから目を覚まさないんだ!」

「寝不足だとは言っていた。
 だが、これがそんなものじゃない事は私にもわかる!」

「……」

「…尭深はもう、目を覚まさないかもしれない」

「なっ…!何か知っているのか照!!!」

「……」

「尭深…」



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夢を見ていました

それは とても悲しい夢

これまで必死に育ててきた花
それが見るも無残に枯れていきます


せっかく実がなったのに
回収する人がいないから


実はやがて腐り果てて
地に落ちて価値を失いました


その様を見た私は崩れ落ち
そのまま動かなくなるのです


きっとこれは罰なのでしょう
邪悪な手段で人の心を手に入れようとした報い
私は受け入れなければいけません


でも


それでも


ただ一言



たった一言でよかったんです



愛している



その言葉だけでも


どうか


どうか



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『尭深!!』






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強い呼びかけに反射的に目を開いた時。
そこには、私の手を両手で握りながら
涙を流す弘世先輩の姿がありました。


「……尭深?」


頬を伝う涙をそのままに、
きょとんとした表情を浮かべる弘世先輩。
でも次の瞬間、すぐにその目から
新たな涙が零れ落ちました。


「尭深!!」


弘世先輩が強く私を抱き寄せます。
温かなぬくもりと力強さを感じながら、
私は回らない頭で必死に状況を把握しようと努めました。

しばらくそうして抱かれたまま時間が経ちました。
やがて少し落ち着いた弘世先輩が
私の体をそっと離した時を見計らって、
私は質問を投げかけました。


「…どうして、弘世先輩が…」

「お前が無理をして倒れたからだ…」


泣き腫らした目を擦りながら、
それでも口調はいつも通りに答える弘世先輩。
そんな弘世先輩の胸には…


あの実は、もうありませんでした。


落胆した表情を読み取られて
しまったのかもしれません。

弘世先輩は一瞬眉を顰めながら、
少し戸惑う様に視線を揺らがせると、
意を決したように話し始めます。


「…お前が育てたあの実はもう無い」

「…知ってたんですか」

「照から聞いた」

「…いつから知っていたんですか?」

「…お前が倒れてからだ」

「その実自体が尭深の命そのものだという事も聞いた。
 それをお前がもぎ取って食べれば、
 願いは成就するが費やした命は戻ってこない」

「だが、お前がそれを食べることなく、
 実が地に落ちて霧散すれば…
 全てとは言わないが、
 大半はお前の体に戻ると聞いた」

「あいつ自身悩んでいたらしい。
 このままお前の意志を組んで見守るのか、
 それとも、お前の意志を無視してでも
 お前を助けるのか」

「最終的に、あいつは判断を私に委ねた。
 そして私が実を散らす事を選択して今に至る」

「…そうですか」


それはそうでしょう。
その実を私が食べてしまえば、
弘世先輩の心は私のものになる。

自分のあずかり知らぬところで
勝手に洗脳された挙句、
張本人は死んでしまうのです。

選択の余地なんてありません。
むしろ宮永先輩が判断を迷う事の方が
よくわかりませんでした。


願いが露と消えたこと。そして、
自身の醜い欲望が露呈してしまったこと。
私の心は絶望に黒く塗りつぶされていきます。

こんな事なら、あのまま
逝かせてくれればよかったのに。

目の奥に熱い何かがこみ上げ涙腺が緩みます。
とはいえ、犯罪者側の私が
被害者の弘世先輩の前で
泣くなんてことはできません。

せめて見られないようにしようとして、
ぐっと堪えて俯いた時…

そのあごを押し上げられました。


「勘違いをするな。
 私はお前のものになるのが嫌で
 実を落とす選択をしたんじゃない」


「……?」


「そんな実を齧るまでもなく、
 私達の心は結ばれている」


「必要のない行為のために、
 勝手に命を落とされては困る」


弘世先輩が紡いだ言葉は、
私にはよく理解ができませんでした。

飲み込み切れず疑問符を浮かべる私を見た弘世先輩は、
もどかしさを隠そうともせず
私に詰め寄ります。


「だから、私もお前の事が好きだと言う事だ!」

「両想いなんだからそんな能力に
 頼る必要はないだろう!」

「嘘」

「なぜそう思う」

「…弘世先輩が、私なんかを
 好きになるはずがありません」

「ああもう!なんでお前は
 そう変なところで頑固なんだ!
 わかったよ!」


そう吐き捨てた弘世先輩は、
私の肩をその手で抱いて、
ぐっと顔を近づけて…


そのままの勢いで、強引に私の唇を奪いました。


「…ど、どうだ。これで信じたか?」

「…いえ」

「よくわかりません」

「まだ言うのか!」

「だって…私は、こんなっ…」

「弘世先輩に…愛されていい人間じゃない…」

「私はっ…地味でっ…目立たなくて、醜くてっ…汚いっ……」

「弘世先輩とでは釣りあわない……」

「わかりません…っ…なんで私なんk」

「っ……」


溢れ出る涙と共に、愚痴愚痴と
情けない言葉を繰り返す私の唇が、
再度弘世先輩によってふさがれます。
今度は、さっきよりも長く。


「…っはぁっ……」

「飲み込めるまで何度でもしてやる」

「いいか、私はお前が好きだ」

「そんなお前を、お前が卑下する事は許さない」

「私を好きだと言うのなら、黙って受け入れろ」


些か乱暴な台詞を口にしながら、
弘世先輩が私の唇をついばみました。


「……っ」


「はぃっ………」


私はもうわけがわからず、
ただひたすらその唇の柔らかさを
享受するだけでした。



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昔から少し気になっていた。

見た目は地味。麻雀も地味。性格も気弱。
取り立てて括目するところもなく、
他の多数の部員に埋もれて
消えていくはずの存在だった尭深。

仮にも白糸台高校は全国制覇を果たした学校だ。
その栄光に吸い寄せられるように、
中学から腕に自信がある部員が
特待で集まってきているわけで。

尭深のように一般受験で入学した生徒は、
あまりの実力の違いに落胆して
すぐにやめていく者がほとんどだった。


だが尭深は消えなかった。
ランキングが上がる事こそなかったものの。
地味なまま、それでもそのまま居残り続けた。


芽が出ないまま、それでも努力を続ける
苦しさは並大抵のものではない。
その苦しさは、照のそばに
あり続けた私が一番よくわかっている。


今思えば、そんな尭深に自分を
重ね合わせていたのかもしれない。
なんとかして手を差し伸べたい。
活躍の場を与えてやりたい。
そう思って、牌譜を分析し続ける日々。


そして私はついに見つけた。
尭深の能力を見つけだした。
第一打牌で捨てた牌が、オーラスで戻ってくる…
長く耐えれば耐えるほど、
長く苦しめば苦しむほど
その実りは大きなものになる。

これまで耐えに耐え凌いだ尭深らしい、
愛おしい能力だと思った。


私は喜び勇んで尭深を虎姫に迎え入れた。
打ち明けた時こそ戸惑いを見えたものの、
尭深は私の申し出を受け入れてくれて。
私達は晴れてチームメイトになった。


徹底的に鍛え上げた。
それは、尭深を言われなき攻撃から守るために。
何より、これまでの尭深の努力を無にしないために。

尭深は私達の教えを忠実に吸収して、
やがて虎姫になくてはならない存在となってくれた。

おそらくはその頃からだろう。
私が尭深に、ただの後輩以上の
感情を抱き始めたのは。


守るべき存在。
私に安らぎを与えてくれる存在。
同じ痛みを共有できる存在。

そんな尭深に愛おしさを感じることは、
私にとっては自然なことだった。


私達は少しずつ絆を深めていく。
尭深が淹れてくれたお茶をすすりながら、
心地よい沈黙に身を委ねる…
いつしかそれは、私が一番好きな時間となっていた。

尭深も私を慕ってくれた。
元々あのヤクザ行列に並んでいたくらいだから
それなりに敬愛はされていたのだろう。


両想いだと思っていた。
言葉には乗せずとも、
想いは通じ合っていると思っていた。

さすがにインターハイを前にして
メンバーが色恋沙汰というのはよろしくないから、
告白まではすまいとは思っていたけれど。
いずれ落ち着いたら、
私から思いを告げようと思っていた。


だから、尭深が倒れた時。
私の中に、尭深の命が息づいていると知った時。


私はもう我慢する事ができなかったんだ。



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「…ということだ。だからお前が
 命を懸ける必要は何もないんだよ」


私をその腕の中に抱きながら、
弘世先輩がその胸の内を打ち明けてくれました。


「…そうだったんですか…
 知りませんでした」


正直まったく気づきませんでした。
弘世先輩が私を憎からず
思ってくれていたなんて。
私は一体、今まで弘世先輩の何を見てきたのでしょうか。


「お前が気づいていなかった事にも驚いたが…
 まあ、お互い様なんだろうな」

「…そうですね」

「私も、お前の事をよくわかっていなかった。
 そんな命を懸けた願掛けをしていたことも」

「…それは能力の話なので仕方ないです」

「…悪いが、私は結構負けず嫌いなんでな。
 照に気づけて、私が気づけなかったと知って、
 『能力だから仕方ない』と飲み込むことはできない」

「それが好きな相手の事ならなおさらだ」

「もう二度と、こんな事はするな。
 好きなら好きと…
 言葉で言ってくれた方が嬉しい」

「…はい」


強い口調で諭す弘世先輩に従う相槌を返しながら、
私は自身の能力について想いを馳せていました。


結局私のこの能力は、
一体なんだったのでしょうか。

単に恋心を植え付けるに留まったのかもしれません。
実は何も効果がなかったかもしれません。
ひょっとしたら…弘世先輩を
私の思い通りに動く人形に
変えてしまったのかもしれません。


もっとも私のこの能力が、
本当はどんなものだったのか、
もはや知るすべはありません。

だって私がこの能力を使う事は
もうないでしょうから。なぜなら…


「…そもそも、する必要がありません。
 もう、一番の願い事が叶ってしまいましたから」


そう締めくくるようにつぶやくと、
私は愛しい人の胸にその頬を摺り寄せました。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2015年05月05日 | Comment(3) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
心の種とかいう圧倒的なファンタジー。結構えげつないのにオーラとか魂千切りよりファンシーに見えるのはなんででしょうかね。
Posted by at 2015年05月05日 12:36
原作で白糸台メンバーが初めて映った時の渋谷さんの可愛さを思い出しました。
Posted by at 2015年05月05日 17:09
リクエストをした者です

想像していた物よりもずっと良いものを読ませて
いただきました、本当にありがとうございます
Posted by at 2015年05月05日 21:18
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