現在リクエスト消化中です。リクエスト状況はこちら。
欲しいものリスト公開中です。
(amazonで気軽に支援できます。ブログ継続の原動力となりますのでよろしければ。
『リスト作成の経緯はこちら』)
PixivFANBOX始めました。ブログ継続の原動力となりますのでよろしければ。
『FANBOX導入の経緯はこちら』)

【咲-Saki-SS:久咲】 咲「その傷痕に口づけを」【精神的外傷】

<あらすじ>
なし。<その他>のリクエストをお読みください。

<登場人物>
竹井久,宮永咲

<症状>
・精神的外傷(トラウマ)

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・久咲で。ある日咲さんは偶然に、
 久さんの足に黒タイツで隠された傷を見つけてしまう。
 それに触れるということは
 久の過去に触れるということであり…。
 最後に、咲さんが久さんの傷に口付けるところで
 終わるお話が読みたいです。
 シリアスしっとり系。



--------------------------------------------------------



女性がタイツやストッキングを履く目的。
それは人それぞれで違うと思う。

単純にオシャレだからという人もいるだろうし、
冬場に少しでも暖を取りたいという人もいる。
後は社会人であれば、素足だと非難されるから、
なんて後ろ向きな理由の人もいるでしょう。

じゃあ私、竹井久がタイツを履く理由を問われれば、
それは残念ながら後ろ向きな理由で。
見るも無残な傷痕を覆い隠すためだった。

私の右の膝下には、とんでもなく大きな痕がある。
火傷のように爛れてしまった、ケロイドのような醜い傷痕。

できた理由は些細な事で、処置さえ怠らなければ
痕なんて残らなかった。
でも私は間違えた。間違えに間違え続け。
結果、この傷はもう私が死んでも治らない。

そして私は今日もまた、黒いタイツで足を覆う。



--------------------------------------------------------




『その傷痕に口づけを』




--------------------------------------------------------



夕立に気を付けるべきでした。

折悪しく買い出し中に降られた私達は、
買ったばかりの品を濡らすまいと、
抱え込むように道を駆け抜けて。

ほうほうのていで部室に飛び込んだ時には、
二人揃って、頭から爪先まで全身びしょ濡れになっていました。


「いやー、完全に油断してたわ。
 鞄を持って行ってれば、折り畳み入ってたんだけどねー」

「仕方ないですよ…荷物多くなる前提でしたし」


買い出しの荷物をテーブルに置きながら、
たはは、と部長が苦笑します。

水を滴らせながらも艶やかに微笑むその姿は、
同性の私から見てもドキリとさせられる程、
酷く色めいたものでした。

「くしゅっ」

熱に浮かされたように部長を眺めていたら、
不意に鼻がむずむずして。
つい、小さくくしゃみをしてしまいます。


「あらら、このままじゃ風邪引いちゃうし、着替えましょっか。
 咲はなんか着れるものある?」

「あ、はい。大丈夫です」


特打ちで泊まり込む事もありますから、
着替えは常備してありました。

私は替えのジャージを手に取ると、
その場で濡れたセーラー服に手を掛けて――

――部長に、やんわりと止められました。


「ちょっと咲ー、油断し過ぎよ?須賀君とか入ってきたらどうするの」

「あ、そ、そうでした」

「まったく無防備なんだから。ほら、
 トイレで着替えてきましょ?あ、これバスタオルね」

「は、はい」


テキパキと準備を整えた後、部長は着替えを持って出ていきます。
その後ろ姿に少しだけ寂しさを覚えながらも、
私は後をついていきました。


(…うん。まあ、仕方ないよね)


本当は、ちょっとだけ期待してたんです。
部長と二人で着替えられる事を。

なんて事を言っちゃったら、
誤解されちゃうから言えませんけど。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



出会ってからはや数カ月。
私はいまだ、一度も部長の裸を見た事がありません。

いえ、別に如何わしい意味ではありませんし、
積極的に見たいという事でもないんですけど。

ただ、どことなく部長は…他人に肌を見られる機会を
意図的に避けているような気がするんです。


二度の合宿を経験しました。
そして今もインターハイ期間という事で、
私達は部長と寝屋を共にしています。
一緒に寝た期間を指折り数えれば、
ゆうに二週間は超えるでしょう。

それだけの間寝食を共にして、
同じお風呂を使っていたにもかかわらず。
私は部長と一緒にお風呂に入った事もなければ、
着替えすらご一緒した事もありません。
それは私だけではなく、他の部員も皆同じ事が言えました。


「じゃ、行ってくるわねー」

「今日も一人で入るのかー?」

「あはは、ごめんね。私、
 お風呂は一人でゆっくりしたい派なのよ」


なんて先制パンチを打たれると、私達としても
無理に食い下がるわけにもいかなくて。
一人大浴場に消えていく部長の背中を、
指をくわえて見送るしかありませんでした。


「あーあ、一回くらい部長としっぽりしたかったじぇー」

「し、しっぽりって…でも、確かにちょっと変だよね。
 これだけの長い期間、ずっと一人で入り続けるとか」

「……何か、見られたくない傷とかがあるのかもしれませんね」

「水臭いじぇ。私達の関係なら、傷なんか気にする必要ないじょ」

「こういうのは本人の気持ちの問題ですから」


ぼやく優希ちゃんを、和ちゃんがたしなめます。
そんなやり取りを聞き流しながらも、
脳裏に一つのキーワードがこびりつきました。


傷。


思い当たる節があったんです。
だって、部長はいつだって。足をほとんど露出しません。

すらりと伸びる美しい脚。
夏でも分厚いタイツに覆われているそれは、
体育の時ですらフルレングスのジャージに包まれていて。
まるで、何か重大な秘密を秘匿するかのようですらありました。

合宿中に浴衣を着ている時は流石に素足でしたけど。
それでも、たおやめなその所作もあり、
部長の足が大っぴらに晒される事はありませんでした。


もちろん、部長が隠したいと思っているのなら、
無理に暴きたいとは思いません。
本当にそこにあるのがただの傷なら、
私だってきっと隠したがるでしょうし。

でも、もしその傷が今も部長を苦しめているのなら。
2回戦のあの時のように、一人苦しみながらも
胸の内に抑え込んでいる類のものなら。

少しでも力になりたい。
そう思って、つい足を目で追ってしまうんです。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



そんなある日の事でした。
インターハイの激戦の中、ぽっかりと空いたお休みの日。
皆が思い思いに出掛ける中、
部長と私は二人でお留守番する事になりました。


「咲はよかったの?せっかくの休みなんだから
 気分転換でもした方がいいと思うけど」

「あ、あはは……その言葉、
 そっくり部長にお返しします」

「私はまだ対戦相手の分析が残ってるからねー」

「だったら私も手伝います!」


本音を言えば、余計な事を考えたくなかったんです。
舞台はついに準決勝。
お姉ちゃんとの邂逅が、少しずつ、でも確実に迫ってきてる。
それは私が自分で望んだ事なのに、
いざ実現の可能性が見えてくると、体の震えが止まらなくって。

休んでいると、考えたくない事ばかりが
頭を過ぎってしまいます。
だからいっそ、何か作業に没頭できれば、
少しは気がまぎれるかなって思ったんです。


「そっか。じゃ、一緒に対策考えてくれる?」


人の機微に敏感な部長は、そんな私の不安を
読み取ってくれたのでしょう。
何を聞くわけでもなく、でも、
いつもより優しく接してくれます。

そんな部長と一緒にいるのは居心地が良くて。
一時ではあるけれど、私は不安を忘れる事ができました。


でも、そんな気の緩みが、事故に繋がってしまったんです。


「わっ、ととっ…あっ」


分析を終えた私は、凝り固まった筋肉をほぐそうと
勢いよく体を起こして。
そのまま、うっかりバランスを崩してしまいました。
頭から倒れ込むその先には、
テーブルの角が目と鼻の先に迫っていて――


「危ない!!」


横にいた部長が、慌てて支えてくれなかったら、
大怪我を負っていたかもしれません。

もっとも、中座の体勢から無理に私を支えようとした部長は、
やはり同じようにバランスを崩して。
私の代わりに、テーブルの角に足を擦ってしまいました。


「あいたたた…咲、大丈夫だった?」
「は、はい…そ、その!すいません!
 ぶ、部長こそケガとかしませんでした?」
「あー、私の方はだいじょう…ぶ……」


いつものように飄々とした表情で
言葉を返そうとした部長が、その顔色を失います。
表情を消した部長の視線。
その先には、引き裂かれたタイツがありました。

かなり大規模に伝染したタイツは、
ぱっくりと大きな穴をあけて、その肌を露出しています。
そして、普段は黒いベールに包まれるその肌には――


――まるで火傷でもしたような、酷く変色した痛々しい傷痕。
そう。部長の足には、やっぱり傷があったのです。


「あ、あちゃー。伝染しちゃったかー」


部長が表情を変えたのは、ほんの一瞬の事でした。
部長はすぐに表情を戻し、おどけた様子で笑いかけます。

傷には一切触れないその対応は、『これ以上踏み込むな』と
警告されているようでもありました。

でも私はその刹那をなかった事にできなくて。
警告を無視してしまったんです。


「……それ、大丈夫、なんですか?」


部長の目が、すっと細くなりました。
しまった、と思いはしたものの、今更言葉を撤回できず。
私達の間に、気まずい沈黙が垂れ込めます。
それでも、一歩も引かずに視線を合わせる私を前に。
観念したようにぽつりと呟きました。


「……よりによって、咲に見つかっちゃうとはね」


部長は肩をすくめて溜息を吐くと。
悲しい昔話を聞かせてくれたんです。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



私が夏でも分厚いタイツを履くのには、
それ相応のわけがある。
答えはとてもシンプルで、見たくないものを隠すためだ。

右足に、酷い擦り傷の痕がある。
その傷痕は、私の人生を大きく変えた、
挫折の象徴でもあった。


目を閉じれば今でも思い出せる。
灰色が空を埋め尽くし、酷く生ぬるい雨が降り注いだあの日。
私はアスファルトの上を、ただがむしゃらに走り続けていた。


離婚、離別、退去、喪失。


私の与り知らぬところで進んでいたそれは、
ある日唐突に突きつけられた。
それも、インターミドルの試合中に。

休憩中に開いた一通のメール。
そこに記されたのはたったの9文字。


− ごめんね。さようなら −


そのメールを見た瞬間、私は会場を飛び出して。
自宅に向かって走り出していた。


『なんでっ…なんでなのよっ……!
 せめて、お別れ位言わせてくれてもいいじゃないっ!!』


駆ける、駆ける、駆ける、駆ける。
雨の中全力疾走して、滑って転んで傷を作った。
したたかに膝を擦りむいて、血を流しながらも気にせず走った。


全部、無意味だったけど。


家に辿り着いた時、すでに片親は消えていた。
間に合わなかったのだ。その日以来、
私は『両親』を永遠に喪失する事になる。


『ぅっ…くっ……ぁぁぁっ…!!』


独り、部屋にうずくまって嗚咽した。
じくじくと疼く膝の傷が、私の心を代弁しているかのようだった。
手当てする気にもなれなくて、私はそれを放置する。

傷は化膿していった。傷は醜く広がっていった。
それでも私は放置して、やがて傷はケロイドと化す。

それでいいと思っていた。むしろ心が安らいだ。
もっと、もっと崩れてしまえ。
傷が酷くなればなるほど、私の心は癒される。


今思えば、それはある種の自傷行為だったのだろう。
見るに見かねた周りが私を病院に連れていった。
でも、その時にはもうすでに遅し。
長い治療を経て、怪我が治ったその後も。
私を傷つけた思い出は、一生消えない痕として残り続ける事になる。


それからたくさんの人に支えられて、
私は何とか自分を取り戻す事が出来た。

でも、それでも、痕を見るたび思い出す。
ぽっかりと心に穴がいて、じわじわとそれが広がっていく感覚。
心が闇に引きずり込まれる錯覚を覚えて、
自分の足を見るのが怖くて仕方なくなった。

だから私はタイツを纏う。
傷痕を、悲しみを覆い隠すため。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「…そう、だったんですか」


長い長い独白の後、咲はぽつりとそう言った。
案の定、咲の目は悲しみに染まり切っている。

できれば咲には見せたくなかった。
ううん、見せてはいけないものだった。


この凄惨な痕を見た時、咲は何を思っただろう。
それが、家族との離別の象徴であると知って、咲は何を思っただろう。

離れていく家族に追い縋り。泣きながらがむしゃらに手を伸ばした。
傷を負いながらも追い縋り。結果、見るも無残な痕だけが残った。
いっそ、諦めてしまっていれば。
せめて、綺麗なままでいられたろうに。


駄目だ、心が闇に落ち込んでいく。
心に澱みがたまった私は、沈黙を続ける咲に
つい口を開いてしまった。


「…ねえ、咲はこの痕をどう思う?」


咲の目が切なげに見開かれる。

その悲し過ぎる表情は、自分が過ちを犯した事を
気づかせるには十分だった。

嗚呼、なんて私は愚かなんだろう。
この子を傷つけたくなんてなかったのに。



--------------------------------------------------------



静かに問い掛けられたその言葉。
それが、単に傷の見た目を問うものではない事に
気づいてしまいました。

問われているのは、痕ができた経緯。
離れていく者に追い縋り、結果傷を広げてしまった事実。
それを問われているのでしょう。

その問いは、私の胸に深く突き刺さりました。
自然と体が震え出します。
歯が噛みあわなくなって、
カチカチ耳障りな音が鳴り始めます。


気づいてしまったんです。
そうこれは、『私が迎えうる未来』だと。


部長はふと我に返ったように、はっと息をのみました。
そして全てを打ち消すように、
努めて明るい声を張り上げます。


「って、いきなり聞かれても困るわよねー。
 まあ、ついちゃったものを
 今更どうこう言っても仕方がないわ!」

「過去に囚われてばかりいないで、
 未来に目を向けなきゃね!」


そう言いながら部長は笑うと、
替えのタイツを鞄から取り出して。
痕を黒く覆っていきます。

その瞬間、私はなぜか酷く胸が痛んで。
反射的に、部長の腕を掴んでいました。


「ん?どしたの咲」


なおも部長は笑い掛けます。
でも、能面のように張り付いたその笑顔は、
きっと傷痕を隠すタイツと同じで。
悲しみを、苦しみを、痛みを、全部。
全部、自分の中に押し込めるものでした。


「……その。こう言ったら、部長は
 嫌な気持ちになっちゃうかもしれませんけど」

「わ、私は…その痕を嫌いにはなれません」


張り付いた笑顔がすっと消え失せて。
その目がどろりと濁ります。

思わず息をのみました。でも、これが、これこそが。
今の部長の、本当の心境なのでしょう。


「…どうしてそう思うのか、
 理由を聞かせてもらってもいいかしら?」


抑揚のない声で、部長は低く問い掛けます。
怒らせたかもしれません。
そうでなくても、踏み込み過ぎたと思います。
もしかしたら、もう元の関係には戻れないかも。

それでも私は、その傷を否定したくなかった。
だって、だってその傷は。


「い、今…私の、心にある傷と同じだからです」
「っ……」


部長の話を聞いた時、お姉ちゃんの顔が脳裏を過ぎりました。
前に会った時は一言も話してくれなかったお姉ちゃん。
完全に拒絶されたという冷たい事実は、
私の心に深い傷を刻み込みました。

なのに私は、また追い縋ろうとしています。
もう手遅れなのかもしれない。
このままもう諦めて、伸ばした手をおろした方が、
結果的にはいいのかもしれません。

でも私は諦めたくないんです。
例えそれで、傷が大きく広がったとしても。
結果、一生消えない痕が残る事になったとしても。


「……そうね。貴女は今も、
 傷を広げながら頑張ってるんだものね」

「……ごめんなさい」


部長は強く唇を噛むと、ただそれだけを口にして。
私の頭をそっと撫でると、優しく私を抱き締めました。



--------------------------------------------------------



言っていけない言葉を吐いた。
許されない問いを投げ掛けた。
いい加減、自分の愚かさに嫌気がさす。

今もなお戦ってる咲に向かって、暗い未来を想像させた。
『お前もこうなるかもしれないぞ』
なんて、まるで勇気を削ぐかのように。

咲は体を震わせた。顔が酷く青ざめた。
私は罪悪感に押し潰されそうになって、
有耶無耶のうちに痕を隠そうとする。

でも、咲はその手を包み込んだ。
『この傷を嫌いになれない』と、
泣きそうな声でそう言った。


その声を聴いた刹那。
私の中に、とある目標が産声を上げる。


咲のために心を尽くそう。
咲がこの傷を嫌いにならない、そんな未来を掴み取ろう。

もうこれは私だけの問題じゃない。
もし咲が破滅を迎えれば。きっと、
咲は私と同じように、深く深く傷つくだろう。

そして私と同じように、私の足を見れなくなる。
私の足を視界に入れる度、思考を闇に落として壊れていくのだ。

その未来だけは許されない。私の傷を、
嫌いになれないと言ってくれた咲のためにも。

足元に刻まれた痕を眺める。
闇が灯りそうになる心を必死で押しとどめる。

今でもまだ気分は悪い。でも少しだけ、
傷と向き合えるようになった気がした。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



部長は私のために頑張ってくれました。

諦めたくないなんて偉そうな事を言いながら、
実際にはただ震える事しかできなかった私の代わりに、
お姉ちゃんと会う約束を取り付けてくれました。

出会っても言葉一つ吐き出せない私の横に並んで、
私の代わりに言葉を紡いでくれました。

そうして、少しずつ、本当に少しずつ、
お姉ちゃんとの距離を近づけてくれて。
ようやく、私達が言葉を交わす事ができるようになった時。

部長はまるで、自分の事のように涙を浮かべて。
ぽつりと、こう言ってくれたんです。


「よかったわね。………、間に合って」


その言葉には空白が紛れていました。
ほんの僅かの些細な空白。でも、私はそれに気づいてしまいます。
きっと、空白を補った全文はこうなるのでしょう。


『よかったわね。「貴女は」、間に合って』


その事実に気づいた瞬間、
涙が溢れて止まらなくなりました。

『間に合わなかった』側の部長は、
お姉ちゃんに追い縋る私を見て何を感じていたのでしょう。
わかるだなんて言えないけれど、
でも、苦痛だったのは間違いありません。

一生消えない傷を刻んで、後遺症に苦しめられながら。
私がそうならないように、歯を食いしばって助けてくれた。
そんな部長は、互いに抱擁する私達の姿に何を感じたのでしょうか。


私の傷はふさがりました。でも、部長の傷はもう消えません。
その傷痕は、これからも一生部長を苦しめていくのでしょう。

それでも、私はやっぱり言いたいんです。
その傷が嫌いになれないって。
いいえ、むしろ愛おしさすら感じるって。

結果論かもしれません、自分が上手くいったからだ、
そう言われれば返す言葉はありません。

でも、それでも……そんな傷を持つ部長だからこそ。
私は、心を開く事ができたんです。



--------------------------------------------------------









--------------------------------------------------------



晴れて咲の家庭が破局を免れて、
お姉さんと交流を再開するようになった。

だからお姉ちゃんに専念すればいいのに、咲はなぜか、
私にべたべたくっついてくるようになった。

特に二人きりになると厄介だ。
人がいなくなった途端、咲は私に向き直り。
タイツをおろす事を要求してくる。


「部長。タイツおろしてください」

「……それ、はたから聞いたら完全に変態発言よ?」

「ぶ、部長に意味が通じてるならいいんです!」


頬を真っ赤に染めて膨れる咲を見ながら、
私はタイツを手に掛ける。
するするとそれをおろしていくと、
やがてあの傷痕が顔を覗かせる。

恐怖に体が硬直した瞬間、咲がその傷をそっと撫でた。
咲から広がるぬくもりが、私の恐怖を少しだけ和らげてくれる。


「……まったく、咲も暇人よねぇ。別にほっといてくれていいのに」

「駄目です。だって部長は、まだこの痕が嫌いなんですよね?」

「まあ、好きとは言えないわよね」

「……私は好きですよ?」


労わるように、慈しむように。深い、深い愛情を込めながら。
咲は傷を指でなぞり続ける。


「なんでよ。別に突き放すつもりはないけど、
 この傷と咲は直接関係ないでしょ?」

「まあ、それはそうですけど……なんか、
 この傷は部長そのものって気がするんです」

「人が本当に大好きで、追い縋って傷ついて。
 本当は弱くて傷つきやすいのに、無理して覆い隠しちゃう」

「ほら、部長そっくりじゃないですか」

「だから。この傷を嫌いっていう部長を、
 そのままにしておきたくないんです」


咲はそう言って薄く笑うと、傷痕にそっと唇を落とす。
やわらかい感触と共に熱が伝わって、私の全身を焦がしていく。


「……ねえ咲。貴女、今自分が何をしたのかわかってる?」

「え、あ、その…ちょっとやり過ぎでした?」

「…貴女が言う通り、この傷が私そのものだったとしてよ?
 じゃあ、その傷にキスするってのは、
 一体何を意味するのかしらね?」

「……あっ!」


ぼっ、と咲の顔が真っ赤に染まる。
ああ、やっぱり無意識にやっていたのか。
これだから咲は油断できない。


(それにしても…この『傷痕』が、『私』……ねぇ)


言われてみると腑に落ちた。
弱くて、傷つきやすくて、隠そうとするけど消えてくれない。
言うなればこの傷は、弱い私の象徴なのかもしれない。

そして、そんな弱い私が顔を覗かせる時。
咲は決まってそれに気づいて、私を励ましてくれた。
『可愛いです』なんて、時には歯の浮くような台詞を吐きながら。


でも、そんな咲なら本当に。この傷痕も、
このまま愛してくれるのかもしれない。

だとしたら、私もこの傷痕を愛せるかもしれない。
弱い自分であるこの片割れを、
受け入れられる日が来るかもしれない。


でもそれには、咲の力が必要だ。
だからお願い、もう一度確かめさせて。


「……で。改めて自分が何をしてるか分かった上で。
 貴女は、もう一度そこに唇を当てられるのかしら?」

「う、うぅー」

顔から湯気を出しながら、咲は苦悶の声を絞り出す。
からかう様な口ぶりの中、私はひっそり緊張していた。


「で、できます!します!!」


咲は心を決めたように言い切ると、やがて私の足に両手を添えて。
そして改めてもう一度。今度はしっかりと口づけた。


(完)
 Yahoo!ブックマーク
posted by ぷちどろっぷ at 2016年12月11日 | Comment(12) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
内容も書いた人もお題出した人も素敵です
Posted by at 2016年12月11日 22:15
タイトルでその花びらにくちづけをが思い出されましたね…
それはともかく今回もなんとすばらな作品を!
Posted by at 2016年12月12日 01:21
相手への慈しみに溢れた一本で素敵でした。ひっささき。
Posted by at 2016年12月12日 01:51
控えめに言って神
Posted by at 2016年12月12日 02:30
キスは部位によって意味合いが云々。脚は服従……だったような違ったような。
つまりそこを怪我して咲さんと結ばれたのは運命……! 必然……ッ!!
Posted by at 2016年12月12日 06:26
何度も読み返しました。
久さんが黒タイツを履く意味を持たせたくなってリクエストしましたが、素敵な作品です。傷を通して心を通わせる二人が脆くて愛おしくて可愛くて仕方がないです。最後だけ指示する形になってしまいましたが、お任せして本当に良かったです。すとんと物語が落ちてあとに残るこのしっとり感は管理人様しか出せないものだと思っています。たまらなく好きです。
リクエストを聞いてくださり、本当にありがとうございました。これからの作品も楽しみにしています。ひっささき!
Posted by at 2016年12月13日 12:14
神は偉大なり。
Posted by テッシュ準備してました。 at 2016年12月14日 01:19
久咲最高です!!
Posted by at 2016年12月15日 20:58
すばらでした!素敵なSSありがとうございます!
Posted by at 2016年12月19日 17:47
たまには咲以外のssでもいいと思うんだ。
Posted by at 2017年01月03日 00:51
興味深く、とても楽しく読ませて頂きました!
目に見える傷と、心の傷を繋げて進む展開がスゴく印象的でステキです!
またこのブログをきっかけに、卒業論文の題目を決めることが出来ました!!
本当にありがとうございます!!
Posted by sss at 2017年01月04日 22:40
⬇お、落ち着くんだ!
Posted by at 2017年01月11日 00:31
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/178007741
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
 なんかブログランキング参加してみました。
 押してもらえると喜びます(一日一回まで)。
 
人気ブログランキング