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【咲-Saki-SS:憧穏】穏乃「見つけた。また、燃えられるものを」【ほのぼの】【執着】
<あらすじ>
インターハイを終えて数週間。
穏乃は体に纏わりつく倦怠感を拭えずにいた。
頂(いただき)を目指して鎬を削る高揚感。
その苛烈さに身を焼かれた穏乃にとって、
日常はあまりに退屈過ぎた。
だからと言って、次のインターハイは
気が遠くなるほど先の話。
何か燃えられるものはないものか、
穏乃は代わりを探し始める。
そしてその答えは、意外なところに転がっていて――
※中身はもっと軽いです。
<登場人物>
高鴨穏乃,新子憧,松実宥,松実玄,鷺森灼
<症状>
・執着(軽微)
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・なんやかんや色々あって
だんだんとくっついていく穏憧
→だんだんとどころか
一気にくっついちゃいました。
ごめんなさい。
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きっかけは取るに足らない勉強会だった。
いつも通り憧の家に強制収容された私。
憧は嫌がる私を机に押し付けて、
脳に無理矢理勉強を流し込んでいく。
「うわぁあああ洗脳される―っ!!」
「嫌な言い方しないでよ。
こうでもしないと勉強しない
しずが悪いんだからね?」
「が、学生には勉強より
大切なものがあるかなって」
「『学業に生きる』から『学生』。
本分は勉強よ。メインを
おろそかにするようじゃ話になんないわ」
「ほら、わかったらキリキリ勉強する!」
「…はーい」
不承不承シャープペンを手に取ると、
教科書とにらめっこし始める。
教科書の横に添えられた憧のノートは、
複数のペンでカラフルに
要点がわかりやすくまとめてあって。
板書ですら時々諦める私からすれば、
もはや一種の芸術作品にさえ見えた。
「これ授業中にやってんの?」
「まーね」
「こんなの作ってたら、
逆に授業ついてけなくない?」
「内容は予習で把握してるからね。
授業の時は復習がてら要点を
ノートにまとめてるのよ」
「優等生か」
「優等生よ」
憧のこういうところは素直にすごいなあと思う。
上級生にタメ口だったりとか、ぱっと見
不真面目に見られがちな憧だけど。
実は誰よりも真面目なんだ。
うちで一番麻雀が上手いのも憧。
それも、私達の中で誰よりも真摯に
麻雀と向き合ってきた結果だと思う。
「じゃ、私はちょっと飲み物取ってくるから。
その調子で勉強してなよ?」
感心しながらノートに見入っていた様子を見て
勉強していると勘違いしたのか、
憧がすくりと立ち上がった。
「はーい」
生返事をしながら、憧が部屋の外に
消えていくのをぼんやり眺める。
そして、完全に見えなくなった次の瞬間。
シャープペンをほおり出して寝転がる。
「見習わなきゃ…とは思うんだけどなあ。
なんか、集中力が続かないんだよねー」
インターハイで頑張り過ぎた反動だろうか。
何をするにもどこか本気になれず、
気怠さが全身を支配している。
燃え尽き症候群って奴かもしれない。
麻雀に対する興味が無くなったって
わけじゃないんだけれど。
「なんかこう、燃えられる事ってないかなー。
まあでも、少なくとも勉強では無理だよなー」
「そもそもさ。憧の部屋で勉強っていうのが、
もう選択ミスだと思うんだよね」
だって、憧の部屋はすごく居心地が良くて、
ついつい眠ってしまいたくなるくらいなわけで。
こんな和み空間で勉強しろって言う方が
どうかしてると思う。
「……むにゃ」
「はっ、あっぶな、今ちょっと寝かけてた!」
まぶたがとろんと落ちかけたのに気付いて、
慌てて首を振り回す。
駄目だ、このままじゃ寝る。
「ええと、何か気付けになりそうなものは…っと」
きょろきょろ部屋を見渡していたら、
綺麗に整頓された本棚が目に入った。
「あ、そう言えば最近読んでないや」
綺麗に並べられてるファッション雑誌。
FIFTEENとか、HSRとか、
他にもなんかそれっぽいのがたくさん。
自分で買うのはちょっと恥ずかしくて、
時々憧の家に来てはこっそり読ませてもらってる。
まあ、学んだ結果が実生活に生かされる事は
ほとんどないんだけど。
「『キラキラした恋愛のノウハウを伝授!』かあ」
何気なく取り出した一冊をパラパラとめくる。
ところどころ付箋が挟まってるあたり、
憧はちゃんと熟読しているんだろう。
こういうのを見ると、憧は全力で
女子高生してるなって思う。
家に帰るなり山に飛び出しちゃう私とは大違いだ。
「恋でもしたら、インハイくらい燃えられるのかな」
「なんてなー。全然想像がつかないや」
ページをめくるたびに、キラキラと
眩しい女子高生の実態が、
目に痛いくらい飛び込んでくる。
私も、この子達と同じように
学生生活を送っているはずなのに、
どこか別世界の話みたいだった。
まあ阿知賀にいる以上、男子と話す事自体
ほとんど機会がないんだけれど。
「うん、女子高生力が100アップした!」
ページをめくって満足した…というか飽きた私は、
ろくに内容も理解せず雑誌を本棚に戻そうとする。
その時、本棚に並んでいたある雑誌の背表紙が、
ちょっとだけ視界の端に入り込んだ。
「……えぇっ!?」
それは、ほんの一瞬視界に入っただけ。
でも、そのキャッチコピーが
私に与えた衝撃は相当なもので。
思わず驚きの声をあげてしまった。
「えっ、ちょ、何これ、え?」
慌ててその本を取り出すと、
今度は食い入るように読み始める。
一字一句漏らすまいと、
目を皿のようにして。
その集中力たるや、憧が戻ってくる
足音すら聞き逃す程だった。
「……その集中力を勉強の方に回しなさいよ」
「あっ、憧!?忍び足で来るなんてズルいぞ!」
「してないって。どんだけ全力でサボってたのよ」
背後から呆れた声を投げかけられて、
反射的に雑誌をバタンと閉じる。
なんだか、後ろめたい事してる瞬間を
見られた気分だった。
いや、実際思いっきり勉強サボってたんだから
後ろめたいのは事実なんだけど。
そういうのとはちょっと違う…
こう、ハイトクテキ、みたいな奴?
まだ、雑誌の内容が頭から離れない。
なんて、どこか夢見心地に浸っていたら、
憧の無慈悲な声で現実に引き戻された。
「サボった罰。勉強時間1時間追加ね?」
「ちょっ、いくらなんでも酷くない!?」
「酷いのはたった数分目を離しただけで
サボり出すあんたの怠け癖だってば」
「頑張ったらその雑誌は貸してあげるから、
少しはこっちに集中しなさいよ」
「ホントっ!?」
「あ、うん…ていうか、なんで
そんな食いつきいいの?」
俄然やる気が沸いてきた。
憧の提案に身を乗り出した私は、
問い掛けをスルーして一心不乱に勉強し始める。
「…しずがファッション雑誌に
そこまで興味持つとはねぇ。
何がそんなに気になったわけ?」
「秘密!」
私の変わりっぷりに舌を巻いた憧が
からかうような口調で問い詰めるけど、
文字を書く手は緩めない。
一刻も早く終わらせて、
さっきの続きを読みたいから。
「…はい、お疲れさま。いつも
この調子で勉強してくれればいいのに」
勉強を始めて3時間。私はノンストップで
一気に宿題を終わらせた。
こんなに集中したのはいつぶりだろう。
「というわけで帰る!雑誌は借りてくから!」
言うなり私は立ち上がると、雑誌を隠すように
抱えながら憧の家を飛び出した。
「ちょ、しず!?……もう、
少しぐらい休んでいきなさいよ」
呆れるような憧の声が背中を撫でるも、
止まる事無く走り続ける。
頭の中はもう、完全に
記事の見出しで埋め尽くされいていた。
脳裏に焼き付いた記事のタイトル。
そう、そのタイトルは――
『特集:リアル百合カップル30組!
恋人に選ぶなら男子?それとも…女子!?』
――胸が、早鐘みたいに鳴り響いていた。
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家に帰りつくなり貪るように読み始る。
雑誌に綴られた内容は、
私の常識を粉々に打ち砕くものだった。
「え!?何!?女の子同士で付き合うのって普通なの!?」
「え?え?ここまでしちゃうの!?え、ホントに!?」
同性愛。
もちろん、そういった世界がある事は知ってるし、
そういう人を差別するつもりはないけれど。
でも、やっぱりどこか別の世界の話で。
こんなにも身近に、世間に広く
受け入れられてるとは思ってなかった。
『ある日、先輩が教室に突然飛び込んできて。
教室の中心で、大声で愛を叫んだんです』
『私は、君が欲しい!!』
『そしたら、心が熱く燃え出して。
先輩の手を強く握っちゃったんです』
例えば、学校の教室で堂々と
愛の告白をぶちまけちゃうカップルの話とか。
『先輩が、心の中で縛りを掛けます。
そうすると、先輩の体が拘束されて』
『同時に私の体にも、全身が大きく
震えるくらいの衝撃が走り抜けるんです』
『そんな時。ああ、私達って一心同体なんだなって。
思わずうっとりしちゃうんです』
ちょっと何を言ってるのかよくわからないけど、
倒錯した趣味を持つカップルの話だとか。
『ご主人様が鎖をつけろっていうんです。
私が悪さをしないようにって』
『最初は動きにくくて仕方なかったけれど、
いつの間にか、ないと落ち着かなくなって』
『ああ、この鎖は私達の愛の証なんだなって。
素直にそう思えるようになったんです』
これ本当に女子高生なの?って疑いたくなるような
狂気じみたSM体験まで載っていて。
他にも、『女の子同士で付き合うのは当たり前』
と言わんばかりにたくさんの事例が載せられていた。
「そ、そっか…女の子同士で付き合うのって、
意外と普通の事なんだ!」
目からうろこが落ちたような気分だった。
まるで出会いのない男子ではなくて、
すぐそばに居る女子が恋愛対象になるという事実。
そう考えたら、『恋愛』という今まで
別世界の空想に過ぎなかったものが、
少しだけ身近に感じられる気がする。
――とは言っても。
「だからって、私が恋愛するのはまた別の話だよね」
性別で相手を決めるわけじゃなし。
私にそういう相手がいない事には変わりない。
「うーん。最初見た時は、
コレだ!って思ったんだけどなぁ」
見出しを読んだ時の熱が徐々に冷めていく。
ページをめくるスピードが速くなっていく。
結局この雑誌も、私の熱を呼び起こす事はなさそうだ。
半ば読み飛ばすように進めていたら、
もう最後の記事になっていた。
「あ…この記事だけは片想いなんだ」
特集記事のほとんどが、両想いのカップルによる
幸せな記憶で占められる中。
ただ一つだけ載せられた、絶賛片想い中の記事。
その甘酸っぱさが、通り一辺倒な
幸せ話に飽きていた私の興味を引いた。
「うん、最後のくらいはしっかり読もうかな」
何か他と違うものを感じ取って、
少しだけじっくりと読む事にした私。
そして、その直感は正しくて。
その文は、私の心を貫く事になる。
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『私達は幼馴染だった。
だった、なんて表現したのは、
途中で一度別れてしまったから』
『進む道が分かれたくらいじゃ
私達の関係は変わらない。
なんて思っていたけれど。
実際には、あっさり疎遠になってしまった』
『高校生になった今。私はあの子の傍に居る。
昔幼馴染だった時と同じように、
あの子は隣で笑ってる』
『でも、私はあの頃とは変わってしまった』
『再会して気づいてしまった。
この想いが、ただの友情じゃない事に。
気づいてしまった。無意識のうちに
隅っこに押しやっていた真実に』
『私は、この子が好きなんだって』
――ドクン。
なぜか知らないけど、胸の鼓動が早くなった。
わかってる。これは別に、私に対して
ぶつけられた言葉じゃない。
それでも胸が、熱くなる。
熱がどんどん溜まっていく。
『あの子はきっと、私の気持ちに
気づいてはいないだろう』
『ううん、気づかれてはいけない』
『想いに気づかれた時。
それは私達の関係が終わる時だ』
呼吸がどんどん浅くなる。
息が苦しくて仕方ない。
なのに、読むのが止められない。
『いっそ、何も考えずに隣に居られた
あの頃に戻れたらいいのに』
『そう願っていながらも、今も私は
あの子の傍から離れられずにいる』
『あの子が振り向いてくれる可能性。
万に一つあるかもわからない可能性に縋りつつ』
『今も、胸の痛みを手で握り潰しながら』
独白はそこで終わっていた。
読み終えた私は、深い、深いため息を吐く。
肩に重たい何かが圧し掛かっていた。
それはあまりにも重たくて、
言葉を吐き出さずにはいられない。
「うわぁ…これ、きっつい」
終わりが見えない疲労感。
記事を読んだだけの私ですらこうなのだから、
本人の辛さは相当なものだろう。
「この人の恋…実るといいな」
記事の内容に想いを馳せながら、
彼女が幸せになるイメージを思い浮かべる。
もちろん顔なんて知らないから、
そこはふわふわした勝手なイメージで。
特定の誰かを思い浮かべるつもりなんて
さらさらなかった。
でも、頭に浮かんだ『彼女』は
みるみる明確な形を取り始めて。
次の瞬間――
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――なぜか、憧が私に微笑みかけていて――
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全身を、鳥肌が襲った。
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「ええぇ!?憧!?」
急いでページを巻き戻す。
もう一度頭から読み直す。
読み返す。読み返す。読み返す。
読めば読む程、記事の内容は
自分達の状況に酷似していると思――
――違う!似ているなんてもんじゃない!
これは、これは――
私達の状況そのものだ!!
だとしたら…これを書いたのって、もしかして…
「憧!?」
思わず、ぽとりと雑誌を取り落とす。
私は茫然と天井を見上げた。
「憧が、私の事を…」
「好き?」
ふいに脳裏によぎった疑念。
私にはそれが、真実としか思えなくなった。
真剣に麻雀に取り組みたい。
そう言って、私から離れていった憧。
計算高くて頭がいい憧の事だから。
中学はもちろん、高校も
計画に練り込んでいたはずで。
なのに憧は、私の傍に戻ってきてくれた。
偏差値70の全国常連校への切符を
破り捨ててまで。
ただ、私の思いつきのためだけに。
それはどうして?
考えれば考える程、これしか答えはないと思った。
『憧が私を好きだったから』
そう考えれば、全てにすんなり
説明がついてしまうのだから。
「……憧」
思わず名前を呼んでいた。
その声には、自分でもびっくりするくらい
酷く熱がこもっていて。
恥ずかしくて気が狂いそうになる。
でも、私が慄くのはこれからだった。
「え、なにこれ…!?」
ただ、名前を呟いただけ。それだけなのに。
胸の奥で、炎が激しく燃え始めて。
熱くて、熱くて、熱くて、熱い。
頭の中に、憧の姿が次から次へと浮かんでくる。
笑顔の憧、怒ってる憧、呆れてる憧、優しい憧…
どの憧も、まっすぐ私を見つめていて。
私の熱を、どうしようもない温度に押し上げていく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
その熱さに耐えきれなくて、私は頭から布団をかぶると。
足をじたばたさせて悶え苦しんだ。
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心の落ち着かない日々が続いた。
憧で頭が埋め尽くされて、まるで気が休まらない。
例えば、ほら今も。通学路に憧の姿が見ただけで、
ほっぺたが勝手に緩んでしまう。
「なんかいい事でもあった?
やたらニコニコしてるけど」
「べ、別に!」
言えない。憧の顔が見れたからだ、なんて。
あれ、でも言ってもいいのかな?
憧も私の事好きなんだし。
「ていうか顔赤くない?実は風邪ひいて
朦朧としてるとかじゃないわよね?」
「ちっ、違うってば!」
ずい、と憧が距離を詰める。
わわ、近い、近いって憧!?
そんなに近づかれたら余計に
熱くなっちゃうってば!
「大丈夫だから!ほら、行こう!?」
無理矢理憧に顔を背けると、手を握って歩き出す。
それは、小さい頃からもう何百回と繰り返してきた行為。
なのに、なぜかすごく新鮮に感じられて。
なんだか緊張してしまう。
だって、憧の手がすごくやわらかいから。
「…やっぱなんか隠してるでしょ。
手汗凄いんだけど?」
「わわっ、ごめん!!」
反射的に繋いだ手を振りほどく。
それでも、憧のぬくもりは私の手の中に
今も確かに残っていて。
なんだか無性に恥ずかしくなって、
私はそのまま駆け出した。
「ちょ、しず!?置いてかないでよ!」
「ごめん!今日はちょっと先に行く!」
「あ、でも別に憧が嫌いなったわけじゃないから!
むしろ大好きだから!」
「は、はぁ!?きゅ、急に何言いだすのよ!?
ちょっと、止まりなさい!」
「しず!しずってば!!」
憧の制止も振り切って、無我夢中で走り続ける。
熱が、どんどんどんどん溜まっていく。
それを何とか吐き出したくて、
ひたすら道を駆け抜ける。
あっという間に学校に辿りつくも、
胸の鼓動は一向に収まってくれなくて。
「うぉぉぉおおおおーーーっ!!」
衝動の赴くそのままに、2周、3周と
学校の周りを走り続けた。
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丸一週間同じ行動を繰り返して、
私の奇行が軽く阿知賀で噂になり始めた頃。
私はついに決意した。
(このままじゃ駄目だ!思い切って憧に告白しよう!)
一度思い立ってしまえば、どうして最初から
そうしなかったのか不思議で仕方ない。
だって、私はもう当然のように憧が大好きで。
憧も、十中八九私の事が好きなんだから。
さっさと告白してくっついちゃえばいいんだ。
(多分、憧の方から告白はないよね。
ここは、私がビシッと決めないと!)
再会してから憧の想いに気づくまでの数か月間。
憧は全然そんな素振りを見せなかった。
つまり、憧は告白するつもりはないんだろう。
それも当然だと思う。私と違って、
憧は私の気持ちを知らないんだから。
(問題は、どうやって告白するかだよね。
一生に一回なんだから、
失敗したら一生憧に言われそう)
一見ふてぶてしい憧だけど、
あれで結構乙女っぽいところがある。
きっと、理想の告白みたいなイメージがあるはずだ。
できるだけそのイメージに近い告白をしてあげたい!
(告白…告白。どんな告白がいいのかなぁ)
なんて脳をフル回転させながら、
ぼーっと憧を凝視していた私。
でも次の瞬間、私はガタンと音を立てて、
勢いよく椅子から立ち上がる。
「なっ、何してんの!?」
視線の2m先。憧は宥さんと抱き合っていた。
「あ、これ?いつもの運吸収だけど」
「いつもの!?いつもこんな事してたの!?」
「い、インターハイの準決勝の時にね。
私の運を分けてほしいって言われて」
「んで、くっついてみたら
これが意外と効果ありでさ。
以来宥姉の調子がいい時は
その運を吸い取るべく抱きついてるのよね」
「はぁっ!?なんで!?憧はっ…!」
『私の事が好きなんじゃないの!?』
思わず口から出かかった言葉を、
必死に喉元で押しとどめた。
「??私は?何?」
「っ…!な、何でもないっ…!!」
問い掛けに言葉を詰まらせる。
いくらなんでも、みんなの見ている前で
憧の想いを暴露する事なんてできず。
私は口をつぐむしかない。
「?なんなんだか…しず、
あんた最近おかしくない?」
本当に何もわからないとばかりに
私の顔を覗き込む憧。
そのきょとんとした顔を見て、
私の頭に、また一つの仮説が浮かぶ。
もしかして、憧はもう――
――私の事好きじゃない……とか?
過去に私の事を好きだったのは事実として。
でも、あまりに無反応の私を見て、
脈なしと思って諦めちゃったんじゃないだろうか。
(……)
(……でも、だから、宥さんってわけ?)
(……)
胸の奥がすごいムカムカした。
割といつも落ち着きのない私だけど、
なんかこう、いつも以上に
じっとしていられない気分。
それも、酷く暴力的な意味で。
自分でも怖いくらい、
イライラの炎が体の中を灼いて行く。
何も悪くない宥さんに対して、
ひどく醜い気持ちがこみ上げてくる。
「ちょ、しず、ホントどうしたのよ。
なんかすごい怖い顔になってるわよ」
私の胸に湧き上がった激しい衝動。
憧は目ざとくそれに気づいて戸惑いの声を挙げる。
嬉しいけど、今は嬉しくなかった。
「な、なんでもない!
ちょっと目にゴミが入っただけ!」
「顔洗ってくる!」
適当な理由をつけて、弾かれるように部室を飛び出した。
胸の内では、まだどす黒いムカムカとイライラが
ぐるぐると渦を巻いている。
(……)
もちろん、本当に憧と宥さんが
付き合ってるかはわからない。
でも、ほっといたら危ない気がする。
憧はすごく可愛いから。
今はその気がなくても、憧に迫られたら
宥さんだって正気ではいられないはず。
だから、手遅れになる前に――
「取り返すんだ!憧を!!」
作戦を練らなくちゃ。憧を、
私のものにするための作戦を。
もう二度と……私から離れていかないように。
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最近、しずの様子が妙におかしい。
私と目を合わせただけでやたら挙動不審になったり、
顔を真っ赤にして俯いたりする。
避けられているかと言えばそうでもなく。
むしろ、私が誰かと話していると
間に割り込もうとしてくる。
そんな時のしずの目は、ちょっとだけ怖い。
あんなに嫌がっていた勉強会も、
積極的にねだるようになった。
一体どんな心境の変化があったんだか。
「…なんて、嘘。理由は想像つくのよね」
確信に近い推測。それが私の中にはあった。
まさか、あのしずに限って。
なんて思ったりもするのだけれど。
正直今のしずの行動は、そうとしか思えない。
そう。私に、恋してるって。
あの日、しずが抜いていった雑誌。
ひた隠しにしていたけど、そもそも
定期購読者の私に隠し通せるはずもなく。
私には、しずが何の記事に興味を持ったかまで
ある程度予想がついていた。
百合カップル特集号。
しかも、あの曰くつきの片想いが掲載された号。
きっと、あれがしずの心にも響いたのだろう。
「もしかして、脈ありなのかな」
正直ちょっと諦めていた。だって、
しずはそもそも色事自体に興味が無さそうで。
どれだけ一緒に居ても、さりげなく肌を重ねてみても。
まったく反応せず、友達扱いしか
してくれなかったから。
でも、そのしずがここ最近、
急に私の事を意識するようになっている。
特に宥姉とくっついてる時は凄い。
目が爛々と嫉妬に燃えて、
『お前は私のものだ!』と
言わんばかりに引き離そうとしてくる。
や、宥姉とはホントに何でもないんだけれど。
「…ま、でも。誤解してくれてるなら。
それを利用しない手はないわよね」
今のしずの状態が、いつまでも続くとは思えない。
きっと、普段考えた事もなかった恋愛が、
実はぐっと身近なものだと気づいて、
一時的に興奮してるだけ。
鉄は熱いうちに打て。
それが一過性のものだとしても、
私はこのチャンスを逃す気はない。
「この罠にかかりなさい…しず!」
間もなく始まる勉強会。私はあえて
ベッドに一冊のファッション雑誌を置き去りにした。
私の推測が正しければ、しずは必ずこの本に食いつく。
で、何らかのアクションを起こしてくるはず。
そして、しずがそれを実行した時――
私達の関係は、取り返しがつかなくなる。
そうなる事を夢に見て。
私は熱意をこめた視線を向けながら、
雑誌の表紙を指で撫でた。
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勉強会を終えたその足で、私は本屋に駆け込んだ。
憧の家にあったのと同じ雑誌を買うためだ。
ベッドの上に無造作に置かれていた雑誌。
それが憧の琴線に触れた事は一発でわかった。
憧は教科書でも雑誌でも、
気になる個所には必ず印をつける。
雑誌のあるページに、本当に、
本当に小さくだけどマークが付けられていた。
その記事の内容は――
『特集:はじめての…○○○特集!
どんなシチュエーションを選ぶ?』
これだ!これを熟読して、理想のデートコースを
完璧にトレースすれば。
きっと憧の気持ちを取り戻せるはずだ!
「待ってろ憧!憧の初めては私が奪う!!」
私はそう心に誓うと、勉強会の100倍は熱心に
デートコースを熟読し始めた。
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「珍しいわね、しずが街で遊ぼうとか」
「そ、そりゃ私だってもう高校生だからね!」
「で、これからどうするの?」
「とりあえず映画見に行こう!映画!!」
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目論見通り、私をデートに誘ってきたしず。
その内容は、明らかに雑誌を意識したもので。
私は自分の推測が間違っていない事を確信した。
(ヤバ、もうこれだけで涙出そ)
あのしずが、私を落とそうとしてくれる。
それだけでもう嬉し過ぎて、
涙腺がゆるゆるになっちゃって。
一人目頭を押さえながら、私はたっぷり
しずのエスコートを満喫した。
「いやー、あの映画感動的だったよね!」
「…あんた、途中から寝てたでしょ?」
「あ、いや、こう!あんまり感動的で、
つい夢見心地になっちゃって!」
「それ、単に眠くなっただけでしょ」
映画館に入って、恋愛映画を見たらカフェに突入。
ひとしきり映画の感想を交わしあったら、
二人で使う小物を買いに、オシャレな雑貨屋を見て回る。
「あ、憧!これいいよ!絶対おすすめ!」
「テープ…?じゃないか。何これ?」
「テーピングテープ!登山で足首とか膝を痛めても
これさえあれば大丈夫!」
「いや大丈夫じゃないでしょ。
ていうかなんで売ってるわけ?」
…まあ、内容の方はバッチリとは言いがたかったけど。
一応はコッテコテのデートコースを回った後は、
どこか人気のない場所に移動して。
後は、その…なるようになれって事で。
ここまで、しずは完璧に雑誌の
デートコースをトレースしてる。
だとすれば、後残ってるのは…
「じゃ、じゃあさ、最後はちょっと
静かなところに行ってみよう!」
そう言って私の手を引くしず。
固く握られたその手から、
しずの緊張が伝わってくる。
もう間違いない。しずは、本当に最後まで行く気なんだ。
「う、うん」
しずの決意に負けないように、私も強く握り返す。
沈黙が二人を支配して。私達は黙々と歩き続けた。
そして、私達が向かった先は…
うん。
間違いなく誰にも邪魔されず、
絶対に二人きりになれる場所。
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そう、それは、ラブホテル――
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「って、ラブホぉッッッ!?」
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「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!?」
私そんなの指定してない!!
ていうかキスだってまだなのに、
いきなりラブホはやり過ぎでしょ!?
私の反応は予想外だったのか、
しずが慌てて言い返してくる。
「え、えぇ!?で、でも憧が
行きたがってたんじゃないの!?」
「はぁ!?なんで私がラブホ行きたがるのよ!?」
「だ、だって雑誌にマークしてたじゃん!」
「はぁ!?ちょっと雑誌見せて!」
しずがカバンから取り出した雑誌を
ひったくるように奪い取ると、
問題のページをまじまじと眺める。
両方のページを念入りに調べると、
しずが間違えた理由に気づいた。
「あー…違う、違うって!
私がマークしたのはこっちのページ!
あんたが見てたのは反対側のページだってば!」
「多分、マークが裏映りして勘違いしたんでしょ」
「えぇぇええぇえっっ!?」
私がマークを付けたのとしずが見間違えたプラン。
確かに、デートコースにほとんど違いはない。
でも、しずが見ていたページは
『ちょっとやり過ぎた』例として
失敗談っぽく載せられていた。
「いきなりラブホとか行きたがるわけないでしょ…
私はフツーにキスまででよかったんだってば!」
「そ、そっかぁ。正直私も
おかしいなって思ってたんだよね」
「おかしいと思ったなら踏みとどまりなさいよ」
「……あ、うん。そこはごめん」
神妙な面持ちで謝るしず。でも、
その声は妙に低く、どこか目も座っている。
「…ところでさ、憧」
「何よ」
「その…どこから、憧の策略だったわけ?」
あ、しまった。
しずがあんまり自然に雑誌の事持ち出してきたから、
つい普通に暴露してしまった。
「……」
「……」
「うん。お互いポカしちゃったわけだし、
ここは笑って水に流しましょっか」
「流すかー!!」
怒り心頭のしずは、強引に私の手を取ると。
そのまま、大股で目の前のラブホに飛び込んだ。
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数日後。晴れて両想いになった私達は、
その事を部室の皆に報告した。
「…というわけで私達、付き合う事になりました!」
「うわあ、よかったね二人とも!おめでとー!!」
「おめでとー」
「おめでと。…でも正直、やっとって感じかも…」
皆笑顔で祝ってくれた。意外だったのは、
宥さんも嬉しそうにお祝いしてくれた事。
「宥さんにはちょっと申し訳なかったかも」
「へ?わ、私?」
「だ、だって…宥さんも
憧の事狙ってたんですよね?」
「え、えぇ!?初耳だよ!?」
まるで寝耳の水とばかりに慌てる宥さん。
あれ?もしかして、全部私の勘違い?
なんてうろたえていると、
たまらず憧が噴き出した。
「あ、憧!これも憧の策略だったの!?」
「策略っていうか…しずが勝手に
ヤキモチ妬いただけでしょ」
「宥姉には、ちゃんと好きな人がいるもんねー」
「ちょ、ちょっと憧ちゃん!?」
「宥姉もかなりわかりやすい方なのに、
それすらも見抜けないとかね」
「しずって、本当に私以外見えてないわけだ?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる憧。
もう、どこまで憧に騙されてたんだろう。
なんだかすごく悔しくて地団駄を踏む。
「策略って?」
「憧の奴酷いんですよ!全部気づいてて、
私の事を掌の上で転がしてたんだ!」
「だからその代償はちゃんと払ったでしょうが」
「もしかして、あの片思いの記事も
最初から私に読ませるために書いたんじゃないの!?」
「へ?何の話?」
「ほら、HSRに載ってた奴!
幼馴染でいったん別れたって投稿!」
激しい剣幕で詰め寄る私に、憧は少しだけ
きょとんとした顔を浮かべた後。
次の瞬間、呆れたように小さくため息を吐いた。
「……バカしず」
「なんで!?」
「読むなら最後までちゃんと読みなさいよ。
あれ、投稿者の出身書いてあったでしょ?」
「『北海道』ってさ」
「…っっ!?」
読んでない、読んでないけれど。確かに、
あの雑誌は最後に出身地が書いてあった気がする。
「なるほどね。道理で行動に迷いがなかったわけだ。
私があんたの事好きだって確信してたってわけ」
「え、その、実は…違ったりとか!?」
「あーもう、ホントバカしず」
「あんた、私が好きでもない相手に
全部あげるような女に見えるわけ?」
「あっ、そっか」
うん。いろいろあったけど、結果的には
ハッピーエンドだからいいよね。
この際全部うっちゃって、素直に
両想いになれた事を喜ぶとしよう。
「あ、でも……」
「でも?」
これだけは釘を刺しておかないと。
「私、結構ヤキモチ妬きみたいだから。
他の人にくっついたら、今度は許さないからね?」
「あー、善処するわ」
「善処じゃなくて、一生しないって誓ってよ!」
のらりくらりと躱そうとする憧に、
私はぎゅぅとしがみつく。
その様子を見た灼さんが、肩を竦めてこう言った。
「はあ…最近練習に身が入ってなかったから、
これで少しは熱が入ればと思ったけど…」
「この調子だと、憧だけに熱中しそうでこわ…」
灼さんの言葉にはっとする。
言われてみればこの数日間、退屈を感じた事なんてなかった。
私はまた、夢中になれるものを見つけられたんだ。
「そうだ!来年のインターハイは、
二人手を繋いでテレビに出よう!」
「何それどんな公開処刑よ」
「そして、テレビの人に聞かれたらこう言うんだ!
『あ、私達付き合ってるんです!』って」
「な、何それ。どんな公開処刑よ……」
口答えしながらもどこか嬉しそうな憧。
その赤くなった頬の色が、
私のギアをさらに一段階押し上げる。
「よーし燃えて来たーーー!!
ここから連続ぶっ通しの100連荘特訓だー!!」
「いやそれ死ぬから」
憧の冷ややかなツッコミを無視すると、
私はサイコロを回し始めた。
(完)
インターハイを終えて数週間。
穏乃は体に纏わりつく倦怠感を拭えずにいた。
頂(いただき)を目指して鎬を削る高揚感。
その苛烈さに身を焼かれた穏乃にとって、
日常はあまりに退屈過ぎた。
だからと言って、次のインターハイは
気が遠くなるほど先の話。
何か燃えられるものはないものか、
穏乃は代わりを探し始める。
そしてその答えは、意外なところに転がっていて――
※中身はもっと軽いです。
<登場人物>
高鴨穏乃,新子憧,松実宥,松実玄,鷺森灼
<症状>
・執着(軽微)
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・なんやかんや色々あって
だんだんとくっついていく穏憧
→だんだんとどころか
一気にくっついちゃいました。
ごめんなさい。
--------------------------------------------------------
きっかけは取るに足らない勉強会だった。
いつも通り憧の家に強制収容された私。
憧は嫌がる私を机に押し付けて、
脳に無理矢理勉強を流し込んでいく。
「うわぁあああ洗脳される―っ!!」
「嫌な言い方しないでよ。
こうでもしないと勉強しない
しずが悪いんだからね?」
「が、学生には勉強より
大切なものがあるかなって」
「『学業に生きる』から『学生』。
本分は勉強よ。メインを
おろそかにするようじゃ話になんないわ」
「ほら、わかったらキリキリ勉強する!」
「…はーい」
不承不承シャープペンを手に取ると、
教科書とにらめっこし始める。
教科書の横に添えられた憧のノートは、
複数のペンでカラフルに
要点がわかりやすくまとめてあって。
板書ですら時々諦める私からすれば、
もはや一種の芸術作品にさえ見えた。
「これ授業中にやってんの?」
「まーね」
「こんなの作ってたら、
逆に授業ついてけなくない?」
「内容は予習で把握してるからね。
授業の時は復習がてら要点を
ノートにまとめてるのよ」
「優等生か」
「優等生よ」
憧のこういうところは素直にすごいなあと思う。
上級生にタメ口だったりとか、ぱっと見
不真面目に見られがちな憧だけど。
実は誰よりも真面目なんだ。
うちで一番麻雀が上手いのも憧。
それも、私達の中で誰よりも真摯に
麻雀と向き合ってきた結果だと思う。
「じゃ、私はちょっと飲み物取ってくるから。
その調子で勉強してなよ?」
感心しながらノートに見入っていた様子を見て
勉強していると勘違いしたのか、
憧がすくりと立ち上がった。
「はーい」
生返事をしながら、憧が部屋の外に
消えていくのをぼんやり眺める。
そして、完全に見えなくなった次の瞬間。
シャープペンをほおり出して寝転がる。
「見習わなきゃ…とは思うんだけどなあ。
なんか、集中力が続かないんだよねー」
インターハイで頑張り過ぎた反動だろうか。
何をするにもどこか本気になれず、
気怠さが全身を支配している。
燃え尽き症候群って奴かもしれない。
麻雀に対する興味が無くなったって
わけじゃないんだけれど。
「なんかこう、燃えられる事ってないかなー。
まあでも、少なくとも勉強では無理だよなー」
「そもそもさ。憧の部屋で勉強っていうのが、
もう選択ミスだと思うんだよね」
だって、憧の部屋はすごく居心地が良くて、
ついつい眠ってしまいたくなるくらいなわけで。
こんな和み空間で勉強しろって言う方が
どうかしてると思う。
「……むにゃ」
「はっ、あっぶな、今ちょっと寝かけてた!」
まぶたがとろんと落ちかけたのに気付いて、
慌てて首を振り回す。
駄目だ、このままじゃ寝る。
「ええと、何か気付けになりそうなものは…っと」
きょろきょろ部屋を見渡していたら、
綺麗に整頓された本棚が目に入った。
「あ、そう言えば最近読んでないや」
綺麗に並べられてるファッション雑誌。
FIFTEENとか、HSRとか、
他にもなんかそれっぽいのがたくさん。
自分で買うのはちょっと恥ずかしくて、
時々憧の家に来てはこっそり読ませてもらってる。
まあ、学んだ結果が実生活に生かされる事は
ほとんどないんだけど。
「『キラキラした恋愛のノウハウを伝授!』かあ」
何気なく取り出した一冊をパラパラとめくる。
ところどころ付箋が挟まってるあたり、
憧はちゃんと熟読しているんだろう。
こういうのを見ると、憧は全力で
女子高生してるなって思う。
家に帰るなり山に飛び出しちゃう私とは大違いだ。
「恋でもしたら、インハイくらい燃えられるのかな」
「なんてなー。全然想像がつかないや」
ページをめくるたびに、キラキラと
眩しい女子高生の実態が、
目に痛いくらい飛び込んでくる。
私も、この子達と同じように
学生生活を送っているはずなのに、
どこか別世界の話みたいだった。
まあ阿知賀にいる以上、男子と話す事自体
ほとんど機会がないんだけれど。
「うん、女子高生力が100アップした!」
ページをめくって満足した…というか飽きた私は、
ろくに内容も理解せず雑誌を本棚に戻そうとする。
その時、本棚に並んでいたある雑誌の背表紙が、
ちょっとだけ視界の端に入り込んだ。
「……えぇっ!?」
それは、ほんの一瞬視界に入っただけ。
でも、そのキャッチコピーが
私に与えた衝撃は相当なもので。
思わず驚きの声をあげてしまった。
「えっ、ちょ、何これ、え?」
慌ててその本を取り出すと、
今度は食い入るように読み始める。
一字一句漏らすまいと、
目を皿のようにして。
その集中力たるや、憧が戻ってくる
足音すら聞き逃す程だった。
「……その集中力を勉強の方に回しなさいよ」
「あっ、憧!?忍び足で来るなんてズルいぞ!」
「してないって。どんだけ全力でサボってたのよ」
背後から呆れた声を投げかけられて、
反射的に雑誌をバタンと閉じる。
なんだか、後ろめたい事してる瞬間を
見られた気分だった。
いや、実際思いっきり勉強サボってたんだから
後ろめたいのは事実なんだけど。
そういうのとはちょっと違う…
こう、ハイトクテキ、みたいな奴?
まだ、雑誌の内容が頭から離れない。
なんて、どこか夢見心地に浸っていたら、
憧の無慈悲な声で現実に引き戻された。
「サボった罰。勉強時間1時間追加ね?」
「ちょっ、いくらなんでも酷くない!?」
「酷いのはたった数分目を離しただけで
サボり出すあんたの怠け癖だってば」
「頑張ったらその雑誌は貸してあげるから、
少しはこっちに集中しなさいよ」
「ホントっ!?」
「あ、うん…ていうか、なんで
そんな食いつきいいの?」
俄然やる気が沸いてきた。
憧の提案に身を乗り出した私は、
問い掛けをスルーして一心不乱に勉強し始める。
「…しずがファッション雑誌に
そこまで興味持つとはねぇ。
何がそんなに気になったわけ?」
「秘密!」
私の変わりっぷりに舌を巻いた憧が
からかうような口調で問い詰めるけど、
文字を書く手は緩めない。
一刻も早く終わらせて、
さっきの続きを読みたいから。
「…はい、お疲れさま。いつも
この調子で勉強してくれればいいのに」
勉強を始めて3時間。私はノンストップで
一気に宿題を終わらせた。
こんなに集中したのはいつぶりだろう。
「というわけで帰る!雑誌は借りてくから!」
言うなり私は立ち上がると、雑誌を隠すように
抱えながら憧の家を飛び出した。
「ちょ、しず!?……もう、
少しぐらい休んでいきなさいよ」
呆れるような憧の声が背中を撫でるも、
止まる事無く走り続ける。
頭の中はもう、完全に
記事の見出しで埋め尽くされいていた。
脳裏に焼き付いた記事のタイトル。
そう、そのタイトルは――
『特集:リアル百合カップル30組!
恋人に選ぶなら男子?それとも…女子!?』
――胸が、早鐘みたいに鳴り響いていた。
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家に帰りつくなり貪るように読み始る。
雑誌に綴られた内容は、
私の常識を粉々に打ち砕くものだった。
「え!?何!?女の子同士で付き合うのって普通なの!?」
「え?え?ここまでしちゃうの!?え、ホントに!?」
同性愛。
もちろん、そういった世界がある事は知ってるし、
そういう人を差別するつもりはないけれど。
でも、やっぱりどこか別の世界の話で。
こんなにも身近に、世間に広く
受け入れられてるとは思ってなかった。
『ある日、先輩が教室に突然飛び込んできて。
教室の中心で、大声で愛を叫んだんです』
『私は、君が欲しい!!』
『そしたら、心が熱く燃え出して。
先輩の手を強く握っちゃったんです』
例えば、学校の教室で堂々と
愛の告白をぶちまけちゃうカップルの話とか。
『先輩が、心の中で縛りを掛けます。
そうすると、先輩の体が拘束されて』
『同時に私の体にも、全身が大きく
震えるくらいの衝撃が走り抜けるんです』
『そんな時。ああ、私達って一心同体なんだなって。
思わずうっとりしちゃうんです』
ちょっと何を言ってるのかよくわからないけど、
倒錯した趣味を持つカップルの話だとか。
『ご主人様が鎖をつけろっていうんです。
私が悪さをしないようにって』
『最初は動きにくくて仕方なかったけれど、
いつの間にか、ないと落ち着かなくなって』
『ああ、この鎖は私達の愛の証なんだなって。
素直にそう思えるようになったんです』
これ本当に女子高生なの?って疑いたくなるような
狂気じみたSM体験まで載っていて。
他にも、『女の子同士で付き合うのは当たり前』
と言わんばかりにたくさんの事例が載せられていた。
「そ、そっか…女の子同士で付き合うのって、
意外と普通の事なんだ!」
目からうろこが落ちたような気分だった。
まるで出会いのない男子ではなくて、
すぐそばに居る女子が恋愛対象になるという事実。
そう考えたら、『恋愛』という今まで
別世界の空想に過ぎなかったものが、
少しだけ身近に感じられる気がする。
――とは言っても。
「だからって、私が恋愛するのはまた別の話だよね」
性別で相手を決めるわけじゃなし。
私にそういう相手がいない事には変わりない。
「うーん。最初見た時は、
コレだ!って思ったんだけどなぁ」
見出しを読んだ時の熱が徐々に冷めていく。
ページをめくるスピードが速くなっていく。
結局この雑誌も、私の熱を呼び起こす事はなさそうだ。
半ば読み飛ばすように進めていたら、
もう最後の記事になっていた。
「あ…この記事だけは片想いなんだ」
特集記事のほとんどが、両想いのカップルによる
幸せな記憶で占められる中。
ただ一つだけ載せられた、絶賛片想い中の記事。
その甘酸っぱさが、通り一辺倒な
幸せ話に飽きていた私の興味を引いた。
「うん、最後のくらいはしっかり読もうかな」
何か他と違うものを感じ取って、
少しだけじっくりと読む事にした私。
そして、その直感は正しくて。
その文は、私の心を貫く事になる。
--------------------------------------------------------
『私達は幼馴染だった。
だった、なんて表現したのは、
途中で一度別れてしまったから』
『進む道が分かれたくらいじゃ
私達の関係は変わらない。
なんて思っていたけれど。
実際には、あっさり疎遠になってしまった』
『高校生になった今。私はあの子の傍に居る。
昔幼馴染だった時と同じように、
あの子は隣で笑ってる』
『でも、私はあの頃とは変わってしまった』
『再会して気づいてしまった。
この想いが、ただの友情じゃない事に。
気づいてしまった。無意識のうちに
隅っこに押しやっていた真実に』
『私は、この子が好きなんだって』
――ドクン。
なぜか知らないけど、胸の鼓動が早くなった。
わかってる。これは別に、私に対して
ぶつけられた言葉じゃない。
それでも胸が、熱くなる。
熱がどんどん溜まっていく。
『あの子はきっと、私の気持ちに
気づいてはいないだろう』
『ううん、気づかれてはいけない』
『想いに気づかれた時。
それは私達の関係が終わる時だ』
呼吸がどんどん浅くなる。
息が苦しくて仕方ない。
なのに、読むのが止められない。
『いっそ、何も考えずに隣に居られた
あの頃に戻れたらいいのに』
『そう願っていながらも、今も私は
あの子の傍から離れられずにいる』
『あの子が振り向いてくれる可能性。
万に一つあるかもわからない可能性に縋りつつ』
『今も、胸の痛みを手で握り潰しながら』
独白はそこで終わっていた。
読み終えた私は、深い、深いため息を吐く。
肩に重たい何かが圧し掛かっていた。
それはあまりにも重たくて、
言葉を吐き出さずにはいられない。
「うわぁ…これ、きっつい」
終わりが見えない疲労感。
記事を読んだだけの私ですらこうなのだから、
本人の辛さは相当なものだろう。
「この人の恋…実るといいな」
記事の内容に想いを馳せながら、
彼女が幸せになるイメージを思い浮かべる。
もちろん顔なんて知らないから、
そこはふわふわした勝手なイメージで。
特定の誰かを思い浮かべるつもりなんて
さらさらなかった。
でも、頭に浮かんだ『彼女』は
みるみる明確な形を取り始めて。
次の瞬間――
--------------------------------------------------------
――なぜか、憧が私に微笑みかけていて――
--------------------------------------------------------
全身を、鳥肌が襲った。
--------------------------------------------------------
「ええぇ!?憧!?」
急いでページを巻き戻す。
もう一度頭から読み直す。
読み返す。読み返す。読み返す。
読めば読む程、記事の内容は
自分達の状況に酷似していると思――
――違う!似ているなんてもんじゃない!
これは、これは――
私達の状況そのものだ!!
だとしたら…これを書いたのって、もしかして…
「憧!?」
思わず、ぽとりと雑誌を取り落とす。
私は茫然と天井を見上げた。
「憧が、私の事を…」
「好き?」
ふいに脳裏によぎった疑念。
私にはそれが、真実としか思えなくなった。
真剣に麻雀に取り組みたい。
そう言って、私から離れていった憧。
計算高くて頭がいい憧の事だから。
中学はもちろん、高校も
計画に練り込んでいたはずで。
なのに憧は、私の傍に戻ってきてくれた。
偏差値70の全国常連校への切符を
破り捨ててまで。
ただ、私の思いつきのためだけに。
それはどうして?
考えれば考える程、これしか答えはないと思った。
『憧が私を好きだったから』
そう考えれば、全てにすんなり
説明がついてしまうのだから。
「……憧」
思わず名前を呼んでいた。
その声には、自分でもびっくりするくらい
酷く熱がこもっていて。
恥ずかしくて気が狂いそうになる。
でも、私が慄くのはこれからだった。
「え、なにこれ…!?」
ただ、名前を呟いただけ。それだけなのに。
胸の奥で、炎が激しく燃え始めて。
熱くて、熱くて、熱くて、熱い。
頭の中に、憧の姿が次から次へと浮かんでくる。
笑顔の憧、怒ってる憧、呆れてる憧、優しい憧…
どの憧も、まっすぐ私を見つめていて。
私の熱を、どうしようもない温度に押し上げていく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
その熱さに耐えきれなくて、私は頭から布団をかぶると。
足をじたばたさせて悶え苦しんだ。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
心の落ち着かない日々が続いた。
憧で頭が埋め尽くされて、まるで気が休まらない。
例えば、ほら今も。通学路に憧の姿が見ただけで、
ほっぺたが勝手に緩んでしまう。
「なんかいい事でもあった?
やたらニコニコしてるけど」
「べ、別に!」
言えない。憧の顔が見れたからだ、なんて。
あれ、でも言ってもいいのかな?
憧も私の事好きなんだし。
「ていうか顔赤くない?実は風邪ひいて
朦朧としてるとかじゃないわよね?」
「ちっ、違うってば!」
ずい、と憧が距離を詰める。
わわ、近い、近いって憧!?
そんなに近づかれたら余計に
熱くなっちゃうってば!
「大丈夫だから!ほら、行こう!?」
無理矢理憧に顔を背けると、手を握って歩き出す。
それは、小さい頃からもう何百回と繰り返してきた行為。
なのに、なぜかすごく新鮮に感じられて。
なんだか緊張してしまう。
だって、憧の手がすごくやわらかいから。
「…やっぱなんか隠してるでしょ。
手汗凄いんだけど?」
「わわっ、ごめん!!」
反射的に繋いだ手を振りほどく。
それでも、憧のぬくもりは私の手の中に
今も確かに残っていて。
なんだか無性に恥ずかしくなって、
私はそのまま駆け出した。
「ちょ、しず!?置いてかないでよ!」
「ごめん!今日はちょっと先に行く!」
「あ、でも別に憧が嫌いなったわけじゃないから!
むしろ大好きだから!」
「は、はぁ!?きゅ、急に何言いだすのよ!?
ちょっと、止まりなさい!」
「しず!しずってば!!」
憧の制止も振り切って、無我夢中で走り続ける。
熱が、どんどんどんどん溜まっていく。
それを何とか吐き出したくて、
ひたすら道を駆け抜ける。
あっという間に学校に辿りつくも、
胸の鼓動は一向に収まってくれなくて。
「うぉぉぉおおおおーーーっ!!」
衝動の赴くそのままに、2周、3周と
学校の周りを走り続けた。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
丸一週間同じ行動を繰り返して、
私の奇行が軽く阿知賀で噂になり始めた頃。
私はついに決意した。
(このままじゃ駄目だ!思い切って憧に告白しよう!)
一度思い立ってしまえば、どうして最初から
そうしなかったのか不思議で仕方ない。
だって、私はもう当然のように憧が大好きで。
憧も、十中八九私の事が好きなんだから。
さっさと告白してくっついちゃえばいいんだ。
(多分、憧の方から告白はないよね。
ここは、私がビシッと決めないと!)
再会してから憧の想いに気づくまでの数か月間。
憧は全然そんな素振りを見せなかった。
つまり、憧は告白するつもりはないんだろう。
それも当然だと思う。私と違って、
憧は私の気持ちを知らないんだから。
(問題は、どうやって告白するかだよね。
一生に一回なんだから、
失敗したら一生憧に言われそう)
一見ふてぶてしい憧だけど、
あれで結構乙女っぽいところがある。
きっと、理想の告白みたいなイメージがあるはずだ。
できるだけそのイメージに近い告白をしてあげたい!
(告白…告白。どんな告白がいいのかなぁ)
なんて脳をフル回転させながら、
ぼーっと憧を凝視していた私。
でも次の瞬間、私はガタンと音を立てて、
勢いよく椅子から立ち上がる。
「なっ、何してんの!?」
視線の2m先。憧は宥さんと抱き合っていた。
「あ、これ?いつもの運吸収だけど」
「いつもの!?いつもこんな事してたの!?」
「い、インターハイの準決勝の時にね。
私の運を分けてほしいって言われて」
「んで、くっついてみたら
これが意外と効果ありでさ。
以来宥姉の調子がいい時は
その運を吸い取るべく抱きついてるのよね」
「はぁっ!?なんで!?憧はっ…!」
『私の事が好きなんじゃないの!?』
思わず口から出かかった言葉を、
必死に喉元で押しとどめた。
「??私は?何?」
「っ…!な、何でもないっ…!!」
問い掛けに言葉を詰まらせる。
いくらなんでも、みんなの見ている前で
憧の想いを暴露する事なんてできず。
私は口をつぐむしかない。
「?なんなんだか…しず、
あんた最近おかしくない?」
本当に何もわからないとばかりに
私の顔を覗き込む憧。
そのきょとんとした顔を見て、
私の頭に、また一つの仮説が浮かぶ。
もしかして、憧はもう――
――私の事好きじゃない……とか?
過去に私の事を好きだったのは事実として。
でも、あまりに無反応の私を見て、
脈なしと思って諦めちゃったんじゃないだろうか。
(……)
(……でも、だから、宥さんってわけ?)
(……)
胸の奥がすごいムカムカした。
割といつも落ち着きのない私だけど、
なんかこう、いつも以上に
じっとしていられない気分。
それも、酷く暴力的な意味で。
自分でも怖いくらい、
イライラの炎が体の中を灼いて行く。
何も悪くない宥さんに対して、
ひどく醜い気持ちがこみ上げてくる。
「ちょ、しず、ホントどうしたのよ。
なんかすごい怖い顔になってるわよ」
私の胸に湧き上がった激しい衝動。
憧は目ざとくそれに気づいて戸惑いの声を挙げる。
嬉しいけど、今は嬉しくなかった。
「な、なんでもない!
ちょっと目にゴミが入っただけ!」
「顔洗ってくる!」
適当な理由をつけて、弾かれるように部室を飛び出した。
胸の内では、まだどす黒いムカムカとイライラが
ぐるぐると渦を巻いている。
(……)
もちろん、本当に憧と宥さんが
付き合ってるかはわからない。
でも、ほっといたら危ない気がする。
憧はすごく可愛いから。
今はその気がなくても、憧に迫られたら
宥さんだって正気ではいられないはず。
だから、手遅れになる前に――
「取り返すんだ!憧を!!」
作戦を練らなくちゃ。憧を、
私のものにするための作戦を。
もう二度と……私から離れていかないように。
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最近、しずの様子が妙におかしい。
私と目を合わせただけでやたら挙動不審になったり、
顔を真っ赤にして俯いたりする。
避けられているかと言えばそうでもなく。
むしろ、私が誰かと話していると
間に割り込もうとしてくる。
そんな時のしずの目は、ちょっとだけ怖い。
あんなに嫌がっていた勉強会も、
積極的にねだるようになった。
一体どんな心境の変化があったんだか。
「…なんて、嘘。理由は想像つくのよね」
確信に近い推測。それが私の中にはあった。
まさか、あのしずに限って。
なんて思ったりもするのだけれど。
正直今のしずの行動は、そうとしか思えない。
そう。私に、恋してるって。
あの日、しずが抜いていった雑誌。
ひた隠しにしていたけど、そもそも
定期購読者の私に隠し通せるはずもなく。
私には、しずが何の記事に興味を持ったかまで
ある程度予想がついていた。
百合カップル特集号。
しかも、あの曰くつきの片想いが掲載された号。
きっと、あれがしずの心にも響いたのだろう。
「もしかして、脈ありなのかな」
正直ちょっと諦めていた。だって、
しずはそもそも色事自体に興味が無さそうで。
どれだけ一緒に居ても、さりげなく肌を重ねてみても。
まったく反応せず、友達扱いしか
してくれなかったから。
でも、そのしずがここ最近、
急に私の事を意識するようになっている。
特に宥姉とくっついてる時は凄い。
目が爛々と嫉妬に燃えて、
『お前は私のものだ!』と
言わんばかりに引き離そうとしてくる。
や、宥姉とはホントに何でもないんだけれど。
「…ま、でも。誤解してくれてるなら。
それを利用しない手はないわよね」
今のしずの状態が、いつまでも続くとは思えない。
きっと、普段考えた事もなかった恋愛が、
実はぐっと身近なものだと気づいて、
一時的に興奮してるだけ。
鉄は熱いうちに打て。
それが一過性のものだとしても、
私はこのチャンスを逃す気はない。
「この罠にかかりなさい…しず!」
間もなく始まる勉強会。私はあえて
ベッドに一冊のファッション雑誌を置き去りにした。
私の推測が正しければ、しずは必ずこの本に食いつく。
で、何らかのアクションを起こしてくるはず。
そして、しずがそれを実行した時――
私達の関係は、取り返しがつかなくなる。
そうなる事を夢に見て。
私は熱意をこめた視線を向けながら、
雑誌の表紙を指で撫でた。
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勉強会を終えたその足で、私は本屋に駆け込んだ。
憧の家にあったのと同じ雑誌を買うためだ。
ベッドの上に無造作に置かれていた雑誌。
それが憧の琴線に触れた事は一発でわかった。
憧は教科書でも雑誌でも、
気になる個所には必ず印をつける。
雑誌のあるページに、本当に、
本当に小さくだけどマークが付けられていた。
その記事の内容は――
『特集:はじめての…○○○特集!
どんなシチュエーションを選ぶ?』
これだ!これを熟読して、理想のデートコースを
完璧にトレースすれば。
きっと憧の気持ちを取り戻せるはずだ!
「待ってろ憧!憧の初めては私が奪う!!」
私はそう心に誓うと、勉強会の100倍は熱心に
デートコースを熟読し始めた。
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「珍しいわね、しずが街で遊ぼうとか」
「そ、そりゃ私だってもう高校生だからね!」
「で、これからどうするの?」
「とりあえず映画見に行こう!映画!!」
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目論見通り、私をデートに誘ってきたしず。
その内容は、明らかに雑誌を意識したもので。
私は自分の推測が間違っていない事を確信した。
(ヤバ、もうこれだけで涙出そ)
あのしずが、私を落とそうとしてくれる。
それだけでもう嬉し過ぎて、
涙腺がゆるゆるになっちゃって。
一人目頭を押さえながら、私はたっぷり
しずのエスコートを満喫した。
「いやー、あの映画感動的だったよね!」
「…あんた、途中から寝てたでしょ?」
「あ、いや、こう!あんまり感動的で、
つい夢見心地になっちゃって!」
「それ、単に眠くなっただけでしょ」
映画館に入って、恋愛映画を見たらカフェに突入。
ひとしきり映画の感想を交わしあったら、
二人で使う小物を買いに、オシャレな雑貨屋を見て回る。
「あ、憧!これいいよ!絶対おすすめ!」
「テープ…?じゃないか。何これ?」
「テーピングテープ!登山で足首とか膝を痛めても
これさえあれば大丈夫!」
「いや大丈夫じゃないでしょ。
ていうかなんで売ってるわけ?」
…まあ、内容の方はバッチリとは言いがたかったけど。
一応はコッテコテのデートコースを回った後は、
どこか人気のない場所に移動して。
後は、その…なるようになれって事で。
ここまで、しずは完璧に雑誌の
デートコースをトレースしてる。
だとすれば、後残ってるのは…
「じゃ、じゃあさ、最後はちょっと
静かなところに行ってみよう!」
そう言って私の手を引くしず。
固く握られたその手から、
しずの緊張が伝わってくる。
もう間違いない。しずは、本当に最後まで行く気なんだ。
「う、うん」
しずの決意に負けないように、私も強く握り返す。
沈黙が二人を支配して。私達は黙々と歩き続けた。
そして、私達が向かった先は…
うん。
間違いなく誰にも邪魔されず、
絶対に二人きりになれる場所。
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そう、それは、ラブホテル――
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「って、ラブホぉッッッ!?」
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--------------------------------------------------------
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!?」
私そんなの指定してない!!
ていうかキスだってまだなのに、
いきなりラブホはやり過ぎでしょ!?
私の反応は予想外だったのか、
しずが慌てて言い返してくる。
「え、えぇ!?で、でも憧が
行きたがってたんじゃないの!?」
「はぁ!?なんで私がラブホ行きたがるのよ!?」
「だ、だって雑誌にマークしてたじゃん!」
「はぁ!?ちょっと雑誌見せて!」
しずがカバンから取り出した雑誌を
ひったくるように奪い取ると、
問題のページをまじまじと眺める。
両方のページを念入りに調べると、
しずが間違えた理由に気づいた。
「あー…違う、違うって!
私がマークしたのはこっちのページ!
あんたが見てたのは反対側のページだってば!」
「多分、マークが裏映りして勘違いしたんでしょ」
「えぇぇええぇえっっ!?」
私がマークを付けたのとしずが見間違えたプラン。
確かに、デートコースにほとんど違いはない。
でも、しずが見ていたページは
『ちょっとやり過ぎた』例として
失敗談っぽく載せられていた。
「いきなりラブホとか行きたがるわけないでしょ…
私はフツーにキスまででよかったんだってば!」
「そ、そっかぁ。正直私も
おかしいなって思ってたんだよね」
「おかしいと思ったなら踏みとどまりなさいよ」
「……あ、うん。そこはごめん」
神妙な面持ちで謝るしず。でも、
その声は妙に低く、どこか目も座っている。
「…ところでさ、憧」
「何よ」
「その…どこから、憧の策略だったわけ?」
あ、しまった。
しずがあんまり自然に雑誌の事持ち出してきたから、
つい普通に暴露してしまった。
「……」
「……」
「うん。お互いポカしちゃったわけだし、
ここは笑って水に流しましょっか」
「流すかー!!」
怒り心頭のしずは、強引に私の手を取ると。
そのまま、大股で目の前のラブホに飛び込んだ。
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数日後。晴れて両想いになった私達は、
その事を部室の皆に報告した。
「…というわけで私達、付き合う事になりました!」
「うわあ、よかったね二人とも!おめでとー!!」
「おめでとー」
「おめでと。…でも正直、やっとって感じかも…」
皆笑顔で祝ってくれた。意外だったのは、
宥さんも嬉しそうにお祝いしてくれた事。
「宥さんにはちょっと申し訳なかったかも」
「へ?わ、私?」
「だ、だって…宥さんも
憧の事狙ってたんですよね?」
「え、えぇ!?初耳だよ!?」
まるで寝耳の水とばかりに慌てる宥さん。
あれ?もしかして、全部私の勘違い?
なんてうろたえていると、
たまらず憧が噴き出した。
「あ、憧!これも憧の策略だったの!?」
「策略っていうか…しずが勝手に
ヤキモチ妬いただけでしょ」
「宥姉には、ちゃんと好きな人がいるもんねー」
「ちょ、ちょっと憧ちゃん!?」
「宥姉もかなりわかりやすい方なのに、
それすらも見抜けないとかね」
「しずって、本当に私以外見えてないわけだ?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる憧。
もう、どこまで憧に騙されてたんだろう。
なんだかすごく悔しくて地団駄を踏む。
「策略って?」
「憧の奴酷いんですよ!全部気づいてて、
私の事を掌の上で転がしてたんだ!」
「だからその代償はちゃんと払ったでしょうが」
「もしかして、あの片思いの記事も
最初から私に読ませるために書いたんじゃないの!?」
「へ?何の話?」
「ほら、HSRに載ってた奴!
幼馴染でいったん別れたって投稿!」
激しい剣幕で詰め寄る私に、憧は少しだけ
きょとんとした顔を浮かべた後。
次の瞬間、呆れたように小さくため息を吐いた。
「……バカしず」
「なんで!?」
「読むなら最後までちゃんと読みなさいよ。
あれ、投稿者の出身書いてあったでしょ?」
「『北海道』ってさ」
「…っっ!?」
読んでない、読んでないけれど。確かに、
あの雑誌は最後に出身地が書いてあった気がする。
「なるほどね。道理で行動に迷いがなかったわけだ。
私があんたの事好きだって確信してたってわけ」
「え、その、実は…違ったりとか!?」
「あーもう、ホントバカしず」
「あんた、私が好きでもない相手に
全部あげるような女に見えるわけ?」
「あっ、そっか」
うん。いろいろあったけど、結果的には
ハッピーエンドだからいいよね。
この際全部うっちゃって、素直に
両想いになれた事を喜ぶとしよう。
「あ、でも……」
「でも?」
これだけは釘を刺しておかないと。
「私、結構ヤキモチ妬きみたいだから。
他の人にくっついたら、今度は許さないからね?」
「あー、善処するわ」
「善処じゃなくて、一生しないって誓ってよ!」
のらりくらりと躱そうとする憧に、
私はぎゅぅとしがみつく。
その様子を見た灼さんが、肩を竦めてこう言った。
「はあ…最近練習に身が入ってなかったから、
これで少しは熱が入ればと思ったけど…」
「この調子だと、憧だけに熱中しそうでこわ…」
灼さんの言葉にはっとする。
言われてみればこの数日間、退屈を感じた事なんてなかった。
私はまた、夢中になれるものを見つけられたんだ。
「そうだ!来年のインターハイは、
二人手を繋いでテレビに出よう!」
「何それどんな公開処刑よ」
「そして、テレビの人に聞かれたらこう言うんだ!
『あ、私達付き合ってるんです!』って」
「な、何それ。どんな公開処刑よ……」
口答えしながらもどこか嬉しそうな憧。
その赤くなった頬の色が、
私のギアをさらに一段階押し上げる。
「よーし燃えて来たーーー!!
ここから連続ぶっ通しの100連荘特訓だー!!」
「いやそれ死ぬから」
憧の冷ややかなツッコミを無視すると、
私はサイコロを回し始めた。
(完)
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の話だったとは。
色恋にまったく興味なかったシズが一転して暴走しちゃうのはかわいいですね。
おもしろかったです。
思わなくなってきました〜
ぷちさんに毒されすぎたかな?
でも緩い感じがこころにしみましたd=(^o^)=b
リクエストしたいのですが、どこに書いたらいいのか分からないので、ここに書きます。
憧穏or宥菫or久美穂子を書いて下さい。
症状は狂気を秘めた重度のヤンデレで、依存した相手を監禁してしまう方向でお願いします。
憧穏なら、穏乃が憧に。
宥菫なら、宥が菫に。
久美穂子なら、美穂子が久に依存する形でお願いします。
二人が一緒になれるなら、救いがあるハッピーエンドや救いがないバッドエンドは問いません。
長くなって申し訳ありませんが、ぜひとも御検討よろしくお願い致します。
あったかすぎて爆発しそうなくらいでしたね。
素晴らしいと思いますね。
読んでいるときから、投稿者の地域書いてないの?奈良って書いてある?と思っていましたが案の定見てなかったとは。
この雑誌はウィークリー麻雀トゥデイ並にみんな持ってるんじゃなかろうかと錯覚。特に長野勢。
色恋にまったく興味なかったシズが>
憧「ハマったら壊そうよね。暴走しそうで」
穏「憧は全部私のものだ!」
もはやこれくらいでは>
憧「書いた本人的にもこれは普通かなと」
穏「私のもヤキモチくらいだしね」
単純でアホっぽくて可愛い>
穏「結構戦略的に動いてませんか!?」
憧「この程度でそんな事言っちゃうから
しずなのよ」
リクエストしたいのですが>
憧「リクエスト回っていう記事の時に
不定期で受け付けてるわ」
穏「ここのところリクエスト量に
作業時間が追い付いてないので
申し訳ないですけど次を待ってください!」
あったか〜い穏憧>
宥「周りからみたらいっつもあったかだよ?」
憧「え…気づいてなかったの私らだけ?」
北海道を見逃したしず>
穏「いやあれだけピッタリなのに
同じような体験を他の人がしてるとか
思わないじゃん!」
憧「いやそれ以前に普通に読むでしょ」
涙出そうな憧ちゃんかわいい>
玄「実はすごい女の子だよね」
憧「うるさいうるさーい!」
みんな持ってるんじゃなかろうか>
国広「百合専用雑誌ってわけじゃないから
そうでもないかな。
ボクはチェックしてるけどね」
憧「チェックしててどうして
その恰好になるわけ?」
洗脳…すこやん>
憧「はいはい、この話はほのぼのだから
アラフォーは大人しくしてね」
健夜「アラサーだよ!?このネタ
女子高生にまで浸透してるの!?」
それにしても憧の本棚から出て来るのが雑誌か盗撮アルバムかですごい違い…