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【咲-Saki-SS:小霞】神鬼(かみおに)【ファンタジー】【イラスト付き】

<あらすじ>
霧島神境に属する薄墨初美は、
神域に漂う瘴気を察知する。

清らかな神の住まいに非ざる邪気。
不安を覚えた薄墨初美は、
同胞の石戸霞に不安を打ち明けた。

相談を受けた石戸霞は、
眉を顰めて言いよどむ。
実は石戸霞にも、
一つ気掛かりがあったのだ。

一つ一つは小さな綻び。
しかしその原因はまるで掴めず、
巫女達は不安に囚われる。
果たして懸念は単なる杞憂か、
実は、それとも。


<登場人物>
石戸霞,神代小蒔,薄墨初美

<症状>
・自己犠牲(重度)
・狂気(重度)
・依存(重度)
・吸血(軽度)
・食人(軽度)

<その他>
・絵:おらんださん(@31001522)
 文:ぷちどろっぷ
 の合作です。おらんださんありがとうございました!

・若干の猟奇的表現を含みます。
 グロ表現にまでは及んでいないつもりですが
 苦手な方はご注意を。



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それは幼き日の記憶


大切で、でも恐怖に彩られて、
忘れたくて、でも脳裏にこびりついた記憶


『きょう、あったこと。
 みんなには内緒にしましょう』

『はい!ふたりだけのヒミツです!』


過ぎ去った思い出、そう結論付けて終わりにしたかった
二人で心に封をして、一生しまいこむつもりだった


でも、いくらそうして
目を、耳を頑なに塞いでも

実際にはあの日、私達が辿る末路は
とうに決まっていたのだろう



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『神鬼(かみおに)』




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最近、神境が微妙に住みやすい。

私、薄墨初美がそう感じる事は、
決して吉報とは言えませんでした。

私は鬼門を司る巫女。言ってしまえば穢れ役です。
そんな穢れ者の私にとって、神境の澄んだ空気は
本来苦痛をもたらすものでした。

なのにここ最近は、なぜか脅威に感じません。
むしろ居心地のよさすら覚えてしまいます。
それすなわち、神境が澱んでいる事の証左にほかならず。
かなりの異常事態と言えるでしょう。


「霞ちゃんはどうですかー?
 何か感じてたりしませんかー?」

「そうねえ。私は初美ちゃん程敏感ではないし、
 肌では感じ取れないけれど……」

「一つ、気にかかってる事はあるかしら」


穢れ仲間の霞ちゃんは、そこで言葉を切りました。
言うべきか言わざるべきか、判断しかねている模様。

あの霞ちゃんが言いよどむ程の懸念。
これも凶報に違いないのでしょう。


「言いにくい事なんですかー?」

「どうなのかしら。逆に言う程でもない気もするの。
 それ自体は悪い事ではないし」

「なら言っちゃってくださいよー。
 思わせぶりで気になりますー」


口を尖らせてせっつきました。
霞ちゃんがこういう含みのある話し方をする時は、
相当悪い話と相場が決まっているんです。

だとすれば、霞ちゃん一人に
抱え込ませるわけにはいきません。
六女仙の最上級生として、
重荷は分け合って背負うべきです。

でも。次に霞ちゃんが放った言葉は、
予想と真逆の内容でした。


「最近ね。『恐ろしいもの』が弱体化しているの」

「へ?強化の間違いじゃなくてですか?」

「いいえ。明らかに力が衰えているわ」


自分で言っておきながら、
不思議そうに首をひねる霞ちゃん。
まったくもって同感でした。

昨今の神境を取り巻く悪気(あっき)。
私が快適に過ごしているのだから、
本職の鬼はなおの事でしょう。
勢いづく事こそあれど、弱まる事はないはずです。


「わけがわかりませんねー」

「ええ。悪い事ではないのだけれど」


考えすぎかしら、そう独りごちる
霞ちゃんの表情は晴れません。

その表情が私の胸を爪弾いて(つまびいて)、
より一層、不安を助長するのでした。



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初美ちゃんと私は生ける天倪(あまがつ)。

端的に言えば身代わり人形だ。
護りたい何かの代わりに、
凶事を引き受けるお役目を持つ。

私の人形としての役割は、
『神』の依巫(よりまし)である
小蒔ちゃんを護る事。

神代の姫が宿す『神』。それは九人の女神だけでなく、
ごくまれに『恐ろしいもの』が降りてくる。
『それ』を私が宿すのだ。姫が穢されないように。

神代に降りる『神』とは違い、
『それ』は器を乗っ取ろうとする。
魂を穢し、貶め、同化して。
現世に留まろうとする。

心を折れば、待ち受けているのは『死』。
人としての死を迎え、『鬼』として生まれ堕ちるのだ。


八歳でお役目についてから、
死と隣り合わせの毎日だった。

殺したい、壊したい、壊れたい、死にたい。
脳内が一日に何回も、白と黒で塗り潰される。
幽閉された離れの中で、気が違ったように悶え苦しんだ。

器が成長するにつれ、少しずつ楽になってきたのは確か。
それでも、依然として圧倒的な格上を前に、
自分を失わないようもがき続ける事は変わりない。
そんな日々が、これからも続いていくとばかり思っていた。


なのに最近、様子がおかしい。
明らかに敵の力が弱まっている。

それは私にとっては喜ばしい事だけど、
原因が気がかりで仕方なかった。

少し危険ではあるけれど、
探りを入れる必要があるだろう。


「貴女はどうして弱体化しているのかしら?」

『ふふ、霞が思い悩む事ではないでしょう?
 貴女をつけ狙う悪鬼が衰えているのだから、
 素直に喜んでおけばよいではないの』

「貴女ほどの存在が、他に脅かされたりしないでしょう?
 鬼謀に力を費やしていると考えるのが自然」

『神算と言って欲しいものね。そこまで気になるのなら、
 私の中を覗いてみてはどうかしら?』

「その手には乗りませんよ?如何に弱っているとはいえ、
 そこまで踏み込めるほど力の均衡は崩れていませんから」

『あら残念。でも、そうね。九年も連れ添ったのだし、
 糸口くらいは晒してあげましょうか』

「……お言葉に甘えましょう」

『刮目して聞きなさい。「神」と「鬼」。
 貴女達が区別してきたものは、
 私達からすれば同じものなのよ』

「……今更、何を?」

『ふふ。霧島の巫女なら、
 幼子でも知っている事実でしょうね。
 でも、貴女はまだ理解していない』

『心に留めておきなさい。
 貴女が常日頃その身に宿す「恐ろしい鬼」は。
 その実、「神」だという事を』

「……」


威厳に満ち溢れた声でそう告げた後。
『鬼』は、巴ちゃん達の儀式を待つ事もなく私を手放した。

それも前例のない事だった。いつもなら、
祓われるまではしつこく居座り続けるのに。

何が起きているのかわからない。
何一つ真実を掴めないまま、
ただ胸騒ぎだけが広がっていった。



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異変はどれも小さなものばかり。
それでも異変は次の異変を呼んで。
ついに、姫様にまで影響を及ぼしました。


「最近、姫様寝ませんねー」

「神様が降りなくなった」

「あっ、そう言われてみれば最近、
 『寝てました』って言わなくてすんでます!」


そう。普段なら一日に数回は眠り込んで、
神様をその身に宿す姫様。
その姫様が、常に起きているのです。


「……まあ、小蒔ちゃん的には
 その方がいいかもしれないわね」


冗談めかした口調で笑う霞ちゃん。
でも、その表情は微かに曇っています。

心配も当然の事でした。
神境を取り巻く瘴気は、日に日に濃さを増すばかり。

社全体にへばりつくような邪気を感じます。
鬼巫女の私にはむしろ心地よい環境ですけど、
逆に清らかな姫様にとっては針の筵(むしろ)でしょう。


「うーん。最近空気が汚れてる気がしますし、
 大掃除とかした方がいいんじゃないですかねー」

「じゃあ、手始めに初美ちゃんに
 禊(みそぎ)をしてもらいましょうか。
 最近滝行してないでしょう?」

「うぇ!?いや、私個人とかじゃなくてですねー!?
 冗談抜きで、神境あげて大祓(おおはらえ)
 とかした方がいいですよー」

「そうねえ。とりあえずそれは本殿に進言するとして、
 今日は全員で身を清めましょう?」

「ええー…結局それはやるんですかー?」

「だって最近の初美ちゃん、
 妙に鬼っぽい匂いがするんだもの」


話し合いはそこでお終いとなり、
姫様と六女仙で滝行に勤しむ事になりました。

若干鬼が入っている私としては
是が非でも遠慮したいところですけど、
今回ばかりはそうも言ってはいられません。

最近私が穢れてきているのも事実ですし。
何より、神境の象徴である私達が清められれば、
島全体の邪気も少しは薄らぐでしょうから。


(うぅっ…痛い、痛いですよー)


全身に強く降り注ぐ霊水。心が引き締まると同時に、
身を刻まれるような苦痛を覚えます。

助けを求めるように傍らの霞ちゃんを見ても、
まるで表情を変えず平気な顔。
同じ穢れ仲間のはずなのに、
どうしてこうも違うのでしょう。

なんとなく疎外感に苛まれて、
仲間を求めて視線を彷徨わせます。
もっとも、霞ちゃんが平気な以上、
この苦しみを分かち合える人なんて
いないでしょうけれど――


――あれ?


右往左往した視界の端に、
在り得ない光景が映り込みました。

姫様です。いえ、姫様自体はいいんですけど。
いつもなら『滝の水は気持ちよくて大好きです!』
なんてのたまう姫様が、辛そうに唇を噛みしめています。

よく見れば体も覚束なく揺れていて…
今にも。そう、今にも倒れてしまいそうでした。


「こ、小蒔ちゃん、大丈夫!?」


霞ちゃんも気づいたのでしょう。
大きく目を見開くと、慌てて姫様の肩を抱きます。
霞ちゃんの腕に収まった姫様は、どこか虚ろな表情で、
蚊の鳴くような声を返しました。


「は、はい…その、ちょっと寝不足だったので」


寝不足。ああ、なるほど。
言われてみれば納得です。

普段なら、神様が降りてきている間に
たっぷり眠っている姫様だから。
その神様が降りてこないで起きている以上、
睡眠不足になるわけで……

いかに清らかな姫様といえど、
寝不足での滝行は体力的に厳しいでしょう。
そこまで考えが至りませんでした。


「禊は中止にしましょう。小蒔ちゃんを介抱してきます」


言葉を告げ終えるを待たず、
霞ちゃんは姫様をおぶさって立ち上がります。

何よりも姫様を大切に考える霞ちゃんにとって、
許されざる大失態だったのでしょう。


でも。


なぜでしょう。霞ちゃんの表情を見た刹那。
全身を、ぶるりと怖気が駆け抜けました。

失態だったのは事実です。
弱っている体に荒行を課してしまった。
悔やむのもわからなくはありません。

でもそれだけです。
別に命に別条があるわけでもなし。
倒れてしまったならともかく、
そこまで気に病む程の事ではないでしょう。
なのに一体、どうして……そんな。


(そんな、悲しい顔をしてるんですか……?)


そう。霞ちゃんの表情を彩っていたのは『悲しみ』。
それも。ただ一目見ただけで
涙腺を刺激されてしまう、そんな深い悲しみ。

あまりに場にそぐわないその表情に、
言い知れぬ不安を感じずにはいられませんでした。



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降り注ぐ霊水に体を浸し、
小蒔ちゃんは苦痛に顔を歪めた。

その表情を見た瞬間、
ある真実に気付いて愕然とする。


私は『護れなかった』のだ。


寝不足。小蒔ちゃんはそう言った。
それも嘘ではないのだろう。
でも真実は隠されている。

『神』の器である小蒔ちゃんにとって、神境の滝はまさに力水。
力が漲る事こそあれ、傷つく事などありえない。
もし、その神水に耐えられない者がいるとすれば――


――それは、『鬼』なのだから。


「姫様。今、貴女に何が起きているのですか?」


酷く低い声が出た。
小蒔ちゃんはひっと小さく悲鳴を上げると、
青ざめた顔で後ずさる。
その様に胸を痛めるも、
ここで引くわけにはいかない。


「お答えください。貴女は、
 どうして霊水に苦痛を覚えたのですか?」


小蒔ちゃんの瞳が揺らぐ。
嗚呼、どうかそんな目をしないで。
疑念が、核心に変わってしまう。

聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。
でも、聞かずに済ませるわけにもいかない。


「もしかしたら、貴女は」


紡ぐ声が震えていた。
それでも、私は声を絞り出す。



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「『鬼』を……降ろしているのではないですか?」




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小蒔ちゃんの目に涙が滲む。
ぎゅっと唇を噛みしめて、私からふいと目を逸らす。


それでも否定はしなかった。


確定だ。
小蒔ちゃんは、『鬼』に魅入られた。


絶望が全身に圧し掛かる。
嗚呼
たとしたら私は一体何のために、
この身を天倪にやつしたの?

どうして?
小蒔ちゃん、貴女も知っていたでしょう?
私は『それ』から貴女を護るために、
そのためだけに生きてきたのに


どうして、『お役目が終わりそうな今になって』
『鬼』に魅入られてしまったの?


はらはらと涙が零れ落ちる
どうして、どうして、どうして、どうして
疑問符だけが、頭の中を木霊する


刹那


『なぜ、どうして、ねぇ』

『だから言ったではないの。
 貴女達が区別している「神」と「鬼」。
 そこに明確な線引きなど存在しないと』


びくりと背筋が伸びあがる

小蒔ちゃんの口から放たれたその言葉
でもその声音は、小蒔ちゃんのものではなかった


『「鬼」と「神」の境界は、相対する人間の在り方次第。
 そして、小蒔は私を受け入れた』

『「神」としてね』

「……どうして」

『ふふ、まるで幼子ね。そんなに答えが知りたいのなら、
 後でゆっくり小蒔から聞きなさい』


『二人して、仲良く破瓜の血を撒き散らした後で』


小蒔ちゃんを模る(かたどる)『鬼』が妖艶に嗤う
そっと静かに伸ばされた手は、
私の巫女装束をやんわりと掴み――


――次の瞬間、紙を裂くようにそれを引き千切った



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それは幼き日の記憶


誰にも告げず秘密にしようと
二人で心に栓した記憶


九年前の、あの日の夜
私は罪を犯しました



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『ねえ、霞ちゃん。たまには、
 お役目をとりかえっこしませんか?』

『はい?どういう事ですか?』

『だから。降ろす神様を交換するんです』

『……何をおっしゃっているのですか?
 私は、姫様を悪しきものから護るために
 神境に招集されたのですよ?』

『だっておかしいです。お互い血がほとんど同じで、
 どちらも同じくらいの神格なのに。
 どうして霞ちゃんだけ苦しんで、
 私は楽をしていいんですか』

『姫様は本家で、私は分家です。
 分家の者は、本家の…いいえ。
 姫様を護るためだけに存在するのです』

『そんなのいやです!』

『……姫様』

『怖いんです!霞ちゃん、毎日口から血が滲んでます!
 このままじゃ、いつ死んじゃうかわかりません!』

『私のせいで霞ちゃんが逝ってしまう!
 そうなったら、私だって生きてられません!』

『だから!』

『たまには、お役目を交代させてください!!』



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私はまだ幼くて
お互いがその身に降ろすもの、
その違いをよくわかっていませんでした

私のために、霞ちゃんが大変なものを降ろす
そのせいで霞ちゃんはいつも傷ついている
わかっていたのはそれだけで

だから、少しでも霞ちゃんの負担を軽くしたくて
大変なら、二人で変わりばんこすればいいって
そう思いついたんです


だから、私は



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『やめて、やめて姫様!!』

『やめてぇ゛え゛ぇええ゛え゛っ!!!!!』




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霞ちゃんは最後まで拒んだけれど


私はそれを振り切って


『あの方』を、その身に降ろしたんです



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刹那、世界が暗転し


そこには、『あの方』と私だけが


相対していました



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『ふふ、愚かな娘…せっかく霞が
 身代わりになってくれていたのに。
 わざわざ、自分から奪われに来るだなんて』

『か、霞ちゃんをいじめないでください!
 これ以上霞ちゃんを苦しめるなら……』

『苦しめるなら、どうするというの?』

『わ、私が、「めっ」します!!』

『……ふ、ふふっ。あはははははっ!』

『え、えぇ!?何か面白かったですか!?』

『ああ、ごめんなさい。
 あまりに貴女が怖かったものだから、つい。
 そうね、私も「めっ」は避けたい。
 だから取引をしないかしら?』

『……なんですか?』

『大した事ではないわ。そうね。
 いつか貴女は、霞と離れる時が来る』

『そんな日は来ません!!』

『……来るわ、必ず。
 貴女の母も。貴女の祖母も。
 そしてそのずっと前も連綿と。
 皆、そうやって石戸の天倪を捨ててきた』

『っ……わたしは、私は捨てません!!』

『ふふ、そう。もし、貴女の
 その言葉が真実だとしても。
 今から九年後。貴女は霞を奪われる時が来る』

『その時、何を犠牲にしてでも
 霞と離れたくないと思うなら。
 再度、私をこの器に降ろしなさい』

『……その、それが取引なんですか?
 助けてくれるって言ってるような』

『そうね。救ってあげましょう。
 ただし、その場合…貴女はもう、
 姫ではいられなくなる。
 それが、私に捧げる代償』

『…でも、霞ちゃんとは
 離れなくて済むんですよね?』

『ええ。一つだけ条件があるけれど』

『なんですか?』

『霞に気取られないようになさい。
 もし気づかれれば、
 あの子は自らを犠牲にしてでも、
 貴女を姫として護るでしょうから』

『……』



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『わかりました!』




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そして、私は契約を交わしました

『あの方』は、私を傷つける事なく
去っていきました
これからは、霞ちゃんにも
手心を加えてくれると言いました

脳内で繰り広げられた会話、
それを笑顔で伝えたら
霞ちゃんは、その綺麗な顔を
涙でぐしょぐしょにして

私をぎゅっと抱き締めて『ありがとう』って
言ってくれたんです


『でも』

『きょう、あったこと。
 みんなにはないしょにしましょう』


明るみに出れば大変な事になる
霞ちゃんは言うまでもなく、
私もきっとただでは済まない

霞ちゃんにそう言われて、
私は従順に頷きました


『はい!ふたりだけのヒミツです!』


でも、ごめんなさい霞ちゃん
本当は、もう一つ秘密があったんです

霞ちゃんにも絶対内緒の
『あの方』と私だけの秘め事が



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それから九年の歳月が流れ
『あの方』の話してくれた事が
真実だと悟りました


だって霞ちゃんは、卒業を機に神境を離れる


生まれる前から定められていたのです
生ける天倪となった巫女は、
十八歳を終えると任を解かれる

『鬼』を降ろし続けた巫女は、『穢れ者』と判断される
以降巫女を続ける事は許されず
この地を離れ、遠方で子を成すのです


同時に、私は相応しい神格の殿方をあてがわれ
次代を紡ぐ子宝を得る

そして、新たな子が生まれた折にはまた
姫と天倪を一揃えにするのだと



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年相応に知識を蓄えた私は、
頭ではその必要性を理解していました


神代として生を受けた以上
この神境を護るため
為さねばならぬのだとは
わかっていました


それに、こうも思うのです
捨てられると言えば悪し様に聞こえるけれど
果たしてそれは、本当に悪い事なのでしょうか


九年間苦しみ続けた霞ちゃんからすれば
天倪の任を解かれる事は文字通り『解放』であり
むしろ『救済』ですらあったかもしれません


何より


これから自分のする事は
出会ってから今まで、
私のために霞ちゃんが積み上げた努力を
水泡に帰す行為である事も理解していました


でも


でも


それでも



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それでも、私は




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神境全体を、黒く澱んだ闇が
覆い尽くしていました。

社のそこここに瘴気が溢れ、
かつての清らかさはもはや
どこにも見つけられません。


永水の学び舎から帰路に就き、
神境が近づくにしたがって。
邪気が満ち満ちていくのを感じ、
私は大きなため息をつきました。

神の住処に帰るというのに、
瘴気が濃くなるとはどういう事でしょう。


「……これからどうなるんですかねー」

「そうねえ…もうここまで来たら、
 巫女も神境も全部取り替えるしか
 ないんじゃないかしら?」

「……っ!?」


ちょっとしたぼやきだったんです。
答えは期待していませんでした。

なのに、あまりに剣呑で寒々しい断罪を返されて。
私はとっさに二の句を告げず、
霞ちゃんの顔を二度見しました。

だって、私達巫女にとってこの神境は。
私達二人にとってこの神境は。

文字通り。『命を犠牲にして』
護ってきたものなのです。

それをあっさり捨てるなど、
どうして軽々に(けいけいに)言えるでしょうか。


「……霞ちゃん。それは、冗談でも
 言っちゃいけない事ですよー?」

「あら、冗談に聞こえたかしら?」

「……っ、霞ちゃん、何か
 おかしくないですかー?」

「ふふ、そうね。
 おかしいかもしれませんね」


あらん限りの非難の目。
それをぶつけたはずでした。

なのに霞ちゃんは、
まるで気にせずコロコロ笑うと。


「でもね」


次の瞬間、さっと表情を失って。
ぞっとするような低い声音で、
でも淡々と言ったんです。


「終わったの。もう。何もかも」

「私が護るものは、もうないのよ」


私を正面から見据えた瞳。
その目はどろりと黒く濁っていて。
とても、清らかな巫女が宿していい
瞳ではありませんでした。


怖い


これは、これは本当に霞ちゃんなのでしょうか。
いつも穏やかで優しくて。
陽だまりのように温かく笑う霞ちゃん。

そんな私の大好きだった霞ちゃんは、
今や見る影もありません。

霞ちゃんが嗤うたび、体から闇が溢れ出します。
纏わりつくようなその闇は、
私達の周囲を取り囲み。
黒く、どこまでも、私達を覆い尽くして。
心を、どこまでも、黒く、黒く。


「か、かすみちゃん」

「……ああ、ごめんなさい。
 初美ちゃんは、まだ頑張るつもりなのよね」

「聞かなかった事にして頂戴。
 今、私が話した事は……」


あっけにとらわれる私を前に、
不意に霞ちゃんがくすりと笑って。
人差し指を口元に近づけました。


「内緒よ?」


闇が、ふわりと霧散して。再び光が戻ってきます。
霞ちゃんはそのまま何事もなく、
帰り道を歩き始めました。

でも、私は。霞ちゃんが、どこか遠い場所に
逝ってしまった気がして。
体の震えが止まらなかったんです。



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だからと言って、諦められるはずがありませんでした。




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七つで神境に来てから約十年。
毎日毎日、鬼に体を蝕まれました。

辛くて、辛くて、辛くて、辛い。
いっそ舌を噛んでしまおうか。

そんな暗い考えを払いのける事ができたのは、
霞ちゃんが居たからなんです。

私と同じ、ううん、私よりずっと
酷い役目を負わされた霞ちゃん。
その霞ちゃんが頑張ってるのに、
どうして私だけ死に逃げられるでしょう。

だから私は決めたんです。
少なくとも、霞ちゃんが頑張っている間は
私も耐え続けると。


『今日もつらかったですよー』

『そうねえ。本当にお疲れ様』

『明日も元気に苦しみますかー』

『ふふ、そうね。明日も頑張りましょう』


こんな風に、穢れ者同士で傷を舐めあう事で。
なんとか心の均衡を保ってきたんです。


なのに、その霞ちゃんが壊れてしまったら。
どうして私が耐えられますか?


霞ちゃんは壊れたらだめなんです。
それを認めてしまったら、私も同時に終わるんです。

例え神境が壊れてしまったとしても。
霞ちゃんだけは、諦めるわけにはいかないんです。



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だから。私は。霞ちゃんを。元に戻そうとして。
霞ちゃんが。おかしくなった理由を。突き止めたくて。
それで。あの日。霞ちゃんの後を尾行して。




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そして。




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おらんださん_小蒔霞.jpg









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嗚呼

本当だった




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終わってたんだ




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全部




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『あ、初美ちゃんじゃないですか。
 見られちゃいました!』

「ひ、ひめ、さま」

『ふふ。この格好でもまだ姫様って
 呼んでくれるんですね』

「か、霞ちゃんを、どうするつもり、ですか」

『ああ、これですか。霞ちゃんの血って
 すごく綺麗で美味しいんですよ?』

『ね、霞ちゃん。ちょっと飲んでいいですか?』

「……ええ。好きなだけ飲んで」

「っ、霞ちゃん!!!」

「……何?」

「霞ちゃんは、これでいいんですかっ……!?」

「どういう意味かしら」

「だってこんなっ…頑張ってきたもの、全部っ、台無しのっ……」

「こんなっ、酷い終わりで…っ、本当に……っ!!」


「……違うわ」



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「頑張ったから。頑張ってしまったからこうなったのよ」




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「だから、もう、いいの」




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全身から血を滴らせ

霞ちゃんが姫様にその手を差し出します

口角を上げ笑みを模るその目からは

ぽろぽろと涙が一つ二つと零れていって



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なのに姫様は、酷く無邪気な笑みを浮かべて

嬉々として溢れる血を啜る




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その光景は、私を壊すには十分過ぎました




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霧島神境は崩壊した
かつての神域の名は地に落ちて
今では伏魔殿とすら呼ばれている

主はもちろん神代小蒔
私の愛するご主人様だ


『霞ちゃん、喉が渇きました!
 霞ちゃんの血飲ませてください!』

『駄目ですよ。昨日も沢山飲んだでしょう?
 四日続けてはさすがに死んでしまうもの』

『うぅー、霞ちゃんに死なれるのは困ります!』

『でしょう?お肉なら多少は
 あげられるからこっちになさい』


『鬼』と化した小蒔ちゃんの主食はもっぱら私
代わりならいくらでもいるのだけれど
頑として私以外を口にはしない


『はいはいご馳走様ですよー。
 それより、また巴ちゃんとはるるが来てますよー?』

『毎日精が出るわね。別に悪さを
 働くつもりはないのだけれど』

『神域一個潰しといて説得力ないですよー。
 まあいいです、百鬼さんで対処しておきますねー』

『よろしくお願いします!
 そろそろあの二人も
 こちらに連れてきてください!』

『無理だと思いますけどねー。
 あの二人は、私達と違って祓う側ですしー』


やれやれと肩をすくめながらも、
初美ちゃんは鬼を引き連れて去っていく

次第に遠ざかる背中を見送りながら、
私の肉を食む(はむ)小蒔ちゃんの頭を撫でた


『……意外に、生きていけるものなのね』


命を犠牲にしてでも護りたい
そう思っていた小蒔ちゃん
なのに、小蒔ちゃんは自ら『あれ』を呼び込んで
私の努力はがらがら崩れ落ちた

護りたい姫は『鬼』と化し
しかも、その原因は自分への執着
皮肉にしても程がある

かと思えば、それだけの絶望を味わったのに
私は自刃もせず生きている

まったく、自分という生き物は
どれだけ浅ましいのだろう


『私は、これでよかったと思ってますよ?』

『本当に?貴女のお母様も、六女仙も、
 それに連なるたくさんの人達も。
 神境も、人々の拠り所も全部壊して。
 それでもなお、貴女はよかったと胸を張れるの?』

『だって、こうでもしなければ。
 霞ちゃんと引き離されてたじゃないですか』


小蒔ちゃんの目がぎらりと光る
黒く落ち込んだ目に輝く光は
純粋な殺意で満ち満ちていた


『あの方から聞きました。神代と石戸は、
 ずっと悪しき輪廻を繰り返してきたと』

『誰よりも深く寄り添って。切り離せぬ程繋がって。
 なのに、次代を紡ぐために千切られる』

『母も、祖母も、曽祖母も。皆そうして壊された。
 流す涙も枯れ果てて、ただ役目をこなすだけの
 人形になり果てた巫女を見て。
 あの方はこう思ったそうですよ?』

『こんな悍ましい仕組みの頂点に立つ者が
 「神」なのかと。
 なら私は「恐ろしいもの」でいいと』

『悪しき「鬼」として嘲笑いながら、
 嬉々としてこの円環を壊してやると』

『私もそう思います。たくさんの人に
 迷惑をかけた事は心苦しいですけれど。
 でも、こんな狂った輪廻は断ち切るべきです』


否定を口にはできなかった
不意に、私を神境に連れてきた祖母上を思い出す
まだ八歳だった私を前に、当然のように彼女は言った


『生きた天倪となるのです』


それはすなわち、顔も知らない人間の
身代わり人形になれと言う事

心の通った人間が
血を分けた子孫に笑顔で言える言葉だろうか

無理だろう
祖母上は祖母上で狂っていたのだ


『神様にだって失礼です。一見敬っておきながら、
 結局人間の都合でこき使ってるだけじゃないですか』

『それを考えれば、今の方がよっぽど健全です!』


小蒔ちゃんがえへんと胸を張る
噛み千切った私の肉を、
もぐもぐと美味しそうに咀嚼しながら

健全とはほど遠い、こちらはこちらで狂っている
でも、なら過去の私達が健全かと問われれば
それはそれで首を縦には振れないのが苦しい


(…考えるのはもうやめましょう。
 どうせ、覆水は盆に返らないのだから)


渦巻く感情を放棄して
ただただ小蒔ちゃんを抱き締める

気づけば小蒔ちゃんは本格的に食欲をそそられたのか
私の肉を千切っては食い漁っていた


『……小蒔ちゃん。それ以上食べたら』


死んじゃうわよ?

そう言い掛けて言葉を飲み込む
それならそれでいい、もう、そう思えてきたから

人形として凶事を引き受け身罷る(みまかる)よりは
愛する『鬼(ひと)』に食べられて血肉と化す方が
よほど幸せじゃないだろうか


『はっ、ご、ごめんなさい!
 た、食べ過ぎました!!』


危ういところで小蒔ちゃんは正気に返る
朦朧とする意識の中で、あら残念と独りごちると
小蒔ちゃんの頭を力なく撫でる


『全部、食べちゃってもいいですからね』

『駄目です!私はずっと
 霞ちゃんと一緒に居たいですから!』


そう言って小蒔ちゃんはへにゃりと笑うと
血塗られた私の胸に顔を埋めた


嗚呼
やはり私は今、意外と幸せなのかもしれない


失血と苦痛で視界が赤黒く染まる中
小蒔ちゃんに微笑みかける

こんな生活が長く続くとは思えないけれど
どうか、せめて私が事切れるまで
この子が幸せでありますように

ただそれだけを希い(こいねがい)ながら、
私は意識を手放した



(完)
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posted by ぷちどろっぷ at 2017年03月19日 | Comment(5) | TrackBack(0) | 咲-Saki-
この記事へのコメント
狂気でドロドロとしながらも愛がある小説とイラストに大変すばらです
Posted by at 2017年03月19日 22:51
姫様はハッピーエンドでも周りの人はバッドエンド…。
一番得をしたのが鬼さんなのでしょうか?長年付き合ってきた人とその人が守りたかった人を食べ放題。
姫様の「2人もそろそろ連れてきて下さい」には震えました。霞と姫様の絡みを見せ続ければ2人も初美のように壊れそうですね…。
Posted by at 2017年03月19日 23:26
このドロドロした感じが堪らない…すばらです《*≧∀≦》
Posted by さおがみakaテイッシュ用意していました at 2017年03月22日 00:26
イラスト付きで良かったです
やっぱりヤンデレものは絶望感があった方が良いですねー
Posted by at 2017年04月08日 03:21
コメントありがとうございます!
大変すばら>
姫子
 「花田が壊れよった!?」
煌「道を外れつつもたただた相手を思った
  その愛の深さはすばらです!」
姫子
 「そいでもなかった」

姫様はハッピーエンドでも>
鬼「一番苦汁をなめた存在とも言えるけどね」
初美
 「ちなみに、最終的には鬼サイドで
  六女仙揃う設定ですねー」

ドロドロした感じが堪らない>
霞「イラスト描いた方が
  『もう思い切り酷くしてください』って
  言ってたのでかなり攻めたつもりだけど」
初美
 「このブログならこのくらい
  普通なんですかねー」

やっぱりヤンデレものは絶望感があった方が>
霞「選べる道はほかにあるのに、
  それでも愛ゆえに絶望を選んでしまう」
小蒔
 「そんな不完全さに愛おしさを
  感じていただければ幸いです」
初美
 「救われる話も普通に好きですけどねー」
Posted by ぷちどろっぷ@管理人 at 2017年05月02日 20:42
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