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【咲-Saki-SS:久咲】キュート・ゲーム【ヤンデレ】【合作】【挿絵有り】
<あらすじ>
なし。その他をご覧ください。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他清澄
<症状>
・依存
・ヤンデレ
<その他>
・合作SSです。
SS(字書き):TTPさん
挿絵(絵描き):ぷちどろっぷ
(当ブログでのSS掲載許可は頂き済み)
お題はこちらになります。
「久咲、ハッピーエンド、ちょっと共依存気味で
危うさが垣間見える愛情表現」
ちなみにTTPさんは主にWEB小説投稿サイトハーメルンで
活動されている方です(今は休止中)。
京太郎SSのイメージが強い方ですが、
百合や青春ものも書かれているので
興味のある方はぜひ
他の作品も覗いてみてはいかがでしょうか!
http://syosetu.org/?mode=user&uid=96582
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キュート・ゲーム
1.竹井久/耳に残るは
麗らかな秋の昼下がり、竹井久は麻雀部部室に備え付けられたベッドに寝転がっていた。その手に握るのはスマートフォン、彼女は鼻歌交じりで画面をタップする。上機嫌に寝返りを打つ姿は、まるで自分の部屋でくつろいでいるようだった。
けれども、今の久は麻雀部の部長でなければ部員でもない。今夏をもって既に部活から引退した身なのである。しかし彼女は、引退後も足繁く部室に通っていた。名目は後進の育成であり、実際その通りでもあるのだが、結局現役であるときと変わっていないのは誰の目にも明らかだった。
「いつまでもなにやっとるんじゃ」
久に向けて呆れ声を上げたのは、現部長の染谷まこ。パソコンデスクの上に広げたお弁当箱へ箸を伸ばす彼女の表情は渋いものだが、決して先輩である久を疎んじているわけではない。むしろその逆である。
「受験勉強はちゃんとやっちょるんか? 最近ずっとスマホばっかりいじって」
「もちろんよ、メリハリつけてるわ。心配いらないわ」
「そうかのう。またいつものゲーム――そしゃげー? なんじゃろ?」
「ええ」
まこの言葉に頷きながらも、久の視線はスマートフォンに吸い込まれたまま。つまらなさそうにまこは唇を尖らせ、
「何がそんなに面白いんじゃ」
「連盟監修の麻雀ゲーよ。ゲームとしてもよく出来てるし、ほら」
ひょい、と久はスマートフォンを掲げる。そこに映っていたのは、麻雀プロの瑞原はやり、そのグラビア画像であった。何やら額縁のような装飾が施されている。
「なんじゃこれは」
「麻雀プロカードよ。ゲームで手に入るの。良いでしょ」
「データとちゃうんか」
「カードはカードなの」
久の主張にまこは小さな溜息を吐く。それから彼女は別の心配事を口にした。
「そういうんは、課金ちゅうのせなあかんのじゃろう? 財布の中身は大丈夫なんか?」
「やぁねぇ、ガチャを回すのは精々お小遣いの範囲よ」
冗談っぽく笑いながら、久は「でも」と言葉を付け足す。
「確かに課金しすぎて明日の朝ご飯も買えない、なんて話もあるのよね」
「空恐ろしい話じゃ」
「ねー。まあ、それだけ射幸心を煽られるんしょうね。私もレアなカードが出たらなんかか脳から出てる感じするもの」
「まーた不安になることを言いおって」
ごめんごめん、と久は嘯きながら体を起こす。
「私の場合、心配ご無用よ」
そして、いつもの悪戯めいた微笑みを見せた。
「もっと良いものを、知ってるから」
「良いもの?」
「ええ。とっても良いものを、ね」
まこは眉をひそめるが、深く追求しなかった。一方の久もイヤホンで耳を塞ぐと、再びぱたんとベッドに倒れ込む。どうやら残りの昼休憩の間、あるいは午後の授業もまとめて眠りこけて過ごすつもりのようだった。
そう――それはいつもの彼女らしい姿で、しかしまこは、先ほどとは違う漠然とした憂いを覚える。けれども彼女は、最後までそれを口にしなかった。――できずにいた。
◇
放課後、清澄高校麻雀部の活動はゆっくりと始まる。名門校のような形式張ったミーティングなどは存在せず、部室に集まった部員から打ち始めるのが常だ。
ただ、近頃一番乗りする部員は大抵決まっていた。
夏のインターハイで、清澄高校の名を知らしめた宮永咲である。
「今日も早いわね、咲」
「部……久先輩、こんにちは」
もっとも、部員以外を数えるなら久が先に部室に来ていることのほうが多い。彼女の場合は、サボタージュに依るところも大きいのだが。
咲はそわそわと落ち着きがなく、すぐにでも雀卓に着きたいという気持ちが見て取れた。久はくすりと微笑んで、彼女の頭頂部に掌を置く。あ、と咲の口から短い息から漏れた。
「最近の咲はやる気に満ち溢れてるわね」
「そ、そうですか?」
「ええ。半年前とは見違えたわ。これなら来年も安心ね」
来年、と咲は口の中で言葉を転がす。そしてうっすら笑い彼女は言った。
「また、強い人たちと打てるんですね」
「それが咲のモチベかー」
久は未来のある彼女が羨ましかったが、妬ましくはなかった。むしろ今の咲はきらきらと輝き眩く、ずっと手元に置いていたい――そんな魅力を秘めている。咲の頭に乗せていた手をそのまま首筋まで落としたい衝動を、久は唾を飲み込み堪えた。その自制心を気取らせぬように振る舞えるのは、彼女だからこそであった。
しかし一点、久は我慢できなかった。というよりも、この頃彼女が部室を訪れる最大の理由がそこにある。
「ねぇ」
「はい?」
髪をゴムで縛り、久はその場でくるりと回ってみせる。
「今日はどう?」
「良いですねっ」
「おっ、そっかー。良いかー」
咲からの賞賛に、久はからりと笑う。
だが、彼女は内心残念に思っていた。一番聞きたい言葉を、彼女から引き出したい言葉を得られなかった。
今夏のインターハイで、久は同じ質問を彼女に投げかけた。その際咲から返ってきたのは、「かわいいですっ」という賛辞であった。
昔から、「かっこ良い」だとか「綺麗」だとかは、言われ続けてきた。もちろんそれらの言葉も嬉しくないわけではないが、しばらく耳にしていなかった「可愛い」は新鮮で強く久の胸を打った。――当然ながら、咲の口から発せられた点が大きく違うのだけれども。
何度も何度も、久は咲の「かわいい」を脳内でリフレインさせた。けれども直接彼女から聞いたときのような鮮烈な衝撃はなく、また日に日に薄れていく。
そこで彼女は、毎日のように咲に今日の調子を訊ねることとした。
日によって、返ってくる言葉は違う。久自身の問題もあるし、咲も毎日同じように繰り返すのは避けているようであった。
久は、密かにこのやり取りを「一日一度のガチャ」と呼んでいた。皮肉めいた呼称を、彼女は気に入っていた。部室に入って咲と会うのは、さしずめ「ログインボーナス」だろうか。
――スマートフォンで嗜むゲームと同じ、けれどもそれ以上の中毒性。それはじわじわと、そして確実に久の心を蝕んでいた。
「今日も練習だじぇ!」
「こんにちは」
じっくりと咲を眺めている内に、他の後輩たちが部室に入って来た。
束の間の二人きりの時間を惜しみつつ、久は咲から離れる。平穏な部活動が、その日も始まった。
翌日も、久は部室を訪れた。
そして、咲に訊ねる。
「どう?」
その翌日も。
「ねぇ、咲」
さらにその翌日も。
「咲」
そしてその翌日も。
「咲」
週が明けても、変わらず、
「咲、咲」
その翌日は――
「部長」
部室に向かう途中の廊下で、久はまこに呼び止められた。一瞬久は目を瞠り、それからすぐに肩を竦めた。
「なによまこ、もう部長は貴女よ?」
「そうじゃった」
頬を掻くまこに、久は優しげに微笑んでみせる。だが、まこの表情は固い。彼女の眼鏡が光を反射し、視線の先がどこに向いているか久には分からなかった。
廊下には、二人の姿の他はない。
窓の外では、大粒の雨が降り注いでいた。雷鳴こそ響かないが、雨足が弱まる気配も感じられない。帰路がうんざりなものとなる予感を覚えながら、されど久にそのような感傷に浸る暇はなかった。
静かなまこから漂うのは、不穏な空気。
下手に冗談めかしたり、笑い飛ばしたりするのは容易ではなかった。だが、だからこそ久は再び肩を竦めてみせた。
「どうしたのよ、怖い顔して」
「いや――」
一度まこは逡巡する素振りを見せてから、声を継いだ。
「あんた、最近おかしくないか?」
「おかしい? 私が?」
まこの言の意図が分からず、久は首を傾げる。その様子に失望したのか、まこは大きな溜息を吐く。
「咲のことじゃ」
「咲がどうしたの」
「あんた、近頃咲に拘りすぎじゃろう」
ばっさりと、切り捨てるように彼女は言った。
しかし、切られた側はぽかんとするばかり。業を煮やしたのか、まこはさらに付け加える。
「構い過ぎじゃろう、そう言っとるんじゃ」
「目に余る、と?」
「そうじゃ。他のもんは何一つ見えとらん――あんたぁ、そうなっとる」
おそらくは、もっと言いたいことがあるのだろう。ともすれば、久自身の存在によって、既に部の中で問題が顕在化している可能性だってある。
確かにそれは、久とて望むところではない。
「そうね。引退した身がいつまでも部活中に口を出すのはよろしくないわね。まこもやりづらいでしょうし。これからはもっと自重するわ」
「いや、だから――」
「大丈夫大丈夫、咲とは部室の外で会うから」
言い募ろうとするまこを振り切って、久は踵を返す。イヤホンを耳に差し、まるで聞く耳を持たないと主張しているようだった。未練の欠片も残っていない足取りであった。
故に、まこは先輩を追いかけられなかった。
彼女は小さな息を吐き、
「私が心配しとるんは部のことじゃあない」
誰の耳にも届かない独り言を零す。
「あんたのことじゃ」
――雨は、翌日以降も降り続けた。
2.宮永咲/彼女が選ぶは
麻雀部に入部してから、宮永咲の学校の休憩時間というものは一変した。これまで大抵一人で読書をするか、クラスメイトの話に相槌を打つかで終わらせていたところが、和と優希がたびたび咲のクラスに訪れるようになったのだ。
他愛のない談笑に興じる毎日であったが、ある時期から少しだけ様子が変わった。
優希が、ある麻雀ゲームを持ち込んだのである。スマートフォンでプレイできるそれは、元々ネット麻雀を好む和は抵抗なく受け入れた。
そして意外にも、そのゲームに一番のめり込んだのは咲であった。
「咲ちゃんは苦手と思ってたじぇ」
優希の率直な感想に、咲は苦笑いと共に受け答えた。
「こういうゲームの経験も大事だって、インハイで分かったから」
「それにしてもハマりすぎだじぇ」
「そ、そうかな?」
「ゆーきほどじゃありません」
叱咤するのは和である。
「また課金したんでしょう? 新しいカードを自慢ばかりして」
「正に悪魔の誘惑だじぇ」
全く悪びれる様子もなく、優希はからからと笑う。
「中々レアカードが出ないんだじぇ。その分出たとき嬉しくて、いつの間にか課金しちゃうんだじぇ」
「あまり無駄遣いしてはいけません」
「のどちゃんはまるでおかーさんみたいだじぇ」
もう、と憤る和とからかう優希を穏やかな瞳で眺めながら、咲はくすくすと笑う。それから彼女は、自分のスマートフォンを手に取った。手にした当初は満足に使いこなせていなかったが、優希の指摘通り、今はゲームをするのにも苦労していない。
だからこそ、彼女のひととなりを知る者ほど違和感を禁じ得ない。
「でも、確かにゆーきの言うとおりですね」
ゲームに没頭し始めた優希をよそに、和は咲に語りかけた。
「普通のネット麻雀をやっているときよりも楽しそうです」
「優希ちゃんほどじゃないけど、この、がちゃ、っていうのはちょっと楽しいから」
「咲さんまで」
呆れる和に、取り繕うように咲は言った。
「ほ、ほんのちょっとだけだよ。お小遣いも少ないし。それに――」
「それに、なんです?」
一度言葉を切った咲だったが、和に促される形で彼女は続きを口にした。
「こういうのって、運営の人たちが確率を操作してるんだって。一度レアカードが出たらしばらく課金しないとレアカードが出ないようにしたり、下手をしたら初めからレアカードが出ない設定になっていたりとか。とにかく一杯お金を使わせるようにしてるんだって」
「それは……酷いですね」
他に言葉が見当たらず、曖昧に和は頷く。咲も頷き返して、
「だから、私はほんのちょっとだけ」
「……そうですね。それが、良いです」
「うん。――でも、怖いよね。そんなやり方に気付かない内に、いつの間にかお金を使い切っちゃうんだから」
何気ないその一言に、和は同意しようとした。だが、できなかった。
一瞬咲が見せたのは、嗜虐的な笑みであった。見間違えたか、と和が思い直すほど僅かな間であった。しかし彼女は結局、何も言わなかった。あるいは、言えなかったのかも知れない。
◇
ここのところの咲は、すこぶる調子が良かった。麻雀もそうだが、私生活においてでもある。
――竹井久。
敬愛する、前麻雀部部長。彼女とのやり取りこそが、咲にかつてない充足感を与えていた。
「咲」
彼女は、毎日咲の元を訪れる。
そして、訊ねてくるのだ。
「今日は、どう?」
「綺麗ですっ」
この返答次第で、久の表情はころころ変わる。
喜んだり、寂しそうになったり、笑ったり、むくれたり――本当に多くの姿を見せてくれるのだ。彼女がかつて麻雀部に在籍した頃よりも遙かに多く。
毎日毎日、彼女は飽きもせず訊ねてくる。
「どう?」
「今日はどうかしら?」
「ねぇ、咲」
「咲」
「ねぇ、どう?」
「咲」
「咲」
「今日はどう?」
「咲」
「咲」
「咲」
――そして、咲は気付いてしまった。
彼女の全てを、自分がコントロールできる立場に。
言うなれば、自分はソーシャルネットワークゲームの運営側。応える言葉の確率を自由に変えられる。
人を――それも、大切な先輩を――手中に収める昏い喜びが彼女の中を駆け巡ったのは言うまでもない。
現部長の染谷まこに何か言い含められたのか、久は部室にはあまり姿を現さなくなった。
しかし、咲の前には現れ続けた。そのことが、また一層咲の気持ちを昂ぶらせていた。
「――咲」
今日もまた、図書室へ向かう途中、彼女に呼び止められた。
口の端を僅かに釣り上げ、咲はくるりと振り返る。そのときにはもう、満面の笑みが出来上がっていた。
「久先輩」
「また図書室?」
「ええ、借りた本を返しに」
自然な会話のはずが、酷く儀礼的なものに感じられた。
「ねぇ」
竹井久は、その場でくるりと回って見せた。スカートが、僅かに翻る。
「今日はどう?」
さて、と咲は考えた。
もちろんどう回答するかについてである。最近は当たり障りのないものばかり選んでいて、喜ばれていない。もっと刺激的な答えはないものかと思案するが、この頃は種類も尽きてそう簡単に思い浮かばない。
ならば、と咲は一つの答えを選ぶ。
それは、言うなれば最上級のレアカードだ。近頃めっきり口にしていないし、きっと久はとても喜ぶだろう。――ああ、本当に、とても良い笑顔を見せてくれるはずだ。
ゆっくりと、咲は答えた。
「かわいいです、とっても」
――さあ、見せて。
咲は久の顔を覗き込む。
――しかし、そこにあったのは。
「……っ?」
微動だにしない、彼女の表情だった。
おかしい。こんなはずはない。間違っている。様々な感情が咲の中を駆け巡る。だが、それはまともな声になって出てこなかった。
やがて口を開いたのは、当然久の側だった。
「なんだかもう、この遊び飽きちゃったのよね」
「え……」
「咲の声はいっぱいいっぱい、聞いちゃったから」
嘘だ、と咲は言いたかった。確かに毎日のように交わしていたやり取りだが、まだ二ヶ月と経っていない。あまりにも早すぎる――思考だけが空回りするが、咲は指先一つ動かせない。
そんな彼女をよそに、久はスマートフォンをその場に掲げた。
彼女は画面をタップし、音声ファイルを再生する。何事かと咲は眉を潜めるが、すぐにその正体に気付いた。
『可愛いですっ』
彼女自身の、声だった。
『かっこいいですっ』
次から次へと、自分の声が流れていく。
『綺麗です』『疲れてませんか?』『笑顔が素敵ですっ』『大人っぽいです』『い、色っぽいですっ』『可愛いです!』『かっこいいです!』――
呆然と、咲はその場に立ち尽くす。
なおも流れ続ける音声を一旦止め、久は咲へと唐突に訊ねた。
「ねぇ、知ってる? ネットゲームの終わりがどんな感じなのか」
そんなもの、咲は知りようがなかった。
「どんどんログインするプレイヤーが減っていってね、それはもう寂しいんだって。昨日いたあの人も止めて、今日いるあの人も明日には止めて。プレイヤーとプレイヤーが会うこともなくなるんだって。――そうして成り立たなくなったゲームは、サービスが終了してぽんとこの世から消えちゃうんだって」
スマートフォンをしまい込みながら、久は笑って告げた。――とても、優しげな笑みだった。
「このゲームの終わりも、同じね」
「い、嫌です!」
ほとんど悲鳴に近かった。咲は久の胸元に駆け込むと、何度も叫んでいた。
「嫌です、嫌です、嫌です、嫌です、嫌です! そんな終わり方――嫌です!」
彼女の懇願に、久はしばらく黙っていた。それがまた、咲の不安を増大させた。
事の推移に、咲は未だついていけずにいた。先ほどまで、ついさっきまで、このゲームの運営は自分であったはずなのに。自分が全てを支配していたはずなのに。どこで何を間違えたのか、何もかもがひっくり返っていた。
そう、宮永咲は忘却していた。あるいは、知らなかった。
ゲームは、ユーザーがいて初めて成り立つと言うことに。
ほんの数分――咲にとっては永遠の時間にも感じられた――久は沈黙を保っていたが、やがて彼女は、そっと咲を抱き締めていた。あ、と咲の口から短い息が零れる。
「ごめんね、咲。全部嘘。冗談よ」
「え――」
「私たちの終わり方が、そんなゲームの終わりみたいに寂しいもののはずがないでしょう」
そうよ、と久は咲の耳元で囁く。

「ずっとずっと二人でいられる、ハッピーエンドしかありえないでしょう?」


その実に甘美な響きに、少女が抗える道理はなかった。
◇ ◇ ◇
宮永咲、十九歳。この春から、大学生。
インターハイでの度重なる活躍により、プロからの誘いはいくつもあった。しかし、彼女は全て断った。
理由は一つ。
同居人となった、彼女の存在。
「朝ですよ。遅刻しますよー」
「うー、後五分……」
「ダメです! 早く起きて下さい、久さん!」
かつての先輩、そして今も先輩。
ルームシェアをしている、竹井久である。彼女と同じ大学に通う、そのためだけに咲は進学を選んだ。
咲の作った朝食を二人で食べ、登校の準備を二人でして、そして二人で扉を押し開く。
直前、久はくるりとその場で一回りした。
それから彼女は、咲へと訊ねてみせる。
「ねぇ、今日はどう?」
そして、咲は答えるのだ。
「あっ、かわいいです、とっても」
二人のゲームは続いていく。
ハッピーエンドを迎えた、その後も。
キュート・ゲーム おわり
なし。その他をご覧ください。
<登場人物>
宮永咲,竹井久,その他清澄
<症状>
・依存
・ヤンデレ
<その他>
・合作SSです。
SS(字書き):TTPさん
挿絵(絵描き):ぷちどろっぷ
(当ブログでのSS掲載許可は頂き済み)
お題はこちらになります。
「久咲、ハッピーエンド、ちょっと共依存気味で
危うさが垣間見える愛情表現」
ちなみにTTPさんは主にWEB小説投稿サイトハーメルンで
活動されている方です(今は休止中)。
京太郎SSのイメージが強い方ですが、
百合や青春ものも書かれているので
興味のある方はぜひ
他の作品も覗いてみてはいかがでしょうか!
http://syosetu.org/?mode=user&uid=96582
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キュート・ゲーム
1.竹井久/耳に残るは
麗らかな秋の昼下がり、竹井久は麻雀部部室に備え付けられたベッドに寝転がっていた。その手に握るのはスマートフォン、彼女は鼻歌交じりで画面をタップする。上機嫌に寝返りを打つ姿は、まるで自分の部屋でくつろいでいるようだった。
けれども、今の久は麻雀部の部長でなければ部員でもない。今夏をもって既に部活から引退した身なのである。しかし彼女は、引退後も足繁く部室に通っていた。名目は後進の育成であり、実際その通りでもあるのだが、結局現役であるときと変わっていないのは誰の目にも明らかだった。
「いつまでもなにやっとるんじゃ」
久に向けて呆れ声を上げたのは、現部長の染谷まこ。パソコンデスクの上に広げたお弁当箱へ箸を伸ばす彼女の表情は渋いものだが、決して先輩である久を疎んじているわけではない。むしろその逆である。
「受験勉強はちゃんとやっちょるんか? 最近ずっとスマホばっかりいじって」
「もちろんよ、メリハリつけてるわ。心配いらないわ」
「そうかのう。またいつものゲーム――そしゃげー? なんじゃろ?」
「ええ」
まこの言葉に頷きながらも、久の視線はスマートフォンに吸い込まれたまま。つまらなさそうにまこは唇を尖らせ、
「何がそんなに面白いんじゃ」
「連盟監修の麻雀ゲーよ。ゲームとしてもよく出来てるし、ほら」
ひょい、と久はスマートフォンを掲げる。そこに映っていたのは、麻雀プロの瑞原はやり、そのグラビア画像であった。何やら額縁のような装飾が施されている。
「なんじゃこれは」
「麻雀プロカードよ。ゲームで手に入るの。良いでしょ」
「データとちゃうんか」
「カードはカードなの」
久の主張にまこは小さな溜息を吐く。それから彼女は別の心配事を口にした。
「そういうんは、課金ちゅうのせなあかんのじゃろう? 財布の中身は大丈夫なんか?」
「やぁねぇ、ガチャを回すのは精々お小遣いの範囲よ」
冗談っぽく笑いながら、久は「でも」と言葉を付け足す。
「確かに課金しすぎて明日の朝ご飯も買えない、なんて話もあるのよね」
「空恐ろしい話じゃ」
「ねー。まあ、それだけ射幸心を煽られるんしょうね。私もレアなカードが出たらなんかか脳から出てる感じするもの」
「まーた不安になることを言いおって」
ごめんごめん、と久は嘯きながら体を起こす。
「私の場合、心配ご無用よ」
そして、いつもの悪戯めいた微笑みを見せた。
「もっと良いものを、知ってるから」
「良いもの?」
「ええ。とっても良いものを、ね」
まこは眉をひそめるが、深く追求しなかった。一方の久もイヤホンで耳を塞ぐと、再びぱたんとベッドに倒れ込む。どうやら残りの昼休憩の間、あるいは午後の授業もまとめて眠りこけて過ごすつもりのようだった。
そう――それはいつもの彼女らしい姿で、しかしまこは、先ほどとは違う漠然とした憂いを覚える。けれども彼女は、最後までそれを口にしなかった。――できずにいた。
◇
放課後、清澄高校麻雀部の活動はゆっくりと始まる。名門校のような形式張ったミーティングなどは存在せず、部室に集まった部員から打ち始めるのが常だ。
ただ、近頃一番乗りする部員は大抵決まっていた。
夏のインターハイで、清澄高校の名を知らしめた宮永咲である。
「今日も早いわね、咲」
「部……久先輩、こんにちは」
もっとも、部員以外を数えるなら久が先に部室に来ていることのほうが多い。彼女の場合は、サボタージュに依るところも大きいのだが。
咲はそわそわと落ち着きがなく、すぐにでも雀卓に着きたいという気持ちが見て取れた。久はくすりと微笑んで、彼女の頭頂部に掌を置く。あ、と咲の口から短い息から漏れた。
「最近の咲はやる気に満ち溢れてるわね」
「そ、そうですか?」
「ええ。半年前とは見違えたわ。これなら来年も安心ね」
来年、と咲は口の中で言葉を転がす。そしてうっすら笑い彼女は言った。
「また、強い人たちと打てるんですね」
「それが咲のモチベかー」
久は未来のある彼女が羨ましかったが、妬ましくはなかった。むしろ今の咲はきらきらと輝き眩く、ずっと手元に置いていたい――そんな魅力を秘めている。咲の頭に乗せていた手をそのまま首筋まで落としたい衝動を、久は唾を飲み込み堪えた。その自制心を気取らせぬように振る舞えるのは、彼女だからこそであった。
しかし一点、久は我慢できなかった。というよりも、この頃彼女が部室を訪れる最大の理由がそこにある。
「ねぇ」
「はい?」
髪をゴムで縛り、久はその場でくるりと回ってみせる。
「今日はどう?」
「良いですねっ」
「おっ、そっかー。良いかー」
咲からの賞賛に、久はからりと笑う。
だが、彼女は内心残念に思っていた。一番聞きたい言葉を、彼女から引き出したい言葉を得られなかった。
今夏のインターハイで、久は同じ質問を彼女に投げかけた。その際咲から返ってきたのは、「かわいいですっ」という賛辞であった。
昔から、「かっこ良い」だとか「綺麗」だとかは、言われ続けてきた。もちろんそれらの言葉も嬉しくないわけではないが、しばらく耳にしていなかった「可愛い」は新鮮で強く久の胸を打った。――当然ながら、咲の口から発せられた点が大きく違うのだけれども。
何度も何度も、久は咲の「かわいい」を脳内でリフレインさせた。けれども直接彼女から聞いたときのような鮮烈な衝撃はなく、また日に日に薄れていく。
そこで彼女は、毎日のように咲に今日の調子を訊ねることとした。
日によって、返ってくる言葉は違う。久自身の問題もあるし、咲も毎日同じように繰り返すのは避けているようであった。
久は、密かにこのやり取りを「一日一度のガチャ」と呼んでいた。皮肉めいた呼称を、彼女は気に入っていた。部室に入って咲と会うのは、さしずめ「ログインボーナス」だろうか。
――スマートフォンで嗜むゲームと同じ、けれどもそれ以上の中毒性。それはじわじわと、そして確実に久の心を蝕んでいた。
「今日も練習だじぇ!」
「こんにちは」
じっくりと咲を眺めている内に、他の後輩たちが部室に入って来た。
束の間の二人きりの時間を惜しみつつ、久は咲から離れる。平穏な部活動が、その日も始まった。
翌日も、久は部室を訪れた。
そして、咲に訊ねる。
「どう?」
その翌日も。
「ねぇ、咲」
さらにその翌日も。
「咲」
そしてその翌日も。
「咲」
週が明けても、変わらず、
「咲、咲」
その翌日は――
「部長」
部室に向かう途中の廊下で、久はまこに呼び止められた。一瞬久は目を瞠り、それからすぐに肩を竦めた。
「なによまこ、もう部長は貴女よ?」
「そうじゃった」
頬を掻くまこに、久は優しげに微笑んでみせる。だが、まこの表情は固い。彼女の眼鏡が光を反射し、視線の先がどこに向いているか久には分からなかった。
廊下には、二人の姿の他はない。
窓の外では、大粒の雨が降り注いでいた。雷鳴こそ響かないが、雨足が弱まる気配も感じられない。帰路がうんざりなものとなる予感を覚えながら、されど久にそのような感傷に浸る暇はなかった。
静かなまこから漂うのは、不穏な空気。
下手に冗談めかしたり、笑い飛ばしたりするのは容易ではなかった。だが、だからこそ久は再び肩を竦めてみせた。
「どうしたのよ、怖い顔して」
「いや――」
一度まこは逡巡する素振りを見せてから、声を継いだ。
「あんた、最近おかしくないか?」
「おかしい? 私が?」
まこの言の意図が分からず、久は首を傾げる。その様子に失望したのか、まこは大きな溜息を吐く。
「咲のことじゃ」
「咲がどうしたの」
「あんた、近頃咲に拘りすぎじゃろう」
ばっさりと、切り捨てるように彼女は言った。
しかし、切られた側はぽかんとするばかり。業を煮やしたのか、まこはさらに付け加える。
「構い過ぎじゃろう、そう言っとるんじゃ」
「目に余る、と?」
「そうじゃ。他のもんは何一つ見えとらん――あんたぁ、そうなっとる」
おそらくは、もっと言いたいことがあるのだろう。ともすれば、久自身の存在によって、既に部の中で問題が顕在化している可能性だってある。
確かにそれは、久とて望むところではない。
「そうね。引退した身がいつまでも部活中に口を出すのはよろしくないわね。まこもやりづらいでしょうし。これからはもっと自重するわ」
「いや、だから――」
「大丈夫大丈夫、咲とは部室の外で会うから」
言い募ろうとするまこを振り切って、久は踵を返す。イヤホンを耳に差し、まるで聞く耳を持たないと主張しているようだった。未練の欠片も残っていない足取りであった。
故に、まこは先輩を追いかけられなかった。
彼女は小さな息を吐き、
「私が心配しとるんは部のことじゃあない」
誰の耳にも届かない独り言を零す。
「あんたのことじゃ」
――雨は、翌日以降も降り続けた。
2.宮永咲/彼女が選ぶは
麻雀部に入部してから、宮永咲の学校の休憩時間というものは一変した。これまで大抵一人で読書をするか、クラスメイトの話に相槌を打つかで終わらせていたところが、和と優希がたびたび咲のクラスに訪れるようになったのだ。
他愛のない談笑に興じる毎日であったが、ある時期から少しだけ様子が変わった。
優希が、ある麻雀ゲームを持ち込んだのである。スマートフォンでプレイできるそれは、元々ネット麻雀を好む和は抵抗なく受け入れた。
そして意外にも、そのゲームに一番のめり込んだのは咲であった。
「咲ちゃんは苦手と思ってたじぇ」
優希の率直な感想に、咲は苦笑いと共に受け答えた。
「こういうゲームの経験も大事だって、インハイで分かったから」
「それにしてもハマりすぎだじぇ」
「そ、そうかな?」
「ゆーきほどじゃありません」
叱咤するのは和である。
「また課金したんでしょう? 新しいカードを自慢ばかりして」
「正に悪魔の誘惑だじぇ」
全く悪びれる様子もなく、優希はからからと笑う。
「中々レアカードが出ないんだじぇ。その分出たとき嬉しくて、いつの間にか課金しちゃうんだじぇ」
「あまり無駄遣いしてはいけません」
「のどちゃんはまるでおかーさんみたいだじぇ」
もう、と憤る和とからかう優希を穏やかな瞳で眺めながら、咲はくすくすと笑う。それから彼女は、自分のスマートフォンを手に取った。手にした当初は満足に使いこなせていなかったが、優希の指摘通り、今はゲームをするのにも苦労していない。
だからこそ、彼女のひととなりを知る者ほど違和感を禁じ得ない。
「でも、確かにゆーきの言うとおりですね」
ゲームに没頭し始めた優希をよそに、和は咲に語りかけた。
「普通のネット麻雀をやっているときよりも楽しそうです」
「優希ちゃんほどじゃないけど、この、がちゃ、っていうのはちょっと楽しいから」
「咲さんまで」
呆れる和に、取り繕うように咲は言った。
「ほ、ほんのちょっとだけだよ。お小遣いも少ないし。それに――」
「それに、なんです?」
一度言葉を切った咲だったが、和に促される形で彼女は続きを口にした。
「こういうのって、運営の人たちが確率を操作してるんだって。一度レアカードが出たらしばらく課金しないとレアカードが出ないようにしたり、下手をしたら初めからレアカードが出ない設定になっていたりとか。とにかく一杯お金を使わせるようにしてるんだって」
「それは……酷いですね」
他に言葉が見当たらず、曖昧に和は頷く。咲も頷き返して、
「だから、私はほんのちょっとだけ」
「……そうですね。それが、良いです」
「うん。――でも、怖いよね。そんなやり方に気付かない内に、いつの間にかお金を使い切っちゃうんだから」
何気ないその一言に、和は同意しようとした。だが、できなかった。
一瞬咲が見せたのは、嗜虐的な笑みであった。見間違えたか、と和が思い直すほど僅かな間であった。しかし彼女は結局、何も言わなかった。あるいは、言えなかったのかも知れない。
◇
ここのところの咲は、すこぶる調子が良かった。麻雀もそうだが、私生活においてでもある。
――竹井久。
敬愛する、前麻雀部部長。彼女とのやり取りこそが、咲にかつてない充足感を与えていた。
「咲」
彼女は、毎日咲の元を訪れる。
そして、訊ねてくるのだ。
「今日は、どう?」
「綺麗ですっ」
この返答次第で、久の表情はころころ変わる。
喜んだり、寂しそうになったり、笑ったり、むくれたり――本当に多くの姿を見せてくれるのだ。彼女がかつて麻雀部に在籍した頃よりも遙かに多く。
毎日毎日、彼女は飽きもせず訊ねてくる。
「どう?」
「今日はどうかしら?」
「ねぇ、咲」
「咲」
「ねぇ、どう?」
「咲」
「咲」
「今日はどう?」
「咲」
「咲」
「咲」
――そして、咲は気付いてしまった。
彼女の全てを、自分がコントロールできる立場に。
言うなれば、自分はソーシャルネットワークゲームの運営側。応える言葉の確率を自由に変えられる。
人を――それも、大切な先輩を――手中に収める昏い喜びが彼女の中を駆け巡ったのは言うまでもない。
現部長の染谷まこに何か言い含められたのか、久は部室にはあまり姿を現さなくなった。
しかし、咲の前には現れ続けた。そのことが、また一層咲の気持ちを昂ぶらせていた。
「――咲」
今日もまた、図書室へ向かう途中、彼女に呼び止められた。
口の端を僅かに釣り上げ、咲はくるりと振り返る。そのときにはもう、満面の笑みが出来上がっていた。
「久先輩」
「また図書室?」
「ええ、借りた本を返しに」
自然な会話のはずが、酷く儀礼的なものに感じられた。
「ねぇ」
竹井久は、その場でくるりと回って見せた。スカートが、僅かに翻る。
「今日はどう?」
さて、と咲は考えた。
もちろんどう回答するかについてである。最近は当たり障りのないものばかり選んでいて、喜ばれていない。もっと刺激的な答えはないものかと思案するが、この頃は種類も尽きてそう簡単に思い浮かばない。
ならば、と咲は一つの答えを選ぶ。
それは、言うなれば最上級のレアカードだ。近頃めっきり口にしていないし、きっと久はとても喜ぶだろう。――ああ、本当に、とても良い笑顔を見せてくれるはずだ。
ゆっくりと、咲は答えた。
「かわいいです、とっても」
――さあ、見せて。
咲は久の顔を覗き込む。
――しかし、そこにあったのは。
「……っ?」
微動だにしない、彼女の表情だった。
おかしい。こんなはずはない。間違っている。様々な感情が咲の中を駆け巡る。だが、それはまともな声になって出てこなかった。
やがて口を開いたのは、当然久の側だった。
「なんだかもう、この遊び飽きちゃったのよね」
「え……」
「咲の声はいっぱいいっぱい、聞いちゃったから」
嘘だ、と咲は言いたかった。確かに毎日のように交わしていたやり取りだが、まだ二ヶ月と経っていない。あまりにも早すぎる――思考だけが空回りするが、咲は指先一つ動かせない。
そんな彼女をよそに、久はスマートフォンをその場に掲げた。
彼女は画面をタップし、音声ファイルを再生する。何事かと咲は眉を潜めるが、すぐにその正体に気付いた。
『可愛いですっ』
彼女自身の、声だった。
『かっこいいですっ』
次から次へと、自分の声が流れていく。
『綺麗です』『疲れてませんか?』『笑顔が素敵ですっ』『大人っぽいです』『い、色っぽいですっ』『可愛いです!』『かっこいいです!』――
呆然と、咲はその場に立ち尽くす。
なおも流れ続ける音声を一旦止め、久は咲へと唐突に訊ねた。
「ねぇ、知ってる? ネットゲームの終わりがどんな感じなのか」
そんなもの、咲は知りようがなかった。
「どんどんログインするプレイヤーが減っていってね、それはもう寂しいんだって。昨日いたあの人も止めて、今日いるあの人も明日には止めて。プレイヤーとプレイヤーが会うこともなくなるんだって。――そうして成り立たなくなったゲームは、サービスが終了してぽんとこの世から消えちゃうんだって」
スマートフォンをしまい込みながら、久は笑って告げた。――とても、優しげな笑みだった。
「このゲームの終わりも、同じね」
「い、嫌です!」
ほとんど悲鳴に近かった。咲は久の胸元に駆け込むと、何度も叫んでいた。
「嫌です、嫌です、嫌です、嫌です、嫌です! そんな終わり方――嫌です!」
彼女の懇願に、久はしばらく黙っていた。それがまた、咲の不安を増大させた。
事の推移に、咲は未だついていけずにいた。先ほどまで、ついさっきまで、このゲームの運営は自分であったはずなのに。自分が全てを支配していたはずなのに。どこで何を間違えたのか、何もかもがひっくり返っていた。
そう、宮永咲は忘却していた。あるいは、知らなかった。
ゲームは、ユーザーがいて初めて成り立つと言うことに。
ほんの数分――咲にとっては永遠の時間にも感じられた――久は沈黙を保っていたが、やがて彼女は、そっと咲を抱き締めていた。あ、と咲の口から短い息が零れる。
「ごめんね、咲。全部嘘。冗談よ」
「え――」
「私たちの終わり方が、そんなゲームの終わりみたいに寂しいもののはずがないでしょう」
そうよ、と久は咲の耳元で囁く。

「ずっとずっと二人でいられる、ハッピーエンドしかありえないでしょう?」


その実に甘美な響きに、少女が抗える道理はなかった。
◇ ◇ ◇
宮永咲、十九歳。この春から、大学生。
インターハイでの度重なる活躍により、プロからの誘いはいくつもあった。しかし、彼女は全て断った。
理由は一つ。
同居人となった、彼女の存在。
「朝ですよ。遅刻しますよー」
「うー、後五分……」
「ダメです! 早く起きて下さい、久さん!」
かつての先輩、そして今も先輩。
ルームシェアをしている、竹井久である。彼女と同じ大学に通う、そのためだけに咲は進学を選んだ。
咲の作った朝食を二人で食べ、登校の準備を二人でして、そして二人で扉を押し開く。
直前、久はくるりとその場で一回りした。
それから彼女は、咲へと訊ねてみせる。
「ねぇ、今日はどう?」
そして、咲は答えるのだ。
「あっ、かわいいです、とっても」
二人のゲームは続いていく。
ハッピーエンドを迎えた、その後も。
キュート・ゲーム おわり
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ていうかイラスト可愛いっ!!
ソーシャルゲームのたとえ>
咲「確かに恋愛も似たようなもの
なのかもしれませんね」
久「ネタを出し尽くしたら飽きられる、みたいな」
咲「でも私は、終わってしまった後の
緩慢な死も好きですよ?」