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【咲-Saki-SS:久和】 和「機械と呼ばれた子」【依存】【後編】

<あらすじ>
久「この話の続きよ」
http://yandereyuri.sblo.jp/article/175929107.html

<登場人物>
原村和,竹井久,弘世菫,原村恵,原村嘉帆

<症状>
・異常行動(軽微)
・執着(軽微)
・依存

<その他>
特になし。



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私がその事件を知ったのは、
清澄を発ってから3か月も経った後の事だった。

プロチームに加入するなり、
合宿で遠方の地に飛ばされて。

合宿が終わった後も、
そのまま遠征で全国を行脚した。

ようやく長野に里帰りした頃には、
季節は夏を迎えていて。
まさに、インターハイの地区予選が
始まらんとするところだった。


「あー、よかったぁ…なんとか間に合ったわ」


思わず胸を撫で下ろし、
足早に会場への道を急ぐ。

地区予選のトーナメント表には
清澄高校の名前もあった。
新入部員の報告は受けていたから
驚きこそなかったものの、
それでも胸が熱くなる。

ああ、私が託した思いは。
確かに受け継がれているのだと。


もっとも、心穏やかでいられたのは
それまでだった。


小冊子に記された各高校のオーダーリスト。
何の気なしに目を通して、
私は思わず驚きの声をあげた。


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清澄高校:オーダー表

先鋒:片岡優希
次鋒:加藤ミカ
中堅:室橋裕子
副将:染谷まこ
大将:宮永咲

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「和がいない!?なんで!?」


そう。清澄のオーダーに
和の名前がなかった。

室橋裕子に加藤ミカ。確か、
どちらも高遠原中学の子だったはず。

二人には悪いけど、和と入れ替える程
強かった覚えはない。

なんだか、酷く嫌な予感がする。
慌てて携帯を取り出すと、
まこの連絡先をタップした。


プルルルー、プルルルー、ガチャッ


『おう、どうしたんじゃ』

「どうしたもこうしたもないわよ。
 なんで和がメンバーに入ってないのよ」


電話の先で聞こえた小さな溜息。
それがまた私の不安を助長する。


『…そうか。気づいてしもうたか』

『お前さんもぶち忙しそうじゃったけぇ…
 あえて報告は避けちょったが』

『……』


そこでまこは一呼吸置いた。
逸る気持ちをこらえながらも、
じっと次の発言を待つ。

待つ事数秒。やがて、まこは
観念したように音を漏らした。


『和はな…親の都合で転校したんじゃ』


思わず、携帯を取り落とした。



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親の都合で転校。
それ自体は珍しい事じゃない。

特に和の親は転勤族だと聞いていたから、
それ自体は仕方ないと割り切るしかないだろう。


でも、問題はそこじゃない。


重要なのは、私がその事実を教えてもらえなかった事。
そうせざるを得ない『何か』があった可能性。


「まこ、貴女は知っていたの?」

『転校する前に…ちゅぅ意味なら知らんかった。
 わしらにとっても急な話だったんじゃ』

『4月に入ってすぐ、いきなりおらんくなってな…
 引っ越したっちゅうのも、
 先生から聞いた話じゃ。
 本人からは何も聞いとらん。別れの挨拶もな』

『電話も解約されとった。じゃけぇ連絡も取れん。
 こがぁな話聞かされても心労増やすだけじゃろけぇ、
 お前さんには黙っとったんじゃ』

「……そっか」


続ける言葉が見つからなかった。
確かにまこの言う通り。
困惑する事しかできない。


「…和、貴女はどこに行ってしまったの?」


呟いた声は会場の歓声にかき消される。
どうやら対局が始まったらしい。

それはつまり、和のインターハイ不参加が
確定した事を意味していた。



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和を欠いた清澄は、窮地に陥りながらも
なんとか決勝まで駒を進めた。

それでも、去年のメンバーが全員残る
龍門渕を打ち破る事はできず。
ひっそりと、地区予選で姿を消した。



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連絡が取れない。

まこがそう話した通り、和は
一切の繋がりを断ち切っていた。

西田記者にも連絡を取った。
ある意味では私達より昔から和と親交があって、
情報を掴んでいそうな人だったから。

でも西田さんから得られた回答は、
より深い絶望をもたらした。


『…ごめんなさい。私も全然知らないの。
 ある時、原村さんの方から電話が掛かってきてね』

『麻雀をやめると言ってたわ。
 だからもう、一切取材にも応じないし
 今後は接触しないで欲しいって言われちゃった』

『だから私も、それからはむしろ
 火消しの方向で動いてる』

「そうですか…ありがとうございました」


震えそうになる声を必死に抑えながら
そそくさと通話を終わらせる。

ツー、ツーと鳴り響く不通音を聞きながら、
あまりのショックに動く事ができずにいた。


(あの和が…麻雀をやめた?)


到底信じる事ができなかった。
だって、あの子の麻雀にかける情熱は、
いっそ病的とも呼べるレベルのもので。
だからこそ私は、そんな和が愛おしかった。


(…嘘よ。仮に西田さんの言う事が
 本当だとしても、絶対どこかで
 また再開してるはず)


それはある種の願いでもあった。
胸の内では、不安が膨れ上がっている。

それに気づかぬふりをしながら、
インターハイ地区予選の
選手リストをかき集める日々が続いた。


「…居ない。和が、どこにも居ない」


結果は無情だった。
北は北海道から、南は沖縄まで取り寄せたのに。
全てのリストを突き合わせても、
和の名前は見当たらない。


「そう、そうよ!ネト麻!
 ネト麻はまだ続けてるはずだわ!」


元々和のフィールドはネット麻雀だった。
そこに一縷の希望を求め、
電子の海を彷徨い歩く。

でもそれは、私が既に得た絶望を
裏付けするに過ぎなかった。


『のどっち』は姿を消していたから。


のどっちの消失は、ネット麻雀界においては
ちょっとした騒ぎとなっており。

運営にのどっち復活を求める
ユーザーの書き込みを見て、
私はついに認めざるを得なくなった。


(…もう、間違いない。
 和は、本当に麻雀を止めたんだ)


認めたくなかった。
認められるはずがなかった。

だって、あの和が麻雀を捨てるだなんて。
あれだけ麻雀を愛して、心血を注いでいた和が。

麻雀を止める。
もし、そんな事が起きるとしたら…


一体、和はどうなってしまうというの?


ここにきて、私の不安は頂点に達する。
胸騒ぎはもう無視できない程に酷くなっていた。

確信があったのだ。私がそうであるように。
もし、和が麻雀を止める事になるとしたら――



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――きっと、あの子は壊れてしまうと。







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一刻も早く和と連絡が取りたい。

焦燥に駆られた私が次にとった行動は、
もはやストーカーまがいの追跡だった。

西田さんみたいに良識を持った記者はともかく、
何しろあれだけの有名人だ。
外を出歩いているのなら、多少なりとも
誰かが話題にしているだろう。

そう考えて、ソーシャルネットワークサービスで
徹底的に調べ尽くす事にした。

検索にヒットする膨大な情報の中から、
和に結びつきそうな発言を徹底的に洗い出す。

さすがに有名人なだけあって、
その数は数十万にもおよんだ。


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7月2日
 清澄高校のオーダー見た?原村和いないんだけど
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7月2日
 え、原村和インターハイ出ないの?
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7月2日
 そういえば原村って雑誌でも見なくなったな
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…和の不在はそれなりに
話題になっているようだった。
でも、これは求める情報じゃない。


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5月10日
 【悲報】のどっち、ついにネト麻ランキング
 トップ100からも脱落する
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5月10日
 のどっち陥落!?
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5月10日
 のどっち……
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5月10日
 のどっちが停止してからもう1カ月だろ?
 むしろ今まで上位だったのが異常
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5月10日
 のどっち何があったんだろうな…
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5月10日
 運営の余裕がなくなって「のどっち」を
 稼働できなくなっただけじゃない?
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…ネット麻雀の世界でも、
『のどっち』の不在が話題になっていた。
でも、これも求める情報じゃない。


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4月15日
 あれ?最近のどっち稼働してなくね?
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4月15日
 前はほとんど毎日稼働してたのにな
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消失点に近づいては来ている。
でも、欲しい情報は見つかってくれない。

結局、4月まで記録を辿っても
目的の情報に辿りつく事はできず。
検索する文字列を少しずつ変更しては調べ直す。

仕事の合間をぬって調べる事数週間。
調べた発言数はゆうに数十万を超えていた。


(…我ながら、何やっているのかしら)


流石に、自らの行動に疑問を覚え始める。

そもそも、本当に心配する必要はあるのだろうか。
元々小さい頃から転居を繰り返してきた和の事だ。

私の考え過ぎで、引っ越し先でも
上手くやっていてもおかしくはない。
心配し過ぎ、むしろ自分の方が病的だ。
そう冷静に窘める自分がいるのも確かだった。


それでも。いくらそうやって自分をごまかそうとしても。
脳裏から不安がこびりついて離れてくれない。
だから私は検索を繰り返す。


続ける事さらに二週間。
そろそろ検索するキーワードも尽きかけてきて、
焦燥がピークに達し始めた頃。


私は、ついにそのツイートを見つけ出した。


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4月11日
 ちょ、なんかうちの学校に
 H.N来てるんだけど
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4月11日
 いや誰だよ
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4月11日
 マスコミにも秘密だから
 広めないで欲しいって言ってたんだよ
 なんか親の仕事の都合で
 引っ越してきたってさ
 誰なのかはメールで送った
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4月11日
 うおすげぇ、普通に芸能人じゃん
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4月11日
 髪形は変わってるけど、
 雑誌で見た通りのおもちでビビった
 めっちゃ可愛い
 でもなんか目が死んでる
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「これだわ!!」


ようやく、ようやく現実の和と
繋がる発言を見つけた。
逸る気持ちを押さえながら、
プロフィールや発言を入念に洗い出す。

残念ながら、本名や住所のような、
わかりやすい情報は載ってなかった。
写真なんかもほとんどない。

でも、あまり呟かない人物だった事が幸いした。
遡る事3000発言。1年前の発言に、
こんな内容を見つける事ができた。


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3月13日
 今から合格発表見る
 怖い
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3月13日
 頼む、受かっててくれ…
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3月13日
 ……!
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3月13日
 あった!番号あった!!
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3月13日
 マジで泣いてる
 画面が見えない
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3月13日
 応援してくれた人ありがとう…
 俺、来年からK高校生になります…!
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K高校。

それが、和の転校した高校。
東京の有名な進学校。

私はすぐさま所在地を確認すると、
その日のうちに新幹線を予約した。



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顔を覆い隠すように帽子を深くかぶり、
校門そばの陰に隠れた。

放課のチャイムが鳴り響き、
大勢の生徒が門を潜り抜けて行く。

注意深く一人一人を観察するも、
そこに和の姿はなかった。


(…今日は休みだったのかしら)


図書室で勉強しているのかもしれない。
気を取り直して待ち続ける事数時間。
長いはずの日も落ちて、流石に諦めかけた頃。

落ちた帳に紛れるように、ひっそりと
校門を通り抜ける女生徒を見つけた。

確かに髪形は変わっている。
前髪で隠すように目を覆っている。


でも、見間違えるはずがない。


「…和!」


わき目もふらず駆け寄った。
視線を地に落としながら歩いていた和は
呼び掛けに反応してその足を止める。


「……」


和が視線をこちらに向ける。

刹那、私は金縛りにあったように
動けなくなった。


「……っ!」


作り物の、機械みたいな目。


生きる希望も、絶望も何も感じられない、
ただそこに在るだけの。
何の意思も感じられない瞳。

まるでロボットに見つめられているようで。
ある種の不気味さすら感じてしまう。


「っ……」


思わず気圧された私を前に、
和は無表情のまま静止していた。

あれを言おうこれを言おう。
色々考えていたはずなのに、
それらは全て吹っ飛んで。

二の句を告げないでいると、和はそのまま
何事もなかったように再び歩き始めようとする。


「ちょ、待って待って!
 この状況で無視はないでしょう!?」

「転校するなんて聞いてなかったわ!
 いったい何があったって言うの!?」


結局、率直でひねりのない問いを
投げ掛けてしまう。

それでも和は動きを止めた。
表情を変える事は無く、
口だけを機械的に開閉する。


「親の転勤の都合です」

「それだけじゃないでしょう!?」

「…説明する事に価値を見出せません」


抑揚のない冷えきった言葉。
感情をまるで感じさせないその声は、
私の背筋を凍らせる。


「あ…貴女にとってなくても、私にとってはあるの!
 お願いだから教えてくれない!?」

「無意味です」


和はどこまでも無機質だった。
やがて会話そのものが無意味と判断したのか、
それ以上口を開く事なく歩き始める。

無情に遠ざかってゆく背中。
言葉に窮した私は、この際思ったままを口にした。


「価値、意味って…だったら!」

「今の貴女の行動には、貴女にとって
 どんな価値があるって言うのよ!!」

「大好きな麻雀もやめて、繋がりも断ち切って!
 そこまでする事に何の価値があるって言うの!?」


和の足がぴたりと止まる。
でも、こちらを振り返る事はなく。
ただ言葉だけを私に返す。


「私は、父の人形ですから」

「父が指示したように動く。ただそれだけです」


声音にも、内容にも。まるで
人間味を感じ取る事はできない。


「……っ」


ただ立ち尽くす私を残し、
和は一人規則的な歩調で帰って行った。



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わからない事だらけだった。

私が知っている和は、麻雀部の誰よりも
頑固で気が強い人物だった。

確固たる信念を持っていて。
誰かに生き方を押し付けられて、
はいそうですかと
従うような人間ではなかったはずだ。

一体何があったら『ああ』なってしまうのか。
まるで理解が及ばない。


和の父親もわからない。
会った事はないけれど、実の娘を
こんな人形に変えて喜ぶ父親なんているのだろうか。

状況についてもわからない事ばかりだ。
親の都合で引っ越し。それでどうして
麻雀まで止める必要があるというのか。


わからない。

わからない。

わからない。

わからない。


疑問符が頭を駆け巡る。
でも、これ以上和に詰め寄っても
徒労に終わる予感があった。


となれば、私が次にとる行動は一つ。


私はパソコンを起動させると、
和の父親についての情報を集め始めた。



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「…それで、今度は私に
 コンタクトを取ってきたわけかね」


事務所で私を迎え入れた人物は、
長身の知的な男性だった。

男の名は原村恵。つまり、和の父親だ。


「はい」


弁護士と言うと弱い者の味方みたいな
先入観があったけれど。
目の前の男性からはむしろ、
冷たく近寄りがたい印象を受ける。

そしてその印象に違わず、
彼は私を突き放した。


「和の事は、原村家内部の問題だ。
 赤の他人である君に話す事はない」


不意に和の顔が脳裏によぎる。
ああ、確かに和の父親だ。


「なら、貴方は一人の父親として、
 今の和のままでいいと思っているんですか?」

「一時的なものに過ぎん。あれも決して頭は悪くない。
 そのうち、私の考えが正しかったとわかる」

「それがわかるまで、和は人形のまま
 人生を浪費するんですか?」

「毎日ちゃんと学校に行き、
 学生の本分である勉学に励む。
 何を浪費しているというんだね?」

「そもそも浪費と言うのなら、
 今までの方が浪費だったろう」

「なっ…!?」

「将来役に立ちそうもない田舎の友達。
 最終的には運に左右される不毛なゲーム。
 そんなものに情熱を傾けて何のためになる」

「むしろ、これ以上の浪費は看過できなかった。
 だから転校させたまでだ」

「和の気持ちはどうなるんですか」

「気持ちを整理する猶予も、
 機会も十分に与えただろう」


排除すべき敵。目の前の男を完全にそう断定して
徹底抗戦の構えを取ろうとした矢先。
会話の雲行きが怪しくなる。


「…どういう事ですか?」

「なんだ…君はそんな事も知らない癖に
 友人面をしていたのか?」

「…!?」

「インターハイで優勝できたら長野に留まる。
 …和が自分から言い出した条件だ」


…そんな約束、知らなかった。
狼狽する私の事など気にもせず、
原村父は言葉を続ける。


「麻雀が人生を費やすに足る競技だというのなら。
 成果を見せたなら私も素直に認めよう」

「だが、和は自ら条件を挙げ、
 それを達成する事ができなかった」

「だから予定通り引っ越しした。
 両者の間で取り決めたルールに従っただけだ」

「なのに」

「ルールすら教えてもらえなかった赤の他人が、
 横から口を出すのかね?」

「…、それは……っ!」


咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
事実、私は和から聞いてもいない。
そして、助けを求められてもいないのだから。


「言い返すだけの材料がないなら帰りなさい。
 君に心配されなくとも、
 私はちゃんと娘の幸せを考えている」

「ちゃんと導いていくつもりだ。
 麻雀などと言う不確かなゲームに、
 自らの将来を賭けるような
 愚か者にならないようにな」


半ば追い出されるように、
目の前で事務所の扉が閉じる。

恨めしくその扉をにらむも、
それが再び開く事はなかった。



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なぜ、和があんな機械になってしまったのか。
その理由が分かった気がした。

父親。
和はきっと、あの父親という
牢獄に閉じ込められている。

大切な人達を否定され、愛するものを奪われて。
それでもなお、逆らう事も許されない。
生きる意味を見失うには十分過ぎたのだろう。

でも、それをあの男に説いたところで
効果があるとは思えなかった。
まして、価値のない人間の烙印を
押されたであろう私では。


何より…私が、苦しんでいた和を
救えなかったのは事実なのだから。


和が密かに抱えていた悩み。今更、
打ち明けてもらえなかった事を恨むつもりはない。
言えなかった気持ちも痛いくらいわかるから。

仲間が純粋に競技として麻雀を楽しんでいるところに、
重苦しい家庭の事情を持ち込むのだ。
私が和の立場なら、むしろ隠し通そうとしただろう。
勝てばいい、そう自分に言い聞かせて。


でも。でも、でも、でも。


きっと、一人で苦しんでいたはずだ。
敗北の恐怖に怯え、膝を抱えていたはずだ。

デジタル一辺倒の和。
万全を期しても負ける事はあると
常日頃から語っていた和。

そんな和にとって、この条件は絶望的過ぎて。
真っ暗闇の中、たった一筋
差し込んだ光に手を伸ばすような。
そんな思いだったに違いない。

そして。私達にはそんな和を、
救うチャンスが与えられていて――


――救えず、和は壊れてしまった


「……っ!」


不意にこめかみに痛みが走る。
指を見ると血が滲んでいた。
無意識に掻きむしっていたらしい。

痛覚が冷静さを取り戻させてくれる。
そうだ。今すべき事は反省会じゃない。


「考えるのよ、竹井久。
 和を、あの男から解放する術を」


あの男は言っていた。
いずれ時間が解決するだろうと。

そんなはずはない。今のままなら、
和は一生人形として命を終わるだろう。


なんとかしなければいけない。
そして、それをできるのは…多分、私だけだ。



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意気込んで考えてはみたものの。
そう簡単に妙案は浮かんでは来なかった。

相手は頭でっかちな弁護士だ。
しかも、実の娘を人形にするような男だから
感情に訴えても無駄。

法で争う事になっても勝てるくらいの
作戦が必要になる。


「でも、それって親権を奪うくらいしなきゃ駄目よね」

「…いきなり何を言い出すんだお前は」


いつの間にか脳内が漏れ出ていたらしい。
声がした方に振り向くと、チームメイトの菫が
怪訝そうに眉を顰めていた。


「そういえば、菫もいいとこのお嬢様だったわよね。
 プロ雀士とか反対されなかったの?」

「なんだ藪から棒に」

「いいから教えて」

「…ま、いい顔はされなかったな」

「どうやって説得したの?」

「3年間の猶予を与える。
 その間に実績を残せなければ
 潔く引退して家に戻る。
 …ま、今の私は仮釈放みたいなもんだ」


思わず大きなため息をつく。

どうしていいところの親は
いちいち実績に拘るのか。


「で、負けたら大人しく家に引っ込むわけ?」

「ああ。育ててもらった恩義もあるし、
 親の言い分も理解はできるからな。
 私自身、3年もやって芽が出ないなら
 先はないだろうと思うのもある」

「これまで好き勝手やって来た自覚もあるしな。
 夢破れたなら、名の知れた某にでも
 嫁いで安心させてやるさ」


なるほどよくわかった。雑草育ちの私とでは、
価値基準がまるで異なる事が。

裕福で品行方正に育った子供にとって。
家や親というものは、自らの人生すら
左右する程大きな存在らしい。

私なら、結婚相手の選択にまで干渉する親なんて、
こっちから勘当して駆け落ちでもするけどね。


ん?待った……駆け落ち?


「そっか!その手があった!
 合法的に駆け落ちすればいいのよ

「…いや、本当にお前は何を言ってるんだ」


脳裏に浮かんだひらめきに、
一筋の光明を見た気がして。

頭に疑問を浮かべる菫を置き去りに、
私は市役所へと駆け込んだ。



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あくる日の夕方。
またも不審者のごとく校門を見張り、
帰路につく和を捕まえた。


「やっほー、和。結婚しましょ?」

「…何を言ってるんですか?」


あまりに突拍子もない提案に、
流石に無反応とはいかなかったらしい。
表情こそ変わらなかったものの、
声に呆れのトーンが混じる。


「いやだから結婚だってば。ほら婚姻届。
 私の分は書いておいたわ!」

「結婚して竹井和になっちゃえば、
 貴女は一生私のもの!」

「……そしたら」

「貴女の生き方に、誰も口出しはさせないわ」

「……」


発想の飛躍はともかく。私が何を
意図しているか気づいたのだろう。

一瞬、和の瞳に意思の色が灯る。
でも、光はすぐにかき消えた。


「…ありえない仮定を持ち出すのはやめてください」

「問題を法律に限定したとしても。
 私達が結婚する事はありえません」

「どうして?私は18歳で貴女は16歳。
 もう結婚できる年でしょう?」

「民法737条。未成年の結婚には父母の同意が必要。
 まさか、婚姻届を書いておいて
 知らないという事はないですよね?」

「この条項がある以上、その書類には
 何の価値もありません」


もちろんそれは知っている。
でも大切なのは和の意志。


「そこさえクリアしてくれれば、
 貴女は私のものになってくれるのかしら?」


もし、和が籠の外を望むなら。
どんな手を使ってでも、
合意を取り付けて見せる。


「ありえません。あの父が
 首を縦に振るはずがありません」

「…もう一回聞くわ」

「法律上の問題をクリアすれば、
 貴女は私のものになってくれるの?」

「……」


視線と視線が交錯する。
一瞬の沈黙の後、和は視線を泳がせた。


「好きにしてください。
 できるわけがありませんから」


本当に、本当に少しだけだけど。
無機質な和の頬に、
人間らしい赤みが差した気がした。



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家に帰った私は、鞄にしまいこんだ
婚姻届を取り出した。

眼前に広がる証明書。夫と妻の記入欄には
二人の誓いが記されている。

それは計画が大きく前進した事を
意味していたけれど。
手の中に納まったその書類を見て
今更ながら疑問がわいてきた。


(…ホントに、これでいいのかしら)


後輩をその父親から解放するために結婚する。
そんな理由で結婚していいんだろうか。
いいや、そもそも。


(私は結婚できるほど、
 和の事を愛しているのかしら)


自分の中で問い掛ける。
私が抱く和への想い。
それは本当に愛なのだろうか。

大切に思っているのは間違いない。
でもそれは、不遇な目に遭っている後輩に
同情しているだけではないのか。

そこまで考えて気が沈みかけた時、
唐突に鞄の中の携帯が鳴った。

液晶画面には『菫』の一文字。
思考を中断された私は、
気持ちを切り替えて着信に応じる。


「…はいはい、何かあったのかしら?」


刹那、怒号が鼓膜を揺さぶった。


『こっちの台詞だ!お前今どこにいるんだ!?
 今日ミーティングがあるのを忘れたのか!』

「…あ、完全に忘れてたわ」

「…ごめんなさい」


やらかした。これは怒鳴られても仕方ない。
反省モードに入って叱咤を待ち受ける。

でも、スマートフォンから聞こえる菫の声は、
むしろ私を気遣うように優しかった。


『…本当に何があったんだ。
 お前はふてぶてしくて曲者で
 いちいち相手を振り回すが、
 約束を違う奴じゃないだろう』

『最近のお前は異常だ。
 病んでいるようすら見える。
 悩みがあるなら話してみろ』


優しく、私の事を慮る様な声。
それでも歯に衣着せぬ菫の物言いは、
ストレートに私の心を貫いた。


『最近のお前は異常』


ショックを受けてもおかしくない言葉。
でも、それこそが。奇しくも
私が求めていた答えそのものだった。

周りから見たら病気扱いされる程、
和の事ばかり考えていた。
それが愛じゃなくて何だというのだ。


(…なんだ、答え出てるじゃない)


一つの答えが見つかれば、
後は芋づる的に答えが繋がる。

四六時中、和の事ばかり考えてた。それはなぜ?
決まってる。昔の和を取り戻したいから。

それはなぜ?好きだったから。
私と同じくらい麻雀が大好きで、
譲れない信念を持っていて。
そんな和と麻雀論を交わすのが大好きだった。


(なんだ。そう考えたら私、
 卒業前から和の事好きだったんじゃない)


『おい、聞こえてるのか?
 悩みがあるなら話せと言ってるんだ』


一人想いに耽っていた私は、
菫の声で現実に引き戻される。


「あ、ごめんごめん。
 菫の優しさに感動しちゃって」

「おかげさまで、今悩みが解決したわ」

『…相変わらず何を言っているのかさっぱりな上に、
 結局悩みは何も聞けてはいないが。
 確かに声に張りが戻ったな』

『一人で気負いすぎるなよ?』


「大丈夫。後はもう突っ走るだけだから」


そう、もう悩む事はない。
やるべき事は洗い出した。
それを成し遂げるための覚悟もできた。


後はもう、粛々と実行するだけだ。



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最初に訪れてから二週間後。
私は再び、あの男の事務所を訪れていた。


「…また来たのかね。今さら
 君と話す事など何もないが」


原村父の反応は相変わらずだった。
それでも門前払いにはしない辺り、
変なところで律儀だと思う。

もっとも、別に追い出してくれても
よかったのだけれど。


「私としては別に話さなくてもいいんですけどね。
 でも、貴方は聞いておいた方がいいと思いますよ」

「…本職の弁護士に対して恫喝でもする気かね?」

「いえ。ただのご報告です」


そう。もう戦いは終わっている。
貴方の目の届かない場所で。


「私、和と結婚しようと考えてます。
 こちら、二人で記入済みの婚姻届です」

「……呆れすぎて物も言えないな」

「民法737条を知らないのかね?
 『未成年の子が婚姻をするには、
  父母の同意を得なければならない』
 私が反対する以上、
 その紙に法的な拘束力は何もない」


くだらない、とばかりに原村父が鼻を鳴らす。
子供の浅知恵、そう考えているに違いなかった。


でも。


そうやって、子供だと下に見ているから
こんな目に合うのだ。


「貴方こそ、私を侮り過ぎではないですか?
 弁護士を相手にするのに、そんな
 基本中の基本を押さえずに来ているとでも?」

「……まさか」

「そう、そのまさかです」


出会って以来ずっと上から目線だった原村父。
その男の声が初めて強張る。


「民法737条の第2項。
『父母の一方が同意しない時は、
 他の一方の同意だけで足りる』」

「そしてこれが……」


二通目の書類を取り出した。


「原村嘉帆さんの同意書です」


一枚目と同様、すでに必要事項が
記入されている紙を目の当たりにして。
男は目を大きく見開いた。



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父母の同意はどちらか一方だけでいい。
それを知っていた私は、
当然母の方を攻める事にした。


『お義母さん!和さんを私にください!』


無論、味方になってくれる保証はない。
夫と全く同意見の可能性もあるし、
夫の言いなりの可能性もある。

そうでなくとも、突然やって来た女に
同性婚を認めろと言われたところで、
頷く人間の方が少ないだろう。

限りなく分の悪い賭け。それでも、
私は自分の悪待ちに賭ける。


『あっはっは!何これ一体どういう事?』

『この書類そのままです。私は和と結婚したい。
 そして、和も応えてくれてます』

『後必要なのは父母どちらか片方の同意だけ。
 だからこうして許可をいただきに来ました』

『ふむ。そこまでちゃんと調べてるんだ。
 だとしたら、その条文が
 意図するところは理解してる?』


原村母は、夫とはまるで真逆の、
竹を割ったような性格だった。

流石に検事なだけあって、
見極めるべきラインは譲らない。

でもそれは言い換えれば、それだけ
真摯に受け止めてくれているという事だ。


許してもらえる可能性はゼロじゃない。


『はい。結婚すると民法上は成年と認められ、
 本来未成年ができない契約の締結が
 できるようになります。
 逆に言えば、親は守ってくれないという事です』

『それ以外にも、夫婦で暮らしていく以上
 自活能力が必要です。経済的にも能力的にも』

『親の同意が必要なのは、そういった
 結婚するに足る能力があるかを
 両親に判断させるため、ですよね?』


おそらくは模範解答だっただろう。
お義母さんは短く頷くと、
本題とばかりに次を切り出す。


『そういう事。貴女達二人は、
 条件を満たしているのかな?』

『私はプロ雀士ですから、経済力については
 十分条件を満たしているはずです。
 現に自分で稼いだお金で一人暮らししてますし』

『不安定な職だよね。本当に将来ずっと
 食べていけるって保証できる?』

『麻雀を運試しの賭博だとお考えなら
 少し認識に誤りがあります。
 プロ麻雀は、勝つ者が勝つべくして勝つ競技です。
 私はインターハイで準優勝してスカウトされてますから
 実績による裏付けもありますよ?』

『プロでの戦績はまだわからないよね?
 後2年耐えて、本当に生計を立てられるって
 わかってからでもいいんじゃない?
 そうすれば私の同意すら要らないわけだし』


的を射た指摘だった。
私達はまだ若い。これからの年月を考えれば、
たった2年を生き急ぐよりも地盤を固めた方がいい。
それはそれで正解なんだと思う。


でも、それは大人の理論だ。


『後2年、和の青春を棒に振るならそれもありですね。
 でも、私は一刻も早く和を人間に戻したいんです』

『逆に聞きますけど。お義母さんは、
 これから2年も和が人形のままでいいんですか?』

『んー、そこを突かれると弱いなぁ』

『私は嫌です。そして、
 私には和を救い出す力がある』


『どうか、和との結婚を認めてください』


深々と。全霊を籠めて頭を下げた。
周囲を張り詰めた緊張が支配する。

でも何となく直感していた。
この人は、きっと私達の味方になってくれる。


『……うん。問題なさそうだね』


しばらく腕を考え込んだ後。
お義母さんは優しい笑みを浮かべた。


『聞いたところ、衝動的な行動って感じもしない。
 ちゃんとストーリーを考えてきてるよね。
 経済面でも一応の根拠と地盤がある。
 そこらのちゃらんぽらんな成人よりは
 よっぽど頼りになりそう』

『なにより、和に対する想いが、
 怖いくらいに伝わってくる』

『うん。わかりました』

『っ、じゃぁっ……!』


『うん。私、原村嘉帆は、貴女達二人の婚姻に同意します』


大勢は決した。事実上、
この時点で和を救い出したも同然だ。


『あっ…ありがとうございます!!!』


へなへなと崩れ落ちそうになる体に力を籠めて。
再びお母さんに頭を下げる。


そう。私は…分の悪い賭けに勝ったのだ。



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「…というわけで、お義母さんからは
 既に同意をもらってます」

「だから、別に貴方が同意しなくても
 私達の結婚は成立する。
 まあでも、どうせなら同意してくれませんか?」


一部始終を黙って聞いていた原村父は、
そこで初めて重い口を開いた。


「……こんな形で一つの家庭を破壊して、
 それでもあの子を幸せにできると思うのかね?」

「できますよ。親なんか居なくたって
 意外にどうにでもなるもんです」

「それは、私が身をもって証明してますから」


言外に含んだ意味を正確に読み取ったのだろう。
原村父はまた少し眉を潜める。


「…それは、両親が離婚済みという事かね?」

「それも問題になりますか?
 まともな家庭に生まれなかった私では、
 大切な娘を任せるに値しないと?」

「……」


言うべきではなかったかもしれない。
でも、弱点を隠していたと思われるのも癪だ。

どうせこの男は今後必要ないのだ。
叩きたければ叩けばいい。


でも、次の瞬間。原村父は予想外の行動に出た。


「……」

「いいだろう。今同意書を書くから待っていなさい」


原村父は席に着くと、引き出しから
とある書類を取り出す。

それは確かに、お義母さんからもらった
書類と同じものだった。


「…!意外にあっさり引き下がるんですね?」

「君の言った通りだ。この状況では、
 私の同意書がなくても婚姻は成立する。
 そして、嘉帆が認めたというなら、
 君にはその資格があるんだろう」

「だとすれば、私が同意書を拒否する事は、
 二人の門出に水を差す以外の意味を持たない」


正直意外な反応だった。てっきり、
自分の意見を絶対に曲げない
頑固者だとばかり思っていたのに。


「…最初からそういう大人の対応を
 してくれればよかったんですけどね。
 理解があるのかないのかどっちなんですか」

「……」

「…大人には、大人なりに子を思う気持ちがある。
 私は私なりに、あの子の将来を考えて行動していた」


ああ、そういう事か。どうやら私も、
冷静さを欠いてこの人を誤解していたらしい。

頭は良いけど不器用で。
まっすぐ過ぎて、曲がれない人。


「…ほら、同意書だ。
 ただし渡すための条件をつけたい」

「なんですか?」

「生活に困窮した場合は即座に婚姻を解消する事。
 いくら嘉帆が認めたと言っても、
 私はプロ雀士の自活能力など信用していない」

「麻雀は確率と統計に支配されたゲームだ。
 そこに絶対など存在しないのだから」


どこかで聞いたような台詞。
そっくりすぎて和の顔がちらつく程に。

一仕事終えて緊張が解けた私は、
思わずその言葉に噴き出してしまう。


「…ぷっ…あっははははは!!」

「…何かおかしなことでも言ったかね?」

「い、いえ…やっぱり、和のお父さんだなって」


一しきり笑い終えた後。
私は笑顔で同意書を受け取った。


さあ、後は和に報告するだけだ。



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もう完全に覗きポイントを把握した私は、
いつも通り数時間不審者を決め込んだ後
和を捕まえた。


「やっほー、和。結婚しましょ?」

「…法律上の問題をクリアしたんですか?」


間髪入れず問い返す和。
その姿にある人物がちらついた。

浮かれてねじが緩くなった私は
簡単に噴き出してしまう。


「…ぷっ、も、もうやめてくれない?
 ホント似た者同士なんだから」

「…どういう事ですか」

「親子そろって見くびり過ぎって事よ。
 条件を満たさないでおめおめと
 顔を出すと思う?」

「ほれ、同意書。ちゃんと両親4人分もらってきたわ。
 貴女のお父さんの分もあるわよ?」


目の前で広げた同意書に、
和は驚愕に目を見開く。

それは和と再会して以来、
初めて見た感情の爆発だった。


「……っ!そんな…!?どうしてっ!!」


ありえない。そんな事ありえない。
そう繰り返す和を前に、
私はゆっくり微笑んで見せる。


「和。貴女は、お父さんの事を
 絶対脱出不可能な檻だとか、
 覆せないルールだとか
 思ってるかもしれないけれど」

「そんな事はないの。案外、
 押せば簡単に壊せるものなのよ」

「さ、条件は満たしたわ。
 これで結婚してくれるのよね?」


私の言葉に、和はじっと押し黙る。
それでも、その目は私を正面から見据えたまま。
ぽつり、と小さく言葉をこぼす。


「……ひとつ」

「ん?」

「……一つだけ、聞かせてくださいっ……」

「何?」

「竹井先輩は…どうしてっ…
 どうして、ここまでしてくれるんですか……?」


声を震わせ、しゃくりあげながら和が問う。
いつの間にか、目の端には大粒の涙が溜まっていた。

私が差し出した書類の意味を考えれば、
答える必要のない愚問。

でも。和が問うと言うのなら。
もう一度しっかり伝えよう。



「貴女の事が…好きだからよ」



和の目から涙が零れる。
抱き寄せた私の胸に顔をうずめると、
静かに嗚咽を繰り返した。



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そして、私達はその翌日に。


二人、ひっそりと婚姻を結んだ。




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『…私のした事はそんなに間違っていただろうか』

『うん、普通に駄目だったと思うけど。
 ていうか本当に何なんだったの?
 あのインターハイ云々の変な約束』

『そう思ったなら止めればよかったじゃないか』

『和が自分から嫌だって主張してくれれば、
 援護するつもりだったんだけどねー』

『でも、どんな変な約束だろうと、
 二人で合意の上で交わしたんでしょ?
 和本人が認めてるのに私が助け舟出しちゃうのも、
 本人のためにならないって思ったのよ』

『それを言うなら、助け舟を出すのが
 竹井久でも同じ事じゃないのか』

『全然違うってば。久ちゃんは
 和が自分で作った人脈でしょう?』

『久ちゃんが和を助け出そうとするのなら。
 それは、和の今までの人生に
 意味があったって事じゃない』

『ま、正直久ちゃんもちょっと危ういから
 心配がないわけでもないけどね』

『…少々癪ではあるが、私は逆に
 その点では心配していない』

『ん、どうして?』

『私が和にあれこれ指図したのは、
 レールのない道の険しさを知っているからだ』

『お前だって気づいているだろう。
 あれは想定外の事態に弱い。
 だから、できるだけ未知の苦難にぶつからないよう、
 障害物を取り除いてやりたかった』

『…だが、竹井久。あれはおそらくその真逆だ。
 望んでか否かは別として、
 道なき道を切り開くタイプだろう』


『和には丁度いい。遺憾はあるが』

『なんだ、べた褒めなんじゃない。
 最初から素直に祝ってあげればいいのに、
 ホント不器用なんだから』



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「…と、そんなわけで。久さんは
 私の檻を壊してくれたんです」

「私にとって、父は絶対の檻で。
 私は人間ですらない」

「そう考えていた私の全てを壊してくれました」

「久さんがいなければ。私はプロ雀士になるどころか、
 今生きていたかすら怪しかったでしょう」


事の顛末を語り終え、ふぅと小さく息を吐きます。

ほんの少しかいつまんで語るつもりが、
結局全てを話してしまいました。


「えーと…私個人としては、
 疑問が解消されて嬉しいけど。
 これ、記事にしちゃっていいのかしら?」

「構いませんよ。というかてっきり、
 そのための総集編だと思ってました」

「今年で私も成人ですし。そろそろ
 大々的に発表しようって言う久さんの謀略かと」

「あはは…さっきのは本当に、
 『麻雀人生の中で一番影響受けた人』
 って質問だったんだけどね」


そう言って西田さんは苦笑すると、
やがてちょっと寂しそうに肩を竦めます。


「でも、割と本気でショックだわ。
 私、結構原村さんに
 張り付いてるつもりだったのに」

「竹井プロがそこまで原村さんにとって
 大切な人だなんて気づきもしなかった」

「仕方ないと思います。
 久さんの指示で隠してましたから。
 でも。実際には…私にとって」


「久さんは、私の全てです」


全て。

それは、自分で口にしたものの。
嘘偽りはないものの。

その物言いに、我ながら
少し病的なものを感じました。

そう考えてみると。本質的な意味では
私は何も変わっていないのかもしれません。

絶対的な存在が、父から久さんに変わっただけの事で。
私が久さんに完全に心を奪われているという点を除けば。
今も私は、檻の中の小鳥のままなのかもしれません。

それでも別にいいんです。
私は今、幸せですから。


脳内の久さんに想いを馳せていたら、
不意に西田さんが微笑みました。


「いい顔してるわね」

「え?」

「あ、自覚なかった?多分、
 今の貴女の顔を見たら…」


「貴女の事を、機械だなんて言う人は誰も居ないと思うわ」


その言葉に少し興味が沸いて、
鞄から手鏡を取り出しました。

鏡に切り取られた私の顔は、
心から幸せそうに、自然な笑みを湛えています。


――ああ もう、私は機械じゃない


そう強く実感できた私は、
さらに頬を緩ませるのでした。


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2016年07月10日 | Comment(11) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
久和、アリですね
ところで症状の欄に「執着(軽微)」とありますが
結婚するほどの執着心は軽微なんですかね?
Posted by at 2016年07月10日 21:55
こういう軽い(感覚麻痺)作品も良いですね!
すばらっ!
Posted by at 2016年07月10日 23:34
久和は隠れ良カップリングな気がしてきた
Posted by at 2016年07月11日 08:06
久和…とてもすばらでした…。
ぜひ結婚生活編も読みたいです。
よろしくお願いします(土下座)
Posted by at 2016年07月11日 19:26
コメントありがとうございます!

>結婚するほどの執着心は軽微なんですかね?
久「むしろこれ病んでないんじゃない?
  とか思ってたわ」
和「読者さんとのギャップが深刻ですね…」

>こういう軽い(感覚麻痺)作品
久「と思ったら軽いと思う人も」
和「汚染され具合によるのかもしれませんね」

>隠れ良カップリング
和「人たらしですからね…接触があれば
  それだけで毒牙の対象になりそうです」
久「人を何だと思ってるの」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2016年07月11日 19:37
和でのお話が読みたかったんで嬉しいです。
久和は珍しい気もしますねー。
Posted by at 2016年07月12日 01:08
追加投稿w
ずっと昔に和で、ってリクエストしたことがあったんだけどスルーだったので、和は嫌か苦手かなのかなーと思い以後はリクエストしなかった。
なので、思いがけず読めて嬉しかったです。
Posted by at 2016年07月12日 01:13
久さん白馬の騎士やん…
Posted by at 2016年07月12日 22:35
久が病んだSSたまらんですわ
毎日このサイトの更新を確認してる視聴者もヤンデレみたいなもんですね
Posted by at 2016年07月13日 00:34
法律云々以前に女性同士での結婚はおかしくないか?
Posted by at 2016年07月16日 02:29
コメントありがとうございます!

和は嫌か苦手かなのかなーと>
久「り、リクエストスルーはごめんね!
  単純に漏れてたかその時
  いい話が浮かばなかっただけだと思う。
  和は好きよ?」
和「ただこのブログだと久咲になりがちなので
  出てくる場合は久さんとの
  ケースが多いかと思います」

久さん白馬の騎士>
久「籠の中のお姫様を救い出す…なんてね」

視聴者もヤンデレ>
和「実際読者の方のほうがハイレベルだと
  思う事も多々ありますね…」
久「お互いに引っ張られてより深みに…」

法律云々以前に女性同士での結婚は>
久「ごめんなさい。この世界は
  同性婚が認められてるわ!」
和「作中で明言するつもりだったんですが
  忘れてました」
Posted by ぷちどろっぷ(管理人) at 2016年08月02日 22:41
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