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【オリジナル百合SS】 「そして命の雨が降る」【共依存】

<あらすじ>
野外活動のウォークラリー中、
班からはぐれた少女がいた。

少女は一人彷徨う過程で、
一つの小さな社を見つける。

神頼みでもしてみようかと、
少女は安直に手を合わせた。
それがどんな意味を持つかも知らないで。

そして夜、命の雨が降る。


<症状>
・狂気
・共依存
・異常行動

<その他>
・管理人が夢で見たシリーズ。
 クトゥルフ風味の若干ホラーですが、
 特に元ネタはないのでクトゥルフを知らなくても
 全然問題ありません。



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『そこ』にはかつて、村が在った。

武士による支配を逃れ、干害に滅びる事もなく。
永く繁栄した村が在った。

村には一つのしきたりがあった。
それは村に危機が訪れた時、村外れの森に
年頃の娘を置き去りにする掟。

娘は二度と還って来ない。
だが、村は危機から救われる。

生贄だった。

村は娘の命を代償に、永く、永く生き残り続けた。
やがて、科学が風習を打ち滅ぼし。
村がダムに沈むまで。



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『そして命の雨が降る』





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「ああ、もう…ここ、どこなのさ……」


この森に分け入ってから数時間。
もう何度吐いたかわからない不平を唱えながら、
額に滲む汗をぬぐった。

野外活動のウォークラリー。
渡された地図に従って順路を進み、
チェックポイントに置かれたクイズに答える。
ゴールまでのタイムとクイズの正答率で競い合う催しだ。

随分と古臭いゲームだとは思ったけれど、
学校行事とあっては仕方ない。
せいぜい2,3時間の辛抱だ。
敬愛すべき教師のために、
大人しくつきあってやろうじゃないか。

なんて思っていたのが甘かった。
いや、教師陣の見積もりでは
実際その程度だったのかもしれない。
……私が、愚かにも道に迷いさえしなければ。


気づいたら皆の姿がなかった。
叫んでも声は返って来なかった。
狐に包まれたような気分のまま、
私は足を棒にして歩いている。


「…迷うような道はないはずなんだけどなぁ」


担当の先生から渡された地図を広げる。

このご時世だ、さぞ安全に配慮したのだろう。
コンクリでこそ固められてはいないものの、
道は確かに整備されている。

その道もひどく単調で面白みのないもので、
地図がなくても十分生還できるレベルだ。
そう、この地図通りだったなら。

でも、今私が歩いている道は、
何故かそもそも地図になかった。
開拓してしまったのだろうか。
この件で先生が怒られるのかと思うと、
逆に申し訳ない気持ちになる。


「ちょ、と…一休み」


腰を掛けやすい石を見つけてへたりこむ。
深く息を吐きながら頭上を見上げると、
鬱蒼と茂る森が空を覆い隠していた。

都会っ子の私からすれば、感動すら覚える風景。
でもどうしてだろう、
どこか底冷えする恐怖を感じてしまう。

スマートフォンを取り出した。
画面には「圏外」を示すアイコン。
地図を表示してみる。
GPSに至っては、私が日本を離れた遠い海外に
存在していると主張していた。


「はぁ…早く助けに来てくれないかなぁ」


さすがに生徒が一人消えたとなれば、
教師総出で探すだろう。
そんなに大きな森じゃないはずだ。
地図にない道とはいえ、山狩りをすればいずれ見つかる。

大丈夫。心配する事なんてない。
それでも、不安は少しずつ脳裏を浸食していく。


「はぁ…」


何度目かの溜息をついて俯いた時。
ふと、目にした茂みに違和感を覚えた。
自然に囲まれた森の中。
その一部分にだけ不自然を感じる。


「…あ、ちっこい社」


小さな小さな社だった。
もう打ち捨てられて久しいのだろう。
雨風に晒された柱はぼろぼろに朽ち果て、
周りの木々に支えられて
やっとのことでその体を保っていた。

それでも。人の手が入った建造物を見て、
少し心に灯がともる。


「昔はここにも人が居たんだね。
 せっかくだからお祈りでもしとこっかな」


意味があるとは思えない。
でも、少しは気がまぎれるかもしれない。
冗談半分に両手を合わせ、一人静かに目を閉じる。


(神様、どうか私を助けてください)


無論、本当に助けてもらおうだなんて思ってない。
都合のいい時だけ神仏に縋る程、
面の皮は厚くないつもりだ。

…だから、なんてね、だなんて舌を出し、
おどけるように笑みを浮かべる。



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そんな私は知らなかった。この軽率な行動が、
人生を大きく狂わせる事を。




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ずちゅり。

背を向けた社の方から、内臓を指でぐちゃぐちゃ
掻き回すような、粘っこい音がした。


「ん…?……っ!?」


振り向いた私は息を呑む。

朽ち果てた社から、何か、黒い、タールのように
どろどろしたものが流れ出している。

ぐちゅり、びちゃり。
耳を通り抜けるだけで心を引っ掻かれるような不快な音。
心拍数を急上昇させる音を奏でながら
『それ』はどんどん垂れ流される。

大地に撒き散らされた名状しがたい黒い汚泥は、
不確定な形状ながら一定の方向にだけ流れ出した。

『それ』が目指す方向は……私。

汚物はまるで意思を持っているかのように、
一直線に私を目指しているように見えた。


「なっ、にこれっ…!?」


わからない。

わからないわからないわからない。
わからないけれど…


『多分、アレに捕まるのは駄目だ!』


一刻も早く逃げなければ。
頭で警鐘が鳴り響いていた。

でも、悲しいかな私は弱かった。
意志とは裏腹に足はすくみ、
へなへなと腰が砕けてしまう。

尻餅をついて後ずさる私と、
ずるりと這いよる黒い汚泥。
その速度は…汚泥の方がわずかに速い。


「やっ、やめてっ!こないでっ!?」


ぐちょり。
足に泥がこびりつく。
そのまま私の身体を這っていく。

ぐちょり
脚を、腿を、股間を

ぐちゅり
腹を、腰を、胸を、首を、顔を

ずちゅり
泥は私の全てを包み込み、
穴という穴に入り込んできた。


「〜〜っ!〜〜っ!」


ぐちゅり、ずちゅり、ずちゅっ、ずちゅっ。

振り払おうにも術がなかった。
掻き出そうにも掴めない。なのにどんどん侵される。
呼吸もできず、叫ぶ事すらままならず。
ただ地べたに転がってのたうち回る。

ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちょ、ぐりゅ。

酸欠が意識に靄(もや)をかける。
やがて、四肢の先端に冷えを感じて、
動くのが億劫になってくる。

視界は黒に奪われて
耳朶を
ぐちゃぐちゃ
肉を掻き回すような反響音だけが支配する


「――」


恐怖に塗りこめられた脳は
生きるための抵抗を拒絶して――


私は、意識を手放した



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「ちょっと、何でこんなところで寝てるのよ」

「ったく、こっちは必死こいて
 探してたってのにさー」


目を覚ますと私は寝転がっていた。
それも、チェックポイントのすぐそばで。
同じ班の友達が、あきれ顔で私に愚痴をぶつけてくる。


「あ、れ……私、死んだんじゃ」

「こんなウォークラリーで
 死ぬ要素がどこにあるってのよ」

「…相当いやな夢を見たんですね。汗びっしょりですよ」

「はん、一人寝こけてた罰には丁度いいわ」


夢。確かにそう考えれば納得がいく。
でも、あれは本当に夢だったのだろうか。
僅かな記憶を手繰り寄せ、『あれ』と今を繋げようとする。

突如、ズキリと脳が痛んだ。
まるで、思い出す事に警告するかのように。

そうだ、考えるのはやめよう。
夢だった方がいいに決まってるのだから。

もしあれが現実だとしたら…
私は、正気でいられる自信がない。



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食事が終わり入浴もして、自由時間に至っても。
不安を拭い去る事はできなかった。

考えないようにはしてるけど。でも、
しつこくこびりついた泥のように。
『あれ』が頭から離れてくれない。

ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぬちゅ、ぶちゅっ。
今も、耳を犯されているような錯覚が付きまとう。


「はぁ……」


気分を変えよう。景気付けにジュースでもがぶ飲みしようか。
なんて思って、自販機コーナーに足を運ぶ。
そこで私は、また非日常と遭遇した。


『l9k23gふfd;35hた3lpぐg39ん』


陰気な雰囲気を纏った少女が、謎の言葉を呟いている。
日本語じゃない。いや、そもそも言語とは思えない。
聞いていると、なぜだか不安になってくる。
そんな言葉を、彼女は繰り返し繰り返し吐き出していた。


「お、おぉ…今日はいつもより一層アグレッシブだね……」


私は彼女を知っていた。クラスメートの不思議ちゃんだ。
『神が、悪魔が、神話生物が』
いつもそんな事を呟いてるオカルトマニア。
うちのクラスは比較的平和だから、
虐めや無視には発展してないけれど。
それでも、少し浮いてしまってるのも事実だった。


いつもの私だったら、二言三言話して
気にせず立ち去っただろう。
でも、私は今日心に迷いがあった。

誰に話しても信じてもらえないだろう妄想。
この子なら、真剣に聞いてくれるかもしれない。


「もしかして貴女なら知ってるのかな。
 このあたりの土地って、
 何かいわくつきだったりする?」


彼女の目が驚愕に見開かれる。
それでも気味の悪い呪文はやめず、
傍らに置いてあったノートに文字を書き込んだ。


『何かあったの?』


変なところで用意周到だね、なんて苦笑しながら。
私は悩みを吐き出した。


「ちょっと不思議体験したんだ。迷うはずのない道で迷って、
 迷った先には小さな社があってさ。
 お参りしたら、なんか黒い泥に食べられた」

「死んだと思ったら、そのまま意識がふっと消えて。
 私はチェックポイントで寝っ転がってたんだよ」


ぴたり。
少女の口から呪詛が止まる。
次の瞬間、彼女は唇を噛んで首を垂れた。


「ごめんなさい、護ってあげられなかった」


目には深い、深い悲しみが湛えられている。
その表情に、私は言い知れぬ恐怖を覚えてしまった。



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『私』は元『探索者』だった。
なんていうと聞こえはいいが、
実際は自分から地獄に足を突っ込んだ愚か者だ。

ミーハーなオカルトマニアだった『私』は、
ある日『本物』に遭遇してしまう。
そして、平穏な日常と理性を食い千切られた代わりに、
僅かな力と真実を得た。


それは、『人はいつでも死に晒されている』という真実。


例えばこの野外活動もそうだ。
まるで危険とは無縁そうなこの活動すら、
死がすぐそばに横たわっている。

教師達は知っていたのだろうか。
この地域には、かつて村があった事を。
ダムに沈んだその村に、土着の宗教が存在した事を。
それが、年若い娘を贄にする物だった事を。

知っていたのだろうか。その『神』は今も生きていて。
贄を求めて蠢いている事を。

知るはずもないか。いや、知らない方がいいのだ。
知っている者が、被害を増やさないように
人知れず護るのが一番だ。


『私』は知っていた。だから呪文を唱え続けた。
人外の侵入を阻む結界を維持する魔法を。

護りたかったのだ。この、愛すべきクラスメート達を。

普段から狂ったような妄言を撒き散らす『私』。
無論それは真実で、皆を護りたいがゆえの警告だけど。
何も知らない彼女達には、さぞ不気味に映っただろう。

それでも、彼女達は『私』を排除しようとはしなかった。
呆れたように笑いながらも、
『私』を日常の枠から追い出そうとしなかった。

だから、護りたかったのに

運命はいつも皮肉だ。
護りたいと思ったものから零れ落ちていく。
だがどうして。魔法は確かに効いていたはずなのに。
彼女は一体、どこで神に遭遇した?


(…考えても無駄か。もう、彼女は食べられた。
 ……いや、まだだ。諦めるのはまだ早い)


そうだ、彼女はまだ生きている。
無論唾はつけられた。
ほおっておけば間違いなく死ぬのだろう。

でも、その前に『神』を殺せば。
彼女の、『贄』の運命を覆せるかもしれない。


護るんだ。それができるのは『私』しかいない。
一人決意を固める『私』を、彼女は不安そうに覗き込む。


「大丈夫よ、今度こそ、私が貴女を護るから」


そう言って無理に微笑むと、
彼女は安堵したように涙を零した。



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夢を見た


まるで時代劇に出てくるような農村
私はそこの村娘になっていた

村の皆が私を中心に円を描いて
跪いて(ひざまずいて)いる
ある者は泣きじゃくりながら
ある者は謝罪の言葉を繰り返しながら
皆が皆地べたに額をこすりつけている

嗚呼、そうだった
私は今夜生贄になるんだ
雨を降らせてくれる神様にこの身を捧げて


私は薄く微笑むと、一人村を後にして
森の中のお社に足を運ぶ

お社の前で膝をつき、一心不乱に祈りを捧げた


どうか私の命を使って、村を守ってください


日照りから、皆を
飢饉から、皆を


どうか、どうか



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やがて、社から黒い泥のような姿が滲み出す

人形(ひとがた)を模った(かたどった)それは
私の全身を包み込む

ぐちゅり
最初に消えたのは腕の感覚

ぐちゅり
少しずつ力が抜けていく

ぐちゃり
抜けた力は二度と戻ってこない気がした

ぐちゅっ
死が寄り添ってくるのがわかる
でも、不思議と恐れは抱かなかった


『ごめんなさい』


粘着質の音が支配する中、脳裏に不思議な声が響く
酷く掠れて震えた小声
誰のものかはわからない
でも優しい声だった

嗚呼、もう耳も聞こえない
それでも、視界が闇に染まるその刹那
ぽつりと落ちる雨露が見えた



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嗚呼、神様ありがとうございます




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目が覚めると、体中が汗にまみれていた

同時に轟音が耳を打つ
昨日の快晴が嘘のように土砂降りだった

濡れた上体を起こそうとして、
私はさらに異変に気付く


左腕が動かない


逡巡する
それでもやがては恐る恐る
眼球の焦点を左方向に移動させる

自然と呼吸が浅くなり
気づけば口で息をしていた
だって腕が


腕が


腕が


『黒い』


炭化したように黒くなった腕を見て
私は理性を飛ばして駆け出した



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部屋に駆け込んだ彼女を見て、
『私』は涙が止まらなかった。

彼女の腕は『取られて』しまっていた。
おそらく、もう二度と機能する事はないだろう。

だが喜ぶべきなのかもしれない。
命丸々取られるはずが、腕一本で済んだなら。
そんな無慈悲な言葉を吐きそうになって、
慌てて喉に押し込んだ。


「……っ!」


見てしまったのだ。『黒』が広がっている事に。
腕に端を発した黒。それは少しずつ、
少しずつその領域を拡大している。

彼女に見せないように包帯を巻く。
気休めにもならないだろうけど、
今これを見せたら発狂しかねない。


「いい、心を強くしてよく聞いて。
 貴女は、土着の神に狙われている」

「もう腕は取られてしまった。ほおっておけば、
 取られる部位はどんどん増える」

「そうなる前に社を壊す。社を壊して神を殺す」

「貴女にできる事は、心を強く持つ事。
 生きる事を決して諦めないで」


『私』の言葉を聞いた彼女は、震えながら小さく頷く。
もう動かない腕をかき抱いて、小さく小さく縮こまった。
急がなければ。残された時間は多くない。


「気休めだけど結界を張るわ。
 貴女は今日一日ここに身を隠してなさい。
 私は社を探してくるから」


チョークを取り出すと、部屋一面に冒涜的な魔方陣を描く。
彼女をそこに安置した後、一人宿舎を飛び出した。
まずは社の場所を見つけなければ。

だがそう簡単に見つからないのも理解していた。
そもそも『私』は、この野外活動が始まる前にも
一度探していたのだ。
その時には、そんな社は存在しなかった。

それでも見つけなければならない。
『私』が社を発見できなかった時。
彼女は全てを奪われて、
惨たらしく息絶えるだろうから。



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夢を見ました

その夢の中で、私は瞳に涙を溢れさせながら
一心不乱に祈りを捧げていました

お願いです、神様
どうか、村を救ってください

私の命は差し上げます
だから村を、どうか、どうか

祈りは届かなかったのでしょうか
日の光はなおも私を刺し貫いています


「私の命で!どうか!恵みの雨を!!」


私は短刀を取り出すと
自らの身体に突き刺しました
何度も、何度も、何度も、何度も


「どう…か……あめ、を……」


やがて手が止まります
短刀は胸に突き刺さったまま
私は動かぬ躯と化して


次の日、村は雨雲で覆われました



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真夜中に目が覚めた時、黒は体の半分を浸食していた

幸い脚こそ蝕まれてはいないけれど
この調子なら、後半日もすれば歩けなくなるだろう
そしてやがては死んでしまう

でも私はなぜだか、
恐怖を感じなくなっていた

水でも飲もうと思い立ち、
なんとかベッドから起き上がる
するとまるで示し合わせたように扉が開き、
あの子が姿を現した

徹夜していたのかもしれない
目にはくっきりと隈が浮かび上がっている

その様はまさにオカルト
得体のしれないローブ?に身を包み、
手には杖を携えている

ちょっと前の私が見たなら
「コスプレ?」なんて苦笑いしただろう
でも今の私には笑えなかった


「わかったわ。社は多分この周辺にはない」

「本物はダムの下でしょう。でも、
 夢とも現実ともつかない空間で、
 貴女はそこを参拝した」

「貴女の体を半分以上奪って、あいつは力を取り戻した。
 これだけ気配を出してくれれば、
 呪いを辿って社まで行く事ができるわ」

「大丈夫よ。私が絶対貴女を護る。
 あいつに奪わせなんかしないから」


黒く穢れた私を抱いて、彼女は優しく微笑んだ
その物言いに安堵しながらも、
私はかすかに疑問を抱く

あの神様は、そんなに悪い存在だろうか

わかっている、今まさに、自分が
取り殺されそうになっている事は

それでも、問いが頭から離れなかった



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土砂降りの雨の中
ぬかるんだ真夜中の森を進む

いくら小さな森とはいえ、危険な事に変わりはなかった
それでも、あの子はまるで道がわかっているかのように
すたすたと澱みなく歩みを進める


「…どこにあるかわかってるの?」

「大体は」

「なんでわかるの?」

「…知らない方がいいと思うわ」


もっともだ
世の中には知らない方がいい事もたくさんある
私は今回それを思い知った

ぷっつりと会話が途絶えて、そのまま無言で歩き続ける
脚を動かす事小一時間、見覚えのある社に辿りついた

大雨の中、ひっそりと佇むその社は、
確かに私が見たものだった


「じゃ、燃やすわよ。これで貴女は解放される」


彼女は私には理解できない言葉で、
もごもごと何かを詠唱する

刹那、社が炎に包まれた



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社がめらめら火の粉を上げる
雨露で湿っているはずなのに、
青白い炎で燃えている

それは酷く非現実的で
それでいて悲しく綺麗で

気づけば私の両目から、
涙が零れ落ちていた



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走馬灯とでも言うのだろうか

『誰か』の生き様、あるいは死に様が

私の中に流れ込んでくる



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「私」が自分の存在に気づいたのは
いつからだったでしょうか

思い出せません
ただ、気づいたら「私」はそこに在りました

『意識』を持った「私」は、けれど
何をすればいいのかわからず
そも、『何かをする』という思いにも至らず
ただそこに在り続けました


そんな「私」の日課と言えば
毎日決まった時間にやってきては
掌を合わせて「私」に頭を下げる人間を眺める事

理由はよくわかりませんが、
『それ』が『人間』であるという事
彼らが「私」に感謝しているという事は
理解ができました

数年はそんな変わらぬ日々が続きました
これからもそんな日々が続くのだろうと思っていました
でもある日、異変が訪れたのです


『神様…!村を助けてください……!』


一人の娘が悲痛な声と共に祈りを捧げに来ました
真っ白な着物に身を包み
手には短刀を握りこみながら

その姿を見た時に、「私」は
自らの使命に気づいたのです


そう、『雨を降らさなければならない』と


「私」にならできる気がしました
理由はわかりません
でも、『力を籠めれば』叶う気がするのです

しかしながら『力』が足りませんでした
悲しいかな「私」には『力』が及びませんでした

その時「私」の眼前で祈り続けていた娘が
頭を上げました

何かを感じ取ったのでしょうか
まるで「私」の抱擁を待ち受けるかのように両腕を広げ
目に涙を溢れさせながらこういうのです


『私の命を…捧げますから…どうか…どうか』


促されるまま、「私」は
彼女を自らの身体で『浸し』ました
彼女の『命』を『力』に変えて
「私」は「私」は「私」と『彼女』の


『命』を『雨』に



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嗚呼

ごめんなさい

結局「私」は

こんな方法でしか

貴女達を

村を救えない

あの時「私」がそうだったように


泣きながら懺悔する「私」を前に

まだ年若い少女は微笑んで

事切れる前に唇を動かしました


か み さ ま


あ り が と う


ご ざ い ま し た



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「『やめてぇぇぇえっ!!!!』」




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蒼い炎の中に、自らの身体を投げ込んだ
消さなくちゃ!
この忌まわしい炎を消さなくちゃ!!!


「なっ…何してるの!やめなさい!!」


あの子が決死の形相で、
私を炎から引き離そうとする

私はそれに抗って、炎を包み込むように
社に覆いかぶさった


「この人は…この人は……!
 悪い神(ひと)なんかじゃない!!」


夢で見た答えが全て組みあがった
この神(ひと)は救おうとしただけなのだ

とうに村が滅びを迎えても
ひっそりとそこに在り続け

いつかまた危機を救うために
一神(ひとり)、ただ在り続けた


「この神(ひと)は村を救いたいだけなんだよ!!」

「……っ!!」


あの子は酷く悲しそうに顔を歪める
そしてゆっくり目を閉じて
何かを諦めてしまったかのように首を振る


「…わかったわ」


ただ一言そうつぶやくと、
右手を真一文字に薙いで見せる
ただそれだけの事で蒼い炎は掻き消えた

社はもうほとんど朽ちていたけれど
それでもまだ残っていた

私は彼女の残滓を探して
満足に動かない腕で、木片をぎゅうと抱き締める


そしたら見えた
あの神(ひと)の姿が見えた

かつて村のために自らの命を捧げ
その後も村を救うために
孤独に頑張り続けた神様の姿が

私の腕の中で、力なく
されるがままに抱かれている


「…もう、いいんだよ」

「頑張らなくて、いいの」

「今まで、お疲れ様」


私の言葉に彼女は驚くように目を見開くと
やがて、涙を浮かべて微笑んだ



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また一人、『私』に関わった人間が
狂気に堕ちて日常を失った。


聖なる蒼い炎に焼かれ、崩れ落ちる社から、
どす黒い油のような何かが滲み出てくる。

それは酷く冒涜的で、常人が見れば誰もが、
存在を消し去りたいと思うに違いなかった。

でも彼女は油を抱き締めて泣いた。
『まるでそこに人が居るかのように』
語り掛けながら慟哭した。


「この人は…この人は……!
 悪い神(ひと)じゃない!!」


人なんてどこにも居なかった。
そこに在るのはただの黒い汚泥だ。

でも彼女には見えているらしい。
愛らしい、村のために命を捨てた健気な娘が。


「この神(ひと)は村を救いたいだけなんだよ!!」


彼女は『私』を正面から見据える。
その目を見て確信するしかなかった。


―― ああ、この子は……『手遅れ』だ ――


本当のところはわからない。
実際にその場には『神様』になった娘がいて、
『私』が見えていないだけかもしれない。

でも、彼女は、彼女の目は。
『私』が何度も見てきた目をしていた。


そう、正気を全て喪失し、狂気に染まりきった目を。



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結論を先に言ってしまえば、
彼女の半身が戻る事はなかった。

命を吸い取られ黒い炭のようになったまま、
彼女は残り短い余生をだましだまし生きる事になる。


「私ね。この人を連れていく事にしたんだ」

「だって。もう村はないのに
 一人だけあの社に居続けるのは酷過ぎるもん」

「ずっと、ずっと頑張ってきたんだからさ。
 これからは楽しんでもらわなきゃ!」

「…ん?や、やめてよそういう事言うの。
 こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない」

「うん、でもそうかもね。
 私は、貴女に惹かれたのかもしれない」

「誰かのために、命を投げ捨てられるその一途さとか」

「死んでも村を思い続ける想いの強さとか」


朽ち果てた社の中で、少しだけ残った木片を
大事そうにハンカチで包みながら、
彼女は一人語り続ける。

まるでそこに『私』以外の誰かが居るように、
愛の言葉を紡ぎ続ける。


「……お邪魔みたいだから私は退散するわ」


そう言って『私』は背を向けた。

考える事はやめにしよう。
彼女が一人で狂っていると考えるよりも。
姿の見えない誰かが本当に居て。
『私』には見えないだけという方が救いがあるじゃないか。


そうだ。もう考えるな。これ以上考えたら、
『私』まで、罪悪感に押し潰されて…


『あっちの世界』に仲間入りしてしまう。


心の中に壁を作り、『私』は一人その場を去る。
彼女はまだ、見えない誰かと笑っていた。



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結果だけを見てみれば、
私は酷い結末を迎えたのかもしれない

上半身は真っ黒で、腕も満足に動かない
視界もずいぶん灰にまみれて、
これからどれだけ生きられるだろう


それでも私は、この結果に満足してる
数百年一人ぼっちで頑張ってきた
この子を救う事ができたのだから

彼女に向かって微笑んだ
彼女も私に微笑み返してくれる

わかってる
それを感じ取れるのは私だけ
他の人から見たら、私はただ独りで
ブツブツ呟いてるだけの狂人なんだろう

でも、彼女は確かにここに居る
私のためだけにそこに居て、愛を囁いてくれるのだ
神様を独り占めだなんて、なんて贅沢なんだろう


「ねえ、抱き締めて」


彼女の前に首を垂れる

腕を動かせない私の代わりに、
彼女はその腕を私に回して包み込んでくれた
その腕に身を委ねて頬ずりしながら、
私はゆっくり目を閉じる

視界を遮断すると、より一層彼女がしっかり見える
目と鼻の先で笑う彼女に、私は愛の言葉を吐いた


「好きだよ。これからは、私のためだけに存在して?」


彼女は甘く微笑むと、私の唇にキスを落とす
優しい優しい口づけは生臭い泥の味がした



<完>


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<全貌>
日照りによる飢饉で、とある村が滅亡の危機に瀕していた。
心を病んだ一人の村娘が、自らの命を捧げて雨ごいを行う。
次の日『偶然』村に雨が注いだ。
村人は娘に深く感謝し、娘のために
社を作って末永くお参りし続けた。


やがて娘は神格化される。
村人は娘を信仰し始め、それにより娘は
神として意思を持つ事になった。
このため人間だった時の記憶は風化しているが
『人間』や『お参り』など
一般常識的な情報は持ち合わせている。


そんな折、村が再び日照りに襲われる。

『年頃の娘が犠牲となれば村は救われる』
そんな前例を作ってしまったために、
村は一人の娘を生贄に決める。
もっとも、この時選ばれた娘も決意は固く、
彼女自身の意志で神に命を捧げた。

所詮は土着の神に過ぎない彼女は力も弱く、
単体で気象を操る程の奇跡は起こせなかった。
独力で何とかしようとするも力は及ばず、
仕方なく娘の命を代償に雨を降らせた。


以降、この流れが定着してしまい、
村を危機が襲うたびに人々は娘を生贄に捧げ
神は村を救ってきた。


やがて村は滅びを迎えるが、神はそこに在り続ける。
そんな時、野外活動で近くの地を訪れた少女が
社に辿りついてしまった。
(この少女を便宜上『贄』と呼ぶ)

もっとも、本物の社は村とともにダムの奥底に沈んでおり、
彼女が見た社は精神世界の偶像である。

彼女は神におびき寄せられたのだ。
本来起きえないこの現象が起きたのは、
独り置き去りにされた神の寂寥が原因だった。
ただし、神自身はそれを意識してはいなかったが。

散々迷って疲れた『贄』は、その社の意味を知らず、
なんとなく祈りを捧げてしまう。
神は『贄』の祈りを受けて、いつものように命を代償に
雨雲を降らそうとした。

本来ならこの時点で『贄』は絶命するはずだったが、
そこが精神世界であったため、『贄』は即死を免れる。
しかし生命力は確かに吸い取られ、死の運命が約束された。


『贄』が幸運だったのは、たまたまクラスメートに
探索者(異世界に迷い込んで探索する者の意)が居た事だった。
探索者は本人以上に『贄』の状況を正確に把握しており、
神に命を奪われようとしている事も看破する。

探索者は『贄』の命がまだ完全に失われていない事を知り、
その前に社を破壊する事を考える。
しかし社の本体はダムの下にあるため
発見する事ができないうちに、『贄』の体は蝕まれていく。

命を奪われていく過程で、『贄』は神と、
それに関わった娘の記憶を夢として受け継ぐ。
やがて精神がそれらと同調し、死への恐怖が薄れていった。


『贄』の命が神に捧げられる事で、
神の力は(一時的に)強くなっていく。
これにより探索者がその力を感知できるようになり、
力のありかが精神世界である事、
呪術を用ればそこに辿りつける事に気づく。
そして災いの根源を断つべく『贄』と二人そこに足を踏み入れた。


本作であえて触れられなかった点。
それは、『神』は本当に存在していて、
探索者には見えなかっただけなのか。

それとも、『神』はもう掻き消えて、
『贄』が単に狂ってしまっただけなのか。


幸いにして、これは『どちらも正解』である。


正確に言えば、その身を泥に包まれた『贄』は、
ゆっくりと命を奪われる過程で
『神』と記憶を共有していった。

意識と記憶が同調した『贄』は、
社に火を放たれて燃やされる刹那、
『神』の走馬灯を脳裏に浮かべる事になる。

そしてすべてを知った『贄』は
消滅寸前の『神』を救い出した。

己の存在理由であった村がすでに消失した事は
『神』にとっては悲劇であり、同時に救いでもあった。
もう罪のない命を奪う必要はない。
本来心優しい彼女にとって、それは紛れもなく救済だった。

そして、命を無駄に費やしたにも関わらず
自分を助けてくれた『贄』に『神』は依存する。
結果、『神』は『贄』に全意識が集中したため、
『贄』以外はその存在を検知できなくなった。

『神』の存在が『贄』以外に検知できない以上、
『神』の存在を証明する事は難しい。
探索者から見ればそれは『狂っている』という判断となるし
実際そう捉えてもあまり違いはない。

しかし、『贄』の前では確かに『神』は存在している。
精神が同調し、共感し、心を通わせた二人は
互いに深く愛し合うようになった。

もっとも『贄』の命は大半が雨として流れているため、
残された時間は酷く短い。

ただ、今の彼女は『神』の愛を一心に受けている。
信仰の代わりに注がれる『贄』の愛を『神』が糧にできたなら、
『神』の奇跡によってある程度は回復できるかもしれない。

もっとも、『神』に力がたまるまで、
生きながらえる事ができれば、だが。


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posted by ぷちどろっぷ at 2017年03月12日 | Comment(2) | TrackBack(0) | オリジナル百合SS
この記事へのコメント
お相手はオカルトさんかと思ったらまさかの神様。
このオカルトさんも依存性強そうだったり、不思議な力持ってたりで色々歪んでそうで可愛いですねぇ。
Posted by at 2017年03月12日 18:38
通っていた塾に霊感少女がいました。この話を読んで、あの人にはどんな世界が見えているのか聞いておけば良かった、と今更ながら後悔しています。
今回もありがとうございました。
Posted by at 2017年03月12日 22:56
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