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【咲-Saki-SS:久咲】 久「The Last Seven Days」【狂気】【共依存】【絶望】
<あらすじ>
なし。リクエストがあらすじ代わりです。
<登場人物>
竹井久,宮永咲,宮永照,戒能良子
<症状>
・狂気(重度)
・共依存(重度)
・絶望
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲
高校卒業以来何年も連絡を取ってなかった咲から
急に連絡がくる。
どうやら咲は病気で床に臥しているようだった。
久は咲のたっての願いにより毎日見舞いに来る事になる。
久はなぜ自分が呼ばれたのか考える。
咲のいる場所は病室。
※本ブログでも最上級の重苦しさになります。
苦手な方・展開が気になる人は以下を反転して
結末を先に把握してからの方がいいかもしれません。
ネタバレになるので白字にしてあります。
必要に応じて反転して確認してください。
↓ネタバレ
・結末はハッピーエンドです
・咲は最終的には死にません
↑ネタバレ
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止まった時間
止まった想い
私の人生はずっと停止したままだった
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もし、この7日間
少しだけ勇気を出せたなら
時は動き出すのかな
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もう、悔いは残さない
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『The Last Seven Days』
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空港のエントランスから一歩足を踏み出すと、
熱い風がむわりと顔を不躾に撫でる。
燦々(さんさん)と注ぐ太陽光線に目を細め、
日差しを手で遮りながら。
私、竹井久は一人しみじみと呟いた。
「あー、この容赦ない暑さ。
帰ってきたって感じがするわねぇ」
海外転勤でニュージーランドに発ってから早2年。
日本の地を踏みしめるのも久しぶりだ。
彼の地は暑さも寒さも穏やかで、
とても過ごしやすかったけど。
今はこの殺意すら感じる熱気が心地よい。
仕事もひと段落ついた。しばらくは
たまりにたまった有給でも消化して、
羽を伸ばしてしまうとしよう。
「そうね。いっそ全国旅行でもして、
見知った顔を全員訪ねてみようかしら」
なんて、自らの思いつきに相槌を打ったところで、
バッグがけたたましく振動し始める。
取り出して発信者を見て軽く戦慄。
監視でもされていたのかと疑う程に
絶妙なタイミングだった。
「はい、こちら竹井久の携帯電話です。
……随分とお久しぶりね?」
『あ、あはは…ご、ご無沙汰してます…』
「色々問い詰めたい事はあるけど、
とりあえず連絡が取れてうれしいわ。
でも、わざわざ掛けてきたって事は
急ぎの用事でもあるのかしら?」
『あ、いえ、そういうわけじゃないんです。
ただ、その…急に会いたくなって』
あまりの不意打ちに鼓動のピッチが上がる。
悟られまいと心に軽く栓をして、
努めて明るく軽口を叩いた。
「あはは、もしかして私口説かれてるのかしら?
ま、落とされてあげるから
今どこに居るのか言いなさい?」
それなりに無難な切り返しができたと思う。
でも次に咲が告げた言葉を聞いた時、
今度は動揺を隠せなかった。
『ええと…病院、なんですけど』
故郷長野の大学病院。咲の新居は、
病棟の203号室だった。
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清澄の麻雀部を起点とした繋がり。
卒業した後も、私はそのほとんどを繋ぎ止めていた。
OGとして頻繁に顔を出した。
インターハイメンバーが卒業した後も連絡を取り合った。
そんな中で、一人だけ繋がりの切れた子が居る。
そう、それが咲だった。
インターハイが終わってすぐに、
咲は部活を退部した。それも私の引退と同時に。
まるで、私と共に幕を下ろすかのように。
理由は教えてもらえなかった。
インターハイでお姉さんと復縁したせいで、
麻雀をする目的がなくなってしまったのか。
それとも何か別の理由があったのか。
いまだにそれはわかっていない。
やがて咲は和や優希とも疎遠になり。
咲の卒業を期に、完全に連絡も取れなくなる。
未練がましく送った年賀状は、
数日後に送り返されてきた。
どうやら引っ越してしまったらしい。
帰ってきた年賀状を見て、酷く心が
かき乱されたのを覚えている。
一連の咲の行動は、私の心に大きなしこりを残した。
理由を知りたくて仕方なかった。
でも、問い詰めるべき対象の咲は
もう消息すらわからない。
そうして数年が経過して。
私はようやく諦めて、咲を思い出の中に閉じ込める。
それは私にとって、一つの恋が
散った事を意味していた。
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そんな経緯があったから、
私の中で咲はもう『過去の人』になっていた。
だから、そんな咲と再び連絡が取れた時。
実は病院にいると知った時。
もちろん心配する気持ちもあったけれど、
それでも連絡をくれた喜びの方が勝っていた。
咲本人から連絡が来た事も大きい。
それは少なくとも、咲がある程度
自由に動ける事を意味している。
「お久しぶり」
新幹線に飛び乗って、弾丸帰省で駆け付けた。
大部屋だったから少し小声で。
咲はがばっと勢いよく起き上がる。
「お、お久しぶりです…!
ずっと、ずっと連絡できなくてごめんなさい」
小さく声を潜めながら。それでも心の籠った声で、
咲はぺこりと首を垂れる。
「ま、言いたい事はいろいろあるけどね…
そういうのはこの際置いておきましょう。
とりあえず、思ったより元気そうでよかったわ」
「あはは…ありがとうございます」
笑みを浮かべる咲の頬は、わずかに朱を帯びている。
少し目が潤んだように見えたのは気のせいだろうか。
気になる点と言えばそのくらいだった。
物々しいチューブや機械、点滴の類は見受けられない。
一見しただけではどこも患っていないようにすら見える。
「でも、まさか入院してるとは思わなかったわ。
もう原因はわかってるの?」
「あ、あはは…それが全然わからなくって。
単なる過労かもしれません」
「気をつけなさいよー?
もうそんな若くないんだから。
って、さすがにそれは言い過ぎか」
病名がない。その事実も私を安心させた。
聞けば家族も見舞いには来ていないという。
折しもお姉さんの欧州遠征と重なって、
家族が不在の中の不幸だったらしい。
「だから、その…なんだか急に
心細くなっちゃって」
「頼れる人…って考えたら、部長の事が頭に浮かんで。
つい、衝動的に電話しちゃったんです」
「急に連絡しちゃって、ごめんなさい」
伏せったまま申し訳なさそうに頭を下げる咲。
もっとも私は、咲の思いとは裏腹に
望外の喜びを覚えていた。
数年間連絡が取れず、もはや
途切れたとばかり思っていた絆。
なのにそれだけの年月を経てもなお。
咲の中で、私は頼るべき相手として
真っ先に候補に挙がる。
その事実が何よりも嬉しかった。
「ま、仕事も落ち着いたところだしね。
ちょうど長期休みを取るつもりだったから、
なんなら毎日押し掛けてあげるわよ?」
「ほ、本当ですか!?お願いします!!」
目を輝かせて満面の笑みを浮かべる咲を見て。
私は本当に毎日訪問する事を決めた。
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咲との会話。それは過去の思い出に終始していた。
別れてから優に5年の歳月が流れている。
それなりに積もる話もあるだろうに、
咲は一切触れようとはしなかった。
「ごめんなさい。いろいろ聞きたい事とか
あるとは思うんですけど。
今は昔の思い出に浸ってたいんです」
「部長と一緒に居たあの頃に」
どこか儚げに薄く微笑む咲を見て。
私もその話題を取り上げる事はやめにした。
不躾な邪推をしてしまえば。
咲の空白の数年間は、おそらく
恵まれたものではなかったのだろう。
頼れる人物を思い浮かべて、
一番に浮かんだのが放置してきたはずの私。
その時点で推して知るべきだ。
「そうね。せっかく再会できたんだし、
昔話に花を咲かせましょうか!」
私としても、咲の居なかった数年を
あえて語りたいとは思えなかった。
別に後悔するような生き方をしてきた覚えはない。
今の状況に不満もない。世間一般の目で見れば、
私はそれなりに羨まれる立場にあるだろう。
でも、それでも。
ある時何気なく振り返った時、妙な寂寥感を覚えてしまう。
不意に空を見上げた時に、そこに天井を感じてしまう。
『他に道はなかったのか』
どこかで自分は、失敗してしまったのではないか。
思い返さずにはいられない。
そんな時必ず、咲の影がちらつく事は
絶対口にはできないけれど。
そんな鬱屈した思いを抱えていた私にとって。
咲との再会は、きらきらと輝いていた
あの頃を呼び戻してくれた。
「あー、なんか話してたらまた
麻雀したくなっちゃった」
「あれ?麻雀やめちゃったんですか?」
「いやいやそうじゃなくってさ。また、
あの頃のメンバーでチーム戦がしたいって話よ」
「あ、それいいですね!」
「お、じゃあいっそ本当にやっちゃうか!
コクマ団体戦エントリーとか!」
穏やかに微笑む咲を見て、
心がぽかぽか温もった(ぬくもった)。
ずっと感じ続けていた閉塞感が
一気に瓦解していくようだった。
咲と別れてからの数年間。
もしかしたら私の時も、
ずっと止まっていたのかもしれない。
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幸せな日々が続いた。
毎日が酷く穏やかで。
入院のお見舞いにしては変な話だけれど、
未来に希望が膨らんだ。
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咲はいつも微笑んでいた。
会えなかった日々が嘘のように、
私達は仲睦まじく語り続けた。
それはともすれば、あの頃よりもずっと
距離が近かったかもしれない。
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幸せだった。
あの日置き去りにした恋心が。
少しずつ、少しずつ
胸の中に蘇っていくのを感じていた。
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そんな、心温まる幸福な日々。
ただ一つ、ただ一つだけ、
問題点を挙げるとすれば――
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――咲が、自分の死期を見誤っていた事だろう
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いつものように私が咲の部屋に向かった時。
そこに咲の姿はなかった。
病室の前に掛けられた名前プレート。
そこにも咲の名前はなかった。
「ありゃ?病室移ったのかしら?」
そこまで深くは考えなかった。
入院中の配置換え。それは別に
珍しい事ではないと知っていたから。
だから私は手近な看護師さんを捕まえて、
咲の移動先を問い掛ける。
何の警戒もしないまま。
「た、竹井さんですね!?
早く!早く来てください!!」
問い掛けられた看護師さんは血相を変えると、
私の手を取って走り出した。
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私の予想通り、咲は病室を移動していた
大部屋から個室に移動していた
予想外だったのは、その顔に
酸素マスクが取り付けられ
体をチューブが這い回っていた事だった
ベッドの横には、規則的な音を刻む
モニターが設置されている
まるでドラマのワンシーンを再現したような
『それ』を見た時、私は動悸が激しくなって
息もできない程に胸が詰まった
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ピッ ピッ ピッ ピッ
心電図モニターはまだ咲が
生きている事を教えてくれる
ピッ ピッ ピッ ピッ
でもそれは裏を返せば
いつ身罷ってもおかしくない事を意味していた
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まるで理解ができなかった
だって咲は、昨日も普通に出歩いていて
病気だって大した事ないって
そのうち退院するって言っていて
家族だって一度も見舞いに来なかったし
だから私は全然心配してなくて
だって、ほら、みんなで、コクマに出ようって
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体がガタガタと震え出す
歯が噛みあわず鳴り始める
吸っても吸っても呼吸できなくて息が苦しい
視界がぼやけて咲がよく見えない
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無機質なデジタルの数値が
少しずつその値を落としていく
表示された波形が徐々に平坦に近づいていく
それらが正確には何を意味しているのか
門外漢の私にはわからない
ただ、漠然とそれが良い知らせではない事を
肌で感じ取っていた
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そんな私にもわかってしまった
それは、モニターに表示された波形
本来なら波を描くべきその線が――
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――完全な、一本線になってしまった事を
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医師が私に何かを話し掛けていたような気がする
何か受け答えした気もするけれど
すっぽりと記憶が抜け落ちている
ただ、少しだけ正気を取り戻した時
私の手には一冊のノートが握られていた
何て事ないただの大学ノート
でも、表紙に刻まれた『日記』の文字が
安易に開く事を躊躇わせる(ためらわせる)
おそらくこれには
全ての真相が克明に綴られているのだろう
私が気づくべきだった
辿りつかなければならなかった真実が
その真実を知った時
私は正気でいられるだろうか
今この瞬間ですら、
悲しみに押し潰されてしまいそうなのに
それでも、それでも、それでも、それでも!
目を背けるわけにはいかなかった
小刻みに震える指を必死に動かしながら
ノートを一枚ずつめくっていった
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『日記 No.39』
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入院してからつけ始めた日記も
39冊目になりました
正直この日記に意味があるかはわからないけれど、
このノート分は続けようと思います
なんとなく予感がしたんです
多分、これが最後のノートになるって
先生に言われちゃいました
『悔いのないように生きなさい』って
それってそういう事だよね
もう助かる見込みはなくなったから
好きな事をして生きろって意味だよね
不思議と悲しみは沸いてきませんでした
病に侵されてから7年半
やっと楽になれるんだ なんて
むしろほっとしたかもしれません
お父さんにも、お母さんにも、お姉ちゃんにも
本当に、本当に迷惑をかけ続けてきました
今私がこうしている間にも
きっとみんなが血眼になって
私を治せるお医者さんを
探してくれているのでしょう
でもやっと、みんなを解放してあげられる
知り合いにこの病気を隠したのは、
今でもいい選択だったと思ってます
最終的に死んじゃうのなら
心配させる前に消えた方がずっといい
そう思ってはいるんですけど…
やっぱり、私は駄目な子でした
いざもうすぐ死んじゃうとわかったら
辛くて辛くて仕方ないんです
せめて最後に
もう一度だけ会いたいって思っちゃうんです
大好きだったあの人に
先生に相談しました
先生はぐっと何かを堪えるように下を向いた後
優しく言ってくれました
『貴女は、今までずっと頑張って来た。
最期ぐらい、自分を甘えさせてあげなさい』
その言葉に後押しされて、
ちょっとだけ素直になる事にしたんです
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『悔いのないように生きなさい』
その言葉を聞いた時
逝く前に、どうしても
やっておきたい事ができました
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私は、部長に想いを告げたい
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あの頃の私が閉じ込めた想い
まだ元気だった頃には、
あてもない未来に期待して
先延ばしにしちゃった想い
それで、実は自分に未来なんて
なかったって知って諦めちゃった想い
せめて、伝えて終わりたい
高校一年生だったあの時
私がどれだけ部長に助けられて
どれだけ部長に恋い焦がれていたのか
多分部長は知らないだろうから
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機械を外してしまったら
もって7日間くらいだろうって言われました
それでも構いませんって答えました
大好きな人に顔を見せるのに
チューブだらけなんて嫌だから
7日いっぱい甘えさせてもらって
その後で部長に想いを告げようと思います
当然振られてしまうでしょう
でも、それでいいんです
どうせもう生きられないんだから
告白した後は退院した事にして
また行方をくらませばいい
わかってます あまりに無責任だって
でも、それでも…
『あの後死んじゃいました』
って言われるよりはよっぽどいいよね?
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自分で言うのもなんだけど
計画に穴があり過ぎると思いました
そもそも部長は捕まらないかもしれない
連絡が取れたとしても、
長野に居ないかもしれないし
そもそも酷い別れ方をした私に、
わざわざ会いに来てくれるかもわからない
それでも賭けるしかありませんでした
周到に準備する時間なんてなかったですから
電話を掛ける時、手が震えていたのを覚えています
もしだめだったら、多分私は
ショックで死んじゃうだろうなって思いました
そのくらい怯えていたんです
でも、久しぶりに話した部長は
そんな私の不安を、
あっさり吹き飛ばしてくれました
『今から行くわ!夕方くらいには着けると思う!』
連絡が取れてたった数時間後
部長はあっさり私の前に現れました
今まで何度も夢に見て
そのたびに涙を呑んで諦めた部長が
私の目の前にいる
あの時よりもずっと綺麗になって
大人になった部長が私を見つめてくれている
不意に涙が出そうになりました
それでも、何とか堪える事ができました
ポーカーフェィスは苦手だったけど
長い間笑ってなかったのがよかったみたいです
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今日も一日幸せでした
身体は悲鳴を上げ続けてるけど
それもこの喜びの代償って考えれば
痛みすらも愛おしく感じます
部長といっぱいお話ができました
それは、私が一番幸せだった頃の話
部長は何一つ忘れてなくて
むしろ私が知らなかった事まで
話してくれました
それがすごく嬉しくて
本当に部長はずるいなって思っちゃいます
後6日
こんな日がずっと続くといいな
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部長は別れてからの事には触れませんでした
私が遮ったというのもあるけれど
それでも、急に音信不通になった事を責めもせず
気安く話し掛けてくれました
その優しさはあの頃と同じもの
ひょうひょうとして、一見気にしてない風を装いながら
誰よりも優しく私を気遣ってくれたあの頃と
それがあまりに幸せ過ぎて
話を切り出す事ができませんでした
でも、まだいいよね
振られるのはもう少し甘えてからでも
後5日もあるんだもん
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きょうも、きょうも幸せでした
でも、だから逆にこわくなってきちゃった
ずっと、ずっと今が続けばいいのに
わたしの命、後どのくらいもつのかな
できればぎりぎりまで部長とすごしたい
でも、あんまり引っぱっちゃったらだめだよね
予定日まであと4日
そろそろ危なくなってきてるもん
あしたには部長に言おう
それであさってには『退院』しないと
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うれしい、うれしい、うれしい、うれしい
ぶちょうが、わたしのこと
好きだったかもって
あのころ、わたしのことが気になってたって
インターハイに連れて行ってくれたヒーローだったって
それは わたしだけの力じゃないし
ちょっと大げさかなって思ったけど
でもすごくうれしかった
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おくびょうなわたしは けっきょく
自分のおもいは話せなかったけど
もうこれでじゅうぶんです
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「ふざけな゛い゛でよ゛っっっ゛!!!!」
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気付けば大声を出していた
握り締めたノートは歪に変形していた
つまりはこういう事だ
咲はもうずっと前から病に苦しんでいた
インターハイ後部活をやめたのも
連絡が取れなくなったのも
病を知られて、私達を心配させないためだった
別れてからの事に触れなかったのは
病室の記憶以外語る事がなかったから
語ったら重症だとばれてしまうから
私達から離れた数年間
咲の時は完全に止まっていた
ただただ病気に苦しめられて
痛みに呻きながら
過去の幸せな思いに縋って
だから終わりが見えたこの7日間で、
止まったままの想いを告げようとした
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でも 咲はそれをしなかった
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ほんの少し、期待を込めて匂わせた好意
過去に抱いていた想いの告白に満足して
咲は一人で逝ってしまった
当初計画していた告白を放棄して
私を独り置き去りにして
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あの時私が求めていたのは
これからの『未来』だったのに
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弾かれたように駆けだした
がむしゃらに咲の居場所を探し求めた
薄暗い病棟を駆け回る
すでに病室にはいなかった
必死で記憶の糸を手繰る
確かあの時、息を引き取った後咲は
どこか別の部屋に運ばれて
霊安室!!
痙攣する足に鞭を打ちながら走り続ける
霊安室に辿りついた時
咲は今まさに運ばれていくところだった
駆け寄って咲に掴みかかる
「馬鹿!一人で勝手に逝くんじゃないわよ!!」
葬儀屋の従業員らしき人間が
慌てて私を取り押さえようとする
正気を失った私はそれを乱暴に払いのけると
なおも咲の肩を揺さぶり続けた
「何がもう十分よ!貴女は、貴女はっ…!
何一つ私に伝えてないじゃない!!」
咲は何も答えない 当たり前だ
もう逝ってしまったのだから
だからと言って、納得して力を緩めるだけの理性は
今の私には残ってなかった
「起きなさいっ!おねがいっ…起きてっ゛……!」
肩を掴んで抱き起こす
無理矢理瞼をあけて私を映す
「さきはっ…卑怯な゛のよ…っ!
貴女はっ、っ゛、それで、
い゛いかもしれないけどっ゛…!」
「わ゛たしはどうすればい゛いのよ゛っ!!」
「わたしだって、わ゛たしだってっ゛……!」
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「あ゛な゛たのことが好きだったのに゛!!!」
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絶叫が咲の体をつんざいた
それはもし、生きている間に伝えられれば
きっと咲の魂を震わせる事ができたはずの言葉
でも咲の体はもう動かなくって
かくり、と力なくこうべが垂れた
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「っ………ぁ゛っ」
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「あ゛ぁぁぁ゛ぁあ゛ぁぁぁあ゛ぁぁ゛っ!!!!」
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至近距離で放たれた
鼓膜を破るほどの絶叫にも
咲は何一つ反応しなかった
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不思議な光景を見ていました
部長が私の体を抱いていて
私はそれを少し上から眺めています
部長は夥しい涙を溢れさせながら
私に叫び続けていました
もし生前に聞けていたなら
きっと狂ってしまっただろう程に嬉しい言葉
そんな言葉を私の骸(むくろ)にぶつけていました
ないはずの胸が痛みます
出るはずのない涙が滲みます
嗚呼、嗚呼
ごめんなさい
死期を見誤ってしまったんです
嬉し過ぎて、満足してしまったんです
こんな姿を部長に見せるつもりはなかったのに
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もう少し頑張れたなら
後少し勇気を出せたなら
もうちょっとだけ、救いのある結末が
待っていたかもしれません
でも、私にはもう命はありません
ないんです
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体がどこかに引っ張られていきます
おそらく『お迎え』なのでしょう
それは酷く乱暴で、まるで
死者に鞭打つような運び方でした
心がどろりと澱みます
せめて死んだ時くらい、
優しくしてくれてもいいのに
ううん、何言ってるんだろ私
すぐに思い直しました
確かにこの方がしっくりきます
あんなに部長を悲しませた私が
天国に行けるわけがありません
そう、だからこれはきっと
地獄に
そう、地獄に引きずり込まれているんでしょう
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『宮永。捕まえたよ』
『ありがとうございます、戒能さん』
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不思議な光景を見ていました
地獄を覚悟して運ばれた目的地
そこにいたのは、お姉ちゃんともう一人
確かプロ雀士の人でした
「さっきも言ったけど時間はない。
伝えたい事は手短に」
「はい」
お姉ちゃんは雀士の人に頭を下げると
私の方に向き直ります
『え、ええと…どういう事なの?』
「咲の容態が急変したと電話で聞いた。
でも私は今フランスだからとても間に合わない」
「だから欧州遠征でこっちにいた戒能さんに頼んで、
霊魂だけこっちに呼んでもらった」
『そ、そんな事できるんだ……』
「おかげでなんとか間に合った。
せめて、お別れの言葉くらいは言える」
お姉ちゃんは微笑みました
その目に涙は見えないけれど
すでに真っ赤に腫れています
「ごめんね、咲。私は結局、
治療法を見つけられなかった」
『い、いいんだよ…こっちこそごめんね。
私のせいで、ずっと。ずっと苦しめちゃった』
「…お互い謝ってばかりになりそうだからやめようか。
それよりもっと伝えたい事があるから」
「咲。今までありがとう。
頑張って生きてくれてありがとう」
お姉ちゃんが抱き締めてくれます
実体のない私は雲みたいで、
お姉ちゃんの腕をすり抜けてしまうけど
それでも構わずお姉ちゃんは抱き締めてくれます
また、出ないはずの涙が零れました
『私の方こそ…ありがとう』
最期にお姉ちゃんと話せてよかった
やっぱり、家族に会えずに終わるのは寂しいから
お父さんとお母さんには悪いけど、
お姉ちゃんの方から言っておいて欲しいn
……って!!
『お、お姉ちゃんごめん!!
その、どうしても伝えたい事があるんだよ!』
「…なに?」
『あ、その、お姉ちゃんじゃなくて!
今、病院にいるはずの部長に!!』
『私、部長に何も言わずに死んじゃって!
部長、すごい悲しんでて!このままじゃ部長、
後を追っちゃうかもしれない!』
「…っ!戒能さん、咲は今の状態でも
携帯とか使えますか!?」
「……」
お姉ちゃんの問い掛けに
雀士の人…戒能さんは私をじっと見つめます
それはどこか値踏みするような
いぶかしむような眼差しでした
「ジャストアウェイト。
ちょっと気になったんだけど」
「咲ちゃんだったね?君、もしかして
本来の予定より早く臨終した?」
『あ、は、はい…先生の予想だと
後2、3日は持つはずだったんですけど…』
「ふむ」
戒能さんは一人納得がいったとばかりに頷くと
穏やかな声で語り掛けてくれます
「咲ちゃん。今から君を、
向こうの世界に送り返す」
「ちょっと手を加えてあげる。君は多分、
少しの間だけ息を吹き返すだろう」
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「残された時間は少ない。
チャンスを逃さないように」
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動きもしない死体を崩れんばかりに抱き締めて
私はただただ泣き続けていた
狂気に恐れをなしたのか
それとも察してくれたのか
葬儀屋は姿を消している
だから『それ』が起きた時
私はそれが現実なのか
それとも幸せな幻覚なのか
判断がつかなかった
腕の中の亡骸(なきがら)が、
ぴくりとその指を動かしたのだ
意思を持たないはずの瞳に生気が宿り
閉じていたはずの唇がわずかに震えた
『……ぶちょう』
「さ…さき…?咲!?」
驚愕に目を見開いた
夢か現実かわからない
わからないけど……
でも、確かに咲は動いている!!
「咲っ…!生き返ったのね!?咲っ…!!」
『ご、ごめんなさい!そんなに喜ばないでください!
多分、その、私…もたないですから!』
「嫌よ!もしまた死んじゃうなんて言うなら、
私絶対に追い掛けるからね!」
『…っ!そ、その部長…
そこまで言ってくれるなら、
一つだけお願いしてもいいですか?』
「何!?私にできる事なら何でもするわ!」
『そ、その…ええと……
い、言いにくいんですけど……』
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『わ、私と…キスしてください』
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「…………」
咲のそのお願いは
正直聞き入れがたいものだった
キスが嫌なわけじゃない
でも人生の最期に要求されるそれは
まるで綺麗なお別れを演じるようで
口付けを終えてしまったら
また咲は一人満足して逝ってしまうのかと思うと
心が張り裂け千切れそうだった
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思う
もしこの世に霊魂なんてものがあるとして
いっそ咲に悔いを残してやったら
ずっと、この世界に留まってはくれないだろうか
そして一緒に死んでしまえば
私達は二人報われぬ想いに縛られて
未来永劫、共に苦しむ事ができないだろうか
どす黒い狂気が私を満たす
でも悲しいかな
私は咲を愛し過ぎていた
悪戯に咲を傷つけるくらいなら
一人で苦しみ続ける道を選んでしまう程度には
でも、せめて責任は果たしてほしい
「…その前に、貴女の口から聞かせてちょうだい。
キスより前に、言うべき事があるでしょう?」
『…はい』
本当だったら、逝く前に聞けるはずだった言葉
言わずに逝くなんて許せない
『わ、私……部長の事が、す、好きでした』
「やり直し」
『え、えぇ!?』
「過去形禁止よ。これからもずっと好きでいなさい。
勝手に終わらせるなんて許せないわ。
…私は、一生背負い続けるんだから」
「ほら、最初からやり直し」
『……っ』
咲の顔が歪んで崩れる
目に大粒の涙をためながら
堰を切ったように想いを吐き出し続ける
『す、好きです。部長の事が、好きです!』
『ずっと、ずっと、ずっと、すきですっ!』
『もし、このまま死んじゃってもっ!』
『ずっと、部長の事がすきですっ…!!』
『も、もし…部長が受け入れてくれるなら』
『私に、キスしてください……!!』
嗚咽交じりの告白に、
しゃくりあげながら言葉を返した
冷たい咲の体を抱き締めながら
「私も好きよ、咲…!」
「貴女が受け入れてくれるなら、
一緒に死んじゃいたいくらい……!」
咲は小さく頷きながら
それ以上何も言わず目を閉じた
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咲の目に溜まった涙が押し出されて頬を伝う
私もそっと目を閉じて
ゆっくりと顔を近づける
咲の息遣いが耳に伝わる
今はまだ咲が生きている事を教えてくれて
それが狂いそうになるほど悲しい
「愛してるわ…咲」
絞り出すように囁くと
咲の唇を静かに塞いだ――
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--------------------------------------------------------
――刹那
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--------------------------------------------------------
唇を重ねた瞬間
私の中から、何かが失われていくのを感じた
生きる力が
活力が
強引に吸い取られていくのを感じた
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何が起きているのかはわからない
でも自分が死に向かっているのはわかる
死がそばに寄り添ってくるのを感じる
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わからない
何が起きてるのかわからない
わからない
わからない
わからない
わからない
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わからないけれど――
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――私は、それを受け入れた
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--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
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別れ際の戒能さんの言葉
それには、もう少しだけ続きがありました
『ちゃ、チャンス…ですか?』
「うん。おそらく君は、向こうについてからも
数分間は生きられるはず」
「そして、次に君が息絶えるそれまでに。
もし、その『部長』が君に命を与えられるなら――」
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「君は、この世に留まる事ができるかもしれない」
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「ただし、それは」
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「彼女の命を削り取る事を意味するけど」
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戒能さんは私に奇跡を施してくれました
それは、唇を重ねた相手から命を奪い取る奇跡
愛する人の命を削って生き長らえる
身の毛もよだつ所業でした
でも、部長は言ってくれたんです
もし私が望むなら
私を追いかけて死んでくれるって
私のために死んでくれるって
その言葉に嘘偽りはありませんでした
事実、部長は命を吸い取られてるのに
殺されかけていると気づいたはずなのに
より一層、強く私を抱き締めてくれたんです
だから私も嬉しくなって
思う存分、部長の命を啜ったんです
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私が正気を取り戻して唇を離し
部長ががくりと崩れ落ちた時
私は、自らの中に久しく見出せなかった
生命の息吹を感じました
文字通り、息も絶え絶えになった
瀕死の部長は
それでもわずかに微笑むと
掠れる声で問い掛けました
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「…さき…私の命、吸ったのよね……?』
「……どう?7日以上……生きられそう……?』
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部長の肩を、固く、固く抱き締めながら
何度も、何度も頷きました
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ありがとうございます、部長
おかげで、もう少し生きる事ができそうです
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私の返事を聞いた部長は
安堵したように一筋の涙を零し
そのまま意識を失いました
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「結局、咲の病原は何だったんでしょうか」
「その考え自体がミステイク。
あれは病気なんかじゃないよ」
「…病気でないとしたら?」
「もっとシンプルな話だよ。命を使いきっただけ。
彼女が高校一年生だったあの日、
インターハイの団体戦でね。
似たような子が他にもいたよね?」
「あそこまで命を燃やしてしまったら、
そりゃ寿命だって一気に縮むよ。
そうなれば、後の人生は
わずかな残滓で食いつなぐしかない。
むしろよく持った方だろうね」
「…成程」
「でも、そういう事なら簡単だ。
誰かの命を分けてあげればいいだけの事」
「…じゃあ、その。竹井さんの寿命は」
「……」
「ほおっておいたら後を追ったんだよね?
無駄にするよりはいいんじゃないかな」
「自分の命で愛する人が生き長らえてくれる。
本当に愛しているなら、
喜んで命を差し出すのが普通だよ」
「私の時もそうだった」
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私達のこの事件は、それなりに
大きなニュースになった
それも無理からぬ事だろう
完全に心肺が停止した後の蘇生
あまつさえ、その後
原因不明の病まで完治したと言うのだから
『愛が引き起こした奇跡』
なんて歯の浮くような美談として、咲と私は、
しばらくの間お茶の間に感動を届け続けた
もっとも私は知っている
これは、そんな綺麗な話ではない事を
動かなくなった左腕、見えなくなった右目
それらが、咲の行為は
紛れもない『捕食』であった事を
生々しく伝えている
咲は私の命を喰らう事で生き返ったのだ
もちろん、後悔なんて微塵もしていないけれど
「久さん、疲れてませんか?
この辺で少し休みましょう」
「ありゃ、バレちゃったか。じゃあ介護して頂戴な」
「はい」
二人で散歩に出かけた帰り道
疲労の色を見て取ったのか、咲は優しく微笑むと
私の頭を自分の膝に誘った(いざなった)
遠慮せず全体重を預けて脱力する
「…私より、久さんの方が弱くなっちゃいましたね」
「そりゃーあんだけ思いっきり吸われたらねー」
「ご、ごめんなさい。加減がよくわからなくって」
「……本当に、ごめんなさい」
笑顔が一転、暗く沈んでいく咲の顔
逆に私はくすりと笑った
「あはは。悲しんでくれてるところ悪いけど、
私はもっと怖い事考えてるわよ?」
「…なんですか?」
「つまりさ。今の咲と私とじゃ、
多分私の方が先に逝くのよね」
「正直本気で安心してるわ。
もう二度と、あんな思いはしたくないもの」
「…そ、それは悪かったと思ってますけど…
仕方ないじゃないですか」
「仕方なくないわよ。咲がちょーっと勇気を出して
告白してくれればよかったんだから」
「そしたらそもそも高校で
縁が切れる事もなかったし。
もっと早く手が打てたかもしれないじゃない」
「そ、それを言うなら久さんだってでしょ?
高校の頃から好きだったとか。
最初からそう言ってくれたら、
私だってこんなに悩まなかったのに」
「告白は王子様の役目でしょ?」
「わ、私と久さんだったらどう考えても
久さんが王子様だよ!?」
「ま、そんなわけで私を看取る役はよろしくね!」
「…ひ、久さんが逝っちゃったら私もついてくもん」
「あはは、まあ私もその方が嬉しいけどね」
「…もう。だったら最初から
一緒に逝こうって言ってくれればいいのに」
咲は頬を膨らませながらも、
私の頭を優しく撫でる
その手は今も温かい
それがあまりに幸せ過ぎて
不意に涙が滲みそうになる
「……」
咲と再会した7日間
私は生と死の境界を垣間見た
そして一つの事実を知った
『それ』は決して遠い彼岸の事ではなくて
いつでも私達の傍に横たわっている
ひょいと跨いでしまえる程に
小さな小さな溝として
もしあの日、見舞いに行くのが遅かったら
もしあの日、諦めて帰ってしまっていたら
もしあの日、咲を拒絶していたら
今頃咲は、燃えて塵になって空を舞って
二度と会えなくなっていたのだろう
「暗くなっちゃいましたね。
もうそろそろ帰りましょうか」
気付けば照り付ける太陽は沈み出し
優しい夜の帳が落ちてきている
その闇がどこか心地よくて
咲の提案を遮った
「もうちょっと寝かせて?」
「…もう。後少しだけですよ?」
もう一度静かに目を閉じる
咲の手が再び頭に落ちて
その手はやっぱり温かい
しみじみと呟いた
「…咲。貴女……生きてるわね」
「……」

「……そっか」
目から涙が滲み出すのをごまかすように
私はそっと目を閉じた
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余命7日
宣告を受けてから2週間
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咲は、今も私の傍に居る
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<The Last Seven Days『Later』:完>
なし。リクエストがあらすじ代わりです。
<登場人物>
竹井久,宮永咲,宮永照,戒能良子
<症状>
・狂気(重度)
・共依存(重度)
・絶望
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲
高校卒業以来何年も連絡を取ってなかった咲から
急に連絡がくる。
どうやら咲は病気で床に臥しているようだった。
久は咲のたっての願いにより毎日見舞いに来る事になる。
久はなぜ自分が呼ばれたのか考える。
咲のいる場所は病室。
※本ブログでも最上級の重苦しさになります。
苦手な方・展開が気になる人は以下を反転して
結末を先に把握してからの方がいいかもしれません。
ネタバレになるので白字にしてあります。
必要に応じて反転して確認してください。
↓ネタバレ
・結末はハッピーエンドです
・咲は最終的には死にません
↑ネタバレ
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止まった時間
止まった想い
私の人生はずっと停止したままだった
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もし、この7日間
少しだけ勇気を出せたなら
時は動き出すのかな
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もう、悔いは残さない
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『The Last Seven Days』
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空港のエントランスから一歩足を踏み出すと、
熱い風がむわりと顔を不躾に撫でる。
燦々(さんさん)と注ぐ太陽光線に目を細め、
日差しを手で遮りながら。
私、竹井久は一人しみじみと呟いた。
「あー、この容赦ない暑さ。
帰ってきたって感じがするわねぇ」
海外転勤でニュージーランドに発ってから早2年。
日本の地を踏みしめるのも久しぶりだ。
彼の地は暑さも寒さも穏やかで、
とても過ごしやすかったけど。
今はこの殺意すら感じる熱気が心地よい。
仕事もひと段落ついた。しばらくは
たまりにたまった有給でも消化して、
羽を伸ばしてしまうとしよう。
「そうね。いっそ全国旅行でもして、
見知った顔を全員訪ねてみようかしら」
なんて、自らの思いつきに相槌を打ったところで、
バッグがけたたましく振動し始める。
取り出して発信者を見て軽く戦慄。
監視でもされていたのかと疑う程に
絶妙なタイミングだった。
「はい、こちら竹井久の携帯電話です。
……随分とお久しぶりね?」
『あ、あはは…ご、ご無沙汰してます…』
「色々問い詰めたい事はあるけど、
とりあえず連絡が取れてうれしいわ。
でも、わざわざ掛けてきたって事は
急ぎの用事でもあるのかしら?」
『あ、いえ、そういうわけじゃないんです。
ただ、その…急に会いたくなって』
あまりの不意打ちに鼓動のピッチが上がる。
悟られまいと心に軽く栓をして、
努めて明るく軽口を叩いた。
「あはは、もしかして私口説かれてるのかしら?
ま、落とされてあげるから
今どこに居るのか言いなさい?」
それなりに無難な切り返しができたと思う。
でも次に咲が告げた言葉を聞いた時、
今度は動揺を隠せなかった。
『ええと…病院、なんですけど』
故郷長野の大学病院。咲の新居は、
病棟の203号室だった。
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清澄の麻雀部を起点とした繋がり。
卒業した後も、私はそのほとんどを繋ぎ止めていた。
OGとして頻繁に顔を出した。
インターハイメンバーが卒業した後も連絡を取り合った。
そんな中で、一人だけ繋がりの切れた子が居る。
そう、それが咲だった。
インターハイが終わってすぐに、
咲は部活を退部した。それも私の引退と同時に。
まるで、私と共に幕を下ろすかのように。
理由は教えてもらえなかった。
インターハイでお姉さんと復縁したせいで、
麻雀をする目的がなくなってしまったのか。
それとも何か別の理由があったのか。
いまだにそれはわかっていない。
やがて咲は和や優希とも疎遠になり。
咲の卒業を期に、完全に連絡も取れなくなる。
未練がましく送った年賀状は、
数日後に送り返されてきた。
どうやら引っ越してしまったらしい。
帰ってきた年賀状を見て、酷く心が
かき乱されたのを覚えている。
一連の咲の行動は、私の心に大きなしこりを残した。
理由を知りたくて仕方なかった。
でも、問い詰めるべき対象の咲は
もう消息すらわからない。
そうして数年が経過して。
私はようやく諦めて、咲を思い出の中に閉じ込める。
それは私にとって、一つの恋が
散った事を意味していた。
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そんな経緯があったから、
私の中で咲はもう『過去の人』になっていた。
だから、そんな咲と再び連絡が取れた時。
実は病院にいると知った時。
もちろん心配する気持ちもあったけれど、
それでも連絡をくれた喜びの方が勝っていた。
咲本人から連絡が来た事も大きい。
それは少なくとも、咲がある程度
自由に動ける事を意味している。
「お久しぶり」
新幹線に飛び乗って、弾丸帰省で駆け付けた。
大部屋だったから少し小声で。
咲はがばっと勢いよく起き上がる。
「お、お久しぶりです…!
ずっと、ずっと連絡できなくてごめんなさい」
小さく声を潜めながら。それでも心の籠った声で、
咲はぺこりと首を垂れる。
「ま、言いたい事はいろいろあるけどね…
そういうのはこの際置いておきましょう。
とりあえず、思ったより元気そうでよかったわ」
「あはは…ありがとうございます」
笑みを浮かべる咲の頬は、わずかに朱を帯びている。
少し目が潤んだように見えたのは気のせいだろうか。
気になる点と言えばそのくらいだった。
物々しいチューブや機械、点滴の類は見受けられない。
一見しただけではどこも患っていないようにすら見える。
「でも、まさか入院してるとは思わなかったわ。
もう原因はわかってるの?」
「あ、あはは…それが全然わからなくって。
単なる過労かもしれません」
「気をつけなさいよー?
もうそんな若くないんだから。
って、さすがにそれは言い過ぎか」
病名がない。その事実も私を安心させた。
聞けば家族も見舞いには来ていないという。
折しもお姉さんの欧州遠征と重なって、
家族が不在の中の不幸だったらしい。
「だから、その…なんだか急に
心細くなっちゃって」
「頼れる人…って考えたら、部長の事が頭に浮かんで。
つい、衝動的に電話しちゃったんです」
「急に連絡しちゃって、ごめんなさい」
伏せったまま申し訳なさそうに頭を下げる咲。
もっとも私は、咲の思いとは裏腹に
望外の喜びを覚えていた。
数年間連絡が取れず、もはや
途切れたとばかり思っていた絆。
なのにそれだけの年月を経てもなお。
咲の中で、私は頼るべき相手として
真っ先に候補に挙がる。
その事実が何よりも嬉しかった。
「ま、仕事も落ち着いたところだしね。
ちょうど長期休みを取るつもりだったから、
なんなら毎日押し掛けてあげるわよ?」
「ほ、本当ですか!?お願いします!!」
目を輝かせて満面の笑みを浮かべる咲を見て。
私は本当に毎日訪問する事を決めた。
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咲との会話。それは過去の思い出に終始していた。
別れてから優に5年の歳月が流れている。
それなりに積もる話もあるだろうに、
咲は一切触れようとはしなかった。
「ごめんなさい。いろいろ聞きたい事とか
あるとは思うんですけど。
今は昔の思い出に浸ってたいんです」
「部長と一緒に居たあの頃に」
どこか儚げに薄く微笑む咲を見て。
私もその話題を取り上げる事はやめにした。
不躾な邪推をしてしまえば。
咲の空白の数年間は、おそらく
恵まれたものではなかったのだろう。
頼れる人物を思い浮かべて、
一番に浮かんだのが放置してきたはずの私。
その時点で推して知るべきだ。
「そうね。せっかく再会できたんだし、
昔話に花を咲かせましょうか!」
私としても、咲の居なかった数年を
あえて語りたいとは思えなかった。
別に後悔するような生き方をしてきた覚えはない。
今の状況に不満もない。世間一般の目で見れば、
私はそれなりに羨まれる立場にあるだろう。
でも、それでも。
ある時何気なく振り返った時、妙な寂寥感を覚えてしまう。
不意に空を見上げた時に、そこに天井を感じてしまう。
『他に道はなかったのか』
どこかで自分は、失敗してしまったのではないか。
思い返さずにはいられない。
そんな時必ず、咲の影がちらつく事は
絶対口にはできないけれど。
そんな鬱屈した思いを抱えていた私にとって。
咲との再会は、きらきらと輝いていた
あの頃を呼び戻してくれた。
「あー、なんか話してたらまた
麻雀したくなっちゃった」
「あれ?麻雀やめちゃったんですか?」
「いやいやそうじゃなくってさ。また、
あの頃のメンバーでチーム戦がしたいって話よ」
「あ、それいいですね!」
「お、じゃあいっそ本当にやっちゃうか!
コクマ団体戦エントリーとか!」
穏やかに微笑む咲を見て、
心がぽかぽか温もった(ぬくもった)。
ずっと感じ続けていた閉塞感が
一気に瓦解していくようだった。
咲と別れてからの数年間。
もしかしたら私の時も、
ずっと止まっていたのかもしれない。
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幸せな日々が続いた。
毎日が酷く穏やかで。
入院のお見舞いにしては変な話だけれど、
未来に希望が膨らんだ。
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咲はいつも微笑んでいた。
会えなかった日々が嘘のように、
私達は仲睦まじく語り続けた。
それはともすれば、あの頃よりもずっと
距離が近かったかもしれない。
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幸せだった。
あの日置き去りにした恋心が。
少しずつ、少しずつ
胸の中に蘇っていくのを感じていた。
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そんな、心温まる幸福な日々。
ただ一つ、ただ一つだけ、
問題点を挙げるとすれば――
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――咲が、自分の死期を見誤っていた事だろう
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いつものように私が咲の部屋に向かった時。
そこに咲の姿はなかった。
病室の前に掛けられた名前プレート。
そこにも咲の名前はなかった。
「ありゃ?病室移ったのかしら?」
そこまで深くは考えなかった。
入院中の配置換え。それは別に
珍しい事ではないと知っていたから。
だから私は手近な看護師さんを捕まえて、
咲の移動先を問い掛ける。
何の警戒もしないまま。
「た、竹井さんですね!?
早く!早く来てください!!」
問い掛けられた看護師さんは血相を変えると、
私の手を取って走り出した。
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私の予想通り、咲は病室を移動していた
大部屋から個室に移動していた
予想外だったのは、その顔に
酸素マスクが取り付けられ
体をチューブが這い回っていた事だった
ベッドの横には、規則的な音を刻む
モニターが設置されている
まるでドラマのワンシーンを再現したような
『それ』を見た時、私は動悸が激しくなって
息もできない程に胸が詰まった
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ピッ ピッ ピッ ピッ
心電図モニターはまだ咲が
生きている事を教えてくれる
ピッ ピッ ピッ ピッ
でもそれは裏を返せば
いつ身罷ってもおかしくない事を意味していた
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まるで理解ができなかった
だって咲は、昨日も普通に出歩いていて
病気だって大した事ないって
そのうち退院するって言っていて
家族だって一度も見舞いに来なかったし
だから私は全然心配してなくて
だって、ほら、みんなで、コクマに出ようって
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体がガタガタと震え出す
歯が噛みあわず鳴り始める
吸っても吸っても呼吸できなくて息が苦しい
視界がぼやけて咲がよく見えない
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無機質なデジタルの数値が
少しずつその値を落としていく
表示された波形が徐々に平坦に近づいていく
それらが正確には何を意味しているのか
門外漢の私にはわからない
ただ、漠然とそれが良い知らせではない事を
肌で感じ取っていた
--------------------------------------------------------
そんな私にもわかってしまった
それは、モニターに表示された波形
本来なら波を描くべきその線が――
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――完全な、一本線になってしまった事を
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--------------------------------------------------------
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医師が私に何かを話し掛けていたような気がする
何か受け答えした気もするけれど
すっぽりと記憶が抜け落ちている
ただ、少しだけ正気を取り戻した時
私の手には一冊のノートが握られていた
何て事ないただの大学ノート
でも、表紙に刻まれた『日記』の文字が
安易に開く事を躊躇わせる(ためらわせる)
おそらくこれには
全ての真相が克明に綴られているのだろう
私が気づくべきだった
辿りつかなければならなかった真実が
その真実を知った時
私は正気でいられるだろうか
今この瞬間ですら、
悲しみに押し潰されてしまいそうなのに
それでも、それでも、それでも、それでも!
目を背けるわけにはいかなかった
小刻みに震える指を必死に動かしながら
ノートを一枚ずつめくっていった
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『日記 No.39』
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入院してからつけ始めた日記も
39冊目になりました
正直この日記に意味があるかはわからないけれど、
このノート分は続けようと思います
なんとなく予感がしたんです
多分、これが最後のノートになるって
先生に言われちゃいました
『悔いのないように生きなさい』って
それってそういう事だよね
もう助かる見込みはなくなったから
好きな事をして生きろって意味だよね
不思議と悲しみは沸いてきませんでした
病に侵されてから7年半
やっと楽になれるんだ なんて
むしろほっとしたかもしれません
お父さんにも、お母さんにも、お姉ちゃんにも
本当に、本当に迷惑をかけ続けてきました
今私がこうしている間にも
きっとみんなが血眼になって
私を治せるお医者さんを
探してくれているのでしょう
でもやっと、みんなを解放してあげられる
知り合いにこの病気を隠したのは、
今でもいい選択だったと思ってます
最終的に死んじゃうのなら
心配させる前に消えた方がずっといい
そう思ってはいるんですけど…
やっぱり、私は駄目な子でした
いざもうすぐ死んじゃうとわかったら
辛くて辛くて仕方ないんです
せめて最後に
もう一度だけ会いたいって思っちゃうんです
大好きだったあの人に
先生に相談しました
先生はぐっと何かを堪えるように下を向いた後
優しく言ってくれました
『貴女は、今までずっと頑張って来た。
最期ぐらい、自分を甘えさせてあげなさい』
その言葉に後押しされて、
ちょっとだけ素直になる事にしたんです
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--------------------------------------------------------
『悔いのないように生きなさい』
その言葉を聞いた時
逝く前に、どうしても
やっておきたい事ができました
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私は、部長に想いを告げたい
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あの頃の私が閉じ込めた想い
まだ元気だった頃には、
あてもない未来に期待して
先延ばしにしちゃった想い
それで、実は自分に未来なんて
なかったって知って諦めちゃった想い
せめて、伝えて終わりたい
高校一年生だったあの時
私がどれだけ部長に助けられて
どれだけ部長に恋い焦がれていたのか
多分部長は知らないだろうから
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機械を外してしまったら
もって7日間くらいだろうって言われました
それでも構いませんって答えました
大好きな人に顔を見せるのに
チューブだらけなんて嫌だから
7日いっぱい甘えさせてもらって
その後で部長に想いを告げようと思います
当然振られてしまうでしょう
でも、それでいいんです
どうせもう生きられないんだから
告白した後は退院した事にして
また行方をくらませばいい
わかってます あまりに無責任だって
でも、それでも…
『あの後死んじゃいました』
って言われるよりはよっぽどいいよね?
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自分で言うのもなんだけど
計画に穴があり過ぎると思いました
そもそも部長は捕まらないかもしれない
連絡が取れたとしても、
長野に居ないかもしれないし
そもそも酷い別れ方をした私に、
わざわざ会いに来てくれるかもわからない
それでも賭けるしかありませんでした
周到に準備する時間なんてなかったですから
電話を掛ける時、手が震えていたのを覚えています
もしだめだったら、多分私は
ショックで死んじゃうだろうなって思いました
そのくらい怯えていたんです
でも、久しぶりに話した部長は
そんな私の不安を、
あっさり吹き飛ばしてくれました
『今から行くわ!夕方くらいには着けると思う!』
連絡が取れてたった数時間後
部長はあっさり私の前に現れました
今まで何度も夢に見て
そのたびに涙を呑んで諦めた部長が
私の目の前にいる
あの時よりもずっと綺麗になって
大人になった部長が私を見つめてくれている
不意に涙が出そうになりました
それでも、何とか堪える事ができました
ポーカーフェィスは苦手だったけど
長い間笑ってなかったのがよかったみたいです
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--------------------------------------------------------
今日も一日幸せでした
身体は悲鳴を上げ続けてるけど
それもこの喜びの代償って考えれば
痛みすらも愛おしく感じます
部長といっぱいお話ができました
それは、私が一番幸せだった頃の話
部長は何一つ忘れてなくて
むしろ私が知らなかった事まで
話してくれました
それがすごく嬉しくて
本当に部長はずるいなって思っちゃいます
後6日
こんな日がずっと続くといいな
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--------------------------------------------------------
部長は別れてからの事には触れませんでした
私が遮ったというのもあるけれど
それでも、急に音信不通になった事を責めもせず
気安く話し掛けてくれました
その優しさはあの頃と同じもの
ひょうひょうとして、一見気にしてない風を装いながら
誰よりも優しく私を気遣ってくれたあの頃と
それがあまりに幸せ過ぎて
話を切り出す事ができませんでした
でも、まだいいよね
振られるのはもう少し甘えてからでも
後5日もあるんだもん
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きょうも、きょうも幸せでした
でも、だから逆にこわくなってきちゃった
ずっと、ずっと今が続けばいいのに
わたしの命、後どのくらいもつのかな
できればぎりぎりまで部長とすごしたい
でも、あんまり引っぱっちゃったらだめだよね
予定日まであと4日
そろそろ危なくなってきてるもん
あしたには部長に言おう
それであさってには『退院』しないと
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--------------------------------------------------------
うれしい、うれしい、うれしい、うれしい
ぶちょうが、わたしのこと
好きだったかもって
あのころ、わたしのことが気になってたって
インターハイに連れて行ってくれたヒーローだったって
それは わたしだけの力じゃないし
ちょっと大げさかなって思ったけど
でもすごくうれしかった
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おくびょうなわたしは けっきょく
自分のおもいは話せなかったけど
もうこれでじゅうぶんです
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--------------------------------------------------------

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--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------

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「ふざけな゛い゛でよ゛っっっ゛!!!!」
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気付けば大声を出していた
握り締めたノートは歪に変形していた
つまりはこういう事だ
咲はもうずっと前から病に苦しんでいた
インターハイ後部活をやめたのも
連絡が取れなくなったのも
病を知られて、私達を心配させないためだった
別れてからの事に触れなかったのは
病室の記憶以外語る事がなかったから
語ったら重症だとばれてしまうから
私達から離れた数年間
咲の時は完全に止まっていた
ただただ病気に苦しめられて
痛みに呻きながら
過去の幸せな思いに縋って
だから終わりが見えたこの7日間で、
止まったままの想いを告げようとした
--------------------------------------------------------
でも 咲はそれをしなかった
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ほんの少し、期待を込めて匂わせた好意
過去に抱いていた想いの告白に満足して
咲は一人で逝ってしまった
当初計画していた告白を放棄して
私を独り置き去りにして
--------------------------------------------------------
あの時私が求めていたのは
これからの『未来』だったのに
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--------------------------------------------------------
弾かれたように駆けだした
がむしゃらに咲の居場所を探し求めた
薄暗い病棟を駆け回る
すでに病室にはいなかった
必死で記憶の糸を手繰る
確かあの時、息を引き取った後咲は
どこか別の部屋に運ばれて
霊安室!!
痙攣する足に鞭を打ちながら走り続ける
霊安室に辿りついた時
咲は今まさに運ばれていくところだった
駆け寄って咲に掴みかかる
「馬鹿!一人で勝手に逝くんじゃないわよ!!」
葬儀屋の従業員らしき人間が
慌てて私を取り押さえようとする
正気を失った私はそれを乱暴に払いのけると
なおも咲の肩を揺さぶり続けた
「何がもう十分よ!貴女は、貴女はっ…!
何一つ私に伝えてないじゃない!!」
咲は何も答えない 当たり前だ
もう逝ってしまったのだから
だからと言って、納得して力を緩めるだけの理性は
今の私には残ってなかった
「起きなさいっ!おねがいっ…起きてっ゛……!」
肩を掴んで抱き起こす
無理矢理瞼をあけて私を映す
「さきはっ…卑怯な゛のよ…っ!
貴女はっ、っ゛、それで、
い゛いかもしれないけどっ゛…!」
「わ゛たしはどうすればい゛いのよ゛っ!!」
「わたしだって、わ゛たしだってっ゛……!」
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「あ゛な゛たのことが好きだったのに゛!!!」
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絶叫が咲の体をつんざいた
それはもし、生きている間に伝えられれば
きっと咲の魂を震わせる事ができたはずの言葉
でも咲の体はもう動かなくって
かくり、と力なくこうべが垂れた
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「っ………ぁ゛っ」
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「あ゛ぁぁぁ゛ぁあ゛ぁぁぁあ゛ぁぁ゛っ!!!!」
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至近距離で放たれた
鼓膜を破るほどの絶叫にも
咲は何一つ反応しなかった
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不思議な光景を見ていました
部長が私の体を抱いていて
私はそれを少し上から眺めています
部長は夥しい涙を溢れさせながら
私に叫び続けていました
もし生前に聞けていたなら
きっと狂ってしまっただろう程に嬉しい言葉
そんな言葉を私の骸(むくろ)にぶつけていました
ないはずの胸が痛みます
出るはずのない涙が滲みます
嗚呼、嗚呼
ごめんなさい
死期を見誤ってしまったんです
嬉し過ぎて、満足してしまったんです
こんな姿を部長に見せるつもりはなかったのに
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もう少し頑張れたなら
後少し勇気を出せたなら
もうちょっとだけ、救いのある結末が
待っていたかもしれません
でも、私にはもう命はありません
ないんです
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体がどこかに引っ張られていきます
おそらく『お迎え』なのでしょう
それは酷く乱暴で、まるで
死者に鞭打つような運び方でした
心がどろりと澱みます
せめて死んだ時くらい、
優しくしてくれてもいいのに
ううん、何言ってるんだろ私
すぐに思い直しました
確かにこの方がしっくりきます
あんなに部長を悲しませた私が
天国に行けるわけがありません
そう、だからこれはきっと
地獄に
そう、地獄に引きずり込まれているんでしょう
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『宮永。捕まえたよ』
『ありがとうございます、戒能さん』
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不思議な光景を見ていました
地獄を覚悟して運ばれた目的地
そこにいたのは、お姉ちゃんともう一人
確かプロ雀士の人でした
「さっきも言ったけど時間はない。
伝えたい事は手短に」
「はい」
お姉ちゃんは雀士の人に頭を下げると
私の方に向き直ります
『え、ええと…どういう事なの?』
「咲の容態が急変したと電話で聞いた。
でも私は今フランスだからとても間に合わない」
「だから欧州遠征でこっちにいた戒能さんに頼んで、
霊魂だけこっちに呼んでもらった」
『そ、そんな事できるんだ……』
「おかげでなんとか間に合った。
せめて、お別れの言葉くらいは言える」
お姉ちゃんは微笑みました
その目に涙は見えないけれど
すでに真っ赤に腫れています
「ごめんね、咲。私は結局、
治療法を見つけられなかった」
『い、いいんだよ…こっちこそごめんね。
私のせいで、ずっと。ずっと苦しめちゃった』
「…お互い謝ってばかりになりそうだからやめようか。
それよりもっと伝えたい事があるから」
「咲。今までありがとう。
頑張って生きてくれてありがとう」
お姉ちゃんが抱き締めてくれます
実体のない私は雲みたいで、
お姉ちゃんの腕をすり抜けてしまうけど
それでも構わずお姉ちゃんは抱き締めてくれます
また、出ないはずの涙が零れました
『私の方こそ…ありがとう』
最期にお姉ちゃんと話せてよかった
やっぱり、家族に会えずに終わるのは寂しいから
お父さんとお母さんには悪いけど、
お姉ちゃんの方から言っておいて欲しいn
……って!!
『お、お姉ちゃんごめん!!
その、どうしても伝えたい事があるんだよ!』
「…なに?」
『あ、その、お姉ちゃんじゃなくて!
今、病院にいるはずの部長に!!』
『私、部長に何も言わずに死んじゃって!
部長、すごい悲しんでて!このままじゃ部長、
後を追っちゃうかもしれない!』
「…っ!戒能さん、咲は今の状態でも
携帯とか使えますか!?」
「……」
お姉ちゃんの問い掛けに
雀士の人…戒能さんは私をじっと見つめます
それはどこか値踏みするような
いぶかしむような眼差しでした
「ジャストアウェイト。
ちょっと気になったんだけど」
「咲ちゃんだったね?君、もしかして
本来の予定より早く臨終した?」
『あ、は、はい…先生の予想だと
後2、3日は持つはずだったんですけど…』
「ふむ」
戒能さんは一人納得がいったとばかりに頷くと
穏やかな声で語り掛けてくれます
「咲ちゃん。今から君を、
向こうの世界に送り返す」
「ちょっと手を加えてあげる。君は多分、
少しの間だけ息を吹き返すだろう」
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「残された時間は少ない。
チャンスを逃さないように」
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動きもしない死体を崩れんばかりに抱き締めて
私はただただ泣き続けていた
狂気に恐れをなしたのか
それとも察してくれたのか
葬儀屋は姿を消している
だから『それ』が起きた時
私はそれが現実なのか
それとも幸せな幻覚なのか
判断がつかなかった
腕の中の亡骸(なきがら)が、
ぴくりとその指を動かしたのだ
意思を持たないはずの瞳に生気が宿り
閉じていたはずの唇がわずかに震えた
『……ぶちょう』
「さ…さき…?咲!?」
驚愕に目を見開いた
夢か現実かわからない
わからないけど……
でも、確かに咲は動いている!!
「咲っ…!生き返ったのね!?咲っ…!!」
『ご、ごめんなさい!そんなに喜ばないでください!
多分、その、私…もたないですから!』
「嫌よ!もしまた死んじゃうなんて言うなら、
私絶対に追い掛けるからね!」
『…っ!そ、その部長…
そこまで言ってくれるなら、
一つだけお願いしてもいいですか?』
「何!?私にできる事なら何でもするわ!」
『そ、その…ええと……
い、言いにくいんですけど……』
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『わ、私と…キスしてください』
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「…………」
咲のそのお願いは
正直聞き入れがたいものだった
キスが嫌なわけじゃない
でも人生の最期に要求されるそれは
まるで綺麗なお別れを演じるようで
口付けを終えてしまったら
また咲は一人満足して逝ってしまうのかと思うと
心が張り裂け千切れそうだった
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思う
もしこの世に霊魂なんてものがあるとして
いっそ咲に悔いを残してやったら
ずっと、この世界に留まってはくれないだろうか
そして一緒に死んでしまえば
私達は二人報われぬ想いに縛られて
未来永劫、共に苦しむ事ができないだろうか
どす黒い狂気が私を満たす
でも悲しいかな
私は咲を愛し過ぎていた
悪戯に咲を傷つけるくらいなら
一人で苦しみ続ける道を選んでしまう程度には
でも、せめて責任は果たしてほしい
「…その前に、貴女の口から聞かせてちょうだい。
キスより前に、言うべき事があるでしょう?」
『…はい』
本当だったら、逝く前に聞けるはずだった言葉
言わずに逝くなんて許せない
『わ、私……部長の事が、す、好きでした』
「やり直し」
『え、えぇ!?』
「過去形禁止よ。これからもずっと好きでいなさい。
勝手に終わらせるなんて許せないわ。
…私は、一生背負い続けるんだから」
「ほら、最初からやり直し」
『……っ』
咲の顔が歪んで崩れる
目に大粒の涙をためながら
堰を切ったように想いを吐き出し続ける
『す、好きです。部長の事が、好きです!』
『ずっと、ずっと、ずっと、すきですっ!』
『もし、このまま死んじゃってもっ!』
『ずっと、部長の事がすきですっ…!!』
『も、もし…部長が受け入れてくれるなら』
『私に、キスしてください……!!』
嗚咽交じりの告白に、
しゃくりあげながら言葉を返した
冷たい咲の体を抱き締めながら
「私も好きよ、咲…!」
「貴女が受け入れてくれるなら、
一緒に死んじゃいたいくらい……!」
咲は小さく頷きながら
それ以上何も言わず目を閉じた
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咲の目に溜まった涙が押し出されて頬を伝う
私もそっと目を閉じて
ゆっくりと顔を近づける
咲の息遣いが耳に伝わる
今はまだ咲が生きている事を教えてくれて
それが狂いそうになるほど悲しい
「愛してるわ…咲」
絞り出すように囁くと
咲の唇を静かに塞いだ――
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――刹那
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唇を重ねた瞬間
私の中から、何かが失われていくのを感じた
生きる力が
活力が
強引に吸い取られていくのを感じた
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何が起きているのかはわからない
でも自分が死に向かっているのはわかる
死がそばに寄り添ってくるのを感じる
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わからない
何が起きてるのかわからない
わからない
わからない
わからない
わからない
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わからないけれど――
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――私は、それを受け入れた
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別れ際の戒能さんの言葉
それには、もう少しだけ続きがありました
『ちゃ、チャンス…ですか?』
「うん。おそらく君は、向こうについてからも
数分間は生きられるはず」
「そして、次に君が息絶えるそれまでに。
もし、その『部長』が君に命を与えられるなら――」
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「君は、この世に留まる事ができるかもしれない」
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「ただし、それは」
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「彼女の命を削り取る事を意味するけど」
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戒能さんは私に奇跡を施してくれました
それは、唇を重ねた相手から命を奪い取る奇跡
愛する人の命を削って生き長らえる
身の毛もよだつ所業でした
でも、部長は言ってくれたんです
もし私が望むなら
私を追いかけて死んでくれるって
私のために死んでくれるって
その言葉に嘘偽りはありませんでした
事実、部長は命を吸い取られてるのに
殺されかけていると気づいたはずなのに
より一層、強く私を抱き締めてくれたんです
だから私も嬉しくなって
思う存分、部長の命を啜ったんです
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私が正気を取り戻して唇を離し
部長ががくりと崩れ落ちた時
私は、自らの中に久しく見出せなかった
生命の息吹を感じました
文字通り、息も絶え絶えになった
瀕死の部長は
それでもわずかに微笑むと
掠れる声で問い掛けました
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「…さき…私の命、吸ったのよね……?』
「……どう?7日以上……生きられそう……?』
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部長の肩を、固く、固く抱き締めながら
何度も、何度も頷きました
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ありがとうございます、部長
おかげで、もう少し生きる事ができそうです
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私の返事を聞いた部長は
安堵したように一筋の涙を零し
そのまま意識を失いました
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「結局、咲の病原は何だったんでしょうか」
「その考え自体がミステイク。
あれは病気なんかじゃないよ」
「…病気でないとしたら?」
「もっとシンプルな話だよ。命を使いきっただけ。
彼女が高校一年生だったあの日、
インターハイの団体戦でね。
似たような子が他にもいたよね?」
「あそこまで命を燃やしてしまったら、
そりゃ寿命だって一気に縮むよ。
そうなれば、後の人生は
わずかな残滓で食いつなぐしかない。
むしろよく持った方だろうね」
「…成程」
「でも、そういう事なら簡単だ。
誰かの命を分けてあげればいいだけの事」
「…じゃあ、その。竹井さんの寿命は」
「……」
「ほおっておいたら後を追ったんだよね?
無駄にするよりはいいんじゃないかな」
「自分の命で愛する人が生き長らえてくれる。
本当に愛しているなら、
喜んで命を差し出すのが普通だよ」
「私の時もそうだった」
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私達のこの事件は、それなりに
大きなニュースになった
それも無理からぬ事だろう
完全に心肺が停止した後の蘇生
あまつさえ、その後
原因不明の病まで完治したと言うのだから
『愛が引き起こした奇跡』
なんて歯の浮くような美談として、咲と私は、
しばらくの間お茶の間に感動を届け続けた
もっとも私は知っている
これは、そんな綺麗な話ではない事を
動かなくなった左腕、見えなくなった右目
それらが、咲の行為は
紛れもない『捕食』であった事を
生々しく伝えている
咲は私の命を喰らう事で生き返ったのだ
もちろん、後悔なんて微塵もしていないけれど
「久さん、疲れてませんか?
この辺で少し休みましょう」
「ありゃ、バレちゃったか。じゃあ介護して頂戴な」
「はい」
二人で散歩に出かけた帰り道
疲労の色を見て取ったのか、咲は優しく微笑むと
私の頭を自分の膝に誘った(いざなった)
遠慮せず全体重を預けて脱力する
「…私より、久さんの方が弱くなっちゃいましたね」
「そりゃーあんだけ思いっきり吸われたらねー」
「ご、ごめんなさい。加減がよくわからなくって」
「……本当に、ごめんなさい」
笑顔が一転、暗く沈んでいく咲の顔
逆に私はくすりと笑った
「あはは。悲しんでくれてるところ悪いけど、
私はもっと怖い事考えてるわよ?」
「…なんですか?」
「つまりさ。今の咲と私とじゃ、
多分私の方が先に逝くのよね」
「正直本気で安心してるわ。
もう二度と、あんな思いはしたくないもの」
「…そ、それは悪かったと思ってますけど…
仕方ないじゃないですか」
「仕方なくないわよ。咲がちょーっと勇気を出して
告白してくれればよかったんだから」
「そしたらそもそも高校で
縁が切れる事もなかったし。
もっと早く手が打てたかもしれないじゃない」
「そ、それを言うなら久さんだってでしょ?
高校の頃から好きだったとか。
最初からそう言ってくれたら、
私だってこんなに悩まなかったのに」
「告白は王子様の役目でしょ?」
「わ、私と久さんだったらどう考えても
久さんが王子様だよ!?」
「ま、そんなわけで私を看取る役はよろしくね!」
「…ひ、久さんが逝っちゃったら私もついてくもん」
「あはは、まあ私もその方が嬉しいけどね」
「…もう。だったら最初から
一緒に逝こうって言ってくれればいいのに」
咲は頬を膨らませながらも、
私の頭を優しく撫でる
その手は今も温かい
それがあまりに幸せ過ぎて
不意に涙が滲みそうになる
「……」
咲と再会した7日間
私は生と死の境界を垣間見た
そして一つの事実を知った
『それ』は決して遠い彼岸の事ではなくて
いつでも私達の傍に横たわっている
ひょいと跨いでしまえる程に
小さな小さな溝として
もしあの日、見舞いに行くのが遅かったら
もしあの日、諦めて帰ってしまっていたら
もしあの日、咲を拒絶していたら
今頃咲は、燃えて塵になって空を舞って
二度と会えなくなっていたのだろう
「暗くなっちゃいましたね。
もうそろそろ帰りましょうか」
気付けば照り付ける太陽は沈み出し
優しい夜の帳が落ちてきている
その闇がどこか心地よくて
咲の提案を遮った
「もうちょっと寝かせて?」
「…もう。後少しだけですよ?」
もう一度静かに目を閉じる
咲の手が再び頭に落ちて
その手はやっぱり温かい
しみじみと呟いた
「…咲。貴女……生きてるわね」
「……」

「……そっか」
目から涙が滲み出すのをごまかすように
私はそっと目を閉じた
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余命7日
宣告を受けてから2週間
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咲は、今も私の傍に居る
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<The Last Seven Days『Later』:完>
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こんにちわ!
お疲れさまです!
外で読んでいて泣きそうになるの必死に堪えてました…。
一文一文の光景が頭の中に鮮明に浮かんできて感動しました!
戒能さんの能力もちゃっかり出てきてすばらですね(゚Д゚)
楽しかったです♪
これからも応援しています♪
設定の流れからして、これは泣かされるなと思ったら
案の定、悔しいけど男泣きしてしまいました。
ファンタジーな所もリアルに読めるのは
ずるいと思いながらも、とても良かったです。
ありがとうございました。
出来れば戒能さんと照の前日譚とかも読みたいです…(戒能さんファン)
挿絵良かったです!前半色が少なかった分、最後の咲さんはとても綺麗でした。(咲さんかわいい!咲さんきれい!)
今回もとても楽しかったです!
ところで狂気なんてどこにも感じませんでしたが、もしかしてどこか読み落としてますか?(真顔)
挿絵もたくさんでうれしかったです。表情がとても良かったと思いました。
それにしても、咲さんは本当に病気が似合いますね
外で読んでいて泣きそうになるの必死に堪えて>
咲「書きながら泣いてたので
共感してもらえたようで嬉しいです!」
久「光景を思い浮かべて、ぎゅぅと胸が
苦しくなってもらえたら嬉しいわ!」
ファンタジーな所もリアルに読める>
咲「泣いてくださったようで嬉しいです」
久「原作自体がファンタジーなところあるしね。
空間移動くらいならアリの世界だし!」
戒能さんと照の前日譚>
照「ごめんなさい、実はあまりなかったりする」
良子
「まあそもそも病状を説明する機会があれば
その時点で解決法を提示していたしね」
この後もどのように過ごすのか>
久「生きていけない程の後遺症を
負ったわけじゃないから
普通に仕事するわね」
咲「でもアーリーリタイアして寿命まで
のんびり暮らすと思います」
前半色が少なかった分、最後の咲さんは>
咲「最初は『死』に纏わりつかれてるので
色がほとんどないんですよね」
久「こだわったところだから嬉しいわ!」
素晴らしいのひとことです>
咲「ありがとうございます!
感想ありがたいです!」
狂気なんてどこにも感じませんでした>
咲「テーマの一つが『悲しくて綺麗』
だったので嬉しいです!」
照「ちなみに、行き過ぎた愛情は狂気に転じる。
気づけないという事は…貴方も」
表情がとても良かった>
咲「こちらこそリクエスト
ありがとうございました!」
久「珍しく
『ここの表情はどうしても絵が欲しい』
って思ったのよね。
伝わってると嬉しいわ!」
空白期間のある純愛>
咲「年月が流れても忘れられない想い…
みたいなのは、苦しいですけど憧れます」
久「胸を打つ切なさが表現できてると
いいけれど」
っていうか咲sakiってアニメは見たことないんだけど、何これ?…ヤバすぎる。
ヤバすぎるスキルってやつやん…
相思相愛とか言う次元を越えてる。
話にもうるうるで涙がこぼれるわ(笑)
神。ゴッド。トコナX並みに震えさせられた。
ありがとう。