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【咲-Saki-SS:咲久】久「どうか、私を殺してください」【ファンタジー】【真相編】
<警告>
テーマの都合上、
残酷な描写が頻繁に登場します。
本作品はあくまでフィクションであり、
パラレルワールドであり、
あくまで一つの物語としてとらえてください。
残酷な描写、ホラー、
好きなキャラが不遇な目に合うのが
苦手な方は今すぐ本ページを閉じる事を推奨します。
<あらすじ>
彼女は優しい人狼だった。
誰かを殺して生き残るくらいなら、
自ら命を絶ちたいと考える程に。
彼女はあまりにも優し過ぎた。
人狼としての生存本能と
友人を殺す事への良心の呵責に挟まれて、
彼女の心は軋み始める。
そして始まる精神の崩壊。
生存本能を振り切り、
自らの死を願う彼女を繋ぎ止めたのは、
愛する少女の一言だった。
「私のために、生きてください」
だがそれはあまりに無慈悲な一言だった。
彼女の傍らには、常に
精神の死が寄り添っているというのに。
誰よりも優し過ぎる人狼は、
精神の崩壊を免れ生き抜く事ができるのか。
今ここに、彼女の絶望的な戦いが幕を開く。
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久「『咲「貴女は人狼ですか?」』の真相編よ」
(http://yandereyuri.sblo.jp/article/164084824.html)
※先に上記本編を読んでいないと
よくわからないと思います。
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<登場人物>
片岡優希,染谷まこ,
竹井久,原村和,宮永咲,須賀京太郎,
福路美穂子,池田華菜,
東横桃子,加治木ゆみ,
龍門渕透華,天江衣
宮永界
<症状>
・ファンタジー
・狂気
・異常行動
・絶望
・殺害
・廃人
・依存
<その他>
・必ず警告をお読みください。
・性的な描写を含みます。
苦手な方はご注意を。
・本編を読まなくてもいいように
ある程度本編の内容を重複で盛り込んでいます。
このため相当長いです。一気に読むと大変なので、
何回かに分けて読むことをお勧めします。
・真相のみ知りたい方は
『真相:』で検索する事で
真相のみ読むことが可能です。
逆に話を追いたい人は
真相部分は重複になるので
飛ばしてもよいかもしれません。
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プロローグ
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その人狼は歴戦の強者(つわもの)だった。
無数の人間を食い殺し。隣人になりますまし。
仲違いを引き起こし…
幾多の村を滅亡に追いやってきた。
そんな彼にとって。
戸締まりすら満足にできないような、
平和ぼけした村を滅ぼす事など
わけはないはずだった。
彼…いや、彼女の運命が
大きく狂ってしまったのは、
ひとえにすり替わる人間の選択を
誤った事に尽きる。
久「ふーん。で、私を殺して本人に
成りすまそうってわけだ?」
人狼
「ああ。安心しろ。お前の代わりに、
全員仲よくあの世に送ってやるさ」
久「自分で言うのもなんだけど、
私を選ぶのはあまりいい
チョイスとは言えないわよ?」
久「私の心、記憶は…貴方が思っている程
軽いものじゃないの。
貴方ごときじゃ耐えられないわ」
異形を前にしながらも、命乞いするどころか
飄々とした笑みを浮かべる赤毛の少女。
人狼はこの娘を隠れ蓑にする事に決めた。
人狼
「面白い小娘だ。死を目前にして、
それだけの減らず口を叩けるとはな」
人狼
「だがお話はここまでだ。もうじき夜も明ける。
そろそろ化ける準備をしたいのでね。
お前はさっさと死んでくれ」
久「ふーん。精々後悔するといいわ。
私を選んだ事を」
人狼
「……」
人狼はその鋭利な爪で、竹井久の胸を深々と貫いた。
一目で致死量とわかる血を撒き散らしながら、
それでも久の口角は上がっている。
久「あはは…」
久「食べる前に殺してくれるのね……?
お優しい…こ…と……」
最後まで軽口を叩きながら、
久はそのまま事切れる。
物言わぬ骸と化した久を前に、
なおも人狼は語り続ける。
人狼
「……」
人狼
「本当は生きたまま喰い殺してやりたい所だが。
『食い殺された記憶』も
受け継ぐ事になるんでね。
それはさすがに遠慮したい」
人狼
「それに」
人狼は久の頭蓋をかち割った。
爪で器用にほじくって、
久の脳味噌を丸々取り出していく。
人狼
「記憶と人格を受け継いで
本人に成りすますには、
できるだけ正常な状態の脳味噌を
たいらげる必要がある。
苦痛を与え過ぎると脳が死んでしまうのさ」
『くちゃりっ…ぐちゅりっ』
人狼はほじくり出した脳味噌を咀嚼する。
脳味噌が胃袋に収まっていくと同時に、
久の外見が、人格が、記憶が、人生が…
人狼の全身に広がっていく。
人狼
「しかし気味の悪い人間ではあったな。
時間があれば、別の人間に
変更してもよかったけど…
まあ、致し方なしか」
人狼
「ふぅん…両親が不仲で捨てられて、
宮永家に拾われたのね。
本当の両親からは
愛を与えてもらえないどころか、
虐待までされていた、と」
人狼
「その反動で、捨てられた自分を
受け入れてくれた宮永家と、
自分が一から作り上げた麻雀部には
ある種病的な程の愛情を注いでる…」
ヒサ
「いいえ、範囲はそこに留まらず
交易人の美穂子や移住者のゆみ、
天江さん達も対象で…」
ヒサ
「この子達を殺すくらいなら、
自分が死んだ方がましだとさえ思って……!?」
自ら口走った言葉に、
人狼の背中を冷たい汗が伝い落ちる。
ヒサ
「……」
ヒサ
「あ、あはは。馬鹿らしい。それは
あくまで竹井久の人格に過ぎないわ。
私は、私は殺せるもの」
胸中に浮かんだ疑念を払いのけるかのように、
人狼は無理矢理笑ってのける。
確かに人狼は殺した人間の
人格や記憶をコピーする。
だがそれはあくまでコピーであり、
人狼そのものの人格を上書きするわけではない。
情報を得るだけに過ぎないのだ。
なのになぜだろう。
あの少女達を殺す。少し想像しただけで、
全身が恐怖で震え出す。
ヒサ
「…ううん、やっぱり駄目ね。
この子を使うのは止めましょう」
予想外の事が起きている。
理由はわからないが、
『竹井久の人格』は間違いなく
『人狼の人格』にまで影響を
及ぼし始めている。
大幅な時間のロスにはなるが、
やり直した方がいいだろう。
人狼は久に成りすますのを諦める。
流石は熟練の人狼だけに、
その決断は早かった。
それでも、久の執念はその練度を上回る。
ヒサ
「どうして…!?擬態が解けない!
解く事が怖くて仕方ない…!
一体なんだっていうの!?」
それは、幾多の戦いを生き抜いた
歴戦の人狼ですらも
経験した事のない感覚だった。
確かに喰らった人間の人格に
多少感情が左右される事はある。
それでも。こんな、まるで、
人狼としての人格まで奪われてしまう程に
同調してしまうのは初めてだった。
ヒサ
「いやっ!?どうして!?違う!私は久じゃない!
やめて!私の中に入ってこないで!!」
人狼の人格に、久の人格が、濁流の如く、
暴力的な勢いで流れこんでくる。
挙句、まるで自分が
『最初から久であった』かのような
錯覚まで覚え始める。
――喰らったはずが…
自分が食い殺されかけている!!
ヒサ
「な、何とか、何とかしなきゃ!」
恐怖にガチガチと歯を鳴らしながら
必死で考えを巡らせる。
思考すら塗り替えられそうな中、
それでも人狼は何とか一つの解を導き出した。
ヒサ
「そ、そうだわ!私の一番好きな子!
あの子を殺しちゃえばいいのよ!!」
脳裏に浮かんだのは大人しい茶髪の少女。
捨て子の自分を、本当の姉のように
慕ってくれた本好きの女の子。
この子が死んだら、自分も決して
生きてはいられないだろうと思う程に、
久が愛している女の子。
ヒサ
「咲を殺す!そうすればきっと、
久の人格も死んで消えちゃうに違いないわ!!」
人狼は弾かれたように駆け出した。
急がなければいけない。こうしている間にも
人格は久に乗っ取られていく。
自分が自分でなくなっていく感覚に
気が狂いそうになりながら、
人狼は全速力で走り続けた。
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真夜中。どろりと墨を零したような暗闇の中、
咲は唐突に目を覚ました。
勘の鋭い少女だった。村に纏わりつく異変を
肌で感じ取ったのだろう。
正体不明の不安に襲われた彼女は、
何となく光を求めて窓のカーテンをめくる。
だがその行為が報われる事はなかった。
満月の夜にも関わらず、
外は異様な漆黒の闇に覆われている。
咲「うぅ…なんでこんなに真っ暗なの…?」
『…それは、この村が今
人狼に襲われているからよ』
咲「わひゃぁっ!?」
背後から唐突に声をかけられて、
思わず咲は伸び上がる。
その声には聞き覚えがあった。
でもこんな冷たい声音を耳にした事はなかった。
体が独りでに震えだす。
恐る恐る声に振り向くと…
そこには想像した通りの人物が居た。
咲「ぶ…部長?ど、どうして、ここに?」
ヒサ
「人狼の襲撃。貴女は襲撃対象。
これだけじゃ説明不足かしら?」
目の前の人物はにたりと微笑んだ。
口元には血が滴り落ちている。
咲の体が凍り付く。瞬時に気づいてしまった。
目の前の人物は久ではない。
久の皮を被った別の何かだ。
本の虫である咲は不幸にも知っていた。
人から全てを奪い去り、
人に化ける人狼の存在を。
咲「部長を…食べたって言うんですか」
ヒサ
「ええ。それで次は貴女の番」
ヒサ
「どうもね、この子貴女の事が
好きだったみたいなのよ。
せっかくだから、仲良く一緒に
食べてあげようかなって」
ヒサ
「ゲームが始まっちゃうと食べにくくなるし、
今のうちにかぷって
しちゃおうかなって思ったの」
咲「ぶ、部長が、私の事を…!?」
ヒサ
「ええ。というわけで、
貴女はこれから私に
食べられちゃうわけだけど。
何か遺言はあるかしら?」
咲「……」
咲は酷く狼狽しながら、
視線をきょろきょろと泳がせる。
やがてその視線はゆっくりと下に落ち、
そのまま俯いて動かなくなる。
ヒサ
「…咲?」
焦れたヒサが呼びかける。
咲は俯いたままだった。
咲の表情は見えない。うなだれたまま、
咲はゆっくりと口を開く。
その口から紡がれた言葉は、
ヒサの意表をつくものだった。
咲「わかりました…食べてください」
ヒサ
「……っ!?」
今度は、狼狽するのは
ヒサの方だった。
ヒサ
「は、話聞いてた?それとも実は
わかってないの?」
ヒサ
「私は竹井久じゃない。
久の記憶を食べただけの、
ただの人狼なんだけど?」
咲「…わかってます。でも…」
咲「私も、部長の事が好きだったんです」
咲「だから、もう…食べてください」
咲は大きく両腕を広げて誘う。
それはまるで、愛しい恋人の抱擁を
待ちわびるかのように。
咲自身、自分がおかしな行動を
とっているのは理解していた。
でも、与えられた情報を正しく処理するには、
現実はあまりにも非情過ぎたのだ。
『密かに想っていた部長は、
目の前の部長に殺された』
『でも目の前の部長は、
生前の部長と全く同じ外見で、
喋り方までそのままで』
『しかも部長は私の事が
好きだと言ってくれて』
『だからこそ私の事を食べると
言ってくれて』
『……』
そこで咲の思考は焼き切れてしまった。
『……』
『ああ、もういいや』
『この部長に食べられて』
『死んでも』
結果全てを投げ出して、愛しい人に
抱かれる事を優先してしまったのだった。
それは咲からすれば、
生きる事を諦める選択だった。
だがそれこそが…目の前の人狼に対する、
最も有効な攻撃だった事を咲は知らない。
ヒサ
「あ…あぁっ…あぁああ」
ヒサの体が震え出す。
ヒサの中で、咲への想いが
許容量を超える勢いで膨らんでいく。
――咲が私の事を好きだと言ってくれた!
――私になら食べられてもいいと、
両腕を広げて待っている!
――抱き締めたい!
力の限りぎゅうと抱き締めて、
その唇に口づけたい!
そして愛を囁いて
――そのまま溺れてしまいたい!
殺す?そんな考えは既に
頭から完全に抜け落ちていた。
久「咲っ……!」
咲を抱き寄せようと足を踏み出した刹那。
窓から入り込んだ陽の光が久を射す。
久(っ、夜明け…!!)
すんでのところで久は我を取り戻す。
そして気づく。自分がしくじってしまった事に。
人狼はもう完全に
『久』になってしまっていた。
夜の闇が薄らぎ、周囲が明るくなっていく。
直に人間が起き出すだろう。
一刻も早く逃げなければならない。
久の服には、殺戮の証が
色濃く染みついているのだから。
なのに。
久(…いっそこのまま咲と抱き合って。
見つかって殺されちゃうのも、
ありなんじゃないかしら…?)
不意に浮かんだ破滅的な選択肢が、
酷く魅力的に思えてくる。
久は逡巡する。生きる事を望む人狼の本能と、
愛を求める竹井久の人格がせめぎ合う。
『ガリッ』
危ういところで、久は誘惑に打ち勝った。
自ら舌を噛んで正気を取り戻すと、
窓から勢いよく飛び出した。
咲「部長!!」
走り去る自分の背中に、
自分を求める咲の声が襲い掛かる。
反射的に足を止めそうになる自分が怖くて、
久はがむしゃらに走り続けた。
久「馬鹿みたい…ホント、何やってんの私…!!」
走りながら天を仰ぐ。
一体どうしてこうなった?
一体どこで間違えた?
考えるまでもない。
成りすます人間を間違えた。
脳内では、本物の久の吐いた呪詛が
延々と木霊していた。
『精々後悔するといいわ。私を選んだ事を』
久「あはは。伏線回収早すぎるわよ…」
久は本気で後悔した。
本物の久が言った通りだ。
久の感情は…成りすますには重過ぎる。
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ほとほと困り果てた久は、
仲間の人狼に念波を送った。
久『ええと。そっちの状況はどうかしら?』
村に忍び込んだ人狼はもう一匹いた。
人狼同士は念波を送り合う事で、
人に気取られず会話する事ができる。
相手からの返事を待ちながら、
久は一人考える。
今回の人狼ゲーム、
自身の生存は絶望的だろう。
何しろ咲に正体がばれている。
さらに厄介な事に、自分は
友人を深く愛し過ぎている。
その感情は、人狼ゲームをする上で
凶悪な枷となるに違いない。
種としての生存を相方に託すしかないだろう。
久は深いため息をつく。
だが人狼側の受難は
久だけに留まらなかった。
実は、なんとも最悪な事に…
相方は相方で、厄介な人間を
取りこんでしまっていた。
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桃子
『ヤバいっす…とんでもない子を
取り込んじまったっす』
久『…どういう事?』
桃子
『いや、私…つまり東横桃子なんすけど。
なんというかもうヤバいっす。
先輩の事しか考えられないっす』
桃子
『先輩が食べたいっす。それさえ叶うなら、
もう人狼ゲームとかどうでもいいっす』
久『…えぇー…』
桃子
『何なんすかコレ。
人狼の生存本能を凌駕してくるとか
ありえないっすよ』
桃子
『そりゃぁ今までも、取りこんだ人格のせいで
感情が揺れる事はあったっすよ?』
桃子
『でも、これは異常っすよ…
ぶっちゃけ乗っ取られた気分っす』
久『あちゃぁ…そっちもそうなんだ。
実は私の方も乗っ取られちゃったのよね』
桃子
『アンタがっすか!?
いやいやありえないっす!
五十の村を滅ぼしてきた
伝説の狼っすよ!?』
久『いやこれがホントなのよ…
しかもそのせいで私、
咲に正体バレちゃってるわ』
桃子
『えぇ!?』
久『咲が皆に暴露したら、私は間違いなく
初日の処刑候補でしょうね』
桃子
『……』
久
『……』
桃子
『…始まる前から詰んでないっすか?』
久『よね…正直もう諦めてるわ…
あ、そう言えば聞いておきたいんだけど、
今から言う人達は殺してたりする?』
…
桃子
『…駄目っすね。何人かは殺ってるっすけど。
竹井さんが特に親しくしてる人は
ほとんど手付かずっす』
久『そっか…よかった』
桃子
『いやよかぁないっすよ?
この人たちが居たら
吊りにくいんっすよね?
人狼としてはガチアウトっす』
久『…そうだったわ。なんかもう、
生きててくれただけで嬉しくて。
あはは、我ながら何を言ってるんだか』
桃子
『なんかもうぐたぐだっすね。
だったらもう、私が先輩を食べる事だけに
全力を注いでもいいっすか?』
久『ええと、できれば麻雀部のメンバーは
全員生かして終わりたいわ』
久『そうね、こうしましょうか。
まず、東横さんが占い師を騙る。
真占い師が対抗するでしょうから、
そこで私が占い先に挙がる』
久『二日目は当然私の判定が割れるわよね?
で、私が処刑される』
久『三日目に霊能者が出てくるでしょう。
そこで東横さんが偽者だってばれて
東横さんも処刑される。これでどう?』
久『咲が私を告発しない場合の話だけど。
告発してきた場合は、
私がそれとなく東横さんを囲うわ』
桃子
『いやいやいやいや』
桃子
『確かに先輩が食べられるなら
後はどうでもいいっすけど。
なんでそんな全力で
負ける事を考えてるんっすか』
久『……』
久『怖くて仕方ないの。
大切な人達が処刑されちゃうのが。
あの子達が絞首台に上るって考えただけで
震えが止まらなくなる』
久『本当は、もう最初から降参して吊られたいの。
でもそれも、人狼の本能が許してくれない』
久『お願い、助けて。おかしくなりそう。
このままじゃ私、狂っちゃう』
桃子
『……』
桃子
『…お互い、人選最悪だったみたいっすね…
ご愁傷様としか言えないっす』
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『一日目』
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生存者は…十三名。
宮永界。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
福路美穂子。池田華菜。
東横桃子。加治木ゆみ。
龍門渕透華。天江衣。
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陽が完全に昇り、生き残った村人は全員
村役場の会議室に呼び出された。
人狼ゲーム恒例の『初日襲撃者による説明』が始まる。
久は咲が自分を告発する時を
今か今かと待ちわびていた。
界「…他に質問はないか?ないなら…
明日からゲーム開始だ。今日は帰っていいぞ」
だが、意外な事に咲は固く口を閉ざした。
久は少なからず落胆したが、
それ以上に胸が早鐘のように高鳴った。
つまり、咲は自分を救う事を選択したのだ。
愛されている。
それを実感して久の気分は高揚する。
もっとも、この後起きる事件が発覚すれば、
咲の考えは変わってしまうだろうけれど。
会議も閉会となり、皆に倣って
立ち去ろうとする久の袖を、
おずおずと咲が引っ張った。
咲「その…ちょっとだけ、私の部屋に
来てもらってもいいですか?」
久「…いいわ」
部屋へのお誘い。とはいえ
決して浮いた話ではないだろう。
人狼として今後どうするつもりなのか、
追及されるのが関の山だ。
わかっているはずなのに。
それでも、愛する人と二人きりというだけで。
久の心は身悶えたくなる程に
甘く掻き乱される。
まったく、竹井久という人間は、
どれだけ宮永咲の事が好きだったと言うのか。
我が事ながら久は深くため息をつく。
久(色ボケしてる場合じゃないわ。
気を引き締めましょう)
咲にばれないように、こっそり自ら
頬を張って気合いを入れ直す久。
もっとも、久の予想とは裏腹に…
咲の呼び出しは『浮いた話』だった。
部屋に入って扉を閉めるなり。
咲は、久の胸に飛び込んできたのだ。
久「ちょっ…咲!?」
咲「ごめんなさい…!でも、少しだけ…
何も言わないでこうさせて下さい…!」
久は反射的に咲を受け止める。
咲の体は震えていた。その震えが示すものは…
恐怖。
咲「……」
咲「こ、これから…お父さん……」
咲「こ…殺されるんですよね…?」
久「っ……」
図星をつかれて、久はつい言葉を失う。
咲の言う通りだったからだ。
今頃は、一人になった界を
桃子が縊り殺しているだろう。
――しまった
久「っ……!!」
久の心を、良心と言う名の凶器が襲い始める。
必死で考えないようにしていた。
考えたら終わりだと思っていたのだ。
久にとっても、界は最も愛すべき人の一人だったから。
捨てられた自分を拾ってくれた優しい人。
本当の父よりお父さんだった人。
その人を、自分は今見殺しにしようとしている。
瞬く間に、久の心はぐじゃぐじゃに乱れ、
恐慌状態に陥っていく。
――あの人が殺されるなんて、え、本当に死んじゃうの?
――いや、殺さないで。見殺しなんて絶対に駄目
――あ、でも私は人狼であの人を殺すのは決定で
――馬鹿なの?あの人を殺すくらいなら私が死ぬべきでしょ
――ああもう許して私は竹井久じゃない
いいえ私は竹井久でしょでも人狼でもあって
人狼としての種の本能。そして
それすらも捻じ伏せようとする愛に挟まれて、
久の精神が軋み出す。
――いや!もういっそ殺して!!
久「あ゛ぁぁぁぁぁあ゛あぁぁ゛ぁぁあ゛!!」
自我を保つ事すら難しくなって、
久は目の前の咲をがむしゃらに抱き締めた。
突然取り乱した久を前に、
咲はただ狼狽える事しかできない。
咲「ぃっ…部長っ……!?」
久「助けてっ咲!…私、このままじゃ壊れるっ!!」
咲「えっ」
久「私は人狼なの!生きなくちゃいけないの!
なのにもう誰も殺したくないの!
殺すくらいなら死にたいの!
なのに私は死ねないの!!」
久「私はどうすればいいの!?
もういや、頭がおかしくなる!!」
咲「部長……っ!」
もう久は自分が何を
言っているのかすらわからなかった。
精神の崩壊が始まっている。これ以上耐えられない。
私を殺して。殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して
久「お願い!!私を殺してぇっ!!!」
ついに人狼としての本能すら振り切った久は、
ただひたすら咲に自らの死を希う。
異常な程の涙を溢れさせながら縋る久。
でも咲は、そんな久に
もっとも無慈悲な命令を返した。
今度は咲が、千切れんばかりに久を抱き締める。
咲「…嫌です!生きてください!!」
久「っ…!なんでよ!私は本物の久じゃないのよ!
お願い、私を皆の前で告発して!殺して!!」
咲「わかってます!私だって何度も考えました…!
でもそんなのできないんです…!!」
咲「だって部長、全部部長じゃないですか…!
しかもせっかく両想いだってわかったのに……!」
咲「私の手で部長を殺すとか!
そんなの無理だよぉお!!」
悲痛な咲の叫び声に、
それでも久は引き下がらない。
久「馬鹿なの!?私が死なないって事は
他の誰かが死ぬって事なのよ!?
おじさんだって今日殺される!
貴女はそれでも私を取るって言うの!?」
久「私みたいな…偽者の久のために
皆を殺すって言うの!?」
咲「そうです!!!!」
咲の怒号が家中に響き渡った。
咲らしからぬあまりの大声に、
久はびくりと身を震わせる。
脳内で暴れ回っていた良心の刃も、
ぴたりと動きを止めていた。
久「さ……さき……?」
信じられなかった。
咲が、そんな大声を出した事も。
そして放たれた言葉自体も。
人狼を生かすために人間の仲間を裏切る。
それじゃ、まるで、咲は、まるで……
久は恐る恐る咲の目を覗き見る。
その目には、妖しい輝きが伴っていた。
咲「……そうだよ。せっかく部長と
両想いになれたのに。
なんで殺さなきゃいけないの?」
咲「どうせもうお父さんも死んじゃってる。
私はもう、とっくに人間を裏切っちゃってるんだ」
咲「これって確か『狂人』って言うんだよね?
部長の味方になれるんだよね?」
咲「お願い、部長。私、頑張るから。
頑張って部長のために皆を殺すから」
咲「だから…私のために、生きてください……!」
もう間違いなかった。咲の精神は、
壊れて狂気に染まっている。
そして…その上で久に生きてほしいと願っている。
久「……」
そして咲の狂った愛情は、
確かに久の心に届いた。
咲の言葉を受けて、
久の中に生きる意志が芽生え始める。
久「……」
罪悪感が消えたわけではない。
今でも自分の脳内では、良心が
その身を滅ぼそうと躍起になっている。
でも。実の父親を殺された咲が。
それでも自分に生きてほしいと縋り付いている。
どうして、自分だけ逃げる事ができるだろうか。
久「わかったわ…私、生きてみる」
咲への愛情が。咲からの愛情が。
久の精神を危ういところで繋ぎとめた。
久「…咲。私はこれから、
人狼として貴女以外の人間を滅ぼすわ」
久「協力してくれる?」
咲「…はい!!」
愛する人の目に意思の光が宿った事を見て取ると、
咲は元気よく返事した。
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久『というわけで、咲は狂人として動いてくれるわ』
桃子
『そりゃまたすごいタナボタっすね…
人狼の居場所がわかる狂人とか頼もし過ぎっす』
桃子
『じゃぁせっかく狂人がいるなら、
占い師騙ってもらうっすか?』
久『何言ってるのよ。占い師なんかになったら
咲が生き残れないじゃない』
久『咲は絶対に処刑させない。
もちろん襲撃もしないわよ。
だから咲には早々に人間確定になってもらって、
そのまま最後まで生き延びてもらうわ』
桃子
『…仲間が狂人過ぎるっす。
なら予定通り私が占い師やるっすよ。
竹井さんはどうするんすか?』
久『私の性格上、表に出ないのは
ちょっと考えにくいわ。
だからガンガン発言する。
それこそ場を支配する勢いでね?』
桃子
『でもそれ、占い対象一直線っすよ?』
久『占い対象になってからもどんどん発言して、
逆に人間臭さをアピールするわ』
桃子
『なるほど。わざわざ初日から目立って
自分から占い対象になる人狼なんか
居ないだろうって思わせるわけっすね?
…相変わらず悪待ち過ぎるっす』
久『咲なら多分気づいてくれるわ。
きっと何かアクションを起こしてくれるから、
それに乗っかって咲を占い対象に仕向けて頂戴』
桃子
『宮永さんが占い師騙ってきたらどうするっすか?』
久『ありえないわ。咲には前もって、
役職騙りだけは絶対にやめてって話してあるから』
桃子
『どんだけ過保護っすか。狂人は
本来使い捨ててなんぼっすよ?』
久『…ふざけた事言ってると
貴女を先に八つ裂きにするわよ?』
桃子
『おお、怖いっす。殺すなら先輩を
食べた後にしてほしいっす』
桃子
『初日占いは誰にするっすかねぇ。
あ、そう言えばあの村長、
初日が自分だって
皆に伝えなかったっすよね?』
久『…言えなかったんでしょ。
おじさん、優しい人だから』
桃子
『じゃあ遠慮なくその優しさに
付け入らせてもらうっす。
初日は村長を占って情報なし、と』
桃子
『襲撃先は当然先輩でいいっすよね?』
久『駄目よ。初日はもう決まってるわ。
美穂子よ』
桃子
『……どうしてっすか。
私が先輩を食べたいってのは
知ってるっすよね?』
桃子
『…返答次第では、今度はこっちが殺すっすよ?』
久『理由は一つよ。早々に目的を達成しちゃったら、
貴女、役立たずに成り下がりそうだもの』
久『ちょっとは我慢なさい。
ちゃんと食べさせてあげるから』
桃子
『……』
桃子
『仕方ないっすね…約束っすよ?
でも、どうして福路さんなんっすか?』
久『ああ、その…ええと…』
桃子
『あれ?言いにくい事っすか?
もしかして愛人さんとかっすかね』
久『…咲の指名よ。私と仲が良さそうだから
早めに殺しておきたいって』
桃子
『…だんだん宮永さんの方が怖くなってきたっす』
久『…言わないで』
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真相:ゲーム一日目:生存者数十三名(人狼残数 二匹)
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生存者全員が村役場の会議室に集められ
人狼ゲームの開始を伝えられる。
このゲームには人間はもちろん、
人狼も強制参加となる魔法がかけられている。
人間は人狼をこのゲームに参加させる代償として
人狼側に『誰か一人を無条件で食い殺せる』
権利を譲渡する。
このため人狼側は村長である
宮永界を襲撃して殺害した。
『初日襲撃』の存在を宮永界は伝えなかった。
東横桃子はそこに付け入って
占い先を宮永界に設定した。
宮永界が『初日襲撃』を伝えなかったのは
皆に余計な恐怖を与えたくないと考えたため。
「初日は無差別に誰か一人殺されるから。
多分俺だと思うけど、ひょっとしたら
お前らのうち誰かがいきなり食い殺されるかもね」
などとはとても言えなかったのである。
なお、宮永界がもう一つ説明を伏せた事に
『狂人の存在』がある。
狂人が存在する事は極稀である。
辺境の村で平和に暮らしている若者の中に、
人狼に忠誠を誓う狂人がいるとは
考え難いのも事実であった。
このため宮永界は、
存在する可能性が極めて低い狂人を疑って
内部分裂を招くよりは、
いっそ存在を伝えない事を選択した。
だが実際には、まさにこの日
宮永界自身の娘である宮永咲が狂人として覚醒し、
竹井久を守る事を決意する。
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『二日目』
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生存は…十二名。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
福路美穂子。池田華菜。
東横桃子。加治木ゆみ。
龍門渕透華。天江衣。
死亡者は…一名。
宮永界。
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二日目はほぼ人狼の思い描いた通りに事が進んだ。
久は会議の主導権を握った上に、
見事占いと処刑を回避。
さらに占い先は狙い通り咲になった。
しかも、真占い師は自分から勝手に
信用を落としてくれている。
上々の出来だった。
だがもし、敢えて不安要素を
挙げるとするならば…
久の心に、また大きな亀裂が入った事。
愛する友達を処刑する事。
それは久が覚悟していた以上に、
鋭く心を抉っていった。
衣の処刑が終わり、
その亡骸をそっと横たわらせて。
久は衣の骸に顔をうずめながら、
ひたすら嗚咽を繰り返す。
身を引き千切られたようだった。
ううん、これなら自分を
千切られた方がよほど楽だった。
久「……」
衝動的に口が開く。
衝動的に舌が突き出る。
衝動的に、そのまま、勢いよく、
歯で、自らの舌を、噛み千切り
咲「…部長」
久「っ……」
異変に気付いた咲がそれとなく止めていなければ。
久は自ら命を絶っていただろう。
咲「…部長。手を貸しますよ」
久「…ええ。お願いっ…思った以上に…
堪えていたみたいっ……」
咲「……涙、拭きますね」
咲に支えられて、ようやく久は歩き出す。
それでも久の頬を伝う涙は、
一向に止まる気配はなかった。
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久『……』
桃子
『…意味分かんないっす。
だったらなんでわざわざ矢面に立ったんすか』
久『他の皆にっ…こんな、思いを…
させるっ…わけには…いかないでしょっ……』
桃子
『私が代わってあげられたらよかったっすけどね。
あそこで出て行くのは
ちょっと私のキャラじゃないっす』
久『…ぅっ…ぅっ……』
桃子
『…はぁ』
桃子
『いい加減さっさと泣き止んでほしいっす。
啜り泣き混じりの念波とか、
聞いてるこっちまで気が滅入ってくるっすよ』
久『すんっ…ぅん……!』
久『……ごめんなさい、もう大丈夫……』
桃子
『で、明日はどうするっすか?』
久『…そうね…明日は咲が
人間確定になるから司会を譲るわ…
さすがに初日から連続で騒いでたら
占われるだろうし、
その後は大人しくしてようと思う……』
久『後…処刑は多分、決めるまでもなく
透華になると思うわ…』
久『あの子…もう壊れちゃったから……』
久『……っ』
桃子
『はい、泣くの禁止っす』
桃子
『じゃあ明日は宮永さんにお任せっすね。
私も今日ちょっと強引に
占い先を誘導しちゃいましたし』
桃子
『作戦とはいえ、キャラ的には
出しゃばり過ぎだったっす。
明日からステルス気味に行くっすよ』
久『そうね…明日からは、状況に合わせて
臨機応変に行きましょう…』
桃子
『了解っす。じゃ、打ち合わせも終わったところで、
福路さんを襲撃に行ってくださいっす』
久『……私なの?』
桃子
『そりゃそうっすよ。
宮永さん直々のご指名っすよね?
それ、「竹井さんが直接手を下せ」って
意味が入ってると思うっすよ?』
久『…そうよね……』
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一人闇夜に紛れ込み、
久は美穂子のもとへと向かう。
痛みに軋む胸を押さえながら。
久「…居た。何で散歩なんかしてるのよ…」
なぜか美穂子は夜の散歩と洒落込んでいた。
襲撃する側ながら、呆れて久はため息を吐く。
彼女は現在の村の状況を理解できているのだろうか。
久「ちょっと不用心過ぎるんじゃないかしら」
虚勢を張りつつ背後から声をかける久に、
美穂子は両目を開いて微笑んだ。
美穂子
「いいの。久に見つけてもらうためだから」
まるでこうなる事が
わかっていたような物言いだった。
久は眉を顰めながら問いかける。
久「…どうして私がここに来ると思ったの?」
美穂子
「……」
美穂子
「なんとなくだけど。
今日の流れに違和感を覚えたの」
美穂子
「久が場を仕切るのはわかるけど…
久が占い対象になった途端、
宮永さんが庇うように怪しい動きをした。
宮永さんらしくない動きよね」
美穂子
「東横さんの動きも不自然だったわ。
本当なら、あの子も華菜と同じように、
加治木さんを占っていてもおかしくない」
美穂子
「なのに加治木さんには一切触れず、
宮永さんを占い先に指定した。
それもすごくスムーズに」
美穂子
「なんだか、流れが最初から
決まっていたように感じたの」
久は思わず目を見張る。
美穂子は人狼側の動きを
ほぼ完璧に見破っていた。
人狼として勝利を目指すため。
人狼は、本来の人間からしたら
不自然な行動を取らざるを得ない時がある。
洞察力に優れる彼女の目をもってすれば、
それを見抜く事は容易だったのだろう。
咲が真っ先に彼女の抹殺を命じたのも、
単なる嫉妬だけではなかったのかもしれない。
久「…怖い子ね。でも」
不可思議な点が残る。
そこまで見抜いておきながら、
なぜ美穂子は会議の場で
口をつぐんでいたのだろうか。
美穂子
「…考えてしまったの。
もし久が占い先になって、
人狼だと判定されたらどうなるかって」
美穂子
「そしたら間違いなく処刑候補になるわ。
私は、自分の手で久を吊る事になる。
そう考えたら…身がすくんで言えなかった」
美穂子
「久を処刑するくらいなら、
いっそ人狼の久に食べられた方がまし。
そう思ってしまったの」
そこで美穂子は言葉を区切ると、
にっこりと久に微笑んだ。
その笑みを見て、久は妙な既視感を覚える。
久「……」
久「私の周り、狂人多過ぎでしょ」
美穂子
「それで、本当のところはどうなの?」
久「貴女の推測通りよ。
今日の流れは仕組まれたものだった。
そして、それを見破った貴女を
生かすわけにはいかないわ」
美穂子
「…いいわ。久に食べられるなら本望だもの」
久「…美穂子」
美穂子
「久の言う通りね。私は多分狂っているの」
美穂子
「これから殺されるって言うのに。
久の手が、私に触れるのが嬉しくて仕方ない。
私の血肉が、久の中で混ざりあって
久の一部になるって想像しただけで…」
美穂子
「体が熱くなって、鼓動が早くなってきちゃうの」
美穂子
「だから。はやく、私を、殺して?」
美穂子は愛おしそうに、久の腰に腕を回す。
久は促されるままに、美穂子の首筋に齧りついた。
『ぶしゅっ』
美穂子
「はっ…ぁぁっ……素敵……」
首から鮮血を噴き出しながら、
まるで、夢に浮かされるかのように。
美穂子はうっとりとした表情で目を閉じる。
そしてそのまま、二度とその瞼を
開く事はなかった。
久「……」
溢れ出る血液を飲み干しながら、
久はこの先の事を考えて戸惑った。
今までであれば、敢えて乱雑に喰い散らかして
『無残な姿』を作り出すところだ。
人間達の恐怖を最大限に煽るために。
だが、今の久にできるはずもなかった。
むしろこれ以上傷つけず埋葬したいとさえ思ってしまう。
散々迷った末、美穂子がゲームから脱落した事が
わかる情報を少しだけ残す事にした。
美穂子の亡骸は氷室に隠しておく事にする。
今は無理だけど、後で手厚く葬るために。
事を終えた久は安堵に胸を撫で下ろした。
久(…ありがとう、美穂子)
美穂子が狂人で助かった。
もし美穂子にも衣と同じ反応をされていたら。
屍になるのは久の方だっただろう。
でも、美穂子は食べられる事を望んでくれた。
久に殺されて喜んでくれた。
そして何より…美穂子の告白は、
久の心を少しだけ昂ぶらせていた。
おかげで何とか耐えられた。
精神崩壊が始まるまでには至らなかった。
久(…まさか、美穂子も
私の事が好きだったなんて)
もし、襲撃する前にその事実を知っていたなら。
結果は違っていたかもしれない。
久(…私の周りが異常なのかしら)
久(ううん。多分違うんでしょうね。
美穂子にだって大切な人がたくさん居た。
でも私達が殺してしまった)
久(それでもなんとか生き残ったと思ったら、
今度は友達同士で殺し合わないといけない。
あまつさえ、好きな人が敵側だった)
久(…狂うには十分過ぎる)
久(…咲だってそう。結局は、私のせいだ)
良心の刃がぎらつき始める。
久は慌ててかぶりを振ると、
自らの心に蓋をした。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム二日目:生存者数十二名(人狼残数 二匹)
==================================================
池田華菜と東横桃子が
占い師カミングアウト(CO)。
竹井久は敢えて目立って占い対象となり、
その後咲のアクションで
占い対象をスイッチさせる事で生存を図る。
だが実際には竹井久の心は
依然強い罪悪感に囚われたままである。
このため心の奥底では、
仮に占い先をスイッチしきれず
人狼判定されてそのまま
処刑されてもよいと考えていた。
襲撃は福路美穂子。
理由は宮永咲による嫉妬と、
その洞察力を危険視されたため。
事実、彼女は人狼陣営ほぼ
全員に対して目星をつけていた。
-----------------------------------
[処刑]天江衣(発言していないため)
[襲撃]福路美穂子(狂人咲に一番危険と判断されたため)
[占い]池田華菜:咲(人間判定○)
東横桃子:咲(人間判定○)
[護衛]染谷まこ→竹井久
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『三日目』
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生存は…十名。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
池田華菜。東横桃子。加治木ゆみ。
龍門渕透華。
死亡者は…二名。
天江衣。福路美穂子。
--------------------------------------------------------
三日目が終了した。
人狼達が操作する必要もなく、
京太郎が占いの槍玉として挙がってくれた。
処刑先も想定通りだった。
生きる気力を失った透華が
自分から殺される事を志願した。
願ってもない状況。
特に、桃子にとっては
これ以上ない展開だった。
透華の死に心を痛めて啜り泣く久とは対照的に、
桃子は興奮冷めやらぬ口調でまくしたてる。
--------------------------------------------------------
桃子
『来たっす!完全に流れが来たっすよ!!
金髪ノッポに黒判定で先輩襲撃っす!!』
桃子
『先輩の鋭い読みはまさに人狼にとって図星だった!
一点読みで当てられた人狼は、
これ以上先輩を生かしておけないと判断して
先輩を襲撃した!完璧な流れっす!』
久『…私が、麻雀部の皆を守りたいって
考えているのは知ってるわよね?』
桃子
『私が先輩を食べたいって
再三言ってたのも覚えてるっすよね?』
桃子
『昨日は我慢してやったっす。
さすがにこれで邪魔するって言うなら…
こっちも許さないっすよ?』
久『…ゆみを食べるのは…いいの。
……でも……須賀君……』
桃子
『…はぁ。歴戦の白狼が聞いてあきれるっす』
桃子
『全員救うとか無理っすよ。
麻雀部だけで六人もいるじゃないっすか。
ゲームのルール覚えてますか?』
久『わかってるけど…けど…!
少しでも……長く……!』
桃子
『駄目っす。今のうちから覚悟しておくっすよ。
どうせゲームを終わらせるには、
宮永さん以外を殺しきるしかないんすから』
久『…そうね……』
久『……』
桃子
『…はぁ。またあの目になってるっすよ?』
久『あの目…?』
桃子
『《あの子達を殺すなら、いっそ自分が…》
って自己犠牲に狂った目っす。
見てて気持ち悪くて仕方ないっすよ。
そんなに麻雀部が大切っすか』
久『……』
桃子
『……ま、私は先輩が食べられればそれでいいっす。
その後アンタの精神が崩壊しようと、
皆を守るために自殺しようと
好きにすればいいっすよ』
桃子
『ただ、もしそうなったら。
宮永さんも、間違いなく
後を追うと思うっすけどね』
久『……』
桃子
『よし、湿っぽい話は終わりっす!
後は自分で考えろっすよ!
私は先輩としっぽりお楽しみしてくるっす!!』
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夜。玄関の扉を叩く音に、
ゆみは身を硬直させた。
人狼が夜な夜な人を襲撃する事はもうわかっている。
だとすれば、これは人狼の襲撃である可能性が高い。
状況が状況だけに、ゆみは覗き窓から
用心深く訪問者を確認する。
ゆみ
「…誰だ」
警戒心にまみれた低い声に対し、
能天気な声が返事した。
桃子
「先輩、私っすー。
開けてくださいっすー!」
ゆみの全身から力が抜けた。
普段から桃子は頻繁にゆみの家を訪れている。
この状況で人間が訪れるとしたら、
それは確かにモモ以外ありえないだろう。
苦笑しながらゆみは扉を開けた。
桃子
「せーんぱいっ♪」
扉が開くなり、桃子は満面の笑みを浮かべて
ゆみの胸に飛び込んできた。
ゆみも当たり前のように桃子を受け止めて、
そのまま頭を撫でてやる。
ゆみが桃子を部屋に招き入れると、
いつものように甘い会話が始まった。
桃子
「あー、やっぱり先輩の部屋は
落ち着くっすー♪」
ゆみ
「まったくお前は…私が
人狼だったらどうするつもりだ」
桃子
「先輩が人狼とか素敵っすねー。
情熱的に食べてほしいっす」
ゆみ
「お前は狂人か」
桃子
「あはは。先輩が人狼で私が人間だったら、
間違いなく狂人にクラスチェンジしてたっすよ」
ゆみ
「恐ろしい話だが、
そうなったら無敵だろうな」
桃子
「あはは。本当に残念っすよ。
先輩と同じ陣営になりたかったっす」
ゆみ
「……!?」
何気ない会話。だが、そのあからさまな失言を
ゆみが見逃すはずもなかった。
ゆみは表情を一転させると、
鋭い目で桃子をねめつける。
ゆみ
「…モモ、今の発言はどういう意味だ」
桃子
「…ねぇ先輩。先輩はどうっすか…?
私が、もし、人狼だったら…」
桃子
「先輩は、狂って…
狂人になってくれるんっすかね…?」
ゆみの耳元で桃子は囁く。
それは蕩ける程に甘い声。
桃子の腕はゆみの背中に回されて、
がっちりとゆみを咥えこんでいる。
ゆみ
「っ…」
何とか桃子を引き離そうと、
ゆみは必死に身をよじる。
桃子の体はびくともしなかった。
明らかに異常な腕力だった。
ゆみとて力に自信があるわけではなかったが、
桃子に力負けするはずはない。
抵抗するゆみをまるで意に介さず、
桃子は相変わらず熱のこもった声で囁き続ける。
桃子
「ねぇ先輩…私のために、
人間を裏切ってくれませんか…?」
ゆみ
「…答えはノーだ!」
桃子
「えぇー。冷たいっすねぇ。
私達の愛って、そんなもんだったんすか?」
ゆみ
「お前が本物のモモだったら、
まだ考える余地はあったかもしれない」
ゆみ
「だが、お前は違う…!
モモの皮を被っただけの人狼…
むしろお前は、私の仇だ!!」
桃子
「……」
ゆみの強い拒絶の言葉を受けて、
桃子の目がぎらりと光る。
桃子
「ふふっ…それでこそ先輩っす。
ちょっと寂しいっすけど、
『死ぬまで』かっこいい先輩で
居てくれて何よりっすよ」
ゆみ
「…!そうやすやすと殺せると思うな!!」
桃子
「あははぁ…無理っすよぉ…?
人間の力で人狼にかなうはずがないっす」
ゆみ
「くっ…!離せ…!!」
桃子
「ああ、きりっとした先輩かっこいいっす…!
我慢できなくなってきちゃったっすよ…!
ちょっと、ちょっとだけ甘噛みするっすよ?」
桃子は少しだけ牙を出し、
そっとゆみに齧りつく。
かぷりっ…
圧倒的な腕力で捻じ伏せておきながら、
首筋に触れる牙の感触はどこまでも優しく。
それでいて蠱惑的だった。
強制的に与えられる甘い疼きに、
ゆみの全身が沸騰する。
羞恥心も手伝って、
ゆみは思わず叫び出していた。
ゆみ
「っ…何を考えている!
殺すなら一思いに殺せばいいだろう!!」
桃子
「へ?そんなの駄目っすよ?」
桃子はきょとんとした表情を浮かべて却下する。
そして、今度はぬめる舌先を
ゆみの首筋に這わせながら喋り始める。
桃子
「私…先輩が好きで好きで仕方ないんっす」
桃子
「好きで好きで好きで好きで
好きで好きで好きで好きで」
桃子
「ほんっとうに、好きで仕方ないんっす。
じゃなきゃ、食べたいなんて
思うわけないっすよ」
ゆみ
「…モモ……?」
ゆみの目に動揺の色が混じり始める。
目の前の人狼の振る舞いは、
ゆみが本で得た知識とあまりに違い過ぎていた。
人狼は確かに人間の人格と記憶を奪う。
だが人狼としての人格は別物で、
襲撃時には本性を現すと書いてあった。
実際、今ここで桃子の真似をする必要などないはずだ。
なのに、今目の前にいるこの生き物は…
まるで『モモ本人』みたいではないか。
ゆみ
(本当にこれは偽者なのか…?)
抵抗の手が止まった事を都合よく解釈し、
桃子は幸せそうに目を細める。
桃子
「あれ…?抵抗止めるんすか?
もしかして…受け入れてくれるんっすか?」
ゆみ
「…モモ。お前は、一体
私をどうするつもりなんだ」
桃子
「へ?そりゃ食べるっすよ?
でも、食べる前に…」
桃子
「先輩の初めて、全部もらうつもりっすけど」
ゆみ
「!?」
予想だにしなかった返答に、ゆみはその身を強張らせた。
その隙に桃子はとすん、とゆみを優しく押し倒す。
桃子
「んしょっ、と」
そしてゆみの上にまたがると、
規定事項のような口ぶりで
プランを説明し始める。
桃子
「心残りができるのは嫌っすからね。
先輩の全てをしゃぶり尽くさせてもらうっす」
桃子
「もちろんもらうばっかりとは言わないっすよ?
私の初めても全部あげるっす」
桃子
「唇も、裸で抱き合うのも、
下のお口でキスするのも…」
桃子
「ぜんぶ…ぜーんぶ……
二人で分かち合うっすよ」
悦びに酔いしれる様に、
その声を上擦らせながら語る桃子。
吐き出される息が荒くなり、
腰が淫らにくねり始める。
桃子
「あっ…純潔は『いっせーのーで』で
一緒に捧げたいっすねぇ」
桃子
「…で、お互いの指についた血を舐めあうんすよ……
…こう、チロチロッって…先輩の…初めてのを……」
くの字に折り曲げた指を舌先で転がしながら、
堪らないと言わんばかりに喘ぐ桃子。
ゆみを押さえつける下半身は
まるで交尾でもしているかのように
リズミカルに動き続け…
灼けつくような熱を帯びた秘部を
ぐいぐいとゆみに擦り付けてくる。
桃子
「あぁっ…考えただけで、
私……イッちゃいそうっす…!
あっ、だめ…っ…んんんっ……!!」
刹那、桃子の体がぴんと弓なりにのけぞった。
そして、ふるふると断続的に四肢をひくつかせる。
どうやら本当に達してしまったようだった。
桃子
「はぁっ…はぁっ……せんぱぁい…
だいすきっすぅ……」
ゆみ
「……」
眼前の雌の唐突な痴態に、
ゆみはただ呆然とするしかなかった。
こいつが何をしたいのかわからない。
なぜ人狼の癖に自分を
病的なまでに愛してくるのかも、
これが普通なのか、
それとも例外なのかもわからない。
わからない事だらけだった。
ただ一つ、確実に言える事がある。
それは…
自分はこれから、この淫魔によって
死ぬまで辱められるだろう事。
桃子
「…はぁっ……ごめんなさいっす…
ここからは、ちゃんと二人で
気持ちよくなるっすよ…?」
熱い吐息を漏らしながら、
桃子の唇がゆっくりと近づいてくる。
その唇を避ける術を…
ゆみは持ち合わせていなかった。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム三日目:生存者数十名(人狼残数 二匹)
==================================================
宮永咲が両占い師から人間判定を受け
人間確定となる。
ただし占いでは狂人かどうかの
判定はできない。
このため村人は彼女が
人狼陣営である事には気づけなかった。
この日は須賀京太郎が疑われる。
理由は事件の第一発見者であり、
かつ唯一の男性であるため。
東横桃子は京太郎を人狼に見立て、
疑った加治木ゆみを腹いせに
襲撃したように見せる案を提案する。
須賀京太郎を含めた麻雀部全員を
守りたいと考えている竹井久は
難色を示すがこの提案を受け入れる。
これにより東横桃子の念願が成就し、
東横桃子が加治木ゆみを襲撃する事になる。
実はこの襲撃は人狼陣営にとって
隠れたファインプレイであった。
加治木ゆみはこの時点では
人狼についての学習を始めたばかりであったが、
もしこのまま残しておけば、
瞬く間に人狼最大の脅威に成長していた。
さらに、加治木ゆみは学習の過程で
人狼の本を熟読していた。
ゆえに人狼陣営を除けば、唯一狂人の存在に
気づきうる村人だったためである。
なお、東横桃子は襲撃=愛だと考えているため、
この日以外の襲撃は頑なに拒否している。
-----------------------------------
[処刑]龍門渕透華(後追い自殺)
[襲撃]加治木ゆみ
(須賀京太郎に疑いの目を向けさせるためだが
実際には東横桃子の強い要望)
[占い]池田華菜:須賀京太郎(人間判定○)
東横桃子:須賀京太郎(人狼判定●)
[護衛]染谷まこ→宮永咲
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『四日目』
--------------------------------------------------------
生存は…八名。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
池田華菜。東横桃子。
死亡者は…二名。
龍門渕透華。加治木ゆみ。
--------------------------------------------------------
四日目が終了した。
ついに大きく局面が動いた。
京太郎の判定が割れた事により、
村人は明確な目的を持って仲間を殺害した。
それでも、事態は何一つ好転しなかったが。
むしろ状況は村人にとって
悪化の一途を辿っている。
吊られた京太郎はただの村人であり、
それを証明する霊能者は
すでに尻尾を出してしまっている。
ここで優希を食い殺してしまえば、
京太郎の結果は明るみに出ない。
つまりは、占い師の真贋も
闇に葬られる事になる。
勝敗は大きく傾いた。
もし二人が『健全な人狼』であったなら、
祝杯をあげてもいい程だろう。
ところがそうもいかなかった。
なぜならこの日は、久にとっても。
生死のかかった、試練の日となったのだから。
--------------------------------------------------------
久『……』
桃子
『まだ落ち込んでるんすか?
いい加減慣れた方がいいっすよ?』
久『…逆に、貴女は何も感じないの?
自分でゆみを殺したくせに』
久『あの暴走は…本当に全部演技だったの?』
桃子
『あ、先輩はまだ殺してないっすよ?
牢屋に入れて絶賛調教中っす』
久『はぁ!?貴女何やってるのよ!?』
桃子
『……』
桃子
『…私だって殺す気だったんすけどねぇ…
でも、駄目だったっす』
桃子
『好き過ぎて殺すの躊躇っちゃったっす。
…その辺、わかってもらえないっすかね?』
久『…………わかるわ』
桃子
『少しだけ、アンタの気持ちがわかったっすよ。
もし先輩が狂人に転ぶって言ってくれたなら…
私は…私は……』
久『…モモちゃん……』
桃子
『……』
桃子
『ま、先輩はどうあがいても
狂人になってくれなさそうっすけどね!
明日は私が処刑されそうですし、
今夜一杯楽しんで殺し切るっすよ』
桃子
『というわけで、竹井さんは
片岡さんを殺してきてくださいっす!』
久『……なんで優希を殺す必要があるの』
桃子
『いやいや、こっちでまで
寝ぼけた事言わないで欲しいっす。
あの子思いっきり霊能者だって
宣言したじゃないっすか』
桃子
『「私の力で」とか言ってたの、
聞き逃したとは言わせないっすよ?』
久『…わかってるわよ』
桃子
『ていうか、生き残りたいなら
竹井さんこそしっかりして欲しいっす』
桃子
『占い師指定なしのまま終わろうとするから、
びっくりしてうっかり
原村さんを指定しちゃったっすよ。
今思えば片岡さんを指定して
そのまま食い殺せばよかったっす』
久『…そうね。ごめんなさい』
桃子
『謝罪はいいっすから、きっちり
片岡さんを殺してきてほしいっす』
桃子
『なんだかんだで、私だってお仲間には
幸せになってほしいっすから』
--------------------------------------------------------
襲撃の時間。久はいつになく
緊張の糸を張り詰めさせていた。
同じ麻雀部の一員である京太郎がこの世を去った。
でも京太郎は、決して自棄になって
命を投げ出したのではない。
仲間である皆を信じて。
皆を生かすためにその命を捧げたのだ。
久(それを知っておきながら…
私は今、その死を犬死にに変えるために
かけがえのない仲間を殺そうとしている)
久(優希の死に、私は耐え切れるかしら。
ううん。そもそも本当に殺せるのかしら)
思い返してみれば。
このゲームが始まって以来、
久は生きたいと抵抗する命を
摘み取った事がなかった。
咲(優希に本気で抵抗されたら。
私は、本当に優希を殺せる?)
答えを導き出す事ができないまま。
覚悟が決まらないままに、
久は優希の家に辿りついてしまった。
久「…着いちゃった」
久はドアノブに手をかけて引いてみる。
扉は開かない。さすがに
しっかりと鍵が掛けられているようだった。
久「…このまま帰っちゃ駄目かしら。
『鍵が掛かってました!』とか言って」
久「…なんて、流石に駄目よね」
人狼の腕力をもってすれば、
この程度の扉は何の抑止力にもならない。
久はため息をつきながらドアノブを強く握ると、
力任せに引っ張った。
扉がミシミシと軋み始める。
久は構わず力を加え続ける。
『べきんっ』
錠前部分の木の板が割れ、
その後は抵抗なく扉が開く。
久は何事もなかったかのように、
玄関から屋内に侵入した。
久「優希の部屋は…一番奥だったわね」
生前懇意にしていただけに、
久はこの家に何度も遊びに来ていた。
無論、鍵を無理矢理ぶち壊して
侵入するのは初めてではあったが。
予想通り、優希は一番奥の部屋に居た。
一思いに扉を開ける。
優希
「……」
そこには剥き出しの敵意を隠そうともせず、
青銅の置物を持って身構える優希が居た。
久はこんな目をする優希を見た事がなかった。
こんな殺意に満ち満ちた目を。
そして、無邪気だった彼女に
そんな目をさせているのは自分。
早くも、久は自分の心に
大きな亀裂が入ったような気がした。
優希
「…念のために聞いとくじょ。
部長は、なんでここに来たんだじぇ」
久「…貴女こそ、どうして窓から
逃げなかったのかしら?
私がこの部屋に辿りつく前に」
優希
「そんなの、真犯人を
突き止めるために決まってるじょ」
優希
「……」
優希
「部長が…部長が人狼だったのか」
久「……」
久「部長が…じゃないわ。
『竹井久の皮を被った偽者』が人狼よ」
久はゆっくりと歩き出す。
その足の先は優希に向かっている。
優希
「来るな!」
足元に投げつけられた食器皿が飛散し、
久はその歩みを止めた。
優希
「それ以上近寄るな!私はお前なんかに
食われるわけにはいかないんだじょ!」
久「貴女が悪いんでしょう…?
どうして霊能者だってわかるような
発言をしちゃったの?
あんな発言されちゃったら、
襲撃するしかないじゃない」
久「私は、少しでも…
麻雀部の皆を守りたかったのに」
優希
「……は?」
久の言葉にかちんと来たのか、
優希は血相を変えて久を正面から睨みつける。
優希
「何ふざけた事言ってるんだじょ…?
私達を守りたかっただって…?」
優希
「だったら最初から
襲わなきゃいいじゃないか!!」
久「……っ」
もっとも過ぎる正論だった。
久に反論する余地はない。
優希
「麻雀部を守りたい!?
だったらいい方法を教えてやるじょ!」
優希
「さっさと『自分が人狼です』って言えばいいんだじぇ!
そしたら私が喜んでお前を吊ってやるじょ!」
久「……」
久「…そうね……本当に、そう……」
優希の強い言葉に、
久は打ちひしがれたように頷いた。
そして何かを堪える様に、
ぐっと唇を噛みしめている。
その反応に戸惑ったのは優希の方だった。
優希
(…どういう事だじょ?)
優希の想像の中の人狼は、
もっと凶悪で残忍で容赦がない存在だった。
なのにこの部長モドキは、
よくわからない事を言い始めた上に
なんだか勝手に弱っているように見える。
疑問符が優希の頭を駆け巡る。
ただ、そこは日頃から直感で動く優希である。
それ以上深くは考えず、
素直にチャンスだと受け取った。
優希
(よくわかんないけど…この部長モドキなら、
私でも勝てるんじゃないか…?)
優希
(…こっちから打って出るじょ!)
そう決めてからは早かった。
優希は勢いよく地面を蹴り出すと、
一気に久との距離を詰める。
優希
「先手必勝だじぇ!!」
そのまま優希は、手に持っていた青銅の置物で
力任せに殴りつけた!
『ゴスッ…』
とっさの事に避ける事ができなかったのか、
否、避ける気すらなかったのか。
ともかく、久は優希の一撃をまともに喰らう。
優希
「よっし!このまま倒しきってやる!」
優希
「京太郎!今私が仇を討ってやるじょ!」
勢いづいた優希は、さらにその腕を振り下ろす。
振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす!
瞬く間に久の頭から鮮血が噴き出し、
顔は真っ赤に染まっていく。
それでも久は一度として避けるそぶりを見せず、
ただでくの坊のように喰らい続ける。
…目から大粒の涙を流し続けたまま。
口から謝罪の言葉を繰り返しながら。
久「ごめんなさい…ごめんなさい……」
また、優希の心に動揺が生まれ始めた。
想像とあまりに違い過ぎていた。
人狼とは、もっと血も涙もない、
笑顔で人を食い殺すような存在ではなかったのか?
人間ごときがどんな抵抗をしても
倒せない存在ではなかったのか?
だとしたら、目の前の…
何もしなくても崩れ落ちてしまいそうな、
か細い声で謝り続ける存在は何だ!?
優希
「なんなんだじょ…
本当に、なんなんだじょ……!」
気づけば優希は置物を持つ手を
だらりと降ろしてしまっていた。
久「っ…ほんっ…ごめっ……ぃっ……」
久は力なくその場にうずくまり、
両手で顔を覆って嗚咽を繰り返している。
優希
「…もう、わけがわからないじょ。
ま、まあ…ひとまずここは見逃してやるじょ」
優希は止めを刺すよりも逃げる事を優先した。
久の様子は気にかかる。
優希は憐憫の情さえ覚えていた。
ともすれば、つい手を
差し伸べてしまいたくなる程に。
だがあれだけの打撃を受けて、
それでも我関せずで
泣いていられるのも異常だった。
人外なのは間違いない、優希はそう判断した。
優希
(もしかしたら、処刑じゃないと
殺せないのかもしれないじょ)
だとしたらこれ以上の交戦は無意味だろう。
謎は謎のままだが、
無理にここで解明する必要もない。
優希
「…罪悪感があるなら…明日、
自白して罪を償ってほしいじょ」
どこかばつが悪そうにそう言い捨てると、
優希はくるりと身を翻して部屋を後にする。
そしてそのまま走り出し、
家を脱出しようとする。
だが実際に優希が走り出す事はなかった。
『ゴッ…』
鈍器で殴り倒したような鈍い音が響き渡る。
次の瞬間、優希はものも言わず崩れ落ちる。
相当に強く殴りつけたのだろう。
優希の頭蓋は陥没している。
即死だった。
咲「…大丈夫ですか、部長」
愛しい人の声を耳にして、
ようやく久が頭をあげる。
そこには大きめの彫像を
両手で携えた咲が佇んでいた。
彫像の頭部は…見るも無残に欠けている。
咲「やっぱり心配した通りでしたね」
久「……さき…どうして……ここに……?」
咲「部長は優しすぎるから…
麻雀部のメンバーを殺せるとは
思えなかったんです」
久「……」
咲「…遅くなって、ごめんなさい」
顔をあげた久の顔を見て、咲は酷く辛そうに
謝罪の言葉を口にした。
目に涙を溜めた久の瞳は、
絶望に染まりかけていた。
後少し遅かったら。久は華菜や透華のように、
『戻れなく』なっていたかもしれない。
咲「…本当に、ごめんなさい」
咲の中で、後悔の炎が燃えあがる。
なぜ最初から一緒についていかなかったのか。
否。なぜ最初から、自分が殺すと申し出なかったのか。
そうすれば…久がこんな目をする事も
なかったかもしれないのに。
咲「……っ!」
ともすれば叫び出したくなる衝動を、
唇を噛む事で必死で抑えながら。
それでも咲は気持ちを
切り替えるように努める。
今自分がするべき事。
それは、これ以上久が壊れないように
心の傷を治癒する事だ。
咲は大きく息を吸い込んだ。
そして荒れ狂う感情を押し殺すと、
穏やかな声で語り掛ける。
咲「……大丈夫です。
これからは私が殺しますから」
久「……え?」
咲「部長は、食べてあげるだけでいいんです。
優希ちゃんも、和ちゃんも、染谷先輩も」
咲「皆私が殺しますから。
もう、傷つかなくていいんです」
咲は慈愛の微笑みを浮かべながら、
うずくまる久を抱き締める。
咲「今は、何も考えなくていいです。
ただ、ゆっくり休んでください」
久の頭をそっと撫でる。
母親が幼子を慈しむように、
何度も、何度も。
久「さき…さき……!」
咲「部長…」
少しずつ、少しずつ久の嗚咽が収まっていく。
傷つく事に疲れ果てた久は、
何もかもを放棄して
恋人の胸に頬を摺り寄せる。
やがて久は、涙を流しながら眠りについた。
その姿を見て、咲はようやく胸を撫で下ろした。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム四日目:生存者数八名(人狼残数 二匹)
==================================================
須賀京太郎の判定が割れる。
唯一の男性であるにも関わらず、
誰一人守る事もできず。
むしろ争いの火種になっている現状に
不甲斐なさを感じていた須賀京太郎は
自ら処刑を受け入れる。
この発言に対し、須賀京太郎に
強い想いを抱いていた片岡優希が過剰反応する。
この時の反応により、
染谷まこ以外の参加者は
片岡優希が霊能者であると
見破る事になる。
このため人狼陣営は
片岡優希を強襲し襲撃を成功させる。
なお池田華菜はここでリーダーの
決定を拒否し独断で片岡優希を占う。
偽占い師が指定した相手よりは、
別の人間を占うべきと判断したため。
ただしその観点であれば
池田華菜は竹井久を占うべきであった。
その考えに至らなかった理由は、
精神崩壊を迎えた池田華菜の思考力は
廃人レベルに低下していたためである。
-----------------------------------
[処刑]須賀京太郎(村のために犠牲になる)
[襲撃]片岡優希(霊能者狙い)
[占い]池田華菜:片岡優希(人間判定○)
東横桃子:原村和(人間判定○)
※東横桃子は役目を終えているので
これ以上人狼判定できない
[護衛]染谷まこ→宮永咲
--------------------------------------------------------
『五日目』
--------------------------------------------------------
生存は…六名。
染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。
池田華菜。東横桃子。
死亡者は…二名。
須賀京太郎。片岡優希。
--------------------------------------------------------
五日目が終了した。
この日はあまり大きな動きはなかった。
結局京太郎の正体が明らかになる事はなく。
真占い師の真贋もわからないままだった。
安定釣りとして、役目を終えた
桃子が吊られる事になった。
おかげで久の心が必要以上に
痛む事もなかった。
桃子は自分と同じ人狼だったし、
京太郎と同じように自分で
処刑台に上って行ったからだ。
久を苦しめるとすればこの後の襲撃だったが、
その点でも久は救われる事になる。
--------------------------------------------------------
夜の帳が降りる頃。
久は闇に身を忍ばせながら、
想い人の登場を待った。
程なくして咲が姿を現す。
久はあからさまに安堵のため息をつくと、
ぎゅっと咲を抱き寄せた。
咲「…なんだか、逢引みたいですね」
どこかうっとりと恍惚の笑みを浮かべる咲。
久は言葉を返す代わりに、
咲の唇に子供のようなキスを落とした。
もちろん、密会の目的はデートではない。
大切な仲間を食い殺すのが目的だ。
もっとも、咲はもう久に
殺させるつもりはなかった。
表面上は何事もないように振舞っていても、
久が酷く不安定な状態である事は歴然だったからだ。
咲は見抜いていた。
久の思考力は低下し始めている。
事実、会議での発言にもそれが現れ始めていた。
会議中、久はわざわざ
『なぜ優希が殺されたのか』を
説明してしまった。
自分がそれに気づいていた事まで、
馬鹿正直に白状してしまった。
言う必要のなかった事だ。
これで、久はもう狩人を騙る事はできない。
その機会があるかは別としても。
正常な久であれば、
そんな愚は犯さなかっただろう。
思考力の低下。それは、
あの透華や華菜と共通する症状。
つまり久は今……
廃人の一歩手前にあると見るべきだ。
咲は固く決めていた。
もう、久に二度と襲撃はさせない。
久を連れていくのは和の家まで。
現場についたら、久を置いて
一人で和を殺害するつもりだった。
咲「行きましょう、部長」
咲が久に手を差し伸べる。
二人は指を一本ずつ絡み合わせながら手を繋ぐ。
そしてぎゅっと握り締めると、
ゆっくりと歩調を合わせて歩き始めた。
咲「和ちゃんが覚醒してましたね」
久「そうね…いままでの人狼ゲームをとおしても、
ここまで機械的に殺した人ははじめてだわ」
久「…私がゆうきを殺したせいで、
こわれちゃったのかもしれないわね」
咲「和ちゃんが機械じみてるのは
今に始まったことじゃないですよ」
咲「それに、優希ちゃんを殺したのは私です」
会話しながらゆっくりと目的地に向かう二人。
でも、すぐに様子がおかしい事に気づいた。
目的地に向かっているはずが、
全然距離が縮んでいないのだ。
二人は確かに歩いているのに。
まるで、何者かが和への道を
阻んでいるかのようだった。
異変に気付いた久が弾んだ声をあげる。
久「狩人ね!これじゃのどかは殺せないわ!」
喜色満面になった久を見て、
咲もつられて苦笑する。
咲「人狼が防衛成功されたのに
喜んでどうするんですか」
久「いいじゃない。どうせここで
殺せなくてもたいして変わらないわ」
咲「…いずれ和ちゃんを殺さないといけないって
事実も変わりませんよ?」
久「それでもいいの。一日でもながく
生きのびてくれたなら…」
咲「まあいいです。でもそうすると、
今日一日部長は空いてるって事ですよね?」
久「そうね」
咲「じゃあ、私に部長を癒させてください」
咲「昨日の部長は、今にも壊れてしまいそうで。
見てて怖くて仕方なかったですから」
咲「…というより、今も」
久「そっか…じゃ、私の家にいきましょ?」
二人はくるりと向きを変えて、
久の家へと歩き出す。
久の足取りは軽かった。
誰も殺さずに済んだ事が
本当に嬉しかったのだろう。
幸せそうに微笑む久を見て、
咲は一人嘆息する。
咲(本当に…どうしてこんな優しい人に
人狼なんて役が回っちゃったんだろう)
咲(私が人狼だったなら…
普通に皆を殺して、
ハッピーエンドで済んだのに)
咲(もういっそ、部長が襲撃に行く前に
皆殺しちゃおうかな?)
人狼以上に人狼らしい考えを
脳裏に浮かべながら、咲は久にすり寄った。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム五日目:生存者数六名(人狼残数 二匹)
==================================================
霊能者不在が発覚。
理由は前日に襲撃されたため。
親友である片岡優希の死を受けて原村和が覚醒。
占い師ローラーを提案する。
その思考ルーチンは以下の通り。
東横桃子を真と見た場合
すでに一匹は人狼を処刑している。
池田華菜を真と見た場合は
まだ人狼は二匹残っている可能性があり
最悪この日に勝負がつく計算。
よって安全策で東横桃子を吊るべき。
原村和の覚醒を見た染谷まこが
原村和を護衛に変更。
襲撃は原村和。
残りの中で襲撃可能な人物は
池田華菜、原村和、染谷まこの三人。
(宮永咲は除外)
ローラー予定の池田華菜を除けば
片占いとはいえ一番人間に近い存在のためである。
しかし結果的には狩人である
染谷まこに妨害される事になる。
-----------------------------------
[処刑]東横桃子(安全策)
[襲撃]原村和(殺せる範囲では一番確定村人に近いため)
→襲撃失敗
[占い]池田華菜:原村和(人間判定○)
[護衛]染谷まこ→原村和
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『六日目』
--------------------------------------------------------
生存は…五名。
染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。
池田華菜。
死亡者は…一名。
東横桃子。
--------------------------------------------------------
六日目が終了した。
村人は自身の勝利を確信して
帰路についただろう。
どうやら彼女達は知らなかったらしい。
狂人という存在を。
真占い師も処刑台に消えた。
後はもう、狩人であるまこを殺害すれば、
残るは人狼と狂人と人間の三人になる。
もはや人間が絶望を逃れる術はない。
ゲームは終わったのだ。
もっとも、肝心の人狼は
勝利を喜ぶどころではなかった。
村の勝利を喜び、笑顔で華菜を
処刑台に連れて行った久は…
その笑顔の仮面の裏で、自らの心が
良心の鉄槌を受けて
ガラガラと崩れていくのを感じ取っていた。
--------------------------------------------------------
久は昨日と同じ場所で、
咲が来るのを待っていた。
咲はなかなか来なかった。
待ち合わせの時間からは
既に十五分が経過している。
久「…なにかあったのかな」
いぶかしみながらも、
久はそのまま咲の到着を待つ。
帰り際に咲に命じられていた。
『絶対に一人で行動するな』と。
久は咲の命令を従順に守った。
さらに十五分が経過して、
久が焦燥に駆られ出した頃。
ようやく咲が姿を現した。
咲「…お待たせしました」
久「おそいよ…なにかあっ…た…の…」
呼びかける声は途中で途切れた。
一見咲の姿に別状はない。
だが、人狼である久にはわかる。
咲の体からは、かすかに血の匂いが漂っている。
咲「あ…わかっちゃいました?
一応シャワー浴びてきたんですけど」
久「…どうして?」
咲「今の部長が、染谷先輩の死に
耐えられるとは思わなかったからです。
だから一人で殺してきました」
久「……」
咲の言う通りだった。
事実、久の心は崩壊寸前だった。
華菜を殺した事が、久の心に
致命的な傷を与えていたのだ。
早い段階で美穂子を殺されて、
心が砕け散ってしまった華菜。
その華菜が、廃人になりつつも
今日まで生き続けたのは、
全ては仇を討つためだった。
そんな華菜の忠義心を知りながら、
久は華菜に人狼と言う罪をなすりつけた。
一人孤独に戦い続けた華菜は。
最後も孤独に、人外のレッテルを
貼られてこの世を去った。
彼女の悲痛な結末に、弱り切った久の心が
耐えられるはずもなかった。
咲「なんでわざわざ処刑を
請け負っちゃったんですか…
別に部長が頑張らなくても、
多分染谷先輩辺りが池田さんを
しょっぴいてくれたのに」
久「…なにもわるくないまこに、わらって
ひとごろしさせるなんて、だめだよ」
咲「今更道徳なんかどうでもいいですよ…
そんな事でこれ以上心を壊さないでください……!」
久が演技をしている間、咲は気が狂いそうだった。
いつ久の精神が完全に崩壊してしまわないか。
いつ自殺に走り始めないか。
怖くて怖くて仕方がなかった。
幸い、久が自殺する事はなかった。
それでも、全てが終わって二人きりになった時。
久は明らかにおかしくなっていた。
咲は一瞬悲しそうに目を伏せる。
でもすぐに何事もなかったかのように
気持ちを切り替えた。
咲「さあ、部長の家に帰りましょう」
久「…うん」
咲「明日も、無理して和ちゃんの前に
出て来なくていいですよ?
私が殺しておきますから」
久「…だめだよ。わたしだけ
にげちゃだめだもん」
咲「…本当に、無理だけはしないでくださいね?」
咲は心配そうに久を抱き締める。
久は子供のように縋りついてくる。
そんな久を慈しみながらも、
咲の思考は…久が傷つけられる前に、
いかに早く和を殺すかで埋め尽くされていた。
咲(駄目だ。今はそんな事よりも、
部長を癒す事を考えないと)
二人で久の家に入ってシャワーを浴びる。
生まれたままの姿でベッドに倒れ込むと、
咲は久に口づける。
久「さき。ねえ、もっと」
無邪気に続きをせがむ久は、
まるで小さな子供のようで。
咲は零れそうになった涙を必死で堪えた。
咲(駄目だ。私が諦めたら終わっちゃう。
部長は私が絶対に守るんだ)
咲は久に気づかれないように涙をぬぐうと、
久を癒すべくその体を愛し始めた。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム六日目:生存者数五名(人狼残数 一匹)
==================================================
狩人である染谷まこが
原村和を護衛して防衛成功。
このため染谷まこが狩人CO。
現時点で占い師である池田華菜を除けば
完全なグレーは竹井久と染谷まこだけであり、
染谷まこが狩人と確定すれば
竹井久が残りの人狼候補確定となる。
竹井久は対抗狩人COはしなかった。
これは五日冒頭に、
片岡優希が霊能者である事を
見抜いていたような発言をしていたため。
仮に対抗COをしても、なぜ
片岡優希を護衛しなかったのかを
説明する必要があり、
まず勝ち目がないと判断した。
このため、最終日まで
ゲームがもつれこめば竹井久が
人狼である事は確定のため、
村が勝利する事になる。
ただしそれは狂人の存在を
考慮しなければの話であり、
実際にはこの時点で最終日
人狼と狂人のパワープレイで
村陣営が敗北する事が確定した。
-----------------------------------
[処刑]池田華菜(占い師ローラー)
[襲撃]染谷まこ(狩人断定)
[占い]なし(占い師死亡)
[護衛]まこ→和
--------------------------------------------------------
そして、『最終日』の朝が訪れる。
--------------------------------------------------------
生存は…三名。
竹井久。原村和。宮永咲。
死亡者は…二名。
池田華菜。染谷まこ。
--------------------------------------------------------
最終日になっても霧は晴れなかった。
それはすなわち、まだ人狼が
生存している事を意味していた。
咲と共に会議室に現れた久を、
和が開口一番で糾弾する。
和「…部長。どうして昨日、
降参してくれなかったんですか」
久「……なんのこと?」
和「しらばっくれないでください。
咲さんも私も両占い師から
人間判定されています。
残りは部長しかいないじゃないですか」
和「今日、咲さんと私で部長を処刑すれば
ゲームは終了です。
その流れは昨日の時点で変わらなかった」
和「あの時点で降参してくれていれば、
染谷先輩と池田さんは助かったのに。
往生際が悪いにも程があります」
久「…ああ。ええと。その」
和「…どうしたんですか?」
咲「部長、無理に喋らなくていいですよ。
もうさっさと殺しちゃいましょう」
予想だにしなかった咲の言葉に、
和は驚愕して目を見開く。
だがそんな和の事などまるで気にせず、
咲は久だけに話し続ける。
咲「部長は何もしなくていいです。
私が責任もって和ちゃんを殺しますから」
和「ど、どういう事ですか!?
咲さんは、咲さんは
人間判定されたじゃないですか!?
なんで、なんで私を殺そうと…!!」
久「…ええと」
咲「いいです部長。私が代わりに説明します」
咲「……和ちゃん。
お父さんは言わなかったけど、
人狼ゲームをする上で
気を付けておかなきゃいけなかった事が、
もう一つあったんだよ」
和「…っなんですか…?」
咲「狂人って知らないかな?
人なのに人狼に味方しちゃう狂った子。
ごくまれに、そういう子が
ゲームに紛れ込んでるんだよ」
咲「まあ、本当に滅多にない事みたいだし、
お父さんもうちみたいな平和な村に
そんな子がいるとは思わなかったんだと思う」
咲「でも、本当は考慮しなくちゃいけなかった。
好きな人が人狼になっちゃって…
耐えられる女の子なんてそういないんだから」
咲「そういう子を残しておくと…
最後に、こういう事になっちゃうんだよ」
和は表情を失い、
膝からがくりと崩れ落ちた。
和「…そういう…事……ですか…」
今思い返してみれば、
和には思い当たる節がいくつもあった。
初日、久が占い対象になった時の事。
占い先をすり替えるきっかけを
作ったのは咲だった。
初日から占い対象になった久が、
その後全く占いにも処刑にも
名前が挙がらなかったのも…
司会である咲が誘導していたのなら得心が行く。
咲は徹頭徹尾…久の味方だったのだ。
和「……」
和「わかりました…もういいです…
食べてください」
和「お二人に従いますから…
いつ食べても構いませんから…」
和「もう…仲間外れにしないでください…っ」
もう限界だった。
心がぽきりと折れてしまった。
嗚咽まじりに、
和は自ら食べられる道を選ぶ。
ここでもし生き長らえたとしても、
自分は一人ぼっちになってしまう。
咲を、優希を、麻雀部の皆を失って。
たった一人生き残る事に何の意味があるだろう。
そんな絶望を味わうくらいなら…
殺されてでも、食べられてでも。
人外の輪に加わる方がましだった。
久「…のどか…」
ぽろぽろと涙を流し続ける和に、
久も思わず涙腺が緩む。
いつものように、謝罪の言葉が
口をついて出そうになった時…
『ゴッ…』
またあの鈍い音が響き渡った。
和の嗚咽はぴたりと止まり、
それ以上音を立てることは無くなった。
咲「部長を苦しめるなら
さっさと死んでよ」
まるで台所で害虫でも
見つけたかのような扱いだった。
かつての親友に向けるには
あまりにも冷たすぎる言葉と視線に、
久は芯から震えあがる。
そう言えば、前に優希を殺した時は。
それどころじゃなくて、
殺害の瞬間を見ていなかった。
あの時も咲は、こんなにも
冷たい目をしていたのだろうか。
久「さ…さき」
怯えた目を向けられている事に気づいたのだろう。
咲は少し傷ついたように目を伏せると、
鈍器を捨てて久を抱き締める。
咲「そんな目で見ないでください…
部長のためにやってるんですから」
久「…ごめんなさい。
そうよね。ほんとうは
わたしがやるべきことだもの」
咲「そういう事じゃなくて。
怖いんです」
久「…こわい?なにが?」
咲「これ以上、少しでも罪悪感を覚えたら、
部長は完全に壊れてしまうから。
自分から命を絶ってしまいそうだから」
久「……」
咲「部長、気づいてますか?もう随分前から、
部長は目から光が消えちゃってるんですよ…?」
咲「喋り方も、たどたどしくなって…
本当に、色んなところが
目に見えて壊れてきてるんです」
久「……」
咲「でも、もう大丈夫です。
もう部長を苦しめる人はいませんから」
咲「これからはずっと二人きりです。
何も心配する必要はないんです」
咲「…さ、休みましょう。
いろいろ考えるのは、今まで通り
喋れるようになってからです」
そう言って朗らかに笑う咲。
その笑顔に癒されながら、
それでも久の心はずきりと痛んだ。
久(…咲。あなたも気づいていないことがあるわ)
久(…私が目の光を失ったのは、
ほんとう、なんでしょうね)
久(でも…それは…)
久(あなたも…同じ…ことなのよ……)
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム七日目(最終日):
生存者数三名(人狼残数 一匹)
==================================================
本来は三つ巴状態だが
実際には人狼の竹井久と
狂人の宮永咲が繋がっているため
パワープレイ
(人狼陣営が数で押し切れる)状態。
原村和は精神が崩壊し降伏を宣言。
自ら食われる事を望むが
その姿に竹井久が心を痛めた事で、
宮永咲の怒りを買い殺される。
ゲーム終了。
人狼陣営の勝利。
--------------------------------------------------------
エピローグ(数日後)
--------------------------------------------------------
人狼の手によって、一つの村が壊滅した。
村には夥しい数の死体が転がっており、
周囲には耐えがたい腐臭が立ち込めている。
あらゆる侵入者、そして脱走者を拒む霧が立ち込める中、
崩壊した村の中を二つの人影が蠢いていた。
久「この人はもう食べられないわね…
火葬しましょう」
咲「…もう大襲撃の時の死体は、
無条件で焼いちゃえばいいんじゃないですか?」
久「駄目よ。できるだけ長くこの霧の中で
生き続けなきゃいけないんだから…
食べられるものは保存して、
ちゃんと食べましょう?」
久「…その方が、私の気持ちも楽になるから」
久と咲は、霧の中で生き続ける事を決めた。
辺境の村とはいえ元々は数十人規模だったし、
備蓄もそれなりに残されていた。
死体を食料に数えなかったとしても、
それなりの期間生き続ける事ができるだろう。
備蓄が尽きる前に次の手が打てれば、
一生暮らしていけるかもしれない。
咲「…なんだか、夢みたいです」
食用には厳しいと判断された死体を
ゆっくり火にくべながら、
しみじみと咲が語り始める。
咲「襲撃があった夜、私はもう部長に
食べられると思ってました」
咲「それでいいと思ってました。
そうあってほしいと思ってました」
咲「それが、蓋を開けてみれば
部長と結ばれて…
二人っきりで暮らせるなんて」
咲「…本当に、幸せすぎて夢みたい」
目を細めて心底幸せそうに微笑む
咲を目の当たりにして、
久は複雑な気持ちになる。
ふと視線をずらせば、
処理待ちの死体が山のように
積み上げられている。
何日も放置されたそれらには蠅がたかり、
無視できない程の死臭を撒き散らしている。
家の氷室に帰れば、保存食として氷室に入れられた
かつての仲間達がずらりと雁首を揃えている。
あまりにも多くの犠牲の末に
成り立つ狂った生活。
それを『幸せ』と断じるには、
久はあまりにも弱過ぎた。
暗い面持ちで俯く久を見ると、
咲はぷくーっと頬を膨らませながら、
久の両頬を手で包み込んだ。
咲「…部長。そこは、
『私もそう思うわ』って
返すところだと思うんですけど」
久「…咲は強いわね。私は駄目だわ。
どうしても、皆の笑顔がちらついちゃうの」
久「私は何の罪もない皆の未来を、
最悪の形で奪い取った。
そんな罪人の私が、
のうのうと幸せを
ひょうひゅひゅるなんふぇ…」
鬱々と沈みこんでいく久の両頬を、
咲がぐにぐにと上下させる。
咲「そんな言葉は聞きたくないです」
久「…でも」
いつまでも煮え切らない久を見て、
咲は大きくため息をつく。
そして、諭すように滔々と語り始めた。
咲「…部長。私は今回の件で
一つわかった事があるんです」
久「…何?」
咲「多分、この世に神様なんていないんですよ。
そして多分霊とかも居ません。
だってあれだけ酷い事した私が
生き残ってるくらいですから」
咲「だから今、私以外に部長を見てる人なんて
誰もいないんですよ」
咲「だとすれば、今部長がしてる懺悔は全部無駄です。
だって相手がいないんですから」
咲「そんな事に心を割くのなら、
その分私を愛してください」
咲「気が狂ってしまいそうだと言うのなら、
いっそ私に狂ってください」
咲「私みたいになってしまえば、
きっと楽になりますよ?」
そう言って咲は微笑むと、
久の唇に口づけた。
久「んっ…さき…?」
咲「……いいから」
久は唐突な口づけに戸惑うも、
咲は構わずついばみ続ける。
咲「んっ…。んっ…。ね…?
もっと……私に…狂って……?」
咲の舌が久の唇を優しくなぞる。
最初は戸惑い閉じていた久の唇も、
咲の柔らかな舌先のノックを受けて、
ゆるやかにほころびを増していく。
唇が開いたのを見計らって、
咲はゆっくりと久の咥内に入り込み、
久の舌を絡め取った。
久「んぁっ……」
徐々に久の頬が朱に染まり、
とろんと夢を見るかのように
瞳が潤んでいく。
巻きついてきた咲の舌も
抗う事なく受け入れ、
自ら咲の唇を吸い始めた。
『にゅるんっ…にゅるりっ』
粘膜の絡み合う水音が身体の内側から響き、
脳全体を狂わせていく。それは快楽と相まって、
二人を二匹のケモノに作り変えていく。
やがて二匹は折り重なって地面に倒れ込み、
なおもお互いの口唇を貪り続けた。
どのくらいそうしていただろうか。
久の気が違ってしまいそうな程に
身体が疼き始めた頃になって、
ようやく咲は久から離れる。
火照った息を吐きながら、
咲は盛りきった声で囁いた。
咲「ふふっ…そうです。もういっそ、
ずっとそんな顔しててください……」
咲「だらしなく、私にトロけきった顔を」
蠱惑的な笑みを浮かべながら、
咲は久の服を脱がし始める。
やけどしそうな程に熱を帯びた久の柔肉を、
さも美味そうにはみながら、
咲はふと思いついたように呟いた。
咲「そうだ。こうやって、
ずっと『交尾』を続けてたら…
私もその内人狼になれないかな?」
熱に浮かされ、頭にもやがかかる中。
もしかしたら、本当に
そうなるかもしれないと久は思った。
だって、咲の狂気はもはや到底、
人間のそれとは思えなかったから。
そうなったらいいな、などとぼんやり思いながら、
久は甘えるように鳴き声をあげた。
……
そして今日も二匹の人狼と狂人が、
その肢体を絡ませあう。
二匹以外、全てが息絶えた死の村で。
(完)
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==================================================
真相:登場人物内訳
==================================================
竹井久 :人狼 (生存)
宮永咲 :狂人 (生存)
東横桃子 :人狼 (死亡:処刑)
(例外的に人狼と狂人が互いに正体を把握している)
池田華菜 :占い師(死亡:処刑)
片岡優希 :霊能者(死亡:襲撃)
染谷まこ :狩人 (死亡:襲撃)
原村和 :村人 (死亡:襲撃)
須賀京太郎:村人 (死亡:処刑)
福路美穂子:村人 (死亡:襲撃)
加治木ゆみ:村人 (死亡:襲撃)
龍門渕透華:村人 (死亡:処刑)
天江衣 :村人 (死亡:処刑)
宮永界 :村人 (死亡:襲撃)(初日襲撃対象者)
==================================================
真相:竹井久の精神状態
==================================================
<プロローグ〜初日>
人狼と同化。人狼の人格を消し去り久が本人格に。
精神が安定しない状態で
最愛の人の一人である宮永界の死を迎え
精神崩壊寸前まで陥る。
宮永咲の言葉により辛くも廃人化を免れる。
<二日日>
皆の幸せを願い誰を疑う事なく
死んでいった天江衣を目の当たりにして
精神状態が悪化。
衝動的に自殺を図るも宮永咲に止められる。
その後宮永咲の応急処置により
若干改善する。
深夜の襲撃では福路美穂子も狂人であり
愛を告白された事と、喜んで殺害された事から
その日の精神崩壊は免れた。
<三日日>
最愛の人を失い後を追った
龍門渕透華の姿を見て崩壊が進行。
この時も衝動的な自殺未遂を図っているが
宮永咲に止められる。
その後宮永咲が応急処置を行った事、
深夜の襲撃は東横桃子が行った事もあり
この日も精神崩壊は免れた。
<四日日>
守りたかったものの一つである
麻雀部が崩壊し始め精神が不安定に。
ただし須賀京太郎の処刑自体は
前日から予期していた事であり、
かつ処刑も自らの手で執行しなくて済んだため
想定していたよりは影響が少なかった。
しかし、襲撃時に片岡優希の反撃にあい
希死念慮(死ぬべきだという思い)が肥大化。
これにより、片岡優希に殴り殺される結末を願い、
一切の抵抗をせず攻撃を受け入れる。
宮永咲が助けに入ったため物理的な死こそ免れたが
久の心は完全修復が不可能な領域に突入する。
最愛の人である宮永咲が献身的に保護したため
即座に廃人となる事はなかったが、
ゆるやかな思考力の低下、退行を
抑える事はできなかった。
<五日目>
処刑は同じ人狼仲間である東横桃子であり、
かつ自身で処刑台に上って行ったため
崩壊の進行は食い止められる。
ただし思考力は大きく低下しており、
この日彼女は推理らしい
推理をしていない。
襲撃は狩人の染谷まこが
防衛に成功したため失敗。
この結果は竹井久の精神にとって大きな救いとなる。
また、四日目の夜から
宮永咲が竹井久に性的接触を開始。
自身に依存させる事で精神の崩壊を
食い止める『治療』の効果を狙う。
この『治療』も有効に働き、
竹井久の精神は一時的に安定する。
<六日目>
池田華菜を処刑した事により、
一度は食い止めた廃人化が一気に進行する。
心を許している咲以外とは
会話すら不可能な状態に陥る。
幼児退行が進行して
舌ったらずな喋り方となった。
事態を重く見た咲が襲撃を代理で行ったため、
竹井久は現場に辿りつく事はなかった。
宮永咲は前日までと同様
竹井久に『治療』を行った事で
多少回復したが、それでも
健常と言うには程遠かった。
<七日目>
依然として久の精神は
危うい状態のままであり、
咲以外の人間とは
会話が困難なまま最終日を迎える。
この惨劇をもたらした真犯人として、
一人残った和への説明責任を果たすべく
会議の場に出席こそしたが、
もはや和とまともに会話する事はできなかった。
<エピローグ>
最終日から数日が経過。
その間何も考えず十分な休息をとった事と
宮永咲による『治療』のかいがあり
竹井久の精神はある程度回復する。
彼女は精神の死を免れる事ができた。
しかし、その代償として咲への依存は
取り返しのつかない領域に達している。
彼女が求めるなら屍に囲まれながらでも
性に溺れる事ができる程に。
そしてその後も、彼女が健常な精神を
取り戻す事はついになかった。
==================================================
真相:その他の人物の精神状態や人物設定
==================================================
「最愛の人間の死」を経験した人間は
その時点で廃人と化している。
<龍門渕透華>
天江衣の死を経験し絶望。翌日に後を追う。
本来自己主張の激しい彼女が
敵討ちという思考に至らなかったのは、
天江衣が殺し合いを望まなかったため。
そのため彼女は復讐という逃避すら許されず
早々に自殺する。
<池田華菜>
敬愛する福路美穂子の死を経験し、
絶望の上廃人化。
最低限占い師としての役割は果たし続けるが
これは福路美穂子の敵討ちのため。
会話に対する応答は可能なため、
一見正常な思考を残しているように見える。
しかし心中では全てが終わったら
すぐさま後を追う事ばかりを考えており、
本質は龍門渕透華同様壊れている。
絶望により思考力が大幅に低下しており
まともな推理はできていない。
例えば、本来であれば六日の時点で
彼女視点では残った人物の内訳が
完全に把握できる。
(染谷まこが狩人確定、原村和と宮永咲は
人間確定なのだから、
竹井久が人狼以外ありえない)
しかし彼女はもはや占いの力で
人狼を見つける事以外は考える事ができず、
この事実に気づく事ができなかった。
<東横桃子>
実は一番最初に壊れた人狼。
竹井久同様人狼の人格を消し去り
東横桃子が本人格になっている。
しかし最愛の人である加治木ゆみは
人間のため、両方が生き残る道は
加治木ゆみが狂人になる道以外にない。
もっとも、加治木ゆみの性格上
狂人になる可能性は低いと考えており、
そのため登場時点から自棄になっている。
それでも加治木ゆみに
受け入れてほしいという一念で
一縷の望みをかけて狂人に誘う。
彼女が一思いに加治木ゆみを殺さず
性的な行為に走ったのは、
決して自分の欲望を満たすためだけではなく、
どんな手を使ってでも
彼女に振り向いてほしかったため。
もし加治木ゆみが狂人として覚醒した時は
『襲撃失敗』として加治木ゆみを生かし、
須賀京太郎を処刑後パワープレイに
持ち込むつもりだった。
が、実際には加治木ゆみは
最期まで狂人化しなかった。
「二人で死んであの世で一緒になろう」と諭され、
東横桃子は加治木ゆみを殺害する。
次の日、生きる望みを失った東横桃子は
処刑に抵抗する事もなく自ら命を絶った。
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テーマの都合上、
残酷な描写が頻繁に登場します。
本作品はあくまでフィクションであり、
パラレルワールドであり、
あくまで一つの物語としてとらえてください。
残酷な描写、ホラー、
好きなキャラが不遇な目に合うのが
苦手な方は今すぐ本ページを閉じる事を推奨します。
<あらすじ>
彼女は優しい人狼だった。
誰かを殺して生き残るくらいなら、
自ら命を絶ちたいと考える程に。
彼女はあまりにも優し過ぎた。
人狼としての生存本能と
友人を殺す事への良心の呵責に挟まれて、
彼女の心は軋み始める。
そして始まる精神の崩壊。
生存本能を振り切り、
自らの死を願う彼女を繋ぎ止めたのは、
愛する少女の一言だった。
「私のために、生きてください」
だがそれはあまりに無慈悲な一言だった。
彼女の傍らには、常に
精神の死が寄り添っているというのに。
誰よりも優し過ぎる人狼は、
精神の崩壊を免れ生き抜く事ができるのか。
今ここに、彼女の絶望的な戦いが幕を開く。
-------------------------------------------
久「『咲「貴女は人狼ですか?」』の真相編よ」
(http://yandereyuri.sblo.jp/article/164084824.html)
※先に上記本編を読んでいないと
よくわからないと思います。
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<登場人物>
片岡優希,染谷まこ,
竹井久,原村和,宮永咲,須賀京太郎,
福路美穂子,池田華菜,
東横桃子,加治木ゆみ,
龍門渕透華,天江衣
宮永界
<症状>
・ファンタジー
・狂気
・異常行動
・絶望
・殺害
・廃人
・依存
<その他>
・必ず警告をお読みください。
・性的な描写を含みます。
苦手な方はご注意を。
・本編を読まなくてもいいように
ある程度本編の内容を重複で盛り込んでいます。
このため相当長いです。一気に読むと大変なので、
何回かに分けて読むことをお勧めします。
・真相のみ知りたい方は
『真相:』で検索する事で
真相のみ読むことが可能です。
逆に話を追いたい人は
真相部分は重複になるので
飛ばしてもよいかもしれません。
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プロローグ
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その人狼は歴戦の強者(つわもの)だった。
無数の人間を食い殺し。隣人になりますまし。
仲違いを引き起こし…
幾多の村を滅亡に追いやってきた。
そんな彼にとって。
戸締まりすら満足にできないような、
平和ぼけした村を滅ぼす事など
わけはないはずだった。
彼…いや、彼女の運命が
大きく狂ってしまったのは、
ひとえにすり替わる人間の選択を
誤った事に尽きる。
久「ふーん。で、私を殺して本人に
成りすまそうってわけだ?」
人狼
「ああ。安心しろ。お前の代わりに、
全員仲よくあの世に送ってやるさ」
久「自分で言うのもなんだけど、
私を選ぶのはあまりいい
チョイスとは言えないわよ?」
久「私の心、記憶は…貴方が思っている程
軽いものじゃないの。
貴方ごときじゃ耐えられないわ」
異形を前にしながらも、命乞いするどころか
飄々とした笑みを浮かべる赤毛の少女。
人狼はこの娘を隠れ蓑にする事に決めた。
人狼
「面白い小娘だ。死を目前にして、
それだけの減らず口を叩けるとはな」
人狼
「だがお話はここまでだ。もうじき夜も明ける。
そろそろ化ける準備をしたいのでね。
お前はさっさと死んでくれ」
久「ふーん。精々後悔するといいわ。
私を選んだ事を」
人狼
「……」
人狼はその鋭利な爪で、竹井久の胸を深々と貫いた。
一目で致死量とわかる血を撒き散らしながら、
それでも久の口角は上がっている。
久「あはは…」
久「食べる前に殺してくれるのね……?
お優しい…こ…と……」
最後まで軽口を叩きながら、
久はそのまま事切れる。
物言わぬ骸と化した久を前に、
なおも人狼は語り続ける。
人狼
「……」
人狼
「本当は生きたまま喰い殺してやりたい所だが。
『食い殺された記憶』も
受け継ぐ事になるんでね。
それはさすがに遠慮したい」
人狼
「それに」
人狼は久の頭蓋をかち割った。
爪で器用にほじくって、
久の脳味噌を丸々取り出していく。
人狼
「記憶と人格を受け継いで
本人に成りすますには、
できるだけ正常な状態の脳味噌を
たいらげる必要がある。
苦痛を与え過ぎると脳が死んでしまうのさ」
『くちゃりっ…ぐちゅりっ』
人狼はほじくり出した脳味噌を咀嚼する。
脳味噌が胃袋に収まっていくと同時に、
久の外見が、人格が、記憶が、人生が…
人狼の全身に広がっていく。
人狼
「しかし気味の悪い人間ではあったな。
時間があれば、別の人間に
変更してもよかったけど…
まあ、致し方なしか」
人狼
「ふぅん…両親が不仲で捨てられて、
宮永家に拾われたのね。
本当の両親からは
愛を与えてもらえないどころか、
虐待までされていた、と」
人狼
「その反動で、捨てられた自分を
受け入れてくれた宮永家と、
自分が一から作り上げた麻雀部には
ある種病的な程の愛情を注いでる…」
ヒサ
「いいえ、範囲はそこに留まらず
交易人の美穂子や移住者のゆみ、
天江さん達も対象で…」
ヒサ
「この子達を殺すくらいなら、
自分が死んだ方がましだとさえ思って……!?」
自ら口走った言葉に、
人狼の背中を冷たい汗が伝い落ちる。
ヒサ
「……」
ヒサ
「あ、あはは。馬鹿らしい。それは
あくまで竹井久の人格に過ぎないわ。
私は、私は殺せるもの」
胸中に浮かんだ疑念を払いのけるかのように、
人狼は無理矢理笑ってのける。
確かに人狼は殺した人間の
人格や記憶をコピーする。
だがそれはあくまでコピーであり、
人狼そのものの人格を上書きするわけではない。
情報を得るだけに過ぎないのだ。
なのになぜだろう。
あの少女達を殺す。少し想像しただけで、
全身が恐怖で震え出す。
ヒサ
「…ううん、やっぱり駄目ね。
この子を使うのは止めましょう」
予想外の事が起きている。
理由はわからないが、
『竹井久の人格』は間違いなく
『人狼の人格』にまで影響を
及ぼし始めている。
大幅な時間のロスにはなるが、
やり直した方がいいだろう。
人狼は久に成りすますのを諦める。
流石は熟練の人狼だけに、
その決断は早かった。
それでも、久の執念はその練度を上回る。
ヒサ
「どうして…!?擬態が解けない!
解く事が怖くて仕方ない…!
一体なんだっていうの!?」
それは、幾多の戦いを生き抜いた
歴戦の人狼ですらも
経験した事のない感覚だった。
確かに喰らった人間の人格に
多少感情が左右される事はある。
それでも。こんな、まるで、
人狼としての人格まで奪われてしまう程に
同調してしまうのは初めてだった。
ヒサ
「いやっ!?どうして!?違う!私は久じゃない!
やめて!私の中に入ってこないで!!」
人狼の人格に、久の人格が、濁流の如く、
暴力的な勢いで流れこんでくる。
挙句、まるで自分が
『最初から久であった』かのような
錯覚まで覚え始める。
――喰らったはずが…
自分が食い殺されかけている!!
ヒサ
「な、何とか、何とかしなきゃ!」
恐怖にガチガチと歯を鳴らしながら
必死で考えを巡らせる。
思考すら塗り替えられそうな中、
それでも人狼は何とか一つの解を導き出した。
ヒサ
「そ、そうだわ!私の一番好きな子!
あの子を殺しちゃえばいいのよ!!」
脳裏に浮かんだのは大人しい茶髪の少女。
捨て子の自分を、本当の姉のように
慕ってくれた本好きの女の子。
この子が死んだら、自分も決して
生きてはいられないだろうと思う程に、
久が愛している女の子。
ヒサ
「咲を殺す!そうすればきっと、
久の人格も死んで消えちゃうに違いないわ!!」
人狼は弾かれたように駆け出した。
急がなければいけない。こうしている間にも
人格は久に乗っ取られていく。
自分が自分でなくなっていく感覚に
気が狂いそうになりながら、
人狼は全速力で走り続けた。
--------------------------------------------------------
真夜中。どろりと墨を零したような暗闇の中、
咲は唐突に目を覚ました。
勘の鋭い少女だった。村に纏わりつく異変を
肌で感じ取ったのだろう。
正体不明の不安に襲われた彼女は、
何となく光を求めて窓のカーテンをめくる。
だがその行為が報われる事はなかった。
満月の夜にも関わらず、
外は異様な漆黒の闇に覆われている。
咲「うぅ…なんでこんなに真っ暗なの…?」
『…それは、この村が今
人狼に襲われているからよ』
咲「わひゃぁっ!?」
背後から唐突に声をかけられて、
思わず咲は伸び上がる。
その声には聞き覚えがあった。
でもこんな冷たい声音を耳にした事はなかった。
体が独りでに震えだす。
恐る恐る声に振り向くと…
そこには想像した通りの人物が居た。
咲「ぶ…部長?ど、どうして、ここに?」
ヒサ
「人狼の襲撃。貴女は襲撃対象。
これだけじゃ説明不足かしら?」
目の前の人物はにたりと微笑んだ。
口元には血が滴り落ちている。
咲の体が凍り付く。瞬時に気づいてしまった。
目の前の人物は久ではない。
久の皮を被った別の何かだ。
本の虫である咲は不幸にも知っていた。
人から全てを奪い去り、
人に化ける人狼の存在を。
咲「部長を…食べたって言うんですか」
ヒサ
「ええ。それで次は貴女の番」
ヒサ
「どうもね、この子貴女の事が
好きだったみたいなのよ。
せっかくだから、仲良く一緒に
食べてあげようかなって」
ヒサ
「ゲームが始まっちゃうと食べにくくなるし、
今のうちにかぷって
しちゃおうかなって思ったの」
咲「ぶ、部長が、私の事を…!?」
ヒサ
「ええ。というわけで、
貴女はこれから私に
食べられちゃうわけだけど。
何か遺言はあるかしら?」
咲「……」
咲は酷く狼狽しながら、
視線をきょろきょろと泳がせる。
やがてその視線はゆっくりと下に落ち、
そのまま俯いて動かなくなる。
ヒサ
「…咲?」
焦れたヒサが呼びかける。
咲は俯いたままだった。
咲の表情は見えない。うなだれたまま、
咲はゆっくりと口を開く。
その口から紡がれた言葉は、
ヒサの意表をつくものだった。
咲「わかりました…食べてください」
ヒサ
「……っ!?」
今度は、狼狽するのは
ヒサの方だった。
ヒサ
「は、話聞いてた?それとも実は
わかってないの?」
ヒサ
「私は竹井久じゃない。
久の記憶を食べただけの、
ただの人狼なんだけど?」
咲「…わかってます。でも…」
咲「私も、部長の事が好きだったんです」
咲「だから、もう…食べてください」
咲は大きく両腕を広げて誘う。
それはまるで、愛しい恋人の抱擁を
待ちわびるかのように。
咲自身、自分がおかしな行動を
とっているのは理解していた。
でも、与えられた情報を正しく処理するには、
現実はあまりにも非情過ぎたのだ。
『密かに想っていた部長は、
目の前の部長に殺された』
『でも目の前の部長は、
生前の部長と全く同じ外見で、
喋り方までそのままで』
『しかも部長は私の事が
好きだと言ってくれて』
『だからこそ私の事を食べると
言ってくれて』
『……』
そこで咲の思考は焼き切れてしまった。
『……』
『ああ、もういいや』
『この部長に食べられて』
『死んでも』
結果全てを投げ出して、愛しい人に
抱かれる事を優先してしまったのだった。
それは咲からすれば、
生きる事を諦める選択だった。
だがそれこそが…目の前の人狼に対する、
最も有効な攻撃だった事を咲は知らない。
ヒサ
「あ…あぁっ…あぁああ」
ヒサの体が震え出す。
ヒサの中で、咲への想いが
許容量を超える勢いで膨らんでいく。
――咲が私の事を好きだと言ってくれた!
――私になら食べられてもいいと、
両腕を広げて待っている!
――抱き締めたい!
力の限りぎゅうと抱き締めて、
その唇に口づけたい!
そして愛を囁いて
――そのまま溺れてしまいたい!
殺す?そんな考えは既に
頭から完全に抜け落ちていた。
久「咲っ……!」
咲を抱き寄せようと足を踏み出した刹那。
窓から入り込んだ陽の光が久を射す。
久(っ、夜明け…!!)
すんでのところで久は我を取り戻す。
そして気づく。自分がしくじってしまった事に。
人狼はもう完全に
『久』になってしまっていた。
夜の闇が薄らぎ、周囲が明るくなっていく。
直に人間が起き出すだろう。
一刻も早く逃げなければならない。
久の服には、殺戮の証が
色濃く染みついているのだから。
なのに。
久(…いっそこのまま咲と抱き合って。
見つかって殺されちゃうのも、
ありなんじゃないかしら…?)
不意に浮かんだ破滅的な選択肢が、
酷く魅力的に思えてくる。
久は逡巡する。生きる事を望む人狼の本能と、
愛を求める竹井久の人格がせめぎ合う。
『ガリッ』
危ういところで、久は誘惑に打ち勝った。
自ら舌を噛んで正気を取り戻すと、
窓から勢いよく飛び出した。
咲「部長!!」
走り去る自分の背中に、
自分を求める咲の声が襲い掛かる。
反射的に足を止めそうになる自分が怖くて、
久はがむしゃらに走り続けた。
久「馬鹿みたい…ホント、何やってんの私…!!」
走りながら天を仰ぐ。
一体どうしてこうなった?
一体どこで間違えた?
考えるまでもない。
成りすます人間を間違えた。
脳内では、本物の久の吐いた呪詛が
延々と木霊していた。
『精々後悔するといいわ。私を選んだ事を』
久「あはは。伏線回収早すぎるわよ…」
久は本気で後悔した。
本物の久が言った通りだ。
久の感情は…成りすますには重過ぎる。
--------------------------------------------------------
ほとほと困り果てた久は、
仲間の人狼に念波を送った。
久『ええと。そっちの状況はどうかしら?』
村に忍び込んだ人狼はもう一匹いた。
人狼同士は念波を送り合う事で、
人に気取られず会話する事ができる。
相手からの返事を待ちながら、
久は一人考える。
今回の人狼ゲーム、
自身の生存は絶望的だろう。
何しろ咲に正体がばれている。
さらに厄介な事に、自分は
友人を深く愛し過ぎている。
その感情は、人狼ゲームをする上で
凶悪な枷となるに違いない。
種としての生存を相方に託すしかないだろう。
久は深いため息をつく。
だが人狼側の受難は
久だけに留まらなかった。
実は、なんとも最悪な事に…
相方は相方で、厄介な人間を
取りこんでしまっていた。
--------------------------------------------------------
桃子
『ヤバいっす…とんでもない子を
取り込んじまったっす』
久『…どういう事?』
桃子
『いや、私…つまり東横桃子なんすけど。
なんというかもうヤバいっす。
先輩の事しか考えられないっす』
桃子
『先輩が食べたいっす。それさえ叶うなら、
もう人狼ゲームとかどうでもいいっす』
久『…えぇー…』
桃子
『何なんすかコレ。
人狼の生存本能を凌駕してくるとか
ありえないっすよ』
桃子
『そりゃぁ今までも、取りこんだ人格のせいで
感情が揺れる事はあったっすよ?』
桃子
『でも、これは異常っすよ…
ぶっちゃけ乗っ取られた気分っす』
久『あちゃぁ…そっちもそうなんだ。
実は私の方も乗っ取られちゃったのよね』
桃子
『アンタがっすか!?
いやいやありえないっす!
五十の村を滅ぼしてきた
伝説の狼っすよ!?』
久『いやこれがホントなのよ…
しかもそのせいで私、
咲に正体バレちゃってるわ』
桃子
『えぇ!?』
久『咲が皆に暴露したら、私は間違いなく
初日の処刑候補でしょうね』
桃子
『……』
久
『……』
桃子
『…始まる前から詰んでないっすか?』
久『よね…正直もう諦めてるわ…
あ、そう言えば聞いておきたいんだけど、
今から言う人達は殺してたりする?』
…
桃子
『…駄目っすね。何人かは殺ってるっすけど。
竹井さんが特に親しくしてる人は
ほとんど手付かずっす』
久『そっか…よかった』
桃子
『いやよかぁないっすよ?
この人たちが居たら
吊りにくいんっすよね?
人狼としてはガチアウトっす』
久『…そうだったわ。なんかもう、
生きててくれただけで嬉しくて。
あはは、我ながら何を言ってるんだか』
桃子
『なんかもうぐたぐだっすね。
だったらもう、私が先輩を食べる事だけに
全力を注いでもいいっすか?』
久『ええと、できれば麻雀部のメンバーは
全員生かして終わりたいわ』
久『そうね、こうしましょうか。
まず、東横さんが占い師を騙る。
真占い師が対抗するでしょうから、
そこで私が占い先に挙がる』
久『二日目は当然私の判定が割れるわよね?
で、私が処刑される』
久『三日目に霊能者が出てくるでしょう。
そこで東横さんが偽者だってばれて
東横さんも処刑される。これでどう?』
久『咲が私を告発しない場合の話だけど。
告発してきた場合は、
私がそれとなく東横さんを囲うわ』
桃子
『いやいやいやいや』
桃子
『確かに先輩が食べられるなら
後はどうでもいいっすけど。
なんでそんな全力で
負ける事を考えてるんっすか』
久『……』
久『怖くて仕方ないの。
大切な人達が処刑されちゃうのが。
あの子達が絞首台に上るって考えただけで
震えが止まらなくなる』
久『本当は、もう最初から降参して吊られたいの。
でもそれも、人狼の本能が許してくれない』
久『お願い、助けて。おかしくなりそう。
このままじゃ私、狂っちゃう』
桃子
『……』
桃子
『…お互い、人選最悪だったみたいっすね…
ご愁傷様としか言えないっす』
--------------------------------------------------------
『一日目』
--------------------------------------------------------
生存者は…十三名。
宮永界。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
福路美穂子。池田華菜。
東横桃子。加治木ゆみ。
龍門渕透華。天江衣。
--------------------------------------------------------
陽が完全に昇り、生き残った村人は全員
村役場の会議室に呼び出された。
人狼ゲーム恒例の『初日襲撃者による説明』が始まる。
久は咲が自分を告発する時を
今か今かと待ちわびていた。
界「…他に質問はないか?ないなら…
明日からゲーム開始だ。今日は帰っていいぞ」
だが、意外な事に咲は固く口を閉ざした。
久は少なからず落胆したが、
それ以上に胸が早鐘のように高鳴った。
つまり、咲は自分を救う事を選択したのだ。
愛されている。
それを実感して久の気分は高揚する。
もっとも、この後起きる事件が発覚すれば、
咲の考えは変わってしまうだろうけれど。
会議も閉会となり、皆に倣って
立ち去ろうとする久の袖を、
おずおずと咲が引っ張った。
咲「その…ちょっとだけ、私の部屋に
来てもらってもいいですか?」
久「…いいわ」
部屋へのお誘い。とはいえ
決して浮いた話ではないだろう。
人狼として今後どうするつもりなのか、
追及されるのが関の山だ。
わかっているはずなのに。
それでも、愛する人と二人きりというだけで。
久の心は身悶えたくなる程に
甘く掻き乱される。
まったく、竹井久という人間は、
どれだけ宮永咲の事が好きだったと言うのか。
我が事ながら久は深くため息をつく。
久(色ボケしてる場合じゃないわ。
気を引き締めましょう)
咲にばれないように、こっそり自ら
頬を張って気合いを入れ直す久。
もっとも、久の予想とは裏腹に…
咲の呼び出しは『浮いた話』だった。
部屋に入って扉を閉めるなり。
咲は、久の胸に飛び込んできたのだ。
久「ちょっ…咲!?」
咲「ごめんなさい…!でも、少しだけ…
何も言わないでこうさせて下さい…!」
久は反射的に咲を受け止める。
咲の体は震えていた。その震えが示すものは…
恐怖。
咲「……」
咲「こ、これから…お父さん……」
咲「こ…殺されるんですよね…?」
久「っ……」
図星をつかれて、久はつい言葉を失う。
咲の言う通りだったからだ。
今頃は、一人になった界を
桃子が縊り殺しているだろう。
――しまった
久「っ……!!」
久の心を、良心と言う名の凶器が襲い始める。
必死で考えないようにしていた。
考えたら終わりだと思っていたのだ。
久にとっても、界は最も愛すべき人の一人だったから。
捨てられた自分を拾ってくれた優しい人。
本当の父よりお父さんだった人。
その人を、自分は今見殺しにしようとしている。
瞬く間に、久の心はぐじゃぐじゃに乱れ、
恐慌状態に陥っていく。
――あの人が殺されるなんて、え、本当に死んじゃうの?
――いや、殺さないで。見殺しなんて絶対に駄目
――あ、でも私は人狼であの人を殺すのは決定で
――馬鹿なの?あの人を殺すくらいなら私が死ぬべきでしょ
――ああもう許して私は竹井久じゃない
いいえ私は竹井久でしょでも人狼でもあって
人狼としての種の本能。そして
それすらも捻じ伏せようとする愛に挟まれて、
久の精神が軋み出す。
――いや!もういっそ殺して!!
久「あ゛ぁぁぁぁぁあ゛あぁぁ゛ぁぁあ゛!!」
自我を保つ事すら難しくなって、
久は目の前の咲をがむしゃらに抱き締めた。
突然取り乱した久を前に、
咲はただ狼狽える事しかできない。
咲「ぃっ…部長っ……!?」
久「助けてっ咲!…私、このままじゃ壊れるっ!!」
咲「えっ」
久「私は人狼なの!生きなくちゃいけないの!
なのにもう誰も殺したくないの!
殺すくらいなら死にたいの!
なのに私は死ねないの!!」
久「私はどうすればいいの!?
もういや、頭がおかしくなる!!」
咲「部長……っ!」
もう久は自分が何を
言っているのかすらわからなかった。
精神の崩壊が始まっている。これ以上耐えられない。
私を殺して。殺して。
殺して、殺して、殺して、殺して
久「お願い!!私を殺してぇっ!!!」
ついに人狼としての本能すら振り切った久は、
ただひたすら咲に自らの死を希う。
異常な程の涙を溢れさせながら縋る久。
でも咲は、そんな久に
もっとも無慈悲な命令を返した。
今度は咲が、千切れんばかりに久を抱き締める。
咲「…嫌です!生きてください!!」
久「っ…!なんでよ!私は本物の久じゃないのよ!
お願い、私を皆の前で告発して!殺して!!」
咲「わかってます!私だって何度も考えました…!
でもそんなのできないんです…!!」
咲「だって部長、全部部長じゃないですか…!
しかもせっかく両想いだってわかったのに……!」
咲「私の手で部長を殺すとか!
そんなの無理だよぉお!!」
悲痛な咲の叫び声に、
それでも久は引き下がらない。
久「馬鹿なの!?私が死なないって事は
他の誰かが死ぬって事なのよ!?
おじさんだって今日殺される!
貴女はそれでも私を取るって言うの!?」
久「私みたいな…偽者の久のために
皆を殺すって言うの!?」
咲「そうです!!!!」
咲の怒号が家中に響き渡った。
咲らしからぬあまりの大声に、
久はびくりと身を震わせる。
脳内で暴れ回っていた良心の刃も、
ぴたりと動きを止めていた。
久「さ……さき……?」
信じられなかった。
咲が、そんな大声を出した事も。
そして放たれた言葉自体も。
人狼を生かすために人間の仲間を裏切る。
それじゃ、まるで、咲は、まるで……
久は恐る恐る咲の目を覗き見る。
その目には、妖しい輝きが伴っていた。
咲「……そうだよ。せっかく部長と
両想いになれたのに。
なんで殺さなきゃいけないの?」
咲「どうせもうお父さんも死んじゃってる。
私はもう、とっくに人間を裏切っちゃってるんだ」
咲「これって確か『狂人』って言うんだよね?
部長の味方になれるんだよね?」
咲「お願い、部長。私、頑張るから。
頑張って部長のために皆を殺すから」
咲「だから…私のために、生きてください……!」
もう間違いなかった。咲の精神は、
壊れて狂気に染まっている。
そして…その上で久に生きてほしいと願っている。
久「……」
そして咲の狂った愛情は、
確かに久の心に届いた。
咲の言葉を受けて、
久の中に生きる意志が芽生え始める。
久「……」
罪悪感が消えたわけではない。
今でも自分の脳内では、良心が
その身を滅ぼそうと躍起になっている。
でも。実の父親を殺された咲が。
それでも自分に生きてほしいと縋り付いている。
どうして、自分だけ逃げる事ができるだろうか。
久「わかったわ…私、生きてみる」
咲への愛情が。咲からの愛情が。
久の精神を危ういところで繋ぎとめた。
久「…咲。私はこれから、
人狼として貴女以外の人間を滅ぼすわ」
久「協力してくれる?」
咲「…はい!!」
愛する人の目に意思の光が宿った事を見て取ると、
咲は元気よく返事した。
--------------------------------------------------------
久『というわけで、咲は狂人として動いてくれるわ』
桃子
『そりゃまたすごいタナボタっすね…
人狼の居場所がわかる狂人とか頼もし過ぎっす』
桃子
『じゃぁせっかく狂人がいるなら、
占い師騙ってもらうっすか?』
久『何言ってるのよ。占い師なんかになったら
咲が生き残れないじゃない』
久『咲は絶対に処刑させない。
もちろん襲撃もしないわよ。
だから咲には早々に人間確定になってもらって、
そのまま最後まで生き延びてもらうわ』
桃子
『…仲間が狂人過ぎるっす。
なら予定通り私が占い師やるっすよ。
竹井さんはどうするんすか?』
久『私の性格上、表に出ないのは
ちょっと考えにくいわ。
だからガンガン発言する。
それこそ場を支配する勢いでね?』
桃子
『でもそれ、占い対象一直線っすよ?』
久『占い対象になってからもどんどん発言して、
逆に人間臭さをアピールするわ』
桃子
『なるほど。わざわざ初日から目立って
自分から占い対象になる人狼なんか
居ないだろうって思わせるわけっすね?
…相変わらず悪待ち過ぎるっす』
久『咲なら多分気づいてくれるわ。
きっと何かアクションを起こしてくれるから、
それに乗っかって咲を占い対象に仕向けて頂戴』
桃子
『宮永さんが占い師騙ってきたらどうするっすか?』
久『ありえないわ。咲には前もって、
役職騙りだけは絶対にやめてって話してあるから』
桃子
『どんだけ過保護っすか。狂人は
本来使い捨ててなんぼっすよ?』
久『…ふざけた事言ってると
貴女を先に八つ裂きにするわよ?』
桃子
『おお、怖いっす。殺すなら先輩を
食べた後にしてほしいっす』
桃子
『初日占いは誰にするっすかねぇ。
あ、そう言えばあの村長、
初日が自分だって
皆に伝えなかったっすよね?』
久『…言えなかったんでしょ。
おじさん、優しい人だから』
桃子
『じゃあ遠慮なくその優しさに
付け入らせてもらうっす。
初日は村長を占って情報なし、と』
桃子
『襲撃先は当然先輩でいいっすよね?』
久『駄目よ。初日はもう決まってるわ。
美穂子よ』
桃子
『……どうしてっすか。
私が先輩を食べたいってのは
知ってるっすよね?』
桃子
『…返答次第では、今度はこっちが殺すっすよ?』
久『理由は一つよ。早々に目的を達成しちゃったら、
貴女、役立たずに成り下がりそうだもの』
久『ちょっとは我慢なさい。
ちゃんと食べさせてあげるから』
桃子
『……』
桃子
『仕方ないっすね…約束っすよ?
でも、どうして福路さんなんっすか?』
久『ああ、その…ええと…』
桃子
『あれ?言いにくい事っすか?
もしかして愛人さんとかっすかね』
久『…咲の指名よ。私と仲が良さそうだから
早めに殺しておきたいって』
桃子
『…だんだん宮永さんの方が怖くなってきたっす』
久『…言わないで』
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム一日目:生存者数十三名(人狼残数 二匹)
==================================================
生存者全員が村役場の会議室に集められ
人狼ゲームの開始を伝えられる。
このゲームには人間はもちろん、
人狼も強制参加となる魔法がかけられている。
人間は人狼をこのゲームに参加させる代償として
人狼側に『誰か一人を無条件で食い殺せる』
権利を譲渡する。
このため人狼側は村長である
宮永界を襲撃して殺害した。
『初日襲撃』の存在を宮永界は伝えなかった。
東横桃子はそこに付け入って
占い先を宮永界に設定した。
宮永界が『初日襲撃』を伝えなかったのは
皆に余計な恐怖を与えたくないと考えたため。
「初日は無差別に誰か一人殺されるから。
多分俺だと思うけど、ひょっとしたら
お前らのうち誰かがいきなり食い殺されるかもね」
などとはとても言えなかったのである。
なお、宮永界がもう一つ説明を伏せた事に
『狂人の存在』がある。
狂人が存在する事は極稀である。
辺境の村で平和に暮らしている若者の中に、
人狼に忠誠を誓う狂人がいるとは
考え難いのも事実であった。
このため宮永界は、
存在する可能性が極めて低い狂人を疑って
内部分裂を招くよりは、
いっそ存在を伝えない事を選択した。
だが実際には、まさにこの日
宮永界自身の娘である宮永咲が狂人として覚醒し、
竹井久を守る事を決意する。
--------------------------------------------------------
『二日目』
--------------------------------------------------------
生存は…十二名。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
福路美穂子。池田華菜。
東横桃子。加治木ゆみ。
龍門渕透華。天江衣。
死亡者は…一名。
宮永界。
--------------------------------------------------------
二日目はほぼ人狼の思い描いた通りに事が進んだ。
久は会議の主導権を握った上に、
見事占いと処刑を回避。
さらに占い先は狙い通り咲になった。
しかも、真占い師は自分から勝手に
信用を落としてくれている。
上々の出来だった。
だがもし、敢えて不安要素を
挙げるとするならば…
久の心に、また大きな亀裂が入った事。
愛する友達を処刑する事。
それは久が覚悟していた以上に、
鋭く心を抉っていった。
衣の処刑が終わり、
その亡骸をそっと横たわらせて。
久は衣の骸に顔をうずめながら、
ひたすら嗚咽を繰り返す。
身を引き千切られたようだった。
ううん、これなら自分を
千切られた方がよほど楽だった。
久「……」
衝動的に口が開く。
衝動的に舌が突き出る。
衝動的に、そのまま、勢いよく、
歯で、自らの舌を、噛み千切り
咲「…部長」
久「っ……」
異変に気付いた咲がそれとなく止めていなければ。
久は自ら命を絶っていただろう。
咲「…部長。手を貸しますよ」
久「…ええ。お願いっ…思った以上に…
堪えていたみたいっ……」
咲「……涙、拭きますね」
咲に支えられて、ようやく久は歩き出す。
それでも久の頬を伝う涙は、
一向に止まる気配はなかった。
--------------------------------------------------------
久『……』
桃子
『…意味分かんないっす。
だったらなんでわざわざ矢面に立ったんすか』
久『他の皆にっ…こんな、思いを…
させるっ…わけには…いかないでしょっ……』
桃子
『私が代わってあげられたらよかったっすけどね。
あそこで出て行くのは
ちょっと私のキャラじゃないっす』
久『…ぅっ…ぅっ……』
桃子
『…はぁ』
桃子
『いい加減さっさと泣き止んでほしいっす。
啜り泣き混じりの念波とか、
聞いてるこっちまで気が滅入ってくるっすよ』
久『すんっ…ぅん……!』
久『……ごめんなさい、もう大丈夫……』
桃子
『で、明日はどうするっすか?』
久『…そうね…明日は咲が
人間確定になるから司会を譲るわ…
さすがに初日から連続で騒いでたら
占われるだろうし、
その後は大人しくしてようと思う……』
久『後…処刑は多分、決めるまでもなく
透華になると思うわ…』
久『あの子…もう壊れちゃったから……』
久『……っ』
桃子
『はい、泣くの禁止っす』
桃子
『じゃあ明日は宮永さんにお任せっすね。
私も今日ちょっと強引に
占い先を誘導しちゃいましたし』
桃子
『作戦とはいえ、キャラ的には
出しゃばり過ぎだったっす。
明日からステルス気味に行くっすよ』
久『そうね…明日からは、状況に合わせて
臨機応変に行きましょう…』
桃子
『了解っす。じゃ、打ち合わせも終わったところで、
福路さんを襲撃に行ってくださいっす』
久『……私なの?』
桃子
『そりゃそうっすよ。
宮永さん直々のご指名っすよね?
それ、「竹井さんが直接手を下せ」って
意味が入ってると思うっすよ?』
久『…そうよね……』
--------------------------------------------------------
一人闇夜に紛れ込み、
久は美穂子のもとへと向かう。
痛みに軋む胸を押さえながら。
久「…居た。何で散歩なんかしてるのよ…」
なぜか美穂子は夜の散歩と洒落込んでいた。
襲撃する側ながら、呆れて久はため息を吐く。
彼女は現在の村の状況を理解できているのだろうか。
久「ちょっと不用心過ぎるんじゃないかしら」
虚勢を張りつつ背後から声をかける久に、
美穂子は両目を開いて微笑んだ。
美穂子
「いいの。久に見つけてもらうためだから」
まるでこうなる事が
わかっていたような物言いだった。
久は眉を顰めながら問いかける。
久「…どうして私がここに来ると思ったの?」
美穂子
「……」
美穂子
「なんとなくだけど。
今日の流れに違和感を覚えたの」
美穂子
「久が場を仕切るのはわかるけど…
久が占い対象になった途端、
宮永さんが庇うように怪しい動きをした。
宮永さんらしくない動きよね」
美穂子
「東横さんの動きも不自然だったわ。
本当なら、あの子も華菜と同じように、
加治木さんを占っていてもおかしくない」
美穂子
「なのに加治木さんには一切触れず、
宮永さんを占い先に指定した。
それもすごくスムーズに」
美穂子
「なんだか、流れが最初から
決まっていたように感じたの」
久は思わず目を見張る。
美穂子は人狼側の動きを
ほぼ完璧に見破っていた。
人狼として勝利を目指すため。
人狼は、本来の人間からしたら
不自然な行動を取らざるを得ない時がある。
洞察力に優れる彼女の目をもってすれば、
それを見抜く事は容易だったのだろう。
咲が真っ先に彼女の抹殺を命じたのも、
単なる嫉妬だけではなかったのかもしれない。
久「…怖い子ね。でも」
不可思議な点が残る。
そこまで見抜いておきながら、
なぜ美穂子は会議の場で
口をつぐんでいたのだろうか。
美穂子
「…考えてしまったの。
もし久が占い先になって、
人狼だと判定されたらどうなるかって」
美穂子
「そしたら間違いなく処刑候補になるわ。
私は、自分の手で久を吊る事になる。
そう考えたら…身がすくんで言えなかった」
美穂子
「久を処刑するくらいなら、
いっそ人狼の久に食べられた方がまし。
そう思ってしまったの」
そこで美穂子は言葉を区切ると、
にっこりと久に微笑んだ。
その笑みを見て、久は妙な既視感を覚える。
久「……」
久「私の周り、狂人多過ぎでしょ」
美穂子
「それで、本当のところはどうなの?」
久「貴女の推測通りよ。
今日の流れは仕組まれたものだった。
そして、それを見破った貴女を
生かすわけにはいかないわ」
美穂子
「…いいわ。久に食べられるなら本望だもの」
久「…美穂子」
美穂子
「久の言う通りね。私は多分狂っているの」
美穂子
「これから殺されるって言うのに。
久の手が、私に触れるのが嬉しくて仕方ない。
私の血肉が、久の中で混ざりあって
久の一部になるって想像しただけで…」
美穂子
「体が熱くなって、鼓動が早くなってきちゃうの」
美穂子
「だから。はやく、私を、殺して?」
美穂子は愛おしそうに、久の腰に腕を回す。
久は促されるままに、美穂子の首筋に齧りついた。
『ぶしゅっ』
美穂子
「はっ…ぁぁっ……素敵……」
首から鮮血を噴き出しながら、
まるで、夢に浮かされるかのように。
美穂子はうっとりとした表情で目を閉じる。
そしてそのまま、二度とその瞼を
開く事はなかった。
久「……」
溢れ出る血液を飲み干しながら、
久はこの先の事を考えて戸惑った。
今までであれば、敢えて乱雑に喰い散らかして
『無残な姿』を作り出すところだ。
人間達の恐怖を最大限に煽るために。
だが、今の久にできるはずもなかった。
むしろこれ以上傷つけず埋葬したいとさえ思ってしまう。
散々迷った末、美穂子がゲームから脱落した事が
わかる情報を少しだけ残す事にした。
美穂子の亡骸は氷室に隠しておく事にする。
今は無理だけど、後で手厚く葬るために。
事を終えた久は安堵に胸を撫で下ろした。
久(…ありがとう、美穂子)
美穂子が狂人で助かった。
もし美穂子にも衣と同じ反応をされていたら。
屍になるのは久の方だっただろう。
でも、美穂子は食べられる事を望んでくれた。
久に殺されて喜んでくれた。
そして何より…美穂子の告白は、
久の心を少しだけ昂ぶらせていた。
おかげで何とか耐えられた。
精神崩壊が始まるまでには至らなかった。
久(…まさか、美穂子も
私の事が好きだったなんて)
もし、襲撃する前にその事実を知っていたなら。
結果は違っていたかもしれない。
久(…私の周りが異常なのかしら)
久(ううん。多分違うんでしょうね。
美穂子にだって大切な人がたくさん居た。
でも私達が殺してしまった)
久(それでもなんとか生き残ったと思ったら、
今度は友達同士で殺し合わないといけない。
あまつさえ、好きな人が敵側だった)
久(…狂うには十分過ぎる)
久(…咲だってそう。結局は、私のせいだ)
良心の刃がぎらつき始める。
久は慌ててかぶりを振ると、
自らの心に蓋をした。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム二日目:生存者数十二名(人狼残数 二匹)
==================================================
池田華菜と東横桃子が
占い師カミングアウト(CO)。
竹井久は敢えて目立って占い対象となり、
その後咲のアクションで
占い対象をスイッチさせる事で生存を図る。
だが実際には竹井久の心は
依然強い罪悪感に囚われたままである。
このため心の奥底では、
仮に占い先をスイッチしきれず
人狼判定されてそのまま
処刑されてもよいと考えていた。
襲撃は福路美穂子。
理由は宮永咲による嫉妬と、
その洞察力を危険視されたため。
事実、彼女は人狼陣営ほぼ
全員に対して目星をつけていた。
-----------------------------------
[処刑]天江衣(発言していないため)
[襲撃]福路美穂子(狂人咲に一番危険と判断されたため)
[占い]池田華菜:咲(人間判定○)
東横桃子:咲(人間判定○)
[護衛]染谷まこ→竹井久
--------------------------------------------------------
『三日目』
--------------------------------------------------------
生存は…十名。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
池田華菜。東横桃子。加治木ゆみ。
龍門渕透華。
死亡者は…二名。
天江衣。福路美穂子。
--------------------------------------------------------
三日目が終了した。
人狼達が操作する必要もなく、
京太郎が占いの槍玉として挙がってくれた。
処刑先も想定通りだった。
生きる気力を失った透華が
自分から殺される事を志願した。
願ってもない状況。
特に、桃子にとっては
これ以上ない展開だった。
透華の死に心を痛めて啜り泣く久とは対照的に、
桃子は興奮冷めやらぬ口調でまくしたてる。
--------------------------------------------------------
桃子
『来たっす!完全に流れが来たっすよ!!
金髪ノッポに黒判定で先輩襲撃っす!!』
桃子
『先輩の鋭い読みはまさに人狼にとって図星だった!
一点読みで当てられた人狼は、
これ以上先輩を生かしておけないと判断して
先輩を襲撃した!完璧な流れっす!』
久『…私が、麻雀部の皆を守りたいって
考えているのは知ってるわよね?』
桃子
『私が先輩を食べたいって
再三言ってたのも覚えてるっすよね?』
桃子
『昨日は我慢してやったっす。
さすがにこれで邪魔するって言うなら…
こっちも許さないっすよ?』
久『…ゆみを食べるのは…いいの。
……でも……須賀君……』
桃子
『…はぁ。歴戦の白狼が聞いてあきれるっす』
桃子
『全員救うとか無理っすよ。
麻雀部だけで六人もいるじゃないっすか。
ゲームのルール覚えてますか?』
久『わかってるけど…けど…!
少しでも……長く……!』
桃子
『駄目っす。今のうちから覚悟しておくっすよ。
どうせゲームを終わらせるには、
宮永さん以外を殺しきるしかないんすから』
久『…そうね……』
久『……』
桃子
『…はぁ。またあの目になってるっすよ?』
久『あの目…?』
桃子
『《あの子達を殺すなら、いっそ自分が…》
って自己犠牲に狂った目っす。
見てて気持ち悪くて仕方ないっすよ。
そんなに麻雀部が大切っすか』
久『……』
桃子
『……ま、私は先輩が食べられればそれでいいっす。
その後アンタの精神が崩壊しようと、
皆を守るために自殺しようと
好きにすればいいっすよ』
桃子
『ただ、もしそうなったら。
宮永さんも、間違いなく
後を追うと思うっすけどね』
久『……』
桃子
『よし、湿っぽい話は終わりっす!
後は自分で考えろっすよ!
私は先輩としっぽりお楽しみしてくるっす!!』
--------------------------------------------------------
夜。玄関の扉を叩く音に、
ゆみは身を硬直させた。
人狼が夜な夜な人を襲撃する事はもうわかっている。
だとすれば、これは人狼の襲撃である可能性が高い。
状況が状況だけに、ゆみは覗き窓から
用心深く訪問者を確認する。
ゆみ
「…誰だ」
警戒心にまみれた低い声に対し、
能天気な声が返事した。
桃子
「先輩、私っすー。
開けてくださいっすー!」
ゆみの全身から力が抜けた。
普段から桃子は頻繁にゆみの家を訪れている。
この状況で人間が訪れるとしたら、
それは確かにモモ以外ありえないだろう。
苦笑しながらゆみは扉を開けた。
桃子
「せーんぱいっ♪」
扉が開くなり、桃子は満面の笑みを浮かべて
ゆみの胸に飛び込んできた。
ゆみも当たり前のように桃子を受け止めて、
そのまま頭を撫でてやる。
ゆみが桃子を部屋に招き入れると、
いつものように甘い会話が始まった。
桃子
「あー、やっぱり先輩の部屋は
落ち着くっすー♪」
ゆみ
「まったくお前は…私が
人狼だったらどうするつもりだ」
桃子
「先輩が人狼とか素敵っすねー。
情熱的に食べてほしいっす」
ゆみ
「お前は狂人か」
桃子
「あはは。先輩が人狼で私が人間だったら、
間違いなく狂人にクラスチェンジしてたっすよ」
ゆみ
「恐ろしい話だが、
そうなったら無敵だろうな」
桃子
「あはは。本当に残念っすよ。
先輩と同じ陣営になりたかったっす」
ゆみ
「……!?」
何気ない会話。だが、そのあからさまな失言を
ゆみが見逃すはずもなかった。
ゆみは表情を一転させると、
鋭い目で桃子をねめつける。
ゆみ
「…モモ、今の発言はどういう意味だ」
桃子
「…ねぇ先輩。先輩はどうっすか…?
私が、もし、人狼だったら…」
桃子
「先輩は、狂って…
狂人になってくれるんっすかね…?」
ゆみの耳元で桃子は囁く。
それは蕩ける程に甘い声。
桃子の腕はゆみの背中に回されて、
がっちりとゆみを咥えこんでいる。
ゆみ
「っ…」
何とか桃子を引き離そうと、
ゆみは必死に身をよじる。
桃子の体はびくともしなかった。
明らかに異常な腕力だった。
ゆみとて力に自信があるわけではなかったが、
桃子に力負けするはずはない。
抵抗するゆみをまるで意に介さず、
桃子は相変わらず熱のこもった声で囁き続ける。
桃子
「ねぇ先輩…私のために、
人間を裏切ってくれませんか…?」
ゆみ
「…答えはノーだ!」
桃子
「えぇー。冷たいっすねぇ。
私達の愛って、そんなもんだったんすか?」
ゆみ
「お前が本物のモモだったら、
まだ考える余地はあったかもしれない」
ゆみ
「だが、お前は違う…!
モモの皮を被っただけの人狼…
むしろお前は、私の仇だ!!」
桃子
「……」
ゆみの強い拒絶の言葉を受けて、
桃子の目がぎらりと光る。
桃子
「ふふっ…それでこそ先輩っす。
ちょっと寂しいっすけど、
『死ぬまで』かっこいい先輩で
居てくれて何よりっすよ」
ゆみ
「…!そうやすやすと殺せると思うな!!」
桃子
「あははぁ…無理っすよぉ…?
人間の力で人狼にかなうはずがないっす」
ゆみ
「くっ…!離せ…!!」
桃子
「ああ、きりっとした先輩かっこいいっす…!
我慢できなくなってきちゃったっすよ…!
ちょっと、ちょっとだけ甘噛みするっすよ?」
桃子は少しだけ牙を出し、
そっとゆみに齧りつく。
かぷりっ…
圧倒的な腕力で捻じ伏せておきながら、
首筋に触れる牙の感触はどこまでも優しく。
それでいて蠱惑的だった。
強制的に与えられる甘い疼きに、
ゆみの全身が沸騰する。
羞恥心も手伝って、
ゆみは思わず叫び出していた。
ゆみ
「っ…何を考えている!
殺すなら一思いに殺せばいいだろう!!」
桃子
「へ?そんなの駄目っすよ?」
桃子はきょとんとした表情を浮かべて却下する。
そして、今度はぬめる舌先を
ゆみの首筋に這わせながら喋り始める。
桃子
「私…先輩が好きで好きで仕方ないんっす」
桃子
「好きで好きで好きで好きで
好きで好きで好きで好きで」
桃子
「ほんっとうに、好きで仕方ないんっす。
じゃなきゃ、食べたいなんて
思うわけないっすよ」
ゆみ
「…モモ……?」
ゆみの目に動揺の色が混じり始める。
目の前の人狼の振る舞いは、
ゆみが本で得た知識とあまりに違い過ぎていた。
人狼は確かに人間の人格と記憶を奪う。
だが人狼としての人格は別物で、
襲撃時には本性を現すと書いてあった。
実際、今ここで桃子の真似をする必要などないはずだ。
なのに、今目の前にいるこの生き物は…
まるで『モモ本人』みたいではないか。
ゆみ
(本当にこれは偽者なのか…?)
抵抗の手が止まった事を都合よく解釈し、
桃子は幸せそうに目を細める。
桃子
「あれ…?抵抗止めるんすか?
もしかして…受け入れてくれるんっすか?」
ゆみ
「…モモ。お前は、一体
私をどうするつもりなんだ」
桃子
「へ?そりゃ食べるっすよ?
でも、食べる前に…」
桃子
「先輩の初めて、全部もらうつもりっすけど」
ゆみ
「!?」
予想だにしなかった返答に、ゆみはその身を強張らせた。
その隙に桃子はとすん、とゆみを優しく押し倒す。
桃子
「んしょっ、と」
そしてゆみの上にまたがると、
規定事項のような口ぶりで
プランを説明し始める。
桃子
「心残りができるのは嫌っすからね。
先輩の全てをしゃぶり尽くさせてもらうっす」
桃子
「もちろんもらうばっかりとは言わないっすよ?
私の初めても全部あげるっす」
桃子
「唇も、裸で抱き合うのも、
下のお口でキスするのも…」
桃子
「ぜんぶ…ぜーんぶ……
二人で分かち合うっすよ」
悦びに酔いしれる様に、
その声を上擦らせながら語る桃子。
吐き出される息が荒くなり、
腰が淫らにくねり始める。
桃子
「あっ…純潔は『いっせーのーで』で
一緒に捧げたいっすねぇ」
桃子
「…で、お互いの指についた血を舐めあうんすよ……
…こう、チロチロッって…先輩の…初めてのを……」
くの字に折り曲げた指を舌先で転がしながら、
堪らないと言わんばかりに喘ぐ桃子。
ゆみを押さえつける下半身は
まるで交尾でもしているかのように
リズミカルに動き続け…
灼けつくような熱を帯びた秘部を
ぐいぐいとゆみに擦り付けてくる。
桃子
「あぁっ…考えただけで、
私……イッちゃいそうっす…!
あっ、だめ…っ…んんんっ……!!」
刹那、桃子の体がぴんと弓なりにのけぞった。
そして、ふるふると断続的に四肢をひくつかせる。
どうやら本当に達してしまったようだった。
桃子
「はぁっ…はぁっ……せんぱぁい…
だいすきっすぅ……」
ゆみ
「……」
眼前の雌の唐突な痴態に、
ゆみはただ呆然とするしかなかった。
こいつが何をしたいのかわからない。
なぜ人狼の癖に自分を
病的なまでに愛してくるのかも、
これが普通なのか、
それとも例外なのかもわからない。
わからない事だらけだった。
ただ一つ、確実に言える事がある。
それは…
自分はこれから、この淫魔によって
死ぬまで辱められるだろう事。
桃子
「…はぁっ……ごめんなさいっす…
ここからは、ちゃんと二人で
気持ちよくなるっすよ…?」
熱い吐息を漏らしながら、
桃子の唇がゆっくりと近づいてくる。
その唇を避ける術を…
ゆみは持ち合わせていなかった。
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真相:ゲーム三日目:生存者数十名(人狼残数 二匹)
==================================================
宮永咲が両占い師から人間判定を受け
人間確定となる。
ただし占いでは狂人かどうかの
判定はできない。
このため村人は彼女が
人狼陣営である事には気づけなかった。
この日は須賀京太郎が疑われる。
理由は事件の第一発見者であり、
かつ唯一の男性であるため。
東横桃子は京太郎を人狼に見立て、
疑った加治木ゆみを腹いせに
襲撃したように見せる案を提案する。
須賀京太郎を含めた麻雀部全員を
守りたいと考えている竹井久は
難色を示すがこの提案を受け入れる。
これにより東横桃子の念願が成就し、
東横桃子が加治木ゆみを襲撃する事になる。
実はこの襲撃は人狼陣営にとって
隠れたファインプレイであった。
加治木ゆみはこの時点では
人狼についての学習を始めたばかりであったが、
もしこのまま残しておけば、
瞬く間に人狼最大の脅威に成長していた。
さらに、加治木ゆみは学習の過程で
人狼の本を熟読していた。
ゆえに人狼陣営を除けば、唯一狂人の存在に
気づきうる村人だったためである。
なお、東横桃子は襲撃=愛だと考えているため、
この日以外の襲撃は頑なに拒否している。
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[処刑]龍門渕透華(後追い自殺)
[襲撃]加治木ゆみ
(須賀京太郎に疑いの目を向けさせるためだが
実際には東横桃子の強い要望)
[占い]池田華菜:須賀京太郎(人間判定○)
東横桃子:須賀京太郎(人狼判定●)
[護衛]染谷まこ→宮永咲
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『四日目』
--------------------------------------------------------
生存は…八名。
片岡優希。染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。須賀京太郎。
池田華菜。東横桃子。
死亡者は…二名。
龍門渕透華。加治木ゆみ。
--------------------------------------------------------
四日目が終了した。
ついに大きく局面が動いた。
京太郎の判定が割れた事により、
村人は明確な目的を持って仲間を殺害した。
それでも、事態は何一つ好転しなかったが。
むしろ状況は村人にとって
悪化の一途を辿っている。
吊られた京太郎はただの村人であり、
それを証明する霊能者は
すでに尻尾を出してしまっている。
ここで優希を食い殺してしまえば、
京太郎の結果は明るみに出ない。
つまりは、占い師の真贋も
闇に葬られる事になる。
勝敗は大きく傾いた。
もし二人が『健全な人狼』であったなら、
祝杯をあげてもいい程だろう。
ところがそうもいかなかった。
なぜならこの日は、久にとっても。
生死のかかった、試練の日となったのだから。
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久『……』
桃子
『まだ落ち込んでるんすか?
いい加減慣れた方がいいっすよ?』
久『…逆に、貴女は何も感じないの?
自分でゆみを殺したくせに』
久『あの暴走は…本当に全部演技だったの?』
桃子
『あ、先輩はまだ殺してないっすよ?
牢屋に入れて絶賛調教中っす』
久『はぁ!?貴女何やってるのよ!?』
桃子
『……』
桃子
『…私だって殺す気だったんすけどねぇ…
でも、駄目だったっす』
桃子
『好き過ぎて殺すの躊躇っちゃったっす。
…その辺、わかってもらえないっすかね?』
久『…………わかるわ』
桃子
『少しだけ、アンタの気持ちがわかったっすよ。
もし先輩が狂人に転ぶって言ってくれたなら…
私は…私は……』
久『…モモちゃん……』
桃子
『……』
桃子
『ま、先輩はどうあがいても
狂人になってくれなさそうっすけどね!
明日は私が処刑されそうですし、
今夜一杯楽しんで殺し切るっすよ』
桃子
『というわけで、竹井さんは
片岡さんを殺してきてくださいっす!』
久『……なんで優希を殺す必要があるの』
桃子
『いやいや、こっちでまで
寝ぼけた事言わないで欲しいっす。
あの子思いっきり霊能者だって
宣言したじゃないっすか』
桃子
『「私の力で」とか言ってたの、
聞き逃したとは言わせないっすよ?』
久『…わかってるわよ』
桃子
『ていうか、生き残りたいなら
竹井さんこそしっかりして欲しいっす』
桃子
『占い師指定なしのまま終わろうとするから、
びっくりしてうっかり
原村さんを指定しちゃったっすよ。
今思えば片岡さんを指定して
そのまま食い殺せばよかったっす』
久『…そうね。ごめんなさい』
桃子
『謝罪はいいっすから、きっちり
片岡さんを殺してきてほしいっす』
桃子
『なんだかんだで、私だってお仲間には
幸せになってほしいっすから』
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襲撃の時間。久はいつになく
緊張の糸を張り詰めさせていた。
同じ麻雀部の一員である京太郎がこの世を去った。
でも京太郎は、決して自棄になって
命を投げ出したのではない。
仲間である皆を信じて。
皆を生かすためにその命を捧げたのだ。
久(それを知っておきながら…
私は今、その死を犬死にに変えるために
かけがえのない仲間を殺そうとしている)
久(優希の死に、私は耐え切れるかしら。
ううん。そもそも本当に殺せるのかしら)
思い返してみれば。
このゲームが始まって以来、
久は生きたいと抵抗する命を
摘み取った事がなかった。
咲(優希に本気で抵抗されたら。
私は、本当に優希を殺せる?)
答えを導き出す事ができないまま。
覚悟が決まらないままに、
久は優希の家に辿りついてしまった。
久「…着いちゃった」
久はドアノブに手をかけて引いてみる。
扉は開かない。さすがに
しっかりと鍵が掛けられているようだった。
久「…このまま帰っちゃ駄目かしら。
『鍵が掛かってました!』とか言って」
久「…なんて、流石に駄目よね」
人狼の腕力をもってすれば、
この程度の扉は何の抑止力にもならない。
久はため息をつきながらドアノブを強く握ると、
力任せに引っ張った。
扉がミシミシと軋み始める。
久は構わず力を加え続ける。
『べきんっ』
錠前部分の木の板が割れ、
その後は抵抗なく扉が開く。
久は何事もなかったかのように、
玄関から屋内に侵入した。
久「優希の部屋は…一番奥だったわね」
生前懇意にしていただけに、
久はこの家に何度も遊びに来ていた。
無論、鍵を無理矢理ぶち壊して
侵入するのは初めてではあったが。
予想通り、優希は一番奥の部屋に居た。
一思いに扉を開ける。
優希
「……」
そこには剥き出しの敵意を隠そうともせず、
青銅の置物を持って身構える優希が居た。
久はこんな目をする優希を見た事がなかった。
こんな殺意に満ち満ちた目を。
そして、無邪気だった彼女に
そんな目をさせているのは自分。
早くも、久は自分の心に
大きな亀裂が入ったような気がした。
優希
「…念のために聞いとくじょ。
部長は、なんでここに来たんだじぇ」
久「…貴女こそ、どうして窓から
逃げなかったのかしら?
私がこの部屋に辿りつく前に」
優希
「そんなの、真犯人を
突き止めるために決まってるじょ」
優希
「……」
優希
「部長が…部長が人狼だったのか」
久「……」
久「部長が…じゃないわ。
『竹井久の皮を被った偽者』が人狼よ」
久はゆっくりと歩き出す。
その足の先は優希に向かっている。
優希
「来るな!」
足元に投げつけられた食器皿が飛散し、
久はその歩みを止めた。
優希
「それ以上近寄るな!私はお前なんかに
食われるわけにはいかないんだじょ!」
久「貴女が悪いんでしょう…?
どうして霊能者だってわかるような
発言をしちゃったの?
あんな発言されちゃったら、
襲撃するしかないじゃない」
久「私は、少しでも…
麻雀部の皆を守りたかったのに」
優希
「……は?」
久の言葉にかちんと来たのか、
優希は血相を変えて久を正面から睨みつける。
優希
「何ふざけた事言ってるんだじょ…?
私達を守りたかっただって…?」
優希
「だったら最初から
襲わなきゃいいじゃないか!!」
久「……っ」
もっとも過ぎる正論だった。
久に反論する余地はない。
優希
「麻雀部を守りたい!?
だったらいい方法を教えてやるじょ!」
優希
「さっさと『自分が人狼です』って言えばいいんだじぇ!
そしたら私が喜んでお前を吊ってやるじょ!」
久「……」
久「…そうね……本当に、そう……」
優希の強い言葉に、
久は打ちひしがれたように頷いた。
そして何かを堪える様に、
ぐっと唇を噛みしめている。
その反応に戸惑ったのは優希の方だった。
優希
(…どういう事だじょ?)
優希の想像の中の人狼は、
もっと凶悪で残忍で容赦がない存在だった。
なのにこの部長モドキは、
よくわからない事を言い始めた上に
なんだか勝手に弱っているように見える。
疑問符が優希の頭を駆け巡る。
ただ、そこは日頃から直感で動く優希である。
それ以上深くは考えず、
素直にチャンスだと受け取った。
優希
(よくわかんないけど…この部長モドキなら、
私でも勝てるんじゃないか…?)
優希
(…こっちから打って出るじょ!)
そう決めてからは早かった。
優希は勢いよく地面を蹴り出すと、
一気に久との距離を詰める。
優希
「先手必勝だじぇ!!」
そのまま優希は、手に持っていた青銅の置物で
力任せに殴りつけた!
『ゴスッ…』
とっさの事に避ける事ができなかったのか、
否、避ける気すらなかったのか。
ともかく、久は優希の一撃をまともに喰らう。
優希
「よっし!このまま倒しきってやる!」
優希
「京太郎!今私が仇を討ってやるじょ!」
勢いづいた優希は、さらにその腕を振り下ろす。
振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす!
瞬く間に久の頭から鮮血が噴き出し、
顔は真っ赤に染まっていく。
それでも久は一度として避けるそぶりを見せず、
ただでくの坊のように喰らい続ける。
…目から大粒の涙を流し続けたまま。
口から謝罪の言葉を繰り返しながら。
久「ごめんなさい…ごめんなさい……」
また、優希の心に動揺が生まれ始めた。
想像とあまりに違い過ぎていた。
人狼とは、もっと血も涙もない、
笑顔で人を食い殺すような存在ではなかったのか?
人間ごときがどんな抵抗をしても
倒せない存在ではなかったのか?
だとしたら、目の前の…
何もしなくても崩れ落ちてしまいそうな、
か細い声で謝り続ける存在は何だ!?
優希
「なんなんだじょ…
本当に、なんなんだじょ……!」
気づけば優希は置物を持つ手を
だらりと降ろしてしまっていた。
久「っ…ほんっ…ごめっ……ぃっ……」
久は力なくその場にうずくまり、
両手で顔を覆って嗚咽を繰り返している。
優希
「…もう、わけがわからないじょ。
ま、まあ…ひとまずここは見逃してやるじょ」
優希は止めを刺すよりも逃げる事を優先した。
久の様子は気にかかる。
優希は憐憫の情さえ覚えていた。
ともすれば、つい手を
差し伸べてしまいたくなる程に。
だがあれだけの打撃を受けて、
それでも我関せずで
泣いていられるのも異常だった。
人外なのは間違いない、優希はそう判断した。
優希
(もしかしたら、処刑じゃないと
殺せないのかもしれないじょ)
だとしたらこれ以上の交戦は無意味だろう。
謎は謎のままだが、
無理にここで解明する必要もない。
優希
「…罪悪感があるなら…明日、
自白して罪を償ってほしいじょ」
どこかばつが悪そうにそう言い捨てると、
優希はくるりと身を翻して部屋を後にする。
そしてそのまま走り出し、
家を脱出しようとする。
だが実際に優希が走り出す事はなかった。
『ゴッ…』
鈍器で殴り倒したような鈍い音が響き渡る。
次の瞬間、優希はものも言わず崩れ落ちる。
相当に強く殴りつけたのだろう。
優希の頭蓋は陥没している。
即死だった。
咲「…大丈夫ですか、部長」
愛しい人の声を耳にして、
ようやく久が頭をあげる。
そこには大きめの彫像を
両手で携えた咲が佇んでいた。
彫像の頭部は…見るも無残に欠けている。
咲「やっぱり心配した通りでしたね」
久「……さき…どうして……ここに……?」
咲「部長は優しすぎるから…
麻雀部のメンバーを殺せるとは
思えなかったんです」
久「……」
咲「…遅くなって、ごめんなさい」
顔をあげた久の顔を見て、咲は酷く辛そうに
謝罪の言葉を口にした。
目に涙を溜めた久の瞳は、
絶望に染まりかけていた。
後少し遅かったら。久は華菜や透華のように、
『戻れなく』なっていたかもしれない。
咲「…本当に、ごめんなさい」
咲の中で、後悔の炎が燃えあがる。
なぜ最初から一緒についていかなかったのか。
否。なぜ最初から、自分が殺すと申し出なかったのか。
そうすれば…久がこんな目をする事も
なかったかもしれないのに。
咲「……っ!」
ともすれば叫び出したくなる衝動を、
唇を噛む事で必死で抑えながら。
それでも咲は気持ちを
切り替えるように努める。
今自分がするべき事。
それは、これ以上久が壊れないように
心の傷を治癒する事だ。
咲は大きく息を吸い込んだ。
そして荒れ狂う感情を押し殺すと、
穏やかな声で語り掛ける。
咲「……大丈夫です。
これからは私が殺しますから」
久「……え?」
咲「部長は、食べてあげるだけでいいんです。
優希ちゃんも、和ちゃんも、染谷先輩も」
咲「皆私が殺しますから。
もう、傷つかなくていいんです」
咲は慈愛の微笑みを浮かべながら、
うずくまる久を抱き締める。
咲「今は、何も考えなくていいです。
ただ、ゆっくり休んでください」
久の頭をそっと撫でる。
母親が幼子を慈しむように、
何度も、何度も。
久「さき…さき……!」
咲「部長…」
少しずつ、少しずつ久の嗚咽が収まっていく。
傷つく事に疲れ果てた久は、
何もかもを放棄して
恋人の胸に頬を摺り寄せる。
やがて久は、涙を流しながら眠りについた。
その姿を見て、咲はようやく胸を撫で下ろした。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム四日目:生存者数八名(人狼残数 二匹)
==================================================
須賀京太郎の判定が割れる。
唯一の男性であるにも関わらず、
誰一人守る事もできず。
むしろ争いの火種になっている現状に
不甲斐なさを感じていた須賀京太郎は
自ら処刑を受け入れる。
この発言に対し、須賀京太郎に
強い想いを抱いていた片岡優希が過剰反応する。
この時の反応により、
染谷まこ以外の参加者は
片岡優希が霊能者であると
見破る事になる。
このため人狼陣営は
片岡優希を強襲し襲撃を成功させる。
なお池田華菜はここでリーダーの
決定を拒否し独断で片岡優希を占う。
偽占い師が指定した相手よりは、
別の人間を占うべきと判断したため。
ただしその観点であれば
池田華菜は竹井久を占うべきであった。
その考えに至らなかった理由は、
精神崩壊を迎えた池田華菜の思考力は
廃人レベルに低下していたためである。
-----------------------------------
[処刑]須賀京太郎(村のために犠牲になる)
[襲撃]片岡優希(霊能者狙い)
[占い]池田華菜:片岡優希(人間判定○)
東横桃子:原村和(人間判定○)
※東横桃子は役目を終えているので
これ以上人狼判定できない
[護衛]染谷まこ→宮永咲
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『五日目』
--------------------------------------------------------
生存は…六名。
染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。
池田華菜。東横桃子。
死亡者は…二名。
須賀京太郎。片岡優希。
--------------------------------------------------------
五日目が終了した。
この日はあまり大きな動きはなかった。
結局京太郎の正体が明らかになる事はなく。
真占い師の真贋もわからないままだった。
安定釣りとして、役目を終えた
桃子が吊られる事になった。
おかげで久の心が必要以上に
痛む事もなかった。
桃子は自分と同じ人狼だったし、
京太郎と同じように自分で
処刑台に上って行ったからだ。
久を苦しめるとすればこの後の襲撃だったが、
その点でも久は救われる事になる。
--------------------------------------------------------
夜の帳が降りる頃。
久は闇に身を忍ばせながら、
想い人の登場を待った。
程なくして咲が姿を現す。
久はあからさまに安堵のため息をつくと、
ぎゅっと咲を抱き寄せた。
咲「…なんだか、逢引みたいですね」
どこかうっとりと恍惚の笑みを浮かべる咲。
久は言葉を返す代わりに、
咲の唇に子供のようなキスを落とした。
もちろん、密会の目的はデートではない。
大切な仲間を食い殺すのが目的だ。
もっとも、咲はもう久に
殺させるつもりはなかった。
表面上は何事もないように振舞っていても、
久が酷く不安定な状態である事は歴然だったからだ。
咲は見抜いていた。
久の思考力は低下し始めている。
事実、会議での発言にもそれが現れ始めていた。
会議中、久はわざわざ
『なぜ優希が殺されたのか』を
説明してしまった。
自分がそれに気づいていた事まで、
馬鹿正直に白状してしまった。
言う必要のなかった事だ。
これで、久はもう狩人を騙る事はできない。
その機会があるかは別としても。
正常な久であれば、
そんな愚は犯さなかっただろう。
思考力の低下。それは、
あの透華や華菜と共通する症状。
つまり久は今……
廃人の一歩手前にあると見るべきだ。
咲は固く決めていた。
もう、久に二度と襲撃はさせない。
久を連れていくのは和の家まで。
現場についたら、久を置いて
一人で和を殺害するつもりだった。
咲「行きましょう、部長」
咲が久に手を差し伸べる。
二人は指を一本ずつ絡み合わせながら手を繋ぐ。
そしてぎゅっと握り締めると、
ゆっくりと歩調を合わせて歩き始めた。
咲「和ちゃんが覚醒してましたね」
久「そうね…いままでの人狼ゲームをとおしても、
ここまで機械的に殺した人ははじめてだわ」
久「…私がゆうきを殺したせいで、
こわれちゃったのかもしれないわね」
咲「和ちゃんが機械じみてるのは
今に始まったことじゃないですよ」
咲「それに、優希ちゃんを殺したのは私です」
会話しながらゆっくりと目的地に向かう二人。
でも、すぐに様子がおかしい事に気づいた。
目的地に向かっているはずが、
全然距離が縮んでいないのだ。
二人は確かに歩いているのに。
まるで、何者かが和への道を
阻んでいるかのようだった。
異変に気付いた久が弾んだ声をあげる。
久「狩人ね!これじゃのどかは殺せないわ!」
喜色満面になった久を見て、
咲もつられて苦笑する。
咲「人狼が防衛成功されたのに
喜んでどうするんですか」
久「いいじゃない。どうせここで
殺せなくてもたいして変わらないわ」
咲「…いずれ和ちゃんを殺さないといけないって
事実も変わりませんよ?」
久「それでもいいの。一日でもながく
生きのびてくれたなら…」
咲「まあいいです。でもそうすると、
今日一日部長は空いてるって事ですよね?」
久「そうね」
咲「じゃあ、私に部長を癒させてください」
咲「昨日の部長は、今にも壊れてしまいそうで。
見てて怖くて仕方なかったですから」
咲「…というより、今も」
久「そっか…じゃ、私の家にいきましょ?」
二人はくるりと向きを変えて、
久の家へと歩き出す。
久の足取りは軽かった。
誰も殺さずに済んだ事が
本当に嬉しかったのだろう。
幸せそうに微笑む久を見て、
咲は一人嘆息する。
咲(本当に…どうしてこんな優しい人に
人狼なんて役が回っちゃったんだろう)
咲(私が人狼だったなら…
普通に皆を殺して、
ハッピーエンドで済んだのに)
咲(もういっそ、部長が襲撃に行く前に
皆殺しちゃおうかな?)
人狼以上に人狼らしい考えを
脳裏に浮かべながら、咲は久にすり寄った。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム五日目:生存者数六名(人狼残数 二匹)
==================================================
霊能者不在が発覚。
理由は前日に襲撃されたため。
親友である片岡優希の死を受けて原村和が覚醒。
占い師ローラーを提案する。
その思考ルーチンは以下の通り。
東横桃子を真と見た場合
すでに一匹は人狼を処刑している。
池田華菜を真と見た場合は
まだ人狼は二匹残っている可能性があり
最悪この日に勝負がつく計算。
よって安全策で東横桃子を吊るべき。
原村和の覚醒を見た染谷まこが
原村和を護衛に変更。
襲撃は原村和。
残りの中で襲撃可能な人物は
池田華菜、原村和、染谷まこの三人。
(宮永咲は除外)
ローラー予定の池田華菜を除けば
片占いとはいえ一番人間に近い存在のためである。
しかし結果的には狩人である
染谷まこに妨害される事になる。
-----------------------------------
[処刑]東横桃子(安全策)
[襲撃]原村和(殺せる範囲では一番確定村人に近いため)
→襲撃失敗
[占い]池田華菜:原村和(人間判定○)
[護衛]染谷まこ→原村和
--------------------------------------------------------
『六日目』
--------------------------------------------------------
生存は…五名。
染谷まこ。竹井久。
原村和。宮永咲。
池田華菜。
死亡者は…一名。
東横桃子。
--------------------------------------------------------
六日目が終了した。
村人は自身の勝利を確信して
帰路についただろう。
どうやら彼女達は知らなかったらしい。
狂人という存在を。
真占い師も処刑台に消えた。
後はもう、狩人であるまこを殺害すれば、
残るは人狼と狂人と人間の三人になる。
もはや人間が絶望を逃れる術はない。
ゲームは終わったのだ。
もっとも、肝心の人狼は
勝利を喜ぶどころではなかった。
村の勝利を喜び、笑顔で華菜を
処刑台に連れて行った久は…
その笑顔の仮面の裏で、自らの心が
良心の鉄槌を受けて
ガラガラと崩れていくのを感じ取っていた。
--------------------------------------------------------
久は昨日と同じ場所で、
咲が来るのを待っていた。
咲はなかなか来なかった。
待ち合わせの時間からは
既に十五分が経過している。
久「…なにかあったのかな」
いぶかしみながらも、
久はそのまま咲の到着を待つ。
帰り際に咲に命じられていた。
『絶対に一人で行動するな』と。
久は咲の命令を従順に守った。
さらに十五分が経過して、
久が焦燥に駆られ出した頃。
ようやく咲が姿を現した。
咲「…お待たせしました」
久「おそいよ…なにかあっ…た…の…」
呼びかける声は途中で途切れた。
一見咲の姿に別状はない。
だが、人狼である久にはわかる。
咲の体からは、かすかに血の匂いが漂っている。
咲「あ…わかっちゃいました?
一応シャワー浴びてきたんですけど」
久「…どうして?」
咲「今の部長が、染谷先輩の死に
耐えられるとは思わなかったからです。
だから一人で殺してきました」
久「……」
咲の言う通りだった。
事実、久の心は崩壊寸前だった。
華菜を殺した事が、久の心に
致命的な傷を与えていたのだ。
早い段階で美穂子を殺されて、
心が砕け散ってしまった華菜。
その華菜が、廃人になりつつも
今日まで生き続けたのは、
全ては仇を討つためだった。
そんな華菜の忠義心を知りながら、
久は華菜に人狼と言う罪をなすりつけた。
一人孤独に戦い続けた華菜は。
最後も孤独に、人外のレッテルを
貼られてこの世を去った。
彼女の悲痛な結末に、弱り切った久の心が
耐えられるはずもなかった。
咲「なんでわざわざ処刑を
請け負っちゃったんですか…
別に部長が頑張らなくても、
多分染谷先輩辺りが池田さんを
しょっぴいてくれたのに」
久「…なにもわるくないまこに、わらって
ひとごろしさせるなんて、だめだよ」
咲「今更道徳なんかどうでもいいですよ…
そんな事でこれ以上心を壊さないでください……!」
久が演技をしている間、咲は気が狂いそうだった。
いつ久の精神が完全に崩壊してしまわないか。
いつ自殺に走り始めないか。
怖くて怖くて仕方がなかった。
幸い、久が自殺する事はなかった。
それでも、全てが終わって二人きりになった時。
久は明らかにおかしくなっていた。
咲は一瞬悲しそうに目を伏せる。
でもすぐに何事もなかったかのように
気持ちを切り替えた。
咲「さあ、部長の家に帰りましょう」
久「…うん」
咲「明日も、無理して和ちゃんの前に
出て来なくていいですよ?
私が殺しておきますから」
久「…だめだよ。わたしだけ
にげちゃだめだもん」
咲「…本当に、無理だけはしないでくださいね?」
咲は心配そうに久を抱き締める。
久は子供のように縋りついてくる。
そんな久を慈しみながらも、
咲の思考は…久が傷つけられる前に、
いかに早く和を殺すかで埋め尽くされていた。
咲(駄目だ。今はそんな事よりも、
部長を癒す事を考えないと)
二人で久の家に入ってシャワーを浴びる。
生まれたままの姿でベッドに倒れ込むと、
咲は久に口づける。
久「さき。ねえ、もっと」
無邪気に続きをせがむ久は、
まるで小さな子供のようで。
咲は零れそうになった涙を必死で堪えた。
咲(駄目だ。私が諦めたら終わっちゃう。
部長は私が絶対に守るんだ)
咲は久に気づかれないように涙をぬぐうと、
久を癒すべくその体を愛し始めた。
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム六日目:生存者数五名(人狼残数 一匹)
==================================================
狩人である染谷まこが
原村和を護衛して防衛成功。
このため染谷まこが狩人CO。
現時点で占い師である池田華菜を除けば
完全なグレーは竹井久と染谷まこだけであり、
染谷まこが狩人と確定すれば
竹井久が残りの人狼候補確定となる。
竹井久は対抗狩人COはしなかった。
これは五日冒頭に、
片岡優希が霊能者である事を
見抜いていたような発言をしていたため。
仮に対抗COをしても、なぜ
片岡優希を護衛しなかったのかを
説明する必要があり、
まず勝ち目がないと判断した。
このため、最終日まで
ゲームがもつれこめば竹井久が
人狼である事は確定のため、
村が勝利する事になる。
ただしそれは狂人の存在を
考慮しなければの話であり、
実際にはこの時点で最終日
人狼と狂人のパワープレイで
村陣営が敗北する事が確定した。
-----------------------------------
[処刑]池田華菜(占い師ローラー)
[襲撃]染谷まこ(狩人断定)
[占い]なし(占い師死亡)
[護衛]まこ→和
--------------------------------------------------------
そして、『最終日』の朝が訪れる。
--------------------------------------------------------
生存は…三名。
竹井久。原村和。宮永咲。
死亡者は…二名。
池田華菜。染谷まこ。
--------------------------------------------------------
最終日になっても霧は晴れなかった。
それはすなわち、まだ人狼が
生存している事を意味していた。
咲と共に会議室に現れた久を、
和が開口一番で糾弾する。
和「…部長。どうして昨日、
降参してくれなかったんですか」
久「……なんのこと?」
和「しらばっくれないでください。
咲さんも私も両占い師から
人間判定されています。
残りは部長しかいないじゃないですか」
和「今日、咲さんと私で部長を処刑すれば
ゲームは終了です。
その流れは昨日の時点で変わらなかった」
和「あの時点で降参してくれていれば、
染谷先輩と池田さんは助かったのに。
往生際が悪いにも程があります」
久「…ああ。ええと。その」
和「…どうしたんですか?」
咲「部長、無理に喋らなくていいですよ。
もうさっさと殺しちゃいましょう」
予想だにしなかった咲の言葉に、
和は驚愕して目を見開く。
だがそんな和の事などまるで気にせず、
咲は久だけに話し続ける。
咲「部長は何もしなくていいです。
私が責任もって和ちゃんを殺しますから」
和「ど、どういう事ですか!?
咲さんは、咲さんは
人間判定されたじゃないですか!?
なんで、なんで私を殺そうと…!!」
久「…ええと」
咲「いいです部長。私が代わりに説明します」
咲「……和ちゃん。
お父さんは言わなかったけど、
人狼ゲームをする上で
気を付けておかなきゃいけなかった事が、
もう一つあったんだよ」
和「…っなんですか…?」
咲「狂人って知らないかな?
人なのに人狼に味方しちゃう狂った子。
ごくまれに、そういう子が
ゲームに紛れ込んでるんだよ」
咲「まあ、本当に滅多にない事みたいだし、
お父さんもうちみたいな平和な村に
そんな子がいるとは思わなかったんだと思う」
咲「でも、本当は考慮しなくちゃいけなかった。
好きな人が人狼になっちゃって…
耐えられる女の子なんてそういないんだから」
咲「そういう子を残しておくと…
最後に、こういう事になっちゃうんだよ」
和は表情を失い、
膝からがくりと崩れ落ちた。
和「…そういう…事……ですか…」
今思い返してみれば、
和には思い当たる節がいくつもあった。
初日、久が占い対象になった時の事。
占い先をすり替えるきっかけを
作ったのは咲だった。
初日から占い対象になった久が、
その後全く占いにも処刑にも
名前が挙がらなかったのも…
司会である咲が誘導していたのなら得心が行く。
咲は徹頭徹尾…久の味方だったのだ。
和「……」
和「わかりました…もういいです…
食べてください」
和「お二人に従いますから…
いつ食べても構いませんから…」
和「もう…仲間外れにしないでください…っ」
もう限界だった。
心がぽきりと折れてしまった。
嗚咽まじりに、
和は自ら食べられる道を選ぶ。
ここでもし生き長らえたとしても、
自分は一人ぼっちになってしまう。
咲を、優希を、麻雀部の皆を失って。
たった一人生き残る事に何の意味があるだろう。
そんな絶望を味わうくらいなら…
殺されてでも、食べられてでも。
人外の輪に加わる方がましだった。
久「…のどか…」
ぽろぽろと涙を流し続ける和に、
久も思わず涙腺が緩む。
いつものように、謝罪の言葉が
口をついて出そうになった時…
『ゴッ…』
またあの鈍い音が響き渡った。
和の嗚咽はぴたりと止まり、
それ以上音を立てることは無くなった。
咲「部長を苦しめるなら
さっさと死んでよ」
まるで台所で害虫でも
見つけたかのような扱いだった。
かつての親友に向けるには
あまりにも冷たすぎる言葉と視線に、
久は芯から震えあがる。
そう言えば、前に優希を殺した時は。
それどころじゃなくて、
殺害の瞬間を見ていなかった。
あの時も咲は、こんなにも
冷たい目をしていたのだろうか。
久「さ…さき」
怯えた目を向けられている事に気づいたのだろう。
咲は少し傷ついたように目を伏せると、
鈍器を捨てて久を抱き締める。
咲「そんな目で見ないでください…
部長のためにやってるんですから」
久「…ごめんなさい。
そうよね。ほんとうは
わたしがやるべきことだもの」
咲「そういう事じゃなくて。
怖いんです」
久「…こわい?なにが?」
咲「これ以上、少しでも罪悪感を覚えたら、
部長は完全に壊れてしまうから。
自分から命を絶ってしまいそうだから」
久「……」
咲「部長、気づいてますか?もう随分前から、
部長は目から光が消えちゃってるんですよ…?」
咲「喋り方も、たどたどしくなって…
本当に、色んなところが
目に見えて壊れてきてるんです」
久「……」
咲「でも、もう大丈夫です。
もう部長を苦しめる人はいませんから」
咲「これからはずっと二人きりです。
何も心配する必要はないんです」
咲「…さ、休みましょう。
いろいろ考えるのは、今まで通り
喋れるようになってからです」
そう言って朗らかに笑う咲。
その笑顔に癒されながら、
それでも久の心はずきりと痛んだ。
久(…咲。あなたも気づいていないことがあるわ)
久(…私が目の光を失ったのは、
ほんとう、なんでしょうね)
久(でも…それは…)
久(あなたも…同じ…ことなのよ……)
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:ゲーム七日目(最終日):
生存者数三名(人狼残数 一匹)
==================================================
本来は三つ巴状態だが
実際には人狼の竹井久と
狂人の宮永咲が繋がっているため
パワープレイ
(人狼陣営が数で押し切れる)状態。
原村和は精神が崩壊し降伏を宣言。
自ら食われる事を望むが
その姿に竹井久が心を痛めた事で、
宮永咲の怒りを買い殺される。
ゲーム終了。
人狼陣営の勝利。
--------------------------------------------------------
エピローグ(数日後)
--------------------------------------------------------
人狼の手によって、一つの村が壊滅した。
村には夥しい数の死体が転がっており、
周囲には耐えがたい腐臭が立ち込めている。
あらゆる侵入者、そして脱走者を拒む霧が立ち込める中、
崩壊した村の中を二つの人影が蠢いていた。
久「この人はもう食べられないわね…
火葬しましょう」
咲「…もう大襲撃の時の死体は、
無条件で焼いちゃえばいいんじゃないですか?」
久「駄目よ。できるだけ長くこの霧の中で
生き続けなきゃいけないんだから…
食べられるものは保存して、
ちゃんと食べましょう?」
久「…その方が、私の気持ちも楽になるから」
久と咲は、霧の中で生き続ける事を決めた。
辺境の村とはいえ元々は数十人規模だったし、
備蓄もそれなりに残されていた。
死体を食料に数えなかったとしても、
それなりの期間生き続ける事ができるだろう。
備蓄が尽きる前に次の手が打てれば、
一生暮らしていけるかもしれない。
咲「…なんだか、夢みたいです」
食用には厳しいと判断された死体を
ゆっくり火にくべながら、
しみじみと咲が語り始める。
咲「襲撃があった夜、私はもう部長に
食べられると思ってました」
咲「それでいいと思ってました。
そうあってほしいと思ってました」
咲「それが、蓋を開けてみれば
部長と結ばれて…
二人っきりで暮らせるなんて」
咲「…本当に、幸せすぎて夢みたい」
目を細めて心底幸せそうに微笑む
咲を目の当たりにして、
久は複雑な気持ちになる。
ふと視線をずらせば、
処理待ちの死体が山のように
積み上げられている。
何日も放置されたそれらには蠅がたかり、
無視できない程の死臭を撒き散らしている。
家の氷室に帰れば、保存食として氷室に入れられた
かつての仲間達がずらりと雁首を揃えている。
あまりにも多くの犠牲の末に
成り立つ狂った生活。
それを『幸せ』と断じるには、
久はあまりにも弱過ぎた。
暗い面持ちで俯く久を見ると、
咲はぷくーっと頬を膨らませながら、
久の両頬を手で包み込んだ。
咲「…部長。そこは、
『私もそう思うわ』って
返すところだと思うんですけど」
久「…咲は強いわね。私は駄目だわ。
どうしても、皆の笑顔がちらついちゃうの」
久「私は何の罪もない皆の未来を、
最悪の形で奪い取った。
そんな罪人の私が、
のうのうと幸せを
ひょうひゅひゅるなんふぇ…」
鬱々と沈みこんでいく久の両頬を、
咲がぐにぐにと上下させる。
咲「そんな言葉は聞きたくないです」
久「…でも」
いつまでも煮え切らない久を見て、
咲は大きくため息をつく。
そして、諭すように滔々と語り始めた。
咲「…部長。私は今回の件で
一つわかった事があるんです」
久「…何?」
咲「多分、この世に神様なんていないんですよ。
そして多分霊とかも居ません。
だってあれだけ酷い事した私が
生き残ってるくらいですから」
咲「だから今、私以外に部長を見てる人なんて
誰もいないんですよ」
咲「だとすれば、今部長がしてる懺悔は全部無駄です。
だって相手がいないんですから」
咲「そんな事に心を割くのなら、
その分私を愛してください」
咲「気が狂ってしまいそうだと言うのなら、
いっそ私に狂ってください」
咲「私みたいになってしまえば、
きっと楽になりますよ?」
そう言って咲は微笑むと、
久の唇に口づけた。
久「んっ…さき…?」
咲「……いいから」
久は唐突な口づけに戸惑うも、
咲は構わずついばみ続ける。
咲「んっ…。んっ…。ね…?
もっと……私に…狂って……?」
咲の舌が久の唇を優しくなぞる。
最初は戸惑い閉じていた久の唇も、
咲の柔らかな舌先のノックを受けて、
ゆるやかにほころびを増していく。
唇が開いたのを見計らって、
咲はゆっくりと久の咥内に入り込み、
久の舌を絡め取った。
久「んぁっ……」
徐々に久の頬が朱に染まり、
とろんと夢を見るかのように
瞳が潤んでいく。
巻きついてきた咲の舌も
抗う事なく受け入れ、
自ら咲の唇を吸い始めた。
『にゅるんっ…にゅるりっ』
粘膜の絡み合う水音が身体の内側から響き、
脳全体を狂わせていく。それは快楽と相まって、
二人を二匹のケモノに作り変えていく。
やがて二匹は折り重なって地面に倒れ込み、
なおもお互いの口唇を貪り続けた。
どのくらいそうしていただろうか。
久の気が違ってしまいそうな程に
身体が疼き始めた頃になって、
ようやく咲は久から離れる。
火照った息を吐きながら、
咲は盛りきった声で囁いた。
咲「ふふっ…そうです。もういっそ、
ずっとそんな顔しててください……」
咲「だらしなく、私にトロけきった顔を」
蠱惑的な笑みを浮かべながら、
咲は久の服を脱がし始める。
やけどしそうな程に熱を帯びた久の柔肉を、
さも美味そうにはみながら、
咲はふと思いついたように呟いた。
咲「そうだ。こうやって、
ずっと『交尾』を続けてたら…
私もその内人狼になれないかな?」
熱に浮かされ、頭にもやがかかる中。
もしかしたら、本当に
そうなるかもしれないと久は思った。
だって、咲の狂気はもはや到底、
人間のそれとは思えなかったから。
そうなったらいいな、などとぼんやり思いながら、
久は甘えるように鳴き声をあげた。
……
そして今日も二匹の人狼と狂人が、
その肢体を絡ませあう。
二匹以外、全てが息絶えた死の村で。
(完)
--------------------------------------------------------
==================================================
真相:登場人物内訳
==================================================
竹井久 :人狼 (生存)
宮永咲 :狂人 (生存)
東横桃子 :人狼 (死亡:処刑)
(例外的に人狼と狂人が互いに正体を把握している)
池田華菜 :占い師(死亡:処刑)
片岡優希 :霊能者(死亡:襲撃)
染谷まこ :狩人 (死亡:襲撃)
原村和 :村人 (死亡:襲撃)
須賀京太郎:村人 (死亡:処刑)
福路美穂子:村人 (死亡:襲撃)
加治木ゆみ:村人 (死亡:襲撃)
龍門渕透華:村人 (死亡:処刑)
天江衣 :村人 (死亡:処刑)
宮永界 :村人 (死亡:襲撃)(初日襲撃対象者)
==================================================
真相:竹井久の精神状態
==================================================
<プロローグ〜初日>
人狼と同化。人狼の人格を消し去り久が本人格に。
精神が安定しない状態で
最愛の人の一人である宮永界の死を迎え
精神崩壊寸前まで陥る。
宮永咲の言葉により辛くも廃人化を免れる。
<二日日>
皆の幸せを願い誰を疑う事なく
死んでいった天江衣を目の当たりにして
精神状態が悪化。
衝動的に自殺を図るも宮永咲に止められる。
その後宮永咲の応急処置により
若干改善する。
深夜の襲撃では福路美穂子も狂人であり
愛を告白された事と、喜んで殺害された事から
その日の精神崩壊は免れた。
<三日日>
最愛の人を失い後を追った
龍門渕透華の姿を見て崩壊が進行。
この時も衝動的な自殺未遂を図っているが
宮永咲に止められる。
その後宮永咲が応急処置を行った事、
深夜の襲撃は東横桃子が行った事もあり
この日も精神崩壊は免れた。
<四日日>
守りたかったものの一つである
麻雀部が崩壊し始め精神が不安定に。
ただし須賀京太郎の処刑自体は
前日から予期していた事であり、
かつ処刑も自らの手で執行しなくて済んだため
想定していたよりは影響が少なかった。
しかし、襲撃時に片岡優希の反撃にあい
希死念慮(死ぬべきだという思い)が肥大化。
これにより、片岡優希に殴り殺される結末を願い、
一切の抵抗をせず攻撃を受け入れる。
宮永咲が助けに入ったため物理的な死こそ免れたが
久の心は完全修復が不可能な領域に突入する。
最愛の人である宮永咲が献身的に保護したため
即座に廃人となる事はなかったが、
ゆるやかな思考力の低下、退行を
抑える事はできなかった。
<五日目>
処刑は同じ人狼仲間である東横桃子であり、
かつ自身で処刑台に上って行ったため
崩壊の進行は食い止められる。
ただし思考力は大きく低下しており、
この日彼女は推理らしい
推理をしていない。
襲撃は狩人の染谷まこが
防衛に成功したため失敗。
この結果は竹井久の精神にとって大きな救いとなる。
また、四日目の夜から
宮永咲が竹井久に性的接触を開始。
自身に依存させる事で精神の崩壊を
食い止める『治療』の効果を狙う。
この『治療』も有効に働き、
竹井久の精神は一時的に安定する。
<六日目>
池田華菜を処刑した事により、
一度は食い止めた廃人化が一気に進行する。
心を許している咲以外とは
会話すら不可能な状態に陥る。
幼児退行が進行して
舌ったらずな喋り方となった。
事態を重く見た咲が襲撃を代理で行ったため、
竹井久は現場に辿りつく事はなかった。
宮永咲は前日までと同様
竹井久に『治療』を行った事で
多少回復したが、それでも
健常と言うには程遠かった。
<七日目>
依然として久の精神は
危うい状態のままであり、
咲以外の人間とは
会話が困難なまま最終日を迎える。
この惨劇をもたらした真犯人として、
一人残った和への説明責任を果たすべく
会議の場に出席こそしたが、
もはや和とまともに会話する事はできなかった。
<エピローグ>
最終日から数日が経過。
その間何も考えず十分な休息をとった事と
宮永咲による『治療』のかいがあり
竹井久の精神はある程度回復する。
彼女は精神の死を免れる事ができた。
しかし、その代償として咲への依存は
取り返しのつかない領域に達している。
彼女が求めるなら屍に囲まれながらでも
性に溺れる事ができる程に。
そしてその後も、彼女が健常な精神を
取り戻す事はついになかった。
==================================================
真相:その他の人物の精神状態や人物設定
==================================================
「最愛の人間の死」を経験した人間は
その時点で廃人と化している。
<龍門渕透華>
天江衣の死を経験し絶望。翌日に後を追う。
本来自己主張の激しい彼女が
敵討ちという思考に至らなかったのは、
天江衣が殺し合いを望まなかったため。
そのため彼女は復讐という逃避すら許されず
早々に自殺する。
<池田華菜>
敬愛する福路美穂子の死を経験し、
絶望の上廃人化。
最低限占い師としての役割は果たし続けるが
これは福路美穂子の敵討ちのため。
会話に対する応答は可能なため、
一見正常な思考を残しているように見える。
しかし心中では全てが終わったら
すぐさま後を追う事ばかりを考えており、
本質は龍門渕透華同様壊れている。
絶望により思考力が大幅に低下しており
まともな推理はできていない。
例えば、本来であれば六日の時点で
彼女視点では残った人物の内訳が
完全に把握できる。
(染谷まこが狩人確定、原村和と宮永咲は
人間確定なのだから、
竹井久が人狼以外ありえない)
しかし彼女はもはや占いの力で
人狼を見つける事以外は考える事ができず、
この事実に気づく事ができなかった。
<東横桃子>
実は一番最初に壊れた人狼。
竹井久同様人狼の人格を消し去り
東横桃子が本人格になっている。
しかし最愛の人である加治木ゆみは
人間のため、両方が生き残る道は
加治木ゆみが狂人になる道以外にない。
もっとも、加治木ゆみの性格上
狂人になる可能性は低いと考えており、
そのため登場時点から自棄になっている。
それでも加治木ゆみに
受け入れてほしいという一念で
一縷の望みをかけて狂人に誘う。
彼女が一思いに加治木ゆみを殺さず
性的な行為に走ったのは、
決して自分の欲望を満たすためだけではなく、
どんな手を使ってでも
彼女に振り向いてほしかったため。
もし加治木ゆみが狂人として覚醒した時は
『襲撃失敗』として加治木ゆみを生かし、
須賀京太郎を処刑後パワープレイに
持ち込むつもりだった。
が、実際には加治木ゆみは
最期まで狂人化しなかった。
「二人で死んであの世で一緒になろう」と諭され、
東横桃子は加治木ゆみを殺害する。
次の日、生きる望みを失った東横桃子は
処刑に抵抗する事もなく自ら命を絶った。
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また、共有者とか狐(ハムスター)とかを混ぜずシンプルだったのもよかったと思います。
まぁ咲さん関連の展開は大体予想通りでしたが、モモが加治木さんを狂人化させようと画策していたとは……
チート職だからね、仕方ないね
咲さん人狼を諦めきれなくて謎解きを放棄しました(笑)
あと界さんに拾われた久ちゃんが段々と心開いていって咲ちゃんを妹みたいに可愛がる(幼少編)
家族の暖かさを与えて貰ってこれ以上ないくらいに感謝しているのにある時から咲を意識している自分に気がついて苦悩する久さん(思春期編)はどこですか(笑)
共有者とか狐>
久「共有と狐入れたかったんだけどねー。
さすがに人狼知らない人には
キャパオーバーと思ってやめたわ」
モモ
「機会があれば書いてみたいっすね」
何の違和感もなく読めました>
咲「違和感なかったみたいでよかったです」
久「若干クロスチックだし戦々恐々だったけど
受け入れてもらえたようでうれしいわ」
魔王咲さん>
咲「仕方ないじゃないですか。
周りが部長を壊そうとするんですから」
久「…一番壊れてるのは貴女だけどね」
咲さんが狂人かどうか>
久「ゲームの方では存在しない役職ね。
完全に意思疎通できるわけではない、と」
咲「推理を推奨しなかったのは
これが原因です」
何故ならイヌミミ久さんが頭に浮かんだから>
咲「すごく可愛いですよ?
イラストも描きましたから
そのうち載せるかもです」
久「あー、あの恥ずかしい奴ね…」
食べられて悦んでいるキャプテン>
美穂子
「私だって仲間に加えてくれたらいいのに」
咲「嫌ですよ取り合いになるじゃないですか」
咲さん人狼>
咲「私まで人狼だと単なるイチャイチャ話に
なっちゃいますね」
久「同じ理由で幼少編と思春期編も
全然病まないであまあまになっちゃうわ」