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【咲-Saki-SS:久咲】久「死が、救いになるのなら」【絶望】

<あらすじ>
冒頭がそのままあらすじです。

<登場人物>
宮永咲,竹井久

<症状>
・絶望
・依存
・狂気
・異常行動

<その他>
・久咲
 インハイ後、傷心の咲はある病気にかかる。
 それは絶望をもって人の生きる気力を奪い、
 少しずつ体を蝕み、死にいざなう、
 絶望した人間が患う病。
 その病を克服するためには
 生きたいという強い意志が必要で、
 久は咲を救うために毎日ずっと病室に通う。
 しかし久の表情は日に日に暗くなっていき――
 でもなんだかんだでハッピーエンド&共依存

※全体的に重苦しいです。
 苦手な方はご注意を。
 気にする方は先に結末を見るとよろしいかと。

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咲が入院した。

一縷の望みをかけて挑んだインターハイで、
破滅的な末路を辿り。
心が限界を迎えた結果の入院だった。


入院して正解だったと思う。
正直、今の咲は見るに堪えない。
無理をして学校に足を運ぶよりも、
ゆっくり静養した方がいい。

などと、私が悠長に構えていられたのも、
病院を訪問するまでの話だった。


『このままでは、宮永さんは
 遅くとも数か月以内に命を落とします』


彼女の主治医から告げられた宣告に、
手に持っていた花をぼとりと落とす。

この日から、咲と私の闘病生活が始まった。
これは、彼女と私が死を目指すまでの物語。



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『死が、救いになるのなら』






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青い花を携えてお見舞いに出掛けた。
精神的なものだと聞いていたから、
少しでも安らぎを感じてくれたらいいなと思って。

無駄だった。花を見た咲は、寂しそうに目を伏せて。
か細い声で、持って帰ってほしいと告げた。


「…『あの人』の言葉を思い出しちゃうんです」


『あの人』

実の姉をそう呼んだ咲は、
また心を軋ませたようだった。
私は自らの浅慮を悔いながら、
表面上は笑顔を装って病室を立ち退くしかない。


「あの人の、言葉か」


口を結んで歯噛みする。
一瞬浅慮と感じたものの、今の私では
自分のどこが悪かったかすらわからなかった。
私はその言葉を聞いた事もないのだから。


「…私、咲の事本当に何も知らなかったのね」


改めて思い知らされる。
天井を仰いで嘆息していると、
一人の女性に呼び止められた。


「その、宮永さんのお知り合いですか?」


白衣を身に纏い、ネームタグをつけている。
おそらくは病院関係者だろう。
その推測通り、彼女は私にこう名乗った。


「いきなりお声がけして申し訳ありません。
 私は、宮永さんの診療を担当している者です」


嫌な予感がした。そして、
この直感は当たると確信した。

いや、もはや予感ですらないだろう。
だって、彼女は明らかにくたびれていて。
藁にもすがる様に、その目を苦悩に
泳がせていたのだから。


「宮永さんの件でお伝えしたい事があります」


彼女は執務室に来るよう促した。
それがまた私の不安を助長する。

まるで、患者の余命を申告される
家族にでもなった気分で、
私はひねくれた笑みを浮かべた。

もちろんそれはあくまで比喩。
口に出す気にもなれない冗句のはずだった。

執務室に辿りつき、
彼女が口を開くその時までは。



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「このままでは、宮永さんは
 遅くとも数か月以内に命を落とします」



彼女が放った宣告は、
ある程度身構えていた私の覚悟を
遥かに上回るものだった。


「……それは、自殺という意味でしょうか」

「違います。病死です」


背筋を冷たいものが通り抜ける。

病死。

その言葉は、重篤な病を患った事がない私にとって
より大きな絶望として襲い掛かった。


「ただ、症状は酷似しているかもしれません」


彼女はそう注釈を加えると、
咲を蝕んでいる病気について説明し始める。


――絶望病。


それが、咲を侵している病気の名前。

絶望をもって人の生きる気力を奪う病。
少しずつ体を蝕み、死にいざなう病。

そう説明を受けた私の頭に、
ある一つの疑問が浮かんだ。


「ええと…それ、結局鬱病と何が違うんですか?」

「先程も言いましたが、自覚症状は酷似しています。
 ただ絶望病は身体機能が徐々に停止していきます」

「鬱病の薬も効きません。
 放置すれば最終的に心肺が停止して――」


「確実に死に至ります」


彼女は棚からファイルを取り出すと、
記載されていた図を指差した。
それは、絶望病による年間死亡者数を統計したグラフ。
数こそ多くないけれど、確かに人が死んでいる。
その事実が、私の体から
急速に体温を奪っていった。


「で、でも、絶望で人が死ぬなんて」

「……貴女は、麻雀で遊んだ経験はおありですか?」

「あ、はい…私、一応麻雀で
 インターハイ入賞してますので」

「だとしたら、比較的理解しやすいかと思います」


彼女は言う。
人の中には、思いの強さをもって
自然の理まで捻じ曲げてしまう程の
力を持つ人間がいると。

典型的な例が雀士。
彼女達は、ただ気の持ちよう一つで、
一般的にはあり得ない非現実的な現象を
容易に引き起こしてしまう。

必ずドラが来るだとか、
一巡先の未来が見えるだとか。
もはや魔法としか呼べない現象。
それを彼女達は引き起こす。


「これは統計によって数値的にも
 立証されているのですが」

「インターハイの3年生は
 必ずと言っていい程、
 聴牌スピードが異常に上昇するそうです」

「これは『最後の夏』に対する思いの力だと
 結論付けられています」


特に否定する内容ではなかった。
そういった事象が存在する事は、
私自身が身をもって体験してきたのだから。

だからこそ。
彼女が次に口にする内容が
なんとなく予測できて、
体がひとりでに震え出す。


「…思いの力は、プラス方向にのみ
 働くものではありません」

「気持ちが沈んだ時には、マイナスに
 働く事も立証されています」

「……」

「もし」

「物理法則すら捻じ曲げてしまう程の
 強い思いの力を持つ人間が、
 心から絶望してしまったら……?」


「待っているのは、死です」


ショックのあまり、手に持っていた花を
ぼとりと床に落としてしまった。

地面に叩きつけられた落花が
咲の未来を暗示しているようで、
慌ててそれを拾い上げる。


「何か…何か治療法は
 確立されていないんですか!?」

「言うのは簡単な治療法があります。
 本人が希望を持てばいい。
 貴女に声を掛けたのもそのためです」

「私に…?」

「本来は、個人情報保護の観点から
 患者に関する情報の漏洩は固く禁じられています」

「ですが、この病気に対してのみ例外となっています。
 患者の心を動かせる人間が家族とは限らないからです」

「無論、我々医療関係者がそうあるべきだと
 全力を注いではいるつもりですが」

「この病気を前に、医師が独力で治療できた前例は
 ほぼないというのが実態です」


彼女は悲しそうに目を伏せた。
やはり治療は思う様に進んでいないのだろう。
無論私としても協力しない手はない。


「わかりました。できる限り
 協力させていただきます」

「この、命に代えてでも」


私の言葉に医師は頬を綻ばせる。
それと同時に、その瞳に強い不安の色が
浮かんだようにも見えた。


「ありがとうございます。
 …ですが貴女に声を掛けたのは、
 もう一つ逆の意味もあるんです」

「…逆?」

「協力はぜひお願いしたいと思います。
 ですが、絶対に無理をしないでください」


「この病気は、伝染しますから」


恐怖を色濃くはらんだ視線が、私の瞳を鋭く貫く。

『お前も予備群だから気を付けろ』

彼女が残した警告は、私の胸に
大きなざわめきをもたらした。



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毎日咲を見舞うと決めた。
それと同時に、私以外の部員が
咲に会う事を固く禁じた。

咲に関わる人間は厳選する。特に、
同調して発症しそうな人間は絶対に遠ざける。
すべてあの医者から言伝された事だ。


「…ま、その方針で行くなら、私は真っ先に
 除外されるべきだと思うんだけどさ」

「ね。咲はそう思わない?」


病室の窓を開けながら、ベッドの咲に語り掛ける。
余命を宣告されたにも関わらず、
咲の様子が変わる事はなかった。


「そうですね。もし本当にそんな病気があるとしたら、
 部長も危険だと思います」

「でも。ならどうして。
 部長は私に近づくんですか?」

「申し訳ないですけど。
 私は多分治りません」

「絶望が私を殺してくれるなら。
 それでいいと思っちゃってます」



咲から死臭が漂っている。
むしろ、咲は死に寄り添っているようにすら思えた。
無視しようと息を止めても、
それは無理矢理私の鼻腔を通り抜け。
私を死の匂いで埋め尽くす。

いっそ思い切り吸い込むと、
無理矢理笑って吐き捨てた。


「私の性格知ってるでしょ?
 治らないから諦めよう、
 なんて切り捨てられる程、
 私は往生際がよくないのよ」

「待つわ。貴女が、また生きてもいいと
 思えるようになる日まで」


咲は薄く微笑んだ。その笑みは、
哀れみを纏っているようにも見える。


『そんな日は来ない』


暗にそう告げているようだった。
私は気づかなかったふりをして、
咲の病室に花を生けた。



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――宮永さんの様子はどうでしたか?


――駄目ですね。普通に会話はできるんですけど。
  どこか、何もかも諦めちゃってる感じがして。


――絶望病の典型的な傾向ですね。
  むしろ、そうなってしまった人が
  絶望病に罹るとも言えるかもしれません。

――ただ、貴女の存在は彼女にいい効果を
  及ぼしていると思いますよ。


――そうですか?


――はい。宮永さんは、私達には
  笑ってすらくれませんから。

――これからもこの調子で
  よろしくお願いいたします。

――とは言っても、それはもちろん



――貴女が蝕まれない範囲で、ですが。



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病室に通う毎日が続いた。
それは咲の治療の一助でもあり、
ある種の生存確認でもあった。

絶望病に蝕まれた人間の余命には酷くばらつきがある。
罹患したと診断された翌日に
身罷ったケースもあるらしい。

他人事ではないと思った。それ程までに、
咲は死臭が強すぎる。それも、
日に日に濃さを増しているとさえ思う。


「自分では全然そんな感じはしないですけどね」

「ま、私も正直理論的には
 説明できないんだけどさ」


もちろん本当に腐っているわけでもなければ、
腐敗臭が立ち込めているわけでもない。

ただ、ただ。咲からにじみ出る闇が。
肌に纏わりつくような悪寒が。
咲の全てが、濃厚な『死』を植え付けてくる。


「怖いですか?」

「…怖いわ。いつか『それ』が、
 私達から咲を奪い去ってしまうと思うと」

「……そうですか」


咲は気のない言葉を返した。
それは、間違いなく私の本心だったのに。
こんな些細な事でも、私の言葉では
咲の心を打たないのだとわかり、私の心に闇が灯る。

でも、そんな胸の内を読み取ったのだろうか。
咲は少しだけその顔に表情らしきものを見せた。


「…だったら、よかったのにな」

「え、何?」

「もし。部長がお姉ちゃんだったら。
 そうやって、私に執着してくれる人だったら」

「私は、死なずにすんだのかなって。
 何となく、そう思ったんです」


悲しみの色を込めながら咲は笑った。
咲が紡いだその言葉。それは私に確かな喜びと、
それを大きく上回る絶望をもたらした。



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――宮永さんが少し反応したようですね。


――はい。でも、かえってつらくなりました。

――咲の中で、もう死ぬ事は決まってるみたいで。
  手遅れだって突き付けられてるみたいで。


――手遅れ、ですか。


――はい。でも、それも仕方ないんです。
  私は、インターハイであの子に
  返しきれないくらいたくさんのものをもらったのに。

――なのに私は、苦しんでいたあの子に
  何もしてあげられなかった。

――手は打てたはずなんです。
  もっと上手くやる方法があったはずなんです。
  私はそれを打てなかった。

――だから今、手遅れに


――竹井さん!


――すいません。


――諦めては駄目です。いい兆候が出た事を
  素直に喜びましょう。


――そうですね。


――そして竹井さん。貴女もそろそろ
  休んだ方がいいと思います。

――このままでは……



――貴女まで、取り込まれてしまいます。



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通い続ける事数か月。咲に目立った
回復の兆しが訪れる事はなく。

むしろ、咲の闇は私に纏わりついて、
少しずつ侵食していった。

通えば通う程。言葉を交わせば交わす程。
目を背けようのない事実に打ちのめされる。


そう、希望なんてないのだと。


もし、この状況を打開する事ができるとしたら。
『あの人』しか居ないのかもしれない。

あの二人の間に、どんな軋轢があるかは知らない。
でも、実の妹が死に面していると知れば、
流石に無碍にはしないんじゃないだろうか。


「いっそ、拉致してでも
 連れてきてあげよっか?」


そんな私の申し出に、咲は
ゆっくりと首を横に振った。


「いいんです。もう、あの人が本当の意味で
 心を開いてくれる事はありませんから」

「だから、部長。もういいんです」


咲はいつものように微笑んだ。
全てを諦めて、死を受け入れた目で笑っていた。


「実は最近、起きるのがつらくなって来ました」

「少しずつ、体が、動かなくなってきて。
 周りが、暗く、黒くなってきて」

「多分。終わりが近いんだと思います」


「だから、もういいんです」


そう言って咲は目を閉じる。
その顔色にはあまりにも表情がなくて。
そのまま、咲が永遠に眠ってしまう様に感じられて。

私は軽いパニックを起こしながら、
慌てて咲を叩き起こした。


「待って!咲!死なないで!!」


半ば狂気に囚われた私とは対照的に、
咲は億劫そうに瞼を開ける。

そしてそのまま、闇にまみれた瞳を
私に向けて問い掛けた。


「……部長は。生きてて楽しいですか?」

「私は、楽しくないんです」


言葉を返す事ができなかった。


「楽しくないのに、生き続けなきゃ駄目ですか?」

「頑張ってたら、努力はいつか報われますか?」


「うそだよ。報われなかったもん」


返す事が、できなかった。

咲が、『あの人』と語り合うために
どれ程の努力をしてきたのか。
私はそれを傍で見てきたから知っている。

努力は報われるとは限らない。
頑張っても、ただ苦しみが続くだけ。
そしてその苦しみは――


――今、私自身が現在進行形で味わっている。


「部長にだって、わかるはずだよ。
 だって、最近の部長…」

「私と同じ、匂いがするもん」


咲の言葉に目を見張る。
最近の咲にしては珍しく、その瞳に
感情の色が浮かんでいるように見えた。

言われてみて気づく。
いつの間にか私は、咲の死臭を
感じとれなくなっている。


「最近、ちょっと思う事があるんです」

「もし。私の希望が通るなら。
 願う事が許されるんだったら」

「私と、一緒に死んでくれませんか?」

「それが、私の望みです」


誘う様に入り込んだ咲の言葉。それは、
私の中で弱弱しく揺らめいていた希望の炎を、
フッと綺麗にかき消した。


『私と一緒に、死ぬ事が希望』


そう言われてしまったら
もう、どうしようもないではないか


「…考えておくわ」


即答できず回答を保留する

それが間違いである事にすら、
今の私は気づく事ができなかった


もう、それでいいのかもしれない
そんな思いが、私の脳裏を支配していた



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――咲が、私と一緒に死にたいって言うんです

――どうしたらいいんでしょう

――あの子が言うには、それだけが唯一希望する事だって


――竹井さん。そろそろ、潮時かもしれません。


――そうですよね やっぱり、死んだ方がいいですよね


――そうではなく。もう貴女の方が限界です。

――後の事は任せて、ゆっくり休んでください。



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全身が倦怠感に支配されている
どれだけ寝ても寝た気がしない

食べ物の味がしなくなった
何を食べても砂を噛んでいるようだ
そもそも食欲自体がわかない

本で読んだ傾向と合致している
鬱病の際に現れる症状だ
そしてそれは、『あの病』に
共通する症状でもあった


「私も、同じ病気になったんですね」

「…貴女はまだ軽症です。
 ここで引けば大丈夫だと思います」

「なら、もう少しやらせてもらえませんか」

「…軽率な物言いでした。言い直させてください」

「貴女は手遅れになる寸前です。
 今後はB病棟に入って治療を受けてください」

「それは咲を見殺しにするという意味ですか?」

「引き続き治療は行います」


否、事実上の死刑宣告だった

咲自身が言ったのだ
私と死ぬ事
それだけが唯一の希望だと
もし咲を救えるとしたら私だけだ

その私を遠ざける
死刑宣告でなくて何だと言うのだろうか


「…わかりました。でも、最後に一回だけ、
 咲と面会させてもらえませんか?」

「…それは」

「もしこのまま、会う事すら許されず、
 咲がこの世を去ったとしたら。
 私は絶対に後を追うと思います」

「……」

「気持ちに区切りをつけるためにも、
 咲に会わせてください」


深々とこうべを垂れた頭上から、
諦めに近いため息が聞こえてくる

おそらく彼女も限界が近いのだろう
長い、長い沈黙の後
彼女は力なく頷いた



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――最後の面会に来たわ

――どういう意味ですか?

――どうもね、私も同じ病気に罹ったみたいなの

――そうですか

――これ以上は危ないから離れろってさ
  この面会が終わったら、
  私も強制入院させられる

――もう、会う事はできなくなるわ

――そう…ですか

――うん

――だから……ね?



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――私と一緒に……死にましょう?






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咲の骨と皮だけになった手を取って、
二人で病室を飛び出した

あくまで一般病棟だった事が幸いした
これが精神病棟だったなら
こんなに容易く抜け出す事はできなかっただろう


エレベーターに乗りこむと、
『R』のボタンを手早く押し込む

8階建てのビルの屋上
頭から綺麗に落下して
死ねる確率はどのくらいだろう

ううん、心配する必要はないか
だって私達は思いの力を持つのだから


願えば、きっと叶うはず


低い振動音を奏でながら
エレベーターが上昇する中
咲は私の手を握り締めながら、
呟くように問い掛けた


「部長は、どうしてここまでしてくれるんですか?」

「ありゃ、知らなかった?私、結構愛が重いのよ?」

「それはもう知ってますけど…
 なら、私じゃなくても同じだったんですか?」


咲の言葉に、瞳を閉じて考える
もし今横に居るのが咲じゃなかったとしたら
私は同じように死を選んだだろうか


「絶対とは言えないけれど。多分、
 部の皆なら誰でも同じだったと思うわ」

「…そうですか」


まこも、優希も、和も、須賀君だって
私にとっては掛け替えのない仲間で
誰かが一人でも欠けるとしたら、
私は同じように足掻いただろう


――でも


「でも?」

「それは、あくまでこうなる前の話よ。
 今はもう、貴女以外の事は考えてないわ」

「私も、貴女と一緒に死にたい。本気でそう思ってる」

「っ…そうですか」


咲の声がわずかに震える
同時に、私達の全身が大きく震え、
エレベーターが最上階に辿りついた事を告げた


「行きましょう。私達の希望を叶えるために」

「……はいっ」


咲は笑顔で頷いた
それは、インターハイ以来初めて見せた
咲の心からの笑顔だった



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森林限界を越えた高い山の上
強く咲く事を求められた花


花は期待に応える事ができなかった
彼女は空からぼとりと落ちて


生物を寄せ付ける事のないコンクリートに
真っ赤な大輪の花を咲かせた



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血に咲いた花は二つ
寄り添うように咲いていた


死に救いを求めたその顔は
酷く安らかに笑って見えた



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自らが撒いた血の海に沈みながら

朦朧とした意識の中、
すぐそばに横わたる咲を見る

私と同じ海を作る咲の笑顔は安らかで
こんな顔で死ねたら幸せだろうなと思った

胸の中に、温かい何かがこみ上げる
最後の最後、私は咲を救う事ができたのだろうか


『ねえ、さき あなたは、いましあわせ?』


返事を期待したわけじゃなかった
咲の目は完全に閉じていたから
もう先に行ってしまったのかもしれない


だからこれは、ただの自己満足
私も薄い笑みを浮かべて、
そのまま眠るべく瞼を閉じた



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『はい、しあわせです』






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視界が暗闇に染まる中
咲の言葉が耳を震わせた

目頭が熱くなり、目の周りが
温かい液体で潤っていく


ああ、よかった


お姉さんには及ばなかったけれど
咲を絶望から救う事はできた



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もう、思い残す事はない――






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――あれ?






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――だったら…






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――私達、死ぬ必要なくない?






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思わずそう呟いた後、すべてが闇に包まれた






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視界が光に包まれる

あまりの眩さに思わず目をつぶり直すも、
今度は絶叫が耳を貫いた


「先生!部長が!部長が目を覚ましました!!」


涙交じりの叫び声
それは和のものだった
もしここが地獄なら
決して聞こえるはずのない声だ


(どうやら、私は死ななかったみたいね)


声を出そうとした刹那、激痛に喉を詰まらせる
わずかに口を通り抜けたのは
か細い呼吸音だけだった

喉だけじゃなく、全身が痛みで動かせない事に気づく
かろうじて動かせた指を頼りに、
和の体に文字を書いた


さ き は


意図に気づいた和は、
目に大粒の涙を溢れさせながら
私の耳をつんざいた


「生きてますよ!馬鹿!!!」


耳を破壊せんとばかりの大音量に
再び顔をしかめながら

私は、自らの頬に…何かが伝い落ちるのを感じていた



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思いの力

強すぎるそれは時として
人を死に至らしめる絶望として襲い掛かる

絶望の末、死に救いを求めた私達は
あの時確かに救われた

地面に叩きつけられて薄れゆく意識の中、
確かな安らぎを得る事ができた


そしてそこから、生きる活力が生まれた


結果、常人なら間違いなく死に至る状況において、
私達は奇跡の生還を果たす事になる

流石に無罪放免とまではいかず、
いくつかの部位を永遠に欠損する事になったけど


「…皮肉なものね。死にたいと願う事が
 生きる希望に繋がるだなんて」


電動の車椅子にその身を預けながら
私は横に寄り添う咲に語り掛ける


「でも、私が生き残る方法って
 これしかなかったんじゃないかな」

「部長が一緒に飛び降りてくれて、
 その時ようやく思えたんだ」

「ああ。一緒に死んでくれる人が居るって、幸せだなって」

「部長が居てくれて、嬉しいなって」

「そう思ってた時に、
 部長の声が聞こえて来たんだよ」


「『私達、死ぬ必要なくない?』って」


「そしたら『あ、ホントだ』って。
 部長が傍に居てくれるなら、
 生きていけるかもって思ったんだ」

「じゃあ、私が居なくなったら?」

「死ぬよ?」

「あはは。貴女、何も変わってないじゃない」

「状況は変わったよ?部長は私から離れていかないもん」


咲は確かに絶望病を克服した
でも、健全な精神が宿ったかと言えばそうでもなくて
代わりに、私にどっぷりと依存してしまった
むしろ、病に侵されていた時の方が
まともだったのではないかと思える程に

もっとも、それで問題ないのだろう
咲が私に依存しているように、
私も咲に依存しきっているのだから


病を克服する代償として、私達は壊れてしまった
それでも、私達は幸せだ


「そう考えたら、絶望病に
 感謝しなくちゃいけないのかもね」

「こんな事でもなければ、『あの人』から
 咲を奪えるはずもなかっただろうし」

「…実は部長、ちょっと妬いてた?」

「そりゃーもう。いっそ、
 殺しちゃいたいくらいには」

「でも、今は部長だけだよ」

「部長以外、誰も要らない」


穏やかな声音でそう告げると、
咲は身を乗り出してそっと私に口付けた

不意打ちに頬が緩んでいくのを感じながら
私は咲の表情をうかがう


咲は笑っていた


私と同じように頬を緩ませて
心から幸せだとばかりに笑っていた


その自然な笑顔が嬉しくて、
私は今度は自分から咲に唇を押し当てた


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2016年05月29日 | Comment(7) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
咲ちゃんと久さんの絶望と病みっぷりは最高です。
Posted by at 2016年05月30日 02:27
残った傷を見る度に二人は微笑み合うと良いな。治療と称してお互い傷を舐め合うともっと良いですな! ですな!
Posted by at 2016年05月30日 19:39
主治医さんはどう思ったのか気になりました。
一生懸命治療しても助かる見込みがなくて、自分も限界が近いときに予備群とみてた協力者が心中未遂、結果的に命は助かったが健常者とは言い難い精神状態…。
久咲も絶望の中にいたけどこの人もなかなか辛い状態のような…。
一患者と割り切れればそれまでだと思いますが、しばらく病院も休暇を出しそう。
などと愚考してました。長くてすみません。
Posted by at 2016年05月30日 22:27
いいですなぁ〜
やっぱり久咲ですな〜
Posted by at 2016年05月30日 22:50
とにかく生きててよかった・・・
これに尽きます。
Posted by at 2016年05月31日 16:39
どんな闇夜よりも暗い絶望から逃れるためにお互いの命を捧げあおうとした…だからこそお互いの愛情に揺るぎない確信を持てた…。なんと美しい話なのでしょう。いえ、私はぷちさんに毒されてなんかいません。
Posted by at 2016年06月01日 03:09
コメントありがとうございます!

絶望と病みっぷりは最高>
久「教育され過ぎでしょ」
咲「絶望したからこそその先にある
  幸せを掴めたあたりを感じ取って
  いただけたら嬉しいです」

残った傷を見る度に>
久「お互いに欠損した部位を埋め合う様に
  生きていくわ」
咲「傷も愛おしいです」

主治医さんはどう思ったのか>
久「異能がなかったから絶望病は
  感染してないけど、主治医も同レベルで
  絶望してるのよね」
咲「最後、彼女は部長が自殺を図る事に
  気づいていますが、もう止めるだけの
  精神力が無くなって諦めてます」

やっぱり久咲>
久「別のところでも語ったけど、私達は
  やっぱり心が危うい感じがするわね!」

とにかく生きててよかった>
久「当初は普通に死ぬ予定だったしね」
咲「あの世でハッピーエンドですね。
  流石にハッピーエンドリクエストで
  それはやり過ぎだと思いなおしました」

私はぷちさんに毒されてなんかいません>
久「作者の意図を完全に読み取っているあたり
  先は長くないわね」
咲「個人的には純愛のつもりで書いたので
  この感想、すごく嬉しいです」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2016年06月02日 20:09
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