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【咲-Saki-SS:かじゅモモ】桃子「そして、世界から二人が消える」【重度共依存】

<あらすじ>
なし。リクエストを参照してください。


<登場人物>
・東横桃子,加治木ゆみ,蒲原智美,妹尾佳織

<症状>
・狂気(重度)
・共依存(重度)
・自傷(重度)

<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・桃子とゆみはIH後から恋人同士となり、
 桃子はゆみとの日々を心から楽しんでいる。
 しかし、ふたりの思い出が積み重なるのと同時に、
 桃子には不安も募るようになる。
 …(詳細はリクエストリストを参照してください)

<注意!!>
※グロ描写はしませんが苦手な方はご注意を。

※作中で東横桃子がとる行動は
 絶対に現実で実行しないでください。



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2月。

私、東横桃子は自分史上かつてない程の
不安と焦燥に駆られていた。

理由は言うまでもないっすよね。
先輩方の卒業が近づいているからっす。

その程度のことで何を馬鹿な、
なんて笑われるかもしれないっすね。
でも私にとって、今回の卒業式は
特別な意味を持ってるんすよ。


そう、それは愛する人との別れ。


生まれつき存在感がなさ過ぎて、
人との関わりもほとんど皆無だった私にとって。
『別れ』が心に刺さったことは
今までただの一度もなかった。

でも、今回は違うんす。私を求めてくれた先輩との出会い。
熱烈な求愛の末に訪れた結実。
先輩と私は、一般人の視点で見ても
ひどく濃密な時間を一緒に過ごしてきたわけで。


そんな私にとってすれば。ある意味、
今回が生まれて初めての『辛い決別』とも言えた。


(…こんなに、こんなに怖いんすね)


一生懸命考えないようにしてるのに、
事あるごとに頭をよぎってしまう。

ああ、後2か月もすれば。
私の横から先輩はいなくなる。
その時を想像するだけで、
胸が苦しくて涙がこみあげてきてしまう。


わかってるんす。先輩は誠実な人だから。
卒業したからって、私を
おざなりにはしないだろうって。
でも、いくら理論で武装しようとしても、
感情は許してくれなくて。


悲しい、寂しい、怖い、助けて。


そんな弱い言葉ばかりが、
脳裏を埋め尽くしてました。



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縋るものがほしかった。よりどころが欲しかった。
心が追い詰められてくると、
人間、行動もおかしくなるもので。

狂い始めた私は、ちょっとした『おまじない』に
手を出しちゃったりしました。

バレンタインのチョコレート。
隠し味に少しだけ『私』を入れて。
加治木先輩に食べさせちゃったっす。

取るに足らないおまじない。
それでも、何かせずにはいられなくて。

もしかしたら、先輩の中に
私が息づいてくれるかもしれない。
なんて、軽く貧血になるくらいは
たんまり注ぎ込んでやったっす。


(…なんて、こんなものに効果があるなんて
 私も思ってないっすけどね……)


それは、本当に取るに足らないおまじない。
意味なんてないはずのおまじない。

でも、そんな私の狂気を色濃く反映した『お呪い』は…
見事、実を結んでしまう事になったのでした。



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「やあ、おはよう妹尾」

「ん?聞こえてないか?おはよう、妹尾」

「…まるで反応しない…!妹尾、大丈夫か!?」

「わひゃっ!?え!?加治木先輩!?
 いつからそこに!?」

「い、いつからも何も…
 さっきから何回も声を掛けていたが」

「ぇっ…ぜ、全然気づきませんでしたっ…!」



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受験を間近に控えた先輩方は、
今日も部室で勉強会を開く予定だったようで。

二人一緒に部室に向かうと、そこにはかおりん先輩が。
で、先輩が声を掛けたっす。

でも、かおりん先輩は完全無視を決め込んで。
結局、先輩がその肩を叩いて初めて、
ようやく驚いたように振り向いた。


(…この光景、何度も経験した事あるっす)


先輩はかおりん先輩の上の空っぷりを
心配したようだけど。
多分これ、そんなのじゃないっすよね?


(…もしかして)


ぞくり、と背筋を官能が撫でました。
こんな事が起きうるとして、
原因なんて一つしか思いつかない。


(もしかして…私の影の薄さが、
 先輩に伝染してるんっすか…?)


ぞくぞくぞくっ。悦びが全身を駆け巡る。
先輩が、先輩の中に私が息づいている。
先輩が、私と同じように、世界から切り離されている。


…ということは。


(つまり…ずっと飲ませ続ければ――)


――先輩と、二人っきりの世界で
生きていけるってことっすよね?


その可能性に気づいた瞬間、
私は全ての悩みが解決したような全能感を覚えて
私の血を先輩に摂取させる事しか
考えられなくなっちゃったっす


先輩に、私と同じになってもらうために
一刻も早く、一滴でも多く



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お弁当作りを買って出ました

受験に専念してほしいから、少しでも一緒に居たいから、
そう言えば先輩が断る理由もなくて


先輩は、毎日大量の血液を取り入れる事になった


それで問題になる事もなかったっす
元々卒業間際で人と接する機会は少ないわけだから

とはいえ、自分の身に起きている事実に気づかない程
先輩は鈍感でもないっすから
何かしらの理由をつける必要はあったけど


「…最近、自分が周りから
 認識されていないように感じるんだが」

「あー、多分私の力が強くなってるんだと思うっす」


これは事実でもあったっす

想いの力が加速しているのか
血を摂ってない人と一緒に居ても
巻き込んで存在感を消す事があったんすよね

手放した牌の存在感を消せるのだから
執着した相手に同じ事が起こせても
不思議じゃないっすよね?

先輩も、その説明で納得してくれたようだった


「別に問題ないっすよね?
 どうせ、今は自由登校期間っす」

「まあ確かに、コンビニとかで
 店員に気づかれないのが不便なくらいかな。
 後は蒲原と勉強する時くらいか」

「これはこれで好都合っすよ?
 例えば、ほら……」


雑踏の中、先輩に顔を寄せて唇を塞いじゃいます
それは、普通なら許され難い迷惑行為だけど

かまやしないっす
どうせ、私達は見えやしないっすから


「…っほら、こんなこともできちゃうっすよ…?」


そのまま先輩の背中に腕を回しても
ほら、誰も私達に目を向けない

まるで私達なんてこの世界に存在しないかのように
人々は目もくれず歩き続ける

また、ぞくり

官能を背中が這い回る
ああ、今この世界は私達だけのもの


「だ、だからっていきなりはやめてくれ。
 心の準備がいるんだ」


先輩は頬を朱に染めて窘めつつも
絡みつく私を振りほどこうとはしなくって


それがまた、私の狂気を加速させる


先輩が受け入れてくれた
うれしい、うれしい、うれしい、うれしい

ああ先輩、早くこっちに来てくださいっす
先輩がこっちにきてさえくれれば、
他にはもう、なにも要らないっすから


その日から血の量を倍に増やした
貧血に意識が遠のくけれど
それもまた、自分の存在がより
希薄になっていく気がして嬉しかったっす


そして私達は、どんどん、どんどん
世界から切り離されて行って――



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――そんなこんなを続けて一月

ついに、卒業式の日がやってきました




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卒業式の壇上で、先輩は認識されませんでした


卒業証書を受け取るはずの学生が登ってこない
校長はきょろきょろと辺りを見回すけれど


そこには誰の姿も見えない


『ダンッ』

『ダンッ』

『ダンッ』


不意に大きな足音がして
突如として目の前に加治木先輩が姿を現した
…ように、校長には見えたでしょう


校長は驚愕のあまり目を見開きながらも
しばらくして、機械的に証書を手渡して


先輩はそれを受け取ると
そのままどこかに姿を消した


そう、消えた
まるで、幽霊みたいに、ふっと



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それは、本家の私ですら経験のない出来事だった




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誰にも認識されない卒業式に、
最後まで律儀に出席した後

先輩は私の元に駆け寄ってきてくれた
苦笑して頭を掻きながら


「驚いたな。まさか、あれだけ注目される場所ですら
 見失われるとは思わなかった」


それもそうでしょう
いまや、先輩の存在感は限りなくゼロに近いっすから
相当大きな音を出さなければ、必死で存在を主張しなければ、
周りから認識される事はないっす

そして、それに反比例するかのように
先輩の中で私の存在感は増している

文字通り私の血が先輩の血肉の糧になったからか
先輩は、私を容易く見つけられるようになったんす


私達の繋がりが濃さを増して行く程
私達は世界から切り離されて

世界が遠ざかって行けば行くほど
私達は深く繋がっていく


そしてそれは、もう取り返しがつかない程に


「…先輩。今日まで、本当にお疲れ様でした」

「改まって言われるとなんだか照れるな」

「これで、先輩は『この世界から』旅立つんすね」

「…ああ。でも心配しないでくれ。
 卒業しても、私達はずっと一緒だ」

「ええ。もちろんわかってるっす」


「『私だけは』ずっと一緒っす」


言葉の真意に気づいただろうか
そう、今日先輩が卒業するのは、
鶴賀学園からだけじゃない


先輩は、人間社会からも卒業するんすよ?


私の影の薄さも、先輩の影の薄さも
もう、昔の私の比じゃない程に深刻になってるっす

全校生徒の視線が一斉に集中するような舞台ですら
存在を認識してもらえない


普通に生きていくのは絶対無理っす
もう、先輩には私しかいないんすよ……?


幸せに頬が緩んでいく中、
先輩は逆に少し強張った表情を浮かべる


「えーと、それでだ…モモ。一つ、
 お前に言っておくことがあるんだ」

「なんっすか?お別れの言葉なら断固拒否っすよ?」

「さっき離れないと言ったばかりだろう?
 …ただ、お前にはあまり嬉しい事ではないだろう」

「……ええと」


先輩は言うべきか言わざるべきか
そんな逡巡を見せた後…最後には結局口を開いた



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「知ってたか、モモ」

「お前の血に、永続的な効果はない」




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「お前からしばらく離れれば、
 私はまた元に戻るだろう」




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先輩の言葉が、私の世界に亀裂を入れる


足元がぐらぐらと揺れて、
世界が白と黒に明滅する


何一つ言葉を返す事もできないまま、
私の全ては崩壊を続けて行って――




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――脳が、意識を手放した




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私がそれに気づいたのは、異変が起きた当日だった

気付かないはずがない
ある日突然自分の存在感が希薄になり、
他者から認識されなくなったのだから

原因がわかったのもすぐだった
初めて現象が発生したのはバレンタイン
その次はモモの愛妻弁当を摂取した時
わからない方がどうかしている


モモは毎日血液入りの弁当を私に届けた
私はそれを嫌な顔一つせず受け取った

自分の存在が消えていく事
まったく恐怖を覚えなかったと言えば嘘になる

でもそれ以上に関心があった
普段モモが身を置く世界
それを知れば、よりモモを理解できるかもしれない
モモが感じる不安を取り除く一助になるかもしれないと


だから私は毎日三食
モモの血液を摂取し続けた



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私の存在が希薄になればなる程、
モモの狂気は加速していった

無理もない事だろう
これまで人との交流を遠ざけていたモモにとって
今回の別れは酷く辛いもののはずだ

そんな中、私という存在を世間から切り離し
自分だけのものにできるとしたら…

希望に縋るのも無理はない
モモを責めるのは酷というものだ

私が、正しい方向に無理なく導く必要がある
人生の先輩としても、
ただ一人の恋人としても

だが今は、モモの心の平安を保つ事が先決だろう
狂ってはいるものの、今のモモは幸せそうだ

なに、卒業までまだ時間はある
慌てず冷静に解決策を探せばいい



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そもそもこの現象は一体何なのだろう
モモ自身はこう説明していた


『卒業を前にして、自分の力が
 強くなっているから』


それもまたあり得る話だ
だから私は実験を行う事にした

モモから渡された夜食の弁当
これを食べた時と食べない時で
どう差が出るか確認したのだ
結果、いくつかの事実が判明した

摂取してから1時間後がピークとなり、
効果は少しずつ軽減されていく

存在感が薄れるのは最長で18時間

一時、ひどく鉄分の味が濃かった時に
効果が最長となったから
おそらくは混入した血液の量によって
持続時間が決定するのだろう


つまり、永続的な効果はない


その事実を知った時
安堵よりも先に懸念を覚えた

私との別れを前に追い詰められたモモは、
この事実に耐えられるだろうか



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少しずつ私達の関係が歪んでいく
だが、気づく者はほとんどいなかった

そもそも自由登校期間だったし
大半の時間をモモと一緒に過ごしていたから
人と接する機会自体が少ないのだ


そんな中、一人だけ警鐘を鳴らす者がいた


『なあゆみちん、気づいてるかー?
 このままじゃ、取り返しがつかなくなるぞー』


勉強会の合間、互いに弁当を口に運ぶ最中
目を伏せたまま蒲原が言葉を放る

蒲原にしては珍しく
その口調には真剣さが含まれていた


『…存在が希薄になっている事なら問題ない。
 モモとしばらく離れてしまえば元に戻るさ』

『今は、モモの好きにさせてやりたい』


蒲原の手の動きが停まる
今度はちゃんと顔を上げると、
蒲原は私の目を見て言った


『あー。やっぱりゆみちん、わかってないかー』

『…?モモが私を世界から
 消そうとしてる事じゃないのか?』

『あー、うん。それはそれで、
 ものすごい大事件なんだけどなー』

『でも、それよりも見てて怖い事があるんだよなー』


脳裏に疑問符が浮かび上がる
蒲原が胸に抱いた懸念
私には心当たりがなかった

モモの件でないとすれば、
一体何が問題だと言うのだろうか


『えーと…そうだなー。うーん、言っちゃうかー』


煮え切らない態度をとる蒲原を前に、
私はただ黙して回答を待つ

やがて蒲原は能面のような笑顔を保ったまま…
こんな言葉を言い放った



『ゆみちん…自分が狂ってるって気づいてないだろー』



青天の霹靂だった
そんな私の反応に、蒲原は珍しく表情を曇らせる


『モモが狂ってるのはまあ確かなんだけどさー』

『それを平然と受け入れちゃうゆみちんも
 相当ヤバいレベルで狂ってるぞー?』

『というか、その明らかに赤黒い弁当を見て、
 箸を進めてる時点でアウトなんだよなー』

『……っ』


言われてみて初めて気づく。

モモの狂気には気づいていた。
だが、自らも狂気に陥っている事には
無自覚だった。


『いつものゆみちんなら絶対許さないはずだぞー?
 やってる事も異常過ぎるし、何より
 モモの健康が気にならないかー?』


まるで返す言葉がない。思い返してみれば、
モモが体調を崩す場面も多くなっていた。


『モモの希望に沿ってやりたいってのはまーわかる。
 でも、このままじゃ先にモモが倒れるんじゃないかー?』

『もっと早く、根本的なところから解決しないとなー』

『ワハハー』


蒲原は定番の笑い声で締めくくる。

耳の痛い言葉ばかりだ。どれも無意識に
目を背けていた事ばかりだった。
蒲原には感謝しなければならないだろう。



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早期に決着させる必要性
そこに気づく事はできたものの
だからと言って、全てを解決するような
魔法のような解答は見つからなかった

卒業に伴う離別が問題として
不安を完全に取り除くとしたら、
もう離れない事を選択するしかないだろう
それを選択できるなら最初から苦労はない

無論、近くの大学を選択する事で
距離を縮める事はできる
頻繁に会う事で寂しさを軽減する事もできるだろう

だが、モモが感じている孤独は
そういう事ではないと思った

深い繋がりの一つを強制的に断ち切られる
同じ学校、同じ部活に所属するという安心感
それを奪われる事への恐怖

先程述べた方法では、大きすぎる喪失を、
ほんの少し補填する程度に過ぎない


見つける必要があるのだ
失う絆以上に強く繋がる方法を

それは普通なら恋愛関係などなのだろうが、
既に私達は結ばれてしまっている

だとすれば、それ以上の何かなど
そうそう見つかるものでもなかった



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悩む

悩む悩む悩む悩む

悩んでいる間にも、私の身体をモモの血液が駆け巡り
世界との繋がりが希薄になっていく



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モモの血が濃くなる度に、
世界と関わるのが億劫になって行く

誰かに呼びかけても反応が無い
大げさに、必死に訴えなければ気づかれもしない

それだけの努力を払い、赤の他人と接する事に
どれだけの意味があるのだろう


代わりにモモの比重が増えていく
私はモモを容易く見つけられるようになり
より存在を身近に感じられるようになった



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思考が狂っていく

世界がモモで埋まっていく

もうこのままでいいんじゃないか

二人で、ただ二人だけの世界で

いや駄目だ、そんな世界はすぐ破綻してしまう



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思考が破滅寄りに傾いていく

気づけば私は、モモと同レベル
いやそれ以上に依存していた

だが、生きていく事を考えると
世界に見切りをつける事もできず、
結局はずるずると現状を維持し続けて――



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そして、卒業式を迎えてしまった




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卒業式を迎えたあの日
私はモモに真実を告げた


モモの企みに気づいていた事
そして、血による影響は酷く刹那的である事を


それだけでモモは前後不覚になった
それはさながら糸の切れた人形のように
その場に崩れ落ちそうになって

慌ててその身を抱きかかえるも、
モモは意識を失っていた



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そして、私は自身の間違いにようやく気付く




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対処が遅すぎたのだ
モモはもう、私から片時も離れる事はできない

『二人だけの世界』の中でしか
生きられなくなっているのだと



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悩む権利などもうなかったのだ
選択肢なんて用意されてはいなかった

私達は離れない
もはや離れる事ができない


この閉じられた二人きりの世界で
身を寄せ合って死ぬまで暮らす



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それだけが、私達に残されたハッピーエンドだった




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結論から先に言ってしまえば。
ゆみちんは大学入学を辞退して、
モモも高校を退学して行った。

ゆみちん曰く、


『血液の効果に永続性がないと告げただけで、
 ショックで倒れてしまうんだ』

『そんな恋人を一人にするなんて
 できないだろう?』


との事だ。


二人は社会からも完全に姿を消した。
時々インターネットで二人の名前を検索するけど、
一度も引っ掛かった試しはない。


「ワハハー…やっぱり、こうなっちゃったかー」


あの日、ゆみちんに警告した時から、
なんとなくこの結末は見えていた。

ゆみちんと二人きりになるために
毎日大量の血をおかずに練り込むモモ。

それをまるで当然のように
口に入れて頬張るゆみちん。

二人して完全に狂ってる。
そんな二人に『根本的な解決を』なんて迫ったら、
こうなるのは目に見えていた。


「どうするのが正解だったんだろなー」


今でも時々考える。いや、ほっとけば
モモが失血死してた可能性も高かったし、
実際には今の結末が最良なのかもしれないけれど。

それでも、切り離された身としては考えてしまう。


「…でも、このくらいじゃ泣かないぞ」

「……」

「…いや、ちょっとは泣いてもいいかもなー」


不意に気分が落ち込んで、
涙腺の緩みに眉を潜めた時。


わずかに、鼻をくすぐる匂いがあった。


それは昔よく嗅いでいた匂い。
今はもう、姿を捉える事もできない二人の匂い。

もしかしたら、私が認識できないだけで。
二人は今もそこに居るのかもしれない。


そう思ったら、なんだか馬鹿らしくなった。


「あー、まー二人が幸せならどうでもいいやー」

「でもなー。帰ってきたくなったら、
 いつでも帰ってきていいからなー」

「その時はまた、部活のみんなと一緒に、
 うんざりするくらい遊ぼうやー」


応える者はいなかった。
ただ、風がそっと肩を撫でただけ。
でも、その風に少しだけ二人の気配を感じて、
私は思わず苦笑した。



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『蒲原先輩、ちょっと泣いてったすね』

『ああ』

『…なんか、申し訳ないっす』

『実際には割と毎日顔を見てるんだけどな』

『もう大声で叫んでも
 気づいてもらえないっすからねー。
 今だって普通に肩叩いてたんすけど』

『手紙も何度か送ったんだがな…
 存在に気づかれなかったようだ』

『携帯でメールを送れば行けそうじゃないっすか?』

『解約した携帯を契約し直すのが不可能だろう』

『残しとけばよかったすかねぇ。
 でも固定費掛かっちゃいますし』

『……』

『というか、正直意外だったっす。蒲原先輩が、
 ここまで私達の事を引きずるなんて』

『もう、あれから随分経ってるっすよ?』

『それだけ、私達の事を大切に
 思ってくれていたという事だろう』

『……姿が見えなくなっても、人の心には
 長い間居座り続けるもんなんすね』

『…もう少し早くその事に気づけてたら、
 何か変わってたんすかねぇ』

『……』

『……なあ、モモ』

『なんっすか?』

『こうなってしまった事、後悔してたりするか?』

『してないっす。それとこれとは別問題っすよ』

『というか、先輩こそどうなんすか?
 多分、私から離れて血を摂るのやめれば、
 今からでも元の世界に戻れるっすよ?』

『そしたらお前はついてきてくれるのか?』

『全力で阻止するっす。というか、
 私が元に戻るのは多分不可能っす』

『結論出てるじゃないか』

『そっすね』

『……先輩。ありがとうっす。
 こんな、狂った世界に来てくれて』

『はは、何度も言わせないでくれ。
 狂っているのは私もなんだ』

『もし仮に戻れるとしても、
 私だって戻る気はないんだよ』


『一生、二人きりでいよう。
 この、私達しか存在できない世界で』


『…はいっす!!』


『』


『』


『』




(完)


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<作中で語られなかった裏設定>
--------------------------------------------------------
東横桃子の血液には永続性がある。
血を摂取した直後が最も効果が顕著に表れ、
時間の経過とともに失われるが、
ゼロになる事はない。

作中では血に永続性はないと誤認していたが、
それとは別に
『愛する人の血肉になりたい』
という別の狂気によって、
東横桃子は卒業後も食事に血を混入させ続ける。

果てはさらに狂気が進行し、二人は
お互いの血を直接啜りあうまでに堕ちた。
結果二人は気づかないまま、同レベルの
希薄さを手に入れている。

かつ、これまでは
『コミュニケーションの努力を放棄していた』
東横桃子が『積極的に社会を拒絶した』
事で、能力も数倍強化されている。

この能力は半ば自己暗示的に東横桃子を蝕んでおり、
もはや自身が望んでも能力を解除する事はできない。
結果、東横桃子は社会に知覚される事はなく、
この能力強化は加治木ゆみにも
血を媒介として伝染していく。


これら二つの理由から、最終的には二人とも
社会から完全に認識されない状態となる。

デジタルな機械を通す事で介入はできるため、
生計を立てていく事はなんとか可能。


しかし、その後二人が二人以外の他者と
会話をする事は二度となく。
蒲原智美との再会が(蒲原智美視点で)
果たされる事はついぞなかった。



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posted by ぷちどろっぷ at 2016年10月23日 | Comment(8) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
直接的に血を摂りあう時は首筋からですかね
Posted by at 2016年10月23日 22:19
リクエストにお応えいただき感謝雨あられです!
思えば自分でSSを、と思って書き始めたものの、どうしても捻りの無い駄作にしかならず、「そうだ!ぷちさんに投げちゃおう!」と思ったのがきっかけでした。
それがこんなに狂気で満ちた名作になるなんて感無量です!智美ちゃんの涙もいい味出しておりました…。重ねて感謝申し上げます。次回作も楽しみにしております。
Posted by ひさっしも! at 2016年10月23日 22:24
病みっぷりがとてもとてもよくゾクゾクしました。
裏設定も書かれていて話をより深く理解できるので助かります。
Posted by at 2016年10月23日 23:20
蓮原さんの携帯に文字打ち込めればワンチャン…?
Posted by at 2016年10月24日 01:49

こんにちは
お疲れさまです!

血!混入!
桃子の希薄さがこのヤンデレになると恐ろし最高ですね、ゾクゾクしました。自分も血入り(愛情)弁当食べたいです!←

いいヤンデレっぷりでした、ぷちさんは永遠に尊敬しちゃいます!
これからも頑張ってください(^-^)v
Posted by 如月ルーシェ at 2016年10月24日 16:58
これ、デジタルを介さずとも窃盗家業で生きていけ……いや、なんでもないです、はい。
Posted by at 2016年10月24日 23:46
能力者の血液を摂取すれぱその能力を使えることができるはず
Posted by スエハラ at 2016年10月25日 21:01
こちらの作品がとても好きで度々読み返しに来ています。今回も読み返しにきて、ふとコメントを残してみたくなりました。私のとても好きな作品の一つです。他の作品も読ませていただきます!
Posted by さすあき at 2020年03月03日 22:40
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