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【咲-Saki-SS:久咲】 咲「今度は私も、選べる気がする」【狂気】

<あらすじ>
照「この作品の解説編になる」
菫「期間が開いたからおさらいしてから読んでもらえると助かる」

<登場人物>
竹井久,宮永咲,宮永照,弘世菫

<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・トラウマ
・異常行動

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・咲さん自身が諸刃の剣みたいな、
 そんな咲に触れたくなる久をお願いします

※宮永家の真実および上埜家の真実が
 原作で詳しく明かされていない状態で書いています。
 心理描写など含め原作とは多分に異なると
 感じる点があるかもしれませんがご容赦を。



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今でも毎晩夢に見る
あの日私が犯した罪を


炎に包まれた部屋
肉が焼け焦げる匂い
死と隣り合わせの空間で
私は決断を迫られる


傍らには一人で歩けない女の子
私一人では到底運べない女の子
頼みの車椅子はタイヤが溶けて動かない


選べる道はただ二つ
それでもこの子を抱えて逃げ出すか
それとも……



この子を見捨てて逃げ出すか



夢は現実と同じ結末を迎えて幕を閉じる
生き延びた事に対する安堵
生き延びてしまった悔恨が
ないまぜになって頬を伝う


脳裏にこびり続ける光景は
振り向きざまに見たあの子の笑顔


寂しそうに笑う表情が
私をとらえて離さない



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『あの日、選べなかった道 −解説編−』







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泣きじゃくる淡を寝かしつけた後。
一人になった私の足は、
自然に屋上へと向かっていた。

階段室の扉を開くと、一面に夕焼けが広がっている。
逢魔時という奴だろうか。
夜と昼が混ざり合う複雑な景色は、
今の私の心境を反映したかのようだった。

夕陽に目を細めながら、
私はあの子に想いを馳せる。
そう、私を追いかけてきた咲の事を。


昔から、不器用に器用な女の子だった。
家族で囲んだ家族麻雀。
負けるとお小遣いを巻き上げられ、
勝つと怒られる事を知った咲は、
なんと毎対局プラマイゼロにする事を選んだ。
その選択を選んだ事も、
それを選ぶ事ができた事も驚きだった。

『だって、これしかないじゃない』

そう頬を膨らませる妹に、
私は閉口するしかなかった。

そんなに嫌なら、麻雀自体やめればいい。
怒られたら怒り返せばいい。
普通に考えられる選択肢、それを咲は選ばない。
私にはその理由がわからなかった。


そして咲は今回も、不器用な道を選んでしまった。
私に認められるためだけに、
全国大会出場してまで私の前に立ちはだかった。
他にやりようはいくらでもありそうなものなのに。


淡を迎えに行った時、咲は言葉を待っていた。
固唾を飲んで、その手をぎゅっと握り締めながら。

『よくやったね』
『頑張ったね』
『許してあげる』

きっと、その手の言葉を期待していたのだろう。

でも、あの場で私に何が言えただろうか。
自分のチームを敗北に叩き落とした敵を前に。
肩を落とし嗚咽するチームメイトを傍らに抱いて、
あの子に何が言えただろう。

結論、私に紡げる言の葉はなく。
ただ唇を結んで咲のもとを離れる。


そう、それはあの時と同じように。
それが正しいとは思えなかったけれd


「気持ちはわかるが取材をボイコットするな。
 フォローさせられる私の身にもなれ」


ぶっきらぼうな声が静寂を破り、
私は思考を中断する。
声がする方を振り向けば、
そこには呆れ顔の菫が立っていた。


「…私だって一介の女子高生だよ。
 負けた直後にインタビューを要求してくる
 取材陣の方がどうかしてる」

「まったくもって同意だが、
 それが許される立場じゃないのは
 わかってるだろう」

「それをなんとかするのが菫の役目でしょ」

「いつから私はお前の秘書になったんだ」

「でも、融通聞かせてくれたんだよね」

「今日のところはな。明日はいつも通り
 営業スマイルを披露してもらうぞ」


私の横に顔を並べた菫は、そこで一旦言葉を切ると、
手すりにもたれかかって空を眺める。
屋上は再び静寂に包まれた。

菫の横顔を覗き見る。そこから特段感情は伺えない。
今の私は、菫にはどう映っているんだろう。
それが酷く気になった。


「……」

「…何も聞かないんだね」

「聞いてほしい事があるのか?」

「聞きたい事はないの?」

「お前が言わないなら聞く必要はない」


菫はさも当然とばかりに切って捨てる。

昔からそうだった。いつも私のそばにいて、
それでいて深く踏み込んではこない。


「そっか」

「ああ。…珍しく感傷的じゃないか」

「菫は逆に動じなさ過ぎでしょ。
 私達、三連覇を逃したんだよ?」

「失礼な。私だって人並みの感情は持ち合わせているさ。
 悔し涙は一足先に流してきただけだ」


軽い口調で一笑に付す菫。
でもその瞳をよくよく見れば、
確かに目は赤く染まっていた。

ああ、菫はいつもこうだ。
一見何でもない風を装って。
冷たい空気を纏いながら。
その実いつも、私の事を気遣ってくれている。

自分だってつらいだろうに、
悲しくて仕方なかったろうに。
逃げ出した私に代わって
事務処理を一手に引き受けて。
それを終えてなお、私のそばにいてくれる。


「…もう少しだけ、甘えてもいいかな」

「何がだ?」

「妹の事。咲の事、話したい」

「菫に聞いてほしいんだ」


そして私は語り出す。
胸の内に閉じ込めていた、
宮永家の秘密について。


秘密を封切ったところで、
悩みを抱える人が増えるだけ。
そんな事はわかってる。
だからこそ、今まで語らず黙していた。


でも今は。菫に、知ってほしいと思った。



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悲劇は三年前に遡る。

たまたま私が家を空けていた時に、
家が火事に襲われた。

さらに間の悪い事に、その日はたまたま
親戚の子が遊びに来ていた。


足が不自由で、車椅子なしでは動けない女の子が。


『どいて…どいてください!!』

『あれ…私の家なんです!!』


辿りついた時には既に、全てが赤に包まれていた。
茫然自失になりながら、途方に暮れてため息を漏らす。
そしてすぐさま我に返った。


――咲と、あの子の姿が見えない


周囲の人が止めるのも聞かず、
私は頭から水を被る。

取り押さえようとする手を乱暴に振り切り、
玄関に突入しようとしたところで、
消防隊員の人が姿を現した。

その背中には、ぐったりと力なく
隊員さんに寄り掛かる咲の姿があった。


ほっと安堵に胸を撫で下ろしたのもつかの間、
今度は背筋がぞっと凍る。


――咲は助かった


――じゃあ、あの子は!?


半狂乱になりながら、隊員さんに縋りつく。
だが隊員さんは悲しそうに首を振った。


『私が助けられたのはこの子だけだった』


突きつけられた絶望の重さに耐えかねて、
ぺたりとその場に崩れ落ちる。
はらはらと涙が零れ、視界が
ぼんやりとした赤に染まっていく。


『――!――!――!!』


壊れてしまった音響のように、
あの子の名前を呼び続けた。
何度も。何度も。何度も。何度も。


それでも。崩落してゆく建物の中から、
声が返ってくる事はなかった。



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咲は一命をとりとめた。
でも、その傷が癒えるには
長い月日が必要だった。

とりわけ心の傷が深すぎた。しかも、
その原因を作り出したのは他でもない私だった。


『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』


私を姿を目にとめるなり、咲は
大粒の涙を零して謝罪を繰り返す。


『私!殺した!あの子を!見捨てて!!』

『ごめんなさい!ごめんなさい!!』


あの時咲は、聞いていたのだ。


ぐったりとうなだれる咲には声もかけず。
ただ、あの子の安否ばかり問い詰めていた私の声を。

泣き崩れながら繰り返した呼び声は、
咲の精神を呪詛のように蝕んでいた。


『違う。そんなつもりじゃなかった』

『咲を責めるつもりなんてなかったんだよ』


何度そう語り掛けても、
咲の謝罪が止まる事はなかった。

医者は言う。
結果として一人だけ助かってしまった自分を、
咲はどうしても許せないのだと。

そして、自分を断じてくれる相手として、
私を選んでしまったのだと。


もしそれが事実なら、
私にできる事は一つだけだった。

咲の前から姿を消す事。
時間が咲の心を癒して、再び
面と向かって会話ができるようになるまで。


そして、宮永家は二つに分かれた。
いつの日か、また一つに戻れる事を願って。



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その決断が正しかったのか、
それとも誤りだったのか。
私はまだ答えを出す事ができない。

ただ事実として、私との決別は咲に
新たなる傷をもたらしたらしかった。

自分のせいで家庭が崩壊してしまったと。
『お姉ちゃんは私を許せず』
家を出てしまったと。

そしてそれは、三年の歳月を経た今も変わらず。
咲にとって、私は心を閉ざした姉という
扱いになっているらしい。


どうすればいいのかわからなかった。


ああ、こんな時。人の心を見通す鏡でもあれば。
咲を救う起死回生の一言を放つ事もできるのだろうか。



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ぽつりぽつりと呟くように語る私の言葉を、
菫は辛抱強く受け止めてくれた。

余計な口を挟む事無く、それでいて真剣に。
一字一句漏らすまいと、耳を傾けてくれていた。


「…私はどうしたらよかったのかな」

「さあな」

「そりゃ、こうしたらよかったのでは、
 なんて思う処はある」

「例えば過去の一切合切はもう飲みこんで。
 あの子が求めるままに受け入れてやれば
 よかったのかもしれないな」

「だがそれをすれば、あの子は狂ったままだろう」

「そしてお前はあの子の中で、
 一度は自分を捨てて出ていった
 冷酷な姉で固定される」

「それで今後、本当に幸せになれるのか。
 私はそうは思えない」


菫の語った見解は、私の考えたそれと同じだった。
安堵する一方で、やはり道はないのかと絶望する。

手すりにもたれかかりうなだれる私の肩に、
菫が優しく腕を回す。
目と鼻の先まで近づいた菫の表情は、
涙腺を刺激する程に優しかった。


「あまり自分を責め過ぎるな。
 私からすれば、お前も相当危うく見える」

「今すぐに解を提示できないのは許してくれ。
 だが、お前はもう一人じゃない」


「これからは、二人で悩んで行こう」


その言葉を聞いたら、顔を上げる事ができなくなって。
私はなおも俯いたまま、静かに肩を震わせた。



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お姉ちゃんは何一つ言葉をくれなかった
『がんばったね』とも
『何しに来たの』とも言わず
ただただ無言の拒絶を突き付けた


そして私は気づいてしまった


ああ
私達は
私達の家は


もうとっくに
終わりを迎えていたのだと


一度犯した罪は消えない
それも当然なのだろう
だって人が死んだのだ
少し傷ついた程度で許されるなら苦労はない


でも
だとしたら私は
これからどうやって生きていけばいいのだろう


ううん
本当はわかっている


死ねって言われてるんだって


多分それしかないんだろう
だって私は彼女を殺した
許されたいと思うなら
同じだけの苦しみを味わって然るべきだ


そして私は計画を練り始めた


まずは家の状況を調べた
さすがに過去あんな事があったからだろう
火災保険は手厚くなっていた

次にお父さんが出張する機会を伺った
私の断罪のためにお父さんを巻き込みたくはない


お父さんが告げた日にち
それは数か月先の日付けだった


それならそれで構わない
残された日は自分を追い詰めるのに使おう
あの日のように土壇場で
自らのかわいさに逃げ出す事のないように


それからは特にする事はなかった
指定された日は冬真っただ中
ストーブが稼働している事は間違いないし
当然灯油の貯えもあってしかるべきだろう

あえて言うなら計画を気取られないように
日々を淡々と過ごす事くらいだろうか


そして当日を迎えたら
私はただお父さんを見送って

その足でポストに遺書を投函して

後は人が寝静まった夜中に
部屋に灯油を撒き散らして火をつければいい


人生の道筋は全て決まった
ただ一つだけ心残りがあるとすれば




部長




あの日お姉ちゃんに拒絶されてから
人付き合いを極力削ぎ落とした
だってもう要らないから
私はもう死んでいくのだから


最初は私を気遣っていた皆も
独りにしてほしいと繰り返したら離れていった


ただ
ただ一人だけ


部長だけが
私に付き纏い続けた


勘の鋭い部長の事だから
考えを見抜かれたのかもしれない

だから私は部長を斬って
少しでも遠ざけようとした


部長は逃げようとしなかった
どれだけ言葉の刃で切り刻んでも

突き付けられた言葉に呻きながらも
それでも私を離そうとはしなかった

私を呼ぶ部長の声が
決意の刃を鈍らせる


ああ駄目だ
そんなに優しくしないでほしい


部長は私にとって諸刃の剣
あの人のやさしさに触れると
私は楽な道を選んでしまいそうになる


お姉ちゃんやあの子に許される道を捨てて
部長のやさしさに縋ってしまいそうになる
私を抱き締めるその背中に
つい腕を回してしまいそうになる


でもそれは許されない事だ


部長は私から離れなかった

自分だって暇ではないだろうに
空いた時間を見つけては
欠かさず私に会いに来る

そんな部長に辛らつな言葉を突き刺す
どうか部長が諦めてくれるように
もう私の事なんて忘れて
罪人の居ない明るい道を選んでくれるように


それでも

それでも

それでも


部長は
私のそばに
あり続けた

あり続けた



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月日が流れていくにつれ
私達は孤立していった

私は自ら望んだ結果だけれど
部長までもが周りから距離を取られ始めた


ある人が言う
貴女達はおかしいと

ある人が言う
病院に行った方がいいと


ある人が言う
精神が狂っていると


その言葉を聞いた時
私の中にどうしようもなく
黒い欲望が渦巻いた


もしかして
部長も
狂っている?


思い当たるふしはいくつもあった


部長も過去に家族との離別を経験している

立ち直ったと言っていたけれど
あれは本当だったのだろうか

それに私への対応もそうだ
ただの世話焼きというだけで
ここまで付き纏うものだろうか


もしかしたら
部長もどこかおかしいのかもしれない


だとしたら
罪を犯した私すらも
部長は受け入れてくれるのかもしれない


決行の日を目前にして
心に迷いが生じ始めた



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そして部長は

当日も私に付き纏った

私は逡巡した挙句

選んではいけない道を選んでしまった





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それは 部長も 炎の中に投じる道







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気になってしまったのだ

もし今の部長が

あの時の私と同じような立場に置かれたら

部長はどの道を選ぶのだろう





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もし 部長が

あの日の私と同じように






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私を捨てて 逃げてくれたら







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私達は 一緒になれる







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そんな未来を夢想して

寝静まる部長の横で灯油を撒き始めた






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燃え盛る炎の中
私は部長に選択を迫る


「ぶちょう。選んでください」

「私を助けようとして、一緒に死ぬか」


「それとも、私をおいて、一人で逃げるか」


選んでほしかったのは後者
私を捨てて逃げる道

そしたら部長は私と同じ
同じ道を選んだ罪人になる


その時は私も逃げ出そう
そしてあの日のお姉ちゃんのように
一生ものの呪詛を部長にかけて
壊れた部長の手を取ろう


それだけが私に残された
唯一幸せになれる道


選べとは言ってみたものの
選択の余地なんてないと思っていた


当然だ
誰が好き好んで自殺に付き合おうとする?


私が待っていたのは答えじゃなくて
部長がいつ逃げ出すか
それだけ


それだけだったのに…


いつまでたっても 部長が逃げない


「…ぶちょう。えらんで。
 まだ。すがたが。みえる。うちに」


刹那、私達の前に炎の柱が立ち昇る
部長の姿を一瞬見失う


ああどうか 次空間が広がった時には
部長の姿が見えなくなっていますように


刹那炎が形を変えて
再び空間があらわになる


そして私は目を疑った


部長は


部長は


部長は


部長は


私の方に向かって…駆け出している!!!


私の目から涙が溢れた


「どうして!」

「どうして!!」


「こっちの台詞よ!なんで勝手に死のうとするの!」

「貴女が死を選ぶなら…!」



「私を道連れにしてやるわ!!」



燃え盛る劫火をかいくぐり
部長が私を抱き締める

肉が焦げる匂いに包まれる
部長は生きながらに焼かれていた
それでも部長は私を選んだ



それは


それは


それは





あの日、選べなかった道……!




「ばかだよ…ぶちょうは、ほんとうにばかだよ…!」

「貴女に言われたくないわよ…!」


私を固く抱き締める部長の背中に手を回して
肩を震わせて泣きじゃくる

涙は零れるそばから蒸発していく
それでも部長は微笑んで


私に向かって囁きかけた



「ね……こ…までしたん、だから……」

「…の心…に…ちょ…だい……」



その声はもはや かすれかすれで
ところどころ聞き取れない


「……」


なのに気持ちは伝わった
私は言葉を返す代わりに
部長の唇にキスを落とす


ひどくかさかさで乾燥した唇
私はその感触に酔いしれる



「あり……とぅ……」



部長が涙ながらに笑う

その美しい泣き顔が
私の視界に映る最後の光景となった




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『咲!!!!』







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幸せな幻覚に侵される
全てを燃やし尽くす劫火の中を
二人の人間が飛び込んでくる


一人は藍色の髪を纏う女性
もっともその髪は焼け焦げていたけれど

一人は髪の一部に特徴的な癖をもつ女性
何度となく夢に出てきた女性


「ひどい…これじゃ、もう……」

「余計な事考えるな!外に連れ出す事だけ考えろ!」

「わ、わかった」


お姉ちゃんが私を
もう一人の人が部長を肩に背負う


「!待て!こっちはまだ火が回ってないぞ!」

「わかった!」


来た道を戻ろうとしたところで
長身の人が目ざとく私の逃げ道を見つけ出した

そして二人は留まる事なく
部屋を弾かれたように飛び出していく


刹那
私達が居た場所が

焼け崩れた瓦礫に押し潰された



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日も陰り始めた夕暮れ時。
青白い顔をした照に一つの相談を受けた。


「今日、咲が独りになるらしい」


お父さんから連絡があった。
言葉少なに照はそう告げた。

照が咲ちゃんと出会ったあの日以来。
照のお父さんは、可能な限り咲ちゃんを
独りにしないように心掛けてきたそうだ。

言うまでもなく絶望を避けるためだろう。
特に咲ちゃんの方から出張の日付を聞いてきた事が、
彼の警戒を強める一因になったらしい。


「お父さんに言われた。
 来てやってくれないかって」

「私も行きたい。でも、今更
 何を話せばいいかわからない」


絞り出すように声を出した後、
照は俯いて沈黙する。
きっと一晩寝ずに悩み通したのだろう。
噛みしめた唇は色を失って白くなっている。


だが第三者の私から言わせてもらえば、
考えるまでもない話だった。


「馬鹿か。言うならもっと早く言え。
 ほら、今すぐ電車に乗るぞ」

「今からなら、夜中になるが向こうに着ける」


私の言葉に照はおずおずと顔を上げる。
珍しく露骨に不安の色を見せながら、
私の顔をまじまじと覗き込む。


「で、でも」

「…別に何も話さなくていいだろう」


「ただ、あの子の手を握ってやれ」


私のその言葉を受けて。
その表情に希望が灯ったと感じるのは、
勝手な思い上がりだろうか。
わからない。でも少なくとも、
私の言葉は、照の背中を押す事ができたようだった。


そして私達は学校を飛び出した。


今思えば、超常的な能力を持つ照の事だから。
今日という日に、ただならぬ何かを
感じ取っていたのかもしれない。

揺れる電車の中、ちらりと垣間見た照の横顔は。
全国大会の決勝の時よりも、
遥かに緊張しているように見えた。



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最寄り駅に辿りついて間もなく。
どこからともなく、消防車のサイレンが耳をつんざいた。

その音は照に火をつけて、
我を失ったように走り出す。


「お、おい、急にどうしたんだ!!」

「だって!消防車!!」

「い、いやいやいや。別に
 お前の家とは限らないだろう」


「方角があってる!!!」


その鬼気迫る表情に、私は反論する事を諦める。
どうせ気を落ち着けるにしても、
現地に向かう方が手っ取り早いだろう。


「やれやれ…ま、今日は
 とことん付き合ってやるさ」


後先考えない全力疾走を続ける照の背中を、
溜息をつきながら追いかける。


だが。

数分も経たずして、照の行く先に、
夜に似つかわしくない
赤色が差し込み始めてくる。


「なっ、なんだっ…空が、燃えている…っ!」


まぎれもなくそれは火事だった。

流石の私も事態の深刻さを飲み込んで、
加速せずにはいられなかった。



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照の家は燃えていた。

それは仮に寿命を全うしたとしても、
そうそう出くわす事はないだろう光景だった。

突如想像を絶する死の予感を突き付けられて、
頭が真っ白にデリートされる。


だが、照の行動は早かった。


すぐさま庭の方に回り込むと、
ぽつんと建っていた物置の扉を開ける。

そこから何やらガスマスクのようなものを取り出すと、
私に向かって手渡した。


「な、なんだこれ」

「空気呼吸器!」


さらに消防隊員が身に着けるような、
耐火性能がありそうなジャケットを全身に纏う。

最後に折り畳み式のハシゴを取り出して、
慣れた手つきで組み立て始めた。


「もしこれが自殺なら、咲は2階の
 自室にいる可能性が高い!」

「悠長に玄関から侵入してる余裕はない!
 これで、一気に2階のベランダまで行く!」


まるで、いつかこうなる事を
予期していたかのように。
照は完璧な動きで救助に乗り出そうとする。
だがその瞳に宿る光は、私には
狂気に染まっているように見えた。


「照!一つ約束しろ!」

「何!」


「…死ぬな!!」


照と同様の装備を身に纏い、
空気呼吸器のボンベを背中に背負う。

そして一人先に進もうとする照を
サポートすべく、続いて梯子を上り始めた。



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地獄。


端的に言えばその一言で事足りた。

人の営みは無残に破壊し尽され、
全てが灰となって消えていく。


「…これはっ……!」


そんな中に、折り重なるように
倒れ込んだ二体の人間の姿を見つけた。

せめてもの抵抗だったのだろう。
赤髪の娘が、咲ちゃんをかばうように、
その身を包み込んでうずくまっている。

その形状から一人の人間が思い当たる。
確か決勝で戦った相手校の部長。
名は竹井久と言っただろうか。


場違いとは思いながらも、
その姿に酷く胸を打たれた。

こんな死と隣り合わせの空間で、
私は自らを盾に人をかばう事ができるだろうか。


「ひどい…これじゃ、もう……」


悠長に考えていられたのはそこまでだった。
それまで的確な行動を取り続けていた照が、
二人の姿を見てあからさまに我を失い始める。
逆に私は我を取り戻し、照に鋭い声を投げかけた。


「余計な事考えるな!外に連れ出す事だけ考えろ!」

「わ、わかった」


正直、もう生きているかはわからない。
だが考えるのはやめにした。

照の行動は無意味だった。
そんな事考えたくもない。


照が咲ちゃんを。
私が竹井を肩に抱えて脱出する。


「……っ!」


来た道を引き返そうと目を向けると、
そこは既に火の海だった。

だがよく観察してみると、二人が居た
この位置はあまり燃えていない。
さらには、その奥にある襖は
まだ炎の蹂躙に晒されていないように見えた。


「!待て!こっちはまだ火が回ってないぞ!」


炎に身を投じようとする照を制止する。
もしこちらにも通路があるなら、
多少なりとも生還の確率が上がるかもしれない。


「わかった!」


言葉少ない私の意図を正確に理解して、照が襖に突撃する。
部屋を包み込む劫火が嘘のように、
開け放たれた通路は平和を保ち続けていた。


「行けるぞ…!急げ!!」


そして私達は二人、
負傷者を抱えて部屋を飛び出した。



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結果を先に言ってしまえば
私達は全員助かった
もっとも咲と私は重度のやけどを負い
後遺症が一生消える事はないらしいけれど


後になって聞いたところ
咲は一応逃げ道を用意していたらしい


もし私に捨てられた場合は
生きて私と結ばれようと


ずいぶん遠回りした求愛だと思う
そんな事して確かめなくたって
私はもう咲に全てを捧げていたというのに


かくして事の顛末を知った私は
複雑な感情に囚われる


咲が生き残る事ができたのは嬉しい
お姉さんが助けに来てくれた事も


でもそれは
私が居なくても問題は解決したと
暗に突き付けられているような気がした


だってお姉さんは自分の足で
咲のもとに向かっていて
結果私達を助けたのはあの二人


私は咲を助ける事を諦めて
二人で死のうとしただけだ


そんな愚痴をこぼしたら
咲はケロイドに包まれた顔で微笑むと
呟くようにこう告げた


「ぶちょうがいなかったら」
「もっと早く火をつけてたよ」

「ぶちょうがきてなかったら」
「逃げ道なんて作らなかった」


「ぶちょうがいなかったら……」


「わたしは死んでたんだよ」


舌の回らないその言葉が
私の心に全身に
じっくりと沁み込んでいく


咲は
私が自分を救ったと言ってくれた

でも私は
咲の言葉に救われた気がした



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私が犯してしまった罪は
もう二度と消える事がありません


私はあの子を見殺しにした挙句
部長に一生消えない後遺症を残してしまいました


あげく私は部長を同じ道に
誘い込もうとしたのです
一生許される事がない
罪にさいなまれ続ける道に


でも部長はその道を選びませんでした
私は何の罪もないあの子を見捨てて逃げたのに
部長は 罪にまみれた私を抱き寄せたんです


それは、あの日私が選べなかった道


心を突き刺された気がしました
でも同時に 救われた気がしました


だって部長は
私が罪人だとわかった上で
それでも見捨てないでくれたのですから


全てを部長に告げた後
私は改めて部長に問い掛けました


「…もし、もう一度同じ事があったとしたら」

「部長は、どちらの道を選びますか?」


質問される事自体が不快だとばかりに
部長は唇を尖らせました


「ばっかじゃないの。こんな体験二度とごめんよ」

「…でも、そうね」

「もし次があるとしたら…」


「誰にも頼らず、一人で貴女を助け出すわ」


その言葉を聞いた私は
涙で全てが覆いつくされて
何も言えなくなりました


もし

もし


同じ事が三度起こって
あの選択を問われたとしたら


今度こそ私は選べると思います
あの日、選べなかった道を


「?何で笑ってるのよ。言っとくけど、
 本気で二度目はごめんだからね?」


何も語らず笑う私を目の当たりにして
部長は慌てて私に詰め寄るのでした



<完>



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『あの日、選べなかった道 −解説編−』

『今度は私も、選べる気がする』







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<以下、作中で描写しなかった裏設定>
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宮永咲は罪を犯していない。
逃げ出そうとしたのは事実だが、
寂しそうに微笑んだ『あの子』を見て、
踵を返して救助に向かっている。

だがその時にはすでに遅く、宮永咲と彼女は
瓦礫によって分断されてしまう。

それでも助けようともがく宮永咲は、
やがて呼吸困難となり、意識混濁状態に陥った。

救助隊員に救われた時も、
宮永咲は震える手をあの子の方に
向かって伸ばし続けていた。

だが「逃げ道」などなかった初回は、
『あの子』の居た場所には
全ての方向から火の手が回ってきていた。
(つまり、『あの日選べなかった道』を選んでいた場合、
 二人は揃ってこの世から姿を消していた)

救助隊員が駆け付けた時点で
宮永咲も非常に危険な状態だったため、
救助隊員は宮永咲のみ連れてその場を去った。

--------------------------------------------------------
実は宮永家は全員精神異常を抱えている。
常識的に考えれば宮永照は
全国大会の決勝で宮永咲に
声を掛ける事ができたはずだった。

大星淡が居たからというのは理由にならない。
寝かしつけた後でも、個別に会いに行く事はできたはず。

これは、宮永照の中でも宮永咲が
トラウマになっている事が原因。

自らの妹の精神を壊してしまった事実から、
宮永照は宮永咲を遠ざける傾向にある。
これは二度と同じ過ちを犯したくないと考えるため。

しかし人知を超える能力を手にしていた彼女は、
宮永界の出張当日、宮永咲が自殺を企てる事を
直感で読み取った。

その事実は宮永照のトラウマすらも凌駕する。
弘世菫の後押しもあって、
彼女は宮永家を訪れる事になった。

--------------------------------------------------------
さらには、あの日親しい人を救えなかった事実は、
宮永照に深い傷を残していた。

作中で披露された宮永照の鮮やかな救助活動は、
過去病的なまでに同作業を反復した結果がもたらしたもの。

傍目から見たら宮永咲よりも
宮永照の方が深刻に映ったため、
現場から遠ざけるべく宮永照の方が東京に引っ越す事になった。

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posted by ぷちどろっぷ at 2016年03月13日 | Comment(10) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
裏設定凄すぎw
読み返すと3倍おいしいよ!
Posted by リリー at 2016年03月13日 21:51
哀しく狂気に満ちて赤文字がより狂気に見えて良かったです。最後はいい終わりかたで終わり方でした。出来ましたらその事件後の宮永照さんの話もお願いしたいです。
Posted by at 2016年03月13日 22:46
つまり宮永ホーンは危機を察知するためのものだった・・・?
Posted by at 2016年03月14日 20:14
今回もとても良かったです。
これからも頑張ってください !
Posted by at 2016年03月14日 21:11
正しく狂気の沙汰!各々歪んだ想いが織り成す悲しい喜劇!スバラ、実にスバラでした!
Posted by Km at 2016年03月15日 11:24
原作設定でも良いくらいすばらなSSでした!
Posted by at 2016年03月18日 00:25
コメントありがとうございます!!

裏設定凄すぎ>
久「できれば全部盛り込みたかったんだけどね」
咲「長くなり過ぎて蛇足になりそうだったので
  削りました…」

事件後の宮永照>
菫「本人に自覚がないだけで普通に壊れてたぞ」
照「救急活動の反復にいそしんでた」

宮永ホーンは危機を察知>
咲「察知できるなら最初にしたかったよ…」
菫「照のは単なる狂人の脅迫観念だな」
照「失礼な。ちゃんと察知した」

今回もとても良かった>
久「いつも読んでくれてありがとう!」
咲「細々と頑張っていきますね」

正しく狂気の沙汰>
久「…第三者から見たら『滑稽』なのよね」
菫「正直理解に苦しむという面はある」

原作設定でも良いくらい>
久「原作ではありえないと思うから
  書けるともいわるわね!」
咲「ただこのくらいの重さがあっても
  おかしくはないかなとは思います」

Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2016年03月27日 12:21
やはり久咲は最高だ
Posted by at 2016年03月28日 02:18
まともなの菫さんだけなのか……?
まてよ……まだ、まだヒッサが……!
だめだ▂▅▇█▓▒ (’ω’) ▒▓█▇▅▂うわぁぁぁ!!
Posted by at 2016年05月07日 06:40
すばらな完成度!
Posted by at 2016年05月11日 01:14
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