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【咲-Saki-SS:久和】 和「機械と呼ばれた子」【依存】【前編】

<あらすじ>
世間一般の尺度で言えば、
私は恵まれた人間でした。

裕福な家庭に生まれ、
衣食住、教育が十分に与えられ。
限定的とはいえそれなりの自由もありました。

でも、ただ一つだけ。
私が本当に欲しかったもの。
それだけは与えられなかったんです。

ああ、どうか、どうか。
私から、あの人達を奪わないでください。


<登場人物>
原村和,竹井久,その他

<症状>
・意志薄弱
・人形

<その他>
特になし。



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ジーー、という録音機器独特の小さな音。
その音が収録開始の合図となって、
西田さんが口火を切りました。


「じゃあ始めるわね。総集編みたいな感じになるから、
 過去に聞いた質問も多いだろうけど、
 そこは我慢してちょうだい」

「はい」


もう何度目になるかわからない取材。
でも今回は、特別な意味があるそうです。

それこそまるで、私の半生を振り返るかのように。
インタビューは、酷く懐かしさを覚える
質問から始まりました。


「麻雀を始めたのはいつからだった?」

「小学校の頃からですね。
 最初はネット麻雀で、対人で打ち始めたのは
 小学校5年生からになります」

「初めて公式大会に出たのは?」

「中学校に入ってからですね。
 高遠原中学に転校して、
 初めてインターミドルに出ました」


しばらくはただ事実を確認するような
質疑応答が続きます。

私は淡々と受け答えを進めながらも、
当時の状況に想いを馳せていました。

質問に答える事十数分。
さて、と西田さんが居住まいを正します。
どうやら復習が終わったようでした。


「少し質問の内容を変えましょうか。
 ここからは、少し突っ込んだ質問をさせてもらうわね」

「はい」

「実はね。あれをやろうと思ってるのよ。
 ほら、恩師とか知人へのインタビュー。
 総集編っぽいでしょう?」

「ああ、よくある奴ですね」

「そそ。原村さんは割と小さい頃から
 有名人と関係が深かったみたいだし。
 その辺も掘り下げておきたいわ」

「…というわけで」

「原村さんのこれまでの人生で。
 一番影響を受けた人は誰かしら?」


問い掛けを反芻した私の頭の中に、
今までに出会った人の顔が
浮かんでは消えていきます。


穏乃や憧、玄さんや赤土さん。
優希や花田先輩をはじめとした高遠原の皆。
染谷先輩や須賀君。
そして…咲さん。


「…そうですね。たくさんの人が、
 私にいろいろな事を教えてくれました」

「でも。もし、あえて一人だけ挙げるとするなら」


その中で誰よりも強く、強く。
私の脳裏に、最後まで残り続けた人。


そう。やはり、あの人になるのでしょう。


「私が高校一年生の時に、麻雀部の部長だった先輩」


「つまりは、竹井さんになると思います」


予想と違う回答だったのでしょう。
西田記者はぱちくりと目を瞬かせた後、
興味深そうにその身を乗り出してきます。


「竹井プロね…。少し意外だったかも。
 てっきり赤土プロあたりが出てくるかと思ってたわ」

「じゃあ、どうして竹井プロなのかしら?」


私は一呼吸おいて、やがて息を吸い込むと。
ゆっくりと、ゆっくりと言葉を紡ぎます。


「そうですね。それは、あの人が――」



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――私を、壊した人だからです






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言葉を失った西田さんを置き去りにして。


私の意識は、高校一年生だったあの頃に
その舞台を移していました。





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『機械と呼ばれた子』







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『人は皆、生まれつき籠(かご)に囚われている』


それは、私が高校一年生にして
辿りついた真理でした。

人は皆誰もが籠の中の小鳥に等しく。
檻の中で許された自由の範囲内で、
できる限りの幸せを追求していくのです。

あてがわれた籠は人それぞれ違います。
例えば、経済的に困窮した家に生まれた子供には、
私立の学校に通えないなど、
金銭面での籠に入れられるでしょう。

戦争中の国に生まれたりすれば、
生命の危機に晒される籠に
囚われる事になるでしょう。

籠の数は人の数だけ存在して。
皆、与えられた籠の中で
もがきながら生きていくのです。


私にとっての籠。それは『父』でした。


世間一般と比較すれば
上等な籠と言えたでしょう。

衣食住に困る事はなく、
行動もある程度自由でした。
教養も十分に与えられ、
不平などこぼしてはいけない程に
恵まれていたと思います。

でも、たった一つだけ。
許されなかった自由があります。


それは、進路を選ぶ自由。


私にとって、他の全てを捨ててでも、
欲しいと願った自由でした。



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通う学校。目指す進路。
こと進路についてだけは、
私の要求が通る事は
ただの一度もありませんでした。

仕事の都合があるのはわかります。
母の仕事は2〜3年で転属になる。
それは、両親にとっても
どうしようもない事だったでしょう。


でも、その事実を抜きにしても。父は、
私に選択権を与えるつもりはないようでした。

その証拠に、私が高校一年生になった時。
長野での仕事がひと段落ついた父は、
躊躇せず私を東京の進学校に転校させようとしたのです。


『こんな田舎の友達など役には立たない』

『麻雀も運で勝敗が決まる欠陥競技だろう』


『練習して大会なんてバカバカしい』


私が人生を通して得た絆。麻雀に懸ける譲れない思い。
それらは父にとっては無価値のもので。

それでいて、私はその価値観を
覆す事はできませんでした。

私が唯一、父に対してできた事と言えば。


『高校でも全国優勝できたら、
 ここに残ってもいいでしょうか……』


ほとんど不可能に近い可能性を、
希望として残す事を希うだけでした。

わかってはいます。本来麻雀は
千、二千といったオーダーで対局を繰り返して
初めて優劣が生まれる競技だと。

インターハイ程度の対局数では、父の言う通り
ただの運試しになってしまう可能性も高いと。
わかってはいたんです。


それでも、それでも。


それが籠の中の小鳥にとって。
唯一引き出せる条件だったんです。




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そんな、一縷の望みを追い求める私にとって。


部長が見せた麻雀は、到底看過できる
ものではありませんでした。





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『それ』を初めて目にした時。
私はつい部長に詰め寄ってしまいました。


『わざわざ悪い待ちにするなんて理解できません…』


ディスプレイに広がる部長の牌譜。
牌譜の中の部長は、勝敗を左右する重要な局面で、
わざわざ良形の5面張から
残り牌が一枚しかない単騎待ちに
切り替えていました。


『アレはなんなんですか…
 県予選であんな打ち方をされたら私も困りますよ…』


偽らざる本音でした。このインターハイは
私にとって人生を賭けた大切な戦いで。

それを、おふざけとしか思えない謎の悪待ちで
潰されてはたまりません。


なのに。


『あれがおかしい打ち方
 だっていうのはわかってるのよ?』


私の糾弾に対して、部長は一定の理解を示したものの。
結局は自らの行いを正そうとはせず。


『ここ一番って試合では悪い待ちにしてしまうの』


などと、こともなげに笑うのです。

意味不明にも程がありました。
大切な試合だと言うなら。
それこそ少しでも勝率をあげるために、
効率的な打ち方をするべきなのに。

声を荒げる私に対し、部長が返した反応は。
これもまた、私の予想の外でした。


『じゃあ、貴女は…』

『たった1回の人生も
 論理と計算ずくで生きていくの?』


柔和な表情。でも、射貫くような鋭さを伴う物言いに、
一瞬言葉を詰まらせてしまいます。


『そ、それとこれとは話が違います』


麻雀はあくまで確率と統計に支配されたゲームですし、
ただ一度の対局で全てを決めるゲームではありません。

それを、人生と一緒にしてしまうだなんて――


『でも私にとって…』

『インターハイは今年の夏一回きりなのよ』


静かに瞳を閉じて語る部長。

その態度は声音こそ涼しく、
穏やかではあったけれど。

それでもこの思いを譲る気はない、
そんな強い意志を感じさせるもので。


だからこそ私は、困惑を隠せませんでした。


普段は合理的な麻雀を打つ部長。
進退を賭ける私に比類する程の思いを
胸に秘めている部長。


その部長が、自ら勝率を下げるような悪待ちをする。


その矛盾が理解できなくて。
部長の事が、まるで分かり合う事が不可能な
未知の生物のように感じられて。

ぞくりと、得体のしれない恐怖すら
覚えてしまうのでした。



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ツモった牌に意味があると考え、
ここぞという時に悪い待ちに変えてしまう部長。

そんな部長の麻雀は、私にとって
到底納得しがたいもので。


「やっぱり、納得がいきません!」


私達は頻繁に意見を衝突させました。
…もっともそのほとんどは、私が
一方的に異議を申し立てるケースでしたけど。


ただ、そうやってぶつかって行けば行くほど。
部長の事が無視できなくなっていきました。

言葉を交わせば交わす程。
議論を戦わせれば戦わせる程。

部長がいかに麻雀を愛していて、
確固たる信念のもとに
打っているかが伝わってきます。


そして事実、部長は強いのです。


(…私が、間違っているのでしょうか)


少しずつ、少しずつ。私の中に、
疑問が生じていきました。

部長の眉唾理論を認める気はありません。
認めたくもありません。
それを認めてしまったら、
麻雀という競技そのものが
根底から覆ってしまいます。


(でも、部長は悪待ちの時の方が強い)


悪待ちで構えた時の和了率。
そして、良形に取っていた場合の流局率。
見比べる間でもなく、悪待ちの方が
明らかにいい結果を残しています。

それは部長だけの話ではなく。
咲さんの嶺上開花の和了率。
そしてまるで河どころか、
対局全体を見通すようなプラマイゼロにも
同じ事が言えました。

私がこれまで頼みにしてきた統計が、
二人の異常性を数値として
明確に示していたのです。


例外を認めるつもりはありません。
認めるわけにはいきません。


(……でも)


部長が悪待ちでも強い理由。その、
納得のいく理由を手に入れたい。
日に日に、そんな思いが強くなっていきました。



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ある日私は、部長の理論について
一から全部聞いてみる事にしました。


『いいの?デジタル派の和からしたら、
 壺売りレベルのうさん臭さだと思うけど』


どういう風の吹き回し?
とばかりに首をかしげる部長を、
正面から見つめ返します。


『今でも否定したい気持ちは強いです。
 でも、私の中でも、部長の悪待ちについて
 合理的な解を見つけられないんです』

『だから。聞かせてください。
 部長の考えを、全部』

『……』

『そっか』


部長はどこか嬉しそうに目を伏せると。
少しだけ弾んだ声音で説明を始めます。


『まあ、オカルトだって言われても
 仕方ないんだけどさ。私はこう思ってるわ』


件の悪待ち以外にも、部長は
いくつか独特の持論を持っていました。

曰く、思いの強さに牌は応える。
曰く、雀士には固有の能力を持つ者が居る。


曰く…麻雀の能力は本人の生き方が反映される。


それらはやはり、麻雀の理論としては
正直眉を顰めるしかない内容でした。


『部長は、どうしてその持論に至ったんですか?』

『至ったっていうか…実際人生を振り返ってみたら
 そうだったっていうか』

『何なら話してみよっか?私の人生。
 面白いくらい麻雀にそっくりだから』


言葉もなく頷く私に、部長は
自らの生い立ちを語り始めます。

今までの人生は常に悪待ちばかりだった事。
でも諦めずに上を向いていたら、
いつかは幸せがやってきてくれた事。


『前も言ったけど、私も悪待ちをしたくて
 してるわけじゃないのよ?
 でも、そうせざるを得なかったの』

『この麻雀部だってそう。
 そりゃ、本当は風越に行きたかった。
 誰が好き好んで廃部寸前の麻雀部なんか
 望んだりするかしら?』

『でもね』

『私は、この学校に来た事に意味があると考えた』

『だから辛抱強く待ち続けたわ。
 2年って年月は正直しんどかったけど。
 それでも私は待ち続けた』


『そしたら、貴方達が来てくれた』


そう言って向けられた笑顔は、本当に温かくて。
まるで恋するかのように熱い視線に、
なぜか胸が高鳴ってしまって。

自分でも理解できない動揺に襲われた私は、
つい、無粋な言葉を返してしまいました。


『そ、そんなのただの偶然ですよ』

『貴女にとっては偶然でもいいわ。
 でも、私にとっては必然なの』

『私は、悪待ちを続けたからこそ。
 貴女に会えたと思ってる』

『麻雀も然り。他の人から見たらただの悪待ちでも、
 私にとっては最善の一手なのよ。
 人生経験に裏付けられた、ね』


『そういった、人生が反映された麻雀は…強いわよ?』


部長は不敵に微笑むと、
雀卓の電源ボタンを押しました。


『じゃ、実戦で試してみましょっか』


カラカラと転がり続けるサイコロ。
規則的に並べられた牌の山。
それらはどれも、無機質で感情なんてないはずなのに。
なぜか、その時。なぜか、私は――


――雀卓が、部長の声に応えているような。


そんな、妙な錯覚を覚えてしまったんです。



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部長の打ち筋には、人生が反映されている。

その事実を知った時。私はもう、
頭ごなしにやめろと訴える事はできませんでした。

何より私自身、部長の麻雀に対する考え方が
好きになってしまったのです。

例え運が向いていない時でも。
負けが込んでいる状況でも。

そんな自分の元に来てくれた牌を愛おしそうになぞる部長。
時には裏目った、ごめんねと謝ったりする部長。

そんな部長の麻雀は、まるで牌と語り合うようで。
愛と楽しさに満ち溢れていて。
それは、私の麻雀にはないものでした。


(…もう、いいです)

(部長の打ち方に口を出すのはやめましょう)


例外として認める事にしました。
部長には部長の打ち方があって、
強いのだからそれでいい。

何より部長には、そのままで居てほしい。
そう、素直に思えるようになったんです。



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――でも。







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でも。たった一つだけ。

どうしても。何があっても否定したい事がありました。







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麻雀には思いの力が宿る。

その考え方だけは、どうしても
受容することができません。






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だって、もしそれが事実なのだとしたら。







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私の思いは。部長の思いは。







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優勝したチームの選手より、
軽かったという事になってしまうのですから――







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清澄高校は全国優勝を成し遂げる事はできませんでした


私個人も、全国を制する事はできませんでした






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私は、清澄高校を追われる事になりました







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部長は言いました


麻雀には、その人の人生が反映されると


言いえて妙だと思いました


だってそう、私の人生も


まさに麻雀のようなものだったのですから




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決められたルールの中


与えられた配牌で戦うしかない


それは、可能性をもがれた鳥籠の中の小鳥と同じ





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違う






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私はゲームのプレイヤーにすらなれない


父という雀士に与えられた、ただの手牌に過ぎない存在






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父が効率を計算し、期待値を算出し



合理的で問題ないと判断を下した形に作り変えられる存在





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私は、人間ですらない






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その事実に気づいた時
私はもう、抗う事を諦めました






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そしてそこに残されたのは…
ただ、父の与えたルールに従って
条件判定を行って動くだけの機械






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『新しい友達を作る→』


『一生の友達を作る事はできない
 どうせ別れが訪れる→』


『別れの悲しみを助長するだけ→』


『非効率→』


『友達は要らない』



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『小学校の先生になる→』


『平均的な労働時間と比較して負担が高い→』


『対価が見合わない→』


『非効率→』


『小学校の先生は進路として不適切』



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『お嫁さんになる→』


『父の眼鏡に叶う人物である必要がある→』


『自分の意思で配偶者を選択する事はできない→』


『結婚にメリットがない→』


『お嫁さんは将来の夢として不適切→』



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『不適切』


『非効率』


『不適切』


『非効率』


『不適切』


『非効率』



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いつしか私は、『機械』と呼ばれるようになりました。






(続く)
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posted by ぷちどろっぷ at 2016年07月08日 | Comment(4) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
いつも楽しみにしております!
ぷちさんは原作設定を安易に壊したり改変したりせずに読み応えのあるSSをあげていらして、いつも感嘆しております。久和は初めて読みますが続きも楽しみにしてます!
Posted by at 2016年07月09日 01:12
久さんが機械となったのどっちをショート(意味深)させる展開くる?
Posted by at 2016年07月09日 14:15
コメントありがとうございます!

>原作設定を安易に壊したり改変したりせず
久「ありがとう!注意してるところだから
  そう言ってもらえると嬉しいわ!」
和「例外も多々ありますけどね」

>のどっちをショート
久「ごめんなさい、これ純愛なの」
和「どう壊したかは後半をごらんください」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2016年07月11日 19:40
初めは入院中老人と一緒にやってたダルオォォォン?!
Posted by みぞれ at 2017年01月09日 11:29
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