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【咲-Saki-SS:久咲】 久「暗闇の先に続く道」【狂気】

<あらすじ>
竹井久が卒業し、新生清澄として
スタートした年の6月。
麻雀合宿にその姿を現した竹井久は、
新入部員との交流に肝試しを提案する。

肝試しは滞りなく進んでいく。
そして最後、竹井久と宮永咲の組になり。
何事もなく終わるかと
思われたその矢先――


闇が、二人を取り込んだ。


<登場人物>
竹井久,宮永咲

<症状>
・狂気(軽微)

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・気持ちを伝えられないまま
 友人関係を続けているふたりが
 不思議な(恐い)体験をして、
 その体験がきっかけになって
 結ばれるみたいなファンタジー(ホラー)ぽい久咲

※ホラー要素はそこまででもないつもりです。
 (書いた本人的には)


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「肝試しをしましょう!」


竹井先輩の一声が、穏やかな雰囲気に
包まれていた合宿場を瞬時に震撼させました。

ざわざわとどよめく一同を鎮めるどころか、
むしろ騒ぎを助長するように。
竹井先輩は言葉を続けます。


「見て!あの鬱蒼と茂る森!
 じめじめと湿った空気!」

「この状況で肝試しを
 しないなんて失礼だわ!」


『誰に失礼なんですか』なんて
冷ややかな和ちゃんのツッコミも空しく。

やろうやろう、なんて盛り上がる
新入部員の後押しもあって、
竹井先輩はどんどん話を進めていきます。


「じゃあ脅かし役と
 脅かされ役に分かれましょっか」

「脅かし役まで作るんか」

「合宿場近辺の森なんて大して怖くないでしょ?
 恐怖体験するにはもう
 一エッセンス欲しいところよね」

「い、いや。普通に怖いですよ?」

「まーた咲ったらそんな事言っちゃって。
 私に任せなさい!一生忘れられない夜として
 脳に刻み込んであげるから」

「た、竹井先輩は私と一緒に
 脅かされ役になってください!」


腕まくりを始める竹井先輩。
思わず咄嗟に腕を掴んでしまいました。

夜道を歩くだけでも怖いのに、
竹井先輩が脅かす側に回ったら、
それこそ何をされるかわかりません。

いっそ、ペアになって一緒に回った方が
被害が少ないと思ったんです。


「ええー。私が脅かさなかったら
 誰が脅かすって言うのよ」

「むしろ竹井先輩を野放しにしたら
 大変ですから。私が責任持って管理しますね?」

「うぅ、卒業してから後輩が冷たいー」


およよと泣き崩れる竹井先輩を退場させるように、
部長の手を引きました。

監視目的。なんて、もちろんそれも、
嘘ではないのですけれど。


少しだけ、期待しちゃったんです。


特別な体験が、私達の間に
特別な感情をもたらす可能性を。



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『暗闇の先に続く道』







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大学一年生になって2か月と少し。

私は久しぶりに、清澄高校の麻雀合宿に
OGとしてお邪魔していた。

インターハイでの活躍が影響しているのだろう。
私が在籍していた頃と比べると、
麻雀部も随分と大所帯になっていて。

そのせいか、まだどこか互いに
打ち融けていないような硬さを感じた。


『肝試しをしましょう!』


だからこその、この提案。
ちょっとした恐怖体験を経て、
絆を深めてもらいましょう。

なんて、正直半分ネタだったんだけれど。
その思い付きは、望外の幸運をもたらした。


『た、竹井先輩は私と一緒に
 脅かされ役になってください!』


脅かされる事を嫌がった咲が、
私とペアになる事を主張したのだ。

もちろん、咲にとってはただの
危険回避だったのかもしれない。
それでも、私の胸は期待と興奮に高鳴り始める。


もしかして、期待してもいいのだろうか。
吊り橋効果が私達を結ぶ可能性。


(…なんて、そんなわけないわよね)


自問をすぐさま否定する。

私は大きくかぶりを振ると、
せめて繋がれている咲の手を心に刻むべく、
指先に意識を集中させた。



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最後尾で出発する事になりました。

一応上級生に当たる私達は、
うっかり迷子になっちゃったり、
落とし物をした子のフォローも
兼ねているそうです。


「脅かし役って言うと聞こえは悪いけど。
 実際のところ、監視役は必要なのよ?」

「ごくまれに、見当違いの順路に迷い込んで
 そのまま居なくなっちゃう子もいるんだから」


説明しながら私の顔を覗き込む竹井先輩。
言外に『貴女の事よ?』と訴えられている気がして、
思わず頬を膨らませます。


「で、でも…実際、
 私じゃなくても迷いそうですよね」

「まーね。昼間散歩がてらに歩いていたけど、
 地図がないと普通に危ないかも」


森を切り開く順路は獣道かと疑う程に頼りなく。
月明りは生い茂る木々に遮られ、
懐中電灯無くしては視界を得る事もできません。

聞こえてくる音は、葉っぱの擦れ合う音だけで。
まるで、別世界に迷い込んだ錯覚すら覚えてしまいます。

私はぶるりと身を震わせると、
竹井先輩の指をぎゅっと強く握りました。


「怖い?」

「…ちょっと」

「ちょっとかー。じゃあここで小話を一つ」

「やめてください!」


私がそこまで怖がっていないと見るや、
意地悪い笑みを浮かべる竹井先輩。
嫌な予感がして即座に制止したものの、
先輩の口は止まりません。


「まーまー。そこまで怖い話じゃないってば」

「…本当ですか?」

「うん。ていうか、多分
 聞いた事あると思うわよ?」


何て事のない話。そう強調されると、
あまり拒否し続けるのもどうかと思い、
諦めて口をつぐむ事にしました。

私が聞く姿勢に入ったと判断したのでしょう。
竹井先輩は、少しだけ声のトーンを
落として語り始めます。


「……森とかトンネルってね。
 『異界』に繋がってるって話が多いのよね
 非日常的な雰囲気がそう思わせるのかしら?」

「鬱蒼とした森を歩き続けたその果てに。
 暗闇に覆われたトンネルを潜り抜けたその先に」

「そこに、私達の知らない世界が広がっている。
 …知ってはいけない世界が、ね」

「長野にもね。そういった、知る人ぞ知る
 『異界』への入り口が点在してるの」


軽い口調で語る竹井先輩。でもその内容は、
明らかに怪談に分類されるものでした。

かと言って今更遮る事もできず、
私はただ黙して耳を傾けるしかありません。


「もちろん、実際に『異界』に行って
 帰って来た、なんて人はほとんどいないわ」

「大半は『何もなかった』って落胆するか、
 何もなかったのに面白おかしく
 作り話をこしらえるだけ」

「でもね。そういった怪異スポットで、
 行方知れずになる人が居るのも事実なの」

「本当に『行ってしまった』のかはわからない。
 逆に何もなかったから
 報告しなかっただけかもしれないし、
 もしかしたら、最初から
 自殺志願者だったのかもしれない」


「でもね。それでも人が消えてるのよ」


竹井先輩の足がはたと止まりました。

知らず知らずのうちに視線を落としていた私は、
そこで顔をあげて、反射的に悲鳴を上げてしまいます。


「ひぁっ……!?」


立ち止まった私達の目の前に。

古めかしいトンネルが、
真っ黒な口を開けていました。


「さーて。私達はどっちになるのかしらね?」

「どこかに迷い込む事も無く、
 普通に通り抜けられるかしら?」

「それとも…」


「『異界』に、迷い込んでしまうのかしら?」


片目を閉じ、唇にそっと手を当てて。
竹井先輩が微笑みます。


――ぞくりっ


その笑みは、まるで
誘う(いざなう)ように蠱惑的で。

全身の毛が逆立って、
体が恐怖に硬直していくのを
止める事ができませんでした。



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それはちょっとした思いつき。

思ったより咲が平気そうだったから、
少しスパイスを加えただけの事だった。


森やトンネルを異界と結びつける逸話があるのは本当。
少数の行方不明者が出ているのも事実。

でもそれは、このトンネルの事じゃない。
じゃなきゃ、呑気に合宿場なんて
開けるわけないでしょう?

それでも効果は抜群で。
咲は期待通りに震えあがって、
私の腕にぎゅうとしがみ付いた。


「ぷっ…冗談よ、冗談。このトンネルは
 今も普通に使われてるもの」


怯える咲も可愛いけれど、
あまりやり過ぎて泣かせたくはない。

早々に種明かしすると、咲は
火が付いたように真っ赤になった。


「もう!部長のバカ!!」

「あはは、もう部長じゃないってば」

「さ。安心したところで進みましょっか」

「えー…ほ、ホントに行くんですか?」

「というか、ここを通らないと
 もう肝試しポイントがないんだもの」

「うぅ…最後だって言うなら頑張りますけど」


少し効き目があり過ぎたらしい。
咲は渋々歩き始めたものの、
腕から離れようとはしなかった。


「わお…雰囲気出てるわね」


洞窟特有のひんやりとした空気が肌を撫でる。
何もかもを吸い込む闇は、灯りすらも食い取って。
数メートル先を照らす事も許さない。

雰囲気満点。それは脅かした私ですら、
底知れない何かの存在を感じて、
身震いせずにはいられない程に。


「と言っても、実際には
 20mくらいしかないんだけどね?」

「あ、結構短いトンネルなんだ…
 そ、それでも先が
 見えなくなっちゃうんですね」


喋り声が響き渡り、トンネル全体を支配する。
それでも全長を告げる事で、
咲も幾分は安心したようだった。


「ちょっとカーブしてるからねー。
 実際には、走ったら5秒で終わっちゃう恐怖体験よ。
 できるだけじっくり味わいましょ?」


私の言葉に、咲は苦笑しながらも。
提案に賛同してくれたのか、
少しだけその歩調を緩めた。



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全長たったの20m。


ゆっくり歩いたとしても、
1分かからない長さのトンネル。


その事実を知ったから、
落ち着きを取り戻す事ができました。





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そしたら逆に、すぐに終わるのが
もったいなく感じて。


竹井先輩の言う通り、できるだけ長く
この空間を楽しむ事にしました


だって、公然と二人っきりになれて、
しかも密着できるまたとない機会なんですから





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努めてゆっくり歩く事にしました



少しでも長く



長くトンネルに留まれるように





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でも



だから気づくのが遅れたのかもしれません






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トンネルが








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いつまでたっても、終わらない事に








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足に疲れを感じ始めて、
自分を取り巻く異変に気付いた


闇が、まるで晴れる気配がない


いくら牛歩の歩みを続けたとはいえ
1分もかからないはずのトンネル
なのに、私達はもう何分歩いただろうか

咲も異常に気付いたのだろう
足を止め、不安そうに私の顔色を窺っている


「ぶ、部長…これ、本当に20mなんですか?」

「…そこは間違いないわ。
 私は昼間にも一度、お試しで
 このトンネルを潜ってるもの」

「で、でも。だとしたら、どうして」

「……」

「ぶ、ぶちょう?」

「本当に、繋がっちゃったのかもね」


「『異界』へのトンネルに」


咲は目を見開くと、泣きそうな顔で私にしがみ付く

余興で怖がらせた時とは一転、
今度は少しでも恐怖を和らげようと、
その頭を優しく撫でた


「……ふむ」


ぐるりと首だけで振り返る
背後一面に闇が広がっていた

視線を再び前に戻す
前に広がるのも寸分たがわぬ同じ闇


「…どうしたもんかしら」


進むべきか、引くべきか

常識的に考えれば戻るべきだろう
でも、そもそもこの状況が非常識なのだから
素直に戻れるとは思えない
だとしたらいっそ進むべき?

ううん

もしかしたら、もはや正解の道なんてなくて
私達の人生は――


――もう、終わってしまったのかもしれない


「……うん、ちょっと疲れたわね。
 休憩しましょ?」

「こ、ここで、ですか!?」


咲が驚きの声をあげる
もっともな反応だけど、
このまま策もなしに闇を彷徨っても
解が見つかるとは思えなかった


「慌てても仕方ないしねー。
 いっそ、この非日常を楽しみましょ?」


どうせ、もう戻れないかもしれないのだから


「部長って…本当に怖いもの知らずですね」


咲は毒気を抜かれたようだった
呆れたようにため息をつきながらも、
その表情に少しだけ笑顔が戻る


「あはは、そんな事もないけどね?」


実際にはそれなりに怯えている
ただ、ある事実に気づいてしまっただけ

仮に、最悪の予想が現実になった場合
咲と私は、ここで命を落とすのだろう


――そしたら、私が咲を独り占めできる


あまりにも狂気に染まりきた発想に
我ながら驚きを禁じ得ない

なのに、脳裏をよぎったその仮定に、
ぞくぞくと退廃的な悦びがこみ上げてくる

もしかしたら、私はもう


とっくに狂ってしまっているのかもしれない



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暗闇の中、私達は揃って腰を下ろしました


「つめたっ…」


床から伝わる無機質な冷たさが、
じわじわと体温を奪っていきます

それでも一度座り込んでしまうと、
これまでの疲労も手伝って
動く気力がみるみる失われていきました

体が鉛のように重くて
このまま目を閉じたら、
眠るように終わってしまいそう


「灯り、消すわね。本当に必要な時に
 切れちゃうと困るから」


言うが否か、部長が
懐中電灯の明かりを消しました

周囲は完全に闇に包まれて、
部長と私の間の境界線も無くなります

不意に取り残されたような錯覚を覚えて
私はすぐそばにいるであろう
部長に呼びかけました


「ぶ、部長。いますよね?」

「いるわよ?すぐ咲の横に」


「ほらね?感じるでしょ?」


一度は離された指がまた絡み合って
そこから部長のぬくもりが伝わってきます
さらには頭をゆっくりと撫でられて
やすらぎに思考が停止して、思わず目を細めました


「…これ、どういう事なんでしょうね」

「さあね。やっぱり、
 繋がっちゃったんじゃない?」

「どうやって出ればいいんだろ」

「さあね。そもそも出られるのかもわからないわ」


そこで部長は押し黙り
沈黙が一帯を支配します


『出られるのかわからない』


もし、出られなかったとしたら
その時、私達はどうなってしまうのでしょうか


「……っ」


私は考えるのが怖くなって、
無意識に拠り所を求めてしまって
部長の肩にそっと頭を預けます

部長は拒絶する事もなく、
私の肩を引き寄せて
ぎゅっと抱き締めてくれました


「……ごめんね。私のせいで」

「べ、別に部長が悪いわけじゃないですよ!」

「や、これは私の責任でしょ。
 肝試しなんて言い出したのは私なんだから」

「で、でも…私も反対しませんでしたから」


それは私の本心でした
確かに、肝試しを思いついたのは部長だけれど
私だって、不純な動機からそれに賛同したわけで

どっちが悪いなんて事はない
それでもあえて責任を問うのだとすれば
私達二人ともが悪いんです


言葉に乗せられない想いを手に籠めて
繋がった指先を固く握り締めました


「…でもね、やっぱり貴女と私とでは、
 罪深さが違うのよ」


部長は握り返してくれたけど
口から放たれたのは否定の言葉でした


「私はこの状況、そこまで嫌じゃないもの」

「…そうなんですか?」

「うん……そうね。ま、最期かもしれないし。
 この際ぶっちゃけちゃいましょっか」


「最悪ね。ここで二人っきり、
 ずっと戻れなくてもいいかなって思ってる」


何も見えない暗闇の中
部長が笑みを浮かべた気がしました

でもその声音は酷く冷たくて
どこか狂気が潜んでいるようでした



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『6月に合宿をするから来て欲しい』


電話越しにそう言われ、二つ返事で引き受けた

純粋に嬉しかったから
卒業したからといって、清澄高校麻雀部と
縁が切れたわけではないのだと
実感する事ができたから


遠足の日を待ち望んで眠れない小学生がごとく
喜び勇んで待ち合わせの場所に向かった私
そんな私が一番に抱いた感情


それは、耐えがたい程の疎外感だった


『えぇっ!?な、なんかたくさんいる!?』


去年と同じ待ち合わせ場所
でもそこは、私の知らない顔で
埋め尽くされていた


『あっ…た、竹井先輩!!』


もっとも、相手は私の事を知っていて
感激にその身を震わせながら
私に熱の籠った声を掛けてくれた


『きょ、去年のインターハイ凄かったです!
 私、竹井先輩に憧れて入部したんです!』


それは混じりっ気なしの好意
でも悪意のないその言葉が、胸を痛烈に貫いた

ああ、ごめんなさい
私は――


――貴女の名前すら知らない


一年前ならありえない事だった
名前や顔なんて基本的な情報はもちろん
性格や打ち筋、そしてその弱点まで把握していた

なのに、一年経った今の私は
部員が何人いるのかすらわからない


仕方のない事ではあった
私はもう清澄高校を卒業したのだから
もはや部長ではないのだから

それでも

どこか居場所を奪われたように
心にぽっかり穴が開く


そして、一度開いた穴が塞がる事はなく
さらにどんどん広がっていく


『宮永先輩!おはようございます!』

『おはよ』


刹那、顔も知らない誰かの一人が、
明るい声を張り上げた

声がした方に顔を向ける
確かにそこには咲がいて
穏やかな笑みを浮かべていた


『……っ』


そして思い知らされる

私は今、居場所を奪われただけでなく
想い人すら奪われそうになっているのだと


(私が…一番に声を掛けたかったのに……)


気づいてない咲に後ろから抱きついて
慌てる咲の耳元で挨拶を囁きたかった

でも、それはもう許されない
咲は私の知らない人に、
大事な一番をあげてしまった


考え過ぎなのはわかってる
ちょっと挨拶で先を越されたくらいで
大人げないって


でも、もしこれが繰り返されるとしたら?


私の目が届かないどこか遠くで
『誰か』が咲と会話を交わし続けて

私の知らないうちに、どんどん
絆が深まっていって
やがては…私の知らないうちに――


――咲と、結ばれる人が出てきたら?


そう考えたら、怖くて怖くて仕方がなかった

それでもいざという時臆病な私は、
表だって想いを伝える事もできず

ただ、仲のいい『過去の』先輩として
咲に接する事しかできなかった



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「…そう考えたらさ。今の状況って、
 私にとってはそこまで悪くないのよね」

「好きな人と二人きり。
 誰にも邪魔されず闇に堕ちて」

「そのまま二人、閉じた世界で幕を閉じる」


「それはそれで…幸せな結末じゃないのかしら?」


どこか諦めてしまったように
淡々と胸の内を語る部長

対して、私の胸は早鐘のように
鼓動を速めていました


だって、部長が、私の事を好きだって!


「あはは。まさに吊り橋効果って奴かしらね?
 あんなに言えなくて苦しんでたのに」


声と共に、手から指が離されて
次の瞬間、頬に両手が添えられます


「でも、流石にここで言っておかないと、
 下手したら終わっちゃうかもだしさ」


部長の声が近くなって、
目と鼻の先から
部長の震える息遣いが
伝わってきます


「ごめんね。でも好きよ、咲」


愛を囁くその声は、もう耳元に直接響いてきて

多分見えはしないけど
思わずぎゅっと目を閉じました
数秒間、たっぷり与えられた空白の後
再び、部長の動く気配がして


そして――


――


温かくて柔らかい何かが、
私の唇を塞いでいきました



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咲は抵抗しなかった
されるがままに、私の唇を受け入れた
拒絶する猶予はたっぷり与えたはずなのに

己惚れてもいいのだろうか
それとも、咲にも吊り橋効果が
働いているのだろうか

または、そのどれでもなくて
絶望的な状況に、
自棄になっているだけかもしれない


「でも、なんだか意外でした」

「意外?」

「はい。部長も、私と同じだったなんて」


暗闇の中、咲がくすりと笑った気がした
でも、その声に少しだけ
震えが混じっている事に気づく


「部長が卒業してから、ずっと後悔してたんです。
 どうして、一緒に居られるうちに
 告白しなかったんだろうって」

「久しぶりに会った部長、
 すっごく綺麗になってて。
 一人で勝手に打ちひしがれてました」

「ああ。やっぱり失敗しちゃったなって」

「部長は大学に進学して、
 どんどん大人になっていく」

「後はもう、こうやって。
 距離が離れていくだけなんだろうなって」


「だから、私にとっても…
 この状況は、降ってわいたような幸せなんです」


不意に、あたたかな感触が唇に伝わる

息がかかるほどの至近距離で、
咲はなおも言葉を紡いだ


「私も、部長と同じです」

「もし、このままここから出られなくても」

「このまま…ここで二人、
 一生を終える事になったとしても」


「それはそれで…幸せです」

「……」


咲の独白に気の利いた言葉が返せず
周囲に沈黙が広がっていく

乗せたい想いが多すぎて
逆に二の句を告げなくて

ようやく、ようやく発する事ができたのは
ただ、事実を確認するだけの一言だった


「そっか……私達、両想いだったのね」

「はいっ……」


しみじみと、噛みしめる様に呟くと
咲が声を震わせながら頷いた

それで気づいた
もう言葉を紡ぐ必要なんてない


私は再び、暗闇の中咲の唇に近づいて――



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――







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――そして、私達の唇が再び重なったその時







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「……っ!?」


「あ、あれ…み、見て咲!!」


「あそこ!光が漏れてる!!」





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部長が指刺したその先に
かすかな光が射していました

私達は互いに頷いて立ち上がると
光めがけて歩き始めます


歩き出す事ほんの数秒
あれだけ歩き続けたのが嘘のように
私達は出口に辿りつきました

そして今度は振り返って
私達は二度驚く事になります


振り向いたその背中
つまりは私達が今来た戻り道

トンネルの20m先も、完全な闇ではなくて
微かに出口の光が漏れ出ていたのです



「どういう事だったんでしょうか」

「さあね。でも、何となく想像つかない?」

「…ええと。はい。なんとなくは」


部長は確信があるようでした

私も答え合わせがしたくって
それ以上口を挟む事はせず
部長の言葉に耳を傾ける事にしました



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つまるところ、あの闇は
『異界』でもなんでもなくて


私達自身の、心が生んだ闇だった




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そして、お互いにその闇を認めて


想いが通じて、結ばれた今――




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「心の、闇は晴れたのよ」






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部長はそう言って微笑むと
私の手をぎゅっと握り締めました






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たっぷりと道草を食って、軽く1時間以上は
タイムオーバーしたはずの私達。

にも関わらず、私達は予定された
時間通りにゴールしていた。


今にして思えば。アレは本当に
現実だったのだろうか。

私達の体感時間が狂っていただけで。
実際には、トンネルは最初から
20mしかなかったのかもしれない。


咲も同じ思いのようだった。
ぱちくりと目を瞬かせながら、
戸惑う様に私の顔を覗き込んでいる。


「ま、いいんじゃない?どっちでも」

「そうですね」


そう。どうでもいい事だ。

咲と私が結ばれた。
その事実だけあればいい。

私達は互いに顔を見合わせると、
ほどけるような笑顔で笑い合う。


「なんじゃ二人して。
 もしかしてお化けでも見たとか
 言わんじゃろうな?」


そんな私達を見て、
まこがからかう様に問い掛ける。

それが満更的外れでもなくて、
思わず私達は噴き出した。


「ふふっ、割とそれ当たりです。
 もっとも、お化けは部長でしたけど」

「だーかーら、私はもう部長じゃないってば」

「あ…そう言えばそうでした。
 なんだか昔を思い出しちゃって、つい」

「やめてよもう。しかも現部長の前でやらかすとか」

「別に今更気にせんがな。そも、咲は今でも
 わしの事を染谷先輩って呼ぶけぇの」


肩を竦めてまこがそうこぼす。
ああ、どうやら本当に。
こんなところまで、私達は似た者同士だったらしい。


でも、輝かしい過去に縋りつくのはもうおしまい。


「なおさら駄目じゃない。そうねぇ。
 じゃ、こうしましょっか」

「咲。これからは私の事…久って呼びなさい?」


今度こそ、『部長』の座は完全に引き渡す。
その代わり、私は咲と新しいステップを踏み出そう。


「は、はい…わかりました。久さん」


まだ吊り橋効果が効いているのだろうか。
咲は存外抵抗なく私の名前を口にした。


「ん。よろしい。これからもよろしくね?」

「はい!」


まっすぐな返事に気をよくして、私は咲を抱き締める。
咲もそれを咎める事無く、私の背中に腕を回した。


「な、なんじゃなんじゃ…!?
 お前さんらに何があったんじゃ!」


私達のあまりの変わりように、
まこが狼狽した声をあげる。
でもごめんなさい。
その問いには答えられないの。


「えへへ…秘密です!」


そう、あれは私達二人だけの秘密。
私達を結んでくれた、二人だけの恐怖体験。


「明日もう一回行ってみましょうか?」

「あー、当分はもういいわ。
 多分何もないトンネルが広がってるだけし」

「それよりも」

「それよりも?」


「今からトンネルの続きをしましょ?」


咲の顔がボンッと燃える。
それでも咲は、私から離れようとはしない。

鉄は熱いうちに打て。
気分が高揚している今のうちに、
思いの丈を全部ぶつけちゃいましょう。


「さ、行くわよ!私達の愛の巣に!!」


私はあえて大声で叫びながら。
耳まで真っ赤になった咲の手を取って歩き出した。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2016年06月12日 | Comment(5) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
全く知らない後輩が一生懸命部活をしている様を見て、「私たちの代の部活」はもうないんだなとしみじみ感じた時があります。あれはとても寂かった…。
久咲は末永く爆h…、ではなくお幸せに!
Posted by at 2016年06月12日 23:12
人は命の危機に瀕すると性欲が増すとか増さないとか。
だから何だという訳でもありませんが、えぇ。
Posted by at 2016年06月13日 14:13
確かに…卒業したらスゲー疎外感を感じるよなぁ

でも嬉しくもあるけど…
Posted by at 2016年06月14日 00:54
いつかの読書会の本よろしく、愛し合った2人は2人だけの世界で幸福に生を終える的な展開かと思いましたが、ハッピーエンドで何よりでした。両想いなのにそれを知らない2人を、時空を歪めてまで結び付けたトンネルさんまじイケメン。
Posted by at 2016年06月15日 00:49
コメントありがとうございます!

全く知らない後輩が一生懸命部活をしている様>
久「それだけ真剣に部活に打ち込んだ
  証左でもあるから、悪い事でもないけどね」
咲「でもやっぱり寂しいです」

人は命の危機に瀕すると>
久「種の保存本能ね。でも残念、
  二人とも女ですから!」
和「そういえばiPS」

卒業したらスゲー疎外感>
久「OGとかで訪問しても、どこか
  異物って感じなのよね。
  仕方ないんだけど疎外感が凄いわ」

いつかの読書会の本よろしく>
久「どんだけ読み込んでんのよ…嬉しいけど」
咲「…ちなみに両想いじゃなかったら
  二人はそのまま命を落としてました」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2016年07月11日 19:57
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