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【咲-Saki-SS:白豊】白望「二人だけの迷い道」【ファンタジー】【あまあま】
<あらすじ>
なし。<その他>のリクエストを
読んでください。
<登場人物>
姉帯豊音,小瀬川白望,臼沢塞,鹿倉胡桃,エイスリン・ウィッシュアート
<症状>
・あまあま
・軽度の依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・休日街へ皆で出掛けたものの
豊音が迷子になってしまって、
それを探しに行った白望が
木陰で泣いてる彼女を
優しくあやすようなハートフルなお話
--------------------------------------------------------
迷子。
小さな子がデパートとかに来た時に、
お母さんを見失って途方に暮れるあれ。
見てる方は微笑ましいけれど、
当事者としてはすっごく追い詰められるあれ。
私は今、まさにそんな迷子の真っ最中だった。
「あうぅ…ここどこー?」
学校の近くに、野外活動で使うような
大きいキャンプ場があるって聞いて。
じゃあ皆で行ってみようって話になって、
喜び勇んでやって来たはいいものの。
持ち前の好奇心に従って
気の向くままにふらふらしていたら、
いつの間にか一人ぼっちになっていた。
「うぅー、みんなどこ行ったのー?」
半べそをかきながら、
森をかき分けて必死に皆の姿を探す。
あっちをガサガサ、こっちをガサガサ。
まあ、見つかるわけがないんだけれど。
「…疲れてきちゃったよー…」
時間の感覚がなくなる程歩き回って。
すっかりくたびれきった私は、
近場の木陰にぺたんと座り込んでしまう。
そうして一度腰を降ろしたら、
疲れが一気に圧し掛かって来て。
なんだか余計に自分の状況が
絶望的なものに思えてきた。
「…誰かぁ……私を見つけてよぉー……」
思わず口を突いて出た声は、ひどくか細く震えていて。
自分の声なのに、聞いたら無性に泣きたくなった。
--------------------------------------------------------
『二人だけの迷い道』
--------------------------------------------------------
私、姉帯豊音は昔から迷子になる事が
ほとんどなかった。
どこに居ても目立つから。
ちょっと見失ったとしても、
大抵は向こうの方が気づいてくれる。
一人で山で遊んでいる時も、
なんとなく帰り道がわかった。
どれだけ山深く入り込んでいても、
思った通り進めば帰る事ができた。
そんな迷子慣れしてない私は、
こんな風に一人ぼっちになって、
誰も助けてくれない状況なんて
出くわした試しがなくて。
ついには、さめざめと泣き始めてしまう。
「怖いよぉ……寂しいよぉー……」
視界に映るのはうっそうと生い茂る樹木。
それらはまるで、私をここから逃がすまいと
立ちはだかっているようにすら思える。
――迷いの森。
何となく脳裏に浮かんだ言葉に、
ぞくりと身を震わせる。
もしかしたら一生このままなんじゃないかって、
ありえない妄想に囚われてしまう。
そう、ありえない。だってここは
学生が野外活動に使う施設で。
その近くにある森が、そんな危ないはずもない。
でも、止められない。
考えを止められない。
絶望的な結末が、頭から離れてくれない。
「っや、やだよー!こんなところで
死にたくないよー!!」
軽い恐慌状態に陥った私。狂ったように叫びながら、
両腕で肩をかき抱く。
少しずつ自分が壊れていくのを感じて、
さらに恐怖に塗り潰されそうになった時…
ようやく救いの手が差し伸べられた。
がさり。
近くの茂みが揺れ、ぬっとある人物が顔を出す。
それは、救助隊としては
一番似つかわしくない人物…
「ダル…」
シロだった。
--------------------------------------------------------
「しろっ…しろぉーっ…怖かったよーっ!!」
見知った顔を前にして緊張の糸が切れた私は、
シロに縋り付いて泣きじゃくった。
「…ダルいから、そんなに泣かないで」
口ではそっけない言葉を吐きつつも、
シロが私を突き放す事はなく。
私が泣き止むまで、シロはずっと
頭を撫でてくれていた。
ようやく落ち着いた私は、
シロにくっついたまま問いかける。
「…本当にありがとう。
もうここで死んじゃうかと思ったよー」
「でも、シロはどうして私が
ここに居るってわかったのー?」
口に出してから思い直す。
別にシロは、私の居場所がわかってたわけじゃ
ないんじゃないかって。
だって、シロの体もすっごく汗ばんでたから。
私を見つけるために、相当歩き回ったに違いない。
そこまでは推理した私だったけど、
シロの回答はさらに
予想の斜め上を行くものだった。
「……私も迷ったから」
「えぇぇー!?」
思わず大声をあげてしまう。
助かったと思ったのに、
実は全然助かってなかった。
遭難者が二人になっただけ。
むしろ、事態はさらに悪化してると
言っても過言じゃないと思う。
それでも。
「…大丈夫。私は迷う事に関しては
プロ級だから…」
なんて、ちっとも安心できない言葉を吐くシロに、
私は思わず吹き出してしまう。
「あはははははっ、それ、
ちっとも安心できないよー?」
でも、台詞の効果は覿面(てきめん)だった。
だって、ひとしきり笑い終わった後に…
私は、自分を取り戻している事に気づいたから。
--------------------------------------------------------
少し元気を取り戻して、私達は二人で歩き出す。
ちなみに、シロは自分で宣言した通り、
それはもう迷いに迷いまくった。
「…疲れた。もういっそここで生きて行こう」
「だ、駄目だよシロー!」
事あるごとに諦めて住もうとするシロを引っ張る私。
危機感がまるでないシロは、
少し歩いただけでへたりこみ、
悠々自適に休憩を始めてしまう。
そんなシロに苦戦しながらも、
私達は少しずつ道を進んでいった。
「あ、この辺見覚えがあるよー!
確か入口の方だったと思う!」
『シロー、トヨネー、聞こえたら返事してー!』
「あ!さえの声だ!やったよー!
ついに私達脱出したんだよ!!」
「…私の手にかかればこんなもの」
「シロ何もしてなかったよねー!?」
完全に日が暮れて、夜の帳が降りた頃。
私達は、ついに迷いの森を抜けだす事に成功する。
そしてずっと探し続けていた他の三人に
こっぴどく怒られた。
「もう!なんで二人して
森の中入って行っちゃうの!?」
「モリ、キケン!」
「めっ!!」
「ぅー、ごめんなさい」
返す言葉もなく、ひたすら三人に謝る私。
ああもう、迷子でくたびれて怒られて、
本当に今日はついてない。
なんて少し泣きたくなったけど、
さえの一言で一気に気分が覆った。
「でも、二人して迷子になってるとはねぇ」
「モシカシテ、アイビキ?」
「ち、違うよー!?純粋に別々に迷子になって
途中で遭遇しただけだよー!?」
でも言われてみたらその通りで。
途中からはシロと二人っきりで
デートしてるようなものだった事に気づく。
そう思ったら。苦しかった迷子の時が…
少しだけ「どこか楽しかった」ものに
変わった気がした。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
それ以来、私は道に迷う事が多くなった。
高校三年生最後の夏休み。
思い出作りに目一杯遊ぼうって話になって、
私達は5人いろんなところに出かけて行った。
その度に、私は必ずと言っていい程迷子になった。
今まで知らなかったけど、
どうやら私は迷子体質だったみたい。
「…あぁー、またみんなとはぐれちゃったよー」
今もほら、こんなちょっとした商店街のイベントですら。
私は皆を見失って、一人ぼっちになっている。
もっとも、もう前ほど慌てる事はない。
だって、待ってたらシロが
必ず助けに来てくれるから。
「…ダル」
ほらね?
私はシロに飛びついた。身長差の都合で
なかば私に包み込まれるような形になりながらも、
シロは私を慰めてくれる。
「……また迷子になってたんだ…」
「って、シロも迷子だったりするんでしょー?」
「…一人じゃなければどうって事はない」
「あはは、そうだねー。
いっそこのまま二人で回っちゃおっかー」
手を繋いで二人で歩き出す。
やっぱりちょっとしたデート気分。
おかげで、最近はむしろ迷子になるのが
少し楽しみになっていた。
「でも不思議だよねー。
くるみも、さえも、エイちゃんも。
みんな探してくれてるはずのに」
「よりによって、迷子になってる
シロにだけ見つかるとかー」
迷子になってからも結構な時間
歩き回っているはずなのに。
シロ以外の皆には、一度として出会っていない。
ちなみに会場はそんなに広くない。
具体的には野球場一個分くらいかな?
逆に皆に見つからない方が
すっごく難しいと思うんだけど。
なんて事をシロに告げたら、
シロはなぜか我が物顔で
どこか誇らしげに語り出す。
「…私達くらいの迷子のプロになれば、
このくらいの大きさでも
迷う事ができるんだよなぁ……」
「あはは。それ全然自慢にならないよー」
その後もたっぷり1時間は使って、
会場中を満喫しつくしたにも関わらず。
私達は残りの三人と出会う事はなかった。
「不思議だねー」
「……もう探すのをやめたのかも…」
ベンチで一休みしながら考える。
いくらなんでも、さすがに
異常じゃないかなと思い始めた。
(もしかして、シロと私を二人っきりにするために、
三人とも帰っちゃったんじゃ…)
(そ、そんなわけないよね!)
ありえない思いつきに、頬に一気に熱がたまっていく。
火照った顔をごまかそうと、
私は何気ない素振りで大空を見上げた。
ふと会場のスピーカーが目に入る。
と、同時にそのスピーカーから
アナウンスが流れ始めた。
『迷子のお知らせです。
宮守女子高校3年生、何にでもワックワクの
197cm女子の姉帯豊音さん』
『保護者の鹿倉胡桃様がお待ちです。
会場入り口の受付までお越しください』
『繰り返します。迷子のお知らせです。
宮守女子高校3年生、何にでもワックワクの
197cm女子の姉帯豊音さん…』
自分とは無関係だと思っていた放送は、
なんと自分を呼び出すためのもので。
アナウンスの内容を反芻して、
私の赤みを帯びた顔はさらに真っ赤になる。
「な、な、な…何それー!!」
「…まあ、胡桃あたりはそろそろ
痺れを切らしてるだろうなと思ってた…」
アナウンスはなおも続き、
抑揚のない声が会場中に響き渡る。
『続いて迷子のお知らせです。
同じく宮守女子高校3年生、
だるっ…が口癖の髪の毛ふわふわ
めんどくさがり系女子の小瀬川白望さん…』
「…ダル」
周囲の視線が突き刺さるのを感じ、
いたたまれない気持ちになってくる。
私達は慌てて立ち上がると、
入口めがけて駆け出した。
「もう、くるみもひどすぎだよー!」
「…でも、1時間も見つからなかったら
そうしたくなる気持ちもわかる…」
「そ、そりゃそうだけどー」
頬を膨らませながら走る私の頭に、
さっきの疑問が再び浮かび上がってくる。
「でも、本当になんで
見つからなかったんだろー?」
三人が私達を放置してるわけじゃないって事はわかった。
ちゃんと、はぐれた私達を探し回っていた事も。
でも、だとしたらどうして。
「どうしていつも、シロにだけ
見つけてもらえるんだろうねー?」
なんてシロを覗き込んで、私はハッと息をのむ。
一瞬。それは本当に一瞬だけど。
シロが、すごい目をした気がした。
「……」
シロが何かを呟くように、少しだけ口を動かす。
その声は小さすぎて聴きとれない。
でも、なんだか少し…気まずくなって。
私は、聞き返す事ができなかった。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『……そりゃあ』
『トヨネを迷子にしてるの……』
『私だからなぁ』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
きっかけはあの日。トヨネが
迷子になった事だった。
一人心細さに涙を流すトヨネを見て。
私を見つけた途端、顔をあげて
涙に濡れた目を輝かせるトヨネを見て。
ああ、綺麗だなって思ってしまった。
まるで幼子のように私に縋り付いて
泣きじゃくるトヨネを見て。
頭を撫でてあげると心底安心したように
頬を摺り寄せるトヨネを見て。
ああ、可愛いなって思ってしまった。
だから、つい魔がさした。事あるごとに、
トヨネを誘い込むようになった。
私の庭…そう、マヨヒガに。
私に誘われた者は、それがどんな場所であろうと、
現実から切り離されて道に迷う。
…欠点は、私も一緒に迷ってしまう事だけど。
「あ!シロ、待ってたよー!」
最初の頃こそ、私に発見されるたびに
絶望から救われたような目をしていたトヨネ。
でも、何度も迷子を繰り返すうちに、
トヨネは動じなくなってきた。
迷う事に慣れてしまったのかしれない。
「…トヨネは、迷子でも怖くないの?」
「最初の内はけっこう怖かったけどー」
「でも、私がどれだけ迷っても。
シロが絶対見つけてくれるでしょ?」
「だから、そんなに怖くないんだー」
私の手を握りながらはにかむトヨネ。
そんなトヨネを見て温かい感情が
こみあげてくると同時に、
耐えがたい自己嫌悪に襲われて、
胸がぎりぎりと酷く痛む。
皆からトヨネを引き離しているのは自分。
皆との楽しい思い出作りの時間を、
私は身勝手な理由で独り占めしている。
本当の事を知っても、トヨネは
私に笑いかけてくれるだろうか。
いや、いくらトヨネでもさすがに怒るだろう。
やめなければいけない。
わかっている。
なのにどうしてもやめられない。
「…ダルい」
そして私はお決まりの口癖を呟きながら、
今日もトヨネを迷いの牢獄に引きずり込む。
--------------------------------------------------------
迷子が習慣化したある日の事。
いつも通り二人で迷い続けていると、
トヨネがこんな事を口にした。
「最近、迷子になるの
楽しみになってきちゃったよー」
トヨネにとって、その言葉に
大した意味はなかったのだろう。
でもそれは、私の心を酷く揺さぶった。
「…迷子になるのが、楽しい?」
「うん。正確には、迷子になった後
シロに見つけてもらえるのがうれしい、かなー」
「…怖くないの?」
「見つけてもらう前はちょっと怖いかもねー」
「…見つかった後は?」
「もう全然怖くないよー。
シロと一緒ならどんとこいだよー」
トヨネは続ける。その言葉が
どれほど致命的な結果を生むのか、
まるで理解しないまま。
「…もしかして、二度と
正しい道に戻れなかったとしても?」
「あはは。さすがにそれは困るけどー」
「シロと二人なら、きっと大丈夫だよー」
コロコロと鈴が鳴るように笑って見せるトヨネ。
トヨネは気づいていなかった。
一連の言葉が、私を大きく狂わせた事を。
「…そっか…」
私は一人、噛みしめる様に呟く。
自分を縛り付けていた鎖から、
一気に解き放たれたような気がした。
トヨネは、迷子になるのを楽しみにしている。
私と二人、迷い続ける事も怖くない。
なら、もう躊躇う(ためらう)必要なんてない。
トヨネと、二人で…
ずっと迷子になろう。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
おかしいと気づくのに時間はかからなかった。
明らかにありえない事が起きていたから。
だって、自分の家への帰り道で迷うだなんて。
「ど、ど、ど…どうなってるのー?」
何が起きているのかわからなかった。
わかるのは、自分が非現実的な何かに
巻き込まれているという事だけ。
歩けば歩くほど、道が険しくなっていく。
いつの間にか舗装された道路は
土のにおいがするあぜ道に変わっていて。
周囲をとり囲んでいた住宅は、
色鮮やかな木々や草花に変わっている。
それでも歩き続けていたら、
私はなぜか人里離れた山林の中に居た。
「…こ、こんなの…
どうすればいいのー…?」
歩き続ける事ができなくなって、
私はがくりと膝を折る。
このままここに留まっていても、
帰れないのはわかってるけど。
でも、歩いたら余計に
どつぼにはまる様な気がして。
八方ふさがりの状況に、私は叫びだしていた。
「シロ…早く…助けに来てよぉー!!」
声は森のざわめきにかき消される。
それがまたどうしようもなく怖くって、
私はひたすら叫び続ける。
「シロッ…シロぉっ!!」
シロはなかなか来てくれない。
心がどんどん追い詰められていく。
目から涙が止まらなくなって、
体の震えが止まらなくなって。
「――わぁーーーーーんっ!!」
ついに私は、小さな子供みたいに
わんわん泣き出してしまった。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『…ダルいから、そんなに泣かないで』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
声に導かれて顔をあげると、
そこにはいつも通りシロが居た。
こんな悪夢みたいな状況でも…
シロはいつも通り助けに来てくれた!
「シロッ!シロッ!!シロぉっ!!!」
私はシロに飛びつくと、あらん限りの力で抱き締める。
バランスを崩してシロが倒れてしまっても、
構わずシロに覆いかぶさる。
「シロッ!!シロッ!!」
恐怖と安堵で、頭の中がぐちゃぐちゃになって。
夢中でシロの名前を呼び続ける。
シロはいつも通りに頭を撫でてくれる。
頭に感じた温もりに、
私の頭の中は幸せで埋め尽くされる。
私はもう、シロの事しか考えられなくなって。
無我夢中になって、シロの頬に顔をすり寄せた。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
指をしっかり絡ませて、シロと私は歩き出す。
目の前に広がるのは迷いの森。
悪夢はまだ続いている。
なのに私の心からは、
もう恐怖は完全に吹き飛んでいて。
すっかり、いつもと同じデート気分になっていた。
「…シロってすごいねー」
「…何が?」
「だって、こんなありえない状況でも、
一緒に迷いに来てくれるんだもん」
「…迷子のプロだから」
「あはは」
ああ、本当に不思議。だって、状況は
何一つ変わってないのに。
ただシロが傍に居ると言うだけで、
私はこんなにも簡単に自分を取り戻せる。
それどころか、しばらくはこのままでもいいかな、
なんて思えたりする。
そんな私の心情を読み取ったんだろう。
シロは私の顔を覗き込みながら問いかけた。
「…怖くないの?」
「さっきまではすっごい怖かったよー」
「でも」
「シロが来てくれたから。
ああ、これも『いつもと同じ』なんだって」
「そう思ったら、もう全然怖くないよー」
いつもと同じ。
その言葉を聞いて、
シロの身体がびくりと震える。
シロはまるで何かの核心を突かれたように、
大きく目を見開くと…
今までに聞いた事がないような、
低い、低い声を出した。
「……気づいてたの?」
「へ?な、なにがー?」
そんなシロの様子は、
なんだかシロっぽくなくて。
ちょっとだけ。
本当にちょっとだけだけど、
なんだか怖いなって思っちゃって。
私は思わずたじろいだ。
「……」
辺りを気まずい沈黙が支配する。
私は何か変な事を言っただろうか。
思い返してみても心当たりはなく、
私はただ戸惑いながらシロを見つめるしかない。
私の視線を受けて、シロはどこか
ばつが悪そうに視線をずらした。
でも、その後何かを決意したように。
シロにしては珍しく
引き締まった顔をして口を開く。
「…トヨネに、話さないといけない事がある」
「…なあにー?」
「…今、起きてるこの現象。全部私のせいなんだ」
「え…?」
「私には、『道に迷う』力がある。
私だけじゃなくて、他人を迷わせる事もできる」
「…最近トヨネが道に迷っていたのも…
私が、力を使ってやったんだ」
「え、え、ええぇーーっ!?」
全然理解できなかった。
能力だとかの話はまだわからない事もない。
私だって多少変な力を持ってるし、
実際にありえない体験をしたのは事実だから。
でも、それが事実だとして…
一体、何のために?
当然の質問を投げかける私に対し、
シロはさらに言いにくそうに顔を背ける。
再び沈黙。
やがて、ようやく聞こえてきた言葉は、
まるで消え入りそうな程に小さいものだった。
「……」
「…トヨネが、可愛かったから」
「……っ!?」
「…トヨネが初めて道に迷った時。
私に見つけられて、
泣きながら抱きついてきた時」
「…トヨネの事、すごく可愛いって思った。
あの時、私はおかしくなっちゃったんだ」
「…だから、つい味を占めて。
意図的に迷子になるように能力を使った」
「…もっと、私を頼って欲しくなった。
依存してほしかった」
「…トヨネの事が好きになって…
つい、独り占めしたくなった」
痛みに耐えるように顔をしかめながら、
ぽつりとシロはそう呟く。
シロは自分のしでかした事を
心底後悔しているようだった。
元々シロは優しいから。
ひょんな事で我を取り戻して、
引き返してしまったんだろう。
「……」
「…ごめん。どうかしてた」
声を絞り出すように謝るシロ。
でも私は、そんなシロを責める気持ちよりも、
シロの告白に心が向いちゃって。
シロの謝罪の言葉もほっぽって、
そっちの方を優先してしまう。
「し、し、シロ…!シロって、
わ、わた、私の事が、好きなの!?」
「……うん」
こくりと頷くシロを前に、
胸の動悸が激しくなっていく。
頬がかっかと熱くなり、
頭から湯気が立ち込める。
「わ…わわー!!わーーーーー!!」
その熱に私は耐えきれず、
大きな声で叫び始めた。
「…と、トヨネ…?」
突然叫びだした私を前に、
シロが珍しく狼狽える。
ああそうだ、告白されたんだから返事しないと!
こういう時ってどうすればいいんだっけ!?
「え、ええと…!
ふ、不束者ですがよろしくお願いします…!」
「…どうしてそうなった」
「え、だって告白されたから
返事しないとだよねー!?」
自分でも何を言ってるのかわからなかった。
ただ、シロは私の返事を聞いて、
ほっと胸を撫で下ろしたように。
「…ありがとう」
なんて、いつもは絶対見せないような
笑顔を見せてくれるもんだから。
私はさらにオーバーヒートして。
くらくらとその場に倒れ込んでしまったんだ。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
あんなに酷い事をした私を、
トヨネはあっさり許してくれた。
というより、そもそもほとんど
気にしてないみたいだった。
「そりゃ、いろいろ怖い思いもしたけどー。
そのおかげで嬉しい思いもしたんだし、
まだまだ全然プラスだよー」
「むしろあの怖さがあったから、
シロの事大好きになったって思うと、
あの怖さだってプラスなんじゃないかなー」
なんて少し頬を染めながら、
上目遣いで微笑むトヨネ。
自分に依存させるために、
あえて恐怖に突き落とす。
そんな、どう聞いても
調教や洗脳としか思えない鬼畜の所業すら、
トヨネはプラスだと言ってのけた。
「終わりよければすべてよしだよー」
「シロの力のおかげで、
二人で周りを気にしないで
デートできるんだから!」
そう。今私達が歩いているこの空間も。
私が作り出したマヨヒガの世界。
あれ程怖い思いをしたはずなのに、
正体がわかるや否や平然と有効利用する辺り、
本当にトヨネはすごいと思う。
「…トヨネは怖いもの知らずだなぁ」
「それちょっと違うよー?
私が笑っていられるのは、
全部シロがそばにいてくれるからだから」
「だから、どれだけ迷わせてもいいけどー」
「その時は、絶対一緒に迷ってね?」
そう言ってトヨネは無邪気に笑った。
ああ、その笑顔がまた私を迷わせる。
「……ダル」
私は照れ隠しにいつもの台詞を吐き出すと。
微笑むトヨネの手を取って、
二人だけの迷い道を歩き始めた。
(完)
なし。<その他>のリクエストを
読んでください。
<登場人物>
姉帯豊音,小瀬川白望,臼沢塞,鹿倉胡桃,エイスリン・ウィッシュアート
<症状>
・あまあま
・軽度の依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・休日街へ皆で出掛けたものの
豊音が迷子になってしまって、
それを探しに行った白望が
木陰で泣いてる彼女を
優しくあやすようなハートフルなお話
--------------------------------------------------------
迷子。
小さな子がデパートとかに来た時に、
お母さんを見失って途方に暮れるあれ。
見てる方は微笑ましいけれど、
当事者としてはすっごく追い詰められるあれ。
私は今、まさにそんな迷子の真っ最中だった。
「あうぅ…ここどこー?」
学校の近くに、野外活動で使うような
大きいキャンプ場があるって聞いて。
じゃあ皆で行ってみようって話になって、
喜び勇んでやって来たはいいものの。
持ち前の好奇心に従って
気の向くままにふらふらしていたら、
いつの間にか一人ぼっちになっていた。
「うぅー、みんなどこ行ったのー?」
半べそをかきながら、
森をかき分けて必死に皆の姿を探す。
あっちをガサガサ、こっちをガサガサ。
まあ、見つかるわけがないんだけれど。
「…疲れてきちゃったよー…」
時間の感覚がなくなる程歩き回って。
すっかりくたびれきった私は、
近場の木陰にぺたんと座り込んでしまう。
そうして一度腰を降ろしたら、
疲れが一気に圧し掛かって来て。
なんだか余計に自分の状況が
絶望的なものに思えてきた。
「…誰かぁ……私を見つけてよぉー……」
思わず口を突いて出た声は、ひどくか細く震えていて。
自分の声なのに、聞いたら無性に泣きたくなった。
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『二人だけの迷い道』
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私、姉帯豊音は昔から迷子になる事が
ほとんどなかった。
どこに居ても目立つから。
ちょっと見失ったとしても、
大抵は向こうの方が気づいてくれる。
一人で山で遊んでいる時も、
なんとなく帰り道がわかった。
どれだけ山深く入り込んでいても、
思った通り進めば帰る事ができた。
そんな迷子慣れしてない私は、
こんな風に一人ぼっちになって、
誰も助けてくれない状況なんて
出くわした試しがなくて。
ついには、さめざめと泣き始めてしまう。
「怖いよぉ……寂しいよぉー……」
視界に映るのはうっそうと生い茂る樹木。
それらはまるで、私をここから逃がすまいと
立ちはだかっているようにすら思える。
――迷いの森。
何となく脳裏に浮かんだ言葉に、
ぞくりと身を震わせる。
もしかしたら一生このままなんじゃないかって、
ありえない妄想に囚われてしまう。
そう、ありえない。だってここは
学生が野外活動に使う施設で。
その近くにある森が、そんな危ないはずもない。
でも、止められない。
考えを止められない。
絶望的な結末が、頭から離れてくれない。
「っや、やだよー!こんなところで
死にたくないよー!!」
軽い恐慌状態に陥った私。狂ったように叫びながら、
両腕で肩をかき抱く。
少しずつ自分が壊れていくのを感じて、
さらに恐怖に塗り潰されそうになった時…
ようやく救いの手が差し伸べられた。
がさり。
近くの茂みが揺れ、ぬっとある人物が顔を出す。
それは、救助隊としては
一番似つかわしくない人物…
「ダル…」
シロだった。
--------------------------------------------------------
「しろっ…しろぉーっ…怖かったよーっ!!」
見知った顔を前にして緊張の糸が切れた私は、
シロに縋り付いて泣きじゃくった。
「…ダルいから、そんなに泣かないで」
口ではそっけない言葉を吐きつつも、
シロが私を突き放す事はなく。
私が泣き止むまで、シロはずっと
頭を撫でてくれていた。
ようやく落ち着いた私は、
シロにくっついたまま問いかける。
「…本当にありがとう。
もうここで死んじゃうかと思ったよー」
「でも、シロはどうして私が
ここに居るってわかったのー?」
口に出してから思い直す。
別にシロは、私の居場所がわかってたわけじゃ
ないんじゃないかって。
だって、シロの体もすっごく汗ばんでたから。
私を見つけるために、相当歩き回ったに違いない。
そこまでは推理した私だったけど、
シロの回答はさらに
予想の斜め上を行くものだった。
「……私も迷ったから」
「えぇぇー!?」
思わず大声をあげてしまう。
助かったと思ったのに、
実は全然助かってなかった。
遭難者が二人になっただけ。
むしろ、事態はさらに悪化してると
言っても過言じゃないと思う。
それでも。
「…大丈夫。私は迷う事に関しては
プロ級だから…」
なんて、ちっとも安心できない言葉を吐くシロに、
私は思わず吹き出してしまう。
「あはははははっ、それ、
ちっとも安心できないよー?」
でも、台詞の効果は覿面(てきめん)だった。
だって、ひとしきり笑い終わった後に…
私は、自分を取り戻している事に気づいたから。
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少し元気を取り戻して、私達は二人で歩き出す。
ちなみに、シロは自分で宣言した通り、
それはもう迷いに迷いまくった。
「…疲れた。もういっそここで生きて行こう」
「だ、駄目だよシロー!」
事あるごとに諦めて住もうとするシロを引っ張る私。
危機感がまるでないシロは、
少し歩いただけでへたりこみ、
悠々自適に休憩を始めてしまう。
そんなシロに苦戦しながらも、
私達は少しずつ道を進んでいった。
「あ、この辺見覚えがあるよー!
確か入口の方だったと思う!」
『シロー、トヨネー、聞こえたら返事してー!』
「あ!さえの声だ!やったよー!
ついに私達脱出したんだよ!!」
「…私の手にかかればこんなもの」
「シロ何もしてなかったよねー!?」
完全に日が暮れて、夜の帳が降りた頃。
私達は、ついに迷いの森を抜けだす事に成功する。
そしてずっと探し続けていた他の三人に
こっぴどく怒られた。
「もう!なんで二人して
森の中入って行っちゃうの!?」
「モリ、キケン!」
「めっ!!」
「ぅー、ごめんなさい」
返す言葉もなく、ひたすら三人に謝る私。
ああもう、迷子でくたびれて怒られて、
本当に今日はついてない。
なんて少し泣きたくなったけど、
さえの一言で一気に気分が覆った。
「でも、二人して迷子になってるとはねぇ」
「モシカシテ、アイビキ?」
「ち、違うよー!?純粋に別々に迷子になって
途中で遭遇しただけだよー!?」
でも言われてみたらその通りで。
途中からはシロと二人っきりで
デートしてるようなものだった事に気づく。
そう思ったら。苦しかった迷子の時が…
少しだけ「どこか楽しかった」ものに
変わった気がした。
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それ以来、私は道に迷う事が多くなった。
高校三年生最後の夏休み。
思い出作りに目一杯遊ぼうって話になって、
私達は5人いろんなところに出かけて行った。
その度に、私は必ずと言っていい程迷子になった。
今まで知らなかったけど、
どうやら私は迷子体質だったみたい。
「…あぁー、またみんなとはぐれちゃったよー」
今もほら、こんなちょっとした商店街のイベントですら。
私は皆を見失って、一人ぼっちになっている。
もっとも、もう前ほど慌てる事はない。
だって、待ってたらシロが
必ず助けに来てくれるから。
「…ダル」
ほらね?
私はシロに飛びついた。身長差の都合で
なかば私に包み込まれるような形になりながらも、
シロは私を慰めてくれる。
「……また迷子になってたんだ…」
「って、シロも迷子だったりするんでしょー?」
「…一人じゃなければどうって事はない」
「あはは、そうだねー。
いっそこのまま二人で回っちゃおっかー」
手を繋いで二人で歩き出す。
やっぱりちょっとしたデート気分。
おかげで、最近はむしろ迷子になるのが
少し楽しみになっていた。
「でも不思議だよねー。
くるみも、さえも、エイちゃんも。
みんな探してくれてるはずのに」
「よりによって、迷子になってる
シロにだけ見つかるとかー」
迷子になってからも結構な時間
歩き回っているはずなのに。
シロ以外の皆には、一度として出会っていない。
ちなみに会場はそんなに広くない。
具体的には野球場一個分くらいかな?
逆に皆に見つからない方が
すっごく難しいと思うんだけど。
なんて事をシロに告げたら、
シロはなぜか我が物顔で
どこか誇らしげに語り出す。
「…私達くらいの迷子のプロになれば、
このくらいの大きさでも
迷う事ができるんだよなぁ……」
「あはは。それ全然自慢にならないよー」
その後もたっぷり1時間は使って、
会場中を満喫しつくしたにも関わらず。
私達は残りの三人と出会う事はなかった。
「不思議だねー」
「……もう探すのをやめたのかも…」
ベンチで一休みしながら考える。
いくらなんでも、さすがに
異常じゃないかなと思い始めた。
(もしかして、シロと私を二人っきりにするために、
三人とも帰っちゃったんじゃ…)
(そ、そんなわけないよね!)
ありえない思いつきに、頬に一気に熱がたまっていく。
火照った顔をごまかそうと、
私は何気ない素振りで大空を見上げた。
ふと会場のスピーカーが目に入る。
と、同時にそのスピーカーから
アナウンスが流れ始めた。
『迷子のお知らせです。
宮守女子高校3年生、何にでもワックワクの
197cm女子の姉帯豊音さん』
『保護者の鹿倉胡桃様がお待ちです。
会場入り口の受付までお越しください』
『繰り返します。迷子のお知らせです。
宮守女子高校3年生、何にでもワックワクの
197cm女子の姉帯豊音さん…』
自分とは無関係だと思っていた放送は、
なんと自分を呼び出すためのもので。
アナウンスの内容を反芻して、
私の赤みを帯びた顔はさらに真っ赤になる。
「な、な、な…何それー!!」
「…まあ、胡桃あたりはそろそろ
痺れを切らしてるだろうなと思ってた…」
アナウンスはなおも続き、
抑揚のない声が会場中に響き渡る。
『続いて迷子のお知らせです。
同じく宮守女子高校3年生、
だるっ…が口癖の髪の毛ふわふわ
めんどくさがり系女子の小瀬川白望さん…』
「…ダル」
周囲の視線が突き刺さるのを感じ、
いたたまれない気持ちになってくる。
私達は慌てて立ち上がると、
入口めがけて駆け出した。
「もう、くるみもひどすぎだよー!」
「…でも、1時間も見つからなかったら
そうしたくなる気持ちもわかる…」
「そ、そりゃそうだけどー」
頬を膨らませながら走る私の頭に、
さっきの疑問が再び浮かび上がってくる。
「でも、本当になんで
見つからなかったんだろー?」
三人が私達を放置してるわけじゃないって事はわかった。
ちゃんと、はぐれた私達を探し回っていた事も。
でも、だとしたらどうして。
「どうしていつも、シロにだけ
見つけてもらえるんだろうねー?」
なんてシロを覗き込んで、私はハッと息をのむ。
一瞬。それは本当に一瞬だけど。
シロが、すごい目をした気がした。
「……」
シロが何かを呟くように、少しだけ口を動かす。
その声は小さすぎて聴きとれない。
でも、なんだか少し…気まずくなって。
私は、聞き返す事ができなかった。
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『……そりゃあ』
『トヨネを迷子にしてるの……』
『私だからなぁ』
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きっかけはあの日。トヨネが
迷子になった事だった。
一人心細さに涙を流すトヨネを見て。
私を見つけた途端、顔をあげて
涙に濡れた目を輝かせるトヨネを見て。
ああ、綺麗だなって思ってしまった。
まるで幼子のように私に縋り付いて
泣きじゃくるトヨネを見て。
頭を撫でてあげると心底安心したように
頬を摺り寄せるトヨネを見て。
ああ、可愛いなって思ってしまった。
だから、つい魔がさした。事あるごとに、
トヨネを誘い込むようになった。
私の庭…そう、マヨヒガに。
私に誘われた者は、それがどんな場所であろうと、
現実から切り離されて道に迷う。
…欠点は、私も一緒に迷ってしまう事だけど。
「あ!シロ、待ってたよー!」
最初の頃こそ、私に発見されるたびに
絶望から救われたような目をしていたトヨネ。
でも、何度も迷子を繰り返すうちに、
トヨネは動じなくなってきた。
迷う事に慣れてしまったのかしれない。
「…トヨネは、迷子でも怖くないの?」
「最初の内はけっこう怖かったけどー」
「でも、私がどれだけ迷っても。
シロが絶対見つけてくれるでしょ?」
「だから、そんなに怖くないんだー」
私の手を握りながらはにかむトヨネ。
そんなトヨネを見て温かい感情が
こみあげてくると同時に、
耐えがたい自己嫌悪に襲われて、
胸がぎりぎりと酷く痛む。
皆からトヨネを引き離しているのは自分。
皆との楽しい思い出作りの時間を、
私は身勝手な理由で独り占めしている。
本当の事を知っても、トヨネは
私に笑いかけてくれるだろうか。
いや、いくらトヨネでもさすがに怒るだろう。
やめなければいけない。
わかっている。
なのにどうしてもやめられない。
「…ダルい」
そして私はお決まりの口癖を呟きながら、
今日もトヨネを迷いの牢獄に引きずり込む。
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迷子が習慣化したある日の事。
いつも通り二人で迷い続けていると、
トヨネがこんな事を口にした。
「最近、迷子になるの
楽しみになってきちゃったよー」
トヨネにとって、その言葉に
大した意味はなかったのだろう。
でもそれは、私の心を酷く揺さぶった。
「…迷子になるのが、楽しい?」
「うん。正確には、迷子になった後
シロに見つけてもらえるのがうれしい、かなー」
「…怖くないの?」
「見つけてもらう前はちょっと怖いかもねー」
「…見つかった後は?」
「もう全然怖くないよー。
シロと一緒ならどんとこいだよー」
トヨネは続ける。その言葉が
どれほど致命的な結果を生むのか、
まるで理解しないまま。
「…もしかして、二度と
正しい道に戻れなかったとしても?」
「あはは。さすがにそれは困るけどー」
「シロと二人なら、きっと大丈夫だよー」
コロコロと鈴が鳴るように笑って見せるトヨネ。
トヨネは気づいていなかった。
一連の言葉が、私を大きく狂わせた事を。
「…そっか…」
私は一人、噛みしめる様に呟く。
自分を縛り付けていた鎖から、
一気に解き放たれたような気がした。
トヨネは、迷子になるのを楽しみにしている。
私と二人、迷い続ける事も怖くない。
なら、もう躊躇う(ためらう)必要なんてない。
トヨネと、二人で…
ずっと迷子になろう。
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おかしいと気づくのに時間はかからなかった。
明らかにありえない事が起きていたから。
だって、自分の家への帰り道で迷うだなんて。
「ど、ど、ど…どうなってるのー?」
何が起きているのかわからなかった。
わかるのは、自分が非現実的な何かに
巻き込まれているという事だけ。
歩けば歩くほど、道が険しくなっていく。
いつの間にか舗装された道路は
土のにおいがするあぜ道に変わっていて。
周囲をとり囲んでいた住宅は、
色鮮やかな木々や草花に変わっている。
それでも歩き続けていたら、
私はなぜか人里離れた山林の中に居た。
「…こ、こんなの…
どうすればいいのー…?」
歩き続ける事ができなくなって、
私はがくりと膝を折る。
このままここに留まっていても、
帰れないのはわかってるけど。
でも、歩いたら余計に
どつぼにはまる様な気がして。
八方ふさがりの状況に、私は叫びだしていた。
「シロ…早く…助けに来てよぉー!!」
声は森のざわめきにかき消される。
それがまたどうしようもなく怖くって、
私はひたすら叫び続ける。
「シロッ…シロぉっ!!」
シロはなかなか来てくれない。
心がどんどん追い詰められていく。
目から涙が止まらなくなって、
体の震えが止まらなくなって。
「――わぁーーーーーんっ!!」
ついに私は、小さな子供みたいに
わんわん泣き出してしまった。
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『…ダルいから、そんなに泣かないで』
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声に導かれて顔をあげると、
そこにはいつも通りシロが居た。
こんな悪夢みたいな状況でも…
シロはいつも通り助けに来てくれた!
「シロッ!シロッ!!シロぉっ!!!」
私はシロに飛びつくと、あらん限りの力で抱き締める。
バランスを崩してシロが倒れてしまっても、
構わずシロに覆いかぶさる。
「シロッ!!シロッ!!」
恐怖と安堵で、頭の中がぐちゃぐちゃになって。
夢中でシロの名前を呼び続ける。
シロはいつも通りに頭を撫でてくれる。
頭に感じた温もりに、
私の頭の中は幸せで埋め尽くされる。
私はもう、シロの事しか考えられなくなって。
無我夢中になって、シロの頬に顔をすり寄せた。
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指をしっかり絡ませて、シロと私は歩き出す。
目の前に広がるのは迷いの森。
悪夢はまだ続いている。
なのに私の心からは、
もう恐怖は完全に吹き飛んでいて。
すっかり、いつもと同じデート気分になっていた。
「…シロってすごいねー」
「…何が?」
「だって、こんなありえない状況でも、
一緒に迷いに来てくれるんだもん」
「…迷子のプロだから」
「あはは」
ああ、本当に不思議。だって、状況は
何一つ変わってないのに。
ただシロが傍に居ると言うだけで、
私はこんなにも簡単に自分を取り戻せる。
それどころか、しばらくはこのままでもいいかな、
なんて思えたりする。
そんな私の心情を読み取ったんだろう。
シロは私の顔を覗き込みながら問いかけた。
「…怖くないの?」
「さっきまではすっごい怖かったよー」
「でも」
「シロが来てくれたから。
ああ、これも『いつもと同じ』なんだって」
「そう思ったら、もう全然怖くないよー」
いつもと同じ。
その言葉を聞いて、
シロの身体がびくりと震える。
シロはまるで何かの核心を突かれたように、
大きく目を見開くと…
今までに聞いた事がないような、
低い、低い声を出した。
「……気づいてたの?」
「へ?な、なにがー?」
そんなシロの様子は、
なんだかシロっぽくなくて。
ちょっとだけ。
本当にちょっとだけだけど、
なんだか怖いなって思っちゃって。
私は思わずたじろいだ。
「……」
辺りを気まずい沈黙が支配する。
私は何か変な事を言っただろうか。
思い返してみても心当たりはなく、
私はただ戸惑いながらシロを見つめるしかない。
私の視線を受けて、シロはどこか
ばつが悪そうに視線をずらした。
でも、その後何かを決意したように。
シロにしては珍しく
引き締まった顔をして口を開く。
「…トヨネに、話さないといけない事がある」
「…なあにー?」
「…今、起きてるこの現象。全部私のせいなんだ」
「え…?」
「私には、『道に迷う』力がある。
私だけじゃなくて、他人を迷わせる事もできる」
「…最近トヨネが道に迷っていたのも…
私が、力を使ってやったんだ」
「え、え、ええぇーーっ!?」
全然理解できなかった。
能力だとかの話はまだわからない事もない。
私だって多少変な力を持ってるし、
実際にありえない体験をしたのは事実だから。
でも、それが事実だとして…
一体、何のために?
当然の質問を投げかける私に対し、
シロはさらに言いにくそうに顔を背ける。
再び沈黙。
やがて、ようやく聞こえてきた言葉は、
まるで消え入りそうな程に小さいものだった。
「……」
「…トヨネが、可愛かったから」
「……っ!?」
「…トヨネが初めて道に迷った時。
私に見つけられて、
泣きながら抱きついてきた時」
「…トヨネの事、すごく可愛いって思った。
あの時、私はおかしくなっちゃったんだ」
「…だから、つい味を占めて。
意図的に迷子になるように能力を使った」
「…もっと、私を頼って欲しくなった。
依存してほしかった」
「…トヨネの事が好きになって…
つい、独り占めしたくなった」
痛みに耐えるように顔をしかめながら、
ぽつりとシロはそう呟く。
シロは自分のしでかした事を
心底後悔しているようだった。
元々シロは優しいから。
ひょんな事で我を取り戻して、
引き返してしまったんだろう。
「……」
「…ごめん。どうかしてた」
声を絞り出すように謝るシロ。
でも私は、そんなシロを責める気持ちよりも、
シロの告白に心が向いちゃって。
シロの謝罪の言葉もほっぽって、
そっちの方を優先してしまう。
「し、し、シロ…!シロって、
わ、わた、私の事が、好きなの!?」
「……うん」
こくりと頷くシロを前に、
胸の動悸が激しくなっていく。
頬がかっかと熱くなり、
頭から湯気が立ち込める。
「わ…わわー!!わーーーーー!!」
その熱に私は耐えきれず、
大きな声で叫び始めた。
「…と、トヨネ…?」
突然叫びだした私を前に、
シロが珍しく狼狽える。
ああそうだ、告白されたんだから返事しないと!
こういう時ってどうすればいいんだっけ!?
「え、ええと…!
ふ、不束者ですがよろしくお願いします…!」
「…どうしてそうなった」
「え、だって告白されたから
返事しないとだよねー!?」
自分でも何を言ってるのかわからなかった。
ただ、シロは私の返事を聞いて、
ほっと胸を撫で下ろしたように。
「…ありがとう」
なんて、いつもは絶対見せないような
笑顔を見せてくれるもんだから。
私はさらにオーバーヒートして。
くらくらとその場に倒れ込んでしまったんだ。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
あんなに酷い事をした私を、
トヨネはあっさり許してくれた。
というより、そもそもほとんど
気にしてないみたいだった。
「そりゃ、いろいろ怖い思いもしたけどー。
そのおかげで嬉しい思いもしたんだし、
まだまだ全然プラスだよー」
「むしろあの怖さがあったから、
シロの事大好きになったって思うと、
あの怖さだってプラスなんじゃないかなー」
なんて少し頬を染めながら、
上目遣いで微笑むトヨネ。
自分に依存させるために、
あえて恐怖に突き落とす。
そんな、どう聞いても
調教や洗脳としか思えない鬼畜の所業すら、
トヨネはプラスだと言ってのけた。
「終わりよければすべてよしだよー」
「シロの力のおかげで、
二人で周りを気にしないで
デートできるんだから!」
そう。今私達が歩いているこの空間も。
私が作り出したマヨヒガの世界。
あれ程怖い思いをしたはずなのに、
正体がわかるや否や平然と有効利用する辺り、
本当にトヨネはすごいと思う。
「…トヨネは怖いもの知らずだなぁ」
「それちょっと違うよー?
私が笑っていられるのは、
全部シロがそばにいてくれるからだから」
「だから、どれだけ迷わせてもいいけどー」
「その時は、絶対一緒に迷ってね?」
そう言ってトヨネは無邪気に笑った。
ああ、その笑顔がまた私を迷わせる。
「……ダル」
私は照れ隠しにいつもの台詞を吐き出すと。
微笑むトヨネの手を取って、
二人だけの迷い道を歩き始めた。
(完)
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こういうお話好きですね。
ワックワク女子だから尚更かな?
この組み合わせ一番好き
精神的に迷わず繋がる>
豊音
「だよねー。心が繋がってれば怖くないよー」
白望
「…普通は怖がると思うけどね」
吊り橋効果?>
白望
「吊り橋効果は確かに狙ってた…
トヨネはすぐに慣れちゃったけど」
豊音
「シロが居てくれると安心するんだよー」
この組み合わせ一番好き>
豊音
「自分で言うのもなんだけど、
いろいろバランスいいよねー」
白望
「…ダル」