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【咲-Saki-SS:穏憧】『ずっと、ずっと、一緒に遊ぼう』【共依存】【合作挿絵あり】
<あらすじ>
リクエストを参照願います。
<登場人物>
高鴨穏乃,新子憧,松実玄,鷺森灼,松実宥,赤土晴絵,その他
<症状>
・共依存(軽微)
<その他>
・以下のリクエストに対する作品…というか合作。
心のどこかでまた一人になることを恐れてるしずと
一度離れてしまったことがあって
絶対しずを一人にしないと決めた憧ちゃん
憧ちゃんは関係を壊さないために
しずへの気持ちを隠し通すことを決意
一番近い距離の友達のまま高3に
ハルちゃんはすでにプロ復帰、宥姉、玄、灼も卒業して、
後輩はできたものの当時のメンバーは2人ぼっち
みんなのことを見送ってきたけど憧ちゃんのことを考えると、
みんなの時とはなにかが違ってる自分に気づいて…
て感じでなんやかんや結ばれてハッピーエンド!
他は、結ばれるまではわりとお互いつらいというか
切ない思いをしててほしいかなーとか
軽〜く共依存とか?
・リクエストと挿絵はみんみさん(@RUuKomimi)より
いただきました!ありがとうございますし!
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夢を見てたんだ。
隣を向けば憧が居て。
反対側には和が居る。
振り向けば玄さんがニコニコしてて。
ちょっと離れたところで、赤土さんが
見守るように微笑んでくれてる。
『うん』
『みんなといると楽しい……っ』
誰に言うでもなく呟いて。
でも、みんなが頷いてくれる。
ああ、幸せだな。うん、幸せだ。
これからもこうやって。
『ずっと、ずっと、一緒に遊ぼう!』
今度は笑顔で語り掛けた。
『もちろん』って言葉を期待して。
でも。
そこで、憧の足がはたと止まって――
どこか気まずそうに。
目を背けながらこう言ったんだ。
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『……ごめん』
『あたしは阿太中に行く……』
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そこで、私は目が覚めた。
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『ずっと、ずっと、一緒に遊ぼう』
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最悪の目覚めだった。
朝シャッキリしてる私らしくなく、
体に纏わりつく脱力感のせいで
すっと起き上がる事ができない。
もそもそとベッドの上で蠢きながら、
私は小さくため息をついた。
近頃はこの夢ばっかりだ。
最初こそ幸せな小学校時代から始まるのに、
ラストは必ず、憧が別れを
切り出すところで終わるんだ。
(……なんで今さら見るんだろ)
瞼を閉じて首を振る。
ううん、本当はわかってる。
私はふらふらと布団から抜け出すと。
学習机に置かれたプリントに視線を落とした。
『進路希望調査 : 高鴨 穏乃
第一志望:プロ雀士』
夢を見る理由はすごく単純。
きっと、憧と別れる日が近づいてるからだ。
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季節も秋に差し掛かり。
また進路指導調査の紙が回ってきた。
もう何度この紙を書いただろう。
陰鬱とした気持ちで紙を眺める私を尻目に、
しずは第一志望だけを
ノータイムで書き込んでいた。
『第一志望:プロ雀士』
「……」
対する私は、筆を散々迷わせながらも。
第三希望まできっちり書いた。
『第一志望:進学(○○大学)』
『第二志望:進学(△△大学)』
『第三志望:プロ雀士』
私が筆を置くのを横目で見たしずが、
不満そうに口をとがらせる。
「えー、憧まだ迷ってるのー?」
「当たり前でしょ。一生が決まる
重要な選択肢なんだから。
そんなパッと決められないって」
にべもなく反論すると、
しずは複雑な笑みで言葉を返す。
「……」
「そっか。そりゃそうだよね」
その笑顔には見覚えがあった。
そう、それは小学校最後の帰り道、
別れる時に向けられた笑顔。
何かを諦めてしまったような。
それでいて、やっぱり諦めきれないような。
見てるだけで、胸がぎゅぅっと苦しくなる笑顔。
「…ま。もーちょっと悩んでみるわ」
それ以上見てられなくて。
私は希望をちらつかせると、
発端となった紙をそそくさと隠すように
カバンの中にしまい込んだ
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憧の第一志望。それは私と別れる道だった。
でも憧はまだ迷ってる。
なら、まだ希望はあるんだろうか。
ううん。そんな事はない。
多分、憧の中ではもう答えは出ちゃってる。
そうじゃなきゃ、第三志望になんてするもんか。
(ああ、あの時と同じだ)
小学6年生だったあの日。
憧は私と離れる道を選んだ。
それも、前もって私に相談する事もなく。
憧はいっつもそうなんだ。
現状をなあなあに済ませたりしないで、
憧自身の信念に従って行動する。
高校進学の時だってそうだ。
確かに憧は、阿知賀に来てくれたけど。
別に私が誘ったわけじゃない。
憧自身が、私と晩成を天秤にかけて、
私を選んでくれただけ。
だから、だから十分あり得るんだ。
また憧が離れていく可能性。
ううん。状況的には、むしろ
そっちの可能性の方がはるかに高い。
(……憧はどうするつもりなんだろう)
ある日突然、別れを告げられるのかな。
あの時と同じように。
最近は、そればっかり考えて震えてる。
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確かに進路は迷ってる。
でも、しずから離れるつもりは毛頭なかった。
『しずを絶対一人にしない』
そう心に決めたから。
だからと言って、ノータイムで
プロ雀士を選ぶべきかというと、
それもまた別の話だ。
(そりゃ、しずは大丈夫だろうけどさ)
しずがプロ雀士を目指す事。
それに異を唱える者はいないだろう。
1年生の夏、しずは異能を開花させた。
『魔物』に匹敵する才能を。
今やしずは、大星淡や宮永咲と同格扱い。
聞けばこの二人とも、
プロでの再戦を約束済みだとか。
(でも、私は違う)
純粋な麻雀の腕でなら。しずにだって、
ひけを取らない自信がある。
でも、悲しいかな現実の対局は能力勝負で。
『魔物』と呼ばれる雀士とぶつかった時。
私にできる事はせいぜい、
できる限り点棒を減らさないように、
超早和了りで凌ぐ事だけだろう。
そんな私は、果たしてプロとして
やっていけるだろうか。
ううん。本当はもう答えは出てる。
私には、プロに進む力はない。
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とぼとぼ道を歩いていたら、
松実館の前で玄さんにばったり出会った。
仲居の恰好をして水を撒く玄さん。
その姿はもう立派な社会人で。
なんとなく気になった。
玄さんはどうやって進路を決めたんだろう。
「うーんと。私の場合は最初から
松実館に留まるって決めてたから、
そんなに悩まなかったかな」
いきなりの質問だったけど、玄さんは
いつもの笑顔で答えてくれる。
だからもう一歩踏み込んで、
本当に聞きたかった事を聞いてみた。
「…でも。宥さんは東京の大学に
進学しちゃいましたよね」
「その。寂しかったり、しませんか?」
「あはは。そりゃ寂しいよ。
すごく寂しい」
「でもね。大丈夫だって思えるんだ」
寂しい。そう言ったにも関わらず。
玄さんは笑顔のままだ。
「だって、おねーちゃんは、
絶対戻ってきてくれる」
「東京に行ったのも、
経営学を学ぶためだもん」
「寂しいのは仕方ないけど。
いずれ戻ってくるってわかってるから
そこまで辛くはないかな」
「そっか…そうですよね」
いつか戻ってきてくれる、か。
玄さんらしい生き方だなって思う。
でも、私に同じ事ができるかな。
もし憧が離れていったとして。
いつか戻ってきてくれるだなんて、
そんな保証はどこにもない。
それでも。私は辛抱強く待てるのかな。
「ご、ごめんね?あんまり参考にならなくて」
顔に出ちゃってたんだろう。
玄さんは申し訳なさそうに眉を下げる。
「そ、そんな事ないですよ!」
「難しいよね。将来に関わる事だもん。
高校の時みたいにはいかないし」
玄さんの言葉に小さく頷く。そうなんだ。
一生ついて回る問題。だからこそ、
他人が簡単に口を出せるわけがない。
わかってる。わかってはいるんだけど。
「……」
一気に気持ちが沈み込んで、
思わず俯いて黙り込んでしまう。
しばらくの沈黙。
何か話さなきゃ、と思っていたら、
玄さんが優しい声を掛けてくれた。
「……ねえ、穏乃ちゃん。
中学校の時、私達は同じだったよね」
「同じ…ですか?」
「うん。言い方はよくないけど…
二人とも、置いてかれちゃった人だった」
「でも。そこからは違った。
私はただ、戻ってくるのを待ち続けたけれど――」
「穏乃ちゃんは、みんなを引っ張って
戻って来てくれた」
「……!」
言葉に弾かれるように顔をあげる。
そこには玄さんの笑顔があった。
「もしあの日、穏乃ちゃんが動かなかったら。
私は、きっと卒業までずっと一人で」
「誰も来ない部室を、黙々と
掃除し続けてたんだと思う」
「私は、穏乃ちゃんのおかげで救われたんだよ」
「その事だけは。心に
留めておいてくれると嬉しいな」
穏やかに微笑む玄さんに、
心がぽかぽかと温かくなってくる。
そうだ。あの日、私は動いたから今がある。
このままうじうじしてたって、
きっと何も変わらない。
まずは憧をプロ雀士に誘ってみよう。
断られるかもしれない。
でも、まずは動き始めなくっちゃ。
「ありがとう、玄さん!!」
私は元気を取り戻すと、
今度は笑顔で走り始めた。
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皆はどうやって進路を決めたんだろう。
先達(せんだつ)に相談してみる事にした。
誰に打ち明けるべきか。
考える間でもなく、私の足は
自然と鷺森レーンに向かっていた。
「憧が、進路で私に相談とか意外かも…」
「ん。なんとなくね、ちょっと似てるなって
思っちゃったのよ」
「…ま、灼にとっては不本意かもしれないけど」
灼は嫌がる素振りも見せず。ただ静かに、
私の目を見つめてくれる。
だから私は、少し踏み込んだ
思いを打ち明けた。
「一緒に居たいって思ってた人が、
高みを目指して先に行っちゃう」
「追い掛けるべきなのか。
それとも、背中を見守るべきなのか」
「灼は、どうして後者を選んだの?」
そう。灼は学校を卒業後、
そのまま普通に鷺森レーンに就職した。
家業を継ぐ。それ自体は
ごく自然な選択肢ではあるけれど。
『ハルエを追いたい』
そう考えはしなかったんだろうか。
かなり踏み込んだはずのその問いに、
それでも灼の瞳は揺らがない。
淡々と。いつも通りの冷静な声で
灼は声を紡いでいく。
「…憧と私は、ちょっと違うと思…」
「私はハルちゃんに憧れてた。
それは事実。
ずっと一緒に居たいと思った。
それも事実」
「でも、ハルちゃんの前に、
敵として立ちたいとは思わな…」
「……!」
言われてみればそうだった。
そもそも灼がインターハイを目指したのも。
ハルエを奮起させるため。
灼はいつだってハルエのファンで。
憧れで、弟子で、後輩だった。
「プロになれば、確かにハルちゃんとの距離は近くなる。
でもそれは、ハルちゃんと同列になるという事」
「私はハルちゃんと戦って勝ちたいとは思わな…
むしろ、私なんかに負けないで欲し…」
そこまで言って言葉を区切ると。
灼は私の目を覗き込む。
「憧。憧は、穏乃とどうなりたいの?」
「仲間になりたいの?ライバルになりたいの?
それとも…傍に居られたらそれでいいの?」
「そこを…よく、考えて欲し……」
耳に入り込んでくる灼の言葉。それを、
頭の中でしっかりと反芻する。
しずとどうなりたいか。そんな事は、
考える間でもなくわかりきっている。
「私は…もうしずを一人にしたくない」
うわ言のようにそう呟く。
頭の中では『あの日』の苦い思い出が、
霧のように広がっていた――
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方的に別れを告げたあの日。
しずは少しだけ狼狽えながらも、
それでも笑顔で私を送り出した。
本音を言えば。その事実は、
私を少なからず傷つけた。
自分でもまだ迷ってたから。
『行くなよ!』なんて言葉を
期待してたんだと思う。
でも、引き止めてもらえなくて。
あっさり見送られてしまって。
私はつい、こんな結論を出してしまった。
『しずは、私が居なくてもつらくないんだ』
だから私は、過去の想いと決別して。
一人阿太中に進学した。
本当は、しずの笑顔が
陰っていた事にも気づかないまま。
それからしずとは疎遠になった。
あの時は、お互いそれぞれ違う道を
選んだからだと思っていたけれど。
今ならその理由がわかる。
多分私は、もうあの頃から
しずのことが好きだったんだろう。
幼い私は、自分の気持ちに
気づいてはいなかったけれど。
私は、一人で勝手に失恋してたんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
でも、それは間違いだった
実際には…しずは私以上に傷ついてたから
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中学校に進学後。しずは一人で
山に籠るようになったらしい。
実は一度、アポなしで
しずの家に遊びに行った事がある。
その時しずは留守にしていて、
おばさんが呆れたように教えてくれた。
『あの子ったら、帰ってくるなり
すぐに山に走って行っちゃうのよ』
『あー、しずは変わらないなぁ。
どんだけ山が好きなんだか』
『憧ちゃんはこんなに可愛くなったのにねぇ』
『エヘヘ』
おばさんと一緒に苦笑いして、
結局しずには会わずに帰った。
今思えば、なんて馬鹿だったんだろう。
確かにしずは山が好き。でも、それ以上に
みんなと遊ぶのが大好きだった。
そのしずが、放課後に一人で山に籠る。
それが何を意味するのか。
どうして私は、そんな簡単な事に
気づけなかったのか。
離れて平気なんかじゃなかった。
しずは私に遠慮して、
自分を押し殺しただけだったんだ。
もちろん、一人で山に籠った事は、
しずにとって無駄ではなかった。
この経験無くして、しずが能力に
目覚める事はなかったのだから。
でも。
能力に支配されている時のしずは、
どこかいつものしずとは違って。
ともすれば恐怖さえ感じてしまう。
勝手な思い込みだけど。
きっとそれは、しずが孤独の中で
手に入れた能力だからだと思う。
ある時しずは、自分の能力について
こんな事を言っていた。
『山に居るとさ。
深い山と一体化した気持ちになって、
意識が自然に溶け込んでいくんだ』
『そうするとさ。嫌な事も、
すーっと忘れられるんだ』
その言葉を聞いた時。
胸がつまって泣きそうになった。
深い意味なんてなかったのかもしれない。
元々山が好きだったのは事実だし。
別に逃避目的だけで
山に籠ってたわけでもないと思う。
それでも私は、心に決めた。
もう絶対、しずを一人にしないって。
それは一生なのか。それとも、
いつかしずにも愛する人ができて。
私から離れていくまでなのかはわからないけれど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『憧。憧は、穏乃とどうなりたいの?』
灼の問い掛けが気づかせてくれた。
私の願い。それはしずの傍に居る事。
そして、その道は一つじゃない。
何もプロ雀士に拘る必要なんてないんだ。
例えばマネージャーとか、
対局の解説に同行するアナウンサーとか。
麻雀雑誌の記者なんて道もありだろう。
「ありがと、灼!」
お礼の言葉もそこそこに、
鷺森レーンを飛び出した。
早速就職の本でも買いに行こう。
可能性はいくらでも転がっている。
道が、一気に開けたような気になった。
もっとも――
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しずは、喜んでくれなかったけど。
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「ね、ねえ。憧はさ。
プロ雀士は目指さないの?」
「第三希望っておかしいじゃん!
一緒にプロになろうよ!」
「あー、ごめん。その目はもう完全に消えたわ」
「えっ……」
「そんな絶望した顔しなさんなって。
別に、麻雀から足を洗うってわけじゃないからさ」
「ただ、私の力じゃさすがに
プロは厳しいかなって思うのよ」
「そ、そんな事ないって!
憧は私より麻雀上手いじゃん!」
「……無能力者だしね」
「…っ…!」
「でも、何かしら麻雀に関係する事で
仕事していきたいとは思ってる」
「マネージャーでも、雑誌の記者でも。
それこそ、ハルエがやってたみたいに
教師兼監督でもいいかもね」
「そ…そっか」
「……」
「そっかぁ……っ」
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その後、憧と何を話したのかは覚えてない。
気付けば私は、胸の内に湧き上がるモヤモヤを
我慢しきれずに走り出していた。
遅かった。行動が一歩遅過ぎた。
私がうじうじ悩んでいる間に、
憧は答えを決めてしまっていた。
憧が出した結論。それは、
一歩引いた位置で麻雀に関わる事。
確かに、進学とかよりはましかもしれない。
ふくすこコンビみたいに、
仕事で一緒になる機会も多いと思う。
私達の縁は切れてない。
「でもっ、それじゃイヤなんだっ!!」
違う。違う違う違う違う!
何が違うかはわからないけど違うんだ!
がむしゃらになって走り続ける。
どうしようもなく苦しくて。
目から涙が滲んできて。
それがまた意味不明で。
無性に悲しくなってアクセルを踏み続ける。
ろくに前を見ずに走り続けて、そして――
「きゃあっ!?」
「わわっ、ご、ごめんなさい!!」
――道を歩いていた宥さんとぶつかってしまった
「あいたた…って、穏乃ちゃん?」
「…ゆう…さん?どうして?」
「連休だったから帰省してきたんだ。
月に1回は戻ってきてるんだよ」
「それよりも…どうしたの?」
宥さんがいぶかしげな顔をする。
その視線は私の目に注がれていた。
「あ、あはは。何でもないですよ!
ちょっと、目にゴミが入っちゃって」
慌てて笑いながら目を擦る。
そんな私を見た宥さんは、
ふわりと柔らかい笑顔を見せると――
――次の瞬間、私をぎゅっと抱きしめた。
「ゆ、ゆうさん?」
「穏乃ちゃん、変わってないね」
「いつも自由で元気いっぱい。…でも、
本当に苦しい時は一人で我慢しちゃう」
「何か、つらい事があったんだよね?」
「ど…どうして、そう思うんですか?」
「ふふ、だって。私は…」
「お姉ちゃんだもの。甘えてもいいんだよ?」
宥さんは私を包み込んだまま
優しく頭を撫でる。
「うっ…ふっ…、っ……」
「うあぁぁぁああああああっ……!!」
それで私は、我慢ができなくなって。
道端で、宥さんにしがみ付いて泣き始めてしまった。
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長旅で疲れていたと思うのに。
宥さんは嫌な顔一つしないで
私の話を聞いてくれた。
そして、ひとしきり話し終えると。
ぽつりと振り返るようにこう言った。
「そっかぁ。穏乃ちゃんは、
憧ちゃんと同じ進路に
進めないのがつらいんだね」
「…憧の奴、自分を過小評価し過ぎなんです。
麻雀だって、憧の方がずっと上手いのに」
「憧ちゃんは昔からそうだったね」
「まだ私が居た時も。
一番上手なのは憧ちゃんだった」
「千里山の江口さんと2回もぶつかって、
憧ちゃんは2回とも凌ぎきったのに」
「憧ちゃんが話題になる事はあんまりなかった」
「そうですよ!運が悪いだけなんです!
憧の奴本当は、本当にすごいんです!!」
「プロにだって絶対なれる!なのに!!」
話しているうちにどんどん
ヒートアップしていく私。
しばらく黙って聞いていた宥さんは。
やがて静かに口を開いた。
「……ねえ、穏乃ちゃん」
「はい?」
「どうして、穏乃ちゃんは
そこまで憧ちゃんにこだわるの?」
「…え」
予想外の質問に言葉が詰まる。
宥さんはそんな私の答えを待たず、
どんどん質問を続けていく。
「同じ道を進めなかったって言うなら、
私達みんなそうだよね?」
「私達の中でプロになった人は誰も居ない。
赤土さんはちょっと例外だけど」
「でも、穏乃ちゃんは別に、
今みたいに悩んでなかったよね?」
「どうして?どうして憧ちゃんの時だけ、
そんなに悩んじゃうのかな?」
言われてみれば確かにそうだ。
私にとって、宥さんや赤土さん。
玄さんや灼さんも、大切な人のはずなのに。
先輩だからって、知らないうちに
ないがしろにしてたのかもしれない。
「…ごめんなさい」
「あ、ううん!責めてるわけじゃないんだよ?
ただ、ただね。穏乃ちゃんは、
まずそこを考えた方がいいと思う」
「憧ちゃんと私達は何が違うのか。
どうして、憧ちゃんとだけは
離れたくないのか」
「進路とか…そういう将来の話は。
その答えがわかってからでも
いいんじゃないかな」
そう言って宥さんはにっこり笑う。
でも、私には意味がわからなかった。
今の私にとって、進路以上に大切な事って。
一体、何があるんだろう。
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善は急げ。しずと別れた私はすぐに、
ハルエとコンタクトを取る事にした。
「…というわけでさ。なんか麻雀関係の
職のコネってないかな?」
「んー。そりゃ、なくはないけど…
諦めるの早過ぎないか?」
私のお願いを聞いたハルエは、
腑に落ちないとばかりに眉を顰める。
正直意外な反応だった。
ハルエなら、プロの厳しさは
身をもって知っているはずなのに。
「……あはは。ハルエからそんな事
言われるとは思わなかったわ」
「ねえハルエ。ハルエならわかるでしょ?
私に、何かしらの能力は見える?」
「…見えないな」
「でしょ?んで、プロ雀士って、
ずぶの無能力者が戦っていける世界なの?」
「…正直、厳しいだろうね」
「ほら。だったらプロ雀士は無理じゃん。
だから、次善の策を考えるってだけよ」
話しながらも再認識する。
うん、私の考えは間違っていない。
でも、ハルエはしばらく押し黙った後。
肩を竦めて溜息を吐いた。
「……憧はホント、昔から計算が上手いよね」
「でしょ?」
「いや、悪いけど褒めてない」
切って捨てるような物言いに、
少しだけ気圧される。
張り詰めた空気の中、
ハルエはなおも言葉を紡ぐ。
「ま、私も偉そうな口は聞けないけどね。
だけど、一ファンとして
文句を言わせてもらおうかな」
「へ?」
「あの日。お前達が、私を決勝まで
連れて行ってくれた時」
「憧は、最初から決勝に行けると思ってた?」
「んなわけないでしょ。
むしろ敗戦濃厚だったじゃん」
「だろ?そういう事だよ」
ハルエは片目をつむってニヤリと笑った。
いや、どういう事なのよ。
「今だから言っちゃうけどさ。
2年前のあの時、阿知賀が決勝に進む目は
1割もなかった」
「残り少ない可能性も、白糸台と千里山が潰し合って、
漁夫の利的に2位進出が関の山だと思ってた。
何しろすぐ前の対局で、千里山に
9万点差つけられてたんだからさ」
「だから、あの日言った『論外』って言葉。
あの時はマスコミ視点って言ったけど。
実際には、事実をそのまま伝えてたんだよ」
「…でも」
「お前達は私の下馬評を覆した。
まさかの1位で準決勝を突破した」
「あの時。お前達が見せてくれた景色。
不可能を可能にしてくれた姿」
「それを見たから、私は今プロとしてここに居る」
茶化すような口ぶりはなりを潜め。
気付けばハルエは、私の目を
まっすぐに見据えている。
「なあ、憧。お前が本当にしたい事は、
そんな簡単に諦めていい事か?」
「別に絶対にプロになれって話じゃない。
でも、今のお前は逃げてるだけだ」
「進路がどうとか言う前に。
本当に立ち向かわなくちゃいけないものが
他にあるんじゃないか?」
「……」
「も少し考えてみな。そんな調子じゃ、
お前のファンやめちゃうぞ?」
そう言ってハルエは笑った。
でも、私は笑う事ができなかった。
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昼と夜の境界がなくなる逢魔が時。
私は一人、山に籠る事にした。
『同じ道を進めなかったって言うなら、
私達みんなそうだよね?』
『どうして?どうして憧ちゃんの時だけ、
そんなに悩んじゃうのかな?』
宥さんに問い掛けられた言葉。
その答えをじっくり考えるために。
別れについて考える。
6人で始まった麻雀部。
年度が変わる度に結成メンバーは
一人、二人と減っていって。
そして3年が経った今。
ついに初期メンバーは
私達二人を残すところとなった。
これまではちゃんと我慢できた。
そりゃ、まったく悲しくなかったって言えば嘘だけど。
それでも、笑顔で見送る事ができたんだ。
今度は憧の番ってだけの事。
しかも、憧が離れていくのは初めてじゃない。
小学生のあの時も、私は笑って見送った。
涙を奥に押し込んで。笑って憧とさよならできた。
なのに。
(なのに今度は無理っぽいんだ。
一体、どうしてなんだろう?)
憧の事を考える。思い浮かぶのは優しい笑顔。
そう。憧はいっつも優しい。
私がバカな事を始めても、
呆れた顔をしながらも付き合ってくれる。
だから私も、安心してバカをやれるんだ。
憧はそんな、一緒に居るだけで安心できる友達。
…一緒に居るのが当たり前だと思ってた友達。
(…でも、実際はそうじゃなかった)
中学進学。たったそれだけの事で、
憧はあっさり姿を消して。
世界が、一気に姿を変えた。
憧が居ない。ただそれだけで、
世界がひどく色あせて見えた。
同じ事をしててもなんだか楽しくなくて。
少しずつ私は無気力になっていった。
そして、憧と再会した途端。
世界が、一気に色を取り戻した。
(……)
(そっか。一度離れたからわかったんだ)
憧が、私にとってどれだけ大切で。
必要不可欠な存在なのかって。
(『離れたくない』、じゃない。
『離れちゃ駄目』なんだ)
そう。できる事なら一生ずっと。
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そこまで考えた時。
急に、私の中で答えがひらめく。
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「へ…?一生離れないって…」
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「け、結婚でもしなきゃ無理じゃん!!」
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頭に浮かんだ一つの気づき。
それをきっかけに、パズルのピースが
どんどん勝手に埋まっていく。
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「そ、そっか!私、憧の事が好きなんだ!」
「好きだから離れたくなかったんだ!
ずっと一緒に居たいんだ!」
「だから横にいてほしいんだ!
一歩引いた立場じゃなくて、
いつもすぐ私の傍に――!!」
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「だったら…する事なんて一つしかない!!」
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居ても経っても居られなくなった。
私は木から飛び降りて、
憧の家までわき目もふらずに駆け抜ける。
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憧の家が見えてくる。
どこかに出掛けてたのか、
憧も丁度帰ってきたところみたいだった。
憧は私に気づかず
そのまま家の中に消えていこうとする。
「憧!!!」
遠ざかっていく背中にめがけて、
叫ぶように声を投げ掛ける。
「…しず?」
憧は力なく呟くと、
首だけくるりとこちらに向けた。
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「憧!私と一緒に、プロになろう!!」
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どこか興奮したように頬を上気させながら。
しずは開口一番そう叫ぶ。
「……」
それは今の私にとって
一番聞きたくない類の話だった。
自然と返す言葉に棘が混ざる。
「いやだからさ……。
それはないって言ったでしょ?」
「だからさ、考え直してよ!
私は、憧と一緒にプロになりたい!」
一歩も引こうとしないしず。
初めての事だった。
確かに、しずは時々滅茶苦茶な我を
通そうとする事があるけれど。
進路…人生を左右する決断については、
自分の考えを押し付けてくる事なんて
今まで一度もなかった。
それが少し寂しくて、
傷ついた事もあったけど。
でも。
(…なんで…なんで今なのよ)
私だって…諦めたくて諦めるわけじゃない!
小学校の頃から夢見てた。
麻雀が好きで。本気で打ち込もうと思って、
進路も麻雀中心で考えた。
麻雀に懸ける思いだけなら、
しずにだって絶対に負けない。
でも、だからこそわかってしまった。
麻雀と向き合い続けたからこそ思い知らされた。
自分には……頂点を争うだけの力はないって!
「…うまくいかなかったらどうしてくれるのよ」
自分でも驚くくらい、低くて
冷たい声が喉を通り抜ける。
「そりゃ晩成は蹴ったわよ?
でもそれは、勉強し続けてれば
学校がどこだろうとやってける自信があったから」
「今度はそういうわけにはいかない。
一生ついて回るのよ?」
違う、こんな事が言いたいんじゃない!
私はしずを傷つけたいわけじゃない!
止まって、止まって、止まって、止まって!!
それでも言葉が止まらなくて。
溜まりに溜まった苦しみを、
吐き出さずにはいられなかった。
そして、私はついに――
「もし、プロになって芽も出ないで解雇されたら。
その後、アンタはどうしてくれるわけ?」
最低、最悪の言葉をしずに突き付けた。
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でも、次にしずが吐いた一言は…
そんな私の悩みなんて
どうでもよくなる程の核爆弾だった。
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「責任取る!」
「は?」
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「だから!その時は責任取って憧を一生養うから!」
「ふきゅっ!?」
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驚きのあまり変な声を漏らしてしまった。
予想だにしなかったプロポーズ発言に、
心臓がフルスピードで高鳴り始める。
(い、いや。しずの事だから、
そういう意味じゃないわよね?)
必死で、必死で呼吸を整える。
頭の中でしずの言葉がぐるぐると回って
思考が上手くまとまらない。
「あ、アンタ、簡単に言うけどさ」
「簡単になんか言ってない!!」
しずの目が真正面から私を貫く。
その瞳は意志の光に輝いていた。
「わかってる。私が言ってる事は、
憧の人生を大きく変える事だって」
「わかってる。本来は私が
口を出せる事じゃないんだって」
「そんなのわかってる…!!」
「それでも、私は……
憧が横に居なきゃ駄目なんだ!!」
「だから…憧の人生、私にください!!」
そう言って、しずは全力で頭を下げる。
次の瞬間、首(こうべ)をあげたその目には、
炎が激しく揺らめいてた。
見覚えのある目。それは準決勝前夜のあの日。
皆を鼓舞した時に纏っていた炎。
私は思わず毒気を抜かれて。
空を見上げて溜息を吐く。
――ああ、本当に叶わない
「…ホント、アンタは計算ができないわね」
あの時だってそうだった。
今から三年前の夏。
『阿知賀でインターハイ全国出場なんて夢のまた夢』
私はそう断じたはずなのに。
しずのたった一言で、私は
3年越しの計画もかなぐり捨てて、
ホイホイしずについて行ってしまった。
あの時だって展開は絶望的だった。
ううん。それはひょっとしたら、
今よりもずっと。
だったら――
計算なんて、最初から要らないのかもしれない。
「……わかったわ。一緒に行ってあげるわよ」
もう一度。しずの賭けに乗ってみよう。
「え?それだけ?」
それは、しずにとって願ってもなかったはずの台詞。
なのに、しずは不満そうに頬を膨らませる。
「…憧こそ、本当にわかってるの?」
「は?だから一緒にプロ目指せっていうんでしょ?」
「…それもだけど、それだけじゃなくて――」
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「これ、プロポーズなんだけど」
「ふきゅっ!?」
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喉を。これまでの人生で一番の
『ふきゅっ!?』が通り抜けた。
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「ねぇ聞いた!?シズノとアコが
揃ってプロ入り宣言したってさ!」
「…ほう。新子もなのか。
それは少し意外だったな」
「それが本当なら、淡にとっては
厳しい戦いになるね」
「ほえ?なんで?」
「あの二人の絆は強い。……正直、
少し危うさを感じる程に。
二人並ぶとかなりの脅威」
「将来的には、リザベーション級の
反則技も覚悟した方がいいかもな」
「何それずっこい!私も誰かそういう人欲しい!」
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「憧ちゃんがプロ入りを決めたそうですね」
「らしいね。まったく世話が焼けるんだから」
「憧ちゃんはプロでやっていけると思いますか?」
「さあね。少なくとも、
私に会いに来た時のままなら
無理だと思うよ」
「なのに反対しなかったんですか?」
「するわけないさ。一度や二度失敗したくらいじゃ
人生は終わらない。私を見ればわかるだろ?」
「だからさ。逃げてる事の方が気になったんだ」
「…逃げ、ですか」
「そ。プロ雀士の事にせよ、穏乃の事にせよ。
一番欲しいものから目を背けて、
妥協で済ませようとしてた。
ま。気持ちは痛いくらいわかるんだけど」
「でもさ。そもそも悩む必要ないんだよね。
そりゃ、一人じゃ無理かもしれないけど。
憧は、穏乃の横に居たらもっと高みに登っていける」
「それは穏乃も同じ事。あの子は憧が居なきゃ、
多分一人で暴走して潰れていくよ」
「二人じゃなきゃ駄目なんだ。
並んで、二人で進まなきゃ」
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こうして、私達は揃ってプロ入りを決めた。
でもその門出は、とても幸先良いとは言えなかった。
うん、プロの壁はやっぱり厚い。
インターハイの時とは違って。
淡々と、でも確実に殺しにかかってくる。
例えば、私が山の深いところを支配できるのは
当然のように研究済みで。
対抗に聴牌スピードの速い選手を起用して、
序盤に超早和了りで潰しにくる。
昔なら、こういう時は赤土さんが
解決策を教えてくれたけど。
今それを期待する事はできない。
だって、私対策に早和了り戦法を組み込んだのは…
ほかならぬ赤土さんなんだから。
そんなわけで、鳴り物入りで入った割には、
思うように結果を出せない日々が続いてる。
「うーん。今日も負けちゃったなあ」
それでも全然へっちゃらだった。
だって、私の横には憧が居るから。
--------------------------------------------------------
予想はしてた事だけど、プロの壁は厚かった。
通用するか不安視していた私はもちろん、
しずですら思うように勝てない毎日。
そんなわけで私達は今日も二人、
ミーティングルームで居残り反省会を開いている。
「いやー、プロってすごい!
正直、今日は勝てると思ったんだけど」
「甘い甘い。あちらさんは私達の数倍は
キャリアがあるんだから。
そう簡単には勝たせてもらえないわよ」
「それでこそ!山は高い方が登りがいがある!」
「ウォォォォォー!!楽しくなってきた!」
「はいはい。わかったから反省会始めるわよ」
燃えるしずを鎮めながら、
しずの牌譜に目を向ける。
連敗に次ぐ連敗。そろそろ
戦力外通達を突き付けられるのではないか。
思わず牌譜を持つ手が震える。
でも、次の瞬間。しずの手がそっと添えられた。
「大丈夫だよ。私一人じゃ、
無理かもしれないけど」
「でも、二人なら。きっと山は越えられる」
「ほら見てよ。確かに負けちゃったけど、
前よりぐっと点差が縮まってきてるじゃん」
しずの言う通りだった。前回、前々回と比較すれば、
確実に相手の背中が見えてきている。
それはさながら、少しずつ
山を登っているかのように。
「憧の考えてくれた戦法のおかげだよ。
私達は、二人で確実に強くなってる」
「なんとなくさ。今登ってる山は、
後少しで乗り越えられる気がするんだ」
言葉と共にしずは笑った。
そこには一点の曇りもなくて。
思わず見とれてしまった私は、
苦し紛れに皮肉を漏らす。
「…その山を越えても、まだまだたくさん
超えるべき山があるんだけどね」
目の前にそびえる山は高い。
仮にその山を越えたとしても、
まだまだ山は連なっている。
「でも、そうね」
私達二人。一緒に並んで進んでいけば。
どこまでも、どこまで高く登っていける気がする。
「うん。そりゃ確かに今は勝ててないけどさ。
でもやっぱり楽しいんだ」
「和と打ち始めた時に近いかな。
強敵が現れて、どうやって
倒そうかって二人で考えてた時みたいな」
「あの時は遊びだったけどね」
「今だってそうだよ。真剣に遊んでる」
そこで言葉を切ったしずは、
遠いどこかを眺めるような目をすると。
ぽつりと私に語り掛けた。
「ねえ、憧。これからもこうやってさ」
「ずっと、ずっと、一緒に遊ぼう」
不意に、部屋を沈黙が支配する。
その台詞を聞いたのは初めてじゃなかった。
あの時私が返した言葉。
そしてそれを聞いたしずの表情は。
私の中で、今も苦い思い出として残っている。
でも、今なら違う言葉が返せる。
「……当ったり前でしょ。もう私ら夫婦なんだから」
「…憧っ、大好きっっっ!!!」

「ちょっ、飛びかかって来ない!
そういうのは家帰ってから!!」
「ていうか私達ホントに崖っぷちなんだからね!?
次勝てなかったらヤバいから!!」
「大丈夫!なんかもう、負ける気がしない!!」
「……そうかもね」
絡みついてくるしずの目には、
今までにない新たな炎が宿っている。
ああ、また進化したんだ。これなら、
本当に次は勝てるかもしれない。
「こりゃ、私も負けてらんないわね」
しずと、一生並んで歩いて行くために。
決意を新たにする私。その瞳には
しずと同種の炎が灯っている。
でも、私がそれに気付くのはもう少し先の事だった。
(完)
リクエストを参照願います。
<登場人物>
高鴨穏乃,新子憧,松実玄,鷺森灼,松実宥,赤土晴絵,その他
<症状>
・共依存(軽微)
<その他>
・以下のリクエストに対する作品…というか合作。
心のどこかでまた一人になることを恐れてるしずと
一度離れてしまったことがあって
絶対しずを一人にしないと決めた憧ちゃん
憧ちゃんは関係を壊さないために
しずへの気持ちを隠し通すことを決意
一番近い距離の友達のまま高3に
ハルちゃんはすでにプロ復帰、宥姉、玄、灼も卒業して、
後輩はできたものの当時のメンバーは2人ぼっち
みんなのことを見送ってきたけど憧ちゃんのことを考えると、
みんなの時とはなにかが違ってる自分に気づいて…
て感じでなんやかんや結ばれてハッピーエンド!
他は、結ばれるまではわりとお互いつらいというか
切ない思いをしててほしいかなーとか
軽〜く共依存とか?
・リクエストと挿絵はみんみさん(@RUuKomimi)より
いただきました!ありがとうございますし!
--------------------------------------------------------
夢を見てたんだ。
隣を向けば憧が居て。
反対側には和が居る。
振り向けば玄さんがニコニコしてて。
ちょっと離れたところで、赤土さんが
見守るように微笑んでくれてる。
『うん』
『みんなといると楽しい……っ』
誰に言うでもなく呟いて。
でも、みんなが頷いてくれる。
ああ、幸せだな。うん、幸せだ。
これからもこうやって。
『ずっと、ずっと、一緒に遊ぼう!』
今度は笑顔で語り掛けた。
『もちろん』って言葉を期待して。
でも。
そこで、憧の足がはたと止まって――
どこか気まずそうに。
目を背けながらこう言ったんだ。
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『……ごめん』
『あたしは阿太中に行く……』
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そこで、私は目が覚めた。
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『ずっと、ずっと、一緒に遊ぼう』
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最悪の目覚めだった。
朝シャッキリしてる私らしくなく、
体に纏わりつく脱力感のせいで
すっと起き上がる事ができない。
もそもそとベッドの上で蠢きながら、
私は小さくため息をついた。
近頃はこの夢ばっかりだ。
最初こそ幸せな小学校時代から始まるのに、
ラストは必ず、憧が別れを
切り出すところで終わるんだ。
(……なんで今さら見るんだろ)
瞼を閉じて首を振る。
ううん、本当はわかってる。
私はふらふらと布団から抜け出すと。
学習机に置かれたプリントに視線を落とした。
『進路希望調査 : 高鴨 穏乃
第一志望:プロ雀士』
夢を見る理由はすごく単純。
きっと、憧と別れる日が近づいてるからだ。
--------------------------------------------------------
季節も秋に差し掛かり。
また進路指導調査の紙が回ってきた。
もう何度この紙を書いただろう。
陰鬱とした気持ちで紙を眺める私を尻目に、
しずは第一志望だけを
ノータイムで書き込んでいた。
『第一志望:プロ雀士』
「……」
対する私は、筆を散々迷わせながらも。
第三希望まできっちり書いた。
『第一志望:進学(○○大学)』
『第二志望:進学(△△大学)』
『第三志望:プロ雀士』
私が筆を置くのを横目で見たしずが、
不満そうに口をとがらせる。
「えー、憧まだ迷ってるのー?」
「当たり前でしょ。一生が決まる
重要な選択肢なんだから。
そんなパッと決められないって」
にべもなく反論すると、
しずは複雑な笑みで言葉を返す。
「……」
「そっか。そりゃそうだよね」
その笑顔には見覚えがあった。
そう、それは小学校最後の帰り道、
別れる時に向けられた笑顔。
何かを諦めてしまったような。
それでいて、やっぱり諦めきれないような。
見てるだけで、胸がぎゅぅっと苦しくなる笑顔。
「…ま。もーちょっと悩んでみるわ」
それ以上見てられなくて。
私は希望をちらつかせると、
発端となった紙をそそくさと隠すように
カバンの中にしまい込んだ
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憧の第一志望。それは私と別れる道だった。
でも憧はまだ迷ってる。
なら、まだ希望はあるんだろうか。
ううん。そんな事はない。
多分、憧の中ではもう答えは出ちゃってる。
そうじゃなきゃ、第三志望になんてするもんか。
(ああ、あの時と同じだ)
小学6年生だったあの日。
憧は私と離れる道を選んだ。
それも、前もって私に相談する事もなく。
憧はいっつもそうなんだ。
現状をなあなあに済ませたりしないで、
憧自身の信念に従って行動する。
高校進学の時だってそうだ。
確かに憧は、阿知賀に来てくれたけど。
別に私が誘ったわけじゃない。
憧自身が、私と晩成を天秤にかけて、
私を選んでくれただけ。
だから、だから十分あり得るんだ。
また憧が離れていく可能性。
ううん。状況的には、むしろ
そっちの可能性の方がはるかに高い。
(……憧はどうするつもりなんだろう)
ある日突然、別れを告げられるのかな。
あの時と同じように。
最近は、そればっかり考えて震えてる。
--------------------------------------------------------
確かに進路は迷ってる。
でも、しずから離れるつもりは毛頭なかった。
『しずを絶対一人にしない』
そう心に決めたから。
だからと言って、ノータイムで
プロ雀士を選ぶべきかというと、
それもまた別の話だ。
(そりゃ、しずは大丈夫だろうけどさ)
しずがプロ雀士を目指す事。
それに異を唱える者はいないだろう。
1年生の夏、しずは異能を開花させた。
『魔物』に匹敵する才能を。
今やしずは、大星淡や宮永咲と同格扱い。
聞けばこの二人とも、
プロでの再戦を約束済みだとか。
(でも、私は違う)
純粋な麻雀の腕でなら。しずにだって、
ひけを取らない自信がある。
でも、悲しいかな現実の対局は能力勝負で。
『魔物』と呼ばれる雀士とぶつかった時。
私にできる事はせいぜい、
できる限り点棒を減らさないように、
超早和了りで凌ぐ事だけだろう。
そんな私は、果たしてプロとして
やっていけるだろうか。
ううん。本当はもう答えは出てる。
私には、プロに進む力はない。
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とぼとぼ道を歩いていたら、
松実館の前で玄さんにばったり出会った。
仲居の恰好をして水を撒く玄さん。
その姿はもう立派な社会人で。
なんとなく気になった。
玄さんはどうやって進路を決めたんだろう。
「うーんと。私の場合は最初から
松実館に留まるって決めてたから、
そんなに悩まなかったかな」
いきなりの質問だったけど、玄さんは
いつもの笑顔で答えてくれる。
だからもう一歩踏み込んで、
本当に聞きたかった事を聞いてみた。
「…でも。宥さんは東京の大学に
進学しちゃいましたよね」
「その。寂しかったり、しませんか?」
「あはは。そりゃ寂しいよ。
すごく寂しい」
「でもね。大丈夫だって思えるんだ」
寂しい。そう言ったにも関わらず。
玄さんは笑顔のままだ。
「だって、おねーちゃんは、
絶対戻ってきてくれる」
「東京に行ったのも、
経営学を学ぶためだもん」
「寂しいのは仕方ないけど。
いずれ戻ってくるってわかってるから
そこまで辛くはないかな」
「そっか…そうですよね」
いつか戻ってきてくれる、か。
玄さんらしい生き方だなって思う。
でも、私に同じ事ができるかな。
もし憧が離れていったとして。
いつか戻ってきてくれるだなんて、
そんな保証はどこにもない。
それでも。私は辛抱強く待てるのかな。
「ご、ごめんね?あんまり参考にならなくて」
顔に出ちゃってたんだろう。
玄さんは申し訳なさそうに眉を下げる。
「そ、そんな事ないですよ!」
「難しいよね。将来に関わる事だもん。
高校の時みたいにはいかないし」
玄さんの言葉に小さく頷く。そうなんだ。
一生ついて回る問題。だからこそ、
他人が簡単に口を出せるわけがない。
わかってる。わかってはいるんだけど。
「……」
一気に気持ちが沈み込んで、
思わず俯いて黙り込んでしまう。
しばらくの沈黙。
何か話さなきゃ、と思っていたら、
玄さんが優しい声を掛けてくれた。
「……ねえ、穏乃ちゃん。
中学校の時、私達は同じだったよね」
「同じ…ですか?」
「うん。言い方はよくないけど…
二人とも、置いてかれちゃった人だった」
「でも。そこからは違った。
私はただ、戻ってくるのを待ち続けたけれど――」
「穏乃ちゃんは、みんなを引っ張って
戻って来てくれた」
「……!」
言葉に弾かれるように顔をあげる。
そこには玄さんの笑顔があった。
「もしあの日、穏乃ちゃんが動かなかったら。
私は、きっと卒業までずっと一人で」
「誰も来ない部室を、黙々と
掃除し続けてたんだと思う」
「私は、穏乃ちゃんのおかげで救われたんだよ」
「その事だけは。心に
留めておいてくれると嬉しいな」
穏やかに微笑む玄さんに、
心がぽかぽかと温かくなってくる。
そうだ。あの日、私は動いたから今がある。
このままうじうじしてたって、
きっと何も変わらない。
まずは憧をプロ雀士に誘ってみよう。
断られるかもしれない。
でも、まずは動き始めなくっちゃ。
「ありがとう、玄さん!!」
私は元気を取り戻すと、
今度は笑顔で走り始めた。
--------------------------------------------------------
皆はどうやって進路を決めたんだろう。
先達(せんだつ)に相談してみる事にした。
誰に打ち明けるべきか。
考える間でもなく、私の足は
自然と鷺森レーンに向かっていた。
「憧が、進路で私に相談とか意外かも…」
「ん。なんとなくね、ちょっと似てるなって
思っちゃったのよ」
「…ま、灼にとっては不本意かもしれないけど」
灼は嫌がる素振りも見せず。ただ静かに、
私の目を見つめてくれる。
だから私は、少し踏み込んだ
思いを打ち明けた。
「一緒に居たいって思ってた人が、
高みを目指して先に行っちゃう」
「追い掛けるべきなのか。
それとも、背中を見守るべきなのか」
「灼は、どうして後者を選んだの?」
そう。灼は学校を卒業後、
そのまま普通に鷺森レーンに就職した。
家業を継ぐ。それ自体は
ごく自然な選択肢ではあるけれど。
『ハルエを追いたい』
そう考えはしなかったんだろうか。
かなり踏み込んだはずのその問いに、
それでも灼の瞳は揺らがない。
淡々と。いつも通りの冷静な声で
灼は声を紡いでいく。
「…憧と私は、ちょっと違うと思…」
「私はハルちゃんに憧れてた。
それは事実。
ずっと一緒に居たいと思った。
それも事実」
「でも、ハルちゃんの前に、
敵として立ちたいとは思わな…」
「……!」
言われてみればそうだった。
そもそも灼がインターハイを目指したのも。
ハルエを奮起させるため。
灼はいつだってハルエのファンで。
憧れで、弟子で、後輩だった。
「プロになれば、確かにハルちゃんとの距離は近くなる。
でもそれは、ハルちゃんと同列になるという事」
「私はハルちゃんと戦って勝ちたいとは思わな…
むしろ、私なんかに負けないで欲し…」
そこまで言って言葉を区切ると。
灼は私の目を覗き込む。
「憧。憧は、穏乃とどうなりたいの?」
「仲間になりたいの?ライバルになりたいの?
それとも…傍に居られたらそれでいいの?」
「そこを…よく、考えて欲し……」
耳に入り込んでくる灼の言葉。それを、
頭の中でしっかりと反芻する。
しずとどうなりたいか。そんな事は、
考える間でもなくわかりきっている。
「私は…もうしずを一人にしたくない」
うわ言のようにそう呟く。
頭の中では『あの日』の苦い思い出が、
霧のように広がっていた――
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方的に別れを告げたあの日。
しずは少しだけ狼狽えながらも、
それでも笑顔で私を送り出した。
本音を言えば。その事実は、
私を少なからず傷つけた。
自分でもまだ迷ってたから。
『行くなよ!』なんて言葉を
期待してたんだと思う。
でも、引き止めてもらえなくて。
あっさり見送られてしまって。
私はつい、こんな結論を出してしまった。
『しずは、私が居なくてもつらくないんだ』
だから私は、過去の想いと決別して。
一人阿太中に進学した。
本当は、しずの笑顔が
陰っていた事にも気づかないまま。
それからしずとは疎遠になった。
あの時は、お互いそれぞれ違う道を
選んだからだと思っていたけれど。
今ならその理由がわかる。
多分私は、もうあの頃から
しずのことが好きだったんだろう。
幼い私は、自分の気持ちに
気づいてはいなかったけれど。
私は、一人で勝手に失恋してたんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
でも、それは間違いだった
実際には…しずは私以上に傷ついてたから
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中学校に進学後。しずは一人で
山に籠るようになったらしい。
実は一度、アポなしで
しずの家に遊びに行った事がある。
その時しずは留守にしていて、
おばさんが呆れたように教えてくれた。
『あの子ったら、帰ってくるなり
すぐに山に走って行っちゃうのよ』
『あー、しずは変わらないなぁ。
どんだけ山が好きなんだか』
『憧ちゃんはこんなに可愛くなったのにねぇ』
『エヘヘ』
おばさんと一緒に苦笑いして、
結局しずには会わずに帰った。
今思えば、なんて馬鹿だったんだろう。
確かにしずは山が好き。でも、それ以上に
みんなと遊ぶのが大好きだった。
そのしずが、放課後に一人で山に籠る。
それが何を意味するのか。
どうして私は、そんな簡単な事に
気づけなかったのか。
離れて平気なんかじゃなかった。
しずは私に遠慮して、
自分を押し殺しただけだったんだ。
もちろん、一人で山に籠った事は、
しずにとって無駄ではなかった。
この経験無くして、しずが能力に
目覚める事はなかったのだから。
でも。
能力に支配されている時のしずは、
どこかいつものしずとは違って。
ともすれば恐怖さえ感じてしまう。
勝手な思い込みだけど。
きっとそれは、しずが孤独の中で
手に入れた能力だからだと思う。
ある時しずは、自分の能力について
こんな事を言っていた。
『山に居るとさ。
深い山と一体化した気持ちになって、
意識が自然に溶け込んでいくんだ』
『そうするとさ。嫌な事も、
すーっと忘れられるんだ』
その言葉を聞いた時。
胸がつまって泣きそうになった。
深い意味なんてなかったのかもしれない。
元々山が好きだったのは事実だし。
別に逃避目的だけで
山に籠ってたわけでもないと思う。
それでも私は、心に決めた。
もう絶対、しずを一人にしないって。
それは一生なのか。それとも、
いつかしずにも愛する人ができて。
私から離れていくまでなのかはわからないけれど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『憧。憧は、穏乃とどうなりたいの?』
灼の問い掛けが気づかせてくれた。
私の願い。それはしずの傍に居る事。
そして、その道は一つじゃない。
何もプロ雀士に拘る必要なんてないんだ。
例えばマネージャーとか、
対局の解説に同行するアナウンサーとか。
麻雀雑誌の記者なんて道もありだろう。
「ありがと、灼!」
お礼の言葉もそこそこに、
鷺森レーンを飛び出した。
早速就職の本でも買いに行こう。
可能性はいくらでも転がっている。
道が、一気に開けたような気になった。
もっとも――
--------------------------------------------------------
しずは、喜んでくれなかったけど。
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
「ね、ねえ。憧はさ。
プロ雀士は目指さないの?」
「第三希望っておかしいじゃん!
一緒にプロになろうよ!」
「あー、ごめん。その目はもう完全に消えたわ」
「えっ……」
「そんな絶望した顔しなさんなって。
別に、麻雀から足を洗うってわけじゃないからさ」
「ただ、私の力じゃさすがに
プロは厳しいかなって思うのよ」
「そ、そんな事ないって!
憧は私より麻雀上手いじゃん!」
「……無能力者だしね」
「…っ…!」
「でも、何かしら麻雀に関係する事で
仕事していきたいとは思ってる」
「マネージャーでも、雑誌の記者でも。
それこそ、ハルエがやってたみたいに
教師兼監督でもいいかもね」
「そ…そっか」
「……」
「そっかぁ……っ」
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
その後、憧と何を話したのかは覚えてない。
気付けば私は、胸の内に湧き上がるモヤモヤを
我慢しきれずに走り出していた。
遅かった。行動が一歩遅過ぎた。
私がうじうじ悩んでいる間に、
憧は答えを決めてしまっていた。
憧が出した結論。それは、
一歩引いた位置で麻雀に関わる事。
確かに、進学とかよりはましかもしれない。
ふくすこコンビみたいに、
仕事で一緒になる機会も多いと思う。
私達の縁は切れてない。
「でもっ、それじゃイヤなんだっ!!」
違う。違う違う違う違う!
何が違うかはわからないけど違うんだ!
がむしゃらになって走り続ける。
どうしようもなく苦しくて。
目から涙が滲んできて。
それがまた意味不明で。
無性に悲しくなってアクセルを踏み続ける。
ろくに前を見ずに走り続けて、そして――
「きゃあっ!?」
「わわっ、ご、ごめんなさい!!」
――道を歩いていた宥さんとぶつかってしまった
「あいたた…って、穏乃ちゃん?」
「…ゆう…さん?どうして?」
「連休だったから帰省してきたんだ。
月に1回は戻ってきてるんだよ」
「それよりも…どうしたの?」
宥さんがいぶかしげな顔をする。
その視線は私の目に注がれていた。
「あ、あはは。何でもないですよ!
ちょっと、目にゴミが入っちゃって」
慌てて笑いながら目を擦る。
そんな私を見た宥さんは、
ふわりと柔らかい笑顔を見せると――
――次の瞬間、私をぎゅっと抱きしめた。
「ゆ、ゆうさん?」
「穏乃ちゃん、変わってないね」
「いつも自由で元気いっぱい。…でも、
本当に苦しい時は一人で我慢しちゃう」
「何か、つらい事があったんだよね?」
「ど…どうして、そう思うんですか?」
「ふふ、だって。私は…」
「お姉ちゃんだもの。甘えてもいいんだよ?」
宥さんは私を包み込んだまま
優しく頭を撫でる。
「うっ…ふっ…、っ……」
「うあぁぁぁああああああっ……!!」
それで私は、我慢ができなくなって。
道端で、宥さんにしがみ付いて泣き始めてしまった。
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--------------------------------------------------------
長旅で疲れていたと思うのに。
宥さんは嫌な顔一つしないで
私の話を聞いてくれた。
そして、ひとしきり話し終えると。
ぽつりと振り返るようにこう言った。
「そっかぁ。穏乃ちゃんは、
憧ちゃんと同じ進路に
進めないのがつらいんだね」
「…憧の奴、自分を過小評価し過ぎなんです。
麻雀だって、憧の方がずっと上手いのに」
「憧ちゃんは昔からそうだったね」
「まだ私が居た時も。
一番上手なのは憧ちゃんだった」
「千里山の江口さんと2回もぶつかって、
憧ちゃんは2回とも凌ぎきったのに」
「憧ちゃんが話題になる事はあんまりなかった」
「そうですよ!運が悪いだけなんです!
憧の奴本当は、本当にすごいんです!!」
「プロにだって絶対なれる!なのに!!」
話しているうちにどんどん
ヒートアップしていく私。
しばらく黙って聞いていた宥さんは。
やがて静かに口を開いた。
「……ねえ、穏乃ちゃん」
「はい?」
「どうして、穏乃ちゃんは
そこまで憧ちゃんにこだわるの?」
「…え」
予想外の質問に言葉が詰まる。
宥さんはそんな私の答えを待たず、
どんどん質問を続けていく。
「同じ道を進めなかったって言うなら、
私達みんなそうだよね?」
「私達の中でプロになった人は誰も居ない。
赤土さんはちょっと例外だけど」
「でも、穏乃ちゃんは別に、
今みたいに悩んでなかったよね?」
「どうして?どうして憧ちゃんの時だけ、
そんなに悩んじゃうのかな?」
言われてみれば確かにそうだ。
私にとって、宥さんや赤土さん。
玄さんや灼さんも、大切な人のはずなのに。
先輩だからって、知らないうちに
ないがしろにしてたのかもしれない。
「…ごめんなさい」
「あ、ううん!責めてるわけじゃないんだよ?
ただ、ただね。穏乃ちゃんは、
まずそこを考えた方がいいと思う」
「憧ちゃんと私達は何が違うのか。
どうして、憧ちゃんとだけは
離れたくないのか」
「進路とか…そういう将来の話は。
その答えがわかってからでも
いいんじゃないかな」
そう言って宥さんはにっこり笑う。
でも、私には意味がわからなかった。
今の私にとって、進路以上に大切な事って。
一体、何があるんだろう。
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善は急げ。しずと別れた私はすぐに、
ハルエとコンタクトを取る事にした。
「…というわけでさ。なんか麻雀関係の
職のコネってないかな?」
「んー。そりゃ、なくはないけど…
諦めるの早過ぎないか?」
私のお願いを聞いたハルエは、
腑に落ちないとばかりに眉を顰める。
正直意外な反応だった。
ハルエなら、プロの厳しさは
身をもって知っているはずなのに。
「……あはは。ハルエからそんな事
言われるとは思わなかったわ」
「ねえハルエ。ハルエならわかるでしょ?
私に、何かしらの能力は見える?」
「…見えないな」
「でしょ?んで、プロ雀士って、
ずぶの無能力者が戦っていける世界なの?」
「…正直、厳しいだろうね」
「ほら。だったらプロ雀士は無理じゃん。
だから、次善の策を考えるってだけよ」
話しながらも再認識する。
うん、私の考えは間違っていない。
でも、ハルエはしばらく押し黙った後。
肩を竦めて溜息を吐いた。
「……憧はホント、昔から計算が上手いよね」
「でしょ?」
「いや、悪いけど褒めてない」
切って捨てるような物言いに、
少しだけ気圧される。
張り詰めた空気の中、
ハルエはなおも言葉を紡ぐ。
「ま、私も偉そうな口は聞けないけどね。
だけど、一ファンとして
文句を言わせてもらおうかな」
「へ?」
「あの日。お前達が、私を決勝まで
連れて行ってくれた時」
「憧は、最初から決勝に行けると思ってた?」
「んなわけないでしょ。
むしろ敗戦濃厚だったじゃん」
「だろ?そういう事だよ」
ハルエは片目をつむってニヤリと笑った。
いや、どういう事なのよ。
「今だから言っちゃうけどさ。
2年前のあの時、阿知賀が決勝に進む目は
1割もなかった」
「残り少ない可能性も、白糸台と千里山が潰し合って、
漁夫の利的に2位進出が関の山だと思ってた。
何しろすぐ前の対局で、千里山に
9万点差つけられてたんだからさ」
「だから、あの日言った『論外』って言葉。
あの時はマスコミ視点って言ったけど。
実際には、事実をそのまま伝えてたんだよ」
「…でも」
「お前達は私の下馬評を覆した。
まさかの1位で準決勝を突破した」
「あの時。お前達が見せてくれた景色。
不可能を可能にしてくれた姿」
「それを見たから、私は今プロとしてここに居る」
茶化すような口ぶりはなりを潜め。
気付けばハルエは、私の目を
まっすぐに見据えている。
「なあ、憧。お前が本当にしたい事は、
そんな簡単に諦めていい事か?」
「別に絶対にプロになれって話じゃない。
でも、今のお前は逃げてるだけだ」
「進路がどうとか言う前に。
本当に立ち向かわなくちゃいけないものが
他にあるんじゃないか?」
「……」
「も少し考えてみな。そんな調子じゃ、
お前のファンやめちゃうぞ?」
そう言ってハルエは笑った。
でも、私は笑う事ができなかった。
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昼と夜の境界がなくなる逢魔が時。
私は一人、山に籠る事にした。
『同じ道を進めなかったって言うなら、
私達みんなそうだよね?』
『どうして?どうして憧ちゃんの時だけ、
そんなに悩んじゃうのかな?』
宥さんに問い掛けられた言葉。
その答えをじっくり考えるために。
別れについて考える。
6人で始まった麻雀部。
年度が変わる度に結成メンバーは
一人、二人と減っていって。
そして3年が経った今。
ついに初期メンバーは
私達二人を残すところとなった。
これまではちゃんと我慢できた。
そりゃ、まったく悲しくなかったって言えば嘘だけど。
それでも、笑顔で見送る事ができたんだ。
今度は憧の番ってだけの事。
しかも、憧が離れていくのは初めてじゃない。
小学生のあの時も、私は笑って見送った。
涙を奥に押し込んで。笑って憧とさよならできた。
なのに。
(なのに今度は無理っぽいんだ。
一体、どうしてなんだろう?)
憧の事を考える。思い浮かぶのは優しい笑顔。
そう。憧はいっつも優しい。
私がバカな事を始めても、
呆れた顔をしながらも付き合ってくれる。
だから私も、安心してバカをやれるんだ。
憧はそんな、一緒に居るだけで安心できる友達。
…一緒に居るのが当たり前だと思ってた友達。
(…でも、実際はそうじゃなかった)
中学進学。たったそれだけの事で、
憧はあっさり姿を消して。
世界が、一気に姿を変えた。
憧が居ない。ただそれだけで、
世界がひどく色あせて見えた。
同じ事をしててもなんだか楽しくなくて。
少しずつ私は無気力になっていった。
そして、憧と再会した途端。
世界が、一気に色を取り戻した。
(……)
(そっか。一度離れたからわかったんだ)
憧が、私にとってどれだけ大切で。
必要不可欠な存在なのかって。
(『離れたくない』、じゃない。
『離れちゃ駄目』なんだ)
そう。できる事なら一生ずっと。
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そこまで考えた時。
急に、私の中で答えがひらめく。
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「へ…?一生離れないって…」
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「け、結婚でもしなきゃ無理じゃん!!」
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頭に浮かんだ一つの気づき。
それをきっかけに、パズルのピースが
どんどん勝手に埋まっていく。
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「そ、そっか!私、憧の事が好きなんだ!」
「好きだから離れたくなかったんだ!
ずっと一緒に居たいんだ!」
「だから横にいてほしいんだ!
一歩引いた立場じゃなくて、
いつもすぐ私の傍に――!!」
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「だったら…する事なんて一つしかない!!」
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居ても経っても居られなくなった。
私は木から飛び降りて、
憧の家までわき目もふらずに駆け抜ける。
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憧の家が見えてくる。
どこかに出掛けてたのか、
憧も丁度帰ってきたところみたいだった。
憧は私に気づかず
そのまま家の中に消えていこうとする。
「憧!!!」
遠ざかっていく背中にめがけて、
叫ぶように声を投げ掛ける。
「…しず?」
憧は力なく呟くと、
首だけくるりとこちらに向けた。
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「憧!私と一緒に、プロになろう!!」
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どこか興奮したように頬を上気させながら。
しずは開口一番そう叫ぶ。
「……」
それは今の私にとって
一番聞きたくない類の話だった。
自然と返す言葉に棘が混ざる。
「いやだからさ……。
それはないって言ったでしょ?」
「だからさ、考え直してよ!
私は、憧と一緒にプロになりたい!」
一歩も引こうとしないしず。
初めての事だった。
確かに、しずは時々滅茶苦茶な我を
通そうとする事があるけれど。
進路…人生を左右する決断については、
自分の考えを押し付けてくる事なんて
今まで一度もなかった。
それが少し寂しくて、
傷ついた事もあったけど。
でも。
(…なんで…なんで今なのよ)
私だって…諦めたくて諦めるわけじゃない!
小学校の頃から夢見てた。
麻雀が好きで。本気で打ち込もうと思って、
進路も麻雀中心で考えた。
麻雀に懸ける思いだけなら、
しずにだって絶対に負けない。
でも、だからこそわかってしまった。
麻雀と向き合い続けたからこそ思い知らされた。
自分には……頂点を争うだけの力はないって!
「…うまくいかなかったらどうしてくれるのよ」
自分でも驚くくらい、低くて
冷たい声が喉を通り抜ける。
「そりゃ晩成は蹴ったわよ?
でもそれは、勉強し続けてれば
学校がどこだろうとやってける自信があったから」
「今度はそういうわけにはいかない。
一生ついて回るのよ?」
違う、こんな事が言いたいんじゃない!
私はしずを傷つけたいわけじゃない!
止まって、止まって、止まって、止まって!!
それでも言葉が止まらなくて。
溜まりに溜まった苦しみを、
吐き出さずにはいられなかった。
そして、私はついに――
「もし、プロになって芽も出ないで解雇されたら。
その後、アンタはどうしてくれるわけ?」
最低、最悪の言葉をしずに突き付けた。
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でも、次にしずが吐いた一言は…
そんな私の悩みなんて
どうでもよくなる程の核爆弾だった。
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「責任取る!」
「は?」
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「だから!その時は責任取って憧を一生養うから!」
「ふきゅっ!?」
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驚きのあまり変な声を漏らしてしまった。
予想だにしなかったプロポーズ発言に、
心臓がフルスピードで高鳴り始める。
(い、いや。しずの事だから、
そういう意味じゃないわよね?)
必死で、必死で呼吸を整える。
頭の中でしずの言葉がぐるぐると回って
思考が上手くまとまらない。
「あ、アンタ、簡単に言うけどさ」
「簡単になんか言ってない!!」
しずの目が真正面から私を貫く。
その瞳は意志の光に輝いていた。
「わかってる。私が言ってる事は、
憧の人生を大きく変える事だって」
「わかってる。本来は私が
口を出せる事じゃないんだって」
「そんなのわかってる…!!」
「それでも、私は……
憧が横に居なきゃ駄目なんだ!!」
「だから…憧の人生、私にください!!」
そう言って、しずは全力で頭を下げる。
次の瞬間、首(こうべ)をあげたその目には、
炎が激しく揺らめいてた。
見覚えのある目。それは準決勝前夜のあの日。
皆を鼓舞した時に纏っていた炎。
私は思わず毒気を抜かれて。
空を見上げて溜息を吐く。
――ああ、本当に叶わない
「…ホント、アンタは計算ができないわね」
あの時だってそうだった。
今から三年前の夏。
『阿知賀でインターハイ全国出場なんて夢のまた夢』
私はそう断じたはずなのに。
しずのたった一言で、私は
3年越しの計画もかなぐり捨てて、
ホイホイしずについて行ってしまった。
あの時だって展開は絶望的だった。
ううん。それはひょっとしたら、
今よりもずっと。
だったら――
計算なんて、最初から要らないのかもしれない。
「……わかったわ。一緒に行ってあげるわよ」
もう一度。しずの賭けに乗ってみよう。
「え?それだけ?」
それは、しずにとって願ってもなかったはずの台詞。
なのに、しずは不満そうに頬を膨らませる。
「…憧こそ、本当にわかってるの?」
「は?だから一緒にプロ目指せっていうんでしょ?」
「…それもだけど、それだけじゃなくて――」
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「これ、プロポーズなんだけど」
「ふきゅっ!?」
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喉を。これまでの人生で一番の
『ふきゅっ!?』が通り抜けた。
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「ねぇ聞いた!?シズノとアコが
揃ってプロ入り宣言したってさ!」
「…ほう。新子もなのか。
それは少し意外だったな」
「それが本当なら、淡にとっては
厳しい戦いになるね」
「ほえ?なんで?」
「あの二人の絆は強い。……正直、
少し危うさを感じる程に。
二人並ぶとかなりの脅威」
「将来的には、リザベーション級の
反則技も覚悟した方がいいかもな」
「何それずっこい!私も誰かそういう人欲しい!」
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「憧ちゃんがプロ入りを決めたそうですね」
「らしいね。まったく世話が焼けるんだから」
「憧ちゃんはプロでやっていけると思いますか?」
「さあね。少なくとも、
私に会いに来た時のままなら
無理だと思うよ」
「なのに反対しなかったんですか?」
「するわけないさ。一度や二度失敗したくらいじゃ
人生は終わらない。私を見ればわかるだろ?」
「だからさ。逃げてる事の方が気になったんだ」
「…逃げ、ですか」
「そ。プロ雀士の事にせよ、穏乃の事にせよ。
一番欲しいものから目を背けて、
妥協で済ませようとしてた。
ま。気持ちは痛いくらいわかるんだけど」
「でもさ。そもそも悩む必要ないんだよね。
そりゃ、一人じゃ無理かもしれないけど。
憧は、穏乃の横に居たらもっと高みに登っていける」
「それは穏乃も同じ事。あの子は憧が居なきゃ、
多分一人で暴走して潰れていくよ」
「二人じゃなきゃ駄目なんだ。
並んで、二人で進まなきゃ」
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こうして、私達は揃ってプロ入りを決めた。
でもその門出は、とても幸先良いとは言えなかった。
うん、プロの壁はやっぱり厚い。
インターハイの時とは違って。
淡々と、でも確実に殺しにかかってくる。
例えば、私が山の深いところを支配できるのは
当然のように研究済みで。
対抗に聴牌スピードの速い選手を起用して、
序盤に超早和了りで潰しにくる。
昔なら、こういう時は赤土さんが
解決策を教えてくれたけど。
今それを期待する事はできない。
だって、私対策に早和了り戦法を組み込んだのは…
ほかならぬ赤土さんなんだから。
そんなわけで、鳴り物入りで入った割には、
思うように結果を出せない日々が続いてる。
「うーん。今日も負けちゃったなあ」
それでも全然へっちゃらだった。
だって、私の横には憧が居るから。
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予想はしてた事だけど、プロの壁は厚かった。
通用するか不安視していた私はもちろん、
しずですら思うように勝てない毎日。
そんなわけで私達は今日も二人、
ミーティングルームで居残り反省会を開いている。
「いやー、プロってすごい!
正直、今日は勝てると思ったんだけど」
「甘い甘い。あちらさんは私達の数倍は
キャリアがあるんだから。
そう簡単には勝たせてもらえないわよ」
「それでこそ!山は高い方が登りがいがある!」
「ウォォォォォー!!楽しくなってきた!」
「はいはい。わかったから反省会始めるわよ」
燃えるしずを鎮めながら、
しずの牌譜に目を向ける。
連敗に次ぐ連敗。そろそろ
戦力外通達を突き付けられるのではないか。
思わず牌譜を持つ手が震える。
でも、次の瞬間。しずの手がそっと添えられた。
「大丈夫だよ。私一人じゃ、
無理かもしれないけど」
「でも、二人なら。きっと山は越えられる」
「ほら見てよ。確かに負けちゃったけど、
前よりぐっと点差が縮まってきてるじゃん」
しずの言う通りだった。前回、前々回と比較すれば、
確実に相手の背中が見えてきている。
それはさながら、少しずつ
山を登っているかのように。
「憧の考えてくれた戦法のおかげだよ。
私達は、二人で確実に強くなってる」
「なんとなくさ。今登ってる山は、
後少しで乗り越えられる気がするんだ」
言葉と共にしずは笑った。
そこには一点の曇りもなくて。
思わず見とれてしまった私は、
苦し紛れに皮肉を漏らす。
「…その山を越えても、まだまだたくさん
超えるべき山があるんだけどね」
目の前にそびえる山は高い。
仮にその山を越えたとしても、
まだまだ山は連なっている。
「でも、そうね」
私達二人。一緒に並んで進んでいけば。
どこまでも、どこまで高く登っていける気がする。
「うん。そりゃ確かに今は勝ててないけどさ。
でもやっぱり楽しいんだ」
「和と打ち始めた時に近いかな。
強敵が現れて、どうやって
倒そうかって二人で考えてた時みたいな」
「あの時は遊びだったけどね」
「今だってそうだよ。真剣に遊んでる」
そこで言葉を切ったしずは、
遠いどこかを眺めるような目をすると。
ぽつりと私に語り掛けた。
「ねえ、憧。これからもこうやってさ」
「ずっと、ずっと、一緒に遊ぼう」
不意に、部屋を沈黙が支配する。
その台詞を聞いたのは初めてじゃなかった。
あの時私が返した言葉。
そしてそれを聞いたしずの表情は。
私の中で、今も苦い思い出として残っている。
でも、今なら違う言葉が返せる。
「……当ったり前でしょ。もう私ら夫婦なんだから」
「…憧っ、大好きっっっ!!!」

「ちょっ、飛びかかって来ない!
そういうのは家帰ってから!!」
「ていうか私達ホントに崖っぷちなんだからね!?
次勝てなかったらヤバいから!!」
「大丈夫!なんかもう、負ける気がしない!!」
「……そうかもね」
絡みついてくるしずの目には、
今までにない新たな炎が宿っている。
ああ、また進化したんだ。これなら、
本当に次は勝てるかもしれない。
「こりゃ、私も負けてらんないわね」
しずと、一生並んで歩いて行くために。
決意を新たにする私。その瞳には
しずと同種の炎が灯っている。
でも、私がそれに気付くのはもう少し先の事だった。
(完)
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ぷちさんの綺麗なSSの良さが全面に押し出されてると感じました。
初めてこちらの方にコメント残さして貰いましたが、これからも執筆頑張ってください。しがない字書きとして応援、勉強さして頂きます。
絵も文もかわいい
いい人たちに恵まれてて羨ましい…
「ふきゅ」←かわいい
穏は穏らしく、憧ちゃんは憧ちゃんらしい葛藤がしっかりと描かれていておもしろかったです。お見事でした。
みんみさんの挿絵も素晴らしいですね
最期のその瞬間まで2人はずっと一緒だったみたいな。
端的に言うと心中が大好きです。
お疲れさまです…!
青春、あまあまいいですね…!
挿し絵が可愛くほんわかしました(๑´ω`๑)ホカホカ
僕もこういう青春したかった…プロ雀士が第一志望に書ける咲界に日頃から羨ましいと感じてます!(プロ雀士目指して頑張っているので余計です)