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【咲-Saki-SS:部キャプ】久「たまには私が病んでてもいいんじゃない?」【ヤンデレ】
<あらすじ>
インターハイの地区予選や合同合宿を経て、
福路美穂子は竹井久と交流を深めていく。
だがその流れをよしとしない者がいた。
彼女の名前は池田華菜。
だが、彼女は別に福路美穂子への
恋心から異を唱えていたわけではなかった。
持ち前の動物的勘が、
彼女に警告を投げ続けていたのだ。
『竹井久には近づくな。
あれは、何かよくないものだ』
果たして、池田華菜は敬愛する
福路美穂子を守りきることはできるのだろうか。
<登場人物>
竹井久,福路美穂子,池田華菜
<症状>
・ヤンデレ
・共依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・部キャプで久の方が病んでいる話
※ギャグのつもりだったのに
気が付いたら意外と重い話になりました。
--------------------------------------------------------
私、池田華菜は最近ずっと
頭を悩ませている事がある。
そう。キャプテンにすり寄る悪い虫…
清澄の部長の事だ。
3年前に一度会っただか何だか知らないけど。
突然現れたと思ったら、一瞬で
キャプテンを骨抜きにしていった竹井。
それからも、竹井からのアプローチは続いていて。
今もほら、まるで定時連絡とでも言わんばかりに、
キャプテンに電話をかけてきている。
「…はい、じゃあ今度は風越で
お待ちしてますね」
『んー、でも風越遠いのよねー。
いつも会おうと思ったら、
別の手段も考えたいところね』
「そ、そんなっ、いつも会いたいだなんてっ」
キャプテンはキャプテンで
満更でもないようで。
私達にはなかなか見せてくれない
閉じられた片目まで開いて、
目をキラキラと輝かせている。
…電話越しなんだから、
どうせ見てもらえないのに。
『Web会議とかどう?
パソコンとカメラを使うの。
そしたらいつでも顔見て会話できるわよ』
「う、Web会議…ですか?
…ちょっとよくわからないですけど、
部員の皆に聞いてみます。
はい、はい。では今日はこの辺で」
プツリ。
ようやく通話が終わりを告げる。
15分という、短い休憩時間を
ほとんど使い切るあたりがまた嫌らしい。
そして電話が終わるなり、
キャプテンは私に問いかけた。
「ねえ華菜。華菜はWeb会議って知ってる?」
「…また清澄の部長ですか?」
「ええ。パソコンとカメラで
いつでも会話できるって」
「…部員に聞いてみますし」
私は人知れず溜息を吐いた。
最近、キャプテンが何かを始める時は
いつも竹井がきっかけになっている。
例えば、それまで電話すら使えなかった
キャプテンが、いつの間にか
携帯で電話できるようになっていた。
かける相手は竹井ばっかりなんだけど。
キャプテンが機械音痴を克服する。
それ自体は喜ばしい事だ。
喜ばしい事なんだけど…
なんだか、自分の好きな人を少しずつ
あいつに合わせて作り替えられている気分がして。
「……気に入らないな」
「どうしたの華菜ちゃん」
「…なんか最近、竹井の奴が
キャプテンに干渉しすぎてる気がする」
「…ヤキモチ?」
「ちっ、違うし!?私はただ 後輩として、
キャプテンに変な虫が寄ってるから
気になってるだけだし!」
「あはは。そういう事にしておくよ」
みはるんが苦笑しながら私をなだめる。
い、いや。本当にそういうのじゃないんだ!
竹井とくっつくことでキャプテンが
幸せになれるっていうならそれでもいい。
私は別に、キャプテンを
そういう目で見てるわけじゃない。
後輩として、キャプテンの恋路を
応援したっていいんだ。
…でも。
『あいつだけは、なんか駄目だ』
私の中で警鐘が鳴り響いている。
あいつは危険だ。
そう、何かが訴えかけてくる。
具体的に『なぜ?』と聞かれたら、
私も上手くは答えられないのだけれど。
でも、昔からこの手の直感が外れたことはない。
竹井はきっと、何か危険を孕んでるんだ。
キャプテンを、竹井に近づけちゃいけない。
--------------------------------------------------------
そんな私の心配とは裏腹に。
キャプテンと竹井の距離は
どんどん狭まっていった。
それも恐るべきスピードで。
他ならぬ、竹井自身の誘導によって。
「らんららんららーん♪」
「きゃ、キャプテン…ご機嫌ですね」
「ふふっ…わかっちゃう?
ちょっといい事があったの」
私は思わず身構えた。
これは多分よくない知らせだ。
最近のキャプテンが言う『いい事』は、
ほぼ竹井がらみの事ばかりだから。
そして私が危惧した通り、
キャプテンは爆弾発言を口にする。
「インターハイ中の宿泊先なんだけど…
清澄高校と相部屋らしいの」
「にゃぁぁあああっ!?」
「か、華菜!?」
私は思わず絶叫した。
相部屋!?なんで?!おかしいだろ!!
風越の麻雀部は全国屈指の強豪だ。
私立という事もあって、
当然予算だって潤沢に用意されてるわけで。
そんな中、たった一人インターハイに
駒を進めた大事な選手を、
他校と相部屋にするなんてありえない。
実際、去年はそんな事なかったはずだ。
「実はね?ひ…竹井さんが、
どうせなら一緒にどう?
って誘ってくれたの」
「竹井…さんが!?どうしてですか!?」
「『一人寂しく個人戦に参加するよりは、
私達と一緒にいた方がまだ気楽でしょ』って」
「頭おかしいし!!清澄だって
個人戦に2人も出るじゃないですか!
言うなれば敵ですよ!敵!!」
「そもそも団体でうちを負かしといて
何言ってるんだし!
ちょっとくらいは気を遣えし!」
「竹井さんはそんな事気にする人じゃないわ」
「竹井さんの方じゃなくて、
こっちの気持ちに配慮しろって話ですよ!?」
「え、ええと…どうして華菜がそこまで怒るの?
別に、私が気にしてないんだから
何も問題ないと思うけど…」
「っ……それは……!」
そこを突かれると弱い。
結局のところインターハイに
出場するのはキャプテンなわけで。
その本人が喜んでいる以上
文句を言う事自体がナンセンスなわけで。
結局、私は押し黙るしかなかった。
「…というわけで、悪いけど
私は明後日から長期間留守にするから、
部の事はお願いね?」
「はい……」
「って、明後日?個人戦が始まるまでは
まだ二週間はありますよね?」
「それはそうだけど、開会式があるでしょう?」
「いやでも、去年は開会式終わったら
一度戻ってきましたよね?団体戦の間ずっと
向こうにいるわけにもいかないですし」
「そ、それは…だって、ほら、ね?
わかるでしょ?」
「わかりません」
「…あっ、ほら!個人戦に出る選手の何人かは、
団体戦にも出るでしょう?
だから、団体戦も見ておいた方がいいと思うの!」
「…観客が会場に入れるわけじゃないですし、
対局はテレビでリアルタイム中継されますし」
「むしろ勝率を高めるためなら
こっちで牌譜をリアルタイムで解析しながら
対策を練るべきです」
「…うぅっ…」
私のツッコミにしどろもどろになるキャプテン。
これはもう間違いない。
キャプテンは、竹井の口車に乗せられてるんだ。
これを許してしまったら、
一気に竹井に持っていかれる。
諦めてもらわないと危険だ。
…でも。
「…ダメ、かしら」
なんて、しゅんとしながら
俯くキャプテンを前にして。
にべもなく駄目だと断じる権利なんて、
私も持ち合わせていないわけで。
心底悲しそうに目を伏せるキャプテンを見ると、
胸がキリキリと締め付けられて…
結局、氷に徹することはできなかった。
「…わかりました。もう止めません」
「本当っ!?」
「その代わり、私もついていきますし」
「え…華菜も来るの…?」
「駄目ですか?」
「ううん、むしろ嬉しいけど…
それこそ、許してもらえるかしら…」
「そこは何とかゴリ押しします」
せめて代わりに、妥協案を提案する。
このままいけば、キャプテンは2週間以上
あの竹井とつきっきりになる。
しかもこれが竹井の計略だとしたら、
間違いなくキャプテンは貞操の危機に陥るはず。
別にあいつが清く正しい付き合いを
するっていうなら問題なし。
でも、もしあいつが
キャプテンに魔の手を伸ばしたその時には…
私が、キャプテンを守るんだし!
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--------------------------------------------------------
宿泊先の部屋に足を踏み入れると、
そこにはもうあいつが先に陣取っていた。
竹井は私の姿を見ると、
少しだけ驚いたように声をあげる。
「あら、風越は美穂子だけだと思ってたけど…
池田さんもついて来たのね」
「来年の王者奪還に向けて、
会場の雰囲気をしっかり
感じてこいって言われましたし」
「そうなんだ」
「それに、個人戦までは長いですから。
キャプテンの付き添いも兼ねてます」
「キャプテンが、トラブルに見舞われないように
全力で守りますし」
「……何も、問題が起こらないように」
「ふふっ、頼もしいわねー」
特に気にする風でもなく、
けらけらと爽やかに笑う竹井。
予想外の反応だった。てっきり、
少しは不満を顔に出すと思っていたのに。
もしかして、実は私の取りこし苦労で、
竹井はキャプテンを狙ってるわけじゃない…?
自分の直感に疑問を持ち始めた次の瞬間。
竹井がおもむろに口を開いた。
「…ま、池田さんのガードが
必要になる事はないと思うけどね」
「美穂子は、ほとんど私と
一緒に行動するだろうから。
私が美穂子を守ってあげるわ」
「…私以外の、誰にも触れられないように」
そんな言葉と共に、ふふっと含み笑いを漏らす竹井。
でもその笑みからは、さっきまでの爽やかさは
微塵も感じられなくて…
どこか異様な凄味が篭められていた。
ぞわぞわと背筋に悪寒が走るのを感じ、
私は思わず後ずさる。
残念ながら、私の勘は間違ってはなさそうだった。
(…やっぱり、こいつからは目を離したら駄目だ!)
長い戦いが始まった。
勝ち目の薄い戦いが。
--------------------------------------------------------
その日から、私はそれとなく
竹井からキャプテンを引き離すように動いた。
「あっ、竹井さんっ…今日自由時間ですよね?
もしよかったら」
「何?デートの約束かしら?」
「えっ、あっ…は、はi」
「きゃっ、キャプテン!コーチがお呼びです!
風越のメンバーでミーティングだそうです」
「えっ……そ、そう」
「……あら残念。また誘って頂戴ね?」
……
「ねえ美穂子。ちょっと付き合ってくれない?」
「…っ!わ、私でよければ!」
「…構わないけど30分後には
ミーティングだからその辺
散歩位にしてください」
「か、華菜…そんな話しあったかしら?」
「さっきコーチに言われたんですし」
「……」
「…わかったわ池田さん」
可能な限り、二人っきりにしないようにした。
完全には難しい場合でも、
何かと理由をつけて時間を区切った。
正直自分でも、どうしてここまで
竹井を警戒するのかわからない。
でも、本能が告げてるんだ。
こいつを、キャプテンに
近づけ過ぎちゃいけないって。
自身の直感に従って、
私はキャプテンを守り続けた。
--------------------------------------------------------
…もっとも、それにも限界があったけど。
--------------------------------------------------------
そんなこんなを繰り返したある日。
私は、竹井に名指しで呼び出された。
しかも個室に。
(ついに痺れを切らしたか…)
何をされるかわからなかった。
でも、これで本性を出してくれるなら
それはチャンスとも言えるだろう。
(私が襲われたなら、さすがに
キャプテンも目を覚ましてくれるはずだし。
むしろ望むところだし)
なんて虚勢を張りながらも、
やっぱり怖いものは怖い。
緊張に顔を強張らせながらも
指定された部屋の扉を叩き、
私は竹井に対峙する。
「いらっしゃい。待ってたわ」
私を迎え入れた竹井の顔には、
いつものように
飄々とした笑顔が張り付いていた。
「ねえ、池田さん。単刀直入に聞くわね?」
「…なんだし」
「どうしてそんなに、
私を目の敵にするのかしら?」
「キャプテンを守りたいだけだし」
「…美穂子が私に好意を寄せているのに?
それは、美穂子のためって言えるのかしら?」
「単に、貴方の個人的な我儘で、
美穂子を奪われたくないだけじゃないの?」
「…否定はしないし。そういう気持ちが
全くないとは言えないし。
…でも、それだけじゃないんだ」
「へぇ。じゃあ、一体どうして?」
「……」
「…お前は、なんかよくない感じがする」
「いや、よくない感じって言われても…
具体的には?」
「…うまくは言えないし。
でも、危険な感じがするんだし」
「竹井…お前は、自分に何も
やましいところがないって言えるのか?」
一思いに斬りこんでみた。
正直、私自身なんでここまで竹井に
危機感を覚えるのかわかってない。
もし、竹井が私の疑念を否定して。
身の潔白を証明できるなら。
その時は、私は二人の事を認m
「…あはは。猫っぽいだけあって、
危機察知能力に優れてるのかしらねー」
「!?」
刹那放たれた不穏な言葉。
私は思わず目を見張る。
竹井は笑っていた。
でも、その笑いは爽やかとは程遠い。
口は大きく横に広がり、
口角だけがくいと上がっている。
悪魔のような形相だった。
「池田さん…いいえ、華菜」
「あなたの疑念…間違ってないと思うわ」
「私は本来、美穂子みたいな綺麗な子には
近づいてはいけない存在」
「健常者とは違う、異常な思考の持ち主よ」
「……」
「でもね、欲しいの」
「あの子が欲しい。欲しくてたまらない。
どんな手を使ってもね?」
「これ以上、私の邪魔をすると言うのなら…」
「……」
「『にゃーーーっ!!!』な目に合わせちゃうわよ?」
竹井は夥しい量の殺気を隠そうともせず、
爛々と輝く目でねめつける。
狂気に塗れた視線を一身に受けて、
思わず私は後ずさる。
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
「でっ…できるもんならやってみろ!
キャプテンは私が守るんだ!」
「あはは。ま、そう言うと思ったわ。
でも正直、貴方の返事なんて
今更どうでもいいのよね」
「どう回答したところで。貴方にはもう
退場してもらうつもりだったから」
「なっ…!?」
「…入ってきていいわよ」
パチンッ、と竹井が指を鳴らす。
と同時に部屋の扉が開く。
ヤバい。これと同じようなシーン、
ドラマで見たことがある。
こういう時は大抵、屈強な男達が大量に入ってきて、
私の周りを取り囲むんだ。
ほら、予想通り。複数の人影が
扉の端から現れて、そいつらが
私に飛びかかって来る。
「ようやく出番がやってきたし」
「観光の時間だし」
「江戸を堪能したいし」
…あれ?
「…な、なんでお前達がいるんだ?」
「「「竹井さんに招待されたし」」」
「ごめんねー。華菜お姉ちゃんとの
お話が長引いちゃって。
これからは今まで通り華菜お姉ちゃんが
ずっと一緒にいてくれるからねー」
「どういう事だし!?」
「いやね?美穂子から華菜の下に、
三つ子の姉妹がいるって聞いてさ」
「しかもまだ小さいって言うじゃない?
こんな長い間、大好きなお姉ちゃんと
離れ離れになるのはかわいそうかなーって」
「だから呼んであげたの。
お姉ちゃんと一緒に過ごせるように」
「あ、ホテルなら心配ないわよ?
龍門渕さんがお世話してくれてるから」
「まあでも、さすがに知らない土地で
他人に預けっぱなしっていうのは
どうかと思うけどねー」
「…さ、どうするのかしら?華菜お姉ちゃん?」
「…っ!」
予想だにしなかった展開に戸惑う私。
でも、そうこうしている間にも、
状況はどんどん動いていく。
「いざゆかん未開の地だし。
このなずなが先導するし」
「でもあたしは剣を装備してるし。
いちばんつよいし」
「さんにんでとらいあんぐるで行くし」
「そうするし」
てってって。
「…三つ子ちゃん出て行こうとしてるけど。
止めなくていいのかしら?」
「っ…!す、すぐ戻ってくるし!
その間にキャプテンに
変な事したら許さないからな!!」
「あはは、いってらっしゃーい」
「答えろし!」
仕方なく三人を追いかける。
でも、踵を返して走り去る瞬間。
竹井の口元が小さく動いた気がした。
『…そんなの、食べるに決まってるじゃない?』
私は、それが見間違いである事を
祈るしかなかった。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
「…素敵だったわ、美穂子」
「…久も…すごく、綺麗だった」
「……」
「…ねえ、久はどうして、私を選んでくれたの?」
「あはは、いきなり何?」
「まだ、信じられなくて。
久の周りには、
魅力的な人がいっぱいいるのに」
「どうして、私が選ばれたのかなって」
「…重たい話になっちゃうけどいい?」
「…大丈夫です」
「ま、もうなんとなく気づいてるだろうけど。
私って両親が離婚してるのよね」
「…はい」
「で、物心ついた頃から家が冷え切っててさ。
心のこもったご飯とか、
作ってもらった覚えがないのよ」
「…っ」
「…美味しかったわ。貴女のおにぎり。
それでね、ふと思ったの」
「ああ、こんな愛情たっぷりの
ご飯を作ってくれる人と、
添い遂げる事ができたなら」
「どんなに幸せだろうって…ね」
「そう思ったら、どうしても
貴女の事が欲しくなったの」
「どんな手を使っても、
絶対に私のものにして見せる」
「ってね」
「ひ、久…」
「ふふっ、ちょっと怖がらせちゃったかしら」
「…ちょっと。でも大丈夫」
「私は、何があっても
久を嫌いになったりしないから」
「…ありがと。じゃあ、結婚を前提に
お付き合いよろしくね?」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
「きゃ、キャプテン!?大丈夫でしたか!?」
「きゃっ、か、華菜どうしたの?
そんなに慌てて」
「竹井の奴に変な事されませんでしたか?」
「……華菜?」
「…はい?」
「いくら華菜でも、私の久に、
そういう言葉遣いはして欲しくないわ」
「私の…大切な人なんだから」
「……っ」
(遅かった…し……!!)
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
私の努力の甲斐もなく。
キャプテンは、あっさり竹井に
食べられてしまった。
そして二人の関係がより親密になって初めて。
私は自分が一体、竹井の何を危惧していたのか。
明確に思い知ることになる。
--------------------------------------------------------
それは…あまりにも高い依存性。
まるで麻薬と言っても過言じゃない程の。
人の人格すら、変えてしまいかねない程の。
悪意に満ちた依存性だった。
--------------------------------------------------------
「久はね、一人にしておいては駄目なの」
「あの人はいつも平気な顔をしているけど…
本当は弱くて寂しがり屋なの」
「なのにあの人には家族がいない。
いつも愛に飢えている」
「誰かが。ううん、私が
一緒に居てあげないといけないの」
「いつも。片時も
離れないようにしないといけないの」
「そう、できる限り。一分、一秒でも
離れないように」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
インターハイが終わり、部活を引退してからは。
キャプテンは、部室に一切来なくなってしまった。
風のうわさで聞くところによれば、
毎日のように竹井のもとに通っているらしい。
「キャプテン…今日も来ないね」
「…もう引退したんだから、
来なくても別におかしくはないし」
「そうだけど…キャプテンの性格なら、
毎日来てくれてもよさそうなのに」
「……」
「ごめんだし」
「え。な、なんで華菜ちゃんが謝るの?」
「私があの悪魔を抑え切れなかったからだし」
「…?」
言葉の意味が分からず
頭に疑問符を浮かべるみはるん。
でも私は次の言葉を吐く事はなく。
そのまま沈黙を守り続けた。
言ってもみはるんを苦しめるだけだ。
結果的に、キャプテンは竹井に
どっぷりと溺れてしまった。
きっと竹井がそうさせているんだろう。
自分しか見えなくなるように。
自分以外との関わりと希薄にするように。
竹井は、その異常なまでの執着で。
キャプテンを自分の色に染めてしまったんだ。
最終的に、キャプテンは風越から消えた。
清澄高校に編入する事にしたらしい。
後、たった数か月だったのに。
「…やり過ぎだし…竹井……」
別に、二人の仲を引き裂きたかったわけじゃない。
二人がお互いに惹きあっているなら、
それはそれで構わない。
でもせめて。
「普通の先輩後輩位の関係は…
残してくれてもいいじゃないか」
誰に言うわけでもなくぼそりと呟く。
あまりにもあんまりな結末に、
思わず手に力が籠る。
刹那、着メロが鳴り響いた。
ため息をつきながら携帯を取り出す。
画面に表示されていたのは…
……竹井久。
「…何の用だし」
『あはは。用ってわけじゃないんだけどね。
ちょっと一言伝えとこうと思って』
「…何をだし」
『大したことじゃないんだけどねー』
『……』
『余計な事考えちゃ駄目よ?
私達は、二人でちゃんと
幸せに暮らしてるから…ね?』
『本当に美穂子の幸せを考えるなら、
いい加減身を引きなさい?』
『私はもう、美穂子から絶対に離れない。
あの子に、先輩後輩の関係なんて必要ないの』
「……っ!?」
『それだけ。じゃぁね?』
プツリという音と共に通話が終わる。
私は携帯を耳にあてたまま
呆然と立ち尽くす。
「もしかして…私まで監視されてるのか?」
背筋を、冷たい汗が伝い落ちる。
同時に、あの時の竹井の笑顔が脳裏をよぎる。
蛇のような、狂気がありありと浮かんだ笑顔。
− 近寄ってはいけない −
それはキャプテンだけじゃなくて、
私にとっても同じ事だった。
キャプテンが堕ちてしまった以上。
もう私が危険を冒してまで
あいつに近づく意味はあるだろうか。
「…もう…諦めるし……」
私はがっくりと肩を落としたまま、
とぼとぼと一人帰路に着いた。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
「久、随分機嫌がいいみたいだけど、
何かあったのかしら?」
「ああうん。猫がようやく諦めたみたいだったから」
「猫?何の事?」
「うん、こっちの話。気にしないで?」
「気になるわ。久の事で
知らない事があるのは嫌なの」
「あはは、美穂子ったら
すっかり病んじゃって」
「久が病んでるんだもの。私も病まないと
釣り合いが取れないでしょう?」
「ふふ、そうね。でも、
本当に大したことじゃないの。
華菜が私達を引き裂こうとしてたけど、
やっと諦めてくれたってだけ」
「華菜が、そんな事を…?」
「うん。あの子は、早い段階で私の異常性に
気づいてたみたいだから」
「…貴方を守りたかったんでしょうね。
本当に健気な子」
「華菜…」
「…気になる?と言っても今更遅いけど」
「私はもう、貴方を離さないわよ?
私だけを見てもらう。
竹井美穂子になってもらうから」
「……」
「願ってもない事だわ。
私だって、もう久なしではいられないもの」
「好きなだけ私を壊して。
依存して、依存させて」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
そして二人は、表舞台から姿を消した。
でもきっと、どこかで幸せに暮らしているんだろう。
完全に閉ざされた、二人きりの世界で。
(完)
インターハイの地区予選や合同合宿を経て、
福路美穂子は竹井久と交流を深めていく。
だがその流れをよしとしない者がいた。
彼女の名前は池田華菜。
だが、彼女は別に福路美穂子への
恋心から異を唱えていたわけではなかった。
持ち前の動物的勘が、
彼女に警告を投げ続けていたのだ。
『竹井久には近づくな。
あれは、何かよくないものだ』
果たして、池田華菜は敬愛する
福路美穂子を守りきることはできるのだろうか。
<登場人物>
竹井久,福路美穂子,池田華菜
<症状>
・ヤンデレ
・共依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・部キャプで久の方が病んでいる話
※ギャグのつもりだったのに
気が付いたら意外と重い話になりました。
--------------------------------------------------------
私、池田華菜は最近ずっと
頭を悩ませている事がある。
そう。キャプテンにすり寄る悪い虫…
清澄の部長の事だ。
3年前に一度会っただか何だか知らないけど。
突然現れたと思ったら、一瞬で
キャプテンを骨抜きにしていった竹井。
それからも、竹井からのアプローチは続いていて。
今もほら、まるで定時連絡とでも言わんばかりに、
キャプテンに電話をかけてきている。
「…はい、じゃあ今度は風越で
お待ちしてますね」
『んー、でも風越遠いのよねー。
いつも会おうと思ったら、
別の手段も考えたいところね』
「そ、そんなっ、いつも会いたいだなんてっ」
キャプテンはキャプテンで
満更でもないようで。
私達にはなかなか見せてくれない
閉じられた片目まで開いて、
目をキラキラと輝かせている。
…電話越しなんだから、
どうせ見てもらえないのに。
『Web会議とかどう?
パソコンとカメラを使うの。
そしたらいつでも顔見て会話できるわよ』
「う、Web会議…ですか?
…ちょっとよくわからないですけど、
部員の皆に聞いてみます。
はい、はい。では今日はこの辺で」
プツリ。
ようやく通話が終わりを告げる。
15分という、短い休憩時間を
ほとんど使い切るあたりがまた嫌らしい。
そして電話が終わるなり、
キャプテンは私に問いかけた。
「ねえ華菜。華菜はWeb会議って知ってる?」
「…また清澄の部長ですか?」
「ええ。パソコンとカメラで
いつでも会話できるって」
「…部員に聞いてみますし」
私は人知れず溜息を吐いた。
最近、キャプテンが何かを始める時は
いつも竹井がきっかけになっている。
例えば、それまで電話すら使えなかった
キャプテンが、いつの間にか
携帯で電話できるようになっていた。
かける相手は竹井ばっかりなんだけど。
キャプテンが機械音痴を克服する。
それ自体は喜ばしい事だ。
喜ばしい事なんだけど…
なんだか、自分の好きな人を少しずつ
あいつに合わせて作り替えられている気分がして。
「……気に入らないな」
「どうしたの華菜ちゃん」
「…なんか最近、竹井の奴が
キャプテンに干渉しすぎてる気がする」
「…ヤキモチ?」
「ちっ、違うし!?私はただ 後輩として、
キャプテンに変な虫が寄ってるから
気になってるだけだし!」
「あはは。そういう事にしておくよ」
みはるんが苦笑しながら私をなだめる。
い、いや。本当にそういうのじゃないんだ!
竹井とくっつくことでキャプテンが
幸せになれるっていうならそれでもいい。
私は別に、キャプテンを
そういう目で見てるわけじゃない。
後輩として、キャプテンの恋路を
応援したっていいんだ。
…でも。
『あいつだけは、なんか駄目だ』
私の中で警鐘が鳴り響いている。
あいつは危険だ。
そう、何かが訴えかけてくる。
具体的に『なぜ?』と聞かれたら、
私も上手くは答えられないのだけれど。
でも、昔からこの手の直感が外れたことはない。
竹井はきっと、何か危険を孕んでるんだ。
キャプテンを、竹井に近づけちゃいけない。
--------------------------------------------------------
そんな私の心配とは裏腹に。
キャプテンと竹井の距離は
どんどん狭まっていった。
それも恐るべきスピードで。
他ならぬ、竹井自身の誘導によって。
「らんららんららーん♪」
「きゃ、キャプテン…ご機嫌ですね」
「ふふっ…わかっちゃう?
ちょっといい事があったの」
私は思わず身構えた。
これは多分よくない知らせだ。
最近のキャプテンが言う『いい事』は、
ほぼ竹井がらみの事ばかりだから。
そして私が危惧した通り、
キャプテンは爆弾発言を口にする。
「インターハイ中の宿泊先なんだけど…
清澄高校と相部屋らしいの」
「にゃぁぁあああっ!?」
「か、華菜!?」
私は思わず絶叫した。
相部屋!?なんで?!おかしいだろ!!
風越の麻雀部は全国屈指の強豪だ。
私立という事もあって、
当然予算だって潤沢に用意されてるわけで。
そんな中、たった一人インターハイに
駒を進めた大事な選手を、
他校と相部屋にするなんてありえない。
実際、去年はそんな事なかったはずだ。
「実はね?ひ…竹井さんが、
どうせなら一緒にどう?
って誘ってくれたの」
「竹井…さんが!?どうしてですか!?」
「『一人寂しく個人戦に参加するよりは、
私達と一緒にいた方がまだ気楽でしょ』って」
「頭おかしいし!!清澄だって
個人戦に2人も出るじゃないですか!
言うなれば敵ですよ!敵!!」
「そもそも団体でうちを負かしといて
何言ってるんだし!
ちょっとくらいは気を遣えし!」
「竹井さんはそんな事気にする人じゃないわ」
「竹井さんの方じゃなくて、
こっちの気持ちに配慮しろって話ですよ!?」
「え、ええと…どうして華菜がそこまで怒るの?
別に、私が気にしてないんだから
何も問題ないと思うけど…」
「っ……それは……!」
そこを突かれると弱い。
結局のところインターハイに
出場するのはキャプテンなわけで。
その本人が喜んでいる以上
文句を言う事自体がナンセンスなわけで。
結局、私は押し黙るしかなかった。
「…というわけで、悪いけど
私は明後日から長期間留守にするから、
部の事はお願いね?」
「はい……」
「って、明後日?個人戦が始まるまでは
まだ二週間はありますよね?」
「それはそうだけど、開会式があるでしょう?」
「いやでも、去年は開会式終わったら
一度戻ってきましたよね?団体戦の間ずっと
向こうにいるわけにもいかないですし」
「そ、それは…だって、ほら、ね?
わかるでしょ?」
「わかりません」
「…あっ、ほら!個人戦に出る選手の何人かは、
団体戦にも出るでしょう?
だから、団体戦も見ておいた方がいいと思うの!」
「…観客が会場に入れるわけじゃないですし、
対局はテレビでリアルタイム中継されますし」
「むしろ勝率を高めるためなら
こっちで牌譜をリアルタイムで解析しながら
対策を練るべきです」
「…うぅっ…」
私のツッコミにしどろもどろになるキャプテン。
これはもう間違いない。
キャプテンは、竹井の口車に乗せられてるんだ。
これを許してしまったら、
一気に竹井に持っていかれる。
諦めてもらわないと危険だ。
…でも。
「…ダメ、かしら」
なんて、しゅんとしながら
俯くキャプテンを前にして。
にべもなく駄目だと断じる権利なんて、
私も持ち合わせていないわけで。
心底悲しそうに目を伏せるキャプテンを見ると、
胸がキリキリと締め付けられて…
結局、氷に徹することはできなかった。
「…わかりました。もう止めません」
「本当っ!?」
「その代わり、私もついていきますし」
「え…華菜も来るの…?」
「駄目ですか?」
「ううん、むしろ嬉しいけど…
それこそ、許してもらえるかしら…」
「そこは何とかゴリ押しします」
せめて代わりに、妥協案を提案する。
このままいけば、キャプテンは2週間以上
あの竹井とつきっきりになる。
しかもこれが竹井の計略だとしたら、
間違いなくキャプテンは貞操の危機に陥るはず。
別にあいつが清く正しい付き合いを
するっていうなら問題なし。
でも、もしあいつが
キャプテンに魔の手を伸ばしたその時には…
私が、キャプテンを守るんだし!
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--------------------------------------------------------
宿泊先の部屋に足を踏み入れると、
そこにはもうあいつが先に陣取っていた。
竹井は私の姿を見ると、
少しだけ驚いたように声をあげる。
「あら、風越は美穂子だけだと思ってたけど…
池田さんもついて来たのね」
「来年の王者奪還に向けて、
会場の雰囲気をしっかり
感じてこいって言われましたし」
「そうなんだ」
「それに、個人戦までは長いですから。
キャプテンの付き添いも兼ねてます」
「キャプテンが、トラブルに見舞われないように
全力で守りますし」
「……何も、問題が起こらないように」
「ふふっ、頼もしいわねー」
特に気にする風でもなく、
けらけらと爽やかに笑う竹井。
予想外の反応だった。てっきり、
少しは不満を顔に出すと思っていたのに。
もしかして、実は私の取りこし苦労で、
竹井はキャプテンを狙ってるわけじゃない…?
自分の直感に疑問を持ち始めた次の瞬間。
竹井がおもむろに口を開いた。
「…ま、池田さんのガードが
必要になる事はないと思うけどね」
「美穂子は、ほとんど私と
一緒に行動するだろうから。
私が美穂子を守ってあげるわ」
「…私以外の、誰にも触れられないように」
そんな言葉と共に、ふふっと含み笑いを漏らす竹井。
でもその笑みからは、さっきまでの爽やかさは
微塵も感じられなくて…
どこか異様な凄味が篭められていた。
ぞわぞわと背筋に悪寒が走るのを感じ、
私は思わず後ずさる。
残念ながら、私の勘は間違ってはなさそうだった。
(…やっぱり、こいつからは目を離したら駄目だ!)
長い戦いが始まった。
勝ち目の薄い戦いが。
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その日から、私はそれとなく
竹井からキャプテンを引き離すように動いた。
「あっ、竹井さんっ…今日自由時間ですよね?
もしよかったら」
「何?デートの約束かしら?」
「えっ、あっ…は、はi」
「きゃっ、キャプテン!コーチがお呼びです!
風越のメンバーでミーティングだそうです」
「えっ……そ、そう」
「……あら残念。また誘って頂戴ね?」
……
「ねえ美穂子。ちょっと付き合ってくれない?」
「…っ!わ、私でよければ!」
「…構わないけど30分後には
ミーティングだからその辺
散歩位にしてください」
「か、華菜…そんな話しあったかしら?」
「さっきコーチに言われたんですし」
「……」
「…わかったわ池田さん」
可能な限り、二人っきりにしないようにした。
完全には難しい場合でも、
何かと理由をつけて時間を区切った。
正直自分でも、どうしてここまで
竹井を警戒するのかわからない。
でも、本能が告げてるんだ。
こいつを、キャプテンに
近づけ過ぎちゃいけないって。
自身の直感に従って、
私はキャプテンを守り続けた。
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…もっとも、それにも限界があったけど。
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そんなこんなを繰り返したある日。
私は、竹井に名指しで呼び出された。
しかも個室に。
(ついに痺れを切らしたか…)
何をされるかわからなかった。
でも、これで本性を出してくれるなら
それはチャンスとも言えるだろう。
(私が襲われたなら、さすがに
キャプテンも目を覚ましてくれるはずだし。
むしろ望むところだし)
なんて虚勢を張りながらも、
やっぱり怖いものは怖い。
緊張に顔を強張らせながらも
指定された部屋の扉を叩き、
私は竹井に対峙する。
「いらっしゃい。待ってたわ」
私を迎え入れた竹井の顔には、
いつものように
飄々とした笑顔が張り付いていた。
「ねえ、池田さん。単刀直入に聞くわね?」
「…なんだし」
「どうしてそんなに、
私を目の敵にするのかしら?」
「キャプテンを守りたいだけだし」
「…美穂子が私に好意を寄せているのに?
それは、美穂子のためって言えるのかしら?」
「単に、貴方の個人的な我儘で、
美穂子を奪われたくないだけじゃないの?」
「…否定はしないし。そういう気持ちが
全くないとは言えないし。
…でも、それだけじゃないんだ」
「へぇ。じゃあ、一体どうして?」
「……」
「…お前は、なんかよくない感じがする」
「いや、よくない感じって言われても…
具体的には?」
「…うまくは言えないし。
でも、危険な感じがするんだし」
「竹井…お前は、自分に何も
やましいところがないって言えるのか?」
一思いに斬りこんでみた。
正直、私自身なんでここまで竹井に
危機感を覚えるのかわかってない。
もし、竹井が私の疑念を否定して。
身の潔白を証明できるなら。
その時は、私は二人の事を認m
「…あはは。猫っぽいだけあって、
危機察知能力に優れてるのかしらねー」
「!?」
刹那放たれた不穏な言葉。
私は思わず目を見張る。
竹井は笑っていた。
でも、その笑いは爽やかとは程遠い。
口は大きく横に広がり、
口角だけがくいと上がっている。
悪魔のような形相だった。
「池田さん…いいえ、華菜」
「あなたの疑念…間違ってないと思うわ」
「私は本来、美穂子みたいな綺麗な子には
近づいてはいけない存在」
「健常者とは違う、異常な思考の持ち主よ」
「……」
「でもね、欲しいの」
「あの子が欲しい。欲しくてたまらない。
どんな手を使ってもね?」
「これ以上、私の邪魔をすると言うのなら…」
「……」
「『にゃーーーっ!!!』な目に合わせちゃうわよ?」
竹井は夥しい量の殺気を隠そうともせず、
爛々と輝く目でねめつける。
狂気に塗れた視線を一身に受けて、
思わず私は後ずさる。
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
「でっ…できるもんならやってみろ!
キャプテンは私が守るんだ!」
「あはは。ま、そう言うと思ったわ。
でも正直、貴方の返事なんて
今更どうでもいいのよね」
「どう回答したところで。貴方にはもう
退場してもらうつもりだったから」
「なっ…!?」
「…入ってきていいわよ」
パチンッ、と竹井が指を鳴らす。
と同時に部屋の扉が開く。
ヤバい。これと同じようなシーン、
ドラマで見たことがある。
こういう時は大抵、屈強な男達が大量に入ってきて、
私の周りを取り囲むんだ。
ほら、予想通り。複数の人影が
扉の端から現れて、そいつらが
私に飛びかかって来る。
「ようやく出番がやってきたし」
「観光の時間だし」
「江戸を堪能したいし」
…あれ?
「…な、なんでお前達がいるんだ?」
「「「竹井さんに招待されたし」」」
「ごめんねー。華菜お姉ちゃんとの
お話が長引いちゃって。
これからは今まで通り華菜お姉ちゃんが
ずっと一緒にいてくれるからねー」
「どういう事だし!?」
「いやね?美穂子から華菜の下に、
三つ子の姉妹がいるって聞いてさ」
「しかもまだ小さいって言うじゃない?
こんな長い間、大好きなお姉ちゃんと
離れ離れになるのはかわいそうかなーって」
「だから呼んであげたの。
お姉ちゃんと一緒に過ごせるように」
「あ、ホテルなら心配ないわよ?
龍門渕さんがお世話してくれてるから」
「まあでも、さすがに知らない土地で
他人に預けっぱなしっていうのは
どうかと思うけどねー」
「…さ、どうするのかしら?華菜お姉ちゃん?」
「…っ!」
予想だにしなかった展開に戸惑う私。
でも、そうこうしている間にも、
状況はどんどん動いていく。
「いざゆかん未開の地だし。
このなずなが先導するし」
「でもあたしは剣を装備してるし。
いちばんつよいし」
「さんにんでとらいあんぐるで行くし」
「そうするし」
てってって。
「…三つ子ちゃん出て行こうとしてるけど。
止めなくていいのかしら?」
「っ…!す、すぐ戻ってくるし!
その間にキャプテンに
変な事したら許さないからな!!」
「あはは、いってらっしゃーい」
「答えろし!」
仕方なく三人を追いかける。
でも、踵を返して走り去る瞬間。
竹井の口元が小さく動いた気がした。
『…そんなの、食べるに決まってるじゃない?』
私は、それが見間違いである事を
祈るしかなかった。
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--------------------------------------------------------
「…素敵だったわ、美穂子」
「…久も…すごく、綺麗だった」
「……」
「…ねえ、久はどうして、私を選んでくれたの?」
「あはは、いきなり何?」
「まだ、信じられなくて。
久の周りには、
魅力的な人がいっぱいいるのに」
「どうして、私が選ばれたのかなって」
「…重たい話になっちゃうけどいい?」
「…大丈夫です」
「ま、もうなんとなく気づいてるだろうけど。
私って両親が離婚してるのよね」
「…はい」
「で、物心ついた頃から家が冷え切っててさ。
心のこもったご飯とか、
作ってもらった覚えがないのよ」
「…っ」
「…美味しかったわ。貴女のおにぎり。
それでね、ふと思ったの」
「ああ、こんな愛情たっぷりの
ご飯を作ってくれる人と、
添い遂げる事ができたなら」
「どんなに幸せだろうって…ね」
「そう思ったら、どうしても
貴女の事が欲しくなったの」
「どんな手を使っても、
絶対に私のものにして見せる」
「ってね」
「ひ、久…」
「ふふっ、ちょっと怖がらせちゃったかしら」
「…ちょっと。でも大丈夫」
「私は、何があっても
久を嫌いになったりしないから」
「…ありがと。じゃあ、結婚を前提に
お付き合いよろしくね?」
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--------------------------------------------------------
「きゃ、キャプテン!?大丈夫でしたか!?」
「きゃっ、か、華菜どうしたの?
そんなに慌てて」
「竹井の奴に変な事されませんでしたか?」
「……華菜?」
「…はい?」
「いくら華菜でも、私の久に、
そういう言葉遣いはして欲しくないわ」
「私の…大切な人なんだから」
「……っ」
(遅かった…し……!!)
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私の努力の甲斐もなく。
キャプテンは、あっさり竹井に
食べられてしまった。
そして二人の関係がより親密になって初めて。
私は自分が一体、竹井の何を危惧していたのか。
明確に思い知ることになる。
--------------------------------------------------------
それは…あまりにも高い依存性。
まるで麻薬と言っても過言じゃない程の。
人の人格すら、変えてしまいかねない程の。
悪意に満ちた依存性だった。
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「久はね、一人にしておいては駄目なの」
「あの人はいつも平気な顔をしているけど…
本当は弱くて寂しがり屋なの」
「なのにあの人には家族がいない。
いつも愛に飢えている」
「誰かが。ううん、私が
一緒に居てあげないといけないの」
「いつも。片時も
離れないようにしないといけないの」
「そう、できる限り。一分、一秒でも
離れないように」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
インターハイが終わり、部活を引退してからは。
キャプテンは、部室に一切来なくなってしまった。
風のうわさで聞くところによれば、
毎日のように竹井のもとに通っているらしい。
「キャプテン…今日も来ないね」
「…もう引退したんだから、
来なくても別におかしくはないし」
「そうだけど…キャプテンの性格なら、
毎日来てくれてもよさそうなのに」
「……」
「ごめんだし」
「え。な、なんで華菜ちゃんが謝るの?」
「私があの悪魔を抑え切れなかったからだし」
「…?」
言葉の意味が分からず
頭に疑問符を浮かべるみはるん。
でも私は次の言葉を吐く事はなく。
そのまま沈黙を守り続けた。
言ってもみはるんを苦しめるだけだ。
結果的に、キャプテンは竹井に
どっぷりと溺れてしまった。
きっと竹井がそうさせているんだろう。
自分しか見えなくなるように。
自分以外との関わりと希薄にするように。
竹井は、その異常なまでの執着で。
キャプテンを自分の色に染めてしまったんだ。
最終的に、キャプテンは風越から消えた。
清澄高校に編入する事にしたらしい。
後、たった数か月だったのに。
「…やり過ぎだし…竹井……」
別に、二人の仲を引き裂きたかったわけじゃない。
二人がお互いに惹きあっているなら、
それはそれで構わない。
でもせめて。
「普通の先輩後輩位の関係は…
残してくれてもいいじゃないか」
誰に言うわけでもなくぼそりと呟く。
あまりにもあんまりな結末に、
思わず手に力が籠る。
刹那、着メロが鳴り響いた。
ため息をつきながら携帯を取り出す。
画面に表示されていたのは…
……竹井久。
「…何の用だし」
『あはは。用ってわけじゃないんだけどね。
ちょっと一言伝えとこうと思って』
「…何をだし」
『大したことじゃないんだけどねー』
『……』
『余計な事考えちゃ駄目よ?
私達は、二人でちゃんと
幸せに暮らしてるから…ね?』
『本当に美穂子の幸せを考えるなら、
いい加減身を引きなさい?』
『私はもう、美穂子から絶対に離れない。
あの子に、先輩後輩の関係なんて必要ないの』
「……っ!?」
『それだけ。じゃぁね?』
プツリという音と共に通話が終わる。
私は携帯を耳にあてたまま
呆然と立ち尽くす。
「もしかして…私まで監視されてるのか?」
背筋を、冷たい汗が伝い落ちる。
同時に、あの時の竹井の笑顔が脳裏をよぎる。
蛇のような、狂気がありありと浮かんだ笑顔。
− 近寄ってはいけない −
それはキャプテンだけじゃなくて、
私にとっても同じ事だった。
キャプテンが堕ちてしまった以上。
もう私が危険を冒してまで
あいつに近づく意味はあるだろうか。
「…もう…諦めるし……」
私はがっくりと肩を落としたまま、
とぼとぼと一人帰路に着いた。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
「久、随分機嫌がいいみたいだけど、
何かあったのかしら?」
「ああうん。猫がようやく諦めたみたいだったから」
「猫?何の事?」
「うん、こっちの話。気にしないで?」
「気になるわ。久の事で
知らない事があるのは嫌なの」
「あはは、美穂子ったら
すっかり病んじゃって」
「久が病んでるんだもの。私も病まないと
釣り合いが取れないでしょう?」
「ふふ、そうね。でも、
本当に大したことじゃないの。
華菜が私達を引き裂こうとしてたけど、
やっと諦めてくれたってだけ」
「華菜が、そんな事を…?」
「うん。あの子は、早い段階で私の異常性に
気づいてたみたいだから」
「…貴方を守りたかったんでしょうね。
本当に健気な子」
「華菜…」
「…気になる?と言っても今更遅いけど」
「私はもう、貴方を離さないわよ?
私だけを見てもらう。
竹井美穂子になってもらうから」
「……」
「願ってもない事だわ。
私だって、もう久なしではいられないもの」
「好きなだけ私を壊して。
依存して、依存させて」
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--------------------------------------------------------
そして二人は、表舞台から姿を消した。
でもきっと、どこかで幸せに暮らしているんだろう。
完全に閉ざされた、二人きりの世界で。
(完)
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この話のifとして,痺れを切らした竹井久が池田華菜を襲う内容も是非読んでみたいです。
おにぎりという些細な理由がとてもよかったです。