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【咲-Saki-SS:久美咲】 「「「三人を分かつもの、それは」」」【共依存】
<あらすじ>
インターハイで清澄の部員と
相部屋になった福路美穂子。
観察眼に優れる彼女は、
ある一つの事実に気づいた。
竹井久が妙に宮永咲を気に掛けている。
ともすれば監視と見紛う程に。
気になった美穂子は久に問う。
なぜ、そんなに彼女を気にするのかと。
その問いが、自らの人生を
大きく狂わせるとも知らず。
<登場人物>
竹井久,福路美穂子,宮永咲,片岡優希,原村和
<症状>
・狂気(重度)
・共依存(重度)
・あまあま
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲美穂子
最初は病んだ咲さんのお世話をする
久さんを気遣う美穂子だけど
久さんの負担を減らそうと
咲さんのお世話をする美穂子が
徐々に咲さんに入れ込んできて
最後は3人仲良く病み落ち
※前提的に原作と異なる展開を見せますが
IFと捉えていただければと思います。
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私、福路美穂子がそれに気づいたのは、
インターハイで清澄と相部屋になった時でした。
「あら咲、外に行くの?」
「あ、はい」
「だったら私の携帯持っていきなさい。
迷子になった時の連絡先はこれね?
こっちも私の携帯だから安心して」
久が宮永さんに声を掛けます。
久は常日頃から、部員の皆全員に気を配っていて。
何かあるとこんな感じで、
自然にフォローする事がよくありました。
ですが。
「ちょ、ちょっとそこのコンビニ
行くだけですから大丈夫ですよ…多分」
「だーめ。なーんか、迷子になりそうな予感を
ひしひしと感じるのよねー。
心配だから私もついて行くわ」
特に、宮永さんに対してだけは。
その比重が、酷く重い気がするんです。
部員で一人だけ携帯電話を持ってなくて、
それでいて迷子癖がある宮永さん。
だから自然とこうなるのも、
頭では理解できるのですが。
それでも。それを加味しても。
重すぎる気がするんです。
この件だけでなく、他にも。
久は常に、宮永さんの一挙手一投足を
気に掛けているようでした。
それはともすれば、監視とすら思える程に。
「久はどうして、宮永さんを気遣うの?」
思い切って聞いてみました。
別に他意はなかったんです。
もしかしたら何か深い理由があって。
そして、私に何か手伝える事があるかもしれない。
そんな、ちょっと手助けを申し出る
くらいのつもりで問い掛けたんです。
そう、まさかその一言が。
その後の自分の人生を、大きく変えるとも知らず――
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『三人を分かつもの、それは』
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私の問い掛けに、久は目を見開きました。
そして、美穂子って時々怖いわね、なんて苦笑しながら、
ぽつりと零すように呟いたんです。
「……似てるから、かしらね。昔の自分に」
「宮永さんが?」
「あ、性格とか見た目とかいう話じゃないわよ?
まあ、本人から聞いたわけじゃないから
推測に過ぎないんだけど…」
「多分、その…『境遇』がね」
掛ける言葉が見つからず、思わず口を結びました。
宮永さんの境遇は知りません。でも、
久の事はなんとなく予想がついたのです。
三年前のインターミドル。
あの時彼女は、『上埜』久だったから。
「家族との離別はね。子供に、
本当に深刻なダメージを与えるの」
「場合によっては、二度と立ち直れない程に」
「私が今こうして立ってられるのは、
周りのみんなが支えてくれたおかげ」
「一人だったら、多分そのまま潰れてた」
久が遠い目をして微笑みました。
そうして笑えるようになるまでに、
きっと、つらい事がたくさんあったんでしょう。
「なんとなくだけどね。咲から、
あの頃の私と同じ匂いを感じるの。
ううん、私よりもずっと酷い」
「だから私は、咲の支えになりたいの。
あの時、私を支えてくれた人達のように」
そう語る久の目は、慈悲の心に溢れていて。
無意識に、私は口を開いていました。
「だ、だったら私も手伝うわ!」
それは、ある種の代償行為だったのかもしれません。
久が最も苦しかった時、私はそばに居られなかった。
『支えてくれた人達』の中に私は入れなかった。
その事実が、胸に鋭く刺さったんです。
だったら、せめて。
久が、支えたいと考える人を支えたい。
でも、久は受け入れてはくれませんでした。
「…やめときなさい」
「どうして?支える人は、
多ければ多いほどいいでしょう?」
「咲が普通だったらね。でも、今の咲は危険。
軽い気持ちで手をだすと怪我するわよ?」
「……」
「言い方はよくないけれど…
今の咲は、『病気』と考えた方がいい」
――病気。
久は確かにそう言いました。そしてその言葉が、
またも深く突き刺さります。
…私も、言われた事があったんです。
もちろん、相手は久ではありませんが。
「…大丈夫。私もよく、世話を焼きすぎて
病気だって言われるから」
「……」
「他人のために生きたいの。誰かの役に立ちたいの。
宮永さんがそれを求めてるなら、
私は役に立てると思う」
久は私の顔を正面から見つめると。
やがて、肩を竦めて言いました。
「……そっか。ならお願いするわ。
でも、無理はしちゃ駄目よ?」
「はい!」
勢いよく頷きました。こうして、
久と私の共同作業が始まったんです。
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正直に告白してしまえば。
私は最初、宮永さんにそこまで
興味を持っていませんでした。
ただ、久の力になりたかった。
久の負担を軽くしたかった。
そして何より、私にはもってこいの仕事だと思った。
ただそれだけだったんです。
もう少し醜い感情を吐露するなら。
私が受け持って軽くなった負担の分、
その目を私に向けてくれたら。
なんて、狡い打算があったかもしれません。
だからでしょうか。
改めて彼女を眺めて、初めて。
今まで自分が、重要な兆候を
見落としていた事に気づきました。
宮永さん。
注意深く観察していると、確かに久の言う通り。
不自然な点が見受けられます。
『強い人と打つのが楽しみ』
そう公言して憚らないのに。
彼女は決して、白糸台高校の対局を
見ようとしないのです。
楽しそうに笑っていたと思えば、
テレビに『もう一人の宮永さん』が映った途端、
彼女の顔から表情が消えて。
何事もなかったふりをして、
そっとその場から離れようとするのです。
「宮永さん、大丈夫?
少し気分が悪そうだけど」
私はそれとなくリモコンに手を伸ばしながら、
宮永さんに声を掛けます。
チャンネルが変わった刹那、彼女が
安堵の吐息を漏らした事に気づきました。
「あ、はい…大丈夫です。
休んでればよくなると思います」
「ありがとうございます」
遠慮がちに笑う彼女の目は、なおも虚ろに澱んでいました。
闇が、彼女から漏れている気がします。
明らかに何かある。隠し切れない程の深い闇が。
正体が見えないその闇に、少し不安を覚えながらも。
久と一緒に少しずつ、宮永さんと触れ合っていきました。
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関わりが増える度に、彼女の不安定さを
肌で感じるようになってきました。
日が経つにつれて、彼女の睡眠が
浅くなっている事に気づきます。
時々表情が虚ろになって、
ぼーっとする事が増えてきたんです。
おそらく、心配事があって眠れないのでしょう。
その原因が何なのか、今の私にはわからないけれど。
その日も久と二人で彼女を挟んで寝ていると。
夜中に、宮永さんがうなされている事に気づきました。
(…宮永さん?)
心配になって手を伸ばし、優しく体を揺らします。
はっと彼女は目を覚まして、
ひどく複雑な表情を浮かべたのです。
救われた様な、絶望したような。
縋りたいような、離れたいような。
何か嫌な事を思い出してしまって、
忘れたいような…忘れたくないような…そんな顔。
「……っ」
ひどく悲しい表情でした。
見ただけで涙腺を刺激されるような、
限界まで追い詰められた顔。
私は心を揺さぶられ。つい、無意識に
彼女の手を握ってしまいます。
そしたら宮永さんは、びくりと体を震わせて。
でも次の瞬間、強く握り返してきたんです。
心の距離が縮まった気がして、少し距離を詰めました。
宮永さんも、逃げずに少しだけ体を寄せて。
それを繰り返していくうちに。
いつしか、私達の肌が触れ合います。
彼女は目を閉じたまま、
なおも私にくっついてきて。
私は背中に腕を回し、すっぽりと、
宮永さんを包み込みました。
宮永さんは何も言わず、
大人しく腕の中で丸まって。
そしてようやく、安らかな寝息を立て始めます。
優しく背中を撫でました。
もうこれ以上、宮永さんが悪夢を見ないように。
ずっと、ずっと。夜が明けるまで。
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明くる朝、彼女は打ち明けてくれました。
彼女が今感じている不安。そして、
そもそも彼女が、全国に挑むようになった理由を。
もちろんそれは、私が聞きたかった事でした。
でも同時に、私に恐怖を与えました。
宮永さんは異常、狂っている。
その事実を、正面から突き付けられたからです。
「……と、いうわけで。
私がインターハイに出場した一番の理由は。
お姉ちゃんと、もう一度話すためです」
「麻雀を通してなら、お姉ちゃんと
話せる気がするんです」
「そのために。立ちはだかる敵は、全部倒します」
ぞくり、と、背筋を悪寒が通り抜けます。
ああ、この子はやっぱり、どこかおかしい。
「でも…思ったよりうまく戦えなくて。
このままじゃ、ちゃんと勝ち進めるのかなって」
「このままじゃ、ちゃんとお姉ちゃんに
見てもらえないんじゃないかって」
話せば話す程、彼女の目はどろりと黒く澱んでいって。
その闇の深さに、私は言葉を返す事ができません。
「なんて、弱音を吐いてたら駄目ですよね。
もっと、もっと頑張らなくちゃ」
「決勝まで行って、大将の子を叩き潰せれば。
きっと、お姉ちゃんもわかってくれるんだから」
闇はどんどん、深く、深く。
深く堕ちていく彼女に、
手を差し伸べる事もできなくて。
私が躊躇しているうちに、
彼女は自己完結してしまいました。
「……」
「聞いてくれてありがとうございます。
ちょっと、気持ちが楽になりました」
宮永さんが、ぺこりと可愛くお辞儀をします。
その姿は、私がよく知っている宮永さんで。
少しだけ安心したのもつかの間。
顔を起こした彼女を見て戦慄しました。
なぜなら――
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――彼女の目は、澱んだままだったからです。
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すぐさま久に相談しました。
私の話を聞いた久は、困ったように溜息をつきます。
でも、驚いたりはしませんでした。
「…ま、そういう反応になるわよね」
「…!じゃあ久は知ってたの?」
「うん。そもそも、乗り気じゃなかった咲を
麻雀部に引き込んだのは私だしね」
「入部すらためらってたはずの咲が、
インターハイに決意をもって挑む。
それがどうにも違和感でさ」
「聞いてみたら、とんでもない蛇が
飛び出してきてびっくりしたわ」
「でも、だったらどうして……」
久は、彼女に異を唱えないのでしょうか。
お姉さんとの確執、両親の別居。
そんな状況を打破したい。その気持ちはわかります。
でも、どうしてそのための行動が、
『インターハイで麻雀を打つ』事に繋がるのか。
正直理解に苦しみました。
「一度、普通に話そうとして失敗してるらしいのよ。
で、子供の時に一番よく遊んだ麻雀ならってわけ」
「で、でも。それなら、何も全国まで行かなくても」
「飛び込みで会いに行っても、麻雀するとこまで
持ってけないと思ってるんでしょ」
「れ、練習試合とか」
「風越ならありだったかもね。
でもうちは公式試合の経験もない無名校よ?
あげく、問題の咲がいるわけで。
受けてもらえるとは思えなかったわ」
「でも、だからって…!そもそも、
二人はポジションも
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「………ストップ」
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なおも言葉を紡ぐ唇を、久が指で押さえました。
驚いて息を止める私に代わり、久が言葉を続けます。
それは今まで聞いた事のない。
鋭く、凍てつくような声でした。
「『私は』理解してるのよ。美穂子が抱いてる疑問はね」
「でもね、咲にはこれしかないの。
これしかないと思ってるの」
「これだけが咲の支えなの。これだけが咲の希望なのよ」
「……冷静にツッコミをいれたところで意味はないわ。
あの子が壊れて終わるだけ」
久が笑顔を作ります。それは酷く、悲しい笑みで。
胸がぎゅぅと締め付けられて、
気付けば謝罪の言葉を口にしていました。
「…すいません」
「ううん、別に怒ったわけじゃないの。
ただ、理解しておいて欲しいのよ」
「私達が、本当にすべき事」
「……」
本当にすべき事。それは私も知りたいところでした。
彼女に事実を指摘してはいけない以上、
久はどうやってこの状況を
打開するつもりなのでしょうか。
いつものように、意表を突くような神算を
秘めているのでしょうか。
「今、咲は危うい精神状態にある。
私達がすべき事は、少しでも
負担を減らしてあげる事」
「いざという時に、あの子が悲劇に耐えられるように」
「!?」
ある意味予想外の答えに息を呑みます。
つまり久は、あるがまま受け入れるというのです。
この、破滅が見え隠れする現状を。
「な、何もしないという事?」
「美穂子は何かできるって言うの?」
突き刺すような物言いに、二の句を告げずに俯きました。
確かに私にも答えはないけど、でも、でも。
絶望は確実に近づいている。ううん、もう。
片脚が囚われている気さえする。
振り払わなきゃ、私達は飲み込まれる。
でも、それを口にする事はできませんでした。
久に嫌われたくなくて。言ったら、
久までおかしくなってしまいそうで。
私は、久に同意してしまう。
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そして、それは間違いでした。
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気づくべきだったんです。
らしくない久の発言に、
正面から立ち向かうべきだったんです。
『家族との離別はね。子供に、
本当に深刻なダメージを与えるの』
勘違いをしていました。
久はとっくに立ち直っていて、
宮永さんを支える立場にいる。
そう、勝手に思い込んでいたんです。
『場合によっては、二度と立ち直れない程に』
後から思えば、至極当然の事でした。
彼女は知っていたんです。
抗いようのない絶望の存在を。
いくら外野が騒いだところで、
覆しようのない結末がある事を。
両親の破局という形で。
それは久の奥底でトラウマとなって深く根ざし。
こと家族が関わる話に置いて、
彼女が立ち入る事を許さなかった。
久の闇にも気づくべきだったんです。
そして、私が動くべきだったんです。
心が不安定な二人に代わって。
でも――
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その事実に気づいた時には、もうすでに手遅れでした
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そしてその日が訪れました
宮永さんの精神が崩壊する日が
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お姉さんに拒絶された宮永さんは
取り返しがつかない程に壊れてしまいました
ただ力なく俯いて
何度何度もつぶやきました
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『勝てなかったから思いが届かなかったんだ…
勝てればきっと上手くいったのに』
『勝てば、勝てば、勝てば、勝てば』
『でも私は負けちゃった…
負けたから、お姉ちゃんはもう戻らない』
『負けた、負けた、負けた、負けた』
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『終わっちゃった、私の希望』
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『もう、お姉ちゃんは戻ってきてくれない』
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静かに壊れて泣く彼女を見て
涙が止まらなくなりました
絶望に嗤う彼女を見て
耐えきれなくて抱き締めました
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酷い既視感があったんです
不意に気付いてしまったんです
ああ、この子は私と同じだ
不器用で愛が重くって
それでみんなに疎まれて
なのに自分はそれしかできない
目の前で涙を零す彼女は、
独りぼっちだった頃の私そっくりでした
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ああ、ああ
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最初は宮永さんに関心はなかったんです
ただ、久の負担を軽くするために
関わっただけだったんです
でも、もう駄目でした
宮永さんに、過去の自分を重ねてしまったから
救われて欲しいと願ってしまったから
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私は、自分でも驚くほどの速度で
宮永さんに執着していきました
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久も同時に壊れていました
過去に自分が迎えた破局
心を壊してしまう程の悲しみ
それが訪れると知っていながら
過去のトラウマが邪魔をして
行動を起こす事ができなかった
最初から無理だと諦めて、
悲しみを受け止める方向で動いてしまった
結果、予定通り破局が訪れて
宮永さんが壊れ、その悲しみは、
久も、一緒に
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久は宮永さんから離れなくなりました
そう、彼女が前もって話していた通り
宮永さんの心の支えになるために
そして自分を、良心の牙から守るために
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三人が三人とも壊れていました
虚ろに宙を眺めて呟く宮永さんを、
久と二人で抱き締める日々
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ああ、わかって宮永さん
貴女を救える人はここにいる
貴女と同じように壊れて、
だからこそ貴女を捨てない人が
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気づいて、お願い
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『やっほ、咲。私、昨日学校休学してきたから、
これからはずっと一緒に居られるわよー』
『……』
『お邪魔します…あら、今日は久の方が早いのね。
いつもより早く出てきたんだけど』
『……』
『ていうか美穂子がいつも早過ぎなのよ。
やり過ぎると親に目をつけられるわよ?』
『……』
『宮永さんを癒す事の方が大切だわ』
『……』
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『最近は涼しくなってきたから、
くっつくのも気持ちいわねー』
『……』
『そうね。三人でくっついてても
汗かかないから助かるわ』
『……』
『ふふ。咲も嬉しいのね。すりすりしてる』
『……』
『あ、久ばっかりずるいわ。宮永さん、
私の方にもくっついてきて?』
『……』
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『これからどうしましょうか。
やっぱり、できれば独り暮らししたいわね』
『……っ』
『ひさ。それを言うなら三人暮らしでしょう?
ほら…さきが不安がってぎゅってしてるじゃない』
『……』
『あはは、ごめんごめん。
しがみ付いてくるさきが可愛くてつい』
『……』
『やっぱり、二人でプロになって、
交互に試合に出るとかかしら』
『……っ』
『はい、さきからNGいただきましたー。
二人とも一緒に居ないと駄目だってさ』
『……』
『あっ、ご、ごめんねさき。
そう言うつもりじゃなかったの!
そうよね、三人一緒じゃないと駄目よね!』
『……』
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『そう言えば、この前気づいたんだけどさ。
私の悪待ち使えば、デイトレードとかで
稼げるっぽいのよね』
『……』
『で、でいとれーど…?それって、
さきや私と離れなくても大丈夫なの?』
『……』
『もち!家に居ながらお金を稼げるし、
三人ずっと家から出ないで暮らせるわ!』
『……』
『すごいわひさ!IT革命ね!』
『……』
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――そして、季節は冬を越え。
別れの季節が訪れる。
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ぶちょ…じゃない、竹井先輩と咲ちゃんが
学校に来なくなって、もう数か月が経っていた。
学校では卒業式の練習が始まって、
嫌がおうにも終わりを意識させられる。
三年生の学生議会長は、答辞の役目があるわけだけど。
壇上に立つのは竹井先輩じゃなくて、
メガネの副会長だった。
本来立つべき人がそこに居ない。
その事実は、ただでさえ寒々しい卒業式を、
より重苦しく変えていた。
「あーもう疲れた!辛気臭くって
いやんなるじぇ!!」
卒業式の練習を終えて、すっかり
人数が減ってしまった部室に顔を出す。
椅子に深く腰掛けながら、
愚痴るように言葉をこぼした。
「竹井先輩、本気でもう
学校来ないつもりなんだじょ!」
あの日以来すっかり笑わなくなったのどちゃんが、
酷く機械的に返事を返す。
「一応休学らしいですから、
戻ってくる見込みはありますよ?」
「…あり得ないじょ。後数か月くらい
我慢すればよかったんだじぇ」
「仕方ありませんよ。
咲さんを癒す方が大切です」
癒す。その言葉が妙に引っ掛かった。
癒す、癒す…竹井先輩は咲ちゃんを癒してる。
でも。
「…あれってホントに癒しになるのか?
正直、余計壊してるようにしか見えなかったじぇ」
脳裏に浮かんだのは、変わり果てた二人の関係。
思い出したくもない光景が、
しつこく頭に広がっていく――
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一度、のどちゃんと二人で
咲ちゃんの家にお見舞いに行った事がある。
宮永家のチャイムを鳴らして、
でも出迎えてくれたのはなぜか竹井先輩で。
『ごめんねー。開けといたから
後は勝手に入ってきて』
竹井先輩はそう言い残し、
足早に部屋に戻って行く。
何事かと思って追い掛けたら、
咲ちゃんがタコウィンナーのおねーさんに
しがみ付いて震えていた。
『ごめんね、さき。離れちゃって。
でもほら、今度は二人が来てくれたわよ?』
竹井先輩は咲ちゃんを抱き締める。
咲ちゃんはまるでちっちゃい子供みたいに
竹井先輩にしがみ付いて、
その顔を先輩の胸に埋めた。
『え、えーと…どういう事だじょ?』
そのあまりに異常な二人の様子に、
気の利いた言葉も言えず立ち尽くす。
ぼけっと突っ立っていると、
不意に背後から声を掛けられた。
『…来たばっかでアレだけどさ。
私達は、ここに居ない方がいいし』
ビクッとして振り向いた。そこにいたのは、
風越の新キャプテン…そう、池田だった。
池田は唇を噛み締めながら、
私達の手を引っ張り始める。
『何をする池田!ていうか何でいるんだじょ!』
『キャプテンが学校に来ないから、
連れ戻しに来たんだし』
『でも、よくわかったし。もう、この三人は手遅れだ』
池田はなおも手を引っ張る。
抗議しようと目をひんむいて、
私はそれに気づいてしまった。
池田の目は真っ赤だった。
よく見たら、頬も痛そうな赤味を帯びている。
まるで『誰かにぶたれた』みたいに。
『行くし!ここに居たら、私達までおかしくなるし!』
池田が声を張り上げる。声は涙で震えていた。
もう抵抗できなくて、黙って池田に引っ張られる。
それでも後ろ髪惹かれて振り向くと。
三人は気にもせず笑顔で語り合っていた。
私達なんて、まるで眼中にないと言わんばかりに。
三人小さく寄り添っていた。
その姿を見て私は悟る。
池田の言ってる事は間違いじゃない。
もう、この三人は…おかしくなってしまったんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…あの時池田も言ってたじゃないか。
あの三人はもうずぶずぶに依存しあってるって。
私だって、あの三人は病気だと思うじょ」
「あれが治療だとか片腹痛いじょ。
本当なら、逆に引き離すべきなんだじぇ」
「否定はしませんけど。それで咲さんの苦しみが
和らぐならいいじゃないですか」
「許されるなら、私だって
あの輪に加わりたいくらいです」
驚いて目を見開いた。そして、
ひとりでに体が震え出した。
のどちゃんも、のどちゃんまで
おかしくなってるのか?
もしのどちゃんまで居なくなっちゃったら、
私だって耐えられないじょ?
いやだじょ、置いて行かないで
私の変化に気づいたんだろう、
のどちゃんが優しく微笑む
「…大丈夫ですよ。
私はゆーきから離れませんから」
「だから、ゆーきも。
私から離れないでくださいね?」
「これからも、ずっと、絶対に」
慈しむように微笑みながら、
のどちゃんが私の前で両腕を広げる
それが酷く嬉しくて、でもなぜだか泣きたくなって
私はのどちゃんの胸に顔を埋めた
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三人で過ごした日々は、
少しずつ咲を癒していました
そして数年間に渡る私達の『治療』を経て、
ついに笑顔を取り戻し
普通に話せるようになったんです
ただそれには少しだけ
本当に少しだけ、代償が必要でしたけど
『宅配でーす』
通販で頼んだゲームが届き
三人でそれを受け取りました
さっそくゲーム機にセットして
いざスタートと言うところで問題が起こります
咲が怒り始めたんです
「…ちょっとひささん。なんで手を離そうとするの」
コントローラーを握るため、
繋いだ手を離そうとした久
咲は慌てた声をあげて、
その手を固く、固く握り直します
離れる事は絶対に許さないと言わんばかりに
「いやいや、流石にこのゲームを
片手でやるのは厳しいでしょ」
「むしろなんで両手使うゲームを
買っちゃったの?」
「ふふ。ひさって時々抜けてる事があるから」
「いやいや、なんで私が駄目扱いされてるのよ。
これ、さきがやりたいって言うから
買ったゲームなんだけど?」
そう、これこそが『ちょっとした代償』
咲はもう、私達から手を離せなくなっていました
左手は私の手を
右手は久の手を
咲の手はもう、
ずっと私達と繋がったまま
何年も、何年もこのままです
久は苦笑しながらも、代替案を提案しました
「仕方ないわねぇ。はい、みほこ。
左手操作はお願いね?」
「え、でも私こういうのはよくわからないわ」
「ロールプレイングだから何とかなるわよ。
ゆっくり考えて押せばいいわ」
「大丈夫だよみほこさん。
私が押してほしいボタン教えるから」
「や、だったら最初からさきがやりなさいよ」
「私は両手塞がってるもーん」
私達に挟まれた咲が、
子供のように語尾を伸ばします
その両手は、確かに私達の手を握ったままです
「…あ、ごめん。お手洗い行きたくなっちゃった」
「またー?さきったら、単に
私達に見てほしいだけじゃないの?」
「ち、違うよ!?流石にそこまで変態じゃないもん!
ただ離れられないだけだもん!」
「はいはい、じゃあ行きましょうか」
この通り、お手洗いに行く時すら、
咲はもう手を離せないのです
三人で過ごした日々は、確かに咲を癒しました
そして同時に、咲を酷く壊していました
笑顔を取り戻した代わりに、
咲は社会に戻れなくなりました
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三人で酷く密着した川の字を作り
咲がすやすや寝息を立て始めた後
ぽそりと久に話し掛けました
「…ねえ、ひさ」
「なに?」
「この生活、いつまで続くのかしら」
「私達三人が一緒に死ぬまでよ?」
事もなげに久が答えます
予想どおりの回答でした
でも、受け入れるべきかためらいました
少しだけ気になったんです
咲が笑顔を取り戻した今
私達は、次の段階に進むべきではないのかと
そう、咲が私達から手を離せるように
導いてあげるべきではないかと
「そっか。みほこはまだ気づいてないのね」
「…何に?」
「知りたいなら、さきから手を離してごらんなさいな」
「まだ駄目よ。さきが悲しむわ」
「じゃあ、完全に離さなくていいから。
少しだけ手を緩めてみなさいな」
真意が読めませんでした
でも、とりあえず言われた通りにしてみます
少しだけ手を緩めて、咲との繋がりを、ゆるめ、
やだ、だめ、こわい、むり、
なんで、離したくない、ゆるめたくない、
むり、むり、むり、むり!
「無理よっっ…無理っっ……!!」
気付けば私は、咲の手を固く握り締めていました
それはむしろ、離そうとする前よりも強く、強く
「わかった?」
「……ええ」
「壊れてるのはさきだけじゃない。貴女もなのよ」
「…ひさは平気なの?」
「まさか。ゲームの時も、さきが本気で離そうとしたら
私の方が泣いて引き留めたでしょうね」
「だからもう、このまま堕ちましょ。
この三人で、行けるとこまで」
久が咲越しに微笑みます
そして私の方に向けて、残されていた手を差し出しました
促されるままその手を握ると、私達は三人で輪になって
それはより強い鎖となって、お互いを縛るのです
無意識に、熱い息が漏れました
「だめ、だめよひさ。『これ』、本当に駄目」
「『これ』…本当に戻れなくなる…!」
「ごめんね。多分私、みほこより壊れてるの」
恍惚に塗れた声で、久は握る手に力を籠めます
力が加われば加わるほど、輪がより堅固になって
もう手が離せなくなるような気がして、ううん、
離したく、なくなってくるのです
「あっ、だめっ……!」
さらに力が加わります
どんどん繋がりが強くなっていきます
離さなきゃ、でも、どうしよう、嬉しい、
つよい、このまま、もっと、でも、だめ、でも、
「だめっ、ひさっ…本当に、
生きていけなくなっちゃうっ……!」
「そうね。じゃあ、離す、わね……?」
不意に久の手が離れます
あっけない程簡単に
私の心を、ぐちゃぐちゃに引き千切りながら
「っ、ふっ…ぅっ……!」
「あーもう…っ、泣かない、のっ……!」
ただ手を繋いで離しただけ
それだけの事なのに
今の自分が酷く不完全で、
千切れているような錯覚を覚えてしまうんです
嗚咽が止まらなくなってしまうんです
久も同じなのでしょう
目から涙を滲ませながら、私にそっと囁きました
「ね、みほこ……わかったでしょ?
私達はもっと強く繋がれる」
「でもね、もう離れる事はできないの」
「だからもっと、くっつきましょ?
離れる事なんて考えちゃ駄目」
「お願いだから…離れて行かないでね?
さきと、わたしから」
私を見つめる久の目は涙に濡れて
縋るように揺れていました
「…離れられるわけないわ」
最初は確かに、人助けのつもりだったんです
咲に興味はありませんでした
でも、いつの間にか私はもう
久だけではなく、咲からも離れられなくなって
死を天秤に掛けられても、なお
二人と、繋がりたいと思ってしまう
「だから、お願い。ひさも私を離さないで。
さきと二人で、私を縛って」
私の懇願に、久は満足そうに微笑むと……
一度は離した私の左手を
固く、固く繋いでしまうのでした
(完)
インターハイで清澄の部員と
相部屋になった福路美穂子。
観察眼に優れる彼女は、
ある一つの事実に気づいた。
竹井久が妙に宮永咲を気に掛けている。
ともすれば監視と見紛う程に。
気になった美穂子は久に問う。
なぜ、そんなに彼女を気にするのかと。
その問いが、自らの人生を
大きく狂わせるとも知らず。
<登場人物>
竹井久,福路美穂子,宮永咲,片岡優希,原村和
<症状>
・狂気(重度)
・共依存(重度)
・あまあま
<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲美穂子
最初は病んだ咲さんのお世話をする
久さんを気遣う美穂子だけど
久さんの負担を減らそうと
咲さんのお世話をする美穂子が
徐々に咲さんに入れ込んできて
最後は3人仲良く病み落ち
※前提的に原作と異なる展開を見せますが
IFと捉えていただければと思います。
--------------------------------------------------------
私、福路美穂子がそれに気づいたのは、
インターハイで清澄と相部屋になった時でした。
「あら咲、外に行くの?」
「あ、はい」
「だったら私の携帯持っていきなさい。
迷子になった時の連絡先はこれね?
こっちも私の携帯だから安心して」
久が宮永さんに声を掛けます。
久は常日頃から、部員の皆全員に気を配っていて。
何かあるとこんな感じで、
自然にフォローする事がよくありました。
ですが。
「ちょ、ちょっとそこのコンビニ
行くだけですから大丈夫ですよ…多分」
「だーめ。なーんか、迷子になりそうな予感を
ひしひしと感じるのよねー。
心配だから私もついて行くわ」
特に、宮永さんに対してだけは。
その比重が、酷く重い気がするんです。
部員で一人だけ携帯電話を持ってなくて、
それでいて迷子癖がある宮永さん。
だから自然とこうなるのも、
頭では理解できるのですが。
それでも。それを加味しても。
重すぎる気がするんです。
この件だけでなく、他にも。
久は常に、宮永さんの一挙手一投足を
気に掛けているようでした。
それはともすれば、監視とすら思える程に。
「久はどうして、宮永さんを気遣うの?」
思い切って聞いてみました。
別に他意はなかったんです。
もしかしたら何か深い理由があって。
そして、私に何か手伝える事があるかもしれない。
そんな、ちょっと手助けを申し出る
くらいのつもりで問い掛けたんです。
そう、まさかその一言が。
その後の自分の人生を、大きく変えるとも知らず――
--------------------------------------------------------
『三人を分かつもの、それは』
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私の問い掛けに、久は目を見開きました。
そして、美穂子って時々怖いわね、なんて苦笑しながら、
ぽつりと零すように呟いたんです。
「……似てるから、かしらね。昔の自分に」
「宮永さんが?」
「あ、性格とか見た目とかいう話じゃないわよ?
まあ、本人から聞いたわけじゃないから
推測に過ぎないんだけど…」
「多分、その…『境遇』がね」
掛ける言葉が見つからず、思わず口を結びました。
宮永さんの境遇は知りません。でも、
久の事はなんとなく予想がついたのです。
三年前のインターミドル。
あの時彼女は、『上埜』久だったから。
「家族との離別はね。子供に、
本当に深刻なダメージを与えるの」
「場合によっては、二度と立ち直れない程に」
「私が今こうして立ってられるのは、
周りのみんなが支えてくれたおかげ」
「一人だったら、多分そのまま潰れてた」
久が遠い目をして微笑みました。
そうして笑えるようになるまでに、
きっと、つらい事がたくさんあったんでしょう。
「なんとなくだけどね。咲から、
あの頃の私と同じ匂いを感じるの。
ううん、私よりもずっと酷い」
「だから私は、咲の支えになりたいの。
あの時、私を支えてくれた人達のように」
そう語る久の目は、慈悲の心に溢れていて。
無意識に、私は口を開いていました。
「だ、だったら私も手伝うわ!」
それは、ある種の代償行為だったのかもしれません。
久が最も苦しかった時、私はそばに居られなかった。
『支えてくれた人達』の中に私は入れなかった。
その事実が、胸に鋭く刺さったんです。
だったら、せめて。
久が、支えたいと考える人を支えたい。
でも、久は受け入れてはくれませんでした。
「…やめときなさい」
「どうして?支える人は、
多ければ多いほどいいでしょう?」
「咲が普通だったらね。でも、今の咲は危険。
軽い気持ちで手をだすと怪我するわよ?」
「……」
「言い方はよくないけれど…
今の咲は、『病気』と考えた方がいい」
――病気。
久は確かにそう言いました。そしてその言葉が、
またも深く突き刺さります。
…私も、言われた事があったんです。
もちろん、相手は久ではありませんが。
「…大丈夫。私もよく、世話を焼きすぎて
病気だって言われるから」
「……」
「他人のために生きたいの。誰かの役に立ちたいの。
宮永さんがそれを求めてるなら、
私は役に立てると思う」
久は私の顔を正面から見つめると。
やがて、肩を竦めて言いました。
「……そっか。ならお願いするわ。
でも、無理はしちゃ駄目よ?」
「はい!」
勢いよく頷きました。こうして、
久と私の共同作業が始まったんです。
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正直に告白してしまえば。
私は最初、宮永さんにそこまで
興味を持っていませんでした。
ただ、久の力になりたかった。
久の負担を軽くしたかった。
そして何より、私にはもってこいの仕事だと思った。
ただそれだけだったんです。
もう少し醜い感情を吐露するなら。
私が受け持って軽くなった負担の分、
その目を私に向けてくれたら。
なんて、狡い打算があったかもしれません。
だからでしょうか。
改めて彼女を眺めて、初めて。
今まで自分が、重要な兆候を
見落としていた事に気づきました。
宮永さん。
注意深く観察していると、確かに久の言う通り。
不自然な点が見受けられます。
『強い人と打つのが楽しみ』
そう公言して憚らないのに。
彼女は決して、白糸台高校の対局を
見ようとしないのです。
楽しそうに笑っていたと思えば、
テレビに『もう一人の宮永さん』が映った途端、
彼女の顔から表情が消えて。
何事もなかったふりをして、
そっとその場から離れようとするのです。
「宮永さん、大丈夫?
少し気分が悪そうだけど」
私はそれとなくリモコンに手を伸ばしながら、
宮永さんに声を掛けます。
チャンネルが変わった刹那、彼女が
安堵の吐息を漏らした事に気づきました。
「あ、はい…大丈夫です。
休んでればよくなると思います」
「ありがとうございます」
遠慮がちに笑う彼女の目は、なおも虚ろに澱んでいました。
闇が、彼女から漏れている気がします。
明らかに何かある。隠し切れない程の深い闇が。
正体が見えないその闇に、少し不安を覚えながらも。
久と一緒に少しずつ、宮永さんと触れ合っていきました。
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関わりが増える度に、彼女の不安定さを
肌で感じるようになってきました。
日が経つにつれて、彼女の睡眠が
浅くなっている事に気づきます。
時々表情が虚ろになって、
ぼーっとする事が増えてきたんです。
おそらく、心配事があって眠れないのでしょう。
その原因が何なのか、今の私にはわからないけれど。
その日も久と二人で彼女を挟んで寝ていると。
夜中に、宮永さんがうなされている事に気づきました。
(…宮永さん?)
心配になって手を伸ばし、優しく体を揺らします。
はっと彼女は目を覚まして、
ひどく複雑な表情を浮かべたのです。
救われた様な、絶望したような。
縋りたいような、離れたいような。
何か嫌な事を思い出してしまって、
忘れたいような…忘れたくないような…そんな顔。
「……っ」
ひどく悲しい表情でした。
見ただけで涙腺を刺激されるような、
限界まで追い詰められた顔。
私は心を揺さぶられ。つい、無意識に
彼女の手を握ってしまいます。
そしたら宮永さんは、びくりと体を震わせて。
でも次の瞬間、強く握り返してきたんです。
心の距離が縮まった気がして、少し距離を詰めました。
宮永さんも、逃げずに少しだけ体を寄せて。
それを繰り返していくうちに。
いつしか、私達の肌が触れ合います。
彼女は目を閉じたまま、
なおも私にくっついてきて。
私は背中に腕を回し、すっぽりと、
宮永さんを包み込みました。
宮永さんは何も言わず、
大人しく腕の中で丸まって。
そしてようやく、安らかな寝息を立て始めます。
優しく背中を撫でました。
もうこれ以上、宮永さんが悪夢を見ないように。
ずっと、ずっと。夜が明けるまで。
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--------------------------------------------------------
明くる朝、彼女は打ち明けてくれました。
彼女が今感じている不安。そして、
そもそも彼女が、全国に挑むようになった理由を。
もちろんそれは、私が聞きたかった事でした。
でも同時に、私に恐怖を与えました。
宮永さんは異常、狂っている。
その事実を、正面から突き付けられたからです。
「……と、いうわけで。
私がインターハイに出場した一番の理由は。
お姉ちゃんと、もう一度話すためです」
「麻雀を通してなら、お姉ちゃんと
話せる気がするんです」
「そのために。立ちはだかる敵は、全部倒します」
ぞくり、と、背筋を悪寒が通り抜けます。
ああ、この子はやっぱり、どこかおかしい。
「でも…思ったよりうまく戦えなくて。
このままじゃ、ちゃんと勝ち進めるのかなって」
「このままじゃ、ちゃんとお姉ちゃんに
見てもらえないんじゃないかって」
話せば話す程、彼女の目はどろりと黒く澱んでいって。
その闇の深さに、私は言葉を返す事ができません。
「なんて、弱音を吐いてたら駄目ですよね。
もっと、もっと頑張らなくちゃ」
「決勝まで行って、大将の子を叩き潰せれば。
きっと、お姉ちゃんもわかってくれるんだから」
闇はどんどん、深く、深く。
深く堕ちていく彼女に、
手を差し伸べる事もできなくて。
私が躊躇しているうちに、
彼女は自己完結してしまいました。
「……」
「聞いてくれてありがとうございます。
ちょっと、気持ちが楽になりました」
宮永さんが、ぺこりと可愛くお辞儀をします。
その姿は、私がよく知っている宮永さんで。
少しだけ安心したのもつかの間。
顔を起こした彼女を見て戦慄しました。
なぜなら――
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――彼女の目は、澱んだままだったからです。
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すぐさま久に相談しました。
私の話を聞いた久は、困ったように溜息をつきます。
でも、驚いたりはしませんでした。
「…ま、そういう反応になるわよね」
「…!じゃあ久は知ってたの?」
「うん。そもそも、乗り気じゃなかった咲を
麻雀部に引き込んだのは私だしね」
「入部すらためらってたはずの咲が、
インターハイに決意をもって挑む。
それがどうにも違和感でさ」
「聞いてみたら、とんでもない蛇が
飛び出してきてびっくりしたわ」
「でも、だったらどうして……」
久は、彼女に異を唱えないのでしょうか。
お姉さんとの確執、両親の別居。
そんな状況を打破したい。その気持ちはわかります。
でも、どうしてそのための行動が、
『インターハイで麻雀を打つ』事に繋がるのか。
正直理解に苦しみました。
「一度、普通に話そうとして失敗してるらしいのよ。
で、子供の時に一番よく遊んだ麻雀ならってわけ」
「で、でも。それなら、何も全国まで行かなくても」
「飛び込みで会いに行っても、麻雀するとこまで
持ってけないと思ってるんでしょ」
「れ、練習試合とか」
「風越ならありだったかもね。
でもうちは公式試合の経験もない無名校よ?
あげく、問題の咲がいるわけで。
受けてもらえるとは思えなかったわ」
「でも、だからって…!そもそも、
二人はポジションも
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「………ストップ」
--------------------------------------------------------
なおも言葉を紡ぐ唇を、久が指で押さえました。
驚いて息を止める私に代わり、久が言葉を続けます。
それは今まで聞いた事のない。
鋭く、凍てつくような声でした。
「『私は』理解してるのよ。美穂子が抱いてる疑問はね」
「でもね、咲にはこれしかないの。
これしかないと思ってるの」
「これだけが咲の支えなの。これだけが咲の希望なのよ」
「……冷静にツッコミをいれたところで意味はないわ。
あの子が壊れて終わるだけ」
久が笑顔を作ります。それは酷く、悲しい笑みで。
胸がぎゅぅと締め付けられて、
気付けば謝罪の言葉を口にしていました。
「…すいません」
「ううん、別に怒ったわけじゃないの。
ただ、理解しておいて欲しいのよ」
「私達が、本当にすべき事」
「……」
本当にすべき事。それは私も知りたいところでした。
彼女に事実を指摘してはいけない以上、
久はどうやってこの状況を
打開するつもりなのでしょうか。
いつものように、意表を突くような神算を
秘めているのでしょうか。
「今、咲は危うい精神状態にある。
私達がすべき事は、少しでも
負担を減らしてあげる事」
「いざという時に、あの子が悲劇に耐えられるように」
「!?」
ある意味予想外の答えに息を呑みます。
つまり久は、あるがまま受け入れるというのです。
この、破滅が見え隠れする現状を。
「な、何もしないという事?」
「美穂子は何かできるって言うの?」
突き刺すような物言いに、二の句を告げずに俯きました。
確かに私にも答えはないけど、でも、でも。
絶望は確実に近づいている。ううん、もう。
片脚が囚われている気さえする。
振り払わなきゃ、私達は飲み込まれる。
でも、それを口にする事はできませんでした。
久に嫌われたくなくて。言ったら、
久までおかしくなってしまいそうで。
私は、久に同意してしまう。
--------------------------------------------------------
そして、それは間違いでした。
--------------------------------------------------------
気づくべきだったんです。
らしくない久の発言に、
正面から立ち向かうべきだったんです。
『家族との離別はね。子供に、
本当に深刻なダメージを与えるの』
勘違いをしていました。
久はとっくに立ち直っていて、
宮永さんを支える立場にいる。
そう、勝手に思い込んでいたんです。
『場合によっては、二度と立ち直れない程に』
後から思えば、至極当然の事でした。
彼女は知っていたんです。
抗いようのない絶望の存在を。
いくら外野が騒いだところで、
覆しようのない結末がある事を。
両親の破局という形で。
それは久の奥底でトラウマとなって深く根ざし。
こと家族が関わる話に置いて、
彼女が立ち入る事を許さなかった。
久の闇にも気づくべきだったんです。
そして、私が動くべきだったんです。
心が不安定な二人に代わって。
でも――
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その事実に気づいた時には、もうすでに手遅れでした
--------------------------------------------------------
そしてその日が訪れました
宮永さんの精神が崩壊する日が
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お姉さんに拒絶された宮永さんは
取り返しがつかない程に壊れてしまいました
ただ力なく俯いて
何度何度もつぶやきました
--------------------------------------------------------
『勝てなかったから思いが届かなかったんだ…
勝てればきっと上手くいったのに』
『勝てば、勝てば、勝てば、勝てば』
『でも私は負けちゃった…
負けたから、お姉ちゃんはもう戻らない』
『負けた、負けた、負けた、負けた』
--------------------------------------------------------
『終わっちゃった、私の希望』
--------------------------------------------------------
『もう、お姉ちゃんは戻ってきてくれない』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
静かに壊れて泣く彼女を見て
涙が止まらなくなりました
絶望に嗤う彼女を見て
耐えきれなくて抱き締めました
--------------------------------------------------------
酷い既視感があったんです
不意に気付いてしまったんです
ああ、この子は私と同じだ
不器用で愛が重くって
それでみんなに疎まれて
なのに自分はそれしかできない
目の前で涙を零す彼女は、
独りぼっちだった頃の私そっくりでした
--------------------------------------------------------
ああ、ああ
--------------------------------------------------------
最初は宮永さんに関心はなかったんです
ただ、久の負担を軽くするために
関わっただけだったんです
でも、もう駄目でした
宮永さんに、過去の自分を重ねてしまったから
救われて欲しいと願ってしまったから
--------------------------------------------------------
私は、自分でも驚くほどの速度で
宮永さんに執着していきました
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
久も同時に壊れていました
過去に自分が迎えた破局
心を壊してしまう程の悲しみ
それが訪れると知っていながら
過去のトラウマが邪魔をして
行動を起こす事ができなかった
最初から無理だと諦めて、
悲しみを受け止める方向で動いてしまった
結果、予定通り破局が訪れて
宮永さんが壊れ、その悲しみは、
久も、一緒に
--------------------------------------------------------
久は宮永さんから離れなくなりました
そう、彼女が前もって話していた通り
宮永さんの心の支えになるために
そして自分を、良心の牙から守るために
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三人が三人とも壊れていました
虚ろに宙を眺めて呟く宮永さんを、
久と二人で抱き締める日々
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ああ、わかって宮永さん
貴女を救える人はここにいる
貴女と同じように壊れて、
だからこそ貴女を捨てない人が
--------------------------------------------------------
気づいて、お願い
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--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『やっほ、咲。私、昨日学校休学してきたから、
これからはずっと一緒に居られるわよー』
『……』
『お邪魔します…あら、今日は久の方が早いのね。
いつもより早く出てきたんだけど』
『……』
『ていうか美穂子がいつも早過ぎなのよ。
やり過ぎると親に目をつけられるわよ?』
『……』
『宮永さんを癒す事の方が大切だわ』
『……』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『最近は涼しくなってきたから、
くっつくのも気持ちいわねー』
『……』
『そうね。三人でくっついてても
汗かかないから助かるわ』
『……』
『ふふ。咲も嬉しいのね。すりすりしてる』
『……』
『あ、久ばっかりずるいわ。宮永さん、
私の方にもくっついてきて?』
『……』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『これからどうしましょうか。
やっぱり、できれば独り暮らししたいわね』
『……っ』
『ひさ。それを言うなら三人暮らしでしょう?
ほら…さきが不安がってぎゅってしてるじゃない』
『……』
『あはは、ごめんごめん。
しがみ付いてくるさきが可愛くてつい』
『……』
『やっぱり、二人でプロになって、
交互に試合に出るとかかしら』
『……っ』
『はい、さきからNGいただきましたー。
二人とも一緒に居ないと駄目だってさ』
『……』
『あっ、ご、ごめんねさき。
そう言うつもりじゃなかったの!
そうよね、三人一緒じゃないと駄目よね!』
『……』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
『そう言えば、この前気づいたんだけどさ。
私の悪待ち使えば、デイトレードとかで
稼げるっぽいのよね』
『……』
『で、でいとれーど…?それって、
さきや私と離れなくても大丈夫なの?』
『……』
『もち!家に居ながらお金を稼げるし、
三人ずっと家から出ないで暮らせるわ!』
『……』
『すごいわひさ!IT革命ね!』
『……』
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
――そして、季節は冬を越え。
別れの季節が訪れる。
--------------------------------------------------------
ぶちょ…じゃない、竹井先輩と咲ちゃんが
学校に来なくなって、もう数か月が経っていた。
学校では卒業式の練習が始まって、
嫌がおうにも終わりを意識させられる。
三年生の学生議会長は、答辞の役目があるわけだけど。
壇上に立つのは竹井先輩じゃなくて、
メガネの副会長だった。
本来立つべき人がそこに居ない。
その事実は、ただでさえ寒々しい卒業式を、
より重苦しく変えていた。
「あーもう疲れた!辛気臭くって
いやんなるじぇ!!」
卒業式の練習を終えて、すっかり
人数が減ってしまった部室に顔を出す。
椅子に深く腰掛けながら、
愚痴るように言葉をこぼした。
「竹井先輩、本気でもう
学校来ないつもりなんだじょ!」
あの日以来すっかり笑わなくなったのどちゃんが、
酷く機械的に返事を返す。
「一応休学らしいですから、
戻ってくる見込みはありますよ?」
「…あり得ないじょ。後数か月くらい
我慢すればよかったんだじぇ」
「仕方ありませんよ。
咲さんを癒す方が大切です」
癒す。その言葉が妙に引っ掛かった。
癒す、癒す…竹井先輩は咲ちゃんを癒してる。
でも。
「…あれってホントに癒しになるのか?
正直、余計壊してるようにしか見えなかったじぇ」
脳裏に浮かんだのは、変わり果てた二人の関係。
思い出したくもない光景が、
しつこく頭に広がっていく――
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一度、のどちゃんと二人で
咲ちゃんの家にお見舞いに行った事がある。
宮永家のチャイムを鳴らして、
でも出迎えてくれたのはなぜか竹井先輩で。
『ごめんねー。開けといたから
後は勝手に入ってきて』
竹井先輩はそう言い残し、
足早に部屋に戻って行く。
何事かと思って追い掛けたら、
咲ちゃんがタコウィンナーのおねーさんに
しがみ付いて震えていた。
『ごめんね、さき。離れちゃって。
でもほら、今度は二人が来てくれたわよ?』
竹井先輩は咲ちゃんを抱き締める。
咲ちゃんはまるでちっちゃい子供みたいに
竹井先輩にしがみ付いて、
その顔を先輩の胸に埋めた。
『え、えーと…どういう事だじょ?』
そのあまりに異常な二人の様子に、
気の利いた言葉も言えず立ち尽くす。
ぼけっと突っ立っていると、
不意に背後から声を掛けられた。
『…来たばっかでアレだけどさ。
私達は、ここに居ない方がいいし』
ビクッとして振り向いた。そこにいたのは、
風越の新キャプテン…そう、池田だった。
池田は唇を噛み締めながら、
私達の手を引っ張り始める。
『何をする池田!ていうか何でいるんだじょ!』
『キャプテンが学校に来ないから、
連れ戻しに来たんだし』
『でも、よくわかったし。もう、この三人は手遅れだ』
池田はなおも手を引っ張る。
抗議しようと目をひんむいて、
私はそれに気づいてしまった。
池田の目は真っ赤だった。
よく見たら、頬も痛そうな赤味を帯びている。
まるで『誰かにぶたれた』みたいに。
『行くし!ここに居たら、私達までおかしくなるし!』
池田が声を張り上げる。声は涙で震えていた。
もう抵抗できなくて、黙って池田に引っ張られる。
それでも後ろ髪惹かれて振り向くと。
三人は気にもせず笑顔で語り合っていた。
私達なんて、まるで眼中にないと言わんばかりに。
三人小さく寄り添っていた。
その姿を見て私は悟る。
池田の言ってる事は間違いじゃない。
もう、この三人は…おかしくなってしまったんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…あの時池田も言ってたじゃないか。
あの三人はもうずぶずぶに依存しあってるって。
私だって、あの三人は病気だと思うじょ」
「あれが治療だとか片腹痛いじょ。
本当なら、逆に引き離すべきなんだじぇ」
「否定はしませんけど。それで咲さんの苦しみが
和らぐならいいじゃないですか」
「許されるなら、私だって
あの輪に加わりたいくらいです」
驚いて目を見開いた。そして、
ひとりでに体が震え出した。
のどちゃんも、のどちゃんまで
おかしくなってるのか?
もしのどちゃんまで居なくなっちゃったら、
私だって耐えられないじょ?
いやだじょ、置いて行かないで
私の変化に気づいたんだろう、
のどちゃんが優しく微笑む
「…大丈夫ですよ。
私はゆーきから離れませんから」
「だから、ゆーきも。
私から離れないでくださいね?」
「これからも、ずっと、絶対に」
慈しむように微笑みながら、
のどちゃんが私の前で両腕を広げる
それが酷く嬉しくて、でもなぜだか泣きたくなって
私はのどちゃんの胸に顔を埋めた
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
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三人で過ごした日々は、
少しずつ咲を癒していました
そして数年間に渡る私達の『治療』を経て、
ついに笑顔を取り戻し
普通に話せるようになったんです
ただそれには少しだけ
本当に少しだけ、代償が必要でしたけど
『宅配でーす』
通販で頼んだゲームが届き
三人でそれを受け取りました
さっそくゲーム機にセットして
いざスタートと言うところで問題が起こります
咲が怒り始めたんです
「…ちょっとひささん。なんで手を離そうとするの」
コントローラーを握るため、
繋いだ手を離そうとした久
咲は慌てた声をあげて、
その手を固く、固く握り直します
離れる事は絶対に許さないと言わんばかりに
「いやいや、流石にこのゲームを
片手でやるのは厳しいでしょ」
「むしろなんで両手使うゲームを
買っちゃったの?」
「ふふ。ひさって時々抜けてる事があるから」
「いやいや、なんで私が駄目扱いされてるのよ。
これ、さきがやりたいって言うから
買ったゲームなんだけど?」
そう、これこそが『ちょっとした代償』
咲はもう、私達から手を離せなくなっていました
左手は私の手を
右手は久の手を
咲の手はもう、
ずっと私達と繋がったまま
何年も、何年もこのままです
久は苦笑しながらも、代替案を提案しました
「仕方ないわねぇ。はい、みほこ。
左手操作はお願いね?」
「え、でも私こういうのはよくわからないわ」
「ロールプレイングだから何とかなるわよ。
ゆっくり考えて押せばいいわ」
「大丈夫だよみほこさん。
私が押してほしいボタン教えるから」
「や、だったら最初からさきがやりなさいよ」
「私は両手塞がってるもーん」
私達に挟まれた咲が、
子供のように語尾を伸ばします
その両手は、確かに私達の手を握ったままです
「…あ、ごめん。お手洗い行きたくなっちゃった」
「またー?さきったら、単に
私達に見てほしいだけじゃないの?」
「ち、違うよ!?流石にそこまで変態じゃないもん!
ただ離れられないだけだもん!」
「はいはい、じゃあ行きましょうか」
この通り、お手洗いに行く時すら、
咲はもう手を離せないのです
三人で過ごした日々は、確かに咲を癒しました
そして同時に、咲を酷く壊していました
笑顔を取り戻した代わりに、
咲は社会に戻れなくなりました
--------------------------------------------------------
三人で酷く密着した川の字を作り
咲がすやすや寝息を立て始めた後
ぽそりと久に話し掛けました
「…ねえ、ひさ」
「なに?」
「この生活、いつまで続くのかしら」
「私達三人が一緒に死ぬまでよ?」
事もなげに久が答えます
予想どおりの回答でした
でも、受け入れるべきかためらいました
少しだけ気になったんです
咲が笑顔を取り戻した今
私達は、次の段階に進むべきではないのかと
そう、咲が私達から手を離せるように
導いてあげるべきではないかと
「そっか。みほこはまだ気づいてないのね」
「…何に?」
「知りたいなら、さきから手を離してごらんなさいな」
「まだ駄目よ。さきが悲しむわ」
「じゃあ、完全に離さなくていいから。
少しだけ手を緩めてみなさいな」
真意が読めませんでした
でも、とりあえず言われた通りにしてみます
少しだけ手を緩めて、咲との繋がりを、ゆるめ、
やだ、だめ、こわい、むり、
なんで、離したくない、ゆるめたくない、
むり、むり、むり、むり!
「無理よっっ…無理っっ……!!」
気付けば私は、咲の手を固く握り締めていました
それはむしろ、離そうとする前よりも強く、強く
「わかった?」
「……ええ」
「壊れてるのはさきだけじゃない。貴女もなのよ」
「…ひさは平気なの?」
「まさか。ゲームの時も、さきが本気で離そうとしたら
私の方が泣いて引き留めたでしょうね」
「だからもう、このまま堕ちましょ。
この三人で、行けるとこまで」
久が咲越しに微笑みます
そして私の方に向けて、残されていた手を差し出しました
促されるままその手を握ると、私達は三人で輪になって
それはより強い鎖となって、お互いを縛るのです
無意識に、熱い息が漏れました
「だめ、だめよひさ。『これ』、本当に駄目」
「『これ』…本当に戻れなくなる…!」
「ごめんね。多分私、みほこより壊れてるの」
恍惚に塗れた声で、久は握る手に力を籠めます
力が加われば加わるほど、輪がより堅固になって
もう手が離せなくなるような気がして、ううん、
離したく、なくなってくるのです
「あっ、だめっ……!」
さらに力が加わります
どんどん繋がりが強くなっていきます
離さなきゃ、でも、どうしよう、嬉しい、
つよい、このまま、もっと、でも、だめ、でも、
「だめっ、ひさっ…本当に、
生きていけなくなっちゃうっ……!」
「そうね。じゃあ、離す、わね……?」
不意に久の手が離れます
あっけない程簡単に
私の心を、ぐちゃぐちゃに引き千切りながら
「っ、ふっ…ぅっ……!」
「あーもう…っ、泣かない、のっ……!」
ただ手を繋いで離しただけ
それだけの事なのに
今の自分が酷く不完全で、
千切れているような錯覚を覚えてしまうんです
嗚咽が止まらなくなってしまうんです
久も同じなのでしょう
目から涙を滲ませながら、私にそっと囁きました
「ね、みほこ……わかったでしょ?
私達はもっと強く繋がれる」
「でもね、もう離れる事はできないの」
「だからもっと、くっつきましょ?
離れる事なんて考えちゃ駄目」
「お願いだから…離れて行かないでね?
さきと、わたしから」
私を見つめる久の目は涙に濡れて
縋るように揺れていました
「…離れられるわけないわ」
最初は確かに、人助けのつもりだったんです
咲に興味はありませんでした
でも、いつの間にか私はもう
久だけではなく、咲からも離れられなくなって
死を天秤に掛けられても、なお
二人と、繋がりたいと思ってしまう
「だから、お願い。ひさも私を離さないで。
さきと二人で、私を縛って」
私の懇願に、久は満足そうに微笑むと……
一度は離した私の左手を
固く、固く繋いでしまうのでした
(完)
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呼んでてゾクゾクしました。
和タコは結構アリな感じが……
キャップは優しい世話焼きさんだからね。相手が病んでたら深みに嵌るぐらい入れ込みそう。
美穂子が絡むのもいい
でもなぜか今までにないくらい
思い気がしますね
でも三人とも幸せやし
優希も和と幸せになれて
かなりハッピーエンドですな…
お疲れさまです! すばらです!
今までの中で一番凄い共依存のような気がしました…!
壊れた咲ちゃんから二人も壊れ、和もゆーきに対してで壊れ…読んでてゾクゾクウハニャー!(大喜び大興奮)してました!
この三人の組み合わせもなかなかですね…♪
…これ、淡照菫でやったらヤバイ展開になりそう…(ゴクッ