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【咲-Saki-SS:智葉×成香】「茨姫は今日も輝く」【狂気】【共依存】
<あらすじ>
牙をむく者が好きだった。
困難に立ち向かう者が好きだった。
なのに嗜好を塗り替えられた。
酷く歪な方向に。
戦いに傷つき嗚咽する少女。
涙を湛えたその瞳は、
あまりに儚く美しかった。
<登場人物>
辻垣内智葉,本内成香
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・トラウマ
・共依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・智葉×成香でガイトさんが攻め
※軽めの話にしようと思ったのに、
思った以上に酷い話になりました。
智葉さんが酷い事に。
※後味悪いです。苦手な方はご注意を。
※成香サイド書かないと
伝わらなさそうですが共依存です。
気力とリクがあったら書くかもしれません。
--------------------------------------------------------
私、辻垣内智葉は前を向く者の味方だ。
眼前に広がる茨から目を背けず、
唇を結びながら足を踏み出す者が好きだ。
なぜか。理由は単純だ。
決意を目に秘め挑む者。その目は必ず輝いている。
命を燃やし尽くさんとする光。
その光に勝る美を私は知らない。
だから今日も卓につく。
私を叩き潰そうと、燃える相手を期待して。
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『茨姫は今日も輝く』
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本内成香。
彼女の第一印象を問われると答えに苦しむ。
歯に衣着せず言ってしまえば、
印象すら残らなかったからだ。
例えば全国大会の準決勝を思い出す。
清澄の一年、姫松の二年。
どちらもその目に光を感じた。
対局に繋がる先を見据え、
前を進もうともがいて見せた。
対して本内成香はどうか。
確かに目が光ってはいた。
だが意志によるものではない。
希望を潰され、目に滲ませた涙の光。
見る価値なし。早々に結論付けた。
そして彼女を、他者を釣るための
道具として扱う事に決める。
覇気も刃も見せない彼女は、
私に牙を剥く姫松を横から刺す道具として
おおいに役に立ってくれた。
それだけだ。その場限りの使い捨て。
今後交わる事もなく、記憶に埋もれて消えて行く道具。
それが、私にとっての本内成香だった。
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彼女が私の中で形を持ち始めたのは翌年の事だ。
季節は夏。例年通り全国大会が幕を開け、
OGとして会場を訪れた私は、
対戦相手の名に少し心を動かした。
(驚いたな。今年も上がってこれたのか)
全国大会の2回戦。
例によってシードで登場した臨海に対し、
今年も有珠山の名が並んでいる。
慮外だった。少なくとも、去年の有珠山は
副将と大将が引っ張るチームだったわけで。
とりわけ大将の功績が絶大だった。
彼女が卒業して去った今、全国まで
駒を進める力があるとは思えない。
彼女に代わる新星が現れたという事だろうか。
先鋒を見てさらに驚く。
本内成香。去年も先鋒を務めていた少女だ。
印象は薄いが記憶には残っている。
特徴もなく意志も感じない、
逃げの麻雀を打つ少女だった。
そして三度驚かされる。
彼女が対局で見せた麻雀は、やはり特徴のないものだった。
去年に比べれば成長している。それは素直に認めよう。
だがそれだけだ。全国の頂には遠く及ばない。
結局彼女は去年と同様、目に涙を浮かべつつ会場を去る。
その後の流れも焼き直しだ。大将が奮闘するも、
有珠山は2回戦で姿を消した。
--------------------------------------------------------
胸に疑問が沸き上がる。
有珠山高校、とりわけ本内成香。
彼女は一体何なのだろうか。
麻雀が強いわけでもない。意志が強いわけでもない。
にも関わらず、エースが集う先鋒に立たされ、
涙を流しながら牌を握る。
まるで何かの罰でも課されているように。
去年はまだ理解できた。
トビ終了がある団体戦において、
弱者を前に置くという戦略もあるだろう。
弱者と強者を順に並べ、弱者の失点をカバーする。
そして持ち点に余裕がある序盤で弱者を処理する事で、
トビ終了による早期決着を回避する。
頂点を目指す戦略とは言えないが、
チームの状況に合わせた戦い方としては頷けた。
だからこそわからない。
最弱だからこその先鋒。それが去年の本内成香だ。
だが今年は違う。彼女より弱い選手が他にもいた。
去年の戦略を踏襲するなら、
本内成香は中堅に置かれるべきだろう。
去年の経験を加味した?折れない精神を期待した?
馬鹿な。彼女は去年折れていたし、今年だって涙を流した。
むしろ彼女は先鋒に置くべきではない人種のはずだ。
わからない。わからないから興味がわいた。
本内成香。なぜ、彼女はあの戦場に立ったのか。
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疑問を解消する機会に出会った。
会場のロビーで茶を嗜んでいたら、
見覚えのある姿が視界を横切る。
反射的に声を掛けて呼び止めていた。
「ちょっといいか。確か、真屋由暉子だな?」
「辻垣内プロですか。見に来ていたんですね」
「母校の応援でな」
無表情から放たれる抑揚のない声。
拒絶とは言わないが、歓迎とも言えない雰囲気がある。
無理もない事だろう。
OGとはいえ、勝利校の関係者が敗残の将に声を掛ける。
気分がよくなるはずもない。
手短に済ませるとしよう。
「一つだけ聞かせてくれ。なぜ今年も
本内成香を先鋒に置いたんだ?」
真屋由暉子の目が僅かに見開かれる。
彼女にしては珍しく、その目に痛みを伴っていた。
「……私達が弱かったからです」
「去年ならその答えで納得したよ。
だが、今年においては疑問が残る。
彼女は最弱ではなかっただろう?」
「麻雀の話ではありません。心です。
私達は心が弱かった」
「だから、先輩に頼ってしまった」
淡々とした口調に悔恨の色が混じる。
成程、大よそ理解できた。
なんの事はない。単に、誰もエース区間の先鋒を
やりたがらなかったのだろう。
そして、自己主張に乏しい彼女が矢面に立たされた。
ただそれだけだったようだ。
「そうか。呼び止めてすまなかったな」
急速に興味を失った。だが、胸に澱みは残り続ける。
後味の悪いニュースを聞いた気分だ。
真屋由暉子と別れた後も、
私は渋い顔を崩す事ができなかった。
「……歩くか」
こんな時は体を動かすに限る。
都合のいい事に、この会場には公園が隣接していた。
1時間も歩けば気分も晴れるだろう。
冷たくなったコーヒーを飲み干すと腰を上げる。
そのまま、熱意冷めやらぬ会場を後にした。
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ツキと言うのか縁と言うのか。
気分を晴らすための散策で、
元凶と遭遇する事になった。
歩き始める事十数分。
照りつける日差しに汗が浮き始め、
無意識に休憩場所を探し始める。
行く先にベンチの背を見て取った。
なかなかいい位置取りだ。
生い茂る木々が日差しを遮っている。
あそこで一息入れるとしよう。
自然と足も速度を上げる。
無心に歩みを進めたせいか、
ある事実に気づかなかった。
そう。ベンチには先客がいたのだ。
ベンチの背が比較的高かった事、後は、
座り込んだ相手が項垂れていた事もあるだろう。
夏のベンチ。その爽やかな雰囲気をかき消すほど
澱んだ空気を纏う少女が、力なくベンチに腰掛けている。
彼女は俯き嗚咽していた。
声を上げる事もなく。だが涙を止める事もなく。
ぼろぼろと大粒の滴を伝わせながら、
静かに肩を震わせていた。
「本内、成香」
不意に呟かれた私の言葉に、彼女は
はっと頭を上げる。
くりくりと大きな彼女の瞳は、
あふれた涙で輝いていた。
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うっかり声を掛ける形となった手前、
そのままベンチに腰を掛ける。
しかし会話が弾むはずもなく。
途切れ途切れの沈黙と、会話が交互に訪れる。
「辻垣内さん……」
「覚えていたのか」
「あ、はい……」
大まかな事情を知ってしまった今、
目の前の少女はただの哀れな小動物にしか見えない。
だが、一つだけ聞きたい事が残されていた。
「一つ、質問してもいいか」
「は、はい」
「どうして逃げなかったんだ?」
「は、はい?」
「先鋒は最も苛烈なポジションだ。
去年洗礼を受けたのだから理解していただろう。
なのに、お前は今年もその場に立った」
「なぜだ?」
焼き直しの質問だった。真相はすでに掴んでいる。
逃げなかったのではない。逃げられなかったのだと。
しかし、それを加味しても確かめたかった。
彼女が成し遂げた事は、実は驚異的な事だからだ。
確かに、先鋒を捨てるチームは珍しくない。
例えば去年の新道寺もそうだろう。
あとは偶然強者が揃った新進気鋭のチームなら、
セオリー外の編成を組む事もままある話だ。
だが、そうして捨て駒にされた選手が
翌年も先鋒を務めるケースはほとんどない。
理由は単純。潰れるからだ。
身の程を知り、心を挫き、二度立つ事を拒絶する。
全国の強豪校で研鑽を続けた猛者でさえそうなる。
なのに、この小動物は再び死地に赴いた。
なぜだ?どうしてそんな事ができた?
いくつかの推論は立てていた。
だが、しっくりくる答えは見いだせなかった。
だからこそ、聞いてみたいと思う。
「か、考えた事、ありませんでした」
思わず目を見開いた。
彼女から放たれた言葉が、
完全に予想の外だったからだ。
経歴を聞いてさらに驚く。
彼女の麻雀歴は3年にも満たなかった。
麻雀を始めたのは高校1年生の時。
たまたま麻雀卓が手に入って、
なし崩しに始める事になったらしい。
無論、そんな彼女が経験者にかなうはずもなく。
彼女は敗北を前提に物事を考えていた。
「その、先鋒が一番怖いっていうのは聞いてましたけど。
でも、どの区間に出たとしても
私よりずっと強い人ばかりですし」
「正直、あまり違いはなかったと思います」
成程。そういう考え方もあるのかもしれない。
経験がない彼女には、彼我の戦力差を推し量る事ができない。
ならばどの区間でも同じ事。
たとえ、魑魅魍魎が跋扈する先鋒区間であったとしても。
他選手の精神を守る意味では有効な手段と言えただろう。
そもそもこれまでの話を聞く限り、
有珠山に戦略的な意識があったかも疑わしいが。
しかし。いかに本人の意識がどうあれ、
それが残酷な選択である事に変わりはなかった。
「私。今回が今までで一番失点少なかったんです」
「皆から褒めてもらえました。
よくやった!大健闘だ!って」
周りの全てが自分より強者だと断定し、
はなから勝ちを捨てて守りを固める。
ひたすらに被害を最小限に食い止める事だけを考える。
エースを温存した上で相手チームの猛攻を凌ぐ。
実力差を考慮すれば、確かに彼女は活躍したと言えるだろう。
「でも、チームは、負けました」
「もし、わたしが。プラスで終われてたら勝ってました」
「結局、わたしは一度も勝てなかったです。
一度も、ぷらすで、終われ、な、かった」
「かな、しい、です」
止まっていた涙があふれ、彼女は耐え切れず顔を覆う。
そう。エース区間に立ち続けた初心者は、
勝つ事を許されなかった。
ただの一度も。挑戦すら許されないままに。
「……っ、……っ」
彼女の事を誤解していた。
戦う意志も覇気もなく、
ただ嵐が過ぎ去るのを待つだけの存在。
彼女をそう誤認していた。
違う。彼女は戦っていた。
常に絶望的な戦場に立たされて、
それでも後に続く者を守るため。
傷つく体を盾に変えて、
涙を流しつつも堪え続けた。
戦う力も持たず、なのに逃げもせず攻撃を受け続ける。
それがどれ程の苦痛を伴うものか。
私には想像すらできない。
「つらかったんだな」
気づけば彼女を抱き締めていた。
腕の中に納まった彼女は、驚いたように
目をぱちくりと瞬かせる。
でも、やがてその表情をぐしゃりと崩すと。
私に縋り付いて泣きじゃくった。
その目に意志の光はない。
前を進もうとする力は感じない。
それでも。涙に輝く彼女の瞳は、
酷く悲しくて美しい。
私は、これ程美しいものを
他に見た事がなかった。
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今ならばわかる。私はこの日、
本内成香に『狂わされた』のだと。
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あの全国大会から半年後。
成績の不振にあえぐチームが、
ある異例のスカウトをして話題になった。
無名とは言えない選手ではある。
だが、およそプロへの参画などありえない選手を
チームに引き入れたのだ。
地区大会から全国大会まで全敗。
一度としてプラスの結果を得た事がない選手。
そう。本内成香だった。
恐ろしい事に、そのチームは
本内成香を先鋒に適用した。
当然勝てるはずもない。
本内成香の全敗記録は順調に数を増やし、
ついにはギネスブックに乗るまでに至る。
だが、それ以上に恐ろしい事に。
チームはその年、悲願の初優勝を成し遂げた。
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それは無慈悲な戦略か、成行きの末の偶然か。
私がそれを知る由はないが、
おそらくは後者だったのだろう。
だが効果は覿面だった。有珠山の2年連続全国出場。
その結果が如実に物語っている。
北海道という地区は、決して無名校が
まぐれで優勝できるような地区ではない。
琴似栄という強豪校が在るからだ。
1年目はまだ大目に見よう。
獅子原爽の存在はそれ程までに大きい。
だが大エースが抜けた翌年は別だ。
どうして有珠山高校は全国に来る事ができたのか。
その疑問は、今でも時々話題に上る。
私だけが確信していた。
本内成香の涙がチームを奮起させたのだ。
明らかに実力の足りない彼女をエース区間に起用する。
当然、彼女は負け続ける事になった。
戦いを経るたびに彼女は涙を滲ませ、
皆に対して謝り続ける。
その姿は仲間の心に刺さり、
歪に闘志を燃え上がらせた。
彼女の敗北を自分達が雪ぐ。
事実、後続の選手は実力にそぐわず
目覚ましい活躍を見せた。
酷いマッチポンプもあったものだ。だが結果として、
有珠山は持ちうる戦力で最良の戦績を勝ち取った。
彼女の涙に魅入られた私は、
その事実に気づいてしまう。
そして。彼女の魅力にとりつかれた私は、
より凄惨な道に誘い込む。
成香の地獄は、まだ始まったばかりだった。
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その日もチームは順調に勝ち星を増やした。
私はふぅと一息つくと、控室の扉を開ける。
一人の少女が待ち受けていた。
いつものように涙を零し、
目をキラキラと輝かせている。
「成香。敵をとってきたぞ」
なおも嗚咽する成香を抱き締め、
その両腕で包み込む。
「ありがとう、ございます。うれしい、です」
震える声で囁きながら、
成香はくしゃりと顔を崩した。
指でなぞって涙を掬う。
どろりと濁った成香の瞳が露になった。
でもすぐに涙が覆う。周りの光が反射して、
成香の目は再び光を取り戻した。
美しい
傷ついた果てに濁った瞳も、
それを覆い隠す涙の光も。
どこまでも儚く、痛ましくて愛おしい。
歪んでいるのは自覚している。
非道に過ぎるこの牢獄から、
彼女を解放しなければと思う。
だが同時にこうも思う。
私が無理矢理捕まえているわけじゃない。
逃げ出そうとしないから悪いのだと。
「なあ、成香」
「なんですか」
「逃げないのか?」
「……」
私は成香に問い掛ける。
だが、答えはすでに分かっていた。
この子の過去を暴いた私は、返ってくる答えを
一字一句間違えず予想する事ができる。
「『考えた事、ありませんでした』」
脳が導いた解答と、彼女の言葉は一致した。
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前を向く者が好きだった。
眼前に広がる茨から目を背けず、
唇を結びながら足を踏み出す者が好きだった。
でも、いつからか好みは醜く歪んだ。
成香を茨の道に突き飛ばす。
成香は食い込む茨にもがき苦しみ、
血塗れになって涙を流す。
傷つき嗚咽する成香をそっと抱き締めた。
力なく体重を委ねてくるのが愛おしい。
そんな毎日を続けるうちに。
気づけば、成香以外目に入らなくなっていた。
そして私は、今日も成香を傷つける。
だが時折ふと思う。囚われているのは
私の方なのかもしれないと。
茨姫は今日も輝く。
その全身を真っ赤に染めて、涙をきらきら光らせながら。
(完)
牙をむく者が好きだった。
困難に立ち向かう者が好きだった。
なのに嗜好を塗り替えられた。
酷く歪な方向に。
戦いに傷つき嗚咽する少女。
涙を湛えたその瞳は、
あまりに儚く美しかった。
<登場人物>
辻垣内智葉,本内成香
<症状>
・ヤンデレ
・狂気
・トラウマ
・共依存
<その他>
以下のリクエストに対する作品です。
・智葉×成香でガイトさんが攻め
※軽めの話にしようと思ったのに、
思った以上に酷い話になりました。
智葉さんが酷い事に。
※後味悪いです。苦手な方はご注意を。
※成香サイド書かないと
伝わらなさそうですが共依存です。
気力とリクがあったら書くかもしれません。
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私、辻垣内智葉は前を向く者の味方だ。
眼前に広がる茨から目を背けず、
唇を結びながら足を踏み出す者が好きだ。
なぜか。理由は単純だ。
決意を目に秘め挑む者。その目は必ず輝いている。
命を燃やし尽くさんとする光。
その光に勝る美を私は知らない。
だから今日も卓につく。
私を叩き潰そうと、燃える相手を期待して。
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『茨姫は今日も輝く』
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本内成香。
彼女の第一印象を問われると答えに苦しむ。
歯に衣着せず言ってしまえば、
印象すら残らなかったからだ。
例えば全国大会の準決勝を思い出す。
清澄の一年、姫松の二年。
どちらもその目に光を感じた。
対局に繋がる先を見据え、
前を進もうともがいて見せた。
対して本内成香はどうか。
確かに目が光ってはいた。
だが意志によるものではない。
希望を潰され、目に滲ませた涙の光。
見る価値なし。早々に結論付けた。
そして彼女を、他者を釣るための
道具として扱う事に決める。
覇気も刃も見せない彼女は、
私に牙を剥く姫松を横から刺す道具として
おおいに役に立ってくれた。
それだけだ。その場限りの使い捨て。
今後交わる事もなく、記憶に埋もれて消えて行く道具。
それが、私にとっての本内成香だった。
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彼女が私の中で形を持ち始めたのは翌年の事だ。
季節は夏。例年通り全国大会が幕を開け、
OGとして会場を訪れた私は、
対戦相手の名に少し心を動かした。
(驚いたな。今年も上がってこれたのか)
全国大会の2回戦。
例によってシードで登場した臨海に対し、
今年も有珠山の名が並んでいる。
慮外だった。少なくとも、去年の有珠山は
副将と大将が引っ張るチームだったわけで。
とりわけ大将の功績が絶大だった。
彼女が卒業して去った今、全国まで
駒を進める力があるとは思えない。
彼女に代わる新星が現れたという事だろうか。
先鋒を見てさらに驚く。
本内成香。去年も先鋒を務めていた少女だ。
印象は薄いが記憶には残っている。
特徴もなく意志も感じない、
逃げの麻雀を打つ少女だった。
そして三度驚かされる。
彼女が対局で見せた麻雀は、やはり特徴のないものだった。
去年に比べれば成長している。それは素直に認めよう。
だがそれだけだ。全国の頂には遠く及ばない。
結局彼女は去年と同様、目に涙を浮かべつつ会場を去る。
その後の流れも焼き直しだ。大将が奮闘するも、
有珠山は2回戦で姿を消した。
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胸に疑問が沸き上がる。
有珠山高校、とりわけ本内成香。
彼女は一体何なのだろうか。
麻雀が強いわけでもない。意志が強いわけでもない。
にも関わらず、エースが集う先鋒に立たされ、
涙を流しながら牌を握る。
まるで何かの罰でも課されているように。
去年はまだ理解できた。
トビ終了がある団体戦において、
弱者を前に置くという戦略もあるだろう。
弱者と強者を順に並べ、弱者の失点をカバーする。
そして持ち点に余裕がある序盤で弱者を処理する事で、
トビ終了による早期決着を回避する。
頂点を目指す戦略とは言えないが、
チームの状況に合わせた戦い方としては頷けた。
だからこそわからない。
最弱だからこその先鋒。それが去年の本内成香だ。
だが今年は違う。彼女より弱い選手が他にもいた。
去年の戦略を踏襲するなら、
本内成香は中堅に置かれるべきだろう。
去年の経験を加味した?折れない精神を期待した?
馬鹿な。彼女は去年折れていたし、今年だって涙を流した。
むしろ彼女は先鋒に置くべきではない人種のはずだ。
わからない。わからないから興味がわいた。
本内成香。なぜ、彼女はあの戦場に立ったのか。
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疑問を解消する機会に出会った。
会場のロビーで茶を嗜んでいたら、
見覚えのある姿が視界を横切る。
反射的に声を掛けて呼び止めていた。
「ちょっといいか。確か、真屋由暉子だな?」
「辻垣内プロですか。見に来ていたんですね」
「母校の応援でな」
無表情から放たれる抑揚のない声。
拒絶とは言わないが、歓迎とも言えない雰囲気がある。
無理もない事だろう。
OGとはいえ、勝利校の関係者が敗残の将に声を掛ける。
気分がよくなるはずもない。
手短に済ませるとしよう。
「一つだけ聞かせてくれ。なぜ今年も
本内成香を先鋒に置いたんだ?」
真屋由暉子の目が僅かに見開かれる。
彼女にしては珍しく、その目に痛みを伴っていた。
「……私達が弱かったからです」
「去年ならその答えで納得したよ。
だが、今年においては疑問が残る。
彼女は最弱ではなかっただろう?」
「麻雀の話ではありません。心です。
私達は心が弱かった」
「だから、先輩に頼ってしまった」
淡々とした口調に悔恨の色が混じる。
成程、大よそ理解できた。
なんの事はない。単に、誰もエース区間の先鋒を
やりたがらなかったのだろう。
そして、自己主張に乏しい彼女が矢面に立たされた。
ただそれだけだったようだ。
「そうか。呼び止めてすまなかったな」
急速に興味を失った。だが、胸に澱みは残り続ける。
後味の悪いニュースを聞いた気分だ。
真屋由暉子と別れた後も、
私は渋い顔を崩す事ができなかった。
「……歩くか」
こんな時は体を動かすに限る。
都合のいい事に、この会場には公園が隣接していた。
1時間も歩けば気分も晴れるだろう。
冷たくなったコーヒーを飲み干すと腰を上げる。
そのまま、熱意冷めやらぬ会場を後にした。
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ツキと言うのか縁と言うのか。
気分を晴らすための散策で、
元凶と遭遇する事になった。
歩き始める事十数分。
照りつける日差しに汗が浮き始め、
無意識に休憩場所を探し始める。
行く先にベンチの背を見て取った。
なかなかいい位置取りだ。
生い茂る木々が日差しを遮っている。
あそこで一息入れるとしよう。
自然と足も速度を上げる。
無心に歩みを進めたせいか、
ある事実に気づかなかった。
そう。ベンチには先客がいたのだ。
ベンチの背が比較的高かった事、後は、
座り込んだ相手が項垂れていた事もあるだろう。
夏のベンチ。その爽やかな雰囲気をかき消すほど
澱んだ空気を纏う少女が、力なくベンチに腰掛けている。
彼女は俯き嗚咽していた。
声を上げる事もなく。だが涙を止める事もなく。
ぼろぼろと大粒の滴を伝わせながら、
静かに肩を震わせていた。
「本内、成香」
不意に呟かれた私の言葉に、彼女は
はっと頭を上げる。
くりくりと大きな彼女の瞳は、
あふれた涙で輝いていた。
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うっかり声を掛ける形となった手前、
そのままベンチに腰を掛ける。
しかし会話が弾むはずもなく。
途切れ途切れの沈黙と、会話が交互に訪れる。
「辻垣内さん……」
「覚えていたのか」
「あ、はい……」
大まかな事情を知ってしまった今、
目の前の少女はただの哀れな小動物にしか見えない。
だが、一つだけ聞きたい事が残されていた。
「一つ、質問してもいいか」
「は、はい」
「どうして逃げなかったんだ?」
「は、はい?」
「先鋒は最も苛烈なポジションだ。
去年洗礼を受けたのだから理解していただろう。
なのに、お前は今年もその場に立った」
「なぜだ?」
焼き直しの質問だった。真相はすでに掴んでいる。
逃げなかったのではない。逃げられなかったのだと。
しかし、それを加味しても確かめたかった。
彼女が成し遂げた事は、実は驚異的な事だからだ。
確かに、先鋒を捨てるチームは珍しくない。
例えば去年の新道寺もそうだろう。
あとは偶然強者が揃った新進気鋭のチームなら、
セオリー外の編成を組む事もままある話だ。
だが、そうして捨て駒にされた選手が
翌年も先鋒を務めるケースはほとんどない。
理由は単純。潰れるからだ。
身の程を知り、心を挫き、二度立つ事を拒絶する。
全国の強豪校で研鑽を続けた猛者でさえそうなる。
なのに、この小動物は再び死地に赴いた。
なぜだ?どうしてそんな事ができた?
いくつかの推論は立てていた。
だが、しっくりくる答えは見いだせなかった。
だからこそ、聞いてみたいと思う。
「か、考えた事、ありませんでした」
思わず目を見開いた。
彼女から放たれた言葉が、
完全に予想の外だったからだ。
経歴を聞いてさらに驚く。
彼女の麻雀歴は3年にも満たなかった。
麻雀を始めたのは高校1年生の時。
たまたま麻雀卓が手に入って、
なし崩しに始める事になったらしい。
無論、そんな彼女が経験者にかなうはずもなく。
彼女は敗北を前提に物事を考えていた。
「その、先鋒が一番怖いっていうのは聞いてましたけど。
でも、どの区間に出たとしても
私よりずっと強い人ばかりですし」
「正直、あまり違いはなかったと思います」
成程。そういう考え方もあるのかもしれない。
経験がない彼女には、彼我の戦力差を推し量る事ができない。
ならばどの区間でも同じ事。
たとえ、魑魅魍魎が跋扈する先鋒区間であったとしても。
他選手の精神を守る意味では有効な手段と言えただろう。
そもそもこれまでの話を聞く限り、
有珠山に戦略的な意識があったかも疑わしいが。
しかし。いかに本人の意識がどうあれ、
それが残酷な選択である事に変わりはなかった。
「私。今回が今までで一番失点少なかったんです」
「皆から褒めてもらえました。
よくやった!大健闘だ!って」
周りの全てが自分より強者だと断定し、
はなから勝ちを捨てて守りを固める。
ひたすらに被害を最小限に食い止める事だけを考える。
エースを温存した上で相手チームの猛攻を凌ぐ。
実力差を考慮すれば、確かに彼女は活躍したと言えるだろう。
「でも、チームは、負けました」
「もし、わたしが。プラスで終われてたら勝ってました」
「結局、わたしは一度も勝てなかったです。
一度も、ぷらすで、終われ、な、かった」
「かな、しい、です」
止まっていた涙があふれ、彼女は耐え切れず顔を覆う。
そう。エース区間に立ち続けた初心者は、
勝つ事を許されなかった。
ただの一度も。挑戦すら許されないままに。
「……っ、……っ」
彼女の事を誤解していた。
戦う意志も覇気もなく、
ただ嵐が過ぎ去るのを待つだけの存在。
彼女をそう誤認していた。
違う。彼女は戦っていた。
常に絶望的な戦場に立たされて、
それでも後に続く者を守るため。
傷つく体を盾に変えて、
涙を流しつつも堪え続けた。
戦う力も持たず、なのに逃げもせず攻撃を受け続ける。
それがどれ程の苦痛を伴うものか。
私には想像すらできない。
「つらかったんだな」
気づけば彼女を抱き締めていた。
腕の中に納まった彼女は、驚いたように
目をぱちくりと瞬かせる。
でも、やがてその表情をぐしゃりと崩すと。
私に縋り付いて泣きじゃくった。
その目に意志の光はない。
前を進もうとする力は感じない。
それでも。涙に輝く彼女の瞳は、
酷く悲しくて美しい。
私は、これ程美しいものを
他に見た事がなかった。
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今ならばわかる。私はこの日、
本内成香に『狂わされた』のだと。
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あの全国大会から半年後。
成績の不振にあえぐチームが、
ある異例のスカウトをして話題になった。
無名とは言えない選手ではある。
だが、およそプロへの参画などありえない選手を
チームに引き入れたのだ。
地区大会から全国大会まで全敗。
一度としてプラスの結果を得た事がない選手。
そう。本内成香だった。
恐ろしい事に、そのチームは
本内成香を先鋒に適用した。
当然勝てるはずもない。
本内成香の全敗記録は順調に数を増やし、
ついにはギネスブックに乗るまでに至る。
だが、それ以上に恐ろしい事に。
チームはその年、悲願の初優勝を成し遂げた。
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それは無慈悲な戦略か、成行きの末の偶然か。
私がそれを知る由はないが、
おそらくは後者だったのだろう。
だが効果は覿面だった。有珠山の2年連続全国出場。
その結果が如実に物語っている。
北海道という地区は、決して無名校が
まぐれで優勝できるような地区ではない。
琴似栄という強豪校が在るからだ。
1年目はまだ大目に見よう。
獅子原爽の存在はそれ程までに大きい。
だが大エースが抜けた翌年は別だ。
どうして有珠山高校は全国に来る事ができたのか。
その疑問は、今でも時々話題に上る。
私だけが確信していた。
本内成香の涙がチームを奮起させたのだ。
明らかに実力の足りない彼女をエース区間に起用する。
当然、彼女は負け続ける事になった。
戦いを経るたびに彼女は涙を滲ませ、
皆に対して謝り続ける。
その姿は仲間の心に刺さり、
歪に闘志を燃え上がらせた。
彼女の敗北を自分達が雪ぐ。
事実、後続の選手は実力にそぐわず
目覚ましい活躍を見せた。
酷いマッチポンプもあったものだ。だが結果として、
有珠山は持ちうる戦力で最良の戦績を勝ち取った。
彼女の涙に魅入られた私は、
その事実に気づいてしまう。
そして。彼女の魅力にとりつかれた私は、
より凄惨な道に誘い込む。
成香の地獄は、まだ始まったばかりだった。
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その日もチームは順調に勝ち星を増やした。
私はふぅと一息つくと、控室の扉を開ける。
一人の少女が待ち受けていた。
いつものように涙を零し、
目をキラキラと輝かせている。
「成香。敵をとってきたぞ」
なおも嗚咽する成香を抱き締め、
その両腕で包み込む。
「ありがとう、ございます。うれしい、です」
震える声で囁きながら、
成香はくしゃりと顔を崩した。
指でなぞって涙を掬う。
どろりと濁った成香の瞳が露になった。
でもすぐに涙が覆う。周りの光が反射して、
成香の目は再び光を取り戻した。
美しい
傷ついた果てに濁った瞳も、
それを覆い隠す涙の光も。
どこまでも儚く、痛ましくて愛おしい。
歪んでいるのは自覚している。
非道に過ぎるこの牢獄から、
彼女を解放しなければと思う。
だが同時にこうも思う。
私が無理矢理捕まえているわけじゃない。
逃げ出そうとしないから悪いのだと。
「なあ、成香」
「なんですか」
「逃げないのか?」
「……」
私は成香に問い掛ける。
だが、答えはすでに分かっていた。
この子の過去を暴いた私は、返ってくる答えを
一字一句間違えず予想する事ができる。
「『考えた事、ありませんでした』」
脳が導いた解答と、彼女の言葉は一致した。
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前を向く者が好きだった。
眼前に広がる茨から目を背けず、
唇を結びながら足を踏み出す者が好きだった。
でも、いつからか好みは醜く歪んだ。
成香を茨の道に突き飛ばす。
成香は食い込む茨にもがき苦しみ、
血塗れになって涙を流す。
傷つき嗚咽する成香をそっと抱き締めた。
力なく体重を委ねてくるのが愛おしい。
そんな毎日を続けるうちに。
気づけば、成香以外目に入らなくなっていた。
そして私は、今日も成香を傷つける。
だが時折ふと思う。囚われているのは
私の方なのかもしれないと。
茨姫は今日も輝く。
その全身を真っ赤に染めて、涙をきらきら光らせながら。
(完)
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久さんかわいい!
成香視点もお願いしますm(_ _)m
毎度毎度、着眼点が面白いです。
成香サイドも是非お願いします!
ぜひ成香サイドもお願いします。
リクエストに>
智葉
「条件がほぼなかったので書きやすかったが
それゆえに期待とずれていたらすまない」
成香
「私サイドも公開されました…怖いです」
久さんかわいい!>
智葉
「読んでくれたのは嬉しいがなんだこれは」
久「続編を求める訓練された読者さんよ。
いつもありがとう」
成香との絡み>
智葉
「実際絡んでないからどうなるか
勝手がわからないな」
成香
「小さい子にも優しい方ですから
包容力のある接し方をするのではないかと」
無自覚に周りを狂わせ>
爽「実際成香はちょっと盲目的
過ぎるところがあるんだよな。
見てないと不安になるような」
誓子
「今までは私が見てたんだけどね」
割と珍しいカップリング>
智葉
「リクエストを受けなければ
まず書かなかっただろうな」
成香
「リクエストの醍醐味ですね!素敵です!」
成香サイド>
智葉
「というわけで公開した。
成香の狂気の全貌を楽しんでほしい」
爽「想像以上に酷い話だったな」