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【咲-Saki-SS:久咲】そして私たちは、空へ、空へ【絶望】【後編】

<あらすじ>
依存の沼に沈み込み、互いに全てを捧げあった。
『死ぬ時は、手を取り合って二人一緒に』
何の疑問も抱かずに、二人は固く心に誓った。

少しばかりの年月が流れ、約束を果たす時が訪れる。
片割れが死の運命に囚われた時、二人の取った結末は。

この話の続編です。

<登場人物>
竹井久,宮永咲,宮永照,弘世菫

<症状>
・狂気(重度)
・共依存(重度)
・絶望(重度)

<その他>
次のリクエストに対する作品です。
・猫が死の直前身を隠すことを題材にした久咲か咲久
 予め決めていた時期に消えようとしたが、
 相手が察していて止めにくる

 ※本ブログにおける別作品の世界観を踏襲していますが、
  この話だけでもお読みいただけます
  『堕ちる。深く、深く。』


 ※リクエストテーマの都合上、
  絶望と死が付き纏う重苦しい話になります。
  苦手な方はご注意を。



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SIDE−久




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昔話を紐解くと、時折目にする言い回し。
使い古され手垢がついた、でもだからこそほっとする、
そんな締めの言葉がある。


『そして二人は幸せに暮らしましたとさ』


些細な違いこそあれど、
誰しもお目にかかった事があるだろう。
そしてこれを見た読者はきっと、
晴れやかな気持ちで合の手を入れる。


そう。『めでたし、めでたし』と。


疑う余地のない締めくくりだ。
何しろ作中にとどまらず、作後の不安まで取り除いている。
もう二人に逆境は訪れません、と。

なんてお優しい事だろう。
過保護過ぎてずるいとすら思う。


でも、それが浅慮だと最近気づいた。
なぜなら。この結びには
一抹(いちまつ)の不安が残されている。


そう。『どう死んだか』が描かれていないのだ。


わかっている。あえて書く必要はないだろう。
例えば、穏やかな幸せを描いたその末尾に、
こんな文章が付け加えられていたらどうか。


『二人は幸せな生活の末、苦痛を感じる事無く
 老衰で眠るように死亡しました』


大半の人間はむしろ、何か重いものを
胃に落とし込まれた気分になるだろう。
わざわざ死など意識させるな、
そう怒り出す人すらいるかもしれない。
明らかに蛇足な付け足しだ。


でも、これが、これこそが。私達に必要な一文だった。


数多の悲しみを経験し、幾度となく闇に飲み込まれ。
一度は二人、燃える空に身を投げて。
紆余曲折あったけれど、最後には
ささやかな幸せを掴み取った。

愛しいあの子を腕に抱き寄せ、私は一人瞼を閉じる。
『ああ、文句なしにハッピーエンドだわ』
腕に収まる咲の頭に、ぼたぼたと涙を零しながら。
幸せな結末を噛みしめた。


違う。あまりにも酷い勘違いだった。


何がハッピー『エンド』だ。まだ終わってなどいない。
私達は今も舞台装置の上で、もがきながら物語を紡いでいるのだ。

私達はどう息絶えるのか。
この人生が『本当は』どう評価されるべき代物なのか。
何も。何も明らかにされていないではないか。


舞台に闇が差し込まれた。幸せな場面は一転、
私達は悲劇を演じる事になる。

最終章がこれから始まる。
私達の人生に、一つの結論を出すために。



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『そして私たちは、空へ、空へ −後編−』




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終局。険しい対局をなんとか制した私は、
のしかかかる疲労に足を引きずりながら会場を去る。


『あー、今日の対局もしんどかったー』

『やっぱりクライマックスシーズン近づいてるからか、
 みんな気合入ってるわね…ホント勝ててよかったわ』


会場と廊下を隔てる扉が酷く重い。
最後の力を振り絞り、縋りつくように扉を押しのけると、
廊下では咲が佇んでいた。


『あはは…お疲れ様でした』


咲はふにゃりと笑いながら頭を撫でた後。
はい、とおしぼりを渡してくれる。

おしぼりは冷める事無く湯気をあげていた。
きっと、対局が終わるや否や駆けつけてくれたのだろう。


『生き返るー。咲の愛情が深く染みわたるわ…』

『よかった。じゃ、後少し頑張ろうね』


少しだけ元気を取り戻した私は、
咲の手を取って指を重ね合わせる。
そして二人、チームメイトが待つ控室へと歩き始めた。



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高校を卒業して、はや数年が過ぎた夏。
プロ雀士となった私は、多忙を極めつつも
充実した毎日を送っていた。

咲は私のマネージャー。
とある事件がきっかけで病的に依存しあった私達は、
二人で寄り添いながら暮らしている。

すでに結婚して籍も入れた。今の咲は竹井咲だ。
コワレモノの私達にしては上等過ぎる境遇に、
じんわり幸せを噛みしめる日々。

これからも、こんな生活が続けばいい。
そうしみじみ頷きながら、私は玄関の扉を開ける。


『ただいまー』

『はい、おかえりなさい』


部屋には誰もいなかった。でも、隣の咲が言葉をくれる。
それすらも当たり前の光景で。
ああ、幸せだなって心がぬくもる。

開いた扉が閉じるを待たず、私はスーツを脱ぎ捨てた。
そしてそのままソファーにダイブ。


『あぁあ〜、やっぱり我が家が一番よねぇ〜』


肌に伝わる心地よいクッションの弾力に、
ついつい意識を手放したくなる。

いっそ寝てしまおうか、でもご飯まだだしなぁ。
なんてぐねぐね蠢いてると、
咲が一通の封書を手渡してきた。


『そういえば、この前健康診断があったんだよ』

『へー。じゃあチェックさせてもらおうかしら?』


ソファーを軋ませながら起き上がると、ざっと紙面に目を通す。
評価は『A(所見無し)』。
私は通知から目を離して咲に微笑みかけた。


『よしよし。お変わりなしで何よりだわ』

『まあ、この年じゃそうそう引っ掛からないよね』

『体重増えてたらいじろうと思ったのになー。
 むしろちょっと減ってるとか』

『ちゃんと気にしてますもんねーだ』


可愛く舌を出して笑うと、咲は台所に消えて行く。
料理に取り掛かったのだろう、
トントンと小気味よい包丁の音が聞こえてきた。
私は再びソファーに寝転び、
つかの間の休息を堪能しようとして――


――かすかな違和感に襲われる。


(あれ?咲の定期健診って、いつもこんな時期だっけ?)


記憶の糸を手繰り寄せる。
そうだ、咲の定期検診は毎年冬。
今は夏だから時期が合わない。


(半年前倒しした?どうして?何のために?)


妙な胸騒ぎに襲われる。私は再び起き上がると、
通知書を隅から隅まで精査した。


(…やっぱり異常なしよねぇ)


考え過ぎか。結果の方には問題がないのだ。
検診時期のずれなど気にする必要はないだろう。


(ない、はずなんだけど)


もやもやする。頭の片隅で、『看過しちゃ駄目』
なんて声が鳴り響いてる気がする。

胸の内に、正体不明の澱みが溜まっていく。
なんとか拭い去りたくて、私は大きく伸びをした。


そして違和感は疑念に変わる。


のけ反った私の瞳に、上下逆になった咲の顔が映り込んだ。
料理をしているはずの咲。私に背を向けているはずの咲。


その咲がなぜか手を止め、こちらの様子を伺っていた。


『……っ』


視線が一瞬交錯し、咲の目がわずかに泳ぐ。
揺らいだ視線は通知書に向かう。
咲は逃げるように顔を背け、再び料理を再開した。


疑念が強い確信に変わる。


間違いない。この通知書には何かある。
しかも、『咲はそれを隠そうとしている』。


全身を悪寒が駆け抜けた。


家族に言えない健康上の問題。
最悪の可能性が頭をよぎり、指が自然と震えだす。


(咲。貴女は、一体何を隠してるの?)


一思いに聞けばすむ。でも勇気が出なかった。
もし予想が当たっていたら、耐えられる自信がなくて。
考え過ぎ、そう言い聞かせて必死に飲み込む。


『はい、ごはんできたよ』

『ああ、うん。ありがと。じゃあ食べましょっか』


咲はこの件に触れようとはしなかった。
生まれた不安をそのままに、私達は平穏な夜を演じ切る。

結局、問いを口にする事ができないうちに、
咲は寝息を立て始めた。


その日、私は一睡もする事ができなかった。



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健康診断の結果は個人情報にあたる。
だから家族であっても、
開示には本人の同意が必要となる。

ただし。重篤な結果にも関わらず
本人に治療の意志がみられない場合、
例外的に家族に結果を通知する事が認められている。
私はこの論拠を盾に、病院に対して情報開示を訴えた。

あくまで念のためだ。どうせ、咲が渡してきた通知と
寸分違わず同じものを渡されるに決まっている。

『なんだ、やっぱり気にする必要なかったじゃない』
なんて、自分の臆病さを笑い飛ばせればいい。
そうなる事を期待していた。


そして自ら暴いた結果に、私は膝から崩れ落ちる。


季節外れの健康診断は、本人が不調を感じての事。
結果は要精密検査となっていた。
咲から渡された結果は嘘八百だったのだ。

話はさらに続きがあった。
その後の精密検査で致命的な病が発覚。
すでに治療の余地はなく、余命を宣告したとの事だった。


その宣告を信じるなら。一年後、咲は灰と化している。


『な、なら、どうして放置してるんですか!?』

『当人立っての希望です。寿命をわずかに延命するより、
 今の生活を人間らしく送りたい』

『患者さんがそうおっしゃると、
 こちらとしては手の施しようがない』


即座に病院を飛び出した。
時間の無駄。そう判断したからだ。

『余命』を宣告するようなヤブに用はない。
私が探すべきなのは『治療』を提案する医者だ。

膝を折っている暇なんてない。
諦めれば咲が死ぬのだ。そして私も共に死ぬ。


負けるものか。私は決意を胸に籠めると、
天を見上げて睨みつける。

そんな私を嘲笑うかのごとく。
空はどんよりと黒く濁っていた。



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職業にプロ雀士を選んだ事が幸いした。
何しろ雀士は芸能人だ。
その幅広い情報網は、健康面にも精通している。


片っ端から伝手を辿って、
瑞原プロが医療関係に詳しい事を知った。

出会い頭で土下座する。事情を聴いた瑞原プロは、
二つ返事で信頼できる医者のリストを作ってくれた。


もっとも。幸先が良かったのは、そこまで。


瑞原プロから紹介された医師は、
咲の精密検査の結果を睨みつけながら、
眉間にしわを寄せて腕を組んだ。


『……余命を宣告するには尚早ですね。
 生き残れる可能性はゼロではない』

『ほ、本当ですか!?』

『……しかしながら、医師の判断も頷けます。
 最先端医療を受けて高額の治療費を払い、
 発狂しかねない痛みに耐え続けて、
 ようやく生存率は1%というところでしょう』

『……っ』


絶望のゼロから希望のイチへ。
儚過ぎる一筋とはいえ、暗闇に光が差し込んだのは事実だ。
高額の医療費についても置いておこう。
命には代えられないのだから。


問題は、苦痛。


苦痛に、耐え、耐え、耐え、耐え。
結局生き延びる事は叶わず、苦しみの中に死ぬ。
人生最後にそんな徒労を、99%の確率で咲に負わせる。

残りの1を引けなければ、
これほど絶望に満ちた結末もないだろう。


『最後まで生きるために闘うのか。
 それとも、穏やかに余生を過ごすのか。
 どちらも間違いではないと思います』

『ご本人様と、よくお考え下さい』


突き放された。少なくとも私はそう感じた。
でも仕方ないのだろう。
医者は結果に対して責任をとれないのだから。


慢心創意の体を引きずり、溜息をつきながら帰路に就く。
入院案内を忍ばせたバッグが、酷く肩に食い込んでいた。



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もし、病に侵されたのが自分だったなら。
私はきっと、ノータイムで闘いを選んだだろう。

私が死ねば咲も死ぬ。
受け入れるなんて選択肢はありえない。


でも、咲が選んだ道は違った。


『延命もせず、事実も伝えずこの世を去る』


それが、咲の下した結論。

理不尽な運命に抗いもせず。私に真相をひた隠し。
いざ時が来れば、猫のようにひっそりと死ぬ気なのだ。


重大な裏切りだった。


咲は変わってしまったのだ。
『死ぬ時は、手を取り合って二人一緒に』
確かにそう誓い合ったのに、
一方的に契約を反故にしようとしている。


(どうして?)


考える間でもない。
私に対する愛情が、より深まったからだろう。

私を優先するようになったのだ。
自分が死ぬ事で私を道連れにする。
今の咲はその事実に耐えられない。

だから独り骸と化して、
私の幸せを不確実な未来に委ねようとする。


(馬鹿ね。幸せになれるわけないじゃない)


愛する人を追いもせず。年月をかけて愛を捨て去り。
まるで人が変わったように、別の誰かに愛を囁く。

地獄だ。
そんな地獄に残されるくらいなら、
手を繋いで塵になりたい。


(……でも。変わったのは私もか)


もし私が、咲と結ばれたあの頃のままだったなら。
さっさと咲の秘密を看破して、
二人で心中する事を提案したはずだ。

咲と心が通じた時点で、もう
『ハッピーエンド』だった。
結ばれて数年間、物語が終わった後の
ボーナスタイムも十分甘受したはずだ。

『いい人生だったわね』なんて満足げに頷きながら、
笑いあって幕を閉じればいいのだ。
今更敢えて、苦痛に身を投じる必要はまるでない。


(なのに、今の私はそれができない)


欲張りになっていた。
私はもっと、咲と生きたい。
生きたい。生きたい。生きたい。生きて。


もっと、咲に、生きて欲しい


『それで、咲が余計に苦しむとしても?』

『今諦めたら純然たるバッドエンドでしょ』

『どこが?十分幸せだったじゃない。
 きりがないから不幸になるのよ。
 貴女はどれだけ手に入れれば満足するわけ?』

『咲が満足するまで、よ。
 今の状況を咲が幸せに思ってるとは
 到底思えないわ』


脳内の自分が殴り合う。
両者は血を滲ませつつも、倒れる事はしなかった。

心がどんどん摩耗していく。
咲の命も擦り減っていく
焦燥が心を狂わせていく

結論が出ない
馬鹿
悩めば悩む程状況は悪くなる

でも、でも、でも、でも――



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そうしてぐだぐだ悩むうちに
咲は姿を消してしまった




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選択肢はもう消えた
唯一残された道は、二人で空に燃える道




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いいじゃない、あの頃はそのつもりだったでしょう?




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そう、これは
『ハッピーエンド』なの




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そして私たちは、空へ、空へ




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二人で手を取り合って、燃える夕陽に飛び込んだ


全身に重力が襲い掛かる
もみくちゃにされて体の感覚が失われていく
意識が薄れて遠ざかり
悩みがどろりと融けだしていく


ああ、気持ちいいな


咲の体を抱き込んだ
咲は抗う事なく私の胸に頬を寄せる


ああ、なんだ
やっぱり幸せだったじゃない


朦朧とした頭の中で、走馬灯が回る、回る
幸せな光景で埋め尽くされて

ああ、やっぱりこれは
ハッピーエンドだったのだと確信する



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ねえ、さき

さきはどうおもう?

わたしは、はっぴーえんどだとおもうの



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耳元で囁かれた咲は、
埋めた顔をわずかに離す

上目遣いを私に向けて
そっと微笑もうとした



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そう、だね

はっぴー、えんど、だよ



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目にたっぷりの涙を溜めて
眉を思い切り歪ませて

それでもなんとか笑おうと
目を細め、笑顔を模ろう(かたどろう)とした



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それはただただ、私のため『だけ』に




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嗚呼




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これは、バッドエンドだ




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刹那、体は地面に激突し


肉がぶちゃりと破裂して


意識は一気に弾けて消えた



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不思議な光景を目の当たりにした

眼前にチューブまみれの自分が転がっている
備え付けられた機械を見るに、ここは病室なのだろう
とすればこれは臨死体験という奴だろうか

機械のモニターは不規則な曲線を波打たせていた
これが心電図の波形とすれば、
私の体はまだ生きているのだろう

我ながら無駄にしぶといものだ
場違いな苦笑を漏らし、次の瞬間目を見開く
咲は一体どうなった?
慌てて見回し咲を探すも、部屋の中には見つからない


見つからないなら探すのみだ
私は病室の扉に手を掛けて、
でも指がすり抜ける事に気がついた
動揺しつつも通り抜け、病棟の廊下に姿を現す


照と菫がベンチに腰掛けていた
どちらも憔悴しきった顔で、虚ろに宙を眺めている
大切な物を無理矢理えぐり取られたような
何かが致命的に欠けた表情だった


(……ごめんなさい)


ないはずの胸が裂けるように痛む
でも今は悔いている場合じゃない
何よりもまず咲の安否を確認しなくては


『ねえ、さきは?さきはどうなったの?』


二人は問いに答えなかった
というより、声が届いていないように思える
なんとなく予想はついていた
私は意思疎通を諦め、自分で探す事にする


刹那、菫が憎々しげに宙を睨んだ
その形相に動けずいると、
絞り出すように呪詛を吐き出す


『なぜ、一思いに行かせてやらなかったんだ…!』


酷く悲しみに震えた声は、妙に私の耳に残った



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探し人はすぐ見つかった

すぐお隣の309号室
咲はそこで迫りくる死神と戦っていた


(…意外に綺麗なのね)


これまた場違いな感想を抱く
抱き締めていた私がクッションの役割を果たしたようだ
ぱっと見では遥かに損傷が少ない

だからと言って、咲が危険な状態にある事は間違いない
そもそも病気で衰弱していたのだ
余命幾ばくもない体にこの重体では、
峠を越える事はないだろう

悪戯に苦痛を長引かせているだけだ
脳内に菫の呪詛が木霊する


『どうして?どうして私達は生き残ってるの?』

『高校の時だってそうだった。
 頭から飛び降りたはずだったのに、
 なぜか奇跡的に生き残った』

『……なんでなの!?殺すって決めたなら
 きっちり一発で殺しなさいよ!!』


『さきにあんな顔させて、挙句こんな風に苦しませて…!!!』


不意に怒りがこみ上げる
でも菫とは違い、怒りの矛先は自分だった

そう、この結末を選んだのは私なのだ
飛び降りたのも自分の意志で、
咲を泣かせたのもほかならぬ私
今咲を重体に追い込んだのも私


全部、全部私が悪い
私、私、わたし、ワタシ――



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その時、全身を衝撃が走り抜ける




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――この状況を選んだのは……私?




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『人生悪待ち』


そんな自分の性質が脳裏をよぎる


高校生のあの時も、私達は同じように飛び降りて
でも結果生き残って事態が好転していった

あれは単なる幸運だった?
『奇跡』でどうにかなる状況だった?
だって頭から飛び降りたのに


今回はどう?私、最期の最期で……



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『終わりたくない』って、思わなかった?




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そうだ、きっと今回のこれも偶然じゃない

『私が』生き残りたいと思ったから生き残った
『飛び降りても生き残る方に私が悪待ちした』

私達は、生き残るべくして生き残ったんだ



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脳内のピースがカチリとはまる
もし、もし、もし、もし
私の能力が、人生全体に及ぶものだとして


1%しかない咲の生存


そんな、勝ち目の薄すぎる
『悪待ち』に打って出たとしたら……?



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『……』




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気づくのがあまりに遅過ぎた
私は半ば躯と化した咲に語り掛ける


『ごめん、咲。やっぱこれ、どう考えても
 ハッピーエンドじゃないわ』

『ホント馬鹿よね。あの時もこうやって、
 うだうだ優柔不断して後悔したのに』

『……でも、もう一回だけ。私にチャンスをくれないかしら』

『苦しいと思う。先生は気が狂う程痛いって言ってた。
 ひょっとしたら、今死んでおいた方が楽かもしれない』



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『それでも、お願い』

『今度こそ、貴女を救って見せるから』




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そうだ
これで終わっていいはずがない

咲の最期の表情を、あんな泣き顔で
終わらせるわけにはいかない

例え、どんな悲劇が待っていたとしても
もがいた先に続く結末が、誰もが
目を背けるようなバッドエンドだとしても

それでも僅かに、笑顔を取り戻せる可能性があるなら
その可能性を『待つ』べきだ



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咲には、咲って(わらって)終わって欲しいから




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『先に起きて、待ってるわ』

『またね』



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白い顔をした咲に返事はない
私は咲の唇にそっと自分のそれを重ね合わせると

自らの器が待つ隣室へと戻っていった



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数か月後。




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私の能力は酷くひねくれ者だ


素直に最善をくれるなんて事はなく
苦境を味わわせてから初めて微笑む

今回だっていつもと同じだ
驚異の治療方法が見つかるなんて奇跡は起きず

咲は事前に宣告された通り、
地獄の苦しみにのたうち回っている


「ごめんね、咲。こんなに苦しませて」

「ううん、謝るのはこっちだよ。
 ごめんね。こんなにいっぱい心配させて」


からくも一命をとりとめた私達は、
そのまま闘病生活を選択した

咲は毎日激痛に襲われ、
私は自身の無力さに打ちのめされている

病魔が鳴りを潜めた報告も届かない
今この状況だけ切り取れば、
無意味に苦痛を引き延ばしているだけにも見えた


それでも、それでも咲の瞳は
生きる意志で眩く煌めいている


「私、信じてるんだ。いつか久の悪待ちが、
 私を救ってくれるって」

「だから、もう…燃える空には頼らないよ」


私は咲の手を取ると、両手でしっかり握り込む
骨と皮だけになった咲の手は、ただ触れるだけで涙を誘った

実際のところ、私の能力が
どこまで咲に効果があるかはわからない

普通に死ぬ可能性も十二分にある
もしかしたら、長く続いた苦しみの後
『あの時死んでた方が楽だったね』
なんて結末を迎えるのかもしれない


それでも、私達は二人闘いを選んだ


いざその瞬間が来た時に
『やれる事は全部やったよね』
『一緒に闘ってくれてありがとう』と言えたなら
それはそれで悪くない結末だと思えるようになった
少なくとも…本当は泣きたい彼女を
無理矢理笑わせるよりは余程いい


(もちろん……目指すのは
 純然たるハッピーエンドだけどね)


「じゃあ、今日も…頑張ってくるよ」

「いってらっしゃい。狂わないでね?」

「あはは。私達はもうとっくに狂ってるでしょ」


痛みに顔を歪ませつつも、咲は笑顔で処置室に消えて行く
姿を消す事数時間後、担当医師が興奮した様子で駆け込んできた


「た、竹井さん、聞いてください!
 も、もしかしたら……」

「生存率が!1%から、5%くらいには
 なったかもしれません!!」


私は思わず噴き出してしまった

それが一体何だというのだ
私達が目指すのは100%の生存
1も5も、不確実なら大差ない


でも、それでも……


溢れる涙が止まらなくって、思わず顔を両手で覆った



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あの日、終わりを迎えるはずだった私達の命
バッドエンドで終わるはずだった物語
私達はそれに抗い、物語はまだ続いている

最終章なんて迎えるものか



--------------------------------------------------------



いずれ私達は空に逝く

二人手を取り空へ、空へ

でも、今はその時じゃない



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私達は生きていく
純然たる、ハッピーエンドを掴み取るために


(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2017年03月02日 | Comment(8) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
久咲最高です

Posted by at 2017年03月05日 18:08
赤いセリフに赤い咲ちゃんの絵は心にきました。
Posted by at 2017年03月05日 22:07
なんか自分の最期の時とか考えさせられちゃいました笑
とても良い作品です
Posted by at 2017年03月07日 04:01
悪待ち最強説(大きな代償含む)が成立する…?
お互いを思いやる気持ちがすばらでした。
Posted by at 2017年03月07日 22:50
いつも素晴らしい作品を心待ちにしながら読ませていただいています
出来ましたらリクエストを聞いて頂きたいです
いく末のドロドロの病みたっぷりの狂気の作品(これは是非とも見たいです)と
えり三尋木の狂気の作品と
菫が照を精神的に壊して自分の都合のいいように作り変えるもしくは恐怖で支配させる
でお願いします
Posted by at 2017年03月07日 23:08
最高ですか?…最高ですよ…涙で小川が出来そうな勢いです…
Posted by さおがみakaテイッシュ用意していました at 2017年03月09日 11:33
死ぬ事がハッピーエンドなのか?現実に向き合わなくていいから?帰結、楽になれるから?
生きる事がバットエンドなのか?現実に向き合わされるから?でも現実が正解なんだよ、竹井君…。何故ならその現実に至った経緯が必ずあるから…。それを理解し分析出来たら後は行動するだけなのに。価値観の問題、信条の問題なのか?背負っちまったもんの重さに耐えきれなくなって灰になろうとしたのかね…。これからも二人が幸せであります様に…。悲劇であれ、喜劇であれ…。
Posted by くま at 2017年03月12日 01:19
この雰囲気がたまらなく好き
Posted by at 2017年03月20日 01:57
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