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【ガルパン:エリみほ】いつしか消えた境界線_後編
<あらすじ>
脳内の『みほ』と並び立つ。二人で固く手を繋ぐ。
二人で迎える決勝戦。それが私の夢だった。恍惚の中目を閉じる。
閉じた瞼を開いた時。『みほ』の姿は消えていた。
眼前に、本物のみほが立ちはだかっている。
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逸見エリカと西住みほが、最終的にお互いしか見えない
ドロドロの共依存に陥っていく話です(後編)。
最後はあまあまハッピーエンド
(ただし病気は治癒しません)
<登場人物>
逸見エリカ,西住みほ,その他
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・共依存
・異常行動
<その他>
ブログシステムの都合でPixivに公開した作品です。
内容は変わりませんが、可読性向上のためこちらでも公開します。
読みやすいほうでお読みいただければ。
(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7538322)
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練習試合を終えた翌日。黒森峰には諦観が色濃く纏わりついていた。
今日も盲目的に練習はこなしている。だがそれが何だと言うのだろう。
隊列を乱さず前進できる。確かにそれは凄い事だ。
与えられた指示を的確に遂行できる。それも重要な事だろう。
だが指揮官が無能では、宝の持ち腐れに過ぎない。
私が変わる必要がある。そう。逸見エリカが、西住みほを上回る必要が。
そこまで求めるのは無理にせよ。
せめて地力の差が影響してくる程度には肉薄する必要があった。
私が、私が、私が、わたしが。
どうやら口に出ていたらしい。
私の横で演習を眺めていた元隊長は眉を顰めると、優しい声音でこう言った。
「……エリカ、お前は根詰め過ぎだ。そんな状態では浮かぶ案も浮かばない」
「リフレッシュしてきたらどうだ?学園艦も、まだ数日は熊本港に停泊している」
「たまには丘に降りてぶらついてみるのもいいだろう」
見るに見かねたのだろう。元隊長は私に休息を勧めてきた。
確かに、このまま考え続けても心が摩耗していくだけだ。
何より、本当はもう何も考えたくなかった。
隊長の好意に甘えて、休みをいただく事にしよう。
他の隊員が練習中に抜け出すのは忍びないけれど、心から血が溢れて止まらないから。
そして私は、一時の安息を求めて街に繰り出す。
……もしこの時、私の頭が僅かなりとも働いていてくれれば。
次に起こりうる可能性を、容易に予測できただろう。
そうでなくとも、周りに気を配る注意力さえ残っていれば。
隣に停泊している大洗の学園艦に気づく事ができただろう。
だが残念ながら、私はどちらの能力も欠損しており。
ただふらふらと廃人のように、あの狂人に出くわす道を歩いて行った。
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練習試合を終えた翌日。私は一人、ため息をつきながら熊本の街を歩いていました。
本当はエリカさんを誘うつもりだったんです。
でも、エリカさんは試合の結果に酷くショックを受けていて。
人との距離を測るのが下手な私ですら、流石に今誘うのはあり得ないと判断できる程でした。
「…でも、話したかったな」
沈黙で気まずくならないように、話題もいっぱい考えてきてたんです。
戦車の事以外はあまりよく知らない私だけれど、一生懸命調べてきました。
コーヒーが美味しいお店も調べたし、可愛い服の店も沙織さんに教えてもらいました。
もちろん、この近辺でボコグッズを置いてる店のマップも作って。
今日は、戦車の事以外でエリカさんと盛り上がろうって意気込んでたのに。
「……はぁ」
知らず知らずのうちに肩が落ち、視線が下を向いて行きます。
だったらいっそ諦めて、大洗のみんなと遊びに行けばよかった。
そう考えもしたけれど。
それでも未練がましい私は、
『もしかしたらエリカさんも街に来てるかもしれない』
なんて一縷の望みに縋ってしまって。
結果、貴重な一日の休みを棒に振る事になりそうです。
「あいたっっ!!」
――なんて事を考えていたら、人にぶつかってしまいました。
ドスンと尻もちをついてしまいます。でも原因は私の前方不注意で。
おろおろわたわた慌てながら、まずは謝ろうとして顔を上げます。
でも。
「ご、ごめんなさっ……えぇっっ!?」
口から飛び出した謝罪の言葉は、途中で驚きに変わっていました。
だって、だって。私の目の前で、呆れた顔をしながら手を差し伸べるその人は。
「…はぁ。あなたは戦車から降りたら、まともに歩く事もできないの?」
今日ずっと、ずっと思い焦がれていた人。
そう、エリカさんだったんです。
◆
こうなる事を期待してたはずなのに。だからこそ、一人ふらふら歩いてたのに。
いざ現実になってみると、言葉を紡ぐ事ができませんでした。
だって、いつもなら爛々と輝くエリカさんの瞳は、まるで膜が張ったみたいに曇っていて。
その原因を作った私は、何を言えばいいのかわかりません。
取り繕うように笑みを浮かべて、その後目を伏せてしまいます。
ああ駄目だ、悪い癖が出ちゃってる。
こんな反応したって、エリカさんを苛立たせるだけなのに。
「……はぁ。なんで勝ったあなたが落ち込んでるのよ。
おかげでこっちが一層惨めになるじゃない」
「で、でも。その。ごめんなさい」
「謝る理由がないのに謝るのもやめなさい」
「う、うん」
謝る理由がない。そう言ってもらえた事で、少しだけ心が軽くなりました。
でも、私がエリカさんを傷つけたのは事実で。ならどうすればよかったんだろう。
わかりません。全力でぶつかった事は間違いじゃなかったはずです。
もし手を抜いたりしたら、それこそエリカさんは私を許さなかったでしょう。
でも、だとしたら、どうすれば。
思考の袋小路に陥り掛けて、ふと思い止まりました。
ひどく不器用な私だけれど、これまでの経験で一つ学んだんです。
こういう時は、いっそ思考を停止するのが正解だって。
「ね、ねえエリカさん。私、行きたいところがあるんだ」
「……そう。じゃ、私はこっち行くから」
「そ、そうじゃなくて!その、できれば一緒に遊びたいんだけど」
「敵と馴れ合うつもりはないわ」
「そ、そういうのは今日だけ忘れよう!?忘れて、ただの西住みほと遊んでください!」
「お願いします!!」
勢いよく頭を下げました。わかってます、このやり方はズルいって。
エリカさんって、なんだかんだで優しいから。
こういう対応をされると断れないって知ってるんです。
「……一日だけよ。明日からは、また敵同士だから」
予想通り、眉間にしわを寄せながらも、エリカさんは承諾してくれました。
ごめんなさい。でも、今回だけは許してください。
エリカさんが楽しめるように、私も全力で頑張るから。
私はエリカさんの手を取ると、元気よく街を歩き始めます。
久しぶりに握ったエリカさんの手は、まだ秋なのに酷く凍えていました。
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何の因果か知らないけれど、あの子と二人で遊ぶ事になった。
敵との馴れ合い。普段の私なら絶対に考えられない愚行。
どうやら私は、自分が思っていた以上に衰弱しきっていたらしい。
彼女と遊んでみて、二つ気付いた事実がある。
一つは、私はみほの事をほとんど何も知らないという事だ。
「あ、このお店マカロン売ってる。ちょっと寄ってもいいかな?」
「持ち帰るんでしょう?だったら店を覚えておいて、帰りに寄ればいいじゃない」
「え、えへへ……2、3個つまんじゃ駄目かな」
「……好きにしなさい。そしてブクブク太るといいわ」
私が把握していた情報なんて、
せいぜいあの趣味の悪いぬいぐるみが好きだって事くらい。
好きな食べ物も初めて知った。かつては一緒に食事をとっていたはずなのに。
もう一つ気付いた事がある。
何も知らない私に対し、みほは私をよく知っているという事だ。
特に話した記憶はない。でも、なぜか情報が漏えいしている。
「あ、やっと見つけた。エリカさん、ここ入ろう?」
「最初から狙いをつけてたみたいだけど。何か食べたいものでもあるの?」
「このお店ね、ハンバーグが絶品だって評判なんだ」
「なんですって!?」
「あはは。エリカさん、やっぱりハンバーグの事になると目の色が変わるね」
「っ……私の好物なんて、あなたに話した覚えはないんだけど?」
「見てればわかるよ。エリカさん、食事はいつも燃料補給って感じで食べるのに、
ハンバーグの時だけは頬がゆるんでたもん」
成程。恥ずかしさで頬に熱が溜まっていくのを感じながら、心の中で嘆息した。
こうやってこの子は私を監視しながら、行動パターンを細かく分析していったのだろう。
そしてそれはおそらく寮生全員に対しても。
おどおどした表情を表面に張り付かせながら、
その裏では膨大な量の情報を処理していたわけだ。
改めてみほの病性を突き付けられた気がして、
背筋を悪寒がぞくりと撫でた。
(馬鹿、考えるのはやめなさい)
この子がちょっとおかしいのは今に始まった事じゃない。
収集した情報をもとに尽くしてくれると言うのだから、
あまんじて享受しておけばいいのだ。
何より、今は目の前に添えられた
湯気立ち込める鉄板ハンバーグに専念したい。
「「いただきます」」
二人して手を合わせると、ハンバーグにナイフを通す。
切れ目から肉汁がじゅわりと滲み出し、それを見ただけで口内に唾液が溢れた。
逸る気持ちを抑えながら、一口大にカットして。
ソースを絡ませた肉を口にほおりこむ。
「……〜〜〜〜っっっ!!」
美味しい。これは間違いなく歴代トップ3に入る味だ。
さっき言われたばかりで癪だけど、自然と頬が緩んでいくのを感じてしまう。
みほが笑いながら何か言っている。
でも私は夢中になって、目の前の肉の塊に食らいついた。
「ふぅ。なかなか美味しかったわ。あなたにしてはいいチョイスだったじゃない」
「え、えーと…私、まだ半分も食べてないんだけど……」
「ゆっくり食べなさい。私もおかわりするから丁度いいわ」
呼び鈴を鳴らしながら告げる私の前に、みほは呆れたように苦笑する。
みほにその反応をされるのは正直癪だけど、今回ばかりは不問にしてやろう。
そのくらい、この店のハンバーグは美味し
「エリカさんなら、試合中でもハンバーグで気を惹けそうだよね。
ハンバーグ作戦です!!とか言って」
私は目を見開いた。
和やかな雰囲気は一転、場の空気が凍り付く。
「っ、あ、そのっ、ごめんなさいっっ!ごめんなさいっっ!!!」
しまった、とばかりにみほの顔色が青ざめていく。
致命的な失敗だった。戦車道の事は忘れよう、そう言ったのはみほ自身だったのに。
なのに、よりによって喜びの絶頂を狙ったかのように冷水をぶち撒けた。
みるみる目に涙を浮かべながら、みほはひたすら謝り続ける。
もっとも、私の動揺は怒りからくるものではなかった。
みほの言葉に、何かのピースがカチリとハマった気がしたのだ。
難題を解き明かす、大切なきっかけを与えられたかのような。
それが何かを知りたくて、脳みそをフルスピードで回転させる。
そしてついに、一つの解に辿り着いた。
(もしかして…病的な情報収集が、独特の戦術を生むきっかけになってる?)
もちろん、ハンバーグ作戦なんて断行したところで、私は絶対見向きもしない。
だが仮にどうだろう。戦場全体に響く程の音量で、
突如としてボコられグマのテーマが流れたとしたら…
果たしてみほは完全に無視できるだろうか。
いや別に、そんな冗談みたいな戦術について論じたいわけじゃない。
考慮すべきは、みほが戦術を考える上で。
こういった、日常の取るに足らない情報すら参考にしている可能性だ。
今まで、みほの恐るべき対応力は、『才能』だとばかり考えていた。
だからこそ、手が届くはずもないと諦観に襲われていた。
無論、才能があるのは間違いないだろう。でも、でも、でも、でも。
もし、その実力の根底が。『才能』なんて身も蓋もない絶望ではなく。
ただ、病的なまでの執着による情報収集だとしたら……?
膨大な情報の蓄積が、彼女の対応力に繋がっているのだとすれば――
――それなら、私にだってできるのではないか?
一気に道が拓けた気がした。
やはり、今までは追い込まれて思考が停止していたのだ。
私は昨日、彼女の情報収集を『病気』と断じて拒絶した。
それ自体が間違いだった。『病気』ではなく『不断の努力』だ。
単純に、『私の努力が足りなかった』のだ。
「ごめんなさい…本当に、本当に……っ」
ひとり、衝撃に打ち震えていた私は、そこでようやく我に返る。
唐突に言葉を失って震え出した私を前に、みほは完全に誤解していた。
ぼろぼろと目から涙を零し、壊れたラジオのように謝罪の言葉を繰り返している。
慌てて私は取り繕うと、みほの手を握って言った。
「ち、違うのよ!あなたのおかげで、今大切な事に気づけたの!!」
「っ、たいっ、せつなっ…ことっ?」
かすれたみほの問い掛けに、思わず口をつぐんでしまう。
矮小で弱くて小心な私は、口にするのを躊躇った。
この気づきが、みほをより強大な存在に押し上げてしまう事を危惧して。
代わりに私は、彼女が一番欲していただろう言葉を吐いてのけた。
「今はまだ確証がないから、口にするのはやめておくわ」
「でも、もっと聞かせて頂戴。今は、貴女の言葉が聞きたいの」
闇に染まったみほの瞳に、みるみるうちに光が灯る。
白く血の気を失った頬に赤みが戻り、平常時以上に朱に染まっていく。
「うんっ…うんっ!」
みほは何度も頷いて、再び笑顔で語り始めた。
…馬鹿な子だ。私が何を考えているかも知らないで。
冷静に回転し始めた頭が、もう一つの事実を告げる。
今みほは、私の反応を誤解して泣きじゃくった。
それは裏を返せば、みほも私の全てを見透かしたわけではない事を意味している。
その事実も、私に勇気を取り戻させた。
目には目を。歯には歯を、だ。
みほの性格、性質、行動、軌跡を徹底的に洗ってやる。
この子が私を見透かす前に、この子の全てを見通してやる。
そうなれば、もはや私が負ける道理はない。
できるはずだ。
努力の量を論ずるのなら、私はみほにだって負けない自負がある。
見てなさい。
あなたが私と能天気に友達ごっこを楽しんでいるうちに、丸裸にしてやるから。
私は一人ほくそ笑む。
でもそれが、決して踏み出してはいけない狂気への一歩である事に、私は気づいていなかった。
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あの日以来、エリカさんとの距離がぐっと近くなりました!
メールもすごく親身に返してくれるし、
エリカさんからも頻繁にメールをくれるようになったんです。
心が満たされていくのがわかります。
もちろんメールのやり取りとかは、大洗のみんなともしてるけど。
エリカさんとのやり取りは、持つ意味が少し違うんです。
大洗にいる友達は、みんなの方から歩み寄ってきてくれました。
多分私が何もしなくても、みんなが手を差し伸べてくれると思います。
でもエリカさんは違います。
友達になりたいと願いながらも、一度は諦めてしまった人。
私のせいで絆が途切れて、でも勇気を出して、ようやく手が届いた人。
もちろん、どちらが上という事はありません。
それでも、諦めていたエリカさんと繋がれた事が、嬉しくて仕方ないんです。
だから、今はちょっとだけ。ちょっとだけエリカさんを優先させてください。
そんなわけで、最近はエリカさんとメールを送り合う毎日。
でも、戸惑う事もいっぱいあります。
『FROM:エリカさん
----------------
あなたの事がもっと知りたいの。』
エリカさんは、こんなメールを普通に送って来ちゃうから。
メールを覗く度に、心臓がドクンと跳ね上がって。
なんだか、その。ちょっと危ない道に堕ちちゃいそうです。
『TO:エリカさん
----------------
な、なんかそれ、口説いてるみたいだよ?』
『FROM:エリカさん
----------------
ある意味そう取ってもらってもいいわ。
今、私はあなたしか見る気がないもの。』
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
胸の鼓動がどんどん酷くなってくる。
頭に熱が溜まっていって、ぼんやりしてよくわからなくなってくる。
『TO:エリカさん
----------------
そ、その…本気にしちゃうよ?』
『FROM:エリカさん
----------------
お好きにどうぞ。』
ぼふん、と頭が爆発しました。
私は枕に顔を押し付けながら、声にならない悲鳴をあげて。
それでもこみ上げる感情を抑えきれずに、足をじたばたさせました。
何これ、ズルいよエリカさん。
今までずっとそっけなかったのに、急にこんな風にされちゃったら。
私、本当に駄目になっちゃうよ。
どう返事を返せばいいんだろう。よろしくお願いします?
ええと、もう一回確認した方がいいのかな。
これって、本当に恋人って事なんだよね?とか?
なんて、一人悶々としているところで、また携帯が震えます。
『FROM:エリカさん
----------------
というか、あなた今日朝ミーティングでしょ?
こんな時間まで家で油打ってていいの?』
そうでした。時計を見たら、もう走らないと間に合わない時間。
私は慌てて飛び起きると、身だしなみもそこそこに家を飛び出して……
と、でもその前に。一言だけ、メールを送っておきました。
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『FROM:みほ
----------------
いってきます!さっきのめーる、すごく嬉しかったでし!』
送り返されたメールを開き、私は思わず噴き出した。
相当慌てていたのだろう、変換も語尾も滅茶苦茶だ。
玄関で慌てふためきながらメールを打つ姿が容易に想像できた。
あの日以来、みほとは頻繁にメールを交換している。
もちろんメールだけじゃなくて、都合がつく時間は電話でも。
お互い空き時間のほとんどを食い潰している。
それはさながら、付き合い始めた恋人かのように。
もっとも、二人が行為に求める意味合いはまるで違う。
みほは純粋に友達としての交流を求めているのだろうけど、
私は敵の情報を収集しているに過ぎなかった。
みほに倣う事にした。
朝いつ起きるのか。何時に家を出るのか。
どのくらいで学校につくのか。学校に着いたら何をするのか。
どんなルーチンで動いているかを把握するために、些細な情報も全て漏らさず収集する。
そうして仮想訓練を行うのだ。
ある事象に出くわした時、心の中で自問する。
『みほならどうする?』
そう問い掛けて、想定回答を導き出すのだ。
まずは日常の事象から。訓練を積めば、試合中にも同じ事ができるだろう。
残念ながら、今はまだ情報不足で精度が低い。もっと情報を集めなければ。
一度情報を追う側になると改めてわかる。あの子がどれだけ怖い存在だったのか。
交流を再開した当初、あの子はランダムな間隔で連絡を送ってきていた。
何も考えてなかったあの頃は、練習中に届いたメールを見て嘆息した。
少しは空気読みなさいよ、なんて毒づいてみたりもして。
大馬鹿者だった。おそらくあれは、私の行動パターンを把握するためだったのだろう。
無意識か故意かはわからない。でも、おそらくは故意に違いない。
もっとも、私はそんな回りくどい行動を取る必要はない。
『お互いの事をよく知るために』
そんな薄っぺらい言葉を重ねた結果、何でも直接聞く事ができる状況にある。
その気になれば、自らが導いた想定回答の答え合わせすらできるのだ。
「もしあなたなら、この時どうする?」
『えーと…うん、たぶん、私ならこうすると思う』
質問攻めにしてやった。みほは疑いもせず答えてくれる。
膨大な試行の結果、少しずつ想定質問の回答精度が上がっていく。
それがまるでゲームのようで、面白くって仕方がなかった。
今はまだ40%程度。でもこれが100%になった時。
大洗は、黒森峰に白旗を上げる事になるだろう。
◇
チームの再建も順調だ。
あの日、街から戻った私は全隊員を集めて演説を行った。
意気消沈した皆の前で、私は深々と頭を下げる。
『至らない隊長なのはわかってる。
私は前隊長とは比べるべくもなければ、大洗の隊長にも及ばない』
『それでもなんとか足掻いて見せる。どうか半年。半年だけ時間をちょうだい。
石に噛り付いてでも、あの子に追いすがって見せる』
『私に前隊長のような求心力はない。
みんなで、一丸にならないと大洗には勝てない』
『お願い。私に、皆の力を貸してちょうだい』
酷く無様な口上だ。隊長としての威厳は地に落ちた。
プライドだってズタズタだった。
それでも確実に潮目は変わった。
良くも悪くも隊長主権だった黒森峰に、一人称の意識が生まれ始める。
『逸見隊長、頭を上げてください!』
『私達の方こそ間違ってたんです!結局私達は、隊長任せで思考を停止していました!』
『全員で大洗を倒しましょう!三人寄れば文殊の知恵です!』
『これだけの人数が集まれば…元副隊長にだって勝てるはずです!!』
葬式のように静まり返っていた会議場は、いつしか汗ばむほどの熱気に包まれていた。
船頭多くして船山に上る、なんて野暮なことわざが頭に浮かんだけど、
流石に口に出す事はしない。
皆が皆拳を振り上げ、その目に情熱を灯している。
一度は失われた黒森峰の闘志が、再び荒々しく炎を巻き上げ始めた。
頼りないこの隊長を。恥を捨てて部下に頭を下げたこの上官を。
他でもない自分が支えてやるんだと息巻いているのだ。
プライドはもうズタズタだった。それでもいいと素直に思えた。
相手は戦神、西住みほ。安いプライドに拘って勝てるような相手じゃない。
どんな汚辱にも塗れてやる。嘲笑されてもかまわない。
そう開き直って見上げた空は、いつもより遥かに輝いて見えた。
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黒森峰と一緒に練習する機会が多くなりました。
定期的な練習試合はもちろん、合同合宿を開く事もありました。
そうなれば自然と、エリカさんと私が顔を突き合わせる機会が多くなります。
お互いに隊長職に追われる中、私達は少しの空き時間も無駄にせず、
二人で落ち合うようになりました。
「ほらこれ、新作のボコられグマ」
「わぁああ〜っ、ありがとうエリカさん!でも、急にどうして?」
「ずいぶん遅れちゃったけど、誕生日プレゼントよ。いつももらえるとは思わない事ね」
「っ……あ、ありがとう……!」
「って、あれ?私エリカさんに誕生日教えてたっけ」
「赤星さんから聞いたのよ。あの子が知ってて私が知らないのが正直不快だったけど」
「あ、あはは……だって、教えたら催促してるみたいだし……」
なんだか最近、エリカさんが変わってきた気がします。
優しいのは前からだけど、こう、的確にツボを押さえてくるっていうか。
『こうだったらいいのにな』、なんて期待を先回りしてくれるんです。
それに、ちょっとだけ口にしたような、些細な事も全部覚えてて。
なんだかプロファイルされてるみたい、なんて冗談交じりに笑ったら。
エリカさんは、呆れたようにため息をつきました。
「これだけ頻繁にやり取りしてれば、あなたが何を求めてるか位わかってくるわよ。
そもそも、会話もしてない人間のプロフィールを覚えてるあなたには言われたくないんだけど?」
「そう言えば。今日訓練の途中で7分くらい離席してたけど、アレはどこに行ってたの?」
「えっ、あ、その…ちょっと体調崩しちゃって」
「……ああ、そういう事ね。それでも数分で復帰できちゃうなんて腹立たしい限りだわ」
「エリカさんのは重いもんね……」
「あっきれた。あなた、私の生理の重さまで把握してるわけ?」
「つ、月に一回顔が真っ白になってたら誰でも気づくよ!?別に嗅ぎまわってたわけじゃないから!」
話してなんだか納得しました。そうだ、私に似てきてるんだ。
エリカさんと友達になりたくて、がむしゃらに情報を集めた私と。
でもそれも、『こういう関係』になったなら当たり前なのかもしれません。
やっぱり、大切な人の事は何でも知りたいよね。あ、そうだ。確認しておかないと!
「そ、そう言えば、その…私達って、その。恋人って事になるのかな?」
「はぁ!?寝言は寝て言いなさいよ!!」
「え、えぇ!?」
思わず驚きの声をあげてしまいます。
確かに面と向かって確認したのは初めてだけど、ここまで力強く否定されるとは思ってなくて。
でも、だとしたら。エリカさんは、なんでこんなに私の事を気に掛けてくれるんだろう。
頭に疑問符を浮かべていたら、エリカさんは私の目を覗き込みながら言いました。
「でも、あなたしか見えてないのは確かよ」
「っ……そ、それ、好きってことじゃないの?」
「好きとか嫌いとか。友達とか恋人とか。そんな薄っぺらい話じゃないって事よ」
「あなたの事を全部知りたいの。あなたの事はなんでも、全部」
ぞくり。
なぜか、背筋に悪寒が走りました。
燃えるようなエリカさんの視線。でも、酷く冷たくて凍えるような。
ちょっとだけ普通じゃない。その。常軌を逸してるっていうか。
そんな得体の知れない何かを、エリカさんから感じてしまいます。
「人の生理周期まで把握してるあなたに気味悪がられたくないんだけど?」
ぞわぞわっ。
今度は全身が震えました。今、わたし、声に出したっけ。出してないよね?
読んだの?エリカさん。今私の心を読んだ?
「あなたがどう考えてるかなんてもうお見通しなのよ」
「で、どうなの?自分を全部曝け出すのは嫌?人に見透かされるのは怖い?」
エリカさんの問い掛けに、改めて私は考えます。
確かにエリカさんがしてる事は、普段私が普通にしている事で。
それに、ちょっとゾクゾクってしたけど、それが嫌なのかって言われたら。
「……別に、いやじゃないかも」
「ならいいじゃない。逆にあなたが望むなら、私だって教えてあげるわ」
「なんだって教えてあげる。その代わり、あなたも丸裸になりなさい」
ずくん。
その言葉を耳にして、お腹の奥に妖しい微熱が生まれます。
わかってます。そういう意味じゃない事は。
でもそれはどこか背徳的で、禁忌を犯しているような、酷く甘ったるい疼き。
頭にピンクの靄がかかって。脳が痺れて蕩けていきます。
「…えっちな意味じゃないよね?」
「サカってるの?……まあでも、あなたが望むなら構わないわよ」
「え、そ、それって」
「……なんなら確かめてみる?」
微熱はどんどん酷くなり、じゅわりと全身に広がっていきます。
体が燃えるように熱くって、意識が朦朧としてきます。
自分でも気づかないうちに、エリカさんとの距離が近づいて。
いつしか肌が触れ合って。
そして、私は、吸い込まれるように――
ヴーーーーーッ、ヴーーーーーッ
「わひゃぁっっ!?」
ビクリと全身が硬直しました。
思わず一気に立ち上がって、ガチャンと何かを落としてしまいます。
携帯のアラームでした。激しく震える画面は、
ミーティングの開始時間を伝えています。
「わ、わわ!休憩時間とっくに過ぎてる!戻らなきゃ!!」
「そんなトロトロの顔で戻るつもりなの?」
「っ、え、エリカさんだって顔真っ赤になってるよ!?」
「う、うっさいわね!あなたに比べればましのはずよ!!」
二人で慌てて立ち上がると、校舎に向かって走り始めます。
二人して遅刻する事がどんな結果をもたらすのか考えもせず。
私達は肩で息をして、頬を赤く染めながら。
二人同時に、全員が待ち受ける教室に駆け込んだのでした。
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少し隙を見せてやったら、あの子は見事に食いついた。
戦車道では冷静でも、こっちではそうでもないらしい。
私が唇を突き出したら、あの子は目を潤ませて。
まるで夢遊病者かのように、私の顔に吸い寄せられる。
結果は未遂に終わったけれど、そこは大して問題じゃない。
これであの子はまた私に釘付けになって、より深い情報を提供するだろう。
あの子の情報が手に入るなら、私のファーストキスなんて安いものだ。
たゆまぬ努力の結果、情報もだいぶ蓄積されてきた。
それに伴い、言動も読めるようになってきた。
脳内の『みほ』の想定回答は、今や70%以上の精度を誇っている。
そしてついに。そうした日常生活の行動分析から、
試合中のみほの行動が説明できるようになってきた。
例えば予想外の行動が起きた時、あの子は思考を停止する。
思考を停止した上で、反射的に体が動く。
今日携帯を落としたのもそうだし、もっと遡れば、
あの日フラッグ車を抜け出したのもそうなのだろう。
考えるより先に無意識が行動を開始する。
その無意識を読み切る事ができれば、有事の際かなり優位に立てるはずだ。
やはり私は間違ってなかった。狂気の情報収集は、
確実に戦術を考える上での一助になる。
もっと、もっと情報を集めよう。
脳内の『みほ』を完成させる必要がある。
情報が必要だ。もっと、もっと、もっと、もっと。
そのためなら、こちらの情報なんて。いくら明け渡しても構わない。
◆
キス未遂事件を経験した後。みほとの接触はより濃厚なものに昇華していった。
単に色を含むという意味だけではなく、密度が濃くなるという意味で。
『なんだって教えてあげる』
その言葉に触発されたのか、みほの病気が再び顔を出し始めたのだ。
今となれば、みほが情報を集める理由もわかる。
基本臆病で不器用だから、情報という武器が欲しいのだ。
もっと仲良く。もっと深く交わるための情報が。
『エリカさんって、お風呂の時どこから洗うのかな?』
「頭だけど…それ聞いてどうするつもりなのよ」
『え、だって…エリカさんを洗うことがあるかもしれないし』
『エリカさん、手袋届いた?』
「ええ。まあそれなりにフィットしてるけど、若干指が余るわね」
『あれ、エリカさんの手って18.3cmくらいじゃなかった?』
「…今測ったら16.5cmだったけど。
ていうかその細かい数値はどこから来たのよ」
『え、えへへ……この前戦車に触った時についた手形から取りました……
じゃあ、多分すべったりして正確な値じゃなかったんだね』
『16.5cm、と』
「……それ、私だけにしときなさいよ?普通の人に知られたらドン引きされるから」
『私が情報収集するのはもうエリカさんだけだもん』
あの子はもう、その異常な収集癖を隠そうとはしなくなった。
でもそれでいい。あの子がおかしくなればなる程、私も質問がしやすくなる。
あの子に引きずられるように、私が問い掛ける質問も異常さを増していった。
もっとも私はあの子と違って、目的を持った情報収集に過ぎないけれど。
「この際だから、今度あなたのサイズも全部教えなさいよ。
つま先から頭まで全部。その方がプレゼントとか困らないでしょ?」
『あ、そうだね。今から測るから待ってて』
「今度私が直々に測るわ。あなた不器用だから測り間違えそうだし」
『え、ええ…それ、エリカさんの前で裸になるって事だよね?』
「お風呂位何度も一緒に入ってるじゃない」
『ま、まじまじ観察されるのとはまた違うよ』
「なら私の情報は手に入らなくてもいいのね?」
『……欲しいです』
私は心の中でガッツポーズした。
詳細な生体データ。それは狂人でなくても有用だろう。
例えばみほは、よくキューポラから身を乗り出して走行する。
その時、天井がどの程度の高さまでなら、上体を出して走行できるのか。
座高がわかればそれを算出する事ができる。
後は脳内の『みほ』をイメージする一助にもなるだろう。
せっかくなら外見も、できるだけ本人そのままにイメージしたい。
(あなただって、その方が嬉しいでしょう?)
『え、ええと…あんまり全部知られるのは恥ずかしいかも……』
脳内の『みほ』が恥じらうのを無視して、私は必要な情報の一覧を整理し始める。
身長、体重、座高、スリーサイズ、手首、首回り、指の長さ、エトセトラ、エトセトラ。
身体計測だけで一日はかかりそうだ。
泊りの予定を立てる必要があるだろう。
計測が終わったら、私も手袋でも送ってやろう。
あの子とは違って、サイズぴったりの手袋を。
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冬の寒さが通り抜け、ほのかに暖かくなってきた頃。
我が大洗では、西住殿の異変が問題になり始めていました。
『問題』とまで言うと、ちょっと大げさかもしれませんね。
著しく素行が悪くなったとか、そういう話ではありません。
西住殿は今も隊長として、皆をしっかりまとめてくださっています。
……ですが。
最近、練習や会議に遅刻をする事が多くなってきました。
体調も芳しくないようで、朝練では眠たそうに目を擦る姿が散見されます。
後は、少しでも空き時間が見つかると、さっと姿を消すようになりました。
お昼休みですらどこかに消えてしまうのです。
気になって軽く様子を伺うと、いつものように困ったような笑顔を浮かべて。
『ちょっと体調が悪くて休んでいた』とおっしゃるのです。
西住殿は何かに苦しんでいる。きっとそれが原因で体調を崩されている。
私はそれが気になって、でも教えてはもらえませんでした。
そこに他意はありません。
ただ、敬愛する西住殿の苦しみを少しでも緩和できれば、そう思っただけの事。
でも、西住殿は秘密を秘匿しているようでした。
「うぅー、西住殿、私では力不足でありますか?」
「そ、そういうわけじゃなくて……その、本当に大した話じゃないから」
「ご、ごめんね!私ちょっとトイレに行ってくる!」
今日も強引に躱されて、西住殿はトイレに姿を消してしまいます。
ただこの時は、いつもと違う点がありました。
よほど慌てていたのでしょうか。
いつもなら肌身離さず持っている携帯電話を置き去りにしていったのです。
ごくりと唾を飲み込みます。これの、中身を覗いてみたら。
西住殿の悩みが判明するかもしれません。
無論、それは明確な犯罪行為。いくら諜報活動に手を染める私と言えど、
友人の携帯電話を覗き見るのはあり得ません。
でも、でも、でも……
一人頭を抱える私の前で、事態が進展を見せました。
ヴーーーーーッ、ヴーーーーーッ
置き忘れた携帯電話が、けたたましく音を鳴らし始めたのです。
いくら親しい友人とはいえ、他人の電話に勝手に出る事はできません。
私はおろおろしながらも、震え続ける携帯電話を持って立往生するしかなくて。
数十秒のコールの後、ついにコールは切れてしまいます。
何となく罪悪感を覚えつつ、特に意図せず画面をぼんやり視界に入れて。
そして、私は妙な違和感に囚われました。
『不在着信:エリカさん』
いえ、不在着信自体はいいんです。送り元が逸見殿というのも、
お互いに戦車道の隊長ですから連絡を取りあう事もあるでしょう。
問題はその下です。
『新着SMS:9件』
問題はこちらです。9件。異常だ…とは言いませんけど、
少し放置し過ぎなのではないか?という感じの量です。
まして、最近の西住殿は割と頻繁に携帯をいじっているのに、です。
直感的に、なんだか嫌な予感がしました。確証はありません。
でも、最近西住殿の様子がおかしい理由。
それが、ここに今ある様な気がしたのです。
いけない事をしているという自覚はありました。
酷いルール違反だとは思いました。
でも、どうしても知りたくて。疑念を振り払いたくて。
つい、通話の着信履歴を覗いてしまったんです。
「えぇっっっ!?」
思わず携帯電話を取り落としそうになり、慌てて宙を彷徨う電話を掴みます。
改めて画面を見ると、そこには余りにも異常な数字が並んでいました。
『20:36 エリカさん:2時間20分』
『23:01 エリカさん:1時間 4分』
『01:21 エリカさん: 5分18秒』
『06:25 エリカさん: 17分20秒』
『07:46 エリカさん: 47分23秒』
『09:51 エリカさん: 8分34秒』
『10:51 エリカさん: 7分49秒』
『12:52 エリカさん: 40分51秒』
『14:26 エリカさん: 7分20秒』
ぞくっと背筋が凍りつきました。もしこの記録が事実なら。
西住殿は登校中の休み時間ほぼ全てを、逸見殿との通話に費やしている計算になります。
それどころか下手をすれば。自宅にいる時間も含めて、空いている時間は全部。
「ゆっ、優花里さん…それ、私の携帯電話だよね……?」
不意に声を掛けられました。慌てて振り向くとそこには西住殿の顔が。
その表情は焦燥に駆られていて、まるで病人のようでした。
「す、すいません。すごい勢いで震えてたのでつい」
「ご、ごめんね。返してくれるかな。急いで連絡しないといけないんだ」
「あ、はい……」
西住殿は携帯電話を受け取ると、慌てて教室を飛び出していきました。
電話をする相手はもちろん……逸見殿なのでしょう。
脳裏に浮かぶはあの画面。
狂気さえ感じる着信履歴が、頭に焼き付いて離れませんでした。
◇
居ても立っても居られなくなって、私は逸見殿に電話を掛けました。
何度となく通話中に阻まれて、数十回目のトライの後。ようやく電話が繋がります。
『あなたが電話してくるなんて珍しいわね。何の用かしら?』
「西住殿の件で話があります」
『みほの?もう少し要件を詳細に伝えてくれない?』
「あなた達の異常な長電話についてです」
静寂。電話越しからも威圧感が伝わってくるようでした。
しばらく沈黙を保った後、逸見殿は低く唸るように言葉を紡ぎます。
『どうしてそれをあなたが知ってるの?みほが喋ったわけ?』
「っ、西住殿から聞いたわけではありませんが、最近頻繁に電話されているようなので」
『みほから聞いたんじゃないなら話すつもりはないわ。部外者は黙ってなさい』
ブツリッ。どこまでも無慈悲に、逸見殿は会話を拒絶しました。
でも、真っ当な主張でもあります。
私はこの件について、不正を働いて情報を手にしたのでありますから。
だからこそ、西住殿に問い掛けるのは怖かった。否。もしかしたら私はこの時既に。
底冷えするような冷たい闇を、西住殿から感じ取っていたのかもしれません。
◇
「その、差し出がましいとは思うのですが……逸見殿と、何かあったのでありますか?」
西住殿に問い掛けました。過ぎた真似をしているとは思いましたけど、
あの通話が西住殿の健康を阻害しているのは明白です。
もし『あれ』が日常と化しているなら、睡眠時間は毎日5時間を切る計算になるでしょう。
早急に問題を解決しなければ、西住殿が倒れてしまいます。
もっとも、深刻さながらの表情で会話を持ち掛ける私に対して。
西住殿は悪戯が発覚した子供のような。いや、あるいは秘め事を覗かれたかのように。
そんな風に、頬を赤らめながら俯きました。
あれ?もしかしてこれ、馬に蹴られる奴ですか?
「う、うぅ。バレちゃったんだ…恥ずかしい」
「に、西住殿は、もしかして逸見殿と、その…そういう関係なのでありますか!?」
「た、多分」
「多分なんですか!?そこは結構重要だと思いますけど!?」
「その、エリカさんが言うにはね?友達とか恋人とか、そんなの超越した関係だって」
「つまり夫婦って事なんですかぁあぁ!?」
「うぇえっ!?あ、でも、え、そ、そうなのかな!?」
「私に聞かれてもわかりませんよぉぉぉ!」
西住殿のほんわかぶりに、へなへなと脱力していきます。
何の事はない、単に付き合い始めた恋人同士が、羽目を外して長電話に興じていた。
ただそれだけの事みたいです。いや、それはそれで私の心に砲弾直撃なのですが。
とにもかくにも、大した問題ではないでしょう。警戒を解除してもよさそうです。
「それにしても電話し過ぎじゃないですかぁ?あの通話量は異常ですよ」
「で、でも。エリカさんが、知らない事があるのは許せないって」
「……え?」
前言撤回。話題が急に闇を孕み始めました。
「私の事何でも知りたいらしいんだ。でね?私も、エリカさんの事全部知りたい」
「エリカさんと通話できない時間が、授業の時間だけでも6時間あるでしょ?」
「流石に戦車道の内容は話せない事も多いから、1時間と見積もって…これで合計7時間」
「二人合わせたら、今日だけで14時間も空白ができちゃう」
「今までの空白も合わせたら、とてもじゃないけど通話が終わらないよ」
西住殿の言葉を理解するのに、軽く数十秒が必要になりました。
つまりこういう事でしょうか。会えない時間に起きた事を全部報告しあっている?
それも、今まで離れていた分も含めて全部?
「ど、どう考えても無理に決まってます!!」
そもそも、いくら恋人とは言え普通そこまで情報を求めるものでしょうか?
確かに私には経験がありませんが、これが異常だという事はわかります。
「西住殿、考え直しましょう!そんな事してたら体がもちません!!」
「で、でも…エリカさんが」
「逸見殿にしても同じです!きっと体調を崩してますよ!」
「う、うぅ…でも、エリカさんの事もっと知りたいし」
話がまるで通じませんでした。
私の知っている西住殿は、自信なさそうにしながらも、話す事は理路整然としていたはずなのに。
その西住殿が、まるで壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返すのです。
ただ、ただ。『エリカさんの事を知りたい』と。
一体、いつからこうなってしまっていたんでしょうか。
私は途方に暮れながら、西住殿を諭す事しかできませんでした。
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自分の変調に、少しずつ違和感を覚え始めていた。
みほからの連絡がないと落ち着かない。
空白の時間、みほは何をしていたのだろうか。
その空白を埋めたくて仕方がない。
情報はもう十分に掴んだはずだった。
以前とは比べ物にならない程、私はみほの事を理解している。
身長体重と言った基本的な情報はもちろん、
ほくろの場所や、ひときわ敏感な部位みたいなプライベートな情報も。
『あの時』の鳴き声すら把握するに至った私は、
みほの考える事が手に取るようにわかる。
戦術に関しても同様だ。幼少の頃から今に至るまで、全ての大会記録に目を通した。
みほ自身からもその時どう考えて行動したのか一つ一つ確認した。
その数は軽く三ケタを超える。
おかげで私は、脳内に完璧な『みほ』を作り上げる事ができた。
もはや『みほ』の想定回答は、戦術面の質問においても99%の精度を誇っている。
もう十分だ。でも足りない。
なんで、どうして足りないの?
練習試合でもかなりの勝率で勝てるようになって来た。
しかも、こちらの手の内は隠したままで。
私は一体、何に怯えていると言うの?
そうだ、脳内の『みほ』に聞いてみよう。
「ねえみほ。私は一体、どうしてこんなに不安なのかしら?」
『うーん。短い時間でも、きっかけがあれば人は変われるからじゃないかな』
「だとしても、今更授業の内容とか、その日食べたご飯の献立とかいる?」
「そりゃ、あなたの事を何も知らなかった頃なら別よ?
でも、ここまであなたの事を理解した上で、
それでも何回トイレに行ったとかまで数える必要あるのかしら?」
『え、えーと。トイレの回数はやめてほしいかな……』
多分必要ない情報だろう。なのに、私はその無駄な情報を知りたくて仕方ない。
どんな内容であろうと、みほに空白があるのが許せない。
それはどうして?どうして?どうして?どうして?
「教えて、みほ。私は何を求めているの?」
『……ごめんね。その答えは、エリカさんが自分で見つける必要があると思う』
『それを知ってるのは、エリカさんだけだから』
酷い内部矛盾が発生している。みほの事は何でもわかるのに、
私は自分の事がよくわからなくなっていた。
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全国大会が始まった。
私こと、逸見エリカが率いる黒森峰は他校を寄せ付けず圧倒的な強さで勝ち進む。
当然だ。何しろ今の私は、参謀にみほをつけているようなものなのだから。
例えば、今回の相手はサンダース。
戦場の地図を一瞥すると、私は脳内の『みほ』に語り掛ける。
あなたならどう考える?と。
脳内の『みほ』は、首をひねりながら自信なさげに回答してくれた。
『えーと…籠城されると厳しい地形だね。…特に、
カール自走臼砲にE6地点を取られるとかなりきついかも』
「カール自走臼砲っ!?でも確かに
過去申請してたって言ってたわね。可能性は十分にある、か」
『うん。サンダースって言うと去年ファイアフライに苦しめられたけど、
ナオミさんは卒業してるよね』
「そうね。あのレベルの砲手が毎年育つとは考えたくないけど。
一回戦には出てきてなかったし」
『サンダースの一回戦の相手はプラウダだったから、
流石に出し惜しみは無いんじゃないかな』
『多分選手は育たなかったんだよ。なら尚更、
火力の補強をしたいって考えるのが普通じゃないかな』
「成程。もし出てきた場合どうするべきかしら。
まさかパンターに空を飛べとか言わないわよね?」
『あ、あはは…じゃあ、こっちのC7地点に誘導しちゃうのはどうかな。
サンダースから見てもあまり違いは無いよね?』
「?そりゃE6とC7ならどっちも変わらないでしょうけど。
なら、あなたはどうしてこっちを選ぶのよ」
『あ、うん。C7はちょっと傾斜があるし、多分地盤が緩いから。
カールの重量だと耐えられないと思って』
脳内の『みほ』が、私ではおよそ考え付かない作戦を展開する。
それを私が受け取って、黒森峰として実践できる、否、実践していい作戦に再構成する。
今回の作戦は特にそのまま採用で問題がなかった。
試合が始まり、黒森峰はさも読み違いをしたかのように、うっかり高台のC7を明け渡す。
『みほ』の予想通り、サンダースはカールを投入してきた。
さらに周りを3輌のシャーマンが護衛し、ある種の要塞が完成する。
黒森峰のパンター達は、いかにも悔し紛れに遠巻きに攻撃するも。
動揺を隠せないかのように手元を狂わせ、砲撃は足元の『地面』ばかりに被弾する。
この拠点はサンダースの圧勝かと思われたその刹那。
どこからか、大地震を思わせる地響きが周囲を襲い始める。
そして、次の瞬間――
――カールの巨体がずり落ち始めた。
「あ、足元がっ、崩れっ……!!!」
124tの鉄の塊が、護衛のシャーマンを巻き込みながら、
巨大な砲弾となって地面を滑り始める。
自走能力の低い自走臼砲は、自らの滑走を止める事ができない。
緩慢に車輌がすべり落ちる中、予想していたパンターは当然のようにそれを回避して…
『シュポッ』と。間抜けな音をカールにあげさせた。
◆
モニターに映し出された映像の中で、黒森峰がサンダースを圧倒していました。
その戦いはまさに質実剛健、黒森峰ここにあり、と言わんばかりの正統派な展開。
なのに一体どうしてでしょう。
本来はそこにいないはずの、自分が亡霊のように揺らめいているような。
そんな、奇妙な感覚に襲われました。
たぶん、優花里さんも同じように感じたのでしょう。
複雑な表情を浮かべながら、探るように問い掛けてきます。
「……西住殿なら、このサンダース相手にどう戦いますか?」
「多分、まったく同じ作戦を取るかな」
「カールが投入される事は予想できてました?」
「うん。ファイアフライの砲手が変わって火力が落ちてるし。
隠し玉で投入するならここだと思ってた」
「……その。西住殿が助言したってわけじゃ、ありませんよね?」
「さ、流石にそれはないよ?」
「そ、そうですよね!?すいません!!」
でも、そう疑いたくなる優花里さんの気持ちもわかります。
もしかして、もしかしたら。
私は脳内の『エリカさん』に語り掛けました。
(もしかして、エリカさんの中にも私が居るのかな)
『居てもおかしくないんじゃない?あいつもあなたも、狂い具合はどっこいでしょ』
(そっか、そうだよね)
『喜んでる場合じゃないでしょうが。
あいつの中にあなたがいたら、どういう事になるかわかってんでしょ?』
(そうだね。もし、エリカさんの中にいる私が完全な私なら……)
大洗は、絶対に黒森峰に勝てない。
◆
決勝戦前夜。窓から月夜を眺めながら、私は『みほ』に話し掛けていた。
「明日、私達は勝てるのかしら」
『大丈夫だよ。エリカさんと私が揃ってるんだもん』
『みほ』の返事に満足して頷いた。私自身もそう思う。
例えみほがどんな奇策を練ってきたとしても、『みほ』がそれを見破ってくれるだろう。
残る不安があるとすれば、目まぐるしく変化する戦局に隊員が対処できるかだけど。
それも私達は一年間、一丸となって鍛錬を重ねてきた。
お互いに手の内が割れていて、対応力にも問題がないとすれば。
勝敗を決するのは、単純な戦車のスペックと選手の練度。
『正面からぶつかれば、大洗に勝機はない』
『でも、私の作戦は私が全部防ぐから』
『だから、私達は負けないよ』
「……そうね。私達が揃えば、大洗はもはや敵じゃない」
脳内の『みほ』が手を伸ばす。
直接握る事はできないけれど、私はその手を確かにつかむ。
目を閉じれば、私達は二人並び立っている。
それは奇しくも2年前。私が夢に描いた未来。
あの子が隊長として黒森峰を率いて。私が副隊長としてあの子を支える。
あの日、未来は川底に沈んでしまって。叶う事はないだろうと嘆いたけれど。
期せずして、私は同じ状況を作り上げたのだ。
自分一人の力だけで。
『……エリカさん、泣いてるの?』
喜ばしい事のはずだった。心強いはずだった。
なのになぜだろう。涙が溢れて止まらない。
否、本当はわかっているのだ。今になって気づいてしまった。
あの日、濁流と共に流れた未来。
それは思っていたよりも、私を致命的に壊していたらしい。
気づかないふりをしてあの子の代わり(副隊長)を邁進した。
あの子を敵だと睨み付け、言葉のナイフで切り刻んだ。
それがどうだ。
あの子に溺れていいという大義名分を見つけた途端、脇目も降らずに没頭した。
あれは異常な狂人だ。勝つにはこちらも狂うしかない。
そんな言い訳を繰り返しながら、嬉々としてあの子の情報をかき集めた。
とどのつまり、私は徹頭徹尾。ずっとあの子に依存していたのだ。
あの子がそばにいない現実に耐えられなかったのだ。
だからいつしか手段が目的にすり替わり、もはや彼女の空白に耐えられない。
一番狂っていたのは…他でもない私だった。
涙が、嗚咽が止まらなかった。どうして気づいてしまったのだろう。
いっそ気づかず狂ったままでいられれば。
ずっと幸せに浸っていられたのに。
『……大丈夫だよ、エリカさん。私の役目は明日で終わりだから』
『明日が終われば、本当の私がエリカさんのそばに居る』
『だから、明日までは。偽者の私で我慢してください』
寂しそうに微笑む『みほ』に、私は何度も首を振る。
ごめんなさい。あなたをないがしろにするつもりはなかったの。
現実のみほも、私の中に生き続ける『みほ』も。
どちらのみほも私にとって、もはや欠く事のできない大切な存在なのだから。
脳内の『みほ』に唇を重ねる。『みほ』は一筋涙を流した。
--------------------------------------------------------
そして翌日。
私と『みほ』が率いる黒森峰は、
大洗をあっさり捻り潰して王者に返り咲いた。
戦車から顔を出したみほが晴れやかな顔で微笑みかける。
脳内の『みほ』が儚い笑顔を私に向ける。
二人のみほに囲まれて、こらえきれずに目を伏せた。
◆◆
「…負けちゃった」
「少しは悔しそうな顔しなさいよ」
「だって、全力を出し切ったから」
「負けは負けでしょう?地団太踏んで悔しがりなさい」
「あはは、私の中のエリカさんは悔しがってるね」
『チッ、やっぱり私の中にも居たのね。忌々しい』
『あはは……やっぱり私の中にも居たんだ。嬉しいな』
「どうしてこうなっちゃったんだろね」
「あなたの中の私に聞けばわかるでしょ」
『ごめん。私のせいだよね』
「そうよ、あなたが逃げたせい」
『でも、半分は私のせいでしょうが』
『私がエリカさんから逃げたから』
「私は心が壊れてしまって」
『私があなたに依存したから』
「私はエリカさんに壊された」
「これからは、ずっと一緒にいてくれる?」
「うん。こちらこそ、お願いします」
「二度と離してあげないわよ?」
「あはは。もうとっくに離れられないよ」
◆◆
私達は二人で抱き合う。
二人を隔てた境界線が消え失せて、私達は一つになった。
--------------------------------------------------------
大学の戦車道には、有名な双対の戦車長がいる。
二人は片時も離れる事無く、
まるで胴体が溶接されているかの如く寄り添っていた。
通学、講義、食事中。いついかなる状況でも、
二人が別行動を取っているところを見た者はいない。
そんな、ある種病的なまでの連帯感に、周囲は奇異の視線を向けていた。
そんな二人が一つだけ、例外的にその身を分かつ時がある。
戦車道に身を置く時だ。この時ばかりは、二人もその固く結んだ指をほどく。
だがそれは、二人の異常性を更に際立たせる時でもあった。
二人は互いに連携する時、一切通信を使わないのだ。
見えているわけでもない。言葉を交わすわけでもない。
アイコンタクトすら存在しない。
にも関わらず、二人は一糸乱れぬ完璧な連携を披露する。
まるで、『脳が繋がっている』かのように。
二人の鬼神とも呼ぶべき強さに興味を示し、
時の隊長が理不尽な紅白戦を実施した事があった。
2対15。否、それはともすれば。
優秀な新人への嫉妬がもたらす、公開処刑のつもりだったのかもしれない。
結果は惨敗。どちらが?無論、15の方だ。
二体揃えば手が付けられない。人間業とは思えない連係プレイで次々と撃破されていく。
かといって戦力を分散させれば、それはそれで個別撃破の餌食となる。
ならばと守備を固めて籠城すれば、予想もつかない神算鬼謀が隊列全体に襲い掛かった。
試合が始まってから2時間後。多数の戦車が鉄塊と化し、周囲に硝煙が立ち込める中。
二人の戦車が、何事もなかったかのように二輌並んで走行してきた。
皆が固唾を飲んで見守る中、二人の車長がキューポラから身を乗り出して降りてくる。
二人は指を一本一本結びつけ、いつも通り固く手を繋ぎあった後。
こんな恐ろしい言葉を吐いて、その場の全員を震撼させた。
「少し物足りなかったので、今度は後10輌追加してください」
「え、エリカさん。さすがに10輌は言い過ぎだよ…5輌にしとこ?」
◆◆
高校を卒業した後、私達は二人で同じ大学に進学した。
常日頃から共に行動し、繋いだ手すら離さない私達は、
大半の学生から気味悪がられて孤立している。
この前の紅白戦があってからは、目が合っただけで怯えられるようになった。
「そりゃそうですよぉ。せめて通信機くらい使えばいいじゃないですか」
「『みほ』と直接会話できるのに?通信手通すだけ時間のロスじゃない」
「私の存在意義が〜っ!!」
「せめて、二人とも脳内の相手とブツブツ会話するのはやめた方がいい。
見た人に精神異常を疑われる」
「あんこうチームは大丈夫ですけどね。逸見さんのチームの方は……」
「心配無用よ。とっくに狂人扱いされてるし、実際異常なのは事実じゃない」
「わかってるなら治してくださいよぉ」
「はぁ?あなた、『みほ』に死ねっていうわけ?」
「そ、そういう意味じゃありませんけどぉ……!」
結局、あの後も私達の依存は解消されなかった。むしろどんどん悪化している。
今では手が離れている時は、お互いに声を掛け合っていないと気が狂いそうになる。
戦車に乗っている時に脳内の相手と会話するのも、
意見交換より精神安定剤の意味合いが遥かに大きい。
いつしか脳内の境界も消えていた。頭に浮かんだ考えや感情。
それが自分のものなのか、『みほ』のものなのか区別がつかない。
逸見エリカとして怒る事もあれば、『西住みほ』として女々しく泣いてしまう事もある。
立派な精神異常者だ。病名は解離性同一性障害あたりか。
精神病院を受診すれば即座に入院間違いないだろう。
脳内の『みほ』を殺させるわけにはいかないから、絶対掛かるわけにはいかないけれど。
『「でも、幸せだよね」』
優しく脳裏に響いた声。それは私だけに聴こえる声か、それとも外から届いたものか。
判断がつかなくて、横にいるみほの顔を覗き込む。
みほは微笑んでいた。『みほ』も微笑んでいた。
ああ、やっぱりわからない。でもなぜか、不意に目尻が熱くなって。
私は目を閉じながら、ただ一言だけこう言った。
「『そうね』」
精神は異常をきたしている。心は修理不可能な程に破損している。
それでも胸を張って私は言える。今、自分は幸せだと。
そして私はこれからも。二人のみほに囲まれて生きていく。
(完)
脳内の『みほ』と並び立つ。二人で固く手を繋ぐ。
二人で迎える決勝戦。それが私の夢だった。恍惚の中目を閉じる。
閉じた瞼を開いた時。『みほ』の姿は消えていた。
眼前に、本物のみほが立ちはだかっている。
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逸見エリカと西住みほが、最終的にお互いしか見えない
ドロドロの共依存に陥っていく話です(後編)。
最後はあまあまハッピーエンド
(ただし病気は治癒しません)
<登場人物>
逸見エリカ,西住みほ,その他
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・共依存
・異常行動
<その他>
ブログシステムの都合でPixivに公開した作品です。
内容は変わりませんが、可読性向上のためこちらでも公開します。
読みやすいほうでお読みいただければ。
(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7538322)
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練習試合を終えた翌日。黒森峰には諦観が色濃く纏わりついていた。
今日も盲目的に練習はこなしている。だがそれが何だと言うのだろう。
隊列を乱さず前進できる。確かにそれは凄い事だ。
与えられた指示を的確に遂行できる。それも重要な事だろう。
だが指揮官が無能では、宝の持ち腐れに過ぎない。
私が変わる必要がある。そう。逸見エリカが、西住みほを上回る必要が。
そこまで求めるのは無理にせよ。
せめて地力の差が影響してくる程度には肉薄する必要があった。
私が、私が、私が、わたしが。
どうやら口に出ていたらしい。
私の横で演習を眺めていた元隊長は眉を顰めると、優しい声音でこう言った。
「……エリカ、お前は根詰め過ぎだ。そんな状態では浮かぶ案も浮かばない」
「リフレッシュしてきたらどうだ?学園艦も、まだ数日は熊本港に停泊している」
「たまには丘に降りてぶらついてみるのもいいだろう」
見るに見かねたのだろう。元隊長は私に休息を勧めてきた。
確かに、このまま考え続けても心が摩耗していくだけだ。
何より、本当はもう何も考えたくなかった。
隊長の好意に甘えて、休みをいただく事にしよう。
他の隊員が練習中に抜け出すのは忍びないけれど、心から血が溢れて止まらないから。
そして私は、一時の安息を求めて街に繰り出す。
……もしこの時、私の頭が僅かなりとも働いていてくれれば。
次に起こりうる可能性を、容易に予測できただろう。
そうでなくとも、周りに気を配る注意力さえ残っていれば。
隣に停泊している大洗の学園艦に気づく事ができただろう。
だが残念ながら、私はどちらの能力も欠損しており。
ただふらふらと廃人のように、あの狂人に出くわす道を歩いて行った。
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練習試合を終えた翌日。私は一人、ため息をつきながら熊本の街を歩いていました。
本当はエリカさんを誘うつもりだったんです。
でも、エリカさんは試合の結果に酷くショックを受けていて。
人との距離を測るのが下手な私ですら、流石に今誘うのはあり得ないと判断できる程でした。
「…でも、話したかったな」
沈黙で気まずくならないように、話題もいっぱい考えてきてたんです。
戦車の事以外はあまりよく知らない私だけれど、一生懸命調べてきました。
コーヒーが美味しいお店も調べたし、可愛い服の店も沙織さんに教えてもらいました。
もちろん、この近辺でボコグッズを置いてる店のマップも作って。
今日は、戦車の事以外でエリカさんと盛り上がろうって意気込んでたのに。
「……はぁ」
知らず知らずのうちに肩が落ち、視線が下を向いて行きます。
だったらいっそ諦めて、大洗のみんなと遊びに行けばよかった。
そう考えもしたけれど。
それでも未練がましい私は、
『もしかしたらエリカさんも街に来てるかもしれない』
なんて一縷の望みに縋ってしまって。
結果、貴重な一日の休みを棒に振る事になりそうです。
「あいたっっ!!」
――なんて事を考えていたら、人にぶつかってしまいました。
ドスンと尻もちをついてしまいます。でも原因は私の前方不注意で。
おろおろわたわた慌てながら、まずは謝ろうとして顔を上げます。
でも。
「ご、ごめんなさっ……えぇっっ!?」
口から飛び出した謝罪の言葉は、途中で驚きに変わっていました。
だって、だって。私の目の前で、呆れた顔をしながら手を差し伸べるその人は。
「…はぁ。あなたは戦車から降りたら、まともに歩く事もできないの?」
今日ずっと、ずっと思い焦がれていた人。
そう、エリカさんだったんです。
◆
こうなる事を期待してたはずなのに。だからこそ、一人ふらふら歩いてたのに。
いざ現実になってみると、言葉を紡ぐ事ができませんでした。
だって、いつもなら爛々と輝くエリカさんの瞳は、まるで膜が張ったみたいに曇っていて。
その原因を作った私は、何を言えばいいのかわかりません。
取り繕うように笑みを浮かべて、その後目を伏せてしまいます。
ああ駄目だ、悪い癖が出ちゃってる。
こんな反応したって、エリカさんを苛立たせるだけなのに。
「……はぁ。なんで勝ったあなたが落ち込んでるのよ。
おかげでこっちが一層惨めになるじゃない」
「で、でも。その。ごめんなさい」
「謝る理由がないのに謝るのもやめなさい」
「う、うん」
謝る理由がない。そう言ってもらえた事で、少しだけ心が軽くなりました。
でも、私がエリカさんを傷つけたのは事実で。ならどうすればよかったんだろう。
わかりません。全力でぶつかった事は間違いじゃなかったはずです。
もし手を抜いたりしたら、それこそエリカさんは私を許さなかったでしょう。
でも、だとしたら、どうすれば。
思考の袋小路に陥り掛けて、ふと思い止まりました。
ひどく不器用な私だけれど、これまでの経験で一つ学んだんです。
こういう時は、いっそ思考を停止するのが正解だって。
「ね、ねえエリカさん。私、行きたいところがあるんだ」
「……そう。じゃ、私はこっち行くから」
「そ、そうじゃなくて!その、できれば一緒に遊びたいんだけど」
「敵と馴れ合うつもりはないわ」
「そ、そういうのは今日だけ忘れよう!?忘れて、ただの西住みほと遊んでください!」
「お願いします!!」
勢いよく頭を下げました。わかってます、このやり方はズルいって。
エリカさんって、なんだかんだで優しいから。
こういう対応をされると断れないって知ってるんです。
「……一日だけよ。明日からは、また敵同士だから」
予想通り、眉間にしわを寄せながらも、エリカさんは承諾してくれました。
ごめんなさい。でも、今回だけは許してください。
エリカさんが楽しめるように、私も全力で頑張るから。
私はエリカさんの手を取ると、元気よく街を歩き始めます。
久しぶりに握ったエリカさんの手は、まだ秋なのに酷く凍えていました。
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何の因果か知らないけれど、あの子と二人で遊ぶ事になった。
敵との馴れ合い。普段の私なら絶対に考えられない愚行。
どうやら私は、自分が思っていた以上に衰弱しきっていたらしい。
彼女と遊んでみて、二つ気付いた事実がある。
一つは、私はみほの事をほとんど何も知らないという事だ。
「あ、このお店マカロン売ってる。ちょっと寄ってもいいかな?」
「持ち帰るんでしょう?だったら店を覚えておいて、帰りに寄ればいいじゃない」
「え、えへへ……2、3個つまんじゃ駄目かな」
「……好きにしなさい。そしてブクブク太るといいわ」
私が把握していた情報なんて、
せいぜいあの趣味の悪いぬいぐるみが好きだって事くらい。
好きな食べ物も初めて知った。かつては一緒に食事をとっていたはずなのに。
もう一つ気付いた事がある。
何も知らない私に対し、みほは私をよく知っているという事だ。
特に話した記憶はない。でも、なぜか情報が漏えいしている。
「あ、やっと見つけた。エリカさん、ここ入ろう?」
「最初から狙いをつけてたみたいだけど。何か食べたいものでもあるの?」
「このお店ね、ハンバーグが絶品だって評判なんだ」
「なんですって!?」
「あはは。エリカさん、やっぱりハンバーグの事になると目の色が変わるね」
「っ……私の好物なんて、あなたに話した覚えはないんだけど?」
「見てればわかるよ。エリカさん、食事はいつも燃料補給って感じで食べるのに、
ハンバーグの時だけは頬がゆるんでたもん」
成程。恥ずかしさで頬に熱が溜まっていくのを感じながら、心の中で嘆息した。
こうやってこの子は私を監視しながら、行動パターンを細かく分析していったのだろう。
そしてそれはおそらく寮生全員に対しても。
おどおどした表情を表面に張り付かせながら、
その裏では膨大な量の情報を処理していたわけだ。
改めてみほの病性を突き付けられた気がして、
背筋を悪寒がぞくりと撫でた。
(馬鹿、考えるのはやめなさい)
この子がちょっとおかしいのは今に始まった事じゃない。
収集した情報をもとに尽くしてくれると言うのだから、
あまんじて享受しておけばいいのだ。
何より、今は目の前に添えられた
湯気立ち込める鉄板ハンバーグに専念したい。
「「いただきます」」
二人して手を合わせると、ハンバーグにナイフを通す。
切れ目から肉汁がじゅわりと滲み出し、それを見ただけで口内に唾液が溢れた。
逸る気持ちを抑えながら、一口大にカットして。
ソースを絡ませた肉を口にほおりこむ。
「……〜〜〜〜っっっ!!」
美味しい。これは間違いなく歴代トップ3に入る味だ。
さっき言われたばかりで癪だけど、自然と頬が緩んでいくのを感じてしまう。
みほが笑いながら何か言っている。
でも私は夢中になって、目の前の肉の塊に食らいついた。
「ふぅ。なかなか美味しかったわ。あなたにしてはいいチョイスだったじゃない」
「え、えーと…私、まだ半分も食べてないんだけど……」
「ゆっくり食べなさい。私もおかわりするから丁度いいわ」
呼び鈴を鳴らしながら告げる私の前に、みほは呆れたように苦笑する。
みほにその反応をされるのは正直癪だけど、今回ばかりは不問にしてやろう。
そのくらい、この店のハンバーグは美味し
「エリカさんなら、試合中でもハンバーグで気を惹けそうだよね。
ハンバーグ作戦です!!とか言って」
私は目を見開いた。
和やかな雰囲気は一転、場の空気が凍り付く。
「っ、あ、そのっ、ごめんなさいっっ!ごめんなさいっっ!!!」
しまった、とばかりにみほの顔色が青ざめていく。
致命的な失敗だった。戦車道の事は忘れよう、そう言ったのはみほ自身だったのに。
なのに、よりによって喜びの絶頂を狙ったかのように冷水をぶち撒けた。
みるみる目に涙を浮かべながら、みほはひたすら謝り続ける。
もっとも、私の動揺は怒りからくるものではなかった。
みほの言葉に、何かのピースがカチリとハマった気がしたのだ。
難題を解き明かす、大切なきっかけを与えられたかのような。
それが何かを知りたくて、脳みそをフルスピードで回転させる。
そしてついに、一つの解に辿り着いた。
(もしかして…病的な情報収集が、独特の戦術を生むきっかけになってる?)
もちろん、ハンバーグ作戦なんて断行したところで、私は絶対見向きもしない。
だが仮にどうだろう。戦場全体に響く程の音量で、
突如としてボコられグマのテーマが流れたとしたら…
果たしてみほは完全に無視できるだろうか。
いや別に、そんな冗談みたいな戦術について論じたいわけじゃない。
考慮すべきは、みほが戦術を考える上で。
こういった、日常の取るに足らない情報すら参考にしている可能性だ。
今まで、みほの恐るべき対応力は、『才能』だとばかり考えていた。
だからこそ、手が届くはずもないと諦観に襲われていた。
無論、才能があるのは間違いないだろう。でも、でも、でも、でも。
もし、その実力の根底が。『才能』なんて身も蓋もない絶望ではなく。
ただ、病的なまでの執着による情報収集だとしたら……?
膨大な情報の蓄積が、彼女の対応力に繋がっているのだとすれば――
――それなら、私にだってできるのではないか?
一気に道が拓けた気がした。
やはり、今までは追い込まれて思考が停止していたのだ。
私は昨日、彼女の情報収集を『病気』と断じて拒絶した。
それ自体が間違いだった。『病気』ではなく『不断の努力』だ。
単純に、『私の努力が足りなかった』のだ。
「ごめんなさい…本当に、本当に……っ」
ひとり、衝撃に打ち震えていた私は、そこでようやく我に返る。
唐突に言葉を失って震え出した私を前に、みほは完全に誤解していた。
ぼろぼろと目から涙を零し、壊れたラジオのように謝罪の言葉を繰り返している。
慌てて私は取り繕うと、みほの手を握って言った。
「ち、違うのよ!あなたのおかげで、今大切な事に気づけたの!!」
「っ、たいっ、せつなっ…ことっ?」
かすれたみほの問い掛けに、思わず口をつぐんでしまう。
矮小で弱くて小心な私は、口にするのを躊躇った。
この気づきが、みほをより強大な存在に押し上げてしまう事を危惧して。
代わりに私は、彼女が一番欲していただろう言葉を吐いてのけた。
「今はまだ確証がないから、口にするのはやめておくわ」
「でも、もっと聞かせて頂戴。今は、貴女の言葉が聞きたいの」
闇に染まったみほの瞳に、みるみるうちに光が灯る。
白く血の気を失った頬に赤みが戻り、平常時以上に朱に染まっていく。
「うんっ…うんっ!」
みほは何度も頷いて、再び笑顔で語り始めた。
…馬鹿な子だ。私が何を考えているかも知らないで。
冷静に回転し始めた頭が、もう一つの事実を告げる。
今みほは、私の反応を誤解して泣きじゃくった。
それは裏を返せば、みほも私の全てを見透かしたわけではない事を意味している。
その事実も、私に勇気を取り戻させた。
目には目を。歯には歯を、だ。
みほの性格、性質、行動、軌跡を徹底的に洗ってやる。
この子が私を見透かす前に、この子の全てを見通してやる。
そうなれば、もはや私が負ける道理はない。
できるはずだ。
努力の量を論ずるのなら、私はみほにだって負けない自負がある。
見てなさい。
あなたが私と能天気に友達ごっこを楽しんでいるうちに、丸裸にしてやるから。
私は一人ほくそ笑む。
でもそれが、決して踏み出してはいけない狂気への一歩である事に、私は気づいていなかった。
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あの日以来、エリカさんとの距離がぐっと近くなりました!
メールもすごく親身に返してくれるし、
エリカさんからも頻繁にメールをくれるようになったんです。
心が満たされていくのがわかります。
もちろんメールのやり取りとかは、大洗のみんなともしてるけど。
エリカさんとのやり取りは、持つ意味が少し違うんです。
大洗にいる友達は、みんなの方から歩み寄ってきてくれました。
多分私が何もしなくても、みんなが手を差し伸べてくれると思います。
でもエリカさんは違います。
友達になりたいと願いながらも、一度は諦めてしまった人。
私のせいで絆が途切れて、でも勇気を出して、ようやく手が届いた人。
もちろん、どちらが上という事はありません。
それでも、諦めていたエリカさんと繋がれた事が、嬉しくて仕方ないんです。
だから、今はちょっとだけ。ちょっとだけエリカさんを優先させてください。
そんなわけで、最近はエリカさんとメールを送り合う毎日。
でも、戸惑う事もいっぱいあります。
『FROM:エリカさん
----------------
あなたの事がもっと知りたいの。』
エリカさんは、こんなメールを普通に送って来ちゃうから。
メールを覗く度に、心臓がドクンと跳ね上がって。
なんだか、その。ちょっと危ない道に堕ちちゃいそうです。
『TO:エリカさん
----------------
な、なんかそれ、口説いてるみたいだよ?』
『FROM:エリカさん
----------------
ある意味そう取ってもらってもいいわ。
今、私はあなたしか見る気がないもの。』
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
胸の鼓動がどんどん酷くなってくる。
頭に熱が溜まっていって、ぼんやりしてよくわからなくなってくる。
『TO:エリカさん
----------------
そ、その…本気にしちゃうよ?』
『FROM:エリカさん
----------------
お好きにどうぞ。』
ぼふん、と頭が爆発しました。
私は枕に顔を押し付けながら、声にならない悲鳴をあげて。
それでもこみ上げる感情を抑えきれずに、足をじたばたさせました。
何これ、ズルいよエリカさん。
今までずっとそっけなかったのに、急にこんな風にされちゃったら。
私、本当に駄目になっちゃうよ。
どう返事を返せばいいんだろう。よろしくお願いします?
ええと、もう一回確認した方がいいのかな。
これって、本当に恋人って事なんだよね?とか?
なんて、一人悶々としているところで、また携帯が震えます。
『FROM:エリカさん
----------------
というか、あなた今日朝ミーティングでしょ?
こんな時間まで家で油打ってていいの?』
そうでした。時計を見たら、もう走らないと間に合わない時間。
私は慌てて飛び起きると、身だしなみもそこそこに家を飛び出して……
と、でもその前に。一言だけ、メールを送っておきました。
--------------------------------------------------------
『FROM:みほ
----------------
いってきます!さっきのめーる、すごく嬉しかったでし!』
送り返されたメールを開き、私は思わず噴き出した。
相当慌てていたのだろう、変換も語尾も滅茶苦茶だ。
玄関で慌てふためきながらメールを打つ姿が容易に想像できた。
あの日以来、みほとは頻繁にメールを交換している。
もちろんメールだけじゃなくて、都合がつく時間は電話でも。
お互い空き時間のほとんどを食い潰している。
それはさながら、付き合い始めた恋人かのように。
もっとも、二人が行為に求める意味合いはまるで違う。
みほは純粋に友達としての交流を求めているのだろうけど、
私は敵の情報を収集しているに過ぎなかった。
みほに倣う事にした。
朝いつ起きるのか。何時に家を出るのか。
どのくらいで学校につくのか。学校に着いたら何をするのか。
どんなルーチンで動いているかを把握するために、些細な情報も全て漏らさず収集する。
そうして仮想訓練を行うのだ。
ある事象に出くわした時、心の中で自問する。
『みほならどうする?』
そう問い掛けて、想定回答を導き出すのだ。
まずは日常の事象から。訓練を積めば、試合中にも同じ事ができるだろう。
残念ながら、今はまだ情報不足で精度が低い。もっと情報を集めなければ。
一度情報を追う側になると改めてわかる。あの子がどれだけ怖い存在だったのか。
交流を再開した当初、あの子はランダムな間隔で連絡を送ってきていた。
何も考えてなかったあの頃は、練習中に届いたメールを見て嘆息した。
少しは空気読みなさいよ、なんて毒づいてみたりもして。
大馬鹿者だった。おそらくあれは、私の行動パターンを把握するためだったのだろう。
無意識か故意かはわからない。でも、おそらくは故意に違いない。
もっとも、私はそんな回りくどい行動を取る必要はない。
『お互いの事をよく知るために』
そんな薄っぺらい言葉を重ねた結果、何でも直接聞く事ができる状況にある。
その気になれば、自らが導いた想定回答の答え合わせすらできるのだ。
「もしあなたなら、この時どうする?」
『えーと…うん、たぶん、私ならこうすると思う』
質問攻めにしてやった。みほは疑いもせず答えてくれる。
膨大な試行の結果、少しずつ想定質問の回答精度が上がっていく。
それがまるでゲームのようで、面白くって仕方がなかった。
今はまだ40%程度。でもこれが100%になった時。
大洗は、黒森峰に白旗を上げる事になるだろう。
◇
チームの再建も順調だ。
あの日、街から戻った私は全隊員を集めて演説を行った。
意気消沈した皆の前で、私は深々と頭を下げる。
『至らない隊長なのはわかってる。
私は前隊長とは比べるべくもなければ、大洗の隊長にも及ばない』
『それでもなんとか足掻いて見せる。どうか半年。半年だけ時間をちょうだい。
石に噛り付いてでも、あの子に追いすがって見せる』
『私に前隊長のような求心力はない。
みんなで、一丸にならないと大洗には勝てない』
『お願い。私に、皆の力を貸してちょうだい』
酷く無様な口上だ。隊長としての威厳は地に落ちた。
プライドだってズタズタだった。
それでも確実に潮目は変わった。
良くも悪くも隊長主権だった黒森峰に、一人称の意識が生まれ始める。
『逸見隊長、頭を上げてください!』
『私達の方こそ間違ってたんです!結局私達は、隊長任せで思考を停止していました!』
『全員で大洗を倒しましょう!三人寄れば文殊の知恵です!』
『これだけの人数が集まれば…元副隊長にだって勝てるはずです!!』
葬式のように静まり返っていた会議場は、いつしか汗ばむほどの熱気に包まれていた。
船頭多くして船山に上る、なんて野暮なことわざが頭に浮かんだけど、
流石に口に出す事はしない。
皆が皆拳を振り上げ、その目に情熱を灯している。
一度は失われた黒森峰の闘志が、再び荒々しく炎を巻き上げ始めた。
頼りないこの隊長を。恥を捨てて部下に頭を下げたこの上官を。
他でもない自分が支えてやるんだと息巻いているのだ。
プライドはもうズタズタだった。それでもいいと素直に思えた。
相手は戦神、西住みほ。安いプライドに拘って勝てるような相手じゃない。
どんな汚辱にも塗れてやる。嘲笑されてもかまわない。
そう開き直って見上げた空は、いつもより遥かに輝いて見えた。
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黒森峰と一緒に練習する機会が多くなりました。
定期的な練習試合はもちろん、合同合宿を開く事もありました。
そうなれば自然と、エリカさんと私が顔を突き合わせる機会が多くなります。
お互いに隊長職に追われる中、私達は少しの空き時間も無駄にせず、
二人で落ち合うようになりました。
「ほらこれ、新作のボコられグマ」
「わぁああ〜っ、ありがとうエリカさん!でも、急にどうして?」
「ずいぶん遅れちゃったけど、誕生日プレゼントよ。いつももらえるとは思わない事ね」
「っ……あ、ありがとう……!」
「って、あれ?私エリカさんに誕生日教えてたっけ」
「赤星さんから聞いたのよ。あの子が知ってて私が知らないのが正直不快だったけど」
「あ、あはは……だって、教えたら催促してるみたいだし……」
なんだか最近、エリカさんが変わってきた気がします。
優しいのは前からだけど、こう、的確にツボを押さえてくるっていうか。
『こうだったらいいのにな』、なんて期待を先回りしてくれるんです。
それに、ちょっとだけ口にしたような、些細な事も全部覚えてて。
なんだかプロファイルされてるみたい、なんて冗談交じりに笑ったら。
エリカさんは、呆れたようにため息をつきました。
「これだけ頻繁にやり取りしてれば、あなたが何を求めてるか位わかってくるわよ。
そもそも、会話もしてない人間のプロフィールを覚えてるあなたには言われたくないんだけど?」
「そう言えば。今日訓練の途中で7分くらい離席してたけど、アレはどこに行ってたの?」
「えっ、あ、その…ちょっと体調崩しちゃって」
「……ああ、そういう事ね。それでも数分で復帰できちゃうなんて腹立たしい限りだわ」
「エリカさんのは重いもんね……」
「あっきれた。あなた、私の生理の重さまで把握してるわけ?」
「つ、月に一回顔が真っ白になってたら誰でも気づくよ!?別に嗅ぎまわってたわけじゃないから!」
話してなんだか納得しました。そうだ、私に似てきてるんだ。
エリカさんと友達になりたくて、がむしゃらに情報を集めた私と。
でもそれも、『こういう関係』になったなら当たり前なのかもしれません。
やっぱり、大切な人の事は何でも知りたいよね。あ、そうだ。確認しておかないと!
「そ、そう言えば、その…私達って、その。恋人って事になるのかな?」
「はぁ!?寝言は寝て言いなさいよ!!」
「え、えぇ!?」
思わず驚きの声をあげてしまいます。
確かに面と向かって確認したのは初めてだけど、ここまで力強く否定されるとは思ってなくて。
でも、だとしたら。エリカさんは、なんでこんなに私の事を気に掛けてくれるんだろう。
頭に疑問符を浮かべていたら、エリカさんは私の目を覗き込みながら言いました。
「でも、あなたしか見えてないのは確かよ」
「っ……そ、それ、好きってことじゃないの?」
「好きとか嫌いとか。友達とか恋人とか。そんな薄っぺらい話じゃないって事よ」
「あなたの事を全部知りたいの。あなたの事はなんでも、全部」
ぞくり。
なぜか、背筋に悪寒が走りました。
燃えるようなエリカさんの視線。でも、酷く冷たくて凍えるような。
ちょっとだけ普通じゃない。その。常軌を逸してるっていうか。
そんな得体の知れない何かを、エリカさんから感じてしまいます。
「人の生理周期まで把握してるあなたに気味悪がられたくないんだけど?」
ぞわぞわっ。
今度は全身が震えました。今、わたし、声に出したっけ。出してないよね?
読んだの?エリカさん。今私の心を読んだ?
「あなたがどう考えてるかなんてもうお見通しなのよ」
「で、どうなの?自分を全部曝け出すのは嫌?人に見透かされるのは怖い?」
エリカさんの問い掛けに、改めて私は考えます。
確かにエリカさんがしてる事は、普段私が普通にしている事で。
それに、ちょっとゾクゾクってしたけど、それが嫌なのかって言われたら。
「……別に、いやじゃないかも」
「ならいいじゃない。逆にあなたが望むなら、私だって教えてあげるわ」
「なんだって教えてあげる。その代わり、あなたも丸裸になりなさい」
ずくん。
その言葉を耳にして、お腹の奥に妖しい微熱が生まれます。
わかってます。そういう意味じゃない事は。
でもそれはどこか背徳的で、禁忌を犯しているような、酷く甘ったるい疼き。
頭にピンクの靄がかかって。脳が痺れて蕩けていきます。
「…えっちな意味じゃないよね?」
「サカってるの?……まあでも、あなたが望むなら構わないわよ」
「え、そ、それって」
「……なんなら確かめてみる?」
微熱はどんどん酷くなり、じゅわりと全身に広がっていきます。
体が燃えるように熱くって、意識が朦朧としてきます。
自分でも気づかないうちに、エリカさんとの距離が近づいて。
いつしか肌が触れ合って。
そして、私は、吸い込まれるように――
ヴーーーーーッ、ヴーーーーーッ
「わひゃぁっっ!?」
ビクリと全身が硬直しました。
思わず一気に立ち上がって、ガチャンと何かを落としてしまいます。
携帯のアラームでした。激しく震える画面は、
ミーティングの開始時間を伝えています。
「わ、わわ!休憩時間とっくに過ぎてる!戻らなきゃ!!」
「そんなトロトロの顔で戻るつもりなの?」
「っ、え、エリカさんだって顔真っ赤になってるよ!?」
「う、うっさいわね!あなたに比べればましのはずよ!!」
二人で慌てて立ち上がると、校舎に向かって走り始めます。
二人して遅刻する事がどんな結果をもたらすのか考えもせず。
私達は肩で息をして、頬を赤く染めながら。
二人同時に、全員が待ち受ける教室に駆け込んだのでした。
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少し隙を見せてやったら、あの子は見事に食いついた。
戦車道では冷静でも、こっちではそうでもないらしい。
私が唇を突き出したら、あの子は目を潤ませて。
まるで夢遊病者かのように、私の顔に吸い寄せられる。
結果は未遂に終わったけれど、そこは大して問題じゃない。
これであの子はまた私に釘付けになって、より深い情報を提供するだろう。
あの子の情報が手に入るなら、私のファーストキスなんて安いものだ。
たゆまぬ努力の結果、情報もだいぶ蓄積されてきた。
それに伴い、言動も読めるようになってきた。
脳内の『みほ』の想定回答は、今や70%以上の精度を誇っている。
そしてついに。そうした日常生活の行動分析から、
試合中のみほの行動が説明できるようになってきた。
例えば予想外の行動が起きた時、あの子は思考を停止する。
思考を停止した上で、反射的に体が動く。
今日携帯を落としたのもそうだし、もっと遡れば、
あの日フラッグ車を抜け出したのもそうなのだろう。
考えるより先に無意識が行動を開始する。
その無意識を読み切る事ができれば、有事の際かなり優位に立てるはずだ。
やはり私は間違ってなかった。狂気の情報収集は、
確実に戦術を考える上での一助になる。
もっと、もっと情報を集めよう。
脳内の『みほ』を完成させる必要がある。
情報が必要だ。もっと、もっと、もっと、もっと。
そのためなら、こちらの情報なんて。いくら明け渡しても構わない。
◆
キス未遂事件を経験した後。みほとの接触はより濃厚なものに昇華していった。
単に色を含むという意味だけではなく、密度が濃くなるという意味で。
『なんだって教えてあげる』
その言葉に触発されたのか、みほの病気が再び顔を出し始めたのだ。
今となれば、みほが情報を集める理由もわかる。
基本臆病で不器用だから、情報という武器が欲しいのだ。
もっと仲良く。もっと深く交わるための情報が。
『エリカさんって、お風呂の時どこから洗うのかな?』
「頭だけど…それ聞いてどうするつもりなのよ」
『え、だって…エリカさんを洗うことがあるかもしれないし』
『エリカさん、手袋届いた?』
「ええ。まあそれなりにフィットしてるけど、若干指が余るわね」
『あれ、エリカさんの手って18.3cmくらいじゃなかった?』
「…今測ったら16.5cmだったけど。
ていうかその細かい数値はどこから来たのよ」
『え、えへへ……この前戦車に触った時についた手形から取りました……
じゃあ、多分すべったりして正確な値じゃなかったんだね』
『16.5cm、と』
「……それ、私だけにしときなさいよ?普通の人に知られたらドン引きされるから」
『私が情報収集するのはもうエリカさんだけだもん』
あの子はもう、その異常な収集癖を隠そうとはしなくなった。
でもそれでいい。あの子がおかしくなればなる程、私も質問がしやすくなる。
あの子に引きずられるように、私が問い掛ける質問も異常さを増していった。
もっとも私はあの子と違って、目的を持った情報収集に過ぎないけれど。
「この際だから、今度あなたのサイズも全部教えなさいよ。
つま先から頭まで全部。その方がプレゼントとか困らないでしょ?」
『あ、そうだね。今から測るから待ってて』
「今度私が直々に測るわ。あなた不器用だから測り間違えそうだし」
『え、ええ…それ、エリカさんの前で裸になるって事だよね?』
「お風呂位何度も一緒に入ってるじゃない」
『ま、まじまじ観察されるのとはまた違うよ』
「なら私の情報は手に入らなくてもいいのね?」
『……欲しいです』
私は心の中でガッツポーズした。
詳細な生体データ。それは狂人でなくても有用だろう。
例えばみほは、よくキューポラから身を乗り出して走行する。
その時、天井がどの程度の高さまでなら、上体を出して走行できるのか。
座高がわかればそれを算出する事ができる。
後は脳内の『みほ』をイメージする一助にもなるだろう。
せっかくなら外見も、できるだけ本人そのままにイメージしたい。
(あなただって、その方が嬉しいでしょう?)
『え、ええと…あんまり全部知られるのは恥ずかしいかも……』
脳内の『みほ』が恥じらうのを無視して、私は必要な情報の一覧を整理し始める。
身長、体重、座高、スリーサイズ、手首、首回り、指の長さ、エトセトラ、エトセトラ。
身体計測だけで一日はかかりそうだ。
泊りの予定を立てる必要があるだろう。
計測が終わったら、私も手袋でも送ってやろう。
あの子とは違って、サイズぴったりの手袋を。
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冬の寒さが通り抜け、ほのかに暖かくなってきた頃。
我が大洗では、西住殿の異変が問題になり始めていました。
『問題』とまで言うと、ちょっと大げさかもしれませんね。
著しく素行が悪くなったとか、そういう話ではありません。
西住殿は今も隊長として、皆をしっかりまとめてくださっています。
……ですが。
最近、練習や会議に遅刻をする事が多くなってきました。
体調も芳しくないようで、朝練では眠たそうに目を擦る姿が散見されます。
後は、少しでも空き時間が見つかると、さっと姿を消すようになりました。
お昼休みですらどこかに消えてしまうのです。
気になって軽く様子を伺うと、いつものように困ったような笑顔を浮かべて。
『ちょっと体調が悪くて休んでいた』とおっしゃるのです。
西住殿は何かに苦しんでいる。きっとそれが原因で体調を崩されている。
私はそれが気になって、でも教えてはもらえませんでした。
そこに他意はありません。
ただ、敬愛する西住殿の苦しみを少しでも緩和できれば、そう思っただけの事。
でも、西住殿は秘密を秘匿しているようでした。
「うぅー、西住殿、私では力不足でありますか?」
「そ、そういうわけじゃなくて……その、本当に大した話じゃないから」
「ご、ごめんね!私ちょっとトイレに行ってくる!」
今日も強引に躱されて、西住殿はトイレに姿を消してしまいます。
ただこの時は、いつもと違う点がありました。
よほど慌てていたのでしょうか。
いつもなら肌身離さず持っている携帯電話を置き去りにしていったのです。
ごくりと唾を飲み込みます。これの、中身を覗いてみたら。
西住殿の悩みが判明するかもしれません。
無論、それは明確な犯罪行為。いくら諜報活動に手を染める私と言えど、
友人の携帯電話を覗き見るのはあり得ません。
でも、でも、でも……
一人頭を抱える私の前で、事態が進展を見せました。
ヴーーーーーッ、ヴーーーーーッ
置き忘れた携帯電話が、けたたましく音を鳴らし始めたのです。
いくら親しい友人とはいえ、他人の電話に勝手に出る事はできません。
私はおろおろしながらも、震え続ける携帯電話を持って立往生するしかなくて。
数十秒のコールの後、ついにコールは切れてしまいます。
何となく罪悪感を覚えつつ、特に意図せず画面をぼんやり視界に入れて。
そして、私は妙な違和感に囚われました。
『不在着信:エリカさん』
いえ、不在着信自体はいいんです。送り元が逸見殿というのも、
お互いに戦車道の隊長ですから連絡を取りあう事もあるでしょう。
問題はその下です。
『新着SMS:9件』
問題はこちらです。9件。異常だ…とは言いませんけど、
少し放置し過ぎなのではないか?という感じの量です。
まして、最近の西住殿は割と頻繁に携帯をいじっているのに、です。
直感的に、なんだか嫌な予感がしました。確証はありません。
でも、最近西住殿の様子がおかしい理由。
それが、ここに今ある様な気がしたのです。
いけない事をしているという自覚はありました。
酷いルール違反だとは思いました。
でも、どうしても知りたくて。疑念を振り払いたくて。
つい、通話の着信履歴を覗いてしまったんです。
「えぇっっっ!?」
思わず携帯電話を取り落としそうになり、慌てて宙を彷徨う電話を掴みます。
改めて画面を見ると、そこには余りにも異常な数字が並んでいました。
『20:36 エリカさん:2時間20分』
『23:01 エリカさん:1時間 4分』
『01:21 エリカさん: 5分18秒』
『06:25 エリカさん: 17分20秒』
『07:46 エリカさん: 47分23秒』
『09:51 エリカさん: 8分34秒』
『10:51 エリカさん: 7分49秒』
『12:52 エリカさん: 40分51秒』
『14:26 エリカさん: 7分20秒』
ぞくっと背筋が凍りつきました。もしこの記録が事実なら。
西住殿は登校中の休み時間ほぼ全てを、逸見殿との通話に費やしている計算になります。
それどころか下手をすれば。自宅にいる時間も含めて、空いている時間は全部。
「ゆっ、優花里さん…それ、私の携帯電話だよね……?」
不意に声を掛けられました。慌てて振り向くとそこには西住殿の顔が。
その表情は焦燥に駆られていて、まるで病人のようでした。
「す、すいません。すごい勢いで震えてたのでつい」
「ご、ごめんね。返してくれるかな。急いで連絡しないといけないんだ」
「あ、はい……」
西住殿は携帯電話を受け取ると、慌てて教室を飛び出していきました。
電話をする相手はもちろん……逸見殿なのでしょう。
脳裏に浮かぶはあの画面。
狂気さえ感じる着信履歴が、頭に焼き付いて離れませんでした。
◇
居ても立っても居られなくなって、私は逸見殿に電話を掛けました。
何度となく通話中に阻まれて、数十回目のトライの後。ようやく電話が繋がります。
『あなたが電話してくるなんて珍しいわね。何の用かしら?』
「西住殿の件で話があります」
『みほの?もう少し要件を詳細に伝えてくれない?』
「あなた達の異常な長電話についてです」
静寂。電話越しからも威圧感が伝わってくるようでした。
しばらく沈黙を保った後、逸見殿は低く唸るように言葉を紡ぎます。
『どうしてそれをあなたが知ってるの?みほが喋ったわけ?』
「っ、西住殿から聞いたわけではありませんが、最近頻繁に電話されているようなので」
『みほから聞いたんじゃないなら話すつもりはないわ。部外者は黙ってなさい』
ブツリッ。どこまでも無慈悲に、逸見殿は会話を拒絶しました。
でも、真っ当な主張でもあります。
私はこの件について、不正を働いて情報を手にしたのでありますから。
だからこそ、西住殿に問い掛けるのは怖かった。否。もしかしたら私はこの時既に。
底冷えするような冷たい闇を、西住殿から感じ取っていたのかもしれません。
◇
「その、差し出がましいとは思うのですが……逸見殿と、何かあったのでありますか?」
西住殿に問い掛けました。過ぎた真似をしているとは思いましたけど、
あの通話が西住殿の健康を阻害しているのは明白です。
もし『あれ』が日常と化しているなら、睡眠時間は毎日5時間を切る計算になるでしょう。
早急に問題を解決しなければ、西住殿が倒れてしまいます。
もっとも、深刻さながらの表情で会話を持ち掛ける私に対して。
西住殿は悪戯が発覚した子供のような。いや、あるいは秘め事を覗かれたかのように。
そんな風に、頬を赤らめながら俯きました。
あれ?もしかしてこれ、馬に蹴られる奴ですか?
「う、うぅ。バレちゃったんだ…恥ずかしい」
「に、西住殿は、もしかして逸見殿と、その…そういう関係なのでありますか!?」
「た、多分」
「多分なんですか!?そこは結構重要だと思いますけど!?」
「その、エリカさんが言うにはね?友達とか恋人とか、そんなの超越した関係だって」
「つまり夫婦って事なんですかぁあぁ!?」
「うぇえっ!?あ、でも、え、そ、そうなのかな!?」
「私に聞かれてもわかりませんよぉぉぉ!」
西住殿のほんわかぶりに、へなへなと脱力していきます。
何の事はない、単に付き合い始めた恋人同士が、羽目を外して長電話に興じていた。
ただそれだけの事みたいです。いや、それはそれで私の心に砲弾直撃なのですが。
とにもかくにも、大した問題ではないでしょう。警戒を解除してもよさそうです。
「それにしても電話し過ぎじゃないですかぁ?あの通話量は異常ですよ」
「で、でも。エリカさんが、知らない事があるのは許せないって」
「……え?」
前言撤回。話題が急に闇を孕み始めました。
「私の事何でも知りたいらしいんだ。でね?私も、エリカさんの事全部知りたい」
「エリカさんと通話できない時間が、授業の時間だけでも6時間あるでしょ?」
「流石に戦車道の内容は話せない事も多いから、1時間と見積もって…これで合計7時間」
「二人合わせたら、今日だけで14時間も空白ができちゃう」
「今までの空白も合わせたら、とてもじゃないけど通話が終わらないよ」
西住殿の言葉を理解するのに、軽く数十秒が必要になりました。
つまりこういう事でしょうか。会えない時間に起きた事を全部報告しあっている?
それも、今まで離れていた分も含めて全部?
「ど、どう考えても無理に決まってます!!」
そもそも、いくら恋人とは言え普通そこまで情報を求めるものでしょうか?
確かに私には経験がありませんが、これが異常だという事はわかります。
「西住殿、考え直しましょう!そんな事してたら体がもちません!!」
「で、でも…エリカさんが」
「逸見殿にしても同じです!きっと体調を崩してますよ!」
「う、うぅ…でも、エリカさんの事もっと知りたいし」
話がまるで通じませんでした。
私の知っている西住殿は、自信なさそうにしながらも、話す事は理路整然としていたはずなのに。
その西住殿が、まるで壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返すのです。
ただ、ただ。『エリカさんの事を知りたい』と。
一体、いつからこうなってしまっていたんでしょうか。
私は途方に暮れながら、西住殿を諭す事しかできませんでした。
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自分の変調に、少しずつ違和感を覚え始めていた。
みほからの連絡がないと落ち着かない。
空白の時間、みほは何をしていたのだろうか。
その空白を埋めたくて仕方がない。
情報はもう十分に掴んだはずだった。
以前とは比べ物にならない程、私はみほの事を理解している。
身長体重と言った基本的な情報はもちろん、
ほくろの場所や、ひときわ敏感な部位みたいなプライベートな情報も。
『あの時』の鳴き声すら把握するに至った私は、
みほの考える事が手に取るようにわかる。
戦術に関しても同様だ。幼少の頃から今に至るまで、全ての大会記録に目を通した。
みほ自身からもその時どう考えて行動したのか一つ一つ確認した。
その数は軽く三ケタを超える。
おかげで私は、脳内に完璧な『みほ』を作り上げる事ができた。
もはや『みほ』の想定回答は、戦術面の質問においても99%の精度を誇っている。
もう十分だ。でも足りない。
なんで、どうして足りないの?
練習試合でもかなりの勝率で勝てるようになって来た。
しかも、こちらの手の内は隠したままで。
私は一体、何に怯えていると言うの?
そうだ、脳内の『みほ』に聞いてみよう。
「ねえみほ。私は一体、どうしてこんなに不安なのかしら?」
『うーん。短い時間でも、きっかけがあれば人は変われるからじゃないかな』
「だとしても、今更授業の内容とか、その日食べたご飯の献立とかいる?」
「そりゃ、あなたの事を何も知らなかった頃なら別よ?
でも、ここまであなたの事を理解した上で、
それでも何回トイレに行ったとかまで数える必要あるのかしら?」
『え、えーと。トイレの回数はやめてほしいかな……』
多分必要ない情報だろう。なのに、私はその無駄な情報を知りたくて仕方ない。
どんな内容であろうと、みほに空白があるのが許せない。
それはどうして?どうして?どうして?どうして?
「教えて、みほ。私は何を求めているの?」
『……ごめんね。その答えは、エリカさんが自分で見つける必要があると思う』
『それを知ってるのは、エリカさんだけだから』
酷い内部矛盾が発生している。みほの事は何でもわかるのに、
私は自分の事がよくわからなくなっていた。
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全国大会が始まった。
私こと、逸見エリカが率いる黒森峰は他校を寄せ付けず圧倒的な強さで勝ち進む。
当然だ。何しろ今の私は、参謀にみほをつけているようなものなのだから。
例えば、今回の相手はサンダース。
戦場の地図を一瞥すると、私は脳内の『みほ』に語り掛ける。
あなたならどう考える?と。
脳内の『みほ』は、首をひねりながら自信なさげに回答してくれた。
『えーと…籠城されると厳しい地形だね。…特に、
カール自走臼砲にE6地点を取られるとかなりきついかも』
「カール自走臼砲っ!?でも確かに
過去申請してたって言ってたわね。可能性は十分にある、か」
『うん。サンダースって言うと去年ファイアフライに苦しめられたけど、
ナオミさんは卒業してるよね』
「そうね。あのレベルの砲手が毎年育つとは考えたくないけど。
一回戦には出てきてなかったし」
『サンダースの一回戦の相手はプラウダだったから、
流石に出し惜しみは無いんじゃないかな』
『多分選手は育たなかったんだよ。なら尚更、
火力の補強をしたいって考えるのが普通じゃないかな』
「成程。もし出てきた場合どうするべきかしら。
まさかパンターに空を飛べとか言わないわよね?」
『あ、あはは…じゃあ、こっちのC7地点に誘導しちゃうのはどうかな。
サンダースから見てもあまり違いは無いよね?』
「?そりゃE6とC7ならどっちも変わらないでしょうけど。
なら、あなたはどうしてこっちを選ぶのよ」
『あ、うん。C7はちょっと傾斜があるし、多分地盤が緩いから。
カールの重量だと耐えられないと思って』
脳内の『みほ』が、私ではおよそ考え付かない作戦を展開する。
それを私が受け取って、黒森峰として実践できる、否、実践していい作戦に再構成する。
今回の作戦は特にそのまま採用で問題がなかった。
試合が始まり、黒森峰はさも読み違いをしたかのように、うっかり高台のC7を明け渡す。
『みほ』の予想通り、サンダースはカールを投入してきた。
さらに周りを3輌のシャーマンが護衛し、ある種の要塞が完成する。
黒森峰のパンター達は、いかにも悔し紛れに遠巻きに攻撃するも。
動揺を隠せないかのように手元を狂わせ、砲撃は足元の『地面』ばかりに被弾する。
この拠点はサンダースの圧勝かと思われたその刹那。
どこからか、大地震を思わせる地響きが周囲を襲い始める。
そして、次の瞬間――
――カールの巨体がずり落ち始めた。
「あ、足元がっ、崩れっ……!!!」
124tの鉄の塊が、護衛のシャーマンを巻き込みながら、
巨大な砲弾となって地面を滑り始める。
自走能力の低い自走臼砲は、自らの滑走を止める事ができない。
緩慢に車輌がすべり落ちる中、予想していたパンターは当然のようにそれを回避して…
『シュポッ』と。間抜けな音をカールにあげさせた。
◆
モニターに映し出された映像の中で、黒森峰がサンダースを圧倒していました。
その戦いはまさに質実剛健、黒森峰ここにあり、と言わんばかりの正統派な展開。
なのに一体どうしてでしょう。
本来はそこにいないはずの、自分が亡霊のように揺らめいているような。
そんな、奇妙な感覚に襲われました。
たぶん、優花里さんも同じように感じたのでしょう。
複雑な表情を浮かべながら、探るように問い掛けてきます。
「……西住殿なら、このサンダース相手にどう戦いますか?」
「多分、まったく同じ作戦を取るかな」
「カールが投入される事は予想できてました?」
「うん。ファイアフライの砲手が変わって火力が落ちてるし。
隠し玉で投入するならここだと思ってた」
「……その。西住殿が助言したってわけじゃ、ありませんよね?」
「さ、流石にそれはないよ?」
「そ、そうですよね!?すいません!!」
でも、そう疑いたくなる優花里さんの気持ちもわかります。
もしかして、もしかしたら。
私は脳内の『エリカさん』に語り掛けました。
(もしかして、エリカさんの中にも私が居るのかな)
『居てもおかしくないんじゃない?あいつもあなたも、狂い具合はどっこいでしょ』
(そっか、そうだよね)
『喜んでる場合じゃないでしょうが。
あいつの中にあなたがいたら、どういう事になるかわかってんでしょ?』
(そうだね。もし、エリカさんの中にいる私が完全な私なら……)
大洗は、絶対に黒森峰に勝てない。
◆
決勝戦前夜。窓から月夜を眺めながら、私は『みほ』に話し掛けていた。
「明日、私達は勝てるのかしら」
『大丈夫だよ。エリカさんと私が揃ってるんだもん』
『みほ』の返事に満足して頷いた。私自身もそう思う。
例えみほがどんな奇策を練ってきたとしても、『みほ』がそれを見破ってくれるだろう。
残る不安があるとすれば、目まぐるしく変化する戦局に隊員が対処できるかだけど。
それも私達は一年間、一丸となって鍛錬を重ねてきた。
お互いに手の内が割れていて、対応力にも問題がないとすれば。
勝敗を決するのは、単純な戦車のスペックと選手の練度。
『正面からぶつかれば、大洗に勝機はない』
『でも、私の作戦は私が全部防ぐから』
『だから、私達は負けないよ』
「……そうね。私達が揃えば、大洗はもはや敵じゃない」
脳内の『みほ』が手を伸ばす。
直接握る事はできないけれど、私はその手を確かにつかむ。
目を閉じれば、私達は二人並び立っている。
それは奇しくも2年前。私が夢に描いた未来。
あの子が隊長として黒森峰を率いて。私が副隊長としてあの子を支える。
あの日、未来は川底に沈んでしまって。叶う事はないだろうと嘆いたけれど。
期せずして、私は同じ状況を作り上げたのだ。
自分一人の力だけで。
『……エリカさん、泣いてるの?』
喜ばしい事のはずだった。心強いはずだった。
なのになぜだろう。涙が溢れて止まらない。
否、本当はわかっているのだ。今になって気づいてしまった。
あの日、濁流と共に流れた未来。
それは思っていたよりも、私を致命的に壊していたらしい。
気づかないふりをしてあの子の代わり(副隊長)を邁進した。
あの子を敵だと睨み付け、言葉のナイフで切り刻んだ。
それがどうだ。
あの子に溺れていいという大義名分を見つけた途端、脇目も降らずに没頭した。
あれは異常な狂人だ。勝つにはこちらも狂うしかない。
そんな言い訳を繰り返しながら、嬉々としてあの子の情報をかき集めた。
とどのつまり、私は徹頭徹尾。ずっとあの子に依存していたのだ。
あの子がそばにいない現実に耐えられなかったのだ。
だからいつしか手段が目的にすり替わり、もはや彼女の空白に耐えられない。
一番狂っていたのは…他でもない私だった。
涙が、嗚咽が止まらなかった。どうして気づいてしまったのだろう。
いっそ気づかず狂ったままでいられれば。
ずっと幸せに浸っていられたのに。
『……大丈夫だよ、エリカさん。私の役目は明日で終わりだから』
『明日が終われば、本当の私がエリカさんのそばに居る』
『だから、明日までは。偽者の私で我慢してください』
寂しそうに微笑む『みほ』に、私は何度も首を振る。
ごめんなさい。あなたをないがしろにするつもりはなかったの。
現実のみほも、私の中に生き続ける『みほ』も。
どちらのみほも私にとって、もはや欠く事のできない大切な存在なのだから。
脳内の『みほ』に唇を重ねる。『みほ』は一筋涙を流した。
--------------------------------------------------------
そして翌日。
私と『みほ』が率いる黒森峰は、
大洗をあっさり捻り潰して王者に返り咲いた。
戦車から顔を出したみほが晴れやかな顔で微笑みかける。
脳内の『みほ』が儚い笑顔を私に向ける。
二人のみほに囲まれて、こらえきれずに目を伏せた。
◆◆
「…負けちゃった」
「少しは悔しそうな顔しなさいよ」
「だって、全力を出し切ったから」
「負けは負けでしょう?地団太踏んで悔しがりなさい」
「あはは、私の中のエリカさんは悔しがってるね」
『チッ、やっぱり私の中にも居たのね。忌々しい』
『あはは……やっぱり私の中にも居たんだ。嬉しいな』
「どうしてこうなっちゃったんだろね」
「あなたの中の私に聞けばわかるでしょ」
『ごめん。私のせいだよね』
「そうよ、あなたが逃げたせい」
『でも、半分は私のせいでしょうが』
『私がエリカさんから逃げたから』
「私は心が壊れてしまって」
『私があなたに依存したから』
「私はエリカさんに壊された」
「これからは、ずっと一緒にいてくれる?」
「うん。こちらこそ、お願いします」
「二度と離してあげないわよ?」
「あはは。もうとっくに離れられないよ」
◆◆
私達は二人で抱き合う。
二人を隔てた境界線が消え失せて、私達は一つになった。
--------------------------------------------------------
大学の戦車道には、有名な双対の戦車長がいる。
二人は片時も離れる事無く、
まるで胴体が溶接されているかの如く寄り添っていた。
通学、講義、食事中。いついかなる状況でも、
二人が別行動を取っているところを見た者はいない。
そんな、ある種病的なまでの連帯感に、周囲は奇異の視線を向けていた。
そんな二人が一つだけ、例外的にその身を分かつ時がある。
戦車道に身を置く時だ。この時ばかりは、二人もその固く結んだ指をほどく。
だがそれは、二人の異常性を更に際立たせる時でもあった。
二人は互いに連携する時、一切通信を使わないのだ。
見えているわけでもない。言葉を交わすわけでもない。
アイコンタクトすら存在しない。
にも関わらず、二人は一糸乱れぬ完璧な連携を披露する。
まるで、『脳が繋がっている』かのように。
二人の鬼神とも呼ぶべき強さに興味を示し、
時の隊長が理不尽な紅白戦を実施した事があった。
2対15。否、それはともすれば。
優秀な新人への嫉妬がもたらす、公開処刑のつもりだったのかもしれない。
結果は惨敗。どちらが?無論、15の方だ。
二体揃えば手が付けられない。人間業とは思えない連係プレイで次々と撃破されていく。
かといって戦力を分散させれば、それはそれで個別撃破の餌食となる。
ならばと守備を固めて籠城すれば、予想もつかない神算鬼謀が隊列全体に襲い掛かった。
試合が始まってから2時間後。多数の戦車が鉄塊と化し、周囲に硝煙が立ち込める中。
二人の戦車が、何事もなかったかのように二輌並んで走行してきた。
皆が固唾を飲んで見守る中、二人の車長がキューポラから身を乗り出して降りてくる。
二人は指を一本一本結びつけ、いつも通り固く手を繋ぎあった後。
こんな恐ろしい言葉を吐いて、その場の全員を震撼させた。
「少し物足りなかったので、今度は後10輌追加してください」
「え、エリカさん。さすがに10輌は言い過ぎだよ…5輌にしとこ?」
◆◆
高校を卒業した後、私達は二人で同じ大学に進学した。
常日頃から共に行動し、繋いだ手すら離さない私達は、
大半の学生から気味悪がられて孤立している。
この前の紅白戦があってからは、目が合っただけで怯えられるようになった。
「そりゃそうですよぉ。せめて通信機くらい使えばいいじゃないですか」
「『みほ』と直接会話できるのに?通信手通すだけ時間のロスじゃない」
「私の存在意義が〜っ!!」
「せめて、二人とも脳内の相手とブツブツ会話するのはやめた方がいい。
見た人に精神異常を疑われる」
「あんこうチームは大丈夫ですけどね。逸見さんのチームの方は……」
「心配無用よ。とっくに狂人扱いされてるし、実際異常なのは事実じゃない」
「わかってるなら治してくださいよぉ」
「はぁ?あなた、『みほ』に死ねっていうわけ?」
「そ、そういう意味じゃありませんけどぉ……!」
結局、あの後も私達の依存は解消されなかった。むしろどんどん悪化している。
今では手が離れている時は、お互いに声を掛け合っていないと気が狂いそうになる。
戦車に乗っている時に脳内の相手と会話するのも、
意見交換より精神安定剤の意味合いが遥かに大きい。
いつしか脳内の境界も消えていた。頭に浮かんだ考えや感情。
それが自分のものなのか、『みほ』のものなのか区別がつかない。
逸見エリカとして怒る事もあれば、『西住みほ』として女々しく泣いてしまう事もある。
立派な精神異常者だ。病名は解離性同一性障害あたりか。
精神病院を受診すれば即座に入院間違いないだろう。
脳内の『みほ』を殺させるわけにはいかないから、絶対掛かるわけにはいかないけれど。
『「でも、幸せだよね」』
優しく脳裏に響いた声。それは私だけに聴こえる声か、それとも外から届いたものか。
判断がつかなくて、横にいるみほの顔を覗き込む。
みほは微笑んでいた。『みほ』も微笑んでいた。
ああ、やっぱりわからない。でもなぜか、不意に目尻が熱くなって。
私は目を閉じながら、ただ一言だけこう言った。
「『そうね』」
精神は異常をきたしている。心は修理不可能な程に破損している。
それでも胸を張って私は言える。今、自分は幸せだと。
そして私はこれからも。二人のみほに囲まれて生きていく。
(完)
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>幸せですな
みほ
「幸せだよね」
エリカ
「ええ」
秋山
「Pixivの感想では
『メリーバッドエンドですね!』
って言われてましたけどねぇ」
>ガルパン
みほ
「ぜひ読んでみてください!」
エリカ
「そして原作との差異を知って
愕然とするといいわ」
のところで(被害者は少ない方がいいからね)というセリフが脳内再生されてしまった私は重症かもしれません。本当にありがとうございました。
ごちそうさまです。
病みぽりんは好物>
エリカ
「別の場所で公開した作品がまだ
いくつかあるけど、
大体どれもみほが病んでるわ」
みほ
「エリカさんもだよ?」
ハッピーエンド>
エリカ
「だと思うのだけれど」
麻子
「まぁ本人がそう思うならいいんじゃないか」
5輌にしとこ?>
エリカ
「まあ実際この次元になると
被害者が増えるだけよね」
秋山
「いや、普通5輌増えたら
絶望的敗北が待っていると思いますが」
なんだ、ただの神か。