現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
【咲-Saki-SS:爽由】 爽「真っ白なユキを、黒く、黒く」【共依存】
<あらすじ>
無表情なユキを見て
何を考えているのか知りたくなった
誰かの役に立ちたい
そう言いながら同級生の
言いなりになってるユキを見て、
別の道を示してやりたいって思った
だから私は、ユキに道を指し示す
真っ白なユキは、私の言葉全てを
吸収していった
そしてユキは、黒く、黒く
<登場人物>
獅子原爽,真屋由暉子,桧森誓子,岩館揺杏
<症状>
・意志薄弱
・共依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・爽ユキで共依存ものをシリアスで、
できればファンタジー要素はなし
--------------------------------------------------------
ちょっと前から気になってたんだ。
いっつも一人で何か仕事をしてる中学生。
表情が苦しそうには見えなかったから、
そこまで深刻に考えなくていいのはわかってた。
とはいえ、表情をまるで
見せないって事自体も気になってた。
喜怒哀楽、そのどれも伺う事ができない、
ただただ何もない無表情。
その裏じゃ一体何を考えてんだろうな?
「だいじょうぶかー?ちゅうがくせー」
だから声を掛けてみた。
や、もちろん純粋に転んだのを
助けようと思ったのも事実だけど。
でも、話し掛けるいい口実ができたと
思ったのも事実で。
これをきっかけに、人となりを知れたらいいな、
なんて思った。
まさかこの、ほんの少しの好奇心が、
自分の人生を大きく変える事になるなんて。
その時の私には、予想できるはずもなかったんだ。
--------------------------------------------------------
『真っ白なユキを、黒く、黒く』
--------------------------------------------------------
私を部室に連れてきた爽先輩は、
牌を手繰り寄せながら私に問い掛けました。
「お前なんで同級生たちの言いなりになってんの」
特に理由なんてありませんでした。
私には取り柄とか何もないから、
何か頼まれごとをしていると
落ち着くというだけで。
誰かの役に立ちたい。
でも、できる事は知れている。
だから結果的に、何でも屋に
なっていただけなんです。
今の境遇に不満があるわけでもありませんでした。
でも、どこか物足りないと感じていたのも事実で。
そんな私に、爽先輩は道を示してくれました。
「真屋由暉子大改造計画だ!」
そう、それは何の変哲もない凡人である私を、
人の心を明るくするアイドルへと変身させる道。
世界がいっぺんに変わりました。
爽先輩は、何もないと思っていた私に
取り柄を見出してくれました。
さらにはその取り柄を生かして、
より多くの人に喜んでもらえる
道を教えてくれました。
「ユキ 来年ここに入りなよ」
「有珠山高校」
この頃からだったと思います。
私の中で、心境に変化が生まれたのは。
不特定多数の『誰か』ではなく、
他でもない先輩たちの役に立ちたい。
そう考えられるようになったのは、
やっぱり爽先輩の影響が大きかったんです。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
そんな深い意味はなかったんだ。
ただ、もったいないと思っただけなんだ。
ユキが、自ら望んで仕事を
引き受けていたのはわかった。
それで相手も喜ぶのなら、確かに
ユキにとっては理想の環境なのかもしれない。
でもそれって、結局相手からしたら
ユキは『体のいい使いっぱしり』でしかなくて。
『居なくても別に困らない』そんな存在に
過ぎないじゃないだろうか。
だとしたら…なんか悔しいじゃないか。
あれだけ可愛いんだ。
誰かを喜ばせたいのなら、もっと他に
やりようがあるって思ったんだ。
誰にでもできる雑用なんかじゃなくて。
ユキにしかできない、そんな生き方が
選べるんじゃないかって思ったんだ。
そして私は、ユキの改造計画を発動する。
ユキは私の言う事をよく聞いた。
若干モサい髪の毛をなんとかして、
オシャレな服にするだけで、
見違えるように可愛くなった。
こいつはいける。
気をよくした私は調子に乗って
『真屋由暉子アイドルプロジェクト』を
本格的に取り組むことを決めた。
それは私自身の楽しみでもあったけれど、
ユキにもいい効果を生んでると思った。
だって、あの無表情だったユキが、
少しずつ笑うようになってきたから。
「ユキやったぞ!ほらこんなに
デカデカと雑誌に載った!」
「ふふ、そうですね」
「お、流石のユキさんも
これには思わずにっこりか」
「私達の努力が実った事もそうですけど…
先輩が喜んでくれるのが嬉しいんです」
そう言って柔らかく微笑むユキは、
本当のアイドルみたいに愛らしかった。
そんなユキの笑顔を見たくて、
私はついユキをあれこれ弄ってしまう。
まー、悪ノリし過ぎて時折
痛烈なツッコミを受ける事もあったけど。
「爽先輩がそう言うなら、きっと、
その方がいいんだと思います」
なんて言いながら、ユキは
私の提案を嫌な顔一つしないで
受け入れてくれた。
だから私は、気づかなかった。
事態がどんどん深刻化している事に。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
先輩たちから、とりわけ爽先輩から、
返しきれない程たくさんのものをもらいました。
もちろん、その恩義を返したいという
気持ちもありましたけど。
でも、何よりも先輩たちの喜ぶように生きたい。
私がそうであったように、
先輩たちにも喜んでほしい。
強くそう思う様になりました。
そして、その目標を満たす事は
それほど難しくありませんでした。
なぜなら、道はすべて爽先輩が示してくれるからです。
アイドルとして台頭するための戦略も。
麻雀で勝つための戦略も。
対戦相手の癖や注意する点も。
すべて、すべて爽先輩が教えてくれます。
私はただそれに従えばいい。
与えられた指示にただ忠実に、
全力で従えばいい。
そうすれば、先輩たちを。
爽先輩を喜ばせることができる。
だからこれからもよろしくお願いします。
私に道を示してください。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
チカが脈絡もなく問い詰めてきた。
「ねえ爽。最近ユキに構い過ぎじゃない?」
たまたまチカと二人っきりになって。
何をするでもなくダラダラ時間を
潰してた時の事だった。
肩を竦めて苦笑する。
『また始まった』
そのくらいにしか思わなかった。
ヤキモチ妬き。チカは割とそういうとこがある。
(だからって、後輩にまで妬くのは
流石に大人げないと思うぞ?)
なんて軽口を叩こうとして、
チカの顔を見て意表を突かれた。
チカのその目は、その顔は。
思った以上に深刻だったから。
「ちょっと前から気になってたのよ」
「ユキ、どんどん自分が無くなっている気がするの」
「自分がないって…あのラスボスを前に何言ってんだ」
「あの子、爽の言う事なら
何でも聞くようになってきてる」
「いやいやそれはないだろ。この前も
部室の前でとおせんぼしてたのに
やすやすと突破されたぞ?」
「そういう普段の漫才話じゃなくて。
なんて言うか、生き方って言うか。
もっと大切なところで、
駄目になってきてる気がするの」
チカの真摯な訴えに、私は腕を組んで考える。
正直寝耳に水だった。
最近のユキはよく笑う。アイドル計画も順調だ。
何もかもが上手くいっているとしか
思えなかった。
とはいえチカがここまで真剣に
咎めてくる事も珍しい。
もう一度、チカの言葉を
頭反芻してみる事にする。
『ユキ、どんどん自分が無くなっている気がするの』
そんな事はないだろ。
むしろ自分がなかったというなら、
出会った頃の方が危うかった。
今のユキの方が絶対にいい。
『あの子、爽の言う事なら
何でも聞くようになってきてる』
これも違うんじゃないかと思う。
そりゃ、チカが私の言う事に従う事も多いけど。
それは命令に服従してるとかじゃなくて、
私の提案にユキが賛同してるだけで。
ユキ自身がそうしたいからそうしてるんだ。
「んー、やっぱり別に、問題は…」
チカの訴えを棄却しようとした刹那の事だった。
不意に、あるユキの言葉が脳裏をよぎる。
『先輩が喜んでくれるのが嬉しいんです』
――!!
取り立てて問題はなさそうなその台詞。
でも、私はそこに、ある可能性を見つけてしまう。
背筋を冷たい汗が伝っていった。
あんまり嬉しそうに笑うから見逃していた。
ユキは、確かに危ない兆候を見せていた。
『先輩が』
『喜んでくれるのが』
『嬉しいんです』
それは裏を返せば。ユキにとって、
アイドルの話はどうでもよくて。
単に私が喜んでいるから
受け入れているだけなんじゃないだろうか。
思い返してみれば、ユキ本人の口から、
『アイドルになりたい』と
聞いた覚えがなかった。
「……」
これまでの記憶がメリーゴーラウンドのように
ぐるぐる駆け巡る。
あれも、これも、それも、全部。
ユキが、その行為そのものを
喜んでいたシーンが見つからなくて。
私は知らず知らずのうちに、
拳をテーブルに叩きつけていた。
「…これじゃ、今までと何も
変わんないじゃないか…!」
私がしたい事をユキに押し付けて、
ユキは私が喜ぶからそれをする。
それを見て私が喜ぶからユキも喜ぶ。
その構図は、『取り柄がなかった』頃のユキと
何一つ変わっちゃいない。
「私がしていた事は…あいつらと
同じだったってのか?」
いいや、むしろもっと悪質だ。
だって私がしている事は、ユキの人生すら
大きく変えてしまうレベルなわけで。
そこに、ユキの意思が入ってないとしたら?
「…ありがと。チカの言う通りだった」
「わかってくれた?」
「ああ、目が覚めたよ。このままじゃ、
ユキは私の操り人形になっちゃう」
「少しずつ、ユキが自立できるように
軌道修正していくよ」
私の言葉を聞いたチカは、
目を伏せて深い深いため息を吐いた。
それが安堵から来るものなのか、
それとも呆れから来るものなのかは
わからなかったけど。
とにかく私は、チカのおかげで
過ちに気づく事ができた。
ちょうど今は三年生引退の時期。
老兵が一線を退くにはもってこいだろう。
早速私は、今度の引退式でジャブを入れる事にした。
それがユキにとって、どれほど
致命的な一撃となるかも知らないままに。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
すべてが順風満帆だと思っていました。
これからもこんな幸せが
続いていくのだと思っていました。
違ったんです。実際には、
私は薄氷の上に佇んでいたんです。
「あー、というわけで、
新部長に就任した岩館揺杏です」
「って、ガチでやりたくないんだけど。
やっぱここはユキにしといた方がいいんじゃない?
1年生で部長とか目を引くっしょ」
「聞く耳持ちません。じゃんけんで負けたんだから
大人しくお縄につきなさい」
「そーそー。ぜひ強力なリーダーシップを発揮して
私たちを安心させてくれ」
「正直爽とチカセン抜けちゃったら、
インハイ予選すら通過できない気がすんだけど」
「そもそも人数不足だしなー。
ま、正直私たちも好き勝手やってたし、
お前らなりの麻雀部を作ればいいと思うよ」
「ま、後は任せた!」
目の前で語られる会話が、ひどく
現実味のないものに感じられました。
薄い膜で隔てられているかのように、
くぐもって聞こえて、まるで
頭に入ってきてくれません。
視界が酷く暗くなって、体の体温が
急激に下がっていくのを感じます。
得体のしれない恐怖に囚われながらも、
私はやっとの思いで声を絞り出しました。
「…もう、部室には来なくなるんですか?」
「いや、それはないかな。
正直インターハイの話がなければ、
引退も何もないゆるーい部活だったわけだし」
「なんだかんだ、卒業まではずっと居ると思うよ」
爽先輩の返答に胸を撫で下ろします。
そして次の瞬間私は震え上がりました。
だって、その言葉は、裏を返せば…
『この関係が維持されるのは卒業まで』
明確に期限を区切られたのと
同義だったのですから。
後半年もすれば、私は爽先輩を失ってしまうのです。
呼吸が浅くなっていきます。
酸素が頭に届かなくなっていきます。
「ちょ、ちょっとユキ大丈夫?
なんかすごく震えてるけど」
身体が酷く冷たくて、震えが
止まらなくなっていきます
胸が苦しくなって、
呼吸ができなくなって
苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて
どうすればいいかわかりません
助けてください爽先輩
あ、あ、あ、あ
「ユキ!!!」
全てが真っ黒になっていきます
狭まっていく視界の中、ぐるんと世界が反転して
--------------------------------------------------------
そして、私は意識を失いました
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
ユキが突然倒れた原因。
医者の出した結論は
私の度肝を抜くものだった。
『極度の心理的ストレス』
つまりは精神的な疾患ということだ。
原因が私にあることは明白だった。
だってユキは、私が見舞いに行ったら酷く喜んで。
私が帰ろうとすると、また痙攣し始めるんだから。
それを三回繰り返したのち、
私は面会謝絶になった。
反動が大きい劇薬なんて、
ない方がましという事らしい。
私が思っていた以上に、私という病原菌は
ユキの心を蝕んでいた。
私は一体、何をしたら
この罪を贖えるのだろう。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
爽先輩が面会謝絶になりました
その事実は、私の心をさらに壊していきました
違うんです、私にはあの人が必要なんです
いいえ、あの人は私のすべてなんです
なのに、爽先輩の顔を見ると
いずれ訪れる別れを想像してしまって
そしたら体が震え出すんです
どうしたらいいんですか
教えてください爽先輩
そんな胸の内を吐露したら、
お医者さんは私にこう告げました
『真屋さん、貴女は獅子原さんに
少し依存し過ぎている』
『今は距離を置いて落ち着くのを待ちましょう』
お医者さんの出した結論
それは、私の求めていた
答えではありませんでした
ただ、その言葉は私に
一つの気づきをもたらしました
そうです
私はもう爽先輩に深く依存している
もはや爽先輩なしでは一歩も動けない程に
だとしたら私が取れる道は二つ
何があっても爽先輩にしがみ付くか
それとも、爽先輩の重荷にならないように
跡形もなくこの世から消えるか
その二択しかありません
私の幸せを考えるなら前者でしょう
でも、先輩の幸せを考えたら
後者の方がいいのかもしれません
もしかしたら、先輩も前者を
望んでくれるのかもしれません
どちらにせよ、私は――
--------------------------------------------------------
先輩が、よろこぶように生きたい
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
数週間後
病院を退院したユキは、
すぐに私を呼び出した
正直私は躊躇った
今のユキにとって、
私は麻薬のようなもんだろう
せっかく数週間かけて
やっと退院できたのに、
私に会ったせいで、あっという間に
ぶり返す可能性だってある
ユキのためを思うなら
私はこのまま、ユキの前から
姿を消した方がいいのかもしれない
それでも、私はユキに会う事を選択した
このまま終わるのは嫌だった
侵すだけ侵しておいて、そのまま
フェードアウトなんて最悪だ
できる事なら、責任を取らせてほしい
私は決意を固めると、ユキに指定された
場所に向けて、ゆっくりと足を踏み出した
--------------------------------------------------------
屋上でぼんやりと空を眺めていたら、
爽先輩が姿を現しました
「…よ。退院おめでと」
「…ありがとうございます」
久しぶりに会えた爽先輩は、
少し痩せたような気がします
でも私が笑顔を見せると、
爽先輩も微笑んでくれました
次に爽先輩は空に目をやると、
眩しそうに日差しを手で覆います
「いい天気だなー」
「そうですね」
不意に会話が途切れます
爽先輩は、顔から笑みを取り去ると
ひどく虚ろな、自嘲じみた顔で
ぽつりとこぼすように呟きました
「…空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空」
「……」
「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」
「……」
爽先輩と私の視線が交錯します
私達の関係に対する見解はどうやら
異なっていたようでした
「…それが、先輩の答えですか?」
「答えっていうか…悔恨だな」
「今まで、良かれと思って
いろいろユキに言ってきたけど。
それは、全部私の独りよがりだった」
「私のしたことは結局。真っ白だったユキを、
黒く、黒く汚しただけだったんだ」
「私はそうは思いません」
私が爽先輩に依存しているのは事実でしょう
心優しい爽先輩にとって、それは
許しがたい過ちだったのかもしれません
「でも、私は確かに幸せでした」
「爽先輩のおかげで幸せになれました」
先輩は私を黒く汚したと嘆いたけれど
もし爽先輩がそうしたいと望むなら
私は、いくらでも黒く、汚されて、穢れたいんです
「でも」
「私は、先輩の重荷になりたくはありません。
先輩が嫌だというのなら、私は先輩から離れます」
「自立するように心掛けます」
「それでも自立できなかったなら…」
「迷惑を掛けないように、この世を去ります」
「…そっか」
私の回答を聞いた先輩は、泣きそうな顔をして、
酷く苦しそうに笑いました
--------------------------------------------------------
ユキを依存させてしまった私にできる事
考えた末、用意できたのは二択だった
一つは、自分の足で立てるように促す事
世間一般の道徳と照らし合わせれば
こっち一択だろう
もう一つは、このままどこまでも
依存させてやる事
一度溺れさせた以上
責任をもって最期まで面倒を見る
決して褒められた道ではないけれど
ユキの幸せを願うならこれもありかと思った
選んでもらおうと思った
ユキがしたいと思う方を
でも、悲しいかな
ユキからはもう、
選択する能力は失われていた
最後の最後まで、ユキは私の答えを求めた
しかも、どちらの選択肢を選んでも、
結果は同じになるように思えた
『私に言われたから自立する』
仮にそれを成し遂げたとして、
ユキは私の束縛から脱出したと言えるんだろうか
言えないだろう
それは、『自立しろ』という
私の命令を、ただ盲目に遂行するだけだ
ユキはもう私から逃げられない
もうその事実は変わらない
だとしたら、私の言う台詞はこうだ
「なあ、ユキ。一つお願いがあるんだ」
「…なんですか?」
「お前の人生、全部私にくれないか?」
ユキの目が大きく開かれた
「全部くれ。お前に関する決定権を、
全部私に譲ってくれ」
「私の、操り人形になってくれ」
その言葉を聞いたユキは、
本当に、本当に
本当に、救われたかのように
その綺麗な顔をぐしゃぐしゃにゆがめて
涙をぼろぼろ零しながら頷いた
「…はいっ……私のすべて…爽先輩に委ねますっ……」
ユキが私に抱きついて
その全体重を私に預ける
こうしてユキは、人間としての生を終えた
それでもユキは…心の底から、幸せそうだった
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
何気なくテレビをつけると、
今や国民的アイドルとなった後輩が
画面一杯に映し出された。
「おー、ユキまた出てるじゃん。
すっかり出世しちゃったなー」
「そうねぇ。今でも時々会ったりするけど、
こうやってテレビで見るとなんか
遠い世界に行っちゃった気がするわ」
ユキはあの後、爽のプロデュースで芸能界に躍り出た。
インターハイで得た知名度とその容姿を武器に、
次代の牌のお姉さんを襲名すべく
瑞原プロにアタックを繰り返している。
もちろんそれも爽の指示によるもので。
きっと今も、あの舞台の楽屋裏では
爽が仁王立ちでユキを見つめているのだろう。
「…結局、爽はわかってくれないままだったわ」
「引退前に一度つっついたんだっけ?」
「うん」
「遠回し過ぎたんじゃね?」
「…だって、言いにくいじゃない」
「『狂ってるのは、貴女も同じ』だなんて」
あの日、爽は自分の行為が
ユキを依存させている事には気づいてくれた。
でも、自分がユキに依存している事には
気づいてくれなかった。
「ユキの幸せを願って、爽が動く。
爽の幸せを願って、ユキは全てを受け入れる」
「ウロボロスの輪みたいだわ。
尻尾をくわえこんだ蛇っていうか」
「教会の娘的には許せないって?」
「許せないっていうか…怖かったのよ。
三年生になってからの爽って、全部が全部、
ユキのために動いてるって感じがしたから」
「このまま行ったら、二人で全部完結しちゃって…
そのうち、ふっと二人とも
居なくなっちゃうんじゃないかなって思ったの」
「…ま、当たらずも遠からずだよな」
「…うん」
この前二人に会った時の事を思い出す。
二人の症状は、以前よりはるかに悪化していた。
ユキは全ての選択を爽に委ね。
爽は爽で、当然のようにユキに命令して。
ユキもまた、それを完全に受け入れる。
まるで、神の啓示のごとく。
「でも、なんとかしようとは思わないんだ?」
「…うん。だって、二人が幸せなんだもの」
実際、誰も困っていないのも事実だった。
お互いがお互いに狂気をもって愛し合うのであれば、
それはそれでハッピーエンドなんだろう。
危惧する事があるとすれば、
二人のうちどちらかが欠けてしまった時。
例えば爽が死んでしまったら、
ユキは迷わず後を追ってしまう気がする。
せめて、二人が私より長生きしてくれますように。
そう願いながら、私はテレビの電源を消した。
(完)
-------------------------------------------------
補足:わかりにくいと思われる部分の説明
-------------------------------------------------
『空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空』
旧約聖書、伝道の書1:2より。
聖書としての解釈は人それぞれなので
深く明言するのは避けます。
本作の獅子原爽は、本文を
『人がどれだけ努力してもそこには
何の意味もなく、むなしく空虚なものである』
という意味でとらえており、
転じて
『私がお前のためを思ってとった行動は
全部意味がないものだった』
という自嘲を表現しています。
-------------------------------------------
『あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ』
同じく旧約聖書、伝道の書12:1より。
本作の真屋由暉子は本文を
『人間のする事なんて正直意味がないもので
結局は神様のする事がすべてだから
早くそれに気づきなさい』
という意味でとらえています。
伝道の書の締めくくりをあえて返しとする事で
『貴女の取った行動は空虚なんかじゃありません。
だって、私にとって貴女は神様なんですから』
という崇拝とも呼べる依存を表現しています。
-------------------------------------------
『桧森誓子が深い深いため息を吐いた』理由
理由の一つは作中で語られていますが、
ここで桧森誓子が強く出なかった理由が
もう一つありました。
桧森誓子視点では獅子原爽と真屋由暉子は
相思相愛に見えており、それゆえにお互いに
依存しているのだと考えていました。
とはいえ、本人に対して
「貴女ユキの事が好きでしょ」だとか
「ユキも多分貴女の事が好きよ」だといった
内容を暴露するのはマナー違反だと
桧森誓子は考えており、ゆえに
言葉を濁したような表現にとどまっています。
もっとも、仮に桧森誓子が
すべてをあけすけに語っていたとしても、
結末は変わらなかったのですが。
ちなみにこの点については
完全に桧森誓子の勘違いで、
実際にはこの時点での二人に
恋愛感情はありませんでした。
無表情なユキを見て
何を考えているのか知りたくなった
誰かの役に立ちたい
そう言いながら同級生の
言いなりになってるユキを見て、
別の道を示してやりたいって思った
だから私は、ユキに道を指し示す
真っ白なユキは、私の言葉全てを
吸収していった
そしてユキは、黒く、黒く
<登場人物>
獅子原爽,真屋由暉子,桧森誓子,岩館揺杏
<症状>
・意志薄弱
・共依存
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・爽ユキで共依存ものをシリアスで、
できればファンタジー要素はなし
--------------------------------------------------------
ちょっと前から気になってたんだ。
いっつも一人で何か仕事をしてる中学生。
表情が苦しそうには見えなかったから、
そこまで深刻に考えなくていいのはわかってた。
とはいえ、表情をまるで
見せないって事自体も気になってた。
喜怒哀楽、そのどれも伺う事ができない、
ただただ何もない無表情。
その裏じゃ一体何を考えてんだろうな?
「だいじょうぶかー?ちゅうがくせー」
だから声を掛けてみた。
や、もちろん純粋に転んだのを
助けようと思ったのも事実だけど。
でも、話し掛けるいい口実ができたと
思ったのも事実で。
これをきっかけに、人となりを知れたらいいな、
なんて思った。
まさかこの、ほんの少しの好奇心が、
自分の人生を大きく変える事になるなんて。
その時の私には、予想できるはずもなかったんだ。
--------------------------------------------------------
『真っ白なユキを、黒く、黒く』
--------------------------------------------------------
私を部室に連れてきた爽先輩は、
牌を手繰り寄せながら私に問い掛けました。
「お前なんで同級生たちの言いなりになってんの」
特に理由なんてありませんでした。
私には取り柄とか何もないから、
何か頼まれごとをしていると
落ち着くというだけで。
誰かの役に立ちたい。
でも、できる事は知れている。
だから結果的に、何でも屋に
なっていただけなんです。
今の境遇に不満があるわけでもありませんでした。
でも、どこか物足りないと感じていたのも事実で。
そんな私に、爽先輩は道を示してくれました。
「真屋由暉子大改造計画だ!」
そう、それは何の変哲もない凡人である私を、
人の心を明るくするアイドルへと変身させる道。
世界がいっぺんに変わりました。
爽先輩は、何もないと思っていた私に
取り柄を見出してくれました。
さらにはその取り柄を生かして、
より多くの人に喜んでもらえる
道を教えてくれました。
「ユキ 来年ここに入りなよ」
「有珠山高校」
この頃からだったと思います。
私の中で、心境に変化が生まれたのは。
不特定多数の『誰か』ではなく、
他でもない先輩たちの役に立ちたい。
そう考えられるようになったのは、
やっぱり爽先輩の影響が大きかったんです。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
そんな深い意味はなかったんだ。
ただ、もったいないと思っただけなんだ。
ユキが、自ら望んで仕事を
引き受けていたのはわかった。
それで相手も喜ぶのなら、確かに
ユキにとっては理想の環境なのかもしれない。
でもそれって、結局相手からしたら
ユキは『体のいい使いっぱしり』でしかなくて。
『居なくても別に困らない』そんな存在に
過ぎないじゃないだろうか。
だとしたら…なんか悔しいじゃないか。
あれだけ可愛いんだ。
誰かを喜ばせたいのなら、もっと他に
やりようがあるって思ったんだ。
誰にでもできる雑用なんかじゃなくて。
ユキにしかできない、そんな生き方が
選べるんじゃないかって思ったんだ。
そして私は、ユキの改造計画を発動する。
ユキは私の言う事をよく聞いた。
若干モサい髪の毛をなんとかして、
オシャレな服にするだけで、
見違えるように可愛くなった。
こいつはいける。
気をよくした私は調子に乗って
『真屋由暉子アイドルプロジェクト』を
本格的に取り組むことを決めた。
それは私自身の楽しみでもあったけれど、
ユキにもいい効果を生んでると思った。
だって、あの無表情だったユキが、
少しずつ笑うようになってきたから。
「ユキやったぞ!ほらこんなに
デカデカと雑誌に載った!」
「ふふ、そうですね」
「お、流石のユキさんも
これには思わずにっこりか」
「私達の努力が実った事もそうですけど…
先輩が喜んでくれるのが嬉しいんです」
そう言って柔らかく微笑むユキは、
本当のアイドルみたいに愛らしかった。
そんなユキの笑顔を見たくて、
私はついユキをあれこれ弄ってしまう。
まー、悪ノリし過ぎて時折
痛烈なツッコミを受ける事もあったけど。
「爽先輩がそう言うなら、きっと、
その方がいいんだと思います」
なんて言いながら、ユキは
私の提案を嫌な顔一つしないで
受け入れてくれた。
だから私は、気づかなかった。
事態がどんどん深刻化している事に。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
先輩たちから、とりわけ爽先輩から、
返しきれない程たくさんのものをもらいました。
もちろん、その恩義を返したいという
気持ちもありましたけど。
でも、何よりも先輩たちの喜ぶように生きたい。
私がそうであったように、
先輩たちにも喜んでほしい。
強くそう思う様になりました。
そして、その目標を満たす事は
それほど難しくありませんでした。
なぜなら、道はすべて爽先輩が示してくれるからです。
アイドルとして台頭するための戦略も。
麻雀で勝つための戦略も。
対戦相手の癖や注意する点も。
すべて、すべて爽先輩が教えてくれます。
私はただそれに従えばいい。
与えられた指示にただ忠実に、
全力で従えばいい。
そうすれば、先輩たちを。
爽先輩を喜ばせることができる。
だからこれからもよろしくお願いします。
私に道を示してください。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
チカが脈絡もなく問い詰めてきた。
「ねえ爽。最近ユキに構い過ぎじゃない?」
たまたまチカと二人っきりになって。
何をするでもなくダラダラ時間を
潰してた時の事だった。
肩を竦めて苦笑する。
『また始まった』
そのくらいにしか思わなかった。
ヤキモチ妬き。チカは割とそういうとこがある。
(だからって、後輩にまで妬くのは
流石に大人げないと思うぞ?)
なんて軽口を叩こうとして、
チカの顔を見て意表を突かれた。
チカのその目は、その顔は。
思った以上に深刻だったから。
「ちょっと前から気になってたのよ」
「ユキ、どんどん自分が無くなっている気がするの」
「自分がないって…あのラスボスを前に何言ってんだ」
「あの子、爽の言う事なら
何でも聞くようになってきてる」
「いやいやそれはないだろ。この前も
部室の前でとおせんぼしてたのに
やすやすと突破されたぞ?」
「そういう普段の漫才話じゃなくて。
なんて言うか、生き方って言うか。
もっと大切なところで、
駄目になってきてる気がするの」
チカの真摯な訴えに、私は腕を組んで考える。
正直寝耳に水だった。
最近のユキはよく笑う。アイドル計画も順調だ。
何もかもが上手くいっているとしか
思えなかった。
とはいえチカがここまで真剣に
咎めてくる事も珍しい。
もう一度、チカの言葉を
頭反芻してみる事にする。
『ユキ、どんどん自分が無くなっている気がするの』
そんな事はないだろ。
むしろ自分がなかったというなら、
出会った頃の方が危うかった。
今のユキの方が絶対にいい。
『あの子、爽の言う事なら
何でも聞くようになってきてる』
これも違うんじゃないかと思う。
そりゃ、チカが私の言う事に従う事も多いけど。
それは命令に服従してるとかじゃなくて、
私の提案にユキが賛同してるだけで。
ユキ自身がそうしたいからそうしてるんだ。
「んー、やっぱり別に、問題は…」
チカの訴えを棄却しようとした刹那の事だった。
不意に、あるユキの言葉が脳裏をよぎる。
『先輩が喜んでくれるのが嬉しいんです』
――!!
取り立てて問題はなさそうなその台詞。
でも、私はそこに、ある可能性を見つけてしまう。
背筋を冷たい汗が伝っていった。
あんまり嬉しそうに笑うから見逃していた。
ユキは、確かに危ない兆候を見せていた。
『先輩が』
『喜んでくれるのが』
『嬉しいんです』
それは裏を返せば。ユキにとって、
アイドルの話はどうでもよくて。
単に私が喜んでいるから
受け入れているだけなんじゃないだろうか。
思い返してみれば、ユキ本人の口から、
『アイドルになりたい』と
聞いた覚えがなかった。
「……」
これまでの記憶がメリーゴーラウンドのように
ぐるぐる駆け巡る。
あれも、これも、それも、全部。
ユキが、その行為そのものを
喜んでいたシーンが見つからなくて。
私は知らず知らずのうちに、
拳をテーブルに叩きつけていた。
「…これじゃ、今までと何も
変わんないじゃないか…!」
私がしたい事をユキに押し付けて、
ユキは私が喜ぶからそれをする。
それを見て私が喜ぶからユキも喜ぶ。
その構図は、『取り柄がなかった』頃のユキと
何一つ変わっちゃいない。
「私がしていた事は…あいつらと
同じだったってのか?」
いいや、むしろもっと悪質だ。
だって私がしている事は、ユキの人生すら
大きく変えてしまうレベルなわけで。
そこに、ユキの意思が入ってないとしたら?
「…ありがと。チカの言う通りだった」
「わかってくれた?」
「ああ、目が覚めたよ。このままじゃ、
ユキは私の操り人形になっちゃう」
「少しずつ、ユキが自立できるように
軌道修正していくよ」
私の言葉を聞いたチカは、
目を伏せて深い深いため息を吐いた。
それが安堵から来るものなのか、
それとも呆れから来るものなのかは
わからなかったけど。
とにかく私は、チカのおかげで
過ちに気づく事ができた。
ちょうど今は三年生引退の時期。
老兵が一線を退くにはもってこいだろう。
早速私は、今度の引退式でジャブを入れる事にした。
それがユキにとって、どれほど
致命的な一撃となるかも知らないままに。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
すべてが順風満帆だと思っていました。
これからもこんな幸せが
続いていくのだと思っていました。
違ったんです。実際には、
私は薄氷の上に佇んでいたんです。
「あー、というわけで、
新部長に就任した岩館揺杏です」
「って、ガチでやりたくないんだけど。
やっぱここはユキにしといた方がいいんじゃない?
1年生で部長とか目を引くっしょ」
「聞く耳持ちません。じゃんけんで負けたんだから
大人しくお縄につきなさい」
「そーそー。ぜひ強力なリーダーシップを発揮して
私たちを安心させてくれ」
「正直爽とチカセン抜けちゃったら、
インハイ予選すら通過できない気がすんだけど」
「そもそも人数不足だしなー。
ま、正直私たちも好き勝手やってたし、
お前らなりの麻雀部を作ればいいと思うよ」
「ま、後は任せた!」
目の前で語られる会話が、ひどく
現実味のないものに感じられました。
薄い膜で隔てられているかのように、
くぐもって聞こえて、まるで
頭に入ってきてくれません。
視界が酷く暗くなって、体の体温が
急激に下がっていくのを感じます。
得体のしれない恐怖に囚われながらも、
私はやっとの思いで声を絞り出しました。
「…もう、部室には来なくなるんですか?」
「いや、それはないかな。
正直インターハイの話がなければ、
引退も何もないゆるーい部活だったわけだし」
「なんだかんだ、卒業まではずっと居ると思うよ」
爽先輩の返答に胸を撫で下ろします。
そして次の瞬間私は震え上がりました。
だって、その言葉は、裏を返せば…
『この関係が維持されるのは卒業まで』
明確に期限を区切られたのと
同義だったのですから。
後半年もすれば、私は爽先輩を失ってしまうのです。
呼吸が浅くなっていきます。
酸素が頭に届かなくなっていきます。
「ちょ、ちょっとユキ大丈夫?
なんかすごく震えてるけど」
身体が酷く冷たくて、震えが
止まらなくなっていきます
胸が苦しくなって、
呼吸ができなくなって
苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて
どうすればいいかわかりません
助けてください爽先輩
あ、あ、あ、あ
「ユキ!!!」
全てが真っ黒になっていきます
狭まっていく視界の中、ぐるんと世界が反転して
--------------------------------------------------------
そして、私は意識を失いました
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
ユキが突然倒れた原因。
医者の出した結論は
私の度肝を抜くものだった。
『極度の心理的ストレス』
つまりは精神的な疾患ということだ。
原因が私にあることは明白だった。
だってユキは、私が見舞いに行ったら酷く喜んで。
私が帰ろうとすると、また痙攣し始めるんだから。
それを三回繰り返したのち、
私は面会謝絶になった。
反動が大きい劇薬なんて、
ない方がましという事らしい。
私が思っていた以上に、私という病原菌は
ユキの心を蝕んでいた。
私は一体、何をしたら
この罪を贖えるのだろう。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
爽先輩が面会謝絶になりました
その事実は、私の心をさらに壊していきました
違うんです、私にはあの人が必要なんです
いいえ、あの人は私のすべてなんです
なのに、爽先輩の顔を見ると
いずれ訪れる別れを想像してしまって
そしたら体が震え出すんです
どうしたらいいんですか
教えてください爽先輩
そんな胸の内を吐露したら、
お医者さんは私にこう告げました
『真屋さん、貴女は獅子原さんに
少し依存し過ぎている』
『今は距離を置いて落ち着くのを待ちましょう』
お医者さんの出した結論
それは、私の求めていた
答えではありませんでした
ただ、その言葉は私に
一つの気づきをもたらしました
そうです
私はもう爽先輩に深く依存している
もはや爽先輩なしでは一歩も動けない程に
だとしたら私が取れる道は二つ
何があっても爽先輩にしがみ付くか
それとも、爽先輩の重荷にならないように
跡形もなくこの世から消えるか
その二択しかありません
私の幸せを考えるなら前者でしょう
でも、先輩の幸せを考えたら
後者の方がいいのかもしれません
もしかしたら、先輩も前者を
望んでくれるのかもしれません
どちらにせよ、私は――
--------------------------------------------------------
先輩が、よろこぶように生きたい
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
数週間後
病院を退院したユキは、
すぐに私を呼び出した
正直私は躊躇った
今のユキにとって、
私は麻薬のようなもんだろう
せっかく数週間かけて
やっと退院できたのに、
私に会ったせいで、あっという間に
ぶり返す可能性だってある
ユキのためを思うなら
私はこのまま、ユキの前から
姿を消した方がいいのかもしれない
それでも、私はユキに会う事を選択した
このまま終わるのは嫌だった
侵すだけ侵しておいて、そのまま
フェードアウトなんて最悪だ
できる事なら、責任を取らせてほしい
私は決意を固めると、ユキに指定された
場所に向けて、ゆっくりと足を踏み出した
--------------------------------------------------------
屋上でぼんやりと空を眺めていたら、
爽先輩が姿を現しました
「…よ。退院おめでと」
「…ありがとうございます」
久しぶりに会えた爽先輩は、
少し痩せたような気がします
でも私が笑顔を見せると、
爽先輩も微笑んでくれました
次に爽先輩は空に目をやると、
眩しそうに日差しを手で覆います
「いい天気だなー」
「そうですね」
不意に会話が途切れます
爽先輩は、顔から笑みを取り去ると
ひどく虚ろな、自嘲じみた顔で
ぽつりとこぼすように呟きました
「…空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空」
「……」
「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」
「……」
爽先輩と私の視線が交錯します
私達の関係に対する見解はどうやら
異なっていたようでした
「…それが、先輩の答えですか?」
「答えっていうか…悔恨だな」
「今まで、良かれと思って
いろいろユキに言ってきたけど。
それは、全部私の独りよがりだった」
「私のしたことは結局。真っ白だったユキを、
黒く、黒く汚しただけだったんだ」
「私はそうは思いません」
私が爽先輩に依存しているのは事実でしょう
心優しい爽先輩にとって、それは
許しがたい過ちだったのかもしれません
「でも、私は確かに幸せでした」
「爽先輩のおかげで幸せになれました」
先輩は私を黒く汚したと嘆いたけれど
もし爽先輩がそうしたいと望むなら
私は、いくらでも黒く、汚されて、穢れたいんです
「でも」
「私は、先輩の重荷になりたくはありません。
先輩が嫌だというのなら、私は先輩から離れます」
「自立するように心掛けます」
「それでも自立できなかったなら…」
「迷惑を掛けないように、この世を去ります」
「…そっか」
私の回答を聞いた先輩は、泣きそうな顔をして、
酷く苦しそうに笑いました
--------------------------------------------------------
ユキを依存させてしまった私にできる事
考えた末、用意できたのは二択だった
一つは、自分の足で立てるように促す事
世間一般の道徳と照らし合わせれば
こっち一択だろう
もう一つは、このままどこまでも
依存させてやる事
一度溺れさせた以上
責任をもって最期まで面倒を見る
決して褒められた道ではないけれど
ユキの幸せを願うならこれもありかと思った
選んでもらおうと思った
ユキがしたいと思う方を
でも、悲しいかな
ユキからはもう、
選択する能力は失われていた
最後の最後まで、ユキは私の答えを求めた
しかも、どちらの選択肢を選んでも、
結果は同じになるように思えた
『私に言われたから自立する』
仮にそれを成し遂げたとして、
ユキは私の束縛から脱出したと言えるんだろうか
言えないだろう
それは、『自立しろ』という
私の命令を、ただ盲目に遂行するだけだ
ユキはもう私から逃げられない
もうその事実は変わらない
だとしたら、私の言う台詞はこうだ
「なあ、ユキ。一つお願いがあるんだ」
「…なんですか?」
「お前の人生、全部私にくれないか?」
ユキの目が大きく開かれた
「全部くれ。お前に関する決定権を、
全部私に譲ってくれ」
「私の、操り人形になってくれ」
その言葉を聞いたユキは、
本当に、本当に
本当に、救われたかのように
その綺麗な顔をぐしゃぐしゃにゆがめて
涙をぼろぼろ零しながら頷いた
「…はいっ……私のすべて…爽先輩に委ねますっ……」
ユキが私に抱きついて
その全体重を私に預ける
こうしてユキは、人間としての生を終えた
それでもユキは…心の底から、幸せそうだった
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
何気なくテレビをつけると、
今や国民的アイドルとなった後輩が
画面一杯に映し出された。
「おー、ユキまた出てるじゃん。
すっかり出世しちゃったなー」
「そうねぇ。今でも時々会ったりするけど、
こうやってテレビで見るとなんか
遠い世界に行っちゃった気がするわ」
ユキはあの後、爽のプロデュースで芸能界に躍り出た。
インターハイで得た知名度とその容姿を武器に、
次代の牌のお姉さんを襲名すべく
瑞原プロにアタックを繰り返している。
もちろんそれも爽の指示によるもので。
きっと今も、あの舞台の楽屋裏では
爽が仁王立ちでユキを見つめているのだろう。
「…結局、爽はわかってくれないままだったわ」
「引退前に一度つっついたんだっけ?」
「うん」
「遠回し過ぎたんじゃね?」
「…だって、言いにくいじゃない」
「『狂ってるのは、貴女も同じ』だなんて」
あの日、爽は自分の行為が
ユキを依存させている事には気づいてくれた。
でも、自分がユキに依存している事には
気づいてくれなかった。
「ユキの幸せを願って、爽が動く。
爽の幸せを願って、ユキは全てを受け入れる」
「ウロボロスの輪みたいだわ。
尻尾をくわえこんだ蛇っていうか」
「教会の娘的には許せないって?」
「許せないっていうか…怖かったのよ。
三年生になってからの爽って、全部が全部、
ユキのために動いてるって感じがしたから」
「このまま行ったら、二人で全部完結しちゃって…
そのうち、ふっと二人とも
居なくなっちゃうんじゃないかなって思ったの」
「…ま、当たらずも遠からずだよな」
「…うん」
この前二人に会った時の事を思い出す。
二人の症状は、以前よりはるかに悪化していた。
ユキは全ての選択を爽に委ね。
爽は爽で、当然のようにユキに命令して。
ユキもまた、それを完全に受け入れる。
まるで、神の啓示のごとく。
「でも、なんとかしようとは思わないんだ?」
「…うん。だって、二人が幸せなんだもの」
実際、誰も困っていないのも事実だった。
お互いがお互いに狂気をもって愛し合うのであれば、
それはそれでハッピーエンドなんだろう。
危惧する事があるとすれば、
二人のうちどちらかが欠けてしまった時。
例えば爽が死んでしまったら、
ユキは迷わず後を追ってしまう気がする。
せめて、二人が私より長生きしてくれますように。
そう願いながら、私はテレビの電源を消した。
(完)
-------------------------------------------------
補足:わかりにくいと思われる部分の説明
-------------------------------------------------
『空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空』
旧約聖書、伝道の書1:2より。
聖書としての解釈は人それぞれなので
深く明言するのは避けます。
本作の獅子原爽は、本文を
『人がどれだけ努力してもそこには
何の意味もなく、むなしく空虚なものである』
という意味でとらえており、
転じて
『私がお前のためを思ってとった行動は
全部意味がないものだった』
という自嘲を表現しています。
-------------------------------------------
『あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ』
同じく旧約聖書、伝道の書12:1より。
本作の真屋由暉子は本文を
『人間のする事なんて正直意味がないもので
結局は神様のする事がすべてだから
早くそれに気づきなさい』
という意味でとらえています。
伝道の書の締めくくりをあえて返しとする事で
『貴女の取った行動は空虚なんかじゃありません。
だって、私にとって貴女は神様なんですから』
という崇拝とも呼べる依存を表現しています。
-------------------------------------------
『桧森誓子が深い深いため息を吐いた』理由
理由の一つは作中で語られていますが、
ここで桧森誓子が強く出なかった理由が
もう一つありました。
桧森誓子視点では獅子原爽と真屋由暉子は
相思相愛に見えており、それゆえにお互いに
依存しているのだと考えていました。
とはいえ、本人に対して
「貴女ユキの事が好きでしょ」だとか
「ユキも多分貴女の事が好きよ」だといった
内容を暴露するのはマナー違反だと
桧森誓子は考えており、ゆえに
言葉を濁したような表現にとどまっています。
もっとも、仮に桧森誓子が
すべてをあけすけに語っていたとしても、
結末は変わらなかったのですが。
ちなみにこの点については
完全に桧森誓子の勘違いで、
実際にはこの時点での二人に
恋愛感情はありませんでした。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/175201807
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
http://blog.sakura.ne.jp/tb/175201807
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
操り人形という表現がグッと来ますね。共演者のアイドルとイチャつけとかそういう指示とか出すんでしょうか。それとも嫉妬混じりにあんまりベタベタするなとか言うんでしょうか。
聖書ネタも上手く入っていて流石の文章力ですね!
あと、聖書の内容まで知ってるなんてとても博識で素直に尊敬します。
これからもドロドロした作品楽しみにしてます(^^)
↓
祖母が亡くなる。なんのためにピアノを弾いてるのかわからなくなる
↓
しばらく魂が抜けたような状態になった
という話を聞いたことがあります。その話をした人は誰かが喜んでくれるという理由だけで物事をやってはだめだよ、と言っていましたが、この話の2人はどちらが欠けても抜け殻のようになりそうで…。
どちらが欠けてもダメなのはまさに共依存ですね…。
全てをくれ>
由暉子
「『くれ』と言いながら
私のためなんですよね…」
爽「他に解決法が見つからなかった」
操り人形>
爽「せいぜいユキが幸せになるように操るさ」
由暉子
「基本私が嫌がる命令は出しませんね」
聖書ネタも上手く>
爽「ありがとな!でもできれば
ちょっと間違った使い方したかった!」
由暉子
「聖書を読んだのも随分前ですからね…
読み直しが必要そうです」
爽由珍しかったですが>
爽「リクエストさまさまだな」
由暉子
「でも原作の私も少し危ういとは思います」
誰かが喜んでくれるという理由>
爽「まさに今回のテーマだな」
由暉子
「喜ばせる方が実は依存している、
という事は意外によくあると思います」
文字通りの偶像>
爽「誰かの求める姿になるっていう点では
アイドルって道はぴったりだったのかもな」
由暉子
「そう考えると、原作でアイドルを
目指しているのも少し怖いものを
感じますね」